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2019-01-17

透明人間…透明な人間

無色透明人間…色のない透明人間

無職透明人間透明人間は働くことができない

無職人間…俺

有色透明人間…全身がうっすら染まった透明人間

聡明人間…頭がいい人間

名人間…有名な人間

童貞人間…俺

2019-01-08

ユウサーーク!プレゼンツ100万円乞食成功芸人

「「「「「ぼくたちは、フォローRT&媚びリプライで100万円受け取った芸人です!!!!」」」」」

大変羨ましいことである

だが待ってほしい、前澤氏はもうすぐ月に行く。

そしておそらく帰ってこないだろう。きっとそうだ。そうに違いない。

残るのは何か、そして誰か。

そう、5000億円超ともいわれる莫大な財産ランチパック剛力さんだ。

彼が帰ってこなければ剛力さんはどういう行動を取ると考えられるか。人一倍の思いやりを持ち、尚且つ聡明彼女のことだ。間違いなく彼の意志を継いでユウサーーク!プレゼント企画リバイバル上映することだろう。

帰ってきたユウサーーク!は100万×100人なんてしけたもんじゃない。なにしろ予算は5000億円である。兆の半分だ。半兆だ。豆腐じゃないよ、現ナマだよ。

仮に1億円ずつ配っても5000人に行き渡る。宝くじtotoなんて目じゃないね総務省文科省公式アカウントRTフォローすればいいんだよ。それが平等ってもんだ。

そしてもう一つ留意しておきたいのが、ランチパックさんはあまりSNSお上手ではないということだ。そりゃランチパックからね、SNSが上手いランチパックなんて聞いたことないよね。ランチパックのもの、とくにピーナッツはずっと美味いけどね。

から彼女に任せれば、今回のように作為的ものでなく本当にガチ抽選で金をばらまいてくれる可能性が高い。

まりその時だ。その時こそ我々が本気を出せばいいのだ。複垢でも何でもしよう。RT世界記録なんてものスプラトゥーンばりに塗り替えよう。

今回みたいなしけた企画は数多の意識高い芸人たちに一任して、ただじっと機を待つのだ。

そうしていつの間にか人生を終えようではないかドントスタートトゥデイステイフォーエバー。

2019-01-06

anond:20190106164100

おまえこう書いてるんですが

あと、聡明な奴はアニメ見ないも、別に偏見じゃない。

(中略)

たまに聡明でもアニメにハマる奴もいて、そういう奴は目立つから沢山いるように見えるだけ。

 

偏見やんwwww

anond:20190106161428

あと、聡明な奴はアニメ見ないも、別に偏見じゃない。

殆どアニメは年齢層高くてもせいぜい20代前半ぐらい向けに作られている子供の娯楽なので、若いバカな頭で理解できるように、どうしても内容が薄くなる。

聡明な奴はそこで飽きて深くアニメを観ず、アニメ以外の高尚な趣味に流れてく。故に、聡明な奴はアニメを観ないし、アニメを見る目がない。

たまに聡明でもアニメにハマる奴もいて、そういう奴は目立つから沢山いるように見えるだけ。

anond:20190106160459

聡明なヤツはアニメ見ないなんていうのも偏見だよ。

その反例はたくさんある。まどマギだって小飼弾だとか文化人的な人、はては坊さんが仏教解釈したり、いろいろあったでしょ。

それからバカに見える人に近づけと言っているんじゃない。他人バカだと決めつけるな、決めつけられるとしたらそれは思い上がりだ、という話。

バカのためのものだという決めつけでもってモノや人を愚弄しつづけるのは自分を狭めると言っているの。

例えその作品のメインターゲットが小中学生だったとしても、それを経済学専門家自分が見たら気づける独自面白さがあった、そしたらそれを絶賛すればいいんだよ。

ファンの質がどうだとか、そんなもの本質ではない。作品それ自体や、それを真面目に作っている人たちに、偏見をもたずに真摯に向き合うのが本来なんじゃないの?ということ。

anond:20190106155738

いや、アニメとは別の部分で聡明なら俺でも流石にリスペクトするよ?というか、ガチ聡明な奴はアニメに入れ込んだりしないしな。聡明な奴のアニメを見る目がないというのは仕方がない。

でも入り口アニメの部分でバカに見えたら、近づく気すら起きないんだからしょうがないじゃん。

近づく気がないのにそいつ聡明さに気付くことなんか出来るわけないじゃん。

バカな部分しか知らないんだから、俺から見たらバカなんだよ。そんなバカな奴の聡明さに気付く義務なんて俺にはないのに、なんでわざわざバカに近づくなんていう苦行を強いられにゃならん。近づいてみたところで、「本当に馬鹿だった」というパターン圧倒的多数だというのに。

2019-01-01

妹はニュースを見ない

昨年は若者民主主義懸念材料になりえるのではないかという認識が広まった年だと感じる。

様々な報道などで、若者民主主義的な選択を取らない可能性が出てきているという惨憺たる状況だということが取り上げられたのだ。

そのような報道の前に、自分大学やら高校で感じていたものである

少なくとも自分の周りの若者というのにはイデオロギーというものはなく、消費などのことしか考えていない可能性が高いということだ。

正月なので大学生の妹を実家で見るわけだが、ニュースなど一秒たりとも見ない。

恐らく、インターネットプライベートコミュニケーションと消費行動しか行っていない。

色恋と消費しか考えていないのだ。あとは大学テストを上手くこなすことだろう。

しかし、妹は幸せそうである

たとえ、独裁になろうが性的優位性を用いてコミュニケーションに励むのだろうか。

そういう時代なのだとしたら、自分は呆れかえる

そんな妹のほうが聡明だという人間もいるだろう。

自分はこのような妹が羨ましいのかもしれない。

ただ、それでも契約している複数新聞オンライン版を見て権力やらに怒ることをやめられない。

それは少なくとも自分民主的ものを好んでいるのだろうか。

多分自分自身がどうしてこうなったかと言えば、容姿が悪いからだ。

容姿がよければ、自分も色恋と消費しか考えていなかっただろう。

2018-12-16

anond:20181216002718

芸人とかも基本的には芸歴重ねる以外は素人なので、

Twitterに限らずネットでの情報発信はへたなのよね

聡明芸人一般人からレスに反応しないし、

伊集院淡々とただ淡々と呟いて辞めるときは辞めるだろうし

有吉は他の芸人と絡んだり児島いじりしたりしてるし

二流芸人イベント告知しかTweetしないし

三流は炎上する

なお芸人でもないイキリのキンコン西野は、

自ら「他人を見下す天才」を創作して発信してるので

人によってはベクトルがふれて悪となる

2018-12-14

旦那が実録ウェブ漫画を描いている

私の旦那Twitterに実録ウェブ漫画をアップしている。

そこに妻として私も登場している。しかしそれが嫌で嫌でたまらない。


旦那漫画は毎回バズっていて、Twitter経由で仕事も増えて収入も増えた。そこは良いことだとは思う。

でも、漫画の中の私は脚色されすぎていてもはや私ではないのだ。

世間に対してハッキリバッサリと物言いをして旦那同様、聡明物事を深く様々な視点で見つめている」

というキャラになっているのだが、別に私はそんなキャラじゃない。

漫画の中で、旦那の考えを補強するための都合のいいキャラになっているにすぎない。


生活の中でも明らかに漫画意識していて、

「~についてどう思う?」

と聞かれると、このやりとりをネタにするんだろうな…というのが透けて見えて嫌になる。


また、言ってもないことを描かれることがどんどん増えてきて最近ではほぼフィクションになっている。

「私を漫画に出すのをやめてほしいんだけど。こんなキャラじゃないし、こんなことも言ってない」

と一度言ったことがあるのだが、

「そうは言ってもこれがウケてるんだし、利益も出るんだし、キャラクターとしても人気出てるよ。どんな漫画だって脚色はあるんだから認めてほしい」

と言われてしまった。


かに嘘はどんなノンフィクションにもあるだろう。

本屋に売っているコミックエッセイも、ネットでの漫画にも、インスタ映えライフを載せる主婦にも、ユーチューバーにも多かれ少なかれ嘘があるはずだ。

でも私は嘘が嫌でしょうがない。嘘をついてまで得るお金や称賛に価値はあるのだろうか。何だか最近けがからなくなってきた。


あと、漫画の中でかっこいい自分演出したいのはわかるが、漫画に見えないところもしっかりしろよ!と思う。

口が臭いんだからしっかり歯磨きして歯医者に行けよ、とかトイレ座りションしないなら掃除しろよ、とか

くしゃみがうるさすぎて周囲に迷惑かけてることに気付け、とか。

そういう、漫画はいちいち描かない積み重ねが人間形成していくと思うので、かっこいい部分だけ見せてそれが自分のすべてだと思っているところにも嫌気がさしてきた。


きっと旦那にとってはそういう日常はつまらないもので、ネット上で人気のある自分価値があるのだろう。私も嘘をついてまで楽しくなるような何かを探すべきなんだろうか。

というか私のほうがおかしいのだろうか。


最後ひとつ、脚色するんだったらもっと美人に描け。

2018-12-12

quick_past氏が垂れ流した差別

quick_past 案の定この先進国日本様に盾突きやがってと言いたがってるネウヨの餌になってるけど、何度謝ればいいんだって、それ殺人犯がムショで言ったらどうなると思うよ・・・合意過去の過ちを無いことにするものではない

2018/12/12 リンク Add Starrgfxharuyatotei_wa1421Gl17hanajibuu

このコメント差別意識に満ちている。


1「案の定この先進国日本様に盾突きやがってと言いたがってるネウヨ

案の定この先進国日本様に盾突きやがってと言いたがってるネウヨ

当該コメント欄に「先進国」との文言もそれに類する単語も見当たらなかった。

当該コメント欄に「日本様」との文言もそれに類する単語も見当たらなかった。

一体どこから「この先進国日本様に盾突きやがって」という日本人の声(?)が出てきたのか具体的に指摘して欲しい。

例えば人気コメントのだれそれのコメントがそれだ、のように。


もし具体的な誰かのコメントのこの部分だというように言えないのであれば

quick_past氏のこのコメントぼんやり日本人全体に向けたものと捉えざるを得ない。


要するに

日本人が韓国のなんらかの措置に対して反発するとは生意気だ」

韓国相手には何を言われても頭を下げ続けないならネトウヨ

日本人の分際で」

なのだろうか。

それ以外の何か深遠なニュアンスがあるのだろうか?


quick_past氏のコメント日本人差別に基づいたものではなく

あくま特定コメントの内容についての非難であると言うならば

「この先進国日本様に盾突きやがって」が具体的に誰のどのコメントへの批判なのか書いて欲しい。



2.「何度謝ればいいんだって、それ殺人犯がムショで言ったらどうなると思うよ・・・。」

すごいコメントだ。

日本人は服役中の殺人犯なのだろうか?


ところでquick_past氏ほどの知識人であればそんなことはないと思うが

世間無知差別的人間の中には「罪人は永遠に罪人」というような認識の者がいる。

これは正しくない。

犯罪者であっても逮捕されて服役して罪を償った後は、例えば氏名等が具体的に報道されたりしない。

テレビ番組過去有名人権を扱う時に犯人名前等もぼかされたり偽名になったりしてるのを知らないだろうか?)


つの事件で何度も裁判を受けてその度に監獄に送られるとか、その度に謝罪させられるとか、そのようなこともありえない。

同じ争いで何度も裁判を受けてその度に賠償命令を受けて謝罪賠償を繰り返す、ということもありえない。

たまにきちんと服役や賠償を終えた人をいつまでも「罪人」等と言って後ろ指を差したり侮辱したりする人間が居るが

そんなのはひとえに未開で差別的な低次元の行動という他ない。


例えばほりえもんのことが嫌いだったとしても、きちんと服役して勤め上げた件について「犯罪者」呼ばわりしたり、「お前は犯罪者なんだから一人前みたいに喋るな」とか言ったら、ほりえもんの虫の居所が悪ければ訴えられるだろうし、そうなれば何の抗弁も出来ずボロ負けするだろう。

実際にほりえもんに対して過去ネタを持ち出したそのようなあらゆる侮辱逮捕服役歴や性嗜好を持ち出してほりえもんのあらゆる主張を封殺したり嘲笑ったりする)は5chのようなところでは毎日行われているが、低質な人間毎日行っている=社会的に許されている、ではない。


それを踏まえて、

日本人全体を戦前出来事ネタに、それも謝罪賠償も完全かつ不可逆的に終わっている件をネタに、

「お前らはムショに居る殺人犯なんだから」という例えをするのはどういう意図だろうか?

事実に全く即さない例えである上、もはや日本人全体への悪意と差別意識しか読み取れないように感じる。

それ以外の深い思慮や意図があるのであれば説明して欲しい。


合意過去の過ちを無いことにするものではない

本件が最終的かつ不可逆的に解決したと確認(2度も。ファイナルファンタジーナンバリングぐらい矛盾に満ちている。)された件であることはquick_past氏も熟知していて、その件について何度でも蒸し返し謝罪賠償請求し続け威圧を図ろうとする韓国側のスタンス論理的にも倫理的にも間違いであることの判断もquick_past氏には付いている。


から、「それはおかしいのではないか」と反発しだした日本人に対しては「ネトウヨ!」「過去の過ちをないことにした!」「先進国日本様に盾突きやがってと言いたがってる(???)」などと、謎の日本罵倒による正面から組み合わない次元での封殺を狙っていっている。

このやり方は論理的にも倫理的にも一部の理もないダダ捏ね・因縁付けにしかならないことをquick_past氏ほど聡明な人なら人に言われるまでもなく自覚している筈。


それでもなお道理論理も踏み倒してこのような無理のある主張を、無理があると自覚できる知性の持ち主が主張し続けることには、

感情的ファクター、つまり日本人へのヘイトナショナリズムレイシズム以外につけられる説明がなさそうに見える。

そうであればquick_past氏の知性すら政治的感情レイシズムが曇らせてしまったという事実をとても残念に思う。


もしもこのような疑義が当たらないということな

quick_past氏にはここに並べた疑義について堂々と反論したうえ

あの日本人へのヘイト丸出しに見えるコメント真意について説明してほしい。


quick_past氏きれい説明してくれて

私が「全く的外れな勘繰りでした」と謝る流れになればどれほど良いかと思うが

たぶんそうはならないだろうなと暗澹たる予感は有る。

2018-12-06

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58774

スピリチュアル女子揶揄する人々を批判する記事である

言っていることは、大変まともである。突飛な行動をしているからといって、彼女らを揶揄することで何かが解決するわけではない。筆者の言うことは正しいと思う。

しかしながら、そうおっしゃる筆者自身が、スピリチュアル女子揶揄せずにはおれない人々やその行為を「間違った人/行為」と認識しているのには、思わず「なぜそうなる?」と頭を抱えてしまう。彼らがなぜそんな行為に走るのか、スピリチュアル女子スピリチュアル系にはまることを考察した、その想像力を、少しだけでもいいから彼らに向けても用いていただければよかったのではないか


たとえ異様に見えても、揶揄は分断を生むだけであり、社会的課題解決しない。正しい。そしてそれは、スピリチュアル女子揶揄する人がいかに異様に見えても、彼らを批判したところで問題は何も解決しないということをも意味している。

あれほど丁寧な分析ができる聡明な筆者が、なぜそう考えられなかったのか。この社会を覆う「分断」の根は深いとつくづく思う。

2018-11-25

大阪万博は失敗だって話を聞きたくない

まだ 開催するしか決まってないことに

失敗するに決まっているからやるんじゃないと決めつけるのに

何か気持ち悪さを感じるのだが

なぜ気持ち悪いと感じるのか

学がない自分ではうまく言葉にできないのだが

聡明な皆様なら分かるだろうか?

告白より先に好意を伝えよう

anond:20181124184514

これ読んでて思ったんだけど、なんでブコメの多くが告白代替手段が強引にキスしたり、SEX持ち込もうという話になってるんだろうか。

デートレイプより告白がマシだろって当たり前だろ。そうではなくて「付き合ってください」の前に、なんで相手を褒めないの?

笑顔可愛いとか、一緒にいて楽しいとか、手が綺麗とか、話してるとすごく楽とか、あなた聡明な人だと思うとか、食べる姿が素敵とか、趣味の話できる女性稀有とか、毎日でも会いたくなるとか、俺は君のこと人として好きだけどなーとか、こんなに笑いあえる女子ははじめてだとか、とかとか。

告白とか性欲アクションする前に、褒めまくって好意伝えようよ。そこすっ飛ばして、持ってくからぬいぐるみペニスとか言われるの。

そうやって、好意伝えまくって避けられるようならさっさと諦める。99.9%無理だから楽しい時間を過ごせたこ感謝しつつ次行けばいいよ。

老人が劣化している

当り前だよね。それが老化というものでしょ

物語に出てくるような聡明で背筋の伸びた老人なんてしょせんフィクションだよ

2018-11-07

anond:20181106132747

経験の浅い子供は総じてアホだし容易に道を誤る

子供判断力をナメすぎだとは思わないな

もちろん聡明な子も居るけど上位に基準を合わせていては救えるものも救えない

現在クソみたいな人生を送ってる大人だって

若いころ道を誤らなきゃ全然違った人生をおくれてたんだよ

2018-10-21

anond:20181020130536

関係あるのかどうかわからないけどCMで男女が会話すると「愚鈍な男を聡明女性が新商品で助ける」という構図のCMが多いんだけどああいうの気になる人いないのかな

2018-10-14

[][] (仮題)第3話

(執筆途中の作品であり、今後内容を変更する予定です)

高田

雙葉学園は、フランスサンモール修道会の会員が1875年に設立した築地語学校を祖とする、私立学校法人である

雙葉学園はその長い伝統において、「徳においては純真に、義務においては堅実に」という校訓のもと、幼稚園から高等学校にわたる一貫したカトリック教育を行ってきたが、雙葉女学院大学設立により、さらに4年間の大学過程をふくむ一貫教育が行われることになった。

というのも、雙葉中学校・高等学校は、東京大学をはじめとするいわゆる旧帝国大学や、慶應義塾大学などの難関私立大学合格者を多数輩出し、全国有数の進学校と呼ばれるようになっていたが、多数の生徒父兄が、単なる学力の追及ではなく、カトリック教育さらなる徹底を望んでいたこと、卒業生の多くがカトリックの信仰を保持していない現実を嘆くサンモール修道会の強い推薦により、2002年に大学過程を行う教育機関の設立が決議されたのである。その後、文部科学省の認可を受け、雙葉高等女学校設立からちょうど100年となる2009年、開校に至った。

私が雙葉高校卒業したとき、もしこの大学があったら、このエスカレーターに乗っていだろうか。キーボードを叩く手が止まり、ふと自分過去を反芻した。

中学受験成功し、晴れて雙葉の門を潜ることはできたものの、入学後は成績が低迷し、人生の目的も見出せないまま、あるいは、先生がたがおっしゃっていた、神に与えられた使命を感じることもなく、特に受験勉強もせずになんとなく大学受験をした私は、願書を出した中で最も無名な、平凡な私立大学に行くこととなった。

パッとしない4年間の大学生活の間、やはり人生に意義を見出せず、大学卒業後は、飲食店塾講師などのアルバイト転々としたのち、25歳で、あるカリスマ英語学者執筆アシスタントとして雇われることになった。

受験生向けから社会人のやり直し英語のための参考書まで、様々な英語関連書籍を多数執筆し、そのほとんどすべてがベストセラー、2005年から教育テレビでレギュラー番組放送されている、クリストファー・トンプソン、その人である

誰もが認めるカリスマ英語学者アシスタントベストセラー約束された数々の出版物編集作業。やっと使命が見つかったかに思えた。

が、それもつかの間のことだった。

最初の数ヶ月で気づいたことは、クリス・トンプソン執筆作業ほとんど全てを、彼の『アシスタント』に任せているということだった。それでも、はじめのうちは、英語学者である彼の理論専門家でない一般大衆向けに落とし込むのに、アシスタントが最大限の貢献をしているのだろうと好意的に考えていた。

働き始めて半年が経った頃、主力の『アシスタント』が結婚出産を機に退職することになり、私がその立場を引き継がなければならないとなったとき彼女から真相が告げられた。カリスマ英語学者クリス・トンプソンは、自分ではなんの理論も持っておらず、彼の博士号はディプロマミルから得られたもので、彼のアイデアと言われるものはすべて、彼女作品だったのだ。

『徳においては純真に。』私は、彼が世間を欺き続けるのを手助けすることはできなかった。

代わりの職を求めた私はその後、27歳にして都内にある無名私立高校英語教師として採用された。

須藤智くんとの出会いは、私がその学校で働き始めて3年目のことだった。

高校といえば雙葉高校しか知らなかった私は、おそらく世間では平均的であろう、学習意欲のない生徒たちを前に、教師として戸惑っていた。そんなとき入学してきた須藤くんは、『教え子』と——おこがましいが——呼びたくなるような、優秀で向上心の高い、私の初めての生徒だった。

彼はすべての科目の定期試験で満点を取り、全国模試では偏差値が80を超えていたので、瞬く間に教職員あいだで評判になった。

彼の非凡な才能は、主に自然科学理解に向けられているようであったが、彼の言語に対する洞察も、単に受験勉強ができるというレベルを超えているように思われた。

それは、彼が二年次に進級し、私の授業を受けることがなくなった新学期のことである。珍しく残業もなく、夕方6時に山手線新大久保駅で帰りの電車を待っていた私の元に、彼が歩み寄ってきた。

自然言語構成する元素を見つけました」

突然そう告げた彼は、意表を突かれてうろたえる私の返事を待つことなく、ノートを広げ、彼の発見説明し始めた。

私は彼の理論を即座に理解することができた。なぜなら、中性子陽子原子核電子といった、化学アナロジーを用いているものの、それらの用語を適宜『主要部、内項、外項、句、付加部』という言語学の用語に置き換えれば、それは現代言語学の父、ノーム・チョムスキーが1970年に発表した、エックスバー理論のものだったかである

彼はきっとエックスバー理論をどこかで読んだのだろう、そしてそれを、自分の慣れ親しんでいる化学アナロジー理解したのだろう、と私は考えた。

しかし、彼は、これは紛れもなく自分でたどり着いた理論で、とっかかりになったのは、クリス・トンプソンの『60億人の英文法』にある「日本人名詞が主でそれに冠詞がくっつくと考えがちだが、冠詞がまずあって、そこに名詞がくっつくというのがネイティブ感覚だ。」という記述だと言う。

ともかく、私は彼の話を信じた。そして、彼が自分発見を教えてくれたお返しに、私も自分の『発見』を彼に打ち明けた。こうして彼は、クリス・トンプソン秘密を知る、部外者第一号となるのであった。

秘密を共有した私たちは、ときどきメールを交換する仲になった。話題は主に、言語学。彼は初め、原子力工学の話をしたがったが、私がついていけないということに気づくと、言語学を中心に、私が理解できる話題を選んでしてくれるようになったのだ。これは私にとって、10年遅れて訪れた青春の一ページだったが、彼にとってはたぶん、相手先生から、気を使って付き合ってくれていただけだったのかもしれない。

私は一度、言語学の道に進みたくはないか、と彼に尋ねたことがある。彼がチョムスキーほどの天才かどうかはともかく、才能があることは間違いない。しかし、彼は原子力工学をやるといって譲らず、ワシントンにあるベルビュー工科大学を単願し、同校に進んだ。なぜマサチューセッツ工科大学や、スタンフォード大学を目指さなかったのだろう、あるいは、ワシントンならなぜ同州トップワシントン大学に行かなかったのだろう、願書くらい出しておけばよかったのに、と当時も思ったが、きっと彼なりの理由があったのだろう。

メールのやり取りは彼が高校卒業した後もしばらく続いたが、彼が希望通りベルビュー工科大学に進学すると、須藤智という天才を失ってただの無名私立高校に戻ったその場所で、張り合いのない授業を続ける私が、なんだか取り残されたように思えて、劣等感からメールを送るのが億劫になって、やめてしまった。

須藤くんとのメールをやめた私は、高校教師仕事もやめた。また人生に迷ってしまったと思った私は、以前のように求人情報をチェックしたり、履歴書作成したりする気もなくなって、目白アパートに引きこもった。

そんな張り合いのない生活を続けるうち、あるとき新聞広告欄に、雙葉学園が、大学新設にあたり職員を求めているという求人情報が載っているのが目に留まった。行き場を失った私は、まるで蜂が巣に戻るように、こうして古巣に戻ることになった。

はいま、雙葉女学院大学国際交流課で、4年ぶりに須藤くんへのメールを書いている。雙葉女学院日本大学として初めて、ツー・プラス・ツーのダブル・ディグリー協定海外大と結ぶことになったのだが、なんの因果か、その協定第一号が、ベルビュー工科大学だったのである。そして、私が留学カウンセリング担当した学生が、第1期生として派遣されることになったのだ。

彼女聡明女性だが、単独海外に行った経験はないと言う。現地に信頼できる知人がいれば、少しくらい世話を焼いてもらってもばちは当たらないだろう。

2018-10-13

anond:20181013113449

そりゃ、フェミの頭が悪すぎるからだよ。

もし奴らが聡明で誰もが賛同する主張をしていたら、論争なんて起きなかっただろうよ。

2018-10-10

バカマツタケの"完全人工栽培"は偉業なのか

先日、加古川肥料メーカー多木化学バカマツタケ(Tricholoma bakamatsutake)の完全人工栽培成功を発表した。それを森林ジャーナリスト田中淳夫氏がyahoo!ニュースで取り上げた記事は、多数のブクマを集め話題さらった。

http://archive.is/fdyLb 

ただ記事の内容には不正確な情報や、やや解説が不十分と感じる点があったので補足したいと思う。なお増田は単なるきのこ愛好家に過ぎず本稿は信憑性に乏しいが、ブクマカのきのこへの興味と深い理解一助となれば幸いだ。

冗長になってしまったので、概要だけ知りたい方や長文が苦手な方は、先に下部の【まとめ】を読まれることを推奨する。

以下該当記事の一部を引用するかたちで解説

バカマツタケマツタケの近縁種。名前名前だけに、マツタケより劣るように思いがちだが、実は姿もよく似ているうえに味と香りこちらの方が美味しくて強いと言われるキノコである

マツタケよりも香りが強いというのは一般に言われるが、マツタケよりも美味しいという話は聞いたことがない。野生下ではマツタケよりも相当に貧弱で、発生時期が早く暖かいこと、一般湿度の高い広葉樹林に生えることからマツタケよりも柔く品質劣化がはやい(一般的にきのこ寒冷地・痩せ地に生えるほど日持ちが良く高品質ものを得やすい)ことが関係すると思われる。近縁で姿がよく似ているというのは本当で、素人目には見分けがつかない。増田にも発生場所情報なしに個体だけで同定できる自信はない。

別名がサマツ早松であるように、マツタケより早く8~9月に発生することから名に「バカ」がついてしまった。

バカマツタケサマツと呼ぶ地域は確かにあるらしい。しかし必ずしもサマツバカマツタケではない。きのこ地方名は極めて多様で曖昧世界だ。その証拠に「サマツ」といっても梅雨時期に少量発生するマツタケを指すこともあれば、モミタケオオモミタケ等を指す地域もあるようだ。

マツタケの人工栽培がなかなか成功しない中、バカマツタケの方が環境適応やすいか栽培もしやすいのではないかと注目する研究者はいた。実は昨年には奈良県森林技術センターが、人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて発生させることに成功している。

『人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて』という表現は正確ではない。菌に感染した苗木を人工的に作り出し植樹することで自然下で発生させた、とするのが正しい。既に自然化で定着している樹木に植菌を施すのと、無菌状態の苗木に植菌するのとでは似て非なる技術だ。(ところで同様の研究マツタケでも行われており、無菌培養の松苗木の感染には成功しているものの、植樹後のマツタケ発生については再現性に乏しい。理由としては自然環境化においてマツタケ菌が他の害菌に負けてしまうこと、マツタケの発生にはまとまった菌糸量とそれを支える大きさの松が必要なことが挙げられる。例えば自然下でマツタケが生えるためには一般20年生程度の松が必要とされる。)補足になるが、奈良県森林技術センターバカマツタケ栽培研究農水省委託事業で、2015年より森林総合研究所(国立)との協働で進めている。要するに国策が3年の歳月を経て文字通り実を結んだかたちだ。今年の2月頃に、はてブでも話題にのぼった。しかし本件とは全く関係のない別個の案件であり、おそらく情報の共有などもされていなかっただろう。奈良県森林技術センターが松の苗木を利用するのに対し、多木化学は菌床を用いた完全人工栽培に取り組んだ。研究テーマアプローチも全く異なり、時期も多木化学のほうが先行している。

これがバカマツタケ栽培の第1号で、今年も継続発生させて実用化に一歩近づけた。ところが多木化学は(中略)木クズなどによる人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結させたのだ。これは画期的なことで、キノコ栽培常識を覆す大発明かもしれない。

菌根菌(樹木との共生関係を結ぶ集団)とされるバカマツタケで『人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結』、つまり”完全人工栽培"に成功したというのは実に画期的なことである。この成果は偉業と言っても差し支えないものであると思う。三重大学の菌学者白水先生も、

とその成果を讃えている。

しかし本文にある『キノコ栽培常識を覆す大発明』というのは誇張にあたる可能性が極めて高い。なぜなら「菌根菌の完全人工栽培成功」という点においては既に先行研究があり、実はとうに商品化もされているのだから。例えばホンシメジの人工栽培がこれにあたる。

とくにマツタケ類は、植物との共生必須と考えられてきた。これまでマツタケ菌糸の培養成功した例はいくつかある(私もその度取材に行って、いよいよマツタケ栽培成功か、と期待していたのだが……)が、子実体(傘のある姿のキノコ)を出すことに成功していなかった。だが多木化学は、とうとう菌糸から実体を出させるシグナルを見つけたのである。この研究成果は、これまでの定説を破るものであり、学術上も大きな成果だろう。

繰り返しになるが、多木化学の成果が学術上も大きな意味を持つ可能性は高い。しかし、その成果がどのレベルかという点については当該記事では説明不十分なので、詳しく補足する必要がある。一般きのこ栽培はざっくり以下の工程をたどる。

a. 優良品種の選定・組織分離

b. 菌糸の培養

c. 原基形成

d. 原基の成長肥大

e. 子実体きのこ)の発生

ごく簡単に一連の流れを説明する。はじめに野生のきのこをたくさん採ってきて、それらの中から有望そうな株の組織(胞子ではない)を切り取って培養する。具体的には寒天培地というデンプンなどの栄養素を添加し固めたものを使う。きのこ組織を切り取り培地に置くだけで(コンタミを防ぐ必要はあるものの)、比較的容易にクローンである「菌糸体」を得ることができる。無事目的の菌糸体が得られたら、それらを培養して増やす必要がある。従来は木くずの他に、米ぬか、フスマなどを添加し水を加え固めたもの(=菌床)を用いる。菌糸体は、適切な温度、水分、光などある条件が重なると原基(きのこの基)を形成する。原基は一般に、低温、水分供給、切断などの刺激により成長をはじめ、十分な菌糸体の量と栄養供給を伴って肥大し、きのこの発生に至る。

ここで問題になるのは、b. 菌糸の培養、c. 原基形成、d. 原基の成長肥大という三つの工程それぞれに、全く違ったメカニズム存在することであるマツタケを例にとると、これまで少なくとも半世紀以上もの研究蓄積(野外での観察研究の記録を遡ると実に70年以上)がある中で、c,dについては再現性に乏しく、bについてもまともな成果はあがっていない。マツタケ栽培の難しさにして最大の課題は実はここ《b. 菌糸の培養》にある。とにかく菌糸の成長が遅い上に、どのようなメカニズムで菌糸が栄養素を取り入れ増殖するのかということがほとんど未解明なままなのである

理由は当該記事にあるとおり、マツタケ樹木共生関係を結ぶ「菌根菌」であることが大きい。マツタケ菌糸の生育には生きている樹木必要で、実験室での再現ほとんど不可能といっていい。それではなぜバカマツタケは完全人工栽培可能だったのか。

マツタケなどの樹木共生する菌根菌に対し、シイタケナメコなど、倒木や落ち葉などを分解し、栄養源とする菌類は「腐生菌」と呼ばれる。腐生菌の多くは菌床による栽培可能で、多くが一般に出回っているのは既知のとおりである。実は菌根菌は、腐生菌が進化過程樹木共生する力を獲得し、腐生的な能力を失った集団だと考えられている。ところが菌根菌の中には、完全に腐生的な能力を失っておらず、腐生と共生、いわば両刀使いが存在するのである。その代表ホンシメジであるホンシメジは「香り松茸、味しめじ」と言われるように、我が国における代表的な食用である。菌根菌とされるホンシメジ栽培は、マツタケ同様に長らく不可能と考えられてきた。しか系統により極めて強力な腐生的な能力を備えるもの発見された(研究により、これまで同種と考えられてきた本種が実は様々な系統もしくは別種に分けられることがわかってきた)。1999年タカラバイオなどにより菌床による完全人工栽培法が確立され、その後商品化もされており、少量ながら現在一般流通している。

多木化学バカマツタケ栽培は菌床を用いた完全栽培なので、上記ホンシメジ栽培成功と同様である。つまり、本件はバカマツタケの中から腐生的な能力を持つ系統を選定し、培養から実体を発生させるまで成功したということだ。リリースにあるとおり、今後は栽培の安定化と供給体制の構築が図られ、数年後にバカマツタケ食卓に並ぶことの実現性は極めて高い。それではマツタケ栽培への応用についてはどうか。

勘の良い方には察しがつくと思うが、前述のc〜eの工程については応用が効く可能性が高い。他のきのこ栽培でも成功しているように、十分な菌糸体と栄養を確保することさえできれば、原基形成〜子実体に至るまで管理可能なことを初めてマツタケ類においても示したことは大きい。ただし、最大の課題である《b. 菌糸の培養》については、ほとんど応用が効かない可能性が高い。なぜならマツタケにおいては既に膨大な先行研究があり、当然ホンシメジバカマツタケ同様に”両刀使い”が存在する可能性も、その系統選びも、菌糸培養を促進する成分や菌糸の栄養源についても、少なくともバカマツタケよりは遥かに詳しく調べられているかである。それをもってしてもまともな菌糸培養に至っていないのが現状なのだ

つまるところ、多木化学による本研究の主な成果は以下の二点にまとめられる。

繰り返すがこれらが偉大な成果であことに疑いの余地はない。一方でマツタケや他の菌根菌の人工栽培を実現するには、それぞれの種類において腐生菌的能力もつ系統の発掘と培養法の確立必須となる。その意味において本研究の応用範囲限定的となる。田中淳夫氏は今回の研究結果により、さも菌根菌の栄養吸収のメカニズムが明らかにされ、あらゆる菌根菌の人工栽培可能になるかのような書き方をしているが(あるいは本当にそう思っているのかもしれない)、残念ながらそうではないことはここまで読んでくださった聡明ブクマカ殿にはご理解いただけたかと思う。

菌床栽培なら、植物共生させないので培養期間が短く、室内の環境を調整することで季節を問わず生産できる。また室内栽培から虫の被害にあわず収穫時も混入の心配がない、収穫も簡単……などのメリットがある。

逆にデメリットを挙げるとすれば、野生のものとは全く異なる味わいと食感になることである。つまるところ、野生の品と菌床栽培のものとでは全く別物と考えるべきである養殖ブリと天然ブリの味わいが全く異なるように(それでも近年の養殖技術進化は素晴らしく、季節によっては天然物を凌駕するものさえある)、それぞれの美味しさと楽しみ方があると増田は考える。今回の成果によりバカマツタケ普通に食べられるようになったら嬉しいし、美味しければ普及すると思う。ただし、仮にマツタケの完全人工栽培確立されたところで、天然松茸価値のものは今後も揺るぎのないものである消費者がどう捉えるかはさておき)。

菌根菌のキノコの中には、マツタケ類だけでなく、トリュフポルチーニホンシメジタマゴタケなど高級キノコが多い。今回の成功が、これらの人工栽培技術もつながるかもしれない。

トリュフポルチーニは、日本におけるマツタケ同様にヨーロッパで盛んに研究がなされているが、今のところ菌床での栽培成功したという話は聞かない。ホンシメジは前述のとおり既に栽培法が確立されており既に商品化もされている。

これらの菌根菌の人工栽培可能にするには、ひとえに”両刀使い”の系統発見と、それらの培養方法確立である。ちなみに本家マツタケにも、実は”両刀使い”の存在示唆されており、引き続き研究が進められている。また、マツタケ類は世界中に似たような種が多数存在しており、マツタケ(Tricholoma matsutake)の中にも、例えば中国の山奥には広葉樹共生する系統があり、更にはそれらが日本ナラやカシと共生関係を結ぶことがわかっていたりもする。種の中にも多様性があり、それらをしらみつぶしに調べていけば、そのうち栽培可能ものに出くわさないとも限らない。その点はトリュフだろうがポルチーニだろうが同様である。ただし、その研究がどれほど途方もなく根気のいる仕事なのは間違いない(ちなみにトリュフポルチーニ国産種が知られており、積極的に狙うマニアが相当数いる)。ところで、遺伝子組み換え技術により、これらの菌根菌に腐生菌的能力を付加することも可能とする研究者もおり、そのうち遺伝子組み換えマツタケの完全人工栽培実験レベル成功する日も来るかもしれない。

まとめ

参考文献

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20181006-00099530/

http://fs.magicalir.net/tdnet/2018/4025/20181003413938.pdf

http://www.kinokkusu.co.jp/etc/09zatugaku/mame/mame04-3.html

https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/bulletin/424/documents/424-1.pdf

http://www.jsmrs.jp/journal/No31_2/No31_2_167.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjom/50/2/50_jjom.H20-07/_pdf/-char/ja

トラバブコメに反応

見た目 味も 香りも 同等以上なら 偉業

あくまで野生産同士の比較なら、やや下位互換という感じではないでしょうかね。栽培バカマツタケは食べてないのでわかりませんが、うまくすればそこそこ美味しいものができる可能性はあるかなと。ただ、マツタケって単体で食ってそんなにうまいものじゃないと思うので、一般家庭での調理には手を焼く気がします。炊き込みご飯するにも炊飯器臭くなるしね。料亭とかでマツタケ代用品として普及する可能性はあるかもしれない。<

2018-10-08

anond:20181008233054

怒り自身不寛容内包されているからなあ

ネット荒らし愉快犯が多いので相手境遇を思いやることが無意味になるので怒り、ヘイトになりやすいが

そういう人でも現実では優しい聡明な人だったりする

やはりネット現実には乖離があり、日本死ねが一時期のブームで終わったのはそういうところだろうなあ

ブコメが浅瀬になる」、詩的表現だと思いました

ブコメが浅瀬になる」 増田

 

彼が増田を書いたなら

ブコメはあの海のように深く

僕が増田を書いたなら

そこには浅瀬が広がるばかり

彼は綺麗だ

彼は聡明

彼は眩しい

彼が居る限り、僕が海を知ることはない

2018-10-02

東京工業大学学費値上げ騒動と立看板について

2015年学士課程入学文系教養に乏しいとされる世代から2016年度以降の文系教養に明るい素晴らしい学生たちへ

教養

私は君たちが豊かな文系教養科目を受講できていることを羨ましく思う。

自分たちまでの世代文系教養科目というと、オーソドックスで最高の座学か、“学士しかないのに都の西北教授になった金髪胡散臭いインターネット昔話”くらいしかなかった。

ああ、悪魔祓いの話をしてくれるオタク蔑視クレイジージャーニーもいた。

彼は文化人類学が専門らしいが、弊学のオタクたちの情緒理解できなかったのかな。

あれほどまでに他者と向き合ってきた学者オタクとなると未成熟なヒトとしか捉えられないらしい。

自分石川台人間なので彼が今どうしているかは知らない。

立看

さて2016年以降入学聡明学生諸氏においては、最近の立看板張り紙など学費値上げに関連した様々な活動を展開されているようで大いに結構である

しか2016年以降入学学生リベラルアーツ教育無限教養を手に入れているというのは自分の誤解であったのか、もしくはあの素晴らしいリベラルアーツ教育ではあまり社会学に触れる機会がなかったのか、はっきりとはわからないが、ここはひとつ景観」という概念について述べたい。

景観

学生諸氏が知らないのはNHKニュースおじさんが教えてくれなかったのが悪いのだが、「景観」というのは社会的に共有される財産の一つである

景観とは誰もが参加しうる実体に関わる価値であるために、スワンボートまことちゃんハウス批判されていたのだ。

そもそも大学キャンパスというのは実際には難しい公共的な立場にある。

完全に公共に開かれた場所ではなく、指定国立大学法人管理する土地である

しかしその法人性質上、ある程度まで公共に開かれて地域に貢献することが望ましい。

また近隣住民銀杏を拾っているだけで烈火のごとく怒り出す理学部教授と、自転車走行禁止区域の傘さし子連れ自転車マダム調停するのも大学法人責任ではないかと思うが、その問題自体はここでは無関係である

大学

ここで大学キャンパスには上記のような公共性が求められているということがわかるだろうか。

まり学内から地域社会とは独立である、もしく国立大学なので自由市民が利用できる、という言説はどちらも間違っていて、端的に不寛容価値観だと言わざるを得ない。

このような状況の中で「景観」について考えると、大学の中にあってもその景観破壊することが何を意味するのか。

社会

景観社会的な共有財であることは先に述べた。

ここから明らかなように、景観破壊することはそれを共有する全ての人々の財産破壊しているということになる。

もちろん大学キャンパスの中では大学許可があれば自由看板を建てられるし、百年記念館の素晴らしい扉にポエムを書きつけることだってできる。

しかしそのような行為によって景観破壊することは高等教育を受けているような知性の持ち主に要求される倫理において当然許されることではない。

そもそもあの立看板無許可であったのだが、それは今回述べたこととはあまり関係ない上に、この大学学生による自治概念絶望的に欠落していることと文化的京都大学を経由していることによって私の語りうるところではない。

ちなみに社会工学科の人は、川喜田二郎によって弊学の学生運動が懐柔させられたという噂の真偽をコメントしてほしい。

環境

話が脱線したが、大学において求められる景観について十分に説明できただろうか。

私は景観とは都市的な文脈の中で位置付けられるものであると考えており、そのため京都大学に立看板を立てることを問題視する立場にはない。

この大学景観を良いとは言えないが周辺の住宅地は幾分マシな方である

主張

端的に言おう。

景観破壊するのはやめてほしい。

特に百年記念館の扉にダサいポエムを貼ったり、80周年記念館の壁に「ここは80周年記念館です」などと意味不明のダサい案内を貼るのはやめてほしい。

ダサさが問題なのではない。

それがどれだけ格好良くとも、周囲と調和が取れておらず景観破壊しているのが問題なのである

施設管理課の人間がどれほどの教育を受けた人間なのかは知る由もないが、おおよそ高等教育を受けた人間のすべきことではないので中卒だと思う。

大衆

意図せず大学批判になってしまったが、この日記目的2016年以降入学聡明学生景観について考えてほしいということである

実はポピュラリティ問題なのかもしれない。

今や街にアニメキャラクターの巨大な広告があってもそれほど問題にはならなくなったことや秋葉原ではそもそも問題ではなかったことを思い出してほしい。

教育

大学教育というものについてよく理解できていない人間が多いようだが、大学教育を受ける機会を与えるのみである

「〜を教えてくれないのはおかしい」や「〜を教えるな」など批判にもならないような意味をなさなヒステリーtwitterに書き殴るのも本当はやめたほうがいい。

そもそも現在行われているようなリベラルアーツ教育意味をなしていないのは学生教養が足りていないかである

高等学校までで教わるような基礎的な知識をロクに覚えてもいないから、議論をしても無が展開されるのみであるのだ。

文系科目を雑に批判して自らの無教養を醜く晒すのではなく高校教科書などを読むとよろしいかと思う。

かにクレイジージャーニーNHKニュースおじさんの施策は最悪だが、大学という場所自分勉強することができる場所でもある。

皆さんは優秀なので、必修の文系科目など適当にこなすくらいでちょうどいいのではないか

2018-09-29

anond:20180929195103

続き

石の生き死に


終局を理解するために大切なのがこの石の生き、死にという概念である

図1

https://gyazo.com/bf364ad38957405c6a3c67d3d7941b35

図1の黒は「死んでいる石」の例である

死んでいる石は、この後、どうあがいても取られる運命にある。


図2

https://gyazo.com/97408f59802e94269af271dc4e8e4234

また図2の黒も「死んでいる石」である

△のダメは空いているが、この後黒からなす術なく白に取られてしまう。

続いて図3は生きている石の例。

図3

https://gyazo.com/69a74ab5e96df75c28219d924e5a32ce

一見さきほどまでの黒の一段と差がないように見える。しかしこの黒は「今後絶対に取られない石=生きている石」となっている。

白が左辺の3手を打った後、黒には△と□の2つのダメがある。

ここで着手禁止点のルールを振り返ろう。

碁では、盤上で存在できない地点は打てない。しか相手の石を取れる場合例外となる。

図1,2の石では、周囲のダメが埋められることによって黒の一段は取られる状態の石となった。

しかし図3では、ダメが2つ内側にある。

こうなるとどうなるか。白は△には着手禁止点だから打てないし、□も着手禁止点だから打てない。

まりもう白からこの黒の一団へ手出しする手段がないのである


聡明増田ならもうおわかりだろう。

着手禁止点を2つ内側に持っている石は「絶対相手に取られない」のである。この内側のスペースの事を「眼(め)」と呼ぶ。

面白いのは、囲碁には着手禁止点のルールはあるが、「2つの眼を持っている石を取ることはできない」というルール定義されているわけではない。

最小のルール構成でこういった無敵状態の形が出来上がるのが囲碁の魅力のひとつだと思う。

生きている石は存在でき、死んでいる石は存在が将来的に抹消される


終局を理解する上で、この石の生き死にの理解必須である

囲碁の陣地というのは、「生きている石」の内側の領域のことである

石は基本的には、盤上で眼を2つ持てないと、あわれ死ぬ運命にある。短期的には生存していても、長期的にはどうあがいても一眼では存在しえないのだ。

これを理解して初めて終局のタイミングも掴めるようになる。



次⇛https://anond.hatelabo.jp/20180929204243

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