「献身」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 献身とは

2017-08-20

何故客室清掃に対する苦情が減らないのか

ホテルマン自身が清掃を「楽で価値のない仕事」とバカにしているからです。

ホテルマンが勤務しているホテル営業宿泊施設の大半が、清掃業務を外部委託しています

募集教育にかかる手間暇削減

◯清掃に係る人件費外注費として処理

グループ子会社利益を再分配、できるからです。

しかし、一番の委託理由は「客室清掃が賃金に見合わない重労働」だからでしょう。

ホテルフロント係が決して流さない多量の汗を、客室の清掃員が毎日引き受けて流しているのです。

一般的ホテルと清掃会社請負契約はどうなっているかというと

契約の要といえる「一室辺りの清掃単価」、ホテルの規模や付随契約によっても上下しますが600円以下が多いと聞きます

清掃会社の間接費を引くと、300円以下になることも珍しくないようです

さて、ここで重要なのが契約書に書かれている委託業務の内容です。書面に載っていなければ強制される法的根拠はありません。契約の文中にない清掃不足は責任を負わない、当たり前ですよね。

まりホテルマン要求する清掃レベルが、契約約束事として肌理細かに書き込まれていない限り、清掃会社請負バイト契約書面以上の作業を、献身的に行う義務は一ミリも無いと言う訳です。

一向に改善されない客室清掃のクオリティに腹を据えかねたホテルサイドの責任者が、直接客室に赴いて徹底指導しても、少なく見積もられた持ち時間を削られて不快な小言に付き合わされる請負バイト感情を害するだけです。

結局その小言が契約書に書かれている範疇かが問題となってくる訳です。

金銭ケチって、請負バイト献身性に委ねていたホテル経営者を叱責すべきでしょう。

清掃クオリティにご不満があるなら自ら体験してみて下さい。ホテルマン自身が同じ時給で、その重労働体験すべきです。最低一か月は継続して下さいね

ルームメイクのキツさを知らないフロントから高飛車に言われたのでは強い反発を覚えるだけです。契約書にない追加的要望を拒む権利請負バイトにはあります

同じ釜の飯を食って、請負バイト愚痴や不満をたっぷりと聞けば、皆さんがどれだけ傲慢な振る舞いをしていたか気付くでしょう。

ホテルマンが客室清掃の体験初日に何室仕上げる事が出来ると思いますか。ホテルマンが常日頃求めている「完璧」を現場実践するのであれば、請負バイトの半分にも満たない室数になるでしょう。一ヶ月経っても請負バイトの平均ノルマ、十室には遠く及ばないでしょう。

嫌と言うほど、ご自身無理難題押し付けていた事を実感できる筈です。ホテルマンには配慮と労いの精神、なにより想像力が足りないのです。

客室清掃を請負バイトが一日に何室仕上げているのか。どんな思いで作業をしているのか。何を面倒に感じてどんなふうに時短しているのか。ホテルマンは肌身で感じ取るべきです。

そして、本当に改善すべきなのは誰なのか。その足りない頭でよく考えてください。ヒントは現場に、山の様に溢れている筈です。

バカホテルマンも流石に気づく筈です。

客室清掃の不備を訴えるお客様の苦情は、委託したホテル自身が作り出していると。外注丸投げという名の怠慢がそうさせているのかも知れないと言う事に。

請負バイトとの関係改善処遇改善こそが、苦情を断ち切るために必要不可欠なのだ確信出来るでしょう。

さあ、今すぐ苦情をホテル経営者に。

本当に改善すべきは「委託契約内容委託費」なのです

2017-07-27

増田、状況に呑まれてるよ。それはきっと「君」じゃない。

https://anond.hatelabo.jp/20170715092225

自分マタハラ野郎なのかどうか、よくわからなくなってきた。

この増田を読んだ感想をまとめると

増田は状況に呑まれており、マタハラ野郎かどうかという増田個人価値観と言えるかどうか疑わしい

ブコメで「マタハラ野郎ですありがとうございます」と叩いてるブクマカも同じ状況なら大半は呑まれて似たようなことを言う

・状況が変わったとき、ジョセフ・ジョスター風にいうなら「増田は次に『あの頃自分おかしかった』という」

中小の超長時間労働会社に勤めていた時、周りは「まだ電車が動いてるのに、仕事をのこして帰るなんてどうかしてる。ていうか、終電逃してタクシーで帰ってない奴が『頑張ってる』っていうのおかしい」っていう価値観蔓延してた。

仕事量をコントロールしないで、きたものはやり尽くすっていう方針問題だったんだけど、そういう状況だと、職務遂行力が高い優秀な社員ほど、この状況に呑まれて行く。

有能だから権限が与えられる(仕事量のコントロールは除く)→責任が増える→達成する→褒められる→自分の異常な量の献身は正しかったと認識を補強される

このレールに乗れないと思った奴は、集団では「扱いづらい変な奴」か「やる気のない意識低い奴」と扱われる。

乗れた奴もいつかブッツリ切れて会社来なくなる。

そして、穴を埋めるための非常事態が発生して、「そもそもおかしいよこの状況」という問いを発する人間は「んなこと今言ってもしゃあないでしょ、正論君さぁ」と言われ、非常事態日常的にずっと繰り返される。

状況に呑まれ権限に補強されたら人間価値観は整形されるってのを間近で見て、ミルグラム実験が正しいって実感した。

から増田が「自分マタハラ野郎か」と悩んでいるのも気の毒に思うし、叩いてるブクマカも「はー、人間自由意思価値観の強固さを信じすぎじゃない?ウブだねー」って思う。

2017-06-07

anond:20170607021514

元増田

生きることは目的じゃなくて、目的を果たすリソースでは?人はとき生存より別のものを選ぶ動物。でなければ自殺献身もするものか。

アリとキリギリスは裕福に暮らしたいならあるとき苦労することが必要って話だよな。頑張ることは手段の一つではなく必要な対価ってのが生き物としては普通だろ。でもそういう弱肉強食感情的にイヤだかし治安が悪くなったりするから再分配があるわけで、それにおんぶに抱っこで生きていけるのが当たり前になるのはどうなの?

