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2021-05-13

おじさんが、自己紹介や何らかのプロフなどを書くときに、

自身を若干かっこよく尊大に見せたいと思いつつ、なるべく露骨にならないようにその意図が隠れるようによく考えて書いたものの、

客観的には全然隠れていない結果、なんかこそばゆい感じになるのを、マイルドイキリと名付けたい

例)「ワイン飲みながら技術書を書くのが趣味なおじさんです」

(ただの一例です)

2021-05-12

[]〜私のテイスティングノート

CUTTY SARK

村上春樹小説に出てくることで有名らしい。彼の小説は読んだこと無いから知らんけど。

開封直後

ワイン(白?)に似た香り。癖がある。ちょっと酸っぱい感じ。

ワインは好きじゃないので、どうも受け付けがたく、口に含むとちょっとオエッとしてしまう。

白ワイン感が消えると甘さが出てスッと消える。その後ほどよくビターな味。口の中で転がすと時々香りを感じてオエッとなる。が、とにかくスムース

ストレートで飲んだ友人曰く、何かヤバイ感じがするらしい。

ロックにすると香りが押さえられるものの、ボディ感が薄いのでロックにして飲むのはもったいない気がする。

評価→Consider

今の味覚では受け付けられない風味を発するCUTTY SARKしかし全部が全部嫌いなわけじゃないので、味覚が変わってから挑戦してみたい。

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[そばに1つのウイスキー]〜私のテイスティングノート〜 では、バカ舌持ちが備忘録がてら、ウイスキー感想を書いていきます

感想をグチグチ並べた後、

・Buy…常飲したいボトル

・Shortlist…気が向いたらまた買いたいボトル

・Consider…口に合わなかったけど、時間を置いてもう一度チャレンジしたいボトル

・Avoid…二度と買わないかも...

の4段階評価します。

なお、ウイスキーの味や香りの感じ方は、人によって大きく異なりますあくまでも個人の感想であり、特定ボトルステマしたりディスりたい訳ではありません。

あくまでも個人の感想であることを心得てくださいね

取り上げられにくい護身用の防具

取り上げられにくい護身用の防具としては、鉄箸、ステンレス製シャープペンシルワインコルク抜きなどが存在します。だた、ワインがよほどの趣味でない限り銃刀法違反になるので注意が必要です。特に鉄箸は関節、突き、関節を決めてからの投げに応用できるため有効範囲が広い武器です。

銃弾が飛び交う地域旅行する場合、バッグは必ず体に巻き付けるようにし、手の前に持ってきましょう。買い物中に貧しい子どもたちなどがスリ行為を働くためです。また、体の大事な部分、心臓や腹部に少年漫画ほどの暑さの本を入れておけば防弾チョッキ代わりになります。ある程度のナイフ・打撃対策にもなりますので大変有効です。ま、この場合防弾チョッキを買ったほうが早いかもしれませんね(わらい)。

現地で拳銃を購入しても部品バラバラにして溶けない包装を用意し、後に嘔吐して取り出すようにしてください。これで密入国バッチリです。吐き出せない場合開腹手術が必要です。大変ですので注意してくださいね

anond:20210512082646

※最下段は真似しないでください

2021-05-10

年収1000万を超えてわかったこ

エンジニアということもあってあってさほど苦労もなく年収1000万円を超えた。

1000万円超えの年収生活して数年、わかったことを記す。

美味しいごはん屋のレパートリーはそれほど増えない

1万円以上するお店は何店も行って確かに美味しいのだが、ファミレスでも十分美味しい。

価格は高い料理価格が高い味がして、美味しいのだが、一つの属性という感じ。

牛丼モスバーガーもよく食べる。

スーパーコンビニ飲食店での買い物で値段を見なくなる

スーパーでは食べたいもの健康を優先して買う。値段もカロリーもあまり見ない。

(ワインは超高値ボトルもあるので例外)

