はてなキーワード: 交戦とは
https://anond.hatelabo.jp/20240216163351
この投稿にもある通り、水星の魔女界隈では「スレミオが公式だなんて認めない、スレッタはグエルと一緒にいた方が幸せになれるはず」「ラウペトが公式だなんて認めない、ラウダはグエルと一緒にいた方が幸せになれるはず」とキャラの幸せを勝手に決め付ける人がとても多いよね。
こういう人たちはスレッタやラウダの幸せのためと言いながら、本当はグエルのケア役をスレッタやラウダに求めているところが共通していると思う。
スレミオとラウペトの関係性の描写が完璧だったとは言わないけど、自分は本編を最終回まで見て普通にスレミオとラウペトがカップルとして成立したと感じたし、スレッタはグエルよりもミオリネと、ラウダはグエルよりもペトラとの方が良い関係を築けていると思った。
グエルとスレッタの関係性にも、グエルとラウダの関係性にも、もっと言えばグエルのキャラクター自体にも、あまり魅力を感じなかった。
シーズン1のグエルのスレッタへの態度には問題がたくさんあった。けどまだストーリーの前半だったということで、ここでは詳しく言及しないことにする。
シーズン2の17話でグエルがスレッタに告白するシーンが評価されているようだけど、個人的にはそんなに良いシーンとは思えなかった。
視聴者視点ではグエルが父親を誤って死なせてしまったり地球に拉致されたりと壮絶な経験をしたことを知っている。でもスレッタはそれを知りようがないんだよね。久しぶりに会って、その間どうしていたかもわからない人にいきなり告白されても困るだけだと思う。
グエルはスレッタに告白しないで、自分の心の中だけで恋にけじめを付けてほしかった。
しかもグエルはスレッタのことを大切だと言っておきながら、この後スレッタの意思を確かめることなくミオリネと共謀してスレッタからエアリアルを取り上げてしまう。そしてその結果、プロスペラによるクイン・ハーバー襲撃事件が起こる。
スレッタからエアリアルを取り上げたのはミオリネの提案だから、ミオリネの方により責任があるとは思う。それでも提案に乗ったグエルにも責任はあるはずなのに、襲撃事件についてミオリネばかりが落ち込んで、グエルは特に後悔している様子がなかったのはどうかと思ってしまった。
ミオリネがこの後スレッタと和解できたのはシーズン1からスレッタと過ごしてきた時間があったから、それにスレッタに対して悪かったという気持ちを示したからじゃないかな。申し訳ないけど、そのどちらもなかったグエルをスレッタが選ぶ理由はないと思う。と言うか、そもそもグエルはスレッタへの恋は諦めて恋愛よりもジェターク社を守る道を選んでいるし…
ミオリネはスレッタのことを搾取してばかりだからスレッタはミオリネよりもグエルとの方が幸せになれるはず、という意見もよくわからない。シーズン1でミオリネがスレッタの実技試験を手伝ったり、インキュベーションパーティーでスレッタを助けたりしたのはなかったことになっているんだろうか。
次にグエルとラウダの関係性について。
シーズン1の印象では、この兄弟は確かに仲は悪くないけど二人とも相手の気持ちを考えずにお互いを傷つけ合っているなと思った。
ラウダはグエルのためを思ってとは言え、グエルを父であるヴィムの思惑に従わせようとする。グエルはヴィムの横暴さも悪いとは言え、ラウダの心配をよそにヴィムの言いつけを破り続け、ついには誰にも行き先を告げずに家出して行方不明になってしまう。
この二人にBL人気があることは知っていたけど、血が繋がった実の兄弟なのに「公式カップルだ、結婚だ」と言っている人たちの気持ちは理解できなかった。
と言ってもこれだけすれ違っているからには、シーズン2ではこの兄弟は和解するのかな?と思っていた。
ところが、シーズン2でもグエルとラウダはすれ違い続けた。
地球から戻ってきたグエルは、ヴィムを死なせてしまったことも、今までどうしていたのかということもラウダやジェターク寮の仲間たちに話さなかった。それに、ラウダに代わってジェターク社の新しいCEOになったグエルは会社や仕事の詳しい状況をラウダや仲間たちに共有していない様子だった。
正直、実の弟や寮の仲間たちに対して冷たすぎない?と思ってしまった。ヴィムを死なせてしまったことを言いだせなかった、自分がいなかった間ラウダに苦労をかけたからもう苦労をかけたくないと思った、というのもわからなくはない。でも、ラウダも仲間たちもそんなことを望んでいないと思うんだよね。
その後、グエルは緊急だからとラウダに理由を説明しないままダリルバルデを運ばせてシャディクと交戦し、結果的にではあるけどシャディクがノレアを解放して学園でテロが起こり、テロに巻き込まれたペトラが重体になってしまう。
ミオリネとグエルはスレッタに対して良かれと思ってエアリアルを取り上げたけど、それはスレッタのためにも作中世界のためにもならなかった。それに加えて、グエルはラウダに対して良かれと思って会社のことを一人で引き受けたけど、それはラウダのためにも作中世界のためにもならなかった。
本当に見ていてしんどい展開だった。途中まではグエルとラウダに和解してほしいと思っていたけど、もういいよ…という気持ちになってしまった。
この後、シュバルゼッテに乗ったラウダがグエルと交戦し、一応誤解が解けてグエルと和解したような展開が23話にあった。そして24話(最終回)でラウダがペトラと一緒にいてグエルからは離れていたことが、グエルとラウダのカップリングを支持していた人たちから猛烈に叩かれた。
主に「頑張って会社を立て直しているグエルから離れるなんてラウダは酷い」「あんなにブラコンだったラウダがグエルよりもペトラを選ぶなんて納得できない」という内容だったと思う。
何度も言うようだけど、二人がカップルとしてではなく、兄弟として仲良く一緒にいるエンドを期待したというのなら理解はできる。でも自分は先にラウダを突き放したのはグエルだと思う。ラウダはそれでも追いすがろうとしたけど、父を死なせたのが実はグエルだった、しかもそんな重要なことを隠されていた、となると、もう前と同じ熱量でグエルを慕い続けるのは無理があるんじゃないかな。
それにラウダとペトラの関係性について描写が不足していた(特にラウダ側からペトラへの気持ち)のは事実だと思うけど、ラウダがCEOだった時にペトラが会社でラウダを手伝っていたということは、この二人は苦しい状況を共有して一緒に乗り越えようとするくらいには信頼関係を築けていたということだよね。これはグエルとラウダの関係性よりよほど健全だと思う。
グエルからはラウダと苦しみを分かち合おうとか一緒に頑張ろうという気持ちが感じられない。ラウダはグエルに「兄さんを支える」と言ったけど、それは一方的なもので、グエルの方はラウダに助けてほしいとか側にいてほしいと思っているように見えない。これならラウダがグエルと一緒にいる必然性はない。
「相手に対して良かれと思ったことを相手の意見を聞かずに勝手にやる」「重要なことを相手に話さない」「苦労を相手と分かち合おうとせずに一人で背負おうとする」というのは、パートナーとしては致命的だと思う。スレッタやラウダがこの状態のグエルと一緒にいて幸せになれるとは思えないし、グエル本人も幸せになれるとは思えない。
「家出してバイト生活を送ったり、父を死なせてしまったり、地球に拉致されたりと普通じゃない経験を色々した割にそこから何か学んだ様子もなくこの有り様? 『グエルは成長した、真の主人公だ』と言われているけど、一体どこが?」という失望感が大きい。何度も描かれたグエルの受難描写に何の意味があったのかわからなくなってしまった。
グエルが本編で大変な目に遭っていたのは本当だし、もっと報われてほしかった、誰か寄り添ってくれる人がいてほしかったという感想もわかる。
ただ、それにはまずグエルが相手の話をちゃんと聞いて、自分のこともちゃんと話して、相手と喜びや悲しみを分かち合えるようになる必要があると思うんだよね。
グエルとスレッタ、グエルとラウダのカップリングが公式になるべきだと主張している人たちがそう言っているのを見たことがない。「グエルは大変だったんだから、グエルが何も話さなくてもスレッタ(ラウダ)がそれを察して寄り添ってケアするべきだ」と思っている。エスパーでもない限り、そんなの無理に決まっている。
そうは言っても、「グエルはスレッタに片思いしていたけど、適切なコミュニケーションが取れなかったので振られてしまったしその後顧みられる場面もありませんでした」「グエルにはラウダという弟がいるけど、適切なコミュニケーションが取れなかったので危うく弟に殺害されかけたしその後破綻はしていないながらも距離のある関係性になりました」というのは、メインキャラの顛末としてあまり後味が良くなかったのも確かだと思う。
個人的に見たかったのは、「グエルがミオリネと一緒にスレッタからエアリアルを取り上げてしまったことを謝り、失恋はしたけどスレッタの良き友人知人として味方に加わる」「地球から帰ってきたグエルがラウダや仲間たちに父・ヴィムを死なせてしまったことを打ち明け、ラウダたちもグエルにヴィムの思惑を押し付けてしまっていたことを謝って和解する」というような展開。
どうしてこういう展開にしなかったのかと言えば、多分「グエルにはあくまでスレミオの当て馬でいてほしかった」「ラウダがシュバルゼッテに乗る展開にするためにはグエルとラウダのすれ違いが必要だった」からなんじゃないかと思う。
水星の魔女のシーズン2について、キャラがストーリーのために無理やり動かされているみたいで生き生きしていない、操り人形のようだ、とよく指摘されているのはこういう部分だよね。
ある意味グエルも脚本の被害者で、公式サイドはキャラのグッズを売ったりして儲けたいという気があるならもう少し後味の良い結末にした方が良かったんじゃないかな。
それにしても、一部の過激なグエルファンたちの「グエルは今のままで完璧で変わる必要はないので周りがグエルに合わせてあげるべき、作中キャラの誰もグエルを恋愛相手に選ばなかったのはおかしい」という態度には本当に辟易している。
上にも書いたようにグエルは(特に恋愛的パートナーとしては)そんなに完璧なキャラじゃないし、仮に完璧なキャラだったとしても作中キャラや視聴者全員から好かれるわけではない。
もし水星の魔女の続編が作られたとしたら、グエルが相手ときちんと対話して一緒に頑張ることができるようなキャラになっていてほしいなと思う。もうグエルの独断専行に他のキャラたちが振り回されるところは見たくないよ。
文化大革命による停滞期 この時期中ソ対立が深まったため、ソ連からの軍事技術支援が途絶え国産化を余儀なくされた
文化大革命開始
6601型(成都級)をリバースエンジニアリングして、65型フリゲート(前053型/江南級)を建造
033型潜水艦 1番艦 ? 就役 ソ連から提供された633型潜水艦を参考に建造された、中国初の国産潜水艦
ベトナム戦争が泥沼化しニクソン大統領がベトナム戦争からの撤退を公約にして当選、キッシンジャーが国家安全保障問題担当大統領補佐官として政権中枢入り
リアリズム(現実主義)に基づく外交政策の擁護者として知られている
力の均衡論者で、イデオロギー的な外交を嫌い、国家間の力の均衡を保つことに腐心した
ソ連と敵対する中国と友好関係を築くことでソ連へ東から圧力をかけることを目的とした
『重要なのは何が真実であるかではなく、何が真実であると認識されるかである。』
『外交政策に道徳的完璧を要求する国は、完璧も安全も達成できない』
『結局のところ、平和は覇権か力の均衡によってのみ達成できるのです。』
『アメリカの敵になることは危険かもしれないが、友人になることは致命的である』(南ベトナムの傀儡政府を見捨て撤退したときの発言)
排水量8,000t以上の大型駆逐艦として構想され艦隊防空能力を備え、外洋での長期作戦における護衛艦隊の中核を占める艦とされたが、当時の技術的限界から未成に終わった
40年後、排水量13,000tの055型駆逐艦として結実する
051型駆逐艦(旅大I型) 1番艦 济南 就役 56型駆逐艦(コトリン型駆逐艦)をモデルに太平洋で行動しうる駆逐艦として建造された、中国が初めて独自開発した水上戦闘艦
★091型原子力潜水艦 1番艦 長征1号 就役 中国初の原子力潜水艦 静粛性と信頼性がきわめて劣悪だった
035型潜水艦 1番艦 232 就役 033型潜水艦の改良版
★西沙諸島の戦い 南ベトナム軍と戦闘を行い、西沙諸島全域を占領
https://www.koryu.or.jp/Portals/0/images/publications/magazine/2022/3%E6%9C%88/2203_02anami.pdf
1974年1月、解放軍の南海艦隊は、当時南ベトナムが実効支配していたパラセル諸島(中国名:西沙群島)に部隊を派遣し、南ベトナムの守備隊や艦艇との交戦の末に同諸島を占領した。
南ベトナムは、パラセル諸島のみならず中国が領有権を主張するスプラトリ—諸島(中国名:南沙群島)の複数の島嶼・岩礁も実効支配していたため、次はそれらを攻略せねばならないという議論が解放軍内で盛り上がった。
その翌年の5月には、それまで海軍建設に後ろ向きだった毛沢東が海軍を増強するための10年計画にGOサインを出した。
そこに好機を見出した劉華清は、同年9月に毛沢東と鄧小平に宛てて海軍の装備に関する意見書を送った。
この意見書のなかで劉華清は、既存の海軍の装備導入計画を批判しつつ、海軍の装備導入計画のあるべき姿について持論を大胆に展開した。
この時の意見書では、海軍が「帝国主義の海上からの侵略」を粉砕し、「対台湾作戦」の任務を遂行するに足る能力を確保せねばならないという基本認識が示されたうえで、当時の解放軍がそうした水準にはなく、10 年後もそうした水準に達することはないという評価がなされた。
また、50年代にソ連から入手した時代遅れの通常動力型潜水艦のコピー版を大量に生産するという当時の装備導入計画に対し、潜水艦に大きく依存する形で米英の海軍に対抗しようとしたドイツの失敗例などを根拠とした批判がなされた。
そうした批判を踏まえて、劉華清は、今後は、水中、水上、空中の戦力をバランスよく整備していく必要があり、核抑止力を担う原子力潜水艦、水上艦隊の要となるミサイル駆逐艦、艦隊に航空支援を提供できる戦闘行動半径の長い航空機の開発・配備に力をいれるべきだと主張した。
この意見書でさらに注目されるのは、中国の経済発展に伴い海外からの「戦略物資」の輸入が拡大すれば、シーレーン防衛の重要性が増し、中国本土から遠く離れた海域での航空戦力の展開を可能にする航空母艦が必要になると指摘している点である。
つまり、劉華清は、1975 年の時点で中国の対外貿易が今後盛んになるという未来予測にたってシーレーン防衛について論じたわけだが、当時遠洋航海の経験が皆無だったうえに中国沿岸海域での作戦すら満足に遂行できないようなレベルにあった解放軍の海軍のなかで、このような議論は異色のものだったといえる。
(一)「覇権主義」や「帝国主義」による海上からの侵略に備える、
(四)核戦力の残存性を高めることに貢献する、ことであった。
053K型フリゲート(江東型フリゲート)1番艦 鷹潭 就役 65型の発展型、中国海軍初の艦対空ミサイル搭載艦、しかし国産ミサイルの性能が貧弱だったため2隻目で建造打ち切り
イギリスのロールスロイス・スペイ ターボファンエンジンをライセンス生産
文化大革命が終わり、米欧日との関係改善によって西側からの新技術導入が進む また後半には中ソ対立も終わり、中国は西側と東側両方の軍事技術を吸収することとなる
★文化大革命終了
上海にある江南造船廠が三菱重工業社長の古賀繁一(元長崎造船所所長、戦艦武蔵の設計に関わる)の直接指導で再建される
053H型フリゲート(江滬I型フリゲート) 1番艦 常徳 就役 艦対空ミサイル搭載艦である053K型と共に行動する艦対艦ミサイル搭載艦として設計された、しかしレーダー等電子機器の性能は不足し全天候戦闘能力もなかった
053H1型フリゲート(江滬II型フリゲート) 1番艦 台州 就役 053H型フリゲートの改良型
051DT型駆逐艦(旅大III型) 1番艦 開封 就役 フランス製クロタル8MS個艦防空ミサイル・システム、フランス製DRBV-15対空レーダー、スウェーデン製機関砲を搭載
アメリカからCFM56-3ターボファンエンジンを入手、後のWS-10ターボファンエンジンの基礎となる
劉華清の主導で中国人民解放軍海軍装備実証研究センター(現在の中国人民解放軍海軍装備研究所)が成立
★053H1Q型フリゲート(江滬IV型) 西側の対潜技術を学ぶための技術検証艦 フランス製のAS 365N ドーファン・ヘリコプターをライセンス生産したZ-9、光学射撃指揮装置、ソナーシステム、水中攻撃指揮装置、イタリア製短魚雷などが搭載された
★092型原子力潜水艦 1番艦 406号 就役 中国初の原子力弾道ミサイル潜水艦
就役後も長い間航行することはなくアメリカ軍からは「not operational」と判断された
091型と同様に静粛性と信頼性が非常に劣っていた
UH-60ブラックホークをアメリカから購入、後のZ-20中型多用途ヘリコプターの基礎となる
アメリカから入手したCFM56-3ターボファンエンジンを参考に、WS-10エンジンの開発が始まる
★053H2型フリゲート(江滬III型フリゲート) 1番艦 黄石 就役 053H1型フリゲートの改良型、イギリス製の戦術情報処理装置(CTC-1629のコピーZKJ-3)とイタリア製の電子戦装置を搭載し大幅に能力が向上した
フランスよりクロタル個艦防空ミサイル・システムとともに、トムソンCSF社(現在のタレス)の戦術情報処理装置であるTAVITAC(旧称 Vega III)を輸入、リバースエンジニアリングによってZKJ-4を完成させる
ペレストロイカ開始
若手イケメン俳優がバラエティ番組で何かしらの欠点を小汚くてちんちくりんのおっさん芸人に弄られて笑われ照れ笑いを返す
↓
番組や芸人のファン「おっ、あの俳優あんな欠点があったのか!よく知らないしスカしたイケメンかと思ってたけど親しみが持てるな!好感度が上がったぞ!」「小汚くてギャラも安い芸人が大人気で大手事務所所属の若手のイケメンにとやかく言っている様を演出しているのが滑稽で面白いな!」
俳優ファン「イケメンくん可愛いいいい!!!!照れ顔引き出してくれてありがとう芸人さんたち!!」「ほんとにイケメンくんを嫌っているわけじゃないのが伝わってくるしむしろ愛されてるのが分かる!こういう扱い嬉しいね!」「最高に楽しかった!!また出てほしい!!」
※実際はここまで詳しく言語化せず感覚的にもっと簡単な言葉で表現されている
↓
イケメン俳優のことも芸人のことも別に好きでも何でもなく何ならうっすら見下して嫌っていてイケメン俳優とは人間的に何の共通点もないキモくて金のない弱者男性・弱者女性「失敗を嘲笑するなんていじめだああああああ!!!!!!番組の関係者を全員業界から追放しろおおおおお!!!!!!」
(人の欠点を愛する・欠点を愛嬌ととらえて思わず笑みがこぼれるといった体験をしたことがない慈しみの心に欠ける人生を送っているので和むべき場面で共感することができない)
(子どもの頃に失敗を悪意を持って嘲笑された体験が何十年経っても払拭されておらず、その後の人生で友達や家族と笑い合ったり、何ならギャグアニメを見て笑うといった経験すらしていないので
「笑顔」とは敵から向けられるもので「悪意」「嘲笑」「侮蔑」「威嚇」の意味しかないと思っており
過去の体験がフラッシュバックしてパニックを起こし状況はまったく違うのに「笑顔」だけを見てイケメン俳優に似ても似つかない不細工な自分を勝手に投影して彼も嘲笑されているんだと思い込み無責任に批判する)
今はまだ笑顔肯定派と否定派が本格的に交戦することがないから各自が内輪で感想を言い合うだけで終わってるけど
笑顔アンチの人らが叫ぶだけでファンが楽しんでいた企画がなくなるようなことが横行するようになれば
「何あいつ?せっかくみんな楽しんでるのに」「お前は関係ないじゃん」「うざっ!あっち行こうぜ!あいつ無視な!」とまたしてもいじめられるようになるんだろう
大田の戦い
大田の戦い(テジョンのたたかい)は、朝鮮戦争中の1950年7月16日から20日にかけて、大田付近を戦場としてアメリカ合衆国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の間で行われた戦闘である。
アメリカ第24師団は、第21連隊第1大隊を基幹とするスミス支隊(C・B・スミス中佐)を烏山において全般前哨として、第34連隊に平沢-安城を確保させていた。
しかし、スミス支隊は烏山の戦いにおいて敗北し、また命令の錯綜から、第34連隊も壊乱に近い状態で後退することとなってしまい、最初の抵抗線は大した抵抗も示さずに放棄されることとなってしまった。
最終的に、第24師団は、兵力の45%(7,305名)、装備の60%を喪失し、その戦力を事実上喪った。またディーン少将は戦死したものと認定され、当初ADCOMの指揮を執っていたチャーチ少将が後任とされた。
大田は、全羅南北道と慶尚南北道に向かう主要経路の分岐点という、交通の要衝であったことから、ここを奪取されたことは、極めて重大な意味を持った。
第8軍司令官ウォーカー中将は、大田での戦闘でほとんど壊滅した第24師団を後方で再編成に回し、第1騎兵師団には永同を、第25歩兵師団には尚州正面を防御させることとした。
第1騎兵師団は、23日より交戦に入り、31日までの遅滞戦闘で、北朝鮮軍の戦車部隊をほとんど再起不能に陥らせ、また2000名の損害を与えたが、小白山脈において北朝鮮軍を阻止するという目的は果たすことができなかった。
また、小白山脈の西・南麓を守る韓国軍も、壊乱には至らないまでも、じりじりと後退を続けていた。
これらの情勢から、7月31日、ウォーカー中将は、錦江から小白山脈における線での防御を断念し、釜山をめぐる洛東江の線で円陣を構成しての防御を決定した。
