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はてなキーワード: 末っ子とは

2021-05-13

anond:20210513234639

いえ。保育園時代に近所の女からバレンタインをもらってたとか、女きょうだい末っ子でかわいがられたとかいう男は100%浮気してますね。

2021-05-06

父を自宅で看取った

・前々から肺を患っていて、別の臓器が悪くなったからそっちの治療をするために入院していたのだけど、呼吸器管理があまりうまくない(と言ったら失礼なんだけど)病院だったらしく、臓器より先に肺の方がやられてしまった。もう良くはならない、悪くなっていくだけというところまで来てしまった。それで、母が自宅に連れ帰ることを決めた。

病院で人工呼吸器をつけてもらうなどすれば、もう少し長く生きられたのかもしれない。しかコロナウィルスのことがあるから、この1年もお見舞いとか頻繁にはできなかったし、最期ときに看取ることも叶わなかっただろう。自分の家と家族が好きな父だったから、多分これでよかったんだろうと言い聞かせてる。ただ、コロナウィルス感染拡大がなければ、もう少しできることがあったのかなあと思うけれど、そういう『たられば』の話を考えても仕方がない。

10代や20代の頃に、友人が病気になったとか、事件に巻き込まれて亡くなった時などは、悲しみが何もかも埋め尽くして他のことに手が付かず、上を向いていなければ涙があふれるくらいだったけれど、30代ともなるとそんなことはない。仕事は進められるし、ゲームもできる。それくらいの感情制御ができるくらいには大人になった。

・発売をずっとずっと楽しみにしていたソフトがあった(サガフロンティアリマスター)。

発売直前に危篤の報が入ったので、色んなことが落ち着いてからプレイしようと思ったけれど、結局始めてしまった。結果的にはこれが良かった。心に隙間が少しでもできると、父のことを考えてしまう。どこかのタイミングでどうにかできたのではないかと考えて、でも結局どうにもできなかった現実を思い出し、思考堂々巡りになって他に何も考えられなくなる。これがすごく苦しい。真綿で首を絞められるとはこういうことではないだろうか。

から、大好きなゲーム世界に浸っていると、がんじがらめの思考から解放されて、一時ではあるけれど、楽になれる。

(無心になってキャラの育成してるけど本当に楽しい。とてもとても出来のいいリマスター版になったことが嬉しい。

コラボウィスキー当選して手元にあったので、リマスター版発売を祝して発売日に封を開けようと楽しみにしていたけれど、こちらはまだ開けられないでいる)

でも、父が亡くなってからの家のことが思っていたより忙しいし、多分自分自覚している以上に精神的なダメージが大きいようで、気力と体力に少しでも余裕があるときじゃないとプレイできない。まだ半分も進んでいない。連休が明けて、仕事も本格的に再開したので、クリアまでまだ時間がかかりそう。でも、父のことを思い出として割り切れる時が来るよりもずっと早くクリアできるとは思う。

20年以上前から大好きなゲームリマスター版の発売と、父の逝去ほとんど同時だったことを、私は春が来るたび思い出すことになるんだろう。

危篤の報を受けて、実家に戻ってきて、それから所用があるときとか、母と交代で仮眠をとるとき以外はずっと父の傍にいて、大体の時間は父の手を握っていた。

握り返す力はほとんどなく、じんわりと湿っていて、だけど温かだった父の手から日に日に体温が失われていった。指先がだんだんと冷たくなって、さすっても元に戻らなくなってくる。自分の両手で挟んでみて、まだ温かいから大丈夫だとごまかした。

・父はほとんど声を出せなくなっていて、意思疎通もままならない状態だったけれど、不思議と笑っているときとか、楽しんでいるときなどは、傍にいる母や私にもそれが分かった。嫁に行かなくてごめんねと冗談っぽく言ったり、額に頬擦りしてみたり、好きな歌を歌ったりすると、父は笑っていた。それは唯一の救いだったように思う。

最期家族全員で父を看取ったのだが、生と死の境目はよく分からなかった。どこで線が引かれたのだろうか?

・息を引き取る前の父、もう動かなくなった父、死装束をまとって棺に入れられた父、斎場に着いて焼かれて、骨だけになった父、頭蓋骨を砕かれて(すごく可哀想だった)、骨壺に入れられるところまで全部見ていたのに、未だに父が亡くなったという実感がわかないでいる。入院していた期間が長かったし、私も離れて暮らしていたから、まだどこか遠くの病院入院していて、戻ってきていないだけじゃないかと思ってる。

・ふとした心の隙間に父のことに思いを巡らせ、はっと、もう父には会えないという現実に思い至ると、思考事実が一致しないからか、頭がバグりそうになる。

・私は死後の世界何となく信じているけれど、そこまで信心深い訳ではなく、父は立派な戒名をいただいたが、仏様になるとはとても思えない、骨になった父はもはやただの物体である現在科学技術では魂の存在証明できない。だから遺影の手前にあるもの意志とかそういうものはないし、よって、父はもうそこにはいないし、どこにもいない。でも、蝋燭に火をつけて線香を灯し、おりんを鳴らしてから手を合わせ、目を閉じて祈っている間は、心の淀みとか思考の澱とかが取り払われて、澄んだ心持になる。父のためと思えばこそ、線香もなるべくつけておこうと思うし、どんな香りがいいか色んなメーカーのものを見て回るようにもなった。そこにはもういないと分かっているけれど、人には縋るもの必要なのだということがよくわかった。

・今わの際の父には冗談めかして言ったが、三十路過ぎて嫁に行っていないことは本当に申し訳なく思ってる。

結婚願望がないわけじゃないし、思うところがあるから、今からでも嫁に行こうと思う(いけるか分からんけど)。

でも、父を生きている間に花嫁の父にしてやれなかったこと、それ以外にも、もう生きている父に親孝行ができないと思うと、すごくしんどい気持ちになる。

・父や母がその親(つまりから見て祖父母)を見送ったのが50~60代の頃で、私も同じくらいに見送ることになるのだろうか、まだ先のことだと思っていたのだが、30代前半で看取ることになるとは思っていなかった。

・父は7人姉弟末っ子だった。長子の伯母が存命で、この伯母と父はとても仲が良かった。一番下の弟を先に亡くした伯母のことを考えるとなぜだか申し訳ない気分でいっぱいになる。

私自身も4人兄妹の末っ子で、それも父が40代の頃に生まれた子で、私が父の半分も生きていないうちに、父が逝ってしまたことが、切なくてたまらない。

・父は庭いじりが好きだったが、最後の数年間は体力が落ちていて、ろくに世話ができていなかった。なので、今の我が家の庭は少し荒れている。

だけど、それでも、父の庭は美しい。ドウダンの細かな若緑の葉と、鈴に似た真白の花が折り重なってまぶしい。何本かを一列に並べて植えているから、光の通り道のように見える。奥に植えた3本の松はいつでも常盤色をしていて渋く、その手前には幹の太く大きな春もみじが1本植わっている。赤紅の細長い葉を幾重にもまとわせていて、炎のようだ。今はツツジが見頃で、赤と白の花が鮮やかに目に飛び込んでくるのが楽しい

緑が陽に濡れた今年の庭を見ることなく、父は逝ってしまった。そのことがとても悲しい。

この時期じゃなくっても、うちの庭はとても綺麗なのに、お父さんが見ることはもうない。

・大体1ヶ月程度実家滞在していて、昨日一人暮らしの自室に戻ってきた。

隅に片していた寝具のセットに毛布が挟んであって、クローゼットには厚手の衣類が掛けられたままだった。

父が亡くなる前のまま、この部屋の時間は止まっていた。何でもない日々に戻るから時計は動かさないといけない。

・もうどこにも父はいない。そのことが無性に切なくて悲しくて寂しい。

2021-05-03

そんなにダメか?増田家😅→ダメです。

ラーメン屋の話じゃなくて、私が生まれ育った家の話。

三人きょうだい全員が一応名のしれた国立大を出ていて、そこそこ有名な企業に勤めている、という点では、大成功の家庭。ドが付かない程度の田舎で、習い事家計的に困難ではあったが、食うに困るとか奨学金を取り上げられるとかはなく、まあ普通の家庭。私は末っ子。上2人とも未婚で、私が今30歳で未婚。結婚願望は無くはない程度。

最近になって、結婚してほしい、家庭を持って欲しい、みたいなせっつきが出てきた。親としては早く結婚させて孫の顔が見たいんだろう。で、それが正しいと思っているんだろう。そういう願望があることは別にいいと思う。それを強制したり、結婚しない私の人格否定したりしないからこそ、自分は正しく子育てができた、と思って欲しいんだが。

このGWに、親も暇なんだろう、4割の近況報告と、5割の心配と、1割のせっつきが入った長文LINEが飛んできた。まあその流れで、「増田家に結婚向きの奴おらんよ」って話してたら、「そんなにダメか?増田家😅」と飛んできた。

母親父親を筆頭に、そして私が真逆の方向で、ダメだ。

とにかく、うちの家族は人の話を聞かず、感情空っぽで、自分の加害性に無頓着すぎる。感情的になってる人がいたら、感情的になっても無駄から感情的になるな、っていうだけで何が起きたかを全く把握せず、その場だけを収めて解決したふりをする。その場その場の場当たり解決しかないので、昨日どころか1時間前と言ってることが真逆だったりする。ガキの頃の兄弟喧嘩なんて、今思えばあまりにも下らなくて、大人から見たらしょーもないことだから場当たり解決で十分かもしれないが。でも、悪口に対して私が怒ると「兄(姉)が悪口言うのはお前の反応を楽しんでるだけだから相手にするな」、無視すると「無視するからエスカレートするんだ」は、どうやったら矛盾なく両立するんだ。で、当然ながら私の怒りの矛先は親に向くんだが、「悪口を言ったのは兄(姉)なのになんで私に怒ってんの(笑)」とだけ言って、人の話を一切聞かなくなる。そりゃ、積極的に加害するやつと、その加害を受けるやつ、どっちが黙らせやすいかって話だ。で、感情空っぽから感情がある人を怒らせてわあ怒った怒った!って人を平気でドラム叩くと踊るおもちゃ扱いするんだよ。おもちゃが踊ってても意味なんて考えないんだよ。

