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はてなキーワード: 算数とは

2018-02-18

anond:20180218122025

算数で「りんご3つと、みかん2つ、合わせていくつ?」という問題に対して「りんごみかんは足せるの?」と返すみたいなことかな。

問題を正面から捉えられないというか、その学問の考え方ができないと得意にならないというのはあるかもね。

私も算数数学の考え方ができなかったから不得意だった。

2018-02-17

数学だけはちゃんと学ぶべきだった

因数分解をさも何の役にも立たないかのように教えていくの完全にハメだろ。

あそこで数学舐めてしまった。

因数分解算数の延長みたいなこと教えてないで最初からちゃんと数学として教えるべきだと思う。

というか、数学を教えるべき場面で算数みたいな教え方しすぎだよ。

日本に限らず海外もそういう傾向あるけどアレなんのメリットもないだろ。

数学の使い道を教えるのは大事だよ。

でも、無意味数字を入れただけの無意味な式を解かせる行為素振りとしてすらオススメ出来ない。

間違った筋トレのようなものだ。

数学数学として学ぶべき。

それに気づけなかった10-30代の俺がバカだったのは事実だけど、わざわざバカを量産することにメリットはないだろ。

2018-02-15

算数たかし君は暇をもて余してTwitter登録しました。

これからたかしくんがTwitterに費やす時間を求めよ。

2018-02-14

開始数から終了数までの間にいくつあるか、とか

この計算には何か名前があるのかもしれないけど、昔から苦手。

そのたびにいちいち紙に書いたり数えたりしないと不安で仕方ない。

たとえば、「2日から9日まで何日あるか」というのは、9-2+1=8 とやるけど、

最後+1 が何を意味するのかいまだに分からなくてただ暗記していて気持ち悪い。

算数の得意な人うまいこと教えろください。

2018-02-13

勉強なんか出来なければよかった

義務教育ときの話だ。

小学生時代、私のクラスメイト個性的な子ばかりだった。

やたら計算が早くて算数が得意な奴、誰よりも漢字を知っている奴、国と首都を全部言える奴、作文を書くのがとてつもなく上手い奴、喋るのが得意で説得力が物凄い奴、とにかくいろんな子がいた。勉学において突出した何かを持っている子が、私の友達には多くいた。

かく言う私もどちらかといえばそちら側で、特別な何かがあったわけではないが勉強だけはできた。一応。この広いネットの海からすれば井の中の蛙しかないけれども。

結論から言うと、彼らは後にグレた。ほぼ全員がだ。

グレたといっても夜露死苦とか書いた短ランを着るようなアレではなくて、教師に反抗したり徹夜ゲームしたり、その程度。

その結果(一概に100%そのせいと言い切るのも危険だけれど)、学年でもトップクラス学力能力を誇った彼らは、高校受験の際にいわゆる地区トップ校には行けなかった。では誰がトップ校に行ったのか。

答えは「優等生」だ。

優等生トップ校に行くこと自体は何も不自然なことではない。問題なのは、幼少期から突出した能力を持っていた子達(変人とも言う)が軒並み途中でドロップアウトしていったことだ。

実はこれ、学年が上がるごとに変人の成績が下がって優等生の成績が上がっているのだ。少なくとも私の観測範囲では。

これは私の体験談だが、「終わった人から帰っていいよ」タイプ課題が出た際にとにかく早く帰りたくて全力でそれを終わらせて一番に提出した。すると教師は、早すぎる、本当にちゃんとやったのか、と怒った。ちょっと理不尽すぎて書いてて腹が立ってきた。

他にも、演習問題が終わったからと宿題範囲をやっていたら宿題は家でやるものだと怒られたりもした。一理あるが、ならば演習が終わったらただ黒板を見つめていろとでも言うのだろうか。

……私が怒られすぎなだけな気もしてきたがまあいい、続ける。

こんな感じで、特に小学生時代は「周りと足並みを揃えること」を強要された訳だ。

の子と違うことをしてはいけない。他の子と同じことをしなければならない。他の子より早く終わってはいけない。他の子より上手く出来てはいけない。最早これは呪詛だ。今でも私から離れない強迫観念

特に私が小学生の時はまだゆとり教育時代だったから、競うことは良しとされていなかった。みんな同じが平和だとされていた。みんな同じでなければ平和でない、と言い換えてもいい。

そういった価値観だったから、出る杭は打たれた。突出した能力がある子達は皆そうだった。彼らは頭がよく切れたが、それも教師の癇に障ったのかもしれない。出る杭たちは打たれて打たれて、その多くは折られてしまった。周りに好かれることが得意な優等生たちは折られずに済んだ。その結果が前述した「変人ドロップアウト優等生トップ校に行った」ということだ。

私自身も当時は出る杭だった。例に漏れドロップアウトした。教師同級生から同調圧力に耐えられなかった。今でも出る杭になるのが怖くて何も出来ずにいる。

あのまま伸びていたらとんでもなく凄い奴になっていただろうなという子もいた。本当に勿体無い。

どうして出る杭がここまで執拗に打たれなければいけないのか。生徒の能力を平らにならそうとして、折角の能力を削ぎ落としてしまってはいいか。心を折ってしまってはいいか先生に好かれ、周りの生徒に好かれることがいい生徒の唯一絶対の条件になってはいいか。多少模範から外れていても、秀でた能力をせめて認めてあげることはできないのか。

折れた心は元には戻らない。騙し騙しやってはきたが、義務教育を終えた頃から小学校後遺症が目立つようになった。何がやばいかって受験がとてつもなく苦しい。出る杭は打たれる、終いには折られると刷り込まれた頭でどうやって受験しろと?

勉強なんか出来なければよかった。

できなかったら、きっともっと生きやすかった。

カッとなって勢いで書いた。支離滅裂申し訳ない。

2018-02-12

SVCは S = Cだって説明死ぬほど見かけるけどさ

「"SはC"であって、"CはS" じゃないかイコールじゃねえだろ文系野郎め」って毎回思ってる

"When Tom is a boy, every boy is Tom."じゃないだろって。

って言っても「はぁ?何言ってんの?でもSVCイコールから」みたいなこと言ってくるやつウザすぎ。

そんな説明してるからaとtheの違いで詰まるんだよボケ

かけ算順序にしっかり拘っていればそんなことにはならなかった(方法が間違ってるからそうはならないけど)

こいつ算数の掛け算の順序とイコールの"順序"を同列に扱ってんのか?ばかか?

3 × 2 = 6を2 × 3 = 6 とはわけが違うわけだが。2 × 3 = 3 × 2とかそういう話じゃない。もう全然何もわかってない。

2×3→6かつ6→2×3っていうのを表したのが2×3=6

どっちも成り立つからイコールなわけだが???

太郎はうんちをする人です。だからうんちをする人は太郎です」は成り立たないだろうが。

まり「うんちをする人=太郎」じゃないだろ。ゆえに「太郎=うんちをする人」でもないわけ。

太郎はうんちをする人(複数人)の要素だから太郎∈うんちをする人」これがSVCだよタコ

奨学金のやつ

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASL2964GZL29UUPI001.html

straychef 親に請求ってのはもう絶対的おかしい 親が出せないから借りるんだろ

意味わからん

「出せないから借りる」はすべての融資共通だ!