飲食店でも同様。値段は基本的に気にしない。しかし金があるからと言って

毎回チャーシュー麺を頼むわけではなく、選ぶメニューは変わらない。

牛丼アタマの大盛り(肉は大盛りでご飯の量は普通盛)。

モノの値段がわかるようになった

年収が600万とかのさほど高年収でない時は物事がわかっているようでわかっていなかった。

例えば「スキー板10万?それは高すぎる」などのように思っていた。

しかぼったくりや悪意あるごく一部のケースを除き、ほとんどのケースでは価格というもの

概ね正しい値付けがされていることがわかった。

モノの値段の背景がわかってくると、株式市場でも勝てるようになった。

モテる

金があるとモテる。これはガチ

年収は公には言ってないが、清潔な服を着たり肌ケアをしたり、

そこそこの値段(一人7000円〜10000円前後)のお店に連れてご馳走してると

否が応でも「懐に余裕のある人」と伝わる。その余裕感がモテにつながっていると思う。

まり直接的な金ではなく、金があることによって得られる自信や器の大きさが

女性から見たら魅力的につながるのだと考えている。

そういうこともあって割といつでもセックスに応じてくれる女性複数人いる。

なお風俗は不潔なので興味ない。

金銭面での自己肯定感は増えない

知人女性ご飯をご馳走したりホテル代を払う余裕は十分あるが、

金銭的な自己肯定感が増えるかというとそうでもない。

知り合いに起業家なども増えて来るので、そういう人から見たらまだまだ自分なんて矮小だと感じる。

自分と比べる相手が強くなってくる。

自分もこんなところでくすぶっていたらダメだ、という思いが日々募る。

自己責任論者になってくる

例えばプログラミング技術を得れば、月50万円の収入を得ることは容易い。

業界が異なる人でもプログラミング勉強をして副業に精を出せば月10万円の収入も難しくはない。

そう考えると、何もしないで月給20万円で不満を言ってたり、生活保護で生活している人は

「なんでそういうことをするの?」という印象が強くなる。

ほんの少し頭を働かせれば稼げるのに、それをしないで社会政府文句を言うのはおかしい。

ほとんどの場合は多少の努力で金を稼げば不幸を撃退できるのに、それをしないのだから自己責任では、と思う。

まとめ

1000万程度では良くも悪くも普通サラリーマンと同じような生活

2021-05-09

椿屋四重奏解散と中田裕二10周年に寄せて

最初、音がごちゃごちゃしていてうるさくってナルシスティックでなんて気に触る曲だろうと思った。

でも音の抜き方が絶妙でおしゃれでどうしてもやるせなくてかっこいいと思ってしまった。

椿屋四重奏 - 恋わずらい on YouTube

ベスト盤を借りてきてひと通り聞いてその一枚で充分で、ほかのバンドと同じようにそのまま記憶の隅に眠ると思った。

それでも他のデータウォークマンの残り容量を食っていってもたまに取り出しては聴いて、私は椿屋四重奏を消せなかった。


彼らを見つける前の話をする。

私は志村正彦音楽が大好きだ。

もし音楽物心がつく時があるならば私の場合志村正彦出会った時だ。

シンプルなのに予想と異なり期待を上回る音が大好きだ。だからこそ限られた曲をすべて聴く勇気が今でも出ない。すべてが予想通りの志村正彦音楽になってしまうのが恐ろしくて堪らない。

必死になって代替品を探した。彼のルーツ、好きだと話した音楽、同年代音楽。分かったのは私はロックがあまり好きではないということと同じものはないということ。


閑話休題

月日は経ちひょんなことからノイジー音楽が入り用になった。私のウォークマンの中で一番うるさいのは椿屋四重奏だった。周りの音を掻き消せば事足りた。

でも一枚ではもの足りなくなってしまった。

深紅なる肖像薔薇ダイヤモンドTOKYO CITY RHAPSODYCARNIVAL

アルバム一枚分ずつ椿屋四重奏ウォークマン侵食していった。彼らは欲しい音を激しい音も穏やかな音も確実に鳴らしていった。

孤独カンパネラを鳴らせ、一枚だけが残っても躊躇はなかった。その名の通り椿の落ちるような鮮やかな解散はただただ美しく見えた。

椿屋四重奏が残した映像はあまりにすくない。音も画面もバキバキでみにくかったが中田裕二の歌だけは際立っていた。ナルシスティックに聞こえた歌は、つぎはぎだらけの架空のかっこよさではなくそのまま彼から出ているものだということを数年ごしに知った。

