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はてなキーワード: 長大とは

2020-05-13

anond:20200513105653

まあ実際は白人国家や一部の白人が優秀で影響力あるだけなんだけど、ナショナリズムに陶酔するやつには関係無いんよ。

今や一人あたりのGDPなんかで中韓どころかアジア諸国にも追いつかれたり抜かれてるし、日本落ち目長大老朽国家なのにアジアに対しての蔑視が抜けない、そういう人にナショナリズムの見せる幻影は魅力的なのかもしれない。

2020-05-03

タバコのお使い

先輩に「おい、タバコを買ってこい!」と言われた場合にどうするか。

今日日、そんなことも少なくなりましたか

まあ、しかし、備えあれば憂いなし、という奴です。

私が今日までに身に着けてきた「お使いの技術」を書いておくという目的もあったりしますので、何となく書いていきます

 

1. 準備

いついかなるときでもタバコを速やかに調達できるよう、準備をすることが何よりも重要です。

お使いの成否は準備に依存していると言っても過言ではない。

 

まず、周りの人が吸っているタバコ銘柄は必ず確認して、覚えておきましょう。

ただ、めちゃくちゃマイナー銘柄とかだったら覚えておかなくてよいです。

あと、タバコパッケージにはソフトボックスの二種類があるのでそれも確認しておくとよいです。

そして、家や学校職場繁華街などでタバコを買える場所も覚えておきます

コンビニでもタバコを扱っていない場合がありますから、注意が必要です。

また、念のためにTASPOを取得しておくと自販機でも買えるので便利ですね。

 

うそう、日頃からライター(4個100円の安物でよい)かマッチ(安物はダメなので必ずブランド品を買う。マッチがよく分からない場合コンビニで買えばよい。コンビニでは変なのは売られていない)を持ち歩いておくといいです。

ガス欠になっちゃった人にライターをあげると喜ばれますから

私の場合ジャケットカバンポケットライターマッチを一つずつ入れておいてあります

 

2. 注文を受ける

「おい、タバコを買ってこい」と言われたら、即座に買いに走る必要があります

ただ、すぐに走り出さず、一旦落ち着いて何を買うのかを確認します。

銘柄を把握している場合は「メビウスボックスですね?」などと確認します。

よく分からない場合は空き箱を預かるのが確実です。

 

3. 買う

買います

ただ、銘柄の詳細をうっかり忘れちゃうこともあるかもしれませんね。

メビウスファミリーのどれだっけ...?」みたいな。

その場合コンビニタバコ屋で売られている中で一番重いものを買っておけばいいです。

メビウスなら「メビウス」もしくは「メビウスボックス」ですね(ちなみに、ソフトよりもボックスの方が好みの人は多い)。

タバコの「重い」「軽い」ってのは、タールの量で把握されるのですが、タールの量が多いと「重い」ということになります

普段、重いタバコを吸っている人が軽いものを吸うとかなり物足りなく感じます

なので、軽いタバコを間違えて買ってきちゃうことは絶対に避けたい。

じゃあ、逆に普段よりも重いタバコを買ってきちゃった場合はどうなるのか。

その場合は、そこまで問題にならないです。

紙巻タバコの重さなんてたかが知れているので、「このタバコ重い...」と文句をつけるのはちょっと恥ずかしいからです。

 

という訳で、銘柄を忘れたら一番重いのを買いましょう。

でも、重さもよく分からないことがあるかもしれません。

その場合は一番名前が短いものを買えばいいです。

メビウスファミリーには「メビウスプレミアムメンソールオプションマスカットグリーン・ワン・100's・スリム」なんていう長大名前タバコがありますが、これはめちゃくちゃ軽いです。

逆に、メビウスファミリーで一番重いタバコシンプルに「メビウス」です。

ただ、ちょっと注意が必要なのはアメスピ

アメリカンスピリットアメスピ)は人気のある銘柄ですが、ヴァリエーションが色で名前に表されているので、重さを名前の長さで判断できないんですよね。

なので、「アメスピターコイズ」と覚えましょう。

アメスピターコイズが一番重いので、ターコイズを買っておけばよいのです。

 

3. お渡しする

買ってきたタバコをお渡しします。

パッケージの上部のフィルム剥がしから渡した方がよいでしょう。

タバコを受け取ったらすぐに吸われるかもしれないので、その場合は即座に火を差し出す必要があります

そこで、タバコを渡す際には自分ライターをすぐに差し出せるよう準備しておきましょう。

 

はい、ここまでやったらお使い終了です。

お疲れ様でした。

 

4. おわりに

最初にも書いたけど、今時、こんなお使いを頼まれことなんかないような気もする。

それに、ここまで長々と書いてきたことを正確に実行出来なくても、それで文句を言う人もいないと思う。

え、じゃあ、なんでこんな文章が書かれたんですか...

そして、あなたは何のために最後まで読んじゃったのでしょうか...

2020-04-13

焼きそばからしマヨネーズつけはじめた奴は天才だと思う

そして俺はこれから

焼きそばパン

からマヨネーズをつけて

売り出そうと思う

特許もとって

惣菜パン業界

革命を起こすのだ

俺は大金持ちになるだろう

オリジネーター天才

必ずしも成功者となるとは

限らない

そんな読者が釈然としないケーススタディ

資本主義長大歴史の1ページに

またひとつ

刻ませてもらおう

2020-04-04

anond:20200404034607

素人感想だと、揉めてるという時点で殆ど人間証明を読む段階までいってないんじゃないかなーと

少なくともツイッター第三者っぽい数学者数学院生の中で「俺は証明読んだけど、正しい/間違い」って人が誰もいない。

デタラメかどうかわからない長大理論勉強したくないって宣言してる人はいっぱいいる。

まあ気持ちはわかるけど。

2020-03-28

anond:20200328174641

一話一話が短くて全体としては長大WEB小説っていうのが流行ってるよ

2020-03-02

コミュ障になりましょう

2日、屋内の閉鎖空間を避けるよう、国の専門家から提言がなされました。

 

「屋内の閉鎖空間 急速拡大も」 国の専門家会議見解 | NHKニュース

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200302/k10012309881000.html

このページには、より長大な全文へのリンクもあります

まりに長いので要約しますが、ようするに「コミュ障になりましょう」ということらしいです。

 

 

今週はコミュ障でいきましょう。

2020-02-16

ご当地東工大コピペ

ご当地東工大コピペを作る試み。

東工大コピペ

2ch(現5ch)の著名なコピペの中に「東工大信大コピペ」なるものがある。

お盆に、親父と長野の親戚の家にいった。

伯父(高卒市議)も来ていた。

伯父「○○君も大学生か!小さい頃よくだっこしてやったんだぞ!がっはっはー」

俺 「覚えていますよ」

伯父「どこの大学に行っているんだ?」

俺 「東工大、あっ、東京工業大学です」

伯父「そうか、工業大か!高校時代遊びすぎたんだろ!でも浪人しなくてよかったな!」

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!深志から信大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

親父「無言・・・(瞳が潤んでいた)」

伯父「おい、信大生こっちこい(息子の××を呼ぶ)」

「○○も大学生だ。○○と昔よく遊んだだろ!」

向こうでも大学の話をしていたらしい××が鼻高々でやってきた。

××「(馴れ馴れしく)○○、久しぶりー、元気!」

「あっ、叔父さん、こんにちは、俺、今年から大学生になりました。」

親父「そうか、大きくなったな」

××「信大に行っているんですよー(勝利者宣言)○○君はどこに行ったの?」

俺 「東工大w」

ニヤついている伯父を尻目に、一瞬にして××の顔色が変わった。

伯父「○○に勉強教えてやれよw」

××「(しばし、絶句・・・みっともないからやめてくれよ親父」

伯父「?」

動揺しまくりの××は伯父を速攻連れだした。

以後、伯父親子は、俺達のいるテーブルに加わらなかった。

久しぶりに無口な親父の晴れ晴れとした顔をみた。

帰り際、充血した目をした伯父と目があった。


コピペの大枠としては、

高卒就職した伯父が、大学受験を経験していないためか、高校受験における普通科高校に対する職業科の高校である工業高校と同様と認識(いわゆる普商工農の序列)、あるいは東京工業大学をただの無名工業大学認識していたために、地元の有名進学校松本深志から地元国立大学信州大学工学部)に入った伯父の息子「××」(「俺」のいとこ)の方が優れていると認識(誤認)して話している、というものである

A高(地元トップ校)からB大(地元国立大学)が東工大より優れている、というものであるが、長野以外だとどうなるのか、どういったものがあるのかという発想からこの記事は来ているものである

おことわり

記事作成者イメージと、実際に地元で思われているイメージとは違うのかもしれませんが、何卒ご容赦ください。

また、大学は、有名な高偏差値であること、よりも何を学びたいか(何をしたいのか)で選ぶものであると思います。勿論、高い偏差値大学学習環境相関関係にあるのかもしれませんが、何処(大学)で、何(学部学科)を、誰(教員ゼミに学ぶのか、その視点をどうか忘れないでください。

コピペでは工学部とあったので、基本的学部工学部しましたが、工学部存在しない大学については理系学部理学部情報学部)にしました。

凡例

有名進学校-地元国公立大学

コメント

地理的に離れている等で、一部の都府県に公立大を入れてあります。)

北海道

札幌南-北海道大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!南高から北大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

地元に留まるなら、悪くなさそう。

東北

弘前-弘前大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!弘高から大理工学部だぞ!(勝利者宣言)」

盛岡第一-岩手大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!一高から大理工学部だぞ!(勝利者宣言)」

仙台第一-東北大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!一高から東北大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

鳥人間コンテストに参加したい、航空宇宙学を学びたいのかな?

