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はてなキーワード: 常人とは

2021-05-04

anond:20210504181237

ワープアは知らんが東大卒に知性が感じられないのは確かだな

卒業して数年経てば常人と変わらんよ

2021-04-25

anond:20210425111257

フル勃起まで常人より時間的猶予があるから別のことを考えていれば大抵収まりつくで

2021-04-20

anond:20210420013240

オレも生きてる速度が常人と違う上に予定ってヤツが大の苦手で「○○日ひま?××行かない?」とか誘われても、その返信に丸一日かけた挙句に「その日のオレに聞いてみないと」なんて返す、一時間や二時間遅刻もなんのそので、自称まともな社会人の皆さんが聞いたら卓袱台ひっくり返すような人間だけど、同じような友達見つけて仲良くやってるよ。

いるところにはいるもんだ。

2021-04-19

コロナ一年 全裸生活

テレワークになったので全裸生活し始めた。

ここにその全裸生活の記録を残しておく。

なぜ全裸生活をしたのか

時は来た。それだけだ。

健康面への影響

全裸生活健康に良い!ミニマリストマインドフルネスダイエット!みたいな文言があちこちに踊る。非常に怪しかった。

しかし結果として俺は5kg痩せ、身体の見た目もよくなり、姿勢改善した。

部屋の中にちょっとした鏡を増やし、ふとした時に自分の体を意識することができるようにしたのも奏功したのかもしれない。

服装でのごまかしがなくなるので、自分本来の姿を直視し続けられるようになる。

また、地味にすぐに体重を計れるというのも大きい。体重を計るときは服の差分をなくそうと「同じ服装」とか「いちいち服を脱いで計る」とか「お風呂前に」と工夫するが、全裸だとそんな工夫はいらない。ただ体重計に乗るだけだ。

「今のごはんでこれだけ増えるんだな」「小腹減った時はこんなもんなんだな」とすぐわかる。手軽さに勝るものなし。体重毎日計るのに苦労していた昔の自分が嘘のようだ。

うんこ問題

便意、即、排便

この究極のリズムを体得できるのは全裸特権だ。

パンツマンですら成しえない圧倒的なスピード感に世の便秘マンは慄くだろう。

15秒でうんこは終わるのだ。つまりスマホをもって入る必要がなくなり、スマホも綺麗に。

トイレ掃除全裸なら「服が便器の水で汚れないように…」と気にする必要もない。終わったらシャワー入ればいいだけだ。

またお腹を締め付けないので便通が良くなった。

トイレ行きたいけどベルト外してズボンおろして…ってめんどくさいか我慢…」ということもなくなった。

うんこ問題

うんこした後にそのままソファかに座るの?と抵抗がある人はいるだろう。

ふわふわのクッションの上にうんこ直後に座れるのか、疑問にも思うだろう。

だが問題はない。

便意、即、排便を体得すればすなわちうんこのキレが良くなっているということとなり、肛門は意外と清潔を保てる。

これは完全にイメージ問題なので、現実的うんこソファについちゃうということはない。

どうしても気になるという人は、おしゃれなブランケットを一枚用意すればいいだろう。

その一枚を外付けの服のように使う。

椅子に敷いたり、ソファに敷いたり、郵便配達対応に体に巻き付けて出たり、夏は汗を拭いたり、体温調節に使う。

布はオシャレな良いものを使う、これが全裸の鉄則。

寒くない?

当然寒いので、身体を温める食事意識的に採るとか、部屋の暖房ケチらないという方法をとる必要がある。

次第に身体が順応して風邪は引きにくくなる。

とはいえ、俺は「真冬の半そでアイス」な北国に住んでいるので、そもそも部屋の断熱性能が極めて高い。

なので夏を旨として作られた本州型住居では大変かもしれない。

全裸生活でかなり節約ができるので、浮いた部分をまずは暖房に回す、とした方がいいかもしれない。

修行してるわけじゃないから、我慢はいけない。

清潔になる

汚れたら拭くし、汗かいても蒸れないからそんな臭わないので清潔を保てる。

毛が気になったらすぐ剃れる。

手を洗う感覚シャワーを浴びる。

蒸れた下着と服に、臭いと菌とバクテリアを飼っている常人にはない清潔さがある。

生活圏内の布が減るのでホコリが減るのもメリット

毛が落ちやすくなるのでは?

着ようが着まいが毛は落ちる。

全裸生活すると掃除に気が向くから、むしろ落ちている毛を発見する機会は減る。

そんな気になるなら剃ればいい。髭剃りの勢いで胸毛が逸れる。それが全裸

あらゆる毛を剃ってみるのもいい。全裸なので服に当たってチクチクするということもない。

寝心地は変わるかもしれないが。

服がいらない

部屋着、パジャマの類が不要になり、収納が空く。

外出着のみ必要になるので、ちゃんお金をかけていい服を着れる。

コンビニに行かなくなる

コンビニに行くのに服を着るのが面倒になるので、行かなくなる。

自炊の機会が多くなる。

お茶とかコーヒーは自宅に備蓄することになる。

クッキーくらいはすぐ作れる。買う必要はない。

これを楽しめる人には最適だろう。

チャックの締め忘れが死に直結する危機

全裸生活の数少ないデメリットの筆頭がこれだ。

全裸なら徹底して全裸なので、外出中も下着を履くことはない。

全裸・オン・ズボン生活だ。下着による蒸れもなくなり、むしろ清潔感は増す。

しかしこれは諸刃の剣

そもそも普段からズボン履かなくなるので、たまにズボンをはくと色々と迂闊になる。

その代表が、チャックの上げ忘れだ。

常人なら「あの…開いてますよ…」と耳打ちされて「あっ…」で済むが、全裸はそうはいかない。

全裸生活者はチャックが開いていると通報逮捕収監人間の終わりが見えてくる。

そこで、ズボンのチャックは全て縫い付けて開かないようにしておく。

サイズがきつめの場合は、2/3くらいまでしか開かないようにしておく。トイレは座ってすればいい。おしっこした後はちゃんトイレットペーパーで拭き取ればズボンは汚れない。

汚れで言えば小便器でを使う方がよほど汚れるのだから

あとはお腹の冷えに注意して下痢を防ぎ、括約筋を締めて緊張感をもって姿勢よく歩く。一石二鳥である

ズボンはこまめに洗う。たまの洗濯なんだからたいして辛いこともない。

よく考えたらたいしたデメリットにもならないな。

生理問題

筆者は男なので、彼女へのヒアリングによる。

生理の予感が来たら素直にパンツを履く。煩わしいがこればかりは仕方ない。

パンツを履くと同居人も『生理か』と察するので親切になる」

とのこと。

彼女パンツを履いたら家事は全部俺がやるようになる。

彼女パンツを脱いだら俺は少し楽をする。

彼女も何も言わなくてもいいし、俺も気が楽だ。

油はねて熱くない?