そういう奴しかいないコミュニティなら良いんだろうな。父親転職失敗して給与のわりに激務になりすぎた2年間があったんだが、母親父親に対して「お前の2年間全く意味なかった」みたいなことを言ってても、父親は「意味はあったよ、無駄じゃなかったよ」って言うだけ。それでもなお「意味なかった」「意味なかった」と繰り返してた。配偶者と言っても他人人生に「意味なかった」ってよく平気で言えるよ。私が「本人が意味あったって言ってるのに他人意味なかったと断じるのはおかしい」って言ったら、「私が間違ってるって言うんだね、まーいいやそんな不幸じゃないし」(一言一句覚えてる、間違いなくこう言った)と、完全に一切加害の自覚がないどころか、被害者立場であることを疑ってない。父親はなんでそんな平気なのか、理由ははっきりしてる。人の話を本当に一切聴いていない。多分情報として入ってきたことに1回レスポンス返したらもうメモリには何も残っていないのだろう。本人が良いなら良いんだろう。もう何もわからない。

逆に私は感情が溢れすぎる。多分家族5人分の感情を私一人で持ってる。お涙頂戴で簡単に泣くし、ちょっとからかい簡単に怒るし、なんなら怒っても涙が出てくるし、普通に過失で怒られてても涙が出てくるし、歳食って余計に涙もろくなってきてる。「泣いたら許されると思ってるのか」と何回言われたかわからん。ひどいと頭に「男のくせに」がつく。私だって泣かないで済むなら泣きたくない。目から勝手に出る液体のせいで何百回と母父兄からバカにされてるんだよ。こんな液体無視してくれ。で、人の話を聴きすぎる。ちょっとたかかいにいちいちイラッとするし、ただ私を黙らせるための「お前に全く非がないと言い切れるか」とか「そんなんじゃ社会通用しない」みたいなただの脅し文句にいちいち引っかかって黙っちゃう。困ったことに、加害に無頓着というか無神経というか、鈍感であることだけは一致してしまっている。そのくせ他人の加害には敏感だし、他人から他人への加害でもいちいちイラッとする。本気でこれは困ってる。

この「加害への鈍感さ」だけで、ダメです。そして感情が死んでるのも大暴れしてるのも、どっちもダメです。人の話をただの音としてしか聞かないのも、全部のことを真に受けるのも、ダメです。増田家全員、ダメです。

これを送ったら「そんな前のことまだ根に持ってんの😅」が帰ってくると確信しています強制的に向こうが打ち切った、ということを「解決した」という人なので。何も終わってないし、私は根に持つぞ。その場では黙ったが、一番黙らないのは私なのだ、という心だけ持って、送り返せずに、少なくとも私はダメ、って返しました。

本人に送らないのにこんなクソ長文恨み言書くくらい感情が溢れるのがだるい。なんで家族に、社会に対する忖度みたいなことやらなきゃならんのか。増田家というコミュニティが、私にとってあまりにも合わない。アノニマスダイアリがあってよかった。多分、私が間違ってるんだろうね、まーいいやそんな不幸じゃないし。

2021-04-22

anond:20210422153545

末っ子の頃には子育てに飽きてほどよく育てることができたやつか。

2021-04-12

anond:20210412021747

介護保険というものを君の身近にいる末っ子たちにおしえてあげてください

おわり

2021-03-21

anond:20210320000452

40代末っ子が生まれて、ずっと夫婦仲良かったんだな

元増田はそんな寄り添える結婚相手みつからないと思うけど、まあ、頑張れ

2021-03-13

anond:20210312143341

これはセクハラ限らず全てに当て嵌まることで「同じことやっても(言っても)Aさんなら許されるのにBさんは怒られる」ってことは世の中山ほどある。

これは痛いほどよく分かるし罪悪感もある

三兄弟末っ子だけど一番真面目で家の事を全部やってくれる二番目の兄弟がやたら家族全員からの当たりがキツイ

皆世話になってて一番働いてるのに、その二番目の兄弟が何か人に言う度にイラッとしてしま

家の外でもそうなのか、真面目に働いて上司から評価されるのにいつも職場で虐めに遭って長続きせずすぐ辞めちゃう

下の兄弟から見てもその兄弟は本当に優しくて良い人なのに、一番損してると感じる

一番不真面目で他人寄生して生きてる俺は末っ子ってだけで家族全員に甘やかされてるのに

2021-03-07

anond:20210307025240

もしかしてそれ、第7回で「初体験ってなにー?」って家族同級生に聞きまくってた、あの末っ子のことか???

変態だな。。

2021-02-23

クマユとか言ってる場合じゃねーぞ

 これはNiziUの話である。NiziUを知っている、なんなら詳しい人が読んでいる体で書いているので、そこはよろしく頼む。

 リクの話がしたい。NiziUのエネルギッシュなリスこと大江梨久さんの話だ。18歳の溌剌とした女の子で、関西弁で話し、飾らずによく笑いよく怒りよく泣く子だ。歌に定評があり、サバイバルオーディション番組では素人にも関わらず第二位デビュー権を勝ち取った逸材でもある。

 そんなポテンシャルの塊なので、当然リクの人気は高い。Nizi Projectからいかけていた私としては、リクが当然センターで一番人気になると思っていた。いや、一番人気はビジュアルクイーンと目されるアヤカか、可愛い天才ミイヒかもしれないが、いわゆる努力家で、ひたむきで、むき出しの、応援したくなるアイドルとしてはリクが一番で、そういう売り方になると思っていた。

 オーディション番組最終回で一人だけブルーの髪をしてセンターに立つリクを見た時、Make You Happy(以外メキハピ)のサビを歌うリクを見た時、私は自分見立てが間違っていなかったと思った。しかしながら、同じメキハピの中で、やけに目立つ子がいるのにも気づいた。マユカだ。

 マユカはリクの親友で、なにかと好成績だったリクとは異なりいつも脱落寸前、大人しくて主張の薄いタイプの子だと思っていた。最終回近くでようやく個性を出して、そこから巻き返してデビューにこぎつけた。

 デビュー後も、マユカは大人しい、優等生路線だと思っていた私は、メキハピのPVの中で金髪に染めて垢抜けた、滑舌良くラップをする可愛い女の子を見た時に、ギョッとしてしまった。これまでの薄味のマユカとギャップありすぎる。そして、マユカは垢抜けたビジュアルラップセンスの良さに加えて、ひたむきな性格(なにせマユカはダンスレッスン代を自分バイト代で賄っていた)、ドラマティックな出自(マユカはオーディション補欠合格→一次審査東京合宿で脱落寸前から合格→最終審査まで成績が振るわなかった中でのデビュー)の効果もあってか、デビュー後に一気に人気を博した。それこそ、リクの人気を追い抜くくらいに。

 リクはマユカが大好きで、マユカの成績が振るわないことを我ごとのように悲しんだり、合格した時も号泣したりしていた。一方のマユカもリクのことが好きで、二人は親友、リクマコンビ🖤なんて呼ばれている。でもリクよ、マユカはお前がなるはずだったシンデレラガールの座にどっかり座り、大量のファンを獲得している。本来素人から二位で合格したリクこそがシンデレラガールと呼ばれるべきだし、ひたむきで頑張り屋さんの応援したいアイドルは、リクのキャラクターであるはずだ。

 マユカはカメレオンと呼ばれ、曲によって雰囲気が変わるのが持ち味と言われているが、マユカの人気はミステリアスさより好感度、親しみやすさ、懸命さに基づいている。「マユカは曲によって表情が一変するのに、素の状態だと素朴でかわいい、いい子なんです」とファンたちはマユカに酔いしれる。一方のリクはエネルギッシュなリスというキャッチフレーズの通り、愛嬌があり明るいムードメーカーのような位置付けであるが、しかしながらそのポジションは激戦区だ。セレブ美女ラッパーリマも、トップダンサークール美人のリオも、歌がうまいハーフ美人末っ子のニナも、「明るくて愛嬌がある」と形容されている。しかもこの三人は、それぞれラップダンス、歌と抜きん出るものがあり、ビジュアルがツンとした美人にも関わらず、「明るくて愛嬌がある」のだ。そんな中だと、リクだけは見たままズバリ「明るくて愛嬌がある」タイプである(リクはたいそう愛らしい顔立ちをしているが、美人というタイプではないのでギャップはない)。また、リクは歌が上手いというのもその通りだが、歌が上手いメンバーは前述のニナも、人気一位二位を争う可愛い権化ミイヒ、オールマイティリーダーマコもいる。バラエティに強い、という意見もあるが、NiziUは韓国滞在する時間も長いので、日本バラエティ番組に特化しているのがどの程度役に立つのか、現状は不明である。つまり、リクは本来、「シンデレラストーリーでここまでやってきた、一生懸命女の子」のキャラを手放すべきではなかったのだ。

 リクは毎日楽しげだ。顔中でニコニコ笑っている。最近は垢抜けて、お姉さんらしい雰囲気も出てきた。しかし、歌割も減り、段々と役割が薄れていくリクを見ていると、歯噛みしたい気持ちになる。マユカは新曲ラップのみならず、サビまで歌った。ここまできたら逆にリクがマユカの担当であるラップを代わりにやるしかないのだが、リクのラップはまだ披露されていない。リクは、アイドルらしいアイドルだ。余白があり、1年後には見違えるような進化を遂げるポテンシャルを秘めている。そういうリクが、9人の真ん中に立つ姿が見たいのに、マユカの人気を見ていると、なんとなく不安になる。リクよ、リクペンよ、「リクマユ🖤」とか言っている場合ではない。ここが踏ん張りどころだ。リクを推してくれ。シンデレラガールはリクだと自覚してくれ。なお、筆者はアヤカ推しだ。

 

 

 

2021-02-13

両親が離婚したが全く悲しくなかった件

両親が離婚したんだけどタイトル通り全く悲しくない。

「そう・・・」ぐらいのもので、帰る実家がなくなるとかそういう感覚もないしこのあと二人と連絡を取るのかすら怪しい。

自分所謂「長女様」ってタイプ人間で、末っ子両親の間に生まれ二人姉妹の上、「下の子供の気持ちがわかってない」と怒鳴られて以降、

家族全員を弟や妹として捉える事で精神の均衡をなんとか保ってきた。

なるべく連絡も取らず、相続放棄喪主の果てまで娘たる妹に丸投げしようと心に固く誓っていた。

それがあっけなく離婚した。おそらく最近の情勢でずっと二人が家にいるようだったから、見えなかったものが見えてしまったんだろう。

「寂しい」だの「心配」だの、綺麗な言葉を並べてくる厄介極まりない元カノみたいな連絡のとり方をしてきた母親に対しても、

今更甘えてくるのか、とかそういう気持ちしかわかず、父親も「母親最近おかしい」というし、

何なら二人は夫の出来ること・妻の出来ることに限界を覚えたのか、「すべてを解決できるのは娘であるお前だ」と家族大黒柱にする始末である家族ごっこってめっちゃ疲れる。

今思えばSOSだったのかも知れないけど、今までのことを考え直すとここで娘が解決してくれると私を頼るのはナンセンスなんじゃないかなって思ってしまった。

不思議なことに申し訳無さもまったくないし、「私があの時連絡を取っていれば」みたいな後悔や自責の念が一切ない!面白いぐらいにない!!

いや本当に。きっと育ててくれた恩とかないのかって思うかも知れないけど、困ったことにそれを差し引きマイナスに出来るレベルのあーだこーだがあったので親子の情ってものがない。

家族愛って二次元ドラマの中にしかないんじゃないかなって思ってるし、母親旅行に行ったとかって話す人は随分幸せ人生歩んでるんだな・・って別次元の人として見てしまうし。

本当に困ったことに、やっと自分人生始められる気がしてきて将来の展望どうしようかなって前向きな発想しか湧いてこないんだなこれが。

結局私に兄や姉が出来ても、末っ子ではない私はあの家の家族には一生なれないし、末っ子っていう家族を作るためのゴミみたいな感覚で生まれてきたんじゃないかなって思えば

人生も多少楽になるんじゃないかって思ってたら家族がなくなっちゃったよ。最初からきっと家族じゃなかったんだろうけど。

これからも誰かを頼って生きていくんだろうけど頑張ってくれ。私は父と母のお姉ちゃんでいることにもう疲れた

私も人間になりたい。お姉ちゃんって生き物じゃないんだ。適当概念姉でも見つけてくれ。もう知らん。

ここまで五体満足で育ててくれた事には感謝しますが、歪んでしまったものを直し、欲しかったものを手にするために親は不要でした。

お世話になりました。さようなら

2021-02-11

世の中は

一人っ子、一番上っ子、間っ子、末っ子

×

男女

で、行動が分かれる。

とりあえず、一人っ子の女はヤバい

一番上っ子は言葉が見あたらんかった…

2021-01-25

anond:20210125161234

うちもそんなだな。うちの場合は、私(姉)・弟・妹の三人兄弟なので、私と弟はなにかとド派手にお祝いされたけど、妹だけ存在自体忘れ去られていた。

うちは両親共末っ子だったせいで、家庭内は妹贔屓だったんだけど、親戚一同は妹に何もしてくれなかったよ。

伯父伯母の家に家族で遊びに行くと、私と弟のぶんのお小遣いとかプレゼントが用意されていて、いつも妹のぶんだけ無かった。それで、必ず伯母が(どの家でも伯父は何も言わん)「あれー、三人兄弟だったんだっけ?ごめーん二人姉弟だと思ってたわー」って言うの。

子供の頃は、大人って忘れっぽいんだなぁと思ってて、私は伯母に「三人だよ。次女ちゃんのことを忘れないでちょうだいよ!」なんて言い返してた。大人になってから、伯父伯母達はわざと妹のぶんを用意しなかったのだと知った。

伯母の中には、妹のことを可哀想だと言って、次に訪問した時に妹のぶんのお小遣いプレゼントを皆には内緒だよってくれる人もいた。

2020-12-25

4℃の思い出

何度かホッテントリ4℃記事があり、その度に、自分過去を思い出す。

話題になっているのはCanal4℃のことらしいが、それはどうでも良い。

特にオチもなく、びっくりするような話もないので読む人はあまり期待するな。

 

なぜ思い出すかというと、結婚指輪婚約指輪を買ったブランドからである。遠い昔だが何年前かは言わない。

結婚約束したのは、今から思っても大好きだったからとかそんなことじゃない。

からなかったのだ。

こればっかりはどう説明して良いのか本当にわからない。

3年ほど付き合い、私も彼女も適齢期というか、結婚を考えざるを得なかったというか、惰性と言えば惰性でもあるが、特に悩んだわけでもない。

ごくごくよくあるように、お互いの家族相手を紹介し、私は彼女出身地まで出向いて相手の親に挨拶をし、といったどこにでもある普通しか言いようのない流れ。

プロポーズとかはあまりよく覚えていないが、別に何の雰囲気もない車の中で、

「俺でいいか?」

と言ったら

「うん」

と答えてもらっただけである

ただ、彼女は私にとっては面白かった。

怒ると、ドライブ中でも車から降りて、自分で歩いてどこからでも帰って行く。

こちらはそれでも心配から、こっそりつけるのだけど、彼女絶対に振り返ったりなんかしない。

一度は、十キロくらいはあるかと思う道のりをバス停まで歩いていった。全然違う方向のバスに乗ったのに、彼女は気にしてる様子もなく、無事に自宅に辿り着いていた。

あるいは、待ち合わせで渋滞に巻き込まれた私は十分遅れてしまった。

すると、彼女は待っていたものの、激おこだった。

いくら説明しても納得しないのでだんだん腹が立ってきた私ととうとう喧嘩になった。

その日は彼女誕生日だった。

馬鹿馬鹿しいと思いつつ、でかいクマぬいぐるみプレゼントしようと後部座席に積んであったが、喜ばせようと思ってたのに台無しだった。

そして、喧嘩になっていたので私は車をそのまま彼女の自宅そばまで走らせ、

「ともかくこれを持って帰れ!」

と無理矢理でかいクマぬいぐるみを持たせたが、彼女は持ち帰るふりをして、私の目から見えなくなると粗大ゴミ置き場に捨ててしまった。

行動が見えていたので、私はそのぬいぐるみ粗大ゴミ置き場から撤収自分の車まで運び自宅へ持ち帰った。

すると、彼女から連絡があり、また怒っていた。

「どうしてぬいぐるみを持って帰ったの!? 捨てたんじゃなく、他に行くところがあったからあそこに置いていただけだ!」

みたいに、予定が狂ったからと、本当に激おこ

そんな風に、喧嘩もよくした。

 

思い出した。

一つだけ彼女結婚した理由があった。

彼女は三人姉妹末っ子だった。

そして、三人とも私の地元である都会に出てきた。

とても仲の良い三人姉妹だとは聞いていた。

一番上のお姉さんは既に結婚して子供もいた。

真ん中のお姉さんは、看護師をしており、一番頼りになると彼女が言っていた。

だが、その真ん中のお姉さんが、癌になった。

私が知り合った時には癌と診断されたばかりだったが、進行が早く一年も経つと全身のあちこち転移し、末期になってしまった。

数回、私もお見舞いに行ったが、その度に丁寧に挨拶してくれたけど、会う度に痩せているので見るに耐えなかった。

そして、そのお姉さんと最後に会った時に、

「妹をよろしくお願いします」

と深々とお辞儀をされたのだ。

その一週間後に亡くなった。

彼女と急いで病院に向かうと、ちょうど医師心臓マッサージをしているタイミングだった。

お姉さんのベッドのそばで泣き崩れる彼女そばにずっといてやりたかったが、彼女は帰って欲しいと懇願してきたので私は彼女病院に置いてその場を立ち去った。

多分、その帰り道だと思う、彼女結婚しようと思ったのは。

 

そして数ヶ月後、彼女が「あのクマぬいぐるみどこで買ったの?」と何かの拍子に聞いてきたので、たまたま近くにいたので、その玩具さんまで二人で歩いた。

そこは、同じ地元なら誰もが知っている有名な百貨店のある場所

ふと思いついただけだった、

婚約指輪、そろそろ買わなきゃな」

と。

でも二人とも、貴金属ブランドなんてよく知らないものから、その百貨店をウロウロあっちを見たりこっちを見たり、よく分からなかった。

たまたま彼女

「アレなんて読むの?」

と指さした先が4℃だった。

店員の人に、「なんて読むんですか?」と彼女は素で訊いたので、隣にいた私は少し恥ずかしい気がしたのだけど、店員

「よんどしー、です」

と言ったので彼女

「そのままか」と笑った。

それがなぜだか面白くて、私は腹を抱えてその場で笑った。

確か、結婚指輪婚約指輪で50万もしなかったとは思うが、金額は覚えていない。

 

今はもう、結婚指輪ははめていないが別に離婚したわけでもない。一度外れなくなって大騒ぎしたのではめるのをやめただけである

婚約指輪行方は知らない。

2020-12-23

anond:20201223124059

息子1「震えるぞハート様

息子2「燃え尽きるほどヒート

息子3「刻むぞ血液ビート

息子は三兄弟末っ子。団子三兄弟

2020-12-16

記法確認

のつもりが最後日記

[:contents]

私の妹

アラサー既婚

仕事してる

かわいい

公衆トイレでは便座踏んで用を足す かわいい

プレゼントをくれる

圧倒的苦労してきた末っ子

悩む

なぜって

収入の汚タクだからだよ

クリスマスが今年もやってくる

商品券をあげたいな 好きなものが安く買えたらめっちゃ嬉しくない?

でも金額がっかりされたら萎えるし

妹がくれたプレゼント
  • 膝掛け

ブランドショップで見た

  • バッグ

ブランドショップで見た

ブランドは知らんが明らかに仕立てがよい

ピンキーちょおだい(アラサーネタ)

  • ふせん

ねだったら買ってくれた

私が自分で買いたかったが厚意(とけちくそ気持ち)に負けた

やばい

気が回る やばい

  • 干した布団

を貸してくれてありがとう

正直私が一番嬉しかったの私が泣いてたときの濡れタオルと干し布団

私があげるプレゼント
検討したもの
  • じばんしー

…うちで…見たことあるわ…母に買ってくれたバッグや

  • ろえべ

思ってたんの20倍の値

  • ざら

楽天で売ってないのな 価格帯は狙いどころだった

  • まーきゅりーでゅお

あのこ持ってないかこれ 楽天 ない

似合いそうだけどね 選ぶのむずいかワンピース

  • むるーあ

も…見たこと ある 気持ち

  • ろんぐきゃんぷ? ろんぐちゃんぷ?

…もっ…てる…

  • とりーばーち

厳しい

実際に買ったもの
  • こむさ

ベルト これは今より収入低いとき

どれだけ思い返してもこの判断の良し悪しがわからない

  • ぽーぼーて?

