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2020-05-22

私達は生活行動圏を共有しています

伊賀甲賀は不戦の約定が守られてるからと思いきや、甲賀伊賀に負けたことで濁点を剥ぎ取られて「こうか」になってるからね。

2020-03-08

anond:20200307184935

水を差すようで申し訳ないのですが、残念ながら現代日本忍者は一人もいません。

日常生活にはもちろんのこと、伊賀などにもいません。

なのでそうやってネット情報を集めて、忍者を探しても無駄でござるよ。

2020-03-07

今の日本忍者はいますか?

日常生活をしている中で「あれ?これ忍者じゃね?」と感じることは誰しもあることと存じます

素人の私などに見つかるようではとても『忍び』とは申せませんが、忍者にも必ず隙はございます

もちろん伊賀にたくさんいるのは存じているのですが、私が知りたいのは日常に隠れている忍者なのです

2019-10-23

刺し身

醤油だけで食べるのもったいないと思ってこの一年いろいろ試した。

週3回買い物に行くので週2~3回の頻度で食べている。

年間よく買うのは、トンボシビ・カンパチブリ系。後はちょっと気分が良いときや安いときは盛り合わせ。

 

塩レモン

レモンの絞り汁に塩をいれるだけ。某Youtuberがやってた。

多分、白身の魚じゃないと合わないと思う。サーモンとかイカみたいなのにはよかった。

 

・塩ライム

上記のやつのライム。こっちのほうが酸いので好み。でも赤身は全く駄目。

 

味噌マヨネーズ

全く駄目。だめというか「あ、味噌マヨネーズだな」という感想しかない。

カンパチブリだとくどい。

 

豆板醤

ほぼほぼ満点。味噌マヨネーズほどの「調味料が主」感は無いものの主張はしてきて、かといって素材を台無しにしない。

赤身にも合う。ただ、調味料自体がサラッとしていないので塗る量に慣れないと微妙

 

豆板醤マヨネーズ

「あ、豆板醤マヨネーズだな」という感想。学ばないのか、俺は。

 

ごま油+塩+卵黄+にんにく+しょうが

ユッケだな」という感想。いや、ユッケを目指したんだからそうなる。

鮪の血合いなど臭い部位でよくやる。

 

わさびしょうゆ

昨日これで食べたけど「あ、これだな。」という感じ。飲み会なんかで刺し身出てくるたびに「あ、これだな。」となる。

そもそもわさびが好きなのかもしれない。

 

追記

醤油+○○は大体試してる。(例:醤油マヨネーズ等)というか、醤油マヨネーズとか回転寿司ならサーモンうなっちゃうし。なので無限にあるから最後のしょうゆわさび以外除いた。

醤油はpatoほど試したわけではないけど、patoの記事九州醤油は試した。そのうえで、地元伊賀越というメーカー刺身醤油が昔から使ってることもあり一番自分にあってると思うので醤油伊賀越のさしみまり

 

塩+オリーブオイル:試してない。今度やってみます

煎り酒:試してない。今度やってみます

酢+味噌酢醤油は試したけど酢味噌はやってない。今度やってみます。(ちなみにつけてみそかけてみそはやった)

ドレッシング系:ごまだれとかはいいかもと思った。試してみます

 

個人的にはやはり豆板醤がハマれた。

ただ、やっぱジャブジャブつけてちょうどいいぐらいの味になってほしいと思ってマヨネーズで割ったけど駄目だったので、

豆板醤シャバシャバにして味を崩さない知見があれば教えてほしいです。

2019-06-12

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ひさかたぶりに土岐市美濃陶磁歴史館に行ってまいりましたわ

第一展示室では、古田織部お手製と伝わる茶杓が展示されていましたの

へうげもので見た気がしまわ!

中心に竹の節をもってくる茶杓利休以来の流行りだったらしいので

区別がつかないだけかもしれませんわ

くたりと中心で折れ曲がった美濃伊賀水指はどう見ても失敗品でしたわ!

「だがそこがいい!ゲヒヒッ」なのでしょうか

第二展示室では東美濃縄文土器展が開かれていました

順路の最後に石棒をもってこられると、そのことしか記憶に残りません

いけませんわ!いけませんわ!

2019-05-12

anond:20190512065704

これとかこれのブクマとか読んでてふと思ったんだけど

一応「だめなおっさん」というジャンルは愛されていて世の中にある程度あるけど

ダメなおばさんっていうかダメな女がダメなまま楽しそうな作品ってそんなないのかなあ

ダメおっさん作品でも女の人は大抵しっかりしてる感じの描写されてるし

そうでなければものすごく不幸な境遇の中にいるか不幸になって終わりか

ダメだったけど成長して次の段階に進むみたいの多い気する

ダメ女がダメ女なまま楽しそうな作品もあれば知りたい

追記

いじわるばあさんなるほど!

あとこれ書いてから自分であれこれ考えてみたんだけどひとつ思い出したのは佐々木倫子作品女性達かな

世間的なペースに合わなかったり考え方や行動がだいぶ平均と違っていて周囲をものすごく振り回したり

逆に世間についていけなかったりしてるけどどうやっても自分を手放さないいやあなたほんとは強いでしょ!?

って女性が多い気がする(そのまんま強そうな女性も多いが)

菱沼さんもハムテルの母もそうだしそれより以前の過去

(忘却シリーズや「林檎ダイエット」の双子など)の女性たちも概ねそんな感じ

チャンネルはそのまま!」の雪丸なんかが特にいちばんわかりやすいか

でも特に破天荒なのはHeaven?」の黒須仮名子と伊賀くんの母親だな

ものすごく傍若無人だし我の通し方とか締切からの逃げ方とか仕事の仕方とか人の使い方とか

だいぶダメ人間だけど人とは違う理論の上ですごく楽しそうに生きてるなと思う

そのダメさのあまり周囲の方が諦観して馴染んでいく様子は女版寅さん的なところがあるかもしれない

まあこういう描写が成立するのってもちろん作品世界の中にそういう女性敵対する人間存在がないことかもしれないけど、

佐々木倫子作品男性もわりとダメな人も多いし(「Heaven?」の川合君とか、エリートだけど漆原教授とか清原とか)

でもいつも明るい諦観によって許容されてて男女共にダメ人間でも生きていきやす世界が描かれてる気がする

作品世界を支える細部の描写は密だが逆に恋愛的な要素や現実的パワーバランス

まり入りこまないのもこういう描写ができる一因でかつ面白いところなのかもと思った

2019-03-08

「過ぎたるものが二つあり」集

家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八

「唐の頭」とは唐物中国製)の珍しい兜のこと。

追記:指摘があったので訂正します。「唐の頭」とは正確にはヤクの毛の兜飾りのことです。武田信玄石田三成が描かれるときに、よく兜に付いているカツラみたいなやつのことですね。実は三河武士あいだでやたらと流行っていて十人いたら七・八人は唐の頭をつけていたと言われており、というのも唐の頭を大量に積んだ貿易船が難破して三河に漂着したから棚ぼたで手に入れたんだとか。そら「過ぎたるもの」と言われますわ。

