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2022-10-17

年上の妻と結婚した歴史上の偉人

ツタンカーメン

 7歳上のアンケセナーメン結婚。夫の死後彼女が捧げた花を墓の発掘者カーターは「どんな財宝よりも美しかった」と称えた。未亡人となったアンケセナーメン後継者アイとの結婚を嫌がった。

ムハンマド

 25歳の時に15歳年上の未亡人ハディージャ結婚天啓を受けたムハンマドを励まし予言者としての自覚を与えたのは他ならぬ姉さん女房ハディージャである

円融天皇

 12歳年上の媓子と結婚した。夫婦関係は良好で会ったが、跡継ぎに恵まれ立后後6年で媓子は崩御した

堀河天皇

 中宮は19歳年上の叔母篤子。夫婦共に教養人であったために仲睦まじかった。天皇が若くして崩御すると篤子は出家した。

藤原道長

 2歳上の正室倫子とは夫婦円満で多くの子宝に恵まれたことが出世に繋がった。

一条天皇

 皇后は3歳上の定子教養人であった二人の仲は良好であった。

後一条天皇

 9歳上の中宮威子以外の妻を娶らなかった。

チンギスハン

 1歳上の妻ボルテ結婚した。チンギスが弱小武将であった頃からの妻は特別存在であったようでチンギスの後継者は皆ボルテの息子である

・成化帝

 明の皇帝。19歳年上の万皇貴妃を溺愛したが。嫉妬深い彼女は他の妃を悉く堕胎させた。彼女が亡くなった悲しみから皇帝は同年に没した。

マキシミリアン1世

 神聖ローマ皇帝。2歳上のマリー・ド・ブルゴーニュ結婚ブルゴーニュ公となった。政略結婚であったが仲は良く、共に乗馬狩猟に興じた。しかし、マリーが落馬事故で亡くなったため、5年で幸福結婚生活は幕を閉じた。妻の死後マキシミリアンはローマ皇帝となる。

アフォンソ

 ポルトガル皇子。5歳上のイザベル結婚した。夫婦関係は良好だったが、落馬事故夭折した。イザベル再婚しないことを宣言したが、ポルトガル国王マヌエル1世結婚することとなった

アンリ2世

 フランスヴァロワ朝国王。19歳年上の愛人ディアヌ・ポワティエうつつを抜かし、正妻カトリーヌ・ド・メディシス冷遇した。厳密には妻ではない。

・フェルディナン2世

 秘密裏に2歳上の豪商の娘フィリッピーネと貴賤結婚した。フィリッピーネは豊富薬学知識を持ち、貧民の救済に努めた。

直江兼続

 3歳上の船と結婚した。側室を持たなかったこから彼女への愛の深さが窺える。

グレゴリーポチョムキン

 ロシア軍人10歳上のエカチョリー2世事実上の夫

上杉鷹山

 側室お豊の方は10歳上で賢妻として知られる。

ジョージ4世

 イギリスハノーバー朝国王。6歳上の未亡人マリア・フィッツバードに夢中になり、秘密結婚した。正妻キャロラインのことは嫌っており、冷遇したため、国民彼女に同情した。

・ハンス・アンデルセン

 童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン父親12歳上のアンネ・マリーと結婚した。

ナポレオン

 6歳上の美女ジョゼフィーヌ結婚した。ナポレオンが妻に熱烈な愛を向けたのに対し、ジョゼフィーヌは夫のラブレター晒して笑いものにするなど、当初は良好とは言えない夫婦関係であった。跡継ぎに恵まれなかったため、二人は離婚したが、ジョゼフィーヌ皇后称号を維持することが許され、二人の間に交流が続いた。ナポレオンは臨終の際に元妻の名を呼んだ。

ディズレーリ

 イギリス首相12歳年上のメアリー結婚。当初は金目当てで結婚したが、次第に愛し合うようになり、政敵グラッドストンですらその夫婦関係模範的と称えた。

ダーウィン

 1歳上のいとこエマウェッジウッド結婚エマは絵に描いたような良妻賢母で度重なる子の死に耐え、病弱な夫を支え続けた。

ロバートグールド・ショー

 南北戦争英雄。2歳上の妻アニーは夫の死後生独身を貫いた。

勝海舟

 2歳上の民子結婚民子は奔放な夫を懸命に支え続けたが、最後は愛想を尽かしたようで勝のそばに産めるなと言い残した。

明治天皇

 3歳上の昭憲皇太后結婚したが、世継ぎは産まれなかった

レーニン

 1歳上のナデジダと結婚した。彼女レーニンと共に革命運動に一生を捧げ、夫が病気に倒れた際も献身的介護した。

ヤスパース

 ドイツ出身哲学者。4歳上のガードルートと結婚した。彼女ユダヤ人であったため、ナチスドイツから弾圧を受けたが、妻への愛を守り通した。夫婦で家に籠城し、強制収容所に送れられそうになる寸前で連合国軍が来て、助かった。

トールキン

 3歳上のエディスと結婚彼女とのデートから着想を得て、ベレンルーシエン恋物語が創られた。

スカルノ

 11歳上のインギットと結婚した。彼女は夫の独立運動を支えたが、一夫多妻制を拒否して離婚した。

ダリ

 10歳上のガラと結婚。ガラは若いアーティストとの不倫を繰り返したが、ミューズマネージャーとして夫の創作に貢献し、彼女が亡くなるとダリ創作を辞めてしまった。

田中角栄

 8歳上のはなと結婚。はなは表に出ず、陰で夫を支え続けた。

マイケルアリス

 イギリスチベット学者。妻は1歳上のアウンサンスーチー。妻の民主化運動ロビー活動支援したが、自宅軟禁により引き離され、二人が再会することは叶わなかった。

他にもこんな人居るよっていうのが居たら教えてください。夫婦仲が険悪なのは除外しま

2022-10-09

人魚姫』は何の物語か?

もちろん、海の妖怪人間王子に恋をするという悲劇的な恋愛物語であるが、実はフリードリヒ・フーケの『ウンディーネ』という、水の精霊人間騎士との恋愛物語を描いた先行作品存在する。そういう意味ではアンデルセン作品は、あまりオリジナリティが無いとも言えるかもしれない。

フーケの作品ウンディーネ』には無くて、アンデルセンの『人魚姫』には有る要素として、我々がよく知っているのが、主人公人魚姫人間になることの代償として「声」を失うという筋書きである

この「人間になることで声を失う/奪われる」という描写元ネタと考えられているものの一つに、アイルランド海浜に近い場所存在する某村に関する民間伝承がある。

周辺の他村の住民たちは、某村の住民たちのことを「人魚の子孫」と見なし、彼らと会話することを忌避していたというのである

この話から直ぐに連想するのが、ホメロスの『オデュッセイア』にも登場する、妖怪セイレーンのことである。これは、航行する船を操る船乗りたちを、美しい歌声で惑わして誘き寄せ、船を難破させて殺害し、その人肉を喰らったとされる、半人半魚の妖怪である。ここでも「声」禁忌とされている。しかし、どうしてもセイレーン歌声を聞きたいと願った知恵者オデュッセウスは、部下の船乗りたちの耳を蜜蝋で塞がせて、歌声を聞こえないようにさせてからセイレーンたちの居る岩礁の傍を通過するように船を航行させた。オデュッセウス自身は、己の身体を帆柱に縄で縛り付けさせ、決して海に落ちることの無いように万全の防止策を施してから、その耳で彼女たちの歌声を聞いたという。

日本においては、人魚との「会話」が禁じられていたというわけでは無いものの、やはり不吉な影が付き纏う。『吾妻鏡』や『北条五代記』等には、人魚らしき妖怪発見事例が記されており、これを何かの前触れとした陰陽博士などの占術職能者によって、兵革の兆し奥州藤原氏の滅亡の前兆などと見なされたといった例が見出される。

ただし、これらの国文学的な文献に記された人魚は、アンデルセンの『人魚姫』のような美しく可愛らしい姿とは、かなり異なる。例えば、頭部だけが人間人面タイプであったり、四脚らしきものが生えていたりと、なかなか奇怪な姿をしていたようである。中には、頸部に鶏冠の如きヒラヒラしたもの付属していたという事例もある。また、発見される場所も水辺だけではなく、時には、山肌で起きた土砂崩れ現場発見されたことも有るようである

してみると、人魚にとって魚身であることは、我々現代人が思う程、重要ではないのであろうか。実は、先に挙げた『オデュッセイア』に登場するセイレーンにしても、元々は半人半魚ではなく半人半鳥であったとする説が有る。その鳥の怪が、もしも水鳥の怪であったとすれば、後に、半魚の怪との交雑を起こしても、それほど不思議では無いと考えてもよいのかもしれない。重要なのは、半人半怪という混合性である

さて、アイルランドの某村に関する民間伝承比較するために振り返ると、日本においても「妖怪の子孫」と見なされた人々が存在しなかった訳では無い。例えば、江戸時代南町奉行根岸鎮衛(ねぎやすもり)の著した雑話集『耳嚢(みみぶくろ)』に収められた「河童の難を遁るゝ歌之事」という文章を参照してみよう。そこでは、菅丞相(かんしょうじょう)すなわち菅原道真(すがわらのみちざね)の作として伝えられる、次のようなまじない歌を紹介している。

「ひよふすべよ 約束せしを 忘るゝな 川だち男 うぢはすがはら

根岸鎮衛は、菅丞相の作は疑わしいとしつつも「ひよふすべ(ヒョウスベ)と云ふは川童(カッパ)の事の由」と記しているが、これは、長崎県諫早市周辺でのカッパに該当する水怪に対する方言的な呼称であるしかし、カッパ避けの歌が伝えられていたのは、現在で言うところの千葉県(アメリカで言えばノースダコタ州)である。随分と遠くの地までヒョウスベの名が伝えられていたことになる。

岩波文庫版では「川だち」には「水泳の上手い者」との注釈が付けられている。これは遊戯としての水泳のことを言うのではなく、職業的必要性から河川で泳ぐことをしていた者たち、職能者たちと考えるのが妥当である。その川だち男が「我々は菅原氏の関係者なのだ約束を忘れるな」と、歌を通じてヒョウスベ≒カッパに向かって呼び掛けているのである。一体、何を約束したというのか?

菅原道真家系である菅原氏は、遡れば土師氏(はじし)に連なるとされる。土師氏の祖は、野見宿禰(のみのすくね)とされ、当麻蹴速(たいまのけはや)との角力すなわち相撲(すまひ)による決闘を行ったことでも知られる。現代では十把一絡げに河童(カッパ)と総称されるようになった水の妖怪が、相撲を好むことは昔話などを通じて広く知られているが、その起源には、土師氏菅原氏との関わりが存在するということである

この土師氏は、埴輪を作ることを能くしたが、埴輪といえば赤土であるが、この赤い色は、酸化鉄を多く含むためである。このような粘土採掘は、鉄分を含む土の採掘であり、これは時代が下れば、鉄を初めとした金属鉱脈採掘にも関連・発展したことであろう。

鉄に限らず金属は、採掘されるだけでなく精錬されるので、山の掘削、森林樹木伐採という環境変化を伴う。これは、山に水源を発する河川にも影響を及ぼしたと考えられ、そうなると、粘土採掘金属採掘精錬を行う山の民と、漁業・水運などによって河川生業を立てる川の民との間で、何らかの紛争を招いたのは想像に難くない。本来の「カッパによる水難」とは、元々は「山にいるカッパ」による山林環境の変化によって引き起こされた、河川災害環境破壊のことを指したのではないのか。なお、カッパといえば河川などの水辺だけにいると現代人は思いがちだが、カッパ河川から山、山林から河川へと、季節の変化ごとに移動するという伝承が見られるのである

山林の環境破壊が火種となって紛争が発生し、これを停止するための平和条約のようなものが「約束」であり、それが川の民と土師氏菅原氏との間に結ばれたことにより河川災害発生件数が減少したこと、それが「カッパ避け」の実態だったのではないか。川の民に害を及ぼさないと、かつてカッパ親分であったであろう土師氏菅原氏が約束したことが変化して、川だち男が「我々は菅原氏=土師氏の裔であるぞ、だからカッパよ、我々には害を及ぼすな」と呼び掛けるようになったのではないか

ヒョウスベには「兵主部」の漢字が当てられる。このうち「部」は物部や斎部などと同じであるが、では「兵主」は何なのかと言えば、これは大陸から渡来した蚩尤(しゆう)のことではないかと言われている。というのも『史記』では、蚩尤は金属製の戦用武具を生み出した「兵主神」とされており、しか角力(相撲のようなもの)を能くするのである。その上、石や鉄を喰らうとされるので、これは金属精錬象徴するのではないかと考えられる。ここから、兵主部とは元々は「兵主神を祀り、それに関連する金属職能に携わる部民」であろうと考えられる。

脇道に逸れた話の部分が予想外に長くなってしまったが、土師氏菅原氏という職能集団的氏族カッパの裔であると考えられていたということ、そして、カッパに対する民の恐れの根源には、職能活動による影響が存在した可能性のことを言いたかったのである

本筋に戻ると、アイルランド海浜そばの某村に住むという「人魚の子孫たち」が、周辺他村の人々から会話をすることを忌避されたのは何故か。それは、彼らが「予言する能力」を持っていたからではないのかと私は推測する。ただし、予言と言っても、超常の能力ではない。彼らが漁業や水運業など海の船仕事に携わっていた職能集団だったとしたら、どうだろうか。そのような仕事に携わることで、海路における岩礁や難所の存在場所についての知識も蓄積されたであろう。また、船仕事に影響するような天候の変化を読む(予測する)観望天気の知識も蓄積されたであろう。そのような、いわば専門知識能力を身につけた彼らが、もしも「海路のあそこには岩礁が有るぞ」「嵐が来るぞ」と予測して教えてくれたとしたら、何の知識も持たなかった他村の人々は「某村の住民が不吉な予言をする。彼らが予言を行うせいで不吉な出来事が起こる」と逆転した考え方をして、誤解したのではないだろうか。それが「会話を忌避する」ことに繋がったのではないだろうか。

上で粘土採掘金属採掘精錬を行う職能集団カッパの関連を述べたが、こういった専門的な仕事は、その仕組みを外部から理解しにくい。自分たちには出来ない仕事をする能力を持ち、影響力が大きい者のことを、人間尊敬するだけでなく同時に差別もするという例は、古今東西を問わず広く見られる現象である。例えば、西アフリカ伝統的な音楽歌唱職能グリオ(griot、フランス語。現地のウォロフ語でgewelギュウェル、トゥクロール語でgauloガウロ、マンディング語でdjeliジャリなどと呼ばれるのが語源)たちは、歌の言霊を駆使することで、人を幸せ気持ちにしたり、戦の前に闘争心鼓舞したり、逆に人々の間の争い事の調停役を担ったりといった役目を果たすことから、非常に尊敬を受ける反面、亡くなると普通の墓に埋葬されずにバオバブの木の虚穴に遺体を遺棄されるという。そこでは、尊敬差別心理アンビバレントに同居している。

日本人魚が不吉の前兆と見なされた話は既に述べたが、その中には、人魚自身言葉を口にしたという例も見られる。それも、もしかしたら海の民などの姿を人魚に反映していて、やはり海の民による予言とそれに対する恐れの感情の名残なのかもしれない。

西洋人日本渡来するようになると、剥製ミイラ製造技術も伝えられ、魚や動物のパーツを組み合わせることにより、カッパ人魚ミイラ製造されたことは、現在日本の各地に残るミイラの実物とともに知られている。したがって日本における人魚形態傾向が、人面タイプや四脚タイプから現代人にも親しみのある上半身人間下半身タイプへと変化した原因として、西洋人の影響が有るという可能性は、もっと大きく見積もっても許されるであろう。しかし、日本よりも先に西洋人との接触果たしていた中国を通じて、もっと早い時代ミイラ製造技術日本に伝えられていたという可能性は無いのだろうか。その時に、西洋人が抱く人魚イメージも一緒に、早期から日本流入したという可能性は無いのだろうか。大陸西洋から人魚伝承流入によって、前触れ予言というイメージ形成された可能性は、今後より丁寧に調べる必要が有るだろう。

まだまだ考察すべきことは多く残る。

人頭獣身の妖怪しかも不吉の前兆予言を伴うといえば、人頭牛身の妖怪「件(くだん)」が思い浮かぶ。上で半人半怪の混合性が重要と述べたが、この混合性の故に、人間の住まう現実世界と、非日常・非現実世界との結節点となる役目が、人魚や件のような半人半獣の妖怪には与えられたのであろう。そして、その役目を具現化したものが、前触れ予言なのであろう。

また古来、予言神託の役目を担う者の多くが、巫女という女性であった。これは、女性には生理があり妊娠出産可能であることから男性に比べて、より自然というカミの領域に近い存在であり、現実日常世界との仲立ち・結節点の役目を果たすことが出来ると信じられていたかであるセイレーン人魚に限らず妖怪怪物たち(例えば、エデンの園アダムとイブを誘惑した蛇など)に女性性が付与されているのは、ユダヤ教キリスト教仏教などが地位確立する以前の世界において、カミの領域との仲立ちを務める職能を担っていた女性たちに対する、尊敬差別というアンビバレント感情が反映された名残であろう。

最初に『人魚姫』は何の物語か?と掲げ、長々と文を書き連ねたが、正直に言えば、それを確定することは実は難しいと思っている。ただし、少なくとも、異なる世界の住人が出会った物語、それに伴って起こったコンフリクト悲劇物語とは言えるのかもしれない。

乱文も長くなり過ぎたので、ここまでとしよう。

2022-09-10

土曜日

午前中休んでしっかり元気になった。

アンデルセンっていうパン屋バナナマフィン食べようと思ってたんだけど

マフィンをひっくり返したら、底の内側が大きく陥没しててさ

こんなのありかよ、って思うレベル底上げ具合だったよ。

マフィン底上げされるなんてすげえ時代だぜ。

2022-07-09

そういや

創価学会に入っている友人に連れられて講演会行ったことがある

そのときなんかの書類のようなもの名前書いたりお経となえたり今思えば色々あぶないことをしたのだが、

その後講演会かに誘われても金ないからどこにも行けねぇwwとか言ってたらいつのまにか誘われなくなった

それはいいんだが、その子が貸してくれた大作の本まだ読んでないし返してない

ということを今日電車で隣に座っていた男が聖教新聞読んでるの見て思い出した。

私はその隣でアンデルセン紫いもフランスくるみロールを食べながら富野由悠季の「∀の癒し」を読んでいた。

ちなみに金がなかったのは本当である

2022-07-05

ベーカリーショップアンデルセン」で起こった民族差別について告発します のやつ

でも中国人潜在的中国政府の手先じゃん。

政府から依頼があったらスパイするんだし、差別されるのも仕方ないよ。君らの国が悪いのだよ。

2022-05-26

童話じゃなかったダム

イソップは無邪気

リムは不幸な話、怖い話、気味悪い話、犯罪的な話

アンデルセンはクソ理想的な話だな

 

海賊デンマークかぶ改まったな

上の者どもが高い税金引き受けてるから世界一幸福な国になった

 

日本デンマークは、豊田頭首工壊れて水不足

2021-06-20

FGOのマシュが苦手

Twitterだとマシュは大人気でフォロワーもぐだマシュ最高!ぐだマシュしか勝たん!!みたいなノリだし

かといって愚痴アカを作って延々と呪詛吐くぐらい嫌いってわけでもないからここに書く

マシュというキャラクター単体が嫌いというより、主人公とセットになってる時のマシュのノリと雰囲気が苦手

昔はそんなに気にならなくて、別段好きではないけど公式が用意したメインヒロインってぐらいの印象だった

出番が多いこともメインキャラだし、で流せた

いっそ主人公とマシュ統合して単体主人公にした方が話まとまるんじゃない?ぐらいに思ってた

他の型月作品の好きなキャラクターFGOに出るのでインストールし、個人的にはマシュよりも課金をして引いた推しFGO発で好きになった新キャラの方が自分相棒はこいつらだ!という思い入れもある

マシュの言動に引っ掛かるようになったのは一部のイベントや1.5部のアガルタぐらいからで、他のキャラとの会話を楽しんでるのに隙あらばメインヒロインはマシュ!正妻はマシュって主張したり他キャラが外堀埋めてきたりするのがなんかなぁ……と思うようになってきた

二部からはっきりと苦手意識が生まれて、というか性能が変化しバトルボイスも変わった

単純に使いづらくなって強制出撃するとき戦闘が辛くなった

これまではマシュ+マーリンor玉藻orアンデルセンみたいなサポートキャラ+高火力アタッカーで大体なんとかなってた

けど、防御バフの性能が落ちて「マシュで火力盛ってマシュで殴れ」って性能に変更されてからはなんか微妙というか、上手く戦闘が噛み合わなくてコンテニューの回数が増えた

ノーコストで味方の脆いアタッカーに防御バフにNP補助にタゲ取りでサポートできるのがマシュの強みだったはずなのに

ボイスも勇ましさより悲壮感が増したものに変更され、声優さんの演技が上手いぶん聞いててとても辛くなる

絶対勝つぞ!って気合い入れて挑んだボス戦で、あの追い詰められたような震えた声のボイスが流れると少しゲンナリするしカード積極的に選びたくなくなる、いっそ特定キャラミュー機能が欲しい

マシュの使い方を真剣に考えればバトルはもっと楽になるのだろうけど流石に性能もボイスも好きでないキャラクターについて深く考える気にはあまりなれないので、勿体ないと思いつつ石を砕きながらノロノロシナリオを進めてきた

極力マシュの存在を考えないようにしながら進めてきたが、流石に6章では彼女に焦点をあてた話になるだろうと覚悟していた

できれば強化されてスキル、モーション、ボイス等変更してほしいと願いながらストーリを進める

すると予想外にも、マシュ、実はめちゃくちゃ良いキャラなのでは?と思えてきだした

ネタバレになるが、マシュは記憶を失い現地の妖精達に拾われる

一緒に旅をしながら絆を深め、たどり着いた城の領主花嫁になる

つらい展開が来ると予想させながらも徹頭徹尾暖かく優しい交流が描かれ、しか最後の戦いでそのほとんどが滅ぼされてしま

マシュは旅をしてきたゴブリン兄弟結婚したライオン領主の思いを背負い未亡人騎士として立ち上がるーーという話だ

正直すごく胸に刺さったし、ゴブリン兄弟との別れはボロボロと涙を流しながら読んでいた

これまでのマシュならごめんなさい、で別れていただろう、しかありがとうと言いながらの別れは彼女の成長とこういうのが見たかったが詰め込まれていて6章前半の中で一番心に残るストーリーだった

戦闘も使いやすい一部マシュで、相方のハベトロットの性能も噛み合いノーストレス突破できた

からこそ今後の展開が不安になる

これまでの限定イベント剣豪勝負シナリオで「実はマシュいない方がおもしろくない?」と思うことが多々あった

そしてマシュも、主人公といない方が面白いストーリーが出てくことがわかってしまった

前半のラストで、マシュの記憶は戻り主人公と再会した

そのこと自体は喜ばしいことなのだが、これまで何度も出てきた「強敵攻撃を防ぐマシュとそれを令呪で支える主人公」の絵が出てきてまたか……とテンションが下がる

せっかくマシュが主人公いなくても輝けるキャラだというのを見せた後に「やっぱりこの二人がベストコンビだよネ!」と今まで何度もやって来た場面を見せられると、キャストリアの活躍を期待していたのもあって(後半に持ち越されただけかも知れないが)余計にがっくし来てしまった

追い討ちをかけるように「主人公はマシュの王子様」と外堀を埋められる

主人公で遊んでるのに王子様と言われるのはとても微妙気持ちになる、なんだか朝教室に入ったら特段好きでもないクラスメートとの相合傘が黒板に大きく書かれていたような、言葉しづらい感覚がある

微妙な気分になりはしたが、6章自体はこれまでで一二を争うぐらい面白いし続きの気になる引きだった

マシュと主人公は再び別れたので、また別のストーリーが書かれるのだと思う

願わくば主人公とマシュが自立した、互いに依存しない関係落ち着けること

スキルや宝具が進化してもうちょっと使いやすくなること

もっと欲を言うとあの陰気な前髪を切るかまとめるかしてさっぱりした外見に変わってくれることをお祈りしながら続きを待っている

2021-06-19

anond:20210619185659

エヴァとかff7とか90年代流行ったコンテンツ再放送とかリメイクでずっと繰り返し続けてる。なんか日本の衰退と重なってると思わなくもない。

アメリカのが衰退してそう


アメリカ2019年映画年間興行収入ランキングコンテンツ(またはキャラクター)のデビュー

  1. アベンジャーズ/エンドゲーム1963年
  2. ライオン・キング1994年
  3. トイ・ストーリー4(1995年
  4. アナと雪の女王2(2013年アンデルセン童話雪の女王』 1844年)
  5. キャプテン・マーベル1940年
  6. スター・ウォーズ/スカイウォーカー夜明け(1977年
  7. スパイダーマン:ファー・フロムホーム1962年
  8. アラジン1992年、『アラジン魔法のランプ』 成立時期不明
  9. ジョーカー1940年
  10. IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。(1990年

アメリカ2020年映画年間興行収入ランキングコンテンツ(またはキャラクター)のデビュー

  1. バッドボーイズ フォーライフ1995年
  2. 1917 命をかけた伝令(2019年
  3. ソニック・ザ・ムービー1991年
  4. ジュマンジ/ネクストレベル1995年
  5. スター・ウォーズ/スカイウォーカー夜明け(1977年
  6. ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY(1992年
  7. ドクタードリトル1920年
  8. ストーリー・オブ・マイライフ/わたし若草物語1868年
  9. 透明人間1897年
  10. 野性の呼び声(1903年

2021-03-01

必読書コピペマジレスしてみる・自分オススメ41冊編(1)

日本文学編(anond:20210222080124)があまり注目されなかったけれども、記憶を頼りに続きを書く。

芥川龍之介河童

どの作品を入れるべきか迷った。古典翻案に見られる知性とユーモア晩年作品にみられる迫害的な不安、どちらの傾向を持つ作品であっても、元文学少年の心をひきつけてやまない。特に歯車」などの持つ、すべてのものが関連付けられて迫ってくる凄味は、学生時代に再読したとき、行き詰まりかけていた学生生活不安と重なり、ただただ恐ろしく、読み終わってからしばらくは寝床で横にならされた。

河童」を選んだのは中高生の頃で、河童の国を旅する要素に心を惹かれたことを思い出したからだ。それは、大学生の頃よりも不安が弱かったからなのか、この作品に潜む女性への憧れと恐れが自分に響いたのか、あるいは架空世界架空言語に魅せられたのか、その理由はわからない。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン雪の女王

アンデルセン小説を読んでいると、きっとこの人モテなかったんだろうなあ、ってのがひしひしと伝わってきて、何だったら今晩一杯つきあうよ、的な気分にさせられる。一人寂しいときへの痛みと、女性への復讐心が入り混じっていて、読んでいて心がきりきりとする。

で、この作品の中でひたすら「いいなあ」と思うのは、悪魔の鏡のかけらが心の中に入ると、どんな良いものもその欠点ばかりが大きく見えてしまうという設定だ。

ところで、ディズニー作品価値貶めるつもりはないけれど、原作とは全然違う話に似たタイトルをつけて世界中に広げるのってどうなんだろう。デンマーク人は怒らないんだろうか(「人魚姫だって原作改変をやってるし……。いや、ディズニー普通に好きなんですけど、最近こうした異文化の扱いって難しいですし……)

グレッグ・イーガン祈りの海」

「白熱光」にしようかと思ったのだが、これはエイリアンニュートンアインシュタイン物理学自力発見していく過程が延々述べられるだけの話で、燃えるけれども物理学の基礎をかじっていないとちっとも面白くないのでやめた。ついでに、彼の欠点として「科学者エンジニア最高、政治家宗教家文学者は役立たずのクズ」という態度を隠そうともしないところがある。要するに理系の俺TUEEE小説なのだ。それに、しょっちゅうヒロインから説教されるし、作者はいったいどういう恋愛経験をしてきたか非常に心配になる。

そうしたえぐみ比較的少ないのがこの短篇集で、最初に読んだ本だから愛着がある。それに、上の隠しきれない欠点にも関わらずイーガンが嫌いになれないのは、科学的な真理に向き合う姿勢と果てしのない好奇心がかっこよく、さらに己に課した厳しい倫理に身が引き締まるからだ。

カズオ・イシグロ日の名残り

友人と富士山に登るときに持っていったこともあり、これも自分にとって思い出深い小説だ。これは、大戦後の新しい時代適応できない英国執事物語である

彼の小説の語り手は基本的には何かを隠していることが多いので、いつも歯に物の挟まった言い方をする。そのうえ、誰もが自分の信念にしがみついているものから登場人物同士の会話は勝手な主張のぶつけ合いになり、実のところ会話になっていない。

カズオ・イシグロはそうした気持ちの悪さを楽しむ作家だ。そして、「日の名残り」は自分の本当の気持ちに蓋をして生きている人、やりたいことよりもやるべきことを優先してしまう人に、刺さる作品であるに違いない。

ミシェル・ウエルベック素粒子

彼の作品不快だ。主人公のボヤキは原則として次の通り。俺は非モテから思春期の頃には思いっきセックスできなかった。中年になって女を金で買えるようになったが、ちっとも楽しくない。子供も老人もみんな大っ嫌いだ、バーカ! これはひどい

作中に出てくる西欧文明の衰退だのなんだの宗教への逃避だの一見知的に見える議論も、すべて上記の嘆きを補強するためのダシに過ぎない。それでもなお、なぜオススメに入れたのかというと、人をエゴ抜きで愛することの難しさを逆説的に語っているからだ。そして、自分が愛されておらず、必要ともされていないと感じたとき人間がどれほど孤独とみじめさを感じるかを緻密に描いている。皮肉なことに、これは性と愛について真摯思考した書物である

ただ、どの作品も言っていることが大体同じなので何冊も読んではいない。

ヴァージニア・ウルフ「ダロウェイ夫人

僕がウルフのことが好きなのは、単純に文章が美しいというだけじゃなくて、迷っている人間の頭の中で浮かぶ複雑な段階が細かいところまでよく見えているからだ。例えば親しい人への憎悪が浮かび、言葉ではそれを否定して見せるが、態度にふとこぼれ出てしまう。そうした過程子供が貝殻を見つけたときのように、ひとつひとつ並べている。

そして、意識の流れとでもいうのか、ある人物意識から別の人物意識へと、外界の描写連想を経てシームレスに移行していく感じが、本当に巧みな脚本映画みたいで、やっぱり映画って文学から相当影響を受けてるんじゃないかって勘ぐったりするのだけれど、本当のところどうなのかは知らない。眠る前の自分意識もふと過去に飛び、すぐに現代に戻り、夢想し、眠りに落ちていく。

灯台へ」とどっちにするかこれも迷った。

ミヒャエル・エンデはてしない物語

さえない少年万引きした小説を読んでいると、いつしかその物語の中に取り込まれしまう。これは主人公異世界に行き、そこでなりたい自分になるが(まさに公式チートだ)、その報いとして自分自身が本当は何者であったかをどんどん忘れてしまう。何よりも面白小説なのに、その小説現実に向きあう力からではなく現実逃避の手段となることの危険性を訴えている。主人公が万能チート野郎になってになってどんどん嫌な奴になっていく様子は必見。また、後半で主人公を優しく包み込む人物が、私の与えたものは愛でなく、単に私が与えたかったものに過ぎない、という趣旨台詞を言うシーンがあり、これが作品の中で一番自分の心に残っている台詞だ。

ちなみに子どものころ映画版を見て、原作とは真逆メッセージストーリーになっているのにショックを受け、初めて原作破壊行為に対する怒りを覚えた。僕が大人商業主義を信用しなくなったのはこれ以来かもしれない。

円城塔文字渦」

基本的自分は何かを知ることが好きで、だから知識の物量で殴ってくるタイプの彼の作品も好きである。それでいてユーモアも忘れないところが憎い。フィクションとは何だろう、言葉文字物語を語るってそもそもどういうことだろう、そうしたことをちらりと考えたことがあるのなら楽しく読めるはず。「Self reference Engine」で抽象的に触れられていたアイディアが、漢字という具体的な文字によって、具体的な形を与えられている。

元々SFの人だけれども、最近日本古典にも守備範囲を広げ始めていて、SFが苦手な人も楽しいと思うし、慣れたらSFにも手を出してほしいとこっそり思っている。

遠藤周作沈黙

どうしてこれほどあなた信仰しているのに、手を差し伸べてくれないのですか。せめてささやか奇跡あなたがいらっしゃるということだけでも示してください。そういう人類が何千年、何万年も悩んできたことについて。神に関しての抽象的な疑問は、具体的な舞台設定を与えないと机上の空論になる。

以前も述べたが、ここに出てくる仲間を裏切ったりすぐに転向したりしてしまう情けないキチジローという人物がとても好きで、彼の「迫害さえなければまっとうなキリシタンとして生きられたのに」という嘆きを、情けないと切り捨てることができない。

ただただ弱くて情けない人物遠藤周作作品にはたくさん出てくる。だから好きだ。僕が文学にすがらねばならなかったのは、それなしには自分の弱さ、愚かさ、卑怯さ、臆病さ、ひがみを許せなかったからで、強く正しい主人公たちからは救われなかった。

イタロ・カルヴィーノ「冬の夜一人の旅人が」。

男性読者」という名の作中人物が本を買うが、その本には落丁があった。続きを探すために彼は同じ本を手に取った別の読者である女性読者」を探し求める。彼はいろいろな本を手に取るが、目当ての本は結局見つからない。枠物語の内部に挿入されるつながらない小説の断片は、それだけでも完成度が高く、まるで本当に落丁のある文学全集を読んでいるような楽しみがある。

世界文学パロディー化した物語のページをつないで作った「鏡の中の鏡」かと思わされたが、それ以上のものだった。語りの文と物語関係とは、新作と偽作とは、そんなテーマ物語レベルメタレベルの二つの層の間で錯綜して語られている。

ダニエルキース「アルジャーノンに花束を

知的障害者チャーリーゴードンが脳手術で天才になるが、その知性は長続きしなかったという悲劇として知られている。けれども、僕はこれをただの悲劇として読まない。障害者セックスについて正面から向き合った最も早い作品の一つだからだ。

チャーリー女性の裸を考えるだけで罪悪感からパニックになってしまう。それは母からの過度な抑圧と体罰が原因だったが、それはチャーリーの妹を彼の性的好奇心から守ろうとするが故の行動だった(チャーリーの母が、周囲からもっと支援を得られていたら、あれほどチャーリーにつらく当たらなくて済んだんではないか、とも思う)。

天才になったチャーリーは恋をし、トラウマを乗り越え、苦労の末に愛する人と結ばれ、やがて元の知的障害者に戻ってしまう。一見すると悲劇だが、彼にはセックスに対する恐怖がもはやなくなっている。彼がただの障害者に戻ってしまったという感想は、その視点が抜けているのではあるまいか

ナタリア・ギンズブルグ「モンテ・フェルモの丘の家」

素晴らしかった。中年の仲良しグループというか、ツイッターでいうクラスタの間を行き交う書簡を通して話が進む。居場所をなくすこと、愛情を失うこと、自分の子供をうまく愛せないこと。そして、友人の死。テーマは深刻だ。なのに、読後感は良い。それは視点距離を取っているからか、登場人物を公平に扱っているからか、それとも愛を失う/奪われる過程だけじゃなくて、そのあともちゃんと書いているからなのか。長い時間の中で、家族や友人が近づいたり離れたりする感じ、これこそ人生だ、みたいな気持ちになる。

アーサー・C・クラーク幼年期の終わり

子供の頃、太陽が五十億年も経てば地球を飲み込んでしまうと知って、非常に恐ろしかったのだけれど、それ以来人類運命について書かれた物語がずっと好きだ(H・G・ウェルズの「タイムマシン」も何度も読んだ)。

人類は滅んでしまうかもしれない。生き延びるかもしれない。しかし、宇宙に出て行った結果、ヒトとは似ても似つかないものになってしまうかもしれない。彼らは人類の何を受け継ぐのだろうか。そして、今しか存在しない自分は、果たしてこの宇宙意味があるのか。

人類運命が気になるのと同じくらい、僕はきっと遠くへ行きたいと思っている。だから、ヒトという形から自由になってどこまでも進化していく話に魅了され続けるのだ。


進む→anond:20210301080139

2020-08-22

劇場版Fate / stay night [Heaven's Feel] III.spring song」☆☆

二部の内容を既に覚えてなかったがそもそも一部も見てないので問題なかった。

ネタバレ

おじいちゃんの瞬殺からの瞬殺後の話の規模の縮小具合が悲しい。ラストバトルの寒い殴り合いは必要あったのか?むしろ神父か生きてる意味もなかった。三大やばい神父アンデルセン、プッチあとひとりは?にランクインできそうだったのにしょぼくなった。そもそも神父か?おじいちゃんは生きていたがやはり瞬殺だった。イリヤちゃん最後絶対領域を身につけて来たのはよかったです。

総評

パンツが見えなかったので星2つです。

サーバントの動体視力なら見えたか

2020-08-20

さな男の子を大きくしないでくれ

骨格が細くて小さな男の子が好き、要するにショタコンなんだが、最近公式がなんか知らんが不思議な力で大きくしてくる

要するにFGOアンデルセン

すまんけどそもそもアンキアが好きじゃない(ショタおねが無理)のでキアラリリィが居てもなんとも思えんむしろ呪詛を吐いているなんで大きくなったんだアンデルセン

推しが成長してしまった事実が受け入れられなさすぎる アレキでも同じことやった

大人アンデルセンのこと見てまず絶望した

だって絶対お前らデカアンデルセンを好きだろ良すぎたんだよ

ショタキャラってのは往々にして莫大な人気があるわけじゃない たまにあるけどな、バカテスとか 何年前の話だか忘れたが

女性ウケもデカい男の方がよっぽど良いのは見ればわかる通りだろ

しかも見ろアンデルセンあんなに細身でイケメンなんだぞわかるかこの絶望

実装からTwitterのTLに大人アンデルセンがずっといるキアラリリィと一緒にだ見る度にミュートしているたすけてくれ

大前提としてショタが好きなんだアンデルセンのことは中身も好きだが見目のことが1番好き

お前らが乳に沸くように低身長の薄い肩に沸いてるんだぞ

pixiv妄想の成長見るのはまだ許せた 公式にやられたら勝ち目がない たすけてくれ

先日フォロワーショタコンネキが魔法使いショタがが大きくなったらしく絶望していたがその気持ちを今噛み締めている

ショタの良点を潰さないでくれ 頼むから

2020-08-12

童貞アンデルセン目指せ

アンデルセンが亡くなった時は、フレゼリク王太子や各国の大使子供から年配者、浮浪者に至るまでコペンハーゲン聖母教会での葬式に並び大騒ぎになった。世界中で愛読されていたにもかかわらず、自身は常に失恋連続だった。要因として、容姿の醜さ、若い頃より孤独人生を送ったため人付き合いが下手だったこと、他にもラブレター代わりに自分の生い立ちから童話作家としてデビューしたこと初恋に敗れた悲しさなどを綿々と綴られた自伝を送るという変な癖があったことを指摘する人もいる。この著作は死後約50年経て発見された。それらによると生涯に三度、こうした手紙類を記したことが分かっている。探検家デイヴィッド・リヴィングストンの娘との文通は有名である

2020-06-05

anond:20200601124254

グリム童話アンデルセン童話民話なんかが大好きな人は多分ディズニーアニメに対して、商業主義の為に上澄みを取り込んで民話特有のエグさを誤魔化す為に改変したストーリー気持ち悪いってお気持ち持ってると思うからブーメランだよ

まあ自分の好きなものが誰かの好きなもの冒涜してると感じられるのはそもそも想像もしないし別に気にならないけど誰かの好きなもの自分の好きなもの冒涜してると感じるのは許せないってお気持ち匿名でも正気では恥ずかしくて中々表明できないから良い日記読ませて貰ったと思う(悪趣味感想)

2020-05-13

パクリエイター集団TYPE-MOON

月姫琥珀編→『姑獲鳥の夏』+『絡新婦の理』+『狂骨の夢』※盗作レベル

月姫→『痕』→夢の中で殺人起こして、目覚めたら本当に事件が起きており、主人公自分がやったと錯覚する。

 しかし実際は、殺人鬼と自分は、意識が共有するリンク能力を共に持っていたため、

 自分相手意識リンクしていたように、殺人鬼もまた自分視点を盗み見ていた。

 殺人鬼が身内を狙っていることに気が付き、主人公犯人を止めようとする。

直死の魔眼→『ブギーポップは笑わないイナズマ

シエルネロ・カオス→『HELLSINGアンデルセンアーカード

空の境界→『ブギーポップは笑わない』+『異邦の騎士

・MELTY BLOOD→『女神異聞録ペルソナ

Fate/stay night→『仮面ライダー龍騎』+『魔界転生

・士郎→『ブギーポップは笑わない霧間凪→他が死んで自分だけ生き残ってしまった結果のメサイアコンプレックス

 自分の命を救った故人の夢を継いで「正義の味方」を目指して戦う。

アーチャー→『少女革命ウテナ』鳳暁生→理想を求め多くの人を救おうとして自己犠牲にしてきた結果

 疲弊絶望し暗黒面に堕ちた、主人公理想存在未来の姿。

 白髪で色黒で紅い服の体躯のいい男になっている、心象風景は無数の剣。

バーサ-カー→『ベルセルク』不死のゾッド

魔法、魔術理論→『魔術士オーフェン

空想具現化、固有時制御→混淆世界ボルドーから造語をそのまま引用

・HF→『少女革命ウテナ』→憎悪を受け続けて育ち愛する人依存し暗黒面に堕ちて魔女となったヒロインと 

 世界を両方助けるために、主人公自分犠牲にして世界から消える。

 助けだされたヒロインけが主人公の帰りを待つ。

2019-12-27

anond:20191227121705

けものフレンズはコンセプトデザインが吉崎で脚本たつきなので、原作=吉崎とは言い切れないところがある。ディズニー古典アニメで言えば吉崎=グリムアンデルセンたつきウォルト・ディズニーくらいの関係かと。まあ原作厨にとってはディズニーは許されざる原作破壊者なのかもしれないが。

それから新世界より」が良アニメ化というのは原作小説の読み込みが甘いと言わざるを得ない。作画も怪しかったし演出ももっと深刻なシリアスさが伝わらない(原作グロいから無理てのはあるんだが)。原作声優さんが良いだけとしか思えなかった。

2019-12-15

みにくいアヒルの子アンデルセン人生を書いた話

anond:20191214154844

とても貧しくずっとイジメを受け孤独だった少年時代から作家として成功した人生物語

から醜さ美しさで比喩されてる属性は、例えば小学生の頃は認められず虐められた個性が、大人になってみたら実は人より優れた特性だった。

自分自分が認められなくて死にたくなっても、その個性は周りより優れたものかもしれない、生きていれば幸せになれる可能性もあるって物語

以外コピペ

https://honcierge.jp/articles/shelf_story/6974

アンデルセンの初期の作品は、主人公が亡くなってしまう結末のものが多く、これは「貧しい者は死ぬ以外に幸せを掴めない、その事実社会は見て見ぬふりをしている」という彼自身の訴えを重ねていたと考えられています。「みにくいアヒルの子」は、そんなアンデルセン創作した作品のなかでも彼の人生のものを表しているといわれる物語です。

アヒルの親のもとに生まれた黒い雛は、容姿のみにくさからいじめを受け、死を覚悟しますが、最終的には自分白鳥だと気付いて幸せに暮らすことができました。

アンデルセンは、自身みにくいアヒルの子を重ね合わせ、どんな人でも、生きていれば幸せになる可能性があることを伝えたかったのかもしれません。

2019-11-10

モテる男を育てたい

部屋に小説漫画本が増えてきたので選別のために流し読みしていた。息子をどんな人間にしたいか習い事で書かされる欄を埋めなきゃと思いながら、書けるわきゃないけどモテる男にしたいと思いながら。

太宰治だめんずだけど母性本能擽るし女の機微に聡いしこりゃーモテるわ。

村上春樹うまいことあらを見せないでやれやれかいいながら特別人間になりたい女をうまいこと転がせる感じが都会的でモテるわ。

アンデルセンはだめだ。コミュコンプを女の浅はかさのせいにしてる感。物語の中で少女がひたすらかわいそう。モテねぇモテねぇ

夫曰く「女はクソだと思って雑に貶した方がモテるんだよ(ただしモテたことがない)」

私の知っているスゲーモテるな!て男の人はナチュラル下品に全方向に女の子いじって不快にさせないテクニックがあったけど、あれの極意を、すごさをよくわからん奴が夫みたいなことを言うんだろうな…

あと全方向にモテるわけじゃないかもしれないけどいい女ばかり惚れさせる人がいた。小柄でいつも全身無印良品ファッションめっちゃくちゃマメで聞き上手だった。姉が三人いると言ってたからそこにアドバンテージの高さがあったのか

見目が良くてモテる人もいるけど彼らも第一印象が良すぎて中身にマイナス要素があると一気にやいやい言われるからなんらかの、稼ぐ力なり技術なり持っててすごいと思うの

見目だけで生涯求められること多分そうそうないし

いや、結局は積極性かね!行動力をいつの時代も女は評価してるのかね!根底に自信と好奇心必要だと思うんだけどここは親の育て方にかかりそう。というか男女関係なく。人間として?

結論 息子の自信と好奇心を育みたい

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