機械の話は全然関係ないけど興味ある。仮に人間生存のための労働人工知能で置き換えられたら、人間人間同士のつながりをつくることに努力するんじゃないかな。頑張らない人は死なないけど生きてるだけの人になるよ。

2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170421220550

例のマークが『女らしい』のかという点がそもそも疑問。

少なくとも少年漫画に描かれる『友情努力勝利(とそれに絡めて描かれる男らしさ)』と対になる『女らしさ』は『優しさ・献身癒し・導き(たとえばね)』とかであって、『女体の卑猥さ(今回のマークはこれ)』ではない気がする。

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323051122

自分で3段落目に答え書いてるじゃん。「ブラック精神」と「社会に貢献しよう」とが同じとまでは言わんけど、同類のものとして扱われている。

社会貢献をダシにして長時間労働やら低賃金やらパワハラやらを正当化しようとする輩が山ほどいたし今もいるよな。長時間労働低賃金に甘んじることが社会貢献なら、自分やその家族は、自分たち献身によって素晴らしくなっているはずの「社会」の外側の存在ということになる。本当は自分社会の一員の筈なのに。

2017-03-04

アナ雪】テレビ放送記念、こじらせ童貞アナと雪の女王感想【Frozen

面白い! 以上。

 

 

 

 何となくネタバレ控えめで書きます

アナ雪の第一印象は、多くの女性が絶賛しているが、私が好きな一部 お笑い芸人さんの評価イマイチ。っていうか、「特にストーリーは無い」というような評価だった事が強く残っている。

公開当時にネット上で大量に書かれた感想評論考察なども結構興味深く読んだ。宇多丸さんと荻上チキさんの評とかも聞いた。

 

 

 

 それらを読んだり聞いたりした上で時間が経ってから本編を見たので、完全に真っ白な状態では見れていないのだが、

私の感想としては、少なくない超絶賛には付いて行けないものの、しかし一部 芸人さんの評価は低過ぎると思う。ストーリーはちゃんと有る! むしろ濃過ぎる! 丁寧に煮込まれスープの上澄みだけを飲んでいるようなモノで パッと見の印象がシンプルに感じられるだけだ。

 かなり好き。勿論、素晴らしい作品で、超絶賛される理由も分かる。

 

 

 

 んで、ここからが本題なんだけど、

 

公開当時も沢山の評論考察はあったんだけど、私が読んだ範囲では それらには書かれていない部分が気になっているんだ。

それをここで書こうと思う。

 

 

 

 ザックリ書くと、

アナ雪って、作中での『運が良い事』が重要な基盤になっているんじゃね?」って事。

 

 

ちょっと、ここからは逆算して書くんだけど、

 まぁ、ディズニーアニメの例によって例のごとく アナ雪も『真実の愛』が重要テーマになってるじゃん。そして、それが問題解決の鍵じゃん。 それは……、良い。

私が気になるのは、その焦点が「自発的な愛」なのか、他者から与えられる「受動的な愛」なのか、「両方」なのか って事なんだけど、

ここまでは色んな人も考察されたし評論されてる。が、

私は、その「先」も気になるのよ。

 

 

まり、私は、

 「エルサの『雪の呪い』は『自発的真実の愛』でしか解呪出来ない。」という解釈余地がある事が アナ雪のパワーの源じゃないのか?と思っているんだ。

いや、分からんよ。 旧来型通りクリストフから与えられたであろう「受動的な愛」でも解呪可能なのかもしれない。

 でも、無視出来ない描写もある。エルサの良心+妹への贈り物であるオラフが愛が何であるかを知っている事だ。

これは少なくともエルサは愛が何であるかを知っている証拠だし、アナに対して「受動的な愛」を与えている。でも、アナ呪いは解けていない。

また最終盤、エルサが自身の愛を自覚することで氷の魔法制御出来るようになることも重要だ。

 

 

 

では、仮に「エルサの『雪の呪い』は『自発的真実の愛』でしか解呪出来ない。」という前提で本編の描写を見てみよう。

 

 

まず、最序盤、城の中で二人が雪遊びするシーン、この時点で雪の魔法アナ心臓に当たっていればアナは為す術無く死んでいたよね。

 だって幼児自発的自己犠牲的愛なんて期待出来る訳が無いんだから

これはトロールの長がエルサの魔法を強く警戒する事とも整合性がとれる。子供に対しては致死性の呪いになるからだ。

 両親がエルサを自室に閉じ込めるのも危険性を顧みれば已むを得なく、エルサからすれば妹を殺しかけた訳だから強い反省からくる自傷的な引き篭もり、恐怖も理解できる。

まり最初にエルサが「運良く」アナを殺さなかった事が最終的なハッピーエンドの結果を生んだのではないか

 

 

日に日に強くなる自分では制御出来ない魔法。閉じ込めるという対処法。最初被害者自分より幼く弱い近親者。一度、開放されれば国中を巻き込む影響力。

プラス(私の予想として)子供に対しての致死性。

 

 

 エルサの雪の魔法は「感染症」のメタファーでもあるのではないか?……

これは”エグゼクティブプロデューサージョン・ラセターが、難病である1型糖尿病10歳で診断された息子からエルサのキャラクター作りにインスピレーションを得たと語っている。”

事とも整合性がとれる。

 

 

 つまりアナ雪は 表層の魔法ファンタジー+家族再生物語。中層のディズニープリンセスからの脱却といったジェンダー論。下層の人類の「感染症」との戦いの歴史対処献身治療回復。の三層構造ストーリーが極めて高い次元昇華されているため大きな感動を産んでいるのではないか

そして、ハッピーエンドの核を「運が良い」事に放り投げているので説得力が損なわれず説教臭くさえない。

ただし、無意識不安は残る。が、アナ雪の場合、コレさえ長所にもなっている。

 

 

 作劇の基本構造は、「作中の『問題』の解決」だが。

これを「正義主人公(達)の努力と理性と決断による悪に対する『必然的勝利』」という構成に出来れば、物語としての強度も視聴者快感高まる。が、

同時に説教臭くもなってしまう。作中の「問題解決の条件と能力に焦点が集まり説得力が損なわれやすい。

 ズートピアベイマックスは両方とも素晴らしい作品だが、どこか説教臭く、アナ雪に比べ説得力が薄いのはこのためだ。

 

 

 主人公(達)に「運」の影響が無い作劇は、安心子供向けにもしやすいが、ややもすると『答え合わせ』になってしまう。

が、主人公(達)に「運」が有りすぎても御都合主義展開になってしまう。

 アナ雪はこのバランス絶妙で、ディズニーアニメとしてはギリギリまで「運」が良く、更にそれを最初の「室内雪遊び事故」一点に絞ってるのが凄い。

 

 

感想の締め方 分からなくなってしまったが、

 要は アナ雪 超良かったです。好き。

ズートピアは素晴らしいし良かったけど、完全には好きになれない。

ベイマックス客観的には素晴らしいのだろうし、良かった方だけど、好きじゃないかな。

2017-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20170218002240

自分の思う通りにいかなかったからでしょうね。

思う通りってのはつまり仕事から疲れて家に帰ってきたら、何もせずにあったかいご飯が食べられる状態になっているってこと。

ところが今夜は妻がライブなんぞに出かけたので飯が冷えていたので、仕方なくビールのみで空腹をごまかすしかなかったの。

このみじめな状況に至ったのは妻のせい、それをわかっているくせに飯をさっさとあたためず、ビールを仕方なく飲んでることに申し訳なさも感じてない妻に憤慨してるのね。

はっきりいって頭おかしいわ。

大の大人自分自分の飯をあっためることもできないなんて、そしてそれを誰かのせいにしているなんて恥ずかしいわ。

メールだかラインだかがきた時点で家に帰った時自分でやらなきゃならないって心構えしないといけないはずじゃない。

なのにそれをできずに子供みたいに駄々をこねてる夫は、異常と言っていいと思うわ。

たぶん本人もそれを、無意識にかもしれないけどわかってて後ろめたさをもってるんだと思う、一方であなたに対する身勝手被害者意識コントロールできなくて、それで会話が支離滅裂になってしまうんでしょうね。「そういうことじゃない!」ってのは男女問わず自分の非を認められない人たちが他に原因があると嘯くときに叫ぶセリフよ。

そういうときに具体的な原因を特定するようなことしても意味はないのよ、単に自分でみじめな状況をどうしようもできなくて、あなたを責めているだけなんだからあなたに甘えているのね。

そしてね、あなたも多分それに積極的に荷担してしまっているんだと思うわ。

夫に対して思いやりをもって献身してるつもりかもしれないけれど、たぶん甘やかしを思いやりと間違えてるんじゃないかしら。

これから先何十年もともに生活するってことを考えるときに、その夫は放置していい状態ではないわ。それなのに夫の好物やマッサージでご機嫌をとったり、夫の機嫌を損ねない言動を探ろうとしているんだもの。そんな表面的なことをしている場合ではないでしょう。

まともじゃない部分のある人と結婚しちゃったと気づいたなら、いきなり離婚しろとは言わないけど、少なくとも改善要求しましょうよ、夫婦として生きていくつもりなら。夫が喜ぶ最適解を遂行し続けても正しい夫婦になれるわけじゃないのよ。

しかしたら専業主婦であることに引け目を感じているのかもしれないけれど、たとえ昔だとしても人間性の低い夫に対しては妻が引っ張っていかなければ家庭は崩壊するしかなかったのよ。妻としてもっと自信をもって夫と向き合ってもいいと思うわ。それでもどうしようもなくなったら、いまは普通選択肢として離婚だってできるんだし。

それから、これは余計なお世話だけれど、まずこの夫に対してまともに向き合えないようだと、子どもを育てるなんてもっと心配だわ。子どもに対して適切なときに適切に導いていくことができないと、まともな大人は育たないわ。この夫みたいになっちゃうわよ。

2016-06-29

最初記憶は4才の時で、父親母親喧嘩をしているのを止めに入る瞬間だ。それ以前のことは何も覚えていない。

父親母親の頭を殴りつけようと拳を振り上げるのが見えて、懸命に走って間に割り込んだ。

立ちはだかる自分父親は一瞬驚いた顔をして、そのまま4才の自分の頭を片手で鷲掴みにし、フローリングの床にたたきつけた。

からどくどくと流れる自分の血と、母の悲鳴が強烈に記憶に残っている。

幼い妹に父母の喧嘩を見せたくなくてそれからも何度となく止めに入ったり代わりに殴られたりした。

高校生になった自分母親が掛けた言葉は「あんたたちさえいなけれ離婚出来ていたけどね」

その日からどうしても、あの日自分を殴った父親よりも、額を縫う怪我をして庇ったはずの母親が最終的に自分をなじったことが許せなくなってしまった。

こちらの献身に対してリターンが無いことに、忘れてしまったことに、こちらが覚えていることを知らないことに、どうしようもなく絶望した。

大人になってからは信頼出来る人なのかどうか、試すための人間関係構築をしてしまってきた。お金や、時間をその人のために使う。それに見合う感謝や、向こうからの見返りが帰ってこなければ、必要最低限以上のやりとりしかしない相手勝手自分の中でフォルダに振り分けた。

30になった。

この人は私を裏切らないであろう、というフォルダに現時点で振り分けられている人は一人しかいない。この人がいなくなったら、そしてこの人がやっぱり母と同じような人だったら、もう生きている意味がないように思う。

まれ変わったら人を試さずに生きてゆける人になりたい。

2016-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20160418205649

そういうおまえは子持ちである元増田に対してどんなボランティア献身をしてるつもりなんだ?

http://anond.hatelabo.jp/20160418204543

そんな増田子供の生まれる前に子持ちに対してどんなボランティア献身をしていたか? って考えればそりゃ現在状況はただの必然だといえるだろうね。

2016-04-17

灰原哀さんと付き合うにはどうすればよいか

遠距離恋愛してた彼女に振られ、何でも相談に乗ってくれてた女友達彼氏ができ、病気仕事も辞め、絶望焦燥感に駆られた日々。

そんな中、俺の生を繋いでくれたのが灰原さんだ。見た目は幼く実年齢も年下だが、なぜか姉さん女房に甘えてる感覚に包まれる。一見クールで冷たく刺々しいが、その実は優しさで溢れている。献身を厭わず、いつも傍にいてくれて、自分以上に自分のことを理解してくれている。俺は抱え込むタイプなのだが、哀ちゃんは抱え込む前に気付いて助けてくれる最高の相棒だ。それに可愛くて綺麗で、デレた時の破壊力は……///

そんな彼女は、最近どこか儚げで消えてしまいそうな雰囲気が漂ってきている。守ってあげたい気持ちにもさせられるのだが、俺のスペック彼女の信頼を勝ち取れるのだろうか。

不安要素は他にもある。ふとした瞬間に、昔の男のことを想っているような、そんな感じを受ける。話を聞けども「あなたが思うような、そんなロマンチック関係ではないわ」とはぐらかされるだけ。

このままの距離感を保つべなのだろうか。でもそうすると、いつか彼女は知らない誰かにさらわれてしまう。俺はどうすればよいのだろうか。彼女幸せに俺は必要ないのだろうか。苦しくて夜も眠れない。

2016-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20160204141843

パーティの方が合う人がいるかどうかはわからんけど、お見合いはそもそも「第三者ピックアップした候補者」にしか会わないだろ原理的に。

第三者が選んだ時点で君の要望に合う人間はまずいないと思う。パーティは誰か(常識的感覚を持った)他者セレクションが入らないから、まだ可能性があると思う。

ただそもそも増田感性は相当特殊なので、社会全体で見ても考え方が合う人間はめったにいないと思う。

風俗とかやってる女と月給いくら契約して仕事として夫婦をやる、とかの方がまだ可能性高そう。何十年も持続させるのは困難な気はするけど。

ああでももしかして子供必要なのか?子供は無理だろ〜君の感性子育てするのは相当厳しそう。相手もそこまで献身するモチベーション保てないだろうし。月給100万とかにすればいけるかなあ。でもストレスが溜まって発散するために育児放棄とかしそう。