本多平八」とは徳川四天王のひとり、本多忠勝(1548生)のこと。

三方ヶ原の戦いに先立つ一言坂の戦いで、退却する徳川軍の殿を本多忠勝がつとめた。

家康に過ぎたるものが」はその活躍を称賛した落首である

治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近佐和山の城

治部少は石田三成(1560生)のこと。

島左近」(1540生)はもともと筒井氏に仕えていた武将で、一説には当時の三成の禄高の半分である二万石で召し抱えられた。

関ヶ原の戦いで討ち死にしたが、敵の足軽が後々まで悪夢に見たというほどの戦いぶりだったという。

佐和山城」は三成が改修した城で、五層の天守閣を備えた立派なものだったが、中に入ってみると極めて質素な造りだった。

駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山に原の白隠

富士のお山」とはもちろん富士山のこと。

白隠」とは「臨済宗中興の祖」と言われる高僧・白隠慧鶴(1686生)のこと。

大量の書画を残しており、その作風は荒々しくバランスの崩れたものだが、それが逆に迫力を生んでいるとして現代でも人気が高い。

本所に過ぎたるものが二つあり 津軽屋敷に炭屋塩原

本所とは東京都墨田区地名

津軽屋敷」とは、本所にあった津軽藩の広大な江戸屋敷のこと。

火災ときに版木ではなく太鼓を叩くのが「本所不思議」として知られている。

「炭屋塩原」とは、炭団を改良して一代で豪商となった炭屋の塩原太助(1743生)のこと。

明治期には「塩原多助一代記」として立身出世物語が語られ大人気となった。

亀山に過ぎたるものが二つあり 伊勢屋蘇鉄に京口御門

亀山とは、現在三重県亀山市にあった、東海道亀山宿のこと。

伊勢屋蘇鉄」とは、亀山宿の旅籠伊勢屋の庭にあった蘇鉄の名木のこと。

現在亀山市の文化会館移植されている。

京口御門」とは、亀山宿の西端、つまり京へ向かう道に作られた門のこと。

坂の頂上に建てられ、下から見上げると壮観だという。

岩槻に過ぎたるものが二つあり 児玉南珂と時の鐘

岩槻藩は埼玉県さいたま市にあった小藩。

児玉南珂」(1746生)は高名な儒学者

祖父江島生島事件江島の弟だったため甲斐流罪となり、南柯は甲斐で生まれ岩槻藩士養子となった。

儒学を学んだ南柯は、藩の要職歴任し、隠居後は私塾・遷喬館を立ち上げて子弟教育に努めた。

「時の鐘」とは、城下に時を告げるために1671年に設置された鐘のこと。

改鋳されたもの現在まで残っていて市指定有形文化財となっている。

青山に過ぎたるものが二つあり 鳶の薬缶に原宿山車

青山東京都港区の地名

「鳶の薬缶」とは「薬缶平」と呼ばれた幕末の火消し・平五郎のこと。

本職は鳶職人で、頭がハゲていたので「薬缶」と綽名されたらしい。

原宿山車」とは、青山熊野神社の祭りで使われる山車のこと。

都座に過ぎたるものが二つあり 延寿太夫鶴屋南北

都座とは江戸にあった歌舞伎劇場の一つ。

「延寿太夫」とは、歌舞伎伴奏音楽として発展した浄瑠璃清元節」を創始した、初代・清元延寿太夫(1777生)のこと。

鶴屋南北」とは、「大南北」とも呼ばれる歌舞伎狂言作者、四代目・鶴屋南北(1755生)のこと。

一ノ関に過ぎたるものが二つあり 時の太鼓建部清庵

一関藩は、仙台藩から分知されて成立した小藩で、現在岩手県一関市にあたる。

「時の太鼓」とは、城下に時を告げるための太鼓のことだが、これは幕府から特別許可されたもので、鐘ではなく太鼓が設置されるのは非常に珍しかったらしい。

建部清庵」(1712生)は蘭学を学んだ名医で、『解体新書』で有名な杉田玄白の盟友であった。

八代に過ぎたるものが二つあり 天守屋根乞食の松

これは加藤家が改易されたあとに熊本藩に入った細川忠興の評らしい。

八代城は、熊本県八代市にあった城で、1622年に完成したもの地名から松江城」とも言う。

熊本藩本城はかの熊本城であり、一国に二城あるのは特例である

その気兼ねもあったのか、城は未完成放置されており、天守閣だけは壮麗だったというが、それも1672年落雷消失した。

乞食の松」とは、「浜のお茶屋」とも呼ばれる松浜軒庭園にあった松のことらしいが、詳細は不明

保土ヶ谷に過ぎたるものが二つあり 苅部清兵衛に花見寿司

保土ヶ谷とは、現在神奈川県横浜市にあった、東海道程ヶ谷宿のこと。

「苅部清兵衛」とは、その程ヶ谷宿本陣・名主・問屋を務めた苅部家の当主が名乗る名跡のことで、地元の名士として代々慕われたという。

花見寿司」は程ヶ谷宿名物で、現在でもその伝統を引き継ぐ店があるとか。

挙母には過ぎたる物が二つあり 大手御門に海老名三平

挙母とは、現在愛知県豊田市にあった小藩のこと。

挙母城は、三河尾張美濃信濃遠江伊勢近江が見えるということで七州城とも呼ばれ、「大手御門」とはその立派な正門を指している。

海老名三平」とは、挙母藩の剣術師範役に代々指名された海老名当主名跡で、落語家のことではない。

岸和田に過ぎたるものが二つあり だんじり祭りに千亀利のお城

岸和田とは、現在大阪府岸和田市にあたる岸和田藩のこと。

だんじり祭り」は全国でも有名なお祭りで、1703年から始まったという。

「千亀利のお城」とは岸和田城の別名で、五重の天守に総構えの立派なものだったが、天守閣1827年に焼失している。

鴨方に過ぎたるものが三つあり 拙斎 索我 宮の石橋

鴨方藩は備中の小藩で、現在岡山県浅口市にあたる。

「拙斎」とは、儒学者西山拙斎(1735生)のこと。

松平定信に「昌平坂学問所朱子学を教えるべき」と訴え、これが「寛政異学の禁」の原因となったという。

「索我」とは、絵師田中索我(1742生)のこと。

京都に出て絵を学び、仙洞御所の屏風を描いている。西山拙斎とは親友同士だった。

「宮の石橋」とは、鴨神社参道にある石橋のこと。

川ではなく道に掛かっていて、立体交差となっているのが特徴。

京極に過ぎたるものが三つあり にっかり茶壺に多賀越中

京極とは、讃岐丸亀藩主の京極家のこと。

「にっかり」とは、刀剣乱舞でも有名となった名刀「にっかり青江」のこと。

「茶壺」とは、二代目藩主京極高豊が好んで収集した、陶工野々村仁清の茶壺のこと。

多賀越中」とは、京極家の筆頭家老を代々務めた多賀当主名跡

三原には過ぎたるものが三つあり

三原とは、広島藩の支城である三原城があったところで、現在広島県三原市のこと。

その「過ぎたるもの」とは、まず石高のわりに壮麗な「三原城」。

三原城主であり広島藩筆頭家老であった浅野忠真(1618生)に、徳川家光の娘・月渓院が一目惚れし、駄々をこねて彼の側室に入ったために使用許可された「葵の御紋」。

日光東照宮工事にあたって、難所をわずか十日で仕上げて称賛を集めた家臣「鈴木方衛」の三つだそうな。

安中に過ぎたるものが三つあり

安中とは、現在群馬県安中市にあたる安中藩のこと。

「過ぎたるもの」とは、藩政を改革して名君と謳われた藩主の「板倉勝明(1809生)」。

現在も名所とされる「安中杉並木」。

第六代安中藩主板倉重形のときに作られたという、城下に時を知らせるための「安中様のお太鼓」(一ノ関だけの特別扱いだったはずでは…!?)。

桜田に過ぎたるものが二つあり 火ノ見半鐘に箕輪の重兵衛

桜田東京麻布のあたり。

「火ノ見半鐘」は江戸で最も高いと言われる火の見櫓があったから。

箕輪の重兵衛」は桜田町の名主を代々務めたという家の名跡

永坂に過ぎたるものが二つあり 岡の桜と更科蕎麦

永坂は現在東京麻布永坂町のこと。

「岡の桜」は、御番医師・岡仁庵の屋敷に植えられていた大きな枝垂れ桜のこと。

