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2019-08-08

ムン政権韓国で支持されているのがよくわからないなんてことはない

安倍政権日本で支持されてる理由とほぼ同じだよ。

野党ダメダメでほかにマシな人がいないから。


Q:韓国野党は反北・親米新日でまともなのでは?

A: 30年前まで独裁政治をやってた軍の子孫みたいな奴らと、ナッツリターンみたいなこと平気でやる財閥連中とズブズブの奴らがまともだと?


Q: ムン政権より最悪な政権はないのでは?

A: 安倍政権より最悪な政権はないっていってる人もいっぱいいます


Q: あの北朝鮮宥和政策をするのはどう考えてもおかし

A: 徴兵制もある国で戦争危機感が強い国なので現実逃避に走ったり、あるいは1年でも戦争の誘発を遅らせられればなんでもいいという人も少なくない。


Q:経済が最悪なのに大統領を変えないのはおかし

A: 韓国ほどひどいとはいわんけど、アベノミクス最近はうまくいってないよ


Q:韓国野党や景気もよくないってムン政権擁護になってなくない?

A: 別に擁護したいわけじゃない。無理解はよくない。理解した上でやっぱり韓国最悪だなってなるのは自由だし、否定できないところもあると思う。

2018-12-29

韓国レーダー照射に関する整理

韓国政府の当初の主張

遭難した北朝鮮船舶を速やかに捜索するためにすべてのレーダーを稼働し、近隣上空を飛行していた日本海哨戒機にも照射することになった。

「全てのレーダー」には火器管制レーダーが含まれるので、火器管制レーダー日本海哨戒機照射したこと韓国日本で争いがない。そのうえで、人道上のためであるため、それは正当だ、と言っている。他の、危険な飛行とか、嘘をついたとか、無線の状況とかは、紳士協定違反ですらないので、今回は無視する。

火器管制レーダーに関する国際規則

CUES(洋上で不慮の遭遇をした場合行動基準)に規定がある。

2.8.1 (..)軍艦一般に以下のことを避けるべきである。1)火器管制レーダー等を用いて攻撃シミュレーションをすること

CUESは法的拘束力を有さず、国際民間航空条約の附属書や国際条約などに優越しない。動画を踏まえると、人道のために火器管制レーダー必要な状況であったとは思えないので、火器管制レーダー照射は「行動基準に反していて、望ましくない」行動となる。

まとめ

日本政府正式な抗議は妥当だとは思うけど、動画を公開するのはやりすぎだ、という防衛省の主張はわからなくもない。「攻撃シミュレーションではなくて人道のためなので正当であった」という主張は水掛け論にしかならなそうだし。

もし日本の主張が100%事実であっても、紳士協定違反程度のことで、毎日抗議を送るべきかは疑問が残る。実際に「銃口を向けるのと同じ」とかいセンセーショナル言葉があふれて日本人の感情は刺激されている。外国と争いをしているときに、指導者支持率が上がるのは古今東西共通だし。もちろん、相手を打ち殺しても正当防衛となるような、銃口を向けられたケースと、火器管制レーダー照射は全く違います紳士協定違反程度で軍艦を沈めてよいわけがない。

あと、「悪天候で波が高かったかレーダー使った」と過去韓国政府が主張していたという証拠は見つからなかった。(→たくさん教えてもらった)

追記

悪天候についてはすまんかった。なぜ見つからなかったんだろう。。。

>ここまで追い込まれ韓国側がどうやって挽回しようとするのかには興味がある。何しろからさまな嘘を山ほど付いてたのが映像反証されたという超弩級の大恥をかかされたんだし。どうするのかな?

一応友好国となっている国との交渉事で、相手メンツを完全につぶすのはよろしくないように思う。

紳士は嘘つかない

もし紳士の国イギリスが正直だったら世界もっと平和だったと思う。

>この件はあべぴょんだけじゃなくて韓国文政権にとっても有利に働くんかな。winwinだからええやん

負けるのは、敵対的隣国を受け継ぐ将来の日本人。

>こいつの家に馬の生首送ったりこいつの乗ってる車にあおり運転してどれぐらいで講義するのか見てみたい

馬の生首が来たら警察呼ぶ。あおり運転されたら路肩に寄ってやりすごす。

韓国側のメインの主張は「わざとじゃないから謝らない」で、わざとである確実な証拠が出てくる可能性は極めて低いか謝罪はないだろう。この議論を続けることの利得が明確に見えているのなら続ければ良い。

私には利得がよく見えない。

>整理すると言いつつ一番重要な事を抜くのは何なのか?国連安保理決議の一環として北朝鮮への瀬取り防止の警戒監視活動日本と共にオーストラリアカナダ哨戒機派遣して北朝鮮を封鎖してる現状

瀬取りに関しては憶測の域を出ない。

日本の対潜哨戒機(対艦兵装てんこ盛り)が先に低空接近していた事実も入れないとダメなのでは

規定違反なほど低空接近していた事実は把握していない。

2005年反日暴動や、ライアン・コネルでもそうだったけど、日本リベラルって「被害者攻撃する」が趣味なんですよね。「冷静に」と言えば正義と思ってる。元慰安婦には口が裂けても「冷静に」と言わないが。

日本リベラル日本政府の行動に口を出すのが特徴じゃないかなあ。

関係者筋話がこんなに悪質に機能するとは。軍・文官ともに、不満を持つ正体不明の筋が公式発表を歪ませる。ジャーナリズムが逆手に利用される敗北と、緊張状態の解けない実質休戦のせいでここまで拗らされた

ニュースには胡散臭いコメントたくさんあった。

>「どっちもどっち」とか「バカから」じゃなく明確なルール違反なんだけどな…

ルール違反だってことは明示したんだけどな・・・

>こういう風に理性的に振る舞い続けたからあのモンスターが出来上がったんやで。どこに何と言われようと躊躇無く経済制裁や。

今のモンスターは、人民解放軍の手先に比べたらだいぶましだと思うから制裁とかしないでなだめる派。少なくとも軍事的日本国土占領しようとしたりはしないだろう。

>百歩譲って公海上なら紳士協定かもしれないが、発生したのは日本EEZ海域ですよ。漁船そばに居たから救助だと判断出来たけど、無線封鎖して火器統制レーダー照射したら、手順は侵攻時と変わらないのでは。

一隻で侵攻してこないだろう。。。

投稿日付を思わずチェックしてしまった。

動画は見た。

>今から何日前ならこういう火消しが有効だったんだろう。

こういうコメントよく見るけど、誰が火消ししてると思ってるんだろう。誰かおちんぎんください。

無線で呼びかけたが無応答だった」「その後も事実関係すら認めない」

不誠実で不快常識に反しているけど、現状は、ゲルが言っているみたいに韓国政府内で不誠実で不快常識に反していることが起きていることを想定すべきで、そうなると日本側で世論が硬化するのは日本側の取れる手が縛られてよろしくないように思う。

韓国ルール違反きれいな違反日本の抗議は汚い抗議

韓国ルール違反に関しては何も言ってない。日本人だし、日本政府の行動にしか口を出していない。

日本韓国も互いを煽れば煽っただけ政権が得をする程度に国民バカからこういうわけのわからないことになる。

まじでそういう陰謀論を主張したくなるところだけど。

銃口を向けられたのと火器管制レーダで追尾されるのが違うって何が違うんだろ?

正規軍駆逐艦指揮命令系統があり、自暴自棄になってたりしない、みたいなことをある程度信じられるけど、銃を持っている知らない人は信用できない。ソマリア沖の正体不明の艦に火器管制レーダーで追尾されたら違うかも。

> この人が錦旗の如く掲げている紳士協定とは一体なんのこと?

CUES(洋上で不慮の遭遇をした場合行動基準

遭難なら日韓は協力し合う関係日本の方がかなり近い海域。乗員の体調次第で日本に運ばないと助からない可能性がある。それなのに情報提供も無しにレーダー照射

そうだね。抗議すべき事態だと思うよ。

>抗議しないとオレもオレもと真似する奴が出てくるから抗議するしかない。動画は左右問わず「本当のところはどうだったんだよ」って声が多かったかしょうがないんじゃない?都合悪いところ隠してるって声もまだある

抗議は妥当だと思う。動画は、韓国政府が嘘つきなことは証明できているけど、レーダー照射に関しては証明できてないから、どちらかというと世論をあおるマイナスのほうが大きいと思う。Sengoku38を怖れたという声もあるけど。。。

>嘘つきのバカを続けている相手と縁を切らないんだな、このバカ増田は。殴らなくても普通は縁を切るんだぞ。国際?バカか。つながりの延長線をミニマムにしていけば個人だよ。最大化した国家なのに嘘つきだぞ。カス

光栄ある孤立とか辛いと思うんです。日本人は腹で馬鹿にしながらなあなあでつきあっていくのが苦手、という印象がある。

> 獣相手人間相手のような対応したところで意味ないだろ

獣は自分に合わせてくれないから、観察してこちらが合わせるしかない。

>水面下で落とし所を見つけて収束させられるだけのチャネル二国間存在しないことがわかっちゃったのが問題だと思う。知らんけど。

防衛省韓国軍と交流が盛んだってどこかで読んだので、政治圧力がかかったのか、韓国政府が予想を超えたリアクションをしたのかなと想像している。

>まとめというほどまとまってない件。

すまんかった。

>口ではあれこれやってるけど両国政府ともコレは国内ガス抜きに最適なメシウマ案件だったね 最近政権懐疑的だった右翼軽減税率とか外国移民とか忘れて韓国ガーにすっかり酔いしれてる(笑

韓国相手なら笑ですむけど、相手中国だったりしたらシャレにならんよね。

> 「人道のために火器管制レーダー必要な状況であったとは思えない」< 韓国側の主張は「稼働したのは海上北朝鮮船と空中=自衛隊機を同時に捕捉できるレーダー」で、それが火器管制システムにも連動してたんだよ。

レーダーが発射されたとき目視できる範囲遭難船があった。

>全力で擁護してみてもやっぱり韓国苦しいな。ただお互い謝ってはいけない24状態から冷え切った関係のまま永遠に付き合っていかないといけない。めんどくさいね

隣国との関係日本に限らず、世界中どこもめんどくさい。たいてい戦争占領歴史あるし。

韓国は一回は「火器管制レーダーなんて作動させてない」と公式回答してんだろ?今後もさせてないで押し切るか,嘘付いた事に対する謝罪と内部調査無能是正して報告しないとならんのでは.

そうなんだけどさあ、韓国政府にその能力あるの?

>はてさの断末魔としての増田投稿に思える。最近韓国擁護するのは無理があるだろ

別に韓国擁護していないが、日本対応非難している。

照射されて「どうゆうつもり?」て3回聞いてるのを無視。そこで「メンゴメンゴ」って返してたら、内々で終わる話かもね。それを外交レベル否定肯定責任転嫁火病なんて。韓国は何をやってもそりゃいいけどね。

照射しちゃったらそこでメンゴはいえないよね。だから再発防止してほしいんだけど。

>本当にこんなひどい言い訳がまかり通ると思ってるの?

外交は言い続けた人の勝ちになったりするからなあ。。。

>当初の主張がいきなり違うんですが……

まじで。

>この程度の話。

げに。

>【追記】が酷い。これで返信したつもりになってるんだから。整理も全然整理になってないし。このレベル狂人日本語使えるというのは覚えておこう。そりゃ、低能先生が居るんだから狂人10人は居るわな。

増田11人だよ?

> “一応友好国となっている国との交渉事で、相手メンツを完全につぶすのはよろしくないように思う。”そもそもFCレーダー当てられた時点でこっちのメンツはまるつぶれなのですが、それは

相手おかしくなってたら退路作っておいたほうがよくない?

>当初と追記が違うけど、中の人変わった?w

変わってないけど、変わったと思うなら成長したのであろう。

>やるなら真面目にやれよ、邪魔

真面目に書いた政治増田ブコメトラバもつかないよ?

自衛隊が悪いという韓国の主張を放置するのは危険だと思う。同盟国がこんな言い逃れしてくるとは想像がつかないし対応仕様がない。韓国を諦めるのが最良の選択というならその通り。

引っ越しできないし、相手するほかない。

>? / cider_kondo のリンク先では「任務が与えられたり天候が悪い場合は~」なので天候が悪くて今回使ったと言ってるわけではないのでは。

NHKでは天候が悪くて使ったといっている。

レーダーロックしておいて開き直るのをナァナァにすると、次は中国さんとかロシアさんみたいなマジでシャレにならない人達も試しにくるので、自衛隊としては落とし前付けるまでは絶対許さんと思うよ

防衛省動画公開に消極的だったよ。

>🙄 それに比べて馬鹿増田だ...

それにつけてもおやつカール

>一番ダメタイプ増田だ(´・_・`)

なんにせよ一番は立派だと思う。

韓国人がやる直ぐバレる嘘を付く。である。つまり単純な責任逃れ。日本からのショウ ザ フラッグ案件。本当に信頼できる軍組織なのか?本当に同盟国なのか?半島事案に対する政府の態度が変わる一編

末端が暴走して開戦みたいなことはせめてないようにしてほしいところだ。

>この件で韓国憎しで吹き上がってる奴らを見るだけでアベは笑いが止まんねーだろうな

支持率上がったら喜ぶだろうね。

>ずーっと昔から韓国には反吐が出る思いを感じさせれられ続けてきましたからねぇ。時間問題だっただけなんだけど。ここで引き金を引いたってだけの話やと思うよ。そういや地球市民とか言ってた人アレなんだったん?

宇宙人が攻めてきたら地球統一政府とかできるかもね。

>概ねそんなとこだろう。それよりは、そもそもニュースバリュー大して無いこの件で騒いでいる方が気になる。

メディアがはしゃいでいる印象はある。すごく嫌だ。

> cider_condo氏の示した会見は、そのあと「射撃統制レーダーSTIR-180は使ってない」という趣旨なので、逆に「当日は波は高くない」と解するべき。/→もあるが誤報だと思う。

これ改めて読んだけど、「軍関係者」だし外交チャンネルで嘘ついたとまでは言えなそう。

>そのCUES紳士協定は、紛争国同士が洋上でかち合ってもロックオンはやめましょうねってことだろ。擁護派にとって韓国は友好国なの?かつてのソ連並みの仮想敵国なの?//軍人は統制されてるから銃口突き付られても平気?

紛争国でも避けるべきことを友好国からされたから抗議しているのでは。

はてサ有効な援護が思いつかないから「吹き上がってる奴はバカ」「安倍が喜んでる」とか言う間接援護に回ることにしたのねw ほんと自衛官安全なんてどうでもいいんだなw

防衛省動画を出すのに消極的だったのに首相主導で発表しているのを踏まえて話してる?

>整理(天候について把握してない これもうわかんねぇな(政治主導

すんません

>戦ってるなぁ(何と戦ってるかは相変わらずよくわからないけど)

暇な時間と?

宥和政策しかりで甘い対応が必ず国益につながるわけではない。締めるところは締めよう。

相手を改めようと努力するより、適度な距離を置いたほうが、お互いにプラスだと思うんだよね。

2017-09-29

足利三代木像梟首事件

キャッチーで不穏な字面、意外と重大事件(尊王攘夷派に対する宥和政策の転換、新選組台頭のきっかけ)という点で日本版プラハ窓外投擲事件と言ってもいいのではないか

2017-09-22

北朝鮮ファシズム国家ではないので優しくしても宥和政策との批判は受けずに済むという理論

2015-08-15

左翼でも右翼でも無い僕には居場所が無い

1.

ある程度、左翼的である、という意識はあるのだ。

人権大事である。これは僕の根本にある。天という存在を信じていなくても、虚構だと言われても、人権大事である

まり、人には各々、自由がある。生命自由がある。発言自由がある。身体の自由がある。内心の自由がある。財産自由がある。これはまず間違いなく信じている。

これは、全ての人間強制的適用されるものなければならない。でなければ、あいつには人権があるけど、あいつには人権は認めない、という考え方も可能になってしまい、

理論的には、僕にも人権存在しないことがあり得るようになってしまう。お前には人権がない、と認定されてしまった瞬間、僕は口を封じられても、殺されても文句は言えない。

そんなことは認めたくない。だから強制的適用されなければならない。

宗教的信条問題と言われればそうなのかもしれないが、人権とは近代に生きる我々人類が生み出した、最も偉大な発明であり、そして最も大規模な反省である

対案があるのであれば示してもらいたい。どこかに哲人王でもいるのだろうか。

からこそ、人種差別は認められない。中国だろうが、韓国だろうが、どこだろうが同等に人権があるのである

日本国民が取り立てて素晴らしい、あるいは韓国のみがクソである、という主張は、どこにも存在しないユートピアの話だと思う。少なくとも世界には認められない。

これは左翼的と言われれば左翼的である



2.

じゃあ左翼と言うことは、今回の安保法制は反対するのか、と言われればそれも違う。

これまであらゆる外交は、軍事力の下敷き無しになされたことはない。

特に拡張主義国に対して、軍事力は発揮しないという原則の下で外交をしてしまったら、そんなものは何の影響力も持たない。

ミュンヘンでの宥和政策が失敗し、ヒトラー拡張継続し続けた。結果、第二次世界大戦は勃発した。

冷戦後、という文脈において、アメリカは対ソ連ときのように同盟国を守ることはなくなるだろう。

全面的アメリカ負担を負わせることはできなくなったのだから日本アメリカ支援しなくてはならない。

よって、積極的平和主義理念の下、アメリカの「世界の警察官」による活動によって支えられてきた日本利益を維持するため、日本集団的自衛権を使って負担を共有していかざるを得なくなった。

(そのアメリカ活動というのが、中東の安定化に係る派兵であり、太平洋における抑止力である

これは、ひいては「我々」人権財産自由を守るための手続きである財産を守ることは、我々の生命をも守る行為に繋がる。

対話のみで成立する外交とは、明らかにユートピアである対話しか使いません、とは、反撃しません、殺してください、というシグナルだ。

この発想は明確に、日本文脈における右翼である

問題は、アメリカの変な活動に着いていった結果、日本も恨まれて襲われるのではないか、という議論同盟によって戦争に巻き込まれるのでは、という話である

正直、それを否定することはできない。そのリスクはある。でも、アメリカはいつまでも、日本利益を勘案して、利益を共有してくれるとは限らないし、

国際秩序の安定化にはこちらも寄与していかなければ、おこぼれに預かることも許されなくなるかもしれない。

アメリカの変な介入には賛同しなければいいのだ。そういう文言を加えつつ、危機が起きてからでは遅いから、今の内から下準備をするのだ。



3.

じゃあお前は結局右翼ではないか、と言われるかもしれないが、でも今回のやり方には全く納得いっていない。

何故なら人権を第一に考えており、その人権日本国憲法の中で規定されている以上、日本国憲法を守らないという選択肢はない。

からこそ、憲法違反の可能性がある法案を通すなどというのはあり得ない。合憲だというのであれば、論理をもってきちんと説明すればいい。やらなかったではないか。

形式上可能であっても、違憲法案を通すとは憲法を停止する行為と言っても過言ではない。

憲法を停止する権限とは、誰にあるのか。

内閣ないしは総理大臣憲法無視し、憲法を停止するということは、既に主権国民になく、政治家にある。

主権政治家にあるということは、既に、政治家によって人権付与するもしないも決められる、ということである人権強制的に全人民適用されるものではなくなった。

近代が生み出した人権という反省無視するということは、グローバルプレイヤーとして秩序維持の役割を担おうとする日本、という姿からは著しく遠い。

単なる独裁国家じゃないか、と。

僕のこの発想はまるで左翼だ。



4.

でも僕は、ジジイがやってるデモにも、クソガキがやってるデモにも興味がない。

何故なら彼らの持つユートピアを共有できないから

でも僕は、右翼賛同できない。

何故なら彼らの持つユートピアを共有できないから


いったい僕は、誰に賛同し、誰を批判すればいいのか、分からない。皆が不満だ。

2013-09-23

なぜフランス革命は分かりにくいのか

フランス革命は、平民(第三身分)が旧体制を打破した革命である

のように説明されることがあります。この説明は間違っているわけではありませんが、「平民」という均質な集団一丸となって何かをしたかのような誤解を与える点で、フランス革命の内容を分かりにくくもしています

平民(第三身分)は、農民都市の下層住民を総称した民衆と、民衆よりも裕福な中間層であるブルジョワからなります(職人を雇わず家族だけで仕事をしている親方や店主ぐらいが下層のブルジョワ民衆との境界層です)。しかブルジョワ民衆意識の上でも利害的にもあまり仲がよくありません。

ブルジョワ民衆は協力関係にあるよりもむしろ敵対しており、それぞれ自律的に行動していたととらえる方が、フランス革命の動向が分かりやすくなります

実際にフランス革命の流れを追ってみます

革命が始まるまで

普通フランス革命の期間は、バスティーユが襲撃される1789年7月からロベスピエールが処刑され恐怖政治が終わる1794年7月までの5年間、またはナポレオン総裁政府軍事クーデターで倒す1799年11月までの10年間とされます

しかしその当時フランス社会構造がどのようなものフランス革命が始まるまでどのような進展があったを知っていた方が、フランス革命の推移もわかりやすくなります

わかりやすくなるのですが、ここではバッサリはぶきますブルジョワ民衆がそれぞれ自律的な勢力であるという複合革命論の考え方を前提にして書かれた

などを読んでみてください。

またもっと伝統的な、革命の精神を称揚するタイプの解説として

があります。こちらのタイプの説明の方が分かりやすいという人もいるでしょう。

革命の始まり(1789年 5月~10月)

