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はてなキーワード: 12月7日とは

2020-04-17

anond:20200417055454

生活保護の水際作戦みたいなことをやって国民を殺すために公務員存在するんでしょ

 

 0077月10日北九州市小倉北区の独り暮らし男性(52歳)が自宅で亡くなっているのが発見された。生活保護を受けていたが、2007年4月受給廃止になっていた。最後に「おにぎり食べたい」と書き残していた(朝日新聞 2007年7月11日付 東京夕刊17ページ)。

彼は、長年働いていなかったわけではない。前の年である2006年10月まではタクシー運転手だった。アルコール性肝障害になり、通院した。2006年12月7日、「病気仕事ができない」と生活保護申請し、認定された。だが翌年2007年2月福祉事務所ケースワーカーから「働いたらどうか」と勧められ、生活保護を辞退したという。専門家は、この事例に関し「たとえ本人が自発的に辞退届を出したとしても、ケースワーカー受給者が困窮する恐れがないか検証し、受給者にきちんと説明しなければならない。自治体対応は疑問だ」としている(2007年7月12日朝日新聞西部朝刊27ページ)。

https://news.yahoo.co.jp/byline/iderumi/20180424-00084373/

2020-04-10

日本医療従者の患者(障がい者、老人)への暴力について

患者キス強要・放水…看護師虐待容疑「反応面白い2020年3月4日 19時57分

https://www.asahi.com/articles/ASN343T07N34PIHB004.html


入院中の患者同士でキスをさせたほか、水をかけたり監禁したりなどの虐待をしたとして、兵庫県警は4日、神戸市西区神出町勝成の精神科病院「神出(かんで)病院」の元看護助手和田元規容疑者(27)と看護師5人を準強制わいせつ暴力行為等処罰法違反などの疑いで逮捕し、発表した。和田容疑者は「反応が面白くてやった」と供述。いずれも容疑を認めているという。

 捜査1課によると、ほかに逮捕されたのは、いずれも同病院看護師橋本涼平(26)、船引健志(33)、高橋斉史(34)、曽我部聡(41)、武田剛士(33)の各容疑者。6人は勤務歴約3~6年で、主に夜間に勤務していたという。

 発表では、和田橋本船引の3容疑者2018年10月31日未明、50代と60代の男性患者同士にキスさせるわいせつ行為をさせた疑いがある。

 また、和田高橋曽我部の3容疑者は昨年9月20日夜、70代の男性患者トイレ椅子に裸で座らせ、ホースバケツで水を浴びせるなど暴行を加え、同月25日夜、和田高橋武田の3容疑者は60代の男性患者を病室の床に寝かせ、落下防止柵付きのベッドを逆さまにして覆いかぶせ、約20分間監禁した疑いがもたれている。

 被害者は計3人で、重度の精神疾患抵抗できない状態だったという。

 県警が昨年12月、別の強制わいせつ容疑で和田容疑者逮捕した際、押収したスマートフォン院内での虐待動画があったという。動画は他にも複数あるといい、県警は長期にわたり患者虐待していた疑いがあるとみて調べている。

老人ホーム入所者を暴行殺害した疑い 元職員逮捕

https://www.google.co.jp/amp/s/www.asahi.com/amp/articles/ASM5K41RKM5KUTIL018.html

勤務先の有料老人ホームサニーライフ北品川」(東京都品川区)で、入所者の男性(82)を暴行して殺害したとして、警視庁は22日、元介護職員根本智紀容疑者28)=東京都新宿区=を殺人の疑いで逮捕し、発表した。調べに「暴行を加えたことはありません」と供述し、容疑を否認しているという。

大口病院連続点滴中毒事件

https://www.google.co.jp/amp/s/dot.asahi.com/amp/wa/2018122400013.html

横浜市大口病院2016年9月に起きた連続点滴中毒事件では、同年の約2カ月半の間に入院患者48人が相次いで死亡。このうち3人に対する殺人罪などで12月7日に起訴された同病院の元看護師久保木愛弓(あゆみ容疑者神奈川県警の調べに対し、被害者実名供述したにもかかわらず、物証がないため、起訴に至らなかったケースもあった。

相模原障害者施設殺傷事件

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/相模原障害者施設殺傷事件

相模原障害者施設殺傷事件は、2016年7月26日未明神奈川県相模原市緑区千木良476番地にあった神奈川県立の知的障害者福祉施設津久井やまゆり園」にて発生した大量殺人事件。元施設職員の男Uが施設侵入して所持していた刃物で入所者19人を刺殺し、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせた

2019-12-15

Vtuber[アズマリム]の騒動まとめ【アズリムった】

アズマリム本人のツイート、CyberVの発表の2つにあわせ、初期運営会社DELTAGAMES社長U氏のTwitter情報Vtuber「鳴神裁」から情報も鑑みて、個人的にまとめたものです。

あくま個人的主観も入っているなので、間違いとかあるかもしれないです。ちなみにクソ長いです。まとめも下手なので読みにくいと思います。ご了承ください。

追記12/18:Chiseyからの発表あったので追加 https://anond.hatelabo.jp/20191218115935

追記12/16 : 2点編集を加えさせていただきました。

U氏より事実誤認の指摘があったため、該当箇所を訂正させていただきました。修正に関しては、19年4月部分の3社協業の企業名修正と、アズマリ演者への支払いに関しての推測文の削除の2箇所です。

アズリムの件で見掛けたまとめブログ事実誤認の内容を見掛けたので訂正して頂ければ…私が言う三社協業というのはCyberV(CyberZ)とDELTAGAMESとスパーククリエイティブの協業契約でして、旧体制においてはDELTAGAMESとスパーククリエイティブプロジェクトの売上分配率を所有しておりました。

https://twitter.com/uesugi_kentarou/status/1206265472028573696

また、いくつかご指摘頂いている18年11月の部分に書いていた「TとFの共演NG事項」に関しては、NGになった時期がいつなのか詳細は不明なのでまとめてここにいれておりましたが、こちらも合わせて修正しております

アズマリ共演NG企業Vtuberは該当の2名だけではなく他にもいるので、理由として完全に違うというわけではないですが、確かに下記案件などから「TとFに関しては19年4月以降にNGを出されたと考えるのが自然」だと判断し、こちらも修正させていただきます

当初は、時期推測の根拠として、この時期以降CyberZ主催イベントRAGE」でぱったりとVtuberイベントがなくなったこと(最後が18年11月4日のVカラ女子会)を考えていました。

Fと見られているVtuberが19年9月にbilibiliでコラボ動画を出していることから、おそらく「生放送イベント出演時での絡みがNGで、動画に関しては編集できる(チェックを入れた上で公開できる)ので完全に拒否しているわけではない」と推測しています演者同士は仲が悪いわけではなく、運営企業制限しているものと見られます

19年2月北海道旅行に関しても、「北海道応援するプロジェクトの一環」とあるので案件です。

運営がトラブって19年2月4月に延期されたりした「バーチャル音楽フェス」はそもそもその前の18年9月11月に行われた他社主導のクラウドファンディングによるイベントなので考慮外です(CyberVはOPENRECによるイベント中継を担当していたものと思われます、このイベントの延期に関しても、CyberVはどちらかというと被害者と考えています)】

2018年11月の1回目の騒動について】

アズマリムの主張:責任者(CyberV社長藤氏とfaniconで名指し)が目の前にいる状態ツイートした

CyberVの主張:我々の預かり知らぬところで行われた

U氏の主張:そもそもCyberV兵藤氏自分から連絡を入れて初めてツイートに気づいたレベルなので、アズマリムの主張は間違い

 →それぞれの主張から推察:おそらくアズマリムがツイートしたタイミングスタッフはその場にはいたが、ツイート内容の確認等がされるわけではなくアズマリムが勝手ツイートした

ただし、これに関してはその後の謝罪文とかの話もごちゃごちゃしている上に、U氏が「アズマリムが嘘をついている」と断言しているあたり、

アズマリムは黒(嘘をついている)の可能性が高い

そもそも話し合いをして納得していなければ、アズマリム本人のフルトラ/肉声による謝罪動画なんて制作出来ない。

脚本を読まされる立場だとしても拒否すればいいだけの話になるし、本当に納得出来ていないのなら81が演者を守りに入るはずなので。

この時点でアズマリムの発言と行動に矛盾が発生しており、信憑性に欠ける。

そもそも18年11月騒動に関しては、

・好き放題やってスタッフ退職に追い込んだ

そもそも利益ほとんど出てなかった

・他Vから共演NGによってCyberVの親会社にあたるCyberZのイベントであるRAGE」で人気があったVtuberライブができなくなった

などにより、CyberVがアズマリムを終了しようとしたことが発端。

アズマリムのツイートから推測できるのは、おそらく中の人が交代になる形でプロジェクト継続しようとしていたということ。

しかし、それをアズマリムが微妙に捻じ曲げて告発したことで、中の人は首の皮一枚とはいえ繋がることに。

しかし、それが原因で、「中の人を変更してプロジェクト継続しようとしていた」のが「プロジェクトごと終了」に変わることになる。

(ちなみにこの時点で、CyberVは他に流石乃ルキ・ロキと星空学園3人を運営している。この5人はCyberZが運営する「OPENREC」で開催されたオーディションの通過者である)

→「TとFの2名の企業Vtuberによる共演NG」は、条件を鑑みるに19年4月末の契約終了後からとみるのが妥当なので、修正しました。

2019年4月、アズマリプロジェクト終了…にならず】

CyberVの発表の通り、アズマリプロジェクトは終了、参加企業であるCyberV・DELTAGAMES・スパーククリエイティブの3社の協業も終了。

この時点でアズマリムは引退して成仏(キャラ的には多分これでいいはず)するはずだった。

…が、アズマリ演者が「続けたい」と懇願

(U氏の発言より、アズマリムはなかなか高給取りであり、演者声優業ではあまり成功してるとも言えないので、アズマリムの給料がなくなるのは大ダメージになるから続けたがったのではないかと推測される)

CyberVの苦悩が始まる。アズマリムのプロジェクト移管先を探しながら、アズマリムとして配信できる環境演者に貸し与える感じに。

今まではDELTAGAMESが報酬をまとめて81に支払っていたが、DELTAGAMESは完全に降りたのでCyberVが81に支払っていた。

額面的にはおそらくきちんと演者への報酬も含まれているだろうが

YouTube動画配信収益・fanicon収益・グッズ収益イベント関連収益

を支払いしていたと見られる。

CyberVが嘘をついていなければ、これは81がアズマリ演者への支払いを怠っていることになる。

 →そもそも5~9月はアズマリムは実質無所属個人勢と変わらないので、CyberVが依頼して配信動画制作していたわけではない。

  ので、本来報酬自体が発生するようなものではない。

…どころか、普通に考えたらCyberVの配信環境などを利用していたいので逆に利用料払わなきゃいけないくらいなんだけど、まぁこの話はそこまで関係ないというかややこしくなるので置いておこう。

2019年9月運営会社変更】

CyberV発表だと8/31付なんだけど、めんどいので9月から、って書きますほとんど変わらんし。

アズマリ譲渡先が株式会社Chiseyに決まる。

株式会社Chisey」は、社長が「FRENZ」という界隈では人気のある映像クリエイティブイベントを毎年主催している。東方の「フラワリングナイト運営でもある。

おそらく税金対策法人化された会社ではないかなと思うが、社長上記の通り業界ではちょっとした有名人であり実績もある上に、Vtuber好きとしても知られるので、ここでは特に問題とはしない。

(というかそこ問い詰めてたらマジでキリがない)

しかし、ここでアズマリムは反抗する。

運営会社が新しく決まったということは、給料が変わる可能性が出てくる。新運営無名CAグループの一員であったCyberV時代よりは間違いなく落ちる。

その上、CyberV時代には出来てたフルトラ配信もできなくなる可能性が高い。

(おそらくアズマリムが言う「履行されなかった約束」というのがフルトラ配信である

多分アズマリムは自前でフルトラ配信できる環境を用意されると思っていたのだろう。

しかし、CyberVレベルのフルトラ配信はどう見積もっても数百万クラス、下手したら4桁万円レベルのものであり、個人でどうのこうのしたり使うものではない。)

で、ここらへんちょっといろいろこんがらがっていて、アズマリムのイベント9月末にあり、そこまではCyberVも面倒をみていたものだと思われる。

おそらくアズマリムが「報酬がない」とか抜かしてたのも、9月末のイベントが先に決まっていたからで、それに向けて活動を続けていたから、本人では「仕事として継続している」と認識していた可能性が高い。

で、実際10月以降の配信バストアップのみで顔認識トラッキング精度も落ちている。

おそらく9月末で完全にCyberVは手を引いており、裏で事務面などの引き継ぎをしていたものと思われる。ただ、そこそこ大きな企業運営からまぁ実質ほぼ個人に引き継がれるわけで、時間はかかる。

この期間にアズマリ演者自身引っ越し等もあり、多分相当グダったもの想像される。

ちなみに、アズマリムのファンコミュがfaniconから変更されるという話があったのだが、おそらくその先は「memma」というCyberZが運営しているファンコミュを予定していたと思われる。

が、memmaのサービス開始が大きく後ろにずれたことで(開始が19年4月中旬)、アズマリプロジェクト契約終了とそう変わらない時期になってしまい、流れたものと見ている。

2019年12月、そして騒動へ】

CyberV兵藤氏は、運営移管先を探し、運営移管の引き継ぎなどを行いながら、新運営やアズマリ自身フォローアップもしていた。(U氏のTwitter発言より)

そして1212日、引き継ぎなどが終了し、CyberVの手から完全に離れることになりそのプレスリリースを準備していた。(12/12というのはアズマリ自身がfaniconで発言している)が。

12月7日の夜、突然アズマリムがTwitter告発をする。

これに関して、今まで上で追ってきていたものなどと照らし合わせてみよう。

運営スタッフ、及び責任者様と、

・連絡が度々取れなくなっており、現在も連絡が取れていない事

活動に際してお約束いただいた事項を履行していただけていない事

5月以降一切の報酬お支払いが確認できていない事

上記理由により、活動を続ける事が困難となりました。

https://twitter.com/azuma_lim/status/1203240121627111425

・連絡が度々取れなくなっており、現在も連絡が取れていない事

 →そもそもCyberVは5月時点ですでに運営スタッフではない。U氏は「兵藤氏はたびたび相談に来ていた」と言っている。

  推測されるのは、9月末のイベントはCyberVがやっていたので、それまではCyberVが運営だと思いこんでいたことによるすれ違い(本当は4月末まで)

  なお、Chiseyの方とは連絡が取れていたことをfaniconで明言している。そしてChiseyは引き継ぎでCyberVとやり取りしている。

活動に際してお約束いただいた事項を履行していただけていない事

 →「11月にはフルトラ配信ができる」と言っていたそうなので、おそらくフルトラ環境のことだと思われる。「11月には」というのは演者引っ越しが終わって落ち着く時期だったからかと。

  CyberVが面倒見していたのは長く見てもイベントがあった9月末までであり、それ以降はChiseyなので、Chiseyにフルトラ環境がなかったことにより「約束を破られた」ことになっていると推測される。

  上でもちょっと書いたんだけど、移行後もフルトラ配信ができるようになると見ていたのは、もしかしてフルトラ配信個人でもできるようになると勘違いしていたのではないかという説で、

  演者がフルトラ配信環境がどのくらい金がかかるものなのかを知らなかった事による事故的なものじゃないかという見方も…。

  CyberVは契約切れても自社で面倒見てた期間はちゃんとフルトラ配信させてるので約束を履行していた、つまりこれはChisey側の問題。(多分アズマリムはChisey移行後もフルトラできると思っていた)

5月以降一切の報酬お支払いが確認できていない事

 →CyberVの発表により明確に反論されているので、81側の問題

  そもそも本当に報酬は支払われていないことが問題になっているのなら、まず81がCyberVに問い合わせることからはじまるので、そもそも演者出張問題ではない。

  4月末で契約が終わっているなら、そもそもアズマリムは個人勢であり、企業から報酬が支払われる事自体おかしい。

  上に書いたとおり、CyberVは活動収益(に報酬を上乗せして)81に渡していたのだが、報酬が減ったことをアズマリムが納得しておらずキレた可能性が高い。

  怒る相手はCyberVじゃなくて81なんじゃないですかね?

昨年11月ツイートに関しまして、アズリム1人で感情的に行ったものではなく、目の前に責任者様、スタッフの方々がいらっしゃいました。

その後、“アズマリム本人と話し合った“という文面が公表されましたが、話し合いは行われていません。

https://twitter.com/azuma_lim/status/1203243586638073857

→U氏が明確に「嘘」と言っている。(CyberVはU氏が連絡して初めて事態に気づいた)

 目の前に責任者スタッフがいた可能性は否定しない(そもそも外部からはわからない)が、そのスタッフが「確認」した上でアズマリムがツイートしたのかというわけではない。

 つまりこれは言葉のあやであり、アズマリムが勝手に行ったこである

 話し合いが行われていないというのも、上に書いたとおり謝罪動画をフルトラ/本人肉声で出してるあたりで信憑性が低い。

 まぁこれに関しては、本人その場にはいたけど蚊帳の外で話が進んでたという可能性もある。

 …が、そうなると謝罪動画撮影などを拒否すればよかっただけの話なので、条件が悪かったかもしれないがアズマリ演者も一度は話を飲んでるはずである

関係者を名乗り事実とは異なる発言を繰り返される方がいらっしゃいますが、そうした事も本当にやめていただきたかったです。

https://twitter.com/azuma_lim/status/1203254729108672513

→U氏のことだと推測される。

 確かにU氏は「現在は」元関係者であり蚊帳の外ではあるが、そもそも産みの親の1人であり、娘にこういう言い方されるのはかわいそうですらある。事実と異なる、というのはアズマリムとは解釈が異なるから「そんなん事実じゃない」って駄々こねてる状態に近いのでは…。

 ちなみにU氏はルキロキを終了させられたことを納得しておらずCyberVに恨みを持っているレベルなのだが、それでも今回の件でCyberV側についてるあたり、よほどアズマリムが問題児だったのでは…って感じですね。

Twitterなどのアカウントログインできないという話ですが、CyberVの言い分ではChiseyすら触れていないとのことなので、本人が「ママ」と呼んでずっと裏方スタッフをしている人間(デザイン担当イラストレーターさんなどではないと本人が過去に明言してる)が隠してるのではないかという感じがします。

というのも、おそらく今回の騒動にも「ママ」は噛んでいると思われるのですが(おそらく前回も)、アズマリムがポンコツなのでこういう感じにあら捜ししたらボロボロ崩れるような発言をしてしまたことで逆に劣勢に立たされてしまい、アズマリム本人がこれ以上ボロを出すと完全に裏目に出るので取り上げた、と見るのが自然かなと。

新旧運営どちらもアクセスできない、演者アクセスできないとなると、どちらかが嘘をついてない限り第三者がなにかしてるということになり、その第三者にあたる可能性が高いのが「ママ」なんですよね。

ちなみに「ママ」はTwitterやfaniconなどでたまに発言していたことをアズマリム本人がfaniconで認めているので、アクセス権限を持っていたことがわかります

ママ」は、CyberVが運営支援に入る前からアズマリムに関わっていたことが昨年の謝罪動画から読み取れるので、いわゆるお抱えスタッフであり、新運営に移った後も関わっていると推測されます

追記)あと、もう一つこれ根拠がありまして。

12/7の告発時点では見えていた「YouTube登録者数」が、これを書いている12/14深夜時点で非公開になってるんですよね。

まり、誰かがいじってるんですよ、騒動後に。

から関係者誰も触れていない」状況ではないので、「誰かが抱えてる」可能性を指摘しています

12/6にCyberVのサイトが見れなくなっていた件ですが、そもそもその原因がアズマリムのツイート

https://twitter.com/azuma_lim/status/1202927707585044480

によってセンパイ殺到してアクセス集中した結果なので、むしろ前日にアズマリムがCyberVにヘイトがいくように誘導をかけているものです。

そもそもCyberVとDELTAGAMES以外に運営として表に出されていないので必要もなかったと思われますけど。

ちなみにアズマリムの演者Vtuberとか関係なく過去にもいろいろ問題を起こしている問題であることをあちこち暴露されており(演者バレバレとはいえ非公開なので伏せますけど)、

今回81が名指しされたにも関わらず1週間なにも音沙汰ないのはそういうことじゃないですかね、って感じもしますね。

謹慎沙汰起こしてるみたいな話もあったし…。

そもそも一緒に北海道旅行まで行くような仲だった人たちに共演NG突きつけられてるあたりがもう、ね。

【以降の文章追記修正によって文字数限界で表示が切れてしまっているのでこちらに移しました https://anond.hatelabo.jp/20191216101521

2019-12-10

全て男性が悪い

しっかし国内外わず、この手の人々を見ていて思うのはつくづく他罰思考であると言う事。

自身権利のみを主張し、自身に非があった場合でも一切自分が悪いと考えず、他者のせいにする。

そして文句を言うだけならばまだしも自身お気持ちのみで屁理屈を言い、難癖をつけては規制等を強要したりする。

また下のキャバ云々で男性叩きをしている方に至っては逆にその職業女性叩きにもなっている事にすら気づいていないのだからとても愚かな発言だと思う。

この発言自体キャバ嬢や風俗で働く女性をも貶める様な発言のものであるからね。

そりゃセックスワーカー側のフェミ純潔教育被れのフェミ対立するのも必然だと思うよ。

当時レースクイーンを潰したフェミグラビア叩きをしていたフェミもこの様な思考と似ているのだろうなと思うね。

それと流石に当時自分達の思想反論してきた女性の方々を名誉男性扱いした時は本気で私は呆れ果てたよ。

からさ、もうフェミの皆様は精々男性を恨み、どうか世間自身憎悪をばら撒き続けてください。

そうやって延々とフェミニストと言う集団の先鋭化し続けてください。

そうしているうちに君たちフェミ同調してくれる人間は次々いなくなり、君たちの敵ばかり増えて、そのうち君達の意見等誰もまともに取り扱ってくれなくなる世の中がやってくるでしょうから

私は君達が30年以上に渡り増長し続け、女性権利に見ならず、子供LGBT動物愛護、反捕鯨等と言ったあらゆる弱者権利悪用し、思想押し付け規制押し付けを行った結果、余計に事態悪化させた事や経済文化の衰退を招いている事を見ているからね。

私は君達の事を絶対に許さない。

2019-12-08

差別再生

この附帯を見る限り、単に邦外出身者のみならず何故か今まで対象から外れていた日本人対象内にして適用すると言う割とまともな修正内容にも関わらず、何故かこれを削除させようとする精神理解できないね

