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2017-07-16

将来の夢を殺人犯にしてしまったお話

終わった夢なので、最後ブログ文字として出力してこの夢を終わりにしたいと思う。

内容としては、殺人犯に憧れるという方向性に向かってしまったログみたいなもんである

どっかに残しておきたいんだ、許せ。

事は遡ること10年前、引きこもり中二病人間不信、ついでに精神障害者母親、無関心の父、知的障害の弟に囲まれてど田舎の閉塞感に苦しんでいた私にとってある種の出会いが訪れる。

デスノートである。当時のティーンでおセンチな私にとってはとても衝撃的な出会いであった。

2001年小学校連続殺人9.11のような人がたくさん死ぬことに興味を持っていた私にドンピシャズバリであった。

与えられた初めてのガラケーを手に私はキラのようになりたいと願い、掲示板で語らい、死と正義に吸い寄せられていった。

そして、2008年には秋葉原連続殺人が起こった。

私はとても魅入られた。

同じ人間だと感じた。

とてもとても面白いと感じてしまった、自分あんな風になりたいと思った。

人を殺してみたいと思ってしまった。

そこからは何をしても最終的には殺人犯となれるよう、堕落していくようになった。

紛れもなく、私にとって連続殺人劇場型犯罪は夢であった。

毎日、暇さえあればここで人を殺したらどうなるだろうと想像し嗜虐的な笑みを浮かべるのが日課であった。

だが、現実なかなか人は殺せない、憧れても。

故に私は私という人間人生を諦めるかのごとく、また、犯罪殺人者であったとしても誰も悲しまないような人間になるように行動していた。

自分が諦め、周囲が諦め、追い詰められれば人を殺せるのではないかと、ストレスを極限まで溜め込んだ上で発散を殺人、それのみに絞れば行えるでのはないかと考えそうなるよう行動した。

その後、どうせ死ぬである、好き放題してから死ぬ結論を得ようと考え色々やってみることとした。

少なくとも30には死の結論を得ようとしたのでとりあえず、借金をして遊ぶことにした。

金に困ると人は追い詰められるというのをネットで見たからだ。

2011年地震が起きたあとは、原発作業員というのも経験した。

福島でないところでも、原発事故再現できればとても楽しいのではないかと感じたのである

最終的には単純に続かず、無断欠勤会社を去ったのだが。

そんなこんなで落ち続けたものの、結局私は人を殺せないまま、2015年6月を超えてしまった。

7年周期の6月大量殺人を行えなかった、その後もいろいろ足掻いてみたものの人を殺す決意はできなかった。

別に傷つけたいわけではない、暴れまわってみたかった、それだけだった。

轢かれるのはやっぱ痛そうだし、刺されたら嫌そうだというのは消せなかった。

人を殺すことができて、その上テレビコメントで煽ったり本を出されるほどいろいろ自分を知ってもらえたりするのはとても楽しそうだったけどそれでもダメだった。

私がもう少し社会から隔絶されて、他人は殺してもよい命、って定義できたら違ったかもしれないがそれはできなかった。

私は人が好きだったのか嫌いだったのか分からない、ただこんな夢とも妄執ともとれるこれが消えたのがある意味良かったのかもしれない。

常に二重の考えで生きていくのは辛いものだ、周囲に合わせて馴染んで仲良くなりたい私と夢の殺人犯になるため周囲から外れたい私。

そんな揺らぎも現実に負けて夢を諦めたのだから、これから消え去っていくことを願いたい。

アイデンティ確立先を間違えて、努力方向性を間違えるとほんま苦しいわあ。

狂人をずっと演じ続けるのにも飽きたしほどほどに生きよ。

2017-07-03

現場に就いた新卒に面倒な先輩を紹介しま

新卒の皆様、会社は慣れましたか2017年も半分が終わり、新卒現場に就いた頃合いでしょうか。うちの会社じゃ4月のおわりから現場ですけどね。

そんなわけで新卒のみなさんがこれから遭遇するおじさんやおばさんの類型を語るので、増田の屍を乗り越えて上手に出世してください。

「俺は話聞いてないおじさん」

はい、いきなり有名どころですね。リアルに遭遇すると結構消耗します。

でも対応策は割と確立されてもいます。若手諸賢はこのあたり必読

http://toyokeizai.net/articles/-/176102

チヤホヤ至上主義

オタサーの姫需要供給によって成り立ちます職場環境によってどう頑張っても姫と呼ばない、いや呼びたくない存在が発生します。

ウザいのは取り巻きに入るか入らないか区別したがる連中です。男でもいます。彼もしくは彼女出世街道を走っているならついていくのも一興でしょう。ただ、多くの場合そうではないので、距離感を保つことも必要です。

「名を馳せた武将

ひたすら過去仕事や女の武勇伝を語るタイプです。過去妄執しているので未来はありません。

流石ですねー。知らなかったー。すごいですねー。会話がラリーにならなくても、会話を続けるのが簡単なのが特徴です。

仕事が立て込んでるときに近づかれない作業スペースを確保しておくと最高です。信頼できる先輩に、そういう手段がないか相談しましょう。案外カフェなどで集中して仕事してたりするものです。

アドバイスしたいマン

あなた新卒女子で、何かの仕事を終えたとします。その瞬間、どこからともなくあらわれ、求めてもいないアドバイスをしていくのが彼らです。

基本的に「頼れる俺」でいたいだけなので扱いは武将と同様ですが、武将以上にエスカレートして口つっこんでくる可能性があるので、ほどほどにしましょう。

手を動かしてくれるのか、口を出してくるだけなのか、きっぱり分けて使えるヤツかどうか見極めましょう。

増田諸兄は多くの新卒より不可思議なおじさんとおばさんをご存知かと思いますので、職場に出没する先輩方を是非ご紹介ください

2017-06-17

(追記)

https://anond.hatelabo.jp/20170616221303

  

笹舟を流す気持ちで書き捨てた文に反応があってびっくりした。

「わかる」というコメントもいくつかあり、なんだか安心しました。ありがとうございます

いくつかのコメントに返信すると、まず夫との生活に不満は何もない。

というか、何も不満のない本当に幸せ暮らしを手にしても、彼に対する憎しみが蒸散しなかったということに落ち込んでいる状態

毎日夫とくだらないことで笑って、仕事愚痴を言い合って、一緒に家事を片付けて、おいしいものを食べに出かけて、幸せだな、この人のことを大切にしよう、と思うたびに、

「あの人と別れて本当によかった」と少しでも過ってしまうのが嫌で仕方ない。

夫と付き合い始めた頃に元彼のことはひととおり話してあるけど、「何だか知らないけどまあ別れてくれて良かったわ。そんなことよりウンコしてくるね」みたいな感じだった。

夫の方が元彼に一切興味を持っていないので、私からこの話をわざわざするメリットがない。

まあ私に関しては『口にするまでもないことだ』と考え続けている時点で全然関心を捨てられてないんだけど。

あと、元彼のことは、付き合っていた当時はすごく好きだった。

元の日記でも同じようなことを書いたけど、「すごく好きだ」という気持ちと「時間無駄にしている」という怒りを両立した状態で付き合ってた。

というか、学生時代恋愛って「すごく好き」以外に根拠がないからそれがどんどん肥大化して、最終的にこじれていってなんかすごい妄執になってしまったのかなと思う。

未だにこれだけ憎いのも、彼との思い出に残念ながらその「すごく好きだった」という価値があったからなのかな。よく分からなくなってきた。

ずっと元彼を締め出したままのSNSの鍵を今すぐ外して、共通の友人の誰かが「いいね!」を押せば簡単に彼の目に入る場で幸せ幸せだと発信してやったら、

LINEでいきなり「結婚おめでとう!今度は相手の人に興味が無くならないといいね。」と縁起の悪い最悪なことを言って水を差してやったら、

今後なにかの集まりでうっかり再会したときに面と向かって数年前言えなかった色んなことをボロクソ言ってやれたら、

どれだけ気持ちがいいだろう、と思うけど、

そういう行為を実行に移すことは簡単に自制できても(自分がどれだけ幸せか一切知らせることなく無関心に暮らすのが一番正しいと思っているから)、気持ちだけはどうしようもない。