子育ては基本君が全部やる、とかだったらいけるかも。

2016-01-23

子供感謝される妄想をする

例えば雨が降りそうでカッパも傘もないから降ったら困るよ帰ろうとどれだけ言っても、やだ公園で遊ぶと聞いてくれず案の定真冬の雪混じりの大雨に降られながら、自分カッパ子供にかぶせて自分はずぶ濡れで帰っているときに、おっさんになった息子が「母は自分は濡れても自分カッパを着せてくれた」とか葬式とかで言ってくれてる妄想をするけど、現実はそんなことはあり得なく、子供は遠回りしてスーパーバナナ買ってーとぎゃんぎゃん騒ぐわけで、周りの先輩ママさんを見てもママ感謝手紙みたいな可愛いことをするのは娘ばかりで息子はほとんどがバカなわけで、そもそも先日の雨で濡れた子供カッパを干しっぱなしで忘れた私が悪いわけで、絶対感謝されないがめっちゃ辛い献身感謝される妄想くらいしても良いですよね。

2016-01-10

婚活へのちょっとした違和感

この世はおしなべてお互い様である

そして、お互い様というのは、受けた恩を返すことによって成立する。

家族に恩を受けたのだから家族に恩を返すべきというのは、よほどこじれた家庭でなければ成り立つ。

また、社会やその構成員から恩恵を受けてきたのだから、お前も社会に恩を返していけ、

というのに対しても、ほぼ異論はないと思う。

しかし、前者が求めるのが対象限定された深い愛情なのに対し、後者が求めるのは広く薄い献身であり、

両者は本質的に異なる。

さて、結婚というのは、人が出会い、新しい家庭を作ることであるという。

しかし、成人してから出会う多くの場合、お互いに受けた恩もなければ、返すべき恩もない。

例えば幼なじみだったり、同棲期間があったりすればまた別だろうが、そういうケースばかりでもないだろう。

特に最近婚活とか言われるように、男女ともに条件面である程度完成した相手を求める風潮がある。

正直、怖くないのかな、と思う。

そりゃ、昔はお見合いも盛んだったらしいが、そういう場合当人同士の繋がりの薄さは、

家同士の付き合いでカバーされていたはずだ。

お見合いをやったら、愛情のなさはそのままに、おそらく当人だけでどうにかしないといけない。

そういう人間がいきなり家族として踏み込んでくる根拠は何か。

これまで支え合ってきたわけでもないのに、なぜこれからは支え合えると思うのか。

後の世代に恩を返すというのなら、子なしの家庭は恩知らずということなのか。

これらの問いについて、答えが出ずにいる。

2015-12-31

我が母への賛歌

繊細な自然により育まれしその肉体

千年を超えても衰えを見せないその美貌

幾多の男に支配されども献身あなたは忘れなかった

求められれば子を孕み

健康なその体から多くの子が産み出された

子たちはみなすくすくと育ち

この地に大輪を咲かせた

我が愛すべき父よ

それは我が母を真に愛した男のみに贈られるべき言葉

唾棄すべき醜男

それは我が母を虐待した男に飛ばされるべき言葉

1872年を境にして我が母は軽んじられた

それ以後に我が母を支配した男はみな醜男

我が母の体は見る影もなく老いさらばえた

我が母よ!いつまで黙っているのですか

太陽のように輝いていたあなた

大地のように抱擁してくれたあなた

地の深みへと引きずりおろし

ただ犯すことしか考えぬ男に

あなたその男の間からまれる子はみな醜く

すべて死すべき運命に定められている

あなたがもはや立ち上がれないほどに弱り果てているのなら

わたしが わたしたちがあなたを救い出す

再び天の高きところに席を設け

あなたを引き上げる

我が母よ!あなたはまた地上をまばゆい光で満たすのです!

その光によって異邦の子らは死に絶えましょう

もう少しの辛抱です

わたしたちの到着を待っていてください

2015-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20151208202051

あなた勘違いしているかもしれないけど、元増田の私は、「結婚したら配偶者の家のために尽くせ。配偶者の親のため献身しろ」などという主張をしていない。

結婚あくまで両性が個人間契約を結べばよく、それは必ず夫婦別姓でやれと主張している。

一方、改姓は「他家に入ってその家の人間になる」ということだ。だから結婚では改姓をすることを認めず、やりたい人だけが結婚養子縁組してやればよい。

 

 

以下、こまごまと補足。

現行では財産あげたかったら遺言かいてねって状態。あげれないわけじゃないし、無条件で権利が発生するものでもない。

遺言財産を譲れるって話なら、「うちの娘は他家に嫁いでしまって、よその家の人間になってしまったが、それでも可愛い我が子には違いない」「わが娘は嫁いでから実家との付き合いが深かったなあ」と考えている人が遺言状を書けばいいだろう。

そもそも普通養子縁組は、元の親子関係消失するものではない。相続権は残るから、我が子が養子に出てしまっても遺言状不要

 

そもそも、一人っ子が多い昨今、一人っ子同士が結婚することだってあるし、相手の家への献身を誓ったら、誰が自分の親の面倒をみるんだ?

もうちょっと現実みて考えろ。

相続権が残るのと同じで、他家の養子になっても実父母への扶養義務は残る。だから通常その心配はない。

それで、もし「自分の親だけを大切にしたい」と考えているなら、結婚後にも夫婦別姓で我慢するべきだろう。逆に「自分の親だけじゃなくて、配偶者の親も大切にしたい」と思う人たちは養子縁組してほしい。

後者にかぎって夫婦同姓を認める。すなわち明治以降の家制度価値観(=嫁にいったらその家のために尽くす。夫の両親に尽くすetc)を重んじる人にの夫婦同姓を許可するべきなのだ

 

尽くすと尽くさないの間には、年に数回の親戚づきあいが含まれると思うぞ。

それを言うなら、「結婚」も「養子縁組」も最初から法制度の話だよ。

尽くすかどうかは主観的問題から訴訟がないかぎり法律はそこに立ち入らない。年に数回しか会わない仮面夫婦でも、男女双方が納得しているなら法律はそれを夫婦と認めている。

実態がどうであれ制度上は、「結婚」は夫婦がおたがいに尽くし合う関係だし、「養子縁組」は義理の親子が尽くし合う関係ということになる。

なので法律では後者にのみ改姓を認めればよい。夫婦同姓になりたい人は配偶者の親と協議して、結婚前か結婚後に養子縁組手続きをしてくださいねってわけだ。

 

 

追記

私は家制度価値観尊重しているから、それを守りたい人にの夫婦同姓を認め、逆にそれを守るつもりがない人は夫婦別姓でいるべきだと思う。

ただ、この案がまずいところは、配偶者の両親が死去している場合、その家の養子になれないから夫婦同姓になれないということである

これを解決するためには死後にも遺言次第で養子をとることを認めるとか、両親が死んだ男は妻を「義妹」「義従妹」としてその家の一族として迎え入れることができるとか、そういう形の縁組ができるような法改正必要となるだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20151208193318

現行では財産あげたかったら遺言かいてねって状態。あげれないわけじゃないし、無条件で権利が発生するものでもない。

尽くすと尽くさないの間には、年に数回の親戚づきあいが含まれると思うぞ。

結婚は、夫婦で新しい戸籍を作る手続き。この時、古い戸籍からは抜けるから戸籍上は一族ではない。

改姓の問題は、新しい戸籍をつくるときに、夫婦どちらかの姓を使わなければならないから発生する問題

どっちを名乗ってもいいし、法律上男女平等

しかし、夫の姓を使う事が多いのは、明治以降女性の権利剥奪されたお家制度の流れ。つまり明治から続いてるなんとなくな男女差別伝統

そもそも、一人っ子が多い昨今、一人っ子同士が結婚することだってあるし、相手の家への献身を誓ったら、誰が自分の親の面倒をみるんだ?