秋田-秋田大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!秋高から大理工学部だぞ!(勝利者宣言)」

山形東-山形大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!山東から山大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

福島-福島大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!福高から福大理工学群だぞ!(勝利者宣言)」

関東

水戸第一-茨城大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!水戸一高から大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

土浦第一-筑波大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!土浦一高から筑波大理工学群だぞ!(勝利者宣言)」

宇都宮-宇都宮大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!宇高から大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

県立前橋-群馬大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!前高から大理工学部だぞ!(勝利者宣言)」

県立浦和-埼玉大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!浦高から埼大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

千葉-千葉大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!県千葉から千葉大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

日比谷-東京大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!日比谷から東大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

(「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!日比谷から東大理一だぞ!(勝利者宣言)」)

※お互いに認め合ってそう。

立川-首都大学東京東京都立大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!立高から首都大システムデザイン学部だぞ!(勝利者宣言)」

横浜翠嵐-横浜国立大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!翠嵐から国大理工学部だぞ!(勝利者宣言)」

柏陽-横浜市立大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!柏陽から大理学部だぞ!(勝利者宣言)」

北陸・甲信】

新潟-新潟大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!県高から新大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

富山中部-富山大学

「お前と同じ年の息子の××覚えとるやろ?中部から大工学部やぞ!(勝利者宣言)」

※自宅から通えない(一人暮らし許可されない)女子学生だと、頭が良くても富大に行くらしい。

金沢泉丘-金沢大学

「お前と同じ年の息子の××覚えとるやろ?泉から大理工学域やぞ!(勝利者宣言)」

※伯父はマジで誇ってそう。金大生、ああいい響き。息子が松本深志から信大に行って誇る気持ちも良くわかる。

藤島-福井大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!藤島から福大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

甲府南-山梨大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!南高から大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

松本深志-信州大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!深志から信大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

東海

岐阜-岐阜大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!岐高から大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

浜松北-静岡大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!北高から静大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

旭丘-名古屋大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!旭から名大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

トヨタとかトヨタ系列名大出身者が多いみたいなので、トヨタ系に就職なら名大で良いのかも。

四日市-三重大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!四高から三重大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

関西

彦根東-滋賀大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!東高から滋賀データサイエンス学部だぞ!(勝利者宣言)」

堀川-京都大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!堀川から京大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

東工大京大も最高の研究環境にあると思う。

北野-大阪大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!北野から阪大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

西日本人間なので、東工大より阪大に行きたい。変わらないと思う。

三国ヶ丘-大阪府立大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!三国から大工学域だぞ!(勝利者宣言)」

※市大との合併で「大阪公立大学」になるそうですが、相乗効果とやらで神大は越えられそうですか……?(小声)

神戸-神戸大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!神高から神大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

経済経営等、社会科学系が強いイメージなので、理系学部はあまり印象にない。

加古川東-兵庫県立大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!かことんから大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

※同じ県内関西で別格とされている神戸大がある影響で、肩身の狭い思いをしていそうだけど、地元播磨地区を中心にリスペクトされていそう。

奈良-奈良女子大学

「お前と同じ年の娘の××覚えているだろ!奈良から奈良理学部だぞ!(勝利者宣言)」

奈良県のみ共学の国公立大に理工系学部がなかったので、女性に改変。

桐蔭-和歌山大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!桐蔭から和大システム工学部だぞ!(勝利者宣言)」

中国

鳥取西-鳥取大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!西高から大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

松江北-島根大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!北高から島大総合理工学部だぞ!(勝利者宣言)」

岡山朝日-岡山大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!朝日から岡大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

地元縛りだとそうなりそう。

基町-広島大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!基町から大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

地元縛り(ry。でも広島大学地域の基幹大学として研究環境は良好だと思う。

山口-山口大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!山高から山大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

四国

城東-徳島大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!城東から大理工学部だぞ!(勝利者宣言)」

高松-香川大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!高高から香大創造工学部だぞ!(勝利者宣言)」

松山東-愛媛大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!東から愛大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

高知追手前-高知大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!追手から高知大理工学部だぞ!(勝利者宣言)」

九州沖縄

修猷館-九州大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!修猷から大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

地元就職かな? 東工大ぐらいなら、九大でも良いや、って思われる方はどれぐらいいるんだろう。

小倉-北九州市立大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!倉高から北九大環境工学部だぞ!(勝利者宣言)」

佐賀西-佐賀大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!西高から佐賀大理工学部だぞ!(勝利者宣言)」

長崎西-長崎大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!西高から長大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

済々黌-熊本大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!済々黌から大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

※校地が隣なので、自然の流れで…

大分上野丘-大分大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!上高から大理工学部だぞ!(勝利者宣言)」

宮崎大宮-宮崎大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!大宮から宮大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

鶴丸-鹿児島大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!鶴丸から鹿大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

開邦-琉球大学

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!開邦から大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

その他

一橋大学編】

伯父「どこの大学に行っているんだ?」

俺 「一橋大学です」

伯父「そうか、私立大か!高校時代遊びすぎたんだろ!でも浪人しなくてよかったな!」

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!深志から信大経済学部だぞ!(勝利者宣言)」

関東外だと私大と思う人多そう。

名古屋工業大学編】

伯父「どこの大学に行っているんだ?」

俺 「名工大、あっ、名古屋工業大学です」

伯父「そうか、工業大か!高校時代遊びすぎたんだろ!でも浪人しなくてよかったな!」

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!深志から信大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

※どっちでも良い希ガス

京都工芸繊維大学編】

伯父「どこの大学に行っているんだ?」

俺 「工繊大、あっ、京都工芸繊維大学です」

伯父「そうか、工繊大か!上田と並ぶ繊維の名門じゃないか!よかったな!」

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!深志から信大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

※そうはならんか。

東京農工大学編】

伯父「どこの大学に行っているんだ?」

俺 「農工大、あっ、東京農工大学です」

伯父「そうか、農業大か!高校時代遊びすぎたんだろ!もう大根踊りは踊れるようになったか!」

「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!深志から信大工学部だぞ!(勝利者宣言)」

大根踊り東京農業大学。かの有名な白石さんが勤務していたのが農工大生協東京関東)で就活するなら農工大地元なら信大なのかな。

感想

貴重な休日を潰してまで書くような内容じゃなかった気がする。

お国言葉に改編して、よりリアルご当地東工大コピペを完成させてください。

上記学部学科2020年2月現在のものです。)

2019-12-26

anond:20191121110537

ネタバレする人多くない?

とても多いです。

原作長大で「初めはつまらなかったけど、途中から面白くなった」という人がそれなりにいるので、先の展開を教えたくなるのかもしれません。

原作信者が怖いんだが?

メインの読者層が40代女性、ということで、他のラノベとは違う影響かも…

2019-12-02

サムライ8のレビュー

 実際のところ、ジャンプ本誌で連載が始まった時点ではこの漫画を読む気にはなれなかった。

 既にAmazon上のレビューに書いてある通りである物語の中で語られる様々な専門用語世界観に対する長大説明、作者のエゴ、長年看板作家として一線を張り続けてきたプライド裏目に出ている――などなど、実際にここまで既存レビューが指摘していたかはともかく、本誌連載当初の時点での僕自身評価も、これらのレビュアー意見とそう変わるものではなかった。読みにくく、物語は柔らかさを主張しているようでその台詞回しは硬質で、目がところどころでセリフに行き詰まる――

 でも、何故なのかこうも思えたのである。「連載話を一週間ごとにバラバラに読むのではなく、コミックスの形でしっかり腰を据えて読むことができるのであれば、これはひょっとすれば面白い作品に映る可能性を秘めているのではなかろうか」と。そして、実際にようやくコミックスを手に取りこの作品を読んだ時点での感想を述べさせてもらうならば、その予感は正しかったのである

 物語星間飛行どころか銀河航行ですら可能となった近未来であり、一部の人々は生身の身体を捨て自身サイボーグ処置を施し強かに生きている。そんな世界において、自身に巨大な生命維持装置を直結させ、無数のチューブ接続していなければ生きられない少年ハチマルが主人公である。もちろん、この作品タイトル黒澤明監督による『七人の侍』の文字りとなっている。

 極めて脆弱身体を持ちつつも、幼い頃から身体虚弱さのために熱中することとなった)全没入型VRゲームによって鍛えられた勝負勘と、反射神経は余人を凌駕する(アニメ作品オーバーマンキングゲイナー』のエピソード彷彿とさせる)主人公にとって、この「サイボーグを是とする世界」は極めて相性が良く、やがて彼は類稀なる自身戦闘センスを開花させていく。

 ここでポイントとなるのは『三身一体』のキーワードである。本編において、「ロッカーボール」と呼ばれるエネルギー体によって自己改造を施したサイボーグ戦士のことを「侍」と呼ぶのであるが、この侍は単独では秘め持った力を十全に発揮することができないのである。ここでポイントとなるのが先程言及した『三身一体(勿論、これはキリスト教における神学概念である三位一体」をアレンジしたキーワードである)』という言葉で、侍は単独ではなく、追従型の動物を象った戦闘補助パートナーであるキーホルダー」と、侍の力の源であるロッカーボール」に対する強い探知力を持った「姫」の両者と共にあることで、初めて「三身一体」となり力を発揮できる、といった物語構造が示されているのだ。

「姫」は戦闘能力を持たないため、必ず侍と対になって守護される必要があり、そのために侍は自身の心を極限まで純化させ、「姫」を護衛する必要があるのである。この「純化」のプロセス少年漫画媒体にうってつけで、いわば虚仮の一念によって主人公は「強がり」を純然たる「強さ」へと純化していくのである。この辺りに少年漫画誌に長年連載を続けていた岸本氏のストーリー構築術の妙があると思わされる。

長くなったが、この作品に向けられたネットの悪評の多くは、これをコミックスという媒体で腰を据えて読むことによって引っくり返ること請け合いである最近では某レンタルショップにおけるレンタルサービスもあることだし、是非ともコミックス媒体において、諸氏にはこの漫画に対する改めての評価を行ってほしいと思う。

2019-11-16

上越新幹線年表

anond:20191114163008

中山トンネル異常出水によるルート変更と急カーブ

中山トンネル高崎駅上毛高原駅の間にある長大トンネルひとつトンネルを掘っている途中で水が止まらなくて掘り進めなくなり、トンネルを曲げて貫通させた。そのため、半径1500mの急なカーブができて160㎞制限大清水トンネル下りでつけた勢いもここで一気に減速。スピードアップボトルネックになっている。東京から300㎞の新潟より、350㎞の仙台のほうが早く着くマジックはここにある。ちなみに新潟-東京の最速列車は1日1本の看板列車で1時間37分。仙台-東京は毎時走っているはやてで1時間30分。ほとんどは2時間以上かかっているので、とってもゆっくり新幹線なのである

割引による羽田-新潟線潰し

A特急料金から新幹線特急料金への急激な値上げを緩和するために、上越新幹線はしばらくの間、割引された。格安航空会社などない時代羽田-新潟線はあっけなく白旗を上げ、東京への空路は早々になくなってしまった。新潟から真南に飛べば、最短距離羽田に到達できるはずだが、横田空域関係福島太平洋洋上を迂回するルートを取っていたため、時間がかかっていた。中越地震による上越新幹線の不通時に空路一時的な復活があった。片道15000円。

200系 1982年

開業時に導入された車両。3列席が車両中央を境にしてそれぞれの進行方向に固定されていたので、後ろ向き走行体験できる不思議車両0系にもそういうのがあったので、シートピッチ的に3列席が回転できなかったのは、当時の風潮なのだろうか。昭和車両21世紀になっても走り続けることになる。最長は2012年で30年走り続けた車両もあった。

E1が2往復だけやってくる 1994年

2階建ての詰め込み編成がちょっとだけ登場。依然として主力は200系

E2が一編成だけやってくる 1998年

北陸(長野行き)新幹線オリンピックとともに開業たころ、北陸(長野行き)新幹線にはE2が集中配置。お情けで朝の東京行きのノンストップ便にE2が一編成だけ登場。2004年に召し上げられる。

E1のおさがりが集結 1999年

なりもの入りで登場したオール2階建て新幹線東北系統ミニ新幹線との併結運用をこなし、大量輸送をしていた。しかし、鈍足があだとなり、全車が上越左遷200系とE1の時代が続く。

200系リニューアル車 1999年

200系の後から導入された車両は、内装を取り換えて、塗装をやり直して、21世紀風にした車両。なんと3列席が回転するようになり大躍進。東京駅のホーム東北長野の新しめの車両に引け目を感じた。E2に乗りたい人生だった。

E4がちょっとだけ登場 2001年

8両の短い編成で登場。座れないはずれ車両イメージがあった。特に2階の自由席は切ない。指定席車両自由席になっている車両がねらい目だった。何も見えないない車窓と引き替えの静かな1階席。

200系シャークノーズ 2004年

100系の先頭デザイン拝借した仕様東北新幹線では、2階建てグリーン車を含むフラッグシップ編成だった。2階建てグリーン車を抜いて上越左遷。先頭のデザインがカッコいいだけで、中身は何の変哲もない200系だった。

中越地震脱線 2004年

(・〇・)

E4のおさがりが集結 2012年

E1を追い出した東北に登場したオール2階建てE4も結局はお払い箱。E5が出たころにスピードアップ足枷となり、上越左遷

8両編成+8両編成の16両でピー輸送活躍。必ず座れるのでオール2階建て16両にはメリットがあった。2011年2016年に全廃と新聞発表されていたが廃車するする詐欺が勃発。長野の車庫の水没でさら延命されるのか。

E1の定期運用終了 2012年

専用色に塗り替えられたおさがりがようやく廃車に。

200系の定期運用終了 2013年

リニューアル工事10年あまり延命した200系がようやく廃車に。

ついにE2が本格登場 2015年

北陸(長野行き)新幹線開業時に指をくわえて見ていたE2がやってきた。そのとき北陸新幹線にはE7、W7が導入され、北陸(長野行き)のE2は廃車になっていたのであった。上越にきたE2は、東北で使っていたE2で窓が2つつながっている1000番台。またもや一世代前のおさがりの登場だ。

E7がやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ! 2019年

ついに上越新車が入る!ドンドン増備される!開業時の200系登場以来、まともに新車が入らなかった上越新幹線県民の喝さいを浴び、朱鷺色の専用帯を付けての登場だった。だがしかし長野の車庫の水没による10編成ロスト。E7の増備はおあずけに。E4とE2の天下はしばらく続くのであった。

2019-11-14

京大博論を元にした本が東大紀要書評フルボッコされてる件

日本大学特に文系学問に対する風当たりが厳しい昨今、文系学者達は自分たち存在意義を示そうと必死だ。大学で行われている文系研究は、どう役に立つかはともかく、それ自体研究としてちゃんとしたものなんだ!ということは前提となっているし、みんなそう信じている。文系先生達は決してSTAP細胞のようなデタラメをやっているのではないと。

だが、それは本当か? 証拠はあるのか? 最先端研究専門家でさえ評価が難しい。たとえばアインシュタイン一般特殊相対性理論を作ったけど、時代の先を行き過ぎていて正当な評価がされなかったそうで、ノーベル賞は他の業績に対して与えられた。文系研究基本的には同じで、研究の良し悪しを判断できる人は極少数だ。だから、知らないうちにトンデモない研究がはびこっていて、それに社会的評価が伴っていても、ほとんどの人にはわからない。専門家が厳正に評価してくれていることを信じるしかない。

パンドラの箱が開いた

本題に入ろう。最近、1つの書評論文東大言語学研究室発行の紀要に出た。

田中太一日本語は「主体的」な言語か―『認知言語類型原理』について―」『東京大学言語学論集』 41 (2019.9) 295-313

https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=53475&item_no=1&attribute_id=19&file_no=1

書評された本は『認知言語類型原理』(京都大学出版会)。

https://www.amazon.co.jp/dp/4814001177/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_6P9YDbPVN9WJ2

著者は、関西外国語大学 短期大学部 英米語学准教授中野研一郎先生

 

普通書評というのは基本的にほめるものだ。批判はあっても最後ちょっとだけ。しかし、この書評は、冷静な筆致でありながら、酷評酷評、ボロクソ、クソミソ、ケチョンケチョンフルボッコだ。一個もほめてない。批判が当たっているなら、トンデモ本に違いない。

こうすればあなた博士になれる

一番ヤバいのは、この本が博士論文を元にしたものということ! 一応説明しておくと、博士論文とは、最高の学位である博士」の学位を取るために大学院生が何年もかけて書く長大論文で、大雑把に言って本1冊以上の分量がある。もちろん、何でもいいからテキトーに書けばいいわけではない(はずだ)。自分オリジナルで、学術的に価値のあること、つまり、これまで誰も知らなかった知見を新たにもたらして人間知識を拡大するような研究の成果でなければいけない。どの分野でもそうだ。

そして博士論文原稿は、3~5人の審査委員審査する。審査委員は全員、その分野に詳しい大学教員だ。審査は3回くらいある。まずは博士論文の大枠ができた後、本格的な執筆にゴーサインを出すかを決める一次審査、そして論文が大体書けた後、論文大学に提出していいか審査する二次審査最後論文が完成し、大学に提出された後、博士学位を与えるか否かを決める最終審査がある。それぞれ少なくとも1時間はかかる本格的なものだ。ディフェンスと言われる最終審査の口頭試問は、公開で行われる。最後に別室で結果を審議した審査委員が会場に戻ってきて厳かに合格が伝えられると、みんな拍手で心から祝福する。

ミサト:おめでとう!

アスカ:おめでとう!

レイ:おめでとう。

シンジ:僕はここ(アカデミア)にいてもいいんだ!

研究人生のフィナーレではないが、1つのピーである。こうやって研究者の能力お墨付きを与えるのが大学存在意義の大きな一部分だ。

要するに、博士号を取るのはとても大変なのだ日本だと博士号を持っている人は1万人に1人くらいしかいないらしい。日本大学は入るのは難しいのに出るのは簡単だとよく言われるけど、大学院の博士課程はそうではない。入るのも修士課程ほど楽ではないし、文系では入っても博士号を取れない人の方が多いくらいだ。これだけ大変だから博士号はアカデミアでは評価される。大学教員になるなら、博士じゃないとエントリーすることさえほぼほぼ不可能。『認知言語類型論』の中野先生は、フェイスブックを見たところ、以前は高校先生だったみたいだけど、博士号をとってから、50歳を過ぎて関西外国語大学准教授になったようだ。周知の通り、大学終身雇用教員の座をめぐる争いは非常に激しい。博士号がなかったら就職できなかっただろう。

 

博士号はどこの大学でとっても価値は同じ、みたいなことを何度か読んだことがあるけど、あれはデマ。真に受けてはいけない。いい大学博士号ほど高く評価される(Why not?)。中野先生がお持ちの京都大学博士号は、京大が超一流なのと同様、超一流の博士号だ。50歳を過ぎて大学就職できたのも不思議ではない。しかも、中野先生師匠は、日本言語学界の大物中の大物、山梨正明先生だ。『認知言語類型原理』に山梨先生が解題を寄せているから間違いない。この大先生は、「日本代表する理論言語学者の一人」([wikipedia:山梨正明])。中野先生が在学していた頃には、日本語用論学会(2008〜2011)や、日本認知言語学会(2009〜2012)の会長を同時に務めもした大物中の大物だ。ちなみに、山梨大先生2014年度に京大を定年退官して、2015年から中野先生より一足早く関西外国語大学で教鞭をとっている。ちょっとややこしい話だが、博士論文審査が終わる前に京大を定年退官したようで、審査主査ではないが、審査委員には名を連ねている。https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/199376 博士論文を書くのに何年もかかるから、こういうことはよくある。

日本語に主語目的語、態、時制、格、自動詞他動詞はいらない?

さて、超大物お墨付き博士論文(を元にした本)はどんなもんなんだろうか。書評から拾っていこう。2節は専門的な議論でよくわからいかパス。3節「日本語に存在しないとされるものから見ていこう。まず、1節に同書のまとめらしき部分から引用がある。

日本語(やまとことば)」を深層とする日本語において、「形容詞 (adjective)」・「主語 (subject)/目的語 (object)」・「態(voice)」・「時制 (tense)」・「格 (case)」・「他動詞 (transitive verb)/自動詞 (intransitive verb)」といった、従来ア・プリオリに前提とされていた統語・文法カテゴリ妥当していないことも論証した。さらに、「膠着」言語の一つである日本語」においては、その語・語句・節の生成メカニズムは、「音」自体に「意味」を見出す「音象徴 (sound symbolism)」を基盤にしていることを論じた。

(『認知言語類型原理』[以下、中野 2017] p. 308、書評論文[以下、田中 2019]p. 295から禁断の孫引き。以下、同書の引用は全て孫引き)

昔、『日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す』[amazon:日本語に主語はいらない]という本が出て、言語学者に酷評されたことがある。金谷武洋日本語に主語はいらない』批判記事一覧 - 誰がログ https://dlit.hatenadiary.com/entry/20071216/1197757579

主語がいらないと言っただけでそうなったのに、『認知言語類型原理』は、ミニマリスト断捨離なんてもんじゃない。主語だけじゃなく、形容詞、態、時制、格、自動詞他動詞も、いらない、何も、捨ててしまおう~♪と謳っているらしい。全部なしで日本語の文法はどうなっているのかというと、「その語・語句・節の生成メカニズムは、「音」自体に「意味」を見出す「音象徴 (sound symbolism)」を基盤にしている」ということらしい。

「音象徴」の名の元に蘇る亡霊

これは熊倉千之氏の「音象徴理論に基づいているそうで、熊倉氏は、

膠着語にかんして、「イメージイメージを膠でつけるように、ことばができているのです。ですから、具体的なモノとモノをつなげると、言語(コト) としての「抽象」 性が生まれ、新しいことばが作られるのです (熊倉 2011: 18)と述べた上で、日本語の音素はそれぞれ何らかのイメージを持つという観察を根拠に、やまとことばの「音声と意味」には、ソシュールの説に反して、「恣意的」ではなく、密接な繋がりが感じられる」 (熊倉 2011: 30) と主張している。

(これも田中 2019: 309から禁断の孫引き

熊倉千之 (2011)『日本語の深層〈話者のイマ・ココ〉を生きることば』東京: 筑摩書房.

とのこと。

近代言語学の父、ソシュールの一番有名な恣意性原理否定しているが、それ自体はない話ではない。音象徴が当てはまる例として、ポケモンとか怪獣名前は、音と意味関係が全く恣意的なわけではない、みたいなことが最近よく言われている。ただ音象徴基本的オノマトペ擬音語擬態語)や新たに名前を付けるものについての話、しかあくま傾向性言語全体の「語・語句・節の生成メカニズム」になるようなものとして扱われてはいない。しかし、中野説はそういった主流の音象徴研究とは一線を画する。具体的に見てみると、

「あ/a/」は「空間出来の語基」 として、「い/i/・居」 は「様態化の語基」 として、「う /u/・続」 は「プロセス化の語基」 として、 「音象徴」 により語彙を創発させる機能を担っているのである(中野 2017: 247) 。

知らなかったー、日本語ってすごいですね(棒)。たとえば、「合う・会う」は、「あ/a/」+「う /u/」だから、「(出来)動詞」だそうだ。書評子が、

「「出来」が「プロセス化」すると「合う・会う」になるという説明は到底理解できるものではない」(田中 2019: 309)

と言う通りだ。「あい」(愛とか藍)はどうなるんだろう。中野先生によると、音象徴

日本語(やまとことば)」の同音異義の語の数の多さと、またオノマトペの豊穣さの、母体にもなっている」 (中野 2017:232)

そうだが、書評子は、ここに鋭く矛盾を見て取る。

この主張は、本書の議論を決定的に破綻させるものである。もし「音=意味」という恣意的でない結びつきが存在するならば、同じ音を(同じ順序で)組み合わせれば同じ意味になるはずである同音異義語存在が極少数に限られるならともかく、その数が多いのであれば、日本語の全体を「音象徴」に基づいて分析することが不可能であることは自明である。(田中 2019: 310)

かに。他にも、中野先生は「確かに」・「達する」・「頼みます」・「たった、これだけですか」・「立つ」・「経つ」・「絶つ」・「裁つ」などを例に、

日本語(やまとことば)」では、音部分が同根であれば、「音象徴」に基づき、その意味機能通底している 。 [中略] 「た/ta/」音を語頭とする語は「心的確定(確信)」を基に語彙が生成していることが理解できる。「日本やまとことば」の「た/ta/」音は、「音象徴」において「確信」を「意味」とする「音」なのである。 (中野 2017: 255)

と言っているそうだが、「立つ」とか中野先生自身の例でさえ、どこが確信関係があるのかわからない例もある。この説が無理なのはよく考えてみるまでもない。

そもそも、「音象徴」なんて流行りのタームを中野先生熊倉氏は使っているが、こういう説は「音義説」[wikipedia:音義説]と言うのがより正確だ。近代以前に唱える人がたまにいたけど、今ではググるとわかる通り素人が唱えているだけのものだ。ちなみに、このような形で同書に大きな影響を与えた熊倉千之氏とは、

1980年「『源氏物語』の語りの時間」でカリフォルニア大学バークレー校にてPh.D.取得。ミシガン大学サンフランシスコ州立大学などで日本語・日本文学を教える。1988年帰国後、東京家政学院大学教授1999年金城学院大学教授2007年退職

[wikipedia:熊倉千之]

という人。ウィキペディアでは一応「日本文学者・日本語学者」となってはいるけど、専門はどう見ても文学言語について言語学界とは関係なく自由思索著述をしている人のようだ。そういう独自言語論を唱える文学思想研究者はよくいるけど、普通言語学者はそういうのはまともに相手にしない。『認知言語類型原理』もその類の本だったなら、東大言語学を学ぶ書評子も取り合わなかっただろう。でも、これは京大言語科学講座で博士号をとるために書かれた論文(が元になった本)なのだ

驚愕の主張の数々

他にも同書には、業界震撼の主張が満載みたいだ。是非同書を買って私の代わりに確認してみてほしい。

日本語では論理的命題を表すことができない」(田中 2019: 305)
日本語は英語を含む近代ヨーロッパ標準諸語に翻訳できず、また近代ヨーロッパ標準諸語も日本語に翻訳できない」(中野 2017: 268)
科学数学物理学化学生物学法学経済学歴史学社会学言語学等)」と称せられるものの全ての言説は、日本語で書かれている限り、「日本語(やまとことば)」の論理によって、「客観的であるとする言語論理的根拠を維持できないのである。当然のことながら、この本自体も、日本語で書いている限りはその陥穽から逃れることができない。」 (中野 2017: 268)
日本語の「伝聞」というコミュニケーション様態においては、伝えられる内容は、伝える者によって「主体化」されており、したがって、その「主体化」された内容の真偽判断に関わっては、「権威」が必要となる。伝える者に「権威」が伴っていない場合、伝えられる内容は真と判断されない。」(中野 2017: 16)

しつこいようだが、これで5年前に京大博士号が取れたのだ。

ちなみに、なんで日本語が英語などと違ってこうなってるかと言うと、中野先生によると、日本語は歴史的文字を持たなかったからだそうだ。とはいえ英語だってそうだし、文字で残っている歴史の長さも日本語と同じくらいなんだけど。っていうか、どの言語も昔々は文字がなかっただろ!

ということで、書評の内容は変な言いがかりではないようだ。そもそもこんな空前絶後激辛書評論文大学院生が書くこと自体大きなリスクを伴う。(書評子、いろいろ大丈夫か?)無理なイチャモンをつけるためにそんな危険を冒すわけがないし、出版前に東大で止められるだろう。ま、『認知言語類型原理』は、博士論文審査から本の出版にいたるまで、誰にも止められなかったみたいだけど!

京大STAP細胞はありま~す?」

もう終わりにしよう。書評批判が当たっているなら、こういうことだ。超大物教員指導の元、こんな博士論文が書かれ、専門家達が「厳正な」審査をし、超一流の博士号が授与され、それをテコに大学で職を得た人がいる。これがわかったのは、本が出版されたおかげだ。ちなみにこの本、名もない出版からではなく、京都大学出版会が出している。もちろん、本の出版は著者が勝手にできることではない。本の最後に超大物元指導教員が「解題」を寄せているから、知らなかったはずはない。解題を見てみたところ、基本的にほめていて、特に批判らしい批判はなかった。実はその解題、公開されている博士論文審査結果の要旨とほとんど同じ。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/199376/1/ynink00705.pdf

審査結果からもいくつか引用しておこう。

論文は、個別言語における認知メカニズムの解明によって言語固有の形式文法カテゴリ創発する根源的理由説明を試みた意欲的研究であり、認知言語類型論という新た

2019-10-31

anond:20191031123955

いや、あいつが関わってるならもっと荒れるはずだよ

ちょうど今ぐらいの時間毎日居座って、長大な返信ツリー作ってるはず

2019-10-16

十二国記・戴の人物

十二国記新刊が出たが人物について覚えていなかったので「黄昏の岸、暁の天」までの情報をまとめる

国王 驍宗 文州・轍囲の乱鎮圧の際、阿選に謀られ行方不明になる

戴台輔・瑞州侯 泰麒(蒿里)阿選に角を斬られ異能を使えなくなっている。李斎とともに戴に戻る

冢宰 詠仲 鳴蝕の際重傷を負う

天官長 皆白 鳴蝕の際行方不明になる

地官長 宣角 驍宗と泰麒が行方不明になった際、朝廷の長に推薦されるが固辞する

春官長 張運 驍宗に批判的だった。王の証である白雉は春官が管理する

夏官長大司馬 芭墨 不明

秋官長 花影 垂州に逃げる途中で李斎と別れる。生死不明

冬官長大司空 琅燦 外見は18歳程度の女性、博識。人気が出そうなキャラ造形をしている

禁軍左将軍 巌趙 不明

禁軍中将軍 英章 轍囲の乱鎮圧に赴き行方不明。ニヒル物言いをする

禁軍右将軍 阿選 謀反の首謀者。幻術を使うらしい

瑞州令尹・傳相 正頼 泰麒と親しい

瑞州左将軍 霜元 驍宗と反乱鎮圧に赴き行方不明

瑞州中将軍 李斎 慶王の支援を受け泰麒を連れ戻す

瑞州右将軍 臥信 行方不明。用兵が巧み

元々驍宗の部下だったのは皆白、芭墨、琅燦、巌趙、英章、正頼、霜元、臥信

2019-07-27

表現の自由が嬉しい階層と嬉しくない階層がある

表現の自由は大切、というのはまあ大雑把な話としてはほぼ頷く人が多いだろう。

だが多少細かく考えると、表現の自由が強く保護されている方が嬉しい層と、制限されている方が嬉しい層がある。

強者制限されている方がいい

国を運営しうるような人たちや、長大企業経営者などだ。

これはまあ言うまでもなくて、国民全体の自由は縛られてる方が自分たちへの批判も潰せて、支配を盤石にできる。

制限ルール決め事態に、この層にとって都合のいい意図が入れられるし。

強者自由な方がいい

おおむね一般の人。

そこそこのお金持ち層から中流の少し下の庶民まで。

この人たちは、表現の自由があったほうが支配階級からコントロール抵抗できるし、娯楽なども自由にあった方が楽しめる。

弱者制限されている方がいい

一応社会に参加はできているが、苦しみや悩みが多い層。

経済的にはひとつ上の強者と重なっている部分があるが、抱えているストレスなどが強く、心身が弱っている。

世の中の表現の自由度が上がれば、猥雑、暴力的、悪意的な表現も増える。

一般庶民は、そこから受ける刺激を受け流す余裕があり、その上で自由メリット享受できるが、この層は刺激に耐えられず苦しむ。

管理された安全さがほしい、という感じで、ある程度まで表現制限があった方が嬉しい。

弱者自由な方がいい

社会にほぼ参加できていない層。

存在に気づかれていなかったり、タブーになっていたりするアウトサイダー

声を上げなければ存在要求理解してもらえないが、その声はしばしば社会内部の人間にとって不快で強く刺激的な内容になる。

表現管理ルールが作られる時も、NG側、危険側に入れられやすい。

よって自由を求める。

2019-07-20

『天気の子』を批判している人たちへの反論(1)

ネタバレあるので、まだ観ていない人は右上の×を押してください。

そもそも新海誠薄っぺらいじゃないか

 新海誠監督の最新作『天気の子』を観てきました。「ヤフー映画」の感想とかを見ていると、新海監督が公開前に言ってたように「賛否両論」の様子。……しかし、否定的評価をしている人たちの感想を見てみると、「賛否両論以前の問題」で、人物描写薄っぺらさを指摘している意見の多いのが印象的だった。

 だが、待って欲しい。「人物造形が甘い」とか「人物描写薄っぺらい」という批判新海誠にするのはいかがなものか。そもそも、新海作品にこれまで重厚人物描写などあっただろうか? 薄っぺらくない人物なんて一人としていただろうか?

 まず、大ヒット作『君の名は。』で考えてみよう。瀧君も三葉も奥寺先輩も、ラノベ並みの、いや、そういう言い方はラノベに失礼なくらい、ペラペラの薄さだったと思いますよ。三葉の悪口を言ってた同級生たちなんか、当社調べでは0.01mmの薄さで、わが日本が誇るコンドーム会社オカモトが対抗意識を覚えるくらいの薄さじゃないですか。

秒速5センチメートル』も同じ。主人公遠野君)は半年前に転校したメンヘラ気味の女の子に会うために、東京から栃木電車で向かう。しかし、大雪のために途中で電車は大幅に遅延する。その時の主人公遠野君)のモノローグを皆さん覚えていますか?

「たった一分がものすごく長く感じられ、時間ははっきりとした悪意を持って、僕の上をゆっくりと流れていった。」

 ごめん。最初『秒速5メンチメートル』を見た時、私はここで腹痛くなるほど笑い転げて、逆に何度もここを再生しましたよ。もうね、ほんとリアル中学二年生でもこんなポエムを呟かないですよ。時間は君に悪意を持つほど暇じゃないと思うんだよね。たんに大雪のために電車が遅延してるだけやん……

 未見の方いたら、すみません。この電車の遅延、単なる一つのエピソードじゃなくて、『秒速』のなかでは、物語の要となるようなエピソードなんです。

 意味不明自己満SF雲の向こう、約束の場所』、ジブリを真似た結果盛大にコケた『星を追うこども』。これらも、人物描写書道半紙なみの薄さです。

言の葉の庭』も、ストーリー人物描写の甘さについては微笑せずにはいられません。ユキノ先生いじめられてる理由とか、いじめてる生徒の描写とか、これ薄っぺらくないと思う人いるの……?

まあ、いるんだと思う。それはそれでいい。私が言いたかったのは、『天気の子』が「薄っぺらい」という理由批判されるのは不合理だということである。初めっから薄っぺらいし、中二病だし、セカイ系だし、自意識過剰のウィスパーヴォイスがうざいし。そんなこと、分かり切ったことじゃない。それを今更批判したってどうしようもなくない?

 というわけで、『天気の子』もただひたすらに薄っぺらいわけです。ストーリー人物描写説得力かには期待したらダメリアル中学生でも、もう少し人間に対する洞察力をもった人は五万といる。そのレベルです。主人公はどうやら「神津島から家出をして「東京」フェリーでくるわけですが、家出理由、とくになし。至って普通の家庭で、酷いイジメにあっていたとかでもない。なんとなく嫌だったから、くらいのノリ。いわゆる反抗期? なんとなく盗んだバイクで走りだしたい気分? サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて(The Catcher in the Rye)』を持っていたけど、まさかサリンジャーに感化されて?(笑) いや、笑いごとじゃなくて、マジで新海はそのレベルでなんとなく家出をさせてOKだと思っている人なんですよ。

じゃあ、なんでそんな薄っぺら新海作品はこれまで評価されてきたのか? とくに『君の名は。』の歴史的ヒットはなんだったのか? 問題はそこにいたる。

美しい背景描写

 第一に挙げなくてはならないのは、美しい背景描写だろう。カメラレンズを強く意識して、超広角レンズや逆光、望遠などが多用される。しかし、実際のカメラではあんなに綺麗に映ることはない。細かいファンタジック「嘘」がそこかしこに散りばめられている。ありえそうだけどありえない風景。新海が描き続け、そして観客を魅了しているのは、そうした風景にあるんじゃないのか。もっとも、この美しい風景も、セカイ系の、センチメンタル自意識過剰の、中二病ポエムではないのか、と反問されるだろうが、それについて私は次のように答えるしかない。「いかにも、その通り」

 で、そこから新海誠童貞」のような公式がでてくるわけだ。「たぶん新海さんは楽しい恋愛高校時代したことがないんじゃないですか」(石田衣良)という言葉が出て来る所以であろうが、これについては一言。たしか新海誠自意識過剰中二病ポエマーであるかもしれないが、全ての童貞自意識過剰中二病ポエマーであるわけではないし、またその逆もしかである童貞に対して失礼である石田衣良には猛省を促したい。

君の名は。』のカタルシス

 さて、『君の名は。』ヒットの理由について語るのは当然のことながら難しい。だが、これを見た人の多くが「東日本大震災」を想起したこと無視できるものではないだろう。『君の名は。』は、良くも悪くも「震災芸術」であり、『君の名は。』の賛否両論根底にあるのも、「震災をなかったことにしてもいいのか」というこの作品についての疑問から生じているだろう。

 『君の名は。』には、カタルシス浄化作用)がある。瀧君と三葉の恋物語以上に、この映画で「主役」となっているのは「彗星」であり「隕石である。突拍子もないことのように思われるかもしれないが、これは演出上も疑いを得ないことである。このことについては伊藤弘了という人が「恋する彗星──映画君の名は。』を「線の主題」で読み解く」という卓抜な評論を書いているので一読を勧めたい(http://ecrito.fever.jp/20170123213636)。

 少しだけ説明する。「糸守湖」が出来たのは劇中でも語られるように、1200年前にここに隕石が墜落したことにするものだ。瀧君と三葉は三年の時間差を越えて出会いを果たすわけだが、その奥には1200年という長大時間を経て、同じ彗星が墜落するわけで、あの惨劇を生み出した隕石は、それ自体隕石恋物語でもあったというわけだ。瀧君と三葉の悲恋は、その運命を受けいれて、むしろその「運命のもの」に同化するような形で、自己を超越した恍惚体験へと昇華する。これが、『君の名は。』のインパクトである伊藤は言う。

観客は人智はるかに超えたティアマ彗星の壮大な恋物語のうちに自らの似姿を見出し、同時に自己自身を超越する感覚を疑似体験する。これが本作の記録的大ヒットを支えた一因である

この伊藤の読みは、それ自身、私も正しいと思う。ちょうど隕石地球を目がけて猛烈ないきおいで突進してくる際に流れるRADWIMPSの「スパークル」の歌詞をここで引用しておこう。

運命だとか未来とかって 言葉がどれだけ手を

伸ばそうと届かない 場所で僕ら恋をする

 いわゆる「サビ」の部分がはじめて出て来るのは、隕石墜落のシーンなのである彗星隕石と化して「いまだかつてないスピードで君のもとへダイブを」するわけである。観客はかくして、瀧君でも三葉でもなく「隕石」に感情移入をすることになる。それによって、運命を超越した運命とでもいうべきものに同一化し、「自己自身を超越した感覚を疑似感覚」させるのが『君の名は。である。ちなみに言っておくと、これは何も新しい話ではなく、ギリシア悲劇古典的パターンであり、「悲劇」の快楽のものである。この点についてはニーチェの『悲劇の誕生』を参照して欲しい。

悲劇忘却

 要点のみを記す。1200年前に糸守町に落ちた彗星は偶然の産物である。劇中で墜落する彗星の《片割れ》もまた偶然の産物である。その偶然をしかしながら運命的なものにするのが『君の名は。』のドラマである隕石は、人間視点からはどうしようもない《偶然的=運命的》なものであり、それが世界に災厄をもたらす。それは《悲劇であるニーチェが述べるように、悲劇とは一方では自身運命翻弄され自身の非力さを痛切に認識した上で、他方ではそうした小さな自己を超越し運命のものに一体化する感覚のあるところに《悲劇》の快楽があるのだとすれば、『君の名は。』における悲劇とは、次のようなものである。(A)それは自己意志の無力と運命の強調という形で行われるのではなく、(B)確かに一方では自己意志の無力さを痛感させられるが、星の動きはたんに災厄をもたらす運命だけではなく、同時に強烈な人間的な意志でもあるのであって、運命から逃れていく偶然の力として描かれるのである。ここにおいて、まことに《運命=偶然》という奇跡的な場所での物語が描かれるのであって、その強烈さに私たちは感動をするのである

 震災を《運命=偶然=意志=恋》と化すことにより、現実震災美的昇華してしまうのが『君の名は。である。『君の名は。』は過去タイムトラベルすることで「震災をなかったこと」にするだけではなく、上に書いたように、情動レベル震災というトラウマを「昇華」させて、フロイト流にいうならば「喪の作業」を遂行することを促進するのである。「昇華」とは、「忘却」の別名である

 こうしたところが、『君の名は。』の慧眼な人々に批判される所以であるだろう。

 だが、どうだろう。《忘れない》ことが一つの倫理であることは疑わないが、《忘れる》ことも一つの生き方として否定されるものではないのではないか。また、《忘れさせる》ことを描いたものが《覚えられる》ということ自体が、完全な忘却からは救うはずだと私は考えるが、いかがだろうか。

──ライトな語り口で始めたのに、全然そうではなくなった。そして、肝心の『天気の子』にまだまだ辿りつけていない。次回、『天気の子』の内容に踏み込んでいきます

2019-04-27

Twitter 140文字も 書ける

長大すぎて 誰も読まない

2019-04-15

anond:20190415042641

本当に1990年代から2000年代前半ごろのエロゲ

オタクサブカル最前線という地位」だったとして

その理由は何か?

エロゲクリエイターで今でも形を変えて繁盛してる型月とかニトロプラスとか見るに

「最低限エロが入ってれば何をやってもOK」な自由プラットフォームだった点だと思う

1970年代末の自販機エロ本の編集者もそんな感じだったらしい)

本当は泣かせる文芸ものがやりたいとか、ハードアクションがやりたいとか

凝りに凝りまくったオリジナル設定のファンタジー物がやりたいとか

そういう連中がエロゲーに関わってたのだと思う

奈須や麻枝や虚淵みたいな1970年代まれ団塊ジュニアクリエイター志望者は数が多かった

静止画シナリオ場合によってはCV無しでも可)で成立するエロゲ

金をかけずに表現できる最良の手段だったんだろう

――が、2000年代後半に入ると、クリエイター志望のオタの表現手段の幅も多様化した

ニコ動とかネット動画の台頭、ラノベレーベルの乱立でデビュー窓口も増えた

なろう系みたいな投稿サイトも出てきた

それで2000年代前半までならエロゲ業界に行ってた層の人材

ジャンルに行くようになったんじゃないかなあ、と

かには、もっと単純に

学生で暇で長大シナリオプレイできた層が就職して時間が無くなった

作品消費からイベント消費(声優ライブなど)への嗜好の変化

・高額なパッケージソフト全般の売れ行き不振

・実況動画サイトなどで手早く内容がわかるようになった

スマホの普及によるPC利用の衰退

などなどの即物的理由があるんだろうけど

エロゲが衰退したのはラノベのせい、、、ではない

http://kazenotori.hatenablog.com/entry/2019/04/14/113600

 

00年前後青春ど真ん中だったエロゲヲタのひとりとして衰退理由一言でまとめると、、、

オタクサブカル最前線という地位を失ったから」

だと思う。

あの当時の作品若いオタク熱狂させる力があった。

Leafでいえば『雫』『痕』『To Heart』。Tactics/keyでいえば『MOON.』『ONE』『Kanon』『AIR』『CLANNAD』。TYPE-MOONは『月姫』『Fate/stay night』。エロゲではないけど同人の流れをくんだ『ひぐらしのなく頃に』。

この辺のソフトプレイヤーを熱くさせ、語りたい欲を大いに刺激し(葉鍵板なんてのもあった)、「これエロゲーじゃないか泣きゲーから」などという妄言を口走りながら周囲にプレイを勧めさせるだけの力があった(売上だけなら『鬼作』とか『大悪司』も当時強かったけど語るもんでも勧めるもんでもないから伝播力に欠けた)。

これらはざっくり「伝奇/サスペンス」「泣き」に分けることができてそれぞれブームを作ったけど、かなしいかなそれに続くブームはつくれなかったし、フォロワー作品は年を追うごとに小粒化して(初期は『sense off』とか『みずいろ』とか『秋桜の空に』とか『それ散る』とか良質なフォロワー作品がいっぱいあった)エロゲ全体のブームを急速に沈下させた。エロゲ時代は突然やってきてあっというまに終わった。

自滅、というのは言い過ぎかもしれないが、文化として根付かせることができなかった、ぐらいは言ってもいいだろう。

粒が小さくなって新しい体験提供できなくなったエロゲ世代交代(『恋姫シリーズ世代はいると思ってる)に失敗したし、熱狂してた連中はエロゲといっしょにオタク卒業するか新たな最前線へと旅立っていった。

それは『ラグナロクオンライン』/『東方』(RO2002年開始だけどコミケ流行葉鍵/型月→RO東方と変わっていった(型月はしぶとく東方共存してたような記憶)のは大きなトピック)だったり、ラノベ西尾維新/『ハルヒ』/『とある』/『ゼロ魔』)だったり、ニコ動ボカロアイマス文化だったりした。

ブームが完全に去った現代ソシャゲ(『艦これ』/『デレマス』/『グラブル』/『FGO』)でゲーム体験を満たしつつエロはその同人摂取する時代から本格的にエロゲの出番はないだろう。ニッチ需要同人エロゲが担っているから尚更だ(『奴隷との生活』はヒットしたなあ)。

 

最初URLをはったブログではエロゲの衰退理由として

1. ラノベ深夜アニメソシャゲ(あるいはスマホゲー)など他のメディアに客を奪われた。

2. ファイル共有ソフトなどにより海賊版蔓延して購入者が減った。

3. CDからDVDへの移行、スマホの普及、光学ドライブのつかないノートパソコンの普及など、周辺環境の変化によりプレイヤーが減った。

4. エロゲ大長編化による制作コストプレイコストの上昇。

の4つがかかげられていたけど、

1. はラノベ以外時代がズレてる

2. は共有ソフト以前にコピー問題があったので要因とまではいえない

3. はスマホの普及以外論外(エロゲをやるためにパソコンを買う・組む連中は多数いた。DVDへの移行なんて屁でもないし、光学ドライブがつかない云々はDL販売とかUSBドライブ存在無視してる)

4. は正しい。制作コストの増加とプレイコストの上昇は別問題なので切り分ける必要はあるが、これらの問題は大きかった

という所感。

 

上記以外の理由としてはこのエントリの主張であるオタクサブカル最前線という地位を失ったから」と、もうひとつあるとすればスマホの登場による可処分時間の細切れ化。エロゲをやるようなオタクはもともとインターネットとの親和性が高かったわけで、スマホの登場でネット常時接続する消費スタイルへ移行すると、パソコンに向かってじっくりエロゲプレイするなんてことが難しくなった面はあると思う(ここに物語長大化によってプレイコストが上昇した問題からんでくる)。

 

まあ同人エロゲエロゲといえばエロゲだし、DMM GAMESのエロゲも形をかえたエロゲと言えるだろうし(大本オモコロ記事はまさにその宣伝だ)、FGOエロゲに含めれば(含めるな)過去最大のエロゲ市場爆誕してると言えるのかもしれないが。

 

追記

Q. 「オタクサブカル最前線という地位を失ったから」ってそれトートロジーじゃないの?

A. そう見えるかもしらんけど、オタク熱狂させる弾がなくなったから、という話をしてるつもり。

逆になんで00年前後にそういう作品雨後の筍のごとくでてきたかというとまあ割と謎なんだけどひとつ言えるとしたら若いクリエイター申し訳程度のエロさえつけてれば自分のやりたいことをやれる場所だって認知されたことがデカいんじゃないかなーって(日活ロマンポルノみたいなやつって言えば伝わるのかね)。

Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』ってエロゲがある。ニトロプラス(今はたぶん刀剣乱舞で有名)の処女作シナリオぶっさん虚淵玄。今だと『まどマギ』で有名……ってそれももう古いか)。

アメリカ旅行した青年が殺しの現場を見たせいでマフィア拉致られ暗殺者をやらされるって話なんだけど、ハードボイルド小説映画かってあらすじでもうエロゲじゃないよね。で、なんとこのゲーム暗殺に使う銃を選べて、なおかつその銃がポリゴン表現されてた上に、どの銃を選んでもシナリオには一ミリも影響がない、というのが爆笑ポイントで単に作り手がそういうの好きなだけっていう。当時すでにIllusionとかがポリゴンエロゲを世に送り出してたとはいえ銃だけポリゴン表現にしたエロゲって『Phantom』が最初最後じゃねーかな(ゲームめっちゃ面白かったよ念の為)。

『雫』だって新興宗教オモイデ教』のフォロワーだし、菌糸類が菊地秀行とかの影響モロに受けてるの見ても、外の文化エロをつけてエロゲ流通に乗せる、は所謂たまによくあるってやつだった(そういうのの元祖はたぶん蛭田昌人と剣乃ひろゆき)。

まあ結局売り手も買い手もスケベ心があったんだよな。当時はエロさえ入れてれば一定の購買が見込める市場で、市場が未熟な分、制作コストが安くすんだ。買う方としてもエロがあるだけでオトクな感じがしたし地雷でも許せた(Tony絵に騙されて買った『Partner』ですら俺は許したよ)。上で挙げた諸作が仮に非エロだったらここまで売れてなかったと思うね(『CLANNAD』とか『ひぐらし』は地盤を築いた後だったからヒットした説)。

 

さら追記

エロゲ商業パッケージ)の売上は2015年に底を打っててV字回復しているとか,10年代でも名作はあるとか,本当に崩壊したのはエロゲ批評コミュニティだとかいう話をすればいいんです? / “エロゲが衰退したのはラノベのせい、、、ではない”

https://twitter.com/nix_in_desertis/status/1117750519840198656

なんだろな,一連の流れを読んでいて思うのは,『千桃』とか『サクラノ詩』とか『金色ラブリッチェ』とは言わんにせよ,『ホワルバ2』とか『はるくる』とか『つり乙』あたりをスルーされると,お前エロゲ追わなくなって10年近くないか感強くて,一気にもにょるんだよな。

https://twitter.com/nix_in_desertis/status/1117753560047898624

こういう論旨を理解せずに訳知り顔するやつが一番むかつくんだよね。

とりあえずエロゲ市場規模は02年の段階で560億(財界さっぽろ)、15年の実績値で150億(矢野総研)。V字回復というからには18年実績値で300億ぐらいに戻してるんだろうな?

そして本稿は00年台前半にエロゲ市場が盛り上がったあと衰退した理由をその当時オタクシーンの最前線をはれる弾がありその後そういうのがなくなったから、に求めてるのであって、それ以降にエロゲとして名作と呼ばれる作品があったかなかったかなんて話は一切していない。

俺が最後にやったエロゲは『もっと!孕ませ!炎のおっぱい異世界エロ魔法学園』(2018年4月27日発売)だ。ゲスパーすんなヴォケ。

 

またムカつくコメントがついたら全力で殴りに行く。

2019-01-20

四国、寝台

寝台では浅く眠っただけだった。起きるとそこは横浜駅を発車したばかりで、車内は人々がまばらに朝の眠気を横たえていた。

金曜、仕事が定時を少し回って終わった。

エンジニアとして現場研修をしている私は、帰路につくためバスから電車へと乗り換える赤羽駅にいた。

――どこか遠くへ行きたい

そう思いたち、改札を抜ける前にみどりの窓口へと向かった。

「22時東京発、寝台券はまだありますか」

用意されたのは、琴平行きの座席特急券。それを手にしたあと、大宮にある自宅へ一旦戻って、身支度を始めた。

最低限の替えの着替えと、歯ブラシタオル文庫本リュックサック突っ込み、口座から少しだけ金を引き出し、気付くと東京駅9番線ホームサンライズ瀬戸を待っていた。

人生初の寝台列車だ。

入線してきた赤色薄茶色の車体に乗り込み、間もなく発車したサンライズ瀬戸号の車窓へ目を向ける。

通過する品川駅にはまだ多くの通勤客が帰路を急ぐ。彼らを裏切るかのようにして、私は東京を離れた。

小学生遠足ときのように、興奮で眠りは浅く、然し心地の良い揺れはまるで子守唄のようだ。

沼津を過ぎるまではそんな調子で、しかし体がいよいよ慣れたのか、それから岡山出雲市行きと分割するまでぐっすり眠った。

瀬戸大橋線に入り、車窓には瀬戸の島々が並ぶ。それまで横になっていた私は、その時を待っていたかのようにすぐさま体を起こし、洗面台で丁寧に顔を洗い、歯を磨いた。高松では多くの乗客が下車し、それから延長運転を行う琴平行きの車内は伽藍であった。

定刻で琴平に到着したサンライズ瀬戸は、しばらくホームに身を横たえ、旅を始める我々を見送っていたように思えた。

観光案内所も閉まっている。まだ9時前だった。

急ぐ必要もない私は、とりあえずその足で気の向くままに、初めて足を踏み入れた四国の道を歩き出した。

金比羅山の長大で急な階段参道はやはり足に堪えたが、御本宮からの眺めを見てそれも消えてしまった。

初詣からまだ数週間足らずで再びお参りをするのは変な気分だったが、この旅の無事を願い、参道列に加わり手を合わせる。

いきあたりばったりでこのあとの予定も何一つ決まってはいない。不思議とそれが心地よかった。

来た道をそのまま下り琴平駅に戻る間に土産の品をいくつか買った。飴、手ぬぐい(今治のものだ)、饅頭

すれ違う人々は意外にもスーツ姿の団体が多く、1人の私は割に目立った。それもまた不思議と気分を高揚させた。

琴平から土讃線上り特急に乗り、松山を目指す。

予讃線に乗り継ぐ多度津駅で近くの食堂に入り、日替わりの昼食を注文した。

予想はしていたが、メニューにはナチュラルうどんが設定されていた。かき揚げおにぎりと一緒にいただく。もちろんとても美味しかった。

予讃線下り松山行きの特急いしづちしおかぜ自由席は半分ほど埋まっていた。

空いている窓側席に腰を下ろし、金比羅山で蓄えた疲労をしばしの間、癒やす

文庫本を開いてすぐ眠ってしまい、松山駅の到着案内で目を覚ますことになった。

松山駅を降りると、失礼ながら想定していた風景とはだいぶ違った街並みが広がった。

すぐそば伊予鉄道路面電車が走り、人々が休日らしい顔持ちで道を往きかっていた。

バスターミナルにて1Dayパスを購入し、中心市である大街道電停に向かう。

大街道電停松山城の目と鼻の先にあり、電停を降りる瞬間、目に入った。

琴平駅では松山方面に向かうか、高知方面に向かうか一寸悩んだのだが、松山に来て正解だったようだ。非常に立派な天守閣だった。

城を横目にマンホールカード収集のため坂の上の雲ミュージアムに赴き、1時間ほど観賞したのち、喫茶店に入りたばこを吸った。

道後温泉行きの時刻に合わせて喫茶店を出て、再び路面電車に乗り込む。

きっとこのまま温泉宿に泊まるのだろう。車内は温泉客でほぼ席が埋まっていた。

道後温泉街は本当に賑わっていて、改めて今日土曜日だということを私に再認識させた。

――少し急がなければ。

人混みを縫うようにアーケードを抜け、道後温泉本館で湯に浸かった。

復路の寝台が高松駅を21時半前に発車する。

琴平駅のみどりの窓口ですでに確保していた、その列車のことを念頭に置きながら、再び路面電車に乗り、JR松山駅前電停で降りる。

駅前キオスクで少しのビールつまみを購入し、もうすぐ発車する高松行きの特急に乗り込んだ。

もうこの旅も終わりだ。

余韻と若干の寂しさを感じながら、日が暮れかかっている四国風景を見て、ビールを飲んだ。

2時間以上瀬戸内海のふちを走りきり、降り立った高松駅は、高層ビルがいくつかそびえ立つ、立派な港町だった。

連絡船時代面影をほんの少しだけ残したホームでまたうどんを食べ、キオスクビールつまみを買い足す。最後の晩餐ともいえるような光景だった。

もう少し、ここにいたかったな。

そんな気持ちを奪い去るようにして、寝台特急サンライズ瀬戸高松を出発。途中の岡山出雲市から来た列車と連結し、東京に私を運んだ。




追記

座席特急券

往路はノビノビ座席を、復路はソロ寝台券を取りました。

座席特急券」と書いたのは、ノビノビ座席について、寝台券必要がなく座席として発券される特急券というニュアンスを込める為です。

高知について

今回でサンライズが大好きになったので、また近いうちに乗って、高知城も見てみたいです。

あと、四万十川も。

2019-01-15

anond:20190114223535

長大、梨大、埼大、徳大だから駅弁ノーベル賞4つだな

私の大阪地方駅弁もあと300年以内に1個取れたらいいなぁ

2018-12-18

忠臣蔵」のはてぶのコメ欄車輪の再発明だらけ

「気が付けば「忠臣蔵」の人気や知名度が無くなっていた(らしい)理由考察など - Togetter」が538ものブクマつけてる。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1298767

しかしそこで指摘されてる事が車輪の再発明勘違いだらけで、本当に忠臣蔵の人気はなくなったんだな、と実感した。

忠臣蔵元禄の昔からメジャーコンテンツだったので、すぐ思いつく事はだいたい既に通った道。


ソシャゲで四十七士を女体化するのが人気復活の最良策。

「ChuSinGura46+1 -忠臣蔵46+1」のことですね。ソシャゲじゃなくてエロゲだが。

ちなみに歌舞伎にも女大星(=女版大石蔵之介)というのがある(既に廃絶)。

・今時でやるなら、47人全員のキャラを立たせないと。そうすると、すっごい長大になるよね。

赤穂義士銘々伝のことね。吉良邸討ち入りの「本伝」ではなく47人にフィーチャーした物語の事。

私の読んだバージョン大正時代のやつは1000ページ以上あったがそれでもすべてカバーしきれていない!

古典になり切れなかったポップカルチャー、とも見える

日本古典である歌舞伎文楽講談浪曲の全てで最も人気のあるコンテンツが「古典になりきれなかった」ってのは違う。

・もともと映像作品としての面白さは忠義や敵討ちよりも、集団で警戒厳重な屋敷にどう攻め込むかって『大脱走』とか『スティング』のような集団群像劇・設定サスペンスとしての面白さにあったように感じてるんだけれど

それは「四十七人の刺客」が初めて切り開いた路線

・毎年やって、ごくまれに吉良側が勝利するようにすれば良いのでは

吉良側が勝利して別働隊が後でこっそり吉良を殺す、というのは既にある。


武士の面目がたたないので殺さないと再就職もできません!…な話なんだよな

ビートたけし主演の「忠臣蔵」(1990年)。


・『忠臣蔵』というと、なんかドリフコントが思い浮かぶんだよな、ドリフだったか確かじゃないけど。

正解は「オレたちひょうきん族」の最終回ドリフでやってたかは知らんけど。

忠臣蔵は、上への不満を巧妙に横への不満にすげ替え、反骨精神忠義へと昇華する、言論統制下のジェネリック革命もの時代の流れで忠義も抑圧も薄れたのかも知れない。

忠臣蔵幕府裁定(=吉良は無罪)への反抗でもあるので、戦時中忠臣蔵はかえって危険視されていたよ。

あと、江戸期の歌舞伎検閲されてたんで、忠義はその隠れ蓑だったりもする。

2018-08-01

anond:20180801170009

長大さでいえばシリーズ化前提のラノベのほうがその他よりもよっぽど長大だよな。

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