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はてなキーワード: 大衆化とは

2022-06-28

anond:20220627082541

こんだけはてブ大衆化して知的水準が落ちてもまだ嫌韓嫌中の人たちは登場しないので面白いな。職業左翼の人たちは、理念先行すぎる「LGBTQの権利」とか言ってないで、正面から世代間の賃金分配、氷河期の手当、女性キャリア開発、家庭コミュニティの充実など「重要な」話題に当たり前に取り組めば支持されるのに。

2022-06-11

Live2D前後のv比較と「vの可能性」を考える

ひとことでvtuberと言ってもその成り立ちからみるに、(ひとつ象徴指標の)Live2D前後でまったく異なる。非連続な変革があり、2つのvがあるととらえたほうが考えやすい。

Live2D前のv

キャラ企画:別途シナリオライターがいる、ロールプレイを忠実に演じさせる

プレイヤー:大手がメインの企画

ガワと中身の関係性:アニメの延長、声優による魂の吹込み

配信指向マスメディアTV番組コピー商品タイアップ

3Dをまともに動かせる環境を準備できる大手プロダクション型。初音ミクのような抽象化されたIPの構築。配信活動メインにしつつも内容はTVオルタナティブyoutube等に作る、という発想だったように思う。

Live2D後のv

キャラ企画:本人が考える、演じていく中で定まる(にじホロ等大手も初期設定以降は演者に任せているように見える)

プレイヤー:個人がメインの運用

ガワと中身の関係性:顔をださずに済む当人分身

配信指向ロングテイルゲームのほか、生活全般配信対象

Live2Dは一つの代表的きっかけではあるが、この配信障壁の低下により多くの個人が参入できるようになり、ロングテイル構成コンテンツ方向性TV番組構成テンプレから離れた独自のものが増えた。ロールプレイ忠実度にも幅はあるが企画段階の設定書は薄くなり、演じる中で構築するという発想がメインで当初のキャラ付けから変わっていくのも恐れなくなっている。

vの可能性とは

マスでは作られないコンテンツが花開いたのはプレイヤーが大量に参加した、Live2Dであるのは間違いなく、我々コンテンツ消費者サイドから見ればこの変化は可能性を広げるものしかないし、必然の流れだったように思う。一方で、当時の人?が考えていた、Live2D前の「vの可能性」とは何なのか。

中身に縛られない性質

一つは抽象化されたキャラクターロールによる、特定の人(中身)の存在を取り除いたストリー演出だろうか。人々の頭の中にある○○像のみを抽出したキャラクター、中身のペルソナ等は一切入ってこない、ある意味イデアル存在

可能性は何かありそうな気もするが、今のところアニメの枠は超えられていない。そしてこの「機能」はCGM世界では初音ミクゆっくり等が担っているとも言えそうだ。まあ、ディープサイドに寄っているのでもう少し大衆化したIPがいてもいいかもしれないが、ロールプレイを徹底したプロダクション型で作るキャラクターを該企業以外が利用する場面はあまり想像できない。

中身に縛られない永続性?

もう一つ考えられるのが、キャラクターとしての永続性とそれに対するファン安心感だろうか。中身がどんなことをしたとしても、中身を変えればいい。そのキャラを愛するファンは離れず永久ファンでいられる。

ただこの発想はアニメ価値のものだ。ドラえもんがたとえ声優代替わりしても長らく人気のアニメだし、中の人コカインをやってても声優を変えてきららファンタジアに参加できる。

会話できるバーチャル存在

バーチャルからどこでもいて会話できる。いつでも会える初期AKB的なアレ。

ただ、動画投稿メインの前者vではできない範疇の話で、むしろ後者vのほうがスーパーチャットすれば反応してくれるという意味で身近になった気もする。世の中現金ですな。

いずれにしても

上にあげた可能はいずれも論破できてしま範疇だった。これ以上の検討は当時どのような可能性を謳われていたか過去の文献をあたるしかあるまい。

2022-06-04

他人との比較について

酔ったので少し書きます

他人との比較に関して思う事。

今はSNSがあまりにも大衆化しているので、

目に入ってくるすごい人が多すぎ。

TLを見ればやれあんだけ稼いだ、こんだけイケメン

本当にすごいと思う人だらけでそれ自体は良いと思うんだけど。

それを見ることで自分価値が変わることではないし、

金がなくても素晴らしい人物はいるし体形や顔がどうでも魅力的な人間はいくらでもいると思うのよな。

そうじゃなく、人として生まれたからには笑うため幸せになることに優先順位置く方がよいなって。

しか伝説の教師かなんかでそんなセリフがあったと思うけど、人間に与えられた唯一の特権は笑うこと。

笑うことは幸せであることだと思うから

なんのために生まれて何のために生きてるのかって。

人と比べてあなたすごいねうらやましいねって。

そう言われるために生まれてきたんじゃないんだよね。

それより物差し自分の中に置いて、昨日よりいくらか成長したかなとか、

今あるもの自体が満ち足りてるなって思える方がよっぽど幸せで。

情報がこれだけ溢れると自分より優れてる人なんかいくらでもいるから。

マジでいる。というか自分より優れた人しかいない。

なので他人FIREしてようが営業成績がよかろうが金があろうが高級車に乗ってようが、

そんなもんどうでも良くて自分自身で優先順位つけてそれを追いかける方が健全よな。

知らんけどof知らんけど。

これも他人意識してるからこそ書いてるのかもなぁ。

周りに人間がいなきゃこんな駄文まれないし。

ます

2022-05-29

anond:20220529123515

10年ぐらい前ならいざしらず、今そういうこと言うのって逆に白い目で見られるようになったよね。

該当記事本家)の方のブクマコメ見たけど、理解が浅いコメばっかりだし。

ちょっとズレるけど、トレパクも今や騒ぎ出したほうに疑念が向けられるようになった。

ネット大衆化してひとまわりしたことで、この点については唯一良くなっていってることかもね。

2022-04-19

高級な唐揚げ屋に連れて行ってもらった

上司増田君、来年4月の第1週の金曜日、夜は空いてますか?」

増田「えっ、だいぶ先ですね。繁忙期も終わるし、大丈夫です」

上司「よかったです。この日にちょっとした会があるので空けておいてください」

という会話から半年弱。4/8の午後に、新幹線に乗って静岡県の某駅に向かった。

素直さだけをウリにしていて気働きが鈍い自分も、上司がああいう言い方をした時点で、それが「ちょっとした会」などではないことはわかった。

車中で交わした会話からすると、ごく内々の慰労で、お客さんは関係ないと。

ただ、「ちょっといい店」なんだよ、と。

店に行く自体目的だということ、自分には特にお役目がないんだということがわかった。

夕方5時過ぎに駅に着き、そこからタクシーに乗って20分ほど。

街中から離れ、周囲を夕日に縁取られれた稜線が取り囲むような里山の前で下ろされた。

看板が出ていない、綺麗に舗装されたゆるやかな歩道を上がっていくと、

簡素な門の向こうに、小さな庭園と池、RC造で軒のない平屋の建物が見えた。

玄関ドアに着いた呼び鈴を鳴らすと、和服仲居さんが出てきて中に通された。

割烹みたいな対面カウンターに先客がいて、それがウチの専務だった。

普段なら声もかけられないような関係の人が、「おお、上司君、増田君、お疲れさま」。

自分は小心者だから、さすがにちょっと、いや相当、テンションが上がった。

舞い上がってわけのわからない返事をしたかもしれない。

専務によると、ここは以前、地元企業経営者が所有していた別荘を店主が買い取って料理店に改装したのだという。

以前は都内で知る人ぞ知る店を構えていた店主が、一念発起して静岡拠点を移したんだと。

肝心の料理は、突き出しの後は、天ぷら屋みたいに色々な唐揚げを少しずつサーブするスタイルだった。

素材によって、唐揚げの衣の味付けが全く違う。

揚げ油も白絞油とごま油を使い分けていた。

大半は衣の時点で調味されてるので、天ぷらみたいに、塩をするとか天つゆを使って最後に味を付ける過程がない。

カウンター越しに出されたものを、そのまま食べる。

そのたびに口中に、脳内に、宇宙が広がる。

硬めの衣で包まれ、噛み締めた途端に口の中で爆発するプチトマト唐揚げ

ほんのり香るクミンが腸の苦味と絶妙に合う、ホタルイカ唐揚げ

から丁寧に外した1粒1粒の食感が楽しいトウモロコシ唐揚げ

青のりを散らした、目にも楽しい車海老唐揚げ

専務上司も、口に運ぶたびに少し静かになる。

神妙に味わってから、その料理の味についての話はせずに、また雑談に戻る。

これが彼らの、もしかたらこのお店の、作法なんだなと思った。

(帰りの新幹線では3人一緒で、2人はしみじみと一品一品の論評をした。

 自分も2人に比べたら幼稚な感想を申し上げた)

そして最後の「○○鶏の竜田揚げ」。

○○鶏は、70年代に大型化して復活した肉用名古屋コーチン原種に近い、どこにも品種登録されていない鶏だという。

唐揚げという言葉から想像するくどさとかジャンク感とは対極の、どこまでも澄んだ、静謐さすら感じる体験

地鶏らしい弾力と旨味が、薄く纏った米粉の衣の香りとともに鼻腔と味蕾を満たす。

このハイライトには、3人ともしばらく絶句してしまった。

最後は小丼の親子丼で締め。

これもまた途轍もない、自分親子丼に対するイメージを塗り替える代物だったけど、最後唐揚げの後ではどう評しても蛇足になってしまう。

とにかくすごい体験だった。2時間半が半日にも感じたぐらい。

客は我々を入れて4組。それでゆったりしたレイアウトの客席が満席

こんなご時世なのに、客の半分は外国人だった。

隣席の会話を聞くに、もう引退した有名政治家が、仲間を連れてお忍びで通ってきたりもするらしい。

自分は(接待では)超高級といわれる炉端焼屋も蕎麦屋寿司屋うなぎ屋も串焼き屋も行ったけど、

唐揚げというジャンルにも、そんな知られざる至高の高級店があるということを、初めて知った。

いろんな世界があるものだと思った。

この手の店ではよくあることだけど、予約は(普通のやり方では)取れない。

専務も他の客も、実際に店に行った時に、店主と話して次に「空いています」と伝えられた日程を

半年後でも1年後でもとりあえず押さえて、その日には仕事を入れない。

それを繰り返す。結果的に、客は常連さんか、常連が連れてきた一見客だけになる。

一度常連になった客達は、みんなこの予約のサイクルを切らしたくないから、

人数合わせで知人や部下を誘うことがあって、自分は今回たまたまそのお相伴に与れたのだ。

おそらく、自分がこの先の人生で、この店の会計を自腹で払えるようになることはないだろう。

でもめいっぱい出世すれば、専務が持っている予約枠を埋めるレギュラーになって、

年に1度ぐらいは通えるようになるかもしれない。

それか、あと5年ぐらいしたら、あの目眩のするような体験を思いっき通俗化・大衆化したような

「高級唐揚げ屋」が町場にたくさんできるのかもしれない。それはそれで楽しみだ。

2022-02-17

anond:20220217130657

Xスポーツ大衆化したとき進化ってどんな感じなんだろ。

元々はストリートチンピラたちの路上遊戯だったのが五輪種目にまでなってるけど、大衆化するまではスラングのすくつだっただろうに。

ウィンタースポーツのXスポーツ金も罹るし、そんなことはなかったんだろうが、バンコールとかスケボーとかの界隈の言葉遣いがどう浄化されていったのかは気になるぜ。

格ゲー大衆化しようとしたら参考になるんでは?

2021-12-25

町にあるボロい居酒屋が好きなんだけど、そういう所にはめんどくさいおじさんが結構いて、色々な物事に対してクソコメを炸裂させる。

でもこれはその店に行かなければクソコメを味わう必要は無い。

しかSNSはその全クソコメ可視化させてしまっていて、それが辛い。

大衆化する前のサービスでいてほしかった。

Twitterよ。

2021-12-08

anond:20211208153614

マジレスすると大衆化たから。

 

ビバップ」や「攻殻」の頃とは、アニメ視聴者の層が全然違う。

ビバップ」も「攻殻」も、当時のアニメ界では成功した作品ではあるけど、

あくまマニアック気質の(90年代的な意味での「オタク」、いわゆるギークファンに受けていた。

 

今はアニメ業界自体がめちゃくちゃ広がってライト層がマジョリティーになったせいで、

必然作られる作品もそこに向けて訴求するようになった。

その結果、頭空っぽにしてブヒブヒ言ってれば楽しめる00年代以降的な意味でのオタク向けの作品が増えた。

以上。

2021-11-20

anond:20211120164857

マーク・トウェインは、1906年の『North American Review』に掲載された「Chapters from My Autobiography」において、この諺を大衆化した。

私はしばしば数字に惑わされる。自分自身に当てはめる場合はなおさらだ。ディズレイリの言葉「嘘には三種類ある:嘘、まっかな嘘、そして統計」が正当性説得力をもって通用してしまうんだ。

まあ、岸田さんは嘘つきだよな。

2021-11-06

「加工するのが芸術」という考え

https://togetter.com/li/1798597

あと芸術なら許容って言い分も
嘘を以て芸術とする、なら解るけど
芸術なら嘘でも許される、はまた違うのではないかと思う。個人的には。
[..]
少なくともこの場所まで単車を走らせてこの写真を撮って加工した身としては、2枚目の写真には現地の紅葉から感じた暖かみも寂寞も感じないか芸術としてもクソだと思ったな。

ツイート主への批判ではなく、主が批判している対象が思っているだろう事「加工するのが芸術」という考えについて。

前提として、写真自体芸術アウラからすると既に破綻しているのだけど、ベンヤミンはそれでも、写真を通して大衆芸術に参加する可能性を見いだしていた。「加工するのが芸術」という考えは、写真大衆化した80年代以降、様式歴史といった各要素の編集再構成がおこなわれるようなったリミックス文化が背景にあると思うのだが、ただ加工するから芸術とかそういうものではなく、芸術にはその時々の文脈近代以前の彫像作品で言うところの台座がそれたらしめているのだということは知っておいた方が良く、この場合は「何が台座で何が表現されているのか」考えた方が良い。

スマホが普及しさらに加工技術自体もすでに自動化されている世界にいる私たちとしては、リミックス文化の時にもてはやされた表現としての加工はもはや価値を持たなくなり、さら写真表現自体にもそれほどの価値は持たなくなった。写真価値事実のもので、その時その場所にそれがあるという証跡に価値を見いだすようになっており、加工は邪魔ものに過ぎないという考えが根底にできはじめているのだと思う。ただ、表現としての気持ちよさみたいなのはあるのでその折り合いをどうつけるのか判断に揺れている時期でもある。

スマホ間の写真加工技術競争が落ち着いたらベンヤミンが見いだした大衆芸術としての写真終焉を迎えるだろうし、その時、写真をつかった芸術がでたとしても「加工するのが芸術」という評価とは別の次元になるのだろう。というか、今までに加工で評価された写真家がいたかというと疑問ではあるけれど...

著名な写真

2021-09-27

HIPHOPシーンが知らぬ間にめちゃくちゃ面白くなってた

HIPHOPというかフリースタイルとかMCバトルに限った話。

まだ見始めて3日の超浅瀬人間なので、細かな分類とかよくわからないので間違ってたらご愛嬌

きっかけは相席食堂に出てきた呂布カルマという人に興味が湧いたこと。

正直な話、ラップHIPHOPもそれまで一切興味がなく、むしろ日本語ラップは無理やり踏みに来る韻がダジャレしか感じられずむしろ見下しているくらいのつもりだった。

そもそもメジャーシーンに出てくるHIPHOP大人の手で汚されまくってて、感謝しすぎだしオーケストラで泣かせようとしすぎだしそんないいヤツのほうがむしろ信用できるわけないしって感じだったせいもある。

実際、ほとんどが女性問題を起こして自らを台無しにしていくようなやつらばっかりだったしね。あとひとつあとひとつ言いながらどんだけ手を出してんだよって思うと草しか生えてこない。

それはメジャーに限ったことじゃなくて、薬物問題とか暴力沙汰とか聞こえてくると、純粋音楽として楽しめないよなって思うってしまうのもある。

なので要するに、どれだけサジェストされようとも開くなんてことは絶対になかったので全くもってノーマークだった。

相席食堂に出てきたときラッパーなら見なくてもいいかなと別のことを始めようとしたら、まずその風貌の独特さに引っかかってしまった。

ラッパーといえばあごひげ、ガテン系、フードかぶってダブダズボン定番R指定さんを見たときも、メジャー向けにちょっと小綺麗にしてきたねくらいに思っていた。

ところが出てきた呂布カルマはどこからどう見ても下っ端のチンピラ

吹けば飛びそうなひょろい感じで、服装と顔ばっかりがいかつい30年前の小岩チンピラみたいだった。

なにそれ。今どきのHIPHOPどうなってるの?というのが最初の印象。

実際にロケが始まってみると、大吾さんが「お人よしオールバック」と表現するくらい、いい人よりの普通の人。

とにかく終始ポンコツ。肝心のラップ部分すらポンコツ

結局最後までポンコツ

この人のどこがカリスマラッパーなの?という疑問が見れば見るほど湧いてくる。

疑問が湧いてきた以上、とりあえず見てみよう。それで音楽性もポンコツならそれまで。また来世のつもりで検索

youtube適当MCバトルを選んで開いてみる。

先攻はいかにも絵に書いたようなラッパー一生懸命韻を踏んで暴力的な言葉を並べる。会場は沸いているけどやっぱり全然きじゃない。

そして呂布カルマのターン。

いきなり遠くの視点から矢じりのような言葉を飛ばす。そうかと思うと一瞬で懐に入って重い一発を食らわせる。

別に韻を踏むわけじゃないけど、言葉選びと相手との距離感の行き来がめちゃくちゃうまい。

会場も沸く、というより唸る。

その一撃で相手自分立ち位置を完全に見失って、顔を真赤にしてまっすぐ掴みかかるような言葉を返す。それには観客も首を傾げるか失笑

まだ2ターン目、軽く笑って王者の余裕とばかりに相手を諭してから踏み潰すような上から目線言葉選び。圧倒的な火力差を見せつけながら相手の逃げ道は塞がない。

3ターン目、相手に残された手段はそれほど多くない。

玉砕覚悟で突っ込むか、一旦下がって相手の隙を伺うか、煽って失敗を誘うか、負けを認めてパフォーマンスアピールをするか。

選んだのは玉砕。本人には玉砕自覚はないかもしれない。とっくに圏外まで下がっている相手に至近距離攻撃を火力全開で繰り返すも、当然一発も届かない。

それをわかっているのか、心理的距離とは裏腹に相手の眼前至近距離まで顔を近づけて挑発を繰り呂布返すカルマ

相手言葉は全て空振りで終わる。

呂布カルマのターン。

相手のつま先をしっかりと踏みつけるような言葉を選ぶ。

相手はその時はじめて自分の居場所を思い知って、もはや逃げられないことを知る。

猛烈な威圧感を前に、逃げることも攻めることもできず、しかし止めをさすことはせず、独り相撲だったことを観客にも知らしめる。

そこにいる全員が呂布カルマ勝利確信する。

勝敗はバトル後の観客の反応の数で決まる。

先攻の名前が呼ばれると、ちらほらと手が挙がるのみ。呂布カルマ名前が呼ばれると全員と思えるほどの手が挙がる。確信事実に変わる。

なんだこりゃすげー面白い

今のHIPHOPってこんなに面白いの?とサジェストに出てきた見知らぬラッパー同士のバトルを見る。

そしたら全然違う。

そこには今までのイメージ通り、韻を踏むことばっかりに一生懸命で、肝心の勝負のものベタ足の殴り合い。

学生同士の喧嘩みたいな、距離感も力加減もわからず、ただ全力で殴り合ってるだけの野蛮な戦い。

面白みよりも不快感のほうが何倍も強く、2つ3つも見たら絶えられずにリタイヤ

それで呂布カルマたまたまだったのかと思ってまた別のバトルを見る。

やはり抜群に心理戦面白い。この展開の速さの中、あの手この手相手翻弄して、気がつけば相手の体力は残っていない。

どうやら呂布カルマという人間だけ別次元だということがわかる。

いわゆる総合格闘とか、もしくは対戦格闘ゲームとか好きな人絶対にはまる。

とにかく心理的駆け引きが抜群にうまい

営業妨害かもしれないけど、見た目はこんななのに、めちゃくちゃ真面目でめちゃくちゃ勉強してないとこうはならないはず。

要するに、今まで喧嘩自慢がノールールで殴り合いをしていた世界だったのに、総合格闘のプロが殴り込んできてしまったような感じ。

ベタ足の殴り合いで一番つええやつ決めてた世界に、立ち技寝技関節技なんでも使えるやつが出てきたらそりゃつええわ。

ここからは推測でしかないのだけど、こうしたシーンの変化が起こった一番の理由は、おそらくHIPHOPというものが先人の努力によってやっとそこまで一般からだと思う。

過去、何回かの少ない記憶で見たMCバトルは、勝敗プロベテラン投票で決めていた。

まり、どれだけHIPHOPラップスキルが優れているか勝負の決め手となっていたために、盛り上がりと勝敗の結果が異なることも多々あった。

しかし、今回見たMCバトルは、全てバトル後の観客の挙手の多さで勝敗が決まっていた。

それはつまりHIPHOPラップの専門的なスキル以上に、とにかく盛り上がったほうが勝ちなのだ

ある意味で真面目にHIPHOPを続けてきた人間からしてみれば望まない世界かもしれない。

もちろん呂布カルマラッパーとしてのスキルの高さは十分に感じられる。

韻を多用しないのはスタイルと言えばそれまでだが、それよりも、戦略性や言葉選びや比喩センスが見た限りではずば抜けて高かった。

これはあれだよ。芸人スキルだ。

実際に芸人をやりながらラッパーもやっている人間も多いらしいが、ここに来てシンパシーの高さが注目されているのだと思う。

彼の経歴をしっかり調べたわけじゃないけど、ここまで言葉を数多く自由に操れるのは、少なくともある程度しっかりした学歴か、教育を受けていないと無理。

たまたま見た目のいかつさがハマっただけで、おそらく人格は相席食堂で言われた通りめちゃくちゃ真面目でお人よしなのだと思う。

そうした作られたキャラからこそ、バトルで過剰に熱くならないし、冷静に相手を追い込めるのだと思うと、ラッパーには本当の意味で敵だよな。

彼がこのまま活躍しつつければ、MCバトルはもっと一般化して、HIPHOPシーンはカルト化と二極化していくんじゃないかな。

少なくとも、すでに分断が始まってることは確か。

なんて思っていくつか動画を見てたら、輪入道って人がこれまたやばいってことに気づいた。

多分、天才はこっち。液体みたいにどこでも入り込んでいって、そこからいきなり火力ぶちかますタイプ。もちろん経歴は一切しらないけど、HIPHOPとしての純度は呂布カルマ比300%くらい高い。

これはもう揃っちゃったわけですよ。条件が。

HIPHOPシーンは今でも十分メジャーだけど、こっから一気に大衆化する超新星爆発直前にあるなってこと。

もともと好きな人が望んだ形とは程遠いかもしれないけど、TVショーとしてこの上ない条件が揃ってしまいました。

今のうちに注目しておいて、アーリーアダプター、ギリでイノベーター語るのもありだと思います

食わず嫌いせず、一度見ておいたほうがいいです。呂布カルマ。顔とHIPHOP以外、まじで普通の人だから

並み居るガチの悪ガキ押さえつけて、それが天下取ってる状況が面白くなくて、何が面白いと言えます

2021-09-06

モバマス / デレステが辛い

佐久間まゆPです。♀。歴5年くらいかな?初まゆはアニバアイプロ

言いたいことはタイトルの通り。

元々存在は知ってて(某ワールドワイドなお姉さんPが身内に居た)、音ゲー好きなのでデレステを機に始めたんだったと思う。時系列違ったらすまん。

で、当時デレステにまゆのテキストは多くはなく、その嘆きを上記ワールドワイドな…ワPってしておこうか…ワPに相談したところ、モバマスお勧めされた。

(もちろん上記ワールドワイドな…ワ姉としておこうか…ワ姉の布教もめちゃくちゃされた。)

デレステのまゆに対しては「あぁーよく見るヤンデレの子かな もう少しテキスト読めば好みかどうかわかるのにー」くらいの感情だった。

黒落ち演出とか嫌いじゃなかったけど、こう、よく見るステレオタイプなんだなって思ってしまっていたから。

それで、モバマスですよ。鈍器で頭ぶん殴られた心地。

佐久間まゆステレオタイプヤンデレだと思ったやつ全員ビンタしてやる俺だったーーー!!!!状態

ゆの魅力を全部書くとあまりの超大作に読んでもらえなくなってしまうから今回は端折るんだけど…にしてもこの後いやでも書くと思う…とにかく凄かった。努力家で私のために、私のそばにいるという1点のためにトップアイドルになると言う佐久間まゆ彼女にとってトップアイドルになるということは、愛の証明だった。

ズルズルにハマっていった。カードを集めるにはあまりに金がかかるので、ネットで読ませてもらったり、アニバアイプロ走ったり。すごかった。まゆが私のためにトップアイドルになるのならば、私はまゆをトップアイドルにしなければならない、って強く思った。

さて、モバマス / デレステを知ってる人ならわかるだろうが、我々はアイドルあの世界線でトップアイドルにする術を持っている。総選挙だ。

現金での殴り合いだったり今までシンデレラガールになったことのある子のPをどれだけ取り込めるかとか語呂の良い合言葉を作れるかとか、とにかく奥が深い。なに一つ褒めてないよ。

これがはちゃめちゃに辛い。(※個人の感想です)

私は社会人からある程度現金で殴ったりするけど、時間はそんなに取れないし、現金で殴るのだって生活があるから限度がある。

なにせ走ってる間のイベント推しイベントではないし、私はコミュニケーション能力が死んでる…これも後述するけど…から割と孤独な戦いになる。ワPに相談したりもするけど、ワPも自分推し投票するからね。それはそう。そうしてくれ。

色々なテキストで、まゆが努力して成長してるのが見えて、私にも特大の愛を見せてくれて、返さなきゃ、報いなきゃ、愛を伝えなきゃ、って思うのに、毎年突きつけられるのは"まだ全然足りてないよ"って言う事実だけ。

デレステデレステで、個人的感想だけど、テキスト解釈違い起こしててぶっ倒れそう。

壁ドン事件はまだ耐えられた…脳内ですごい噛み砕いた…んだけど。(懐かしいな)

最近ので言うと、Pが日記帳プレゼントしたりとか、Pが見つけてくれるからまゆから声はかけなくて良いみたいな。

は?

トップアイドルになることが愛の証明のはずなのに、なに普通女の子にしてんだよ。違うだろ。

大衆ウケ狙ってんのもわかるけど、私は置いてけぼりされてるよ。なに大衆化してんだ。180人もアイドルがいる中で、佐久間まゆから"トップアイドルになることが愛の証明""Pとは一分一秒でも長く側にいたいから、恋人ではなく担当アイドルで居る"って言う側面を奪ったら、ただのちょっと夢みがちな可愛いだけの女になっちゃうじゃん。可愛いけど。

で、さ。コミュニケーションの話になるんだけど、私は2.5とか声優さんライブかにそんなに積極的に参加はしてない。ライブ自体は嫌いじゃないけど、音源でいいな!って気持ち声優さんキャラクターって意識が強いんだと思う。これは人それぞれだと思う。

だけどある日、中の人も推さなきゃいけないみたいな同調圧力をふと感じちゃって。被害妄想だし、牧野さんのお声、まゆに合ってると思うし、めちゃくちゃ好きなんだけど。

それもあって同担Pともそんなに仲良くはできてないんだけど、困る事がある。総選挙組織的に動かないと太刀打ちができないこのイベント於いて、私は雑兵にもなれない。

まぁ、ワPと話してれば良いかって思ったんだけど、今回のガチャ実装の報告をしに行った時に「何回目だよ」って話になってしまった。もうダメだった。知ってますSSRがまだ1回しか来てない子がいる中で、まゆはもう6枚目だ。

まれてると思わないといけない。

いや、いけないって何だよ。

それは対比したら恵まれてるってだけで、私だって満足してないよ!しか実装あったって解釈違いで死んでんだよ!

この"対比したら"が恐ろしいんだと思ってて、そりゃあ供給のないPからしたらまゆPは"恵まれてる"んだろうし"こんなに可愛いイラスト実装されてテキスト実装されてんのに解釈違いとか""こちとら解釈違いできるほどのテキストデレステ実装されてませんが?"とか思ってても仕方ないと思う。

でもさぁ!もっと出番が平等で、総選挙の結果はシンデレラガールカードができるだけ、ボイスも時間はかかるけど全員実装目指します!って確約があったらさぁ!みんなで声を大にして言えたと思うんだよ!多いんだよ人数が!推し全然出番回ってこねえな!って!笑い話として!何で同じコンテンツ推してる人同士で戦争させてんだよ!

ごく最近あんさんぶるスターズにハマったんですわ。黒髪人形のあの子。愛が重くて可愛いんだ。

すごいよ。アイドル49人、最高レアリティガチャは年1で必ず来ます!14ユニット、全ユニットが年1でシングル発売します!3DモデルMV付き!シャッフルユニットやってるけど、きっと全員来てくれる、って言う、安心感

ストーリーが重めで運営の手のひらで情緒を転がされたりするけど、外部コラボもそこそこ(ちょっとこの辺新規Pだから追い切れてなくて申し訳ねえ)平等に機会があって、お前の推しの方が出番があってずるい!みたいな事が殆どないの。

(先生とかアイドルではないキャラを好きになってしまった人はしんどいと思う。それはわかる)(でも今は"主なコンテンツであるアイドルでの対比"だけさせてくれ)(ちなみに人気差は普通にあるよ。薄い本の冊数とか、グッズ交換で如実に出る)

デレステ / モバマスのあの運営の仕方を"金儲けのために仕方ない"って思ってたのが、全部吹っ飛んじゃったんよ。あんスタ、馬鹿みたいに儲かってんだもん。(いや儲かっててくれ)(去年のハピエレの収支エグかった気がする)

……いよいよ、やり方を変えないといけないんじゃないの?って思う。今更総選挙無くしたら"シンデレラガールになれなかった子"のPが暴動を起こしかねない?そんな事ないよ、私たちが欲しいのは"シンデレラガール"もだけど、突き詰めれば"推しの出番""推し仕事"だもん。いいじゃん、毎年ダーツで決めて10人ずつくらいシンデレラガールカード描き下ろしてさ。それでも18年かかんの、やばいね。人数多いよ笑

それでもさぁ、私の好きなまゆがあのまゆとして成長していく様を見られるなら、年1の総選挙くらい頑張りますか!って思うんだけどさぁ。

そこもブレちゃうんじゃあもう辛いよ。

私がこだわりの強いめんどくさいオタクだってのは承知事実なんだけどさ。

もちろん公式テキストが"公式"であるから解釈違いは"私の受け取り方の問題アレルギー反応が出てるだけ"なんだ。わかる。

でも、だからこそ、私の受け取り方と公式が合わないなら、コンテンツを推せないという選択肢わたしは選ぶ事ができるんだよな、って事に、今回気がついちゃった、って話。

ただ、まゆが人質に取られてて、きっとデレステの今回のガチャの売り上げが下がったらモバマスの出番も減っていくのかもしれないと思うと、引かざるを得ないんだ、って気持ちも、わかってほしい。

怖い。推し人質に取られている。

2021-08-16

anond:20210816203357

煽り文句一つにも、そいつの知性は表れる。

なんだ「アニメとか好きそう」って。

eスポーツと同様に、テレビアニメ大衆化した。

珍しくもないものに「◯◯見てる奴は~」と、何かしら属性を付けようとするのが無謀。

anond:20210816182836

ビデオゲームメインカルチャーなのに、何を言ってるんだか。

Apexなどは交流ツールとして、ライト層にも人気が出てる。

RTA話題になるように、ゲーム観戦は大衆化していってるし、それが望ましい。

にわか上等だ。

2021-08-12

anond:20210812104511

科学大衆化小学生が将来の夢は科学者、と言えるような。

「ひらめきときめきサイエンス」とか、ああいうの本当に必要

俺たちには研究成果だけを求めてもらって、普及は学部生とか院生でよくない?

anond:20210812101504

金だけでは解決しない。

たとえば本気で手段を問わず科学振興したいなら以下のようなことが効果

平和的な軍事推進(対コンピューターウィルス暗号、超高速通信計算市場相場介入技術

生命倫理問題の当面解決(超再生医療移植医療、若返り、蘇生

・各基幹産業における国内製造拠点の維持

科学大衆化小学生が将来の夢は科学者、と言えるような。

 具体的には、何か一定基準を設けて、クリアした科学者に桁違いの報酬を払う等)

2021-08-03

anond:20210803074049

😎「いやタモリは別枠で評価してくれ、彼はアンダーグラウンドからサブカルへつなぎ、そのためにそれらをメインストリームで観られる程度に大衆化と洗練を推し進めた傑物だぞ」

2021-07-26

オタク気持ち悪いのって

「俺はバカ大衆とは違って、作品の良さが分かっている」

みたいな選民意識だよ。


そういうのって、今は左翼反体制みたいなのと相性がいいのか?

アニメゲーム大衆化して、みんなが楽しんでいるところに、左翼ぶって冷や水を浴びせかけにくる感じがある。

2021-07-23

anond:20210723213921

闇とかじゃなくて、昔はオタクとはそういうものとみんな了解してたのに昨今の大衆化のせいでそういうことを理解してない一般層が流入してきただけだぞ。

2021-07-18

サブカルオタクいじめ時代、その後

インターネットを覗けば、被差別意識を抱えたオタク怨嗟の声が可視化されるのは今も昔も変わらない。しかし、今その怨嗟が向けられる対象が「陽キャ」に属する人間像がほとんどであるように見えることを考えると、2000年代インターネットでは、「サブカル」に対して憎悪を燃やすオタク」が今より遥かに多く存在していた。当時、アニメ映画話題において、必ずといっていいほど、どれが「サブカル」でどれが「オタク」かという区別をもとにした戦争がよく起こっていた。しばしば、それらは必要性のハッキリしない、無意味区別だった。思えば、それらの怨嗟は、90年代以前より「サブカル」が「オタク」をいじめ続けてきた歴史遺産であったのだろう。では、今そうした「サブカル」への同時代的な怨嗟を耳にすることが少ないのはなぜか。21世紀カルチャーにおいて、「サブカル」と「オタク」は融合した。それには「サブカル」のファッション性が凋落していったことや、「オタク」が大衆化していったことなど、時代の変化が生み出したさまざまな要因が絡んでいると思われるのだが、なんにせよ、現代では、当時「オタク」と「サブカル」に分けられていた二つは、ほとんどその境界を失ってしまったのだ。ここでは、これが精確には融合だったのか、それともどちらかがもう片方に吸収されたのか、はたまたアウフヘーベンかといったことは問題としないけれども、少なくとも、あえてそれらを二分して、お互いに攻撃し合うものであるという風潮は、ほぼ消え去ってしまったのだ。その空気感を端的に描写しているのが映画花束みたいな恋をした』である押井守存在ガスタンク映像やらを介して惹かれ合い、文芸邦楽趣味共感し合う麦くんと絹ちゃんは、90年代的な枠組みにあてはめると、明らかにサブカル」のカップルだ。しかし、彼らは宝石の国ゴールデンカムイを読む。ブレワイを買う。シン・ゴジラをみる。ままごと(劇団)の舞台さえ観に行くような層が、同時にこうしたものをあたりまえに摂取するというのは、90年代の「サブカル」的な感覚ではありえない。まどマギ放送2017年だった世界線ならば、二人で一緒に最終回に釘付けになったというエピソードがあっても違和感はないだろう。物語の後半で絹ちゃん自分の好きなもの大事にしながら生きるために、謎解きゲーム主催するベンチャー企業で働く選択をする。ここで絹ちゃんに対比されるのは、物流企業に勤めることで激務に追われ、カルチャーのある生活から脱落してしまった麦くんである。この麦くんに対比される絹ちゃんやかつての麦くんを、「サブカル」かはたまた「オタクかに分類することは、ここではもはや意味がないし、その必要存在しない。文芸映画音楽舞台マンガゲームも、派閥意識などなくカルチャーに関わる層が、ここでは描かれているのである。繰り返しになってしまうけれども、二人が生きた2010年代後半には、カルチャーにおいて、それまであった「オタク」と「サブカル」という境界はもはやほとんど消滅して、仮にその区別を認めるとしても、好きに行ったり来たりできるし、そのことになんの咎もないという状況になっていたのである。いま、「サブカル」という言葉アクチュアルな響きがなく、古臭さを伴うのはこうした事情によるものだ。「当時のサブカル」という表現40代以上がすることに違和感を覚える層がいるとしたら、現代には「サブカル」という枠組みがあえて存在する必要がないということにその理由があるだろう。つまり、「サブカル」という言葉にはもはや、90年代以前に存在したらしい、そして2000年代ほとんど絶滅した様子である、ある種の人々、例えば、大衆文化回避するひねくれた心根を持っていたり、その一方で「オタク」を見下していじめるような心性ももっている、というのがピッタリなイメージの、そういったかつての人々に対する意味のみしか残されていないというのが、現在の状況であるのだ。

2021-07-16

米国テック業界の「ゲーム不要」というのがわかりにくい

ベイエリアに「ゲーム不要」という雰囲気があるというのを何人かから聴く

ゲームに慣れ親しんだ日本からすると、「ゲーム不要」というと、香川かといった反応が普通に見えてくるし、

Steam海外ゲーム実況は普通に話題だし、日本より北米の方がゲーム市場有用といった声からも、ベイエリアの「ゲーム不要」という雰囲気はわかりにくい。


ゲームナード文化である過去があるのはわかるが、

日本オタク文化大衆化した状態と同じ道を歩んでいるのか、マッチョ文化が残っているのか・・・


わかりにくくなっているのは、ゲームが金になる市場になっていることで、

からさまな「ゲーム不要」という宣言はない。

2021-07-12

2次創作の元になるキャラクター不足

人狼ってあんじゃん。

村に人のフリをした狼が紛れている。

毎晩1人ずつ殺していく狼。

そしてその正体を明らかにする人々の闘い。

あれって良いゲームとしてじゃなくてもう1つでっかい功績があると思うんだよな。

大概のSFファンタジーに出てくる怪物って、過去創作物を流用したりすることが多いだろ?

ドラキュラだったり、妖怪だったり、マンドラゴラケルベロストロールゴブリンドワーフデュラハン

こういうのキャラクターってさ、どんどん消費されてっちゃう思う。

始祖の

かに類するキャラクターってさ、これからドンドン新しいもの増やしていかないと、これらを元にした2次創作ドンドン薄くなっちゃうのよ。

Netflixでやってる怪物事変とか見てみなよ。

俺は好きだが、まぁ、とりあえず見てくれよ。

てなわけで、人狼はこういう2次創作に繋がる立派なキャラクターを後世に残せたと思うわけだ。

人狼のことを、「いやいや、狼男2次創作であって、後世で2次創作として用いられるキャラクターではないでしょ?」

というやつもいると思う。

今そう思ったお前。

思うに、キャラクター大衆化するか、ローカルに留まるか、それはストーリー性にある。

ドラキュラが血を飲むってだけだとここまで大衆化していないと思うんだよな、銀の弾丸とか、十字架が〜とか、にんにくとか、色んな細かいストーリーが、こいつらを大衆化してくれる。

主観だと、狼男は、人狼でようやく大衆化した気がするんだよな。

これからようやく2次創作ドンドンまれてくると思う。

本題に入る。

これからおれたちがやんなきゃいけないのがまずは、2次創作の元になるキャラクターを生み出すことだ。

大体こういう流れだと思う。

ちなみにだが、キャラクター粒度について抑えておく。

ニンジャ・タートルズキャラクターじゃない。2次創作になる。

という具合だな。

このキャラクターを生み出すっていうのは凄く難しいが、1つ生まれたら、そこからまれコンテンツは莫大だ。文化遺産としてとてもデカものが残る。

おれはドラキュラを生み出したやつは本当にすげえと思ってる。ドラキュラというキャラクターからまれたらいくつもの2次創作はこの世を取れ炊け豊かにたか

おれらは、次のドラキュラを作らねえといけないと思うんだ。

2次創作の元になるキャラクター達が、ここ数年で枯渇してきている。

大衆化きっかけは汎用性があること。

例えばだけど、

高層ビルしか生きられない〜」とかは渋い。

2次創作として使いづらいから、文化遺産を生み出しにくい。

2021-06-27

anond:20210626225859

巻頭カラー笠原弘子コスプレ? 写真が載ってる設定集買ってたくちだけど、

(あとプラモ出てなかったのでガレージキッドとかのイングラムとかも買ってた)

パトレイバーって、ちょっとかじった人が多くて、未だに大衆化されてないから、

知ってる俺すごいって言いたがりが多いけど、そんなに履修人口多くないよね。

自分よりもちょっと上が盛り上がってた感じだったけど、200人ぐらい男子居る学年で、パトレイバー好きな同級生は2人しかいなかった。

サンデーで連載してた頃。

2021-06-24

anond:20210624135957

Reddit大衆化してやべー奴増えたか

あれが平均だとは思わないように

2021-06-05

anond:20210605153546

ただ単に裾野が増えた説に一票

その代わりコンテンツ自体大衆化してつまらなくなっていってる

コアでマニアックものは数を取れないか

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