もっとその声が欲しくなってしまった。中田裕二は生きているから。怖々と私はソロ楽曲試聴した。椿屋然とした曲は最初なじまなかった。それでもやわらかであでやかさを増した楽曲達は椿屋四重奏よりもずっと好みだった。

椿屋四重奏と同じ数だけのアルバムウォークマンに収まる頃には私は椿屋四重奏よりもむしろ中田裕二に魅入られていた。


いつから手遅れになったのだろう、とたまに思う。

昭和歌謡カバーアルバムを聴いた時から

中田裕二ジャズをたしなむことを知った時から

ギター弾き語りだとその声がよく引き立つことに気がついた時から

école de romantismeのさみしさを孕んだうつくしさに聞き入ってしまたから?

ライブごとに曲のアレンジを変えた最高の状態演奏しつづけるさまを見せられたから?そもそも椿屋四重奏をきいた時からだろうか。

春あたりに一年に一回のペースで出るフルアルバムとそれに伴うバンド編成によるツアー、全国での弾き語り、年によってはトリオなどのトリッキーな編成のツアーをこなされたらほかに気がうつる暇もない。去年はひまだからなんていって二作品アルバムを出してしまった。

ワインウイスキー日本酒と忙しなく熱を注ぐのを見てしょうがない人だなと思う。調味料の話します!と話してもの足りなさそうに切り上げるのを見て面倒な人だなと思う。

でも、アルバムが出るたびライブを見るたび、何度でも魅入ってしまう。最高の演奏の後、これからも好きなようにやりますとへらへらと笑っているのを見たらお願いだから好きなようにやってくれと心から思うのだ。

まるで炎のように常に揺らめいて姿を変えて魂ごと取り込まれしまいそうなほど、見入ってしまう。

どうか健康末長音楽を続けてくれたら嬉しい。

血を吐き出すようだった椿屋四重奏という季節に囚われないでいい。

でもたまに歪んだエレキギターをかき鳴らすのも聴きたい。

おだやかなPredawnも激しい群青も全部等しく愛している。


TWILIGHT WANDERERS


 

母の日なので実家料理を作った。

GW休みなく働いたから、明日休み母の日なので、実家に帰って(といっても車で数時間の近所だけど) 料理を振る舞った。

両親と弟の家族。6人分の料理を作った。

自分は、料理趣味の一つ。普段仕事で忙しくて、帰って簡単に丼とか野菜炒めかばっかだけど、休みがあれば半日ぐらいかけてじっくり作る。

 

6人分なので、2〜3人前の分量で、それを数料理を作れるのが楽しい

おっさん一人だと、あれこれ作っても食べれないので、普段は無理して0.5人前とか作っているが、それが結構難しい。冷凍して置いとくなら3人前とか作れるのだが、冷凍できるものばかりでもない。

 

熱々のものは出したいと思って欲張ったばかり、最後はテンパって弟の奥さんにかなり手伝ってもらったが、豪華な料理ができた。

ワインも買ってきた。さすがにケーキを作る時間はなかったので、ケーキは近所のケーキ屋で買ってきた。

両親も弟の家族も美味しくて食べてくれて幸せだった。姪っ子も喜んでくれて嬉しい。お世辞ではないないと勝手に思っている。

結構いい材料使って、時間かけて作ったんだよ。

 

料理作って、誰かに食べてもらえるのも幸せだな。まぁそんな相手いないし、今度もできる予定もないんだけど。

anond:20210509051001

まあ真にコスパいいのはワインマグナムから真の酒クズならそっち頼んでベロベロになるんだけどな

2021-05-08

今日ワインは白。

水みてぇな安ワイン

ビンボー人にゃこれで十分だ。

キミものむにょろか?

あはは未成年だったにょろね!

2021-05-07

anond:20210507155435

一度それをやってみたことがある。

キッチンのそのへんに放置するんじゃなくて、温度湿度を保ちつつ

わくわくと1年待った。

だがダメだった。4種類の安いそうめんで試したが、どれも安物そうめんのままだった。

茹でても高級そうめんのような、羽二重餅のような美しい半透明感とツヤが出ない。

小麦の味が悪いまま。コシがない。

1年前に食べたほうがまだしもだった。

 

高級そうめんのほうは変わらず美味かった。

ワイン長期保存に耐えるには、生まれつきその体力を持ったワインでないとダメだという。

素麵も同じなんじゃないのか。

anond:20210506140734

ファミレスコンビニほとんどの冷凍食品冷凍野菜などの食材除く)を「まずい」と感じる人間だけど、

まず

>たとえば0〜100の数値で美味しさを評価するとして

>「不味い」っていうのは、まあ30以下とかじゃん。

(略)

>そういうイメージだよな。

この時点で「あまりにも感覚が違う」としか言いようがなくて絶句してる。(念のため言っておくけど、優劣はつけていないぞ。)

 

美味しいってそういう階段状に一直線ではない、一つしかない感覚ではまったくない。

ファミレスコンビニの味は、自分にとっては

「うまさを偽装して美味いと感じさせる作りになっていると知覚するので不快である

 しかもその偽装したうまさも単調で自分の好みに合うほどの幅がなく、

 さらにその偽装の具合にディストピア飯感を感じる惨めさもあいまって嫌気がさす」に近い。

 

美味しいの尺度に話を戻そう。

無理やり「数値で美味しさを評価する」に合わせると、レーダーチャートもっとも適切ではないか

そしてその輪郭が真円に近いほど美味しいと感じるような感覚だろうか。

そしてレーダーチャートの項目は料理によって違い、同じ項目でも料理によって適切な数字・幅が違い、

同じ要素でも項目が複数あるような感じ。

(たとえばワイン、渋みが適切だと美味しいと感じるはずだ。しかし、違うワインになれば違う渋みの量が適切になる。

 そして渋みが最初に来るか後から来るか、徐々に盛り上がるかすとんと切れるか、残り方、など、でどのように他の要素と干渉するかが変わり、感じ方は変わる。)

 

さらにいえば人間はというより動物は美味しいはずのもの、美味しいと感じているものでも心が「美味しくない」と受け入れないこともある。

慣れていない味・組み合わせは美味しいと感じる要素をすべて満たしていても美味しいとは感じない。

生物としての本能だ。性別だと雄・男のほうが、また成人のほうが子どもよりも警戒心が強く、味覚が保守的だ。

(だから人間でも食の新規ブームほとんど常に若い女から広まる。男から始まる場合、警戒心を上回る強い刺激が特徴のものになる。激辛とか。そしてマイノリティであり続ける。)

 

子どものころ、ダイアナ妃も好物だったというキュウリ生クリームスープを食べてそれを実感したことがある。

生クリームキュウリも好物だったが、自分は冷製スープに慣れておらず、キュウリ生クリームの組み合わせも初めてだった。

美味で有名な高級フレンチレストランだったのもあり、そのスープは実に美味かった。

それはわかった。が、自分はどうしても舌が伝えてくる「これは美味い」を受け入れられなかった。美味いと感じつつ不味いと感じたわけだ。

 

さらに、不味いものを美味いと感じる経験も多々ある。

たとえば、野生のニホンザル普段食べているそのへんの木とか草だ。品種改良されている野菜ですら生では美味いとは感じないのに、そのへんの草が美味いわけがない。埼玉県民にはなれない。

数字で測るのなら、ほぼどれも0.これを食べなければ明日飢え死にするのでなければ口にするのはごめんだ~1.飢饉ときには食べられることを思い出すかもしれない、優先順位は下のほうだが~2.千年ぐらい品種改良をした後ちゃん調理すれば食べる気が起きる、の間にある。まれに3.これは普段から食べたいかも…のものもある。

が、この不味さは不快な不味さではなかった。

渋み苦味が強すぎる、うま味がない、など美味いからは確かに程遠いのだが、ごまかしや偽装がない部分は旨くもありすらするしかもそのまずさ95%の中にほんのり甘みを感じたりする。

ぜんざいにほんのり入れる塩が甘さを引き立たせるように、まずさ要素が主体の中に漂うあえかな滋養はよりクローズアップされるのかもしれないとなんとか思ったが自分サルじゃなくてよかった。

 

味覚は0~100の一つの尺度だけで測れるような単純なものではない。

 

ほとんどすべてのファミレスコンビニ食べ物を不味いと感じる理由は、不気味の谷に似ているとも思う。

味付けの組み合わせは非常に上手い。塩分うまみ調味料バランスを真円に近づけて出せるのは大手企業ならではのさすがの部分だ。

が、実際に口にしてみると「まがいもの」と感じる不気味の谷に落ちている。

素材の質があまりよくないのを無理やり何か、普段自分が口にしないもので補って人間に見えるように皮をかぶせましたというような感覚に陥る。

それを一言で不味いと言っている。

 

2021-05-05

anond:20210505140034

般若」(あるいは「般若湯」)が仏教徒の間での酒の隠語なのは知ってたけど、泡般若は初めて知った。分かりやすいな。

してみるとワイン葡萄般若で、ストゼロが強般若零で、ウォッカロシアン般若か。

2021-05-03

ワイン人工甘味料を入れられたソムリエ「(本文へ続く)」

ワイン人工甘味料を入れられたソムリエ「甘みがあるが砂糖ではないな…人工甘味料か(ボソリ」

ワイン人工甘味料を入れられたソムリエ「このワインは本調子ではない」

2021-04-30

本日一番良かったと思われる事柄

良かったことを一日の終わりに列挙するかな?今日という一日に感謝しよう。今朝職場に見に行ったらスマホが見つかった。よかった。変なところに置き去りにしてキャッシュレスとか使い込まれていたら困ったちゃんだったからな。よかった。変なところに行かなかったスマホ感謝ありがとうZenFoneくん。それからお昼ご飯外食できたこと。都市圏在住じゃないか外食しても大丈夫僻地感謝ありがとう。ド田舎ちゃん羊肉ステーキなんていう珍料理食べちゃった。割といけるね。羊肉を供してくれたお店に感謝。けっこういけるものリーズナブル価格で出してくれてありがとう。羊にも感謝!!ありがとう。めーちゃん天国のんびりしているかな?さあこれからワインを飲もう。ブドウちゃん感謝。あと晩酌のお相手してくれる妻ちゃんにも感謝。好きだよ。

2021-04-29

anond:20210429175703

ご両親に好みを聞いた上でワイン専門店スタッフさんに聞くといいよ。そこで買う前提でね。

近場にそういうのが無いのであればギフトカードカタログギフトでいいと思うよ。

anond:20210429175703

子供からプレゼントならしょんべん入れたワインボトルでも喜んでくれるよ

ってのは嘘だけどワインならなんでもいいと思う

両親へのプレゼント金券ってあんまりすぎる?ワインをよく飲む両親なんだけどワイン選ぶの全然からいかワイン屋さんのギフトカードにしたい

2021-04-28

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-04-25

いきつけのワインバー食事のみの営業らしい

これどうなんだろうな

時短中も何かと融通利かせてくれたし

十中八九常連には飲ませてくれそうな気がするんだけど

今回はきちんと守るパターンだった場合ちょっと気まずくなりそう

飲めないのに行ってもしょうがないしな

どうしたもんかな

最近わりとよく生きてる意味ねーなと思うけど当然人に言えるわけがないのでここに書いておく

田舎を出て都内就職し、働き始めて十数年。

デブスなので結婚なぞできないだろうから最初から諦めてて婚活などもせず、いろいろある趣味を邁進していた。

趣味は、舞台見たり、野球サッカーバスケ見に行ったり、美術館博物館行ったり、旅行行ったり、ライブ行ったり、酒飲んだり、本読んだり、同人活動したりって感じでやることがいっぱいあって、楽しいことするために生きてるな〜って思ってた。

ところが一転。新型コロナウイルスの影響で、まともに前と変わらず続けられるのは本読むことくらいで、後は少なからず影響を受けるものばかりだった。

舞台ライブは中止の嵐で、去年春先〜夏あたり行く予定だったチケット14枚がただの紙切れと化した。(無論払い戻しはあったけどそういう問題ではない)秋口〜冬にはぽつぽつ行けるようになってきたけど、ライブで声出せなかったりするし、今また舞台ライブが中止になった。

美術館博物館も休館を余儀なくされ、上野パスユーザー自分は悲しみに暮れた。休館明けてからは予約して1人で何回か行ったしやっぱり楽しかったけど、友達と観に行って終わった後にアレが良かったとかこれが面白かったとか飲みながら語り合うみたいなことはできないし、このGW鳥獣戯画展行くつもりだったけどまた休館だし。

Jリーグなど各種スポーツも中止期間ののち無観客開催かつ配信で、この状況になる前から普通に配信観れるからそれは変わらないんだけど、現地観戦の空気感やスタグルを楽しみにしてる部分もあったので、オンライン観戦のみとなるとやっぱり悲しかった。客入れられるようになって何回かは行った。自分積極的に声出す方ではなくひっそり見たい派だから平気ではと思ってたけど、自分がひっそり見るのはともかく、全体が静まりかえってると謎の緊張感があって、あとやっぱすごいプレーかに声出せないのが辛かった。はやくチャント歌える日が戻ってきてほしい。

旅行は毎年友達と行くのと1人で行くのと合わせて年5回は行ってるけど、去年は1人で1回行っただけだった。一人旅好きだけど、一人旅なら気軽にホイホイ出かけてもいいのかっていうとそういうもんでもないし。友達となんか言わずもがな

同人活動は、普通に創作すること自体はできるしやってるけど、ちゃんと書こうとしたときは照準をイベントに合わせて締切設けて…という形になるので、イベント開催できない状況だとなかなか難しかった。普通に書くのは楽しいんだけど、ちゃんと完結まで書ききろうみたいなモチベにはイベントパワーが必要

友達と酒飲むのも当然できるわけもない。リモート飲み会は何度もやってて、なんなら遠方の友達ともできるからこれはこれでいいなと思う部分もあるけど、リアルに会って話すのとリモートで喋るのだとなんとなく空気感は違うし、お店のいろんな酒や食べ物ちょっとずつ飲み食べするのは自宅ではどうしたって無理だし。刺身の気分だから和食の店で日本酒飲んだあと、ワイン美味しいとこでなんかすごいチーズ食べるみたいなのは、もちろん全部自宅に揃えたらできるけど一人暮らし冷蔵庫限界とかあるので。

 

そんな感じで、全く楽しめないわけじゃないけどスケールダウンしてしまっていて、もともとの楽しみを取り戻すことができない状態にある。

そんな中でも、自分は幸いにも新型コロナウイルスによって仕事がなくなることなく、かつ元々リモートワークを導入して進めていた会社だったので大した混乱もなく、フルリモート仕事を続けることができている。ありがたいことにお給料も順調に増えていて仕事はそこそこ忙しい。

しかし、仕事は変わらずできているからこそ、自分はなんのために働いているんだ…?という気持ちがどんどん湧いてきて、かつそれを突き詰めていけばいくほど、なんで生きているんだろう、という気持ちになっている。

楽しいことはできないのに仕事だけしてるのはなんで?

舞台ライブスポーツも、オンライン配信あるのが増えたけど、リアル空気感を味わって、そのあと友達とアレよかったよね〜!!って酒飲みたいけどできない。

普通になんの気兼ねもなく旅に出て、神社とか見て、宿で温泉入って酒飲んでダラダラしたいけどできない。

同じものが好きなオタクたちと作った本交換したり、買い物行って薄い本いっぱい買ったり、稀に買いにきてくれた人が感想言ってくれたり差し入れ用意してくださってたりして、なんならちょっと泣きそうになったりすることもなくなった。

一生一人で生きる予定の30代のデブスは、それでも日々を面白おかしく生きてたんはずなんだけど、果たして今はなんのために生きているんだ?

一年経ってこの状況の中、数年で良くなって何もかも元どおりになるとは正直思えない。この状況が続く世の中で、世間様にプラスになるようなことは特にできず、子供を産むこともなく、ただ消費するだけの人間しかない己は生きててどうすんだ??

ただ自分のためだけに生きていた穀潰しが改めて己はただの穀潰しだなと自覚しただけなんだけど。

親は私よりはるかお金も持ってるし、実家田舎だとそこそこの家っぽい(祖父葬儀議員市長知事が来たことで初めて知った)し、万が一何か起きたとて心配ない。実家にはきょうだいがいるし、多分結婚もするだろうからなんの心配もいらん。

元々生きることに意味なんてないけど、楽しみ拾うために生きてたのに楽しみなくなっちゃったから生きる必要ないよな。

せめて迷惑かけずに死にたい心配もさせたくないので匂わせみたいなこともしたくない。しれっといなくなりたい。

まーとりあえず部屋解約したり仕事辞めたり、携帯ネット回線電気やガスの解約して、たいして入ってないけど通帳と印鑑くらいは実家に送る?そんくらいやれば大丈夫そうな気はする。

2021-04-24

anond:20210424185039

5年でおわったとおもわないように、まあ男子なら体力あるから大丈夫かな。

友達マジで中学くらいがメインで高校ラストチャンスからしっかりつくるのをたすけてあげてほしい。

カラオケとか命がけでいかないといけないなんてかわいそうな世代

 

の子供でも試し行動しなければ親の愛が信じられなくなる時期はある

自分場合子供お年玉で買った高い腕時計自分の歯があたってベゼルに浅く傷が入った(自分の歯も半ミリほど欠けた)ときがそういえばそうだった

ベゼル交換修理が3マンだったかな、ださせられたわ

あと物を整理できず捨てられなくてよくその間に大事ものをまぎらして見失う子だったんだけどそれも半狂乱になって深夜に叩き起こされ探させられた

万年筆インク教科書(がわりの問題集)、辞書水泳ゴーグルなど。のべ12回くらいはあったな。

「これだけさがしてないんだから学校に置いてきてるよ」って寝かせて翌日「アレがないと責められる」と渋々を無理に送り出してみれば

「いったとおり学校にあった」(特段感謝なし)とけろりと笑顔でかえってきたのも4回くらいはあった。

親は子供のもの故意に壊したり隠したり捨てたりしないということを信じさせるまでけっこうながくかかった。

増田じゃないほうのパートナーがすぐ「増田が捨てたんだろ」っていうから悪化した)

そのうち友達がくるから部屋の掃除につきあってくれといわれるようになった。(以前は自分一人でやろうとして爆発して放置だった)

友達きれいな部屋に呼んだ後は自分である程度ものの置き場をきめ見当つけて探せるようになった。

そういえば大事もの陳列棚もかってやったな。これも3マンくらいした。ガラス戸じゃないと見えないか所在を忘れてしまうらしい。

それまでは親を嫌って部屋にいれたがらなかったし社会性や常識を得るきっかけになった。

本当にリアル友達というものはありがたい。何度でも遊びに来て会話してやって欲しい。子供のほうは大げさだとかいってるけど。

 

大学(どこも元増田通信制高校に近い状況だ、コロナからなぁ)になってから家飲みしようっていってミニバーの中身みたいなのをいそいそ買いに行ってたな。カシオレだのカクテル祭りしたらしい。おみやげワインコルク栓抜くためだけに呼ばれたwいきなりいわれてもなんでも(バタフライ型のちゃんとしたコルク栓抜き)ある家でホント感謝せいよっていっといたw そんな冗談のやり取りができるようになったのもわりあい最近だとおもう

親なんていずれ子供より先に老い死ぬんだし友達恋人代替物になんかなりやしないよ。

兄弟だっていずれ別の道をいくわけだし。

友達大事

 

追記:実は発達障害と鬱もちの子をそだてているいつもの増田だ。診断うけたことがうちは一つの打開になった(診断を回避できたという他のツリーをみて)。

ブクマコメント男子でも女子でも小学校あいだくらいはライバル視ばかりではないのでは。うちの子ポケモンとかやってて小学校の間は男子の友人も女子と同じくらいいた。交換必須ゲームからね。そこでダマされて珍しいポケモンと並のポケモンを交換させられた友人のために怒ってあげてた。

高校受験すると自分以外全員ライバル視になる子もいるようだ(恋愛しろ成績にしろ)けど

増田のしつこい自称KKOだのブクマカになるようなお子さんはまあそうなんだろうなとしか

夫が手料理と美味しいチーズとそれに合うクラフトビールワインを用意してくれてずっと火星の話で盛り上がった。

いい夕べだ。

anond:20210424123527

昔はデブが高貴の印だったように

動かなくていい階級であることのアピールだよ

部屋ではバスローブ一枚でソファに座ってワイングラス傾けたりしてるよ

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