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2021-01-16

都会人はムカつくけど俺自身が都会に出たいわけではないんだよな

大学三大都市圏に出たけど、都市圏メリット自分活用したことあんまりなかった

中心街に出かけたところで、別にやりたいことも買いたいものもない デカモールに入ってみてもずっと心が凪いでいる状態

植物園が好きで、都会の方が植物園の数は多いんだけど、そもそも休日にひとりで出かける元気がないのでほとんど行かなかった 結局3回くらいしか行ってない

彼女とのデートの行き先が多いのはよかったけども、たぶん地元にいたらいたで車でいろいろ出かけてたろうし、同じところに何回か行くのもそれはそれで悪くなさそう つか家デートなんやかんやで一番いい気もするし、となると安い家賃ででかい部屋を借りられる田舎の方がよさそう

ライブとかイベントの類にはそもそも興味がない コンテンツあんまハマらないし、ハマったとしてもそういうイベントテンション上げるタチでもない なんか気恥ずかしくなってしま

好きなバンドはいるけど、日本全然知られてないっぽい南米バンドなので、ライブに行くには国外旅行必要が出てくる

外食あんまりきじゃなくて、ひとりで外食することはほとんどない 彼女となにか食いに行くのは好きだけど、ひとりとなるとめんどくささの方が勝つ チェーン店くらいしか行く気にならない

自炊は好きで、その買い出しの場となるスーパーマーケットも好きだ スーパーマーケットがたくさんあって、いろいろヘンなものも手に入りやすいっていうのは都会のメリットかな

でもまあ、ホントにそのくらいだな

スーパーがいっぱいある」くらいのことにしか都会の良さを感じたことない 実は

大学生活自由を感じたのは純粋一人暮らしだったからだろう 多分地元でも一人暮らしなら自由だった 

しか交通網は発達してるんだけど、ガチで外出んしな ホンマに出ん 夏休みとか40日間家とスーパーの往復生活だったし

なので実は都会人は別に羨ましくはないんだよな 自分で都会に住みたいとも思わない まあムカデとかゲジゲジが出ることがあるのは田舎のツライ点だが……

でもそれはそれとして都会、つうか東京人は憎い

俺はもう引きこもりマインドセットになってるのでそんなに不便を感じず暮らしていけるんだけども、俺が東京に生まれていたらもうちょい違う性格だったんじゃないか?という疑念は拭えない

そもそも小学校とき同学年のやつ10人もいなかったし、その数少ないクラスメイトはほぼ全員ヤンキーみたいな感じだった ほぼ全員万引きとかやってた

東京のでけえ小学校に通ってたら、俺は幼少期にしっかり友達を作れてコミュ障にはならなかったんじゃないかと思う 幼馴染みたいな概念が成立してたんじゃないかと思う 俺は昔からの馴染みの友達と久しぶりに会って飲みに行くみたいなことがやりたいのかもしれないが、現実の昔の馴染みは全員超怖い 普通にカツアゲとかされそう

自分が外に出なくなったのは学習性無力感ってやつなんじゃないかという思いもある

外出たって山しかない環境で18年くらい暮らしたらそりゃ外に出てもしゃあないわという気持ちにもなる 比喩とかじゃなくてホントに家から出て2キロくらいは歩かないとコンビニすらなかったからな…… まあ2キロ歩けばコンビニがあったというのはまだしも恵まれてたんだろうけど!

学校帰りに友達とどっかに寄れるような環境が欲しかった 俺、中学までお小遣いゼロだったけど別に困らなかったんだよな 金を使える場所そもそもいか

今となってはもう仕方ないし、俺はこういう人間だと思うしかないんだろうけど、シティボーイの俺はどんな奴になってたのかなと思うとやっぱりフツフツと憎しみが湧いてくる

俺は山で育ったけど旧帝大に行けたわけで、東京で育ってたら東大に行けてたりしたんじゃないのか

勉強なんて嫌だ!最悪!みたいなこと言ってる奴らに囲まれ暮らしたせいで学習意欲が削られたという側面もありそう エリート校とは言わずとも、普通に勉強好きな奴もいるようなところで幼少期を過ごしてればもう少し頑張れる人間になってたかもしれない

まあ全部「かもしれない」だし、不毛ではあるんだけども

そのような感情東京人への憎悪に変換して増田に書き散らす そうすることで浮かばれるものもある、ようなないような……

2021-01-03

anond:20210103114715

その程度なら庶民収入でも中心街まで徒歩で行ける範囲に住めるやん

公共交通機関要らない

2020-12-11

ワークマンフランチャイズステマ

つぎゃったーでワークマンFCのんびりやるはずだったけど忙しくなったと言うネタ話があったけど、それに便乗してステマ

この間ご近所のワークマン経営一家結婚式があり、呼ばれていってきたんだが、その入り婿さんがワークマンの元FC本部社員

この経緯が、ワークマンフランチャイズステマみたいな話だったのでちょっと書く。

経緯は

そのワークマンFC20年以上地元でやっている。

同じオーナーが2カ所店舗経営してて、一カ所は基幹店で、人通りも多いバイパス沿い、もう一方はそのご実家土地を利用して作った、ちょっと中心街とは外れている店舗(それでも国道沿い。俺がよく利用するのはこっち)。

オーナーが奥様と脱サラして始めた店舗で、朝からやってるし、便利だし安いし、あんまりガツガツしてなくて、ちょうどいい距離感接客してくれるからありがたい存在

オーナーあんまり店舗にいなくて、普段は御用聞きをしたり、配達をしたりと言う外回りをやってる、お店ではパートアルバイトを雇い、オーナー奥さんやら、お姉さんやら、時にはオーナー父親が店番をし、そんな店だった。

実は俺の家族もそこでアルバイトをしていたことがある。給料バイトとしては普通だけれど、余裕を持った人数を雇用しているため、仕事はそんなにきつくないし、シフト自由は効いてくれるし、お昼ご飯はお店の負担で出前を取ってくれるし、定期的に食べ物屋につれていってくれるし(これはオーナー取引先のお店を使うという、営業の一環でもあったみたい)パートアルバイトにも若干ボーナスオーナーポケットマネーから、と言う名目なので税法上は微妙かもだが)も出る、と言うことで、かなりホワイト職場だった。