俺が会社作りたいとする。金がなくて設立資金経営資金出せないとする。銀行から資金借りて、経営利益から返済して行くことになるわな。

銀行に「返済お願いします」って言われたときにこう答えていいのか?

「俺に請求ってのはもう絶対おかしい 俺が出せないから借りるんだろ」と。

頼むからちょっとだけ論理的思考してくれ。

これ書いた奴と星付けたやつは全員無惨なまでの馬鹿だ。


sisya 年収300万あれば恵まれているといわれる時代に、毎年177万の負担計算が合わないなとは思う。子供二人大学に行かせる学費だけで破産する計算になる。少子化解決するわけがないと思う。 139 clicks

いくらなんでも年収300万円で恵まれてるなんて話は聞いたことがない。ドサクサ紛れに無茶言うな。

・毎年177万円の根拠はおそらくこれhttps://manabi.benesse.ne.jp/parent/okane/02/page3.htmlだろうが、

 見てわかる通り単なる生活費として計上された40万円が含まれている。

 残りの137万円についてはなんとはっきりした内訳がない。

 同サイトの別のページhttps://manabi.benesse.ne.jp/parent/okane/02/page2.htmlでは、

 私立文系初年度で授業料746,123円 入学242,579円 施設設備費158,118円 合計1,146,819円

 となっている。

 入学金を抜いたら90万円だ!

 「年間177万円」との差額87万円!

 87万円のうち40万円はただの生活費というインチキだったが、

 それでも残る47万円(初年度のみ入学24万円が含まれる)は純然たる使途不明金だ!

 こんなドンブリ勘定が話になるか?

 数字の話をするならちゃんと計算しろエビデンスを問え。

 これ書いた奴と星付けたやつは小学校レベル算数出来ない馬鹿だ。


quick_past 返す能力がないならそもそも借りるな。というのは一見もっともだけど、やっぱり奨学金って何の制度かわからなくなる。そして貧困層ほど教育が受けられない現状の追認にしかならない。これからのことを考えよう。

奨学金が何の制度かって、前途有為若者に学資を与えてのちに何倍何十倍の大きな実を収穫しようという社会投資では?

出来の悪いただの貧困若者に金をばら撒く制度じゃないぞ。

貧困層を救いたいという意思は立派だがここでする話じゃない。

kazukiti 「返せるか分かんないけど貧乏から貸してくれ」ってのが奨学金大前提自己責任論で片付けるのはあまり無責任

そんな大前提は無い。

貧乏でも返せるぐらい低利率で学資を貸しまから未来を拓いてくださいってものだ。

震災とかリーマンショックとか大病などで職にあぶれて計画が大幅に狂っちゃったとかならまだしも

普通に就職して普通に返せませんじゃそいつの方があまり無責任


aoi-sora 800万借りて大学にいくというのが、どういうことなのか想像できない。 教育 大学

yusuke-k 480万円返済中だけど、こういう記事見てると何故か自分人生馬鹿にされてる気分になる。なんでだろう?

同感。

どう考えても計算が合わない。おかしい。

さっきの生活費40万円込・毎年使途不明金47万円込のデタラメ算でも1年で177万円、4年で700万にしかならないんだよ。

残り100万はなんの為に借りてどこへ消えたんだ?

バイト一切しない条件でも学生レベルの遊興費程度は使途不明金47万円から捻出できる筈だ。

この話のへんてこさは苦労して金勘定しながら大学出た人の方が気付くだろう。

突っ込みどころに気付かないのは優雅親の金大学を出てその後も切実な金勘定必要に迫られないで生きてきたぼっちゃんじょうちゃんじゃねーの?

これを「弱い者が弱い者を叩く」とか言われたらやってられん。

勘定も出来ないままいい歳になったお貴族様どもにさあ。


enemyoffreedom 少子化が異常な速度で進むのも無理はない。教育を受ける権利すら自己責任でまかなえとかすごい国になってきたなぁ…

大学教育ってそもそも全員が(出来の悪いやつや勉強が嫌いなやつも)受けるべきものか?

学費400~500万円を上回る付加価値が生まれないならそもそも受けるべきじゃないだろ。

これは自費で受けるにせよ借金で受けるにせよ公的扶助で受けるにせよ。

それだけの額を掛ける価値のないサービスになってるってこった。


harappa5 申し訳ないが、大学進学は、「大卒」という肩書きを手に入れて、割りに合う程度の価値がなければ、無理に行こうとしても、破綻してしまうと思う

その通り。


hal9009 誰かの借金地獄で回っているのが「大学業界」w

な。問題大学の方じゃね?

ちなみにお隣の韓国大学進学率が超高い&超学歴社会だが若者就職難が地獄様相

大学全入が国民幸せになってない


napsucks クソみたいな五流大学借金して行くのが間違いだが、そもそもアホに大卒を与えるディプロマミルの乱立が原因。政府はアホ大卒を世の中からなくすための制度設計をすべき。

これな。

こいついつも低学歴や下層を見下す発言しながら中年モテ自慢してる学生時代モテなかったことを恨みとして頭狂ったやべー奴だけど今回に限って言えば完全に正しい。


kakaku01 大卒手取り20万、そう悪くない給与のはずだが月4万は重い。昔はもっと給与が多かったのか学費が安かったのか。

2018/02/12

4か月分ぐらいボーナスあるなら悪くないけど無いなら800万かけて大学出た人としては微妙だろう。

東京ならそんな仕事高卒でも就けるじゃん(高卒差別で言ってんじゃねーからな。投資のリターンの話だ。)。


giyo381 連帯保証人制度は悪い文明日大未満の私立文系大学も悪い文明飛び級がないのも悪い文明

こういうまともで地に足ついたコメントには星が対してつかない。

勘定も出来ずに無限対応を求めるコメントに星が集まる。


homarara 入学費30万、学費1年100万なら4年で430万。交通費が幾らかかったのか知らんが、あと370万ってのはかかり過ぎじゃないのか?