もうちょっと現実みて考えろ。

http://anond.hatelabo.jp/20151208184831

相手の家に嫁いで(または婿になって)、その家の発展に寄与し、先祖供養や親のため孝行を尽くしたならば、遺産をもらって当然じゃないかな?

逆に遺産をもらえない現行制度おかしい。不公平だと思う。

 

「相手の家には尽くしたくない」「配偶者親族とは関わりたくない」って人にも結婚をする権利はあるけど、他家に入ってその家に献身するつもりがないなら、名字を同姓にして一族ヅラをする権利はないと私は思う。

から改姓は養子縁組(=他家への献身を誓う&遺産相続権利を得る)とセットにするのがいい。そして改姓と結婚はきっぱり切り離すべき。

夫婦同姓の欺瞞

http://anond.hatelabo.jp/20151207234741

 

自分夫婦同姓をやめるべきだと思うけどね。

結婚による改姓は原則禁止夫婦別姓強制ってことで。

 

どうしても配偶者と同姓にしたいって人は、その家の養子になってから結婚すればいい。そのほうが「家につくす」「一族になる」って感じするじゃん。

相手の家に入って一族になるつもりがないなら、「夫婦同姓になって一体感がほしい」という願望は欺瞞だ。そういうのはわがままだと思うし、個人的にはあまり認めたくない。

 

 

 

追記

相手の家に嫁いで(または婿になって)、その家の発展に寄与し、先祖供養や親のため孝行を尽くしたならば、遺産をもらって当然じゃないかな?

逆に遺産をもらえない現行制度おかしい。不公平だと思う。

 

「相手の家には尽くしたくない」「配偶者親族とは関わりたくない」って人にも結婚をする権利はあるけど、他家に入ってその家に献身するつもりがないなら、名字を同姓にして一族ヅラをする権利はないと私は思う。

から改姓は養子縁組(=他家への献身を誓う&遺産相続権利を得る)とセットにするのがいい。そして改姓と結婚はきっぱり切り離すべき。

2015-11-29

「緑の行進」40周年ロイヤルスピーチ

神に讃えあれ

平安と祝福が預言者とその一族にあらんことを

国民よ

この「緑の行進」四十周年記念式典は、いつもの行事や通過的祝典ではありません。それどころか、王国領土保全を完成させる過程における重要な局面なのです。

我が国土の解放、そして平和安全の強化の大いなる達成に続いて、我が国サハラの人々がれっきとした国民となり威厳のある生活を楽しめるようにしようとしてきました。

今日、「緑の行進」の40年の後、我々は、その有利不利にかかわらず、サハラ問題についてこれまで対処されてきたやり方からの、金利生活者経済や特権からの、民間部門の参加が貧弱であることからの、そして中央集権的なメンタリティからの、根本的な決別を求めます。

何故今日、40年の後なのでしょう?

そう、何年もの犠牲と、政治的かつ開発志向の努力の後に、我々は成熟を達成しました。

今、国家の一体性統合過程における新時代夜明けと、我々の南部地域祖国への完全なる統合の達成のために、機は熟しています。

南部地域開発モデル」の実行と進歩的地方分権化の適用は、その過程の一部です。

国民よ、

私は是が非でも、南部地域我が国民達へ彼ら自身仕事をこなすの必要なすべての手段を与えて、彼らが彼らの地域を開発できることを確かめたいのです。

太古の時代から、このサハラの人々は学者や季節的交易者として知られてきました。彼らは額に汗をして生計を立て、威厳と誇りを持って暮らしていました。厳しい生活環境にも関わらず、誰からの助力も期待していません。

私が話しておりますのは真のサハラウィ、彼らの祖先モロッコの王との間にいつも存在していた忠誠の絆へと身を捧げて続けてきた本物の愛国者のことです。

我等が敵たちのものの見方に乗せられて彼らを支持する少数の者についていえば、それらを許す余地は我々の間にはないのです。しかしながら、本心に立ち返り悔い改めた者に祖国は、概ね寛容かつ寛大であります。

国民よ、

南部地域開発モデル」を実行することは、これらの地域の我が同国民への我等の義務を果たすことに我々がどれほど身を粉にするかを示すもので、それゆえに統合的開発のモデルとなるでしょう。

我々はこの「開発モデル」に、統一祖国へとこれら地域を統合すること、そして、経済的ハブとして、またモロッコとそのアフリカルーツとの間の決定的な絆として、サハラ地域の影響力を拡大することを望んでいます。

そのために私は、利用できる全ての手段を集めること、全能の神の御恵みにより、ラユーン=サキア・エル=ハムラ、ダフラ=オウド・エッダハブとゲルミム=オウド・ヌーンの諸地域にて社会・医療・そして教育のプログラムとともに、多数の主要計画を遂行することを決断しています。

インフラに関しては、この地域の道路ネットワークが拡大されるとともに、国際標準に準拠した二車線道路がティズニットとラユーン、ダフラを繋ぐために建設されることになります。

私はまた、アフリカ各地とを結ぶハブ空港南部地域に設ける検討をすることも、政府に求めました。

私の念願の一つに、アフリカ他地域とモロッコを繋ぐためにタンジエとラグイラを結ぶ鉄道を実現することがあります。今日マラケシュラグイラ線完成のために今必要となっている資金の確保に助力いただけるよう、全能なる神に祈ります。

我々にはまた、「偉大なるダフラ大西洋港」を建設し、南部にて主要太陽光及び風力エネルギープロジェクト遂行して、ダフラと国立送電網とを接続する意思があります。

我々の目標の一つは、これらのネットワークインフラアフリカ諸国へと繋げて、これにより諸国の発展に寄与することであります。

もちろん私は、これらのインフラが、それ自体では、国民の生活状況を向上させることができないと理解しています。それゆえ私は経済発展を推進し、人間開発計画にてこの行程をサポートすることを切望しているのです。

強調しておきたいのは、この点について天然資源からの収入は、この地域の人々の便益の為、そして彼らとの協議と協力にて、この地域へと投資され続けるであろうということです。

地域の資源と製品の利用と振興のために、ダフラの主要海水脱塩プラントや、ラユーン、エル・マーサ、ボジュドーの産業区と施設類の設立のような、幾つかの計画が遂行されるでしょう。