イスラエルがガザの難民キャンプを空爆していると言う記事で、イスラエル非難一色だ。(https://b.hatena.ne.jp/entry/s/nordot.app/1092178991380660880)
ただ、ここではそういったお気持ちではなくイスラエル側の理路を見ていこうと思う。
「イスラエル軍報道官は米CNNテレビに対し、ハマス司令官を狙った空爆だったと明らかにした。」(前傾記事)とのことだ。
そして、ハマスの司令官がこの爆撃で死亡したことはハマスも認めている(https://news.yahoo.co.jp/articles/0e61e6bf22fc5f7006587836ed0f231cb335f08c)ので、イスラエルの主張は真としていいだろう。
イスラエルは「ハマスが市民を「人間の盾」に使っていると改めて主張した。」としている。また、今回の爆撃でハマス司令官が死亡していることからも、周りの民間人を人間の盾として、その中に司令官がいたと言えるだろう。
人間の盾とは、改めて言うまでもないが目標物の内部や近隣に文民(非戦闘員)を配し、攻撃を思い止まらせたり、あえて攻撃させて敵を非難する宣伝材料にすることだ。
戦時国際法(国際人道法)は(ハマスなどの武装組織も含めて)国として認められていなくとも紛争当事者であり権利義務があること、軍民は分離し軍は文民を保護することなどを規定している。すなわち、人間の盾を用いること(ここではハマス)は明白に国際法に違反し、戦争犯罪を犯しているということだ。ちなみに人質も戦争犯罪でもあり、ハマスはこの点で擁護の余地はない。
国と承認されてなくとも国際法上の軍であるという規定は重要で、例えば台湾のように中国視点では国内問題であったりゲリラであっても一定の権利義務が生じることになる。よく言われる、「アイツら(俺ら)はゲリラだから何やってもいい」とはならない。ゲリラに交戦資格を認めるかというのは何十年も議論されてきたが、各種独立戦争などを経て認める方向で決着がついている。
一切の手出しができないとなると、相手の軍事施設に攻撃をするだけして、反撃されそうになったら人間の盾を用いるという戦術が有効になってしまう。
国によっては(多くの国では)、人間の盾を含むへの攻撃は交戦規定で違法とされているが、あくまでこれは国内法上のことに過ぎず、国際的な抑止力とはならない。
イスラエルの立場とすれば「戦争犯罪を行ってるのはハマスだろ?なんで俺らがそれを考慮してやらなきゃならんのだ」というところだろう。
ハマスは軍民を区別し、文民を保護する義務がある。すなわち、基地は民間施設とは分離して作る必要があるし、逃げ込むにしても民間人の中に逃げ込んではいけないと言うことだ。
国際社会には警察や裁判所がないため、最終的には自力救済の世界となる。その態様として「復仇(武力復仇の是非は議論の余地あり)」「対抗措置」「自衛」などがある。
今回のイスラエルの措置はその均衡性に大きな問題がある(刑法でいうところの過剰防衛)ように思われる。
特にこのロジックを積み重ねてきた西欧インテリであればあるほど、「イスラエルの行動は人道的には非難できるんだけど直ちに違法とは…うーん」となってしまうだろう。
避難民が押し寄せた埼玉県北部にある本庄駅では、町をあげて炊き出しを行っていた。そんな中、朝鮮人の放火や暴動を伝える県の通知が届くと、善良な人々がデマを信じて豹変した。
駅に程近い本庄警察署には朝鮮人たちが保護されていたが、いきり立った群衆が警察署になだれ込み、朝鮮人を見つけては襲いかかった。80人以上が殺された。
「子どももたくさんいたが、子どもたちは並べられて、親の見ている前で首をはねられ、そのあと、親たちをはりつけにしていた。生きている朝鮮人の腕をのこぎりで引いている奴もいた」
震災翌日の9月2日、船橋署に軍を名乗る人物から電話がかかってきたという。
軍を名乗る人物「東京方面から来た朝鮮人3000名と砲兵隊とは、江戸川を挟んで交戦中でございます。警戒を要します」
この情報はデマだったが、当初、渡辺さんは信じてしまったという。この2日後、渡辺さんは、署長から命令を受けた。
1940年1月1日までにポーランドとフランスを降伏させれば達成できる。
1936年にポーランドに自力で正当化して1937年に併合、1938年〜1939年にフランス戦(連合国戦)やって降伏させて達成。
「ラインラント」は取らない。戦争することで非武装地帯が解除されるので自動達成できるため。
「四ヶ年計画」から始まる工場がもらえるツリーを適当に取る。あと「陸軍の諸改革」を取った。師団速度が上がる陸軍長官が好きなので。
政治力+15% の閣僚を二人雇ったらポーランドに正当化、という手順をやった。でもこれ、たぶん閣僚雇う前に正当化始めたほうがよかった気がする。その後は「労働条件の改善」をしたり、陸軍長官と空軍長官を雇ったり、「幻惑の紳士」を雇ったりする。
最初になんとなく民需工場を二つ建てて、あとはずっと軍需工場を立てた。たぶんずっと軍需でいいと思う。
歩兵装備の出る数だけ歩兵を徴兵する。ポーランド国境に並べる。開戦までに歩兵24師団の追加を目論む。
諜報機関設立して暗号部門を五つ強化するまで進めて、諜報員を二人出す。その後はしばらく強化しない。アンシュルスなど済んで民需に余裕が出来たら再開する。諜報員はポーランドに仕込む。
正当化が終わったらすぐに宣戦。東側飛び地の東プロイセン国境に24師団歩兵を並べておき、ここは動かさず固めておく。広い方の国境に歩兵24師団を並べて開戦と同時に突っ込ませる。戦車と騎兵は別の軍団にして、西プロイセンとダンツィヒに突撃して東プロイセンと繋ぎに行く。飛行機を全て西ポーランドに飛ばして補助。
海軍は特にすることはない。暇なのでバルト海で通商破壊したり機雷撒いたりしとく。
ある程度押し込んで東プロイセンと繋がったら、東プロイセンの軍団も南下を開始。ワルシャワとあと少しを押さえたらポーランドは降伏する。
講和会議では全併合する。国際緊張度が上がるが仕方ない。傀儡化するとたぶん実績が取れなくなる。(一敗)
「ラインラント」が自動達成できるので取る。「アンシュルス」が取れるようになったらすぐ取る。
その後は産業系を適当に取って内政。あらかた取ったら「東方地帯の再要求」の後、「ダンツィヒか戦争か」をポーランドがいないので自動達成、「マジノ線迂回」で開戦事由を取りに行った。でも NF で開戦事由取るより、自力で正当化した方がよかったような気もする。
ポーランド戦が終わったら諜報員をフランスに仕込む。「協力政府の作成」を一段階やって降伏を早めておく。その後はフランスの諜報網は休止、ベルギーとオランダに諜報員を入れて開戦に備える。
軍需工場や合成精製所を建てる。対仏戦直前は、レーダー建てたり対空砲建てたりしてた。
歩兵師団と軽戦車師団を適当に徴兵する。出せれば中戦車を出したかったが、間に合わなかったのでこれで押し切った。
NFで得た開戦事由で低地地方にまとめて宣戦。すると英仏が宣戦してくるので世界大戦勃発。歩兵師団を仏国境に並べて固めておく。マジノ線に突撃するのは無謀なのでここは動かさない。残りの歩兵師団と戦車師団を補給ができそうな数だけ低地地方に突っ込ませる。予備の師団はオーストリアで待機。
空軍は戦闘機を少しドイツ領の防空に配置し、残りを全部低地地方に飛ばす。
海軍は動かしてもボコボコにされるだけ。交戦を避けながら機雷を撒いたり、スペイン沖の深海でちょっと通商破壊したり位しかできない。
しばらくするとイタリアが枢軸に加盟してくれるので、すぐに予備師団を伊仏国境に貼り付ける。準備ができたらイタリアを参戦させて攻撃開始。
低地地方が終わったら南下。諜報網も再開。フランスの勝利点を少し取ったら降伏してくれて実績が達成できた。実績が取れたのでここで終わり。
https://anond.hatelabo.jp/20220923044306
の補完
某所に投稿した物の再掲
作画の古さや粗さに耐えられれば今見ても楽しめる名作だと思う
劇場版は作画がかなり綺麗になった上映画3本分の尺に綺麗に纏まってるからTV版の作画が尺の長さに耐えきれない人も多分行ける
凄く人を選ぶというかZも行ける人か駄目な人かで綺麗に分かれる感じがある
劇場版は一部新規作画で見応えがあるシーンや全体的にキャラが優しくなってたり良い所も沢山あるけど
やっぱりどうしても駆け足というか尺の無さを感じる所があるからZを見るならTV版から見てほしいと思う
Zの尻拭いというかZが一作で終わり切れなかったからその完結編みたいな話なんだけど
Zのノリが好きだったって人は序盤で脱落する率高いからZ以上に人を選ぶのが困り者だと思う
トーレスの幼馴染が死ぬあたりから結局いつものガンダムと言うか暗い感じに変わるからそこまで見れるかどうか
個人的には中盤以降作画が濃い感じになって戦闘にかなり迫力出て来るような印象があった
キャラが生身の所を握り潰されたりちょっと見てて辛いシーンもあったりするけど
終盤のオカルト描写というか幾らニュータイプでもそこまでやっちゃって良いのか?って展開がかなり好き嫌い別れそう
ZやZZでもあそこまでやらなかったしニュータイプってテレパスやエスパーじゃなくてサイキッカーなのかってなった
一本の戦争ドラマ物としてロボットに興味が無い人でも見れる作品だと思う
パトレイバーがロボットに興味無い人にも結構人気あったと聞くけどそれに近いかも
その分ガッツリロボアニメが見たい、戦闘が見たいって人には終盤まで退屈かもしれない
何というか説明不足の駆け足気味で凄く内容が詰まってる作品だと思う
逆襲のシャアから一気に30年飛んでるからそこまでの宇宙世紀全部見た人でも初見だと内容を理解し難そうというか
作画も良い時と悪い時の落差が凄くて、良い時は逆シャア以上だけど終盤は逆シャア以下になってた覚えがある
小説版とかで明かされてる背景設定はかなり面白いからせめて上下にするとか後映画一本分の尺は欲しかった
戦闘が少ない代わりに万人受けした0080の逆でかなり好き嫌い別れる作品だろうなって思う
連邦とジオンの対立が強調されててそういう意味じゃZ以上に初代から地続きの続編らしさがあった
毎回戦闘あるしOVAだけあって作画のクオリティが高いしメカや戦闘が好きな人はまず楽しめそう
ただZに繋がる事前提のそこまでスッキリしない作品なのが人を選ぶかなって…個人的には大好きだけど
冒頭がちょっと話が分かりにくいというかどういう事なのか話が分かりにくいと思う
シュラク隊が出て来るあたりまでは主人公のウッソと負傷したマーベットさんくらいしかろくな戦力が無いし
ウッソと戦災孤児の子供達が序盤あんまり仲良くなくて喧嘩してたり老人達がウッソを戦わせようとしたりどうも見てて辛い
シュラク隊のお姉さん達がウッソ達に合流してきたあたりからほっと安心出来たというか見易くなった印象がある
作品の特徴として敵と主人公サイドの交流が多かったのも結構珍しかったんじゃないかな?って思う
V2ガンダムは滅茶苦茶な戦闘力がアナザーガンダムの先駆けっぽくて見てて爽快だった
田舎から親を探して旅立った少年が最後は田舎に帰って来て畑を耕して冬を越そうとして話が終わるのは名作劇場っぽくて爽やかだったと思う
最近はじめの一歩の人も言ってたけど初見だと師匠が出て来るまでは本当退屈だと思う
二週目からは序盤でこんな大切な設定語られてたのか…とか気付く事が多いから面白いけど
師匠が生身で出て来てMSを撃破したあたりからブレーキが外れたというか皆がイメージするGになったと思う
Gの作風自体が他のガンダムと違いすぎてこんなのガンダムじゃねえって受け入れなかった人が沢山居るのも分かるけど
とりあえず師匠が出て来る12話まで視聴出来て少年漫画的なノリが楽しめる人ならそのまま最後まで行けると思う
TV版Wは何というかゲームとかで触れた時に持ってたイメージと大分違ってて正直かなり驚いた
主人公達が軍事基地に奇襲仕掛けてガンダムの目撃者は容赦なく殺したり寝込みを襲って爆殺するような過激派だったし
そういう事もあってか序盤は敵討ちとガンダムとの戦いを望むゼクスの方が主人公っぽく感じる人も居るかもしれない
Wはぶっ飛んでて面白いとよく評価されてるけど、あれも付いていける人とポカーンとなる人で大分受ける印象違うと思う
主人公のヒイロがデュオ、トロワ、カトルと付き合う相棒を話が進む毎に変えていく事もあって五飛の影が薄くなった気がするのは残念
あんまり言われないけど作画的には量産機が棒立ちで撃破されるシーンや逆に幾ら喰らっても何故かノーダメージのシーンがあったり良い時と悪い時の差が激しい印象がある
その分終盤になってやっと完成した後期OPと最終回のゼロVSエピオンは超絶美麗で凄く良かった
OVAだけあって作画も良いしほぼ陸戦オンリーで他のガンダムには見られなかった細かい拘りが好きな人には凄く刺さりそう
砂漠で砂が詰まって動作不良になるガンダムとか、MSが市街戦で暴れる所の重量感とかガンダムには珍しかったし
途中で監督さんが鬼籍に入られて交代されたからか一部キャラの描き方が変わった?と見ていて感じた
初代を見ているとガルマ国葬の時期にもう宇宙にジムがあってそれがザクと交戦してる描写が気になる人も居るかもしれない
ストーリーはロミジュリ物の戦争ドラマだから敵同士の恋が好きな人とかは好きかもしれない
途中からアクセルかかってくるけど序盤はちょっと掴みが悪かった感じが見てて伝わってきた
Wの後なのにOPでガンダムが殆ど動かないし1話から静止画多用されるしこのアニメ本当に大丈夫なのか…?って思っちゃった
フォートセバーンでGXが改修されるあたりからOPも良く動くようになるしアニメ本編の戦闘も楽しくなって見応えが出て来た
主題歌がOPもEDも全曲良くてお洒落な次回予告もあって一話見終える度に次の回も自然と見たくなるガンダムはこれが一番だと思う
よく打ち切りとか短縮とか言われるけど3クール分39話でテンポ良く纏まってるしXはこれで良かったんじゃないかなって思う
トロワはあの状況からどうやってマリーメイア軍に潜り込んだの?とかちょっと描写不足な所もあるけど
映画一本分の尺であそこまで綺麗に話が纏まってて作画が綺麗なガンダム他に無いんじゃないだろうか
ウイングゼロが基本アルトロンにボコられるだけで最後シェルターにツインバスターライフルぶっ放しただけでぶっ壊れたのは驚いたけど
スパロボなんかでWに触れた時に抱いていたイメージに最も近いのはTV版じゃなくてこっちだった
ある意味G以上にこれはガンダムなのか?と困惑されそうなガンダムだと思う
一話で主人公がガンダムに乗らないし戦闘シーンも無いガンダムってこれが初なんじゃないだろうか
移民の男の子が移民である事を隠しながら母国の軍隊と戦う設定はSEEDの前身っぽかったと思う
MSのデザインは人を選ぶけどメカニック作画はかなり綺麗だったというか、見ていて作画が乱れている印象が一切無くて綺麗だった
主題歌がどれもアニメとは思えない良い異質な曲ばかりで菅野よう子の上品な曲も実に良かった
ギンガナムが出て来るまで悪役担当だったポゥ・フィル・ミランと終盤悪役になった御曹司が何かなあなあで許されるのは好みが別れそう
見方によって好きか嫌いか、良作か駄作かもろに印象が変わる作品だろうな…と思った
何というか…最初から悪意を持って見ると叩けるだけの粗が幾らでも出て来る作品ではあるんだけど
好意的な目で見ると評価出来る所も幾らでも出て来るから人によってあそこまで好き嫌い別れるんだろうなって
ぶっちゃけクロスアンジュとか他の福田作品のノリが楽しめる人ならまず楽しめるし無理なら絶対無理だと思う
バンクも見飽きたと思うかバンクでも動いて戦闘があれば良いと思うかで大分心象変わるだろうし
ただこの作品に関してはマジで好きな人も嫌いな人も熱量ヤバくて当分まともな評価は出来ないのは断言出来る
0083以上のメカニック特化で一話完結物のノリが好きな人は楽しめると思う
第一話は無用の大砲が主役でちょっと地味というかザクに全部持っていかれたけど
二話からは変形戦車とかコンペ負けした量産機とかちょっと初代っぽいノリの機体が出てきて楽しい
ただ完全なCG作画作品という事もあってCGに抵抗がある人は受け付けないかもしれない
ガンダムに求めてる物は人によるけどメカニックとか一年戦争外伝系が好きな人には一度見てもらいたい
本当凄い、最初見た時これ本当にTVガンダム?って驚いたくらい作画のクオリティが高い
一期・二期通して恐らくこれまで放送したガンダムTVシリーズの中でもトップクラスだと感じたしそれだけでもロボアニメが好きな人は絶対に見た方が良いと思う
劇場版はガンダム初の異星人と地球人の交流と戦いが描かれるのがある意味Gガンダム並に人を選びそう
初代ガンダムとアムロ、富野監督オマージュキャラや扱いを見ると脱ガンダムを目指してたのかなぁ…って気がする
前作のような物を求めて見るとちょっと落差に驚くかもしれない
歩兵や戦車とザクの戦いとか本当にマニアックな所突いててそういうのを求めていた人には堪らないと思う
ただ前作のキャラが皆満足げに散っていったのと対照的にこっちは本当に話が暗い…
死神ってニュータイプと関係あるのか分からないオカルト要素も出て来るしかなり人を選ぶ作品だと思う
これまでガンダムを見た事無い人でも楽しめそうな良い作品だと思う
OVAだけあって作画のクオリティも高いし新規ファンも既存ファンも楽しめそうなキャッチーな要素が多いし
全10巻の小説をOVA7本に纏めたから中盤以降はちょっと駆け足気味?な所はあるけど
MS運動会と言われるだけの事はあって初代~ZZくらいの時期がアニメで動く所が見たい人にはオススメ
UCは原作小説が好きだからカット&改変繰り返してるOVAは正直別物だなあと思ってる
凄く良い
ガンプラが題材の子供向けアニメかと思いきやガンダムファンだからこそ楽しめるネタが凄く多い
現実のガンプラに興味が無くても実質ロボアニメみたいな物だし一度試しに見ても良いと思う
ただガンダムというよりホビーアニメって感じだしそこが受け付けない人だとある意味G以上に無理かもしれない
初代やシャアとザビ家の関係性が好きな人は一度は見た方が良いと思う
声優さんはオリジナルから変わってるし設定も厳密にはパラレル時空だから初代と微妙に異なるけど
安彦先生の画風で描かれたキャラが現代のクオリティ動きまくるのはやっぱり他には無い魅力だと思う
原作から主にシャアが中心の所だけアニメ化した関係で尻切れトンボというか物足りない感じがするけど…
このアニメ版でオリジンに触れて気に入った人は原作を読んでも絶対損はしないと思う
スッゴイ人を選ぶ
主人公達に感情移入する人や感情移入しなくても主人公達が勝つ方が嬉しい人は絶対見ない方が良いと思う
戦闘は悪くないけどMSの線が多い影響か平均2~3話に1回くらいの頻度なのでロボアニメと言えば戦闘が楽しみって人にもあんまりオススメ出来ない所がある
生きるために必死でそのためなら汚れ仕事でも何でもやるアウトローの子供達が生きるために戦い続け最後には滅びた、という話なので本当にかなり人を選ぶ
主人公達の敵陣営が腐っても警察のような組織なので、主人公達が勝てば勝つほど結果的には警察が舐められて治安が悪くなるという世知辛い話
原作がまだ未完だし何とも言えない所あるけど
一年戦争で宇宙戦闘がメインのOVAという珍しい作品だし一年戦争外伝が好きならやっぱり一度は見てほしい
大砲を持って狙撃手やってるザクとかMSVに出てきそうな機体がアニメで準主役機やってるんだからこれは凄い
テンポを優先してアニメ化の際原作から削られた描写が結構あるからこれも是非漫画を読んでほしいけど
ガンプラに興味は無いけどSAOとか.hackとかネトゲが題材の作品が好きな人も楽しめそうな気がする
2クール目の序盤から登場を匂わしてたのに結局終盤まで出番が無かった機体とかもあったのはちょっと残念
登場するキャラクターは皆可愛らしくてグッド!
UCの後日談という事もあってアニメのUCが好きな人なら楽しめると思う
UCより作画的な意味ではちょっと落ちてるから作画が楽しみな人にはちょっと残念かもしれないけど
CG映画などを除いて初めてインコムが「インコム!」って台詞と共にアニメ化されたのはやっぱり感慨深かった
結局主役機がユニコーンでラスボス機がネオジオングだからUCの焼き直しっぽいなあとは見ていて思った
ネットの感想を見ていると昔からの宇宙世紀ファンよりUCからガンダムに入ったファンに好評な印象がある
ビルドダイバーズを見た人からは勿論見てない人からもかなり評判が良かったとか
ネトゲ経由で他の惑星に召喚された主人公達がそこで現地の異星人達を助けるというガンダムらしからぬ話だった
IGLOO以前の作品という事もあってCGは拙いけどその事を考慮しても面白いと思う
各ガンダム作品の前日譚・後日談・IFの話が充実してて色んなガンダム見てる人ほど楽しめるんじゃないかな
他のガンダムを見た事が無い人や拙いCGに耐えられない人は楽しめないだろうなと思う
アニメ本編は蜀陣営の話だけどメディアミックスで魏陣営と呉陣営の話も触れて補完する事前提な感じがする
15分アニメって事もあって終盤なんかとにかく駆け足だった
キャラクターはよく立っていたからワールドヒーローズを見る予定がある人はこっちも見ておいて良いと思う
ぶっちゃけ全部好き
前も言ったけど
SEED DESTINY、AGE、ビルドファイターズトライ、閃光のハサウェイ、Gのレコンギスタ、その他SDガンダムはまだ観てないor全話見てないので作品評を書けない
“I welcome to Japan a new member of the diplomatic corps from the People’s Republic of China. Ready to engage Ambassador Wu on behalf of a free and open Indo-Pacific that enhances peace and security for all nations.”