が…。

が、オーナーが突然亡くなってしまう。脳出血だったらしい。自分もそのちょっと前に、地域ゴミ捨て場当番でご一緒させちただいたばかりだったので、かなりショックだった。

亡くなった日はワークマン臨時休業になったのだが、なんとその次の日から営業再開。

休めよ…と思ったのだが、ワークマン本部から人がドカンと送り込まれて、オーナー一家がいない状態営業ができるようにしたらしい。

から聞いた話なのだが、普段からワークマン本部担当社員は、特に何も無くても、たまに店に入って手伝いをする仕組みがあるらしい。恐らく非常時に店を休ませない仕組みなのだと思う。

その後、葬式もろもろも落ち着きはじめて本部の人たちは帰…らなかった。ワークマン本部から送り込まれ若いお兄ちゃんが残った。

そのお兄ちゃんは外勤をやってて、今までオーナーがやってた配達などの仕事を補ったらしい。

自分コンビニでの勤務経験もあるのだけれど、本部SVがこう言う、いわば雑用やどぶ板営業をやるというのはちょっと考えられない。

それ以外にも、オーナーが亡くなった後、亡くなったオーナー奥さん社長業を引き継ぐ事になったのだけれど、それの支援もかなり手厚く行われたとか。

そして、その支援に送り込まれたお兄ちゃんと、オーナーの姪、つまり、亡くなったオーナーのお姉さんの娘さんと結婚した、と言うのが最初に言った話である

お兄ちゃんはもうワークマン本部退職して、今は外勤営業をやっている、と言う話。

今では

ブランドが「ワークマンPlus」にかわって、ブームが来て最近駐車場が足りなくなってる感じになっているけれど、私の目から見ると昔から置いてあるものあんまりかわってなくて、安定して営業している。

これだけ売れているのだけれど、ワークマンコンビニみたいにドミナント戦略はとらないようで、この地域ワークマンは、このオーナー一家経営する2店舗だけ。

それが結局事業継続性にも繫がって、よい関係になってるんじゃないかなと思う。ワークマンはやっぱり手堅く商売していると思う。

こう言うフランチャイズが増えて欲しい。

2020-12-08

anond:20201207172613

地方からすると駅前からバスで行くにしてもその駅まで乗り換え無しでいけるなら十分便利やんって思うわ

要するに新幹線ができたのに高崎での乗り継ぎにならないのが凄いって話。

例えば大阪から富山とかでも今は乗り換え必須なわけだし。どのみち中心街は今も昔も路面電車とかのらないとな立地だったりするけど。

2020-12-03

anond:20201203091527

そう。元増田が男って前提。

人事もせっかく採用した女性総合職地方に出すのは

短期(2~3年限定)で配慮する。

結婚を考えている彼がいるので」とかはこっちも察するけど

はっきり質問することはセクハラなので

申し出て欲しい。(まあ総合職で入る子はしっかり自己主張できるが)

奥さん地元から引き離されてワンオペで病むけどな

まあこれは間違いなくあるけど、地方から出たい子もいるからね。

福岡なら中心街から10分で空港!1時間半で東京でも鹿児島でも帰れる!

2020-12-02

運転嫌いで車要らない生活をしたいと思って仕事を探していたら、駅から3キロ離れた工場仕事が決まってしまった

から会社の最寄り駅まで電車で1時間半、そこから自転車でがんばった

ギリギリ通勤できるがさすがにきつくて車を買った

最初は半泣きで片道40~60分の運転をしていた

不慣れで辛すぎて、会社に着いた時にはげっそりしていた

それでもなんとなく慣れていき、休日家族ドライブに連れて行けるくらいになった

昔は中心街まで自転車電車で行っていたけど、車を買ったら今まで知らなかった店に行けるようになった

イオンって便利だね、車なら重いもの買っても安心

車はお金がかかるしメンテめんどいけれど、これはこれで悪くない

anond:20201202093048

その辺は好みでしょうね

家賃定期券代の兼ね合いとか

新幹線の利用頻度とか

中心街は慢性渋滞から出かけるのが多少不便になるとか

イオンIKEAコストコが好きならちょっと郊外の方がいいとか

個人的には「中心街イオンより栄えてるかどうか」が1つのボーダーラインだと思う

2020-09-23

anond:20200923101004

地方政令都市中心部なんでそれなりに人口は多いし

東京ほどじゃないが地価もそこそこ高いよ

中心街まで歩いて行けるから、そこに徒歩や公共交通機関通勤している人が殆どだと思う

そもそも職場駐車場ない所多そうだし、保育園幼稚園お受験小学校国立私立)も大体車送迎で路駐するの禁止だし

2020-07-05

熊本ハスラーの駐車方法って斬新だな

そんなにスペースないの?

2020-05-31

年収600万(ただし親がとても裕福)のリアル

anond:20200530164357

昨年、ようやく年収が600万に手が届いた。生活開陳してどうのこうのというよりかは記録として残しておく。

30代。子供2人。ベッドタウンとして人口増加している街の、古くからある街区に住んでいる。

すでに何人もの増田が書いて、そしてほとんどがそう感じているとおり、親の資産、引き継いだ資産年収の3桁4桁など余裕でひっくり返る。

先ほど、年収は600万と書いたが、その他親から贈与税に引っかからない程度の現金を受けている。(その他にも有形無形の支援を受けている。詳しくは下記

なお現在単身赴任中だが、一昨年までは一家で住んでいたのでその時のことも織り交ぜながら書いてみる。(なので、100%リアルではないw

家賃について

持ち家。自分の父から受け継いだ。でも、親は住んでいない。

もともと父が自分実家土地が空地になっていたところに終の棲家として家を建てたが、身体を悪くして結局引っ越しできなかった。

それで空き家にしたままなのももったいないので私が住むことになった。両親は私が生まれ育った家に未だに住んでる。新幹線の駅まで15分の大都市中心街なのでそちらのほうが便利。

もちろんローンは完済している。そろそろリフォームは考えないといけない家になってきている。

普段食事について

外食(笑

外食ほとんどしない。昼は弁当持参だし、夜も家で作ったものを食べる。単身赴任でも全く崩さない。というか、普段からランチ500円とか十分死ねる。

吉野家で贅沢。ラーメンとか今年1回も行ってない。何でも自分で作ればいい。ラーメンに800円出すぐらいなら、スーパーで800円使う。

家でどう頑張っても作れないものや、とてもコストパフォーマンスの悪いものだけは食べに行く。ミラノ風ドリアとか。

ちなみに家族で住んでたときは月1回外食できればいいほうだった。でも外で酒はまず無理(車で帰れなくなるという意味もある

飲み会などの食事について

単身赴任するようになって、飲み会に行くペースが増えた。(歓送迎会レベルから週1に)なので、月の小遣いはほとんどそれに充てている。

ほとんど上司におごってもらっている。だいたい4人で2万円ほど払っているようだ。なので、その価格帯の店だ。

2〜3ヶ月に1回、旬のものを食べに行くことにしており、このときは一人でも5,000円払う。

コンビニスーパーでの買い物

ライフサミットいなげや、私にとっては全て高級スーパー業務スーパー日配品を買い、近所の青果店野菜を揃える。肉・魚も近所の精肉店オーケーストア。

自宅にいたときラ・ムー、TOKUYA、イオンで回していた。たまに平和堂平和堂高級スーパー

野菜を最優先して買う。酒は淡麗が指定銘柄だったが、最近は「サッポロ 麦とホップ THE HOP」(第3)がよい。

ただ、最近飲み会のペースが減って、相対的普段食事お金をかけられるようになった。週1で刺身が食べられるようになったり、豆腐屋の良い豆腐が買えるようになった。

関係ないけど、流しの豆腐屋がラッパを吹きながら売りに来るのでよく買いに行く。もちろんボールを持っていって、豆腐を入れてもらう。都内で流しの豆腐屋がまだいるって奇跡だと思う。

頑張ってほしい。

一方で、伊勢丹友の会で月1万円の積立をしており、2〜3ヶ月に1回、積立を使って無双する。酒やチーズ、旬のものなどはこのときに買う。

ファッション

ユニクロ(笑 高いわ。

大体の服が5年ものから10もの独身時代に買った服がメイン。どうしても必要ときしまむらに行く。

しまむらは最強のセレクトショップ。あとはGMSの服は有能。イズミヤ平和堂あたり。

あとは伊勢丹バーゲン無双する。

女性関係について

高級なスイーツや、時にはおもちゃなんかも買ったりする。

妻と娘にである。(捻出元はやっぱり無双から

車について

外車2台。しかも2台とも日本ではほとんど走っていない。特定されるレベル

もちろん、単身赴任先には持ってきていない。

片方のローンがまだ残っている。先月、ようやく半分返した。もう片方は即金で購入した。

多分、うちの家計FPに見せたら10人中9人が車売れって言うと思う。そういういびつな会計構造だが、ほとんどの人が一回は見たことあるだろう特徴的な車に乗っており、これだけはいくらかかっても手放したくない。

貯蓄・資産について

全然できない。職場の積立貯金と401k、つみニー満額が精一杯。

合わせて300万ぐらいか…?

とある病気にかかっており、治療に200万ぐらい要した。病気は完治。

から支援について

現金給付(贈与税制限近く。

持ち家

米と野菜(義父が農家

これらの要素だけで、年間200万ぐらいの支援は受けてる。

結論

親がいないと成り立たない生活。こんなんでいいのかと言われそう。ただ、車を売ったとしても年収600万で生活なんてとても無理だ。

つーか、ほとんどの人が生活が無理だ。この国は詰んでる。

2020-04-19

ニセコバブルは弾けるのか

それはあまりにも突然のことだった。

2月半ばにポツポツと出始めたホテルキャンセル

2月末にはほぼ全部屋キャンセルとなり、稼働率は一気に一桁にまで落ち込んだ。


ただでさえ今年は雪が少なく、「パウダー聖地」の名が泣くような状況だった。

パウダー日和と言える日は全部で1週間もなかったかもしれない。

ただホテル自体はほぼ満室で、ピーシーズンを忙しく過ごしていた。


3月になり早々、冬だけの季節雇用者が全員リストラされた。

正社員を含めた通年雇用者有給使用が励行され、出勤が減らされた。

3月半ばには外国人観光客は完全に消え、メインストリートひらふ坂はゴーストタウンになった。

判断の早い会社は、3月後半の時点で正社員リストラも敢行した。

自分がいる会社4月に入りいよいよリストラの声が出始め、希望退職制度が始まった。

現在ほとんどの飲食店クローズ。またホテルもかなりの数がGWを待たずにクローズとなった。


ニセコバブルは未知のウイルスによって弾けたのかもしれない。

これが一時的ものなのか、根本的なものなのかはまだ分からない。

ただ一つ間違いなく言えるのは、

ニセコ現在の隆盛が外国人富裕層(よくいうインバウンド)に大きく依存しているものであり

それが無ければあっという間に街は崩壊するということである


バブルが弾ける前(つまり今年の1月まで)のニセコはそれはすごい勢いだった。

開発ラッシュはまだまだ続いていて、ホテル雨後の筍のように建っていた。

一部では供給過多の声も聞かれたが、それでも勝算があると見込んだ大手外資が開発を続け

来年以降も高級外資ホテルチェーンの建設予定が多くあった。

いや、現状も建築計画自体は残っているか


自分はこのニセコ昨シーズン来た。

最初感想としてはすごく不思議な街だと思った。

スキー場には外国人しかいないし、ひらふ坂周辺の看板には日本語よりも英語の方が先に書かれている。

ローカルエリアとなる倶知安町中心街スキー場周辺で働く外国人に溢れ

田舎のはずなのに日本人外国人ミックスされた不思議世界形成されていると感じた。


当初はその不思議世界面白さにハマっていたが、

外国人ローカル日本人交流の少なさや

スキー場周辺で大金を使う外国人富裕層ビジネス的に分析していく過程

比較的早く疑問を感じるようになった。

「このバブルはいつまで続くのか、どうやって弾けるのか、弾けた後の準備はできているのか」


その時点ではバブルはまだまだ続いていた。

初期投資こそお金がかかるものの、簡単に、びっくりするくらい利益が出る。

その状況に甘え、ハードこそ立派だがソフト素人レベルホテルが林立した。

自分が働くホテルも残念ながらこれに該当する。

1泊100万円もするペントハウス最上階のスイートルーム)があるのに、

対応するフロントスタッフスノボしに遊びに来ているホテル経験季節雇用者なんていうのは普通だ。

簡単利益が出てしまうので経営者も厳しい目をスタッフに向けないし、スキルアップという考えも薄い。

会社全体が、ニセコ全体が、バブル景気に甘えていると感じた。

将来的にこれは火種になるのではと思った。

ホテルは立派だけどスタッフ素人だ」

こんな噂が蔓延すればニセコを避ける外国人富裕層も増えるだろう。


しかし本当の不安要素はここではない。

「雪」だ。

今年は雪が少なく、また質も非常に悪かった。

雪を楽しみに来ていた外国人季節雇用者の落胆は半端なかったと思う。

ところがこれは今年に限った話ではないらしい。

からニセコにいる人に聞くと10年前と比較して質が落ちてきていると。


ニセコは「パウダー聖地」として名を馳せた場所だ。

その根本が崩れたのなら、もうニセコに来る理由がない。

自分はあと数年で、雪の劣化によりニセコバブル崩壊すると予想した。


しかし誰もが予想しない形で危機が訪れた。コロナである

しかたらこれがトリガーとなって、根本的なバブル崩壊になるかもしれない。

一時的だとしても、結局は雪の劣化によってニセコバブル近いうちに崩壊すると思うが。


そして本当に良くないのはここからである

バブルが弾けた後の事を誰も考えていない。

誰もは言い過ぎかもしれないが、少なくとも、自分は近しい人とこの件で議論をした事はない。

これもバブル弊害だと思う。

繰り返しにはなるがバブルに甘えてしまっている、楽をしすぎていて

考えることや危機感を持つことをやめてしまっているのだ。


自分考察を経た上でバブル崩壊に備えてこういう事をしておくべきだという答えを持っているが

周りを見る限りそのような動きをしている会社ホテルはあまり見られない。

このままバブル崩壊したら、ニセコはかつて崩壊した日本の有名温泉街のようになるだろう。

立派でオシャレな建築物が朽ちていく様は見たくない。

ニセコビジネスをしている人は、このコロナきっかけに目を覚まし

根本的な部分からビジネスを再検討してほしい。バブル崩壊に備えてほしい。

それがニセコの永続的な発展に繋がると思っている。

2020-01-16

地方就職する 追記あり

東京から地方就職するので今の状態備忘録

転勤族の子で、各地を転々とし、両親は最終的に東京に家を買った。親は、本人達は認めないが平均より裕福で、たくさんのことをさせてくれた。大学に通わせてくれたし、海外経験もさせてくれた。

私は地方都市に就職する。鉄道使うより飛行機の方が東京に早く着く街だ。就職する街には東京と直通便がある空港がある。

なぜ地方就職するかというと、混雑が向いてないし、東京という街を活用できてないからだ。繁華街に行くとどうも体調が悪いなと思ったら、軽いが感覚過敏であることが分かった。特に音と光。ノイズキャンセリングイヤホンをしないと疲労がすごい。IMAX映画を観ると耳が遠くなる。薬を飲む前はあらゆる待機ランプに目張りをしていた。冬でも日差しの強い日はサングラスをかけている。あと色。教材の色がうるさくて集中できないという理由進研ゼミからz会に変えたことがある。香水もだめ。においのする柔軟剤のことを恨んでいる。WAISでは自閉症スペクトラムとは言えないと診断されたので、感覚過敏だけがあるスペクトラム者なのか、全く違うのかよく分からない。HSPなる概念にめちゃめちゃ当てはまるが、あれは今のところ精神医学概念とは言えないし、私の嫌いなスピ系と界隈が近いので自分がそうだとは言いたくない。とりあえずエビリファイで症状?は緩和されたので、なんでもいい。症状があって対策がある。それでいい。それでもサングラスはするし渋谷は歩けないし人酔いはするしノイズキャンセリングイヤホンは手放せないので23区を離れるけれども。

満員電車も嫌いだ。実家日本で1番混んでる路線が最寄りだ。昨日久しぶりに満員電車に乗って視界が真っ暗になり何も聞こえなくなって車内で座り込んだ。つくづく向いてないんだなと思った。

地方転々としていたので、地方とひとくちに言っても本当に色々あることを知っている。私の基準としては大学のある街は民度(という言葉は嫌いだが民度形容するのが手っ取り早い)が高い。ということで国立大学のある街の、中心街から電車20分の空の広い郊外に住むことにした。家は職場から徒歩5分のとこを借りる。近くに本当にでかい、なんでもあるショッピングモールがある。映画館もある。

同級生特にまれも育ちも東京の人からはあまり理解されなかったが(というか東京まれ東京育ちの人は東京京都大阪以外はみんな村だと思っている傾向がある)、悪くない選択だと思う。いや、大都市でどれだけいい会社就職しても通勤生活がつらくてすぐ辞めるのが目に見えているので、地方就職するしかなかった。地方の、大都市に支社や支店がある会社に勤めるとそちらに飛ばされる可能性があったので、そういうののない地方中小企業に決めた。英語が人よりできるので海外取引する部署営業事務も向いてない自覚があるが、壊滅的に数学ができないので理系に進めなかったのだ。理系になりたかったな。

自分なりにいい所を選んではみたつもりだが、内定式で直属ではないが上司セクハラ野郎がいることが分かった。「色気が足りない、お酒を飲むともっとセクシーになれるよ」と若い女社員に酒を注いだり、若い女社員上着を脱ぐと「僕のために脱いでくれてるのかと思った」などと言う。社長もそれに対して笑ってるので、私は早々に辞めるかも知らんと思っている。大学の先輩にこの話をしたら「セクハラに対して絶対に笑わないこと」と教えてくれた。他にできることあったら教えてください。飲み会強制参加ではないらしい。学歴はそこそこあるしTOEICは900とったし転職は難しくはないと思うけれど、就活もう一回はしばらく嫌だなあ。

小説を書いている。たまに土曜出勤がある職場だが、勤務時間通勤時間を加えたもの拘束時間として考えると、通勤時間ドアツードアで往復90分の大手企業余暇時間はそんなに変わらない計算になる。小説を書く時間にあてたい。職場から帰ったら即寝て、2時から3時頃起きてすっきりした頭で小説書いて、出勤して寝る。休日映画観る。初めてのボーナス実家の猫にキャットタワーを買う。できそうだったらだけど、取引先のある国に転職するのもありかなと思っている。

生きていきたい。

追記

たくさん助言を頂けてびっくりしていますありがとうございます

セクハラを録音しておくというアドバイス複数いただいているのですが、社長セクハラ容認する態度をとっている場合、どのようにして録音を活用すれば効果的か教えていただけると嬉しいです。

飲んでる薬――エビリファイ1mgです。これが感覚過敏用で、冬季の気分の落ち込みにジェイゾロフトを、眠りやすくするために頓服ロラゼパムを処方されています

海外で困りごとはなかったか――気楽な語学留学だったこともあり、特になかったです。自分に3食餌付けするのが大変といえば大変だったかな。自炊してたので。某国の静かな地方都市に滞在したのですが、そこでなぜか異様にストレスなく暮らせたことで自分感覚過敏に気付けました。親に感謝しています自分語学力学力もっとあれば真剣移住を考えていました。

子供の頃に周りの大人に怒鳴られていなかったか――怒鳴られたことはおそらく1度もないです。怒られたこともほとんどないです。長女なのもあってか、ずっと優等生でした。成人付近で崩れましたが。7歳頃に周りの子からいじめを受けていた経験はありますが、当時のことはよく思い出せません。

2019-09-13

追記あり】野外で合法的全裸になりたかったので、オーストリア混浴してきた

【初めに】

 コピーミスで一節が抜けていた。申し訳ない。【】で囲まれた部分が追記である

【本文】

 服を着るのが苦手だ。できることなら裸で生活したい。

 ビジネスホテルに泊まるときは大抵全裸だし、男女関係なく素っ裸で過ごしたら、さぞ気持ちがいいだろう。

 そんなことを呟こうものなら、不審者扱いされるのは目に見えている。挙句の果てに、公共の場で脱ぎだして陰部を露出する不審者予備軍と誤解され、警察のお世話になるかもしれない。

 だが、よく考えてほしい。ああした人たちは、自分全裸特に陰部を見てほしいのであって、裸になりたいのとは少し違う。それに、皆様も思うことはないだろうか。たとえば大浴場に浸かったときの安らぎ。もしもそれが露天風呂だったらなおのこと心が緩み、湯の中に嫌なことが溶けていく思いがしないだろうか。

 目の前にどこまでも緑が、あるいは紅葉が広がっていたら。あるいは、絶えることのないとどろきを繰り返す海洋が広がっていたのなら。これほどまでに自由を感じつつ、大いなる存在に受け止められている安心感を覚える場所はないはずだ。何も身にまとうことなく立っていると、海風が全身をそっと撫でていき、普段どれほど重いものを身にまとってきたかを、嫌でも意識させられる。

 とはいえ、男女混浴可能場所国内でも限られている。ましてや、近年は混浴マナーの低下が甚だしく、混浴を取りやめてしま地域も多いと聞く。ある意味では仕方がないのかもしれない。混浴誕生した時代とは、私たち羞恥心感覚も変わってしまった。

 そういうわけで、私は混浴文化がまだ息づいている、ウィーンにまで足を運んだのである。概して、ドイツオーストリアを含む中東欧の人々は裸体に対するタブーが弱く、混浴についても寛容なである。緯度が高いので、全身で太陽を浴びたいのだろうか。冬になると日照量不足で気分が落ち込む私としては、その気持ちはよくわかる気がした。

 もっとも、私は全裸になるためだけにオーストリアに飛ぶような酔狂人間ではない。

 私は建築美術にも関心があり、この旅行の主目的は、クリムトシーレ、ココシュカといった人々の作品を鑑賞することであった。なので、脱衣はどちらかといえば、時間が空いたときのおまけである

 日本と同じで、月曜日には休業の美術館が多い。なので、月曜日にそうした巨大温泉施設に向かった。ウィーン中心街からおおよそ三十分ほどのオーバラー駅前の、テルメ・ウィーンと呼ばれるところである

 駅を出ると目の前に巨大な建物があり、そこからは既に硫黄香りがしている。そうしたところは我が国温泉とよく似ており、妙な安心感がある。片言のドイツ語で入場料を払い、タオルレンタルを済ませ、ロッカーに向かった。

 ロッカーのカギは電子式で、かざすと自動的に開閉されるというものだ。慣れるまでに時間がかかったが、すぐに便利だとわかった。荷物を持ったままガチャガチャと回すのは大変だからだ。ちなみに、このロッカールームの時点ですでに混浴で、男性女性関係なく着替えている。もちろん、慎み深い人のために個室の更衣室もあるのだが、別料金だ。

 ちなみに、温泉施設ではあるがすべて全裸で過ごすわけではなく、全裸なのは奥のサウナコーナーのみである。そのために私は一応水着を持参しており、ついでに防水のバッグも持ってきた。

 まずは、せっかくなので水着エリア温泉を楽しむ。とはいえ水着エリア温水プール同然であり、浸かっているとあたたかいが出て風に当たるとすぐに水着が冷えてしまうといった代物である。せいぜい人肌程度であり、温まるには不足である

 これはときどき指摘されることだけれど、日本人の湯加減の好みは、ヨーロッパの人々のそれよりもかなり高いらしい。ハンガリー温泉大国で知られているが、やはりそこも湯加減はぬるい。ただ、その程度の温度でなければ、ガイドブックで見かけるように、湯につかりながらのんびりとチェスの対局をやるわけにもいかないだろう。

 他にも、子供立ち入り禁止エリアというのがあり、ムーディーな照明と共に、カップル夫婦がぷかぷかと浮かびながら語らっているコーナーがあった。ここも温水プールほとんど温まらない。日本温水プールみたいに、塩素臭くないのはありがたいのだが、やはり汗をかかないと物足りなく感じてしまう。

 そうしたわけで、水着エリアを堪能した後に移動しようとしたのだが、サウナエリアがどこかわからない。あちこちうろつきまわり、子供に泳ぎを教えているらしい人やスタッフと思しき人物に、「ヴォー・イストサウナ?」(サウナはどこですか?)などとつたないドイツ語で尋ね歩くうちに、やっとのことでたどり着いた。

 なお、このゲートの先は別料金であり、鍵をタッチして入る。清算は帰りだ。そして、注意書きにはドイツ語と英語で「この先水着の着用を禁じる」と書かれている。なんとも徹底していることだ。私は軽快な電子音と共にその奥へと進んだ。

 サウナコーナーは、それほど変わった印象はなかった。ただ、見かける男性が皆素っ裸なので、私も水着を脱いだ。それほどの羞恥を感じなかったのは、一つには周囲には男性しかいなかったからだろう。それに、ここでは全裸が正装なのだ。だったら、むしろ何か着ている方が恥ずかしいのではないか。そんなことを思ったのである

 サウナ入り口には温度が書かれており、四十五度、五十度、六十度、それから九十度に分かれている。ひとまず五十度のところに入ると、既に老夫婦がくつろいでいた。ここで初めて裸の女性と遭遇した。

