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はてなキーワード: 強硬派とは

2017-11-16

greatchina2、高山直人の言動RKみたい

最近高山直人の言動を見ると、どうもオカルトジャーナリストのような池沼臭いようになってるのだが。

2017-10-28

北海道の独立について

北海道日本から独立して、日本同盟国になっても良いと思います

 

日本現状分析

太平洋戦争日本連合国軍に負けました。

日本は無条件降伏で、アメリカ進駐軍を置き、日本占領しました。

現在も、日本には在日米軍居座り日本支配し続けています

 

北海道歴史 

北海道は元々アイヌ人の土地でした。

日本人本州から北海道侵略して、アイヌから土地を略奪しました。

しかし、日本人アイヌ人を虐殺して民族浄化(皆殺し)にすることはしませんでした。

アメリカ建国時にインディアン戦争したヨーロッパ人とは違って、日本人は心優しい民族だったのですね?)

 

反面教師シオニスト

ユダヤ人国家建設運動シオニズム)を推進するシオニストは、最初パレスチナ土地不動産売買で正当に購入し、入植していました。

ところが途中から、「そんなんじゃ遅い。力ずくで加速しよう!」という強硬派が登場しました。

それで、シオニストパレスチナ人から土地強奪するようになりました。

もちろん、シオニストにはシオニストの言い分があり、遥か昔にユダヤ人が住んでいた土地なので返してもらうだけだ!と主張しています。(でもそれって強盗と同じじゃね?)

 

現在日本支配しているのはアメリカです。

日本人アメリカに金を払って、領土を買い戻せばいいでしょう。=在日米軍撤退してもらい、自分達で領土保全管理する。

シオニスト強硬派のように力ずくで奪い返すのではなく、シオニスト穏健派のように土地売買で入手するのです。

日本の値段は、5000兆円ぐらいでしょうか?100年間の分割払いにすれば、毎年50兆円の支払いなので実現可能金額です。

 

中国資本土地買収

中国共産党は、あまった資金日本の水源地を買い漁っているそうです。

うかうかしていると、アメリカではなく、中国から買い戻さなければいけなくなるでしょう。

そうなる前に、アメリカとよく相談して、北海道を買い戻しましょう。

 

中国日本土地を買い占められると、そのうち中国本土から大量の中国人を買った土地移住させて、日本人よりも多くなる可能性もあります

中国田舎には、貧乏農民がたくさんいるので、数億人の人間日本に輸出することは簡単でしょう)

日本中国人が増えたら、労働者不足が解消されるなんてのんきな事を言っていてはダメだと思います日本語勉強して、日本語検定1級に合格した中国人以外は入国禁止でも良いでしょう。

日本に住んでいる日本人が、仕事日本語が通じなければ困りますよね?

中国共産党は、日本ちょっかいを出す前に、天安門事件民主化運動弾圧)を反省して、共産党一党独裁をやめて民主国家に成長するべきでしょう。

 

北海道選出の有力者といえばムネオさんかな?

みんなでムネオさんにお願い、応援してみればいいかもしれませんね?

2017-10-16

anond:20171016005522

「二つの論点」って具体的にどれ? 蓮舫発言主観的意図蓮舫写真ダーツ投げて呪ってる研究者がいたって話かな?

前者はいくらでも難癖付けられるよ。最初から結論は決まっててただのポーズだったんだろとか。主観的意図なんだから厳密な証明なんて誰もできない。信念の人や懐疑精神を装って無限根拠を求める人にはトラバ記事以上の説明いくらしても無駄だと思う。毛利衛さんの理路整然とした反論にもかかわらず、日本科学未来館が満額回答に至らなかった例など挙げるならまだしもね。

スパコン予算が一回削られたのは事実だ。そりゃ関係者は怒っただろうよ。でも「各種研究予算がめちゃくちゃ削られた」は、僕が知る限り事実ではない。それに、そのダーツの人がなんで日本科学者代表なの。仕分け人側にも科学者がいて、その科学者こそが最強硬派だったんだから

ヨッピーに言わせれば最初から仕分けにかけるなということらしいが、それは蓮舫個人関係ないよね。彼女スパコンを議題にねじ込んだわけじゃない。ダーツの人もFランク大学せとか国立大文系を半分にしろとか言う話なら諸手を挙げて賛成してたんじゃねーの?いずれにせよ、蓮舫発言が引き金でいきなり「いろんなランキングが下がった(動画0:10くらいから)」わけでも「各種研究予算がめちゃくちゃ削られた(ブログ)」わけでもない。というか、その「各種研究予算」ってどれのことなのかこっちが聞きたいくらいだ。運営費交付金ことなら、「急に」「めちゃくちゃ」ではなくて「毎年」「着実に」減らされてるけどね。

無駄を削る云々は、この数十年間、大ブームだった。小泉郵政解散で大勝利したのみんな覚えてるよね。大阪で「身を削る」がウリの府知事市長交響楽団図書館病院学校を潰してきたのを少なくとも近畿圏の人は知ってるよね。神エクセル&罫線問題で一気に名を挙げた河野太郎高等教育への予算が増えることはないと断言した。スパコンの話もこの緊縮の連鎖の一環だ。

でもって、研究界隈では政府財界国民三位一体となって基盤的経費の削減を進めてきた。研究費の総額は多少増えたが、経済政策の大失敗も手伝って、伸び率はライバル国に劣る状況。短期資金ばっかり増えて非正規不安定雇用環境アカデミズム蔓延した。教育面を中心に求められること(IT化への対応留学生対応、初年次教育の充実など本当に必要なことも含まれてる)は増えたのに予算人員措置が伴わず会議書類の量が激増して、代わりに教育研究と家庭を顧みる時間が激減した。「いろんなランキングが落ちた」主な原因はこれら高等教育政策科学技術政策の失敗。まぁ、研究者に全く責任は無いかと問われたらゼロとは言わないけど。

一連の失政は自民単独、自社さ、民主自公どの政権基本的にみんな同じ路線だ(なんてこったい!)。それらに特に強く反対していた記憶は無いので、蓮舫にも責任の一端はもちろんある(ダーツで呪われるほどかと言われると疑問だが、スパコン当事者なら、まぁ仕方ないか)。政治家だし、一連の失政の象徴的な扱いもある程度仕方無いと思うが、「一連の失政」という部分をちゃんと付けとかないといけない。個人的には、最大の戦犯財務省だと思う。

2017-09-18

anond:20170918112705

問題民進消費税増税強硬派で、緊縮財政派だから

それ間違いなく景気を猛烈に落とすし。

と言っても、日本ファーストスタンスがつかめない以上、自民民進単独過半数行けずに、事態は何も動かないぐらいが望まれる。

出来れば自民4,共産自由4,民進その他2ぐらいがいいけどな。

とにかく、消費税増税一色は勘弁してほしい。

日本ファーストが「金回りを重視する!使ったら減税、貯めこんだら増税」ぐらいまで踏み込んで景気対策してくれるのなら、いいけどなぁ、、、、。

日本ファースト経済政策が全く出てないし、新自由主義色がするのがなんとも。

日本ファースト経済政策

日本ファーストが、消費税増税停止、金回りをよくするための留保課税を全企業適応とかやってくれないかな。

共産党以外で消費税増税停止を掲げるだけでだいぶインパクトがあるとは思うんだ。

だって自民民進消費税増税強硬派もの。で、金回りを悪くして景気を落とす。逆にうちは金回りを重視しますと。

2017-08-20

https://anond.hatelabo.jp/20170820180748

現代中間層現実調和派というのは、昔の「ふつう」に於いて獲得できていた物事のうち、どれを諦めるか、諦めないか、の取捨選択を迫られているわけなんだよね。

結婚を諦めて趣味と贅沢にリソースを投入する。

・贅沢や趣味を諦めて、出産子育てリソースを投入する。

専業主婦を諦めて共働きをすることで世帯収入を増やす。でも出産子育てで数年するとキャリアは終わるので、リスタートしたあとの妻はワープアを強いられる。

労働を諦めて自由気ままに時間を過ごす(phaさん)。

など。

諦めずにすべてを獲得できるのは上級国民だけで。野原ひろしみたいな。

貧困層に目を向けると、そういった中間層の取捨選択の自由すらなくて、ワープアでひたすら全方位に貧しい生活を強いられるんですよね。

中間層だったが、取捨選択を誤ったりリソース管理に失敗して貧困層に陥ってしまうというケースも多いと思う。人生を常に賢明運営できる人たちばかりでもないからね。

中間層の非現実強硬派は、ステレオタイプな「旦那年収1000万じゃないと結婚しない」と言いながらいつまでも売れ残り婚活して社会に憤り続けてる人みたいな。あとアイドルしか結婚したくない!みたいなのとか。

なんかそんな感じ

2017-08-17

反戦教師ノイジーマイノリティ

もう最近の話ではないけれど、

東京メトロPRキャラクターデザイン所謂萌え絵に変わったものが発表されて

それが炎上した話があった・・・よね?

しか萌え絵なんかに対して嫌悪感を示す人は一定数いるだろう。

それを批判するつもりなんて毛頭ない。

僕が言いたいのは、

果たしてわざわざクレームを入れる必要があったのか」

という事である

著しく倫理的でないとか、

重たい心理的苦痛を与えるとか、

そんなものがあるわけでもないのになぜ排除を求める必要があったのか。

大学の頃、反戦平和講義を受けていた。

(別に興味があったわけではなく、取得単位関係)

基本的大学講義とも思えない陳腐な内容であったし、

自身サボりがちであったから、

講義の内容なんてほとんど頭に残っていないけれど、

1つだけ頭に残っている思い出がある。

その回の担当講師は、アメリカ人反戦派の男性だった。

平たく言えば人類の多くは反戦派だろうけど、

この人は世間一般に比べると強硬派だった。

講義の中で、その講師は一つのエピソードを話した。

内容としては、

サバゲーサークルのビラを撤去させた」ということだ。

反戦からどうやってビラの撤去というゴールに繋がるのかというと、

彼曰く、

『銃のような人殺し武器兵器を遊びで用いるのが許せないから』だそうだ。

確かに、PTSDという言葉が有名なように、

たとえ本当に殺傷能力が無いとしても、

ただ形を模しただけのエアガンモデルガンを見ただけで

著しい心理的苦痛が巻き起こされるような人はいる。

しかし彼にそんな症状はない。

「嫌い」というだけだ。

彼は「嫌いである」故に、

何の罪もない学生の作ったビラをわざわざ撤去させたのだ。

僕の大学では、サークルのビラは掲示板以外での掲示が許されていない。

それ故に、ビラが目に入る場所なんて決まりきった、ごく一部の場所に限られている。

それならせいぜい前を通りかかるときだけほんの少し目をつぶればいい話だ。

ビラは彼一人の意見によって撤去されたという。

一方、ビラを作成したのはとあるサークルで、複数人学生が関わっていることは明らかだ。

しかも何の落ち度もない。

彼のやったことはあまり力ずくではないだろうか。

平和主義であるのに、自分意見のみで相手を捻じ曲げるとはこれいかに。

CMだってしょっちゅう内容の変更や放送の中止がある。

もちろん一般的に見てもアウトなないようもあったとは思うけど、

その多くは、あのアメリカ人講師のような、

所謂ノイジーマイノリティに殺されたものが多いんじゃないだろうか。

世の中には思ったより多くの人間がいる。

自分が気に入らない物にも、それを好きな人はいる。

気軽に排除を求めるべきではない。

自分の好きなものがこの世から消えたらどうする?


P.S.

そういうクレームを受ける企業側としては、

やはり客商売である以上迎合する必要に迫られると思う。

からこそ僕らの方が、そういう暴力的否定排除をしないように努める必要があるんじゃないだろうか。

2017-05-19

この条約が締結される頃の東アジア世界は、近代国際法を掲げながら、実際には弱肉強食を旨とする西欧列強が浸透してくる時期にあたる。当時朝鮮は清の冊封国であったが、鎖国政策を国是としていたため、国際交流は非常に限られていた。しかしそのような朝鮮にも1860年代以降国際化の波(外圧)が押し寄せ、海上から西欧諸国が訪れるようになる。朝鮮西欧列強との出会いは、概ね芳しいものではなかった。たとえば1866年にはフランス軍キリスト教徒虐殺事件丙寅迫害)の報復として軍艦7隻総兵力1000人で朝鮮江華島攻撃占領する丙寅洋擾が発生し、1871年にはアメリカ合衆国ジェネラルシャーマン事件1866年発生)の報復として軍艦5隻総兵力1200人艦砲85門で朝鮮江華島攻撃占領を行っている(辛未洋擾)。丙寅洋擾と辛未洋擾は朝鮮通商を行うための侵略であったが却って斥和碑を建てるなど攘夷につながった。

当時朝鮮政権を担っていたのは高宗の実父興宣大院君である清朝から西欧列強情報を得ていた大院君は、断固として鎖国を維持する姿勢を貫いた。これは中国における西欧側の非道を知ったこともあるが、朱子学以外を認めない衛正斥邪という思想政策積極的に推し進めたことから分かるように、大院君は中華思想的発想の持ち主であり、その点から西欧諸国夷狄視していたことも理由の一つである。その強い姿勢は「西洋蛮人の侵犯に戦わない事は和議をする事であり、和議を主張することは売国行為である」と書かれた斥和碑を朝鮮各地に建てたことに窺うことができる。このように当時の朝鮮では攘夷熱が高まっていた。

また朝鮮では、文禄・慶長の役時に、中国朝鮮を守ったため、今回も中国朝鮮を守ってくれるに違いないという立場であり、小島毅は「中国東アジア全体にとっての親分だというのが朝鮮認識ですから親分である中国自分を守ってもらおうとするわけですね」と述べている[2]。

日朝間の懸案:書契問題[編集]

他方、西欧列強が迫っていた東アジア諸国の中で、いちはや開国明治維新により近代国家となった日本は、西欧諸国のみならず、自国周辺のアジア諸国とも近代的な国際関係樹立しようとした。朝鮮にも1868年12月明治政府樹立するとすぐに書契、すなわち国書対馬藩の宗氏を介し送った。江戸時代を通じて、朝鮮との関係は宗氏を通じ行われてきたためであるしか国書の中に「皇」や「奉勅」といったことばが使用されていたために、朝鮮側は受け取りを拒否した。近代的な国際関係樹立は、はなから躓いたといえよう。

