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2018-11-07

anond:20181106132747

経験の浅い子供は総じてアホだし容易に道を誤る

子供判断力をナメすぎだとは思わないな

もちろん聡明な子も居るけど上位に基準を合わせていては救えるものも救えない

現在クソみたいな人生を送ってる大人だって

若いころ道を誤らなきゃ全然違った人生をおくれてたんだよ

2018-10-21

anond:20181020130536

関係あるのかどうかわからないけどCMで男女が会話すると「愚鈍な男を聡明女性が新商品で助ける」という構図のCMが多いんだけどああいうの気になる人いないのかな

2018-10-14

[][] (仮題)第3話

(執筆途中の作品であり、今後内容を変更する予定です)

高田

雙葉学園は、フランスサンモール修道会の会員が1875年に設立した築地語学校を祖とする、私立学校法人である

雙葉学園はその長い伝統において、「徳においては純真に、義務においては堅実に」という校訓のもと、幼稚園から高等学校にわたる一貫したカトリック教育を行ってきたが、雙葉女学院大学設立により、さらに4年間の大学過程をふくむ一貫教育が行われることになった。

というのも、雙葉中学校・高等学校は、東京大学をはじめとするいわゆる旧帝国大学や、慶應義塾大学などの難関私立大学合格者を多数輩出し、全国有数の進学校と呼ばれるようになっていたが、多数の生徒父兄が、単なる学力の追及ではなく、カトリック教育さらなる徹底を望んでいたこと、卒業生の多くがカトリックの信仰を保持していない現実を嘆くサンモール修道会の強い推薦により、2002年に大学過程を行う教育機関の設立が決議されたのである。その後、文部科学省の認可を受け、雙葉高等女学校設立からちょうど100年となる2009年、開校に至った。

私が雙葉高校卒業したとき、もしこの大学があったら、このエスカレーターに乗っていだろうか。キーボードを叩く手が止まり、ふと自分過去を反芻した。

中学受験成功し、晴れて雙葉の門を潜ることはできたものの、入学後は成績が低迷し、人生の目的も見出せないまま、あるいは、先生がたがおっしゃっていた、神に与えられた使命を感じることもなく、特に受験勉強もせずになんとなく大学受験をした私は、願書を出した中で最も無名な、平凡な私立大学に行くこととなった。

パッとしない4年間の大学生活の間、やはり人生に意義を見出せず、大学卒業後は、飲食店塾講師などのアルバイト転々としたのち、25歳で、あるカリスマ英語学者執筆アシスタントとして雇われることになった。

受験生向けから社会人のやり直し英語のための参考書まで、様々な英語関連書籍を多数執筆し、そのほとんどすべてがベストセラー、2005年から教育テレビでレギュラー番組放送されている、クリストファー・トンプソン、その人である

誰もが認めるカリスマ英語学者アシスタントベストセラー約束された数々の出版物編集作業。やっと使命が見つかったかに思えた。

が、それもつかの間のことだった。

最初の数ヶ月で気づいたことは、クリス・トンプソン執筆作業ほとんど全てを、彼の『アシスタント』に任せているということだった。それでも、はじめのうちは、英語学者である彼の理論専門家でない一般大衆向けに落とし込むのに、アシスタントが最大限の貢献をしているのだろうと好意的に考えていた。

働き始めて半年が経った頃、主力の『アシスタント』が結婚出産を機に退職することになり、私がその立場を引き継がなければならないとなったとき彼女から真相が告げられた。カリスマ英語学者クリス・トンプソンは、自分ではなんの理論も持っておらず、彼の博士号はディプロマミルから得られたもので、彼のアイデアと言われるものはすべて、彼女作品だったのだ。

『徳においては純真に。』私は、彼が世間を欺き続けるのを手助けすることはできなかった。

代わりの職を求めた私はその後、27歳にして都内にある無名私立高校英語教師として採用された。

須藤智くんとの出会いは、私がその学校で働き始めて3年目のことだった。

高校といえば雙葉高校しか知らなかった私は、おそらく世間では平均的であろう、学習意欲のない生徒たちを前に、教師として戸惑っていた。そんなとき入学してきた須藤くんは、『教え子』と——おこがましいが——呼びたくなるような、優秀で向上心の高い、私の初めての生徒だった。

彼はすべての科目の定期試験で満点を取り、全国模試では偏差値が80を超えていたので、瞬く間に教職員あいだで評判になった。

彼の非凡な才能は、主に自然科学理解に向けられているようであったが、彼の言語に対する洞察も、単に受験勉強ができるというレベルを超えているように思われた。

それは、彼が二年次に進級し、私の授業を受けることがなくなった新学期のことである。珍しく残業もなく、夕方6時に山手線新大久保駅で帰りの電車を待っていた私の元に、彼が歩み寄ってきた。

自然言語構成する元素を見つけました」

突然そう告げた彼は、意表を突かれてうろたえる私の返事を待つことなく、ノートを広げ、彼の発見説明し始めた。

私は彼の理論を即座に理解することができた。なぜなら、中性子陽子原子核電子といった、化学アナロジーを用いているものの、それらの用語を適宜『主要部、内項、外項、句、付加部』という言語学の用語に置き換えれば、それは現代言語学の父、ノーム・チョムスキーが1970年に発表した、エックスバー理論のものだったかである

彼はきっとエックスバー理論をどこかで読んだのだろう、そしてそれを、自分の慣れ親しんでいる化学アナロジー理解したのだろう、と私は考えた。

しかし、彼は、これは紛れもなく自分でたどり着いた理論で、とっかかりになったのは、クリス・トンプソンの『60億人の英文法』にある「日本人名詞が主でそれに冠詞がくっつくと考えがちだが、冠詞がまずあって、そこに名詞がくっつくというのがネイティブ感覚だ。」という記述だと言う。

ともかく、私は彼の話を信じた。そして、彼が自分発見を教えてくれたお返しに、私も自分の『発見』を彼に打ち明けた。こうして彼は、クリス・トンプソン秘密を知る、部外者第一号となるのであった。

秘密を共有した私たちは、ときどきメールを交換する仲になった。話題は主に、言語学。彼は初め、原子力工学の話をしたがったが、私がついていけないということに気づくと、言語学を中心に、私が理解できる話題を選んでしてくれるようになったのだ。これは私にとって、10年遅れて訪れた青春の一ページだったが、彼にとってはたぶん、相手先生から、気を使って付き合ってくれていただけだったのかもしれない。

私は一度、言語学の道に進みたくはないか、と彼に尋ねたことがある。彼がチョムスキーほどの天才かどうかはともかく、才能があることは間違いない。しかし、彼は原子力工学をやるといって譲らず、ワシントンにあるベルビュー工科大学を単願し、同校に進んだ。なぜマサチューセッツ工科大学や、スタンフォード大学を目指さなかったのだろう、あるいは、ワシントンならなぜ同州トップワシントン大学に行かなかったのだろう、願書くらい出しておけばよかったのに、と当時も思ったが、きっと彼なりの理由があったのだろう。

メールのやり取りは彼が高校卒業した後もしばらく続いたが、彼が希望通りベルビュー工科大学に進学すると、須藤智という天才を失ってただの無名私立高校に戻ったその場所で、張り合いのない授業を続ける私が、なんだか取り残されたように思えて、劣等感からメールを送るのが億劫になって、やめてしまった。

須藤くんとのメールをやめた私は、高校教師仕事もやめた。また人生に迷ってしまったと思った私は、以前のように求人情報をチェックしたり、履歴書作成したりする気もなくなって、目白アパートに引きこもった。

そんな張り合いのない生活を続けるうち、あるとき新聞広告欄に、雙葉学園が、大学新設にあたり職員を求めているという求人情報が載っているのが目に留まった。行き場を失った私は、まるで蜂が巣に戻るように、こうして古巣に戻ることになった。

はいま、雙葉女学院大学国際交流課で、4年ぶりに須藤くんへのメールを書いている。雙葉女学院日本大学として初めて、ツー・プラス・ツーのダブル・ディグリー協定海外大と結ぶことになったのだが、なんの因果か、その協定第一号が、ベルビュー工科大学だったのである。そして、私が留学カウンセリング担当した学生が、第1期生として派遣されることになったのだ。

彼女聡明女性だが、単独海外に行った経験はないと言う。現地に信頼できる知人がいれば、少しくらい世話を焼いてもらってもばちは当たらないだろう。

2018-10-13

anond:20181013113449

そりゃ、フェミの頭が悪すぎるからだよ。

もし奴らが聡明で誰もが賛同する主張をしていたら、論争なんて起きなかっただろうよ。

2018-10-10

バカマツタケの"完全人工栽培"は偉業なのか

先日、加古川肥料メーカー多木化学バカマツタケ(Tricholoma bakamatsutake)の完全人工栽培成功を発表した。それを森林ジャーナリスト田中淳夫氏がyahoo!ニュースで取り上げた記事は、多数のブクマを集め話題さらった。

http://archive.is/fdyLb 

ただ記事の内容には不正確な情報や、やや解説が不十分と感じる点があったので補足したいと思う。なお増田は単なるきのこ愛好家に過ぎず本稿は信憑性に乏しいが、ブクマカのきのこへの興味と深い理解一助となれば幸いだ。

冗長になってしまったので、概要だけ知りたい方や長文が苦手な方は、先に下部の【まとめ】を読まれることを推奨する。

以下該当記事の一部を引用するかたちで解説

バカマツタケマツタケの近縁種。名前名前だけに、マツタケより劣るように思いがちだが、実は姿もよく似ているうえに味と香りこちらの方が美味しくて強いと言われるキノコである

マツタケよりも香りが強いというのは一般に言われるが、マツタケよりも美味しいという話は聞いたことがない。野生下ではマツタケよりも相当に貧弱で、発生時期が早く暖かいこと、一般湿度の高い広葉樹林に生えることからマツタケよりも柔く品質劣化がはやい(一般的にきのこ寒冷地・痩せ地に生えるほど日持ちが良く高品質ものを得やすい)ことが関係すると思われる。近縁で姿がよく似ているというのは本当で、素人目には見分けがつかない。増田にも発生場所情報なしに個体だけで同定できる自信はない。

別名がサマツ早松であるように、マツタケより早く8~9月に発生することから名に「バカ」がついてしまった。

バカマツタケサマツと呼ぶ地域は確かにあるらしい。しかし必ずしもサマツバカマツタケではない。きのこ地方名は極めて多様で曖昧世界だ。その証拠に「サマツ」といっても梅雨時期に少量発生するマツタケを指すこともあれば、モミタケオオモミタケ等を指す地域もあるようだ。

マツタケの人工栽培がなかなか成功しない中、バカマツタケの方が環境適応やすいか栽培もしやすいのではないかと注目する研究者はいた。実は昨年には奈良県森林技術センターが、人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて発生させることに成功している。

『人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて』という表現は正確ではない。菌に感染した苗木を人工的に作り出し植樹することで自然下で発生させた、とするのが正しい。既に自然化で定着している樹木に植菌を施すのと、無菌状態の苗木に植菌するのとでは似て非なる技術だ。(ところで同様の研究マツタケでも行われており、無菌培養の松苗木の感染には成功しているものの、植樹後のマツタケ発生については再現性に乏しい。理由としては自然環境化においてマツタケ菌が他の害菌に負けてしまうこと、マツタケの発生にはまとまった菌糸量とそれを支える大きさの松が必要なことが挙げられる。例えば自然下でマツタケが生えるためには一般20年生程度の松が必要とされる。)補足になるが、奈良県森林技術センターバカマツタケ栽培研究農水省委託事業で、2015年より森林総合研究所(国立)との協働で進めている。要するに国策が3年の歳月を経て文字通り実を結んだかたちだ。今年の2月頃に、はてブでも話題にのぼった。しかし本件とは全く関係のない別個の案件であり、おそらく情報の共有などもされていなかっただろう。奈良県森林技術センターが松の苗木を利用するのに対し、多木化学は菌床を用いた完全人工栽培に取り組んだ。研究テーマアプローチも全く異なり、時期も多木化学のほうが先行している。

これがバカマツタケ栽培の第1号で、今年も継続発生させて実用化に一歩近づけた。ところが多木化学は(中略)木クズなどによる人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結させたのだ。これは画期的なことで、キノコ栽培常識を覆す大発明かもしれない。

菌根菌(樹木との共生関係を結ぶ集団)とされるバカマツタケで『人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結』、つまり”完全人工栽培"に成功したというのは実に画期的なことである。この成果は偉業と言っても差し支えないものであると思う。三重大学の菌学者白水先生も、

とその成果を讃えている。

しかし本文にある『キノコ栽培常識を覆す大発明』というのは誇張にあたる可能性が極めて高い。なぜなら「菌根菌の完全人工栽培成功」という点においては既に先行研究があり、実はとうに商品化もされているのだから。例えばホンシメジの人工栽培がこれにあたる。

とくにマツタケ類は、植物との共生必須と考えられてきた。これまでマツタケ菌糸の培養成功した例はいくつかある(私もその度取材に行って、いよいよマツタケ栽培成功か、と期待していたのだが……)が、子実体(傘のある姿のキノコ)を出すことに成功していなかった。だが多木化学は、とうとう菌糸から実体を出させるシグナルを見つけたのである。この研究成果は、これまでの定説を破るものであり、学術上も大きな成果だろう。

繰り返しになるが、多木化学の成果が学術上も大きな意味を持つ可能性は高い。しかし、その成果がどのレベルかという点については当該記事では説明不十分なので、詳しく補足する必要がある。一般きのこ栽培はざっくり以下の工程をたどる。

a. 優良品種の選定・組織分離

b. 菌糸の培養

c. 原基形成

d. 原基の成長肥大

e. 子実体きのこ)の発生

ごく簡単に一連の流れを説明する。はじめに野生のきのこをたくさん採ってきて、それらの中から有望そうな株の組織(胞子ではない)を切り取って培養する。具体的には寒天培地というデンプンなどの栄養素を添加し固めたものを使う。きのこ組織を切り取り培地に置くだけで(コンタミを防ぐ必要はあるものの)、比較的容易にクローンである「菌糸体」を得ることができる。無事目的の菌糸体が得られたら、それらを培養して増やす必要がある。従来は木くずの他に、米ぬか、フスマなどを添加し水を加え固めたもの(=菌床)を用いる。菌糸体は、適切な温度、水分、光などある条件が重なると原基(きのこの基)を形成する。原基は一般に、低温、水分供給、切断などの刺激により成長をはじめ、十分な菌糸体の量と栄養供給を伴って肥大し、きのこの発生に至る。

ここで問題になるのは、b. 菌糸の培養、c. 原基形成、d. 原基の成長肥大という三つの工程それぞれに、全く違ったメカニズム存在することであるマツタケを例にとると、これまで少なくとも半世紀以上もの研究蓄積(野外での観察研究の記録を遡ると実に70年以上)がある中で、c,dについては再現性に乏しく、bについてもまともな成果はあがっていない。マツタケ栽培の難しさにして最大の課題は実はここ《b. 菌糸の培養》にある。とにかく菌糸の成長が遅い上に、どのようなメカニズムで菌糸が栄養素を取り入れ増殖するのかということがほとんど未解明なままなのである

理由は当該記事にあるとおり、マツタケ樹木共生関係を結ぶ「菌根菌」であることが大きい。マツタケ菌糸の生育には生きている樹木必要で、実験室での再現ほとんど不可能といっていい。それではなぜバカマツタケは完全人工栽培可能だったのか。

マツタケなどの樹木共生する菌根菌に対し、シイタケナメコなど、倒木や落ち葉などを分解し、栄養源とする菌類は「腐生菌」と呼ばれる。腐生菌の多くは菌床による栽培可能で、多くが一般に出回っているのは既知のとおりである。実は菌根菌は、腐生菌が進化過程樹木共生する力を獲得し、腐生的な能力を失った集団だと考えられている。ところが菌根菌の中には、完全に腐生的な能力を失っておらず、腐生と共生、いわば両刀使いが存在するのである。その代表ホンシメジであるホンシメジは「香り松茸、味しめじ」と言われるように、我が国における代表的な食用である。菌根菌とされるホンシメジ栽培は、マツタケ同様に長らく不可能と考えられてきた。しか系統により極めて強力な腐生的な能力を備えるもの発見された(研究により、これまで同種と考えられてきた本種が実は様々な系統もしくは別種に分けられることがわかってきた)。1999年タカラバイオなどにより菌床による完全人工栽培法が確立され、その後商品化もされており、少量ながら現在一般流通している。

多木化学バカマツタケ栽培は菌床を用いた完全栽培なので、上記ホンシメジ栽培成功と同様である。つまり、本件はバカマツタケの中から腐生的な能力を持つ系統を選定し、培養から実体を発生させるまで成功したということだ。リリースにあるとおり、今後は栽培の安定化と供給体制の構築が図られ、数年後にバカマツタケ食卓に並ぶことの実現性は極めて高い。それではマツタケ栽培への応用についてはどうか。

勘の良い方には察しがつくと思うが、前述のc〜eの工程については応用が効く可能性が高い。他のきのこ栽培でも成功しているように、十分な菌糸体と栄養を確保することさえできれば、原基形成〜子実体に至るまで管理可能なことを初めてマツタケ類においても示したことは大きい。ただし、最大の課題である《b. 菌糸の培養》については、ほとんど応用が効かない可能性が高い。なぜならマツタケにおいては既に膨大な先行研究があり、当然ホンシメジバカマツタケ同様に”両刀使い”が存在する可能性も、その系統選びも、菌糸培養を促進する成分や菌糸の栄養源についても、少なくともバカマツタケよりは遥かに詳しく調べられているかである。それをもってしてもまともな菌糸培養に至っていないのが現状なのだ

つまるところ、多木化学による本研究の主な成果は以下の二点にまとめられる。

繰り返すがこれらが偉大な成果であことに疑いの余地はない。一方でマツタケや他の菌根菌の人工栽培を実現するには、それぞれの種類において腐生菌的能力もつ系統の発掘と培養法の確立必須となる。その意味において本研究の応用範囲限定的となる。田中淳夫氏は今回の研究結果により、さも菌根菌の栄養吸収のメカニズムが明らかにされ、あらゆる菌根菌の人工栽培可能になるかのような書き方をしているが(あるいは本当にそう思っているのかもしれない)、残念ながらそうではないことはここまで読んでくださった聡明ブクマカ殿にはご理解いただけたかと思う。

菌床栽培なら、植物共生させないので培養期間が短く、室内の環境を調整することで季節を問わず生産できる。また室内栽培から虫の被害にあわず収穫時も混入の心配がない、収穫も簡単……などのメリットがある。

逆にデメリットを挙げるとすれば、野生のものとは全く異なる味わいと食感になることである。つまるところ、野生の品と菌床栽培のものとでは全く別物と考えるべきである養殖ブリと天然ブリの味わいが全く異なるように(それでも近年の養殖技術進化は素晴らしく、季節によっては天然物を凌駕するものさえある)、それぞれの美味しさと楽しみ方があると増田は考える。今回の成果によりバカマツタケ普通に食べられるようになったら嬉しいし、美味しければ普及すると思う。ただし、仮にマツタケの完全人工栽培確立されたところで、天然松茸価値のものは今後も揺るぎのないものである消費者がどう捉えるかはさておき)。

菌根菌のキノコの中には、マツタケ類だけでなく、トリュフポルチーニホンシメジタマゴタケなど高級キノコが多い。今回の成功が、これらの人工栽培技術もつながるかもしれない。

トリュフポルチーニは、日本におけるマツタケ同様にヨーロッパで盛んに研究がなされているが、今のところ菌床での栽培成功したという話は聞かない。ホンシメジは前述のとおり既に栽培法が確立されており既に商品化もされている。

これらの菌根菌の人工栽培可能にするには、ひとえに”両刀使い”の系統発見と、それらの培養方法確立である。ちなみに本家マツタケにも、実は”両刀使い”の存在示唆されており、引き続き研究が進められている。また、マツタケ類は世界中に似たような種が多数存在しており、マツタケ(Tricholoma matsutake)の中にも、例えば中国の山奥には広葉樹共生する系統があり、更にはそれらが日本ナラやカシと共生関係を結ぶことがわかっていたりもする。種の中にも多様性があり、それらをしらみつぶしに調べていけば、そのうち栽培可能ものに出くわさないとも限らない。その点はトリュフだろうがポルチーニだろうが同様である。ただし、その研究がどれほど途方もなく根気のいる仕事なのは間違いない(ちなみにトリュフポルチーニ国産種が知られており、積極的に狙うマニアが相当数いる)。ところで、遺伝子組み換え技術により、これらの菌根菌に腐生菌的能力を付加することも可能とする研究者もおり、そのうち遺伝子組み換えマツタケの完全人工栽培実験レベル成功する日も来るかもしれない。

まとめ

参考文献

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20181006-00099530/

http://fs.magicalir.net/tdnet/2018/4025/20181003413938.pdf

http://www.kinokkusu.co.jp/etc/09zatugaku/mame/mame04-3.html

https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/bulletin/424/documents/424-1.pdf

http://www.jsmrs.jp/journal/No31_2/No31_2_167.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjom/50/2/50_jjom.H20-07/_pdf/-char/ja

トラバブコメに反応

見た目 味も 香りも 同等以上なら 偉業

あくまで野生産同士の比較なら、やや下位互換という感じではないでしょうかね。栽培バカマツタケは食べてないのでわかりませんが、うまくすればそこそこ美味しいものができる可能性はあるかなと。ただ、マツタケって単体で食ってそんなにうまいものじゃないと思うので、一般家庭での調理には手を焼く気がします。炊き込みご飯するにも炊飯器臭くなるしね。料亭とかでマツタケ代用品として普及する可能性はあるかもしれない。<

2018-10-08

anond:20181008233054

怒り自身不寛容内包されているからなあ

ネット荒らし愉快犯が多いので相手境遇を思いやることが無意味になるので怒り、ヘイトになりやすいが

そういう人でも現実では優しい聡明な人だったりする

やはりネット現実には乖離があり、日本死ねが一時期のブームで終わったのはそういうところだろうなあ

ブコメが浅瀬になる」、詩的表現だと思いました

ブコメが浅瀬になる」 増田

 

彼が増田を書いたなら

ブコメはあの海のように深く

僕が増田を書いたなら

そこには浅瀬が広がるばかり

彼は綺麗だ

彼は聡明

彼は眩しい

彼が居る限り、僕が海を知ることはない

2018-10-02

東京工業大学学費値上げ騒動と立看板について

2015年学士課程入学文系教養に乏しいとされる世代から2016年度以降の文系教養に明るい素晴らしい学生たちへ

教養

私は君たちが豊かな文系教養科目を受講できていることを羨ましく思う。

自分たちまでの世代文系教養科目というと、オーソドックスで最高の座学か、“学士しかないのに都の西北教授になった金髪胡散臭いインターネット昔話”くらいしかなかった。

ああ、悪魔祓いの話をしてくれるオタク蔑視クレイジージャーニーもいた。

彼は文化人類学が専門らしいが、弊学のオタクたちの情緒理解できなかったのかな。

あれほどまでに他者と向き合ってきた学者オタクとなると未成熟なヒトとしか捉えられないらしい。

自分石川台人間なので彼が今どうしているかは知らない。

立看

さて2016年以降入学聡明学生諸氏においては、最近の立看板張り紙など学費値上げに関連した様々な活動を展開されているようで大いに結構である

しか2016年以降入学学生リベラルアーツ教育無限教養を手に入れているというのは自分の誤解であったのか、もしくはあの素晴らしいリベラルアーツ教育ではあまり社会学に触れる機会がなかったのか、はっきりとはわからないが、ここはひとつ景観」という概念について述べたい。

景観

学生諸氏が知らないのはNHKニュースおじさんが教えてくれなかったのが悪いのだが、「景観」というのは社会的に共有される財産の一つである

景観とは誰もが参加しうる実体に関わる価値であるために、スワンボートまことちゃんハウス批判されていたのだ。

そもそも大学キャンパスというのは実際には難しい公共的な立場にある。

完全に公共に開かれた場所ではなく、指定国立大学法人管理する土地である

しかしその法人性質上、ある程度まで公共に開かれて地域に貢献することが望ましい。

また近隣住民銀杏を拾っているだけで烈火のごとく怒り出す理学部教授と、自転車走行禁止区域の傘さし子連れ自転車マダム調停するのも大学法人責任ではないかと思うが、その問題自体はここでは無関係である

大学

ここで大学キャンパスには上記のような公共性が求められているということがわかるだろうか。

まり学内から地域社会とは独立である、もしく国立大学なので自由市民が利用できる、という言説はどちらも間違っていて、端的に不寛容価値観だと言わざるを得ない。

このような状況の中で「景観」について考えると、大学の中にあってもその景観破壊することが何を意味するのか。

社会

景観社会的な共有財であることは先に述べた。

ここから明らかなように、景観破壊することはそれを共有する全ての人々の財産破壊しているということになる。

もちろん大学キャンパスの中では大学許可があれば自由看板を建てられるし、百年記念館の素晴らしい扉にポエムを書きつけることだってできる。

しかしそのような行為によって景観破壊することは高等教育を受けているような知性の持ち主に要求される倫理において当然許されることではない。

そもそもあの立看板無許可であったのだが、それは今回述べたこととはあまり関係ない上に、この大学学生による自治概念絶望的に欠落していることと文化的京都大学を経由していることによって私の語りうるところではない。

ちなみに社会工学科の人は、川喜田二郎によって弊学の学生運動が懐柔させられたという噂の真偽をコメントしてほしい。

環境

話が脱線したが、大学において求められる景観について十分に説明できただろうか。

私は景観とは都市的な文脈の中で位置付けられるものであると考えており、そのため京都大学に立看板を立てることを問題視する立場にはない。

この大学景観を良いとは言えないが周辺の住宅地は幾分マシな方である

主張

端的に言おう。

景観破壊するのはやめてほしい。

特に百年記念館の扉にダサいポエムを貼ったり、80周年記念館の壁に「ここは80周年記念館です」などと意味不明のダサい案内を貼るのはやめてほしい。

ダサさが問題なのではない。

それがどれだけ格好良くとも、周囲と調和が取れておらず景観破壊しているのが問題なのである

施設管理課の人間がどれほどの教育を受けた人間なのかは知る由もないが、おおよそ高等教育を受けた人間のすべきことではないので中卒だと思う。

大衆

意図せず大学批判になってしまったが、この日記目的2016年以降入学聡明学生景観について考えてほしいということである

実はポピュラリティ問題なのかもしれない。

今や街にアニメキャラクターの巨大な広告があってもそれほど問題にはならなくなったことや秋葉原ではそもそも問題ではなかったことを思い出してほしい。

教育

大学教育というものについてよく理解できていない人間が多いようだが、大学教育を受ける機会を与えるのみである

「〜を教えてくれないのはおかしい」や「〜を教えるな」など批判にもならないような意味をなさなヒステリーtwitterに書き殴るのも本当はやめたほうがいい。

そもそも現在行われているようなリベラルアーツ教育意味をなしていないのは学生教養が足りていないかである

高等学校までで教わるような基礎的な知識をロクに覚えてもいないから、議論をしても無が展開されるのみであるのだ。

文系科目を雑に批判して自らの無教養を醜く晒すのではなく高校教科書などを読むとよろしいかと思う。

かにクレイジージャーニーNHKニュースおじさんの施策は最悪だが、大学という場所自分勉強することができる場所でもある。

皆さんは優秀なので、必修の文系科目など適当にこなすくらいでちょうどいいのではないか

2018-09-29

anond:20180929195103

続き

石の生き死に


終局を理解するために大切なのがこの石の生き、死にという概念である

図1

https://gyazo.com/bf364ad38957405c6a3c67d3d7941b35

図1の黒は「死んでいる石」の例である

死んでいる石は、この後、どうあがいても取られる運命にある。


図2

https://gyazo.com/97408f59802e94269af271dc4e8e4234

また図2の黒も「死んでいる石」である

△のダメは空いているが、この後黒からなす術なく白に取られてしまう。

続いて図3は生きている石の例。

図3

https://gyazo.com/69a74ab5e96df75c28219d924e5a32ce

一見さきほどまでの黒の一段と差がないように見える。しかしこの黒は「今後絶対に取られない石=生きている石」となっている。

白が左辺の3手を打った後、黒には△と□の2つのダメがある。

ここで着手禁止点のルールを振り返ろう。

碁では、盤上で存在できない地点は打てない。しか相手の石を取れる場合例外となる。

図1,2の石では、周囲のダメが埋められることによって黒の一段は取られる状態の石となった。

しかし図3では、ダメが2つ内側にある。

こうなるとどうなるか。白は△には着手禁止点だから打てないし、□も着手禁止点だから打てない。

まりもう白からこの黒の一団へ手出しする手段がないのである


聡明増田ならもうおわかりだろう。

着手禁止点を2つ内側に持っている石は「絶対相手に取られない」のである。この内側のスペースの事を「眼(め)」と呼ぶ。

面白いのは、囲碁には着手禁止点のルールはあるが、「2つの眼を持っている石を取ることはできない」というルール定義されているわけではない。

最小のルール構成でこういった無敵状態の形が出来上がるのが囲碁の魅力のひとつだと思う。

生きている石は存在でき、死んでいる石は存在が将来的に抹消される


終局を理解する上で、この石の生き死にの理解必須である

囲碁の陣地というのは、「生きている石」の内側の領域のことである

石は基本的には、盤上で眼を2つ持てないと、あわれ死ぬ運命にある。短期的には生存していても、長期的にはどうあがいても一眼では存在しえないのだ。

これを理解して初めて終局のタイミングも掴めるようになる。



次⇛https://anond.hatelabo.jp/20180929204243

2018-09-20

anond:20180920143352

一応一般女性のくくりに入っていると思われる私なんだけれど

なにをおっしゃいます

あなたは十分に知的聡明女性でいらっしゃいますよ。

2018-09-02

中国人は騒がしい」と感じた

電車ホテル中国人を見かける機会が非常に増えてるが、彼らは非常に騒がしい、と感じる。

が、ただの印象論の可能性が大だし、これを主張したところで賢明はてな諸君に「主語がでかい」「レイシスト」と馬鹿にされるのがオチだ。

印象論か実際にそうなのか検証する材料として、いくつかの仮説を立ててみた。

ア)母集団バイアス可能

我々は個別事象一般化する傾向があるが、これが誤った認識を生むことがある。中国人別にうるさくないのに、たまたまうるさかった中国人一般化して捉えてしまっている可能性がある。これを「母集団バイアス」と呼ぶことにする(他に適切な用語があったら教えてくれ)。

イ)レイシズムバイアス可能

同じように騒がしい日本人外国人がいたとしてもあまり気にしない一方、中国人のみ気にしてしまっている可能性がある。これを「レイシズムバイアス」と名付ける。

ウ)実は中国人ではない

アジア系外国人を「中国人」と捉えてしまっている可能性もあるだろう。中国語とと韓国語区別はつくつもりだが、他の言語となると自信はない。そもそも中国人」「中国語」の定義とは何か、から議論を始める必要があるかもしれない。

エ)訪日する中国人は騒がしい

訪日してる中国人がウェイ系で騒がしいだけかもしれないし、家族連れが多ければ会話も多くなるだろうから騒がしくなるのは必然かもしれない。このあたりは訪日中国人の数や属性データを当たることから始めるべきか。

オ)言語ギャップ

二か国語の間に発音や語数、語感の差がある場合不愉快に感じやすい、ということもあるかもしれない。これを便宜的に「言語ギャップ」としよう。日本語中国語の間に言語ギャップが多いために「騒がしい」と感じる、という説も考えられる。

…というわけで具体的なデータや先行研究を調べずにざっと仮説を並べてみた。

賢明聡明思慮深いはてな諸君なら有意義データや先行研究反論提示してくれるだろう。あいにく私は昼寝の時間なのでね、この辺りで失礼するよ。

2018-08-25

安易に括らない

例えば日本人とかアメリカ人とか、男とか女とか、保守派とか革新派とか、○○社員とか、社長とか平社員とか、ニートとか金持ちとか、ホモとかレズとかノンケとか、スポーツ選手とか特定職業とか、学生とか、年齢とか、ロリコンとかショタコンとか、オタクとか、既婚とか未婚とか、ブクマカとか増田とかネラーとかニコ厨とか、軍人とか

 

括ってノーマライズして1人のキャラクターに仕立て上げて考えるのは簡単だけど

そのカテゴリの中には様々な人がいて

全員に当てはまることはなかなか無い

なのにステレオタイプな物の見方ばかりしてると本質を見失う

 

よくやりがちな間違いは、カテゴリの置き換えだ

 

例えば

犯罪を犯した人 → その所属するカテゴリ → 「このカテゴリの人は〜」という論じ方をする

早まった一般化というやつだ

 

批判的思考が苦手ない人ほどこういうことをやってしまいがちだが

ある程度聡明と思われる人でもこれをやってしま

それで得た結論は本当に正しいか

カテゴリ安易に作らず、むしろ積極的バラし、より元に近いカテゴリや、個人のもので語るのが重要だし

更にばらして個人意見1つ1つに対して語るのが大事

 

それができてる人は本当に極僅かだ(ネットリテラシーが高い人達の更に上澄み1,2割くらい)

2018-08-08

anond:20180807045519

ホテヘルホテル代込みだと会計を嬢がするのでポイントはたまらない

自分ホテルはらっているのだとしたらシステム上そういうものを利用しているか

もしくはサポートいわゆる援助交際的なもの可能性がある

ゴムは種類をみて市販のものであれば自前で購入したものである可能性も高いが

コンビニで見かけるようなものではない場合や種類がバラバラ場合ホテル

ものでだいたい2個おいてあるもののつかわないほうを持って帰っている可能性がある

からどうしたというものでもないがあとは聡明はてなの方々に想定される事象

挙げていただければと思う

2018-07-28

https://twitter.com/paipaidekami/status/1021696031191314432

これ、「旦那さんが聡明で」というところ、暗にはあちゅう馬鹿って言ってるよね。

2018-07-25

はあちゅうとでか美

無礼スルーして丁寧な態度を崩さず矛盾は指摘する

はてなーも見習えよ

2018-06-29

掲示板で仲良くなった女

ある掲示板で仲良くなった年上の女がいる。

たまたま寝付けなかったので5、6年ぶりに某掲示板をひらいて、コンタクトを送り、電話越しに話した相手自分より年上のただネット上の女だった。

彼女とは、「どこに住んでいるのか、どんな仕事をしているのか、自分学生であり、彼女もそうであったこと」、などあたりざわりのない話しをして眠りについた。

その日以降、彼女とは話すことはなく、1ヶ月以上たったある日、何となく彼女と話したくなりメセージ飛ばしてみたら、その日は返信が返ってこなかった。次の日の夕方には彼女から「よかったら話さないか」、とのメッセージがあり、それが少しだけ嬉しかった。

数日話すにつれ、何を話したかを鮮明に覚えてはいないが、彼女聡明努力家であり、素敵な女性であることがわかった。

人は恋をすると脳がチンパンジーになり20歩先の事がかんがえられなくなるらしい。今の自分はまさにそれであり、この事は誰にも相談できない。

2018-06-28

過去の返答

anond:20180628181551

imaginaration すごい、あの雑多なブログに対して丁寧に反論してる上に読みやすい文。せめて自己紹介とかしてくれなきゃ匿名記事と一緒ですよ。

私は、論を交わすのにパーソナルは必要ないと思っています

自作自演等、往復することに支障をきたすような状況でなければ、どんな形でも良いと思っています

それ故に、元記事の筆者が開設したばかりのはてなブログ記事を書いていることは、さほど問題だと思っていません。

alice-and-telos ネットリンチの温床部分は間違ってないでしょ。悪い奴を懲らしめてやりたいオジサン中毒患者のように時間つぎ込んで殴る相手探しにくるサービスになってるよ。ちょっと頭弱いだけの偽科学相手とか群がり方が異常

では、どう間違っているか匿名ダイアリーでもブックマークでもいいので書いてもらえますか。

私は「間違っている」と思ったので記事に書きました。

私の書いたことが間違っているならどうぞ反論してください。

私はあなた意見が読みたい。

逆に、根拠も示さず「間違っていない」とだけ言うのは、

それこそ、ブログに書かれている「はてなブックマークを使った根拠の無い攻撃」ではないですか?

あなたは、批判しながら、自らその攻撃をするのですか?

envygreedlust 「事件後」なので、今必要なのははてなを良く知らない人」への正当性アピールなのに、はてな内で正確に反論すれば事足れりって感覚はすごくはてなっぽいと思います

はてな内できちんと評価されている記事は、それなりにはてな外の人にも届いていますよ。

どんな場所でも、まずきちんと反論することが大事だと思います

外部へのアピールは、この記事引用して行うことで展開させることもできますよね?

h20pp 依存と執着が原因だと思うけどなぁ。idコールされると気分が悪くなるだけで実害がなかったし、ただ、そういう気分が悪くなる機能を守り続けてる運営の方が変だと思うけどなあ・・・

記事中のどこへの反論かわからないですが、犯人匿名ダイアリーという場に執着と依存をしていたという意見なら賛成です。

idコールに関しても、もう少しネガティブにならないようなシステムにして欲しいというのは同感ですが、

idコール自身は「気分が悪くなる機能」ではありません。気分が悪くなっているのは、「利用者に気分の悪くなるような相手がいたから」ですよね。

そこを混同してはいけないと思います

alice-and-telos 前文増田書直。悪い奴を懲らしめたいオジサン意味怪物を狩る者は自らが怪物になるのを怖れよとか深淵を覗く者はと同じ意味な。皆時々暴走して怪物になってないか?俺はなるよ分かっててもなって弱い人を傷つける

自らも省みる聡明意見だと思います

かに「皆時々暴走して怪物になって」いると思います

でも、それはtwitterでもfacebookでも同じです。

もっと言えば、電話口でも対面でも同じです。

誰でも簡単他者意見が見えるようになってしまたから、

その個々の小さな暴走簡単に見えてしま

誰でも簡単他者意見が見えるようになってしまたから、

みなの思想の不備が簡単に見えてしま

はてなブックマークが「ネットリンチの温床になっている」という認識は、

そのままインターネットのもの問題ではないでしょうか。

インターネットが「ネットリンチの温床になっている」のではないでしょうか。

この問題はてなブックマーク固有の問題として矮小化させてはいけないように思います

2018-06-27

匿名性と名義分け

私は二次創作大好き腐女子商業漫画家オカルト(仮)が好きなんだけど、

それぞれの要素を紐づけされたくないなら、全て名義を分けた方がいいなって思った。

 

見る側としては、コンテンツ発信している人の事もっと知りたいって思う事が多いから、全ての要素を統合して欲しいと思う事はある。

発信側としても、全て名義を分けると管理が大変だし、1つのコンテンツが薄くなるから露出度も低くなるからそれは微妙

けど、背に腹は代えられない。バレたくない・紐づけされたくないと思っているなら名義をあらかじめ分けておくのが賢い。

 

ある程度発信して大丈夫そうなら名義統合するのも手。情報安全性的にその逆は出来ない。

 

以前オカルトやってた名義で好きな二次創作名前出してしまって、知ってる人がいたか自作の絵をアップしてしまい、

「えーXXさんですかー!」って流れで、なし崩し的に情報として名義が繋がってしまった事があった。

うん、まあ、別にいかなって当時は思っていた。

しかしその後、漫画家の知り合いと話していた時に前描いてた二次創作話題になり、

ポロリとなんの二次創作やってるか言ってしまった。完全に失言した。

 

漫画家の知り合いは私の絵柄を知っている。件の二次創作pixiv検索したら殆どない作品の中から私の投稿を探すのは造作もない

pixivからオカルト名義につなげてはないけど、グーグル二次創作名義のHN検索したらオカルト名義がバレる。

やってしまった。絶対バレたくないのに。便宜的にここでは仮に「オカルト」と言っているが実際は違う。もっとヤバイ

以前そういう事があった。漫画家の知り合いにはそれをまろやかに打ち明けて、口止めさせてもらった。 

 

 

趣味で発信したいコンテンツが4つあるけど、仮に全部やるとしても名義はそれぞれ分けた方がいいなと思った。 

仕事が忙しくなるので、4つも抱えたら一つのコンテンツペラペラになるだろうけど、どこで何がつながるか分からない。

仮にまとめて「A+B」と「C+D」の4コンテンツの2名義だとして、名義をまたいだ情報絶対さないようにって徹底したとしても、

情報が多くなって紐づけされる可能性はある。類似性が出てきてそれで紐づけとかもありうる。

なので、バレたくないならリスクヘッジ的に名義は全てきちんと分けるのが一番良いと思う。 

 

まあ聡明増田民はそういうの徹底しているだろうからあたりまえ体操だろうけど。

anond:20180626123908

辛い中、心境を綴ってくれてありがとう。そのもやもやした気持ち言語化できただけでも、お前は低能先生よりも遥かに聡明人間だ。少なくとも、俺はお前の事を気遣うような発言を今後心がけようと思った。それがコミュニケーションなんだと思ってる。絶望という崖に自分を追い込むなよ。誰もお前を崖に追い込もうとなんてしてないんだ。

2018-06-15

anond:20180614131001

「ああ捕まったな」「無知女性」「彼女は残念ながらフェミニズムという思想体系をアカデミック咀嚼するだけの教養がある人ではない」「「その思想ヤバイで!やめとき!」と助言する」「できれば聡明女友達の口から「それはフェミニズムじゃなくて男性蔑視だよ」と伝えてあげるのがいい」

といった表現相手男性友達)でも使うのか?と疑問に思う。少なくとも自分なら、友達に対してこういう「格下認定」を前提としたようなことは書かないな。

そこまで書きつつ、しか彼女の「いいところ」に一言言及もないから、「格下認定して気持ちよくなるためだけの関係」なの? という印象を他人に与えるんじゃないか

最近勉強しすぎたって感じることが多々ある。

自分知識への執着心が強くて何でも調べてしまうし、正誤に対する厳格さが自分の中でどんどんハードルを増していく。

そんなことしていると、世間的な話題をしていても相手言葉がどの文脈で語られているのかを考えてしまって迷子になってしまう。

世間的な常識範疇を忘れてしまうので、時々SNSニュース確認するけど、他人不勉強さに絶望的になることがある。

大学院生研究者を志望しているが、突き抜けて賢い人はそういった場でも無難バランスを取れているので、自分が優秀でないことに気がつく。

生きづらい選択をしてしまったと思う。

追記、ブクマしてもらってるみたいなので

僕は博士過程学生だけど、研究職に就く予定です。研究分野では問題ないし、家族とか、彼女の両親とか、そういう関係性ではうまくやれてる。

ただ、横並びの関係性でカラオケいったり遊びに行ったりするのは楽しいんだけど、真面目な話題になった途端に世間との乖離が苦しくなるってこと。

勉強しすぎたっていうのは専門分野だけにしておけばよかったって思うし、優秀ではないと自意識普通にあるよ。アカデミック場所では自分より聡明バランスある人とはいくらでもいるから。

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