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はてなキーワード: 宇多田ヒカルとは

2018-04-07

宇多田ヒカル離婚、あれ再婚してたんだと思ってブコメ開いたら

やたらと辛辣コメント多くて謎い

なんかあったっけ

2018-03-22

2018年アニメ宇宙よりも遠い場所」を12話まで観た感想 その2

各話ごとのレビューネタバレあり)

https://anond.hatelabo.jp/20180322081336 からの続き)

5話

ゲーム機

 めぐっちゃんと、「南極行きの荷物整理中に見つけためぐっちゃんゲーム」を「(昔は2人でプレイしていたのに)キマリが一人だけでプレイ」しながら「めぐっちゃんの知らない、キマリ友達」の話をするという流れが端的にめぐっちゃんの心境を表している。めぐっちゃんの心境は各話で少しずつ描かれているが、ここで一気に「めぐっちゃん…」ってなる非常に強烈なシーン。

めぐっちゃん

 めぐっちゃんがキマリにすべてを打ち明けるシーン。以下自分語り

 私には小学生時代に知り合った友人がいた。友人はきっかけはよく覚えていないが、小学校高学年になる頃にはほぼ毎日一緒にいたと思う。ただ友人は変に気の強い性格だったのか、私が他の子と遊んでいると鬼のような形相ですっ飛んできて私をそこから連れ出そうとしたり、一人にされることを極端に嫌がったりした。それに振り回されるうち、私は一日中その友人とセットで行動するようになり、中学生になる頃にはその子以外と一切遊ばなくなっていた。

 私が当時その状況に甘んじていたのは、一つは友人といて楽しかったと思ってたから。友人はいろんなゲーム漫画のある家庭に育ったので、友人の家に行けばわりと満たされたからだ。そして二つ目は、私が友人から距離を置こうとすると全力で拒否するようになったからだ(暴力込み)。はじめのうちは喧嘩もしたけれど、そのうち「あまりに近くなりすぎないよう距離を置きつつも、概ね抵抗せず、常に機嫌を伺う」というぬるま湯に浸かる術を身につけた私達の仲は、大学時代まで続いた。

 その当時の心境を端的に言うと「友人には私が必要だが、私はそうでもない。でも友人から得られるものもある。適度に利用しながら、距離をとっていこう」みたいな感じだった。

 別々の地方大学に進学したあとはコミュニケーションを取る頻度が劇的に落ちた。たまに友人からヒステリじみたメール等が飛んできたけれど、物理的な距離のおかげで友人の拘束から逃れることが出来た。そして一人になって初めて、孤独というものを強く思い知らされた。サークルに入っても上手く人に合わせられない。ワイワイする方法がわからない。大学生同士の話題についていけない。同じ趣味の人を見つけることが出来ない。何もかもが上手くいかない。そしてその悩みを共有する相手がいない。本当に空虚だった。案外、友人を縛り付けていたのは私だったのかもしれないな、と今は思っている。結局友人とは音信不通になった。

マリとめぐっちゃん

 だから、面と向かってキマリがめぐっちゃんにこの話をしたのはキマリの鋼メンタル物語ってる。言わば「いっつも面倒見てくれて、それにずっと甘えてきたけれど、もうやめにしよう」とめぐっちゃんを突っぱねたんだから。「いつも面倒かけて申し訳いから…云々」という消極的理由ではなく「ゲーム相手になれるくらい」の関係を築きたいというキマリの想いは絶交を宣言しためぐっちゃん対照的なのだけれど、どっちの気持ちも分かる。私がずっと抜け出そうとしなかった不幸のぬるま湯に、めぐっちゃんもキマリも気づくことが出来て、しかもそこから抜け出そうと一歩を踏み出したのだから。私には二人が眩しく見えた。

 でも一方、5話におけるライティング演出が二人の「ここではない、どこかへ」という勇気について非対称性を感じさせる。簡単に言ってキマリ=陽 めぐっちゃん=影 なのだけれど、出発のシーンでは

めぐっちゃん独白…影

「一緒に行く?」のときのめぐっちゃん…陽

バカ言え!」のときのめぐっちゃん…影

「絶交無効」…陽

 となっていて、「友達と4人で」一歩を踏み出すキマリの明るい予感と、「そうではない(一人で)」一歩を踏み出すめぐっちゃんの暗い予感という対比に見えた。私自身めぐっちゃんルートだったから、最後にキマリが絶交無効したシーンで二人に陽が当たる演出は、「めぐっちゃんにキマリ必要であることを肯定的に描いてて本当に好き。そう考えると、5話におけるライティング演出の狙いはすべてこの「絶交無効」に収束している気がする。

マリかわいい

19:00頃~

6話

シンガポールの背景美術

 日本編と航海編をつなぐ回。シンガポールメジャー建物が現地民も納得のハイクオリティで描かれていて、めっちゃ行きたくなる。本作における聖地巡礼は、館林群馬)→歌舞伎町新宿)→極地研(立川)→シンガポールフリーマントルオーストラリア)が無難か。

マリゆづのベッドと、報瀬&ひなたのベッド対比

 キマリゆづの部屋と報瀬&ひなたの部屋でダボーベッドの広さが異なって見える(報瀬ひなた部屋のベッドの方が距離を感じる)。計測したらどっちもほぼ2m幅になっていたので、2組それぞれの心の距離に差があることを非常にうまく対比している、すっげえ大好きなシーン。

空港でのやりとりと、3話”報瀬の「自己嫌悪」と、ひなたの「思いの強さとわがままは紙一重である」”のくだりから見る報瀬の成長

 無理ーってなってる日向を、自分わがままで引き止める報瀬。このやり取りは、3話で報瀬が自身性格について自己嫌悪していた時、日向が「思いの強さとわがままは紙一重である」とアドバイスするとても尊いシーンと対になっている。あのとき日向が報瀬のパーソナリティ肯定たからこそ報瀬が成長し、その結果として6話があるのだと考えるとこんなに幸せな話は他にない。