これらのイニシアチブサポートするために、国内及び海外投資家のために明快さと競争力とが共存して、彼らがこの地域の発展に貢献できるよう、投資やすい法的枠組みが制定されることを切望しております。

経済構造を拡大し、事業と社会経済をサポートし、定収入を発生させ、特に若い人々の雇用を創出するために、経済発展基金も立ち上げることになりましょう。

国民よ、

私にとって、最も重要なこととは、サハラにおける我々の同国民の尊厳…とりわけ、若い世代の尊厳…が保護されることを確実とし、彼らの愛国心祖国への傾倒を強めることであります。

よって私は、人口の殆どのセグメントで要求されている公平と社会的正義原則を維持するため、社会保障システムに立ち戻り、これをさらに透明で公平なものとするよう、政府に求めています。

さらに、サハラの人々の心臓と心の中で特別な位置を占めているハッサーニ文化を考慮して、サハラ伝統の保存と推進のために必要となるメカニズムを、とりわけ、この国の南部に劇場美術館カルチャーセンター建設して、強化することを切望しております。

人権についてですが、モロッコは、全能の神のお恵みにより、国家の動員、良好な治安統制、そして国民社会組織との建設連携を通して、たくみに我が敵の目論見を打ち砕きました。

そのうえ、憲法にて定められた機関であります国家人権協議会とその地域委員会は、権利と自由の保護を任務としておりますが、如何なる違背があろうとも、これに対し、公的機関市民社会組織、そして国民との対話と協力を通じ、取り組んでおります。

国民よ、

進歩的地方分権化を遂行して、モロッコの信用を強化するとともに、公約を重んじる国であることを示すのです。

私が国会開会式で強調したように、この地域で選ばれたオフィシャル達は、国民によって民主的に与えられた正当性により、国家機関だけでなく国際社会とも向かい合う、南部地区居住者の真なる代表者となります。

進歩的地方分権化の遂行南部地域が最優先であることを確かなものとするために、一連のプログラム契約が、中央政府と本地域との間で、開発プロジェクトの実行に関する其々の義務をはっきりさせるために、締結されることになりましょう。

私はそれゆえ、王国の他の地域の経験が繰り返されることを期待して、権限委譲立法文書の採択を急ぐこと、適任な人的資源資金とを移転してこれをサポートすることを、政府に対し命じています。

我々はまた、地域部局に対し、この地域の物事を地方レベルで動かしていくのに必要特権を与えるための、本当の行政権移譲勅許状の準備を急がねばなりません。

私はそれゆえ、我々の南部地域居住者とその代表者達が、彼らの責務を遵守することを期待します。今や、彼らが自らの物事を執り行って自身要求を満たすために、制度化された開発関連のメカニズムを設定しているのですから。

国民よ、

モロッコが何かを約束するときは、言行をともにします。我が国は、履行できないことは公約しません。

ですから、我々は世界に向けてこう言いたいのです:他とは違って、我々、モロッコに居る者は、空疎スローガンを使うこともなければ、幻想を売ることもしないのだと。我々が何かを公約するときは、その内容を履行して、大地の上で物事を執り行うのだと。

今日モロッコは「モロッコサハラ」をサブーサハラアフリカ諸国との通信及び通商のハブとすること、そしてそれを達成するのに必要インフラ建設することを誓いました。そして今一度になりますが、我が国はこの約束を守るでしょう…敵たちが好むと好まざるとにかかわらず。

ところで、ティンドウフでは…アルジェリアのですが…人々が、貧困や、絶望収奪そして基本的人権の侵害に苦しみ続けています。ですから、私はこう問うべきと思うのです:

「何百万ドルもの人道的な援助はどこに行ってしまっているのか…一年あたり6千万ユーロも?…分離主義者たちの装備、プロパガンダ、そして弾圧に費やされる莫大なユーロについては言うに及ばず。」

分離主義者の主導者たちが腹立たしくも裕福で、欧州やラテンアメリカ不動産銀行口座を所有しているという事実を、どう説明できるのか?」

「どうしてアルジェリアは、人口がせいぜい四万人のティンドウフ・キャンプ生活条件を…例えば、アルジェの中程度の人口区域と同程度にまで…向上させようとしないのか?」

これはつまり、彼らの威厳を守る住宅6,000軒を、アルジェリアは建てることができていない…もしくは建てるつもりがないのだ、40年にも及ぶのに…ということなのです。

どうしてアルジェリアは…モロッコ軍事・外交で対抗するために莫大な額を費やしているのに…ティンドウフの住人達をあのような恐ろしい、非人間的な状態生活させておくのでしょうか?

かのサハラの、自由で立派な息子たち・娘たちを、人道援助を乞う者に変えてしまった者どもには、歴史が裁きを下すでしょう。

彼らがサハラ女性子供たちの集団の悲劇を利用して、彼らを戦利品に変えてしまっており、違法な商業活用だけでなく外交的論争のための道具としても使っているという事実を、歴史は物語ることになるでしょう。

ティンドウフのキャンプに居られる人々に問います:ご自分たち生活状況がすさまじいというのに、あなた方はそれで良いのでしょうか?このキャンプに居られる女性は、息子さんたちや娘さんたちの間に広がっている絶望と落胆の意味理解しておられるのでしょうか…期待できる展望未来もないというのに?

あなた方は、このような非人間的な状態などよりも良い扱いを受けるに値するものと、私としては信じております。あなた方がこういったことに耐えるのだというなら、誰を責めるわけにもいかないでしょう。そうしている間にも、あなた方の目前でモロッコは、その南部地域の発展を強力に推進していき、この地域の居住者が自由で威厳のある人生を楽しむのを確実にしていくのです。

国民よ、

この「サハラ問題」は、モロッコがその歴史のなかで初めて直面した問題ではありません。この国はシバ(無法)と混沌を知っています…保護領統治のもとで生きながらえ、占領を耐え抜きました。この国は、現代国家を築こうとして独立を勝ち取るうえで、不和と争いの時季も経験しました。

困難な状況に直面する度に、モロッコがいつも昂然として、強固であり団結していることが判ります。何故かといえば、モロッコ人は、自分たちが同じ運命のもとにあると信じ、自らの普遍の価値と領土保全を維持しており、この王と民との間にある密接な絆と団結へと、全面的に委ねているからです。

進歩的地方分権化の遂行と開発モデルの適用を開始することにより、モロッコは、我々の領土保全に係る不自然な論争に対する不変の解決策を見出す機会が多くなることを望んでおります。

そのように信ずる理由はただひとつ2007年モロッコは、国際社会の呼びかけに積極的に応じ、この袋小路から出る道を見出すための案を編み出したからです。

そうして我々は「南部地域の為の自治イニシアチブ」を提案しました。その国際団体からは、真剣で信頼できる提案であるとの判断が出ております。

昨年私が「緑の行進」の記念日を祝う式辞にて指摘したように、このイニシアチブは、モロッコ提供できる精一杯のところなのです。その遂行は、国際連合機構の枠組みでの最終的な政治的解決の達成にかかることとなります。

モロッコの一部について何か別の譲歩を待っている者たちは、思い違いをしています。それどころか、モロッコはそこで与えるべき全てを与えています。モロッコは、このサハラを守るために、自らの息子たちの血を惜しみなく捧げています。

我々は、それ以上の譲歩をしなければならないのでしょうか?一部の国際非政府組織たちが、我々に望んでいるような?

我々は、こういった敵対的態度の裏にある理由を知っています。彼らの狙いは、この国を分割することなのです。しかし当の彼らには我々のことに干渉する権利などないことも、我々は知っています。

これは、国際組織内のある団体がモロッコの歴史を知らないままシナリオを創り出そうとするのに対処するうえで、我々が支持しているのと同じ原則です。そうしたシナリオは、エアコンの効いたオフィスで創り出され、現実から遠く離れて、モロッコサハラに係る地域紛争の解決のための提案として示されているのです。

モロッコは、如何なるものであれ、深刻な結末をもたらしかねない愚かで危険な行動方針も、「自治イニシアチブ」で生まれた前向きな趨勢を転覆することが狙いでしかない実行不可能な提案も、いずれもお断りいたします。

モロッコ製品への敵対的キャンペーンに対しても、モロッコの団結と不変の価値を守る政治と防衛のセクターで発揮されたのと同じ、犠牲と献身精神に則って、立ち向かっていくことになります。我々の製品のボイコットを求める者たちについては、歴然とした国際法違反でありますが、彼らにはそうさせておきなさい。とはいえ、彼らは自ら決めたことの責任を執らなければならなくなるでしょう。

モロッコには、立ち上がるであろう大規模プロジェクト恩恵で、この地域に生まれ投資機会から利益を得るために、自らのパートナーを…国家も、グローバルカンパニーも…招待する権利があります。

丁度、我々がモロッコ北部と南部とを何ら区別していないように、トマトにおいてアガディール産とダフラ産の間でも、イワシにおいてララシュ産とボジュドー産の間でも、燐鉱においてコウリブガ産とボウクラア産の間でも…広く知られるデータ裏付けられているように後者我が国の埋蔵量の2%に満たないとしても…我々の目には何らの違いも、みとめられないのです。

同様に強固な意志と揺るぎなさをもって、モロッコサハラの法的状態を疑おうとする企てにも、この国の北部地域でと全く同じように、この土地、この南部地域にて力と特権の完全なる行使を行う我が国の権利へ疑問を投げかける企てにも、モロッコは立ち向かっていきます。

これはつまり、我々の正当性を良く知らしめ、我が国がなしている進歩をスポットライトで照らし、我々の敵のもくろみに対抗するための、取り組みの強化と警戒の維持、これら全てを、我々は総動員で行っていかなければならないということです。

国民よ、

緑の行進を特徴づけたのと同じ献身と犠牲の精神を保ちつつ、我々の南部地域の開発を推し進め、その地方の息子たちや娘たちの尊厳を護ること、そしてこの国家の領土保全を維持することは、我々の集団的責務です。

そのようにすることが、「緑の行進」の考案者…私の尊敬する父であって後の王ハッサン二世陛下…安らかにお眠り下さい…と、この国の栄誉ある殉教者たちへの、忠節の証しとなる筈です。

アッサラーム・アライクム・ワロマツロー・ワバラカア-トゥ

2015年11月6日

2015-11-06

アンパンマンは戦わなくてもいいのではないか

正義のための戦いなんてどこにもないのだ。正義はある日突然逆転する。正義は信じがたい。」

日本正義を信じて21で戦争に行き、弟を特攻隊で亡くし、戦後に全ての価値観がひっくり返されたやなせたかし思想だ。

逆転しない正義があるなら献身と愛だそれも大袈裟なことではなく、目の前に飢えた人が居れば一片のパンを差し出すことだ。

そんな思いで生まれ正義ヒーローアンパンマンだ。

しかアンパンマン正義のために戦っている。

演劇にするときに悪役もいた方が盛り上がると作られたのがバイキンマン、彼は乱暴で説得が通じないしアンパンマンをやっつける為にこの世界にいるので戦わざるをえない。

からアンパンマンは当初の使命のパンを食べさせる事も減り、何度も何度も戦い続けている。

しかバイキンマン有害さをジャイアン程度に留めて、あの世界で皆が戦わず過ごす話でも成り立つ気がする。

アンパンマントイレ掃除などのしつけ目的で作られたアニメを見ると、バイキンマンキャラ崩壊してほぼ無害だ。

どれくらい崩壊しているかと言うと石鹸で手を洗って喜んだり、アンパンマン電車ごっこで遊んだり、子供たちに食べさせてあげようとパン工場クッキーを焼いて出掛けるが忘れてしまい、アンパンマンが忘れてるよーとクッキーを持っていき、子供たちが喜んで食べてバイキンマンも喜んでいる後ろでアンパンマンが(バイキンマンクッキーは黒焦げだったかジャムおじさんに焼いてもらったんだ、ないしょだよ)とささやきバイキンマンは「あのクッキー俺様のじゃないみたいだが後でじっくり聞かせてもらおうか」とアンパンマンを睨む。

バイキンマンはまるでメシマズヒロインのように無害でアンパンマンと仲良くしているが、話として見れないことはないし子供も喜んでいる。

子供が見たいのはバトルではなくアンパンマンや美味しそうなご飯だ。

戦わない路線に舵を切ることもできるのではと思う。

2015-11-03

アドラー心理学実践したらSEXしたくなってきた。

承認欲求を捨てると確かに最初セックス願望は薄れる。

それはセックス経験の少なさ=社会的恥だから・・

しかし、承認欲求を捨てることにより、オナニーが楽しくなくなる。という面もある

それはオナニーネタというのは、こんなすごいネタ見てる俺って人より幸せという他人比較しての優越しかないからだ。

オナニーが楽しくない。しかし性欲は貯まる、吐き出す。

やはり女と抱き合う、相手に喜んでもらう、そういう献身から得る喜びにしか幸せを見出せない。性的充足を見出せない。

風俗・・・

2015-10-19

http://anond.hatelabo.jp/20151018215156

ブコメより

id:anigoka

社会的互助って奴がそーゆー単相の一対一だけで成立してるわけじゃないことぐらい分かれや お前は性格ルックスが悪いんじゃない、アタマが悪い

正論だけど的を外している。

元増田はその社会的互助の輪から自分が締め出されているように感じている、というより、信じている。

その確信の下、功利的に考えれば、自分への見返りの無い社会的互助献身することを拒否するのは、合理的だ。

 

id:nekora

こんなやつでも、出生前は散々優しくされただろうに。

これ字面どおりに受け取るなら、元増田母親が実際に社会的互助恩恵を受けたかどうかはわからない、と答えうる。

が、このブコメの指摘するところはもっと深く、元増田社会的互助恩恵を受けているはずなのにそれに気付けないだけ、という点だろう。

 