このまともさ。

人気2位のsisya のコメントと比べてくれよ。

まともな金銭感覚のある人のコメントが埋もれて、算数出来ない馬鹿コメントが人気2位。


tA9 手取り20万で4万返せないなら金の使い方がおかし

記事のやつは「返せるけど返すのが嫌」って言ってるだけだよね


poko_pen 自宅通学で文系で800万借りたって、話どこかおかしいよ。理系でもそんな借りないんだから朝日新聞奨学金の話だと通常有り得ないケースばかり出すけど、良く知ってる人からしたらそんなの胡散臭さ増すだけだよ。

高等遊民の多いはてなでは突っ込めない馬鹿が人気1位になってるけど、まともな生活者からすればすぐ「おかしい」ってなるケースだよねこ


tetora2 実家通いで800万借金だと学費生活費を賄っても余るね。たぶん本人か親が流用してるよね。

これが邪推だと言うならもっとお金の内訳を説明してほしいよね。


dongdeng 実家通い国公立で800万がありえないとか言われてるけど高校から大学院まで通って1種2種をダブルで取って家庭に入れてるとこうなるよ 俺がちょうどそれくらい

どう考えても本件と関係ない熱い自分語り誇らしくないの?チンフェかお前は

ただ800万円というのがこれぐらいやってさらに家に入れてようやく消える金額だという資料にはなってる

チンフェも人の役に立つがある


miz999 やっぱり安価高卒者向けの教育システムって必要だと思う。高卒就職するのもあれだから社会に出る前にアルバイトしながら自分資質を測れるような、週3回6時間くらいの学校が。

こういうまともな1案には星がつかない


takamurasachi 借金してキャバクラに行ってるわけでもなし、大学に金落としてんだからちょっと配慮してやっていんじゃない。だいたい大学が有料なのがふざけてる

親が商売に流用したんじゃないならキャバクラ風俗行っててもおかしくないレベル使途不明金があるんですが、それは


superabbit 田舎出身ならまだしも、大阪実家があるのに東京就職して奨学金返せないほど生活苦ってアホの子自己破産する前に関西圏転職しろよ。

800万円掛けて大学出た若者として、手取り20万円でボーナスなし程度の仕事にはこだわる必要ないよね


iww 破産すれば再出発可能なのだから ほかの国よりはだいぶマシな気がする 社会

非生産的なことに800万円がつぎ込まれた、というただの失敗例だよねこ

使ったほうは万々歳じゃん


iGCN 大学進学を投資と考えれば、奨学金が返せる見込みがないのに借りるのはどうなのかという話にはならんの?

これに尽きる

高卒生活が苦しいというならそこでこそ政府の出番だけれども

馬鹿勉強嫌いが大学に行く必要は無い

大卒じゃ無くてもちゃんと一人前の生活が出来る社会にするほうが正道だ

奨学金を今以上ガバガバにしても詐欺みたいな私大にしゃぶられて餌にされるだけだぞ



w1234567 今の若者年金の収支がマイナス2000万オーバー世代なんだから教育費ぐらい無料になってもいいと思うんだが

年金不公平年金で解消すべきで、インチキ私大を太らせる資金に回されてもなあ

2018-02-06

算数が解けない

小学校で習った範囲の内容なはずなのに難しすぎる。「君、小学校卒業したんでしょうがー!」と、日ごろ松下幸之助みたいなジジイにいびられる俺も、本当に小学校卒業してきたのか不安になる。みんなよく中学入試受かるよな。明日から満員電車に乗り込む中学生見ても邪険にできん。コノコハオレヨリアタマガイイ、コノコハオレヨリアタマガイイ、コノコハオレヨリアタマガイイ、コノコハオレヨリアタマガイイ、コノコハオレヨリアタマガイ

2018-02-03

義務教育で生徒の数多すぎ!教諭の数少なすぎ!とか言う人

集団受講の学習塾より個別指導家庭教師の方が超ハイコストってこと分かって言ってるのかなあ

義務教育レベル算数もできないのかなあ

それとも老人の社会保障費削ればいいと思ってるのかなあ

それとも金持ち増税すれば解決すると思ってるのかなあ

2018-02-01

自分より評価されている他人馬鹿にせずにはいられない物書きの話

 最初に前提として私の性格を言っておこう。

 まず、プライドが高い。文才も地の頭の良さも無いのに、どうしてか自分は頭が良いと思いがちである

 そして、他人との比較による評価判断の重きを置く。

 極め付けには、「プライドが高く才能も無いのに相対評価にいつもびくびくと怖気付いている私は馬鹿なのだ」と分かりきっているようなことを考えて、まるで自分のことを本当に理解しているからこそ卑下するのだという態度を取る。

 こんな人間の戯言でも良ければ見ていってほしい。

 私は二次創作小説を書いている。ペースは1〜2週間に8千〜1万字程度の短編を一本。生活を圧迫しない程度に小話を書いて満足している、趣味には飢えていない物書きごっこ大好き遅筆人間である

 小説を書くのは楽しい。また理解出来ないようなキャラクタの心情をどうにか知ることは出来ないか考察に走ってみることも楽しい。但しその考察目的が「キャラクタを知りたい」というものである以上、その楽しみが「考察をすること」に留まってはいけないと思うし、考察によって自分が得た「キャラクタの心情」が一次のキャラクタが持つそれと同一である盲目的に信じることもいけないと思う。

 話が逸れてしまったのですぐ上で述べたことを繰り返すと、私は文章を書くことに対して喜びを感じている。元々勉強でも現代文が一番得意で、本も同年代の平均的な読書量と比べれば読んでいる方だろう。文章に対して苦手という意識は無く、文を読むこともこねくり回すことも大好きな部類の人間だ。

 だから好きなキャラクタについて文章を書くことも楽しいし、それ自体目的であり手段であるのなら「○○について話書くのたのしいな!」で思考ストップしても別に構わない。それが当然の帰結であろう。

 けれど、そこで終われないのだ。

 書き終わった後作品コミュニティサイトにアップし、どれくらいの人から良い評価を得られるかが気になってしまう。数時間おきにページを開き、通知を確認してしまう。

 その上、他人が書いた作品に付けられた評価自分作品に与えられた評価とを見比べ、一概に言えるわけもないのに「自分の方が上手い文章であるのにどうしてこの人の方が褒められるのか」と苛立ってしまう。“一概に言えるわけもないのに”という表現からも、私のプライドの高さが伺えるとは思う。

 pixivを例に挙げると(実際私が今小説投稿しているサイトpixivではないが)、pixivには閲覧者があなた作品が好きですという感想マウスをワンクリックするだけで伝えることの出来る「すき!」という評価システムがある。

 勿論閲覧してもらうこと自体嬉しいのだが、好きだと言ってもらえることはもっと嬉しい。嬉しくてたまらない。しかしその嬉しいという純粋感情は、次第に「私はこれだけ評価されている」という目を背けたくなるような慢心へと姿を変える。

 そして評価されているのは私ではなく私が書いた小説であるということにも気が付かずに、「私はこれだけ評価されている」という偉ぶった思いが、いつのまにか「他人があれだけ評価されている」という妬ましい思いにすり替わっているのである

 実際pixivではランキングという一つの評価指標のようなものがあり、そのランキングがその時の利用者の間の流行に左右されて一つのジャンルで埋まることがあるとしても、競争心のようなものが煽られているような気はしなくはない(利用者が気軽に「評価の高い≒高確率でハズレではない」作品を閲覧出来るようにという意図によって作られたのだろうけれど)。

 しかし私の利用しているサイトではランキングシステムはなく(世間様の目に触れてはいけないようなジャンルを扱う人々が作品をアップするサイトであるからかもしれない)、皆恐らくのんびりと創作に勤しんでいるはずだ。競争心を煽るようなものはどこにも見つからない。

 にも拘らず、だ。私は人様に寄せられた好意と私の作品に寄せて下さった好意とを失礼なことに比較して、剰え自分の方が優秀であるだろうなんてことを考えている。好意を寄せる人々とその“人様”とを侮辱しているようなものではないか