今の自分成功幸運や充実に「ざまあみろ」という気持ちがまとわりついていることが不本意で嫌で仕方がない。

よく、失恋した人が復縁目標に「見返す」というモチベーションを見出すのは理にかなっていると思うけど、この先二度と関わり合いたくない大嫌いな相手に「勝とう」とするのはおかしい。

やっぱり丸ごと忘れ去ることができればそれが一番望ましいな。記憶があるかぎり制御できない。

彼と別れた時は教授バイト先のおばちゃん達から「長い人生の中の4年間なんて一瞬だよ、取るに足らない」という励まし方をされて割と効いたんですが、

このこともとりあえずは時間がどうにかうまいこと風化してくれることを祈って暮らそうと思います

こんなどうしようもない日記ブクマで温かい言葉をくださった方々にお礼を言いたいです。ありがとうございました。

2017-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20170204121256

文章が長すぎたなと思って本来目的以外を削除してしまったけど、読んでくれてありがとう

先方の動向はTwitterSNSでわかるので…。

幸福そうではないみたい。実際のところはわからないけど。

鬱々とした呟きと、時折ある日を目処に自死することを示唆している。

嘘だろうとも思うし、本当だろうとも思う。

その日までにこちらも先方の事を可能な限り忘れたいし、

いい加減自分の執念というか、妄執を手放したいんだ。

嫌われる勇気」は読んだけど、あまり印象に残っていない。

もう一度読み返してみるよ。ありがとう

2016-10-09

〇〇気持ち悪いと思わせたのなら大成功である

創作なんて気持ちの悪い行為

その気持ち悪い行為で出来上がったものも大抵気持ち悪い

洋の東西時代にかかわらず逸品として名が残る作品は作者の変質妄執性を窺わせる大変気持ちの悪いものばかりである

まり気持ち悪いと言わしめたのなら創作としては正解なのだ

からキモオタは神が創りし生きる名作ということで胸を張って生きてほしい

あぁ気持ち悪いって最高だなあ

http://anond.hatelabo.jp/20161008195146

2016-09-29

庵野秀明って嫉妬されるタイプだよなあ

最近の色々を見て、改めて思ってたのだけど、その一因が先ほどふと分かった気がする。

というのも、「庵野秀明新海誠への嫉妬燃えているに違いない」というどこぞで見かけた馬の骨因縁ツイートがあまりにも自分イメージと違うことで、何かそこにメンタルヘルス用語で言うところの投射があることに気づいたからだ。

 

まず、このツイート根本的に見誤っている事実として、庵野秀明という人物は、あの業界人間にしては極端に他人に対する競争意識というのが低い。

少なくとも、表立ってはそれを感じさせない人物だ。

今までそれと意識した事はなかったが、改めて探してみると、他人への嫉妬妄執が感じ取れる言動というものが本当に少ない。

自分以外のクリエイター作品はまず肯定的に評するし、作品比較して善し悪しを語るということにも熱心ではない。

富野由悠季の『そういう部分』をリスペクトしている割には、本人は驚くほど『競う』とか『順位を争う』とかという発想とは無縁の人物だ。

 

その代わりに顕著なのが、強い自意識だ。

ここで用いる言葉は、自尊心ではなく自意識、というのが妥当であるように思える。

ある種、究極のナルシストとでも言うべきか、他のクリエイター自分との力関係などまるで我関せず、ただ自分がどれだけ自分を見てる人に印象的に映るかということだけを考えている感じだ。

自分自分の客』だけが世界の全てであると言っても良い人なのだ

そういう意味で、セカイ系かいう古くさい言葉で語られる彼の作品類型は、彼に見えている世界観のものであるという事が改めてよくわかる。

 

当然の帰結として、庵野秀明が強い悪感情を抱くのはただ一つ、『悪い客』だけになる。

庵野にとっては同じ業界人などライバルでもなんでもない。ただ客だけが自分の戦うべき敵であり、「自分を分かってくれない」悪い客だけが究極の憎悪対象なのだ

幼稚と言えば幼稚なのかも知れないが、庵野にあるのは「なんで必死にがんばってる僕をわかってくれないんだ」という承認欲求だけで、それ以外の事は良くも悪くも何も考えていないのだ。

エヴァンゲリオンの、俗にいう『旧劇』は、庵野の強い憎悪ルサンチマン産物であるという事実は有名だが、それはあくまで『悪い客』に向けられたものだ。

庵野は、気に食わない批評家もっと有り体に言えば『オタク』に負けるもんかと闘志を燃やす事はあっても、かつて一度たりと同じ業界人に対する『対抗意識』で燃えた事などはないのだ。

 

しかるに、庵野がことさら嫉妬されがちな人物で、また冒頭に書いたような「若手を嫉妬しているに違いない」などという頓珍漢な言いがかりをつけられまでするという事実は、非常に興味深い。

庵野という人物は、常に競うという事とは無縁で、ただ『自分』を分かって欲しいという自意識だけでここまで来たクリエイターだ。

その事実は、取りも直さず、庵野秀明オンリーワンであり、別の言い方をするなら「自分トップに立てる土俵でだけ戦って来た人物であることを意味する。

だがそれこそが、自分土俵を作れず、他人と競う、オンリーワンナンバーワンとして嫉妬するということしか出来ない種類の人間には、もっと攻撃されやす属性なのではないだろうか。

 

究極のナンバーワンであるオンリーワン庵野は、彼らの目には常に妬ましいものとして映るだろう。

なんとかして、自分たちと同じ『競争』のルサンチマン庵野を引きずり込みたい。

庵野が気にした事もないような『軸』で、庵野ナンバーワンでなくなる軸で、庵野嫉妬して欲しい。

そんな願望が、このツイートのような、あまりにも庵野キャラクター齟齬を来す『勘ぐり』として現れるのではないだろうか。

 

彼らは往々にして、実際には自分で戦う事の出来ないただのオタク、つまり『観客』だ。

庵野秀明新海誠嫉妬して闘争心を燃やす事はまずないだろうが、このような、新海誠出汁にして、庵野いちゃもんをつけたがる『観客』がいる事実は、まだまだこれから庵野を奮起させ続ける可能性が、まあ、確かにある。

2016-09-16

反原発派は原発推進派にとって悪で居てほしいらしい

http://synodos.jp/fukkou/17814

あなたの思う福島はどんな福島ですか?――ニセ科学デマ検証に向けて

ブコメと一緒に読んでみた

#反福島デマをばらまいた奴らは万死に値すると改めて思った。

#情報錯綜していた事故直後はいざしらず,ある程度落ち着いた#2011年5月頃を過ぎてもデタラメを吐き続けた人間が,反省もせずのうのうとしているのを見ると怒りを感じる

などなど、基本的に皆、怒ってらっしゃる

確かに読んでみれば分かるけど、

#たとえば、2011年7月に発売された週刊現代では「残酷すぎる結末 20年後ニッポン がん 奇形 奇病 知能低下」とのタイトル特集掲載し、低線量被曝によってガンや白血病発症率増加、新生児の先天性異常率増加などの危険性があると主張しました。

みたいにまぁ、ひどいもんではある

でも、これって極端な例だと承知してもらいたい

反原発派の中には、ある意味放射能の恐怖に妄執的に囚われとる人もいるんだろう

実際に、放射線量的には問題ないなんて政府から発表されてるのも知っとるが、結局当時は防げずにメルトダウンまで引き起こして、今更不手際をちょぼちょぼ認めてるような狡い真似をするような連中の言うことを一から十まで聞いて安心しろと言われる方が無理な話だ

それでいて、政府や電力会社は隙あらば原発稼働には積極的

流石に電力会社福島原発惨状を受けて全く対策を取ってないとは思わない

でもな、

#http://www.asahi.com/sp/articles/ASJ807DWVJ80ULBJ017.html

制御棒処分、70m以深 国の管理10万年 規制方針

原発事故は一度限りだ

原発事故にやり直しなんてありゃしない

初めて原発を爆発させた時に「想定外」なんて言葉を使った時点で、もう信用度はゼロなのよ

対策とってまた事故られても、彼らはまた、「想定外」って言葉を使うだろう

今の福島原発を完全に収束させる手法確立すらしてないのに…

まあ、話題が逸れたが、最初に挙げた記事ブコメで、反原発派を宗教やら話が通じないやらと、反原発派を一般化して語る輩が居たからな愚痴らせてもらった

2016-09-15

自然の摂理に恐れをなした猿が、宗教を生み出した瞬間ってこんな感じだったんだろうなあ…。

妄執にとらわれて当たり前の現実安心することなく生き続ける人生ってどんなものだろうね。

最悪だろうな。ご愁傷様。

2016-09-07

http://anond.hatelabo.jp/20160907090733

サークルを潰すのはどうみたって単にツイッター感想を言う奴ではなくお前のような妄執にとらわれた女だよ

2016-08-10

■その恐怖をリアルに感じるとき

 男性男性告白されて恐怖を感じるのは、「突っ込まれる」ことへの恐怖だ。人生において突っ込まれ可能性の恐怖を感じたことがないのに、初めてその可能性に直面したわけだ。以前あった痴漢論議において、女性男性から痴漢被害を受ける恐怖は、男性がより屈強な男性から痴漢被害を受ける恐怖と等しい、とあったように。

セックスモンスターは心の中に

 ずいぶん以前、メディアでの「オネエ」の扱いや、BLなどの創作におけるゲイ男性の扱いについて、性的少数者からセックスモンスター扱いはやめろ」という声をネットでよく見かけた。男性はあまりご覧になっていないかもしれない。

 性的少数者は、いまだに性的に逸脱した存在だと見られがちだ。逸脱した存在は容易に「普通ではないおかしな人」=「異常者」に置き換えられる。異常性愛者と見なされると、彼/彼女は「性的存在カテゴリに置かれてしまう。「あいつは性的おかしい。(あまたある事象の中で特に)性に関係する存在だ。きっと性のことばかり考えて、しかもそれが異常なのだ。頭がおかしい奴だ。何をするかわからない、性的妄執を抱えたモンスターだ」というわけだ。

 言うまでもなく、性的少数派は、性の指向多数派と異なるだけだ。性指向以外については、性的多数派において多様な嗜好が存在するのと変わらない。わたしたち誰もが、恋人配偶者と過ごす時間もあれば、仕事をしたり、自転車に乗ったり、映画を見たりするのと同じ。

 ついでに言えば、これも多くの人が言うことの繰り返しになるけれども、同性愛者の好みだって人それぞれだし、サラリーマン的な社会生活を営む同性愛者の場合、過剰に性的言動をしない人が多いだろう(リサーチ数が少ないので断定はしない)。あなた会社でも過剰に異性に対して性的言動をするのか?(そういう男性がいることは知っている。そういう人が見ている同性愛者は自身の鏡だ)

性的視線への耐性

 始めに戻ると、なぜ男性は同性に告白されたときに、過剰な恐れを抱いてしまうのか。それは「突っ込まれる」のではないかという恐怖だ。性欲をはらんだ視線だ。自分を害する可能性をはらんだ、性的視線だ。(自分アナニー上位者なので大丈夫かいう戯れ言には、もちろんそういう性的嗜好の人もいるだろう、多数派にも少数派にもとお答えしておく)

 ところでどんなに不細工であっても、女性はそれなりに性的視線さらされて成長する。実体験で申し上げると、不細工側の体験しか披露できなくて申し訳ないが、たとえば品定めしたうえの侮蔑とか、品定めしたうえで「お前程度なら」という軽視、顔も見えない満員電車での痴漢などなど。そこに「突っ込まれる」恐怖は、自覚するにせよしないにせよ、幼い頃から常に存在している。でも、女性女性から告白されたときに、即座に「突っ込まれる」恐怖は感じにくいよね。

喜ぶか、驚くか、嫌悪感を抱くか、そこは人それぞれ、ケースバイケースだと思うけど、「セックスモンスターが近づいてきやがった!」という恐怖は感じにくい。だってついてないものね、あの棒が。

あなた告白されたら

 あなた告白してきた相手が、性欲むき出しで「いますやらせろ」というセックスモンスターならば、告白されたのは欲望しかいから、願ったり叶ったりという人以外は速やかに逃げるがいい。

 あなたへ告白が、まずはお付き合いしたいという甘酸っぱい愛の告白ならば、熟慮もしくは即断でお返事すればいい。もうこれは、胸を焦がすようなフィクションから増田の隅の日記まで、参考には事欠かないだろう。

 あなたへ告白が、堪えきれない懊悩の告白ならば、あなたが抱えられる範囲で耳を傾ければいいし、無理ならプロに任せればいい。ただし悩みや問題には、天才的な助言で万事解決するものばかりではなく、誰の手にも負えない、厄介なものもあるし誰にも救えないこともある。プロがいないこともあるし、災難を招くこともある。だからもしも仮に、あなたがここから口をつぐんで逃げたとしても、それは仕方のないことかもしれない。

2016-06-17

[]

白鳥異伝を読んだ。久しぶりの読書。読みきった充実感はあるけど、荻原規子小説自分には合わないのかもしれないと思った。

少女主人公から仕方がないのかもしれないけど、白鳥異伝も少女小説っぽいなって感想を持った。生まれ持った使命や純真恋愛などもろもろもの要素を練り込んだ大作になっていたと思う。

空色勾玉よりかエンターテイメント性に指針を振っていてので読んでいて楽しかった。特に小倶那の出生および悲劇的な運命は読ませるものがあったと思う。本当に可哀想男の子だった。

一方の遠子なんだけどすごい癖のある人物で困った。最後の方は好きになれたけど、中盤は本当にきつい。菅流に指摘された通りの思い込みの激しい人物で、なおかつ直情的なもんだから本当に共感しづらかった。初めに少女小説的って言ったのはこの遠子の性格が原因。彼女感情移入できるならかなり楽しめる作品なんだと思うんだけど、自分には難しかった。

また遠子に限らず、登場人物が揃いも揃ってものすごく感情に忠実なもんだからわず突っ込みたくなった。激情に駆られても理性が勝って冷静な判断をする場面が、殊に遠子に至っては殆ど無かったんじゃないかと思う。何やってんだよと何度か思ってしまったし、またこうなるのかとうんざりすることも多かった。

また古代日本舞台にしたファンタジーから当然とはいえ、折に触れて運命やら定めやらのキーワードが出てくるのも辛かった。その運命なり定めなりにしても、内実をある程度明らかにしてくれていたらすんなりと読み込めるのだけれど、ぼんやりとぼやけたままある状況下に陥ったのはお前の運命なんだよみたいな流れが出てくるのでもやもやした。まあ運命やら定めって言葉はそのように使いのが普通なのかもしれないけれど。

これら二つの気になる箇所が所々で悪魔合体たかのような読書感を与えてくるもんだから閉口してしまった。もちろんそのように感じる方にも問題があるんだけど、なかなかに辛かった。二度目読むときはその時々の登場人物が抱いている本当の感情がわかっているから楽しめるような気がする。一度目は文章だけを頼りに頭空っぽにして読んではつらいと思う。いろいろ想像して書かれていな本当の気持まで読まないと楽しめない小説なのかも。

その他の人物について。菅流がとびきり良い人物だった。喧嘩っ早くておちゃらけてて尻が軽いのに、面倒見が良くて優しい菅流は遠子と小倶那のいいお兄さんになっていた。七掬や武彦みたいな年長者たちは相変わらずどっしりと構えていて頼りがいがあった。

結局この物語大王が糞なのと、百襲姫が狂ってたのが元凶だったのかなあ。妄執というものは何に対してであれ恐ろしいものだと思った。

二巻三部に渡る物語で、それぞれガラリと話の感触が変わるけれど、一貫したエピソードでもって引っ張っていく小説だった。今度は薄紅天女を読む。

2016-05-16

頭のおかしい人は、妄執と信念の区別がつかない

@tomonobu0802 というTwitterアカウントがある。

女性声優は全て生活保護を受ける存在になるから自分の手であらかじめ潰さなければならない、と言う頭のおかしロジック

かなり本気で振りかざし、呼吸するように女性声優アカウント罵倒する人間だ。無論、彼は誰から相手にはされていない。せいぜい2chヲチスレ10年近く機能している程度だ。

ついでに、安いネトウヨで、アジア方面を呼吸するように罵倒しないとおのれの非才さを直視して死んでしまタイプ人間だ。

どうも15年くらい前はごく普通に同人活動をやっていたようだが、人間関係をまともに構築できないタイプのようで

今やさわるモノ全てにウンコを投げつけるマシーンになりはてている。

また、「俺は過去に3度会社をクビになっている」と、己の信念が社会と折り合いをつけるのを拒んでいるかの如く胸を張っているが、

単に仕事が出来ないのに正社員待遇を迫り、いちゃもんつけまくった挙げ句訴訟を行い、示談をもぎ取ったと言うが完全に「手切れ金」を渡されて捨てられただけのことになっている。