 二人は、私の存在を気にかける様子もなく、くつろいだ様子だった。私も、確かに目の前に女性がいるのだなあ、ということは考えたのだが、気にしてもしょうがなかったので、ぼんやり天井を眺めることにした。男性で前を隠している人はほとんどいなかったので、自分もそれに倣ったのだけれど、個人的には気持ちが良かった。世間体を気にせずにリラックスした姿でいるのは、何とも言えず心地よい。

 ちなみにその老夫婦のいたサウナでは、腰かけるところがチェアベッドのようになっており、仰向けにくつろげるような形になっていた。うとうとしているといつの間にか隣に座った男性が、ペーパーバックで何やら読んでいる。お風呂ではなくてサウナ読書、贅沢この上ない時間だ(もっとも、後で注意書きを見たら、サウナの中の読書禁止、と書かれていたのだが)。

 しばらくして、サウナを出てシャワーを浴び、他の温度のところを回ったり、冷水プールに体を浸したりした。日本温泉露天風呂がメインで、サウナ複数あるところは珍しい気がするが、ここでは様々なタイプサウナがあり、存分に楽しめた。

 たとえば、スチームサウナというのがあり、ここでは猛烈な蒸気で包まれる。汗が蒸発しないのでなかなかにつらいし、持っていたタオルもすぐにびしょ濡れになってしまうのだが、熱風がきつくないので、肌には優しい気がした。眼鏡をかけていると、何が何だかからなくなってしまうのだが。

 ちなみにこの眼鏡裸眼で転ばないように、日本サウナ用の眼鏡をわざわざ購入したものである

【ところで、このサウナコーナーには、外がある。サウナなので当然素っ裸で歩くのだが、これが気持ちがいいことこの上ない。芝生の上を歩けば、まるで熱帯民族になったようで愉快だ。そして、歩いた先には小屋があるのだが、そこもまたサウナである

 そこでは、おおよそ温度は九十度で、定期的にスイッチオンオフになる。オンになると、そこにはタオル一枚のおじさんがやってきて、香りのする水を炉に撒く。そして、巨大なタオルサウナの人々に熱風を浴びせるのである

 それがまた非常に心地よい。異様な高温のはずで、現に乳首が痛いほどなのだが、それでも不思議と生きている実感が与えられるというか、幸福感と高揚感が感じられる。それは他の人々も同じなのだろう。おじさんのパフォーマンスが終わると、一斉に歓声と拍手がする。ロウリュウ、と呼ばれるものに近いのだろう。

 そのあとも、おじさんは一人一人に熱風を送る。そのたびにあおがれた人々は嬉しそうだ。私も、「ゼア・グート。アバー・ゼア・ハイス」(とても気持ちがいいですが、とても暑いです)と、定冠詞活用無茶苦茶ドイツ語で応じた。すると隣のおじさんがあおがれたときに「カルトカルト」(寒い寒い)などというものから、思わずその場は笑いに包まれた。

 私に向かって風を送るときに、両手を合わせてお辞儀をしてくれた。たぶんタイかどこかと間違えているのだろうが、悪意よりも親しみを感じたので、こちらも会釈した。腰かけるところが熱すぎて胡坐をかいていたので、仏像か何かと勘違いしたのかもしれない。

 その後、全身をほてらせながら野外にある二十五メートルほどのプールで体を冷やした。何往復か泳いでから、仰向けになって曇り空を眺めているうちに、これほどの幸せなはないだろうな、と感じられた。何のしがらみもなく、何の規制もなく、ただ存在するだけ。過度な欲望もなく、競うこともなく、誰から干渉されない時間だけそこにあった。

 それに、水着を身につけずに泳ぐと体を締め付けるものが何もなくて、全身を区別せずに流れていく水が本当に心を自由にしてくれる。それに、誰もお互いの裸をじろじろ見たり気にしたりしないのも、気持ちが良かった。あたたかな無関心というか、あるがままの姿を受け入れてもらっている感覚になるのだ。

 人間身体のどこに猥褻なところがあるのだろう、表現規制は何のためにあるのか、などと大げさな議論が頭の中に形を取ろうとしたが、そうしたもの普段日の当たらない陰部に太陽が差す気持ちよさに溶けてしまった。

 そうしたわけで、私は結局三時間以上もそこで過ごすことになった。】

 さて、三時間過ごしたので、そこではいろんな人を見ることができた。もちろん、凝視したわけではないけれど、それでも混浴に来るオーストリア人にはいくつかのパターンが認められた。

 その一、スポーツマンタイプものすごい筋肉量で、アスリートか何かのようだ。これだけ鍛えていれば、自分身体に恥ずかしいところなど、どこにもないと言わんばかりだ。ギリシアローマ彫刻そっくりであるスポーツマン同士で何やら楽しげに話していることが多い。

 その二、力士タイプ。非常にでっぷりとした肥満体系のおじさん。人からどう見られているかそんなに気にしていない印象。こちらも堂々と歩いており、楽しそうにしている。

 その三、老夫婦。なんというか日本混浴にもいそうな、のんびりした雰囲気ときどき湯船の中で抱き合ったり、ほっぺたにキスしたりしている。ちなみに、注意書きには「キス以上のことはしちゃダメ!」「十六歳未満の入場禁止!」と書かれている。

 その四、比較若いカップル、あるいは若い男女。よくわからないのだけれど、「みんなで渡れば怖くない」的な感じで一緒に来たのかもしれない。

 ちなみに日本人は私だけだった。それから一人だけアフリカ系の人がいた。それ以外はみんなヨーロッパ系。

 で、こうして振り返ってみると、比較若い人が多い。それでも、私はあまり気にならなかった。というのも、前も言った通りここは全裸が正装なのであり、それについてとやかく言うほうが変だ。確かに、きれいで魅力的な人もいたし、中には私の好みの人もいたのだが、雑踏ですれ違う以上の感慨はなかったし、わざわざ振り返ることもなかった。

 混浴について、猥褻だとか下品だとかい意見があるが、私はまったくそう思ない。そもそも、ここは風呂サウナであり、いい湯だな、以外の感想はない。たぶん、混浴について批判的な人は、マナーの悪い人と一緒になってしまったのか、そもそも風呂がそこまで好きではないか、なのではないか。人様のことだから勝手判断差し控えるが。

 というか、見えそうで見えない極小ビキニなんかよりも、素っ裸の方がよっぽど上品な気はする。潔いし。隠すから下品だとか猥褻だとか言われるんじゃなかろうか。みんな最初からすっぽんぽんだったら、誰も気にしないだろうし。隠せば隠すほど、そこに注意が向くし、逆説的にそこに注目してくれと言っているようなものな気がする。

 それと、全然関係ないけど、女性でも腋毛もじゃもじゃの人は多いのは面白い。話には聞いていたが、実際に目にするとやはり興味深い。陰部がどうなっているかはじろじろ見なかったからわからないけれど、向こうの人は剃っているとはよく聞く。ただ、そんなことも温泉気持ちいいのでどうでもよい。

 そういうわけで、私はオーストリア混浴を十分に楽しんできた。予想していた通り、とても気持ちが良かった。日本にも類似したサービスがあればいいのに、と思ったが、マナー一定の水準に保つことは難しいだろう。きっと、ナンパしたりじろじろ見たりする行為が横行するに違いない。一度絶えてしまった、混浴文化を再びメジャーにするのは、難しいだろう。

 プールサイドで裸のまま横になり、夢うつつのまま時間が過ぎていく経験は非常に贅沢だった。しかし、これは今の温泉文化とは、少し違うかもしれない。

 個人的には、自分がやりたいことをやったので、満足している部分はある。今後どうするかはわからない。恋人がいないときだったので、とりあえず全裸になってはみたのだが、もしも今後も恋人が見つからず、行きたい場所が思いつかなかったら、どこか別の国でヌーディストビーチに行くかもしれない。それか、趣向を変えて、全裸ハイキングか全裸マラソンかに挑戦するかもしれない。

 もっとも、この混浴体験ですっかり気が済んでしまい、数年後には興味すら持たなくなっている可能性もある。それはわからない。

 ただ、やりたいことをやってみて、それなりに面白かった。それで十分なのかもしれない。

 皆様の快適な全裸ライフの参考になれば幸いである。

 最後に、脱いではいけないところで脱ぐのは絶対にやめましょう。これだけは強調しておく。

最後に】

 本記事カクヨムにも掲載されている。私が投稿者本人であることは、カクヨムでは連載中であり、現時点でも未公開になっている部分が含まれていることが証拠になる。

【付記】

 ヌードバイクみたいな、ヌーディスト活動経験者の増田は、ほかにもいらっしゃるのだろうか。あるいは、ヌーディズムに関心がある、だけでも潜在的にはどれほどいるのだろう?

2019-01-30

PVごっこはいいぞ

もう一度言う。PVごっこはいいぞ。

どんだけいいか、おれの経験をもとに少し書かせてもらおう。

おれがこの遊びを編み出したのはとある国に留学してた時。大きな湖のそばにある街で、とにかく散歩が楽しかった。

晴れた日にはポルノグラフィティの「World Saturday Graffitti」を

寒い朝カフェではUnchainの「Until dawn」を

学校終わりに寄った昼下がりの中心街ではFozztoneの「Jaguar in the stream「を

なんでもいい。その時の気分に合う曲をかけて、まるで自分がその曲のPVを演じてるかのように、時には口パクなんかしちゃったりするのだ。その曲に対するイメージを存分に出してやるのだ。これがなかなかにハマる。浸りたい気分にズブズブにはまれる。ところがある日、そんなおれの楽しみがふっつり消える。

女人禁制の我らがホーム(当時留学生何人かと一緒にホームティしていた)に女の子がやってきた。それも日本人の。

お互いに留学環境を楽しんでいる身ではあったが、そりゃ日本語の方が考えを素直に発信できるわけで。おれらは久しぶりに味わう自分気持ちを存分に言葉にできる楽しみに浸り、毎夜散歩をして、語り合った。友達バーに行かない時にPVごっこをしていた時間はすべて必然とこの”発散”に費やされた。

時に彼女の部屋の鍵をこじ開けようとする他の留学生を追い出したり、彼女に猛アピールしかけるブラジル人をどう撒くか2人で作戦会議したり、深夜にふらりと散歩して、街道沿いのドーナツ屋でおしゃべりしたり。そんないまだになんていえばいいのかわからない日にも終わりがくる。

彼女が遠いヨーロッパに発つ前夜、おれらはリビングでひたすらコーヒーを飲んで、お絵かき大会をして、気づいたら空は明るくなっていた。昼にでかいキャリーバック抱えて出発。小さい体してるくせになんてでかいもんもってるんだか。からかいながらバスに乗る。空港までは電車バスを乗り継いで1時間半くらい。バスから見える景色がどんどん寂しいものになってく。彼女の白いキャリーバックが夕日にすっかり染まってたのを覚えてる。お互いなんも喋らなかった。いままであんなに話題尽きなかったのに。

「やっぱずっとここにいようかなあ」

聞こえないふりをした。

ここにずっと留まってちゃだめだから、笑って送りだそうってずっと決めてた。ゲートでハグして、楽しんできてねー!なんてせっかく明るく振舞ってんのに、結局あの子は泣いた。ぐずぐずに泣いて、行きたくないダダをこねるあの子を、行きゃ変わるからって無理やり送り出した。何度も何度もぐしゃぐしゃの顔で振り返るあの子に大きく手を振った。ゲートの係員が、本当に送り出しちまうのかい?と話しかけてきた。留学して初の苦笑いで返した。

帰ったらやることは一つだった。夜の散歩をしようと思った。いつもおしゃべりして歩いたあのコースを、あのドーナツ屋までやけに遠回りの道を、今日から1人で散歩するんだ。手が寒くて、ポッケに突っ込んだ手にイヤホンが触れた。耳に差し込んだイヤホンから曲が流れてきた。自然と口が歌詞をなぞる。