 まあ多分、きっと、私の文章面白くないのだ。それに今熱中しているジャンルは、本編の放送が終了してしまっている。だから離れていってしまった人も多いのだ、というのは言い訳として言わせてほしい。実際閲覧数も落ち着いてきている。

 でも、本当に面白くないのだとは心の底では思ってなどいない。そんなの認められない。認めたくないのだ。だって、私にはプライドがある。私の文章面白くないわけないじゃないか、という捨てられない最後の砦がある。

 どうしてそんなクソみたいなプライドを持ち合わせてしまたかというと、それは中高時代経験が多分にある。

 私は中学受験をして、世間からお嬢様学校と呼ばれるような学校に入った。御三家第一志望とする受験生が第二・三志望で出願するような学校で(当時の話だ。今がどうかは知らない)、毎年数人が東大に行き、学年の半数以上が早慶上智、少なくとも皆GMARCHには行くくらいのレベルのそこそこ進学校である。めちゃくちゃバレバレだが。

 小学校では中学受験をする子が周りにおらず、親も褒めて伸ばすタイプだったのが逆に悪かったのか何なのかは知らないが、いつのまにか私の中には「自分は頭が良い」という意識が生まれていった。

 しか中学に入って、私はだんだん勉強に追いついていけなくなる。100点のテストで70点しか取れなくて悔しがっていたのが、いつしか苦手科目や5教科以外の試験なら平均点や満点の半分の点数を取れればまあ良いやというようになってくる。

 初めは真面目に通っていた鉄緑会も辞めてしまい、鉄壁はその厚さにギブアップしてターゲット1900に切り替えるなど楽な方を選択して勉強もまともにしなかった為、高3では地獄を見る羽目となった。

 それは元々の私の性格である怠惰さや勉強があまり好きではないという思いから来るものであり、また自分よりも学にも芸にも秀でている友人を見ていくうちに漸く得た「なんだ、自分って大したこと無いんじゃん」という諦念の感によることだったのかもしれない。

 けれど、私は「自分は出来る子だ」というプライドを捨て切れなかった。

 夏休み課題で提出する小説で賞を貰ったこと、授業で誰一人理解することの出来なかった『こころ』の友人Kの感情自分だけ読み解けたこと、センター志望校過去問絶対現代文だけは間違えなかったこと、そういう取るに足りない誰もがきっと忘れていくような些細な物事の欠片を、歩いてきた道を振り返ってしゃがみこんで目を凝らして拾い集めた。

 誰にも自慢出来ることがなく、性格が良いわけでもなく、美人でもなければ気が利くわけでもない。友人と呼びたくとも向こうがこちらを好いていなかったらどうしようと怖くなって友達もあまり作れなかったし、部活で一緒だった数人の友達と呼べる人たちが皆国立理系コースに進む中私だけ私立文系という道を選んだ(算数嫌いが祟って数学も駄目だった)し、夢もなく何かに向かって努力たかと言えば泣きながら日本史熟語を頭に詰め込んだ時くらいだ(暗記科目が苦手なくせに受験で使った)。

 要するに救いようのないくらい臆病な馬鹿だ。出来ないことが多すぎて、常に劣等感に苛まれている。しかし臆病であるからこそ本当に自分は駄目なんだと諦めたくなくて、「自分馬鹿じゃない」と思い続けている。

 結果として大学受験センター滑り止め他志望校で躓き続け、奇跡的に第一志望だけ合格したのだから始末に負えない。世間様に馬鹿にはされない学校に入ったことで、人生設計の全く捗らない行先に少しは安心出来る要素がプラスされたくらいのくせに、私の「自分は出来るんだプライド」は強化されてしまった。

 「どうしてどうせまともに勉強もしていないようなあなた文章が、W大文学部の私が書いた文章よりも評価されるの?」

「どうしてあなたがテキトーに書いた3千文字も無い文章が私の1万字よりも評価されるの?」

「どうしてまともに『てにをは』を使えないあなた文章が私の文章より評価されるの?」

 というような泣きたいくらいの進化が遂げられてしまった。いやもう泣いてる。見ず知らずの人を絶対自分よりも下流努力していない人間と決めつけて、自分付加価値で殴ろうとしている。文章は長ければ長いほど良いと思い込んでいる。三番目は許してほしいが、信じられない愚行だ。

 まず第一勉強が出来る(=成績が良い)ことと文章面白く書けることとは全くもって関係がない。ウィット文章を書けることと教養があることとは関係があるだろうが、そちらは関係がない。

 第二に学歴文章判断するのは間違っている。学歴が無くても面白い文章は書けるし、一般大衆にウケたり賞も獲れたりする。

 まったく評価基準が間違っているとしか言いようがない。視野が狭い人間なので他にも叩ける部分はあると思うのだが、溜息しか出ない。しかもわかっているのに直せない(と思い込んでいる?)のだからどうしようもない。どうしたら良いのだろう。どうすれば良いのかわからなくて、途方に暮れている。

 嫌な人間になってしまったものだと思う。でもこの世の中は競争社会で、相対評価が当たり前で、何かしら人と比べなければ気が済まない人々に囲まれ環境に置かれればそうなってしまうのも致し方ないのではないか、と自分を庇ってしまいたくもなる。

 誤解の無いように言っておくと、他人様の文章に感動しない人間ではない。寒い部屋で鼻水垂らして泣きながら読んだ大好きな小説もあるし、してやられたと最後最後でのどんでん返しにニヤついてしまうこともある。

 しかし「人に馬鹿にされたくない」という思いと「人に評価されたい」という思いが混ざると、こんな面倒なことになってしまう。でもどちらも当たり前の感情だとも思うから、返って対処の仕方が解らない。

 作品に関しては宣伝もっと上手く出来れば閲覧数が伸びるのではないか、という指摘もあるかもしれないが、表立って書いてますとは言えないジャンル創作なので、そこの辺りは難しいのではないかと思う(一応ツイッターにそのジャンル専用の鍵アカウントを作ってあるが、相互が40人程度の小規模なアカウントだ)。

 人に賞賛される喜びが捻じ曲がって醜い嫉妬に変わり果てるのは、今私や私の小説を好きだと言って下さっている方々の思いの否定にもなりかねず心苦しい。

 今回はそういう気持ちをどこかに吐き出したいと思いチラシの裏感覚文章を書いたのだけれど、割合すっきりしたのと同時に恐らくこれからもそのような自己矛盾と付き合っていかなくてはならないのだろうな、という実感が湧いてきている。

 何があっても筆は止まらないし、折るつもりもない。文章を書く喜び、キャラクタに向き合う喜び、そして人に賞賛されるという喜び。それらの何物にも代え難い快感を知ってしまったら、もう当分心大人になりきれるまでは、ずっと苦しみ続けなければならないのだ。

2018-01-26

岡田准一ってなんか感じ悪い

こじらせちゃった意識高い系匂いがする。

まー別に三十過ぎのおっさん不倫しようが結婚しようがどうでもいいんだけど、その三十過ぎのおっさんアイドル扱いするマネタイズマシーンから利益を得ていながら、クリスマスイヴ結婚しましたーのレターファンに送るのって、わざわざ喧嘩売ってんのかっていうレベルの話だろ。