リップ 買った翌日どうしても色が似合わない気がしてきて交換してもらったりした、でもおそらく気に入られていない 販売員に会わす顔のなさ

あげられてない誕生日用の バッグ


ごめん

10/16、01:32

そう、どっちを選んでも後悔すると思うのよね…

ねえちゃんはとても仕事を辞めたい

真面目にはやっているよ、でもあなたがどれだけ優しい言葉をかけてくれても許容してもらえるとは思えない、あなたはかわいくて健気で繊細でそのぶん、社会の荒波に揉まれ性格が少し曲がってしまった 私は性格曲がりたくない、まあそもそも疲れてきているのも大きいけれど

性格が曲がりたくないといって周りを省みらない時点で性格が曲がっているのはわかっている、健気で繊細で優しい言葉をかけてくれる人を性格が曲がってしまったと言う時点で性格が曲がっているのはわかっている 許容してほしいほうが先に来ている

でもどんな嫌いな人でも私思おうとすればよく思えているから、健気で繊細で優しい言葉をかけてくれる人だって職場くそ好かんマウントばばあにも思えているか

うん…負けん気他人の良いところを見ることのバランスが難しい 難しいな 疲れるし好かん人のためになんかなんも考えたくないし私の考えたいことを考えないほうが現状きっとうまくいくけど私は考えて納得しながらやりたい

できないね 納得とか無理よねどこまでも納得追っちゃうよね((*1))

納得したいし許容してほしいとか言うのなんなん…いやでも真面目に働いている 真面目に働いてはいるけども

みんな「一生懸命やっている」に弱すぎ。間違った方向に一生懸命進む人間ほど恐ろしいものはないって戦争で学んだだろうが

結局嫌いな人や話し合わない人ばっかってだけか あとは給金とか高めたいスキルの話、足りないスキルによるいろいろもある

あなたなすりつけるのはやめよう、あなたはひどくなすりつけられてきた側なんだから

あなたに思ってることを多かれ少なかれ周りの人に思っているような気もする 自他境界線だ…

ちょっと整理できた

ところで自分を棚にあげた悪口は慎め今すぐにだ

なんの話だ?


((*1))制御できない納得欲をわがままと言うよ



(めっちゃ仕上がってない じわ)

(あと二番目の引用は他の方の発言)

2020-12-15

つの間にか嫌いになっていた

去年の今頃なんて、本当に弱小でしかなかったVTuber事務所のホロライブ

でも、昨夏の3期生加入によりユニークさが認知されつつあったメンバー存在感を、今年初めから桐生ココが海外PRを開始。

更に春からコロナ禍で、逆にこれチャンスとばかりに精力的な箱推し誘導とてぇてぇムーブを敢行し、まさに百花繚乱の季節を迎えることに。

それがEN1期生大成功や金の盾組が続々という、これ以上無いくらい豊かな実りの秋に繋がったと。

ゲーム無許諾配信問題に、チャイナリスクを甘く見ていた炎上から中国撤退みたいな相当ヤバい話もありながら、

ここまで奇跡のような流れで、今や日本のみならず世界中キモオタ男性が注目するようになり、晴れて大手一角に大躍進。


さて、そんな激動のさなかに加入した新人が、ホロライブ5期生だったと。

聞けば春には5人全員採用されていたにも関わらず、夏まで活動開始が遅れたという経緯があるにせよ、

事務所知名度ブランド確立された後としては初の新規加入であり、その意味でもどんな活動をするのか、筆者も注目していた。

その結果、気がついたら自分でも心底驚くくらい、獅白ぼたんと雪花ラミィのことが嫌いになってしまった。

といっても、例の「清掃員」騒動で見せた底意地の悪い笑いを根に持っているとか、そういうことじゃない。


しろんは最近色んなメンバーに絡みに行っているのだが、それが「親睦を深める」ではなく、どういうわけか「しゃしゃり出ている」ようにばっかり見えてしまい、イラッとしてしまう。

しろん以外のメンバーファンから見ると「お願い営業」あるいは「いじり過ぎ」に見えかねないコミュニケーションなのだろうか、少なくとも「てぇてぇ」感は後述のラミちゃんとの絡み以外ではゼロ

あと宇宙人狼見てて思ったけど、勝ちを狙い過ぎて他の参加者微妙に噛み合っていない上に、本人気づいていないっぽい?

ここらへんはにじさんじの葛葉・叶とか本ひま笹木しぃしぃとかの、ガチ勝負しつつも見せるゲーム運びなんかと比べると、一方的に進めてる感が結構あるかも。


ラミちゃんは今やスパチャ総額では事務所内の上位陣にランクインするようになり、その意味ではヤバいくらい頑張っているのは間違いない。

しかし…それが泥酔ムーブも含めて配信中の「キャバ嬢営業全部入り」によるファンの囲い込みの為せる業であり、

それ以外「なんにもしていない」結果というのを踏まえると、「頑張るとこ間違ってんだろ、お前何しにホロライブに来たんだよ」感が半端ないのだ。

しろんとは正反対というか、1回こっきりで後が続いていない、言うなれば「お試しコラボ」ばっかりなのが、更に場違いな感じを助長しているし。


ちなみに同じ5期生のおまるんはコラボ解禁でいきなり桐生ココとコラボしたり、船長の圧に全く怯まなかったり、スバル漫才まったり、るしあとマイクラプロレスしてみたり、

最近は友人Aに代わる司会者ポジ確立しつつあったりと、ちょっと前までは「悩める図書委員」みたいだった逡巡から、真のトリックスターっぽくなりつつあるので、今後が楽しみである

あとは遅刻魔なところが直れば問題なさそう。

ねねちは数字的にはまだまだ三下ポジではあるものの、もともと歌が好きな所に、頑張り屋の超努力家で嫌味が全く無い上に、いじられ末っ子ムーブ撮れ高女王となり、

何より自然応援したくなるというキャラから、超王道アイドルに化ける可能性が少なからずあるので目が離せない。

それにはあちゃま・まつり・すいちゃん・トワ様と、結構クセの強いメンバーと楽しくやっちゃう、独特のコミュ力があるところも見逃せない。

きっとまのちゃんがいたら、二人でてぇてぇを全世界に発信していたのでは…と思えて残念である


まあ、いうてこの4人もまだデビューから半年も経っていないので、この評価も今後大いに変わる気がするけどな!

未来のことは誰にもわからないわけで。

2020-12-13

毒親持ちの元親友が多分死んでる話

誰に話す気にもならないが、溜め込んでるよりは書き捨てたほうがまだしも供養になるかもしれない。

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そいつの親から鬼電かかったけど無視

非情と思われようと、もう関わり合いになりたくない。

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そいつは、もう何年も拒食症かなんかなのか、骨と皮だけのガリガリで、

死相が出てるというか、もう長くないだろうなって思ってた。

余りの痩せ方に周りが心配してなにか食べろと進めても、水の一滴すら口にしなかった。

ウチの親がそいつを指して「あれじゃきっとセイリも来てないと思うわ」

とか言うのにも、行き場のないモヤモヤゲスいんだよ。

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ウチの親は、そいつそいつ母親のことも嫌っているが、

しかし、私とそいつ小学校の間ずっとベッタリの親友だったのは、

私とそいつが似た者同士だったからだ。

小学校ではじめてそいつに会ったとき

同じグループの子からぽっちゃりからポチャみたいなニックネームで呼ばれていた。

でも、別にそんなに太ってたわけでもなかったように思う。

それより、真っ黒でまっすぐでツヤツヤの長い髪をしていて、

綺麗で羨ましくて、もうやめてと言われるまでしつこく触らせてもらったような記憶がある。

さらさらと指から髪が流れていく感触がどうしようもなく心を惹きつけて離さなかった。

私は、天パだったし髪を伸ばしたことがなかった。

小学校中学校も、ずっと短髪だった。髪が肩にかかったことは一度もない。

私の母親は「子供の髪は短いものなの」という絶対ルールを持っていて、

泣こうが喚こうが逃げようが、最後には床屋椅子に座らせられた。

今でも私は美容院キライだ。

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そいつも、小学校入学時にはロングヘアだったはずなのだが、

三年生になる前には短髪になっていた。

ツヤツヤ過ぎてリアル天使の輪ができていた、

日本人形みたいなキレイな髪だったので、

どうして切っちゃったのと惜しがって何度も聞いたけど、

そいつがなんて応えたかは覚えてない。

でも、そいつとつるんでいるあいだずっと、

小学校でも中学校でも、そいつはもうずっと同じ短さに髪を揃えていた。

私は、高校に入ってからはどうにか髪を伸ばすことが出来た。

親の意向無視することができるようになった。

高校卒業して、服も自分で選ぶようになった。

でもそいつは、大学の時も、成人式の時も、最後に会った時も、

小学校のころとまったく同じ、短い髪をしていた。

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髪型だけじゃなくて、そいつ成人式にもチェックのスーツみたいな服を着ていた。

周りじゅう華やかな振袖だらけのなかで。

誰も表立って虐めたり笑ったりはしなかったけど、

なんだか異様というかヒソヒソはしていた気がする。

今だったら、性の多様性ってことでスルーなんだろうけど、

でも、あれはそういうのじゃなかったと思う。

皆はそう思ったかもしれないけど。

私とそいつは、母親による女性性の抑圧、を受けていたんだと思う。

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そいつの親よりは私の親のほうがいくらかマシではあった。

そいつ母親に虐め殺されたも同然だけど、

私はまだ生きている。髪を伸ばし、好きな服を選ぶ。

ヒールと化粧は覚えなかったけれど、まあそれはいい。

私は成人式卒業式では着物を与えてもらえた。

私の母は矛盾した信条というか、娘の髪を結うことは一度たりともなかったが、

ピアノを習わせたり、フランス人形を買い与えたり、籐家具を与えたりした。

別にいらない、嫌だと言ったけど、母自身子供のころ欲しかったものなんだってさ。

あ、ピアノ祖母が孫娘に買いたいというから、じゃあ習わせようってことだったのかな。

まあ、ウチはその程度だったけど、

そいつの家、そいつの部屋に遊びに行ったとき

所謂女の子らしいものは何もなかったような気がするのだ。

ウチと違って、どこもかしこもさっぱりと片付いていた。

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そいつ母親は、いつ見てもそいつとまったく同じ短い髪型で、

GジャンにGパンという恰好だった気がする。バイクサッカー観戦と甲斐バンドだかが趣味だと言っていた。

私とそいつは、程々に外遊びなどもしたが、

ずっと机でイラストを描いてるようなオタク気質だった。

毎週少年ジャンプの話をしていたような気がする。

家にない本や図書館児童書以外の本を読むようになったのは、そいつが教えてくれたからだ。星新一とか筒井康隆とか。

私の母は、皮肉作風、ひねくれた作風が嫌だと言ったけど、本を取り上げたりはしなかった。

母の回りくどい意向を汲まないと、「あんたは可愛げがない、態度がかわいくない、子供は素直じゃなきゃ」とかは、よく言われたが。

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そいつとは小学校を挟んで家が反対方向だったので、

放課後は違う女の子と遊ぶことが多かった。

三姉妹末っ子の子や、地元パチ屋の子とよく遊んだ

そういう子は、少年ジャンプじゃなくて、りぼんなかよしを読んでいた。

ぬいぐるみをたくさんもっていて、男性アイドル流行りの歌の話をした。

の子たちは髪型しょっちゅう変えていて、かわいい髪飾りを持っていた。

悪気なく「あなたも髪を伸ばしたらかわいいのに」と言った。

遊びで私の髪を梳いて、結ってくれた。

の子たちのことが嫌いではなかったけれど、

ずっと一緒にいると、多分私は羨ましくて辛かった。

私と同じに、ずっと髪を短く切られていて、スカートを持っていないそいつと一緒にいるとラクだった。

母親に疑問や不満を抱かなくて済んだ。

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そいつは、成績も良く、イラストもかわいらしかった。中学からは疎遠になったので伝え聞きだが、

旧帝大に行ったらしい。マイナー学部だったらしいが。ググッたら、そいつホームページがまだ残っている。

今だったらピクシブやってたんだろうが、当時はあれが流行りだったものだ。

日記もあるが、悩みや病気内面に関することは何も書かれていない。

家族の仲良し面白エピソードが書かれている。

中学から疎遠になったし、高校は別だったので、その頃のことは知らないけど。

私もそいつも、大学進学で地元を出た。

それで一度偶然、帰省電車で会ったのだが。

後ろ姿を見た時、「ずいぶん髪のきれいなおばあさんがいるな・・・?」と思った。

小柄なのはアレだが、変に生気に乏しいとでもいうのか。

ファッションおかしかったんだと思う。

かぶかよれよれのメンズウインドブレーカーか何かを着ていて、

息子の服を頓着なく着ちゃう系のおばさんっぽかったのか。

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成人式スーツもそうだけど、ほんとにメンズの服しか持ってなかったのかな。

小柄だったけど、デブとかブスってことはなかったと思う。

縄文系というか、小動物系というか目がくりっと大きかった。

髪質も恵まれてるし、手入れすればそれなりに映えた容貌だったはずだ。

面食い自分毎日見ても不快ではなかった。

でも、そういえば、

そいつ母親は、私とそいつが並んでいるのを見て、

我が娘の不器量さを嘲笑ったっけな。

「お前は顔がでかいねえww」みたいな。

その時の、居心地の悪い気持ちはよく覚えている。

私の隣で、私の友人が、私をダシに、実の親に貶められている。

いや、地獄かよ。

しどろもどろになにかフォローをしたような気もする。

私のほうがずっと成績が悪いですし、とか。

いやそれフォローか?まあもう記憶が定かでもないけど。

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私の母親は、子供の頃は頑として私の髪を切り続け、

髪を伸ばしたいという私の希望却下され続け、

その経緯から、ずっと抑圧や自己否定が鬱陶しく付きまとっているが、

まあ、高校以降はほぼそういう行為は無かった。

進学も希望通り、金銭的にも十分にしてもらえた。

流行りの服を買うこともできたし、趣味私生活に口出しされることもなかった。

周囲の友人から学んで少しづつ、女性らしく装うことを覚えていった。

オタク気質生来のもので変わらなかったが、脱・喪女はそれなりに出来た。

そいつは多分、そうではなかった。

大学行って、一人暮らしはできていたのかもしれないが、

母親の束縛や支配内面化してしまってたのかもしれない。

心の中の母親が、そいつの髪を切り続けていたのかもしれない。

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昨今の性の多様化からすると、そいつ髪型服装趣味嗜好はそれほど奇異なものでもない。

肉体的に女性でも、精神的には男性だとか珍しい話でもない。

そいつ自発的に、自然に、ただ好きで、

髪を短くし、メンズの服を着て、ミリタリーバイクサッカーを愛していたなら、

それはそれで良かった。

そいつ母親は、そういう姿でピンピンしている。

でも、そいつは多分そうではなかった。

生来の女らしさを抑圧され、取り上げられ、

そしてそれが自分だと思い込まされていた。

母親が間違っていると気がついてはいけなかった。

コンフリクトがあって、それが体に出た。

病名は知らないが、拒食でなければああはならないって気もする。

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大学を出て、就職して、

そういえば携帯アドレスや番号の交換をいつしたのか記憶にないが、

就職先のイベント新聞か何かで見たと、そいつは私に会いにきた。

私としては、髪を切られ続け男子のような恰好をしていた時代記憶ごとまとめて、

そいつのことは思いだしたくない相手だった。

折角小奇麗になることを覚えたのだ。

陽キャグループに入ってしまえば、陰キャ時代の友人は格下であり、

根深陰キャコンプを刺激する見たくないモノになる。

仕事時間内は客としてもてなしたが、

プライベートで会いなおしたりはしなかった。

そいつ空気を読んだのか、

それても痩せこけてしまって遊びに繰り出す体力はなかったのか、節度を持って訪れ、帰ってくれた。

いや、水の一滴も口にできないんだから食事や飲みに誘われるはずもなかったのか。

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しかし、一度ならず数回ほどそいつイベントに客としてやってきた。

ヒマだったので話をしたが、内容はほぼ覚えていない。

ああ、人混みでぶつかられてコケて顔ぶつけて、総入れ歯になった話だけは、

インパクト強烈過ぎて覚えてるけど。ドン引きしたわ。

いや、その若さでそうはならんやろ・・・っていう。

転んで受け身をとれないことにしろ、骨密度しろ

もう回復不能分水嶺越えちゃってるな、もう死ぬんだろうな、と思ってしまった。

しかし、そんな話をそいつ世間話、笑い話のトーンで話した。ような気がする。

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私になにかを聞いて欲しくて訪れていたのかもしれないが、

私が迷惑そうにしていたから切り出せなかったのかもしれないし、

物知りで成績優秀者だったプライド邪魔をして切り出せなかったのかもしれないし、

同伴していた母親や、周りの人間が気になって突っ込んだ話ができなかったのかもしれない。

しかし、そいつ自分日記にさえ書けないことを人に相談できたかというと、できなかったかもな。

藁にも縋る思いだったかもしれないが、

疎遠になった旧交を温めに来るより、「毒になる親」系の本でも買ってみて

カウンセリングとか行けたら、生き残る道があったかもしれない。

というか、そいつ自分が病んでいる原因が母親だと疑ったことがあっただろうか?

気がつきたくないまま、気がつかないまま、体力が落ち、考える力もなくして死んだのだろうか。

いや、そういえば鬼電がかかってきたか訃報と決めつけているが、

フツーに峠を越して生きてるのかもしれないな。

もう、それを知りたいとも思わないのだが。

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既に超長文だけど、続きもあって御免。

https://krsw.5ch.net/test/read.cgi/mental/1607548535/l50

2020-12-09

世界の隅のEXオタクがAさん勇退について思うこと

読むと人生の何分かが無駄になる、本当にくだらないオタク戯言である

同じファンにはわかっちゃうと思うけど、一応固有名詞イニシャルにする。

私は12年ほど前からEXが好きだった。

ちょうどオカ◯ラさんとコラボとかしていた頃にハマったから、グループ自体大衆向けに認知を広めていったタイミングファンになった大勢のうちの1人だった。いわゆる第二章からファンだ。

忘れもしない、LOVEアルバムDVD映像友達の家で見たそれには、サングラスに剃り込み頭のいかつい見た目で涙を流すAさんが映っていた。ギャップに弱い当時中学生のクソ単純娘、そこで即落ち。その後のオカ◯イル映像で見せられた無邪気な笑顔さらなる沼にドボン

その日から頭の中はEXのことばかり。CDを買いライブDVDを買い、ファンクラブに入会し新曲が発表されれば出演する歌番組を隈なくチェックし。録画して、それを比喩じゃなくテープが擦り切れるまで何度も見た。

そして、それだけ熱心に追いかけていればたどり着いてしまうのが第一章のこと。

私はもちろん、Tさんのことも大好きだった。Aさんの見た目がど刺さりしてるような嗜好の女だから、見た目に関しては別に「綺麗な顔やなあ」くらいの感想だったけど、彼の、グループに対する想いが一番好きだった。多分、彼も元ファンだったから、共感やすいってのもあったと思う。メンバーリスペクトして、Aさんに憧れて、少しでも追いつこうと懸命にもがく彼の姿に勝手感情移入して、大好きになっていた。

でも一章の曲を聴いて、愕然とした。全然違う。こんな歌声には到底敵わない。

もちろん、勝ち負けじゃないと思う。どっちが上とか下とか、比べる必要もないと思う。というか、比べちゃいけないと思う。

でもさ、同じ曲を歌うんだもん。しかも何曲も。私が喜んで買ってたCD、再録祭りだったんだもん。

それを毎日毎日聴きこんだ状態で一章の曲を聴いたら気づいちゃうよ。どこがどう違うか。

正直、歌のうまさ云々だけの話じゃないと思う。世間評価も、あまり関係ない。声の質の相性が、ライブで歌うときの彼ら2人の表情が、圧倒的に”良い”と思った。いや良い悪いじゃないからこの表現は正しくないね。圧倒的に、”私個人にぶっ刺さって”しまった。

Tさんが好きだし、Tさんと歌うAさんが好きだし、2人を見ていたいし応援したいという気持ちは嘘じゃない。絶対本心だった。でも、それ以上にSさんの声と合わさるAさんの声に、100%笑顔で心底楽しそうに歌うAさんに惹かれてしまった。

ちょうどその頃から、彼らを見るのが苦しくなってきた。(当時の)新生EXの7人でいる時の彼らを見るのは楽しかったけど、金◯マとかその他ドキュメンタリーで、ちょっとでもSさんの話をしようとするとすぐに涙をこぼすAさんや、バラエティの嘘発見機に座ったAさんに「正直僕のことが嫌いだ」と冗談めかして聞くTさんを見て、心が痛んだ。背景を知ってから彼らを見ると色々と気持ちがわかっちゃう気がしてこっちまで泣きそうになった。わかった気になってるだけだって言われたらそれまでなんだけど。

Sさんが脱退してから、Aさんはどこか寂しそうだと思っていた。それは、表情がとか声色が、とかじゃなくて、一章の時の映像比較してなんとなく感じたこと。メンバーと笑いあってる時もふざけあってるときも、以前ほどテンションが高くないように見えた。年齢を重ねて大人になっているから、という見方もできるかもだけど、私にはなんとなくそれが、”好きな人たちと好きなことをする”時のテンションから仕事”のテンションに変わったように見えたんだ。

で、その原因は、やりたいことをやれていないからなんじゃないかと思うようになった。彼は歌に対して狂っている人だと思う。これは褒め言葉で、歌うことが狂気的に好きだって意味なのだけど。ただの、その辺の、「歌が好き」という人とは比べものにならないほど、異常なレベルで歌を愛しているのだと思う。

そんな人が、当時のEX環境を、「最高!絶対ずっとここにいたい!」と思っているとは思えなかった。

もちろん、「嫌だ、いますぐ抜けたい」と思っていたわけでもないと思う。でも多分彼はこの頃から自分の好きな歌を自分のやり方で極めたくなってきていたんじゃないかと思う。そしてそれは、グループ方向性とは違うものだった。

その予想は、彼のソロライブを見に行ってより濃いものになった。本当に楽しそうなのだEXで歌っている時以上に。だからさ、近い未来Aさんが脱退することになっても仕方ないなと思ってたんだよ。だって、いちファンとして一番に願うのは彼の幸せから。彼が心から楽しいと思って、本当にやりたいと思えることをやってくれるのが一番嬉しいから。

これが、2011年くらいに思ったこと。でも彼は、それから9年もグループにいてくれた。途中留学したりソロ活動が拡大したりはあったけど、いてくれた。グループに居続けたのは彼の希望というより、周りへの恩返しやいろいろな事情という側面が大きいんじゃないかという気がする。

から本当に、ありがとうございましたとは思うんだ。EXというグループを背負って、引っ張って、守ってきてくれてありがとうって。




でもね、それなら。

勇退ライブくらいやってもよかったんじゃないの?って思う。小規模でも、ライブ配信で一、二曲でもいいから。全員に囲まれての勇退にしてもよかったんじゃないの?って気持ちが消えない。

Hさんと対談してる動画を見て、本当に胸が苦しかった。

彼は十分にやってくれたのに、これからやりたいことをやるのは素晴らしいことのはずなのに、なんでそんなに暗い雰囲気で伝えるんだろうって。言葉の端々に言い訳っぽさが滲むんだろうって。

Aさん、コロナというきっかけもあって色々考えて……みたいなこと言ってたけど、その直後に「Hさんがツアーやって組み立ててくって話もあったんですけど」って、それコロナ前に出てた話じゃん……とか。

ああ、でも、コロナ前にAさんはHさんに相談してて、ツアー組み立ててて、でもコロナでできなくなって、このまま後回しにしてたらどんどんソロの開始遅れちゃうからもう発表するしかいね、ってなったのかな……。でも年明けにライブやるよね?そこじゃダメだったの?とも思うしなあ。

それに自分40歳じゃなくて、EX20周年を節目にするってのはなかったの?みたいなことも思わんでもないし……うーん。

でもまあ、ソロ活動はいいんだ、別に。それで彼のやりたいことなら素晴らしいと思う。ただ、もっと明るく送り出してあげてよ……って思うだけで。(コロナ後に改めてツアーとか考えてるんだったら申し訳ないけども)



でも一個、どうしても気になっちゃうのはTさんことなんだよなあ。

メンバーが倍増した2009年当時、個人的には本当にショックだったんだけど、「メンバー全員がそうしたいなら」と思って無理やり納得したんだよね。

Hさんの「EXというDNAを残していきたいから」という言い分には、「はあ!?私が好きなのはEXという名前でも、そういうテイストの服着た人でもそういうテイストの歌歌うひとでもなくて、この7人で構成されているグループが好きなだけなんですけど!?」って思ったけど。でも全員がそれで幸せならいいかと思ったんだ。無理やり。だってどうしようもなかったし。

でもさ、こないだのユーチューブのAとTの対談で、TさんがHさんから人数倍増させる計画を聞いたのは加入後半年も経ってない頃だって言ってたやん。

ええ……って。別にTさんだって、倍増がめちゃくちゃ嫌だとは思ってないはずだけど、そう信じたいけど、でもその状態でその立場人間が、万が一嫌だと思っても言えるわけないじゃんって思っちゃって。それが「もうちょっと末っ子でいれると思ってた」ってセリフに全部詰まってる気がしちゃって。辛かったなあ。勝手感情移入してるからなんだけどね。

なんか彼は、いやでも比べられる立ち位置にいて、しかもその比べられる相手はすごい人で、自分世間からどう見られてるかとか、どう言われてるかとか全部わかっちゃう時代の中で、必死に頑張っていたわけじゃん。

スランプ10年くらいあったって言ってたけど、そんな状態想像できないほどのプレッシャー背負って、でも酒に女にも薬にも走らず(そんなのわかんないだろって言われたら何も言えんけど、少なくともスキャンダルは出さず)、14年くらい頑張ってきてくれたわけじゃないですか。

その結果、憧れだった相方に、「一生一緒に歌ってく」って言ってくれた人に、やめられてしまうのはなあ。1万人の中から必死でその場所を勝ち取ったのになあ。

ていうか、

・Aの相方ボーカル

新生EXの7人のうちの1人

を決めるという名目で開かれたオーディションで1万人分の1を勝ち取ったのに、半年後に「あのオーディションで落ちた人もボーカルになるよ」って言われて、5年後くらいか相方ソロ活動に精を出し始め、最終的にその相方卒業されるのヤバイな。これはほんとにTさんがなんとも思ってないことを祈るばかり。

結局Aさんも、Tさんと歌いながらずっとSさんが忘れられなかったんじゃないかなとか、もし相方がずっとSさんだったら、脱退なんて選択肢選ばなかったんじゃないのかなとか、そんな邪推はしたくないけど。

でも今後ソロになったAさんはSさんをまたライブに呼んで、ボロボロ泣きながらコラボとかしちゃうんだろうなあ。それを複雑に思う自分と、めちゃめちゃ見たい聴きたいと思う自分がいて頭が痛い。

せめてその時には、同時にTさんゲストで呼んでくれないかなあ。3人で楽しそうに歌う姿が見れたら、この上なく幸せな気がする。はあ、情緒も文ぐちゃぐちゃ。おわり。

2020-11-30

結婚ってそんなに良い物なんだろうか?」と思ってしま理由

結婚に対して、思った事を思うまま日記に書き記していきます

はじめに、私は今現在誰かと結婚している訳ではありません。

結婚という物に憧れがなかった訳ではないけれど、ある時期に「あ、私にはきっとこれは無理だ」と自然と悟るようになりました。

人間が最も身近に知る結婚している人間というのは、自分の親だと思います。私にも両親が居ました。

両親は夫婦として数十年生活を共にして、離婚こそしてはいなくてもお世辞にもあまり夫婦仲が良好だったとは言えませんでした。

私が小さい頃に私は良く知らない理由家庭裁判所のお世話になった事も、数年別居していた事もあったそうです。

世の中には様々な事情で片親だったり親が居ない家庭で育った方も居ると思います

そういう人達の中には、自分が親の愛情を知らないからこそ誰かと幸せな家庭を築きたいという強い願いを持つ方も少なくないと聞いた事があります

私は両親のどちらも欠ける事の無い家庭で育ちましたが、両親の姿を見て結婚夫婦が素晴らしい物だとはとても信じられませんでした。

父は私の目から見ても父の母、私から見れば父方の祖母とべったりでいつも伴侶より自分の親を思いやり大切にしているように見えました。

母はそんな父の事が嫌だったらしく、性格の合わない姑と時には掴み合い殴り合いの喧嘩までする事もありました。

から見れば父も母も祖母も皆大切な家族なのに、三人にとってはそうでもなかったようでした。それでも、三人とも私には優しかったです。

父は変則的勤務形態関係で、毎日家に居るという事がありませんでした。朝に家を出て、次の日の朝に帰ってきた父は疲れて良く自室で寝ていました。

休日自分習い事旅行に使って、自分パートナーに対する家族サービスを行う事はあまり無かったと思います

時々父と母が二人で旅行食事に行ってもどうしても意見性格の不一致から喧嘩を始めてしまうので、もう関わる事が嫌だったのかもしれません。

母は父に対する恨み言をいつも言っていました。私は母と過ごす時間が長かったので、その母の恨み言を疑う事なく受け止めていました。

その恨み言の真偽は私が生まれる前の事や記憶曖昧な幼少期の物も多いのでよく分かりませんが、概ね母の言う通りなのだろうと思っています

母は結婚してから何度も父に裏切られたと言い、父と結婚した事を後悔しているように見えました。別居の事もそうですが、離婚真剣に考えていたようです。

私は母に「もう父さんと離婚したいけどどう思う?」と聞かれた時、「お願いだから離婚しないで」と泣いて言いました。私は家族は仲良く暮らす物と信じていて、離婚したらもう父とは会えなくなると思ったからです。

ひょっとしたら一番の理由は母が父と離婚したら、きっとこれから生活に困窮するかもと心配だったからかもしれません。まだ義務教育を受けている最中だった私は、学校を出てすぐに働く自信がどうしてもありませんでした。

私が強く反対した事で母も思い留まってくれましたが、それからも母は嫌っている夫と姑と同居する生活を送らなければなりませんでした。私の我が儘のせいであの時母の人生を棒に振らせてしまったしれない、と今でも思っています

私は物心が付いてから数年間、父が傍に居ない生活を送っていました。夫と別居をしている間母は地元に戻っていて、私にとっては母方の祖父が数年だけ父親のような存在だったのかもしれません。

どういう事情があってか母がまた父の元に戻って、そこで初めて自分父親意識した気がします。確かに自分父親である筈なのに、何故か少し距離を感じました。

「この人は自分父親なんだろうな」と思っているのに、どうしても「この人は本当に自分父親なんだろうか?」とも感じずに居られませんでした。

父は私の母はともかく、自分の子である私は可愛がってくれました。私に父から怒られた事はあまりありませんし、自分でも居心地が悪いと思うほど甘やかされました。

祖母自分の孫である私は可愛がってくれました。母と折り合いが悪かったらしいですが、私にとっては優しいお祖母ちゃんでした。その事が、母には私を取り込もうとしているように感じられてとても不愉快だったそうです。

父には母の他に好きな女性が居たらしく、その女性と遊びに行くのに幼い私を連れて行った事があったそうです。もし母と離婚したらその女と再婚する気だったのだろう、と母は言っていました。

私は幼かったので覚えていないのですが、父に連れられてその女性と遊んで家に帰って来た私が「今日知らないおばちゃんと一緒に遊びに行って一緒にお風呂にも入った」と言った時、家の中の空気は凍りついたそうです。

母も父が浮気している事は勘付いていたらしいのですが、まさか子供浮気相手の所へ連れていくとは思わなかったし、まず間違いないと思っていても疑惑確信に変わるのはとてもショックだったらしいです。

その事が原因で母は父と大喧嘩し、それが数年間別居する原因だったそうです。私は物心が付くか付かないかの時期にも余計な事を言って母を苦しませました。

母は父の元に嫁いでから、折り合いの悪い夫と姑と小姑に囲まれ精神的にとても追い詰められていたそうです。ある時パニック障害発症してからは、母は薬を飲まずには外出も出来なくなりました。

そこまで母を追い詰めた父と祖母は、少し前に亡くなりました。祖母は年齢相応に老衰で亡くなり、父は自分母親が無くなったショックからかその数年後に後を追うかのように癌で亡くなりました。

私は聞いた事が無かったのですが、本気か冗談か父は若いから母に「もしお母ちゃんが死んだら俺も死ぬ」と言っていたらしく、そこまで母親にべったりくっ付いている事も伴侶であるからしたら面白くなかっただろうな、と思います

父は進行性の癌でじわじわと弱っていきました。病院は嫌いだ、手術なんて嫌だ、延命治療なんて絶対しないという主張を曲げず癌が発覚した時からまり病院には行かず自宅で過ごす事を選びました。

体に癌が出来た父は固形物が喉を通らず、柔らかい物や液体以外は口から物を入れる事が出来なくなりました。体もどんどん弱っていき、最後は寝たきりで自分の力で喉に詰まった痰を吐く事も出来なくなりました。

母は、こういう事は子供には任せられないと、お風呂に入れない父の体を拭いてあげたりトイレのお世話をしていました。その時期になってから父はよく母に「すまんなあ」と言うようになったそうです。

その後父は日本人の平均年齢よりずっと若く、年金受給出来る年齢になる前に亡くなりました。本人の希望通り自宅の自室で穏やかに逝く事が出来ました。安らかな表情に見えました。

祖母が亡くなった時も、父が亡くなった時も、母は泣いていました。幾ら恨みがあっても長年一緒に暮らした人が死ぬとどうしても涙が出てくると、母は言っていました。

こうして私の母は数十年連れ添った夫とその母と死別しました。父は平均よりは大分早く亡くなりましたが、それでも自分の生きたいように生きられた満足な人生だったんじゃないかな…と私は思っています

私は母に「お父さんと結婚した事を後悔していないの?」と尋ねた事があります。母は「結婚する相手は間違えたかもしれないけど、私は子供が欲しかったし、今自分分身がこの世に居るから満足している」と答えてくれました。

そう言ってくれる事は子供としては救われるような気持ちになりますが、私には父と連れ添った母の人生がとても幸福とは思えませんでした。物心が付いた時から、私は母の夫と姑への恨みを聞いて育ったからです。

私は父と祖母には甘やかされて育ったので、自分感情としてはどうしてもこの二人を嫌う事が出来ませんでした。ですが、母の視点から母がされた事を考えると、父と祖母は母にとって良い人では無かった事も分かります

母は一度友人や父の知り合いに自分の悩みを訴えた時、「まさかあんな良い人がそんな事をするなんて嘘でしょう?」と信じてもらえなかったそうです。父は人付き合いが上手く、外面もとても良かったらしいです。

私も父とは距離を感じながらも、自分に優しくしてくれる父の事は嫌いにはなれませんでした。何だかこの人に親しみを感じるな…と思ってしま男性はいつも、父と同じように煙草匂いがして眼鏡をかけている人でした。

子供が出来たから満足だ、と言ってくれましたが私には母が父と結婚した事で人生台無しになった人のように思えてなりませんでした。母は今でも、父は付き合い始めてから子供が生まれるまでは優しかった、とも言います

父に母以外に好きな人が出来たのは、性格の不一致だったり夜の営みだの相性だったり、何か事情があったのだろうな…くらいの事は思えますパートナーに不満が無ければ、簡単浮気などしないような気がするからです。

から見ると母も父も祖母もそれほど悪い人には思えませんでしたが、この三人が嫁と夫と姑という関係性になると途端にギスギスと険悪な関係になってしまう事が不思議でした。何で結婚したんだろう?といつも不思議でした。

ところで私には年の離れた姉が二人居て、姉達も結婚をそんなに良い物とは思っていないようでした。この姉達は私が生まれる前、父が一番血気盛んだった時期に生まれたからか、父に虐待のような事もされた、と言っていました。

何故末っ子である私だけが甘やかされたのか、父も年を取って落ち着いたのと、二人の姉が母と一緒に私の面倒を見てくれて相対的に私が一番手のかからない子供だったから、という理由が大きいのだろうなと思っています

私達は煙草の煙を吹きかけられたり煙草の火を押し付けられた事もあるのに一人だけ甘やかされて良いね、と姉達に言われた事があります。父が生きていた頃、私一人だけ贔屓されたという事に罪悪感を持っていました。

この姉達も結婚という物に不信感を持っていて、特に一番多感な思春期父親浮気していた事に酷く傷ついて、父親男性に対して強い不信感を持ったそうです。私達はきっと結婚なんかしないんだろうなぁ、とも話していました。

その姉が、父が亡くなる前後に二人とも結婚しました。「え?」と思いました。だってお姉ちゃん、二人とも結婚なんてろくでもないって言ってたよね…?何で…?と思いました。

二人とも数年間お付き合いしていたお相手が居て、アタック男性の側から行ってきたそうです。妊娠を機に籍を入れたとかで、今では二人とも子供が居ます。私にとっては甥姪になります

姉達のパートナー家事育児も手伝ってくれる優しい人のようで、そういう意味では父とは真逆の人だと思います。父以外の夫・父親を知らない私には、そういう男性が居る事が少し信じ難い気持ちでした。

結婚したって、どうせすぐに相手の事を嫌いになって、違う人の事を好きになって、それから離婚するなり仮面夫婦を続けるなりどっちにしてもも夫婦には愛情が無くて…結婚って、そういう物じゃなかったの?

自分結婚して欲しい」と言ってくれる人が居れば、結婚したくなる物なんでしょうか。私が結婚という物にどうしても肯定的になれない理由は、私には結婚なんて無理だよな…という諦めがあるからかもしれません。

2020-11-22

ニートの友人

高校からの友人との付き合い方をどうするか、ただの書き捨てです。

の子自体は優しいし、私も永く友達でいたい。だからこそ、これからの付き合い方をどうしようか迷うんだよなぁ。

の子大学の頃に精神的に参って休学からニートコース(卒業はしています)。四年前にコネ就職はしたけれど、パワハラ職場だったのもあって一年程度で退職からの再ニート。もちろん彼女実家住まいで、歳はお互い32歳です。

たまに会ってもお金が無いからまり高いお店はいけず、ちょっとしたカフェに入っても一番安いメニューしか頼まないから、こちらが少し高めの物を頼んじゃうと気が引けてしまう。使うお金は親からお小遣い貯金切り崩してる、という割には趣味にはそこそこお金をかけているようで。気に入った映画は何回でも映画館に足を運ぶようです。

実家いるからなのかやけにグルメで、サイゼリアは美味しくない、あの店のパンは美味しかった等、品評がやけに偉そうで。ニートなら清貧でいろ、という訳ではないんですが、親がいなくなったらどうするのかしら?と思うようなプチ贅沢な趣向なのです。

3年前に辞めた会社のこともいつまでもグチグチ言われても、私としては過ぎたことだしほっとけば?と思うのに。

正社員にならないと生活出来ないって言うけれど、それならバイトから始めようよ、お小遣いでも稼ぎなよと言っても聞くだけ聞いて動かないようで。

あなたは良いよね、強くてね。って言われるけれど、どれだけあなたの知らないところで泣いてきたかわかるのかしら?最初から強かったわけじゃないんだけれどな。

友人の親もいつまでもの子ペット扱いしているように見えるんだ。末っ子ものね、大人しくて可愛くてお利口さんな友人は老いた親にとって最高の癒しなのかしら。

何があって友人の人生から外野の私が口出ししてもどうしようもないし、成功者に見えるであろう私の言葉なんてどうせ入っていかないでしょうけど。でも別の友人の人生に乗っかろうとしているのはいただけないな。自分生き方くらい自分責任持って欲しいのに。

友人とはいつまでも友達でいたい。たぶん、次会う時も毒にも薬にもならない温い言葉彼女の傷口をふやかしていくんだろうな。私は優しくないから。

ニートの友人

高校からの友人との付き合い方をどうするか、ただの書き捨てです。

の子自体は優しいし、私も永く友達でいたい。だからこそ、これからの付き合い方をどうしようか迷うんだよなぁ。

の子大学の頃に精神的に参って休学からニートコース(卒業はしています)。四年前にコネ就職はしたけれど、パワハラ職場だったのもあって一年程度で退職からの再ニート。もちろん彼女実家住まいで、歳はお互い32歳です。

たまに会ってもお金が無いからまり高いお店はいけず、ちょっとしたカフェに入っても一番安いメニューしか頼まないから、こちらが少し高めの物を頼んじゃうと気が引けてしまう。使うお金は親からお小遣い貯金切り崩してる、という割には趣味にはそこそこお金をかけているようで。気に入った映画は何回でも映画館に足を運ぶようです。

実家いるからなのかやけにグルメで、サイゼリアは美味しくない、あの店のパンは美味しかった等、品評がやけに偉そうで。ニートなら清貧でいろ、という訳ではないんですが、親がいなくなったらどうするのかしら?と思うようなプチ贅沢な趣向なのです。

3年前に辞めた会社のこともいつまでもグチグチ言われても、私としては過ぎたことだしほっとけば?と思うのに。

正社員にならないと生活出来ないって言うけれど、それならバイトから始めようよ、お小遣いでも稼ぎなよと言っても聞くだけ聞いて動かないようで。

あなたは良いよね、強くてね。って言われるけれど、どれだけあなたの知らないところで泣いてきたかわかるのかしら?最初から強かったわけじゃないんだけれどな。

友人の親もいつまでもの子ペット扱いしているように見えるんだ。末っ子ものね、大人しくて可愛くてお利口さんな友人は老いた親にとって最高の癒しなのかしら。

何があって友人の人生から外野の私が口出ししてもどうしようもないし、成功者に見えるであろう私の言葉なんてどうせ入っていかないでしょうけど。でも別の友人の人生に乗っかろうとしているのはいただけないな。自分生き方くらい自分責任持って欲しいのに。

友人とはいつまでも友達でいたい。たぶん、次会う時も毒にも薬にもならない温い言葉彼女の傷口をふやかしていくんだろうな。私は優しくないから。

ニートの友人

高校からの友人との付き合い方をどうするか、ただの書き捨てです。

の子自体は優しいし、私も永く友達でいたい。だからこそ、これからの付き合い方をどうしようか迷うんだよなぁ。

の子大学の頃に精神的に参って休学からニートコース(卒業はしています)。四年前にコネ就職はしたけれど、パワハラ職場だったのもあって一年程度で退職からの再ニート。もちろん彼女実家住まいで、歳はお互い32歳です。

たまに会ってもお金が無いからまり高いお店はいけず、ちょっとしたカフェに入っても一番安いメニューしか頼まないから、こちらが少し高めの物を頼んじゃうと気が引けてしまう。使うお金は親からお小遣い貯金切り崩してる、という割には趣味にはそこそこお金をかけているようで。気に入った映画は何回でも映画館に足を運ぶようです。

実家いるからなのかやけにグルメで、サイゼリアは美味しくない、あの店のパンは美味しかった等、品評がやけに偉そうで。ニートなら清貧でいろ、という訳ではないんですが、親がいなくなったらどうするのかしら?と思うようなプチ贅沢な趣向なのです。

3年前に辞めた会社のこともいつまでもグチグチ言われても、私としては過ぎたことだしほっとけば?と思うのに。

正社員にならないと生活出来ないって言うけれど、それならバイトから始めようよ、お小遣いでも稼ぎなよと言っても聞くだけ聞いて動かないようで。

あなたは良いよね、強くてね。って言われるけれど、どれだけあなたの知らないところで泣いてきたかわかるのかしら?最初から強かったわけじゃないんだけれどな。

友人の親もいつまでもの子ペット扱いしているように見えるんだ。末っ子ものね、大人しくて可愛くてお利口さんな友人は老いた親にとって最高の癒しなのかしら。

何があって友人の人生から外野の私が口出ししてもどうしようもないし、成功者に見えるであろう私の言葉なんてどうせ入っていかないでしょうけど。でも別の友人の人生に乗っかろうとしているのはいただけないな。自分生き方くらい自分責任持って欲しいのに。

友人とはいつまでも友達でいたい。たぶん、次会う時も毒にも薬にもならない温い言葉彼女の傷口をふやかしていくんだろうな。私は優しくないから。

チキチキ、クソデカ述語チキンレース

 なんか「ないものはない」とかい深淵からやって来た命題ホッテントリに上がってたけれど、ブコメ欄で言及されていた「語り得ぬものについては沈黙しなければならない」はオーストリア哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの言である。我々が想定する哲学的真理の多くについて、我々は「ある」とか「ない」とかそのほか如何なる述語も設けずに、沈黙を守るべきなのだ――というのがこの発言の主旨だと思われるが、僕は学生時代ヴィトゲンシュタイン代表著作である論理哲学論考を第四章だか第五章の論理式の辺りで投げ出してしまったので、正確な解釈がどうなっているかは分からない。もし貴方が正確な知識を求めるならば、岩波版の『論理哲学論考』を書店に探しに行こう。


 ヴィトゲンシュタインは、ケンブリッジ大学にて当時の哲学大家であるバートランド・ラッセルの元で学んだ後に、ラッセルへとこの『論考』のアイデアを書き送り、激賞を受け出版へと至りました。この『論考』の主旨は、簡単に言えば「世界は言葉でできている」といったものです。極めて凝縮された文体で書かれたこの異形のテキストは、当時の哲学界に激しい影響を与えたと言われています

 さて、「語り得ぬものについては沈黙しなければならない」の一節はこの『論考』のラストを飾る言葉であり、また彼は「梯子を用いて障害を乗り越えた後は、その梯子を投げ捨てなければならない。即ち、この書物もまた投げ捨てられねばならない」とも同書において語っており、彼によれば同書によって哲学界における諸問題は「完全に解決された」とのことでした(後年、彼はこの意見を覆すことになります)。


 ヴィトゲンシュタインは極めてその人生に謎の満ちた人物で、ユダヤ系の影響を大きく受けた裕福な家系に生まれ、本人はカトリック教徒として一生を過ごしました。学業において非常に優秀な成績を収めた彼は、イギリスケンブリッジ大学に進学し、当時の学壇を占めていた哲学ほか様々な学問大家と対面し、議論思索を深めていくことになります

 彼の人物史を巡ってしばしば取り沙汰されるのは、彼が人生殆ど全てに渡り自殺への欲求に苦しんでいたというエピソードです。彼は、兄四人、そして姉三人の八人兄弟の内の末っ子として生を享けるのですが、彼の人生において四人の兄の内、四男のパウルを除く三人は自殺しています。そのため、ヴィトゲンシュタインの心には、常に死への憧憬が巣食っていたというエピソードは有名です。彼は、自分の死に場所を求めて第一次世界大戦従軍したとも言われています。その過酷戦場で、彼はトルストイ福音書解説を紐解きながら、砲声に震える塹壕の中で『論考』の原型を模索し、そして戦場の死に接する中で生への意欲を切り開いた、とも言われています


 さてタイトルの「クソデカ述語」に関してですが、いや、要するに「ない」って何なんですか? って話です。「ない」っていう述語なんなんすか、っていう話です。

 とかくこの世の中には意味のない述語というのが多数存在していて、その内の一つがこの「無」だと思うんですね。つまり、「無」っていうもの言及できないから「無」なのであって、それに対して「ないものはないですね」とか平然と言及しているダ○ソーの店員ほかその他の店員存在は一体なんなんすか? という話なのです。

 要するに、「無」なんてものは「無い」のだから本来であれば我々は「ありません」とか、「無いです」といった述語の使用基本的には控えなければならないのであり、つまり、我々は沈黙しなければならないわけです。それでも、我々が何かについて「無い」だとか、「ありはしない」とか語れるということは、本質的に我々の言語が、その意味対象との関係性に混乱を来しているからなのであって、要はこんな言葉のやりとりなんか単なるゲームのようなものに過ぎないんじゃねえか、みたいなことを考えるわけですね。クソデカ述語。

 世界は「ある」? コップはここに「無い」? もっと正確な記述方法があるはずです。空は青い? 空は青く「ある」? 「無い」について我々が多くのことを語ることができないにも関わらず、何故我々はその対義語とされている「ある」について雄弁に語ることができるのですか? もっと正確な記述方法があるはずです。正確には「コップは移動している。あるいは、コップは現在別の形状を取っている」が正解なのです。クソでけえ述語は投げ捨てろ、梯子を下ろせ。お前らはもっと沈黙しろ

2020-11-21

祖母叔父を、母は長男大事にする

母方の祖母長男である叔父(母の弟)を大事にしていて、遺産も家も全て叔父に渡していた。大正まれの昔の人だというのもあるのかもしれないが、叔父がすげえ可愛かったんだと思う。

祖母がなくなりひとりになった叔父は、奔放に生活しとった。叔父は、病(※昔の登山事故で頭打った後遺症海馬おかしくなったのと、晩年リンパのがん)も患ってたので、母はときどき何度か看にいってた。そしてその翌日に「(ばあちゃんはあたしに)よくもこんなもん(叔父)を残して逝ってくれたな」「私には一千も残さなかった、全部弟にくれたくせに。世話だけ私か」と文句を言っていた。私はよくそ愚痴を聞いていた。今年の冬に叔父は亡くなった。

そのあと空き家を何度か片付けにいったけど、おくの部屋は叔父賞状とかたくさん飾ってあったわ。それを見た母は「やっぱり長男可愛いかったんだよ」と言ってた

一方で、うちでは母が兄のことを大切にしているように思う。最近仕事精神的に参ってて一人になると一人言をつぶやく兄(糖質の一歩手前?などと母から聞いたがようわからん)。そんな兄にたいして、母は、気を遣っていた。部屋が片付いてないと兄は母を怒鳴り散らかすし、休みの日は朝8時から自室に掃除機をかけてるし夜は遅いときは深夜までうるせー音量でテレビを観てるし、ネットショッピングではほぼ毎日中古CDや本や服などを買い溜めてる兄。自室に買い溜めた物が入りきらなくなったら、真ん中の姉(いまは嫁にいっていない)の部屋に自分本棚を移動したりしてる。一方で、兄は他人の散らかってる部屋をみたら許せないらしく、少し前は物置に保管してた農具や季節の靴を捨てたし(私のブーツも捨てられた)、今朝は母の部屋の服も勝手に捨ててた。仕事は真面目なのかもしれないけど、家ではすげー身勝手兄貴だよ。でも、母は、兄を怒らず、なぜか下からでてなだめ、後々で私に愚痴をこぼすのさ。兄に殴られて骨折とかしたらやじゃん。

でも我慢ならない私が、兄に反論しようか、というんだけど、母は、それはやめろお前が殴られるから、と言って とめるんだ。

また、朝と夜は、私から兄に挨拶してやってくれ、とか、私からしかけてやってくれだとか、母は私に変な協力を強いる。兄が糖質寸前だか知らねーが、私は兄が昔から嫌いなので、それには応じることができない。

祖母叔父のことをすげー大事にしていたみたいだけど、私からしたら、母も兄のことをすげー大事にしているように見える。そして、母は私が一番末っ子立場が下だからといって強い物言い喧嘩腰で来たりするんだ。祖母叔父、兄にはそんなことしないくせに。母も性格が悪いと思う。私はなんなんだろう、サンドバッグかなにかか。一人暮らしをやめて実家に戻ったのが、やっぱりだめだったかな。そりゃ、だめか。世間的にも、アラサー独身で、仕事いまいちな、おばさんだもの。痛いよね。

めし食べてたら、母が「おにいちゃんには●●やるけど、てめえ(私の事)、うらやましがるんじゃねえぞ」って言ってきたの。私、なんにも話してないのに。母よ、なんで、そんなに喧嘩腰なの? 自分が兄から何か言われた時は私に愚痴るくせに。なんなの??ほんと、おまえらなんなの?私、家にいちゃだめですか。

ぐちゃぐちゃ書いて、ごめん。

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