更科蕎麦」はそのまま更科そばのことで、蕎麦御三家の一つである蕎麦処・更科が永坂にあったことにちなむ。

保科には過ぎたるものが二つあり 表御門に森要蔵

保科とは上総国飯野藩主の保科家のこと。

「表御門」は、三大陣屋と呼ばれる飯野陣屋の門のこと(か?)。

「森要蔵」(1810生)は幕末の著名な剣豪で、保科家に剣術指南役として仕えていた。

この飯野藩保科家の江戸屋敷麻布網代にあった。

森要蔵は藩に召し抱えられたあと、近所の麻布永坂・岡仁庵の屋敷の一部を間借りして道場を構え、

更科そばの初代も、この屋敷に反物商として出入りしていたところ、

蕎麦を打つのが上手いということで藩主から蕎麦屋になることを勧められ、

同じく麻布永坂に店を出した、という縁がある。

高取に過ぎたるものが二つあり 山のお城に谷の昌平

奈良まれ儒学者森田節斎の言葉であり、高取とは現在奈良高取町にあたる高取藩のこと。

「山のお城」は高取城のこと。

日本国内では最大規模の山城で、その白漆喰が輝く様を「巽高取 雪かと見れば 雪ではござらぬ土佐の城」と評した言葉が残る。

「谷の昌平」とは、幕末儒学者・谷三山(1802生)のこと。

若年の頃に聴力を失うが、勉学に励んで大成し、高取藩に召し抱えられて尊王攘夷を説いた。

新城に過ぎたるものが二つあり 前の小川太田白雪

新城は、現在愛知県新城市にあたるが、「新城藩」は藩主安中藩に移封されたため1645年に消滅、代わって旗本の菅沼氏が入った。

「前の小川」とは、新城陣屋の堀へ水を引き入れるために作られた運河のことらしいが、現在存在しない。

太田白雪」(1661生)は、地元名家の生まれで、松尾芭蕉門下の俳人となった。

土浦に過ぎたるものが二つあり 刻の太鼓と関の鉄砲

土浦藩は、現在茨城県土浦市にあたる小藩。

「刻の太鼓」は、例によって城下に時を知らせるための太鼓のこと。

「関の鉄砲」とは、関之信が開いた「関流砲術」のことで、その宗家土浦藩の鉄砲指南を代々務めていた。

下総に過ぎたるものが二つあり 成田不動に久保木蟠龍

下総下総国のことで、現在千葉県北部茨城県西部のあたりを指す。

成田不動」とは、言わずと知れた成田山新勝寺のこと。

久保木蟠龍」とは、儒学者久保木清淵(1762生)のこと。

伊能忠敬と親交が深く、忠敬亡き後は大日本沿海輿地全図の完成を手伝った。

金沢に過ぎたるものが二つあり 刀正次 兜興里

金沢はもちろん現在石川県金沢市、加賀藩金沢城下のこと。

「正次」と「興里」はどちらも鍛冶師で、刀を打たせれば正次が、兜を拵えれば興里が優れていると言われていた。

そこで正次の刀で興里の兜を斬ったところ、兜は両断できなかったが欠け、刀には刃こぼれがなかったため、引き分けということになった。

しかし実のところ、興里は兜が割られないよう小細工をしており、それがなければ正次に負けていただろうと分かっていた。

悔しがった興里は刀を打つようになり、後に「長曽祢虎徹」として知られる名工となった、という伝承があり、歌舞伎演目になっている。

「正次」は志摩兵衛正次という名らしいが、こちらはよく分からない。

番町に過ぎたるものが二つあり 佐野の桜と塙検校

番町とは、東京都千代田区地名

佐野の桜」とは、旗本佐野政言の屋敷にあった見事な枝垂れ桜のこと。

「塙検校」は塙保己一(1746生)のことで、盲人として検校にまでなりながら、著名な国学者でもあった。

秋元に過ぎたるものが二つあり 無の字の槍と岩田彦助

秋元とは、現在埼玉県川越市にあたる川越藩主の秋元喬知のこと。

「無の字の槍」とは、藩祖・泰朝が家康から賜った十文字槍のことで、鞘に「無」の金文字があった。

岩田彦助」(1658生)は、川越藩家老を務めた儒学者のこと。

松山に過ぎたるものが二つあり 河原布衣徒に千秋の寺

松山は、現在愛媛県松山市にあたる伊予松山藩のこと。

河原布衣徒」は河原にいる乞食のことと思われるが、芸が上手かったことを言っているのか、よくわからない。

千秋の寺」はそのまま千秋寺のことで、昔は二十余棟からなる大伽藍があったが、戦火で失われたらしい。

谷田部に過ぎたるものが三つあり 不動並木広瀬周度 飯塚伊賀

谷田部は現在茨城県つくば市にあった谷田部藩のこと。

「不動並木」とは、谷田部藩主細川興昌(1604生)が植えたもので、沿道に二百本ほどの松が並んでいたというが、現在はない。

広瀬周度」(1782生)は、杉田玄白門下の蘭学医でありつつ、画家としても活躍したという人物

飯塚伊賀七」(1762生)は発明家で、自宅の向かいにある酒屋まで往復するからくり人形や、人力飛行機などを作っていたという。広瀬周度から蘭学知識を得ていたとも。

徳山に過ぎたるものが三つあり 藩主墓所と桜の馬場奈古里人

徳山は、長州藩支藩で、現在山口県周南市のあたりにあった徳山藩のこと。

藩主墓所」は、徳山毛利家の菩提寺である福山大成寺にある歴代当主墓所のこと。

「桜の馬場」とは、初代藩主毛利就隆によって作られた藩士の調馬場のことだが、数百本の桜が植えられて名所となった。

奈古里人」(1671生)は、万役山事件に伴う徳山藩改易の際に活躍し、徳山藩再興運動の中心となった人物

2018-06-17

anond:20180615235841

かにちきりんの正体は人材育成コンサルタント伊賀泰代さん」という説があって、伊賀さんは一橋大卒らしいですが、ちきりんさんの正体が伊賀さんというのは確定情報なんでしょうか?

まぁそれにしても好きなことでもとことん追究できない、頑張れないというのは自分欠点です。改めて指摘されるとショボ~ンとせざるを得ません(泣)

2018-01-02

anond:20180102203200

そっか。旧区分だと大和河内山城伊賀と3つの海無しに接してたんだな。元々は美作のみが孤立した海無しだったのか。

2017-07-09

黒のボンタン履いてる男が

伊賀から来た忍者アラブから来た殺し屋しか見えない

この流行はすぐ終わるなあ

2017-03-25

三重オークワから関西版のカップ麺が消えて数年

テレビカップ麺コンビニおでん地域区分図が取り上げられると、よく三重西日本関西になってるけど、それは北陸

三重は、テレビ新聞スーパーコンビニ・電力・ガス・JRなどで東海に属する(※名張伊賀・東紀州を除く)から、同じマックスバリュ中部ピアゴバローでも滋賀三重では売ってるものが違う。

ただ、以前は三重でも和歌山本社の「オークワ」に行けば、関西版の赤いきつね西日本版のどん兵衛が並んでいて、某電機メーカー関係関西から越してきた人や関西寄りの三重ケンミンなどには、すごく有難い場所だった。

でも、そのオークワ愛知岐阜への進出で、東海物流センターを設けて東日本版に。

当然といえば当然だけど、なんかさみしい。

2017-02-22

今日増田忍者の日だってっ打日のゃ腎に打素真はウョ貴(回文

ジライヤジライヤ

いつも心に手裏剣を!

おはようございます

2月22日は、

にんにんにん!で忍者の日なんだって

どっかの伊賀甲賀市役所では

全員職員忍者の格好して対応するとか、

忍者の日にちなみまくってて、

面白いことするわね。

イケメン忍者や、可愛いくノ一ちゃんもいるのかしら?

そんでもって、

免許皆伝忍術を学ぶって意味

海苔巻きを巻物に見立て

忍者海鮮巻きが爆売れらしいわよ。

なんの、忍術習得できるのかしらね

ドラのクエ勝手呪文を覚えるのは、

レヴェルが上がったから、

なんか、ひらめいていきなり呪文が使えるようになるのかしらね

そうなると

ファイナルファンタジー呪文の書を買うって言うのは

本買って読んで勉強して呪文使えるようになるって言う、

魔法使いチックな習得の仕方だと思うの。

呪文覚えたら、

ブックオフで売ったらいいんだしね!

そういった方法の方が理に適ってるわ。

まあ、

今日はここら辺でドローンするわっ!

忍者だけに!!!

高飛び!なーんて。

にんともかんとも。

うふふ。


今日朝ご飯

ハッピーラッキー赤飯おにぎりよ。

あと、鮭ほぐしおにぎりも!

今日ラッキーカラーレッド

まさに赤飯おにぎりんぐよ!

ぱくぱく。

デトックスウォーター

風薫る美味しい緑茶ウォーラー

ホッツで頂きますわよ。

また急に寒くなってきたので

身体にはお気を付け遊ばせ下さいません事を願いますわ。


すいすいすいようび~

今日も頑張ろう!おー!

2017-02-07

人生は研がれること

たとえば医者がいるとする。

知る人ぞ知るすごいへぼ地元民にだけ知れている。

いいところといったらいつでも空いていて、

インフル予防注射一つ打つくらいの用事ならなんとかこなしてくれる。だけ。

近所の高級スーパーでうわさどおりの面もみてしまって、

怖くてとても自分子供を見せにいけない。

 

トランプ格差社会(まあ旧貴族社会だわな)ってなったら、

お金でどっか私立医大につっこまれボンがそのまま大きくなったようなそんな医者がたくさん増えるのかな。

一度資格をとってしまったら自動では消えない。

で、どうなるかというと、口コミネットも)でなんとなくはじき出して、自主廃業してくれるのをまつか、

だれかが子供をうっかり殺されて特攻して相打ちになって資格をはく奪され、その人もSLAPP訴訟で無一文になるか。

 

で、絶対的安全場所っていったら、「いい人」が特攻して消えた跡地にしかないわけ。

こりゃ小規模な戦争だよなっておもった。

村社会ともいうか。

 

そういえばリーダーシップについて伊賀康代さんが本に書いてたっけなーとも思った。

でも貧しい時代にそんなもん発揮したって自分も傷つくよねえ。

2016-09-14

[]

ウキウキ浮世絵~!

ワタクシ!中山道広重美術館に行って参りましたわ。

動の葛飾北斎、静の歌川広重広重ですわ。

このたびは特別展絵師広重の歩み 前期」が開催されていて、

歌川広重の初期作品を多く拝見することができました。

(版画だから浮世絵の色はのっぺりしていてファミコングラフィックみたい。

和紙の材質にだいぶん助けられていますわ)

そう思っていたらグラデーションが!

思い返せば普通にグラデーションしている浮世絵をたくさん見ていましたけど、

意識していませんでしたわ。彫り師か摺り師の技術高すぎですわ。

魔法も使わずどうやってグラデーションさせます!?

小倉百人一首の題材にされている江戸時代の人物には、とんでもない人がいらっしゃって、

あの方々を持ち上げる江戸時代の人は現代人とは感覚が異なることを思い知りました。

八百屋のお七なんて、今ならひんしゅくを買いっぱなしになってしまうと思いますわ。

そういえばヨーロッパでも中世の人は犯罪者に同情的だったと、ものの本で読んだことがありますわ。

幽霊も調伏して通る伊賀局さまは見るからに強そうでした。

スカイツリーの地下で復活して現代レスリングトップの方とドリーム対決してほしいです。

説明から摺物と呼ばれる自費出版趣味に走った同人誌的なものがあったこと、

当時の「写真」が「作者の観察に基づくスケッチ」の意味だったことなどを学びました。

有名な東海道五拾三次も内19枚を拝見できました。

魚づくしシリーズには何故か鯖がありませんでした。鯖がありませんでした!

二階にある重ね刷り体験のコーナーがおもしろく、

夢中といいますかむきになって摺ってしまいました。

馬連を握ったのは中学生以来ですわ。

文字通りに「見当」がずれたり、下の段にある縁の部分を擦って変な線が表れたり大変でした。

最後輪郭線を摺るので、色の載った紙が一気に「作品」に変身するところが病みつきでした。

最後ミュージアムショップで復刻浮世絵嶋田池鯉鮒)を買ったのですが、

さないようにまとめたクリアファイルごと持って行くと

学芸員さんに「選んでください」と……

「同じ絵ではありませんの?」

「版が違えば微妙に違うんです」

そんな会話をかわして浮世絵が量産品であると同時に、

この世にひとつだけの存在でもあることが理解できました。

今後、中期・後期の展示があるそうですわ。

庶民の方には観覧料お高めですけど気になりますわ。庶民の方には観覧料お高めですけど

2016-06-28

[] へこきまんじゅう

三重県名張市にある名勝赤目四十八滝」の名物

  

なぜそんな名が付いたかというと、生地自体さつまいもで作られているため。さつまいも食う→屁が出る=へこきまんじゅう

『へこきまんじゅう』はさつまいもの皮を剥き、切り、蒸し、練り、鉄板で焼き上げるというシンプルまんじゅう

その形はオリジナルキャラクターの「忍者笑門」の形で焼かれています

忍者の里でもある伊賀、笑う門には福来る、というところから付いたネーミング。

  

大きさはたい焼き位で、思ったよりも食べ応えあり!そしてまんじゅうの中からさつまいもの繊維がそこかしこに見え隠れ。

お味は素朴で、さつまいも自然甘味が口いっぱいに広がり「うまっ!」と唸りたくなる美味しさ。

http://guide.travel.co.jp/article/9025/

2016-04-03

オレが時代劇漫画で好きなオチ十選

http://anond.hatelabo.jp/20160403140144


虎眼流を滅ぼした盲目跛足の剣士に辛勝したけど想い人は切腹してましたオチ



天下人喧嘩した茶聖の切腹介錯し、その首を抱いて表へ出たら一同みな土下座オチ



一緒に彰義隊に参加した親友が敗走中に切腹しちゃった!ので自分だけ単身流浪を続けた果てに行き倒れオチ



御前試合に参加した剣士たちがなんやかんのあって勝者も敗者もみんな死にましたオチ



柳生十兵衛の正体は魔王ルシフェルだったんだ!な、なんだってー!の勢いのまま打ち切りオチ



甲賀ロミオ伊賀ジュリエット江戸城の前で抱き合って心中するオチ



越中に 越されぬ山 が二つある 京の中山 備前岡山オチ



剣心が戦争から帰ってきて病気にかかって薫殿の腕の中で死ぬオチ(うろおぼえ)



連載が原作に追いついちゃったので一時休載しま夢枕獏はさっさと続き書けオチ



万次さんがアイヌ小刀見て完全に思い出しましたオチ

2016-02-08

「金持ってるだけまだマシだろ」などと言う人と、分かりあえる気がしない

世の中の大抵の事柄は金さえ有ればどうにでもなると言われるなか、その金が有ってもどうにもならないことに直面していると吐露しているのに。

まだマシ理論は下を見ればキリが無い。

そういう人は日本に生まれ住む幸せでない人達に向かって「シリア戦火に怯えて暮らす人々に比べればまだマシ」と言うのか。

そう言われれば黙るしかないのか?

そういう人はまたシリア難民に向かって「アフリカ最貧国で食べる物もなく病気ですぐ亡くなってしま子供達よりまだマシ」とでも言うのか。

とある高名な人物が「人生における成功とは豊かな人間関係を構築する事」と説いていたが、良くない容姿人間関係の構築の大きな妨げとなっている。

結局は容姿なのだ

低く見られることは有るものの、友人関係はまだ何とかなる。

異性との恋愛結婚となると絶望的だ。

良くない容姿差別すること、足切りすることが是認されている。

シリア難民にまだマシと説くより、平和を齎す方策を考えるほうが建設的ではないか?

容姿の良くない者達にも同様になされるよう願っている。

今日朝ご飯おにぎり三つです。

デトックスウォーター

サンガリア伊賀の天然水炭酸水レモン

京都に流れ込む木津川上流の伊賀で作ってるのよ!

げつげつげつようび~

どんな時もくじけずに頑張りましょう!

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