マリーナベイサンズでのやりとり

 シンガポールの街並みを見ながらそこに住む人々の生活に思いを馳せ、

同時に過去日本での生活)を思い出しつつ未来(人々の生活存在しない大陸)を暗示させる印象的なシーン。

マリポイント

19:35頃 ビジネスクラスチケットを持ってムッフーなってるキマリ

7話

冒頭の観測船出発ビフォーアフター

 前回の観測船→今回の観測船の対比(減ったトラック物資、前回は多くの取材陣に囲われていた隊長、前回は一緒だった貴子

 アバンだけで「観測隊の船出が順風満帆ではないこと、また隊長、かなえ、貴子関係」を回想と現実の対比によって簡潔に表している。

取材がすごい細かい

 本作を支える「緻密な取材に基づく描写」がこの辺りから本領発揮する。砕氷艦報瀬の内部構造がしっかり描かれていて、話の内容関係なく観てて楽しい

隊員たちの想い

 ここまでの伏線として「先行き不透明」とか「カネがない」とか「南極ってめっちゃ過酷やねんで」等重大な問題示唆されているのだけれど、それに対して「一発逆転(一攫千金)の方法」とか「やってみなきゃわかんない」等の非現実的な展開によって解決せず、「これから先いろんな困難が待ち受けている」のではなく「いろんな困難があったけれど、強い覚悟で3年間戦ってきたからこその今がある」っていうもう一つのドラマとして丁寧に大人組を描いていて、主人公の4人よりむしろ大人組に感情移入してしまった。隊長の「この船は、そういう船」っていう言葉で胸がいっぱいになる。

 だからこそ、その観測隊員の前で自己紹介をするキマリゆづ、ひなたの晴れやかな顔を見ると「ああ、この子たちはそれでも主人公なんだな」って感じさせるくらいのドラマがあったことを思い出す。大好き。

認定or仲間相手じゃないと普通に喋れない報瀬と、最後自己紹介に見る報瀬の成長

 ここまで「南極にとらわれているお姫様」という舞台装置しかなかった貴子の「星を見る船を率いていた一人」という側面を知ったことで、報瀬が抱く(手放しで仲間と呼べない)観測隊への複雑な想いが伝わってくるし、自己紹介とき小淵沢…報瀬です…」という言い方から彼女にとって、そして隊員たちにとっての「小淵沢」という姓の重さが伝わってくる。だからこそ、敵or仲間相手じゃないと普通に喋れないポンコツ報瀬が(日向フォローもあって)あのセリフを言えたことは彼女の成長を強く感じさせたし、「報瀬のコールに応える隊員たち」というシーンだけで、セリフもない隊員達含む全員の想いを完璧に描いた演出は控えめに言って最高すぎる。

マリポイント

8:40頃 物資を運ぶのが大変すぎて、疲労のあまり原型を失ったキマリ

8話

砕氷艦しらせでの生活が詳しく載ってるブログ

海域へ到達!波濤を進む砕氷船しらせ」での艦内生活南極観測シェフ青堀力の南極紀行2】 https://serai.jp/tour/141947

船内の音

 船内のシーンでは声の反響シチュエーションごとに異なっていて、反響を聞き分けるだけでその部屋の大きささえもわかるくらい細かい

 「特に荒波に揉まれ砕氷艦の船内」の音がすごい。どうやって作ってるんだろ

マリの前髪

 キマリの前髪という話題に触れるのは8話が初めてであり、言ってみれば「主人公キャラデザキービジュアル)に個性的伏線を張り、それを8話まで引っ張る」というマネをしている。「なんやこのキャラあんま可愛くないやんけ」って思われたらどうしようとかそういう不安をぶっ飛ばすストロングスタイル戦略である。前髪の理由を聞いて「あー、だから・・・」って思った私は見事術中にハマっていたらしい。キャラデザ最高かよ。

揺れる画面と大画面

 Bパート以降ずっと画面がゆらゆらしている。公式ラジオでキマリ中の人こと水瀬いのりが「アフレコの時ずっと見てて軽く酔った」と言っていて、たしかに大きい画面で観ると結構きつい。むしろそういう効果を狙った演出だったら笑う。

4人が「訓練された大人」ナイズされちゃう不安

 大人の一人として扱われ、荒波に揉まれる(物理)姿は新社会人を思い出す。観測隊としてやっていくためにはもっと多くのことを出来るようにならなければダメだし、そこに「やる、やらない」という選択肢はなくて、ただ与えられる業務淡々とこなすことが求められるのも社会人の一つの形なのかもしれない。そしてそういう姿に青春は宿らない。「宝石の国」(2017)12話のフォスフォフィライトを「入社3ヶ月目の俺」と評した人がいたけれど、この4人ももしかして…と思わせるような心境が「頑張るしか無いでしょ…他に選択肢はないんだから」という報瀬のセリフによって描かれている。

 これと対になっているのが4話ラストのシーンで、4人が観測隊(あるいは報瀬の旅)についていくのではなく、「みんなで南極に行く」という覚悟が対になっている。だからこそキマリの「この旅が終わった時にはぜったいにそう思ってるもん!」はその鋼メンタルに痺れたし、その後4人のやらかす姿は相変わらず青春しててめちゃくちゃ眩しかった(夜なのにね)。また4人が水平線流氷を見つけた時の顔は出港時の4人と全く同じ構図になっていて、彼女たちの「変わらなさ」を象徴している気がした。