ジャニオタきもいから、ふだんは同情しないけど、あれはさすがに踏まれても蹴られてもついてきたファンにする仕打ちじゃないだろ。もう、人の道から外れているレベル

岡田も三十過ぎだから、きちんと気遣ってあげれば「結婚するなんて許せない! キーッ」ってなるファンはそうはいなかったと思うんだよね。

彼らが怒っているとすればそれは岡田結婚することに対してじゃなくて、一般社会レベルで対人の気遣いがなかったところ、ファン人間扱いしなかったその非人道性に怒っているんだと思う。

ま、それはまあどうでもいいっちゃいんだけど。

NHKのBSプレニアムで放送している「ザ・プロフイラー」ね、岡田准一司会者ホストなんだけど、ちょくちょく相手意見を上からいかぶさって全否定している姿を見かける。

そのたびにゲストは「え? 司会者迎合してとんそくしないといけないの? 何を話せばいいの?」っていう微妙空気になるし、ゲストの側がおもんばかってなんとか平穏な流れにもっていこうとする状況がちょくちょくある。あれされて、怒らずに、鷹揚に構えて、番組を成立させていた高橋英樹ってほんと偉いよなー。

そもそも高橋英樹だって別に的外れなことを言っていたわけじゃなかくて、しか意見を誰かに押し付けようともしていなかったわけ。

普通司会者なら、仮に異論があっても、

「なるほど、別の見方としてこういう見方もできると思うんですけど、どう思いますか」

一回受け止めて、会話が穏やかに成立するようにすると思うんだけど、岡田は、

「それは違いますね」

とバッサリ切る。算数の話をしているんじゃないよ。1+1=2の話をしているんじゃないよ。歴史解釈、それもエンターテインメント寄りの解釈をしている時に、なんじゃそりゃ? って思うでしょ。

番組のものは好きなのにいつ岡田暴走するかひやひやして安心してみていられない。

2018-01-19

なぜ勉強しなくちゃいけないのか

恐怖やムダを省くためってのはどうだろう。

例えば、

 

算数:たくさんあるものを数えるには、だいたい半分の側の個数を数えてから2倍すればいい

理科原子陽子電子中性子の集合で、これらには天然も合成もないから「天然○○は体にいい、合成○○は体に毒」と恐怖する必要はない

社会個人国家という概念最近数百年のものだし世界共通でもない。正しい社会なんてものは今も試行錯誤中で、正解は誰にも分からない

 

なんかが分かっているかいないかで生きる難易度は格段に変わる。

 

具体的な公式単語を暗記する意味は薄いが、「この世界には数字や式によって予測できることがたくさんある」という抽象的な理解を得るためには具体的な演習をいくつも経験して「本当にそうだな」と実感する必要がある。抽象とは具体を束ねたものなので、具体的経験がないのに抽象理解をすることはできない。

 

勉強した人としなかった人の違い:

勉強した人:「この世界には数字や式によって予測できることがたくさんある」という抽象的な理解をしている。抽象であるので下位の具体的経験も持っているから、実際に数字や式によって確率計算をしてギャンブル宝くじは興奮はするが儲かることはないことが分かる。

勉強をしなかった人:「この世界には数字や式によって予測できることがたくさんある」とあいまい理解をしている。あいまいなので下位の具体的経験を持っていないから、実際に数字や式によって確率計算ができず、ギャンブル宝くじでいつか儲かると思っている。

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ただ、これを言ったら勉強するようになるかというと全く別の話で、要は勉強という行為に強い不快感が紐付けられていたらどうしようもない。そこの話は別なのでまた今度。

2018-01-16

anond:20180116162348

いやそういう穴を見つけるのも共同作業の成果だって言えるレベル議論が成立できてるなら

お前が相手のことどう思ってようがそれは同レベル同士ってことだよ

1+1=3ですとかそういうことを主張されたら議論じゃなくて啓蒙するか家に帰って算数勉強をしてもらうしかないわけだ

2018-01-08

とても頭の悪い彼女の思い出

俺が高校生の時、とてつもなく頭の悪い彼女がいた。

てにをは」をよく間違える。算数計算が非常にあやしい。そんな彼女だ。

出会いもめちゃくちゃだった。

そこそこのバカ高校の生徒であった当時、童貞は最高にダサいという価値観クラス蔓延していた。

そんな中、ひどく焦って、信頼できる先輩に紹介してもらったのが面識のない一つ年上の彼女だった。

先輩曰く、こいつは童貞の筆下ろしの達人だと。

セックスにおける諸々の礼儀作法を学ぶにはうってつけの、歴戦の猛者であると。

何度か電話交渉した結果、初対面が俺の自宅デートかつその場で即座にセックスで条件合意という、

ガチホームなのにアウェイという非常に困難な状況で会う事となり、

緊張しながらも、俺は彼女との初対局にあたり万全の備えをしつつも、立ち上がりは強めでいこうと決心していた。

童貞とてなめられてはいけない。オスとしてのプライドはある程度守らなくてはいけないが、

しか紳士的かつフレンドリーでありたいと、そう心に決めて臨んだ対局だった。

結果として対局はスムーズに進みつつ、無事に童貞の見栄っ張りは一撃で粉々に砕け散った。

さすがは歴戦の猛者といった試合展開で、負けもいっそ心地いい。名人に一本とられたという具合だ。

初対面の童貞職人芸を惜しげなく披露するプロフェッショナル彼女の姿に感動し、

俺は他人からこの人がビッチと呼ばれていてもいいから、

一緒に居たいといたく感動し、胸焦がれた事を今でも覚えている。

それから何度も逢瀬を重ねるも、やがて、全てがめちゃくちゃなので、自分から自然消滅的に連絡を絶ってしまった。

地元では有名なビッチだったので、その人を周囲に紹介しづらいという後ろめたさがあり、

俺は彼女正式彼女であるオフィシャルに言えなかった。

秘密愛人のような、隠した存在のように扱ってしまった。

とても愛していたのに。なんて馬鹿な事をしたのか。今でも、深い、深い後悔をしている。

それから20年が経ってしまった。

俺は東京に出て一山あてようと頑張りつつなかなか成果が出ないという現状なのだが、

ひょんな事で、彼女東京のしかもごく近くに住んでいる事を伝え聞いた。

彼女もいい年をしておいて独身だ。まぁ問題が色々あったんだろうなと即座に察した。

連絡をしようかどうか?これは極めて困難な問題だ。

20年も経って連絡するのは向こうも驚くだろうと。はたから見れば意味不明でしょうと。

でも、めっちゃ近い。なら会いたい。今なら。今であれば。

伝えられなかった事も伝えたい。童貞の筆下ろしのプロ

俺はそんなプロフェッショナルの人となりに、本当に敬意を持っている。

できるならば今後は俺の隣にいて欲しい。愛おしい人。

2017-12-29

おそ松さんオワコンなのか

昨今、インターネットの片隅で話題になっている「『おそ松さん』が2期に入ってつまらなくなった/人気が壊滅的に落ちた」問題を考える。以下の内容は、1期の途中で松にハマり、今現在2期を楽しく観ている人間個人的見解である事に留意されたし。

※長いよ!



■議題その1「つまらなくなったのか」

さて、1期と2期の違いを考えてみる。1期は実験ギャグアニメとして、様々なパターンの話が作られた。その中でも、派生松の元になりやすい、パロディ系(例:F6、女子松、デリバリーコント、なごみ)は、腐女子の燃料として発火性が高い。また、感動モノ系(例:エスニャン回、十カノ回)も、男性的というより女性的な感性に訴えかけるものに思える。

しかし、2017年現在、2期に入ってからの、パロディ系『げんし松さん』『三国志さん』は、腐女子人気が出やすテイストではない。また、感動モノ系は『松造と松代』の1本のみ。内容も「松造が松代とご無沙汰」という下ネタベースになっているので、シリアス度は低め。また、女性共感が得やすい内容でも無い。

(勿論ギャグも求めているだろうが)1期の様な、女性向け萌えも求めている人にとって、2期は今一つ物足りなさがあるのではないか

放送がない間、アプリゲーム雑誌等で、派生松の元ネタが量産された。けれど、2期発信の派生松はほぼ盛り上がっていない。そして、2期に入り、女性が抱く萌えには繋がらない要素(例:照英さん、1話でのファン描写)も多くなった。これらの要因が「つまらなくなった」「2期に入って変わった」という感想を抱かせる理由だと思われる。

2期1話で分かる通り、『おそ松さん』というアニメ作品(各種コラボは除く)は、女性向けを意識して製作されていない。2期に入り、下ネタ不条理ギャグについてこられる人だけをターゲットにした「自己責任アニメ」へと完全に舵を切った。故に、ついてこられない人は置いて行かれてしまったのだ。

面白い面白くないは、あくま個人感性に基づくものなので、算数の解答のように、明確な答えを出す事は出来ない。とはいえ、上記のような要因は、批判理由の一端として挙げられるだろう。

ただ、個人的にはF6が女性向けに作られたものというより、女性向けコンテンツデフォルメ化した笑い(いわばコロッケモノマネのようなもの)だと思っている。それは2期1話ファン描写視点と、何ら違いは無い。そういう意味で、1期と2期で変わったとは、私は感じないし、1期も2期も変わらず面白い。なんなら2期の方が好き。『超洗剤』『返すだス』辺りが好き。



■議題その2「人気が壊滅的に落ちたのか」

答えはいいえ、だ。正確に言えば「1期のような乱痴気騒ぎは収まったが、いまだに根強い人気がある」だ。そもそも1期がおかしかったのだ。円盤が8万枚売れて、オタク以外にも認知され、流行語にもなった。そんなアニメ作品は、稀である

それが2期に入って、むしろ正常な状態になったように感じる。そもそも、2期の円盤は1万枚売り上げている。普通にアニメ作品としてはヒットの部類なのに、何故「2期大爆死乙wwww」などというまとめサイトが作られなければならないのか。

とにかく、「2期までの長い2年間、何も動きが無かったから、ファンが冷めた」という意見には、真っ向から反論したい。

何故なら、1期と2期の間にも、様々な供給があったからだ。

ますゲームアプリゲームコンシューマーゲームブラウザゲームと乱立した。そのクオリティはまちまちで、ゲームイベント時期が被ったり、ゲームシステムが完全にあん●タだったりと問題は多かったが、それでも「派生松の最大手サークル」としての役割無視出来ないものがある。

次に、リアル公式イベント2.5次元舞台着ぐるみ松による6つ子バースデーイベント、おそ松EXPOサンリオピューロランドでのコラボ記念イベントセンバツ上映会。私が足を運んだイベントだけでもこれだけある。他にも、(私が当選しなかった)『松野家のなんでもない感じ』リリースイベントなど、多くのイベントがあった。アニメ放送されていない間に、1つでも公式イベントがあればお祭り騒ぎになるジャンルが多い中、これだけイベントがあるのは、凄い事だ。また、「コラボビッチ」「多すぎてついていけない」と批判の声も多い、各種コラボリアルイベントの中に含んで良いだろう。

そして何よりドラマCDや『おうまでこばなし』といった、公式監修の作品が世に出ていた事は大きい。アニメの本放送が無いだけで、公式から供給も、断続的とはいえあったのだ。

2期記念イベントで、6つ子の中の人が、ゲームや『おうまでこばなし』などの収録で頻繁に『おそ松さん』の仕事をしていたので「久しぶりな感じがしない」と仰っていた。私もこの発言を聞いて、その通りだと感じていた。アニメが放映していなくとも、ずっと『おそ松さん』を追いかけていたからだ。だから、2期が始まるまで供給が全く無かったが故にファンが離れた、という指摘はいささか見当違いだろう。

ここまで「2期までの間に動きが無かったから人気が無くなった」という指摘には反論させて頂いた。ただ、2期までに人気が無くなった理由として、もう1点指摘されており、そちらに対しては一切の反論を持ち合わせない。

それは「『おそ松さんファンマナーがなって無さ過ぎてファン人口が減った」という理由である。もうこれについては全面敗訴です。SNS上でもリアルでも、他の『おそ松さんファン殆ど交流していない私ですら、自分の身に降りかかった「本当にあったおそ松さんファン怖い話」の3つや4つはすぐに出てくる。『おそ松さんファンが何かちょっとアレな件に関しては、見て見ぬふりは出来ない。皆様にご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした。いや本当に。自分はちゃんとしてるって思ってるかもしれないけど、外野から見たら充分ヤバい奴だからな。言動には気をつけような。私も気をつけます。

では、そもそもおそ松さんファンは、著しく減ったのだろうか。確かに円盤の売り上げは減った。だがしかしネットで言われてるように、『おそ松さん』はオワコンファン全然いないアニメではない、と私は感じる。これは決して、私がファンから擁護しているのでは無い。実体験としてそう感じるのだ。

前述したように、私は『松野家のなんでもない感じ』のリリイベに当たらなかった。松ステ第2弾の先行は全公演全落ちが当たり前だった(ただし、舞台に関してはキャストさんの人気も加味されるので、『おそ松さん』人気の有無だけでは語れないのも事実である)。センバツ上映会には複数回、色々な松の部屋に足を運んだが、どの回も席は殆ど埋まっていた。平日の昼間でも、ナンジャタウン来園者の多くは『おそ松さんファンだった。『おそ松さんコラボ中のアニメイトカフェ開店直後に赴いた時も、すぐに客席の8割が埋まった。ラストオーダー直前のタワレコカフェへ飛び込んだ時も、客席の大半が埋まっていた。直前に告知された上、平日だったにも関わらず、着ぐるみ松の撮影会には少なくとも80人は集まっていただろう。

本当にオワコンなら、チケットは百発百中で当たらないとおかしいし、各種コラボ閑古鳥が鳴いていないとおかしい。けれど実態としてはそうではないのだ。そう、『おそ松さん』はまだまだ人気のあるアニメなのだ



長々と書いたが、『おそ松さん』2期はつまんなくないし、人気が無い訳ではないという事が言いたかった。今から3期が楽しみ。

2017-12-24

anond:20171224042956

これみて思い出したんだけど算数の算の目の部分をずっと日って書いてた

訂正される機会が無かったので中2のとき友達に指摘されるまでずっと気付かなかった

2017-12-22

日本語は頭がよくならない

音声にした時の、時間辺りの英語中国語情報量の違いに驚く。3倍、4倍くらいだろうか。

母音だけで構成され、無駄情報も多いか日本語は読み上げに時間がかかる。

その上、基本的に話の速度自体が遅い。

英語中国は、情報量が多い上に早口で詰め込む。

から聞き手自然とその速度で情報を処理できる。

また、文章においても英語は視認性に優れているし、中国語は視認性こそ劣るが詰め込める情報量が多い。

日本語はそのどちらにも敵わない中途半端言語だし、英語中国語と違って明確な「文の構造」が共有されていないので

最後まで聞いてから考えないと文意がわからない。

から日本語って勉強に向かない。

少なくとも英語中国語に比べると頭の回転が早くなりにくい言語だと思う。

子供には早期に英語中国語を学ばせ、算数理科の教材もその言語でやったほうが圧倒的に良い。

2017-12-21

自分は女だけど「努力すれば童貞卒業できる」とかいうやつ大っ嫌い

anond:20171221013439

そもそも確率とか数字人間関係表そうとするのが間違い。

努力ってなんだよ。恋愛の仕方なんて人それぞれなんだから、正しい努力の仕方なんて誰も知らないよ。

金稼ぐ努力?口八丁で口説く努力?俺スゴイ自慢する努力レイプに持ち込む努力

いくら奢っても見返りに人の心なんて買えないし、心なんだからパーセンテージで表せるわけないじゃん。

女は機械算数じゃないんだなら正しい解も方程式もないよ。人間なんだから

2017-12-15

できないと思い込む事の怖さ

誰のせいで出来なくなったか探しをするのもどうかと思うけど、自分場合母親おせっかいきっかけだった。

小1の時。

2学期が終わった時点で「算数補習クラス」が構成されたんだ。

その前に算数テストがあって、一定の点数に達しない子が送られたっぽかった。

自分ではぜんぜん「出来ない」という感覚が無かったので、居残りで補習クラスに行きなさい、と言われた時にはそりゃあショックだった。

7歳だし。

まれて初めて味わう挫折屈辱だった。

屈辱って言うと大げさだと思われるかもしれんが、実際に補習クラスに行ってみると

誰もが知ってる「ああお前は勉強できないよな」

ってやつでごった返してて。

そん中に自分所属してしまった自分が悔しいやら情けないやらで最初の日には泣きながら座っていた。

何十年前の事をしっかり覚えてんだと情けなくなるけど、あの日のみじめさはなかなか忘れられない。

最後の日に先生に聞いたのよ。

テストがめちゃめちゃ悪かったから、ここ入れられたんですか?って。

そしたら、なんとうちの母親が「もっと算数勉強させたいから是非うちの子も混ぜて下さい」

って言って補習塾感覚でわざわざ参加させたという事だった。

ばかあ!お母さぁん!!

ショックを受けるやら腹立たしいやら、

「いやでも先生は嘘を言っててやっぱり算数出来ないからなのかも」と疑心暗鬼になるやら・・・

「な~んだお母さんの勘違いか、良かった!」とはならないのが子供心の複雑なところ。


結局、補習クラスを受けたということは周りもみんな知ってて

しっかり劣等感を植え付けられた。

その後小3か小4で小数点の掛け算が一瞬分からなくなった時にも

「やっぱり算数出来ない」、

百分率でつまづいた時には

算数ができるわけない」

にまで劣等感肥大し、中学に上る直前には既に算数を完全に投げ。

勘違いから始まった事とは言え、6年も経ったら立派に分からない子の出来上がり。


自分にも子供いるけど、この時の事を教訓に、思い込みでの劣等感だけは味あわせまいと

必死鼓舞している。

まあ実際うちの子算数の成績は平均的だけど、いつかどこかで

「どうせ私は」という思いをさせたら坂道を転がり落ちるだろうと思っている。

そこまで気負って算数に向き合うのも、できる人からしたらバカバカしい事だろうけど、平均的な親より恐怖してる。

できない子、という視線呪いから

https://anond.hatelabo.jp/20171214190425

anond:20171214190425

数学って自力勉強できる科目だと思うけどなあ。

何が分からないのかが自分で分からないってのは良くある話で、数学に限らない。

数学は積み上げ型なので、分からなくなったら(問題が解けないとか、教科書説明理解できないとか)、もっと前の段階に戻って、躓いている箇所を点検していけばいい。そして壁を見つけたら、そこで猛烈に悩んで考え抜く。紙に書きまくる。必要に応じて、算数からでも学び直せばいい。そうやって、階段を一歩一歩踏みしめて上ればいい。まあ時間はかかるよね。

 

数学科がやるような専門の領域にこれが通用するかは分からないけど、非専門の学部教育程度の数学ならこれでなんとかなるんじゃないかと思っている。(専門家に言わせたら数学というより計算技法とでもいう感じになるんだろうか。)

2017-12-14

実際数学って一度躓いたら自力で這い上がれないのが問題だよなぁ

中学校の時に一度躓いて、中学2年生の時には数学大っ嫌いで後期期末テストで18点とかいう壊滅的な点数を取ったわけよ。

心配した親が「なんでわからんの?授業聞いてたの?」と言うから「わからないところがわからない。なにを言ってるかわからない話を聞いてる感じ。」と言ったらビンタされた。

親は心配したのか、春休みの間だけ帰ってきている京大に行ってる隣の兄ちゃんを連れてきて勉強見てやってくれとお願いしてきた。

隣の兄ちゃんとは昔からものすごい仲良しだったので、すごく質問がしやすかったのを覚えている。

そこで、そもそも1年生の時から関数で躓いていたのを兄ちゃんが見破って、「そりゃ二次関数とか入っても無理だよ」と笑ってたのを覚えている。

もう勉強を見てもらうどころじゃなくて、授業。1年生の数学教科書を引っ張り出してきて「わからないと思ったらわからなくても手を上げること」「俺は笑わないから恥ずかしがらないこと」って言ってくれて3日間ぐらいかけて1年生、2年生の数学を復習。

うそこに数学が苦手な自分がいなかったのを覚えている。

そこから高校数学検定ってのを準1級受かる程度には出来るようになっていた。

今思うと、あの時期に隣の兄ちゃんが数学を教えてくれなかったら一生数学を嫌いになって居たんだろうなって思う。当時の数学教師のことを恨むわけではないけど、とにかくこちらも見ずにただただ板書していくだけの先生だったのは覚えている。事実自分が18点のテストは平均点が60いくつでこのクラスはとても低いですと怒ってたのは覚えている。

その躓いた生徒の救済処置みたいなのが塾なのかなぁって思った。塾行ってるやつはやっぱり点数よかったしな。

(追記)

ビンタについて

「バチーン!!」って感じの怒りのやつじゃなくて、「ペチペチ」って感じの呆れたって意味ビンタだよ。そこは心配してもらわなくて大丈夫

 

数学だけじゃないよ について

これはそう思う。仕事もそうで、イケイケでやっちゃうとだいたい手痛いミスがあって、それがトラウマなっちゃって動け出せないことがよくあるし。

そもそも自分小学校の時から算数が好きだったので、算数数学っていう頭ではなかなか自分が出来ないことを認めたくなかったんだと思う。そんなことをしている内に躓いたんだよね。

なんだ、ガキの頃と今、やっていることは変わってないじゃないか絶望

 

教師について

批判する意図はそんなになかった(三年で数学取り戻した自分には板書だけでスピーディに進んでいくほうが面白かったし)けど、まぁ、そういう意味にとっちゃったらすみません

高校とき先生が最悪だったと思ってたけど、仕事をしている今、学生のように時間が余っているわけでもない教師個人レッスンまでしろってのは酷だと思います。部の活動とかもあるしね。

先生に聞きに行ったか っていうのは、だからそのわからないところがわからいから…え?わからなくなる前に聞け?だからからなくなる予兆がわからな(以下、わからないところがわかるようになるまで無限ループ

数学って最初の授業を聞いてなければそのあとぜんぶ分からんことになるから苦手だった。

数学を学ぶ意欲がないと最初につまづいてそれっきりで終わり。

国語社会理科もそんなことない。

ごんぎつね」を読んでないと「こころ」が分からないなんてことはないし。

算数はわりと一つ一つの公理を学ぶ感じだからまだついていけるんだけど。

anond:20171214002636

自分が娘さんと似たタイプ

小学校時代国語算数も成績は良い方。

その後、国語現国)の読解問題大学入試に至るまでほぼ間違いなし。

しろどうして国語の読解で間違う人がいるのか?くらいに思ってた。

でも算数数学の移行についていけず

ブコメにもあるけど「抽象思考論理的思考ができない」タイプだったのだと思う。

方程式算数の延長感覚で出来たので、それで点数稼いで偏差値57,8の高校に入るも

高校では色々な科目がどんどん抽象論理的思考必要としてくるのでずるずる

成績が下がり、結局国英2教科受験偏差値50程度の文系私大入学

文章問題といっても結局内容は数学で、数学の土台の所が分かっていなければ

回文章を読んでも答えは出ず、文章を読み返す事にあまり意味は無いかと。

まだ中2で受験まで時間もあるので、3月までは10課題文章題に切り替えるとか、

10課題プラスアルファ文章題やるならよしとする、などはどうでしょう

2017-12-12

IQが高いことを実感できない

この2年ほど仕事の処理能力が徐々に落ちてきて、この数ヶ月は不眠や不安感をはじめとするうつ症状が続いているので、8年ぶり二回目の精神科通院をしている。

日頃感じている生きづらさの原因がわかるかもしれないよ、と医師の勧めで大人向けの知能テストのWAIS-iiiを受験した。

この検査単語意味を答えたり、積み木で模様を作るパズルや、口頭試問での算数問題記号を素早く書き写す事など14種類のテストがあり、

それぞれの数値から言語能力物事分析する力、ワーキングメモリと処理速度などを数値化する事ができる。

それらを4カテゴリーに分け、各カテゴリーの数値に15以上差があると低い能力が他の能力を引っ張ってしまうので、困難を感じやすいらしい。

特にアスペルガーADHD発見するのに有効で、カテゴリーごとのIQの差を見る事で得意な事や苦手な事を知る事ができるので、自分特性を知る手がかりとして受験をした。

告げられた結果はIQ130で、これは非常に優秀と区分とされるらしい。130以上の人間は全人口の2~3%を占めており、クラスに1人居る程度なのでこの数値はそこまで特別ではない。私のカテゴリー毎の差は最大で(言語理解>処理速度)が30程度あったが、全ての数値が平均より上なので問題ないでしょう、という事で発達障害の診断はされなかった。担当医を信頼しているのでこの判断に不服はない。

けれど、この検査の結果には正直裏切られた様に思う。

問題は、自分は大抵の人よりも能力が低いと普段から感じて居る事だからだ。

職場普段から接する人々、小学校時代同級生に至るまで、周りの人は何故こんなに物分りが良く、ワンフレーズで会話を進める事ができて、一度受けた説明通りに動く事ができ、人の顔や名前簡単に覚え、暗黙のルールを知っているんだろう。とずっと悩んでいる。

教師が全体に指示を出した時にクラスメイトはすぐに行動を始め、何をしたら良いのか分からない私はいつも周りの人がしている行動を真似て、ワンテンポ遅れてついていくのがやっとだった。

電話や窓口で、自分要望要求を伝えたい場面ではとっさに一言が出てこないので、いつも頭の中で予行演習を行ってから人に話しかけている。

目の前で起きている事を見聞きしていると、頭の中で今後起きる事の可能性を考え始めたり、選択肢分岐勝手に枝分かれを始め、頭の中のレイヤーが多層になってしまい、目の前の出来事に覆い被さっていってしま自覚がある。

いつも心が散歩気味なので、車の運転が出来ないし、よく物を壊したり、見落としたりする。

IQはただの指標の一つで、パソコンスペックの様な物だと思う。これは私のアイデンティティ人格創造性を証明するものではない。

道具は使い方次第で活かし方が変わってくるので、扱う人が成し遂げたい事の目標をしっかり持って、心を折れずに取り組む粘着性が何よりも大事だと思っている。

私の場合は、目の前の情報が多すぎるといつも感じているので、持続性を持って取り組むのが困難だ。

勉強を始めると瑣末な事に注目したり疑問が湧いてきて、横道に逸れて考え始めてしまうので取り組む速度は遅い。

ひとつの事を終わらせるのに体力も時間も消耗して疲れてしまうため、投げ出し癖が強く、学業仕事において特別な業績を残せていない。

けれど周りから優秀な人だと言われる事が多く、何か一つの事や分野に集中すれば結果を残せるだけの能力がある。と言われる続けると、普段生活を送るために、周りの人の"普通"に合わせる事にいっぱいいっぱいな私はどうしたら良いのか分からない。

例えば解像度の低い写真があっても、赤色の丸い形の物という情報が分かればリンゴだと判断できるだろう。

より高精細に見る事ができたとしても、表面のテクスチャーがどうとか、そういう判断や処理に重要でない微細な部分に注目してしまって頭が疲れてしまうだけなんじゃないかと思う。

目盛りが細かすぎる定規は物を測る時に見づらいし、刻みのスケールが大きい方が見やすいと思っている。

自分にとっての生きやすさとは、微細な差異を見極める事ではなくて、大雑把に物事を大きく捉えられる見方なんじゃないかなと思っています

どうしたら細かな事や重要でない事を無視して物事を捉え、一つの事に取り組む粘着性を手に入れられるのかな、と自問自答している。

この投稿検査の結果を誇りたいために書いたのではなく、道筋を考えるための情報を手に入れようとしたのに、その結果に自分はまた悩み続けてしまうのだなぁ、という気持ちを残したくて書きました。

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