油はねごときは大したことはない。耐えろ。という身も蓋もない結論にはなるが。

実は全裸料理は大変お勧めだ。

「体に油がはねて熱い」ということは、つまり普段からそれだけの油を身体に浴びている」ということになる。今までは服が油を吸収してごまかされていただけだ。

身体に当たる分の油が、周辺にも飛び散っていることになる。

から料理中に油がはねて熱い、というのは「これ終わったらキッチン周りを軽く拭こう」という動機付けにもなるのだ。

全裸の体が汚れセンサーの働きもしてくれる。

全裸料理するとキッチンが綺麗になるという現象が起きるわけだ。

全裸キッチンを見る機会があれば見てみるといい。だいたい綺麗のはずだ。

それと、調理器具レシピを見直すのもお勧め

炒め物はなるべくやめてオーブンで焼くとかすると、油も減らせる。

深い鍋を使えば油はねも軽減できる。

揚げ物は服を着ててもやらないんだから別にどうということもない。

セックスレスにならないか

ならない。

しろセックスの頻度は上がっている。

とはいえ、これは個人差は大きそうだ。うちはそうだというだけ。

日常生活スキンシップの頻度が上がるので、精神安定にもいい。

セックスしたいなぁというときは、おしゃれな下着を履いたり香水を付けたりする。全裸よりもセクシーになる。

それとキンタマが蒸れないので、精子死ぬことがない。よって精力は上がる。

生産され過ぎて辛くなる時もあるが。

朝、ブランブランしたままキッチンかに行くの?

行く。

水でも飲めば収まる。そんなもんだ。慣れる。

夢精は?

シーツをこまめに洗うからそんなに気にならないんじゃないか

それにセックスをするのでそんなに溜まらない。

オナニーも即座にできるので夢精はしてない。

運動がはかどる

特に筋トレストレッチがはかどる。

身体のどの部位が動いているのか、収縮しているのかダイレクトにわかるので、トレーニング意識高まる

ちんちんキンタマポジショニング最初は苦労するかもしれないが。

エアロバイクに乗るときブランケットをかけよう。

オシャレはちゃんと楽しめる

部屋着が無くなることで、意外な方面にオシャレの意識が向く。

部屋にいる時でもネックレスブレスレット、腕輪、アンクレット、トライバルな腰ひも、指輪を付けるようになる。

純粋楽しいので。狐のお面とかつける時もある。楽しい

タトゥーにも興味が湧いてくる。

でかくごついアクセサリーとかも付けると楽しい

外出着は普通に着るが、全裸生活アクセサリーの傾向が変わるので、人によってはオシャレの方向性は変わるかもしれない。

俺たちは羽織ポンチョをよく着るようになった。

また、部屋で使うブランケットシーツもこだわるようになり、シーツサテン織りのものを使っている。

彼女は反物に目覚め、反物を中古で買ってきてそのままブランケットのように使っている。

めちゃくちゃ綺麗だ。

反物をそのまま巻き付けて着物のように見せる着装という方法普通にあるらしく、それを勉強したりもしている。

ボディペイントは楽しい

タトゥーだとちょっと消せないのが辛いので、ボディペイントをやってみた。

これが面白い

水性マーカーとか100均の絵具でできるので楽しい

耳なし芳一ごっこをやったのが最高。

芳一はチンコにも書いてもらったってことになるが、意外と可能であるという結論に達した。

筆によってキャンバスが大きくなるからだ。

全裸の映り込みに注意

インスタやSNS写真を上げる時、鏡面ステンレス全裸が映り込む危険がある。

部屋のもの撮影するときは注意だ。

いかがでしたか

全裸になることにより、一番変化を実感したのが部屋の清潔さだ。

部屋が服のようなものなので、出来る限りきれいに保とうと意識が向く。

机を拭くくらいの気軽さで体も拭ける。

シャワーは手洗い感覚

体が触れて不愉快場所を作らなくなるので、整理整頓も上手くいく。

体感として、部屋に占める布の割合が半減するので臭いも籠りにくくなったように感じる。

コロナ禍では宅急便も「ドアのところに置いといてください」が通用するようになったので、全裸生活を始めるには最適の時代だろう。

始めろとは言わないが、始めてもいいかなという人はやってみてもいいと思う。

合わない人はいるだろうが、合う人には合う。

裸になろうぜ。

2021-04-18

anond:20210418144616

子供の人権の値段をもっと下げれば数は増えるんだよな。

今は子供の値段が高すぎて常人はとてもじゃないけど払いきれないという話になってる。

2021-04-16

いじめられっ子からいじめられている君へ

著名人の方の打ち立てたタイトルをお借りして申し訳ないですが、こういう話ってやっぱりいじめを"乗り越えられた"体験談ばかりだなと思って。いじめられた経験持ちで今現在"いじめ過去を乗り越えられていない"立場として、今いじめられている人に向けた言葉というか、といってもまあほとんど独り言のようなことを言いたいと思います

自分中学時代の3年間全校生徒からいじめられた経験があります。具体的な出来事はあげないけれどそのひとつひとつが今の自分を作っていると思います。悪い意味で。挨拶ができません。人前で話せません。怖いので。ありがとうもごめんなさいも言われるのが得意ではありません。それが本心ではないと疑ってしまうので。球技ができません。玉を当てられるのが怖いので。チームプレーや団体行動ができません。自分がいては足を引っ張ると萎縮してしまうので。小さなことです。小さなことだから、なんでこんなこともできないの、と言われます。余計つらいです。そういうの、自己責任なんです。いじめられた過去があって、で許されることじゃないんです。そこから変わらなきゃ、って言われることなんです。でもまあそうですよね。普通に挨拶しない人とかみんなと一緒に動けない人とか、迷惑ですもんね。

どう考えてもいじめられていない人の方が有利なんです。今いじめられているあなた。その経験は今後なんの役にも立ちません。だってそうじゃないですか?いじめられた経験が今後の人生の糧になるなんて言ったらいじめ肯定することにならないですか?だからもう、いじめられた時点でいじめられただけ損なんです。最悪です。死にたいです。今だって死にたいです。死なないのは死ぬのが怖いからです。死ねた人ってその恐怖に勝てたんだからすごいなあと思います自分は多分今後も死にたいなあ死にたいなあと言いつつ死ぬのが怖すぎて死ねないままのうのうと生きるんだと思います。なんかそういうのすらつらいです。

自分はいじめられていません。でもいじめられていた過去は何も解決してないし、ひとつも乗り越えられていないし、少しも許せていません。いじめから逃げることも、戦うこともできませんでした。だから毎日つらくて、死にたくて、まわりのみんなに死んでほしくて、のたうちまわってます。でもさ、それでも、人生楽しいです。そんなんでも、楽しいって思えることがあります。この世界残酷なので。毎日死にたくても好きなアニメ面白いし、大人になってやっとできた友人とバカみたいな話してバカみたいに笑うの楽しいし、ごはんおいしいし、オナるの気持ちいいです。思えばいじめられているときもそうでした。いじめられてても読んでる漫画面白かったし、お父さんの昔話聞くのが楽しかったし、ごはんおいしかったし、オナるの気持ちよかったです。それでも死にたいです。それでもつらいです。どっちかじゃないんです。良いことも悪いこともどっちもあって、悪いことの方が多いから死にたくて、でも死ぬのが怖いくらいにはちょっと良いことがあって、ここまで生きてきてしまいました。

いじめられている人へ。あなたに、死んじゃ駄目だと自分は言えません。本当に本当に生きるのがつらくて、どうしても死にたいんだったら、それを止める権利自分にはありません。だって自分死にたいので。死にたい分際で他人の死にとやかく口出せません。でも、死ぬのが怖いって少しでも思うなら、死んでほしくないって思います名前も知らない存在も分からないあなたに、自分は死んでほしくないです。自分いじめられてたから。これから先生きてて、いじめを乗り越えられた人みたいな、まるで常人のような幸せは訪れないかもしれません。でも今死ぬのが怖いなら、死ぬのはちょっと待ってほしいんです。その先を何も保証できないけれど。怖いうちは、死なないでって、そう思います自分死ねいか他人にも死んでほしくないだけ?そうかもです。他人事だから死なないでなんて簡単に言える?それもそうかもです。それでもやっぱりどこかで誰かが死ぬのは悲しいから。とんでもないただのエゴから、聞いてくれる人だけでいいんです。別に絶対自殺するなって話でもないんです。ただちょっと、痛いの怖いな、自分がいなくなるの怖いな、死ぬの怖いな、と思ったら、それは後回しにして、おもろい本あったら読んで、話せる人がいたらおしゃべりして、美味しいごはんがあったら食べて、いいオカズあったらオナって、そんな感じで、なんとかならないかなって思います自分に言えることはそれだけです。長々とすみませんでした。どうかあなた人生幸せで、あわよくばいじめっ子に天罰下りますように。

2021-04-14

anond:20210414155817

常人の熱い説得に心を動かされたんじゃん?(横)

anond:20210414154114

1,昨日と今日で言ってること全く違うやつは異常者だろ、異常者を常人扱いすんな

2,異常者がおかしいこと理解した上で異常者の言うことを聞くやつは馬鹿

anond:20210414153628

今まさに例に書いた常人と同じ事やってんねんでお前

IQ135のワイが人との会話に苦痛を感じる理由

常人「何してんの」

ワイ「英語勉強してるんや」

常人「なんで」

ワイ「英語を話す機会があるから

常人通訳はいないの」

ワイ「いない」

常人同時通訳する機械買えばいいじゃん」

ワイ「だれもそんなことしてない」

常人「なんで他にやってる人がいないと駄目なわけ」

ワイ「?」

常人「すぐそうやって他人比較してるからお前はダメなんだよ」

ワイ「はぁ、そうですか」

翌日

常人英語勉強は続いてる?」

ワイ「いや、やめたが」

常人根性ないな。なんでもすぐやめるやつはクソ」

ワイ「お前が同時通訳する機械買って英語勉強するな言うたやん」

常人あん機械に何の使い道があるのかわからんあんもの使うやつはクソ」

相手の反対のことを話して非難するしか会話方法がなくて言ってることがめちゃくちゃ。

最悪なのはこれが身内だったり上司だったりしたとき

鬼滅の刃と774氏の作品共通点

鬼滅の刃を見た時に、成程これは面白いなと思った。確かに元ネタ」のジャンプ作品がうっすらと浮かんでくる。ブリーチDグレ等々。

しかしそれらの元ネタを上手く咀嚼し、作品として限りなく上質なもの昇華していく。

鬼滅の刃に影響されてこれから名作が生まれるとは思わないが、

鬼滅の刃成熟した漫画社会の一つの到達点であり、また「折り返し地点」であると思う。無駄な引き延ばしも無く、テーマも一貫している。

しかし読んでいるうちに、「臭さ」を感じるようになった。この作品非凡たらしめる、隠し味ともいえるし、人によっては嫌う要素になりうる。

この作品は明らかに、「少年青年悲劇的・悲惨な結末を迎える事に性的に興奮を感じる人種が書いてる」という事。

作品における人気キャラの一つ一つの死が、異常に丁寧に、美化されて書かれている。煉獄さんの死も一つの映画化に耐えうる話だし、正直他の柱が死ぬ話も

一つ一つが丁寧に、劇的に描かれている。異様にフェティッシュなのだ技術ではない、どこか「一歩向こう側」をかんじる。

グロ系や胸糞系の作家さんは、主にそういうもの性的な興奮を得る人間に集められている事も多い、鬼滅の刃も同じような感覚がする。

グロ系や胸糞系の作家さんは、性的な部分を抜いてみても面白い人が多い。人は作品を描く時、どうしても「ストレス」を避けようとしてしまう。それは発想の時点で思考に絡みつき

話を平凡で安易ものにしてしまうのだ。常人は「女の子が切り刻まれて恐怖を感じる部分」に対して共感から逃げてしまう。

そういう部分に彼らは「性欲」という鍵でアクセスすることが出来るのだ。

774氏の作品長瀞さん」なんかが、妙に生々しくドSティックで心をくすぐるのはその「アクセス」が出来るからだと思う。

恐らく常人なら鬼滅の刃青年少年をどんどん死んでいくのに耐えられない。耐えられないからこそ我々は「名作だ」と思う。

最強の力を得る代わりに寿命が25歳で終わるという設定を人気キャラ全員に、最後普通持っていけるだろうか?明らかに結婚して幸せになれるようなキャラクターに、「名誉の死」を与えられるだろうか。

鬼滅の刃の作者は明らかに、そういう「アクセスできる人種」の臭いを感じる。

考えすぎだ、と言われるかもしれないが、今までの短くはない創作人生漫画を娯楽にしてきた者の視点として、違う意味の「感動ポルノ」に鬼滅の刃が見えてならない。

2021-04-13

anond:20210413133333

アスリートにとってのオリンピック常人大学受験のようなもの

メダルを取れなくてもオリンピック出場経験があれば自分競技に関連する仕事に就ける。

一般企業でも営業職なんかはアスリート優遇して採用したりする。

あとオリンピックに出るレベルアスリートなら大なり小なり自治体企業からスポンサードされてる。

年間数千万トップクラスなら億単位の金を掛けてトレーニングをしてる。

オリンピックが中止になると少なくとも4年間のその投資がすべてパァになる。

anond:20210413144039

さっきからあなたのほうこそ人格攻撃しているけど、この話続ける意味ある?

常人なら理解できる」「察しろ」とか正直もうどうしようもないくらいに言い訳から

どんどんあなたの首が絞まってる

こっちは既に土俵降りてるからあなた一人相撲から

頑張って横綱目指してくれ

anond:20210413124845

それは増田メモリが16GBぐらいあるから常人は何の文章読んでたのか途中で分からなくなる。文章という名の迷宮

anond:20210413021607

クレーマーの考えることは常人には分からないもんだ。

自分保護されて当然!他人は全て自分奴隷!」

こういう理屈で動いてるからな、彼奴等は。

2021-04-09

anond:20210409105711

厳罰志向って結局犯罪者自分と同じ人間だと考えすぎなんだよね。

バグってて罰とかそういうものに対する恐怖が常人より薄いか犯罪者になるのに。

バレたら滅茶苦茶やばいけどたぶんバレないみたいなことが最高に楽しい娯楽だと思える人種なんだわ。

2021-04-06

anond:20210406221557

増田ちょっと違うね。

平等差別だっていうのを決めるのは君じゃないしわいでもないんや。

社会が決めるものなんや

まり社会の強いもんは包装業の男が医者と比べて結婚出来んのは「道理」やと決めとるんやな。

包装業の男が給料低いのも、結婚出来んのもそういう道理の上に成り立っとるんや。

もちろんこれを変えることもできる、しかしな金と権力あるいは暴力がなければどうにもできんのやな。

そういうのを成し遂げた男は歴史に名を遺すやろうが、常人にはとてもとても成し遂げられんもんや。

そういう道理無視して自分だけは抵抗しよう思うても変人扱いされるだけで何も変えることは出来んのや。

2021-04-04

anond:20210404171625

増田リンク資料も含む)に目を通してることを前提にされても困るのが常人だと思うけどここは狂人巣窟なので・・・

2021-03-29

anond:20210327212335

スーパーで片っ端からカツオのタタキをひっくり返していく老婆を見たことがあるが

常人理解できる理由があって行動しているとは思わなかった

ぶつかりおじさんもそういう類ではないのかな

2021-03-24

身体的に男性だというだけで、その人を男性と決めつけるのは差別だ」

トランス女性女性です。公共トイレに入ってくる女装した性犯罪者トランス女性の見分け方は被害に遭えばわかる」

「今は無理でも、将来的には男性器があるトランス女性が女湯に入るのは当たり前になるので、性犯罪被害者の女性男性器に慣れる必要がある」

などと、Twitterに常駐して延々と呟いていたツイフェミ同級生がいた

今日ヲチったら、専攻してる分野の研究者男性ばかりなことや、オフィストイレが男女共用なことが辛くて大学院に行くのをやめ、今は海外院進を目指してると言っていた

専攻してる分野は男性多数派である根拠とは一体何か。世界中にいる同一分野の研究者全員に「あなたの心の性別は何ですか」と聞いたのだろうか。まさか身体的に男性から男性であると決めつけているわけではあるまい

自分は同じ専攻で面識もある男性メンバー研究室トイレにいるだけで辛くなってしまう。しかし、他の女性には女湯や女子トイレ男性器をぶら下げた身体男性侵入し、性犯罪被害が発生するのも含めて我慢を強いる。相変わらず常人には理解できない思考をする人だなと思った

2021-03-22

菰田

以上のお話によって、郷田三郎と、明智小五郎との交渉、又は三郎の犯罪嗜好癖などについて、読者に呑み込んで頂いた上、さて、本題に戻って、東栄館という新築下宿屋で、郷田三郎がどんな楽しみを発見たかという点に、お話を進めることに致しましょう。

 三郎が東栄館の建築が出来上るのを待ち兼ねて、いの一番にそこへ引移ったのは、彼が明智交際を結んだ時分から一年以上もたっていました。随したがってあの「犯罪」の真似事にも、もう一向興味がなくなり、といって、外ほかにそれに代る様な事柄もなく、彼は毎日毎日の退屈な長々しい時間を、過し兼ねていました。東栄館に移った当座は、それでも、新しい友達が出来たりして、いくらか気がまぎれていましたけれど、人間というものは何と退屈極きわまる生物なのでしょう。どこへ行って見ても、同じ様な思想を同じ様な表情で、同じ様な言葉で、繰り返し繰り返し、発表し合っているに過ぎないのです。折角せっかく下宿屋を替えて、新しい人達に接して見ても、一週間たつかたたない内に、彼は又しても底知れぬ倦怠けんたいの中に沈み込んで了うのでした。

 そうして、東栄館に移って十日ばかりたったある日のことです。退屈の余り、彼はふと妙な事を考えつきました。

 彼の部屋には、――それは二階にあったのですが――安っぽい床とこの間まの傍に、一間の押入がついていて、その内部は、鴨居かもいと敷居との丁度中程に、押入れ一杯の巌丈がんじょうな棚があって、上下二段に分れているのです。彼はその下段の方に数個の行李こうりを納め、上段には蒲団をのせることにしていましたが、一々そこから蒲団を取出して、部屋の真中へ敷く代りに、始終棚の上に寝台ベッドの様に蒲団を重ねて置いて、眠くなったらそこへ上って寝ることにしたらどうだろう。彼はそんなことを考えたのです。これが今迄いままでの下宿屋であったら、仮令たとえ押入れの中に同じような棚があっても、壁がひどく汚れていたり、天井蜘蛛もの巣が張っていたりして、一寸その中へ寝る気にはならなかったのでしょうが、ここの押入れは、新築早々のことですから、非常に綺麗きれいで、天井も真白なれば、黄色く塗った滑かな壁にも、しみ一つ出来てはいませんし、そして全体の感じが、棚の作り方にもよるのでしょうが何となく船の中の寝台に似ていて、妙に、一度そこへ寝て見たい様な誘惑を感じさえするのです。

 そこで、彼は早速さっそくその晩から押入れの中へ寝ることを始めました。この下宿は、部屋毎に内部から戸締りの出来る様になっていて、女中などが無断で這入はいって来る様なこともなく、彼は安心してこの奇行を続けることが出来るのでした。さてそこへ寝て見ますと、予期以上に感じがいいのです。四枚の蒲団を積み重ね、その上にフワリと寝転んで、目の上二尺ばかりの所に迫っている天井を眺める心持は、一寸異様な味あじわいのあるものです。襖ふすまをピッシャリ締め切って、その隙間から洩れて来る糸の様な電気の光を見ていますと、何だかこう自分探偵小説中の人物にでもなった様な気がして、愉快ですし、又それを細目に開けて、そこから自分自身の部屋を、泥棒他人の部屋をでも覗く様な気持で、色々の激情的な場面を想像しながら、眺めるのも、興味がありました。時によると、彼は昼間から押入に這入り込んで、一間と三尺の長方形の箱の様な中で、大好物煙草をプカリカリとふかしながら、取りとめもない妄想に耽ることもありました。そんな時には、締切った襖の隙間から、押入れの中で火事でも始ったのではないかと思われる程、夥しい白煙が洩れているのでした。

 ところが、この奇行を二三日続ける間に、彼は又しても、妙なことに気がついたのです。飽きっぽい彼は、三日目あたりになると、もう押入れの寝台ベッドには興味がなくなって、所在なさに、そこの壁や、寝ながら手の届く天井板に、落書きなどしていましたが、ふと気がつくと、丁度頭の上の一枚の天井板が、釘を打ち忘れたのか、なんだかフカフカと動く様なのです。どうしたのだろうと思って、手で突っぱって持上げて見ますと、なんなく上の方へ外はずれることは外れるのですが、妙なことには、その手を離すと、釘づけにした箇所は一つもないのに、まるでバネ仕掛けの様に、元々通りになって了います。どうやら、何者かが上から圧おさえつけている様な手ごたえなのです。

 はてな、ひょっとしたら、丁度この天井板の上に、何か生物が、例えば大きな青大将あおだいしょうか何かがいるのではあるまいかと、三郎は俄にわかに気味が悪くなって来ましたが、そのまま逃げ出すのも残念なものですから、なおも手で押し試みて見ますと、ズッシリと、重い手ごたえを感じるばかりでなく、天井板を動かす度に、その上で何だかゴロゴロと鈍い音がするではありませんか。愈々いよいよ変です。そこで彼は思切って、力まかせにその天井板をはね除のけて見ますと、すると、その途端、ガラガラという音がして、上から何かが落ちて来ました。彼は咄嗟とっさの場合ハッと片傍かたわきへ飛びのいたからよかったものの、若もしそうでなかったら、その物体に打たれて大怪我おおけがをしている所でした。

「ナアンダ、つまらない」

 ところが、その落ちて来た品物を見ますと、何か変ったものでもあればよいがと、少からず期待していた彼は、余りのことに呆あきれて了いました。それは、漬物石つけものいしを小さくした様な、ただの石塊いしころに過ぎないのでした。よく考えて見れば、別に不思議でも何でもありません。電燈工夫が天井裏へもぐる通路にと、天井板を一枚丈け態わざと外して、そこからねずみなどが押入れに這入はいらぬ様に石塊で重しがしてあったのです。

 それは如何いかにも飛んだ喜劇でした。でも、その喜劇が機縁となって、郷田三郎は、あるすばらしい楽みを発見することになったのです。

 彼は暫しばらくの間、自分の頭の上に開いている、洞穴ほらあなの入口とでも云った感じのする、その天井の穴を眺めていましたが、ふと、持前もちまえの好奇心から、一体天井裏というものはどんな風になっているのだろうと、恐る恐る、その穴に首を入れて、四方あたりを見廻しました。それは丁度朝の事で、屋根の上にはもう陽が照りつけていると見え、方々の隙間から沢山の細い光線が、まるで大小無数の探照燈を照してでもいる様に、屋根裏の空洞へさし込んでいて、そこは存外明るいのです。

 先まず目につくのは、縦に、長々と横よこたえられた、太い、曲りくねった、大蛇の様な棟木むなぎです。明るいといっても屋根裏のことで、そう遠くまでは見通しが利かないのと、それに、細長い下宿屋の建物ですから、実際長い棟木でもあったのですが、それが向うの方は霞んで見える程、遠く遠く連つらなっている様に思われます。そして、その棟木と直角に、これは大蛇肋骨あばらに当る沢山の梁はりが両側へ、屋根の傾斜に沿ってニョキニョキと突き出ています。それ丈けでも随分雄大景色ですが、その上、天井を支える為に、梁から無数の細い棒が下っていて、それが、まるで鐘乳洞しょうにゅうどうの内部を見る様な感じを起させます

「これは素敵だ」

 一応屋根裏を見廻してから、三郎は思わずそう呟つぶやくのでした。病的な彼は、世間普通の興味にはひきつけられないで、常人には下らなく見える様な、こうした事物に、却かえって、云い知れぬ魅力を覚えるのです。

 その日から、彼の「屋根裏の散歩」が始まりました。夜となく昼となく、暇さえあれば、彼は泥坊猫の様に跫音あしおとを盗んで、棟木や梁の上を伝い歩くのです。幸さいわいなことには、建てたばかりの家ですから屋根裏につき物の蜘蛛の巣もなければ、煤すすや埃ほこりもまだ少しも溜っていず、鼠の汚したあとさえありません。それ故ゆえ着物や手足の汚くなる心配はないのです。彼はシャツ一枚になって、思うがままに屋根裏を跳梁ちょうりょうしました。時候も丁度春のことで、屋根裏だからといって、さして暑くも寒くもないのです。

 東栄館の建物は、下宿屋などにはよくある、中央まんなかに庭を囲んで、そのまわりに、桝型ますがたに、部屋が並んでいる様な作り方でしたから、随って屋根裏も、ずっとその形に続いていて、行止ゆきまりというものがありません。彼の部屋の天井から出発して、グルッと一廻りしますと、又元の彼の部屋の上まで帰って来る様になっています

 下の部屋部屋には、さも厳重に壁で仕切りが出来ていて、その出入口には締りをする為の金具まで取りつけているのに、一度天井裏に上って見ますと、これは又何という開放的な有様でしょう。誰の部屋の上を歩き廻ろうと、自由自在なのです。若し、その気があれば、三郎の部屋のと同じ様な、石塊の重しのしてある箇所が所々にあるのですから、そこから他人の部屋へ忍込んで、窃盗を働くことも出来ます廊下を通って、それをするのは、今も云う様に、桝型の建物の各方面に人目があるばかりでなく、いつ何時なんどき他の止宿人ししゅくにんや女中などが通り合わさないとも限りませんから、非常に危険ですけれど、天井裏の通路からでは、絶対にその危険がありません。

 それから又、ここでは、他人秘密を隙見することも、勝手次第なのです。新築と云っても、下宿屋の安普請やすぶしんのことですから天井には到る所に隙間があります。――部屋の中にいては気が附きませんけれど、暗い屋根からますと、その隙間が意外に大きいのに一驚いっきょうを喫きっします――稀には、節穴さえもあるのです。

 この、屋根裏という屈指の舞台発見しますと、郷田三郎の頭には、いつのまにか忘れて了っていた、あの犯罪嗜好癖が又ムラムラと湧き上って来るのでした。この舞台でならば、あの当時試みたそれよりも、もっともっと刺戟の強い、「犯罪の真似事」が出来るに相違ない。そう思うと、彼はもう嬉しくて耐たまらないのです。どうしてまあ、こんな手近な所に、こんな面白い興味があるのを、今日まで気附かないでいたのでしょう。魔物の様に暗闇の世界を歩き廻って、二十人に近い東栄館の二階中の止宿人の秘密を、次から次へと隙見して行く、そのこと丈けでも、三郎はもう十分愉快なのです。そして、久方振りで、生き甲斐を感じさえするのです。

 彼は又、この「屋根裏の散歩」を、いやが上にも興深くするために、先ず、身支度からして、さも本物の犯罪人らしく装うことを忘れませんでした。ピッタリ身についた、濃い茶色の毛織のシャツ、同じズボン下――なろうことなら、昔活動写真で見た、女賊プロテアの様に、真黒なシャツを着たかったのですけれど、生憎あいくそんなものは持合せていないので、まあ我慢することにして――足袋たびを穿はき、手袋をはめ――天井裏は、皆荒削あらけずりの木材ばかりで、指紋の残る心配などは殆どないのですが――そして手にはピストルが……欲しくても、それもないので、懐中電燈を持つことにしました。

 夜更けなど、昼とは違って、洩れて来る光線の量が極く僅かなので、一寸先も見分けられぬ闇の中を、少しも物音を立てない様に注意しながら、その姿で、ソロソロリと、棟木の上を伝っていますと、何かこう、自分が蛇にでもなって、太い木の幹を這い廻っている様な気持がして、我ながら妙に凄くなって来ます。でも、その凄さが、何の因果か、彼にはゾクゾクする程嬉しいのです。

 こうして、数日、彼は有頂天になって、「屋根裏の散歩」を続けました。その間には、予期にたがわず、色々と彼を喜ばせる様な出来事があって、それを記しるす丈けでも、十分一篇の小説が出来上る程ですが、この物語の本題には直接関係のない事柄ですから、残念ながら、端折はしょって、ごく簡単に二三の例をお話するに止とどめましょう。

 天井からの隙見というものが、どれ程異様な興味のあるものだかは、実際やって見た人でなければ、恐らく想像も出来ますまい。仮令、その下に別段事件が起っていなくても、誰も見ているものがないと信じて、その本性をさらけ出した人間というものを観察すること丈けで、十分面白いのです。よく注意して見ますと、ある人々は、その側に他人のいるときと、ひとりきりの時とでは、立居ふるまいは勿論もちろん、その顔の相好そうごうまでが、まるで変るものだということを発見して、彼は少なからず驚きました。それに、平常ふだん、横から同じ水平線で見るのと違って、真上から見下すのですから、この、目の角度の相違によって、あたり前の座敷が、随分異様な景色に感じられます人間は頭のてっぺんや両肩が、本箱、机、箪笥たんす、火鉢などは、その上方の面丈けが、主として目に映ります。そして、壁というものは、殆ど見えないで、その代りに、凡ての品物のバックには、畳が一杯に拡っているのです。

 何事がなくても、こうした興味がある上に、そこには、往々おうおうにして、滑稽こっけいな、悲惨な、或は物凄い光景が、展開されています。平常過激反資本主義議論を吐いている会社員が、誰も見ていない所では、貰もらったばかりの昇給辞令を、折鞄おりかばから出したり、しまったり、幾度も幾度も、飽かず打眺うちながめて喜んでいる光景ゾロリとしたお召めし着物不断着ふだんぎにして、果敢はかない豪奢振ごうしゃぶりを示している、ある相場師が、いざ床とこにつく時には、その、昼間はさも無雑作むぞうさに着こなしていた着物を、女の様に、丁寧に畳んで、床の下へ敷くばかりか、しみでもついたのと見えて、それを丹念に口で嘗なめて――お召などの小さな汚れは、口で嘗めとるのが一番いいのだといいます――一種クリーニングをやっている光景、何々大学野球選手だというニキビ面の青年が、運動家にも似合わない臆病さを以て、女中への附文つけぶみを、食べて了った夕飯のお膳の上へ、のせて見たり、思い返して、引込めて見たり、又のせて見たり、モジモジと同じことを繰返している光景、中には、大胆にも、淫売婦(?)を引入れて、茲ここに書くことを憚はばかる様な、すさまじい狂態を演じている光景さえも、誰憚らず、見たい丈け見ることが出来るのです。

 三郎は又、止宿人と止宿人との、感情葛藤かっとうを研究することに、興味を持ちました。同じ人間が、相手によって、様々に態度を換えて行く有様、今の先まで、笑顔で話し合っていた相手を、隣の部屋へ来ては、まるで不倶戴天ふぐたいてんの仇あだででもある様に罵ののしっている者もあれば、蝙蝠こうもりの様に、どちらへ行っても、都合のいいお座なりを云って、蔭でペロリと舌を出している者もあります。そして、それが女の止宿人――東栄館の二階には一人の女画学生がいたのです――になると一層興味があります。「恋の三角関係」どころではありません。五角六角と、複雑した関係が、手に取る様に見えるばかりか、競争者達の誰れも知らない、本人の真意が、局外者の「屋根裏の散歩者」に丈け、ハッキリと分るではありませんか。お伽噺とぎばなしに隠かくれ蓑みのというものがありますが、天井裏の三郎は、云わばその隠れ蓑を着ているも同然なのです。

 若しその上、他人の部屋の天井板をはがして、そこへ忍び込み、色々ないたずらをやることが出来たら、一層面白かったでしょうが、三郎には、その勇気がありませんでした。そこには、三間に一箇所位の割合で、三郎の部屋のと同様に、石塊いしころで重しをした抜け道があるのですから、忍び込むのは造作もありませんけれど、いつ部屋の主が帰って来るか知れませんし、そうでなくとも、窓は皆、透明なガラス障子しょうじになっていますから、外から見つけられる危険もあり、それに、天井板をめくって押入れの中へ下り、襖をあけて部屋に這入り、又押入れの棚へよじ上って、元の屋根裏へ帰る、その間には、どうかして物音を立てないとは限りません。それを廊下や隣室から気附かれたら、もうおしまいなのです。

 さて、ある夜更けのことでした。三郎は、一巡ひとまわり「散歩」を済ませて、自分の部屋へ帰る為に、梁から梁を伝っていましたが、彼の部屋とは、庭を隔てて、丁度向い側になっている棟の、一方の隅の天井に、ふと、これまで気のつかなかった、幽かすかな隙間を発見しました。径二寸ばかりの雲形をして、糸よりも細い光線が洩れているのです。なんだろうと思って、彼はソッと懐中電燈を点ともして、検しらべて見ますと、それは可也かなり大きな木の節で、半分以上まわりの板から離れているのですが、あとの半分で、やっとつながり、危く節穴になるのを免れたものでした。一寸爪の先でこじさえすれば、何なく離れて了い相なのです。そこで、三郎は外ほかの隙間から下を見て、部屋の主が已すでに寝ていることを確めた上、音のしない様に注意しながら、長い間かかって、とうとうそれをはがして了いました。都合のいいことには、はがした後の節穴が、杯さかずき形に下側が狭くなっていますので、その木の節を元々通りつめてさえ置けば、下へ落ちる様なことはなく、そこにこんな大きな覗き穴があるのを、誰にも気附かれずに済むのです。

 これはうまい工合ぐあいだと思いながら、その節穴から下を覗いて見ますと、外の隙間の様に、縦には長くても、幅はせいぜい一分ぶ内外の不自由なのと違って、下側の狭い方でも直径一寸以上はあるのですから、部屋の全景が、楽々と見渡せます。そこで三郎は思わず道草を食って、その部屋を眺めたことですが、それは偶然にも、東栄館の止宿人の内で、三郎の一番虫の好かぬ、遠藤えんどうという歯科医学校卒業生で、目下はどっかの歯医者助手を勤めている男の部屋でした。その遠藤が、いやにのっぺりした虫唾むしずの走る様な顔を、一層のっぺりさせて、すぐ目の下に寝ているのでした。馬鹿几帳面きちょうめんな男と見えて、部屋の中は、他のどの止宿人のそれにもまして、キチンと整頓せいとんしています。机の上の文房具位置、本箱の中の書物の並べ方、蒲団の敷き方、枕許まくらもとに置き並べた、舶来物でもあるのか、見なれぬ形の目醒めざまし時計漆器しっきの巻煙草まきたばこ入れ、色硝子いろがらすの灰皿、何いずれを見ても、それらの品物の主人公が、世にも綺麗きれい好きな、重箱の隅を楊子ようじでほじくる様な神経家であることを証拠立てています。又遠藤自身の寝姿も、実に行儀がいいのです。ただ、それらの光景にそぐわぬのは、彼が大きな口を開あいて、雷の様に鼾いびきかいていることでした。

 三郎は、何か汚いものでも見る様に、眉をしかめて、遠藤の寝顔を眺めました。彼の顔は、綺麗といえば綺麗です。成程彼自身で吹聴ふいちょうする通り、女などには好かれる顔かも知れません。併し、何という間延びな、長々とした顔の造作でしょう。濃い頭髪、顔全体が長い割には、変に狭い富士ふじびたい、短い眉、細い目、始終笑っている様な目尻の皺しわ、長い鼻、そして異様に大ぶりな口。三郎はこの口がどうにも気に入らないのでした。鼻の下の所から段を為なして、上顎うわあごと下顎とが、オンモリと前方へせり出し、その部分一杯に、青白い顔と妙な対照を示して、大きな紫色の唇が開いています。そして、肥厚性鼻炎ひこうせいびえんででもあるのか、始終鼻を詰つまらせ、その大きな口をポカンと開けて呼吸をしているのです。寝ていて、鼾をかくのも、やっぱり鼻の病気のせいなのでしょう。

 三郎は、いつでもこの遠藤の顔を見さえすれば、何だかこう背中がムズムズして来て、彼ののっぺりした頬っぺたを、いきなり殴なぐりつけてやり度たい様な気持になるのでした。

 そうして、遠藤の寝顔を見ている内に、三郎はふと妙なことを考えました。それは、その節穴から唾つばをはけば、丁度遠藤の大きく開いた口の中へ、うまく這入りはしないかということでした。なぜなら、彼の口は、まるで誂あつらえでもした様に、節穴の真下の所にあったからです。三郎は物好きにも、股引ももひきの下に穿いていた、猿股さるまたの紐を抜出して、それを節穴の上に垂直に垂らし、片目を紐にくっつけて、丁度銃の照準でも定める様に、試して見ますと、不思議な偶然です。紐と節穴と、遠藤の口とが、全く一点に見えるのです。つまり節穴から唾を吐けば、必ず彼の口へ落ちるに相違ないことが分ったのです。

 併し、まさかほんとうに唾を吐きかける訳にも行きませんので、三郎は、節穴を元の通りに埋うずめて置いて、立去ろうとしましたが、其時そのとき、不意に、チラリとある恐しい考えが、彼の頭に閃きました。彼は思わず屋根裏の暗闇の中で、真青になって、ブルブルと震えました。それは実に、何の恨うらみもない遠藤殺害するという考えだったのです。

 彼は遠藤に対して何の恨みもないばかりか、まだ知り合いになってから半月もたってはいないのでした。それも、偶然二人の引越しが同じ日だったものですから、それを縁に、二三度部屋を訪ね合ったばかりで別に深い交渉がある訳ではないのです。では、何故なにゆえその遠藤を、殺そうなどと考えたかといいますと、今も云う様に、彼の容貌言動が、殴りつけたい程虫が好かぬということも、多少は手伝っていましたけれど、三郎のこの考かんがえの主たる動機は、相手人物にあるのではなくて、ただ殺人行為のものの興味にあったのです。先からお話して来た通り、三郎の精神状態は非常に変態的で、犯罪嗜好癖ともいうべき病気を持ってい、その犯罪の中でも彼が最も魅力を感じたのは殺人罪なのですから、こうした考えの起るのも決して偶然ではないのです。ただ今までは、仮令屡々しばしば殺意を生ずることがあっても、罪の発覚を恐れて、一度も実行しようなどと思ったことがないばかりなのです。

 ところが、今遠藤場合は、全然疑うたがいを受けないで、発覚の憂うれいなしに、殺人が行われ相そうに思われます。我身に危険さえなければ、仮令相手が見ず知らずの人間であろうと、三郎はそんなことを顧慮こりょするのではありません。寧むしろ、その殺人行為が、残虐であればある程、彼の異常な慾望は、一層満足させられるのでした。それでは、何故遠藤に限って、殺人罪が発覚しない――少くとも三郎がそう信じていたか――といいますと、それには、次の様な事情があったのです。

 東栄館へ引越して四五日たった時分でした。三郎は懇意こんいになったばかりの、ある同宿者と、近所のカフェへ出掛けたことがあります。その時同じカフェ遠藤も来ていて、三人が一つテーブルへ寄って酒を――尤もっとも酒の嫌いな三郎はコーヒーでしたけれど――飲んだりして、三人とも大分いい心持になって、連立つれだって下宿へ帰ったのですが、少しの酒に酔っぱらった遠藤は、「まあ僕の部屋へ来て下さい」と無理に二人を、彼の部屋へ引ぱり込みました。遠藤は独ひとりではしゃいで、夜が更けているのも構わず女中を呼んでお茶を入れさせたりして、カフェから持越しの惚気話のろけばなしを繰返すのでした。――三郎が彼を嫌い出したのは、その晩からです――その時、遠藤は、真赤に充血した脣くちびるをペロペロと嘗め廻しながら

雑誌映画秘宝』の記憶(21)

真魚八重子の反応に対する返答、のようなもの

真魚八重子(※映画ライター雑誌映画秘宝』に寄稿歴有り)が、はてな匿名ダイアリー投稿している私の文章を目にしたことを知りました。だからといって、私は投稿を止めるつもりは無い―――そもそも始めた時も自分意志で始めたことなので、当然、終える時も自分自身の意志で決めます―――のですが、この反応を切っ掛けに私が考えたことを少し述べたいと思います

記憶」と銘打ちながら、毎度毎度「考え」や「思い」を述べてばかりで、自分でも羊頭狗肉とは思いますが、なにとぞ御御容赦下さい。

筆名・侍功夫(samurai_kung_fu)は真魚八重子パートナーです(その関係は私も既に把握済みであったものの、侍功夫に対する批判文中で持ち出す必要は無いと思って書きませんでした)が、彼ら/彼女らのように物書き同士が人生パートナーであることには、私を含めた常人には分からない、特有の苦労が伴うようです。自分パートナーが書いた文章の中に問題が有る/疑問に思えるような箇所を見つけたとしても、互いに独立した物書きである以上、たとえパートナー同士であっても書くことを止めたり内容を変えさせたりすることは、おいそれとできない。そういう何か―――事情というか信条というか、そのようなもの―――が彼ら/彼女らには有るようです。

物書きと云う仕事の人たちは―――良い悪いは別にして―――、己の信念と他者から批判の板挟みになりながら「孤独」や「苦悩」を引き受けざるを得ない宿命なのだと私は思いました。

しかし、もしも、それが「本来は背負う必要の無い『孤独』や『苦悩』」であれば、たとえ物書きの身であっても背負わなくても良いのではないでしょうか?私はそう思います

私はこれまでの投稿で、真魚八重子パートナーである功夫だけでなく、他の『映画秘宝』ライター関係者も含めて、彼ら/彼女らに見られる「ホモソーシャル集団病理」を批判してきました。

排他的仲間意識」。仲間が何か問題を起こしても諌めたり批判したりせず、盲目的に仲間の味方をする一方で、一度「自分や仲間にとっての敵」と烙印を押したならば、集団の外部の人間に対して激しい攻撃を仕掛ける。

このような彼ら/彼女らの行動様式を見れば、ホモソーシャル集団一見「強い結束力」を持つかのように思えますしかし、実際のところは、どうなんでしょうか?

アニキなり仲間なりが問題行動をとった時、それを「問題」として認識し得るだけの知性や能力を、本来は彼ら/彼女だって持ち合わせていると、私は思います。専業であろうとパートタイムであろうと、プロだろうとアマチュアだろうと、彼ら/彼女らは「何かを考えたり、考えたことを書いたりすること」を選択した人間なのですから

そんな彼ら/彼女らが―――知性を持ち合わせているのにもかかわらず―――自分が目にした『仲間』の問題行動を諌めたり批判したりすることを、何かしら我慢して控えねばならない境遇に置かれているのだとすれば、それはとても「窮屈」というか「不自由」なことですよね?

それって、物書きとして本当に「楽しい状態だと言えるのでしょうか?

人間は、たとえ集団の中にいても、自分の「本音」や「心の声」を押し殺し続けていれば「孤独」に苛まれるようになるものです。

映画秘宝』の編集者ライター陣は、自分たちのホモソーシャル集団に閉じ籠もっていることで、仲間同士の目ばかりが気になって、自分自身の本音を言えなくなってしまい、その結果として、一人でいる時よりも却って孤独」になっていませんか?それを私は非常に危惧しています

映画秘宝』の読者・ファンは、しばしば「オレ(たち)の『映画秘宝』」と云う表現を使うことを好みます(真魚八重子場合女性なので―――彼女が実際にそう言ったことがあるのかどうかは知りませんが―――「ワタシ(たち)の『映画秘宝』」と書くべきでしょう)。

映画秘宝』の愛読者・ファン出身人間が物書きとなって、同誌を「物書きとしての自分の居場所」にすることを実現できたのであれば、それは本人にとって幸せなことでしょう。まさに「オレ/ワタシ(たち)の『映画秘宝』」と言いたくなる気持ちにもなるでしょうし、そのような「幸せの在り処」を守りたくなることも人情として理解はできます

しかし、もしも仮に、自分自身の心を無理やり押し殺しているのであれば、それでも「オレ/ワタシの『映画秘宝』」と言えますか?

そこには肝腎の「自分自身」が存在しないじゃあないですか。

物を書くと云うことは、他ならぬ「自分自身」が存在することの証明じゃないのですか?

その「自分自身」を殺してしまうならば、物書きとしての活動の意義を失いませんか?

映画秘宝』に居場所を確保すること自体目的化してしまい、本来の出発点である自分自身が物書きであること」の矜持を失ってしまったのでは、それでは本末転倒ではないですか?

町山智浩高橋ヨシキが仕出かした、女性に対する蛮行から目を逸し、何も言わず口を噤み続け、それで「物書き」として心苦しくならないものなのですか?

町山智浩高橋ヨシキ蛮行に目を瞑りながら「町山さん/ヨシキさんは頑張っていた」なんて言ってる『映画秘宝』関係者たちの姿は、世間の人たちの目から見れば、森喜朗女性別に目を瞑りながら「森さんは頑張っていた」と言っていたJOC関係者に瓜二つですよ。その自覚は有りますか?

私は「本来は背負う必要の無い『孤独』や『苦悩』」と書きました。

わざわざ「加害者は悪い『けれど』」と言って被害者批判と見なされかねないことを言ったり、わざわざ柳下意味不明ツイート呼応して草を生やしたツイートをしたり、そんなことを「わざわざ」する必要は無いと、私は思いますよ。

真魚八重子や侍功夫が「わざわざ」そんなことをしてしまったのは、ホモソーシャル集団内部での「他の仲間の目」ばかり気にしていたから、怯えていたからじゃないですか?そんな「狭い閉じた世界でのみ通用する尺度」に惑わされてばかりいて、これから先「物書き」としてどうするんですか?

私は「してしまった」「していたから」と過去形表現しました。今、引き返せたならば、真魚八重子も侍功夫も、これから先に同じような過ちを繰り返さなくて済むのではないですか?

真魚八重子からの反応に対する、私の返答のようなものは以上です。ヘイル・サタン

2021-03-21

anond:20210321142533

しるかそんなもん金 金 金 金

ヲタクが100とすると

1も配慮しているんだから

常人の0.1より配慮してやってる そういうこと

2021-03-17

アニメ作出たけど推しが金蔓にされてて辛い

推しは白い髪のミステリアス少年キャラでここではN.K.としておく

厳密にいうと髪は真っ白ではなくてそれも良い

もともと作品自体はあまり知らなくて、ネットでふと見た推し最初気持ち悪いと思っていたけどそのうち興味が湧いて

気がついたときには推しのためだけに作品の履修を心に決めていた

ネタバレをいろいろ見てしまっていたことは悔やんだけどそれでもなお新鮮な驚きがあった

主人公くんが異様な状況で驚き慌てているところに優しく現れる推し

推しの謎の好意を受ける主人公君に場所代わってほしいと思ったのは一度や二度ではない

しか主人公君と推し関係性や美しい対称性を考えているうちにそこは主人公君の場所なんだと納得して代わってほしいとは思わなくなった

ネタバレ見て知っていたが推しの本性はアレだから二人の蜜月は長くなかった

主人公君に怒りをぶつけられても平然としている推し

推しはある目的のために一人でこっそり入った謎の部屋であの世界の真実を知ってしまっていたのだ

手が固定された磔になって腹に神話の槍を刺されてる白い体の衝撃

他人の手で殺されることを選択するに至る覚悟最初戸惑ったがそのうち深く納得した

いかにも超常の力を使ったのもミステリアスな感じで良かった

結局主人公君にとって推しはどういう存在だったのだろうか

この出会い運命性が気に入った

しか推し適当に客寄せに使われ始めた

グッズの出し方が露骨だったのはまだいい

許しがたいのはシリーズ5作目(リメイクなどは抜きで数えている。3作目といった方がいいか?)なにあれ

性格も違うし顔もおかしい別人のくせに尺を取るな

希望は残っているよ、どんな時にもね」推しはそんなこと言わない

他のキャラもいろいろおかしかったからとても正史とは認めたくない

私以外のファンの人にもやはりおかしい、駄作と言われていた

N.K.••• ナギちゃん

常人には理解できないことばかり言ってて主人公君を好きな理由もよくわからないナギちゃん

白い髪白い肌に白い半袖シャツ

シンジくんの少年らしい声と心地よくオーバーラップする人外っぽい喋り方のナギちゃん

オモチャにしやがった公式野郎絶対に許さな

ついでに

例のセリフi love youとi like youのどちらが良いかで揉めてたけど私はどちらも同じくらい間違い派

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