「赤川次郎」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 赤川次郎とは

2020-08-19

anond:20200819063856

赤川次郎などの昔のライトノベルにすればいいのでは

個包装じゃないお菓子をほしいのなら昭和からやってる個人商店いかなければいけないのとおなじことだ

2020-07-22

好きな児童文学が消えていたから新たに書こうかと思ったんだが、それよりも思い出したことがある。中学生文学だ。

児童文学は分かりやすい。高校生にも成れば好きに小説を読む。中学生読書体験というのは、かなり特殊ものではないだろうか。

まず活動領域が狭く、本屋活動圏にそれほど多くない。小遣いも、月に文庫を一冊買えるか否かだ(これは家庭に依るか。本は買って良い家庭もあるだろう)。身体は概ね出来上がったばかりだが、精神インプットアウトプットバランスを欠いて、とにかく成長したがる。読書体験に興味を持ったならば自然図書館の本を読み漁ることになる。そこにあるのは、教科書のように「子供に読んでもらいたい」作品しかし選者にもある「この頃に読んで物語世界を開いてくれた」作品。本を選定するのもまた本好きであり、図書館ごとに特色がある。

ホームズシリーズ玩具修理者赤川次郎氷室冴子、そんな入り口から世界の広さを知り、やがて友達との会話では満たされない気持ち物語に救われたりするのだろう。語りたいことはたくさんあるが、誰かの語りを追って欲しくもない。もう自由旅路を往っても良いが、まだ自由が重たい。あの頃の読書体験をなんと言ったら良いのだろうか。ともかく、救われる道は色々あるよ、ということをまずは言いたい。ひとつ読書だ。

2020-07-09

怖い話が好きだが怖い

怖い話を読むのが好きだ。

怖い話なら「聞いたら来る」系以外は大体好きだ。

ホラー映画も好きではあるけど、画面の外から突然バーン!!叫び声キャー!!効果音バーーン!!みたいなやつは普通にビビるから苦手。

ディズニーランドホーンテッドマンションに乗った時に、途中にある墓地墓石の影から可愛いお化けポーン!って出てきたのにさえビクゥ!!ってなってしばらく心臓バクバクしてたか自分はそういう驚かしが本当に苦手なんだなと思う。

から突然こない文章タイプの怖いものの方が好き。途中で画像とか挟まないでくれ机に膝打っちゃうから

オカ板のメジャー所好き。リンフォンとかリョウメンスクナに禁后とかコトリバコとか、くねくねやら後なんだ、リゾートバイトに八尺様辺りは未だにちょこちょこ読み返すし、コッケさんとかも土着のエグい文化って感じでいい感じにゾワゾワする。

あと山。山の怖い話は大体人じゃない、人の幽霊でもないよく分からないものがぽんと居てって感じで好きだ。畏怖を感じるような話が好きだ。

神様の話、タイトル忘れたけど毛むくじゃらの分からないものがただただ「さみしい」って言ってくるのとか、そういうなんとなく薄寂しい気持ちになるものがたまにあるのもいいよなと思う。そういうのが大好きだ。

どいつもこいつも起源を忘れてしまったような萎びた言い伝えが「なにか」起きることで生々しく息を吹き返すような話が好きだ。最後まで解かれない謎が残ってもいい。それもなんかいい。

理解できないものがそこにいる、ある、という話が好きだ。

でもこっちこないで欲しい。だっていから。

聞いたら来るとか怖いじゃん絶対に嫌だ。

最近マイブームは禍話。元は人が話してくれてる動画?音声?らしいんだけどやっぱり怖くて元を見ることはできないので有志の人がリライトしてくれたやつをちまちま読んでは部屋中の窓や戸を指差し確認で閉めてから寝ている。

だって怖い話読んだ後って想像力が怖い方向に膨張しちゃって何もかも怖いじゃん。

壁に寄りかかるのも怖い。壁に密着しているはずの背中をつっと何かになぞられたり手を掴まれたりしたら嫌だ。

トイレに行くのも、鏡を見るのも怖い。シャンプーシャワーも怖い。独り言超増える。けど「これに返事きたら怖いな…」ってなってわりとすぐ静かになる。

ベッドの中でいろいろ考えるのも怖い。もし思考に返事が来ちゃったらもう逃げ場などない。でも考えちゃう。怖い気持ちってそういうところがある。生存本能ってやつなんだろうか。

ともかく怖い話を読むのが好きだ。説明されきらないタイプが好きだ。

赤川次郎がたまに書いてたホラーとかも新鮮で面白いので好きだ。

でもホラー小説挿絵入れるのはやめてほしい。怖い。

2020-06-15

anond:20200615194418

藤井フミヤがドヤ顔で「趣味読書赤川次郎は全巻読んだかなー」ていってたようなもんだな。(まー最も幾年も経たないうちに『FMスナイパー』とか出演番組に銘打って、これまたわかりやすいニワカなアピールするようになるんだが)

2020-01-17

ハンブルで買ったゲームがかなり多くなったので確認してたらタイノビルダーっていうギャルゲーツクールがあったので何か作りたいのだが美少女が書けないのでフリーでノンロイヤリティで商用利用可能美少女絵を探してるんだがド下手くそなのばっかりで良いのがみつからない

そもそもストーリーが思いつかないか赤川次郎とか田中芳樹の本を適当切り貼りして話を作ろうと思う

2019-11-30

赤川次郎先生

趣味や特技を仕事にしている

幸運にも職業に出来た

でも最近になって才能が枯れる瞬間に怯えるようになってきた

同期の成功や失敗に奮起したり感化されればいいのもの

私はずっとずっと自分の生み出した成功失敗に囚われてた

敵が長らく自分で、そして自分成功を5年抜け出せない

周りに何を言われても絶望しないかわりに

周りに何を言われても吸収がない

ロリまとわりつくように枯れた瞬間が迫ってると思ってた

そしたらさぁ、赤川次郎先生が御年71歳で三毛猫ホームズ復活祭って本を出したんだよ

小さい頃から大好きだった三毛猫シリーズ

読んだらエネルギッシュで若々しくて

文体シリーズならではの人情昭和レトロ感があったけど

それでいて現代にそったお題を出してきた

なんだか勇気貰って、読んでから仕事楽しい

本が人生を変えることって本当にあるんだね

2019-09-05

本の備忘録

今でも覚えてる本その1

幽霊園遊会 赤川次郎

小六の夏休みにおばさんに買ってもらった、始めて読んだ文庫本

その後、幽霊シリーズを皮切りに赤川次郎をむさぼるように読んだなぁ

 

・花闇 皆川博子

いつ読んだが忘れたけどとにかく凄まじかった

私が生まれる前から祖母も母も演劇界定期購読していたので

他の人よりは歌舞伎に詳しかったのだが、祖母と母に感謝

教養って大事ですね。

 

・絡新婦の理 京極夏彦

大学1年の夏休みに読んだ

始めて読書徹夜した。

 

金閣寺 三島由紀夫

大学1年のGWに読んだ。暇すぎて三島由紀夫週間だった。

 

燃えよ剣 司馬遼太郎

大学図書館司馬遼太郎全集読みふけったなぁ。

土方歳三好きになりすぎた。いい男過ぎ…!

  

・愛死 瀬戸内寂聴

エイズは愛死と訳された、というワードに尽きる。

2回目を読もうとはまだ思えない。日常が持ってかれた稀な物語

 

・教団X

帯にひかれて読んだけど、そうでもなかった本その1

つーか、読んでる最中、ずっと平野啓一郎の本ておもって読んでた。

中村文則だった、ごめんなさい。

 

・一瞬の光 白石一文

この本で好きになってその後この人のたくさん読んだが、

いつも浮気してて(誰かいるのに、もう1人いつもいる)、

話の区別がつかなくなってきました

 

・密会の宿 佐野洋

内容は覚えてないけど、中学生の時によんで、シリーズ読破したような。

 

バトルロワイヤル

落選した評ののった雑誌たまたま買ってて(そっちは確か

ぼっけぇきょうてぇ か、Twelve YO のどっちかが掲載されてたような)

田町駅前の本屋で実物見て、読まなきゃと思って買って読んだ。

何度も読み返した、私の中では珍しい本。

映画もみたけど、あの台詞が秀逸。

わたし、どうすればいいの?

死ねばいいのよ。

あーー言ってみたいわー

2019-05-09

anond:20190507100141

中高生くらいのとき読んだ「赤川次郎の作文術岩波ブックレット

検索しても出てこないので題名覚え違いかもしれんが

短編だか中編だかに作者のコメンタリーがついていて、

から書いていき、中盤くらいまでは犯人トリック決めず、誰が犯人になってもいいように怪しげな行動描写をしておく。終盤で「このへんで犯人絞る」みたいなコメンタリがついてて、衝撃だった。

作品だけ読むと、結果的犯人トリックは首尾一貫してるように見え、犯人から除外された容疑者の行動は迷彩に見える。そういう読み方しかできなくなってしまう。

いや赤川次郎推理小説じゃなく青春小説だ、キャラ小説だ、みたいなツッコミもあるかもしれないが、

こういう例もあるということで一つ。

2019-02-01

anond:20190201211020

これ終了自体既定路線なのです。

ロマン大賞は2015年に終了して、ノベル大賞はオレンジ文庫に振り向けられて以来、

長期シリーズも畳んだり、オレンジ文庫に移行したり(赤川次郎とか)してきました。

その後のそれなりに続いたシリーズでも童話シリーズ引きこもりシリーズも終了し、錬金術師電子版になり、

おそらく最後シリーズ立ち上げが今月のガラスの靴で、これは来月二巻が電子オンリーです。

ただこのガラスの靴も含めてジャパネスク復刻以降の新刊4冊は校正も甘くて、雑な感じが強いのです。

おそらく8月分が最後、つまり去年夏あたりに急に終了が決まったのではないか邪推しています


ちなみに去年の作品だと

久賀理世、我鳥彩子は安定の出来、一原みうは電子版だけど良かったですよ。

2018-08-09

いただけるでしょうか

依頼の文面で「〜(して)いただけるでしょうか」を使う同僚がいて、見るたびに違和感を覚えていた。

書類を頂けるでしょうか」

「教えていただけるでしょうか」

「返却いただけるでしょうか」

などが用例。この人は会話でもこう言う。最後の例は「ご返却」としてほしい。

「いただけるでしょうか」ググってみたらそれなりに使われている。例えば「ご理解いただけるでしょうか」とか。これはなぜか違和感があまりない。しかしよくよく検索結果を見ると、依頼ではなく質問ばかりだ。あるいは、質問の体だけど答えは求めていない投げかけが多い。やはり依頼の「〜(して)いただけるでしょうか」は珍しいのではないか

動詞終止形に「でしょうか」が付いているから変なのかと思ったらそうでもない。

「まだ使えるでしょうか」

「雨は降るでしょうか」

これらには違和感がない。どちらも質問だけど。

自分は「〜(して)いただけますでしょうか」を使う。経験的に、他の人もよくこれを使っていると感じている。念のためこちらもググってみたら、誤用として複数ビジネスマナー指南サイトで紹介されているようだ。「ます」「です」が二重敬語なのだと。なるほど。

はいえ、検索上位にくるのは薄っぺらなページばかりで、これなんて特に酷い。

https://www.rirekisyodo.com/study/doublehonorific-point.html

日本語論理も内容もおかしい。こんな記事にとやかく言われたくない。

このページも酷い。

https://careerpark.jp/53907

「いただけますでしょうか」は二重敬語から NG と言いながら、「よろしかったでしょうか」は相手への配慮から OK とか。実際に NGOK かは別としても、この論理でよく記事にできたなと思う。

そしてこの「専門家」とは誰なのか。その専門家に「いただけますでしょうか」について聞くことはできなかったのか。まあ、そこだけ何かを読んで適当にぼかして引用したのだろうけど。

ここで感じたのは、「〜(して)いただけるでしょうか」は、こういったゴミみたいなビジネスマナー指南に従って「〜(して)いただけますでしょうか」を避けた結果として使われているんじゃないか、という疑問だ。

以下について知りたいけれども、検索だけでは答えが出そうにない。

1. 依頼の「〜(して)いただけるでしょうか」は昔から使われていて、これがむしろ自然だという人がいるのか。

2. 依頼の「〜(して)いただけるでしょうか」は「〜(して)いただけますでしょうか」を避けた結果という仮説は正しいか

3. 「〜(して)いただけますでしょうか」は、専門的にはどういう扱いなのか。

皆様のご意見、ご感想をお寄せいただけるでしょうか。

追記

そういえば便利な日本語コーパスがあったのを思い出した。

KOTONOHA 現代日本書き言葉均衡コーパス

少納言

http://www.kotonoha.gr.jp/shonagon/

まず「ますでしょうか」で調べてみた。「いただけ」は二重敬語の指摘に関係ないので。検索対象からヤフー国会会議録は除く。かなり例が出てくる。有名な執筆者ソースを幾つかピックアップしよう。

山本周五郎「人は負けながら勝つのがいい」1998

山﨑豊子「沈まぬ太陽」1999※

安部公房「方舟さくら丸」1984

京極夏彦本朝妖怪盛衰録」2003※

赤川次郎人形たちの椅子」1992

村上春樹東京奇譚集」2005

宮部みゆき「誰か」2003

曽根綾子「この悲しみの世に」1986

ここには、依頼でなく質問の「ますでしょうか」の例も含まれる(※印)。でも二重敬語が駄目なら依頼・質問区別関係ないだろう。

さて、「いただけるでしょうか」を検索たかったが、検索文字列10 字までということなので「けるでしょうか」で検索した。例はかなり少なく、依頼の用例はさらに少ない。とはいってもゼロではないこちらも有名どころを挙げておこう。

瀬戸内寂聴「女人源氏物語」1999

陳舜臣陳舜臣全集 第1巻」1986

というわけで、ここまでの個人的結論としてはこうだ。

1. 「いただけますでしょうか」は、文法的な是非はともかく、今後も自信を持って使っていいといえる十分な用例がある。

2. 「いただけるでしょうか」はそれなりに古い用例が存在するので、とやかく言うほどではなさそうだ。

2018-06-07

anond:20180607082522

ラノベおっさんがいるのはいいけど

純粋につまんなくねーのかなとは思うけどな

 

歳とってくると赤川次郎とかだってゴミに思えるし

全部とはいわないがラノベなんてそれ以下なんだし

狙い撃ちするには当たり数が少なすぎるだろ

 

具体的なラインは言えないけど

こんなもん読んでられるかってハードルが動かないもんなのかな

2018-04-16

最近ラノベ文芸の差がなくなってきたみたいな話があるが

80年代赤川次郎ベストセラー作家になったときにすでに「セリフト書きしかないスカスカ文章」みたいな感じではあったな。

2017-10-31

anond:20171029160636

図書館文学棚を、「あ」行からどんどん読み進めてみるといい

一段につき1冊は必ず借りる事ってしばりをつけてみる

思わぬ好みの作者に出会ったり、

赤川次郎を数冊読むことになり殺意が湧く

2017-10-07

https://anond.hatelabo.jp/20171007153723

赤川次郎の本を読んでいた子供を見て「父ちゃんのが面白いの書けるぞ」と作家になったのが森なので

多作赤川が生んだ怪物ともいえるな森博嗣

赤川次郎が全盛期の頃は

あんなにたくさん一人で書けるわけがいかゴーストが書いてるって言うは、疑惑っていうか、もう常識みたいな口ぶりで評論家が言ってたな。

2017-08-06

森博嗣

昔、ベストセラー作家赤川次郎がやたらと多作で、評論家なんかからは、一人でこんなに書けるわけがいかゴーストを使ってるって言われてた。

疑惑ってレベルでなくて「もう当然でしょ」みたいな感じで言われてた。

森博嗣はまったく読んだことないけど、増田で異常に書くスピードが速いらしいというのは知ってる。

書くスピードが速いのは天才かららしい。

こう扱いが違うのは、やっぱ、内容が高尚だから

2017-06-02

[]美内すずえガラスの仮面」2巻

劇団つきかげのたけくらべがはじまった!

会場は異様な雰囲気・・・いったいなぜ!?

というところで終わった

文庫

解説赤川次郎だった

オンディーヌの演技をかなり細かく描写してたから驚いた

2017-01-06

新海誠学生時代自分の納得する恋愛ができなかったんではないか、という憶測石田衣良がしてて炎上したけど

そんなことわざわざ言わなくても観賞者は思ってたと思う。

あえて指摘されたか監督はじめとするファンが頭にきたんだろう。

しかリア充直木賞作家石田衣良に言われたからカチンときたんであって

これが庵野秀明とか赤川次郎とか小池一夫とかなら誰も文句は言わなかっただろうに。

新開作品って全部「誰かを好きになる過程」の丁寧さが抜け落ちてて運命的。

からこそ好きだというファンも多いのだろうし。

2016-06-23

私の記憶の始まりは、田舎に向かう新幹線の途中。

全く知らないおじさんに話しかけて、遊んでもらっていた。

一緒に乗ってたのはお母さんと妹。お母さんは妹をきつく抱いて、私が遊び呆けているのを黙って見ていた。

しばらく乗って、薄暗い駅に降り立った。おじさんが迎えにきて、私たちを車に乗せた。途中、おじさんがタコの吸盤の話をし始め、その話があまりにも怖くて大人になるまでタコが食べれなかった。

これは、私と、ちょっと変わったお母さんのお話です。

お母さんはほどなくして、パートを始めた。スーパーフードコートでのアイスクリーム売りが彼女お仕事だった。

私はその当時4歳。お母さんはずっと働きに出ていなかったから、おじいちゃんに主に遊んでもらっていた。おじいちゃんは新聞漢字を私に教えるのが大好きで、そのおかげか6歳になるころには赤川次郎三毛猫ホームズくらいなら読めるようになっていた。

絵を描くのも大好きで、おじさんが買ってたマガジン漫画の真似っこをよくしていた。おばあちゃんが鉛筆工事で働いていて、絵を描くのを好きな私に色鉛筆を買ってくれた。毎日毎日飽きもせず、へたくそな絵と漫画を描いていた。

お母さんは、夜も家にいなかった。たまに知らないおじさんを連れて、家に帰ってきた。そのおじさんは私と妹にとても優しくて、おじちゃんおじちゃんと慕っていた。おじちゃんに絵を見せたら、俺のことも描いてくれと言うので描いてあげた。

そういえば、お父さんはどうしてうちにはいないのか、ふと考えることもあった。でもなぜか、聞いちゃいけない気がして私はずっと黙っていた。お母さんを怒らせると怖いから。おじちゃんが優しいし、おじいちゃんもおばあちゃんも、お母さんの弟のおじさんも優しい。だから別にお父さんがいなくても大丈夫だった。ここまでは本当にそうだった。

ある時急におじちゃんが言った。おじちゃんはおじちゃんじゃなくなるよ、増田のパパになるんだよ、と。私は、パパはおじちゃんじゃないよ?と言った。即座にお母さんに叩かれた。妹は言われた通りにすぐパパと呼んでいて、私はそれが今でも悔しかったのを覚えている。パパはおじちゃんじゃないのに、どうしてパパと呼ばなくてはいけないのか、私には理解できなかったのだ。

でも、叩かれたときに悪いことをしたのだと思った。パパと呼ばれなかったおじちゃんは悲しそうな顔をしていた。私は悪人だ、としくしく泣いたけど、誰も慰めてくれなかった。

そして、結婚式。否応がなしに見せ付けられたセレモニーと、いつの間にかお花渡し要因にされた。親の結婚式を見た、ということがおかしいと気付くのはもう少し後なのだけど、どうやら私はこの日を境にパパではない人をパパだと受け入れないといけないことに気づいて、また泣いた。母親には、縁起のいい日に泣かないでと言われた。また私は悪いことをしてしまった。

新居には、優しいおじいちゃんとおばあちゃんがいた。お母さんはパートを続けるからと、私は早速お手伝い要員になった。大方の料理はここで仕込まれ、夕飯の準備はなんでもできるようになった。お母さんは気が向くとパフェを作ってくれて、それが私の密やかな幸せだった。

このころから、「パパ」のスキンシップが激しくなってきた。起こしにいくと、一緒に寝ようと言われ、おとなしくしてると身体を弄られはぁはぁいっている。怖くてお母さんに相談したけれど、子供相手に変な気起こすわけないでしょ、大袈裟だと言われた。本当のことなのに誰も信じてくれないから、起こすのを拒否したら、反抗的子供で可愛くないと言い捨てられた。また私は悪いことをしてしまったのだ。

私が今でも母親を許せない出来事その1が、小学校2年生の宿題。どこにでもよくある「名前の由来」を聞いてこいと言うものだった。

ゲームをしている母親に、私の名前はなんで○●なの?と聞いた。すると、ため息を一つついた後、母親はこう言った。

「そもそも、お前のことは最初堕ろすつもりだったんだよね。」

そこから始まった彼女告白は、どうやら私は誰の子かもわからないらしいこと、当時付き合っていた彼氏はいたけど、他の男性とも関係を持っていたらしいこと、実際5ヵ月目くらいに流産してラッキー!と思ったものの、私は流れず残ったこと、当時の彼氏結婚するからこんなに頑張って残った子は産んでくれと懇願したこと、しぶしぶ了承するも、私を産むときに生死の境をさ迷ったらしいこと、二番目の妹はお腹の中でもおとなしく、安産だったらしいこと、どうやら私をめぐる喧嘩が原因で離婚したらしいこと、ここまでを一気に話した上で、だから私はあなたの由来は詳しく知らないよ、相手が考えてくれたんだもん。と言われた。

そっかぁ、と言って部屋を出た後、私はわりと冷静で、だからうちにはパパがいなかったのか、離婚たから。とか、私は望まれて生まれたわけじゃないから当たりが今まできつかったのか、と納得するしかなかった。作文は、私の名前漢字私自身で調べて、それらしい理由を描いた。そして私は、あまり家で遊ばなくなった 友達の家か、学校に残ってずっと漫画を描いていた。絵も話も、同年代の子供たち以上に上手にかけたから、私の漫画は知らない上級生にまで広がり、続きが読みたい!とせがまれる程だった。おじいちゃんの教育のおかげか、学校勉強も聞いてるだけで問題なく解けたから、学校は楽しかった。

そのころ、母が妊娠し、男の子を産んだ。その途端、おばあちゃんは私のことはどうでもよくなったみたいで、毎日弟にべったりになった。お母さんは私に弟のオムツ飲み物を作ることを要求してた。よく寝てた記憶だ。学校テストで100点をとっても、小学校で躓いてたら話にならんと誰にも誉めてもらえなかった。お父さんは相変わらず隙があれば触ってくる。私は気持ち悪かった。

私は中学生になるとき母親に念押しされたことがある。頼むから大きくなってくれるなと。制服代は馬鹿にならない。そして制服を使い回せる某進学校に行ってくれと。私は、家が貧乏なら仕方ないかな、と思った。部活ユニフォーム以外お金のかからない陸上部に入った。その間、家には大型テレビが入り、衛星放送が入り、大きなダブルベッドが母親のために注文されていたが、見てみぬフリをしていた。

母親との嫌な思い出その2。学校喫煙の害についてのシンポジウムが開かれ、おうちの人に喫煙者がいたら、ぜひ止めるように言ってくださいと言われた。私の母は喫煙者だったので、学校で見てきたことを話した。結論、キレられた。なんで私の稼いだ給料で買ったものをお前に余計な口出しをされるんだ、そもそもお前が産まれなかったらこんな田舎暮らしてることもないんだからなと。多分世間の狭い田舎での生活に、心身ともに参っていたのだと思うけど、傷ついた。もうそれ以来喫煙についてはふれないでおこうと思った。

このころ辺りから母親お菓子報酬に、子供マッサージを毎晩要求するようになった。私は高校にあがるまでその要求を呑んでいた。(何せ、親の部屋はアニメチャンネルが見れたから)そのおかげで私はマッサージ技術が拡大に上がった。母親は2時間くらい全身のマッサージをさせた後、100円のポテトチップをくれた。だがこれも、最初マッサージの対価=お菓子だったのが、お菓子が欲しかったらマッサージしろというものに変わっていき、私はさすがについていけなくなった。

高校は母の望んだ進学校に進んだ。ここで私は同人を始め、世界が変わるような体験をする。自分の描いた絵は誉められ、漫画も値段をつけたのが売れた。私は家に寄りつかなくなった。帰る時間も極力遅くし、可能なら母親実家に泊まった。家に帰ると私はイチからごはんを作らなければならなくなったが、母親実家料理を用意してくれ、お小遣いもくれた。(実家一円もくれてなかったので親にも学校にも内緒バイトもしていた。)学校の成績も上々で、でも頼むから就職してくれと言われていた。進学校なのに。そのころ妹はお金のかかる部活に入れてもらい、練習道具も全部揃えてもらっていた。弟は頭の出来が悪いから、私が家庭教師変わりだった。もちろん、無休。

このころから休日の昼食は私任せになり、母親夜ご飯ほとんど作らなくなった。妹や弟は料理ができないので、私が全部作った。

私は就職なんてしようと思ってなかった。何が何でもこんな家は出てってやると思っていた。そんな時、母親病気になった。ガンだ。

私はそれでも構わず家を出て、自分の夢のためにとにかく稼いだ。悔しかった。ノート一冊買うのですら渋られたのが悔しくて、ずっとずっと収入がある仕事と、自己実現のできる世界で生きた。途中途中で連絡はあっても、すべて無視した。

ただ、母親死ぬ1ヶ月前だけは毎日のように病院に通った。妹に頼まれたかである。妹は、献身的母親看護をし、ずっと実家暮らしで働いてないのに、よっぽど私より評価は高かった。

はいつかみたいに2時間マッサージをした。どうやら、母親は私のマッサージお気に入りだったようで、弟や妹じゃぜんぜんダメから私を呼んだようなことをかすかすの声で言っていた。たぶん、初めて私があの人に求められた瞬間だったのかもしれない、今思うと。

ほどなくして、母親は亡くなった。まだ40代、かわいそうだと思った。私がいなければ、この人の人生は輝かしいものだったはずで、こんな病気にもならずに済んだかもしれない。そんな思いで死に化粧と、お父さんと子供たちのスピーチを全部用意した。何故って、お父さんが、お前くらいしかそんなことできる子いないんだよ、って言うから

ふと思う。私はここまでされて、なぜ母親が嫌いじゃないんだろう。

しろ大好きで、出来ればもっと長生きしてほしかった。

人に言うと、よくぐれなかったね?と言われるけれど、ぐれたところで何も変わるわけなかった。だって、興味を持ってくれなかったんだもん。私という人間に。

私は生き方がまともじゃないとよく言われます

自分性格関係してると思うけど、じゃあここまで話して、私の人生あなた人生取り替えっこしてみようか?と言って首を縦に振った人間は一人もいません。

それが全てです。

でも、母親の作ったパフェの味だけは、今でも鮮明に思い出します。甘くて、幸せな味でした。

2016-06-14

http://anond.hatelabo.jp/20160614105126

無理に褒めるってのもアレかもしれんけど、

良かった探しっていうか何か光るところ探せばいいじゃん

それも面白い読み方じゃない?

っていうか、ラノベとか読まずに(という印象を受けた)一般書籍読んだ方がいいんじゃあ?

沢山読みたいのなら、

昔、図書館で、小説欄を「あ行」から順番に読んでいくってチャレンジしたけどどうよ?

必ず棚一段につき1冊は読まないといけないしばりで。

これだったら合わないのが多いのも当然だし、当たりに会えた喜びはひとしおだ!!

赤川次郎を3冊読むのはつらかったけど、芦原すなおさんと巡り合えたのはよかったな~

仕事の都合上で「さ」行までで終わった)

そういうのだったらブログでも感想栄えしない?(すでにブログ目的になっている)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん