「ありさ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ありさとは

2021-05-08

IHMEによると日本コロナ死者はすでに10万人超だって

https://www.asahi.com/and_M/pressrelease/pre_27401410/

IHME(ワシントン大学医学部保健指標評価研究所)によるコロナ死者数計である

世界的に過少報告されているが、とりわけ日本はひどいね

公表値1万人死亡 → 実際は10万人超 というありさま。

公表値の10倍も差がある国は日本のほかにカザフスタンだけだよ。

こうしてみると「日本欧米に比べ死者少ない、うまくやれてる」の嘘があきらかだね。

統計ガバガバすぎて死者数がごまかされていただけ。

自民党政権から当然と言えば当然だが、さすがにここまでひどいとは思ってなかった。

なお、このままいくと9/1までに20万人が死ぬ模様。

https://covid19.healthdata.org/japan?view=cumulative-deaths&tab=trend

anond:20210508144942

精神的に多少参っていたところはあったと思う。

当時の父は、時勢にのまれるように失業して、私が家を出るまで再就職に至れなかった。

母の実家(ひいては親族)との不仲も、失業に起因するものだったと、母の母(祖母から聞かされた。

自身実家との問題は、今になっても詳細を知らされないが、孫の私たちまで泥棒罵倒されるありさまだったので、同様の原因があるのではないか

いわゆる大人問題を、子供だった私と弟は気づかないまま暮らしていた。

気づかせなかったことを思えば、父も母も依然として最悪の保護者ではなかったのかもしれない。

とはいえ、家父長制信仰以前の父は、私にとってはむしろ理解者だった。

母は私の趣味否定さえしたが(奪うこともしなかったが)、父は肯定してそのうえ与えてくれる人だった。

そういう人が、急に私を否定するような思想に目覚めて、趣味まで否定するようになったことは、衝撃的で辛いことだったのだなと、こうして書いてみて初めて自覚した。

多少の整理と引き換えにしても、地元に戻ろうという気にはなれないけれど。

うへえ、長々と失礼。

2021-04-08

【続き】ポケモンGo規約ブラック校則と同じでは?

ちょっと長くなったので追記


サッカーとかラグビールールに例えている人たちがいるのですけど、完全にドツボにハマっている感じですね。なんでサッカールール否定していると思ったんですか?サッカーよりラグビーが優れているとか、そういうことでもないんですよ?

そもそも違反行為を推奨はしていないんですよ。ポケゴーにとっては複アカも共有もカジュアルプレイスタイルの一つに定着しているだけって話です。それをTwitterとかグループ内で犯罪者みたいに晒し上げたり、レイドの際に声掛けして注意するのは大人げないし、ブラック校則を推奨している人みたいだ、と言いたいだけです。そしてカジュアルプレイとして楽しめるものを、禁止事項にする理由がどこにもないのが問題だってことです。

ポケゴーは他のゲームより不正に寛容な文化があり、ルール厳格化するスポーツとは比較に出来ない


ポケモンGOを見ていればわかりますが、駅前公園とかのレイド、以前の横浜イベント台湾の有名おじいちゃんもそうですが、ポケゴートレーナー大勢の人の前で正々堂々と不正を行っています位置偽装に関しても田舎の方では示し合わせたかのように、あるいは計画的レイドに偽装アカが参戦しているのが常態化しています。オートキャッチなんて持ってないほうがおかしありさまです。また、複アカの中でも単なる倉庫家族の共有だったりするともっと敷居が下がり、メインをきちんと持っているならサブもいいんじゃない?という感じです。

サッカーの話に戻りますが、サッカーで足ではなく手を使うべきという人は本当にいるのでしょうか?サッカーをしている人が「よし、今日は俺手を使うか」と堂々と言うでしょうか?みんなが観戦するイベントでも練習試合でもです。ラグビー相手選手意図的に気絶させたり、野球審判をその場で買収したりするでしょうか?

しませんよね。それにそんなことをすれば観客や他の選手が苦情を言います

サッカーラグビーには歴史文化があり、長い年月で様々なルールの変更があったわけです。禁止事項の増減やボールの形も初期と現在全然違います。そんな歴史あるスポーツの中でわがままを言うのは馬鹿げていますスポーツはみんなが一つのルールの中で公平に行うから成り立ちます


でもポケゴーはある程度隠れているとはいえ、ある種公然不正が行われています。ポケゴーは個人ゲームですし、個人コレクションを楽しむものからです。スポーツなんかと比べられません。Twitterで複アカ公言している人がどれほど多いことか。確かに不正を行うことを良しとしないチームやグループ存在します。そういうのはある程度公になっているFacebookグループなどですね。でも、そういう場所にすら複アカ・共有アカは沢山存在します。自分のいたところなんて、「アカウントを沢山持たないといけない人にも配慮しよう」という言葉普通に発せられているんです。

ポケゴーにとって、不正行為スポーツルールを破るようなものとは別次元です。違反行為とされるのは単に厳格なルールのもとで行われるときのもので、日常生活ガチでやらないといけない部分、あるいは田舎などの人を集めづらかったりする部分ではちょっとしたルール違反大目に見る傾向です。ちょうど、交差点のない道路で爆走している車のような感じ。制限速度60kmをちょっと超えてもそんなに気にされないし、誰も見ていないならほぼ無害だという認識です。

だって楽しく遊びたいものです。

レイドに参加している人が複アカだったり偽装アカでも、それを注意するくらいならみんなで楽しくポケモンゲットしたほうがいい。そもそも多くのツールBotによって成り立っているんだからツール使っている人は偽装アカ公然と認めているわけです。自分の見えない部分なら違反してもいいというなら、ひどい話です。

サッカーだって、チームの人数が足りなかったら相手チームから人を借りたり、審判がいないかハンド大目に見ることだってあります。大きな大会とかでない練習試合カジュアルな場面なら、決してそういうのはことは珍しくないし、そこに公式ルールを持ち込んでもデメリットしかなりません。

結局、ブコメの人だって倉庫アカならOK」と言ってるくらいだから、ポケゴーの規約違反ってそんなに突飛なことじゃないんですよ。

ポケゴーは複アカ・共有アカ槍玉に上がるけど、なぜ?


ポケゴーは位置情報ゲームからGPS操作する位置偽装が駄目という理屈はある程度通じます。でも複アカとか共有アカって何が悪いんですかね?ポケゴーは1人で集めるのが基本ですし、複アカで集めたポケモンと単アカで集めたポケモンのどこに違いがあるのでしょうか?

なんで自分がこういうことをいうのか

それは複アカポケモンGoでやたら声高に憎まれいるからですよ。他のゲームでそれを指摘する人はめったにイないけど、なぜなのかポケゴーでは複アカが目の敵にされる。こんなにも多くの人が複アカ・共有アカプレイしている現状なのに。これってポケゴー特有事情があるせいだと思うんですが、どの人からも「ポケゴーで複アカ・共有アカがだめな理由や単アカである必要性」が明確にされていない。某山田氏に関しても、限定的なら複アカOKだと公言しているくらいだから、実際のところ本当にだめな理由なんてどこにもないんじゃないでしょうか?

声の大きな人がいるだけで、他のゲームのように悲惨チートには当たらないんじゃないでしょうか?

サッカーなら、その歴史や経緯を勉強すればいい。だけどポケゴーは最初からそういうのが存在しない。実際にその場所に行くことが大事、という理由では複アカとかを否定はできませんよね?

たとえ違反でもメリットが多いからやる人はいる。田舎では人が居ないしポケストも少ない。やるべきというより、そうしなければならない状況ってあるんです。

でも、できればみんな違反行為なんてやりたくないです。だからこそ、その現況を作っている今のゲーム環境改善と、この不透明規約を変だという声は必要なんです。

ルールに書いてあるから守るべき、という固定観念しかない人が自治厨になっているだけ。そんな気がします。まさにブラック校則

anond:20210406221022

2021-04-06

ゲーム機ぶっ壊す親の息子(私の兄)が精神障害者施設に入った話

ちょっと前、子供ゲームに夢中になりすぎてルールを破るから、そのゲーム機を子供の前でぶっ壊すことを誇らしげに書いた新聞記事があった。

ああ、うちの親と同じことしてるな〜とその時は思ったが、私の感覚でいうとそれは虐待で、いつかきっと大人になってから、その傷はなにかしらの結果をもたらすんだろうなとなんとなく思っていた。

思っていたが……まさか、兄が統合失調症からの躁鬱、そして障害者施設行きになるとは想像もしていなかった。

子供の頃のことで覚えているのは、父の怒鳴り声、兄を吹き飛ばすようにぶんなぐる姿。

それが生死に関わるようだったら児童相談所の出番かもしれないけれども、数ヶ月に1〜2回ぐらいだと見逃されがちだ。

父の機嫌がよいときは、そこまでひどいことはないのだ。

から私も、子供心に「時々怖いことあるけど、これがふつーなんだ」と思ってきた。

でもあれは虐待だったのだ。

そしてゲーム機の話である。「しつけのため。お前の将来のためなんだ。お前のためを思ってやってるんだ」と言って、父親は泣き叫ぶ兄の目の前で、愛機のゲームをぶっ壊した。

父が去ってから部屋の中ですすりなく声、部屋の扉を裂ける寸前まで蹴る音などが聞こえてきて怖かったのを覚えている。

そして母親がそんな兄をかわいそうがって、何度も買い与えていたが、そのたびに「お前のためを思って」と父親がぶっ壊した。

結果、何が起こったか

兄はゲームをしなくなり、何もしなくなったのだ。

父親の前では「反省しました」と言っているものの、ぼんやりしていることが増えていったのだ。

父親にあれをしろ、これをしろと言われたらするものの、どこか中身のない感じで動いていたように思う。

そして父親の言われるままに医師になることを強く言われ、三浪してやっと私立医学部に入った。

なぜそんな父親の言いなりなんだ、と聞いたら、「別におれ、もうやりたいことねえもん」とぽつんと言っていたのを覚えている。

そうして大学生になった兄は、今までおとなしかったのが嘘のように凶暴になった。

怒鳴り散らし、ものを壊し、それでも父親の前では押し黙っている。

何にそんなにいらついているのかはわからないが、母親がその八つ当たり対象になった。

そもそも私立医学部に行かせるような家庭ではなかったのに、父親がどうしてもときかなかった。

案の定金策につまり、親戚中に借金をしてなんとか卒業にまでもっていくありさま。

絶対卒業しろいくらかけてると思ってるんだ」

そう言われた通りに、兄はなんとか卒業して医師になった。

医師になったとたん、兄は家族とはきっぱり縁をきった。

連絡先も住まいも教えず、家を出て数年。

いきなり警察署から電話がかかってきた。

おたくの息子さんが警察留置場にいる」

何をしたかといえば、車がびゅんびゅん通る車道自分の車をとめて、何か叫び散らしながらコンビニに行き、公衆電話(当時は設置されていた)で110番したのだそうだ。

「命を狙われている」

完全に統合失調症の症状だった。

警察官がかけつけた時、兄は電源のきれた携帯に向かって必死に何かをしゃべっていたそうだ。

そうして留置場でも「殺される!」と叫び散らし、強制入院となった。

この時、初めて家族は、兄の数年の有様を知ることができたのである

数百万の借金をして、ほうぼうから督促の電話がかかり、仕事にはろくにいかず、家はごみため状態

そもそも実家にいる時から家事掃除などは一切できなかったが、一人暮らししてもしなかったらしい。

玄関カップラーメンの汁が飛び散り、土足で入らなければならないほどの床のよごれよう。

家賃滞納。

入院後、見舞いの時は両親に対して「少し調子が悪かったんだ。病院入院するほどじゃない」などと気丈に言っていた。

兄は母親には八つ当たりするが、父親には決して逆らわなかった。

「早く退院してがんばれ」という父親に、兄は「うん」とうなずいただけだった。

そうして退院した兄は、自己破産をして一から医師をやり直した。

薬のせいで数十キロふえた兄は大学生のころの面影はなく、老けて五十代のようにも見えた。

そうしてまた兄は失踪した。

それが数年前。

そうして今年。

「俺、障害者施設に入ることにしたよ」と電話がかかってきたのだ。

躁鬱病の薬を飲みながらつとめていた病院は辞め、今は働いておらず家にじっとしているのだという。

「どうして」と母親は言った。「大事に守り育ててきたはずなのに」そう言って泣き崩れた。

彼女には虐待感覚はなかったんだろう。父親行為はしつけなのだと思っていたんだろう。

でも今ならわかる。あれは虐待だったのだ。

死ぬ寸前とかあざだらけとか、そういうもの保護され表沙汰になりやすいが、たとえば私の家のように、数ヶ月に1〜2回だったらどうだろうか?

虐待は恒常的に行われるものと、間欠的に行われるものがあることを知ってほしい。

そして間欠的に行われるもの死ぬこともなく保護されることもなく、深い傷をもって子供は成長し大人になるのだ。

ゲームをぶっ壊しただけでは精神に支障をきたすことはないかもしれない。

が、子供の大切に思ってるものをぶっ壊す、ような行為をするその家庭の教育の「方針」は、あらゆるところで子供の心を深く傷つけているんではないだろうか。

そうしてその心の傷は、数十年後、兄のように四十代に近くなってからあらわれることもあるのだ。

子供の頃、優しく活発で明るかった兄のことを思い出して泣いている。泣きながらこの日記を書いている。

言葉が溢れて止まらないという表現があるが、こんなに絶望失望し悲しい時に出るものなのだと初めて知った。

できることなら産まれ直したいが、そうもできない。

子供もつ親が、子供大事にしているものをぶっ壊すような教育方針でありませんように、世界のすべての親が、そうでありますように。

そう祈ることしかできない。

もし今、あなた子供を持つ親で、ゲーム機をぶっ壊すようなことをしていたら、この日記を読んで考えて欲しい。

あなた行為は、数十年後に結果として現れる。必ず。

障害者施設に入ったと聞いた父親の顔を見せてあげたい。

2021-03-26

anond:20210326112147

聖火リレー、規定超え121日 スポンサー意向、延期も変わらず | 毎日新聞

1年延期で簡素化を検討したが、スポンサー意向もあり、121日間の日程で全国1741市区町村の約半分にあたる859市区町村を巡る日程を維持した。

国外からの観客が来ない、というだけでもほっとしている。

これは恥以外の何物でもないのでね。

大きな社会的関心事であり、感染症対策を踏まえた対応必要なはずなのに、

スポンサー次第というありさまは、意思決定プロセスが適正ではない、という意味で極めて深刻だと思う。

2021-03-23

モンキーターンの城ヶ崎ありさちゃんは澄ちゃんのことが好きなの?

好きでしょ。

浜岡さんは和久井さんのこと好きなの?

好きでしょ。

これがモンキーターンの「読み方」なんだよなあ。

「浅い」君たちはもっと真剣に読むべき。

>洞口雄大

父親母親のことが大好き

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-03-18

anond:20210318184552

部屋の名義も私で私一人のみ住んでいることになっており、家賃の支払いも全て私、インターネット電気水道ガスの名義も費用も全て私。

家具家電もほぼ私の物という状況で、そもそも収入

年代の平均年収よりも割と高い金額を頂いている正社員の私と、

週1~2レベルバイトするフリーターというありさまで、私の方が先に出ていくというのがかなり難しい状況です。

いや、出て行くんじゃなくて引っ越せばいいでしょ? 自分が借りてる部屋なんだから

縁を切るつもりだったら温情感じなくていい状況だと思うよ

同棲相手同棲以前から私物勝手メルカリで売っていた

追記

予想以上に読まれているようで驚いていますありがとうございます

頂いたブコメトラバはあとでゆっくり読ませていただきますが、

私の書き方が悪かったようで一部誤読されて居られる方がいらっしゃるようなので補足させていただきますと、

私=男、同棲相手=女 です。

追記2※

起きたらますますまれていて驚きました。みなさまありがとうございます

昨日は増田で吐き出したからか、早い時間眠ることが出来ました。

これだけでも書いて良かったと思います

はてなは私を人間と認めてくれず、毎回の如くはてラボ人間性センターに飛ばされるのはストレスですが……)

いただいたご意見、ご提案ありがとうございます

多くて個別にお返しするのは難しいですがいくつかお返しします。

増田が引っ越せ

については、もともと追い出した後に自分も引っ越す予定でした。

ただ、今の物件原状回復等を考えた際に追い出してからの方が効率が良いと考えたのと、

私が引っ越しても相手居座り続けた場合にどういう扱いになるかわからなかったというのがあります

この物件は借りた当初から2人で暮らしておりましたが、契約時は入居人数を1人で契約しており、

それがバレた際のペナルティのようなものがどうなるのか想定出来ていません。

そこらへん併せて弁護士相談してみろっていうのはそうかもしれないです。ちょっと調べてみます

お金に関しても、同世代よりは稼いでいるとも思いますが、使う金額も多く、お恥ずかしながら多くあるわけではありません。

カードローンとかで借りることも考えてはいます。少し我慢すれば一気に返せるとは思うので。

また、物件最近オンライン内見出来ることは知ってますが、

自分の目できちんと内見して決めておきたいというのがあり、(正確に言うと壁を叩いておきたい)

その場合は長時間家を空けることになるので不安というのもあります

一応自分の部屋に工事無しで鍵をつけられるのを取り付けて鍵をかけられるようにはしたので、

部屋に入られる心配は余り無いと思ってはいますが、

共用部や2人の物置部屋として使っていた部屋の物等は現在でもかなり不安です。

来月中とか遅すぎる

これはその通りかと思います

まり会話をしたくないのですが、今月中に出ていくよう言いたいと思います

死ぬ死ぬ詐欺みたいなことをされるので、強く出れなかった部分もありますが、

私に迷惑をかけないなら死ぬも生きるも好きにしろ論法で行きたいと思います

相手の親に連絡して~~

相手の親との面識はありませんし、仮にあったとしても恐らくこの選択肢はありません。

というのも、相手父親には暴力振るわれて嫌と思ってるみたいですが、

母親にはべったりでよく2人で食事したり遠出したりしており、

今回の件も母親相談しているようです。

一昨日位の夜に夕食と酒を買いに行って、帰ってきてから洗面所で手を洗っていた際に相手から声をかけてきたのですが、

その際に言われたことは「私の母親がここに住むので名義変更みたいなこと出来ないか」です。

一切無視していましたが、親を含めてやばすぎるだろ…と思いました。

ですが、相手がどこまでをどのように親に伝えたのかは不明です。

しかしあのべったり具合を見ると、「メルカリで売ってるのバレちゃって出て行けって言われちゃった」的な感じで

説明してて、その上で「母親がここに住むから名義変更」とか言ってきてたとしてもなんら私の中に違和感はない程度には信用できないです。

なぜ最初に気づいた時点で縁切りしなかったのか

本文に書いたように、

・以前から私の推しのグッズをメルカリやグッズショップ安価で売っているのを見つけては購入して私に(タダで)くれていた

・私の推しを売るようなことはしていなかった

引っ越し時の箱にそのまま入れて眠らせていたようなグッズ類であることが多かったため、眠らせておくよりは…という意識もあった

というのもありますが、

家事等を率先してやってくれていて、かなり任せていた部分があった

・なんだかんだで一緒の生活は楽しかった

というのもあります

すごく怒っている気持ちは当然あるのですが、

では一緒に住んでいた期間はどうだったのか?と問われると間違いなくそれは楽しかったと言えるのです。

多分、恋人とか同棲とかそういうのを抜きにして、

「たまに一緒に出掛けるオタク友達」くらいの関係性だったらすごく良かったんじゃないかと思っています

追記2終わり※

ーーー

ちょっと精神状態よろしくないので変な文章が見られるかもしれません。

また、増田に書くのも初めてで、長文自体まり書く機会が無いため、乱文乱筆になるかもしれませんがお許しください。

心のやり場をどうすればいいのかアドバイスいただけないでしょうか。

お互いある程度好きなコンテンツが被るオタク同士だったので2年以上前同棲を始めました。

同棲相手メルカリヘビーユーザーで、売り・買い共に相当数行っているということは以前より知っていました。

ある時、ふとしたことから私の同棲前に集めたグッズがメルカリに出品されていることに気づきました。

ただ、私はこの時は特に相手咎めるようなことはしませんでした。

その理由として、以下のような理由がありました。

・以前から私の推しのグッズをメルカリやグッズショップ安価で売っているのを見つけては購入して私に(タダで)くれていた

・私の推しを売るようなことはしていなかった

引っ越し時の箱にそのまま入れて眠らせていたようなグッズ類であることが多かったため、眠らせておくよりは…という意識もあった

とはいえ、そのまま野放しというのもどうなのか…という意識もあったため、たまに思い出したかのように、

「私の私物メルカリ勝手に売ってるっしょ?」的なことを言うようにしていました。

それ以降売るのをやめるならやめるでそれで良し、「実は売ってました、ごめんなさい。」と言ってくるならそれはそれでよし、と思っていましたが、

「そんなことしてない」と言うだけで、特に辞める気配はありませんでした。

私も四六時中その相手メルカリページを見るようなことはしておらず、思い出したらチラ見するくらいのものでした。

ある時、とある物が無くなっていることに気づきました。

それはゲームセンターとある音楽ゲーム一定プレイすることでランダムで一つもらえる缶バッジで、

私の推しキャラを手に入れたくて3つ入手したものなのですが、推しが出なかったため自室の机の袖によけておいたものです。

同棲相手が私の推し缶バッジをどこからか入手してきて私にくれたので、その時に以前とった3枚は…と思い出して探したのです。

かに机の袖によけていたはずなのに、無くなっている…と気づいてすぐに、同棲相手に「ここに置いてあった缶バッジ知らない?」と声をかけたのですが、

「知らない」という言葉が返ってくるだけで、私も「どこか別のとこからフッと出てくるかも」という感じでその場は流したのですが、

ふと、「もしかしてメルカリに出品されているのでは?」と思いメルカリを見に行くと、案の定出品されていました。

「知らないって言ってたのに…」とかなりイラついて不機嫌にはなったのですが、

その時は出品者ページを余り詳しくは見ていませんでした。

が、その翌日再び見に行くと出品されていた缶バッジが消えており、過去のSOLDの物が目に入ってしまいました。

それはとある雑誌付録として付いているグッズ類で、私の推しではなかったもの推しと同じユニットメンバーのグッズです。

そして、それは頂き物でした。

頂いたのはもう5~6年程前のことで、当時関わっていたプロジェクトを離れることになった際の送別会の際に頂いたものです。

私はそのプロジェクトにいわゆる特定派遣で関わっていたのですが、その中の一部分野に詳しくなり過ぎた結果、私専任のようになってしまった分野の業務がありました。

ある時、「案件も増えつつあるのに一人しか出来ないようではまずい、チームを作ってチームで対応出来るようにしよう」という話が出て、私がそのチームのリーダーになり、同時に私の下につけられた人が居ました。

当時25くらいの私よりも恐らく年齢は10ほどは上で、私が高卒なのに対しその人は大卒、私が特定派遣なのに対してプロパー社員でした。

プロジェクトの参画時期とその分野の業務知識くらいしか当時私が勝っているようなものはありませんでした。

にもかかわらず、その人は私をリーダーとしてきちんと立ててくれ、ミスを指摘しても素直に謝ってくれる人でした。

チームリーダー的なことをするの自体が初めてだった私に対してさっとフォローしてくれるようなこともあり、

年齢や学歴やその他諸々が自分より下な私に対して内心で思うところは多々有ったのではないかと思うのですが、

少なくとも私には一切その素振りを見せたことが無い人でした。

豪快に話して豪快に笑うような人で、私は彼を気のいい兄ちゃんのように思い、そして尊敬していました。

そしてその人の前職は上記の「とある雑誌」を刊行している会社でした。

私は別にオタクであることを大っぴらに話はしないものの隠してもいなかったので、彼と雑談している際に前職の事を聞いてすごく驚き、色々聞いた覚えがあるのですが、

その際に「付録の余りとか貰えたりするぞ!」と言っておりすごく羨ましがったことがありました。

彼はその時の会話を覚えており、私がプロジェクトを離れる際に前職の友人に声をかけ、余りの付録を貰ってきてそれを私にくれたのでした。

お酒の席だったこともあり、

めっちゃ嬉しいけどこの中に推し居ないですwwwwwwww」

「じゃあ交換にでも使えwwwwwwww」

的な会話をしたのですが、結局その当時は交換は見つからず、そのままにしていました。

彼とはプロジェクトを離れた後も頻繁ではないですが、ちらほらやり取りがあり、また呑みにも行ったりしていたのですが、

私がプロジェクトを離れて約2年後くらいに交通事故で亡くなりました。

その話をプロジェクトの別の知り合い経由でしばらく経った頃くらいに聞いて、すごく悲しかったのですがその際に

「あの貰ったグッズもう交換に出せないな」と思ったことをよく覚えています

そしてそのグッズがメルカリに出品され、そしてSOLDになっていました。

私はすごく怒り、そして怒鳴り、その場で別れる旨と、家から今月とは言わないから来月中には出ていけということを伝えました。

その際に「メルカリに出品しているのに気づいてないと本気で思ってたのか?」ということを言い、相手は「もうしません」を繰り返していたのですが、

私の気持ちは完全に冷めており、関係を元通りにするのは絶対に無理と思っています

結局、来月中には出ていかせることにし、今現在は同じ家内に居てもほぼ会話をしない状態になっています

同棲相手厚顔無恥にもまるで何事も無かったかのように声をかけてくるのですが、一切無視しています

ただ、私の気持ちというのはこの同棲相手勝手に出品したことへの怒りは勿論あるのですが、

・なぜメルカリ私物が売られていることに気づいた時点で縁を切っておかなかったのか

とか、

・どうしてもっと頻繁にチェックして売られる前に気づけなかったのか

とか、

・どうして他のグッズと一緒の場所に保管して同棲相手に見えるようにしてしまったのか

等、後悔も多々湧いてきてこの気持ちをどうしていいのかわからなくなっています

私のこの気持ちをどこにぶつければ良いのかわからなくなってずっとぐるぐるしています

同棲相手が悪い。というのはあるのですが、上記のように後悔もあり、気持ちの全てをぶつけていいとは思えていないし、

恐らくその踏みとどまりは正しいことだと思うのです。

そのうち時が経てば風化するのではとも思っているのですが、現状は同棲相手存在を知覚する度に憤懣遣る方無いのです。

恐らく彼が生きていたのなら「あの貰ったグッズ、同棲相手メルカリ勝手に売られちゃいましたwwwwwwwwすみませんwwwwww」的な話を呑みの席でして、

彼も恐らく爆笑しながら「嘘だろwwwwwwwww」的な事を言い、根掘り葉掘りあったことを聞いてきて、すごく楽しい時間があったのだろうなと思うのです。

そして、なんだかんだでこのグッズが売られた件は許せていたのでは無いかと思うのです。

しかし、彼は居ないのでそうはなりません。

この気持ちをどうすればいいのかわからないのです。

まり頻繁にお酒を飲む方ではないのですが、最近はずっと夜になるとスーパーお酒を買ってきて飲んでいます

そして、大喜利ギャグアニメを見ながら笑っているのですが、布団に入ると眠れず朝5時頃みたいな状況です。

私の方が先に出ていけば……と思われるかもしれませんが、

部屋の名義も私で私一人のみ住んでいることになっており、家賃の支払いも全て私、インターネット電気水道ガスの名義も費用も全て私。

家具家電もほぼ私の物という状況で、そもそも収入

年代の平均年収よりも割と高い金額を頂いている正社員の私と、

週1~2レベルバイトするフリーターというありさまで、私の方が先に出ていくというのがかなり難しい状況です。

また、この件があってからはいつ私の物が盗られるかという不安もあり、ホテル等に一時的に出ていくというのもしたくありません。(現在コロナの影響でフルリモート勤務になってはいます仕事もあり、朝10時くらいから働いています

どなたか、この現状で、なにか心を落ち着かせる良い方法を教えていただけないでしょうか。

長文乱文失礼しました。ここまで読んでくださった方いらっしゃいましたらありがとうございました。

もしかしてガチャピンには知性をブーストする効果があるのでは?

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20210317235416

ウマ娘には全然興味なかったんだが、ガチャピンの人がすごいネチャァ……ってしたいやらしいコメントしてて「これほんとに同一人物乗っ取りでは?」と目を疑ってしまった。

muchonov 一生懸命正当化してるけど、勇壮表現の自由戦士たちがコンテンツホルダー意向には簡単にゴロニャンする構図は変わらない。好意多寡じゃなく、自分たちからオモチャを取り上げる権利を持つ相手に屈服してるだけ

ガチャピンアイコンやめた瞬間にこのありさなのは恐ろしい。

自分ガチャピンアイコンにしていいっすか?(著作権アウトー

2021-03-17

結局エヴァにさえ見捨てられてしまったおたく

エヴァが、おたく達へのメッセージとして結局、「普通にしてさえいればいいんだよ」ということしか言えなかったのが悲しい。そりゃ俺も、きっとほとんどの大人も、他に何も思いつかないわけで、だからこそおたくは、どうしようも無くおたくな訳だけど。

あんまり拗らせずに、ただ普通にしていればいい。普通にしていれば、普通力学がはたらいて、普通に周りの助けを借りて、あるべき所に収まることが出来る。心配しなくても、あなたの出番、あなたしか出来ない仕事というもの絶対にやって来る。それも、誰の目にも、もちろん、あなたの目にも明白な形で、やって来る。」っていうメッセージは、悩み一般テーマにした物語の結末としてはよくあるし、実際、ほとんどの”元・拗らせてた”大人は、そういう結論を通って、まともになったんだと思う。

うそういう結論しかエヴァを終わりに出来なかったって言うのも分かるし、庵野新劇場版を始めた意図全然違うところなのかもしれないけど、やっぱり26年おたくを待たせておいて、最後最後でいつもの「納得感」をフルスクリーンで叩きつける、っていうのもどうなんだろう。

アスカケンスケとのあれこれだっておたくを舐めているとしか思えない。アスカケンスケと過ごして居心地良いのは納得できるけど、ある一つの言葉アスカを救ったような描き方をするのは辞めて欲しい。エヴァは「人を劇的に救う、核心的な一言」みたいな安いドラマアンチテーゼではなかったのか。

安易な「この世界の片隅に」みたいな場面も、本当にエヴァでやる必要があったのか?どんな状況でもしたたかに暮らす人々の力(に触れたアヤナミ)でしかシンジを立ち直らせることは出来なかったのか?エヴァは「人をやがて救うのは、時の流れと日々の暮らし」みたいな、安いドラマアンチテーゼではなかったのか?

庵野、結局お前さえ結論を出せなかったせいで、おたくたちは今でも、どこで聞いてきた言葉なのだろうか、”他者の痛み”がどうだとか言ってエヴァを語っているぞ。おい見ろよ、「ガフの扉」だとか「ゴルゴダオブジェクト」だとかの話は凄く厳密に考察できるのに、心の問題になるといきなり、曖昧言葉でなんとなく語ることしか出来ないおたくありさまを。心の問題は、「絵コンテにはこう書いてある」だとか、「ウルトラマンオマージュだ」だとか、とにかく情報を集めていけば解明できるような事じゃなく、おたく自身がその”他者の痛み”とやらにしっかり向き合って、「普通に自分の心を見つめ直していかなければいけないのに、おたくはそれが分からないんだよ。そもそもシンジだって、そういう面倒臭い奴として描かれていたのに、結局、じゃあそんなシンジが(そしておたくが)どうすれば救われるか、庵野、お前にも、結局分からなくて、急遽シンジ一定時間黙らせて、それから人格シンジやらせることにしたんだろ。それであんなに、シンジの心の動きが追えないような造りになってしまったんだろ。庵野あんまりじゃないか庵野ほとんど前田真宏が作ったって言うのは本当なのか、庵野。本当にあれで、シンジシンジのまま救うことがないままで、いいのか庵野

2021-03-15

anond:20210315000925

多分あなたと俺では今までのやってきたことも年齢も食べてきたもの全然違うと思うけど

空腹で食べたい気持ちありさえすれば同じものを食べれば全く同じ感想になるってこと?

2021-03-09

Twitter仕様はてブに比べてクソ過ぎる

はてブだとブコメが秀逸でありさえすれば

お気に入られユーザーほとんどいなくてもスターがふんだんにもらえて露出の機会が増え

結果お気に入られの数が増えて承認欲求も満たせるのに

Twitterだとどれだけ秀逸なツイートをしてもフォローされていないと見られることすら無い

結果、フォロワーが多いユーザーうんこみたいなツイート

当たり障りのないところてんみたいなツイートリツイートされまくり

画面がうんこところてんだらけになるという地獄

はてブだと人気でもTwitterではイケてないブクマカも多分同じ苦しみに耐えてるのだろう

anond:20210309071320

なんでこんなありさまでも出産はするのかなあ

子供遺伝したら子供が酷いことになるのに

息子だったら元増田みたいに専業主婦にもなれないんだから地獄しか待ってないよ

2021-02-17

anond:20210217090931

公務員ってのが本当に公務員ありさえすればいいのか

あの会社は実質公務員!みたいなのが謎の基準で飛んでくるのかどうなのかがよくわからん

2021-02-16

anond:20210214192136

ローストビーフは宮のタレをのせる土台やで

ステーキは冷めると脂が白く固まって食えたもんじゃないが

ローストビーフコールドミート一種ありさめていてもあたためてもおいしい

さらローストビーフを他の台にのせてもうまい

リッツパーティみたいなもの

2021-02-04

、おい頭

、(片付けを念頭に置いた僕の場合)

実家を物置に利用する他(の手段は)無いと言うのは

、うるさいぞ

実家に引っ込む事態になるならその時に運び込むのがベストだろう

、(物についても)考える余裕が必要から実家に仮置きで思い出す作業もアリなのですよ

はいはいはいはい僕が悪うございました

、やる気が無いならどんなにごちゃついた部屋に居ようとも湿気のある無しぐらいは分かる体で居ようと思うのが優先課題なのですよ

風呂に入りわさわさしろと言うのかね

、そう言う事ですね

、寒さで干からびたくは無いんだろう

、爪切ろうよ

、そうですねそうですねそうですね

、いつになったら動くんだよこの体は

引きこもりフレンドリーなんで

、そう言うのは終わりにしましょう

フレンドリーですか引きこもりですか

、まあそう分けられると何が何だか

、訳ありさんらしくと呟いてください

、何回ですか

、好きなだけ呟こうず

、好きこそ物の上手なれ

、逆だろう嫌な物こそ掲げてスッキリしていくべきだ

、そう言うのは問題認識の都合に合わせて変化するのでスッキリしない物事と経時的に

、お前らは神の啓示を求めて居ます

、やめろ疫病神

コロナウイルスシリーズの事だね

、あれは疫病ですよ

コロナウイルスコロナウイルスシリーズです

コロナフレンドリーと言う訳か

、そう言う場合については緊急と言う名の暴力的支配……では無く

踊り子牧場と呟いてください

、ところで下さいって書くけれどどこに下ろすものなのですか

、支持点に下ろせばいい

、支持点……こりゃまた独特な

、独特と言うよりも堪忍袋の問答なのですよ

、今や我々は堪忍袋を鍛えて居るという訳だね

さぁさっぱり分かんね

、殴るよ

、殴れる距離に来た時にきちんとムカついた旨を話してからにすると言う条件つきならいいですよ

、じゃあ考えときます

はいよろしくお願いしま

、何問抱えてるんだよこの空間わよっ

シルベスター・スタローン

、ローンの話は気をつけろ

尻尾追っかけっこ楽し過ぎる

、楽しみってなんだったっけ

、鬱より躁がよろしい

、歩み寄りの話ならいつもしてる筈だけど

、お前は恋しているからそう思うんだよ

、いやぁ僕はこの世に恋してるだけですけど

、また誤魔化したね

、頭を放っておく場合じゃないってだけですけど

2021-01-17

電子ピアノのない時代の話。

電子ピアノが開発されてからというもの、すべてヘッドフォンで防音で練習するのが当たり前になってしまった。

しかし、私はその直前の世代である

結婚記念に、アップライトピアノを購入する家は多く、レッスンを受ける予定などないのにインテリアで買う家もあった。

私の家の近辺には、アップライトピアノの所持者が少なくとも、5世いたことになり、私はこの5世帯のピアノの音を聴きながら子供時代を送ることになった。

こんな田舎町ですらこのありさなのだから地方都市もっとすごかっただろう。

自転車で外に出れば、ピアノのある家は多かった。

グランドピアノの所持者は、やはり経済難なので極めてすくなかった。当然の話だが、ヴァイオリンチェロを弾く家はなかった。

そんな時代のある日。

夕方に、地方独立採算スーパーに出かける用があった。

そのスーパーを飛び出すと、当時好きだった女の子の、ピアノの音が聞こえる…

次の日。

「ねえ!昨日さ!これ練習してたでしょ」「してない」「してたでしょ」「してない!」

楽しい会話だった。

ピアノリサイタルを一切聞くことのできない田舎から、好きな女の子の弾くピアノの音が、遠くからぽろぽろと聞こえる。

こんな時代昭和だった。

2021-01-13

コロナ限界風俗嬢その後

お久しぶりです。

https://anond.hatelabo.jp/20200401035340

増田です。

みなさまのお陰様で無事に年を越しましたので、記念になにか書きたいと思います

上記の文をしたためたのは昨年志村けん氏がご逝去し、全国に緊急事態宣言が発令され世間が急速にピリピリとし出した時期でした。

当時はかなりのバッシングにひどく参っていましたが、それから厳に感染症対策をしながらも、常連お客様の厚いご支援とご信頼の元になんとかお仕事をいただいて、なんとか今日まで食いつなぐことが出来ました。

その期間でお陰様で体調を崩すことなく多少なりとも蓄財ができましたし、医療従事者様の懸命な活動と不幸にも感染してしまった方々の知見の蓄積により、万が一自分感染したとしてもなんとか、少し頭を下げれば生きて日常生活に戻れるのではないか?と希望を抱けるほどになりました。

もし万が一にでも陽性になってしまったら全財産身辺整理して首をくくるしかないと思っていた頃とは大違いです。

それに加え、追い詰められていた時期はかなり酷い幼少期のフラッシュバックに悩まされ、すれ違う人間すべてが憎く酒に溺れている間だけが正気と言うきつい鬱に苦しんでいたのですが、幸運にも相性のいい抗不安薬出会うことができ今はとても安らかな気持ち暮らしています

しか世界日本も私の住む街も、状況としては何も変わっていません。

私は相変わらず山間田舎町で春をひさいでその日暮らしをするアラサー限界女ですし、頼る所もない吹けば飛ぶような人生で、独り身でなるべく親族迷惑をかけない死に方をずっと考えているようなありさまです。

持病に慢性扁桃炎と逆流性食道炎気管支喘息肺炎の病歴がありますから、もし何かあれば真っ先に倒れて入院の準備をしてくれる身内も友人もいない人間です。

それでも、今私は幸せです。

ときどき目に入る人間すべてが憎くて、自分より恵まれ人間全員殺してやりたくなる日もありますが、そんな私に数十分数万円の価値を感じて、私と会うと元気になるよ、がんばれるよ、ありがとう、と言って、私の生活を支えてくれるお客様がいる限り頑張れます

とても健全じゃありませんが、友達も居らず恋人家族子供を望めない私にとってお客様は唯一無二です。

かけられた言葉は、一生の宝物です。

もちろん水商売ですからお客様にとって私は流れる水の一端でしかありませんが。

明日もご来店を心よりお待ち申し上げております

2021-01-11

トランプ支持者をツイッタージャパンに誘致しよう

アメリカトランプ支持者はSNSで居場所を失いつつある。

本国アメリカではTwitterはもちろん、極右御用達パーラーすら利用不可になるありさま。

でもツイッタージャパンなら、アンティファ陰謀論を振りまこうがナチズム礼賛しようがBANされない。

しろカウンターアカウントが凍結されるくらいで、国会議員だのの著名人トランプ陰謀論に加担してるありさま。

彼らにとっての約束の地であるわけだ。

ツイッタージャパンに真の自由があるといってアメリカトランプ支持者を誘致する。

こうすることでツイッタージャパン本国規約から離れて極右楽園になっている状況が世界的に明らかになる。

ここまでくれば本国ツイッタージャパンのやばさに気づいてなんか対応するでしょ。

かくしてツイッタージャパン正常化は実現する。

2021-01-09

何時でも女子に負かされるダメ男卒業のころ。

私はたまたま小学生対象珠算大会の某部門で6年の時に優勝してしまい、女子に大差をつけて負かされるジンクスは消えた。ただ、この時もきわどい勝負で、同着の2位は2人とも女子だったのをよく覚えている。

運が良かったことも幸いして、私はバス電車で出かけては、片っ端から楽譜を頭に入れていた。

ジェフスキーピアノ楽譜も出ている分だけは読んでいた気がする。ヴィオラ記号は悩むことがなかったが、オーケストラ楽譜を読むのはしんどく、3管編成で特殊管が出てくると即読めないといったありさまだった。「指揮者はすぐ読めるようにするんだよ」といわれても、しんどいことには変わりはない。

そのころの話である

当時の日本は埃をかぶったままの楽譜在庫が珍しくなかった。

ある鳥居の書いてある楽譜が目に留まった。

当時は楽譜の表紙にデザインを施すのが大流行りした。フランスだけではなくドイツ日本もその潮流に乗っていた。

一番デザイン流行らせていたのはLEDUCだった。

OLIVIER MESSIAEN SEPT HAÏKAÏと書いてあっても、当時の私はフランス語が読めないので何のことかわからない。

楽譜をめくると表紙の裏の値札に13800円と書いてあった。

なんでこんな薄い楽譜に13800円も払わなきゃいけないのか、小学6年ではわからないだろう。当然親は買ってくれなかった。

とにかく楽譜を開けるとびっくりである打楽器だろうがピアノだろうが、全部に右手左手指定がある。音符に比率を入れるのはこの楽譜で覚えた。

当時のメシアンは衰えていたとはいえ作曲術は健在で曲頭から数的秩序とシステムで一貫している。篳篥をまねたオーボエがあろうが、それは余技で、メシアン作品であることに変わりはなかった。

回想してみれば妙な音楽史をたどったものである。まだこの時点でスクリアビンはたった一曲知っているだけ。ベルクほとんど聴いていない。なのに、シェーンベルクメシアンは知っているのが今から考えても妙な話だ。

ロマンティシズムや強い感情表現小学6年で疑うようになってしまったのは、このあたりが原因なんだろうか。

音楽史通読するようになったのは、中学に上がってから

2021-01-07

ピザ食べ放題行こうとしたら

御覧のありさまだよ…

諦めて家でピザやいたよ!

2020-12-28

anond:20201228130505

自民党じゃなかったら北方領土問題拉致問題解決しなかったよ

コロナはひどいありさまだけど日本以外の国も感染者増え続けてるから特に自民無能という話ではない

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん