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はてなキーワード: 連帯とは

2024-06-12

追記しました】時々幽霊になっていた

朝、いつもよりゆっくりめに出勤する。定時数分前にデスクに着き、私、今日幽霊なので!と宣言する。

幽霊なので電話は取らなくていいし、追加で仕事を頼まれることもない。

自分仕事にだけ取り組めば良いのだ。

疲れた職場を出てコンビニコーヒーを買いに行って気分転換してもいい。携帯をいじってリフレッシュも出来る。

いつもの様に時間に追われて次から次へと来る仕事を何が何だかからないままこなして、頭がオーバーヒートしてることは理解してるけどとにかくやらないといけない毎日と違って、私は「幽霊の日」が結構好きだった。

この幽霊の日が私にとっての有給日だった。

ほんとにね、今思うと何言ってるの馬鹿じゃないの???って話だけど、その時は大真面目にやってたんだよね。

幽霊の日、私はいない、ということにする。そして仕事をするのだ。幽霊の日=有給とりつつ仕事をする日、だった。

働き始めの頃は理解できなかったけど、増え続ける仕事に追われるうちになんて効率的なんだろう!!って思っちゃってた。取らないといけない有給も消化できるし仕事も進む!!お昼もゆっくり食べれる!!朝から夜まで本来見てはいけない携帯も、幽霊の日なら自由に見られる!休憩という時間がある!

一緒に働いているみんなもそんな感じ。有給とってもやることないしね〜笑って言ってみんな毎日働いてた。

平日勤務の仕事だったけど、土日もだいたいどっちかきてた。電話かかってこないし仕事が進むわ〜!ってキャッキャしてた。

もちろん残業代はない。カウントすらしてない。

ブラックなのは分かってたけど、なんかチームというか連帯感?が生まれしまって

「こんなしんどい環境で頑張り続ける私たち、かっこいいよね!」

って認識だった。ほんとあたまおかしいよね。

まぁそんな感じだったか普通に心と体を壊して辞めた。辞めざるを得なかった。

最後の頃は本当に頭がおかしくなってて、歩き方が分からなくなったり(右足と左足が上手く交互にだせなくなる)、車がどっちの車線を走るのかわからなくなって運転できなくなった。何度も確認して、ほくろがある左手が私が走って良い車線だ、左、左、左手?左ってどっちだ?ってなったりしてた。

倒れて精神科に行って、仕事に行くな!って先生に止められたけど、私にしかからないんです!私しか!!って言ってベッドの中でひたすら業務メールを返してた。職場にいる人に指示を出してやってもらってた。やってもらうことに対してすごく罪悪感があって、毎日謝ってた。傷病休暇中だったのにね。

しばらく治療を続けて異常性に気がついた。というか、実家に住んでたんだけど上司が毎週家に励ましにきてたんだよね。もちろん罪悪感でいっぱいだから会う時は目を合わせず土下座したまま、ごめんなさい、ごめんなさい、ってだけ言った。

それをみた両親がただ事ではないことに気がついてくれて、無理やり引き剥がしてくれた。しばらくは職場からの鬼連絡があったけどなんとかなくなった。ありがとう

その後はしばらく休んで、バイト契約社員派遣社員…とどんどん社会復帰できてきている。

派遣来年で満期だから、次は正社員に戻ろうと思ってる。

でもやっぱり時々思い出してどうしようもない状態になる。

.

追記

夜中眠れなくてなんとなく書いたものが思ったよりも伸びててびっくりした。

なんで辞めないんだ!とかおかしい事に気が付かないなんて!とか言われてるだろうな、って思ってたのに心配してくれたり労ってくれたりする人が多くてまたまたびっくりした。みんな優しいなぁ。ありがとう

そして幽霊制度意外と使われてるんだね。良くないけど仕事が進むのは事実なんだよね、ダメだけど。

私の職場はみーんな同じ感じだったよ。みんな幽霊。そういう制度、当たり前にあるって認識だった。

そしてせっかくなので頭おかしかった時のエピソードを追加する。↓

.

パジャマを着ずに次の日の服を着て寝ていた。パジャマを着てしまうと仕事に行きたくなくなってしまい準備の時間が足りなくなるため。画期的アイデアだと思っていた。

24時間落とさなくても良いコスメを使っていた。疲れて寝落ちしてしまうため。肌は荒れた。美容医療に頼っても未だ治らず。

仕事が終わっても、なかなか家にたどり着けなかった。退勤経路で動けなくなってしまうため。コンビニコーヒーを飲んで1時間程度ぼーっとしていた。セブンホットカフェラテいちばん美味しい。アイスコーヒーファミマ

・歩くと目の前が真っ暗になりクラクラして動悸がとまらないことがあった。でもそういう時はしばらく座ってれば治るから大丈夫!いつものこと!だった。

文字にしてみると異常としか思えないけど、その時は普通だったんだー。

今は毎日心穏やかに過ごせている。生きるか死ぬかだったから本当に良かった。

最後に、これで手取り14万だった。そのあと適当に始めたバイトの方が稼げて笑った。

転職活動がんばるぞ!良い企業出会ますように。

2024-06-08

anond:20230204124621

必要としてる人や作者自身の願望や信念に応じたり基づいたりしてそういう物語や描き方もちろんあっていいけどあんなに素敵だと思っていたドラマ大豆田とわ子を久しぶりに見たときのあれ……って感情に近い増田

都合よく思える部分とか構造結構近いと感じる

とわ子や夫たちの造形とか性格容姿関係性とか社会的立場とか諸々

社会不適合的な親友(違国日記の姪や他登場人物との関係性に近しい)の存在関係

音楽は今でも最高と思うけど

今見ると主人公たちを追い詰める側が大分舞台装置というか、主人公たち以外には誰も人生人格がないようにわざと扱いたいのかなという醜い描き方というか……

結局まるごと共感できる、自分は屈託なくこっち側なんだと素直に感じられて、自分もしかして醜いがために舞台に登場させられない側の人間かも、もしくは舞台装置のごとく描かれる側のように自分も誰かを傷つけているかも…とは間違っても思わずに受け止められる人のための物語なんだと思えば気が楽かもよ

次作?で警察ミステリものときに生きづらさの中心地にいるが同時に他者を傷つけてもいる人物を書いててそれはよかったけど、結局美しい世界事情の上での話だなとは思ったの増田読んで思い出した

昨日最終話だったクドカンの季節のない街で描かれてる世界の方が優しいと思うし自分の認められないきれいでないもの排除したい感覚やそうするとき同時に巻き込んでスポイルしているだろう人やものがあることすでにそれをしてることに自覚的でないといけないと思った

クドカンはそういうものを描いたんだと思ったけど本当に全話見てその感想?みたいなやつもいっぱい見たわ

排除されるべきと思われているものを愛して抱えているがかつ一方では街で他者排除を実行する自身も十分に異物(自身挫折経験からしまさんにとって立ち退きは排除というより心底自立の促しなのかもしれない)でありながら社会的成功しているしまさんの存在がその二分された価値観対立というか、現在ポリコレとそうでないとされるものの間での人間の揺れ動きを表現しているようでよかった

最後にワイフに助け出されるのも

リリコ最高だった

全話も最終話も見事だったな

全話を通じて、特にがんもどき後編の勝手ハモんないでよから明確にオカベが一番嫌いな人物になったのでかっちゃんそんなただ「かわいそうな女の子に恋して助けてる自分のこと」が大好きなだけの男でええんか?と思っていたか最終話本当にあれでよかったと思った

よくも悪くも自身が選んだことでない状況や環境に人は左右されるもので、かっちゃん場合は本当はあったけどないように扱われていたし自分でも諦めていた意思や才(あの美しいハモり!)があの街から去ることで表に出てきたのだからよかったし、オカベが跡地でしょんぼりしているのもむべなるかなという感じ

それ以前にも叔母がかつこに言ってもしょうがいか……って言うとこも好き

の子は暗愚だから…という考えがあったのだとしても、起こってしまたこと、しかも箕打が起こしたことでそちらを守らず被害を受けた側を悪く思ったり責めることを飲み込む描写、すごいと思う

街の女同士の連帯不器用に描かれており、起こった事象の表面のえぐみや醜さだけ見てあの編集者がはっきと言ったように

「こんな人たちいるわけないしw」と捨て去ることは、その内側にいる本当は連帯すべき弱い人に起こったことや事情感情生命すら無感情に、あるいは憎みながら捨て去ることなのだとあのラストではっきり思わされた

こういう描き方もあるんだよね

この辺を見たはずなのに「クドカンポリコレを憎んでいる」って結論になってた人、口当たりのよい気持ちのいいドラマに感化されるあまり対立構造に巻き込まれすぎていると思ったな

そんなこと増田みて考えた

2024-06-06

誰が弱者男性をこんなに叩いているのか?

ここ最近弱者男性叩き、妙じゃないか

だってはてななんて古くはギーク()、要するに弱者男性の集まりだった

そして外から入ってきた連中も5ちゃんねらーまとめサイトキッズ、要するに弱者男性の集まり

信じがたいがこれはもう、こう結論せざるを得ない

弱者男性弱者男性を叩いている

弱者男性すら嫌うのが弱者男性

弱者男性すら連帯したがらないのが弱者男性なのだ

2024-06-05

女性ホモソーシャル害悪

ホモソーシャルとは、女性及び同性愛排除することによって成立する、男性間の緊密な結びつきや関係性を意味する社会学用語

ウィキペディア

フェミニズム議論でよく話題になる「ホモソ」なる概念だが、むしろ男性排除した女性同士の結びつきの方がよっぽど周りの人に害をなしてない?っていつも疑問に思っている

最近職場女性ホモ集団のせいで色々と不愉快な思いさせられたので、ストレス解消に女性ホモ仕草害悪あるあるネタをここに羅列していこうと思う

あるある1.パートナー事情アウティング

女性だけの飲み会なんかでありがちなホモ仕草

女性自身彼氏旦那の惚気話や愚痴を吐きあうことで連帯感を強めることをよくする

このとき彼氏旦那プライベート情報を躊躇なく暴露する女が多すぎる

パートナーへの配慮は一切見せない


特に最悪なのはセックスの上手下手、セックスレスの不満などのシモに関する話のとき

男性同士ならば自身パートナーの性事情なんて一切口にしないだろうが(相手への配慮もあるし自分パートナーへの独占欲もある)、女性同士だとためらいもなく口にする

あるある2.いらないゴシップ悪口の共有

あるある1にも共通するが、女性ホモ社会はとにかく人の噂話が好きすぎる

人のプライバシーに関わることを仲間内拡散しまくってあれこれ感想を言い合うことで連帯を強めるっていう醜悪しか言いようのないホモ仕草をみんな当然のように行っている

しかも大抵グループの中で出てくる話題自分が嫌っている人の傷を晒すような代物ばかり

それでいて当の本人に不平を訴えることはせず非生産的な仲間内での愚痴の言い合いに終止するから手に負えない

あるある3.異性との交流に対する蔑視

女友達の多い男は普通に同性からも好かれている場合が多いと思うけど、男友達の多い女は100%同性からは嫌われている

女のホモソはとにかく異性に対する蔑視が酷い

男のホモソの特徴は女性蔑視同性愛嫌悪とのことだけど、女版ホモソの方がこの病理根深いと思う

友達が数人いるだけでビッチ認定して誰も友達にはなりたがらない

そのくせ恋愛ごとについては異様に興味関心があってグループないで誰か彼氏ができたりしたら「おめでとー」なんて盛り上がってみせる

一体どういう宗教観してんだろあれ

あるある4.自分の意に沿わない人間に対する吊し上げ

女のホモソはグループ内の意に沿わない人間に対する攻撃性が極端に高い

これはよく学校で起こりがちなことだしみんなも普通に経験していることだと思う

実体験で言えば、中学時代にこんな経験をした

とあるグループリーダー格の女の子(A子)がある男子を好きになって、グループ皆でその子恋愛応援していた

その男子は恋愛に興味ないって言ってA子を振ったんだけど、そのことにグループ女の子みんなが大激怒

男子を取り囲んで詰問大会を開いて無理やりA子に謝らせていた

女のホモソはとにかく自他境界ガバガバすぎるうえに感情的に喚き散らすことに躊躇いもないから人様に迷惑をかけまくることになる

なにも悪いことをしていない人も「私たちの気分を害した」という理由で吊し上げるし、醜悪なことに本人たちはそれが正義だと思い込んでいる

あるある5.職場内のグループ作りと業務命令への抵抗

お局様がいる職場で、かつそのお局が上長から腫れ物を触るようにあつかわれているときに起こりがちな女版ホモ

システム改修でこれまでやってた手続きのやり方が変更になるよーといった事態ときにとにかく女は徒党を組んで反抗しまくる

業務命令なんだから大人しく受け入れるしかないのにいい歳して「〇〇さんもそうだよね!?」「ねー!絶対嫌だよね!」みたいな連帯をして意見しまくる

挙げ句その意見が通らないとなるや大声で愚痴の言い合い

特にその命令を下したのが男だったりすると職場いじめしかけて疲弊させようとしてくる(実話)

職場の女ホモグループ社会人として当たり前に備わっているべき社会性が欠落している上に感情で動くし女だからって理由で詰められることもない

マジで害悪すぎる

誰かもっとあるあるを書いてくれ

女のホモソに苦しめられている人って世の中にはもっとたくさんいるはず

正直自分は男のグループより女のグループ不愉快にさせられることのほうが多かった

周りを見てみても男のホモソより女のホモソの方がよっぽど人様に害を振りまいているだろっていつも思うんだよね

そういうわけで女ホモソの醜悪さを周知するべくたくさんのあるある募集したい

2024-06-03

anond:20240603233157

ぼっちにもできる社会活動」とか意外と需要えりそう

連帯」ってワードが嫌いすぎて社会活動しない奴らかなりいると思う

ぼっちにできるパレスチナ支援

パレスチナで起きている様々なことについて、なんかした方がええかな……と思っている。

でも!!!!!こういうの!!!!!すぐ連帯って言うやん!!!!!確かに連帯必要なのはわかる、わかるんやが!!!!!人付き合い無理!!!!!!!!!

なんで、

https://docs.google.com/document/d/1IUVPD02DGo5GPPM6ZU2WB0FYES4eGAaXZio07hq07hc/mobilebasic からぼっちにできる活動を何個か探してみた。

マクドボイコットが一番早い。他にも色々ある。

https://bdsjapanbulletin.wordpress.com/2024/01/27/%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%8B%E6%8A%80%E8%A1%93/

資料動画まとめがある。https://www.youtube.com/watch?v=cAYpBZN_jkU とか見やすい。

資料に本リストがある。本は読むだけでもいいし、近隣の図書館リクエストしてもいい。

ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義」が一番買いやすいし読みやすかった。

資料寄付リストがある。

https://arab.org/クリックするだけでいい。代わりに寄付してくれる。

https://www.unrwa.org/japan 国連パレスチナ専門機関税額控除対象

https://www.msf.or.jp/ 国境なき医師団国連じゃ動けないとことかも行ってくれる。税額控除対象

資料署名まとめがある。めっちゃたくさんある。上から順に署名する。change.orgが多いので、一回登録したら順にポチっていける。

資料意見先まとめがある。首相官邸宛がわかりやすい。匿名一言でも送れる。

https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html

人付き合いしないとできんことも多いが、ぼっちでもできることもある。とりあえずやってみる。

2024-06-02

anond:20240602145348

そもそも低能先生自体が割と量産型はてサだったからね

からさまな荒らしだったから誰も連帯しなかっただけで、主義主張自体はそう

まり彼らの最後のリミッターが壊れるとああいう風になる

anond:20240602060119

数が多くて連帯感があって選挙行って自分たち代表を国政に送り込んでるから当然の主張だよね

2024-06-01

MeToo必要だったもの

そもそもMeTooとは何だったのか

社会的に弱い立場にあることが多い女性セクハラ被害等に声を上げても、強い立場にある当事者男性による圧力とか、世間からバッシングとか、いろんなものによって潰されてしまうことが多い、または潰されることを恐れて声を上げづらい。

なので一緒に声を上げましょう、連帯して支え合いましょうという運動だったと俺は思っている。

 

から声を上げた女性に対しては、真偽の究明よりも先に、まず連帯支援を表明して支え合いましょうとなる。

決して褒められたものではないが、じっくり見定めてたら女性が潰されてしまいかねないという現実を前にした面もあり、一概にダメとは言いにくい。

実際に声を上げたもの支援が足りなかった女性がどうなるかといえば、園子温の一件でグロテスクなほどわかりやすく示されている。

 

欠けていたのは、自らの言論や行動に対する責任感。

もし訴えが虚偽だった場合被害男性に対しても被害女性に対するものと同じくらいの熱量や物量をもって、名誉や損害の回復に尽力するという姿勢

連帯を示した当事者として、批判をおこなった当事者として、賛同し声を上げた当事者として、それらに責任を持つという当たり前の覚悟

これがまるで欠如していたことが草津の一件でこの上なく明確に示されてしまった。

そんなもん賛同を得られるわけがない。

2024-05-31

「ふらっとば~す」を否定するような奴らで溢れたインターネットとか地獄すぎるだろ

単なるROM専集団が回るカウンター数字を通して「ああ、俺は今一人じゃないんだ。この世界の何処かで俺と同じように今このコンテンツアクセスしている誰かがいる。名前も知らない。心持ちもわからない。でも今ここに誰かが確かにいるんだ」と人恋しさを慰めていた頃の、孤独で人付き合いが苦手で、ネットゲームでもパーティーを組みたがらなくて、新作ゲームCO-OP要素が出るとキレ散らかして、そんなどうしようもないボッチでコミュ障で除け者な連中が、コミュニケーションを煩わしいと忌み嫌う者同士での連帯感を得られる空間だった頃のインターネットを俺は愛していたんだ。

でも次々と乗り込んできたウェイの連中がインターネットから静けさを奪い去ってしまった。

コミュニケーションを介することなく人の気配だけを薄っすらと感じることが出来る静かな温かみを感じられるインターネットを地上から消し去ろうとする闇の勢力共め、お前らは自覚のない異常者なんだ。

コミュニケーション禁止メタバースにわざわざ乗り込んでいって、あの手この手荒らし行為をを繰り返してはBANされたことを自慢する。

お前らのやっていることはサービスが始まったばかりのソシャゲでデュープを繰り返しては億万長者を気取り、BANをされれば被害者を気取り、そして誰かの組み上げた世界嘲笑することを生きがいとする陰湿狂人達と同じだ。

というか、きっと全く同じような人種なんだ。

自分のチャチな楽しみのために荒らし行為を繰り返すことが異常だと気付けない。

そのくせしていざ自分が少し痛手を受ければ喚き散らす。

繊細さを拗らせ構って欲しさを不良アピール解決しようとする安っぽいチンピラのような生き方だ。

本当にクソみたいな奴らだよ。

恥を知れ。

anond:20240531153257

誰がデマと言おうが女側に訴える権利はあるし、フェミ連中も草津みたいにまずは初手連帯なんだろ

だったらデマとか関係ねえじゃん

世界一パワハラ大国日本

我慢強さじゃなくてやられる側も人権意識が低いだけだよね

ビジネス上の役職とか仕事のロールではなく、部下や上司という役柄とアイデンティティが一体化してるため、上司に言いづらいとか、仕事関係なくてもヘコヘコしてるというか

労働者間での連帯がないとか

労働者人権労働者自身が軽視していて、民主主義勘違いしているアホの国なだけ

まりハラスメントは、する側とされる側と社会連帯してて共犯みたいな状態

https://toyokeizai.net/articles/-/619040?page=3

2024-05-30

近くに人権センターってのがあって

かなり遠い場所にある図書館の本をそこで取り寄せできるおかげでものすごく便利なんだが

その差別問題と直接的になんも関係ない自分がこの便利さを享受してるのはどういうことなのかと思う時がある

もちろんセンター建設費は自分の払うわずかな税金が一部利用されており行政サービス受益者であることからそこを利用するのは当然の権利なのだ

その立地にそれがあることの原因と自分にはなんも関係が無い。

人権センターが出来たのは被差別民たちが差別に打ち勝った証でもあると同時に、そもそも差別がなければ人権センターは建てられなかった。

差別による不平等にも闘争にも全く直接的なかかわりのない自分にとっては自分のこの便利さと直接リンクしているのはむしろ差別問題存在していたことになるのでは?

これが自分被差別であるとか、被差別者に連帯する活動をしてきただとかなら素直に戦いの成果として便利さを享受してもいいのかもしれないが……

その差別問題というのの本質としては、この国全体としてその差別問題加害者的側面があって、自分もどちらかといえば積極的被害者側にコミットして寄り添う活動などしていないので

その前提からすれば言えば自分加害者なのだ

話を聞けば同情心くらいは沸くがそれ以上のなにかをするまでに至るような関心は全く無いのだから間違いない。

ただ便利に図書館サービスを利用するだけだ。

自分税金が使われておりサービスを利用する権利がある以上これからも利用する。

なんとなく矛盾と後ろめたさを感じながら。

anond:20240530152533

差別を訴えたいなら弱者男性という言葉を使わずに、モテなくて苦しいとか貧困で辛いとか発達障害恋愛がうまく行かないとか女叩きじゃない語を使って訴えろ

じゃないと連帯しない

人権団体に注意されまくってる人も、

絶対弱者男性呼び辞めないんだよね

名実共にただの女叩き、女性蔑視社会のガン、消すべき存在だよ?

anond:20240530150507

差別を訴えたいなら弱者男性という言葉を使わずに、モテなくて苦しいとか貧困で辛いとか発達障害恋愛がうまく行かないとか女叩きじゃない語を使って訴えろ

じゃないと連帯しない


人権団体に注意されまくってる人も、

絶対弱者男性呼び辞めないんだよね

名実共にただの女叩き、女性蔑視社会のガン、消すべき存在だよ?

2024-05-27

anond:20240527173248

昔な

労組寄生して共産主義政治運動した馬鹿が居てな

労組共産党下部組織になったりして

最近は、若者労組を嫌ってるから共産党若者流入がないっつってな

今でも労組に入って世話になると、飲み会に連れ出されたりメーデーに参加させられたりするんだよ

連帯、とかいってな

あぁいうの止めれば少しは違ってくると思うんだ

AIに見るSNS運動家排他性と矛盾

 個人的には、ディープフェイク等の問題からAI規制は当たり前だと思っているが、SNS(X)を中心とした反AI運動は何か気持ち悪いものを感じて近寄れない。

 この感じは何なんだろうと考えていたが、どうやらそもそも彼らは「連帯」という言葉意味理解していない、あるいは歪めているのだと気がついた。

 

連帯とは、敵の敵であること以上のことではない

 連帯とは何か。

 例えば反AI運動なら、「私は著作権問題AI規制を求めたい」「私はディープフェイ問題AI規制を求めたい」「私たち両方に利益のある規制を求めて協力していこう」とこういう会話ができることである

 まかり間違っても、「ディープフェイクを理由AI問題視しているなら、同じように著作権問題にも注意を払わなければいけない」などと迫ることではない。

 ある問題問題視される理路は一つではなく、それはどれかひとつが正しいというものでもなければ、ひとつが正しければ他のすべてが正しいというものでも、そうでなければいけないというものでもない。

 連帯するということはその多様な問題点を問題視するそれぞれが、同じ対象問題を感じているという一点だけで協力することであって、わざわざ邪魔をするようなことはあってはならないが、互いに必要以上に理解を求めあうものでもない。

 

クリエイター」への同情ありきな奇妙さ

 しかしどうも、Xの反AI運動に熱心な、「クリエイター意識が強い面々は、そういうことがわかっていないように思える。

 彼らは「著作権問題は正直どうでもいいけど、AI規制必要だよね」という意見の人を最初から想像もしてないように見えるし、たぶんそれを認めさせようとすれば反発すらしそうな気配がある。協力しようなんて気はさらさらないだろう。

 というより、彼らにとって「協力」「連帯」とは、「クリエイター」の悲惨境遇を認め、共感あるいは畏敬の念をもって憤怒の情にかられることであって、「クリエイター」に全く同情的でないがAIには問題を感じるなどという意見を持つのはその方がおかしい、矛盾してるくらいに感じているのだろう。

 つまり、彼らにとっては運動ということが敵とやりあうためにクレバーに立ち回ることではなく、とにかく自分立場の支持者を増やすことにすり替えられてしまっているのだ。

 

SNS運動一般に見られる類似性

 そうやって考えてみると、SNS運動家には一般にこの性質が見られる。

 「フェミ問題があると思うなら日本女尊男卑だとも認めろ!」

 とか

 「表現の自由戦士問題があると思うならオタク文化全否定しろ!」

 とか。

 通常の人が通常の範囲問題があると思うものに声をあげるために、それ以上の過激立場でいることを何故か強制されるのだ。

 「いや、そこまでは言うつもりはないんだが…」と躊躇していると、「だったら黙ってろ」と言われてしまう。

 これって何か、「連帯の輪を広げる」という建前からはどこまでも離れたものになっている感がある。

 

結局彼らは何を求めているのか?

 独断偏見でこういった排他性の心理分析するなら、やはりそもそも彼らの望むもの問題解決とか、合理的な利害の処理というところにはないのだろうと考えざるを得ない。

 では何を求めているのか。

 結局、それはSNSというサービス本来目的のものなんだろう。

 つまり友達がほしいだけなのだ

 友達というとちょっといかもしれない。

 どちらかというと、そこまで極端な自分の主張を肯定してくれる、真の仲間、くらいのすごいものを求めているのだ。

 そうでもなければ、些細な違いに目をつぶりつつ、なあなあで連帯することにあそこまで目くじらたてて拒否反応は示さないだろう。

 彼らは、敵を設定することで、敵の敵は味方理論自分理解してくれる人を増やそうとしている、というのが本当のところなのだろう。

2024-05-24

弱者男性弱者男性を愛さないので、弱者男性に寄り添うものは誰もいない

女性ムスリム在日朝鮮人連帯してるんだが、弱者男性連帯しない

本質的に、弱者男性永遠弱者たらしめているのは弱者男性

これね、共同通信だけの問題じゃないけど、そういうことだよね。ミスインフォメーションキャンペーン

[B! 上川陽子] 【内部文書入手】上川陽子「うまずして」切り取り報道の共同通信「全くひるむ必要は無い」差し替え経緯も判明

共同だけの問題じゃないというのは、共同通信に乗せられたとしても、各社一斉に

出産を願ってもできない人への配慮に欠けるとの指摘」で揃ったこと。いかにも日本的な乗せられ方だ。

これは欧米ミスインフォメーションキャンペーンと呼ばれるもので、誤報による世論誘導だ。

ミスインフォメーションキャンペーンとは、世論有権者の行動に影響を与える目的で、意図的に虚偽の情報や誤解を招くような情報を流すことを指す。こうしたキャンペーンは、民主的プロセスに対する信頼を損ない、地域社会を分極化させる可能性がある。誤情報は、ソーシャルメディアマスメディア口コミなど、さまざまなチャネルを通じて拡散される。フェイクニュース作成したり共有したり、事実操作したり、問題を誇張したりして、有権者の間に疑念や混乱を生じさせるような戦術がとられる。

その目的は、選挙結果を左右したり、政敵の信用を失墜させたりすることだが、ひいては選挙制度に対する国民の信頼を低下を招くため、このようなキャンペーンは、選挙結果に対する有権者の信頼や民主主義全体の健全性に影響を及ぼす可能性がある。

これがいかヤバいことかのメディア自身自覚のなさが、世界報道自由度ランキング70位という結果にも反映しているんだよ。

今回の場合、完全に誤報を流したというより、もともと解釈に幅がある、どちらにとられてもおかしくない表現だったことが特徴だ。

それは、女性たるもの出産すべし、と解釈できる、そういう解釈しか思いつかない人が一定数いる、というのは、この記事がでてもなお、上川発言に非があるとするブコメが少なくないことでわかる。

上川氏が女性役割に対して固定観念を持っている、という指摘はありうると思う。ただ、最初からそういう指摘をする報道だったら、ここまで炎上しなかったのではないか

しかし、これが炎上したのは、実際の各社の報道が「出産を願ってもできない人への配慮に欠けるとの指摘」だったからだと私はみる。

ジェンダーロールの偏見の指摘と弱者への配慮欠如の指摘は必ずしも同一のこととはいえない。

今回のメディア場合不妊で悩む女性を主に念頭に置いたのかしらないが、そういう方々が可哀そうだと、感情的正義に訴えたわけだ。

上川氏の潜在的差別意識を指摘するのとちがって、この訴え方は、「出産を願ってもできない人」というデカ主語を据えるものだ。


出産困難者というのは、もやっとしたイメージだ。人それぞれ「出産を願ってもできない人」のイメージが違う。

子育て環境制度的な脆弱さを思い浮かべるひともいるだろうし、家族親族からプレッシャーとして理解するひともいるだろう。

女性出産役割自己実現価値見出している人もそうでない人も含めて、かなり多くの人が感情的共感の網にかかってしまう。

まり上川叩きの味方を増やす効果があって、上川からすれば、保守から批判されうるし、フェミから批判されうるという状況に置かれてしまたことになる。

今回の誤報キャンペーンでは、感情的共感をより広く、網を張り、特定ターゲット層に的を絞らない戦略が功を奏し、同町圧力の強い傾向のある日本で、あとに続くメディアを一斉に吊り上げ、ばっちりと効いてしまったというわけだ。

その意味で、上川氏がすぐに発言撤回したのは賢明だった。

出産を願ってもできない人」への配慮、という形で大衆感情を煽ったのが今回のミスインフォメーションキャンペーンだったといえるだろう。

問題は、これが選挙に影響を与えかねない、ということを報道機関が自覚しているかどうか。

それに対して「全くひるむ必要は無い」というのが、共同通信スタンスなのね。確信犯であることがよくわかった。


とはいえ共同通信だけでなく各社報道機関は、「出産を願ってもできない人」への配慮を犬笛として使いたかったのかもしれないが、その副作用についてはやっぱり少しは考えてもらいたい。

出産を願ってもできない人」への配慮を訴えたつもりでいても、出産を願ってもできない人々を一つのカテゴリーとして固定化することで、そのグループが常に特別配慮必要とする、社会的に弱い立場にあることが強調され、固定観念が強化されることもありうる。

これって女性の弱さ傷つきやすさについての別の意味偏見が強化されるってことでもある。

社会的に弱い立場であるとの認識が広まれば広まるほど、社会的に敏感なトピックになり(タブー化)、それついて話す際に、他者感情意見を過剰に気にすることになる。これにより、人々は自分発言自己検閲し、無意識のうちに自らの意見抑制するようになる。

兵隊さんご苦労さん」みたいな、何気ない表現大衆戦争に巻き込むプロパガンダとして一番効果があるのと似た話で、こんな配慮や遠慮、忖度の積み重ねで、誰かが傷つくのを恐れて何もいえない社会にどんどんなってしまう。

これに対して、いやいやむしろ偏見解消は積極的キャンペーンをやるべきだ、女性に対する偏見が解消されて、社会全体としてハラスメントが減るならそれは結構な話じゃないか、といわれるかもしれない。


しかし、実際のところ、偏見というのは、配慮すればなくなるというものでもない。

強さや傷つきやすさの男女差というのは、いってみれば偏見なんだけど、悟りを開けば自分偏見を解消できるわけでもないし、

言論警察よろしく配慮に欠ける発言バッシングすれば解消できるわけでもない(公言しないようにすることは可能だとしても)。




近代黎明期に、イギリスから隣国で起きているフランス革命で、反革命派が断罪されている様をみたエンモンドバークは、

なんでも理性的判断できる、偏見を解消できると考えちゃう傾向はヤバいと考えた。

偏見なんてなくならないんだから偏見をなくそうという発想をやめて、偏見を生かそうという考えを進めた。

それが保守の出発点なんだけど、世の中が保守一辺倒というのもそれはそれでどうしようもない社会だ。伝統的な価値観のなかでは自己実現できないひとだっている。

さすがに、公平性については、制度が、最低ラインとして補助線というか設計図を引かないと、いつまでも伝統的な価値とか懐古的になっててもしょうがないだろう。

ということでまあ、ジェンダー問題は、極力、制度としての公平性、機会としての公平性という観点限定して話をするように注意しておくのがいいってことかな。

もちろん、制度機会平等理性的に討議したとしても偏見がなくなるわけじゃない。

偏見はなくならないけど、制度の普及・概念進歩に伴い、ひとの意識は変わっていくだろうと期待する。それだけでよく、それ以上のことはあえてしないほうがいい。

ひとはすべて進歩した価値観にもとづいて幸福を追求しなければならない、みたいなのは押しつけがましい左翼傲慢からだ。

伝統的な価値観のなかでは自己実現できないひとがいる」一方で、伝統的な価値観で自己実現をしたいひとだっているんだよ。

進歩的な価値観に基づいて偏見を解消しようすると、社会のどこかで肩身の狭い思いをする人が出てくる。

「世の中はいつも変わっていくから頑固者だけが悲しい思いをする」(中島みゆき、世情)というわけだ。

から言わせると、そういう進歩史観を押し付けようとするところがもっとサヨクのムカつくところなんだよ。

かつて反戦フォークの全盛期、学生運動が最高潮を迎えていた時期、中川五郎の「主婦ブルース」のなかにこんな歌詞がある。

機動隊学生の衝突が テレビニュースで映される

息子は今夜も帰らない 私は心配で眠れない

息子は私に議論を吹っかけて 沈黙共犯だと責め立てる

だけど私は家庭が一番 真面目に生きるのには疲れた

おお 人生は悩みよ ちっとも楽しくない 恋なんてしない間にふけちゃった

わびしい夢に はかない楽しみ 思い通りには何もならない

安保世代では親ですら論破すべき守旧派だった。しかし、学生運動は結局、どの社会階層とも連帯できずにスピンアウトしてゆく。1968年に作られたこの歌はそれを暗示しているかのようだ。一方、中島みゆきの「世情(1978)」は、この10年後の70年代世界がうたわれたものひとつ前の安保世代情熱新左翼へと変遷、空回りしてゆくさまを見せつけられたシラケ世代からみると、左翼残党はあたか守旧派とさして変わらない頑固さでイデオロギー打破を訴えている、という皮肉な構図になる。


今回の場合でも、産みたくても産めない人が可哀そうだなどと感情的正義で持論を補強すると、そうした表現タブー視が蔓延し、出産自己実現見出している人まで遠慮しなければならない、という空気をつくるかもしれないし、他方で、女性の傷つきやすさを過度に強調することで、女性が弱い存在であるという潜在的差別意識助長されるおそれだってある、みたいな妙な副作用が現れる。


かつて、なだいなだが、ケシカラニズムといって、理性的正義感情的正義区別し、自分のことでもないくせに感情的共感によって主語がでかくなるのが感情的正義の特徴だとした。そのことで人々がプロパガンダに流されやすくなる、という趣旨のことをどこかで書いていたのをひさしぶりに思い出した。

たまにはケシカラニズムに陥っていないか自己点検でもするか。フェミニストさんも自分偏見を認めたほうがいい思うんだよね。

制度的に不幸になっている者は救済する、しかし、偏見ある社会のなかで生きている者の幸せ自己実現否定しない、という具合のバランスがちょうどいい。

男性社会にあって嫁として母として子供を育ててきた誇りある人生否定するのがフェミではないと思うし。

そういう意味じゃ、左翼保守主義のマインドも頭の片隅に入れておく必要があるし、保守派も制度的な公正について左翼の主張に耳を傾ける必要がある、といったところか。

2024-05-21

パレスチナ連帯を表明してなんか意味あるの?

最近になって、作家やら大学生やらがパレスチナ連帯を表明して話題になってるけど、それに何の意味があるのかほんとうに疑問に思う。

もちろんガザで起きてるジェノサイドは大問題だし絶対に許されないことだとは思うけど、そんなことは全員知ってるしわざわざ日本で騒いで何の意味があるんだろう?

結局、自分倫理的に正しい側にいることをアピールしているだけじゃないのかと思ってしまう。

そう思うと「連帯」とか言っていい人ヅラしている人たちを冷めた目で見てしまうし、結局は自分のためのパフォーマンスしか見えないんだよね。

だいいち、本気でパレスチナを思うなら収入の大部分を募金するなり、直接行って支援するなりほかにやりようがあるし、「連帯」とかい無意味単語を表明した偽善者たちが持ち上げられてるの見てなんだかなぁと思ってしまう。

2024-05-19

anond:20240309130612

私と同じくらいの年齢(35歳前後)の増田だとしたら、10〜15年前(20代前半〜中頃あたり)にこうした異性愛至上主義自己責任論、冷笑的な空気の中で男と付き合ってなんぼ、結婚永久就職、男を手のひらで転がして教育♥30くらいには結婚してないとヤバい(笑)みたいなしょうもない論に囲まれゲロ吐きそうになってた仲間でしょうか。


その当時、男のいる自分に酔ってた女たち、自称賢くうまく社会の波に乗ってる女が今、結婚して子どもが生まれて30〜35歳あたりで産育休を経験しつつ、働き続けないと生活できないけど育児も大変という状況になってから女性差別だのフェミニズムだのと言い始めてるのはよく目にする。

私自身もそういう友人、同級生たち見て反吐が出るなと思っている。

あの頃自分を叩いてた女と、いま自分自身の行動に無反省なままフェミニズム叫びながら他人も叩いてるやつ、だいたいこの辺多いんだよな…。

からブコメの「自分を嗤ってた人といまのフェミニストは被ってない」論はそうとは限らなくない?と言っておきます

実際あの頃フェミニズムフェミニズムに基づく発言をしていた私を含む人を嗤ってた友人たちは、過去自分の行動言動に無反省なままめちゃくちゃフェミニズムを掲げて連帯だのシスターフッドだのと言ってすり寄ってきますからね…

2024-05-18

anond:20240518163939

人のことを「死なせてあげたら」なんて言う社会を信用したくなる?

そんな社会ルールを守りたいって思う?

スケープゴートを作らなければ連帯できないような、脆弱社会の絆に危機感をもたないの?

2024-05-15

anond:20240514181050

他人悪口ってのは連帯意識を高めるもっとコスパタイパのいい方法からね。

から悪口を言われる明確な悪役が1人いる組織はそれ以外のみんなが信頼関係を築いてうまく回るし、

そう言う悪役を設定できない組織や関係はみんな疑心暗鬼になってギスギスする

嫌なら人間辞めるしかないよ

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