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はてなキーワード: 方便とは

2021-05-01

anond:20210501105415

年寄りを守るための医者方便だよ

若い人は全然死んでません

超過死亡も全く出てません

自称医療崩壊でも超過死亡はむしろ減少傾向です

2021-04-26

https://anond.hatelabo.jp/20210423230621

Vivyは、話を盛り上げるための不自然事件や行動や言動が多くて、自分には合わなかった

たとえばヒロインも含めたAIが、合理的な行動よりも、感情的な行動や言動に動くことが多いため、

素早く判断し行動すべき部分でも、妙に感情が先行することが多く、話のテンポが悪くなり行動や

言動イライラさせられる場面が多い (もっと素早く行動しろよ!)

自分は、BEATLESSplanetarianは好きなのだけど、両者にそういったストレスは感じなかった

BEATLESSレイシアの場合は、超AI判断合理的で速いため、レイシアの行動が読めず、少し

後になってから、「そういうことだったのか...」と納得できるようなところにスピード感があり面白かった

planetarian場合は、AI技術がまだ未熟であるため、ところどころで不器用な反応が返ってくるようなところに、

子供のような無垢純真な部分を感じさせられる点が魅力だと思う

Vivyの場合は、人型AIが妙に人間くさく合理性を欠き、言動全体が湿っぽく感情的なのが不自然

そもそもAIに反対するテロリスト存在からして、説得力が欠けていると思う

AI危険性を論理的に納得させる部分が無いし、集団武装し様々な施設を襲うのでは、

AIでなく人間管理しているシステムだって、同様にシステムの脆さを露呈するはずなんだよね

そういう意味では、暴力に訴えたAI批判というものが嘘くさいし、アクションを見せるためだけの方便しか見えなかったりする点が、どうも自分には安っぽく見えてしま

AIの危うさを世間に知らしめたいのなら、もっとシンプル頭脳戦でシステム盲点を突いて見せな

いと、世の中の人々は危機感を覚えないと思う

ストーリーがお涙頂戴の方に傾きすぎていて、AIかわいそうってだけで、AIについて論理的に考える部分が少ない感じがするんだよね

2021-04-25

anond:20210425105132

1日スタッフという方便、万能感がある。ライブサウンドチェック要員として参加しよう。

2021-04-24

「人としてどうか」と、人をジャッジするフェミニスト

id:Dr-Seton の以下の記事について

https://dr-seton.hatenablog.com/entry/2021/04/23/222208

フェミニストは、外形的な要素(収入容姿、年齢など)で格付けせず、「人としてどうか」で判断しているから正しいって言ってるんですけど、マジでアホかと思う。

この「人としてどうか」という判断が、実質的に、コミュ力、発達、容姿収入等の諸要素を変数として、ブラックボックス化した中学校内申点のようなものになってるわけでしょ?

それとも「フェミニスト判断は公正公平だ」と強弁するの? そんな無茶な方便に騙されると思ってるの?

外形的な、収入多寡容姿で選んで、それを堂々と言うのは、クソだけど正直なだけマシ。

しろ、それを「人としてどうか」のような全人格価値問題すり替えて、実質的に人を格付けしているのがミエミエだから猛反発されるんだよ。

2021-04-22

ただ、一つだけ問題は残る。

それは「反緊縮」をめぐる問題だ。

著者も指摘するとおり、「反緊縮」は、基本的に「資本主義経済」の枠中での発想であり、それが「反緊縮の限界である

具体的に言えば、「反緊縮」の論客は「弱者を救うためには、緊縮経済政策ではなく、逆にもっとお金を刷り、そのお金福祉インフラ整備などに投入し、経済好転させることが必要だ」と訴えるのだが、問題はこの「もっとお金を刷って」の部分だ。

「反緊縮」に反対する「緊縮」派は「それでは借金が増えて、経済の不健全さが進み、いずれ経済恐慌という破綻を来す」と危惧する。

しかし「反緊縮」派は「大丈夫だ。日銀などの国立中央銀行は、実質的国家の一部なのだからお金いくら刷っても、その借金は、いざとなれば帳消しにできる。返す必要がないものにできるのだ。無論、無闇に刷れば良いというのではない。必要なところに必要なだけ、お金を刷って回せば、おのずと経済好転して、利益を生むのだから債務過剰を恐れすぎる必要はない」と説明する。

まりお金の交換価値担保していない現在経済システムにおいては、国家は「お金を、魔法のようにをパッと生み出す」ことができるし、それは「他人から借金(必ず返さなければならない借金)」とは違い、「夫が妻から借金するようなもの」だと言うのである

一一だが、これは本当だろうか?

私は、この点について、ずっと腑に落ちなかったのだが、本書を読んで、なぜ国家は「お金魔法のようにパッと生み出す」ことができるのか、その理由がわかったように思う。

要は、「資本主義経済下における国家の中」では、実際それは可能なのだが、じつはその「債務による資本主義経済振興策としての債務」というのは、「外部に、資本主義経済を強いることで担保されるもの」だ、ということだったのである。つまり、やはり「担保」は存在し、その担保は「外部化」されていたからこそ、一見したところ「お金を、魔法のようにをパッと生み出す」ことができた(ように見えた)のだ。

したがって「反緊縮」は、「地球規模の環境破壊」には対応できないのである

言い変えれば、「反緊縮」の論客が、「お金を生み出す、魔法の種」の説明をしないのは、そのことを知っているかなのだ

彼らは「目の前の、困窮している弱者」を救うために、その代価を「目の前にいない、遠くで困窮している弱者や、未来の人たち」に転嫁しているのである

まり、本書の「資本主義を廃棄せよ」という提案において、残されてしまう難問とは、「目の前の困窮者を救う」には、「資本主義を捨てよ」というような、若干、気の長い話は通用しない、ということなのだ。

しかに「目の前の、困窮している弱者」を救うために、その代価を「目の前にいない、遠くで困窮している弱者や、未来の人たち」に転嫁する、というのは、ある種の「欺瞞」であり「転倒」ではあろう。

しかし、それなら、心を鬼にして「目の前の、困窮している弱者」を救うのは断念し「人類全体の救済を優先しよう」という選択が正しいのか?

たぶん、その方が賢明ではあろうけれども、それは「目の前の、困窮している弱者」を捨ておけない人には、無理な注文でしかない。これは「トロッコジレンマ」なのである

無論、著者は、「反緊縮」そのものに、反対してはいない。むしろ、それによって「目の前の、困窮している弱者」を救うことの必要性は認めているが、その一方で「反緊縮」論者の「欺瞞」を批判してもいる。

だが、この「欺瞞」なくしては、「目の前の、困窮している弱者」は救えないのだ。

要するに、著者の主張は「人類未来を救うためには、資本主義は廃棄されなければならない。その意味では、それを前提とする反緊縮だけでは不十分なので、反緊縮的経済政策による目の前の弱者救済を進めつつ、最終的には資本主義経済の完全廃棄を進めなければならない」というものだろう。

これは、理屈としては正しいのだけれども、しかし、現に「反緊縮」を進めるためには、「国民の支持」が無ければ実現不可能だ、という「現実的難問」が立ち塞がっている。

からこそ、「反緊縮」の論者たちは「資本主義経済振興策としての債務というのは、外部に資本主義経済を強いることで担保されるものだ」などとは、口が裂けても言えないし、ましてや「最終的には、資本主義は廃棄されなければならない」なんてことは言えないのだ。当面、それでは「選挙に勝てない」からである

まり、「目の前の、困窮している弱者」を救うためには「あくまでも資本主義の枠内での、反緊縮で大丈夫」という「嘘」メッセージを伝えなければならない。

言うまでもなく、これは「好きでついている嘘ではない」のだが、それを「嘘」だと批難されたのでは、彼らも立つ瀬がないだろう。

から問題は、「方便としての嘘」をついてでも「目の前の、困窮している弱者」を救いつつ、最終的には「資本主義の廃棄」を目指す、という「二正面作戦」を採らざるを得ないのではないか

しかし、ここでも問題になるのは、この「二正面作戦」で、はたして「間に合うのか?」ということなである

2021-04-21

尊敬するとか感謝するって、軽いよな

感謝の気持を伝えるのは人によって様々だけど、単に方便なことが殆どで軽い連中ばかりだ。

他人にするのはどうでもいい。だけど自分の関わってるジャンル部門に対して、「あれに携わった人たちには感謝している」なんて言われるのはむず痒いし、そんな軽い言葉を投げられたほうはたまらない。気持ちわりーと思う。

その言葉の裏には「感謝の気持くらいありがたくうけとってけ」という恩着せがましさがにじみ出ていると常々思う。

そんな言葉、こっちに来たら二度と吐けないんだよ。ようは外から見て傍観しているだけで、一緒に戦おうという姿勢も感じない。サッカーで言えばサポーターではなく、サンデーモーニング解説者並みの部外者がわーわー言ってるようにしか思えないんだ。

anond:20210421163429

ファッションや嘘や誤魔化しをしたら女が手に入る」という幻想を維持し続けるために「ファッション低俗」「嘘や方便は不誠実」って態度を取り続けるしか無い

2021-04-11

フォローが突然フェミニスト化したので切った

他には差別は良くないだの言ってるんだけど、人間はもともと生来ルッキズム的な動物であって、選択してきたか恐竜に食われずに生き残れたんだよ。選択するってことはすなわち差別するってことを含んでて、それはあんたが俺をフォローせずに無視したように必ず発生する。いいんだよ、だってあんたは俺より人気者だしそんなことでいちいち傷つきはしない。万単位フォロワーを抱えるなら当たり前のことだ。しか差別は良くないと言うなら話は別だろう。差別しないなら万人は愚か万物と等しく自分位置を置かなくてはならない。それが本当の差がないということであり、選択して切り捨てないということだから

左派リベラルの多くはこの切り捨てないという発想に自己矛盾を抱えている。だからリベラルなんて方便としてしか機能しない。人間はもともと差別的で救いようがない糞便のようなものだし、それは差別しないという発想を持ってしても糞便と等しく存在しているという意味では似たようなところがある。

この人は間違いなくこれからも人を選び続けるだろうし、きついものからは目を背け続けると思う。差別しないなんてスローガンを掲げるやつはおしなべて差別的だから

2021-04-08

anond:20210408075314

そういうのってもっとみんな剥き出しにしてもいいと思うんだよね

男性だって残ってる下駄を最大限活用したらいいし

老人だって現在社会的優位を最大限活用して逃げ切りを目指してもいい

公正と平等とか相互扶助だとか未来の為だとかは、個人的損得の綱引きゲームの為の建前や方便しかない

2021-04-07

から言われた何かの方便だろうなという言葉真剣に受け止めてる人を見ると胸が苦しくなる

2021-04-04

元Googlerの謝罪文のまずい点と教育者として言いたいこと

前提として、以下を読みました。

1. 元記事 https://nuc.hatenadiary.org/entry/2021/03/31

2. chokudaiさんの返信 https://chokudai.hatenablog.com/entry/2021/04/01/115755

3. nucさんの謝罪(?) https://nuc.hatenadiary.org/entry/2021/04/02

ふだんはインターネットのあれこれについてROM専ですが教育教育倫理に携わる者の端くれとして3の記事に対し、このような方が教育を大声でかたることの危険を感じたため筆をとった次第です。

教育者?

私は教員ソフトウェアエンジニアとして数社→公教育ではないとある教育機関で勤務、といった経歴にあり、大学で学ぶ程度の教育学と小中高領域教育に関しては多少通じています。ちなみに務めた会社Googleは含まれず、競技プログラミングについてはソフトウェアエンジニア時代ちょっとかじった程度で歴史コミュニティに詳しいわけではありません。

1の記事についても賛同異論含めていろいろあるのですが、そちらは各個論点についての意見が異なる程度の話ですので割愛します。なお、両者の知り合いでもないので通りすがりによるネット怪文書程度の位置づけで結構です。

謝罪文としてまずいと思うこと

いきなり教育の話から逸れて恐縮ですが、謝罪慣れしていない方がやりがちな失敗がいくつもあり、謝罪文として看過できない点をいくつか指摘します。

教育哲学児童心理などを学んだり活用する立場にある私にとって、トラブル対応謝罪について考え実践する機会は山程あるのでその経験から思ったことでもあります

相手のためを思ってやった

ちょくだいさんには、かなり感謝配慮をした文章を書いたつもりでした。

宣伝までしたくらいの気持ちでしたよ。

他人のためを思ってやったことが相手に対して失礼だったとき、傷つけたとわかったとき、「そんなつもりはなかった」と言い放つことがどれほどひどいことか、私は見てきました。

ハラスメントやそれらにまつわる謝罪で最も悪手の1つです。間違えた側にできるのは一切の言い訳なく謝ることです。

相手自分は違う人間から自分がしでかしてしまたことで相手をどれほど傷付けたのか、自分にはわからない。

から「これくらいの謝罪OKでしょ」なんていう自分基準相手に当てはまるとは限らない。大体の場合は当てはまらない。

https://note.com/tm88817/n/ne5025239f31a から私が肝要と思っている節を引用しました。

この文章タイトルに示されるような謝罪であるならば、この一点においてすでに重大な間違いを犯しています

余談ながら、謝罪本質中学生ぐらいの子どもにそのように教える機会があります経験上、成績がよく普段問題を起こさないが内実プライドが高く誤り慣れていない子どもは「そんなつもりはなかった」「相手勘違いした」といった言い訳をする傾向にあります。私の個人的体感ですので一般化はできませんが。

誤解した側が悪い

これについては、意図せず失礼なことを書いたとお詫びしたいと思うと同時に少し背景の説明本来意図をご説明させてください。

先述と同様です。失礼なことを書いたと自覚しているなら本来意図説明不要です。

背景と意図説明するのは「自分に過失がないと確信しており、誤解を解くために誠意を尽くす」場合です。過失が誰にもなくても誤解やすれ違いというのは生まれものですから、そのとき真摯に伝え直すのみです。

誤解した側が悪いという論法になっています

第三者を巻き込む

私は、このけんちょんさんのために仕方ないと思って記事を書いたのですよ。本当に面倒で書きたくなくて、他に書くものもあり、ツイッターで書こうかなと宣言して自分鼓舞までしたのに、2ヶ月以上かかりました。

nucさんがchokudaiさんを不快にさせる文章を書いたことについて謝るために、矛先を向けさせるような形で第三者を巻き込む必要もなければ、あなた事情説明する必要もありません。

また、自分鼓舞までして2ヶ月以上かけて書いた事実があったとして、謝罪を受けた側に何の意味があるでしょうか。過失を避けるように努力したのであれば法的にも情状酌量余地はありますが、「努力をしてやったことだから引き起こしたことの罪が軽くなる」、なんてことはないのではないでしょうか。

教育者として避けてもらいたいこと

言いたいことはたくさんあるのですが、「教育者として避けてもらいたいこと」に焦点を絞ります

結論だけ言うと、これだけの悪手を悪意なく行う人に、教育者として後進の育成に関わってほしくないと感じました。成功者だけでなく被害者が生み出されることを危惧しています。直接指導でなくとも、技術力を活かして別の形で関わって頂くこともできるのではないでしょうか。

自身常識他者常識と思いこむこと

そりゃそうじゃないですか、「競技プログラミングをする」という表現は当時はなくて、「プログラミングコンテストに出る」と言っていたわけです。だから競技プログラミングといえば、自分たちが大学生の頃の集まりを指すわけです。

発端となった1の記事では田舎初段といった言葉を用い、まさにそのことをご自身で説いておられたかと思うのです。

特に後者の「競技プログラミングといえば、自分たちが大学生の頃の集まりを指す」は少なくとも私にはまったく自明ではありません。ある程度客観性を持った事実なのかどうかを確認するためGoogleで「競技プログラミング」について検索をかけてもnucさんと同じ解釈を見つけることはできませんでした。

過度な一般

5歳くらい歳が離れると一部の言葉が通じなくなることがあるのは、少し前に「アンチ」という言葉で強く実感したことがあります。これもそうなのでしょう。

唐突に、。穿った見方をすれば、今回のコミュニケーションの失敗の原因を年齢差に帰しており、自身には過失がないといった主張に読み取れます

歳が離れると一部の言葉が通じなくなることは、年の離れた相手教育に携わっていればどうやってもわかることです。

ですがこれを理由にしてこちから対話を閉じたり、「言ってもわからないだろう」といった態度をとるような方に教育を声高に語っていただきなくないです。

自分とは異なる環境にあり、関わらないであろう人間への想像力の欠如

Google 入社は、えらくもないし、すごくもないし、むずかしくもない」と我々は心から思い、言い続けています

私がかつてドラゴン桜に対して抱いた印象を思い起こさせます東大に入るのは「かんたん」、かんたんには但し書きのカッコが付きます

ただし適切な素地があり適切な対策を十分かつ継続的に行えた場合、です。場合によっては家庭からの適切なサポート障害ハンディキャップを持っていないこと、も条件に含まれます

1の記事で以下のように述べられており、大学院に行くことが人生選択肢にない人の存在にショックを受けたとありますが、そのときに培われた想像力を今一度働かせて頂ければと思うのです。

まさか戦後まれ大学院に行くことが人生選択肢にないことがあるとは思わなかったので、私は本当にショックでした。30を過ぎるまでこれにまったく気が付かなかった自分自身への怒りで、視界がおかしくなっていました。

自分が関わるであろう人間への想像力の欠如

とある医学部教授から「読んだよー。文章はいいけど、お前が卒業生をひょいひょい適当エンジニアにすると教授会で問題になることがあるから、するんだったら出来の悪いのにしてよね。いいね。ほんと頼むよ。特にそこにいる生徒会長みたいなのはめだから。」ということなので、今後は、あらかじめ「出来が悪いかを問い合わせる」約束をしてきました。

ちょっとした怒りが湧きました。

今後nucさんに面接対策を依頼し、OKをもらえた学生医学部教授が出来が悪いと認定した医学部生になる、ということとなります

このような文書を公開し、残し続ける限り、nucさんの生徒・元生徒が目にする可能性があります

教え始める前にせよ後にせよ、もし私がnucさんの生徒としてこの一文を見たらと思うと激しい動悸がします。

この一文をどんな思惑があって追加したのかわかりませんが「諸事情により今後は医学部生の生徒を取ることを控える可能性がある」程度で良かったのでは。

狭量な教育論をバズるための方便として利用すること

「かわいそうなことに、りりあんさんは、いかれた3人の模擬面接官が今まで何をやっていたんだと慌てふためいたことにより、2週間のリアルタイムアタックを宣告され、無理やりクリヤーさせられました。コスパがよかったですね。でも、こっちの胃までおかしくなるから真似しないでね。」で終わるのですが、これだけ書いてもぜんぜん広まらなさそうですよね。そこに、フィロソフィー教育関係問題意識の話を突っ込むとこうなります

1の記事における教育関係問題意識の話については首肯できる箇所もあり、志の高い方という印象を受け共感もありました。しかしながら1の記事で持ち込まれ教育関連の話が、自身記事を広めるための方便・道具であったことをここで暴露しておられます

自身教育論を手段として使われることは主張自体価値正当性毀損するものではないですが、3の謝罪文の端々にあらわれる不味さから教育を声高に語らせてはいけない方だという印象に修正されました。

特に教育一言に言っても指す領域は広いことを認識されておられない点。アカデミック領域についてはnucさんは私などより遥かに広く深い見識をお持ちなのだと思いますが、それが全てであるかのようには誤解されたまま教育問題バズるための方便として喧伝することは事実認識を歪めることにつながります

以上が教育関連で私が主張したいことです。

他にも読解に失敗している箇所や、知人であれば看過できない・諌めたい箇所も多々ありますがここまで。

結婚しなくてもバカにされない社会になったらいいね!」みたいなやつ

こういうの内心全然信じてないくせに、都合のいい時だけ都合よく口にするのやめませんかって、そう言いたいわけ

結局、モテない人間に何も与えたくないからそういう理屈をその場限りで持ち出してるだけで、ただの方便しかないじゃん?

本当にそう信じているのなら、お前の普段言動にも反映させなきゃ

他人容姿を誉めるのもダメ」っていうなら、他人結婚だって大げさに祝福してやることもない

そうやって結婚を持ち上げることが独身者へのプレッシャーになると考えられないのなら、最初からそんな理屈を持ち出そうとするな

それが嫌なら、せめてお前も「抑圧する社会の一員」という自覚を持て

anond:20210404011618

フェミニストの主張がただの自分わがままを通す方便しかないのを大半の女性はよくわかってるんだな

不当を是正する活動ならちゃんと支持されただろうに

2021-03-29

anond:20210326102403

結局は女が有利になるための方便しかないわな

2021-03-15

anond:20210314183940

これ釣りって見方も分かるしこの増田ガチで叩く人も多そうだけど、男が性的消費されることは男にとって身につまされるようなものではなく単なるカウンターのための方便だというのは確かにそうだと思う。やっぱり性的被害を受けた比率は男女で相当な差があるだろう。

2021-03-11

anond:20210311001510

論点ずらしとか、それは違うとか、あーいえばこういうね。

そろそろ具体的にアイディア出したらどう?

実際、なにもないから「女はー」って言ってるだけじゃん

結局、この話の本筋は生理という話題に噛みつきたいけど知識経験もないから雑に叩きたいってだけでしょ。ブレインストーミング方便

2021-03-10

anond:20210310165551

それが方便かどうかは関係ありません。今の人口では、持続可能社会の実現は不可能です。

anond:20210310165421

本当は人類のこともどうでもいいくせに。

それは単に価値観の変化を受け入れたくない人間方便でしょ。

2021-03-03

内心で嫌う自由差別助長する

anond:20210302093544

例えばLGBTへの上っ面の理解が深まったとする。

しかしそれは、LGBTを嫌いと口に出す自由がなかったからで実は内心ではLGBTをよく思ってない人が大勢いて、実際LGBT理解されていなった。

実際はまだ嫌われているのに理解が深まったと思い込んだLGBT政党を作り政治に殴り込む。

でも、内心ではまだ嫌われているか選挙惨敗

そのとき有権者は、口では理解を示していたけどやっぱみんな嫌いだったんだと思い出す。

そして内心の嫌いが増幅される。

そういうこともあり、ある人事がLGBTを内心で嫌うようになったとする。

世間ではLGBT理解が深まったように見えているので、履歴書性別欄に男/女/ゲイ/レズ/…と表記されるようになった。(ここは性別書かなくていいと議論もあるがとりあえず仮定

その人事はLGBTから採用しないと言うことはできない代わりに、LGBT不採用にできる理由を探し始める。

表に出ないけど、LGBTマイナスからスタートを強いられるようになり、LGBT告白すると何故か採用率が低下することになる。

アファーマティブアクション採用するようにすればいいかもしれない。

でも、内心で嫌われている職場仕事をすることは、私個人としては想像するだけで胃が痛くなってくる。

そうなると表の世界ではこんなに受け入れられているのに、実際は相変わらず差別されている状況が続いて溝が深まるばかりだ。

結局、内心で嫌う自由は上っ面の世界を綺麗に見せたいけど差別することは許してほしい人の方便で、マイノリティの苦しみを解決するものではない。

そしてタチが悪いのは、内心は見えないので誰も内心の差別心を諌めることができないことだ。

結果差別心は際限なく助長される。

内心で嫌う自由を認めてほしいと言っている人たちは(マイノリティに)理解のあるマジョリティ君として見られたいとしか言っておらず、マイノリティを救いたいとは一言も言っていない。

マイノリティを救うには、やはり内心で嫌う自由すら許してはいけないことになる。

ただ、人を嫌ってしまうのは人間Sagaだ。

元増田もそのSaga理解しているから内心で嫌う自由を許容したいんだろうけど、前述の通りそれは何も解決していない)

私はそこは嫌い方の問題だと思っている。

人間個性は複雑な関係性で成り立っている。

見た目、信条政治思想性的指向趣味知識

その複雑な関係性を紐解いて評価した結果として、当人(≠属性)を嫌うことは許されることにすればいいと思う。

レッテルステレオタイプだけで嫌いと言うのをやめようと言うことだ。

ただ、各々が今までレッテルステレオタイプで人を判断することで効率化してきた人間関係に莫大なリソースをかける必要性が発生する。

そこは課題だと思っているが、差別を無くすためにはそれしかないと思っている。

2021-02-26

anond:20210226102600

病んだ家族ゴミ屋敷にしたり、病みを加速させそうなインテリアにしようとしてるのを「風水的によくないから」って方便で止めた時は便利だと思ったよ

2021-02-24

anond:20210224181822

それは議論を逸らしたいが故の方便であってウイグルを本気で心配してるわけじゃないだろ

anond:20210224155013

まあそれは少しわかるな。

方便ってやつだと思うんだが、でも言い続けているうちにそれが真となってしまう危うさもあると思う。

2021-02-02

anond:20210202070935

そうやって周りに割を食わせている訳ですよね

ご自慢の方便も程々と言う単語

覚える時があると

良さそうなもんですけどね

2021-02-01

anond:20210201012828

すくなくとも、声をかけてくれた人は、善意好意で声をかけているみたいだよ。

コーヒーを淹れる事」はきっかけ(声掛けの方便)にすぎず、

声をかけられた対象を「どうしたのかな?自分でなにかしてあげられるかな」って思ってる。

そのあたたかさを、「いや、いい。」は少し冷たい印象。

声をかけてくれた人に対しての「ありがとう」は、あると嬉しいものだとは考えますけど、

それが声掛けして貰った人が「心から」気にしてくれてありがとうならいいなって思います

でも、増田さんのような考えの方もいらっしゃるんだなぁと思うと、

怖いです。純粋心配や、善意なのに。声掛けもしないほうがいいのかな。

2021-01-18

anond:20210118023921

家庭の事情も時給上げて欲しいも方便で、別の理由があるんじゃない?

上司いくら頑張ったって部下は辞めたくなったら辞めるものなんだから、あまり大事にし過ぎるものではないよ。

コンプラ違反しない程度に、ほどほどに。

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