元々ヘイトスピーチ罰則がある事自体問題視されていて、外国人への暴言ダメだけど、日本人暴言は許される点はそれこそ憲法違反なのでは?と割と世間でも問題視されていたのにね。

当たり前だけど、日本人に対する暴言は許されると言う逆差別状態がこの川崎ヘイトスピーチ問題点の一つでもあったのにここが修正されて、困る人達はどういう方々なのかなと言う話にもなると思うけどね。

普通に条例を作らせて、当たり屋的に条例悪用たかったと言う風にしか読み取れないのだけどさ。

しか普段平等やら人権やら綺麗事を言っている様な人達日本人を守る為の決議案に文句を言い、削除させようとしているのは皮肉以外何者でもないよね。

まさに日本人差別をしたいが為に活動していましたって今回言っている様なものだよ。

こう言うのもポリコレ棒を振り回したいと言う実例とも言える代物だと思う。

この手の人権屋とも言える様な行動をする人達はどんな界隈でもいるし、子供権利女性の権利悪用したりしているのを知っているから、個人的には軽蔑する。

[][]2019年12月7日土曜日の増減

サイト\日付2019-12-012019-12-022019-12-032019-12-042019-12-052019-12-062019-12-07合計説明
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AP ttps://apnews.com/0632010527アメリカ大通信社
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The Independent ttps://www.independent.co.uk/40230026920イギリス 新聞オンライン専業化
Daily Mail ttp://www.dailymail.co.uk/20000-6121189イギリス 新聞
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The Economist ttps://www.economist.com/-2062210522215イギリス 週刊新聞
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ParsToday ttp://parstoday.com/1000-1002059イラン 放送局、元イランラジオ
NDTV ttps://www.ndtv.com/0000000271インド 放送局
The Hindu ttps://www.thehindu.com/0000000548インド 新聞
The Times of India ttps://timesofindia.indiatimes00100001028インド 新聞
DAWN ttps://www.dawn.com/0000000180パキスタン 新聞
ABC ttp://www.abc.net.au/0100-1-214416オーストラリア 放送局
NZ Herald ttps://www.nzherald.co.nz/0000000577ニュージーランド 新聞
Bangkok Post ttps://www.bangkokpost.com/0100000867タイ 新聞
Channel NewsAsia ttps://www.channelnewsasia.com01000001923シンガポール 放送局
Jakarta Post ttp://www.thejakartapost.com/0000000362インドネシア 新聞
RT ttps://www.rt.com/-1001-1002142ロシア 放送局
Sputnik ttps://sputniknews.com/-1000000712ロシア 通信社、元ロシアの声
HAARETZ ttps://www.haaretz.com/11000003105イスラエル 新聞
The Times of Israel ttps://www.timesofisrael.com/0321000435イスラエル ニュースサイト
ETtoday新聞雲 ttps://www.ettoday.net/0000000198台湾 新聞(合同サイト)
South China Morning Post ttps://www.scmp.com/00010001159香港 新聞中国資本に買収された
新華通信社 ttp://www.xinhuanet.com/0000001308中国 国営通信社
環球時報 ttp://www.globaltimes.cn/0000000210中国 人民日報系列英字紙
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[]2019年12月7日土曜日増田

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2018-12-19

フジテレビ「余計なもの報道まとめ

2018年12月7日 フジハードウェアに余計なもの見つかった」報道

分解したら“余計なもの”が見つかった!?日本政府も「ファーウェイ排除」へ - FNN.jpプライムオンライン

https://www.fnn.jp/posts/00397920HDK

スマホの売り上げ世界2位の中国IT大手ファーウェイナンバー2の逮捕。その衝撃が冷めやらぬ中、中国製のスマホ排除する動きが広がっている。(中略)

ファーウェイ製のスマホ写真を背景にして)与党関係者によると、「政府ファーウェイ製品を分解したところ、ハードウェアに“余計なもの”が見つかった」という。

・以上の報道からファーウェイスマホから日本政府物理的に「余計なもの」を見つけたためファーウェイ排除が決まった、と拡散されていく。

・こういうソース曖昧な伝聞情報でも視聴者に受け入れられた背景として、10月に米ブルームバーグが報じた「中国軍が、AppleAmazonが利用していたSupermicro製のマザーボードに、製造工程データを盗み出すスパイハードウェアを仕込んでいた」という報道がある(この報道について、AppleAmazon、Supermicroは揃って完全否定するも、ブルームバーグからの続報はない。「中国スパイチップを仕込まれた」と報じられたSupermicroがAppleに続いてBloomberg記事撤回要求 - GIGAZINE https://gigazine.net/news/20181023-supermicro-want-bloomberg-retract-story/)。

 

2018年12月14日 ファーウェイ「余計なもの」を否定

ファーウェイ声明 「製品に余計なものが見つかった」報道は「事実無根」と否定 - ITmedia Mobile

http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1812/15/news034.html

 

2018年12月17日 EE Times Japanファーウェイスマホ分解して「余計なものなかった」記事

“余計なもの”って何? 「Mate 20 Pro」の疑惑を晴らす (1/3) - EE Times Japan

http://eetimes.jp/ee/articles/1812/14/news036.html

Huawei2018年におけるフラグシップ機「Mate 20 Pro」。この機種には、“余計なもの”が搭載されているとのうわさもある。本当にそうなのだろうか。いつものように分解し、徹底的に検証してみた。

(中略)

全ての半導体チップ存在する領域を細かく、1個1個チェックを行ったが、「余計なもの」は全く存在しなかった。(略)

願わくは、2019年は「余計なもの」と言うからには、その「余計なもの」を具体的に示していただきたいものである



2018年12月17日 フジ「余計なものスパイウェア」報道

魚拓ファーウェイ問題は「徹底してエビデンスを出して排除すべき!」 “冷戦構造”に巻き込まれ日本の取る道 - FNN.jpプライムオンライン

https://megalodon.jp/2018-1219-0048-02/https://www.fnn.jp:443/posts/00401620HDK

ファーウェイ製品から見つかった「余計なもの」の正体

与党関係者は「政府ファーウェイ製品を分解したところハードウェアに“余計なもの”が見つかった」と語る。

「余計なもの」とは何なのか?防衛省サイバー防衛隊初代隊長で、現在ラックナショナルセキュリティ研究所の所長を務める佐藤雅俊氏は次のように話した。

「我々が入手している情報によると、日本のある法人向けファーウェイ携帯電話が、通信状況をモニターしていると、スパイウェアに似たような挙動をする。しか通信先が中国らしいという情報。例えば、携帯での閲覧履歴、実際マイクオフにしていたのがオンになって、あるところに流したりとか。スパイ携帯に入り込んでるような感じ」

佐藤氏が入手した情報によれば、日本のある法人向けのファーウェイスマホ分析したところ、スパイウェアが発見されたという。これはユーザーが知らない間に、遠隔操作ネット閲覧履歴情報などを盗んだり、マイクスイッチを入れてユーザーの会話を盗み聞きしたりすることができるソフトで、スパイの様な動きをする“悪質”なものだという。

・「余計なもの」はスパイウェア。

防衛省サイバー防衛隊初代隊長で、現在ラックナショナルセキュリティ研究所の所長を務める佐藤雅俊氏が入手した情報

日本のある法人向けのファーウェイスマホ分析したところ、スパイウェアが発見された。

・外部から遠隔操作でき中国情報を送っている。

2018年12月18日 ファーウェイ「余計なものスパイウェア報道」を否定

ファーウェイが再度声明 「スパイウェア」報道事実無根、法的手続きへ - ITmedia Mobile

http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1812/18/news142.html

2018-12-18

78.5kg/23.8%だったおっさんが5ヶ月で61.8kg/12.7%までダイエットした

2018年7月11日から12月7日までの5ヶ月間ダイエットしました。と言いつつ稼働は実質4ヶ月だったんですが、最後の30日も地味に減ったので観察期間と銘打って期間に含めることにしました。今のところリバウンドしてません。

ダイエット方法

無難食事制限運動の両方をしました。

食事制限カロリー制限糖質制限運動筋トレジョギングです。

これらをほぼ毎日やりました。ほぼ、と言うのはダイエット方法を調べながらやったため、メニューグラデーションがあるからです。具体的には最初の1ヶ月は筋トレをやっていませんし、最初半月ほどはタンパク質を厳密に計測してません。あと手抜きも許していたので、歩くだけの日とかもありました。

ぶっちゃけしんどかったです。終わってみると大してしんどくなかったようにも思うし、日々やってる最中も同様の感想だったのですが、時折、猛烈にやめたくなるタイミングがありました。

ジョギングに加えて筋トレを始めた2ヶ月目の序盤が特にキツくて、自分としては頑張ってるのに体重体脂肪ともに変動しない(下手したら増えてる)日が続き、夏で暑かったのもあって、何やってんだろうなー、と夕方ジョギングロードで棒立ちになりそうになったのを覚えてます

4ヶ月はやると決めていたのもあって、やめる選択肢はなかったんですが、何が一番つらかったか振り返ると、「頑張ってるのに結果がでない」ことだったのかなという気がします。

なおノージムノートレーナー、ノープロテインで通しました。

絶対そうすると決めていたわけではなく、逆に室内シューズプロテインは買うところまで行ったんですが、最後まで使わずじまいでした。

ちゃんとしたダイエットが初めてで、それぞれ選択肢に入ったのが終盤だったこともあり、行こう飲もうと思ってるうちに目標に到達してまあいいやとなってしまった感じです。

7月に戻って改めてダイエットするとしたらトレーナーはともかくジムには行くと思います。その方が早く痩せたり、効率的筋肉をつけたりすることができると思うからです。家だと自重トレがメインになると思いますが、ジムに比べるとできることが限られるんですよね。筋肉への負荷もかけにくく効率性では劣るように思います

続ければ必ず痩せる

痩せるよう設計されたメニューをこなしてる限り必ず痩せる、というのが得られた最も大きな知見です。なんかトートロジーっぽいですが。

ダイエットを始めたころ、ボディービルダーの方が筋トレ解説をしているyoutubeチャンネルをよく見てたのですが、その方が「消費カロリー摂取カロリーを続けている以上、必ず痩せる」と断言されていて、その言葉が今回のダイエットの柱になりました。

脂肪を1kg減らすには7000kcalの消費が必要と言われており、消費>摂取で1日1000kcal減らすと1ヶ月で4kg、4ヶ月で16kg、すると私の場合62kgぐらいになりだいたい目標体重です。

その後、早い段階で糖質制限を取り入れると決めたため、指標としてのカロリー重要度は下がったのですが、4ヶ月は続けるという考えはここからまれものでした。

メニューテンプレ化すると続けられる

続ければ痩せることぐらい分かってるけど続けらんないんだよ! という方は多いと思います

個人的ポイントだったのは「不安最初にぬぐう」と「メニューテンプレ化する」のふたつです。

今回、ちゃんとしたダイエットが初ということもあって正しい方法が分からない、という不安はけっこう強かったです。本を読んでもネットを見ても本当に色々な方法が紹介されています。私はカロリー制限からスタートしたものの、摂取カロリー基礎代謝を下回ると筋肉を分解してアミノ酸として消費してしまうから糖質制限ダイエットの方がいいというような書き込みがあったり、逆に糖質制限ダイエットをやりすぎるとカタボリック状態になって筋肉エネルギーとして消費するから注意が必要という話があったりで様々でした(けっきょくダイエットをする以上、筋肉は落ちるという理解に落ち着きました。筋肉はつねに合成と分解を繰り返しており、分解を上回るように合成をしないと筋肉量は減ります。つまり痩せながら筋肉量を増やすのは無理で、ダイエット中にできるのはなるべく筋肉を落とさないように痩せるのが限界……という感じです。正しくなかったらすみません)。

なので調べるだけ調べて具体的な達成目標に置き換え、あとは逆に考えないようにして食事運動メニューを組みました。

具体的な達成目標というのは上述した1日の糖質摂取を50~100gにし、代わりにタンパク質を100~120gぐらい摂るといったアレです。

パッケージに書いてある成分表やカロリー計算サイトに載ってる情報を元に、朝昼夜ごとに3バリエーションずつぐらい食事メニューをもうけ、それを摂り続けることで前述の数字クリアしていきました。

糖質タンパク質を気にしながらメニュー毎日かんがえるとか無理ですけど、同じメニューをひたすら繰り返すだけなら出来ました。なんならスーパールートが楽になって買い物時間が減るまであります

朝はシーチキンを1缶使った卵焼きサラダ100gと豆乳200ml、昼はサラダチキンとサラダ100gと野菜ジュース200mlと豆乳200nlとか、夜はブロッコリー1房ゆでたやつにカレーと卵と豆乳200mlとかそんな感じです。

書き出してみると非常に質素メニューですね。食べられればオッケー派なので、このあたりのハードルは低かったです。白米が好きなのでそれを切らざるを得なかったのは辛かったですが、お茶碗1杯で糖質55gとか見るとンなこと言ってる場合じゃねえ! となりました。数字ベースで見るようになると優先順位を容易に変えられるのが良かったです。

間中もっともお世話になった食材はなんといっても大豆です。豆乳豆腐納豆、そしておから

糖質制限で困ったのはとにかくう○こが出なくなることでした。1週間近く出る気配がまったくないみたいなことになり、これはイカンと調べた結果、食物繊維を摂るのがイイらしいという情報を得ました。何を食べれば効率的に摂れるか検討した結果、おからが圧倒的に優秀でした。ただ単体では食べられないし、継続性を考えると手軽さが重要だったのでヨーグルトに混ぜて食べることにしました。これは大当たりで、すぐに問題解決につながりました。下す感じじゃなく固形ブツが出るのも良かったです。

ちなみにもし真似をしようという人がいたらヨーグルトはちみつの入った甘いやつにしてください。うっかりプレーンに混ぜたらこの世の地獄を見ることになります

あと豆乳は『のむ大豆』がおすすめです。200ml(コップ1杯)でタンパク質12gも摂れる豆乳は私の知る限りこれだけです。どろり濃厚なのどごしは人を選ぶかもしれません。

運動も、食事と同じようにメニューを決めて、それをひたすら繰り返しました。

運動食事以上に全く知識がなかったので、筋トレは大きい筋肉から鍛えるとか、複数筋肉を同時に鍛えるとか、筋肉48時間は休ませるとか、だいたいどの本でも言ってることは即メニューに取り入れました。

自重トレだったので、腕立て・腹筋・スクワットがメインでした(レッグカールとかレッグエクステンションとかバックエクステンションとかベンチディップスとかダンベフライとかもやりましたが)。

筋トレ動画を見ると、トレーナーの方は「いか筋肉を追い込むか」ということを力説してるような気がします。この感覚は長らく分からなかったんですが、SNSでも話題になったNHKの『みんなで筋肉体操』でも紹介されていたブルガリアスクワットをやったときになんとなく分かるようになった気がします。

下半身筋トレの日は『みんなで筋肉体操』のスクワットを3セットやってたんですが、3セット目になるとほんと脚がパンパンになってめちゃくちゃキツイ感じになったんですよね。でもなんかギリギリやれるみたいな塩梅で、「もう無理!」と言いながら「もう1回!」がギリ可能で、これが追い込んでる感じなのかなーと。違うかもしれませんが。

ジョギングもそうですが、この頑張りきった感じを体感できると、トレーニングに対する満足感が出るので、そういうメニューを組むのは心理的重要だと感じました。

あと上とは真逆かもしれませんが、「自分に甘える」ことは個人的重要でした。

疲れ切って帰ってくると今日はほんと何もする気ねー、筋トレジョギングもしたくないし、ブロッコリーだってゆがきたくねーということがけっこうあったんですよね。そういう日はただ歩くだけ、夜ごはんサラダチキンと豆乳野菜ジュースで済ませる、ということを許容しました。

とにかく1日でも途切れさせるとなんだかんだ言い訳つけて止めそうだという恐怖は常にあったんですよね。なのでとにかく毎日続けてるという状況をつくることを最優先しました。極論メニューは問わない。メニューはショボショボだけどダイエット継続中だと自分に言い張れるようにしました。

結果、150(120)日のダイエットを完走しました。

結果

1ヶ月毎の体重体脂肪の推移を記載します。

  • 0日め:78.5kg/23.6%
  • 30日め:73.7kg(-4.8kg)/20.5%(-3.1%
  • 60日め:71.3kg(-2.4kg)/18.3%(-2.2%)
  • 90日め:67.3kg(-4.0kg)/16.5%(-1.8%)
  • 120日め:64.2kg(-3.1kg)/13.7%(-2.8%)※ここで食事制限運動ともに停止
  • 150日め:61.8kg(-2.4kg)/12.7%(-1.0%)

一番がんばってたのは30~90日めだったんですけど、停滞期もあったので思ったほど痩せてません。思うに↘みたいには落ちないんですね。→→↓↓→→みたいな。停滞期が来ても知らん顔して継続することが大事だと思います

思うにダイエットが続いたのは

  • やる気があるうちに色々調べた

自分の中の情報量を爆発的に増やすのは大事だなーと思いました。色々調べまくった結果、最初の1ヶ月ぐらいは寝ても覚めてもダイエットのことばかり考えてました。情報量を増やすと同時にモチベも上がるので取り組むこと自体が楽しくなります

でもそのモチベは1ヶ月で切れました。

モチベが切れた後もやり続けられたのはメニューを組んであったからだと思います。何も考えずにただひたすら同じことをやり続けました。日々、微動だにしない体重計にストレスもありましたが、思考停止してやり続けました。

う○こが出ないといった解決すべき問題だけ調べて方策を練りました。むしろそういう時はモチベが上がりました。

どうしてもやりたくない時は極限までゆるいメニューで許容したのも良かったと思います。歩くだけ、サラダチキンかじるだけ、野菜ジュース飲むだけ。サボってしまうと自分との約束を破った、負けた、という気持ちになってずるずるいきそうだったので。

ダイエット毎日継続中という旗を掲げられるのは、続ける上で大きな意味があったと思います

感想

やれば出来るんだなー、というのが素直な感想です。

始めたのも必要に迫られてとかではなく、単に朝早く目が覚めて散歩する日がたまたま続いて、どうせ歩くならダイエットでもしてみるか、ぐらいの気持ちでした。もちろんたるんだ腹をなんとかしたいという気持ちは心の片隅にずっとありましたが、この機会にどうにかしてやろう! みたいな気合いはなかったです。というか無理だと思ってました。ゆるく始めたのが良かったかもしれません。

心残りは腹を割れなかったことです。調べていくと人間の腹筋は基本的割れていて、脂肪邪魔で見えないだけ、らしいです。なのでダイエットが終わるころには軽く割れてるかなと淡い期待を抱いていましたが、けっきょく全く割れてません。まだぷよぷよしてます12%程度じゃダメということですね。次回は筋トレがんばってシックスパック目指したいと思います(言うだけでやらないパターン)。

2018-12-08

荻上チキ反論はてサが絶賛してるけど正直微妙じゃね


例えば技能実習生は年齢が若いため

比較してる日本人の死亡率は若年層のもの

若年労働者労災死、若者の過労自死を「参考」にするなどです。

実習生の方も休みに遊びにいって事故死、とかも含まれてるので労災死だけと比較したらいかんでしょ

その手続きなく日本人全体と比較するのは不適切です

してましぇん

そもそも技能実習制度については、政府はずっと建前上、「日本技術を身につけてもらい、帰国後に各国で活躍していただく」もの説明しています。その制度で死者が出ること自体問題

技能実習生は不死者に限定するんか?

もろもろの条件で比較して、仮に日本人よりも死者が少ないという結果になったとして、それをどう解釈するか。死者を減らすための議論を、「比較作業によって矮小化することはあってはなりません

少なくとも今みたいに技能実習制度問題大ありという根拠に死亡者を持ち出すのは間違いってことになるよね

[]2018年12月7日金曜日増田

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5852032(0)

2018-12-07

今日も女は上方婚

どっちにしろ格上の男しか好きになれないのかよ

2018-10-02

2018-04-26

仮想通貨はやっぱり現物に限る

昨年の11月14日自分仮想通貨について書いた投稿があったことを思い出したので、あれから5ヶ月以上経過した現状を書いておく。

anond:20171114095526

まずは価格がどうなったか

ビットコイン(BTC)

2017年11月14日終値: 761,869円

2018年4月26日現在値: 973,000円

前の投稿から20万円ほど上昇している。

ビットコインキャッシュ(BCH)

2017年11月14日終値: 145,509円

2018年4月26日現在値: 148,000円

前の投稿から2,500円ほど上昇している。

ぱっと見BCHは全然上がってないように見えるけど、実は12月20日に最高値50万円まで上がり、4月6日に6.4万円まで下落して現在に至るわけだ。

もちろんBTCの方も上下があって12月7日に最高値240万円、2月6日に65万円になって現在に至る。

実際どちらも保有していて、最高値を付けた時は毎日含み益が10万円単位で増えていくのでニヤニヤしていたのだが、そこからの下落の日々は徐々に表情を失っていく感じだった。

現在では前の投稿の時よりも値段を上げているので比較的穏やかな日々を送っている。

3月からZaifコイン積立というものを始めた。

BTC、MONAXEM、ETHの4種類の通貨を、ドルコスト平均法毎日少しずつ購入していく積立で、各4種類を毎月1万円ずつ計4万円を定期預金感覚で積み立てている。

まだ初めて1ヶ月半だが、2周間ほど前からの上昇基調のおかげもあってか30%ほどの利益が出ている。

それらを合わせると投資の原資200万円に含み益を合わせて450万円ほどになっている。

高値を付けたあたりで一旦売って利益を確定していれば1000万円ほどにはなっていたのだが、税金を考えてしまって売ることができなかったのが唯一悔やまれる。

年始からの下げトレンドが上昇トレンドに変わってきた今、仮想通貨を買うのにかなり良いタイミングなので、銀行に置いてあるだけで当面使う予定のない金があるならぜひ仮想通貨を買ってみてはどうだろうか。

おすすめ国内取引所は以下の通り。

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bitbank:取引所形式なので販売形式のところよりも安く購入できる。

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2018-02-05

LJL参加チームおよび関係者に対するペナルティについて 2018/02/05

2017年12月7日藤田拓也氏(以下「藤田氏」という。)は、LJL2017参加チームRampageの所属選手であったDara選手が同チームのゲーミングハウス私物を取りに戻った際、同選手に対して「在留カードを渡さないと帰さない」等と申し向けて在留カードの提出を求め、同選手から新たな所属先での在留カード更新のためにカード必要である旨の説明を受けたにもかかわらず、数時間にわたって要求を続け、同選手から在留カードの提出を受けるに至り、その結果、Dara選手をして法令上の根拠なく一時的在留カード携帯義務違反の状況に陥らせました(LJL公式ルール10.2.10違反)。

さらに、藤田氏は、2017年12月から2018年1月にかけて、同じくRampageの所属選手であったTussle選手が、新たな所属であるUSGの選手として在留資格更新手続を行おうとした際、旧所属チームとして当然行うべき情報提供等の協力を拒絶し、さらにTussle選手に対して、在留カードがPentagramの所有物である、引き渡さなければ新規就労ビザの取得に悪影響が出る可能性があるといった虚偽の情報を与え、同選手在留カードを提出させ、その結果、同選手をして法令上の根拠なく一時的在留カード携帯義務違反の状況に陥らせました(LJL公式ルール10.2.10違反)。

2018-01-13

この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護) ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン Ludwig van Beethoven Beethoven.jpg 基本情報 別名 楽聖 生誕 1770年12月16日頃 出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン 死没 1827年3月26日(56歳没) オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン ジャンル 古典派音楽 活動期間 1792 - 1827 ベートーヴェンのサイン ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。 目次 [非表示] 1 生涯 2 作風 2.1 初期 2.2 中期 2.3 後期 3 後世の音楽家への影響と評価 4 芸術観 5 思想 6 人物 6.1 名前 6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー 7 死因また健康について 7.1 聴覚障害について 8 親族 9 弟子 10 代表作 10.1 交響曲(全9曲) 10.2 管弦楽曲 10.3 協奏曲、協奏的作品 10.4 室内楽曲 10.5 ピアノ曲 10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 10.7 宗教曲 10.8 歌曲 11 著作 12 伝記 13 脚注 14 参考文献 15 関連項目 16 外部リンク 16.1 録音ファイル 16.2 伝記 生涯 ベートーヴェン(1803年) 1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。 1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。 1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。 20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。 1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。 40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。 1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。 作風 初期 作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。 中期 1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。 中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。 これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。 後期 1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。 後世の音楽家への影響と評価 ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。 ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。 中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。 一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。 芸術観 同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。 ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。 思想 ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。 また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。 政治思想的には自由主義者であり、リベラル進歩的政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。 その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。 人物 身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。 基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。 当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。 潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。 性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。 師ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。 パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。 テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。 交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。 聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。 死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。 これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。 メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。 彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。 パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。 コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。 名前 原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。 日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。 姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。 vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。 偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。 ベートーヴェンフリーメイソンリー 詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照 死因また健康について 慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。 ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。 1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。 聴覚障害について 難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。 耳硬化症説 伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。 又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。 先天性梅毒説 「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。 鉛中毒説 上載の死因また健康についてを参照。 メッテルニヒ政権説 ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。 有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。 デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。 完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。 親族 祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版) フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。 祖母:マリア・ヨゼファ 父:ヨハン 母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。 弟:カスパール・アントンカール 甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。 弟:ニコラウス・ヨーハン 同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。 弟カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。 弟子 カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。 フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。 ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。 ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。 アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。 代表作 詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照 交響曲(全9曲) 第1番 ハ長調 op.21 第2番 ニ長調 op.36 第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13] 第4番 変ロ長調 op.60 第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13] 第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12] 第7番 イ長調 op.92 第8番 ヘ長調 op.93 第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13] 管弦楽曲 『レオノーレ』序曲第1番 op.138 『レオノーレ』序曲第3番 op.72b 序曲『コリオラン』ハ短調 op.62 交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91 『命名祝日』序曲 op.115 『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113 『献堂式』序曲 ハ長調op.124 協奏曲、協奏的作品 ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12] ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61 ロマンス第1番 ト長調 op.40 ロマンス第2番 ヘ長調 op.50 三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56 合唱幻想曲 ハ短調 op.80 室内楽曲 弦楽四重奏曲(全16曲) 第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1 第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2 第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3 第10番 変ホ長調(ハープ) op.74 第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95 第12番 変ホ長調 op.127 第13番 変ロ長調 op.130 大フーガ 変ロ長調 op.133 第14番 嬰ハ短調 op.131 第15番 イ短調 op.132 第16番 ヘ長調 op.135 弦楽五重奏曲 (全3曲) ヴァイオリンソナタ(全10曲) 第5番 ヘ長調 『春』 op.24 第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47 チェロソナタ(全5曲) ピアノ三重奏曲(全7曲) 第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1 第7番 変ロ長調『大公』 op.97 その他の室内楽曲 ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17 六重奏曲 op.81b 七重奏曲 変ホ長調 op.20 管楽八重奏曲 op.103 ピアノ曲 ピアノソナタ(全32曲)   第8番 ハ短調『悲愴』 op.13 第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13] 第15番 ニ長調 『田園』 第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2 第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53 第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13] 第26番 変ホ長調『告別』 op.81a 第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106 第30番 ホ長調 op.109 第31番 変イ長調 op.110 第32番 ハ短調 op.111 その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等) 創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34 創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35 『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78 『ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79 創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80 創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76 ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120 アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57 幻想曲 op.77 ポロネーズ ハ長調 op.89 7つのバガテル op.33 11の新しいバガテル op.119 6つのバガテル op.126 バガテル『エリーゼのために』 WoO.59 本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 歌劇『フィデリオ』 op.72c 劇付随音楽『エグモント』op.84 劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113 バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43 オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85 カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112 別れの歌 皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87 宗教曲 ミサ曲 ハ長調 op.86 ミサ・ソレムニス ニ長調 [12]  修道僧の歌 歌曲 アデライーデ op.46 汝を愛す 鶉の鳴き声 新しい愛、新しい生 口づけ 追憶 懺悔の歌 モルモット(旅芸人) 連作歌曲集『遥かなる恋人に寄す』 op.98 曇りのち、快晴 著作 『ベートホーヴェンの手紙』 外山楢夫訳、新しき村出版部、1926年。 『ベートーヷンの手紙』 中西武夫訳、啓明社、1928年。 『ベートーヷン書翰集』 中西武夫訳、啓明社、1930年。 『ベートーヴェンの手紙』第1編、鈴木賢之進訳、音楽世界社〈楽聖書簡叢書〉、1936年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫 2579-2581〉、1940年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎選訳、岩波書店岩波文庫〉、1950年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫〉、1957年、改訂増補版。 - 附:

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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

Ludwig van Beethoven

Beethoven.jpg

基本情報

別名 楽聖

生誕 1770年12月16日

出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン

死没 1827年3月26日(56歳没)

オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン

ジャンル 古典派音楽

活動期間 1792 - 1827

ベートーヴェンのサイン

ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。

目次 [非表示]

1 生涯

2 作風

2.1 初期

2.2 中期

2.3 後期

3 後世の音楽家への影響と評価

4 芸術観

5 思想

6 人物

6.1 名前

6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー

7 死因また健康について

7.1 聴覚障害について

8 親族

9 弟子

10 代表作

10.1 交響曲(全9曲)

10.2 管弦楽曲

10.3 協奏曲、協奏的作品

10.4 室内楽曲

10.5 ピアノ曲

10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

10.7 宗教曲

10.8 歌曲

11 著作

12 伝記

13 脚注

14 参考文献

15 関連項目

16 外部リンク

16.1 録音ファイル

16.2 伝記

生涯

ベートーヴェン(1803年)

1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。

1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。

1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。

20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。

1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。

40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。

1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。

作風

初期

作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。

中期

1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。

中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。

これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。

後期

1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。

後世の音楽家への影響と評価

ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。

ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。

中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。

一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。

芸術観

同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。

ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。

思想

ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。

また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。

政治思想的には自由主義者であり、リベラルで進歩的な政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。

その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。

人物

身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。

基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。

当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。

潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。

性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。

ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。

パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。

テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。

交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。

聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。

死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。

これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。

メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。

彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。

パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。

コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。

名前

原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。

日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。

姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。

vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。

偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。

ベートーヴェンフリーメイソンリー

詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照

死因また健康について

慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。

ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。

1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。

聴覚障害について

難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。

耳硬化症説

伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。

又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。

先天性梅毒説

「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。

鉛中毒説

上載の死因また健康についてを参照。

メッテルニヒ政権説

ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。

有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。

デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。

完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。

親族

祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版)

フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。

祖母:マリア・ヨゼファ

父:ヨハン

母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。

弟:カスパール・アントンカール

甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。

弟:ニコラウス・ヨーハン

同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。

カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。

弟子

カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。

フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。

ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。

ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。

アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。

代表作

詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照

交響曲(全9曲)

第1番 ハ長調 op.21

第2番 ニ長調 op.36

第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13]

第4番 変ロ長調 op.60

第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13]

第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12]

第7番 イ長調 op.92

第8番 ヘ長調 op.93

第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13]

管弦楽曲

『レオノーレ』序曲第1番 op.138

『レオノーレ』序曲第3番 op.72b

序曲『コリオラン』ハ短調 op.62

交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91

『命名祝日』序曲 op.115

『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113

『献堂式』序曲 ハ長調op.124

協奏曲、協奏的作品

ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12]

ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61

ロマンス第1番 ト長調 op.40

ロマンス第2番 ヘ長調 op.50

三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56

合唱幻想曲 ハ短調 op.80

室内楽曲

弦楽四重奏曲(全16曲)

第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1

第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2

第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3

第10番 変ホ長調(ハープ) op.74

第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95

第12番 変ホ長調 op.127

第13番 変ロ長調 op.130

大フーガ 変ロ長調 op.133

第14番 嬰ハ短調 op.131

第15番 イ短調 op.132

第16番 ヘ長調 op.135

弦楽五重奏曲 (全3曲)

ヴァイオリンソナタ(全10曲)

第5番 ヘ長調 『春』 op.24

第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47

チェロソナタ(全5曲)

ピアノ三重奏曲(全7曲)

第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1

第7番 変ロ長調『大公』 op.97

その他の室内楽曲

ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17

六重奏曲 op.81b

七重奏曲 変ホ長調 op.20

管楽八重奏曲 op.103

ピアノ曲

ピアノソナタ(全32曲)  

第8番 ハ短調『悲愴』 op.13

第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13]

第15番 ニ長調 『田園』

第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2

第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53

第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13]

第26番 変ホ長調『告別』 op.81a

第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106

第30番 ホ長調 op.109

第31番 変イ長調 op.110

第32番 ハ短調 op.111

その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等)

創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34

創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35

『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78

ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79

創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80

創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76

ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120

アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57

幻想曲 op.77

ポロネーズ ハ長調 op.89

7つのバガテル op.33

11の新しいバガテル op.119

6つのバガテル op.126

バガテル『エリーゼのために』 WoO.59

本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。

オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

歌劇『フィデリオ』 op.72c

劇付随音楽『エグモント』op.84

劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113

バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43

オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85

カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112

別れの歌

皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87

宗教曲

ミサ曲 ハ長調 op.86

ミサ・ソレムニス ニ長調 [12] 

修道僧の歌

歌曲

アデライーデ op.46

汝を愛す

鶉の鳴き声

新しい愛、新しい生

口づけ

追憶

懺悔の歌

モルモット Permalink | 記事への反応(1) | 03:05

2017-12-08

昨日の話

昨日、つまり2017年12月7日の事だけど、1週間前に録画したドラマを見ながら、もし放送日にこれを見ていれば、その2日後にちょうど3年ぶりに偶然再開した昔の恋人との会話は、ドラマの話で盛り上がったに違いなく、再縁ののち、1年後には結婚でもしてたかも知れないな、なんて15年前の思春期自分が良くしていたような都合の良い妄想をしてるうちに、10日後に控えた祖父の4回忌の法事に着ていくスーツクリーニングが一昨日仕上がってることを思い出して、閉店に間に合うように自転車で急いで向かったら、運悪く道路の段差転んで全治2週間のけがを負ってしまった。

問題:俺がストロングゼロを飲んだのはいつか?