マリポイント

20:00頃 海水を頭からかぶって爆笑してるキマリ

9話

砕氷艦のラミングと吟の魂と縄跳び

 南極の大変さにビビってたキマリたちがかなえさんに昔の観測隊が何度も何度も南極に挑み続けた話を聞いて、あるいは同じ話を幼い報瀬に話していた吟隊長、そして今の報瀬が砕氷艦のラミングを繰り返す姿に「行け!」って前のめりになっている姿がすごく良い。時代を超えてそれぞれに受け継がれてきた魂のようなもの(作中では「吟の魂」と表現されててかっこいい)の強さがラミングしながら進む砕氷艦の勇ましさや音響シンクロしてて、控えめに言って最高。

 あと、「吟の魂」がなかった3人組は吟と想いを共にする隊員たちより縄跳びが下手で、一方それを幼少期に受け継いだ報瀬は縄跳びがうまいっていう文脈良いよね。そういう意味で3話Cパートの「貴子と、縄跳びを手に持つ報瀬の写真撮影者はおそらく隊長)を手に持つ隊長」のシーンは非常に印象的。なお現実観測隊でも縄跳び大会があるみたい(娯楽大会と称して、アウトドア競技インドア競技で盛り上がるらしい)。

過去に囚われる隊長

 「その貴子はもういないのよ」というかなえのセリフが刺さる。吟は強い信念を持って前回の南極観測に挑んだ結果貴子を失ったことを非常に悔やんでいたし、加えて報瀬を強く傷つけた。しか自分の信念をロリ報瀬が受け継いだからこそ今の報瀬は母の亡霊と決別するために、あろうことか「宇宙よりも遠い場所」を目指しちゃって、しか成功しちゃって今目の前にいるというのは吟のカルマのもので、もはや「自分のせいで報瀬の人生めちゃくちゃ」なのか「報瀬は報瀬なりに一歩を踏み出す勇気を持った子に育ってくれた」のか分からないよね。両方か。そのくせ自分過去に囚われてるままだし。ラミング→貴子の回想っていう構成で胸がいっぱいになる。

 だからこそ最後の「ざまーみろ!」を最初に報瀬が言う演出は最高だった。おまけに大合唱だし。泣くやんあんなの

砕氷艦の進む音

 ラミング(2回め)の氷が割れる音がすごいので、ぜひ爆音で聞いてほしい。あと氷にまつわる音で思い出すのは「宝石の国」(2017)7話の流氷の音。あっちもすごい。

マリポイント

11:55頃 甲板で会話する報瀬と隊長の二人を、下からこっそり見守るキマリのアホ顔

10

息が白くない

 南極のあらゆるシーンで息が白くない。これは気温が低くても息が白くならないリアル南極仕様再現してるのだけれど、「白い息を描かない」ことで「ここが南極であることを再認識させられる」っていうのがなんか良い。

ヘリの音

 「ヘリの音がうるさくて会話が聞こえない」というシチュエーションアニメ表現しているところを見ないのだけれど(当たり前か)、このシーンはガチでヘリの音がうるさくて好き。ぜひフラットな出力の(人の声を強調しない)スピーカー大音量にして聴いてほしい。

朝の点呼

 朝の「ご安全に」、ついつい復唱したくなる。あのシーンだけで「この基地においては隊員たちがああやって生活している姿がメイン」であることを再認識させられる。南極から彼らが毎日特別なことをやっているわけではないんだよ、というメッセージになってて好き。

友達誓約書と4人それぞれの「友達定義」にみる過去回での掘り下げ

 「友達とはなんぞや」という話を中心に、それぞれのキャラクターを描く回。10から本格的に基地での活動生活を中心とした物語になる関係上それぞれのキャラクターが「友達とは」に言及する尺が結構短い。なのにすごく説得力があるのは、うまくこれまでの物語彼女たちの心を描いてきたからこそだなぁ、と感じる。

 ゆづが「友達誓約書」を出してきて、もしこれが3話とか4話だったらただの笑い話なのだけれど、あれから7ヶ月も一緒だったからこそ3人が曇った顔をしていた気持ちもわかるし、5話があるからマリが泣いちゃう気持ちがわかるし、一方笑顔でめぐっちゃんの話をするキマリを見てると胸がいっぱいになるし、1話カーチャンのことがあるから報瀬の友達論は重みがあるし、6話があるから日向が「友達って」をうまく説明できないのが辛い。そして何より、3話で自分から友達になりませんか!」という宣言とともに獲得した2人の友達(察しのいいゆづならきっとその2人がなんで友達になってくれたのか分かるはずなのに)にすごくこだわっていたゆづ故の「友達誓約書」って思うと、すごく切ない。だって7ヶ月間ずっと待ってたんだぜ?友達宣言

 大好きなのは日向と報瀬がゆづを励ますパーシャル丼のシーン。BGMが3話等の挿入歌ハルカトオク」のアレンジになっている。BGM聴いただけで「なんて温かいシーンなんだろう」って思わせるくらい優しい空間になっていて、(ゆづの悩みとは裏腹に)明るい予感に満ちている。メッチャ好き。

既読」の表現と風化

 現代風の表現を用いる時の問題として、時代の変化によってその意味が変質したりするという点がある。これは意図して変質を招くことは少なくて、大抵は無自覚に発生する問題であるex,宇多田ヒカルAutomatic”の歌詞に出てくる「受話器」)。今作で言えばSNSアプリでのやり取り。もしSNSポケベルと同じ運命をたどった時、その未来においてこの作品意図はどれくらい伝わるんだろうか…と心配になるのだけれど、10話の18:30頃において、「既読が付くこと」を「”ピッ”って、読んだよーってサインが付いたり」と表現していて、思わず「おおっ」ってなった。現代風に言うなら「既読スルーしてやんの」とか言いそうな所だけれど(キマリは言わないけど)、「”ピッ”って、読んだよーってサインが付いたり」という言い方は向こう20年くらいは伝わる表現なんじゃないだろうか。風化しにくい表現を選んだ、と言う意図があるかどうかは分からないけれど、すごく好きな表現だ。

マリポイント

5:30頃 飛び立つヘリの風に耐えようとして、轢き殺されたカエルみたいになってるキマリ

2018-02-25

父親の死から7年経った。

父親の命日に偶然この曲を聴いた。

翌日、なんとなく聞き返し涙が止まらなくなった。

宇多田ヒカル - 真夏の通り雨

https://www.youtube.com/watch?v=f_M3V4C8nWY

父親の死から7年経った。

7年経っているにも関わらず。

61,368時間以上経っているにも関わらず涙が止まらなすぎる。

まらなすぎて困るので、父親の死を日常面と精神面に分けて考える。

日常面】

日常面において、高校を出てから一緒に生活していないため、日常生活において変化はほとんどなかった。

法事墓参りの日が年に数日増えるくらい。

法事・お参りや(月)命日に、思いを馳せたり、自身の現状と父親を重ね合わせる。

自分の年齢の時に父親はどのような事を考えていたのかな。

自分可能性を病気に奪われるのは悔しかっただろうな。

やりたい事が山ほどあっただろうな。

精神面】

精神面において、父親の死を受け入れるのにとても時間がかかった。

良いことも悪いことも報告できない。

自分が頑張っている姿を見せられない。

言葉(思い)を交わしたり、一緒に食事をしたり、酒を飲んだり、喧嘩したり、感謝を伝えることはできない。




仏壇に向かって報告をする。

脳内で会話をする。

誰もいない実家に帰り、父親の座っていたソファに座り想像する。

時の経過に伴い自身の中で折り合いがついてくる。

目の前のことに注力して結果を出すことで、受け入れられているような気がする。

精神面において、父親の死をある程度受け入れている自信があった。

それでも今、涙が止まらない。

真夏の通り雨を聴いて涙が止まらないのは、父親の死を消化しきれていないからだと思う。

受け入れているという自信の中身は、自分を忙しくして目の前の事に心血注ぐことで、父の死を忘れようとしていた弱さなのかもしれない。

これ以上ないバランスで、美しく洗練された宇多田ヒカル歌詞に、俺の心の底を全部掘り返されてしまった。

7年の時間が経っても通り雨は降ってくる。

親の偉大さ、自分の幼さ、感謝の不足を突きつけられて感服する。

そのおかげで恥じない(負けない)ように生きようと心底思う。

そう思わせてくれた宇多田ヒカル(とYouTube)には足を向けて寝られない。

宇多田ヒカルさん(とYouTubeさん)、本当にありがとうございます

2018-01-29

「坂上探検隊」の炎上について一言言っておきたい

27日にフジテレビ放送された「坂上探検隊」という番組が、今ネット大炎上中だという。

狩野英孝猛獣に襲撃され悲鳴…「坂上探検隊」が大炎上

http://news.livedoor.com/article/detail/14219432/

「ほんとに怖いのはチーターじゃなくてテレビ視聴者が引くほど体を張った狩野英孝さん、着ぐるみアフリカ動物に接触 #坂上探検隊

https://togetter.com/li/1193983

まあ、ツイッターちょっと批判ツイートがあったくらいのことを、ネットニュースがいつものように大事に書き立てて世間を煽ったもの

ネットニュースが盛大にスベっただけのようにしか見えないが、

ただ、ただこれだけは言わせてくれ。

「WILDBOYZ」について一切誰も触れていない!

いや、この「坂上探検隊」、やってることは「WILDBOYZ」そのままなんだよ。

「WILDBOYZ」とは、10年以上前アメリカMTVで放送されていたお笑い番組で、

アメリカバカ二人が世界中大自然を駆け巡って野生動物相手危険チャレンジをするという番組だ。

で、この「WILDBOYZ」の中で「坂上探検隊」で狩野がやっていたロケとまったく同じチャレンジをしている。

この動画の40秒あたりから

https://www.youtube.com/watch?v=sm4Xj_5bslg

なんか観客の「ヒュー!!」みたいな歓声が付け足されているのが気になるが(元番組にはこんな余計な音は無い)、

ほらね、まったく一緒でしょ!!

まり、この「坂上探検隊」は日本版「WILDBOYZ」なのである

やっている内容が完全に一致することから、「WILDBOYZ」を模範しているのは明白であり、

ワイルドボーイズのほうが10年以上も先!つまり、10年前のアメリカ番組を今更インスパイアしているのである

「そんなん日本人スタッフが知る訳ねーよ」と言うやつもいそうだが、

10年前は日本でもそこそこヒットしてDVDバカ売れした。

なかでもカンニング竹山はWILDBOYZの大ファンであり、自身の出演番組で何度もオススメDVDとして紹介し、上記動画を繰り返し放送した。

また、初代ニンテンドーDS発売時、日本では宇多田ヒカルCM担当したが

アメリカではなんとWILDBOYZの二人がCM担当した。

https://www.youtube.com/watch?v=sRD7Ha-78m0

CMですら「坂上探検隊」の狩野と同じ状況になっていて笑う。

まり日本テレビ関係者まさかWILDBOYZを知らない訳が無いのである

これをパクリだ、などと攻め立てるつもりは毛頭ない。

こんな叩かれるのわかりきってる企画を今の時代にカネかけて地上はゴールデンでやりきった気合お笑いマニアとして素直に褒め称えたい。

地上波で、しかネット嫌われ者であるフジテレビ放送たか案の定叩かれただけで、

これがamazonプライムビデオabemaTVでやってたら逆に大絶賛だったろう。

もはや、地上波テレビは何をやってもダメというどうしようもない局面に追い込まれたのだ。

で、俺が言いたいのはこんなことではない。

日本テレビ番組は「Jackassからネタ拝借しているのにリスペクト足りなさ杉!!と声を大にして言いたい。

「Jackass」とは、やはりアメリカMTVで2000年放送開始したお笑い番組で、

プロスケボー選手達がイタズラ、ドッキリ、身体を張ったチャレンジなど、危険ことならなんでもやってしまうという番組である

これが放送するやいなや、アメリカで大ブーム。これをマネして大怪我をするクソガキや頭の悪い大人が続出し、社会問題となってしまい、

とうとう放送中止に追い込まれたのである

そして、「Jackass」が放送できなくなったので10名ほどいた出演者のうち二人をメインに抜擢してスピンオフとして放送されたのが、先ほどの「WILDBOYZ」である

日本でのJackassブーム

Jackassはアメリカだけでなく、世界中で大ブームとなった。

日本では2、3年と少し送れてブームとなった。

なぜかといえば、日本MTVでも放送されていたが「論理的販売できない」とソフト化が見送られ続け、

ついに2004年にDVD日本語字幕つきで販売されるに至り、日本でも広く知られることとなった。

たちまち日本でもちょっとしたブームになり、当時のタワレコツタヤなどのレコードショップでは店頭の大画面でリピートされDVDは山積み、店の猛プッシュ状態

で、宮川大輔カンニング竹山など、Jackassファンを名乗る芸能人テレビでJackassを紹介しまくり、

宮川は当時JackassTシャツを着て頻繁にテレビ出演。

カンニング竹山に至っては深夜番組で「Jackassを超える映像を撮る!」などという企画をやっていた。

テレビ東京の深夜でも勝手に「日本版Jackass」を名乗る番組、「ヤンチャ黙示録」が開始。その内容は見たことのない若手芸人によるビックリするほどつまらない映像だったが・・・

また、電撃ネットワーク南部虎弾もJackassに強い影響を受け、無名若手芸人身体を張らせる過激DVD南部塾」を発売。

2004年から2006年にかけて、日本お笑いDVD界は日本芸人によるJackassオマージュDVDが席巻した。

日本アメリカの笑いの違い

で、本家MTV、Jackassの世界的ヒットを受けアメリカ以外の国でも、Jackass的な番組制作を開始。

まずはイギリスで「ダーティサンチェス」という番組を開始。これはぶっちゃけ、Jackassとは違うベクトルで笑えないため、あまり流行らなかった。

次に日本MTVでも公式に「日本版Jackass」を製作

監督に「とんねるずのみなさんのおかげでした」でおなじみ、マッコイ斉藤を向かえ、これまた日本無名若手芸人に無茶なチャレンジをさせるという番組「TEMPURA」を開始。

ただ、これはJackassファンにはあまりウケなかったのだ。

公式日本版Jackassとして始まったTEMPURAだが、内容といえばマッコイ斉藤若手芸人をイジめているだけの映像だったのだ。

「人を便器に流そう!」という企画で、嫌がって泣き叫ぶメンバーの一人を数人で抱えて公衆便所の汚い便器に顔を無理やり突っ込ませたり、

「落ちている物を食べよう!」という企画で、これまた嫌がって泣き叫ぶメンバーに無理やり公園ポイ捨てされたペットボトルの残りを飲ませたり・・・

で、一人マッコイ斉藤ゲラゲラ笑っている。という映像しか見えない出来だったのだ。

これはJackassではない・・・

本家Jackassも、TEMPURAと同じようなネタをやる番組なのだが、印象が全く違うのだ。

汚いチャレンジ絶対ケガするようなネタも、誰かに無理やりやらされるのではなく、自分から進んで挑戦しているのだ。

アメリカのカッコイイ兄ちゃん(しかプロスケボー選手)がすごくスタイリッシュにくだらないことをしている。

日本バラエティは、どうしても「嫌がる芸人強制的やらせる」という陰湿な構図になってしまう。

日本お笑いアメリカお笑いは、やってることは同じでも間逆に映ってしまうのだ。

からこそ、当時の日本でJackassが新鮮味をもって受け入れられたと言っていい。

宮川があまりにもJackass出演者の顔がプリントされたTシャツばかり来ているから、ダウンタウン松本が「それ、誰やねん!」とツッコんだことから

Jackassの存在を知り、映画評論の著書「シネ坊主」にてJackass評を書いている。(Jackassは4度も映画化され、公開のたびアメリカでは1位になっている)

松本は、メンバーが皆自発的にくだらないことをやっているが、何が目的でこんなチャレンジをしているのかわからないので日本人ではあまり笑えない、と評した。

やはり、日本お笑いでは「陰湿イジメの構図」が必要不可欠なのだ

最初に貼ったWILDBOYZの動画を見てもらえばわかると思うが、出演者が生死をかけた危険ロケをやっているのに

なんら嫌がる素振りはせず、むしろやってる側がゲラゲラ笑いながらライオンに接近していて、完全なキチガイであるがゆえに、見ていてハラハラはするが嫌な感じはしない。

陰湿ではないのだ。

JackassやWILDBOYZでも、出演者がションベンをかけられるなどイタズラやドッキリで酷い目に合わされるのだが、必ず後でやり返している。

そこに上下関係はなく、ただのバカな仲良し感が出て、なかなかハッピー空気になっているのだ。

「坂上探検隊」は、WILDBOYZと同じことをやっているのに、やっぱり日本人特有陰湿さが出てしまった。

これが多くの視聴者不快になった原因だろう。

陰湿にならなくても、Jackassがそこそこ日本でも流行ったのだから日本人でもイジメの構図がなくとも笑えるということは証明されているだろう。

ただ、面白いのが東京ではJackassのDVDバカ売れしたのだが、関西では全く売れなかったという。

東京ではウケていたが、関西人が見ると「何が面白いのかわからない」「何が目的でやっているのか意味不明」という感想ばかり出てきたという。

先ほどのダウンタウン松本評と全く同じである

宮川大輔をはじめとした、大阪吉本芸人の間では流行っていたそうだが、関西圏人間にはJackassは理解できなかったようだ。

やはり、地域によってはイジメの構図がないとお笑いは成り立たないのだろうか?

日本番組もっとJackassリスペクトしてよ問題

で、10年ほど前の日本でも若干のJackassブームがあり、「世界まる見え!」や衝撃映像系の特番で何度も紹介されていた。テレビ関係者が知らないはずはないのだ。

が、2010年になり日本でのJackassブームが落ち着き、テレビでもあまり取り上げられなくなると

日本テレビ番組でまるまるJackassのネタをやってしまうことが増えてきた。

坂上探検隊話題で「イッテQを思い出した」というツイートも多々見たが、

イッテQでは頻繁に「Q Tube」というコーナーで丸々Jackassと同じチャレンジをしている。

Q Tubeというコーナーは、YouTube素人面白チャレンジをしている動画ロッチ中岡がチャレンジするというコーナーで、

中岡チャレンジ前にはYouTube動画を紹介するのだが、

Jackassのネタを中岡がチャレンジする際には、Jackassの映像紹介がないのである

そりゃアメリカ番組映像放送するのはカネがかかるかもしれないが、ネタを丸々拝借しているのである

本家本元があるというちょっとした紹介くらいしてくれてもよいのではないか

とにかく、「あぁ、これJackassでやってたことそのまんまだな」ってネタが多すぎるのである

https://www.youtube.com/watch?v=9WbmRdvU6XI

https://www.youtube.com/watch?v=CsodsC7c4N4

たとえばこのJackassのネタなんかは、そのまんま中岡が挑戦していたが、この映像の紹介はなく、元ネタ存在スルー

エクストリームスポーツ界の神様ことマットホフマンとトニーホークが出演しとんのやぞ!!

というか、イッテQ作家鮫肌氏が、Jackassの映画日本で上映された際にインタビューに答え、Jackassを参考にしていると答えている。

http://www.cyzo.com/2011/05/post_6937_entry.html

参考にしてるのひとつネタだけじゃないけどねえ・・・

もっとリスペクトして!!

Jackassの出演者たちは、jackass大成功映画連続大ヒットで今じゃアメリカでは大スターセレブになってしまった。

メイン出演者だったジョニーは、ジャッキーチェンコンビで主役の映画を撮ってしまい、

ほかの出演者たちもスポーツ界・テレビ界の大スターである

そんな人たちが気軽に日本テレビに出演するとは思えないけど、元ネタくらい蔑ろにしないでくれや!

とにかく、俺が声を大にして言いたいのは「坂上探検隊」も「イッテQ」もJackassオマージュだってこと!

日本テレビオリジナルじゃないからね!

でも、坂上探検隊、笑いました。英孝ちゃんは天才

2018-01-23

TM NETWORKの曲で、カバーしてほしい曲

小室哲哉引退TMNの終了ライブ東京ドーム2日とも行ったアラフォーにとっては、やはりショックだった。安室ちゃん華原朋美globeもそれなりに聞いていたけど、TMの曲が一番好きです。今でも色褪せない曲がたくさんあると思う。私の好きなTM曲は、STILL LOVE HERとか、SELF CONTROLTIME TO COUNTDOWNなど書ききれないのですが、他のアーティストカバーしてもらったらピッタリ合うんじゃないかな?と思う曲があるので挙げていく。

electric prophet

電気じかけの予言者たち

SEKAI NO OWARI

歌詞世界観が似てるなーと思うから。twincle nightとかも合うと思う。TM ファンってセカオワのことあまりきじゃなさそうだけど、CAROLみたいな創り上げた世界ってセカオワ共通するとこがあるんじゃないかな。

あの夏を忘れない

3代目 J soul brothers

DIVE INTO YOUR BODYとかも合いそう。ノリノリオラオラな皆さんで歌ってほしい。just like paradiseとかもいいのでは。女声にJUJUとか入れてさ。

telephone line

平井堅

裏声が綺麗に響きそう。girl friendいいんじゃないでしょうか。

大地の物語

→思い浮かばないけど、パワーのある暑苦しい男性ボーカリストに歌ってほしい。

A day in the girls life

宇多田ヒカル

これは願望ですが、うまく世界観踏襲しつつ、組曲の一部を超えて、普遍的な曲に昇華してくれそう。

以上、思いつきですが、カバー曲ってシングルカットされた曲がほとんどだけど、TMアルバム曲も良かったぞっていうことで選びました。

あー、寂しいな。

2018-01-22

anond:20180121120944

なのに宇多田ヒカル自分作詞作曲してプロデュース父親でしょ。しかめっちゃ洗練されてた。

そういや浜崎あゆみ自分作曲してたね、宇多田への意識あったのかな。

2000年以後「どれだけ歌詞共感出来るか?」が1つの指標になっていった気がするけど、

それも宇多田ヒカルが影響しているのかも。

2018-01-21

anond:20180121081049

1990年代プロデューサー時代だったっていうのもあると思うよ。

UAMISIAプロデュースは有名な人たちがやっていたし、誰がプロデュースたかで売れる時代だった。

モーニング娘。つんく♂が、椎名林檎亀田誠治が、あのエレカシだってこの時期に小林武史プロデュースされて認知度は一気に高まったし。

なのに宇多田ヒカル自分作詞作曲してプロデュース父親でしょ。しかめっちゃ洗練されてた。

そりゃ時代変わったって思われたよね。

ちなみにラブタンバリンズは時代が少しだけ早いし、渋谷系フリーソウルだと思われてたし、一般的には聞かれてなかった。

anond:20180121074753

できるだけ若い歌手音楽を聴きたい(歌いたい)みたいな空気感があって

若さが売れる条件だった所に

しかテレビで15歳を連呼していて、

「へー15歳の人なんだー」と思っていた、宇多田ヒカルに対して。

当時幼稚園児の自分は、

スピード後藤真希とひとまとめにして、

「凄い中学生お姉ちゃん」として見ていたかも。

なるほど、TKファミリー嫌いだったっていう人にとってのTKファミリーは当時の安室奈美恵なのね。

小室小室安室奈美恵結婚してキャラ変わったから、

後釜に鈴木亜美を持ってくるつもりだったけど、

宇多田が出てきたり鈴木亜美が自滅してったりでうまくいかなかったって感じなんだ?

anond:20180121005749

小室に嫌気さしてて宇多田にはまったって言う人たまーに見かけるけど、

その人的にUAとかMISIAってどういう存在なの?

上記アーティストとか渋谷系のラヴタンバリンズとか、

R&Bとかアーバンソウル雰囲気があるアーティストってちょくちょくいたように思えるんだけど?

リアルタイムははなたれ小僧だったくそゆとりには、

宇多田ヒカルデビューって「カッコいいお姉ちゃん出てきたな」としか捉えられてなかったからさ。

anond:20180119213948

ない。

小室ファミリーが我が世を謳歌していた昔も、女声の高音がきんきんするだけのつまらない音楽だと思っていた。

歌われる内容にも何一つ共感しなかった。

わたしはそのこのろ聖歌ばかりを聞いていた。

宇多田ヒカルが現れたとき、それはまさにこの世に現れて強烈な光を放つ感じだったんだけど、救われた気がした。

2018-01-07

からない わからない わからない

浜田の黒塗りの件で、もしかして私は差別容認なのだろうかと自分を信じられなくなっている。

番組自体は見てなくてニュースサイトで今回の騒動を知った。「一個人に扮した仮装でしょ?別にいいやん」が最初に思ったことだった。ミラクルひかる宇多田ヒカルに、前田健松浦亜弥に、コロッケ美川憲一に扮するのと同じように「浜田雅和のエディ・マーフィーのものまね」としてそれを受け入れた。

なんで叩かれてるの?と思ったらどうやら世間は「浜田雅功黒人モノマネ」としてあの姿を受け入れたらしかった。

今回の騒動に関連した宝塚についてのエントリが上がっててそれを読んだときも思ったけど、タカラジェンヌの人たちは舞台の上で顔を白く塗っている。もともと舞台化粧は派手にしてなんぼなところがあるんだろうけど、「演じる役柄が白人から」というのも白塗り理由の一つだと思う。でもそれが叩かれてるのは見たことがない。なぜならタカラジェンヌの人たちはその劇の中で演じる一個人・一役柄として観客に受け入れられているからだ。「日本人白人の真似をして白塗りしている」とは捉えられない。

じゃあ「お笑い番組」で笑い者にしたからだめなのか。

ドナルドトランプでもマリリンマンソンでもウディアレンでも誰でもいいけど、もしあのとき浜田白人有名人仮装をして白塗りしていたとしたら、ここまで叩かれていたのかな。もしもの話だから実際のところは分からないけど、多分そうはならなかったと思う。今まで数多く放送されたお笑いモノマネ番組の中で、白人有名人の扮装をした人たちはたくさんいただろうけどここまで叩かれたことはなかったからだ。

もちろん「白人の真似をして付け鼻をするのは差別!」という批判の声があるのは知ってるしそういうデフォルメ糾弾されるべきと思う。「肌の色で人間カテゴライズしてデフォルメ化するな」というのは分かる。分かるんだけど、今回の件はそれとは違うと思うのだ。一個人に扮してその人の肌の色を真似ることが駄目なら、個人の特徴をクローズアップしてそれをエンタメとする「モノマネ」というもの自体全てアウトなのではないか

黒塗りにだけ反応して黒人差別を叫ぶ「あの子かわいそうな子から触れないであげて!」みたいな腫れ物扱いって、逆差別ではないのか。黒人の肌の色は悪いものでもなんでもなく個人身体的特徴だ。身体的特徴を揶揄するのは悪い。それは分かる。あれ、じゃあ今回の件もやっぱり浜田が悪いのかな。でもあれって「揶揄するために」黒塗りにしたのかな。じゃあモノマネ自体個人揶揄する行為なの?じゃあモノマネは全部よくないの?とかなんかよく分からなくなってきて自分差別的人間なのかとか感覚が偏っているのかとか色々考えて自己不信になっている。

2018-01-01

去年見た映画

「SING」がすごいよかった。

まったく期待せず、人の付き添いで見に行ったのが最初で、そのあと1人で2回見に行った。

主人公コアラの声が内村光良だと気が付かなくて、エンドロールを見たとき驚いた。

MISIAにも驚いた。歌以外のセリフのところ。気弱な象の女の子MISIA個人的イメージとは正反対だったので、驚きだった。

長澤まさみの歌もよかったし、山寺宏一宮野真守などのベテラン声優が脇をしっかり固めていたか安心感があった。

それよりなにより選曲がよかった。懐かしのナンバーアニメから子供向けなんだ、と思ってた自分を恥じた。

2017年最後に見たのは「Destiny 鎌倉ものがたり

とにかく豪華なキャスティングだった。みんな主役級の俳優

堺雅人もかっこよかったし、高畑充希も可愛らしかった。

でもどうしても早送り感があってイマイチ楽しめない部分があった。次の話へどんどんどんどん進んでいくので、途中からどこに感情移入していいかわかんなくなって、置いてきぼりにされる寂しさがあった。

たぶん、いろんなことを詰め込みたくて、でも入りきらなくて、止む無く急な展開で話を進めていくしかなかったのかな…?とか考えた。

でも、そんなことはどうでもいいと思わせるほどかっこよくて愛らしい安藤サクラ演じる死神と、宇多田ヒカルエンディングテーマ…なんかもうそれだけで充分見てよかった!って思えた。

あけましておめでとうございます

2017-12-21

食わず嫌い

今まで三浦大知とか湘南乃風みたいなウェーーイって感じの音楽って食わず嫌いしてて聞いてこなかったんだけど,最近平成ライダーにハマって聞き始めたらテンションが上がることがわかった.

宇多田ヒカルとかaikoばっか聞いてるから病むんかな.

なんかウェーーイ系でおすすめあったら教えてください.

2017-12-11

安室奈美恵さんについて

安室奈美恵さんが引退するってなったときに、なんていうか彼女人格っていうものはないよなあとぼんやり思っていて、でそんな感じの女はいつの時代もどこにでもいたなって思った。

安室奈美恵さんは絶頂期にできちゃった結婚をしたり、母親殺害されたりなどとてもドラマチックな人生を送っている。でも彼女言葉っていうものはどこにもない。

あるのかな、あるのかもしれないけれど、それは楽曲だとかからはにじみ出ない。

あくまでも彼女はただの「安室奈美恵」であって、その中の人が何を思ってどう感じたかはそのパフォーマンスには影響しない、そこに安定感がある。

同様な立場吉永小百合さんがいる。

いや、サユリストと呼ばれる人々にとって彼女が何を思ってどう感じてどうパフォーマンスに影響したかは言えるんだろうけど一般人にとっては吉永小百合さんは人生において何かがあったとしてもそれによって目の前の何かが変わることはない、安定感があり間違っても手首を切ったりはしないあくまでも理想の見るものの手のひらとても狭い想像の中で動いてくれる稀有存在だ。

安室奈美恵さんの反対側にいるのが宇多田ヒカルさんだ。彼女母親の死をモロにうけていてそれを自分の中でどうしても消化しなくてはならなくて歌う。音程不安定言動も不確かなときが多い。彼女にとっては母親の死というものは歌にのせて消化しなくてはならないものでその消化活動においてそれを聴いて癒される人も多いのだろう。でもとても不安定だ。そこに救いを求めてもいいものかどうなのか身内の死という誰にでもありうる現象において心が作品がこんなにも左右されるような人の作るものに対して、自分の心をゆだねてもいいものだろうか、的な。ここともに母親ある意味殺された歌姫ってことで対比させてドキュメンタリー作っても面白そうだし対談させたいとこですけど誰かそれやってほしいな。

浅田真央さんにも同様のことを感じます

2017-11-29

解放された女性って宇多田ヒカルみたいな感じなんだろうね

相手経済力を求めずくっついたり離れたり

女性が力を持てばああい生き方をする人もまあ増えることは増えるのだろう

けど皆が皆あんなの真似できない、できるはずがない

2017-11-09

90年代宇多田ヒカル以外も売れてただろ。

あの10年間が異常だったんだよ。

宇多田ヒカルが売れていた90年代

「2010年代の音楽はクソだっ」という意見のまとめ - Togetterまとめ

テレビで誰かが「山口百恵国民の誰もが知っていたけど

宇多田ヒカルのようにはレコードは売れなかった」といった

内容のことを言っていた記憶がある。

90年代の頃から世代間に断絶があったんだよね。ヒット曲

生み出すキーワード女子高生カラオケだった。

2017-10-26

西新宿日本最高階数のマンションが完成 三菱地所レジデンス

http://www.sankeibiz.jp/business/news/171023/bsd1710232248009-n1.htm

近所に住んでるけどこのマンション宇多田ヒカルのお母さん、藤圭子自殺したマンションの斜め前あたり。

それが原因って訳じゃないけど、この辺り全然活気が無くて、人通りがすごい少ない。マンション結構建ってるのに。

金持ち層が多くてあんまり出歩かないからだろうけどね。

「うらやましー」って話題になってるけど、自分あんまりだなー。

2017-10-22

スピッツ紅白

この季節になると決まってゴシップ誌で紅白話題が出現する

その定番に出場辞退した大物アーティストというものがある

B'zや井上陽水宇多田ヒカル安室奈美恵…かつてはミスチルも挙げられてた

しかしこういった話でスピッツ名前を聞いたことがない

辞退の話はともかく

「あの年はいい線いったけど落選した」とか

「今年は出演するかも」とか

落ち目から呼ばれないだろう」というような

有名アーティストありがちな邪推すら聞こえてこない

スピッツテレビに出ないイメージ根付いているファンはともかく

テレビに出ていない芸能人存在していないというくらいのミーハー層ですら

スピッツ紅白は無縁のものとして認識している

その気負いのなさがスピッツの魅力だと僕は思う

2017-10-16

下手糞だからダメとか言うやつはアニソンというジャンルを何もわかってないバカ

一生宇多田ヒカルだけ聴いてろ

2017-09-12

シンゴジラよりもエヴァ序とエヴァ破のが面白かったよね

そろそろこれ言っても許される気がした。

宇多田ヒカルが流れてきた時の泣きそうになるほどのあの懐かしさ。

破で次々出てきた謎の解読に夢中になる事で取り戻した童心

忘れられて乾いた思い出が殻を突き破って新しい思い出へと羽化したようなアハ体験

あの映画にはあの頃の時代琥珀の中に閉じ込められた恐竜DNAみたいにギッシリと詰まっていた。

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