https://twitter.com/usambjapan/status/1655879326972416001?s=46&t=UvFEBu5M0FowcJERBgVctw
エマニュエル駐日米国大使のこのツイートが「日本に歓迎って何様なの?あんたは日本の関係者じゃないだろ?」と炎上中。
ついフェミほどの悪評ではないにしろ、「反フェミ」という存在はtwitter民のアングラ連中にとって「目の上のたんこぶ」になっていることは周知の事実だろう。
時は2020年あたりに遡る。このころはまだ「フェミニスト」という存在が、ある程度は市民権を得ていた時代だ。具体的には
・女性イラストレーターがフェミニストの意見や行動をリツイート、言及する
今ではある程度フェミニストに反論したり、フェミニストの悪口を言うと「あるよね~」と同意を得られているが、当時はフェミニストに文句を言おうものなら、袋叩きにされていた。
男は女の犠牲になるのは当たり前、男は女性に従うべき、男は女性にアプローチするな、男は意見するな、性に興味を持つな、などなど。
男児への加害発言や虐待的な教育も「正しい事」として受け入れられていた。
今で言うと「まともな感性」を持っている人は、非常に肩身の狭い思いをしていたわけだ。
その中で、すももや青識、YS、小山といった人はフェミニストを叩き続けていたのである。
フェミニストが苦手とする「統計」や「論理」、「事実の指摘」といった面でフェミニストに交戦していたわけだ。
しかし彼らには欠点があった。それは「反フェミ」は「反フェミ」であって、固有の思想を持たないのだ。
彼らの活躍があってかは知らないが、次第にフェミニストは弱体化していった。
度重なる内ゲバによるインフルエンサーの離脱、フェミニストの高齢化による騎士の離脱、過激化によるフェミニスト内でのドン引き、特に大学生フェミニストは社会に出てあまりのイージー具合に怒りが収まる、などなど。
今の大学生や若い集団は「フェミニストは頭がおかしい、きもい、おばさん」みたいな扱いをしている。
大学でフェミニズムを学んでいる人は、「フェミニストはいいけど、ツイフェミはヤバイ」と思っている。
結論を言えば、反フェミは敵を失ったのである。かつては「社会」が敵だった彼らは、「一部のイカれた狂信者」が敵になった。
しかし反フェミは、まだ社会と戦い続けている。勝利したにも関わらず、彼らは「社会」に対して「イカれた狂信者」向けの言説を飛ばし続けているのである。
「フェミニストはヤバイ」から、「男女論を語ってる奴はヤバイ」になりつつある。
しかしこれはこれで正しい道なのかもしれない。そもそも反フェミが初期から言っていたように、「男女で物事を語る」事自体間違っていたのである。
7歳上のアンケセナーメンと結婚。夫の死後彼女が捧げた花を墓の発掘者カーターは「どんな財宝よりも美しかった」と称えた。未亡人となったアンケセナーメンは後継者アイとの結婚を嫌がった。
・ネロ
7歳年上の美女ポッパエアを寵愛。彼女の死を深く悲しみ、当時の慣習であった火葬ではなく防腐処理をして霊廟に収めた。
・曹丕
3歳年上の文徳皇后を寵愛した。聡明な彼女は夫に助言を与えた。曹丕も群臣の反対を押し切って彼女を皇后に立てた。
・劉駿
・宇文邕
北周の皇帝。7歳年上の李娥姿を寵愛した。北周が滅びると彼女は出家し、常悲に改名した。
・煬帝
占いにより吉とされた2歳年上の蕭皇后と結婚した。聡明な彼女は外遊の度に付き従い、度々煬帝の暴政を諫めた。
25歳の時に15歳年上の未亡人ハディージャと結婚。天啓を受けたムハンマドを励まし予言者としての自覚を与えたのは他ならぬ姉さん女房のハディージャである。
・仁明天皇
初代神聖ローマ皇帝。2歳年上の妃エドギタは美貌と信仰心を兼ね備え、彼女が若くして無くなると深く悲しんだ。
・ルイ4世
西フランク国王。7歳年上のジェルベルジュと結婚した。彼がバイキングに誘拐されたとき彼女は交渉により彼の解放を実現した。夫の死後は摂政として息子ロタールを支えた。
・李克用
後唐の太祖。3歳年上の劉夫人と結婚。武勇に優れた彼女は夫が朱全忠に殺されそうになると、自ら軍を率いて窮地を救った。
・円融天皇
12歳年上の媓子と結婚した。夫婦関係は良好で会ったが、跡継ぎに恵まれず立后後6年で媓子は崩御した
フランス国王。8歳年上のベルトと結婚したが、彼女とは又従姉妹であったため近親相姦に当たるとされ、ローマ教皇に破門と引き換えに離婚させられた。しかし、離婚後もベルトを愛し続け関係は続いた。
・藤原道長
2歳上の正室倫子とは夫婦円満で多くの子宝に恵まれたことが出世に繋がった。
・一条天皇
・三条天皇
2歳年上の綏子、4歳年上の娍子を娶る。綏子は当初は寵愛を受けるも、愛を試すために氷を握らされ、変色した手を見て興ざめされるという理不尽な理由で寵愛を失う。娍子も寵愛を受け6人の子を儲けた。
9歳上の中宮威子以外の妻を娶らなかった。
・堀河天皇
中宮は19歳年上の叔母篤子。夫婦共に教養人であったために仲睦まじかった。天皇が若くして崩御すると篤子は出家した。
・鳥羽天皇
2歳上の中宮璋子の間に7人の子を儲け、彼女の死を看取った際には号泣した。
・二条天皇
病没した近衛天皇の中宮で3歳上の多子を寵愛した。夫の没後多子は出家し、二人の夫の菩提を祈った。
・世宗
遼の皇帝。12歳年上の甄皇后を寵愛した。聡明な妻の助言を聞き入れず、放蕩にふけった彼は従兄弟に暗殺された
・徽宗
北宋の皇帝。側室の顕粛皇后は3歳年上。身分は低かったが、美人で詩才の会った彼女は皇帝の寵愛を受けた。
・高倉天皇
平清盛の娘で13歳年上の徳子と結婚し、安徳天皇を儲けた。同時代に活躍した右京太夫によると夫婦仲は良好であった。
・平宗盛
平清盛の息子。1歳年上の妻清子が亡くなると深く悲しみ、官職を辞した。一方で妻の遺言に従いその遺児を大切に育て上げた
・寧宗
南宋の皇帝。3歳上の温和な韓皇后と6歳上の多芸多才な楊皇后と結婚し、二人は皇帝の寵愛を競った。
1歳上の妻ボルテと結婚した。チンギスが弱小武将であった頃からの妻は特別な存在であったようでチンギスの後継者は皆ボルテの息子である。
・藤原頼経
鎌倉幕府将軍。16歳年上の竹御所と結婚した。夫婦仲は円満だったが、男児を死産し亡くなったため、頼朝の直系は途絶えた
・ビルイェル
スウェーデン国王。3歳年上の王妃マルタと仲が良く、彼女は国政に大きな影響を与えた。一方で弟のエリクとは不仲であったため、妻と共謀して獄死させた。
フランス国王。1,2歳年上の妻ジャンヌが姦通の疑惑で幽閉された際も彼女を信じ続けたため、無事釈放された。
・足利義満
・李芳遠
朝鮮王。妃は2歳年上の元敬王后。当初は夫婦関係が良好で8人の子を儲けた。また、夫を暗殺の危機から救い、李氏朝鮮の建国に貢献した。しかし、夫が即位し後宮を持つようになると、夫婦仲は悪化した。
・世宗
朝鮮王。2歳年上の昭憲王后を深く愛し、10子を儲けた。父王が外戚を警戒し、昭憲王后を廃位しようとした際にも妃を守り抜いた。
・端宗
朝鮮王。妃は1歳年上の定順王后。政治闘争に巻き込まれ、16歳の若さで流刑・処刑された。妻は毎日朝夕、泣き叫んで夫の冥福を祈った。
・睿宗
朝鮮王。正室は1歳年上の恭恵王后。間に子はなかったが、心優しい彼女は後宮にも優しく接っした。正室が病に倒れると王は毎日彼女を見舞った。
・中宗
朝鮮王。正室であった1歳年上の端敬王后は即位後7日で廃位されてしまう。しかし、王は彼女のことを生涯愛し続け、妻の実家のある仁王山を毎日眺めた。それを知った王后は自分が良く来ていた服を山にかけた。
・フアン
アラゴン王。3歳上のマルタは穏やかな性格で短気な夫を度々なだめた。
ブルゴーニュ公。1歳年上の善良な妻ミシェルは夫によく尽くし、領民からも愛された。
・ルネ・ダンジュー
フランスの王族。ロレーヌ公。9歳年上の妻イザベルは聡明で夫と共同で統治に当たった。夫が敵と交戦中には自ら軍を率いて援護に向かう、夫が敵に捕らわれている間も国政や軍事を代わりに行うなどした。
・正統帝
明の皇帝。正妃は1歳年上の銭妃。彼女は夫を深く愛し、皇帝がモンゴル軍の捕虜となった際には宮中の財産を集めて身代金を払おうとするも失敗、悲しみから毎日泣き続け、左目が失明、足が不自由になった。解放された正統帝は軟禁状態になったが、その間銭妃は夫を慰め続けた。その後帝位に返り咲いた皇帝は妻との合葬を遺命したが果たされなかった。
・成化帝
明の皇帝。19歳年上の万皇貴妃を溺愛したが、嫉妬深い彼女は他の妃を悉く堕胎させた。彼女が亡くなった悲しみから皇帝は同年に没した。
神聖ローマ皇帝。2歳上のマリー・ド・ブルゴーニュと結婚しブルゴーニュ公となった。政略結婚であったが仲は良く、共に乗馬や狩猟に興じた。しかし、マリーが落馬事故で亡くなったため、5年で幸福な結婚生活は幕を閉じた。妻の死後マキシミリアンはローマ皇帝となる。
・アフォンソ
ポルトガル皇子。5歳上のイザベルと結婚した。夫婦関係は良好だったが、落馬事故で夭折した。イザベルは再婚しないことを宣言したが、ポルトガル国王マヌエル1世と結婚することとなった
フランスヴァロワ朝の国王。19歳年上の愛人ディアヌ・ポワティエにうつつを抜かし、正妻カトリーヌ・ド・メディシスを冷遇した。厳密には妻ではない。
オーストリア大公。秘密裏に2歳上の豪商の娘フィリッピーネと貴賤結婚した。フィリッピーネは豊富な薬学の知識を持ち、貧民の救済に努めた。
8歳年上の信子を寵愛し、後土御門天皇を儲けた。
5歳年上の朝子を寵愛し、後柏原天皇を儲けた。
・ヨハン3世
スウェーデン国王。兄王エリク14世の許しを得ず、11歳年上のポーランド王女カタジナと結婚したため謀反を疑われ投獄された。加えてロシアのイヴァン4世からも離婚を要求されたが、妻への愛を守り通した。解放され即位した彼の政治にも妻は大きな影響を及ぼした。
・織田信長
6歳年上の側室生駒吉乃を正室なみに優遇し、病に倒れた際には頻繁に見舞ったとされる。吉乃は不明な点が多く実は信長より年下ではないかとされることもある
・直江兼続
3歳上の船と結婚した。側室を持たなかったことから彼女への愛の深さが窺える。
・バッハ
1歳年上のマリア・バルバラと結婚。7人の子を儲けた。夫婦仲は円満であったが、彼女が急死したため再婚した。バッハは前妻と同じく後妻も深く愛し生涯20人の子を儲けた。
・ウィレム4世
オラニエ公、オランダ総督。2歳年上のアンと結婚した。彼女は国民からの人気が無かったが、残された手紙から夫婦仲は良かったことが窺える
・フェルナンド6世
スペイン王。妃のバルバラは2歳年上。不美人であった妻を初めて見たときは落胆したが、音楽を通じて良好な夫婦関係を築き、妻の死を深く悲しんだ
ロシアの軍人。10歳上の女帝エカチョリーナ2世の事実上の夫。二人は深い絆で結ばれ、ポチョムキンは妻を支え続けた。晩年は軽んじられるようになったが、彼が没するとを女帝は深く悲しんだ
神聖ローマ皇帝。2歳年上の妃マリア・ルドヴィカと結婚。美人で親切な彼女は夫に献身的であり、愛人にも優しく接した。貧者の救済も行い、「女性の美徳のモデル」と称された。
・上杉鷹山
1歳年上の未亡人マーサと結婚した。家庭的で穏やかな性格の彼女は夫に献身的に尽くした。独立戦争の最中には夫に同行し傷病兵の看護に当たった。
イギリスハノーバー朝の国王。6歳上の未亡人マリア・フィッツバードに夢中になり、秘密結婚した。正妻キャロラインのことは嫌っており、冷遇したため、国民は彼女に同情した。
イギリス首相。3歳年上のルイザと結婚した。ルイーザは病弱ながらも信心深く献身的で時には秘密文書をコピーするなどして夫の政治活動を支えた。彼女は貧者や病人の援助にも力を注いだ。
・ハンス・アンデルセン
童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンの父親。12歳上のアンネ・マリーと結婚した。
6歳上の美女ジョゼフィーヌと結婚した。ナポレオンが妻に熱烈な愛を向けたのに対し、ジョゼフィーヌは夫のラブレターを晒して笑いものにするなど、当初は良好とは言えない夫婦関係であった。跡継ぎに恵まれなかったため、二人は離婚したが、ジョゼフィーヌは皇后の称号を維持することが許され、二人の間に交流が続いた。ナポレオンは臨終の際に元妻の名を呼んだ。
アメリカ大統領。2歳年上の教師アビゲイルと結婚した。共に読書家であった二人の仲はよく、大統領就任後も妻に政治的アドバイスを求めた。ホワイトハウスに図書館を建設したのもアビゲイルである。
イギリス首相。12歳年上のメアリーと結婚。当初は金目当てで結婚したが、次第に愛し合うようになり、政敵グラッドストンですらその夫婦関係を模範的と称えた。
1歳上のいとこエマ・ウェッジウッドと結婚。エマは絵に描いたような良妻賢母で度重なる子の死に耐え、病弱な夫を支え続けた。
イギリスの首相。父からの激しい反対を押し切って3歳年上のジョージナと結婚したため、仕送りを停止され経済的苦境に陥った。生活費を稼ぐため政治記事の寄稿で稼いだが、聡明な妻は夫の執筆活動を支えた。首相就任後もジョージナは内気な夫に代わって社交界で活躍した。
・マネ
フランス印象派の画家。弟の家庭教師を務めていた2歳年上のピアノ奏者シュザンヌと恋仲になる。結婚に反対した父の死後二人は結ばれ、マネは妻をモデルとした絵を何点か残している。
南北戦争の英雄。2歳上の妻アニーは夫の死後生涯独身を貫いた。
・勝海舟
2歳上の民子と結婚。民子は奔放な夫を懸命に支え続けたが、最後は愛想を尽かしたようで勝のそばに埋めるなと言い残した。
・小松帯刀
維新の十傑の一人。7歳年上の妻近を深く愛した。日本で初めて新婚旅行に行ったのは坂本龍馬とされることが多いが実は小松帯刀である。
・明治天皇
・同治帝
清の皇帝。2歳年上の孝哲毅にうつつを抜かしすぎたため、母の西太后に引き離された。孤独を紛らわせるため、遊郭に通うようになりそこで梅毒に感染し死亡した
・ハリソン
アメリカ大統領。1歳年上のキャロラインと結婚。彼女はホワイトハウスの改修、女性の権利向上に貢献し、ホワイトハウス初の女性スタッフが雇われた。
イギリスの首相。4歳年上のシャーロットと結婚。夫婦は生涯にわたり親密であった。シャーロットは野心に欠ける夫の政治活動を支え、彼女の死後体調が悪化するようになった。
・エルガー
イギリスの作曲家。8歳年上のキャロライン・アリスと結婚。「愛の挨拶」は将来の妻のために捧げられた曲である。聡明なキャロラインはエルガーの音楽活動を生涯にわたって支え続けた。妻の死後彼の音楽活動は低迷した。
・ポワンカレ
・レーニン
1歳上のナデジダと結婚した。彼女はレーニンと共に革命運動に一生を捧げ、夫が病気に倒れた際も献身的に介護した。
・アルカポネ
1歳年上のメアリーと結婚した。彼女は両親の反対を押し切って結婚し、夫が投獄されると何通も手紙を書き頻繁に訪問した。稀代の大悪党だが、伴侶には恵まれたようだ
ドイツ出身の哲学者。4歳上のガードルートと結婚した。彼女がユダヤ人であったため、ナチスドイツから弾圧を受けたが、妻への愛を守り通した。夫婦で家に籠城し、強制収容所に送れられそうになる寸前で連合国軍が来て、夫婦の愛は引き裂かれずに済んだ。
ヒトラーの側近。5歳年上のカリンと結婚。二人は深く愛し合ったが、病弱な彼女は43歳で亡くなった。ゲーリングは彼女に因みカリンハルと命名された別荘を建設、自邸にもカリンの
記念品で埋め尽くされた自室を設置した。一方前妻だけでなく後妻エミーも深く愛した。
7歳上のアンケセナーメンと結婚。夫の死後彼女が捧げた花を墓の発掘者カーターは「どんな財宝よりも美しかった」と称えた。未亡人となったアンケセナーメンは後継者アイとの結婚を嫌がった。
・ネロ
7歳年上の美女ポッパエアを寵愛。彼女の死を深く悲しみ、当時の慣習であった火葬ではなく防腐処理をして霊廟に収めた。
25歳の時に15歳年上の未亡人ハディージャと結婚。天啓を受けたムハンマドを励まし予言者としての自覚を与えたのは他ならぬ姉さん女房のハディージャである。
・仁明天皇
1歳年上の淳子を寵愛し、文徳天皇を儲ける。
初代神聖ローマ皇帝。2歳年上の妃エドギタは美貌と信仰心を兼ね備え、彼女が若くして無くなると深く悲しんだ。
・ルイ4世
西フランク国王。7歳年上のジェルベルジュと結婚した。彼がバイキングに誘拐されたとき彼女は交渉により彼の解放を実現した。夫の死後は摂政として息子ロタールを支えた。
・円融天皇
12歳年上の媓子と結婚した。夫婦関係は良好で会ったが、跡継ぎに恵まれず立后後6年で媓子は崩御した
フランス国王。8歳年上のベルトと結婚したが、彼女とは又従姉妹であったため近親相姦に当たるとされ、ローマ教皇に破門と引き換えに離婚させられた。しかし、離婚後もベルトを愛し続け関係は続いた。
・藤原道長
2歳上の正室倫子とは夫婦円満で多くの子宝に恵まれたことが出世に繋がった。
・一条天皇
・三条天皇
2歳年上の綏子、4歳年上の娍子を娶る。綏子は当初は寵愛を受けるも、愛を試すために氷を握らされ、変色した手を見て興ざめされるという理不尽な理由で寵愛を失う。娍子も寵愛を受け6人の子を儲けた。
9歳上の中宮威子以外の妻を娶らなかった。
・堀河天皇
中宮は19歳年上の叔母篤子。夫婦共に教養人であったために仲睦まじかった。天皇が若くして崩御すると篤子は出家した。
・鳥羽天皇
2歳上の中宮璋子の間に7人の子を儲け、彼女の死を看取った際には号泣した。
・二条天皇
病没した近衛天皇の中宮で3歳上の多子を寵愛した。夫の没後多子は出家し、二人の夫の菩提を祈った。
・徽宗
北宋の皇帝。側室の顕粛皇后は3歳年上。身分は低かったが、美人で詩才の会った彼女は皇帝の寵愛を受けた。
・高倉天皇
平清盛の娘で13歳年上の徳子と結婚し、安徳天皇を儲けた。同時代に活躍した右京太夫によると夫婦仲は良好であった。
・平宗盛
平清盛の息子。1歳年上の妻清子が亡くなると深く悲しみ、官職を辞した。一方で妻の遺言に従いその遺児を大切に育て上げた
・寧宗
南宋の皇帝。3歳上の温和な韓皇后と6歳上の多芸多才な楊皇后と結婚し、二人は皇帝の寵愛を競った。
1歳上の妻ボルテと結婚した。チンギスが弱小武将であった頃からの妻は特別な存在であったようでチンギスの後継者は皆ボルテの息子である。
・藤原頼経
鎌倉幕府将軍。16歳年上の竹御所と結婚した。夫婦仲は円満だったが、男児を死産し亡くなったため、頼朝の直系は途絶えた
・ビルイェル
スウェーデン国王。3歳年上の王妃マルタと仲が良く、彼女は国政に大きな影響を与えた。一方で弟のエリクとは不仲であったため、妻と共謀して獄死させた。
フランス国王。1,2歳年上の妻ジャンヌが姦通の疑惑で幽閉された際も彼女を信じ続けたため、無事釈放された。
・足利義満
・李芳遠
朝鮮王。妃は2歳年上の元敬王后。当初は夫婦関係が良好で8人の子を儲けた。また、夫を暗殺の危機から救い、李氏朝鮮の建国に貢献した。しかし、夫が即位し後宮を持つようになると、夫婦仲は悪化した。
・世宗
朝鮮王。2歳年上の昭憲王后を深く愛し、10子を儲けた。父王が外戚を警戒し、昭憲王后を廃位しようとした際にも妃を守り抜いた。
・端宗
朝鮮王。妃は1歳年上の定順王后。政治闘争に巻き込まれ、16歳の若さで流刑・処刑された。妻は毎日朝夕、泣き叫んで夫の冥福を祈った。
・睿宗
朝鮮王。正室は1歳年上の恭恵王后。間に子はなかったが、心優しい彼女は後宮にも優しく接っした。正室が病に倒れると王は毎日彼女を見舞った。
・中宗
朝鮮王。正室であった1歳年上の端敬王后は即位後7日で廃位されてしまう。しかし、王は彼女のことを生涯愛し続け、妻の実家のある仁王山を毎日眺めた。それを知った王后は自分が良く来ていた服を山にかけた。
・フアン
アラゴン王。3歳上のマルタは穏やかな性格で短気な夫を度々なだめた。
・ルネ・ダンジュー
フランスの王族。ロレーヌ公。9歳年上の妻イザベルは聡明で夫と共同で統治に当たった。夫が敵と交戦中には自ら軍を率いて援護に向かう、夫が敵に捕らわれている間も国政や軍事を代わりに行うなどした。
・正統帝
明の皇帝。正妃は1歳年上の銭妃。彼女は夫を深く愛し、皇帝がモンゴル軍の捕虜となった際には宮中の財産を集めて身代金を払おうとするも失敗、悲しみから毎日泣き続け、左目が失明、足が不自由になった。解放された正統帝は軟禁状態になったが、その間銭妃は夫を慰め続けた。その後帝位に返り咲いた皇帝は妻との合葬を遺命したが果たされなかった。
・成化帝
明の皇帝。19歳年上の万皇貴妃を溺愛したが、嫉妬深い彼女は他の妃を悉く堕胎させた。彼女が亡くなった悲しみから皇帝は同年に没した。
神聖ローマ皇帝。2歳上のマリー・ド・ブルゴーニュと結婚しブルゴーニュ公となった。政略結婚であったが仲は良く、共に乗馬や狩猟に興じた。しかし、マリーが落馬事故で亡くなったため、5年で幸福な結婚生活は幕を閉じた。妻の死後マキシミリアンはローマ皇帝となる。
・アフォンソ
ポルトガル皇子。5歳上のイザベルと結婚した。夫婦関係は良好だったが、落馬事故で夭折した。イザベルは再婚しないことを宣言したが、ポルトガル国王マヌエル1世と結婚することとなった
フランスヴァロワ朝の国王。19歳年上の愛人ディアヌ・ポワティエにうつつを抜かし、正妻カトリーヌ・ド・メディシスを冷遇した。厳密には妻ではない。
オーストリア大公。秘密裏に2歳上の豪商の娘フィリッピーネと貴賤結婚した。フィリッピーネは豊富な薬学の知識を持ち、貧民の救済に努めた。
8歳年上の信子を寵愛し、後土御門天皇を儲けた。
5歳年上の朝子を寵愛し、後柏原天皇を儲けた。
・ヨハン3世
スウェーデン国王。兄王エリク14世の許しを得ず、11歳年上のポーランド王女カタジナと結婚したため謀反を疑われ投獄された。加えてロシアのイヴァン4世からも離婚を要求されたが、妻への愛を守り通した。解放され即位した彼の政治にも妻は大きな影響を及ぼした。
・直江兼続
3歳上の船と結婚した。側室を持たなかったことから彼女への愛の深さが窺える。
・バッハ
1歳年上のマリア・バルバラと結婚。7人の子を儲けた。夫婦仲は円満であったが、彼女が急死したため再婚した。バッハは前妻と同じく後妻も深く愛し生涯20人の子を儲けた。
・フェルナンド6世
スペイン王。妃のバルバラは2歳年上。不美人であった妻を初めて見たときは落胆したが、音楽を通じて良好な夫婦関係を築き、妻の死を深く悲しんだ
ロシアの軍人。10歳上の女帝エカチョリーナ2世の事実上の夫。二人は深い絆で結ばれ、ポチョムキンは妻を支え続けた。晩年は軽んじられるようになったが、彼が没するとを女帝は深く悲しんだ
神聖ローマ皇帝。2歳年上の妃マリア・ルドヴィカと結婚。美人で親切な彼女は夫に献身的であり、愛人にも優しく接した。貧者の救済も行い、「女性の美徳のモデル」と称された。
・上杉鷹山
1歳年上の未亡人マーサと結婚した。家庭的で穏やかな性格の彼女は夫に献身的に尽くした。独立戦争の最中には夫に同行し傷病兵の看護に当たった。
イギリスハノーバー朝の国王。6歳上の未亡人マリア・フィッツバードに夢中になり、秘密結婚した。正妻キャロラインのことは嫌っており、冷遇したため、国民は彼女に同情した。
イギリス首相。3歳年上のルイザと結婚した。ルイーザは病弱ながらも信心深く献身的で時には秘密文書をコピーするなどして夫の政治活動を支えた。彼女は貧者や病人の援助にも力を注いだ。
・ハンス・アンデルセン
童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンの父親。12歳上のアンネ・マリーと結婚した。
6歳上の美女ジョゼフィーヌと結婚した。ナポレオンが妻に熱烈な愛を向けたのに対し、ジョゼフィーヌは夫のラブレターを晒して笑いものにするなど、当初は良好とは言えない夫婦関係であった。跡継ぎに恵まれなかったため、二人は離婚したが、ジョゼフィーヌは皇后の称号を維持することが許され、二人の間に交流が続いた。ナポレオンは臨終の際に元妻の名を呼んだ。
アメリカ大統領。2歳年上の教師アビゲイルと結婚した。共に読書家であった二人の仲はよく、大統領就任後も妻に政治的アドバイスを求めた。ホワイトハウスに図書館を建設したのもアビゲイルである。
イギリス首相。12歳年上のメアリーと結婚。当初は金目当てで結婚したが、次第に愛し合うようになり、政敵グラッドストンですらその夫婦関係を模範的と称えた。
1歳上のいとこエマ・ウェッジウッドと結婚。エマは絵に描いたような良妻賢母で度重なる子の死に耐え、病弱な夫を支え続けた。
イギリスの首相。父からの激しい反対を押し切って3歳年上のジョージナと結婚したため、仕送りを停止され経済的苦境に陥った。生活費を稼ぐため政治記事の寄稿で稼いだが、聡明な妻は夫の執筆活動を支えた。首相就任後もジョージナは内気な夫に代わって社交界で活躍した。
・マネ
フランス印象派の画家。弟の家庭教師を務めていた2歳年上のピアノ奏者シュザンヌと恋仲になる。結婚に反対した父の死後二人は結ばれ、マネは妻をモデルとした絵を何点か残している。
南北戦争の英雄。2歳上の妻アニーは夫の死後生涯独身を貫いた。
・勝海舟
2歳上の民子と結婚。民子は奔放な夫を懸命に支え続けたが、最後は愛想を尽かしたようで勝のそばに埋めるなと言い残した。
・小松帯刀
維新の十傑の一人。7歳年上の妻近を深く愛した。日本で初めて新婚旅行に行ったのは坂本龍馬とされることが多いが実は小松帯刀である。
・明治天皇
・同治帝
清の皇帝。2歳年上の孝哲毅にうつつを抜かしすぎたため、母の西太后に引き離された。孤独を紛らわせるため、遊郭に通うようになりそこで梅毒に感染し死亡した
・ハリソン
アメリカ大統領。1歳年上のキャロラインと結婚。彼女はホワイトハウスの改修、女性の権利向上に貢献し、ホワイトハウス初の女性スタッフが雇われた。
イギリスの首相。4歳年上のシャーロットと結婚。夫婦は生涯にわたり親密であった。シャーロットは野心に欠ける夫の政治活動を支え、彼女の死後体調が悪化するようになった。
・エルガー
イギリスの作曲家。8歳年上のキャロライン・アリスと結婚。「愛の挨拶」は将来の妻のために捧げられた曲である。聡明なキャロラインはエルガーの音楽活動を生涯にわたって支え続けた。妻の死後彼の音楽活動は低迷した。
・ポワンカレ
・レーニン
1歳上のナデジダと結婚した。彼女はレーニンと共に革命運動に一生を捧げ、夫が病気に倒れた際も献身的に介護した。
ドイツ出身の哲学者。4歳上のガードルートと結婚した。彼女がユダヤ人であったため、ナチスドイツから弾圧を受けたが、妻への愛を守り通した。夫婦で家に籠城し、強制収容所に送れられそうになる寸前で連合国軍が来て、夫婦の愛は引き裂かれずに済んだ。
ヒトラーの側近。5歳年上のカリンと結婚。二人は深く愛し合ったが、病弱な彼女は43歳で亡くなった。ゲーリングは彼女に因みカリンハルと命名された別荘を建設、自邸にもカリンの
記念品で埋め尽くされた自室を設置した。一方前妻だけでなく後妻エミーも深く愛した。
アメリカの作家。18歳年上のシシーと結婚。彼女の死後悲しみから酒浸りになり自殺未遂を図るなどしたが、周囲の支えで復帰した。
アメリカの作家。クトゥルフ神話の作家。10歳年上のソニアと結婚した。夫人は事業が失敗した後も就職のために移住し、夫に仕送りを続けるなど献身的であった。しかし、親族の反対などが原因で離婚した。その後も文通を続けるなど関係は良好であった。
3歳上のエディスと結婚。彼女とのデートから着想を得て、ベレンとルーシエンの恋物語が創られた。
・スカルノ
11歳上のインギットと結婚した。彼女は夫の独立運動を支えたが、一夫多妻制を拒否して離婚した。
ノルウェー国王。3歳年上のモードと結婚。彼女は慈善活動、芸術家への支援を行った。
ノルウェー国王。2歳年上のマッタと結婚。美人で明るい彼女は誠実な夫と共に国民から絶大な人気を誇った。ナチスドイツの侵略の際には海外亡命し、国際的援助を呼びかけた。
・ダリ
10歳上のガラと結婚。ガラは若いアーティストとの不倫を繰り返したが、ミューズ、マネージャーとして夫の創作に貢献し、彼女が亡くなるとダリは創作を辞めてしまった。
・崔 圭夏
韓国大統領。3歳年
日本共産党が今、党首交戦制を公に主張した党員を除名した件で各方面から激しい批判を浴びている。
批判の道筋はもっともな内容であるけれど、日本共産党がそういう組織運営を行ってきた政党であることは、多少知識のある者なら昭和の昔からみんな知っていることだ。
それが朝日新聞や東京新聞まで批判の論陣を張る大きな流れになっている。
結論から言うと、広範囲な左派・リベラル圏の主導的地位をめぐる大綱引き合戦が起こっているのだろう、と思われる。
戦後の左派ムーブメントは大きく、共産党系と非共産党系に担われてきた。朝日などが推す左派リベラル系の運動は、どちらかと言えばより間口の広い非共産党系人脈に軸足を置いていた。共産党は場合によっては共闘相手にもなったが、新左翼などにとっては不倶戴天の敵だった。要は本流じゃなくクセの強い独自路線の傍流だった。
それが今、左派リベラル圏の軸として期待されてきた立憲民主党あたりがどうもあてにならなくなって、その分共産党系の比重が増してきている。そんな状況に対して、非共産党系の支持者から「左派リベラル全体を仕切りたいなら、党内体制どうにかしろや。今のままじゃ認められん」という声が起こっているのだろう。
再投稿です
・タスカルーサ~1540
ミシシッピ先住民の首長。スペイン人征服者エルナンド・デ・ソトと交戦し、戦死した。ミシシッピ先住民はチョクトー、マスコギー族の祖先である。
・オペチャンカノウ1544~1646
ポウハタン族の酋長。ポカホンタスの叔父。1622年と1644年に白人への大襲撃を行った(第二次・第三次ポウハタン戦争)が、捕らえられ処刑された。
・ササカス1560~1637
ピクォート族の酋長。ピクォート族は白人男性を殺害したと濡れ衣を着せられ、襲撃を受ける。1836年から翌年にかけてピクォート戦争を戦うも、敗北、ササカスはモヒガン族に殺された。ピクォート族は数百人が虐殺、奴隷化され、一時期は絶滅認定を受けるまでに激減した。ピクォート戦争で白人に協力したナラガンセット族も後のフィリップ王戦争で白人に虐殺されることとなる。
・ポペ1630~1692
プエブロ族の魔術師。スペインの宗教弾圧に対し、1680年一斉蜂起を起こす。スペイン人を駆逐したプエブロ族は独立国家を築くが、ポペの死後内部分裂しスペインに降伏した。
南部タスカローラ族の酋長。白人の土地侵奪、奴隷狩りに反発し、タスカローラ戦争(1711~15)を起こす。しかし、北部タスカローラに裏切られ、白人に引き渡され処刑された。
アベナキ族の酋長。フランス人神父セバスチャン・ラルと結託し、マサチューセッツ植民地総督へダマー戦争(1722~1725、ラル神父戦争、グレイ・ロック戦争ともいう)を仕掛ける。ラル神父は戦死し、和平が成立した後も散発的に植民地への攻撃を続けた
ワンパノアグ族の酋長。ピリグリム・ファザーズを助けた心優しきマサソイト酋長の息子。白人の貪欲な土地略奪に耐えかね、交戦した(フィリップ王戦争1765~66)。メタカムは戦死、遺体は戦利品としてバラバラにされ、妻子は奴隷として売り飛ばされた。数千人のインディアンが死亡し、白人の勝利に終わった。
・オブアンディヤック1720~69
オタワ族の酋長。英名ポンティアック。交易を制限したイギリス人たちに不満を抱き、オジブワ族、ポタワトミ族などと連合し攻撃をしかけた(ポンティアック戦争1763~65)。白人を追い出すことには失敗したが、イギリス政府は政策変更を余儀なくされ、インディアン保護区を制定した。オブアンディヤックは白人では無く、対立する部族のピオリア族に暗殺された。
ショーニー族の酋長。1774年ダンモア卿の戦争で白人と戦った。アメリカ独立戦争ではショーニー族の中立に努め、ランドルフ砦のアメリカ人を訪問した際に拘束され処刑された。
チェロキー族の戦士。アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。独立戦争後は他部族へ同盟を呼びかけながら、アメリカと戦った。チョクトー族、マスコギー族との同盟を祝う最中に心臓発作で亡くなった。
・リトルタートル(1747~1812)
マイアミ族の酋長。アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦い、オーギュスタン・ド・ラ・バルム大佐を戦死させた。独立戦争後はワイアンドット、ショーニー、チェロキー等と北西インディアン同盟を結びアメリカと戦った。(北西インディアン戦争1785~1795)。ハーマー作戦で勝利したほか、アーサー・セントクレア少将を破り、戦死者600名の大損害を与えた。しかし、フォールン・ティンバーズの戦いで敗北し降伏した。
ショーニー族の戦士。アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。北西インディアン戦争でも活躍し、ハーマー作戦、セントクレアの敗北で活躍したが、フォールン・ティンバーズの戦いで敗北した。
レナペ族の酋長。アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争でアメリカと戦い、セントクレア将軍を破ったが、フォールン・ティンバーズの戦いで敗れた。
・エグシャワ1726~1796
オタワ族の酋長。アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争でアメリカと戦い、フォールン・ティンバーズの戦いで負傷した
・テカムセ1768~1813
ショーニー族の酋長。白人の侵略に対し、インディアン全体の団結を広く呼びかけた。ティッペカヌーの戦いで敗れたが、抵抗を諦めず、米英戦争でイギリスと組んでアメリカと交戦した。デトロイド包囲戦で米軍を破り、メグス包囲戦でも攻略には失敗したものの損害を与えた。しかし、テムズの戦いで戦死し、彼の壮大な夢は叶うことが無かった。ちなみにテカムセと米英戦争で敵対したウィリアム・ハリソンは1841年9代目大統領に就任するが、わずか31日で病死した。
マスコギー族の戦士。1811年の大地震を白人と戦えというメッセージと解釈し、交戦派レッド・スティックスを率いクリーク戦争(1813~14)を戦った後に降伏した。ちなみにクリーク戦争で活躍したジャクソン大統領は後に7代目大統領に就任、インディアンへの弾圧・虐殺を行った。
・メナワ1765~40頃
マスコギー族の戦士。レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争を戦い、戦後も土地割譲に同意した酋長を暗殺するなど強制移住に抵抗し続けた。
マスコギー族の戦士。レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争で活躍、バーントコーンの戦いで米軍に勝利した。
ウィネベーゴ族の酋長。白人に対して友好的であったが、鉱山労働者の横暴に耐えかね、1827年ウィネベーゴ戦争を起こした。米軍に敗れ、翌年獄死した。
・ブラック・ホーク(1767~1838)
ソーク族の酋長。白人の土地侵略に対し、1832年フォックス族、ポタワミ族と結託してブラックホーク戦争を起こした。しかし、この戦いはインディアンが数百人殺される悲惨な結果に終わり、ブラックホークは降伏し、捕虜となった。
・オセオラ1804~38
セミノール族の戦士。強制移住に反発し、第二次セミノール戦争(1835~42)が勃発した。ゲリラ戦法に苦しめられた米軍は和平交渉を行い、交渉の場に向かったオセオラを捕らえた。彼はその後獄死したが、セミノール族の怒りは収まらず、戦争は続いた。なお、セミノール族の一部はフロリダの奥地に居座り続け、現在に至るまでアメリカに降伏していない
セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争で活躍し、デイドの戦いで100人の米兵を戦死させた。
・ビリー・ボウレッグス1810頃~1859
セミノール族の酋長。オセオラが獄死した後も第二次セミノール戦争を継続し、オキチョビー湖の戦いで勝利するなど活躍した。第三次セミノール戦争でも米軍を苦しめたが、強制移住に従った。
セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争に加わり、オキチョビー湖の戦い、ロクサハッチーの戦いで米軍に勝利した。
・バッファロー・ハンプ1800頃~1867頃
コマンチ族の戦士。同朋が虐殺された報復に1840年の大襲撃を行った。43年テキサス政府と和平を結び、晩年は農夫として暮らした。
・ワルカラ1808~55
ユート族の戦士。その知恵と武勇から「砂漠のナポレオン」「史上最大の馬泥棒」と呼ばれた。モルモン教徒入植者と対立し、1853年から翌年にかけてワルカラ戦争と呼ばれる一連の襲撃を行った。
・フレチャス・ラヤダス
ヒカリラ・アパッチ族の戦士。シエネギラの戦いでアメリカ軍を破った
・カミアキン1800~1877
ヤキマ族の戦士。白人探鉱者との対立からヤキマ戦争(1855~58)を闘った。降伏を拒否してフラットヘッド族の下に逃れた後に故郷に帰還し、最期まで立ち退きを拒んだ。
・レスキ1808~58
ニスカリー族の酋長。白人の土地侵奪に反発し、ピージェット湾戦争(1855~56)を闘ったが、捕らえられ処刑された。
・テカムタム?~1864
アサバスカ族の酋長。鉱山労働者たちの横暴に反発し、ロングリバーウォー(1855~56)を戦い敗れた。
・カイルーク
モハベ族の酋長。当初は白人に対して友好的だったが、モハベ戦争(1858~59)を戦うようになった。降伏し捕らえられるも、脱走を図ったため射殺された
・ヌマガ1830~71
パイユート族の酋長。白人との平和を望んでいたが、探鉱者たちがパイユート族の食料を奪ったため、1860年パイユート戦争を戦った。敗戦後も白人と部族の平和のために生涯を捧げた。
・マヌエリト1818~93
ナバホ族の戦士。1860~66年までアメリカ政府の土地収奪と強制移住政策に抵抗し続けたが、後に降伏し、移住を受け入れた。
ティンパノゴス族の酋長。モルモン入植者と対立し、1865年ユタ、パイユート、ナバホと結託しブラックホーク戦争を仕掛けた(ソーク族のブラックホーク戦争とは別)。70年にアントンガは結核で亡くなるが、72年まで闘争は続いた
・マンガス・コロラダス1793~1863
アパッチ族の酋長。1830年代家族や同朋をメキシコ人に虐殺されたため、米墨戦争ではアメリカと組んでメキシコと戦った。後に後述のコーチーズと共に米軍と戦った。和平交渉の最中に捕らえられ、処刑された。
・コーチーズ1805~1874
アパッチ族の酋長。マンガスの義理の息子。1861年入植者の息子を誘拐したというあらぬ疑いをかけらたことがきっかけで1872年に和平が成立するまで白人たちと死闘を繰り広げた。
ダコタ・スー族の酋長。白人に対して従順であったが、1862年飢餓に耐えかね一斉蜂起を起こし敗れた。翌年逃亡先で農夫に発見され射殺された。
カイオワ族の酋長。第一次アドビ壁の戦いでアメリカ軍に勝利した。
カイオワ族の戦士。第一次アドビ壁の戦いで活躍したほか、ウォレン・ワゴン・トレインの襲撃も成功させるなど戦果を挙げた。第二次アビド壁の戦いに関与し、1874年に逮捕され、投身自殺した。
カイオワ族の戦士。ウォレン・ワゴン・トレインの襲撃など軍事基地、幌馬車、入植地への襲撃を多数成功させたが、1870年逮捕され、翌年逃亡を図り殺された。
・ローン・ウルフ1820頃~79
カイオワ族の酋長・交渉によりウォーレンワゴン・トレイン襲撃で逮捕されたホワイト・ベア、ビッグ・ツリーの釈放を実現した。1873年息子と甥が白人に殺されたことがきっかけで闘争を開始。クアナ・パーカーと組んでレッド・リバー戦争を戦ったが、降伏した。なお、ビッグ・ツリーは他のカイオワ戦士と違い、レッド・リバー戦争に参加していない
シャイアン族の戦士。強制移住に反発し、スー、アラパホと結託してコロラド戦争(1864~65)を戦う、ジュールズバーグの戦い、プラット橋の戦いで白人に勝利するなど活躍した。和平派が強制移住にしたがった後も白人と戦い続け、1868年ビーチャ島の戦いで戦死した。酋長ではないが、勇猛さとカリスマ性から白人から酋長であると誤解された。
ラコタ・スー族の戦士。ララミー砦からモンタナへの金鉱に向かう道路建設に反発し、シャイアン、アラパホと結託してレッドクラウド戦争を戦った(1866~68)。米軍は道路建設を諦め、砦を放棄したため、和解が成立。レッドクラウドは居留地に入り晩年はキリスト教に改宗した。
ラコタ・スー族の戦士。レッドクラウド戦争に参加した。戦後敵対するショショーニ族と交戦し、戦死した。
・ヤングマン・アフレイド・オブ・ヒズホース(彼のウマを恐れる若者)1836~1893
ラコタ・スー族の戦士。レッドクラウド戦争に参加、ウーンデッドニーの虐殺後はアメリカ政府の平和交渉に当たった。
モードック族の酋長。居留地への強制移住に反発し、複雑な地形を利用して装備、戦力で勝る米軍を苦戦させた。(モードック戦争1872~1873)戦争の途中の和平交渉が決裂し、エドワード・キャンビー少将が殺害されたため、インディアン戦争で米軍将軍が殺された唯一の戦いとなった。降伏し絞首刑に処されたキャプテン・ジャックの遺体は見世物とされた。
モードック族の戦士。モードック戦争に加わり、サンドビュートの戦いで勝利した
コマンチ族の酋長。スペイン人の鎖帷子を身にまとって戦い、勇名をはせた。しかし、彼の防備はリトルローブクリークの戦いではライフル弾を防げず、戦死した。
・ペタ・ノコナ1820頃~1864
コマンチ族の酋長。アイアンジャケットの息子。1836年パーカー砦を襲撃し、白人女性シンシア・パーカーを誘拐、妻とする。1860年ピーズ川の戦いで敗れ妻を連れ戻された悲しみと戦傷から亡くなった。
今世界を破滅の縁に追いやっているのはアファーマティブ・アクション、パリテ、クォーター制で下駄を履いた女性です。
✓「断って置くが以下はアジアのことではない。我が米欧のいま、答えて貰おうという意の電報だ。私にはどのように理会したら宜いのか、また私、男性が断下すべきより当の女性自身が答える可きであろうものからだ。今世界を危急に追い込んでいる要所要所に女性が目につく。欧州委員長、欧州各国首班、外相、我がL.A.都市圏監督委、国務省副相……。いかに破局を回避するかに意識全く向かわず、交戦を呼びかけ、財布に相談せず戦争に持ち出し続け、凡ゆる極端な政策を打ち出し、アジア人は蟲も同然との意識を隠し、挑発者を物色する。これらは全て女性なのである。加えてこれらを指摘しようものなら、女性差別と石もて投げられるか、邸の前を取り囲み、火をつける。男女に関係なく能力ある者ない者はいる。だが丸で全ての女性は能力があるかのようなこの永年の雰囲気、無答責を与えてきたことに、こんにちの窮地は生じてはいやしまいか?。男女同権の意味が私にはさっぱり分からない。