2017-03-06

「〜み」用例Twitter漁り

「ねむみ」

2007年9月24日

ねむみー。。。

2007年12月14日

満足感満点ながら眠みは倍増なお昼下がり。

2008年6月7日

そろそろねむみ

2008年10月28日

ねむみ。はらへり。

2009年1月14日

ごはんたべたらねむみ

「やばみ」

2009年12月7日

よぅ見たらこDVD付きや!やばみ~(やばいの意)

2009年12月17日

Tシャツがどれも可愛すぎる!やばみ!!

2009年12月26日

睡魔がやばみ。

2010年1月12日

ウニやばみ。

「ねむたみ」

2010年4月11日

ねむたみ

2010年6月22日

「痛い」→「痛さ」「痛み」となるのに、「眠たい」には「眠たさ」しかないのは何故?「眠たみ」、もしくは「眠み」ってあっても良さそうなのに。

2010年6月26日

急激にねむたみが!寝たらとっても幸せだろうけど寝たくない!

2010年6月27日

眠たみ……眠民……魚民みたいに眠民……

「つらみ」

2010年6月22日

アッ どっちも分かんなかったつらみ

2010年6月25日

寝ようとした瞬間にゴキブリ死体見つけるとかさぁまじやめてくんないつらみ

2010年6月25日

頭痛いwwwwwwwwほんとwwwwwwwwwwwwつらみwwwww

「良さみ」

2011年5月30日

Twitter アカウント、ないほうが良さみ

2012年4月19日

その良さみ何故誰も気がつかない・・・!何故わからん!

2012年5月9日

実名批判されているのはよく知った二人だ。どうでも良さみがやばいけど。

2012年9月20日

○○さんのつらみの二乗がぼくの気分良さみになります

2012年10月3日

ありがたみとか面白みとかカッコ良さみとか幸せみとか好きみとかの方向で

ミ語法 - Wikipedia

https://www.princeton.edu/pjpf/2008proPDF/8%20Fujii_PJPF08.pdf

「つらみ」の分析 - それより牛丼の話しようぜ!

2016-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20161206224835

ジョンレノンハッピークリスマス」を街中で聴く回数が、近年減ってる気がする。

毎年「初ハッピークリスマス観測日をなんとなく記憶してるんだけど、

2010年11月23日もっとも速い観測日、昨年は12月7日だった。

今年は未だ、ジョンの命日に間に合わないのは2012年以来2度め。

2015-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20151207234538

そりゃ説明はね、判りやすいほうが良いよ。

さらに、可能な限り各方面配慮する方がもっと良い。

論文スカートは短い方が良いが、大事なところはカバーされている必要がある

を壁に貼ってはいけない。今はね。(昔より良くなっているとは思う)

ただ、わかりやす説明と、わかるまでボーッとしてるのは違うよね。

わかりやす説明をする人

説明はわかりやすい方が良いよね。

エレベータートークみたいなのとか、偉い人へのプレゼンとか、わかりやすい方が伝わるから

これは「説明する側の話」だね。

わかるまでボーッとしてる人

プレゼンを受ける偉い人だったり、商品を選ぶ消費者なら、ボーッとしてれば良い。

なぜなら、売り込むのは、売り子さんのお仕事から

これは「説明を受ける側の話」だね。

理解しなければならないのに、ボーッとしている

たぶん元増田が気にしているのは、このカテゴリの人じゃないかな。

  1. わかりやす説明をする人→売り込む人
  2. わかるまでボーッとしてる人→売り込まれる人
  3. 理解しなければならない人→何かを理解する必要がある人

「ボク説明をする人、キミ説明を受ける人」だけなら世界平和で「説明が難しいのは説明者の甘え」で済むよね。

でも実際には、「コレは理解しないといけない」状況が、世の中にはある。生きてればまあチョクチョクあるよね。

そういう人は、ググったりとか、調べたりとか、理解しようとする行動が必要だよね。

でも、なんというか「口を開けてればエサを持ってきてくれる」状況に慣れてると、しないんだよね。

というのは、ネットではチョクチョク観る。実店舗にもチョクチョクいらっしゃる

ネットだと、リンク先に飛ばなかったり、ほんのちょっとでもググったりしない。

純真な目をした人が退職金を握りしめて証券会社に向かうのを観るのは、

ブコメ」と「理解したい人」とは違うから、そこは注意ね

蛇足だけど、ブコメは瞬発力のスプリンター枠だからちょっとそこは置いとこう。

はてなブックマーク - 鉄道各社が導入へ「必ず座れる電車」|日テレNEWS24とかのブコメのことね。

利用者からみるとアサッテなコメントがたくさんスター集めてるんだけど、これはニュースだけでブコメするから

2015年12月7日に運行開始したモーニングウィング号は「平日朝方ラッシュ時」の電車で、

「平日夕方ラッシュ時」の京急ウィング号は、1992年(23年前!)から運行してる電車で、

Wing Ticket確認・入鋏のため、品川駅では1編成のうち2つのドアのみ非常コックを使用して手動で開閉している。Wing Ticketには乗車位置として「前4両」もしくは「後4両」が記載され、前者の場合は前から4両目、後者場合最後尾の車両後方のドアから着席整理券を係員に提示・入鋏して貰い乗車する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E6%80%A5%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%8F%B7

なんて運用の蓄積もあって、「理解できない」とか「やらかしそうな予感」とかは、まあ根拠の無い誹謗中傷の類かな。

たーだー、これはブコメ特有の「記事しか読まずにコメントするから」なので、はてブはコレで良いのよ。

「このニュース理解したい」と思った人が、ググらずにブコメと同じ結論になるのは、問題だけど。

ニュースの書き方が悪い!」と、はてブの「説明を受ける人」なら言って良いワケなのよ。

世の中怖いよね

「わかりやす説明できる人が優秀」と「説明を受ける人はワガママで良い」は、両立するよね。

理解したいなら、わかりにくくても調べる必要がある」も矛盾しないんだけどね。

「わかりやす説明できる人が、正しい」ってなりがちだよね。

自分の期待したことを、わかりやす説明できる人が、正しい上に優秀」ってなりがちなんだよね。

(人柄とは無関係に)人当たりが良くて、(真偽とは無関係に)わかりやす説明で、信じてもらえるんだよね。

世の中、怖い話ばっかりだね。

おおMukkeよ、こもってしまうとはさみしい

b.hatena.ne.jp/Mukke/

d.hatena.ne.jp/Mukke/

はてなアイドルid:Mukkeさんがおこもりになられてから早数日。

どうしてMukkeさんはこもられてしまわれたのかを推理力: 毛利小五郎の私が本気で推理

事件の経緯

2015年12月6日? Mukkeさんおこもり事変(はてなダイアリーブックマークプライベートモードに)

2015年12月6日 増田が騒ぐ http://anond.hatelabo.jp/20151206091619

2015年12月7日 裸踊りの期待が高まる http://abyss.hatenablog.jp/entry/2015/12/06/211042

仮説1 

親バレ身内バレ説

問題点 

実妹にはもうバレているとかおっしゃっていた気がするのですが、このあたりどうでした?

仮説2 

id:houyhnhm「Mukkeの性癖」 http://abyss.hatenablog.jp/entry/2015/08/04/150151

問題点 

この話題からおこもりまでの4ヵ月近いブランクが謎

仮説3 

id:bogus-simotukare「Mukkeはわしらが潰した」 http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20151204#c

問題点 

言っているのがこの二人という点でお察しください(終了)

この二人が言及している謎のたれ込み?(嘘くさいのでリンク自粛からおこもりまで1年近く経過していることが謎

仮説4 

はてなハイクの謎の書き込み http://h.hatena.ne.jp/Mukke/

ハイクはまだ生きているのでここ数日の書き込みを見てみると気になる内容が

Mukke

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返信先露井有悟 「非表示」ではなく「コメント返しをしない」の方が良いだろうか。この辺はおいおい考えていく予定。

by 露井有悟 2015/11/29 18:45:06 from web 返信 展開

Mukke

はてなダイアリー Add Starkanosep_shirokumayasugoro_2012hoozuki37

返信先露井有悟 もちろん今まで通り,

はてなID保持者(継続してるユーザ

・自前のサイトブログを持ってる人

・一貫したハンドルで色んなところに書き込んでる人

typo事実誤認淡々と指摘するだけのコメント

基本的に表示します。流石に最近書き込みが串通した捨てハンの長文書き込みばっかりだったのはこたえるわ……

by 露井有悟 2015/11/28 19:20:32 from web 返信 展開

Mukke

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返信先露井有悟 とりま黒木ルール準拠」って書いといた。次からはこれに沿わない匿名コメント非表示します。

by 露井有悟 2015/11/28 19:17:02 from web 返信 Mukke Mukke 展開

Mukke

艦これ Add Star

返信先九六 早くそれを薄い本にする作業に戻るんだ!

by 露井有悟 2015/11/28 19:16:51 from web 返信 展開

Mukke

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串通した捨てハンでのコメントはもう(typo指摘とかを除いて)全削除でいいかもしれない……

by 露井有悟 2015/11/28 16:00:01 from web 返信 Mukke

ここにあるように串刺し長文の書き込み辟易して黒木ルール導入をブログに明記したと書いていたのがおこもりの数日前

そしておこもりまでのブランクが一番短い

はてダ書き込みがおこもりの原因なのか?

問題点

はてダが閉鎖されているため、どの書き込みが発端か確認できない

GoogleキャッシュInternet Archive両方におこもり直前の記録はないので、いったいどういうやり取りがあったのか確認不可能

Mukkeさんは「黒木ルールに従わないコメントは表示しない」と宣言しているので、ブログに表示されていない書き込みもあるかもしれない

そもそも、はてダと一緒にはてブまで非表示した理由がよく分からない

この中ですと仮説4が一番正解に近いように思うのですがどんなものでしょうか。

薄い本で忙しい」だけかもしれませんが。

2013-12-29

LLF』と『果実』を比較検証する(1)

はじめに

中村あきの星海社FICTIONS新人賞を受賞したデビュー作『ロジック・ロック・フェスティバル』が、古野まほろメフィスト賞を受賞したデビュー作『天帝のはしたなき果実』と類似していると指摘され一部で話題になっている。『ロジック・ロック・フェスティバル』に続いて『天帝のはしたなき果実』を読了したので、前回(http://anond.hatelabo.jp/20131221141558)に続いて比較検証していきたいと思う。ちなみに私が読んだのは講談社ノベルス版(通称「旧訳」)である古野まほろとしては全面改稿した幻冬舎文庫版(通称「新訳」)を決定稿としたいようだが、諸事情から旧訳を参考とした。以下の比較検証おいて新訳では違ってくる部分があることをあらかじめ了承いただきたい。

古野まほろの指摘

12月7日Twitter於いて古野まほろが「関係性の説明」をした。それは大きく分けて【学校の設定】【死体発見時の言動等】【推理合戦】の3点である。今回はその中から死体発見時の言動等】について検証していきたい。古野まほろが挙げた「同一性」は以下の通りである

死体発見時の言動等】

被害者は、「世界史倫理担当の教師である

被害者の特徴は、理不尽質問悪態である

被害者は、成年男性1人である

被害者は、クローズドな施設において殺されている

発見者は生徒である

警察への通報を拒否する生徒が現れる

警察への通報を拒否する理由は、高校生として「重要イベント」のためである

警察通報すべきだ、と反対意見を述べる生徒が現れる

・結果、その場にいる生徒による、多数決が行われる

警察通報しないことを、倫理的糾弾する生徒が現れる

通報するかどうかの多数決が、可否同数になる

最後の一票により、イベントを優先して通報しないことが決まる

・生徒たちによる、実況見分等の捜査が行われる

現場に留まるのは危険、との判断から、無人の室に移動する


1つ1つの要素の問題ではありません(要素で見ても厳しいかな、とは思いますが・・・)。私が問題にしているのは、これらすべての要素の「組合せ」です。このような「組合せ」が、まったく別個の作家により、偶然に案出される可能性は、ゼロです。死体発見時の言動等もまた「同一性」の問題です。

被害者は、「世界史倫理担当の教師である

古野まほろ(作者)は「死体発見時の言動等」と銘打っているが、前半は被害者の特徴についてである。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、メインとなる密室殺人事件被害者となるのは「灘瀬朝臣(なだせあそん)」である。灘瀬について記述してある部分を引用したい。

ねちねちとした口調、ねめつけるような視線、四十代半ばにして既に注意信号の頭髪、加えて誰が言い出したかセクハラ疑惑まで併せ持った社会科担当教諭、灘瀬――なんとか。失礼、フルネームは存じ上げない。専門も世界史だったか倫理だったか


ロジック・ロック・フェスティバル

灘瀬朝臣社会科担当教諭であり、専門が世界史なのか倫理なのかは本文中で特定されていない。高校世界史を教えるのに必要なのは高等学校教諭一種免許状地理歴史)」であり、倫理を教えるのに必要なのは高等学校教諭一種免許状公民)」だ。それぞれ別ではあるが、実際は両方を取得しどちらも教えるというケースが多い。

天帝のはしたなき果実』におい殺人事件は何度か起こるが、メインとなる首無し殺人事件被害者となったのは「瀬尾兵太(せおひょうた)」である。瀬尾兵太は世界史担当教諭である。本文中に世界史以外の社会科科目を教えているとの記述はない。

黄昏音楽室に入ってきたのは、我が県立勁草館高等学校世界史の教師を勤めるとともに、同校吹奏楽部顧問に任じる瀬尾兵太だ。


天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、23

「要素」で判断する限りは「社会科担当教諭(専門は世界史倫理か不明)」と「世界史担当教諭」を「同一性」と表現するのは厳密な意味おいては正確ではない。だが、少なくとも数学英語のように全く関係がない教科ではなく、非常に類似している「要素」であるといえる。

被害者の特徴は、理不尽質問悪態である

ロジック・ロック・フェスティバル』において、被害者(灘瀬朝臣)の特徴が「理不尽質問悪態であることは、さきほど引用した文のすぐ後に書かれている。特筆すべきなのは、実際に灘瀬朝臣が生徒に理不尽質問をしたり、答えられない生徒に悪態をつくような場面が一切登場しないことだ。設定として生徒に恨まれる理由があることを示す以上のものはない。

根も葉もない噂には同情を禁じ得ないけれど、彼を生理的に受け付けない生徒は多そうだ。授業も理不尽質問を当てるし、答えられない生徒には悪態もつく。


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、被害者(瀬尾兵太)の特徴が「理不尽質問悪態」と断言していいものかは迷う。『ロジック・ロック・フェスティバル』の灘瀬朝臣がただの記号として描かれているのに対し、瀬尾兵太ははるかに血の通ったキャラクターで、特徴として挙げるべき点が複数あるからだ。主人公たちの所属する吹奏楽部OBであるとか、東京帝大法学部出身であるとか、胸に大きな緑色宝石を付けているとか、語学の達人であるとか……。

そこで、まずは「理不尽質問悪態」に該当しそうな部分を探してみることにする。第一章から瀬尾兵太が生徒に質問するシーンを抜粋したのが以下だ。

p、って何だ」

「『弱く演奏する部分に付いた強弱記号』」

阿呆(ドゥラーク)かお前! 確かにfは『強く』でもいいが、pは『静かに』。(後略)


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、34頁)

「あと峰葉、お前は腕立て二セット追加だ――理由は?」

「歌口(マウスピース)を押さえすぎるから、です」

「唇に歌口(マッピ)の跡が付きすぎて興を削ぐな。何でそうなるんだ?」

右手の小指を深く引っかけて持っているからです」

「それは何でだ?」

ペット左手だけで支えられていないからです」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、36頁)

(前略)音がボケてる。どうしてだ?」

「舌遣い(タンギング)が柔かすぎたからでしょうか(はふう、想定の範囲内)」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、37頁)

瀬尾兵太が吹奏楽部の録音を聴いて指導する場面である。「理不尽」かどうかは判断が分かれるところだが、「質問」をすることによって生徒にどこがよくなかったのか自ら考えさせるのが瀬尾兵太のやり方のようだ。そして適切な答えを返せなかった生徒には、「阿呆かお前!」と悪態をついている。「悪態」については具体的にその言葉が出てくる箇所がある。

「まずは誰も口論当事者だって名乗りでてこないからです。瀬尾先生悪態というか音楽に関しての辛辣かつストレートな要求は今に始まったことじゃありません。誰だって何度もボコボコにされてます


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、582頁)

この発言をした登場人物は瀬尾の言動は「悪態」そのものではなく、「悪態」と表現してもいいような「音楽に関しての辛辣かつストレートな要求」と認識しているようだ。

被害者は、成年男性1人である

これまでに記述したとおりメインとなる殺人事件比較した場合、『ロジック・ロック・フェスティバル』も『天帝のはしたなき果実』も「被害者は、成年男性1人」で間違いない。しかし『ロジック・ロック・フェスティバル』は日常の謎を解く場面がいくつかあったのち、メインとなる密室殺人事件が描かれるのに対し、『天帝のはしたなき果実』は連続殺人事件を扱っている。その被害者男子生徒、女子生徒、教師(これが「成年男性1人」に当たる)である。つまり、メインとなる事件だけを比較対象にした場合同一性」に該当するが、比較対象を物語全体に敷衍した場合同一性」には該当しないことになる。

被害者は、クローズドな施設において殺されている

クローズドな施設」という表現が、含みを持たせている。ミステリーおいては「密室」と「クローズドサークル」というふたつの閉鎖状況がある。『ロジック・ロック・フェスティバル』において描かれるのは密室殺人事件だ。文化祭開催期間中に、密室となった社会科研究室死体発見される。

「……密室

 ぼそりと言ったりり子の言葉に僕は哀しいかな反応してしまう。

 僕らが入ってきたドアは確かに鍵が掛かっていた。もう一方のドアは元よりガムテープでがちがちに封鎖されて閉め切りになっており、出入り口としての役目を完全に放棄させられている。四つある窓全てにしっかり施錠されているのが確認できるし、廊下側の壁の上部・下部にそれぞれ設けられた換気用の小窓もご丁寧に施錠がなされていた。

 現場は完全なる密室だと認めざるを得ない。


ロジック・ロック・フェスティバル

高校敷地建物文化祭期間中で一般にも広く開放されているので「クローズドサークル」ではない。しかし、社会科研究室を含む四階は、唯一の階段ふたりバスケットボール部員によって監視されている。

はい、そうみたいでした。なのであたし、立ち聞きする気はなかったんですが、会話の内容が耳に入ってしまったんです。彼女たちはこう言ってましたよね、『私たちがいる間にここを通ったのは、会長副会長、あと実行補佐の四人で全部です』って」


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、メインとなる首無し殺人事件が起こるのは、アンサンブルコンテスト大会が行われている姫山市文化会館の第7楽屋である。この第7楽屋には死体発見時に鍵が掛けられていたが、オートロック式で関係者が鍵を持っていたこともあり「密室」とは呼べない。

ここの楽屋オートロック式で、カードキィを持っていなければ開かない代わりに、内側からは鍵もチェーンも掛けられない珍しい扉になっています(朝のミーティングとき瀬尾がいいましたね)。


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、648頁)

姫山市文化会館は一般に広く開放されている公共施設であるので「クローズドサークル」ではない。しかし、楽屋を含むエリア関係者以外立ち入り禁止となっている。

「非公開区域にはリボンないと入れへんし、第7楽屋のドアは専用のカードキィないと入れへんで、念のため。借りたら記録残るし」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、626頁)

鷹松学園も姫山市文化会館も一般に広く開放されている。しかし「クローズドな施設」という含みを持った表現をすれば、どちらの作品も外部との出入りが制限される場所死体発見されており、当てはまることになる。

発見者は生徒である

ここから死体発見時の状況になる。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、被害者(灘瀬朝臣)の死体発見するのは、主人公中村あき)、山手線太郎、鋸りりこ、万亀千鶴生徒会長(衿井雪)、副会長(成宮鳴海)の6人である

 四階に辿り着くと、そこにはなんと会長までもが参席していた。

「鍵、持ってきてくれたか! 早く、嫌な予感がする」

 既に事態も把握しているようだ。

はい、これ、マスターキーです」

 走り寄って僕がポケットから鍵を取り出すと、会長が引っつかむようにしてさっさと鍵穴へ差し込んだ。

 かちり、と確かに鍵の外れる音。

 社会科研究室の扉が開くと、中から冷気が溢れ出した。エアコンがかけっ放しらしい。何か異様な雰囲気と共に、確かな臭気がその中に感じ取れた。

「うっ……なに、この臭い

 千鶴が鼻を押さえる。

「――灘瀬先生、いらっしゃいますか?」

 呼び掛けながら室内に足を踏み入れる会長。僕がその後に続いた。

 研究室入り口付近左手にすぐ壁、そして右手本棚といった配置である。そのため本棚が途切れたところで、ようやく部屋の全容が見渡せた。

 目に飛び込んでくるのは痛いほど鮮かで、残酷な色彩。

 一面の赤色

 血の海。

 赤の海。

 そこに沈む、ぐにゃりとした男の体。

 深紅に溺れる、こと切れた灘瀬がそこにいた。


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、被害者(瀬尾兵太)の死体発見するのは、主人公古野まほろ)、峰葉詩織の2人である

 うひゃあ! 前を歩いていた瓶緑色ボトルグリーン)のブレザー着た集団も飛び上がった。彼女はず、ずいと第7楽屋の前に立つ。「キィは?」

「こちらです」

 ピ、と脳天気電子音とともに若草色(リーフグリーン)のランプが灯る。彼女は目を伏せがちにいった。

「こんどは檸檬、買ってくるのよ。古野君の勝――」

 彼女の声が思いっきり完全休止(ゲネラルパウゼ)する。

 次いで教科書どおりの、深々とした、背筋の伸びた息継ぎ(ブレス)。

「僕の、か?」

 彼女の凍てついた顔を、僕は忘れない。陸奥みちのく)の安達ケ原の姫山に、鬼籠もれりというは真実まこと)か――

 そこには、嵌め殺しの机にもたれ、ドアに背を向ける形で、瀬尾だった物体があった。

 肩からうえには、首がなく。

 それは、避けられない宿業のようだった。


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、648~649頁)

上記に引用したとおり、『ロジック・ロック・フェスティバル』も『天帝のはしたなき果実』も「発見者が生徒である」ことは間違いない。付け加えるならどちらの作品も「死体発見者が主人公を含む集団である」と言っていいだろう。また主人公自身が鍵を開けるのではなく、別の人物に促されて主人公が鍵を渡す点も共通点と言える。

警察への通報を拒否する生徒が現れる/警察への通報を拒否する理由は、高校生として「重要イベント」のためである

ここからは、死体発見したもの警察通報しないという判断をするシーンである。上記ふたつについて引用部分が同じなので同時に検証する。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、通報を拒否する生徒は生徒会長(衿井雪)である。その理由は自身が実行委員長として力を注いできた文化祭最後まで終わらせたいというものである

 その時だった。

 会長がすっとみんなを置き去りにするように入り口の方に向かった。そして直後、社会科研究室の扉がぴしゃりと閉じられる音が響いたのだ。

会長……?」

 不審に思い、僕も一度灘瀬の遺体から離れ、一同の輪の方へ戻ることにする。

 そこから入り口を見ると、なんと会長は信じられないことに扉を背にしてその場で膝を折り、こちらに向かって土下座をしていたのだ。

 それだけではない。とんでもない発議がその口からなされた。

「……頼む! 文化祭が終わるまで通報を待ってくれないか

 それは誰もが理解に時間を要するほどの突飛な提案だった。

「な、何を言って……」

 ようやくどうにかして言葉を発した副会長を遮って、会長は哀願するように続けた。

「分かっているんだ、これは普通の思考じゃない……異常だ、狂ってる……そんな風に思うかもしれない……それでも! それでも私は自らの全てを鷹松祭に注ぎ込んできた……実行委員長として私にはこの祭を完成させる義務がある。それだけは誰にも邪魔させない。じきに一般公開も終わる。そこから簡単な片付けがあって後夜祭、ファイアーストーム、そしてグランドフィナーレ――鷹松祭が終了を迎えるまで残り約三時間、あとたったそれだけなんだ!」会長は喘ぐように息を継いだ。「――今一度、三顧の礼を尽くして懇望する。鷹松祭の終了まで示し合わせて黙っていてはくれないだろうか」

 総員、言葉を失ってしまった。


ロジック・ロック・フェスティバル

天帝のはしたなき果実』において、最初通報を拒否する生徒は主人公古野まほろである。その理由はすでに演奏が終わったアンサンブルコンテスト大会の結果が聞きたいというものである

差し当たり重要なことは」一馬が厳かに口火を切った。「ひとつしかないわ。通報沈黙か。それが設問よ(ザットイズザクエスチョン)」

「僕は沈黙派だよ」と僕。

(中略)

「今通報すれば、会場は大混乱、大会どころじゃなくなる。あれだけの演奏ができたのは瀬尾のお陰だし、客観的にもその評価を得るのが供養だと思う」


(『天帝のはしたなき果実』講談社ノベルス版、530頁)

どちらの作品も警察への通報を拒否する生徒が現れ、その理由は、高校生として「重要イベント」のためであるのに間違いない。

2012-01-03

訳してみた。

http://www.youtube.com/watch?v=Xxh-sS8Qoco&feature=player_embedded

1911年12月14日 ロアール・アムンセン、南極点に到着。

1912年4月14日 タイタニック号沈没

1913年 フォード、流れ作業方式を導入

1914年6月28日 サラエボ暗殺事件から第一次世界大戦勃発

1915年4月22日~1915年5月25日 初めて毒ガス使用

1916年2月16日1916年12月20日 ベルダンの戦い

1917年11月7日 ロシアで10月革命

1918年11月11日 第一次世界大戦終結

1918年11月9日 ヴァイマル共和制の樹立を宣言

1919年1月5日~10日 スペイン風邪の流行が頂点

1920年12月16日 寧夏、海原地震

1921年11月9日 アルベルト・アインシュタイン ノーベル物理学賞受賞

1922年10月27日~31日 ベニート・ムッソリーニローマ進軍

1923年 ドイツでハイパーインフレ

1924年1月21日 レーニン死去

1925年1月~2月 ノーム犬ぞりバルト)疾走

1926年 アル・カポネが権力の頂点に

1927年3月20~21日 チャールズ・リンドバーグがパリへ向け飛行

1928年11月18日 蒸気船ウィリー初演(ミッキーマウス初登場)

1929年10月29日 1929年のウォール街大暴落「暗黒の木曜日

1930年3月12日 ガンジー、「塩の行進」

1930年6月30日 第一回サッカーワールドカップウルグアイにて)

1931年5月1日 エンパイアーステートビル開業

1932年 ワイマール共和国崩壊

1933年1月30日 ヒトラー内閣発足

1934年10月27日 毛沢東の長征

1935年9月15日 ニュルンベルグ法制定

1936年6月~1936年4月 スペイン内戦

1937年5月6日 ヒンデンブルク号爆発事故

1938年3月12日 オーストリア併合

1939年9月1日 第二次世界大戦勃発

1940年6月14日 パリ占領

1940年 ヒトラー権力の頂点へ

1941年6月22日 ドイツ、ソ連へ侵攻

1941年12月7日 真珠湾攻撃

1942年9月13日1943年2月2日 スターリングラード(現ボルゴグラード)の戦い

1943年2月13日 「全面戦争するか?」演説

1944年6月6日 ノルマンディー上陸作戦オペレーションオーバーロード)決行

1945年5月8日 第二次大戦ヨーロッパでの戦い終結

1945年8月6日 広島に原爆投下 同9日 長崎に原爆投下

1945年11月20日~1946年10月1日 ニュルンベルク裁判

1947年8月15日 インド独立

1948年6月24日~1949年5月12日 ベルリン封鎖

1949年10月1日 毛沢東、中華人民共和国の樹立宣言

1950年6月25日1953年7月27日 朝鮮戦争

1951年 朝鮮の人口?

1952年10月31日 初めて水素爆弾が炸裂

1953年6月17日 東ベルリン暴動

1954年6月4日 西ドイツワールドカップ西ドイツが優勝「ベルンの奇跡」

1955年5月14日 ワルシャワ条約制定

1956年10月29日1957年3月 スエズ危機(第二次中東戦争

1957年10月4日 スプートニク・ショック

1958年10月19日 中国で大飢饉の始まり

1959年1月1日 キューバ革命の勝利

1960年 モハメド・アリ ローマ金メダル

1961年8月13日 ベルリンの壁構築

1961年10月27日 チェックポイントチャーリーでの対峙(ベルリン危機)

1962年10月14日~28日 キューバ危機

1963年6月26日 「私はベルリン市民である」演説

1963年11月22日 J・F・ケネディ暗殺

1964年8月2~4日 ベトナムアメリカ爆撃される(トンキン湾事件)

1965年 ベトナム戦争拡大 地上戦力投入

1967年6月5日~10日 六日戦争(第三次中東戦争

1968年1月30日9月23日 テト攻勢

1969年7月20日 初めて月に着陸

1970年4月 カンボジア侵攻

1970年4月29日 ワルシャワ礼拝?

1971年10月14日 グリーンピース設立

1972年9月5日 ミュンヘンオリンピック事件

1973年10月6日~26日 ヨム・キプル戦争(第四次中東戦争

1974年8月8日 ウォーターゲート事件

1975年4月30日 ベトナム戦争終結

1975年4月17日 クメール・ルージュ プノンペン制圧

1976年6月16日 ソヴェト蜂起

1977年3月27日 テネリフェの惨事(テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故

1978年10月16日 法王パウロ二世 パウロ一世を嗣ぐ

1979年9月8日 「暗黒の金曜日」 イスラム革命頂点

1980年5月18日 セント・ヘレンズ山噴火

1981年3月30日 ロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件勃発

1982年4月2日6月20日 フォークランド紛争

1983年4月18日 アメリカ大使館爆破事件(ベイルート

1984年12月3日 ボパール化学工場事故(インド

1985年3月11日 ミハエルゴルバチョフ氏、ソビエト共産党書記長に就任

1986年1月28日 チャレンジャー事故

1986年4月26日 チェルノブイリ事故

1987年6月12日 「この壁を壊せ!」演説

1988年12月21日 ロッカビー事件(パンナム機爆破事件)

1989年11月9日 ベルリンの壁崩壊

1990年10月3日 東西ドイツ統一

1990年8月2日1991年5月5日 「砂漠の嵐」作戦(第1次湾岸戦争

1992年4月1日~1995年12月14日 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争

1993年10月3~4日 モガディシュの戦闘

1994年4月6日7月15日 ルワンダ虐殺

1995年4月19日 オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件

1996年1月21日 フランス、最後の核実験

1997年7月4日 マーズ・ローバー(火星探査車) 火星に着陸

1998年8月 モニカ・ルインスキー 不倫スキャンダル

1999年5月3日~6日 オクラホマ州で竜巻被害

2000年1月1日 ミレニアム

2001年9月11日 911攻撃(アメリカ同時多発テロ事件

2002年1月1日 ヨーロッパユーロ発行

2003年3月20日 イラク戦争勃発

2004年12月26日 インド洋大地震と津波

2005年8月29日 ハリケーンカトリーナ ニューオリンズを破壊

2006年6月12日8月14日 レバノン侵攻

2007年6月 ヨーロッパ熱波

2008年10月 金融危機

2009年1月20日 バラク・オバマ大統領就任

2010年1月12日 ハイチ大地震

2010年4月20日 メキシコ湾原油流出事故 ディープウォーター・ホライズン炎上沈没事故

2011年 アラブの春

2011年3月11日 東日本大震災と津波

2011年3月 福島第一原発事故

2012 ?

10分どころか、6時間くらいかかったorz

それに、作ったの多分アメリカ人だから、日本にとっての重大事件(オウムとか)は入ってないんだよね。ハイチ地震があるのに、阪神・淡路大震災がないのも明らかに片手落ちでしょう。

(調べてみたら、どちらもM7クラス

2011-12-18

真珠湾攻撃から70年。10年前の映画を観て不謹慎にも快哉を叫んだ。

去る12月7日真珠湾攻撃から70周年。

10年前に公開された真珠湾攻撃映画を思いついたように観て、

不謹慎にも痛快でたまらなかった。

第二次大戦前、世界有色人種ほとんどすべてが白人植民地支配下で自立と尊厳を奪われている中で、

白人が優れているか有色人種差別されても仕方が無いという当時の世界の「常識」を覆した、

記念すべき大事件だったのだ。

白人専売特許と信じられていた近代科学技術を駆使して武装した飛行機アジア人が操縦し、

戦艦を撃沈し、軍事施設を木端微塵に爆破し、白人を爆撃して蹴り散らしている。

当時どれだけの有色人種がこの光景を目の当たりにして、快哉を叫び希望勇気を持っただろうか。

この映画アメリカ国威発揚のために製作されたものであるが、

皮肉なことにも、世界規模で消費されるハリウッド映画であるだけに、

アジア人白人をこてんぱにする映像世界に放ったという点で、別の意味で衝撃的な映画と位置づけられたことだろう。

そして奇しくもこの数ヵ月後イスラム過激派によるテロが発生し、

真珠湾攻撃になぞらえられた。

軍事的には真珠湾攻撃は失敗だった。

実際はルーズベルトの謀略に嵌められただけと言えるし、

主要な戦艦軍事施設を破壊することもできなかった。

負けることは最初からわかっていたのだから、鉄則を守っていなかったという点で愚策ではあったのだろうと思う。

しかし、有色人種近代科学技術を使って白人に対抗したという点で、

この事件は、宿命であったと言えよう。

先人たちの勇敢さに感謝しなければならない。

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