この問題は、日朝双方の国交に対する思惑がすれ違ったことが原因である日本側は従来の冊封体制的な交隣関係から条約に基礎づけられた関係へと、日朝関係を変化させることを企図したのであるが、一方朝鮮側はこれまでどおり冊封関係にとどまり、その中で日本との関係位置づけようとしていた。前近代における冊封体制下において、「皇上」や「奉勅」ということばは中国王朝にのみ許されたことばであって、日本がそれを使用するということは、冊封体制の頂点に立ち朝鮮よりも日本の国際地位を上とすることを画策したと朝鮮は捉えたのである

なお近代以前の日朝関係については朝鮮通信使に詳しい。

征韓論を唱えた西郷隆盛。ただし江華島事件及びその後の日朝修好条規締結に対して義に悖ると批判していた。

1868年以来、何度か日本から国書がもたらされたが、日朝双方の思惑の違いか両国関係は円滑なものとは言えなかった。書契問題を背景として生じた日本国内における「征韓論」の高まりに、大院君が非常な警戒心を抱いたことも一因である。また釜山においては日朝両国官僚同士が険悪となっていた。長崎出島のごとき釜山倭館限定した国交を望む朝鮮側と、対馬宗氏から外交権を取り上げて外交を一元化し、開国を迫る日本との間に齟齬が生じたのである釜山倭館朝鮮側が日本特に対馬藩使節商人を饗応するために設けた施設であったが、明治政府対馬藩から外交権を取り上げ、朝鮮との交渉に乗り出そうとした。その際、倭館をも朝鮮側の承諾無しに接収日本公館としたことから事態悪化したのである。結果、必要物資供給及び密貿易の停止が朝鮮から宣言される事態となった。

日本側も単に国書を送りつけるだけだったわけではない。版籍奉還という日本国内の難問を無事に乗り越えた1870年朝鮮との国交交渉を有利にするため、冊封体制の頂点に立つ清朝と対等の条約日清修好条規を締結した。これにより冊封体制の維持を理由に国交交渉忌避する朝鮮を、交渉テーブルに着くように促したのである

1873年に対外強硬派の大院君が失脚し、王妃閔妃一派が権力を握っても、日朝関係は容易に好転しなかった。転機が訪れたのは、翌年日清間の抗争に発展した台湾出兵である。この時、日本朝鮮出兵する可能性を清朝より知らされた朝鮮側では、李裕元や朴珪寿を中心に日本から国書受理すべしという声が高まった。李・朴は対馬藩のもたらす国書に「皇」や「勅」とあるのは単に自尊意味するに過ぎず、朝鮮に対して唱えているのではない、受理しないというのは「交隣講好の道」に反していると主張した。これにより朝鮮側の対日姿勢がやや軟化した。

条約締結までの経過[編集]

国交交渉[編集]

国交交渉再開の気運が高まり1875年交渉が行われた。日本側は外務省理事官森山茂と広津弘信、朝鮮側は東莱府の官僚交渉テーブルに着いたが、やはり書契に使用される文字について両者の認識に食い違いが生じた。この他森山洋服着用など欧米スタイルを貫こうとする姿勢朝鮮側が嫌悪感を示したことで交渉ははかばかしくなかった。交渉の停滞に業を煮やした森山4月には砲艦外交を行うことを日本政府に上申した[3]が、三条実美の反対があり、川村純義の建議により日本海軍砲艦二隻(雲揚および第二丁卯)が5月派遣され朝鮮沿岸海域の測量などの名目示威活動を展開した。その後雲揚は対馬近海の測量を行いながら一旦長崎に帰港するが、9月に入って改めて清国牛荘(営口)までの航路研究を命じられて出港した。

江華島事件[編集]

詳細は「江華島事件」を参照

9月20日首都漢城に近い江華島付近で、雲揚所属の端艇が朝鮮砲台から砲撃を受ける事件が発生した(江華島事件)。雲揚は反撃し、永宗島要塞を一時占領、砲台を武装解除し、武器旗章楽器等を戦利品として鹵獲した。この事件における被害は、朝鮮側の死者35名、日本側の死者1名負傷者1名(のち死亡)であった。事件朝鮮側が日本海軍所属軍艦と知らずに砲撃してしまった偶発的なものとされ[4]、この江華島事件の事後交渉を通じて、日朝間の国交交渉が大きく進展した。

条約交渉における日本側の基本姿勢[編集]

ボアソナード

明治政府のお雇い外国人ボアソナードは、事件を処理するために派遣される使節への訓令について、以下を決して朝鮮に譲歩すべきではないと具申した。

釜山・江華港を貿易港として開港する。

朝鮮領海航行の自由

江華島事件についての謝罪要求

またこれらが満たされない場合軍事行動も含む強硬外交姿勢を採ることをも併せて意見している。これらの意見ほとんど変更されることなく、太政大臣三条実美を通じて訓示に付属する内諭として使節に伝えられた。さら朝鮮に対する基本姿勢として、三条はこの江華島事件に対して「相応なる賠償を求む」べきとしながら、使節団の目的を「我主意の注ぐ所は、交を続くに在るを以て、・・・和約を結ぶことを主とし、彼能我が和交を修め、貿易を広むるの求に従ひときは、即此を以て雲揚艦の賠償と看做し、承諾すること」だと述べていた(強調、加筆者)。これは欧米列強干渉を招かないよう配慮すべし、という森有礼の言が容れられたものである

さらボアソナードのいう軍事行動も含む強硬外交姿勢も、日本は忠実に実行に移している。使節団一行には軍艦兵士の護衛がつき、威圧効果朝鮮側に与えようとした。また交渉が決裂した場合に備え、山縣有朋山口県下関に入り、広島熊本両鎮台の兵力をいつでも投入できるよう準備していたのであるさらにいえば、日本砲艦外交姿勢は無論朝鮮の屈服を促すものであったが、同時に日本国内の「征韓論」を唱える不平士族の溜飲を下げることも狙ったものであった。

ただこのように軍事的高圧な姿勢を表面上見せながら、当時の日本は軍費の負担という点からいって、戦争が好ましいとは考えていなかった。また戦争の発生がロシア清朝の介入を許すきっかけになるかもしれず、その点からも極力戦争は避ける考えであった。

以上をまとめると日本側の交渉の基本姿勢は、以下の二点に集約される。

砲艦外交を最大限推し進めながら、実際には戦争をできるだけ回避すること。

江華島事件の問罪を前面に押し出しながら、実質的には条約を締結し、両国の懸案で長年解決しなかった近代的な国際関係樹立すること。

また対朝鮮政策は、実質的には朝鮮宗主国である清朝政策でもあり、清朝干渉をなくすべく事前に清朝の大官たちと折衝を重ねることも日本は行っている。19世紀欧米列強アジア侵略に対抗するため、清朝朝鮮ベトナム琉球などの冊封国保護国化あるいは併合することによって皇帝を中心としたアジア伝統的な国際関係をそのまま近代国際関係へと移行させて清の地位と影響力を保持しようとし、冊封国に対して保護国化、モンゴルチベット新疆などの保護国に対しては植民地化を強めようとしていた。

この時期の東アジアは、日中朝そして西欧列強の間における複雑な絡み合いが相互作用する場が形成されつつあった。日朝間の国交交渉再開もその結果としてもたらされたものであると同時に、また別の歴史事象の原因でもあったのである

2016-11-25

権太はなぜ二度死んだのか?~この世界の片隅に狸を見出す

先日「この世界の片隅に」の感想を書いたけど、その際引き合いに出した「平成狸合戦ぽんぽこ」について、

せっかくだから何となぁーく感じてたことをだらだら記してみるよ。

「この世界の片隅に」を観て、眠れる狸が目を覚ました

自分の書いたもので恐縮だけど、自分は「ぽんぽこ」のテーマは「(それでも)生きていく」だと思っている。

自分たちを取り巻く世界環境価値観社会文化)の変化の中で、人はどう生きていくのか、

またどう生きてきたのかを、狸に託して描いているのがあの映画だと考えてるよ。

学生運動とかの風刺ってのはその通りだと思うけど、少なくとも自分もっと普遍的ものを描いていると思う。)

自分たちを取り巻く世界の変化(この映画では迫りくるニュータウンの開発だけど)に対して、

狸たちはいろんな立場をとるんだけど、この映画場合はそれぞれ分かりやすく、

権太=世界の変化に抵抗する者。原理主義強硬派

化けられない狸=世界の変化についていけない、取り残される弱者

正吉(主人公)=世界の変化に(望む望まざるを問わず適応する、適応せざるを得ない者。

てな感じで描かれていると思う。

別にどれが良くてどれが悪いとかじゃなくて、それぞれが世界の変化に対して「(それでも)生きて」

いこうとした形の現れ方の違いなんだろう。(人間もそうじゃないすか?)

で、本題に戻るけど、映画で権太率いる強硬派機動隊ガチンコでやりあうわけ。

そしてそのやりあう場面の視点が変わり銃声がした後、画面が切り替わって、機動隊が狸の死骸を

山積みにする場面がくる。これ、映画の見せ方としては明らかに「死」を意味するもの

権太たちは確かにここで死んだはずなんだが・・・

しかし、狸の死骸はその後むくむくと動き出し、権太たちは復活して、最後に大きな首(釣瓶落とし)と

なって工事現場で再び暴れるのである。そして迫ってきたトラックの前に立ちふさがり、キッと睨みつけるのだが、

無惨やなそのまま轢き殺されるのだ。これで本当に死んじゃったわけ。

正直なんでわざわざ復活させてまた殺すのかよく分からなかった。

狸寝入り」の伏線を回収するためなのか、「特攻」のメタファーなのか…。

ただ、この映画を「自分たちを取り巻く世界の変化に対する云々」という視点で見れば、

きっとこんなじゃないかなぁ~と思うんだけど、つまりあれはもう互いに相容れない世界同士のぶつかり合い、

原理主義同士の争いってなわけ。そういうものはどっちかが滅ぶまで戦い続けます

それまでの狸vs人間の戦いは、狸が化かして人間が驚くって構図だったんだけど、

狸と人間対立していても、狸も人間も化け物は「怖いもの、驚くもの」という価値観を共有してたわけ。

対立はしてるけど共有もしている、ある意味矛盾を抱えながらバランスとってた関係

機動隊との戦いはまだその段階だったってこと。

でも、最後トラックは、あれは価値観の共有ができない完全に対立した存在

から、化け物をみても怖いという反応がない。今までだったらトラック側が「うわぁーー」とか言って

ハンドルを切っちゃうんだけど、こいつはそのまま突っ込んじゃう。

そして権太はこの相容れない存在同士の文字通りの死闘に破れ、本当の死を向かえることになる。

って考えてます。もちろんこじつけもいいとこなんだけど。

でも、これは映画の話だけど、同じような構図は、グローバル化だとか移民だとか領土争いだとか格差社会だとか、

まさに今の世の中のいろんなものに当てはまるんじゃないかなぁ~。

凄まじい勢いで身の回り世界が変化していって、いたるところで侵食や衝突が起きている。

そんな中で自分たちはどう生きていくかってことを、実は無意識にみんな不安に思ってるんじゃない?

そして、かつて戦争という、それこそ圧倒的に自分たち支配し大きな変化を強いてきた存在があった。

そんな時代に「(それでも)生きて」いた人たちがいた。

この世界の片隅に」を観て、なんかよく分からないけど心にグッと来るものがあるのは、そんな無意識に訴えかける何かがあるからじゃないか

から、「この世界の片隅に」をたくさんの人が求めているんじゃないか

2015-03-19

同人とは

同じ志を持った人たちが集まって、本を作ったり思想啓蒙したりするための集団

ぐらいの意味だと思うので、久谷女子の中に、人によって温度差があろうが、たまたま寄稿しただけの人だろうが

「あんたら今かなりセクハラ名誉棄損加害者なっちゃってるからきちんとしなさい」って言えないのなら、

または、強硬派?を諭しまっとうな行動に移させることができないなら、所詮、同じ志の下にいるんだろうなーって思ってる。

同じ志というか、同じ穴の狢というか。

2014-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20140720123442

から考えると、いずれ第三次はてな大戦が起こることははてな村運命でもあった。平和をかき乱すきっかけとなったのは、netcraftオフ会を開催したことであることは言うまでもない。

はてブオフ会」と「はてな村反省会」という2つの勢力が存在するため、その対立によって村の平穏が脅かされると心配する向きもあったが、残念ながらその予測は見事に的中することになる。

盛況に終わった「はてブオフ会」の一週間後、はてな古参が集まりはてな村反省会」が開催された。議題はいかにしてnetcraftの台頭を抑えこむかに終始し、強硬派穏健派とのあいだで議論が紛糾した。打ち上げでは「村の本流は反省会にあり!」というシュプレヒコールが鳴り止まず、強硬派が主導権を握ったことは明らかだった。

まり知られてはいないが「はてな村反省会」は以前からnetcraftを弱体化する活動を続けている。一例として村長であるkanosenetcraftブログに1ブクマも付けていない。もちろんkanose強硬派の中心メンバーである

こうした敵対行為netcraftはようやく気付き、部下のコウモリに命じた。「kanoseお気に入りにしたまま非表示しろ。今すぐにだ!」

はてなブックマークではお気に入り登録したまま非表示にすることが宣戦布告の証となる。こうして第三次はてな大戦が始まった。

勢いで開戦したものの、netcraftは悩んでいた。

「こちらにはotsuneという切り札があるが、それだけで勝てるだろうか。もっと若い兵隊必要だ。命を落とす覚悟を持った鉄砲玉が」

そこでnetcraftは「ヒマそうなはてなブロガーをなんとなく集めてみたオフ会」に参加。ショッカーは企みを見ぬくことなく、netcraft同盟を結んでしまう。

「こうも簡単にはてなブロガーを味方にできるとは勝ったも同然。時代は変わるのだ!」

手斧が飛び交う戦火のなか、はてな民疲弊し、権力者翻弄される日々を送っていた。

オフ会同盟に加わると、はてな女子からカラースター付くらしいぞ」

ビッチやおばさんなんてどうでもいい。村を作ったのは反省会だ。歴史の積み重ねが大事なんだ」

「なんだと、おまえは老害の味方か。絶交だ。お気に入りにして非表示だ」

抗争に巻き込まれ、はてな民は一人また一人と消えていった。

こうした村の惨状を見て、ある30代のはてな女子はこんな感想を抱いたという。

なぜはてなの人は争い憎しみあうのでしょうか?村の権力なんて一円にもならないのに。やっぱ近寄らんとこ。

ほなね~( ^ω^ ) /

2014-05-13

保守思想攘夷論と対決できるのは尊王論のみ

江戸時代から明治時代へのような大きな転換では、革新派皇室尊重することで時代は進んだ。

皇室の名を出すことはそれほど大きな力となるので、極度に警戒されることではあるが。

革新派の持つ歴史観では、二次大戦太平洋戦争中は、一部の強硬派実質的政治を占拠したとされるので、皇室にその責任はないとされる。

革新派が考えなければならないのは、どうやってそのような占拠が起こりにくい仕組みを作るかである

保守派攘夷派は一見伝統皇室を重んじるようで、重視しているのは実は自分たちの利益だ。

まり利益正当化する道具として伝統の名を持ち出しているので、彼らにとって伝統尊重は実際の利益にならない。

攘夷論もまた、自らの強化のために異質的要素を取り込むという、漸進性にもとづくある種の革新性がある。

したがって彼等の「建前」を暴いて革新派が主導権を握り、また国を前に進めるという大義を統一するためにも尊王論必要だ。

2014-01-12

最近、まわりの友人や知人から中国韓国に対する反感を聞いていて驚く。

私がいわゆる保守ネット右翼だったのは10年前だった。

そのときは、公に人にそんな事を言えるような状況ではなかった。

しかし、10年後の今、人々はどんどん反中反韓になってきている。

これはネットが普及した事とも関係がとてもあると考える。

私は大学に行って、色々なモノの見方を学んだ。

専攻は法学ながらも、国際関係も曲がりなりにも学んだつもりだ。

その事からみて、やはり隣国の中国韓国ともに今のような状態が続く事は望ましくはない。

そして、気になるのは、第二次大戦日中戦争期を昨日のように語る人がこの三カ国に多い事だ。

もし、それを語れるならば、少なくとも75歳以上でなければならない。

しかし、戦争経験もない我々戦後生まれの一般市民がなぜあの戦争を、東アジアを語るときに使うのだろうか。

アメリカを語るときに我々は太平洋戦争<あるいは大東亜戦争>をここまで強烈に持ちだすだろうか。

イギリスを語るときにマレー戦争を持ちだすだろうか。

私は、東アジア政治の共通の戦略として、内政運営のため、国民の目を他国に向ける、敵を作るというモノがあると思っている。

これは中国韓国でよく話題に上がるが、ここ最近日本もそのような傾向にあるのではないか。

少なくとも、私には、安倍首相が、自身の政治目標である憲法改正に向けてコレをテコにしようといているのではないか、と心配している。

また、改正憲法案を見るところ、政府の行動の幅が大きすぎる。

まり政府が今まで解釈を積み重ねてきたものを、その時の政府方針次第でいかようにも動かせるように私には見受けられるのだ。

肯定的に見よう。

もし、憲法が改正されたとして、今のような穏健保守派の自民党政権未来永劫続けばよい。

そうすれば、自民党解釈のつまり穏健保守派的憲法解釈のまま、憲法運用される期待が持てる。

しかし、そうはならない。

ここで、もっと最悪の場合を考えてみよう。

日中韓の緊張がこのまま維持されるとする。

そこで、自民党が少しでも中韓妥協したとしよう。

そして、それが国際関係、また外交的文脈で正しかったとしよう。

しかし、国民は納得するだろうか<ワシントン海軍軍縮条約を想起せよ>。

このように、中韓に対する反感が根付きつつある日本で、自民党政権を維持し続ける事ができるだろうか。

景気は消費税増税と共に悪くなるだろう。

企業も生き残りに必死になり、リストラも増えるかもしれない<もちろん大企業正社員はこの限りではないが、リーマンショックの時を思えばおのずとわかるだろう。また戦前の若手将校たちは大企業財閥をも自身達の敵とした>。

懸念事項である社会保障費の維持も難しくなり、近い将来には薄くなるだろう<つまりは、若年層に負担が増加するという事である>。

この時、自民党より保守色の強い保守政権ができる可能性を我々はどれほど想像できるだろうか。

そして、その強硬派保守政党が改正憲法の下でどのようなことを行うだろうか。

私は自身が愛国者であると自認している。

愛国者であれば、日本が他国と戦火を交えこの美しい自然伝統ある歴史文化破壊され、また日本国民戦争によってその尊い命をなくしていくことに深い悲しみを持たざるを得ないだろう。

その意味から、私は、現在行う全ての事は、将来の国家百年の計と、及び自身の子孫の事を深く慎重に考えたうえで全て行動するべきだと強く確信するものである確信する。

2013-09-09

俺専用メモ今日は(日中戦争)休戦の日!

今日日中戦争が終結した日なんですよ(暗黒微笑)


支那派遣総司令官岡村寧次大将南京降伏文書に署名し無条件降伏棒読み

この支那派遣軍というのは中国に展開する全ての陸軍部隊を統括したものなんすよ


連合国サイドは太平洋戦線で攻勢されない様支那派遣軍を

中国大陸に釘付けにする方針をとったゾ

その為終戦時には105万の大陸軍が今だ温存されていたんだよなぁ

また岡村もそれまで軍規が乱れていた方面軍に着任したあと

「鉄の掟」を出し軍規を落ち着かせたとも言われる有能なオッサンだったんや(恍惚

兵力が温存されているのに無条件降伏する事を不服に思う岡村

「百万の精鋭が健在なのにクソザコナメクジ降伏するっておかしいよなぁ?YO!

という上奏文を昭和天皇へ送ったゾ


これによって強硬派とみなされてしまうけど

実際は昭和天皇が宣言を受諾したと聞き考えを改めたんすよ

こうして穏便に中国国民党軍に降伏した岡村国民党軍と停戦業務を結ぶゾ

岡村は極力国民党を支援するよう停戦業務に当たり

また蒋介石と特別なコネがあったので

中国戦犯として裁かれ無罪にされたんだよなぁ

(帰国させると国際軍事戦犯になってしまう)


共産党からは第一の戦犯と目されていたけど

国民党軍との交渉のおかげで引渡しには至らず

泥沼の国共内戦を見越した駆け引きだったんすね~

イデオロギーの戦いってバカじゃねぇの(呆れ)

2013-08-26

賢者歴史に学ぶ』が誤訳だとかほざく半可通が散見されるが…

http://anond.hatelabo.jp/20130826094522

状況判断がおかし

近所にこの言葉が好きで

判断もこのタイプの人がいて

先入観判断で失敗しまくりで困ってる

1・そもそも「歴史に学ぶ」をどう実践すれば「先入観判断しまくり」になるのか。

  増田の隣人はその言葉の吹聴が好きかもしれないがその言葉実践していると言えないようだ。

  従ってその人の程度を見て言葉価値を判断するのは適当でない。

2・「近所にこういう奴が1人いるからこの言葉好きな人間はこういう奴だ」という増田の判断は

  典型的な「愚者経験に学び」に陥っている。

  経験のみに学ぶことの問題は大きく2つあり

  1つは未経験のことについて予測考慮が出来ないこと、

  (つまり経験のことについて過度に保守的頑迷になる)

  もう1つは経験を過大に評価する傾向を持つこと。

  (つまり経験したことについて偏見を抱える、初めて会った黒人が嫌な奴なら「黒人クズ」と断じるようになる)

   今の増田の態度は後者のもの


名言についての認識おかし

■そもそもビスマルクはそんなこと言ってない

勝手に思い込むな

普通の人は別に言われなくても他人の失敗を見たら

気づかないうちに学び実行しているだろう。

その「他人の失敗」の壮大な積み重ねが歴史であって

そこからエッセンス抽出せよとビスマルクは述べている。

「他人の失敗」を文字通りの目の前で見て取れるレベルの他人の失敗として直訳すると

ビスマルクの発言は小さいスケールノウハウtipsレベル

まりはてなホッテントリお仕事ライフハックレベルのことになってしまう。

そんなしょっぱい発言だったら現代まで残らない。


ビスマルクはもちろん実行力のある保守政治家

歴史から学んだ政治軍事の原則通りに鉄と血によるドイツ統一を成し遂げたが

強硬派原理主義ではなくいろんな思想や勢力と妥協して手を組める思考の自由さもあった。

歴史から学べた賢者と言える。


彼の政敵は理想主義ドイツ統一を掲げるだけで、しかもそれに固執し現実性を欠いたので敗れた。

相対的に、経験しか学べない愚者だったと言わざるをえない。



近年半可通の馬鹿が「ビスマルクは他人の失敗から学べと言ったんだ!」なんて喚くのが散見されるが

発言の趣旨は「歴史からエッセンス抽出せよ」「グランドデザイン戦略を持て」ということである


まあお前や隣人に関係ない言葉であるのはガチ

ただ、言葉を正しく理解してもなお、歴史から適切なエッセンス抽出できるかは個人の才覚や器量や教養による面が大きい。

そもそも政治家でもなく偉人でもない人間はこんな言葉を忘れて生きたほうがおそらく祟りは少ないだろう。

自分の失敗や目の前の誰かの失敗から地道に学ぶうちに平穏に一生を終えてよろしい。

 
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