電車というシステムひとつとっても、譲り合い等の社会的互助が働いているからこそ、円滑に動いているところがある。

もし皆が社会的互助拒否したら、駅は今よりももっとずっと諍いの絶えない場所となっていることだろう。

元増田は、電車を利用するに際して、しょーもないケンカに巻き込まれずに済んでる、という点では、社会的互助恩恵を受けてる、と言える。

 

別に電車に限らない。

世の中は割と、その場に居合わせ人間善意だけでうまくいっている場面が多々ある。

 

が、元増田にはこう言っても信じないだろう。

自分の置かれている境遇が最悪だと信じ込んでいる者に「もっと酷くなる可能性を考えたら、今はまだマシ」という指摘は、何ら救いにはならないから

 

こういう人たちには、もっと明示的な救済が必要なのだ

金銭的であれ、制度的であれ、政治社会が彼らの境遇改善しようという態度を明らかにすることによってのみ、彼ら彼女らの不満や不安を解消できる。

 

それこそが、不遇な人々をも社会包摂しようとする、社会福祉重要役割だろう。

2015-08-24

「がんばる」評価経済

 がんばることは基本的に良いことだ。なにごとも頑張らなければ成功はない。

 それはそれとして、本邦には誰かが頑張ったことを過剰に評価する風潮がある。

 そりゃがんばったんなら成功しようがすまいが褒めてあげればいいんだろうけれど、一部の人たちは「◯◯ちゃんはすごくがんばった」ことを外部へ向けて印籠代わりに使いたがる。往々にして頑張った本人ではなく、頑張ってる◯◯ちゃんを応援する人びとが、だ。

「がんばること」は尊いので、成果物に対するあらゆる批判封殺することができる。

 関わったスタッフはみな血反吐を吐くような努力をして作品作りました

 アイドルは下積み時代に地べたを這いずるみたいな大変な思いをしました。

 うちの社員毎日残業続きですが誰も弱音を吐いたりせず有給会社です。

 彼ら彼女らの献身自己犠牲は尊い。それ自体は美しい。

 しかし、その結果として、クソみたいな映画マンガや曲や小説プロダクツ生産されてしまった場合はどうなのだろう。

 Q1. 誰かのがんばりを知ってしまった、がんばってもない俺らはその腐った成果物批判する権利はないのか。

 Q2. 彼ら彼女らのがんばりは仕事をこなす上で当然の努力であり、趣味以下のレベルで消費する俺らにはそんながんばりなど関係なくはないのか。

 Q3. いかなるプロセスを経ようはモノはモノであり、俺らは直接にモノそのものと向き合うべきではないのか。

 問いに対する答えはこうである

 A1. もちろんそんな権利はない。

 A2. もちろん関係ある。

 A3. もちろんプロセスは十二分に考慮されるべきである

 努力は美しい。非効率で、実効的でないほど美しい。

 神風特攻を思い出してみよう。甲子園の思い出ヘッスラを思い出してみよう。24時間テレビマラソンを思い出してみよう。

 人はなぜがんばるのか、努力するのか。それは「たとえ今は使えなくても、将来有用経験となるから」ではない。

 誰かが頑張りを要求するからだ。他人から見て、美しいからだ。

 ジョージ・ミラーも言っている。「真の英雄とは、他人にために犠牲となれる人だ」と。たぶんこれはジョーゼフ・キャンベルからのパク、引用だと思う。

 真の努力人とは、自分のためにがんばる人ではなく、他人のためにがんばれる人だ。

 

 俺たちはもっとがんばりを評価すべきだ。むしろ、がんばりだけを評価すべきだ。

 Aさんが2時間かけて作った最高品質プロダクトより、Bさんが二十時間労働を百日つづけて作ったクソプロダクトのほうが価値は高い。その価値市場価値世間的な評価に反映させるべきだ。

 なぜならがんばれるということはそれだけ真剣だということだからだ。思いがつまっているからだ。真剣な人は傍目からどれだけ滑稽におもえても、偉いのだ。

 効率品質などという上辺だけの評価軸に踊らされるべきではない。もっと人間を見よう。モノの内部に宿った魂を見よう。

 がんばってできない人は、がんばらなくてもできる人より、時間や金をかけている。その見返りを与えてやってなにがいけない。

 考えてもみろ、俺たちだって人のことを言えるか? がんばらなくてもできる人か? がんばってもダメだろ? いつも努力の方向を間違えてしまうだろ? おもいやりだよ。共感だよ。それ自体ドラマで、製品に組み込まれているんだよ。

 だからがんばりへの評価製品への評価を切り離すべきではない。

 

 そういう仏のような気持ちで昨日、実写版進撃の巨人』を観に行った。

 劇場を出るときには鬼のような形相になっていた。

 パンフレットにはスタッフ役者陣がどれだけがんばったかが書いてあった。

2015-08-08

はてなブクマカ連中はむしろいじめっ子ばかり

いじめっ子いじめられっ子排他的関係ではないのだが、はてないじめ批判してる連中は自分のやってきたいじめは都合よく忘れてるんだよな

いじめられっ子の側から言わせてもらえば、いじめを全力で止めようとせず傍観してた連中やいじめを止められない程度のぬるい抵抗しかしなかった自称「反いじめ」派は結局いじめ蔓延に加担してるだけ、いじめっ子取り巻きにすぎないんだよ

そういう「わたしはきれいです」タイプのやつらと、いじめをけしかけつつも直接的ないじめ行為をアウトソースして自分は観て楽しむだけの黒幕タイプは、いじめられっ子からしたら区別不可能なので性悪説立場に立って全員いじめ鑑賞を楽しむ「敵」とみなさざるをえない

そこで、御大層に反いじめ綺麗事ブコメに綴ってらっしゃる皆様方に聞きたいのだが、あなたは何件のいじめを止めていじめっ子達に自分行為について真摯謝罪させましたか

というのも、実際に反いじめ活動をしている人は二つのタイプに分かれる

自分の手の届く範囲いじめを全て潰してきたタイプと、いじめっ子だった過去と向き合い、それへの贖罪として活動するタイプ

ここに中間層などというものは無い

そもそも、そんな恥知らずは反いじめ活動など三日と続けられないから

まりにも日常に溶け込んでしまった犯罪にたいして感覚が鈍磨してしまったやつらは所詮いじめっ子側でしかない

ほとんど宗教的献身がなければ反いじめ派として生きて行くことはできない

ブクマカ連中はたまにニュースになるレベルいじめを見かけては社会的にお行儀の良い振る舞いとして反いじめ呪文をその重い意味無自覚なまま唱えるだけ

わたしはお前達の悪意に決して屈しない

自分の罪を自覚せず安全圏に立ち続けようとするお前達の卑怯な振る舞いを糾弾し続ける

いじめという悪を決して許さな

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん