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はてなキーワード: ありのままとは

2017-09-18

本当に頑張っている人は迷わず向かっている

今日TBS放送されていたビビット出演者である真矢みきさんが「高卒認定試験」を受験するまでの密着を行っていたのを見ていた

真矢さんは元々宝塚トップ女優としてその地位を築き上げ、現在までに役者仕事なりで多忙

それでも真矢さんが高卒認定試験を受けたかったのは当時は演技のレッスンしかなく、高卒としての資格がもらえなかったため、その穴を埋めたいという思いだった

最近仮面ライダーゴーストに出演し、今朝ドラにも出演している磯村勇斗大学に通いながらも本格的に役者を目指したかったこともあって2年で辞めていた

こういった例は全てに通じるわけではないが、何故頑張れる人たちはたとえ地位お金などではなく自分に対して純粋に進み続けることができるのか考えさせられる

本人の経験による価値観やさまざまな人たちとの出会いの中で芽生えたものがあるかもしれない

だが、現実はそういった華やかなキャリアを持っている人だけではなく、学歴などによる差別も少なから存在する

そうなってしまったのは先人達が築き上げてきた社会構造の結果であり、日本場合キャリア積もうにも大卒でないと難しい状況が増えたりと職業選択できる自由度が縛られている

仮にスポーツ選手といった人達セカンドキャリアとして働こうにも高卒プロへ移った方が多いため、すぐ決まるわけではない

それでも個人的には将棋藤井聡太4段や日本ハムファイターズ大谷選手若い人達が道は違えど若いなりにありのままに進んでいる

こういった朗報は嬉しいし、自分も同じように若い世代として一緒に頑張りたい気持ち高まる

もう少し社会が年齢や格差などを排除し、誰もが望む世界に没頭できることで次の世代につながることができる様な社会へと変わることを心から願う

2017-09-17

anond:20170917171019

おまえみたいなのが差別するのが悪いな

もしかしてゴミクズ差別よりもありのままじゃないほうが悪いと思ってんのか?www

2017-09-15

anond:20170915173825

そういうことな婚活場所間違ってるよ

まずネトゲとかSNSで顔が見えない状態でいいなと思った人と仲良くなる

容姿生活習慣その他ポリシーありのまま自分語りしておく

それでも切られないなら会ってみてもいい

2017-09-12

 「女の子がそういうことをする必要のない世の中になってほしいです」という水原言葉の裏に、女性は媚びることで周囲に評価されるが、「愛嬌がない」認定されれば生きにくいという現状への批判的なメッセージを感じる。  最後まで「いい女に狂わされたいよ」と和やかに語り合う男性陣と、「ありのまま自分を好きになってくれる人と」「お互いギブ&テイクの関係を」と口を酸っぱくする水原の間に、確かな温度差があった。

http://wezz-y.com/archives/50008

2017-09-08

元彼女元彼女じゃなくて恩人だった

編集しようとしたらタップミスで削除しちゃったから再投稿

中学時代クラスメイトが貸したラノベオタクになって9年目の夏のこと。

人生目標意識理想も持たず、目の前のコンテンツをただ貪る無味乾燥時間を送っていた僕に、何人目かの彼女が出来た。

彼女某SNSで知り合った女の子で、当時はまだ新卒社会人1年生だった。

僕にも彼女にも当初は別に恋人がいて、お互いの近況を話し合いながら「話は聞くからがんばってね」「そっちも彼女大事にね」みたいなやり取りをちょこちょこ交わしていた。

当時の恋人と別れた直後、彼女もその相手と別れたことをSNSに書き込んでいた。

「今までお疲れさま」

簡素な労いの言葉を送ると、予想だにしない返事が戻ってきた。

「今電話してもいい? もう寝る?」

僕は個人メッセージに「非通知でもいいよ」と添えて、自分電話番号送信した。

数分後、見慣れない電話番号から着信が。電話に出ると聞きなれない声で「恵美(仮名)です」と名乗った。

そこから互いの身の上話(ほとんどが彼女の話だったけど)を重ねるに連れ、彼女がこんな言葉を漏らした。

「私、増田くんとなら付き合えると思う」

驚いた。本当に驚いた。

それまでの僕は自分に自信がなく、これまで付き合っていた相手とも「何が良くて自分なんだろう」と思うことの方が多かった。

更に、当時の僕は先天的に持っていた障害(注意欠陥症候群)が発覚したばかりで、尚更人間関係に対して自信をなくしていた。

彼女は強い結婚願望を持っていた。

そんな相手と上手くいくとは思えなかった。

そう思っていた矢先、彼女はこう打ち明けてきた。

「私、付き合う前に言っておかないといけないことがある」

弟以外の家族関係が悪いこと。

援助ももらえなかったため大学学費風俗で稼いだこと。

そのほか、ここには書ききれないたくさんの話を聞いた。

そのおかげで、僕は自分が抱えていた不安を打ち明けることが出来た。

障害の話。これまでの話。10年来の付き合いがある友人にも言っていなかった話。

それでも彼女は、こう言ってくれた。

「1人じゃダメでも2人ならなんとかなるよ

 一緒に何でも試してみようよ」

その言葉に心を動かされ、僕は彼女と付き合うことになった。

中学時代クラスメイトが貸したラノベオタクになって9年目の夏のこと。

人生目標意識理想も持たず、目の前のコンテンツをただ貪る無味乾燥時間を送っていた僕に、何人目かの彼女が出来た。

彼女某SNSで知り合った女の子で、当時はまだ新卒社会人1年生だった。

僕にも彼女にも当初は別に恋人がいて、お互いの近況を話し合いながら「話は聞くからがんばってね」「そっちも彼女大事にね」みたいなやり取りをちょこちょこ交わしていた。

当時の恋人と別れた直後、彼女もその相手と別れたことをSNSに書き込んでいた。

「今までお疲れさま」

簡素な労いの言葉を送ると、予想だにしない返事が戻ってきた。

「今電話してもいい? もう寝る?」

僕は個人メッセージに「非通知でもいいよ」と添えて、自分電話番号送信した。

数分後、見慣れない電話番号から着信が。電話に出ると聞きなれない声で「恵美(仮名)です」と名乗った。

そこから互いの身の上話(ほとんどが彼女の話だったけど)を重ねるに連れ、彼女がこんな言葉を漏らした。

「私、増田くんとなら付き合えると思う」

驚いた。本当に驚いた。

それまでの僕は自分に自信がなく、これまで付き合っていた相手とも「何が良くて自分なんだろう」と思うことの方が多かった。

更に、当時の僕は先天的に持っていた障害(注意欠陥症候群)が発覚したばかりで、尚更人間関係に対して自信をなくしていた。

彼女は強い結婚願望を持っていた。

そんな相手と上手くいくとは思えなかった。

そう思っていた矢先、彼女はこう打ち明けてきた。

「私、付き合う前に言っておかないといけないことがある」

弟以外の家族関係が悪いこと。

援助ももらえなかったため大学学費風俗で稼いだこと。

そのほか、ここには書ききれないたくさんの話を聞いた。

そのおかげで、僕は自分が抱えていた不安を打ち明けることが出来た。

障害の話。これまでの話。10年来の付き合いがある友人にも言っていなかった話。

それでも彼女は、こう言ってくれた。

「1人じゃダメでも2人ならなんとかなるよ

 一緒に何でも試してみようよ」

その言葉に心を動かされ、僕は彼女と付き合うことになった。

それからすぐに彼女の家が僕の職場に近いことが判明し、彼女の家に引っ越しての同棲が始まった。

一緒に暮らすにつれ様々なことがわかった。

彼女ヘビースモーカーなこと(つられて僕もタバコをはじめた)

・お互いに性欲が薄く、SEXをしなくても充分満たされること(彼女キスが好きなため流れでヤることは多かったけどそれでもこれまでに比べたら少なかった)

彼女にとってのオタク趣味あくま趣味の一つで、本当はもっと趣味なこと。

彼女は決して、顔で僕を選んだわけじゃなかったこと。

当時の僕は周りから評価に対して承認欲求けが異様に強く、強気発言や嘘をついて炎上したことも多々あった(承認欲求に関してはここに書いてる時点でまだ収まってないんだろうけど当時よりは落ち着いたってことで許して欲しい)

でも、彼女ありのままの僕を受け入れてくれた。

自然と、彼女だけには嘘をつきたくないって思うようになっていた。

自分で作り上げていた「嘘の壁」の中に誰かをこんなにも強く想える自分いたことにびっくりした。

そこから2年間、僕は彼女の好きになれる自分になろうとして努力した。

努力を重ねた結果、体調とメンタルを壊し、当時の職場退職した。

そこからすれ違い(一番の理由は「なんでそんなになるまで相談しなかったの」)を起こし、破局した。

知り合ってから約3年、付き合ってから2年半が過ぎ、結婚視野に入れていた矢先のことだった。

実家に帰って、わずかに貯めていた金を使って地元温泉宿で1週間ほど色々考えた。

後悔とか開放感とか恨みとか悲しみとか色々な感情が頭と心を巡って、一生分泣いたんじゃないかってくらい泣き通した。

一通りの気持ちの整理がつき、最後に濾過されずに残った感情確認するとそれは「感謝」の気持ちだった。

彼女出会えて、僕は本当に変わることが出来た。

そのことに関して、今でも感謝している。

からやり直すということは不可能だし、彼女には俺じゃない別の誰かと幸せになってもらいたい。

今の僕は君に比べるとあんまり頭も良くなくて家事もそこそこ苦手だけど君と同じくらい可愛くて優しくて音楽映画が好きな子と付き合ってます

彼女にこのことを話した時に「今はもう感謝しかないんでしょ? じゃあその元カノさんはますくんの恩人なんだね」って言われてあらためて君の存在の大きさに気づきました。

多分君に出会ってなかったらこの子を好きになることもなかった。

俺は君のおかげで幸せだし、君もどうか幸せになってください。というか今は結婚してるんだし幸せか。

恵美が幸せなら、僕も嬉しいです。

君を幸せに出来なかった分まで、今の彼女のことを大切にしたいと思います

君は僕の元彼女で、それ以上に僕の恩人で。

から、僕は君のことを一生忘れないと思う。

彼女の影響で好きになったバンドライブを見て、音楽に関わる仕事に就きたいと思ってダメ元で応募したイベント会社ライブスタッフ求人に受かってたか備忘録も兼ねて書き綴ってみた。

長文乱文で読みづらかったら申し訳ないです。

2017-09-07

三村かな子東條希を体形でいじめるのはポリコネ的にアウトです

欧米では最近盛んにデブネタ規制が始まっているのをご存知だろうか?

デブネタのみならず、拒食症を誘発するとして

リガリのモデルを起用することも非難対象となりつつある

 

ありのままの姿こそ美となった昨今で

彼女らに向けられる言葉暴力

肥満の方々への虐めに繋がるのみならず、拒食症を誘発してしま危険もある

 

歴史を鑑みれば、ふくよかな体形こそ長らく美と富の象徴であった

たかだか数世紀しかない、「細身の美」の為に

尊い命を落とすようなことがあって良いのだろうか?

 

あなたが軽い気持ち彼女らに向ける言葉の刃は

社会さえも傷つけるのだ

2017-09-03

性格が良い」という表現

が割と一般的に使われてるのが、何となく疑問だ。

性格なんて個々にありのままにあっていいはずのものに、

絶対的な良いとか悪いとかがあると考えてる人が多いんだろうなと思う。

自分にとって都合が良い、が良いではない、ということが分かってないのか?

分からんな。

2017-08-28

自分自我しか興味のない私は何に“生きて”いるのか

私は良く友人と話す

結婚はしない」

ネットPCと、休日オナニーと、お前らがいれば良い」

仕事楽しい、やっていることには挑戦し甲斐がある」

では、私の20年後には何がある、40年後には何があるのか

老いと病のその先、あらゆる蓄えが尽き、心を許した友人も尊厳自由も消え去り

絶望孤独不自由が魂を冒すその日になり、私は何が持てるのだろうか

私は、世界とは仲良くできない人だ

社会のレールにはうまく乗れず、どこか「失敗し続けてきた」ような感覚を抱いてきた

産んでくれなどと望んたつもりなどない、自分の生を肯定できたことなどない

自分の生のありのまま」ではなく、自分人生を再定義して肯定する事しかできなかった

その再定義の中では、異性の存在は私にとっては絶望と諦念の象徴しかない

私の我儘に他人を付き合わせたくはないし、付き合うような人間などいないし、したがってそのような存在を作ることにうんざりする

しかし同時に、それを満たすような他者存在を求めることもある

「愛して欲しい」「この薄汚い何もかもを許して欲しい」「許容し、肯定して欲しい」

「一人にして欲しい」「孤独肯定して欲しい」「しかし同時にどこにも行かないで欲しい」

浮気を許して欲しい」「許さないで欲しい、ありったけの憎悪で叩き潰して欲しい」

浮気をしないで欲しい、自分のことだけを見て欲しい」「自分自身人生を歩んで欲しい、自立した人間でいて欲しい」「浮気をしてこんな自分ことなんか見捨てて欲しい、無価値さを思い知らせて欲しい」

「都合の良い存在でいて欲しい」「一個の人格を持った人間でいて欲しい」

「徹底的に詰って欲しい、自分存在価値なんてないんだと思わせて欲しい」「甘やかして欲しい、全肯定して欲しい」



「それでも、自分が許されるような、全てが叶うような想像ができない」

「どこかに、全てが許されるような、そんな妄想を止める事ができない」

「もし実在したとしても、それは私の人生とは交わらない」

「もし実在したとしても、それは私に与えられる筈がない」

「もし実在したとしても、それは私には相応しくない筈だ」

「もし実在したとしても、それに対して私は努力ができない」


私を縛るものは、私自である

「私を愛すものは、この世には存在しない、存在してはいけない、存在しないで欲しい」という呪いを、自分自身に掛け続ける

行き着く先は矛盾に満ちた孤独生活か、妥協と惰性を基盤とした他者犠牲にした自己満足生活である

前者の典型独居老人であり、後者典型が「無関心な父と過干渉な母」というこの世の地獄の母胎である

私は、私の遺伝子を根絶やしにしたい気分になることがある

このクズ遺伝子が、罷り間違って後世に残るようになってしまうこと程、罪深いことはないと思うのだ

の子供が、この世に“理不尽に産み落とされ”地獄に落とされるのを赦してはならない

私の汚濁のような欲望のために、不幸な人間をこの世に生産してはならない

「生まれたことが間違いだった」と思うような人生を送らせる訳にはいかない

私の中の対人親密性は、私を人と結合させようと日夜血みどろの活動を続ける

私は物を書き、オナニーをし、友人と語り、その欲望が枯れ果てるのを待つしかないのだ

例え何があっても、自分が油断しないように

何より私を苦しめるのは、その正当性自分自身疑問符が付けられてしまう、その夜だ

このような時、自分のあらゆる醜さがその苦痛を慰めることとなる

ああ、私の全ての欠陥が“異性を諦めるに足る理由”となって、諦観の海に私を呼び戻してくれるのだ


ここまで、全ては自分自我しか興味がない人間妄言である

ああ、くたばれ霊長類

タイムリープ物に対するオタク一般人の違い

オタクトゥルーエンドにたどり着こうとする

一般人運命を変えようとするより受け入れようとする

この違いなんだよなぁ。

結局はここが絶対的な違いなんだよ。

オタク作品一般人向けにしたり、一般人向けの作品オタク向けにすると、このギャップが超えられずに作品エッセンスが谷間にボトボト落ちていって意味不明な何かになるのよ。

何でこんな違いが生まれるのかって言うと、一般人は結局のところそれぞれの人生を受け入れられる程度には人生が充実してるのよ。

でもオタクアニメの見すぎで求める人生ハードルが高まりすぎて、そのハードル越えるの諦めきって腐った人生送った結果自分人生に不満プンプンな訳。

からオタク自分ありのまま人生なんて受け入れらないから、トラックに轢かれて異世界チートし放題とか妄想ちゃう

そういうメンタルループ物とぶつかるとトレードオフになる可能性の向う側にある第三の答えを求めだすんだよオタクは。

女か虎かとオタクに問えば、①ハンサム主人公は突如逆転のアイディアが閃く②奇跡が起きて王女と結ばれる、みたいな事抜かすのがオタク

そんな奴らの感性一般人はついていけないんだよ。

なにそれ?

お前ら何が言いたいのってなるわけ。

その感性レベルの圧倒的ギャップを埋めるのは無理なの。

からオタク向け作品一般人向けにしたり、一般人向けをオタク向けにしたりすると、不幸と踊って横転事故大惨事になるって事よ。

オーケー

この増田が役に立ったと思う人はブクマを。

役に立ったと思わない人はスターをお願いします。

女を喜ばそうとネタを探すも見つからず落ち込むことが何度もあったが、それはパリピのような、お笑い芸人のようなやつに対する需要女性が求めているのではないかというところからくる勘違い及び面白さやオチを求める男性の会話の文法に囚われている状態であり、女性との会話の進め方として正しいのは情報交換機能共感機能も含めてただ自分ありのままを話すことではないだろうか、という仮説

2017-08-25

ムック蔓延る糞ラルオタが本当に気に入らない

ムック、というV系バンドがある。

1997年に結成した彼らは、00年代V系シーンにおいて、その重厚なサウンドと自他への憎悪怨念、そして寂寞の篭ったような世界観という強烈な個性から、多くのファンを獲得し邁進してきた。

そしてその世界観を自ら打破し、ロックテクノメタル等の様々な音楽要素を取り込むなど、新たな個性として「多様性」を得た結果、今やファンも老若男女様々な層が増え、20周年の今年は日本武道館2days公演を納めただけでなく、更に年末にもう一度玉ねぎの下で大規模な主催イベントを控え、その日に向けて日夜怒涛のツアーイベントに勤しんでいる。

私は、ファン歴で言えば中堅どころにあたると自負している。

もう十余年もムック音楽に浸り、彼らのライブサウンドに酔い、最早生き甲斐ライフサイクルの一環として「次のライブに行くために、また彼らの音楽を生で楽しむために」と社畜生活従事する日々。

長らく夢烏(=ムックファン呼称ムッカーと読む)を続けてきて、もちろん不満に思う事や上がろう(=ファン卒業しよう、追っかけをやめよう)と思った事も多々あった。

しかし彼らの最大の魅力は良くも悪くも「変化し続ける事」と「ファンを裏切る事」である

何だかんだと文句を垂れ、貶しては「やっぱりムックは最高だ」と舌を巻く羽目になるからこそ、次の良い裏切りを期待して離れられずに、盲目的に好きであり続けている。

そして自身の周りの夢烏仲間も「だせぇwww」「無いわwww」「新アー写ぶっさwww」等と貶しては、生のパフォーマンスを拝んだり、新しい歌詞を読んで「やっぱムックいいわ…好き…かっこよすぎ…」と滂沱と溢れる涙を拭い、感涙に咽びながら新しい告知に躊躇無くクレジットカードを切っていた。

しかし、ここ数年、本当に心の底から気に入らないものがある。

それは新たに取り込んだ、とあるファン層だ。

2008年夏にリリースされた19枚目のシングル、「アゲハ」。

このリリースきっかけに、あるバンドファンが怒涛のようにムックに流れ込んできた。

ムックと同じ事務所所属する大御所バンド、L'Arc〜en〜Cielファンである

このシングルにはラルクギタリスト、Kenが楽曲プロデューサーとして参加している。

日頃ラルク活動の無さに飢えているファンが、ラルクの片鱗を求めてムック音楽に興味を持ったのだ。

ムックは元々、リーダーであるギタリスト、ミヤのワンマンバンドである

幼い頃より音楽を嗜み、プロデュース作曲編曲等々多方面マネジメントを行うミヤに対し、音楽のド素人から始まった他メンバー技術的な部分からから、3人はミヤに首を垂れ従い続けるのが常であった。

メンバーファンもひたすらミヤのご機嫌取りに徹するバンド」等とも称される事もあったし、夢烏を自認する私も事実そういうバンドだと自覚する。

なお余談だが、興味のある方は是非今年リリースされた「M」というインタビュー本をご一読頂けるといいだろう。

リーダーから何故出来ない、お前に期待しているのに、というスパルタ虐待親よろしく高いスキル要求され、心身に支障を来たす者もいれば、トラブルを起こす者もいた、解散しなかったのが不思議でならないかつての殺伐としたムックが。

そして20年という歳月を経て、ようやく分かり合おうとし、ほんの少し分かり合えるようになってきた彼らの、ありのままの成長の軌跡が綴られている。

さて、そんなムックが、よそのアーティストプロデュースを頼むだなんて。

当初は「は?ムックのサウンドが好きなのによそにプロデュースされるとか無いわ」という気持ちと「あのとんでもワンマンバンドがよそに力を借りるなんて、少しは丸くなったんだなぁ」という気持ちを抱いていた。

実際楽曲のものは、これまでのムックには無かった新しいテイストが組み込まれ、彼らの「多様性」に新たな1ページが加わったなぁと感慨深かった。満足であった。

しかしそのシングル曲が含まれアルバムツアーからライブ公演に違和感を覚えるようになった。

アゲハ」と、同アルバム収録のもう1曲のKenプロデュース曲「空と糸」のイントロで、何故か、黄色悲鳴が上がる。

これまでもイントロ悲鳴が上がる場面は多々あった。

V系というジャンル柄、ファン盲目的に思い入れを持つ曲が各々あったりする。また歴史を重ねるごとに、昔の音源だんだん演奏頻度が下がる。

そうした中で、たまにいわゆるレア曲を演奏したりすると、イントロの時点で泣き出したり、歓喜の絶叫を上げるファンは沢山居た。

しかし、「アゲハ」と「空と糸」はリリースされたばかり。

何ならこのツアー中は100%演奏するし、シングル曲故に今後もセットリストに組み込まれ可能性は非常に高い。

にも関わらず上がる、「黄色い」悲鳴

別にレア曲でもあるまいに。

私はただたた首を傾げる事しか出来なかったし、周りの夢烏友達もそうであった。

その正体に気付いた時には、奴らはすっかりムックに居座っていた。

あれは忘れもしない、某年の恵比寿リキッドルームでのライブ

早めに着いた私は、グッズ販売待機列で友人を待っていると、数人程前にやたら声の大きい2人組が和気藹々と歓談していた。

V系のファンバンギャもある種のキモオタなので、声が大きいのもよくある事だと、会話をBGMにTwitterを眺める私の耳に、信じがたい台詞が飛び込んできた。

ムックチケ代が安いから、ラルク待ってる間の暇潰しにはコスパがいいよね」

Kenちゃんゲストで来てくれないかな。Kenちゃん見たい」

先の台詞は百歩譲って許そう。

いくら盲目に、宗教的バンドを愛するバンギャと言えども、複数バンドファンを掛け持ちする事はザラだ。

特に本命バンド活動が乏しい場合、あの爆音の非日常空間が恋しいあまり、他のバンドに手を出す事はしばしばある。

そして本命バンド比較して、やっぱり本命バンドが一番好きだという実感を改める事は私も多々ある。

ムックが一番好きな人達ばかりのアウェイ環境で、よくもまあ大声でそんな事がしゃあしゃあと抜かせるものだと少しイラつきはしたものの、気持ちは分からなくもない。

しかし猫も杓子も二言目だ。

貴様は何のバンドライブに来ているんだと。

ムックを観にチケットを買ったのではないのかと。

そう言うのならばKenソロライブに行けと。公演が無いならばDVDでも観ていろと。チケットに書かれた出演者をよく観ろと。貴様の目は節穴かと。ムックラルクの片鱗のみを求めているのかと。

音楽シーンにおいて特に興衰の激しいヴィジュアル系というジャンルでは、新たなリスナーの獲得が今後の生死を左右する。だから、新しいファンが、殊に音源やグッズを購入し、ライブにまで足を運んでくれる存在が増えるのは大歓迎だ。

それでもムック純粋ファンではなく、ムックを通して結局ラルクしか観ていない。カードだけ剥ぎ取られて、開封もせずに捨てられるプロ野球チップスのようだと感じられる、ムック本命バンド自分からすれば侮辱しか思えない発言だった。

気持ち分からんでもない。ただせめてこの場においては、まっすぐにムックを観てくれないものか。とにかく不愉快で悲しくて仕方が無かった。

しかムックは、みるみるそれらのファンを増やし、固定させていった。

その後もKenのプロデュースの機会も増え、ラルクメンバー絡みのイベントに参加し、オールナイトイベントなんかにも出るようになり。いつかの2人組が望んだ通り、ワンマンライブゲストで現れるようにもなり。

気付けば、スタンディングのライブで友達とはぐれた時、自分の周りにいる人間は知らない空気を纏っていた。

先述の通り、私はファンが増える事は喜ばしく、歓迎すべき事だと思っている。

以前はモッシュピットに棒立ちで、ぶつから露骨に嫌そうな顔をしながらも近くで見たいからと動かない、危なっかしい新規ファンも居たが、最近ムックのノリに慣れたのかそんな人間も見かけなくなった。

ムックのものをちゃんと観に来ているファンが増えた実感もある。

しかし、あれからずっと変わらずKenプロデュース曲で上がる黄色悲鳴

チケットファンクラブ先行受付がある度に、既存の夢烏同士の規模を圧倒的に上回る人脈での人海戦術で、人数の何倍も申し込んでは、ひたすら身内に、余れば興味の薄い人間にまで回されるチケット

ムックは昔から、皆仲が本当に良い」「ボーカルさん可愛い女の子みたい」「リーダーさんが人を殴るなんてありえない」という、誤解を超えて定着してしまった新しい解釈

そして何だかんだ言っても結局、Kenが関わる話題が上がっては「Kenちゃん来ないかな」。対盤で未発表枠が告知されては条件反射で聞こえる「絶対ラルクでしょ」。

何より許しがたい、「今のムックの動員や売り上げは、ラルクに支えられているようなものでしょ」という、あまりにも乱暴で横柄な認識

何かにつけ「ラルク」「Kenちゃん」「ラルク」「ラルク」。

そして自分達が総意であり真実であるかのように振る舞う。いつしか私も、仲の良かった旧来の友人達も、周りを念入りに警戒してから遠慮がちに感想をぼやくようになった。

私のような存在老害と呼ぶのだろう。

もちろん、いいファンと悪いファンがいるのは重々承知しているし、それは旧来の夢烏にも言える事だ。

それでも、メンバー間のトラブル修羅場があったからこそ生み出された過去楽曲パフォーマンス。そして背景としてそれらがあったからこそ、紆余曲折と凄まじい努力を経たからこその「今の彼ら」が在るのに、「今の彼ら」しか切り抜かれていないようで悲しく思えてならない。

V系における2ちゃんねるのような某掲示板で、貢ぎやセフレ要員として簡単に繋がりを持てると、繋がり入門麺とまで称されたメンバーに対して、手放しで可愛いだの聖母だの褒めちぎる。

バンド運営をほぼ全て自分を中心に回し、ステージミスしたメンバー段取りの悪いスタッフを一切の遠慮なく睨み付け、手や足を出す事もザラだった、田舎ヤンキー気質の抜けないワンマンリーダーを、優しいだのと聖人君子のように捉える。

先述のメンバー程よろしくなかなか女関係が汚く、今やすっかりほうれい線の強い老け顔に対してただただ馬鹿のひとつ覚えのようにかっこいいを連呼する。気持ち悪さが売りであり、コールアンドレスポンスとして罵声が求められるパフォーマンスに対してきゃー可愛いなどと場違いな歓声を上げる。

元よりお馬鹿キャラではあったものの、立派な一人の成人男性としてオフショットでは煙草を吸ったり、平均的な態度振る舞いである事は容易に見て取れるのに、そうである押し付けんばかりにひたすらバカわいいなどと称する。

昔の楽曲も好きだけれど、暗いか最近の曲の方が好きだなどと抜かす。

汚い部分もひっくるめてのムックは今時のファンの中では息絶え、やがてムックの中でも無かった事にされるのだろうかと、一抹の寂しさを抱いた。

繰り返すが、私は単なる老害なのだと思う。

ファンの在り方は様々だ。貶し愛と呼ばれる、極端なツンデレのような愛し方をする者もいる。ガチ恋と呼ばれる、本気で結婚したいと考え必死札レターを贈る者もいる。アイドルのように無条件に可愛いかっこいいと愛でる者もいる。

ムック本命バンド人間もいれば、他のバンド本命だという人間もいる。

必死な人もいれば、緩く追っている人もいる。

十人十色千差万別。色んな愛し方があって当然だし、「多様性」を強みとするバンドならばファンも多様であっていいと思う。だからこそムックは、色んなものを身につけ、色んなものを培い、色んなものを味方につけて、色んな道を歩んできた。

からこそ、ファン同士でも理解のし合いが必要だと思う。

とりあえず、これからムックに金を落とし続けてくれればそれで結構なので、頼むからせめてダイブする時は柔らかい靴で・アクセサリー類は外す・髪は括る・ステージにもフロアにも余計なアピールをせずさっさと転がって降りるの4点くらいは徹底をお願いしたい。

それと人海戦術チケ確保も程々にして頂きたい。激戦チケットとの交換カード用に、自分にとっては余計なチケットを申し込んで転売するのもほんとに勘弁して下さい。

あーあ、やっぱりラルクソ居なくなって欲しいな。何だかんだ言ったけど、やっぱ存在が無条件にただただムカつくし気持ち悪いわ。

さん付けとかたつえちゃん呼びもきしょいし、下手くそ小学生夏休み工作以下のお手製土産(笑)を「声かけて下さい!」とか拡散してるのも本当にきしょい。

それもラルクソの文化男性アイドル追っかけてる夢女子腐女子のオタ中学生みたいですね。

ガチ恋も増えた臭いけど、やってる事だけじゃなくて身なりもオタ中学生みたいな糞ダサデブスだし、見た目も繋がるためのお金も何の努力もしてないから本当に見苦しい。

せめてまず痩せろよ。1人で2人分くらいスペース取ってるデブ本当に殺意沸く。

何食ったらそんなデブになるの?何処かの相撲部屋所属してるの?ちゃんこが美味しいのは仕方ないだろうけど、ここは土俵じゃないんですよ。

万が一にも動員落ちたら1人でチケ20枚くらいは買い支え気持ちいるから、ここらで一発ムックには炎上してみて欲しい。

ボーカルベース辺りが分かりやす誤爆やらかさないかな。でも周りの大卒が止めちゃうか。

本当に頼むからラルク活動再開してそのまま一生休まないでくれ。

2017-08-20

オタク差別するな!の意味

アニメオタク漫画オタクゲームオタクって十把一絡げにされるけど、

twitter見てると、当たり前だけどそれぞれ違っている。

アニメを見ているだけで、漫画を読んでるだけで、ゲームプレイしてるだけで

オタク認定されて差別されるなんてことは今ではない気がする。

それで問題になってくるのは二次元キャラ自慰行為をして、それをSNS公言するような

人達

そういう人達ありのまま自分達を認めてくれっていうのは我儘な気がする。

最近オタクは方って置いてくれでは満足できず、自分達の性欲を公共圏でも

認めてくれないと差別だと主張しているように見える。

https://anond.hatelabo.jp/20170820001105

ポリコレに準じることで安心して、それに沿わない人が間違い!って言ってすぐ叩く人がいるけど、自分ポリコレを正しいと思うのはいいけど、もしかしたら他にも正しいことはあるかもしれないなっていう謙虚な態度でいた方が、より相互理解に近いしいいんじゃない?ってこと?ポリコレの見た目だけを宗教みたいに盲信しないでちゃんと自分の頭で考えて理解しなよっていう。

申し訳ないながら違います

まず前提条件として、ポリコレに準じることで安心して、それに沿わない人が間違い!って言ってすぐ叩く人は、実は自分に自信がないためにそのような言動に走るのだ、と私は考えています

自分に自信がない人は自分価値観を持っていない。だから絶対に正しく見える他人価値観に沿って生きることで自己肯定をする。他人価値観を正しいと思っているから、それ以外の人の価値観を認めることができなくなり、他の人にも自分が正しいと思っている価値観を信じるよう求め始めてしまうのです。自信がない人が絶対に正しく見える他人価値観として採用する価値観は様々ありますが、その中の一つがポリコレです。

ポリコレに準じることで安心して、と表現されていますが、なぜポリコレに準じると安心できてしまうのか?そこがポイントです。ポリコレ絶対に正しいことだから、それに準じた自分もまた正しい。そう思えるから安心してしまうのです。

そして自己肯定のためにポリコレに準じるようにした人たちにとって大切なのは、人を尊重することではありません。正しいことです。つまり自分の考えとしてポリコレに準じているのではなく、正しく見える他人の考えに乗っかっているだけです。そういう他人の考えを心に据えてしまった人は、それ以外の人の価値観を認められない構造に陥ります。だから自己肯定のためにポリコレに準じる人たちはポリコレを認めない他人攻撃し始めてしまうのだと思います

そしてそういう人に、正しさで自己肯定をすることを止めようと言いたい。ポリコレを信じなくなってもいいから、正しくても間違っていてもそのままの自分を認められるようになれたらいい。それができるようになったら、その時初めて他の人を受け入れることができるようになるのだと思うのです。

正しさで自己肯定をしていると、自分が間違えた時に辛いです他人の間違いを認めることもできず、それも辛いです。それに、ものごとに接して現れる自分気持ちが「正しくない」気持ちだった時に、自己肯定ができないジレンマに陥る。その上、自分の正しさを守るために「正しくない」人を正さなければならなくなってしまます。これらは本当に辛い。

でも、正しさで自己肯定をするのはそれらの辛さを背負うためではありません。本当は自分アイデンティティを守るために正しさの盾を求めたはずなのです。

だとすればどうしたらいいのか?

それは、自分を認められるようになることです。正しさで自分を守るのではなく、自分自身で守るのです。正しくても間違っていても、自分評価しないことが自分を認めることにつながります

そもそもなぜ自信がなかったのか?これを考えると自分評価しないことの大切さがわかります。自信がない理由は、自己否定をしてしまうからです。自己否定をしてしま理由はたくさんあります。両親に肯定感を育ててもらえなかったパターンや、いじめパワハラにあって尊厳を奪われてしまった場合、日々の中で少しづつ自信を失ってしまうこともある。しかしいずれにせよ、自己否定をしてしまう時は必ず自分自分を悪い方向に評価しているのです。

一方で、自己肯定自分自分を良い方に評価することです。健全に使うこともできますが、これも極端に走ると困ったことになります。常に良い自分、正しい自分でいないと自己肯定できなくなる場合です。正しさで自己肯定をする人々は、常に極端に走った状態にあります。この状態では、間違えた時などに辛いのは前述の通りです。

から、この問題根本的に解決するために必要なのは自分を良いとも悪いとも評価しないことです。それがありのまま自分を受け入れるという意味であり、自分を認めるということなのだと思います

そしてそれができた時に初めて他人も受け入れることができるようになるのでしょう。

2017-08-07

michita feat. MOUTHPEACE - それでもあなたの道を行け

michita feat. MOUTHPEACE - それでもあなたの道を行け - YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=p5m1z8B7fFs

言葉の種を蒔いて音の風に乗せて心の土に 届ける汗 涙の雨を降らせて花を咲かせる

言葉の種を蒔いて音の風に乗せて心の土に 届ける汗 涙の雨を降らせて花を咲かせる

この想いはいつか届くのか? 僕の背中をそっと押すのは

いつもよりも温かい風 飛び越えてもまだまだ高い壁

きっといつまでもこの繰り返し それでもたまには振り返り

思えば遠くに来たもの自分の見たものや感じたもの

とりまく好きなことや嫌なことが 僕を作る大事な要素

ならば愛したものありのままの姿で愛し続けたい

つの間にか凝り固まってしまっていた気持ちを取り払って

大事な仲間と共に笑っていけるだけで きっと幸せから

あせらず あきらめず 汗をかき ありのまま歩き続ける

あせらず あきらめず 汗をかき ありのまま歩き続ける

あせらず あきらめず 汗をかき ありのまま歩き続ける

あせらず あきらめず 汗をかき ありのまま歩き続ける

例え自分の望む結果じゃなくとも 天は努力に対して

確かな成果を与えてくれる 僕の願いを叶えてくれる

諦めなければ可能性はあるから例え前が見えなくとも

歩き続けりゃ景色も変わるし ボケっとしてても時計は回る

何もしないで悩むより 在りもしない粗をひたすら探すより

大空を羽ばたく鳥の如くもっと自由に高く飛びたい

踏み出す一歩がきっと日々の歩みと変わってく

からこそ 誠実に過ごす日々の歩みの重ねこそ宝物

言葉の種を蒔いて音の風に乗せて心の土に 届ける汗 涙の雨を降らして花を咲かせる

言葉の種を蒔いて音の風に乗せて心の土に 届ける汗 涙の雨を降らして花を咲かせる

僕は僕にしかなれないから 僕は僕のやれる事をやるだけ

きっと人の数だけそれぞれのやり方ってものがあるから

誰かと比べても限がない きっとその誰かは君じゃない

ありのまま ありのまま ありのままの姿を思い出して

影響を受ける度に 人は成長していくものから

どんなデカイ困難であっても 一度飛んだら二度目は楽さ

雲の隙間から漏れ日差しが雨粒を照らし街は光りだす

見上げる空に虹の掛け橋 追いかける子供達の駆け足

そんな純粋さ 無邪気さで 僕はこの歌を歌い上げ

吹き荒れる向かい風の中でもしっかりと繋いだ手

この道は先は長く 何が起こるか僕にはわから

それでも必ず心が安らげる場所が在るはずだから

言葉の種を蒔いて音の風に乗せて心の土に 届ける汗 涙の雨を降らして花を咲かせる

言葉の種を蒔いて音の風に乗せて心の土に 届ける汗 涙の雨を降らして花を咲かせる

あせらず あきらめず 汗をかき ありのまま歩き続ける

あせらず あきらめず 汗をかき ありのまま歩き続ける

あせらず あきらめず 汗をかき ありのまま歩き続ける

あせらず あきらめず 汗をかき ありのまま歩き続ける

2017-07-31

自分スペックの低さに起因する生きづらさを感じている人間に向かって、

ありのままを受け入れよ」なんて言われてもそりゃほとんどの人間は反発するんじゃねえんですか

2017-07-28

鉄道おじの20代までの生活

彼は大学卒業後、しばらくは地元役人生活を送っていたという。その後、3年ほど前に退職し、無職の身になった。(現在転職済み)

「足を踏み外したし、復帰の見通しが立っていないって、知人は心配していました。無職時代には電子書籍出版だの動画作成のしていると聞きましたね。そう、私は直人君のことが心配心配でたまらなかったんじゃないかしら。高校時代、直人君がADHD知的障害かになりかけて窮地に陥ったことがあったけど、知人は血相を変えて飛んでいったもの。」

直人を知る中学時代の知人によれば、直人は高校の頃から学習障害を患い、1年生当時の成績はそれほど安定していなかったという。

ちなみに自宅の郵便受けに入った大量のレターが入れられていたことは、近所の住人のほとんどが覚えている。

知人は直人の現在の姿をありのまま伝えることを躊躇し、この男女には「左翼関連の専門家をして活躍してる」とだけ話した。

事実、直人はそう自称することが少なくない。

「あら、立派になったのね。それにしてもなぜ左翼なのかしら。見当がつかないわねえ」と男女は怪訝な表情を見せた。

実家のあった地域は、古くからあるJR線地下鉄開業近代化目まぐるしい住宅街に隣接している。

地元の人によると、この近くには市を代表する進学高校があり、受験シーズンには賑わっていたという。

その後、教育事情などの変化によって志望校分散も進んだが、現在でも偏差値が高い高校として知られている。

平日の殺人的混雑で悪名高い私鉄線へはJR線で2駅だ。

ちなみに直人が何かと攻撃対象にするgudachanも、大学卒業直後だった一時期、面識があった。

彼は生まれも育ちも神奈川県茅ヶ崎市だが、一時期オタクにハマっていたこからにわかに友人関係にあった。

2000年代後半のgudachanと直人の趣味は、同じ秋葉系というのである。この偶然には驚かされた。

https://anond.hatelabo.jp/20170728155959

リスカする人は「かわいそうな自分を見て」だからね。

今切ってなくても、過去そういう人だったってこと。

彼女いくら好きでも、腕がズタズタの人間と一緒に歩くの辛くない?

美容整形で傷どうにかできるぽいけど、リスカある人間って整形で治そうとはしない人が多いよね。

ありのまま自分を見て」って思ってるんだろうけど、無理っつーの。

正直気持ち悪いよ、リスカ痕。

ちょっと頭使って、切りたいなら別の見えないとこ切ればよかったのにって思う。

かまってチャンが多いし、なんかやたら自分と人と比べる人多いし、そもそも性格に難アリ。

別れることをオススメする。

2017-07-26

動物投稿動画ペットアテレコすんのやめて

「○○だにゃ~」

マジでめっちゃ白ける

普通に動物の姿だけありのまま見せてくれたらいいのになんで余計なことすんのかな

アテレコ入れてる動物動画全く伸びない

東京で道に迷った増田酢魔タッ夜間に地味でうょき宇土回文

南青山で道に迷ってさんざん歩き回ったあげく

うっそうとした森を抜け開けた目の前には

はてな南青山事務所だったという。

増田だけにこれも何かの思し召し。

自然と導かれるのね、と思ったわ。

まあ何を言ってるか分からないと思うけど。

ありのまま起こったことを話したわ。

まるで童話のワンシーンのよう。

ファンタジー

笑っちゃったけどね。

記念に看板写真撮ろうと思ったけど

やめといたわ。

うふふ。


今日朝ご飯

鶏丼美味しそうなのがあったので、

これはお昼に頂くことにするわ。

朝はハムタマゴとリッチハムサンド

玉子は朝の元気の源義経よね。

しずかちゃん名字が源だって

知ったときの衝撃のようだわ。

デトックスウォーター

グレープフルーツレモンミント

レギュラー定番レシィピね。

そういえば、ミントで売ってる?

みんなどこで調達してるんだろう?

クールミントからかしら?


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-07-11

エクアニミテ

(Equanimity: 平静)という方法になる。瞑想中に、気になっていること、不安に思っていることを、心に思い描く。心の中でこんなセリフつぶやく

「(世の中はそういうものだ)」 「(どんなこともありのまま受け入れられますように)」

これを繰り返すだけ。

2017-07-02

本当に怖い痴漢冤罪

ぼくが先日痴漢冤罪に遭った(遭いかけた)話。

昨今胸糞の悪くなる冤罪事件ニュースが多いので、電車に乗る男性は気をつけてほしい、という思いで稚拙ながらもこの文章を残します。


その日は2017年6月30日金曜日

職場に向かうためいつものように新小岩駅から6:12JR総武本線快速佐倉行に乗り込む。

いつものように、と書いたがいつもはグリーン車の1つ2つ前の普通車両に乗るのだが、何の気まぐれかこの日に限って3つ4つくらい前の車両に乗った。



今思えばこれが大きな間違いだった。


朝の下り電車なので、ほとんど混まない。

7人がけの座席にもちらほら空席があるほど。

ぼくはそのちらほらと空いた空席に何気なく座った、リュックサックを抱える体制で。

右には中年男性、左には20代女性が先に座っていた。

イヤホン音楽を聴きながらウトウトしていたぼくは、稲毛駅に着く数分前だったろうか、突然左隣りの女性に左腕をガッと捕まれ痴漢ですね!身分証明書を見せてください」と迫られた。

眠気と驚きで状況を飲み込めなかった、何事かとイヤホンを外し辺りを見回せば、どうやらぼくのことらしい。女性はぼくの腕を掴みながらこちらを恨めしそうに見ている。

て言うか、身分証明書提示って痴漢を疑われたほうがやるのであって被害を主張してる側が求めることではなくねぇか?と解せない気持ちのまま、免許証を取り出す、ここで騒がれても面倒なので。

その女性はぼくの免許証を奪いとり、表を一回、裏を一回、また表を一回、スマホカメラで撮る。ぼくも公然の場で痴漢に仕立て上げられて頭に来てるので負けじと奪い返し、強めに言葉をかける。

ぼく「あんた何言ってんだ?リュックサックを抱えてんのにどうやってあんたに触るんだ?」

女性「二度も触られました!二度も!」

ぼく「いや、だからさ、おれがあんたのどこをどうやって触ったの?証拠でもあるの?周りの人に聞いてみろよ、どう見たってさわれる状況じゃないよ?」

周囲の人達は、この悶着に関わりたくないのだろう、明らかにこちらを見て見ぬふりをしている。

女性証拠なんかありません、でも私は二度も触られたんです、駅員室に行きましょう」

ぼく「あのさぁ…だからこの状況でどうやって触れと?リュックサックを抱えてんだぞ?向いとか周りの席の人に聞いてみようか?」

依然として周りは見て見ぬふり。

女性「大声で叫びますよ?」

ぼく「めんどくせぇ…」

電車稲毛駅に着くと、ぼくは女性に腕を掴まれたまま降り、駅員室のほうへと引っ張られた。

うわー、これニュースネットでよく見るやつだわ… 駅員室入ったら負けなやつじゃん、どーしよ、どうやって逃げよう…終わったわ…

逃げようにも改札周辺はもちろん人が多い、振りほどいて逃げようもんならすぐさま大騒ぎになり周りの人たちに捕まってしまうだろう。そもそもぼくはこの人だかりを突破できるほど脚の速さに自信がなかった。

駅員室に着いて警察が来るまでの数分、ぼくはなぜか落ち着いていて(もう人生終わりだ、と半分諦めていたからかもしれない)、妻、職場電話で現状を連絡。

妻は夜通しの子供の世話に疲れて寝ていたのか電話に出なかったのでLINEメールで報告をし、職場の人から電話で「まじかぁ、それはキツイな、落ち着いたら連絡ちょうだい」と言葉をかけられる。

警察が来てからはぼくはその時の状況をありのままに話す、すると警察も「普通被害者身分証明書提示を求めるのか…?」と首をかしげていた。

諦めてたとは言え、やってないものはやってない。どうせ白でも黒にするんだろ警察という奴らは、と思いながらも強がって「ぼくを逮捕したければDNA鑑定でもなんでもしてください、まぁぼくのDNAは出ませんけどね、触ってませんから」と強めに出ておく。

警察もこういうケースが多いのか疑う反面、同情しているような態度で話を聞き、結局警察署行きのパトカーへぼくを連れ出した。


からパトカーに向かう間、くよくよしてたらただの犯罪者に見られる、それはシャクだ、ぼくはやっていないのだ、無罪冤罪なんだよ、という気持ちを周りに示すため堂々としているように振る舞うのが精一杯だった。

警察署に着くと駅員室でしたような同じ話を再び精一杯の強がりをしながらする、重複するので割愛

取調が終わると一時間程待たされた、きっと女性の話を聞きにいったのだろう。

その間ひどくモヤモヤした気持ち支配された。

自分が人よりもわりとスケベである自覚は大いにあるが、仕事もあるし、子供も生まれたばかりで他の女性にチョッカイを出すほど血迷っては無い。

しかしこの状況だ、きっと問答無用逮捕されてこの人生社会的に終わってしまうのだろう。

証人もいなければ、弁護士を呼ぶお金もないし…

ああ、さようなら娘よカミさんよ、こんなことになってごめん、達者でな…。


と項垂れていると、取調べをしていた警察が戻ってきて、「とりあえず、もう帰りましょう、職場に向かってください」と一言

あれ、助かった???わけのわからないまま、言われるまま念書?(今日こんなことがあり取調べを受けましたよ、という書類)をかき、警察が「こういうこと多いから、電車に乗るときはお気をつけくださいね女性にはカメラに撮られた免許証データは消去させましたのでご安心ください」と言い、ぼくを行きのパトカーとは違う乗用車に乗せ稲毛駅まで送る。

自由になったぼくは遅れながらも職場に向かった。


証拠不十分?なぜ助かった?その時は自由になったとは言え、心が落ち着かなかった(これは後でわかったことだが、女性女性でどこをどのように触られたか最初ははっきり言わず、後で「脚を触られた」と言ったそうだ。いやいや、だから手は塞がってたんですけど…。そして結局「事件にはしない」と女性が言ったらしい。)。


今思えば、女性の思惑通りに事が進んでいれば、示談金目当てに冤罪詐欺をふっかけようとしたのかもしれない。

きっと警察側もそれを察しそうならないように阻止してくれたのだろう。

数日たった今でも、この事を思い出すととても怖いし頭にくる。

今回は本当にたまたま運が良く数時間の拘束で済んだけど、また同じようなことになろうもんなら今度はこうは済まないかもしれない。

あの女性の顔はきっと一生忘れない、同じ電車でまた会ったらどうしよう。恐怖と怒りでどうにかなってしまうかもしれない。

仕事があるので今後も電車通勤を避けられない。乗る車両時間を変えるしかないな。


痴漢冤罪他人事じゃあないんです、電車に乗る男性なら誰にでも起こりうることなんです。

注意してもしきれないことかもしれませんが、(両手を塞いでても誤って股間が触れてしまったり。又、肩がちょっと触れただけでも騒ぐ女性がいるそうで…。)皆さんも十分お気をつけください。

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