(ヴェルサイユで開かれた全国三部会は、第三身分強硬姿勢により憲法制定の議会に変身し、バスティーユ襲撃後の国内混乱を利用し封建的特権の廃止に至ります)

1789年5月5日ヴェルサイユ(パリから約25キロ)で始まった全国三部会は、採決形式でもめ審議に入らないまま紛糾します。第三身分強硬姿勢を崩さず、特権身分の中にも第三身分への同調者が出たこともあり、7月9日に憲法制定国民会議として再出発します。

しか7月11日に第三身分に融和的な財務長官ネッケルが罷免され、これがパリが伝わるとパリ市民は王の軍事行動が近いと恐れ、自衛のための食料調達武器調達に動き、焼き討ちや略奪が発生します。富裕市民政府軍隊への対抗と秩序維持のため常設委員会を設置し民兵組織します。

7月14日にはバスティーユの要塞に武器の引き渡しを求めて民衆殺到し、バスティーユ内で交渉が続くさなか襲撃が始まりバスティーユは陥落します。市庁舎まで連行された司令官ドローネーは群集に引き込まれて殺され、市長フレッセルも射殺されます

新たに組織されたパリ市当局ブルジョワ民兵(国民衛兵)を国王政府は追認せざるをえず、他のほとんどの都市でもブルジョワが市政の実権を握ることになります

一方バスティーユ占拠の報を受けた農村では、貴族が浮浪者を雇って報復をおこなうという噂が広がり、その恐怖から各地で領主の館の襲撃が行われ、「大恐怖」と呼ばれるパニック状態になります

自由主義貴族だけでなくブルジョワ議員の多くも地主であるため民衆の騒乱は早急に鎮める必要がありますが、正規の軍隊に頼ることは王や保守貴族の立場を強めることになるのでできません。そうしたなか8月4日の決議が行われます

8月4日閉会後の夜に抜き打ち的に再開された議会で、自由派貴族によって領主特権の廃止が提案され、熱狂的興奮のなか課税特権の廃止など諸特権の廃止が次々と宣言されます。大恐怖の圧力を利用して封建的特権の廃止に成功し、農民の騒乱も沈静化していきます

これで憲法の議論が進むようになり、8月26日には人権宣言が採択されます

しかし王は特権廃止の法令人権宣言批准せず、9月末には治安維持名目ヴェルサイユ軍隊を集結させます

10月5日食糧危機を訴えるパリ民衆ヴェルサイユに行進し国民衛兵がそれに続き、民衆は窮状を訴え国民衛兵は王に圧力を加えます。王は法令人権宣言批准、翌日には王一家はパリのテュイルリ宮に移されます。続いて議会パリに移り、ここから憲法と法令の議論が本格化していきます。一方で亡命する貴族が増えていき、国内政治分裂も本格化していきます

91年憲法の制定まで(89年末~91年9月) (革命勃発後1年目、2年目)

(91年半ばまではフランス革命期としては平穏な時期ですが、この時期に国内の対立が進んでいきます。また国王の逃亡未遂が発覚するヴァレンヌ逃亡事件(91年6月)によって王の威信が失墜し戦争を望む声が高まります)

議会パリに移り、諸特権廃止の内容や具体的な法律が決められていきます。ヴァレンヌ事件が起こるまで比較平穏とされる時期ですが、国内にさまざまな対立が生じていきます

1789年後半から91年にかけて、議会外に政治組織が形成されていき対立の構図ができていきます

また各地で反領主騒乱が発生していますが、そうした騒乱は徐々に革命反革命かという政治的な枠組みで解釈されていくようになります

さらに聖職者民事基本法をめぐって宣誓拒否問題が起こりますカトリック聖職者の多くは革命には好意的でしたが、叙任式における宣誓義務に対して大多数が拒否をします。議会からの警告が出されますが、地方によって大きくバラツキがあるものフランス全体で約半数の司祭が拒否します。教皇ピウス6世が民事基本法を否認したこともあってカトリックは内部分裂する事態になります。宣誓拒否司祭とそのもとにあるカトリック民衆は「反革命」に押しやられ、のちのヴァンデの反乱(ヴァンデ戦争 1793年3月~)の原因の一つになります

91年6月に国王一家がパリから逃亡し途中で発見されるというヴァレンヌ逃亡事件が起こります

これを受けて、外国支援された亡命貴族が攻めてくる、外国侵略が始まるという考えが広がり、国王救出を目的とした外国人が侵入してくるという予想から国民衛兵による警戒体制しかます

7月には主要な政治組織であるジャコバンクラブが、王の廃位共和制要求する請願書をめぐって分裂し、多数派の穏健グループはフイヤン・クラブとして分離します。

8月にオーストリアプロイセンが、フランス国王のために武力介入もありえるとするピルニッツ宣言を出したため、亡命貴族陰謀説にさらに拍車がかかり、外国との戦争を望む声が高まっていきます

そうしたなか9月3日立憲君主制にもとづく1791年憲法が制定され、9月30日に憲法制定国民議会は解散します。

開戦、王権停止(1791年10月~1792年8月) (革命勃発後3年目)

(インフレ物価上昇により食料問題が悪化し民衆の不満は増大していきます国内の多数が開戦を支持するなかオーストリア宣戦布告し(92年4月)、続いてプロイセンとも戦争状態になりますが、フランス軍の劣勢となります軍事的危機と国王への不満が積み重なり、パリに集結していた連盟兵やパリ民衆恐慌的な敵意が王に向けられ、王の廃位要求され、8月10日テュイルリ宮が武力制圧されます(8月10日事件)。これを受けて議会王権の停止を宣言し、新たな憲法制定のための国民公会召集を決議します)

憲法制定議会が解散した翌日91年10月1日に、9月までの選挙で選ばれた議員達による立法議会が開会します。再選が禁止されたため全て新人議員で、貴族がほとんど選挙に立たなかったため議員ほとんどは裕福なブルジョワです。立憲君主制を守りたい穏健派フイヤン派議会の最大勢力、共和制を主張するジロンド派(ジャコバンクラブのこの頃の多数派)がそれに続きます

なお同業組合や団結を禁止したル・シャプリエ法(91年6月)に抵触する恐れがあるため、政党存在しません。そのため、どの派でもない、審議内容ごとに立場を変える中間派(平原派)が、この時期に限らず常に議員の多数を占めます。そのため派閥議員数だけでなく、中間派の動向(またその動きに影響を与える議会外の動向)が重要になります

また議会内の各派の勢力数自体も確定したものではなく常に流動的で、各勢力をどう呼ぶかにかんしても文章によって違うことがあります

議会の中心的課題は、周辺諸国からの脅威にどう対処するかです。(それと穀物価格の上昇に対する価格統制の要求に対して、革命後の基本原則である自由主義あくまで守るのか、民衆要求を受け入れるのかも問題になっていきます)

これに対してジロンド派は、国内の不満をそらして(インフレにより物価が上昇し各地で食料暴動が発生していた)政治イニシアティブを獲得するために「自由の十字軍」などの言葉対外戦争あおります民衆の多くも「外国と共謀する亡命貴族」への脅威と愛国感情の高揚から戦争を望んでいました。

92年3月、フイヤン派大臣が王によって解任されジロンド派内閣が成立し、4月にオーストリア宣戦布告、数週間後にはプロイセンとも戦争に入ります(戦争ナポレオンが二度目の失脚をする1815年まで中断もありつつ続くことになります)。

しかし緒戦から敗戦が続き、「反革命」者へのより強力な措置を求める声や宮廷への不信から共和制を求める声が高まっていきます。またセクション(区)の政治活動を通じて民衆政治的組織化されていきます

そうした流れが最終的に民衆と連盟兵による8月10日のテュイルリ宮の襲撃に行き着くのですが、この事件偶発的に起こったバスティーユ襲撃とは異なり王の廃位を求めての組織された行動だったにもかかわらず、そこに至る決定的な原因があるわけではないので要約しづらく、フランス革命の大きな転換点の一つのわりに説明しにくい事件です。

ここでは事件の結果だけ述べると、立法議会は蜂起側の勝利がはっきりした後、王権の停止を宣言し、新たな憲法を制定するための国民公会召集を決議します。これでフランス共和制に向かうことが確定します。また国王一家はタンプル塔に幽閉されることになります

王の処刑、戦争の拡大、ジロンド派の没落(1792年8月~1793年6月) (革命勃発後4年目)

(戦争フランス軍の劣勢から優勢に変わり周辺領土占領します。93年1月には国民公会裁判結果により国王が処刑されます。周辺領土占領国王の処刑を原因として周辺諸国の多くと戦争突入し、さらに国内ではヴァンデ地方を中心に大規模な反乱が起こります議会ではジロンド派山岳派の対立が深まっていき、国内外の諸問題への対応のまずさからジロンド派民衆の支持を失い、93年6月ジロンド派逮捕議会から追放されます)

8月10日王権が停止しますがフランス軍が劣勢の状況にあることは変わりません。義勇兵がつどわれ前線への準備がなされる一方、反革命裏切り者排除する空気が広がり、家宅捜索がなされ多くの反革命容疑者逮捕されます。さらにパリへの侵攻の脅威が高まり義勇兵が出発したあと反革命者がパリ住民を虐殺するという噂も流れ出します。

そうした不穏な情勢のなかヴェルダン要塞陥落のニュースパリに届きます。これをきっかけとして、囚人の多くが殺されるいわゆる九月虐殺が発生します。

この事件の結果、内の脅威が消えたと民衆が大挙して義勇兵に参加し兵数万を増やすことになります

一方、この事件国外からの印象を非常に悪いものします。宥和政策を取っていた隣国スペイン首相宥和政策撤回せざるをえなくなり、またフランス革命開始時には革命好意的だった知識人たちも国王一家の幽閉と九月虐殺で決定的に革命嫌悪に転じます

戦況にも変化が生じますフランス軍はヴァルミーの戦いで勝利し、戦況が優勢に転じていきます。なお多くの本でこの勝利はフランス兵の志気の高さによるものと説明されていますが、志気が影響するような戦いではなく兵と砲台の数の差によるものといった指摘もあります(たとえば『近代ヨーロッパ情熱と苦悩』)。

そのヴァルミーの戦いと同日、国民公会が開会します。

普通選挙でしたが投票率は悪く、ほぼブルジョワ議員で占められていますフイヤン派出馬していないので議会におらず、共和制穏健派ジロンド派共和制急進派の山岳派、それに中間派という構図です。(ジロンド派ジャコバンクラブを脱退していくので、山岳派=ジャコバン派とも呼ばれます)

ジロンド派経済的政治的自由主義を維持し議会主導で政治をおこなうという近代的な原則あくまで重視し、山岳派革命の推進と防衛のためには民衆要求も受け入れ民衆運動の利用もありと考える現実路線です。

……とまだまだフランス革命の時期は続いていくわけですが、予想外に長くなったので中途はんぱなところですがここまでとします。

93年1月に国王が処刑され、6月ジロンド派の追放で山岳派一党独裁(ただし基盤の脆弱独裁)になり、恐怖政治の時代が翌94年7月まで続き、ここで一区切りとなります

2013-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20130203025001

 そういう歴史必然性みたいなのもよく聞く話なんだが、実際にはやはり反省意味はある。

 たとえば、第一次世界大戦後の戦後処理。知っているとは思うが、第一次世界大戦後、敗戦国ドイツに対して、フランスを中心とする戦勝国は莫大な賠償金を課した。世界恐慌などの不幸もあったが、賠償金の支払いはドイツ戦後復興を極めて困難にした。当時でも、ケインズなんかはドイツ経済復興を支援すべきだと論じていたが、復讐燃えるフランスを中心とした国々はドイツを徹底的に痛めつけることを望んだ。その結果がヒトラーの台頭だ。対ヒトラーとしては、イギリス宥和政策の失敗なんかが挙げられるが、実際には第二次世界大戦の根っこはそうした戦後処理のまずさにあった。そうした反省の結果、第二次世界大戦後には敗戦国に対して実行不可能な賠償を課すという方針は避けられるとともに、金融不安が生じさせる政治的危機を回避するために国際機関が設置された。

 こういう側面を見ると、歴史反省する意味はあると思わない?日本にしても、昭和16年夏に「日米戦わば必敗」という結論が見えていたにもかかわらず、戦争突入してしまった。それ以外でも、日本の膨張的な外交政策に対する批判は当時から存在していた。「アジア解放」を訴える日本がなぜ中国戦争しているのか、どうしても理解できなかったという回顧も聞く。日本人の多くが中国人朝鮮人に対して差別的な意識を持っていることへの嘆きもあった。にもかかわらず、そうした批判の表明を困難にしてしま空気が生み出された原因は考える必要がある。

 もちろん、当時において個人のレベル歴史の流れを変えることは不可能だったろうが、後に生まれた者の特権として反省はある。その意味でも、歴史は「過去現在の対話」なんだろう(E.H.カー)。そうしたアドバンテージを活かすこともなく「仕方がなかった」で済ますというのは一種の思考停止だと思う。過去から学ぶことを否定する態度のうえにある改憲論はやはり怖い。

 
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