この手の頭のおかしい人を遠巻きに見ていると、「批判反論されることでより自分の狂ったロジックが正しいと確信を持つ」という性向確認できる。

これはまぁ、陰謀論者も「放射脳」と揶揄される先鋭的反原発主義者も、最近話題の「広義の「しばき隊」」あたりもなんだが

自分の正しさって奴に懐疑を持つ能力のものを失っている、あるいは自分の正しさを否定するとアイデンティティのもの消失する人間だ。

彼の抱えている「信念」ってのは、そういう自らの狂気妄想の類を「正しい」と思い込まないと自分自身も堪えられない「妄執」でしかない。

から他人罵倒しておのれを省みたら必要性を一切感じ取ることさえ出来なくなっている。省みるというのは、おのれの心臓をえぐり出すことに等しいからだ。

こういう人間が、「反レイシズム」だの「環境保護」だの一件社会的反論しにくいテーマを持ち出して、そこに居る「悪党」に見えるモノを罵倒すると

奇妙なカリスマを持ち始め誰も止めることが出来なくなる。

現在の @kdxn が完全にそれなのだが、かつてのmixiでの彼の傍若無人な態度を知っている人間は、

しばき隊やCRACをバックアップしはじめた頃からあいつに関わるとろくな事が無い」「奴は人語を繰り出す獣でしかない」と初期から警鐘を鳴らしていた。

その結果が、今のありさまである

社会運動を、こういう頭の可笑しい、反省する能力の無い人間に仕切らせてはならない。女性声優罵倒し続ける程度の頭の可笑しい人間程度に納めておかないと

社会的に正しいことをすることを白眼視させる」事になるぞ。

2015-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20151226213112

赤旗記事が新着に上がってる時はほぼ必ずいつものIDなんだけど、あれは業務というよりは妄執の類いだと思う。

2015-11-12

R・ドロシーがずっと好きだ

高校の時に魅入られてしまった。それから10余年間、ずーーっと好きだ。

他の女性浮気したこともある。でも結局、ドロシーに戻る。

なんだかんだで一番好きだ。この部屋にいてほしいと強く願ったこともあった。

叶わない夢だという事が頭でわかりつつ、腹落ちするまで相当時間がかかった。

就活の時に自己分析をした。

その時、「結局ドロシーがいないのなら生きてても一緒だ」という明快な結論に陥った。

それから精神的にとても辛い日々だった。

自分を引き上げるきっかけをくれたのは、ある野球選手だったのだが、本題から逸れるのでここでは述べない。

ドロシーが好きだ、まるで初恋のような気持ちだ。

妄執と言われても仕方ないのだが好きなんだ。

もう現実に手に入らないことはわかっている。

ただ、二つの可能性はある。

一つは自分想像力を鍛えて、作り上げることだ。

もう一つは過去偉人として好きになること。

どちらにせよ、実現可能なことだ。

この二つの解決策が思い浮かぶまで、本当に辛い日々だった。

最近余裕が出来ているのは、この二つから選ぶ猶予期間(=モラトリアム)が生じているからだ。

そして、この二つは行き来可能だ。

ようやくゆとりや幅が出来た気がする。本当に楽になった。

2015-10-22

http://anond.hatelabo.jp/20151022141318

わかる。

いまのままいけば小物極まりない性格そのままでもみのほどにあったそこそこの幸せを得られそうだしな。

まだお仕事募集の時の態度やはてな外との人との接し方などで多少は思いあがりあるようだがさすがにあと1、2年もすりゃ大人になるだろ。

その間にリアルの人脈に軸足を移して脱はてなを成し遂げれれば今みたいにちやほやはしてもらえなくなるがくっていけるようにもなるかもだし。

しかこいつは親が生活費全部面倒みてくれてるはずだからここ数年で野垂れ死にみたいなことにはならんはずだ。

一時期は高圧的な態度を続けた挙句からもそっぽ向かれて自殺するかもなって心配してたがそれはもうなさそうだし安心してる。

見えてる死亡フラグ

・あの夢売りイケダハヤトですらリミットと定めていた3年を越えてまだ食って行けてないのにブログだけで食っていけるようにという幻想に囚われ続けること

・ピークは確実に越えてしまい今ではどんどん地位が落ちていってるにもかかわらずはてなでそこそこ力を持っている俺っていう唯一のプライドの拠り所ににしがみつこうとして尊大に振る舞ってスルーされること

仕事しない俺格好いいだとか俺にあった仕事以外はしないだとかこだわりを持ってる俺かっこいいみたいな妄執にとらわれて貴重なチャンスを逃すこと

ブログネタになると思っているのか知らんがいつまでも独学で躁うつ病のことを語りつづけて30になっても状況が改善しないこと

などだがさすがにそこまでアホではないと信じてる。

から1年から2年がはてな依存から抜けだして自力生計を立てられるようになるラストチャンスだってことさえわかってるなら黙って見守るのがよいかと。

2015-10-08

そろそろ、10/9

10/9=1,11111111…

割り切れない。

10/10=1

割り切れる。

ただでさえ秋は精神変調をきたしやすい。

脳内で、月/日を妄執のように計算し続けるタイプ人間には

些細なことが気にかかる。どうか1日もってくれ。俺の精神

2015-09-21

ハッピーボイスキラーっていうサイコキラー映画を見たんだけど」

徹頭徹尾ナンセンス映画でさ、狂気の中では80年代アメリカ風の青やピンクカラフルな色遣い、現実はすさんで、臭くて、すえた臭いがするような描写で落差をつけててさ」

「今度マーベルヒーローのデッドプールをやるライアンレイノルズって役者主人公なんだけど」

「ひょんなことで同僚のマドンナをXXしちゃって、そっから統失もっとこじらせて他の同僚も……って話」

「こう、脳内天使と悪魔が、飼ってる犬と猫、みたいな」

「なんつーか、サイコキラーシリアルキラーって無個性なんだよな。特にパラノイアから自分意図したわけじゃなくて、要するにラリパッパの結果、っていうか。映画自体は駄作だったよ。」

「でも昔似たような妄執を抱いたことを思い出してさ」

「ひとりだけ忘れられない同級生がいるんだ」

「色白で黒髪がツヤツヤで、最近流行りのちょっとだけ目の離れた涼しげな美人で、誰にでも優しくて、泣きぼくろがあった。これは事実。本当の話。しかも賢くて志望は国立医学部だった。浪人後は知らないが絶対に受かったに違いないよ。すごくキレイな人で女神に見えたんだ」

「俺はそのころいじめられてて、何もうまくいかなくて、彼女の隣の席で彼女解体する妄想ばかりしてたんだ」

「それ以前も以降も、女性を好きになったことはない。解体する妄想も、最高にキレイな人じゃなきゃ意味なくて、牛や豚や鶏を解体する動画を見て、人体の解剖を学んで、人体ならどういう順序で解体すべきか何度も何度も脳内や紙の上でシミュレーションしたんだ」

「だからその時のことはちょっと思い出したかな。」

「とにかくエンドロールナンセンスすぎるミュージカルが最悪だったよ」

ヒロインも、サブのヒロインもまぁかわいかったけどね。」

2015-06-10

常習痴漢精神疾患だろう

刑務所でも性犯罪者は収容者間の扱いがヒドくて、病的な妄執が無ければ、もう懲り懲りと思う筈だし。それでも止められないのは病気からだよ。

2015-05-07

あっ、子作り=社会の責務っていう妄執に囚われたキチガイ増田久しぶりに見た

GWももう終わったんだなあとかんじられ 

2015-04-10

さんかれあ感想

 『さんかれあ』という漫画がある。とても面白かった。面白い物を読んだら、その面白さについて語り合いたい。だけど俺にはそんな気の利いた友達は居ないから、いつもはネットで他の人の感想文を読んで満足することにしている。だけど、『さんかれあ』については、ちょっと検索した程度では語っている人が見つからない。だから俺が書くことにした。増田に。この感想文を読んで、一人でも多くの人が、この作品を手に取ってくれたらいいな。

 では早速『さんかれあ』の魅力を語って行きたいのだが、ネタバレなしで語ることはできないので、そういうのが気になる人は先に『さんかれあ』を読み終わってから続きを読んで欲しい。

 などと言うだけで本当に本が売れるなら苦労はないので、まずは立ち読み感覚でこの物語を紹介をしようと思う。

 主人公ゾンビが大好きな男子高校生。死んだ飼い猫を生き返らせようと、廃墟で夜な夜な怪しい書物を元に蘇生薬を調合していた。その夜も薬の調合に精を出していると、同じく人に言えない秘密を抱えたヒロインと出くわす。ヒロインは良家のお嬢様なのだが、父親の偏狭的な愛から来る過度な束縛と、性的虐待ともとれる行為に打ちひしがれ、しかし誰にも相談できずに、ただ古井戸に向かって内心を叫ぶことで心のバランスを保っていた。彼女主人公の作っている蘇生薬に惹かれ、二人は薬を作るため深夜に密会するようになる。それを知ったヒロインの父は二人の仲を引き裂こうとするが、逆に不慮の事故から彼女を死なせてしまう。だがなんと、主人公の作った蘇生薬を飲んでいたおかげで、彼女ゾンビとして生き返ったのだった。これは人の道を外れ、やがて腐り果てる体となりながらも、ゾンビとして刹那人生を楽しもうとするヒロインと、その期望を叶えながらも、彼女を救う道を模索する主人公が織りなす、ボーイ・ミーツ・ガールな、ちょっとラブコメで、だいたい妖艶にエロくて、けどちょっと物悲しい、そんな青春物語──

 さあ、続きが気になるなら即Amazonポチろう! アニメにもなってるからDVDもいいぞ!

 では、以降は『さんかれあ』を読み終わったことを前提にして語っていこうか。この物語難病系の一種であるサナトリウム文学って奴である。俺は『世界の中心で、愛をさけぶ』とか『イリヤの空、UFOの夏』とかも好きだ。我ながら分かりやすい消費傾向であるパターン一緒じゃん。けど好きなのだから仕方がない。

 しかしその二つと違って、『さんかれあ』は読んで号泣してしまうような物語ではなかった。端的な表現をするならば、読めば自然に目に涙が滲んで、でも流れない。そんな物語だった。思うに、これは登場人物感情移入できないことが理由ではないか。だって俺はゾンビっ娘に萌えないし、好きな人を食いたくなって葛藤することもないし、千紘にも礼弥にも感情移入は難しい。だから自分事ではなく他人事として物語を眺めることになるし、きっとどこか遠い世界でこんな美しい物語があったのだろうかと思うと、憧れや寂しさが複雑に混ざり合って、心臓の裏側と背骨の間にシンシンとした冷たい痛みを感じるのである。ああ、たまらない。

 ひとまずは物語の全体の流れを振り返ってみることにする。『さんかれあ』は全11巻の物語で、展開はわりとはっきりしている。序盤はヒロインの家庭関係における悩みが原動力になって物語が進み、一応の決着を得る。中盤はいよいよ難病物の顔が現れてきて、主人公たちの奔走も虚しく終盤に悲劇が訪れる。

 各巻ごとにもうちょっと詳しく展開を追うと、1巻目は起承転結の起で、千紘と礼弥の出会い、礼弥のゾンビ化という物語の中核を担う事件が起こり、暗に陽に物語の今後の方向性が示される。2巻目ではこの作品におけるゾンビの設定を読者に紹介しつつ、ヒロインの父親と対決し、勝利する。3巻目ではダリからゾンビ運命が告知される。4巻目で礼弥に症状が発症し、5巻目で奇跡的な回復から小康状態を楽しみ、呑気にラブコメなんてやって、ずっとこのままでいられるかと思わせておきながら、6巻目ではばーぶを使って、千紘に生な体験としてゾンビ宿命と礼弥の未来の姿を見せつける。7巻目から8巻目でZoMAに出向いて謎の巨大な組織との戦いを経験しつつ、新たな希望提示して、9巻目から10巻目で残っていた謎に説明を着け、その間にも礼弥の病状は深刻化し、ついに日常崩壊し、11巻目でバッド・エンドかと思わせながら、どんでん返しハッピー過ぎないハッピーエンド、となっている。

 俺は何かと戦う姿を書いた物語が好きである。戦うとは、今の自分境遇を少しでも良くしようともがき苦しむことである。結果として自分も人も傷つくかもしれない。だが止めるわけにはいかない。そういう、どうしようもない衝動の事である

 『さんかれあ』には主に二種類の戦いを描いた物語である。一つは自分を取り巻く周囲の人間関係との戦い、そしてもう一つは死別という生命にとって避けられない運命との戦いである。物語の始めから終わりまで、一貫して千紘は死別と戦っている。普通難病物では、死にゆく人を死なせないために戦うのであるが、この物語では既に死んだ人を取り戻すために戦うのが、オリジナリティであり哀愁を誘う仕掛けである。一度死んだ者に仮初の生を与え、やがて失う事の決まっている仮初を、どうにか逃すまいともがくのである。生きる者は全て死ぬ。その絶対的運命を一度回避してしまった代償に、二度目の死別はより悲劇的で凄惨な物として描かれている。

 この戦いの周囲を彩るように登場人物の様々な戦いが描かれる。礼弥は父の強すぎる愛情と戦い、わんこは恋敵と戦い、ダリンは父の気を引くために戦い、じーちゃんはあらゆる死別と戦い、戦い、戦い疲れて引退している。

 面白いのはこの物語に描かれたぞれぞれの戦いは、全部バラバラに並列に起こっている戦いであり、基本的に全員が自分の戦いは自分でケリを着けているところである。千紘は他の登場人物の戦いに巻き込まれはするものの、せいぜい手を貸すといった程度で、最終的な幕引きは必ず本人が行っている。例えば序盤に大きなウェイトを占める礼弥とその父との戦いだが、千紘は父側に拉致されたために巻き込まれる形になったが、本人が積極的散華邸に乗り込むようなことは無かった上に、父の妄執を断ち切ったのは礼弥自身である。千紘が能動的に行動するのは、自分ゾンビにしてしまったばーぶや礼弥に関してのみである。これらの戦いがその時々で出たり引っ込んだりして、作品全体の緊張感を一定に保ちながら物語は進行する。

 分析してみると、俺はこういう、死別と戦う話が好きなんだなぁと改めて思った。

 さて、物語の骨格を分析してみたけれど、ちょっと理屈っぽくて退屈な感じになってしまたから、今度は物語の肉にあたる部分を見ていこう。いくらご大層なテーマがあっても、作品に魅力が無ければ読まれやしない。この物語を読者に読み進めさせる魅力は、やはりヒロイン散華礼弥がとびっきりかわいいからだ。壮絶に色気を醸している。まじやべえ。

 彼女は死のメタファーである。第1話の1ページ目からして腹から腸はみ出させている。まじやべえ。次の登校中の登場シーンではありきたりな、つまらない美少女キャラかな? と思うが、千紘が蘇生薬の調合なんつー怪しい作業をしている雰囲気の中で再び現れ、傘から死んだような顔をのぞかせて、何をするのかと思えば井戸に向かって大声で愚痴叫びだす。この落差にくらくらする。静から動の変化。死から生への変化でもある。しかも、実の父親に裸の写真を撮られているらしい。アブノーマル背徳的で、ひたすらエロいエロいが見た目は清純キャラだ。というか彼女エロくない、ただの被害者だ。同情すべきだ。だがしかし、劣情をかきたてられるのは、いたしかたない。

 そんで、胸チラしながら千紘と一緒に蘇生薬を作りたいとか言い出す。死体ゾンビとして生き返らせる薬なんて、イケナイ物を作る作業を、一緒にやりたいとか言うわけだ。背徳的だ。こんなの絶対に二人だけの秘密だ。美少女誰にも言えない秘密を共有? たまらんがな。優越感と自己肯定感をかきたてられる。羨ましいな!

 そしてこの短いやり取りの中に「死んで別の人間に生まれ変わりたい」「実験台になってくれよ」「私がゾンビになったら」などと不穏なセリフが散りばめられている。第1話の最後のページも、可憐笑顔と不吉なモノローグが対比して、どえらい色気なのである。なぜだろう。スイカに塩をかけると甘くなるのと似た原理かもしれない。うん、やっぱ影のある美少女っていいよね!

 もーこれだけでもノックアウトなのに、第2話もエロかわいい姿を見せてくれる。特に千紘にゾンビとして生き返らせてくれと頼む時の表情はたまらない。何かを思いつめているわけだが、一度死んでゾンビとして生き返る、なんて眉唾であまり気分の良い話じゃないもの真剣に頼む様子に、やはり死のイメージを感じる。紫陽花で作った蘇生薬をばーぶに飲ませるが、生き返らなかった。そこには静かな、ただただ静かな死が表現されている。そして夜出歩いていたのを父に見つかり、自宅での軟禁生活が決まった彼女は、その夜、涙を流しながら紫陽花の毒で自殺を試みるのだ。なんともいじらしい。

 そしてついに事は起こり、彼女は崖から転落死する。そのシーンがまた凄い。彼女は落下の途中に腹部を木の枝に引き裂かれ、血まみれになりながらも立ち上がり「責任取って…下さいね…」と来るのである。言うまでもなくこれはセックスを暗示する。しか処女喪失である。暗示されているのはセックスなのに、しかし実際に描写されているのは腸のはみ出た死体である。ここで脳の認識野が多少の混乱をきたす。この混乱の結果生まれるのが、ゾクゾクするような壮絶な色気である。今まで丁寧に積み上げられてきた描写が、この血まみれの満面の笑みに集約して、散華礼弥というキャラクターを固定する。読者は完全に恋に落ち、もはや彼女から目が離せなくなる。

 こうして『さんかれあ』という作品の最大の魅力が作られたというわけであるゾンビになった彼女はむしろ生き生きとして、短くてもいいからささやか幸せを楽しみたいと言う。いい娘すぎる。いじらしい。かわいい。それでいて、意識の混濁したゾンビとして、欲求に素直な妖艶な姿を見せたりする。たまらない。また、この表現楽しい時間が限られている事を否応なく読者に思い知らせ、切なさを一層かきたてる。この思いは彼女の体に、癒えることのない傷が増えていくに従って強くなる。彼女は必ず失われるのだ。ああ、悲しい。切ない。彼女と一緒にいる、今この時が尊い。

 もちろん魅力的なキャラクター彼女だけではない。千紘の幼なじみにして姉さん女房役のわんこは、生のメタファーであるゾンビとなった礼弥とは対称的な存在である。生きた生身の女なのだから当然である。それだけでなく彼女は千紘や礼弥が落ち込んでいたり、物語分岐点で、彼らを引っ張り上げる役割をする。死の世界から救い出してくれるのである

 ダリンは患者に病状をつきつける医者役割をする。甘い事を一切言わない恨まれ役でもある。だが間違った事も言わない筋の通った人間である

 じーちゃんもまた、いい味を出すキャラクターである最初蘇生丸を調合し、全ての物語の元凶となった人物。一番最初に礼弥を見た時、彼女を貞と呼び、「わしが悪かった」と謝っているが、後になってこのような細かな伏線がきちんと回収されるのが心地よい。普段はボケているのに時折見せる鋭い視線にも魅せられる。いくつもの死別を乗り越え、傷つかなくなっているのではなく、傷を飲み込み共に生きる事を覚えた成熟した男を思わせる。最期に元妻のゾンビと一緒に逝くシーンは思わず涙ぐむ。

 書ききれないが他にも魅力的なキャラクターが満載である。このキャラクター達が魅力的な物語を作っているのである

 さて、長々と語ってかなり満足した。『さんかれあ面白いからみんな読むといいよ! ああきっと、紫陽花を見る度にこの物語思い出すんだろうなぁ。

2015-01-13

ベイマックス」と「イノセンス」はほぼ同一作品である

ベイマックス」と「イノセンス」はほぼ同一作品である

物語共通点ベイマックスイノセンス
主題都市であるサンフランソウキョウ(奏京)エトロ経済特区
2つのスタイルを二重写しにした都市であるサンフランシスコ×東京チャイナ×ゴシック

以上。


って感じなんだけど、他も思いついたので書く


ドラマ共通点ベイマックスイノセンス
人に快楽をもたらすロボットがいるケアロボットベイマックスセックスロボットガイノイド
人に快楽をもたらすロボットはなめらかであるマシュマロボディ球体関節人形
人に快楽をもたらすロボット暴力をふるうベイマックスチップガイノイドハダリ」の戦闘モード
黒幕企業体と個人の妄執の複合体であるクレイテック社×カブキマンロクス・ソルス社×キム
黒幕都市から海で隔てられた場所本拠地を持つQUARANTINEなポータルロクス・ソルス本社戦艦
未熟者が消えたメンターを追うことがドラマの主軸であるヒロ:タダシバトー:素子
消えたメンターロボットの中に顕現するチップ素子ガイノイド
物語ドラマの隙間を引用で埋めるMAKEマジンガーニンジャ、みつを、フランケンシュタイン映画...孤独に歩め云々
原作レイプするものMARVELBIG HERO 6士郎正宗攻殻機動隊



クソ素晴らしかったし、以上の観点から号泣ポイントベイマックス追っかけ→カーチェイス→初飛行シーンの三連コンボなわけですが、シュガー・ラッシュからの流れ、レオパルドン返り咲きもあって、我々はこの愛にどう応えようか、応えられるのか、ということを考えています。あとカブキマンの演技(首と肩)がいちいちケレン味しかなくて最高。あとGo-Goの太ももが説得力あってめちゃシコ。



ところで「FEAST」、被写界深度&ホコリ(空気遠近法描写技術的にすげえ所まで来たなあ、という感じでしたが、どう考えてもあの犬、子どもたちが大人になる前に寿命なんだよな……というのがキツかったです。

パトレ……うん? なんですかそれ見たことありませんね。ゆうきまさみ本人がオチで出てるんですか?

2015-01-02

Natural Color Phantasm Vol.14 『ONE~やむべからざる、必要と実質』

■本文。

 朝のワイドショーで[社会的ひきこもり]を特集するようになるとは、世の中、つくづくアレなんだなあ、と思う今日このごろですが、今月のお題は『ONE』です。本当は最終回まで取っておこうと思っていたのだけど、小倉さんとデーブ・スペクター斉藤環が同じ画面に映っているのを見たら、辛抱たまらなくなったのですよ。しかし、『二時のホント』が終わったのは、ワイドショーマニアの筆者には痛い……。

 ―――さて、『ONE』をプレイして強く感じたのは、母性父性の欠損に対して、援護射撃に頼らない直球勝負を挑んでいることだろう。ただ、同じ主題を扱っていても、手慣れたテキストの『Kanon』に比べると、まだ手探りの部分が多く、比喩などにあからさまな引用も多い。だから、必ずしも褒められたものではないのだが、BGMと画面演出の組み合わせを効果的に使う[音の魔法]に頼っていない分、言霊比重が高くなっている印象を受けた。

 重要ポイントは、この作品で描かれる世界には、超えるべき父性最初から存在しないことだろう。同時にそれは、学習することもできないということでもある。[他者]は、主に母性を巡るものとして描かれているが、主人公である浩平の母親は、カルト系の新興宗教に盲従した結果、母親であることを放棄している。そして、浩平は、他人との関係性を肉親から学習しないまま=子供のままで妹に対し、父の代わりを演じたが、妹の死により、父性の獲得=男性としての自立にも失敗してしまう。そのため、主人公は二重の意味で心理的欠損を抱えているのだ。

 更に、母親発狂し、ウロボロス的な母性を発動させてしまった際に、母親拒否している浩平は、壊れた母性に対する嫌悪感を潜在的に抱き続けている。由起子おばさんが、一度も浩平の視界には現れないことや、長森シナリオでトゥルーエンドに辿り着くためには、長森を嫌悪し続けなければならないことの理由でもある。いわば、母性父性の欠損を巡る内面問題こそが、『ONE』という物語の核になっている。また、宗教によって母親発狂し、浩平の前から姿を消すシーンは、『ONE』の前作にあたる『MOON』の主題継承しているとも言えるだろう。

 だから、この作品の基本構造は、どのシナリオアプローチの違いこそあれ、本質的には同じだ。他者との距離感を知らないまま成長していくことに、情緒的な病による死を予感した浩平自身本能が、自然死を避けるために、偶然を装った出会いを起こし、浩平に欠損した部分を取り戻させようとしたことが、物語動機になっている。そして、浩平自身本能は、ゲームの作り手であり、浩平はプレイヤー自身である

 だからこそ、浩平の鏡像となる女の子たちは、それぞれが身体的なハンディキャップや心理的外傷を持つ者ばかりが選ばれたのだろう。同情という媒介を用いなければ、出会いという動機を持つことができないほどに、浩平の病状は悪化していたし、宝探しを始めるには、同じ宝を共有できる相棒必要だったのだ。

 本能の企てに乗せられた浩平は、達成されなかった父性確立に再度挑戦する。ところが、達成寸前に壁が現れる。それが[えいえんのせかい]という、癒し象徴でもある異界への願望だ。もっとも、異界が具体的に描かれることはない。まあ、具体的に描いたら、山上たつひこの『鬼面帝国』か、出口王仁三郎の『霊界物語』みたいになってしまうような気もするが(笑)

 ―――いや、最初から浩平は異界に取り込まれていたのだろう。つまり、浩平が抱いていた、思春期独特の中途半端世界認識が、そのまま、異界への潜在的な願望として、妄執のように内在していた。それが、絆の発生で、完全な鏡となった女の子を介して照らし出されたのだ。つまり中途半端に終わった目的を今度こそ達成しようという意志現在)と、中途半端のままで反復しようとしている記憶過去)が衝突したことで、[えいえんのせかい]という、思考停止状態に陥ったのだろう。

 さて、プレイヤーとしての浩平が一度、舞台から退場することで、今度は、選ばれた女の子自身母性主題自覚することになる。そして、父性母性相互補完的に成立することで、浩平は再び舞台に戻ることができる。つまり、互いを鏡像他者認識することによって、欠損を補填した訳だ。この構造自体はありふれたものだが、ありふれたものであるがゆえに、強い言霊を生み出すことができる。そして、この作品特筆すべきことは、美少女ゲームで描かれる世界が失われたロマンティックであり、実際にはあり得ない世界だということを巧妙に描いていることだ。

 何故なら、『ONE』の登場人物たちの多くは、自分たちの生きている世界に対し、無自覚肯定をしない。強い否定もしない。約束された楽園が既に失われてしまっているということを、登場人物自身自覚しているように見える。プレイヤーもまた、物語を介し、その完結に立ち会うことによって、楽園が失われたことを知りながら、ゲーム内の楽園に耽溺するという、二律背反的な認識を持つことになる。

 例えば、『ToHeart』が、ゲーム内ではいったん完結しながら、アニメ化メディアミックス)にあたって物語世界を再構築した際に、約束された楽園主題を持たない真空状態を維持すること……終わらない物語であり続けることを選択し、ユーザー楽園願望を全面的肯定したことで、現在でも現役の商品として、人気を保っているのに対し、『ONE』の場合は、主題を巡る部分が『Kanon』と『鈴がうたう日』という二つの作品分岐&移行してしまったことで、作品商品の両面で、既に幕を閉じているのだ。

 この辺の違いについて、最も分かりやすいのは、やはり、長森シナリオであろう。『ToHeart』のあかりシナリオに対するメタ的な構造を持っているかなのだが、筆者も鈍いので、気づくまでに何度かキレそうになったのは余談だ(苦笑)。

 もっとも、『ONE』以降、恋愛描写を重視した[泣き系]の作品が氾濫したことで、相対的主題空洞化と、[お約束]としての普遍化が起こっているのは否めないが、この作品自体は、非日常日常や、万能感と無力感の間で葛藤する思春期独特の世界認識通過儀礼を描いた作品として評価できるだろう。

 更に言えば、本来は『WhiteAlbum』や『デアボリカ』のような、ユーザー価値観を揺さぶタイプ物語が担っていた役割を、『ONE』の成功で、思考停止による癒しを主目的とするタイプ物語でも担えることを証明したのだ。

 物語とは、社会と個人を繋ぐ媒介だと思う。いつの時代も、その本質は変わらないが、物語を伝達する手段は、時代の変化と共に変わっていくものだと、筆者は考えている。美少女ゲーム媒介として、社会と繋がり、社会学習していくという構図も存在できると思うし、一見楽園肯定するような表現に重層的な含みを持たせることで、現実社会との距離感認識させる手法確立を、本格的に模索する時期に入っているのではないだろうか?

■あと一回のお知らせと総括。

 ホームページでは既に告知済みだったのですが、本コラムは次号で最終回となります。次回は連載総括という形で、これから発売される作品について触れたいと思っていますので、作品ごとの論評としては、今回が最後です。

 降板理由は、今年に入り、筆者の健康状態が悪化して、月刊ペースでの連載が難しくなってしまたからです。無理に書いて、自己模倣に陥ってしまっては意味がありませんし……。

 ―――そういう訳で、読者とメーカーの方々には、一年と少々、筆者の回りくどい文章に付き合っていただき本当にありがとうございました。連載はあと一回ありますが、この場を借りて御礼申し上げます

2014-12-24

ローマ法王が語った「バチカンが患う15の病気

自分たちが不滅で不可欠だという感覚 「自らを批判改革できない法王庁病気だ」

②働き過ぎ 「仕事をしたら休むことが必要

③心が石のように頑固になること 「泣いている人と共に泣き、喜ぶ人と共に喜ぶ。人間的な繊細さを失うのは危ない」

④計画しすぎること 「計画を変更しない方が楽かもしれないが、神のみ心に従う自由を失ってはいけない」

調和なく動くこと 「和が乱れれば、雑音が混じる楽団のようになる」

妄執や誤った考えにとらわれること

⑦張り合ったり虚飾に走ったりすること

現実に向き合わないこと 「聖職者役割放棄して官僚主義的な仕事に収まり自分たちだけの別世界を作る」

⑨陰口を言うこと 「はっきり物の言えない臆病者の病気だ。『陰口というテロ』に警戒を」

上司神格化 「出世第一主義と日和見主義の餌食だ」

他者への無関心

お葬式のような深刻な顔 「伝道者は喜びを伝えなければならない」

物欲

⑭閉じられた「内輪」を優先すること

世俗的な利益を求め、見えを張ること

2014-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20141125175040

増田みたいな、環境に恵まれまくって教育投資ぶっこまれまくった人間普通の街医者とか勤務医とかになって特に何か変革を起こすわけでもなく既存システムの中で適応して一生を終えていくのってすげー損失だよなって思う。

でも研究仕事とかしてみて思うのは、新しいものを産み出すのは頭が良いだけじゃできない何か別の要素がある気がするってこと。もちろん頭の良さは必須だし良ければ良いほどいいんだけど、頭がそれほど良くなくても凄いものを産み出す人もいる。

その要素は、アインシュタインが言うように情熱とか妄執みたいなものでもあると思うし(確かにボンボンは生まれた時から全てが満たされているせいか、情熱に欠けるケースは結構多い気がする)、またもう少し別の何かもあると思う。

でもやっぱりそれだけ超絶に恵まれた人には、何か社会を良い方向に変える成果を出して欲しいと思うんだよなあ。

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