旅立つ空に出会いと別れ

青春の日々全てを描き

いつか互いに大きな花を

きれいな花を咲かせまた共に笑おう

濡れた頬に当たったあの北風のするどい痛みを、おれは忘れない。

PVごっこはいいぞ。

2018-11-19

[]【2】2018 晩秋広島博多別府

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anond:20181119183958




2日目



2日目 広島路面電車お好み焼きBTS


心療内科で処方された(があまり使っていなかった)睡眠導入剤を飲んだおかげか、バスの中では途切れ途切れながらも眠ることができた。


9:20

バス広島に到着し、降り立った広島南口は、快晴とは言わないまでも快適な天気と気温だった。

まずは、駅前スタバ一休み。

この旅行記を書いた後、チェックイン予定のホテルにひとまず荷物を預ける事にする。

駅前から路面電車広電に乗り、八丁堀駅に向かった。


東京ではあまりみる事の無くなった路面電車だが、旅行者としては行き先が一目瞭然なのでバスより利用しやすい。

搬送力も魅力的だ。

今更東京で導入する事は難しいだろうが、吉祥寺あたりにあったら便利そうな気がする。


ホテル荷物を預けたら時間12:00前。

ちょうどお昼の時間帯なので、腹ごしらえをしよう。

何を食べるか決めている。広島お好み焼きだ。


目当てのみっちゃん総本店は、観光ブログで紹介される様な有名店だが、地元人達で満杯だった。

「DXスペシャルお願いします。」

しばらくして運ばれてきたのは大皿ドン盛り付けられたお好み焼き

東京で食うのとはボリュームが違う。

広島は街の風情もそうだが、食も気取りや出し惜しみのない、何というか質実剛健さを感じる。

横をみるとスーツの兄ちゃんお好み焼きをおかずに白米を食べていた。

すごいエネルギーだ。

まあ、美味いけどね。


食事の前に気づいていたのだが、広島中心街から平和記念公園が目と鼻の先だ。

観光名所巡りは本来3日目以降の予定だったが、時間もあったので予定を前倒して訪れる事にする。

旅程を組んだ時に全く意図していなかったのだが、韓国ボーイズパフォーマンスグループBTS過去原爆モチーフにしたファッションを着て情報発信した事が問題になっており、タイムリー場所をこの目でみる事になった。


地下歩道を歩き、地上に出ると、川岸青空をバックに原爆ドームが建っている。

歩いて分かるが、やはり中心街から近い。

この距離の近さが当時の被害の大きさを訴えかけてくる。

周囲にはそこかしこ地元ガイドさんがここで起きた事を学生外国人たちに説明する姿が見られた。


自分韓国を敵視する政治性向を持たないし、BTS擁護する立場でもないのだが、この問題を考える時、「果たして戦うべきは何なのだろう」と考える。

韓国人の立場からすれば、植民地支配から解放を喜ぶのは当然で、誇るべきことでもあると思う。

が「自分達の解放を喜び、苦難を超えたことを誇る」事と「相対した相手が死んだのを喜ぶ」事はイコールでは無い。

関連する事としても結ばれる事実であっても、それを言い訳にして他者気持ちを踏みにじる自らの足を無視する事は、とても褒められない。


今回で例えれば、原爆という象徴的な事実を語る時に、自分の方向だけを見て口を開くのは危険を孕む。

その意図が無かったとしても、喜び自らを誇る時に、他者の痛みに目を向けず語る事は「無神経」で「傲慢」だ。

BTSが悪いと言う話ではなく、同様の問題は、日本の側にもある。

自らを誇りたいと思った時、その自らの中にこそが敵がいる。

こういった傲慢さへの誘惑こそが戦うべき相手では無いだろうか。


ガイドさんの説明学生さんたちはどう聞いているのか。

昔の人に起こった過去悲劇だろうか。

これは「自分達に起きる、今の問題」だ。


【3】2018 晩秋、広島・博多・別府 2日目|コンパクトな予行演習 へ >>

2018-09-11

anond:20180910012329

こっちは諸事情あって前橋には行けなかったけど、熱気は恐ろしい程伝わってきたし見ているこっちもなんか嬉しかった。

グリーンドームとは利根川を挟んだところに上越線が走ってるからそこに新駅を作ればドームには近くなるけど、

今回のSS3Aみたいな「元々の市街地を回遊しての賑わい」は作り出せなかっただろうから、これで良いと思うことにする。

願わくばデレマスだけでなくもっと他のいろんなアニメアイドルにも来てもらいたいし、一過性で終わってほしくない。

一応関東地方なのに「遠そう」な前橋イメージを覆してほしい。

あと無粋な揚げ足取るのもなんだが、群馬ってイオンは恐ろしく少ないぞ。直営だけでたった5店だし、前橋に至っては1店もない。

あそこは車社会最適化されたベイシアやフレッセイとか地場スーパーが強いから。ヨーカドー前橋撤退したのもそのせい。

そういえば今回のイベントシャトルバス地元路線バスだけでなく、P有志が自分の車を貸して送迎してくれたという話は良いと思った。

車社会に抗って廃れた中心街再生するという意味でも、今回の前橋は一つのモデルケースになってほしい。

2017-10-30

anond:20171030102515

ちょっと横だけど、地方都市に行くと、中心街ターミナル駅が全体的に汚い(掃除が行き届いてない、ゴミが落ちているなど)と感じる

金の集まるところはちゃんと掃除や片づけをしている人が居るんだろう

2017-10-15

周囲の選挙区には有名なのもいるのに、地域中心街なうちの地域にはなんか鉄砲玉っぽい候補しかいないのなんでだろ、とふと思ってたんだが、要するに自民党って東京1区とか人口多めの勝負の読めない地域には下っ端しかさないのな。

過疎の田舎地域田舎式の集票でガッチリ組織票を固めているわけだ。なんかある意味すげーな。完全に営利選挙組織って感じ。

2017-07-07

京都引っ越して、今ものすごく困っている。

前までは地方都市繁華街に近いところにここ十年くらい住んでたのだが、諸事情京都に住むことになった。

京都って中心街以外はかなり田舎なのを住んで初めて感じた。

水田が割と残っててカエルが多い。辛い。声だけなら我慢できるけど、姿を見たら動けなくなる。怖い。

水田が近所にあるせいか知らないけど今日は家の前の手すりにいた。

耐えられない。怖すぎる。 カエルが寄ってこない薬剤とか無いんだろうか。

ゴキブリなら我慢できるのに……

2016-12-04

高知市和歌山市

この二つの市、同じくらいの人口県庁所在地だが、街の中心の賑わいが全く違っている。

 

高知市には帯屋町というアーケード商店街がある。

はりまや橋の辺りからひろめ市場まで、それなりに人通りもあり、新しくできた現代的な店も多い。

また、商店街の周囲には歓楽街形成されている。

イオンモールにおされているというが、まだまだ活気があると思った。

 

かたや、和歌山市

「ぶらくり丁」という中心街がある(あった)が、駅から離れていることもあり、完全に寂れてしまっている。

JR和歌山駅前に新たな繁華街ができているかというとそうでもなく、駅ビル百貨店に人が集まっている程度で、近くの商店街はやはり寂れている。

南海和歌山市駅前はぶらくり丁以上に何もない)

 

同じくらいの規模の市なのに、何故これだけ差があるのか。

和歌山市は、近くに大阪という大都市があるから、そこに人がどんどん吸い取られているのに対し、

高知市は、近くに大都市がないから、人を集める「求心力」を持っている、

そんなところだろうか。

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