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はてなキーワード: 時間的とは

2021-05-01

anond:20210501085920

専業のほうが時間的に余裕があるのはたしかだろうが、精神的に余裕ができるかどうかは本人のキャパと、まわりに頼れる環境があるかどうかの違いが大きいと思う。

自分主体ではあるが、いざというときはなんとかなる、っていう状況になれるか。

あほとんど運だよ。

ハズレを引かないためにはそもそも引かない以外の選択肢がない。

確率アップボーナスはいろいろあるかもしれないがそれが運。

2021-04-26

ゴールドジムは全館休業して今すぐ返金しろ。金返せドロボウ

緊急事態宣言で、百貨店スポーツジムに休業要請が出ているのに、ほぼ通常通り営業をしているジムがある。

ゴールドジムとエニタイムフィットネスだ。

特にゴールドジムのやり方は狡猾で、一部の大規模店舗だけを臨時休業にして、他店舗は通常通り営業する予定だという。

https://www.goldsgym.jp/news/11888

なぜこんな回りくどいことをするのか?

返金処理がなるべく起きないようにしたいのだ。

大規模店舗の会員はエリア会員、マスター会員という会員種別の人が多い。これは、エリア内の複数店舗を使える会員種別だ。

大規模店だけ臨時休業にすれば、これらの会員に対しては、他店舗の利用を促すことで返金処理を回避できる。

一方、中小規模の店舗ではレギュラー会員と言って、その店舗しか使えない会員がほとんどであるため、ここで臨時休業をすると面倒な返金処理が大量に発生するわけだ。

しかし、ゴールドジムに通っているようなストイックマッチョが、緊急事態宣言が出たからといって、ジムに通うのをやめるわけもない。中小規模店舗に人が流れ込むことになり、さらに、24時間営業でないところがほとんどなので、時間的分散もなくなる。

時間空間の両面で人の分散がなくなり密な空間が生まれることは必至だ。

そもそも、大規模店は24時間営業のところが多く、面積も広いのだから、大規模店の方こそ営業すべきだろ。

こんな搦め手を使うのはやめて全面休業しておとなしく返金するか、大規模店も営業継続してくれよ。マジで

anond:20210425210135

元増田末梢血幹細胞提供日記を読んだので、のっかってみる。元増田家族提供、私は骨髄バンク経由なのだけど、日記の内容は殆ど違いがない。

「あー、そうだったそうだった」と思いながら書いている。

私の時はだいたい

入院初日(水曜日):健康診断自由時間→夕飯→自由時間→寝る

・2日目~4日目:朝一採血・回診→飯→9時頃G-CSF自由時間→昼飯→自由時間(朝の採血結果をこのあたりで聞く。)→夕飯→自由時間→寝る

・5日目:朝一採血・回診→飯→G-CSF10時ごろ末梢血幹細胞採取開始~13時過ぎ終了→車椅子で部屋に戻る(昼飯は時間が過ぎているので、院内売店で事前に購入しておく)→自由時間→夕飯→自由時間→寝る

・6日目:採血・回診→「既に患者さんには投与されました。必要量あったので問題なしです。明日退院」→昼飯→自由(以下略)

・7日目:退院→帰り道で宝くじを買う→家に帰る

・8日目:出社

みたいな流れであった。暇すぎる。

ドナーになるとどうなるか?

1. ドナー手帳交付される。 https://www.jmdp.or.jp/documents/file/02_donation/donor_techo202008.pdf みたいなやつ。

 これは骨髄移植でも末梢血幹細胞提供でも中身はおなじ。家族提供でも同じものをもらうみたい。ここに注意事項とか記載されている。

自分提供スケジュールとか、提供までの緊急連絡先(事故などで提供できなくなった場合バンク病院への連絡先)を書く。

2. 骨髄バンク経由の場合、かなり頻繁にコーディネータから現状確認電話がある。風邪引いてないかとか、不安はないかとか。オカンかってくらい心配される。

3. 骨髄バンク経由の場合提供にかかる費用原則負担しない。

私の場合田舎にすんでいるのだが、ドナー候補者としての説明(これだけ最寄りの大規模な病院であった)、提供意思確認提供後1ヶ月検診まで、提供のために必要となった交通費支給された。入院中、個室になったがこれも私は負担していない。

 患者さんが個室料金を負担されたようだが、高い負担で大変だなと思う。ドナー健康な体なので病院側としても病人怪我人と同じ部屋にするのにリスクを感じるのだろうな。

4. 骨髄バンク経由の場合提供後に事実証明する書類を発行してくれる。近年は市区町村条例で骨髄・末梢血幹細胞提供すると補助金を出してくれたり、医療保険請求できる場合があるが、このとき使用する書類である

・これまで質問されたことがある質問と、それへの回答

1. なぜ提供したのか? …… ①骨髄バンクのことは過去何度か献血をするなかで、パンフレットなどをよくみたため知っていた。 ②知人がバンク経由で骨髄移植を受けて復職した。 提供してみようと思ったのはそういう理由

2. 骨髄提供か、末梢血幹細胞選択できるか? …… 原則できない。どちらが患者さんの状況に適しているのか、によって採取する方法が決定される。

3. 仕事はどうしたのか? ……有給使用した。提供時期はたまたま忙しくない時期だった。これもまた、患者さんの状況によって決定される。このあたり、ドナー選定時に確認されるため、「忙しいけど提供させられた!」みたいなことはない。提供できるような時間的余裕があるときにだけ応じたらよい。

4. 入院中は何してた? ……自由時間はだいたい読書動画。個室なのでテレビカードなくても見放題だったが。あと、飲酒喫煙を除き飲食殆ど制限がないので、おやつ食ってもいい。

元増田も書いているが、ドナーには医療上の特別制限ほとんどない。病院入院上のルールくらい。なお、入浴は他の患者さんとの調整が必要なので、若干制限されることがあるかも。

5. 提供中は何してるの? ……末梢血幹細胞提供は両腕に針刺して、片方から血を抜き、幹細胞を分離してからもう片方の腕に返すため、なにもできない。

  暇潰しの準備をするようアドバイスされる。元増田も書いているが、タブレットとかノートパソコンを持ち込んでもいいし、飲食も準備しておけば手伝ってもらえる(今はどうなんだろう、コロナの件もあるからだめかも?)

ちなみに、そうやって暇潰しの準備をしたが、立ち会いの血液内科医看護師お話しするほうが面白かった。

6. G-CSFってなに? どうなるの?……簡単に言えば、血液中に幹細胞などをたくさん放出させるためのお注射インフルエンザ予防接種くらいの痛み。毎日注射してもらう腕を交互に変えてもらった。

あと、3日目くらいから、骨のいたみがあった。私の場合は腰だけでなく、胸の間の骨(胸骨圧迫するときに手をあてるあたり)。この痛みはロキソニンが欲しくなるくらいズキズキくる。

  注射を止めて1週間くらいまで残った。

7. 宝くじあたった? ……全部外れた。

・ 今どうしているか

1. 患者さんとドナーとは1年間で2回まで手紙のやりとりができるが、1回だけした。正直書きたいこととかはあんまりなかったし、どうされているかとかもあまり知りたくない。患者さんが元気になってくれればと思うだけ。

2. ドナー登録は削除した。提供後は自動的に保留となるが、1年経過後はまたドナー候補となる。これ以上提供しようって気にはならない。

 これは患者さんがどうとか今回の提供がどうとかっていうより、自分家族のことを考えての判断。あと、ドナー候補に選定されてから、抹消血幹細胞提供しおえて採取から車椅子で運びだされる瞬間までの緊張感(何かあったら患者さんの命が! とか思うと、寝られん日もあった)はけっこうつらい。

3. 厚生労働大臣感謝状を貰ったが、スッポンスッポンする賞状入れの筒にはいったまま。飾ってどうってはなしでもないしね。

4. 市町村補助金を頂戴した。上でも書いているが、市区町村条例で骨髄・末梢血幹細胞提供すると補助金を出してくれる場合がある。ドナーとして活動するために必要な日数×単価みたいな内容なので、1ヶ月後の検診もカウントしていただいた。あと医療保険ドナー給付金も。頂けるものは頂いた。

 上記の緊張感とか仕事を調整することの負担を考えると、こんなお金を目当てにするのは割にあわないと思うよ。

5. 献血は、ドナーとして選定されてから提供半年くらいまでできない。半年ちょっとたってから再開した。最後献血したときとかわらず、とくに異常はなかった。

おしまい

大腸検査のための下剤、まだ500ml残ってるけど時間的にはあと五分で飲み切らないといけない。でも正直現時点でお腹いっぱいでこれ以上飲んだら吐きそう。

2021-04-25

anond:20210425111257

フル勃起まで常人より時間的猶予があるから別のことを考えていれば大抵収まりつくで

2021-04-23

うつ病診断されて会社を辞めて復帰するまでの話

軽度ではあるものの、人生初のうつ病の診断を受けて休職期間を経て会社を辞めることになった。一応復帰することができたので、振り返りも兼ねて経緯を記しておく。

私のうつ病仕事に起因するものなので、同じように仕事で悩んでいる人や、実際にうつ病休職している人の参考になれば幸いである。

自分スペック世間一般的には高いほうだと思うので、そういう意味では参考にならない部分もあるということは前もって断っておく)


【私のスペック

・男 30代

・既婚(子供はいない)

旧帝大

職歴中小企業2社、大企業2社(システムエンジニア事業会社企画・開発などを経験


うつ病と診断されて休職するまでの経緯】

スペックを見てもらえばわかる通り、飽きっぽい性格のためか同年代比較して転職回数は多めだと思う。

ちなみに過去転職理由は、年収を上げたいとか、業界を変えてみたい、という理由によるもので、今回のようなネガティブ理由によるものではなかった。

直近の会社の在籍期間は3年ほどで、過去会社比較すると一番長く勤めていた。

主にDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するような部署所属しており、私はデジタルデータ活用に関わる施策企画・開発に携わっていた。

それなりに成果も上げて役職も上がり、2年目くらいまではまぁまぁ充実感を得ながら働くことができていたと思う。

体調、というか精神面に異常を来すようになり始めたのは3年目くらいかである

人手不足もあったことで担当する業務領域が増え始めたことと、役職が上がったことでより厳しい成果のハードルを課されるようになったことで、だんだん精神的につらく感じることが多くなってきた。

これまでは自分の手を動かしていればある程度うまくいっていたことが、利害関係者との調整・偉い人への根回し、といったような難しいコミュニケーションが増え始め、なかなかスムーズにことが運ばないことに不安や苛立ちを感じるようになってきた。

コロナ禍でリモートワークがメインになったこともあり、直接会話すればすぐに済むようなこともチャットを何往復する必要があったりと、そういったこともフラストレーションをためることにつながったかと思う。

次第に以下のような症状・変化がみられるようになってきた。


・頭がぼーっとする、思考能力の低下

・本が読めない、資料も読めない(文字は入ってくるが、理解ができない)

自暴自棄感覚会議をすっぽかすようになった)

趣味もやらなくなった

日曜日は翌日のことを考えて何もする気がおきない(ずっとベッドのうえ)


会議をさぼるようになると他人仕事にも影響が出てしまうので、「これはさすがにまずい」と思ったものの、だからといって会議に出れるようになるわけでもなかったので、とりあえず上司相談した。

最初業務量を減らして様子を見ることにしたが、それでも自分仕事へのモチベーション低下や、思考力の低下は改善することがなかったので、

精神科にいくことを勧められ、軽度のうつ病の診断を受けた。

(ちなみに「軽度」としているのは、一般的にはうつ病になると性欲や食欲の低下も見られるらしいが、私の場合はそこまでには至らなかったので「軽度」とされた)

しばらく薬物療法仕事をしながら経過を見ることになったが、どうにも仕事に手がつかなくなってしまい(がんばって働く意義を見出せなくなり)、また妻からの勧めもあり、私から休職したい」と申し出て休職することになった。


うつ病となった要因 ※自分なりに考察したもの

病院では上記のような症状を伝えただけで「うつ病」と診断されたので、要因は自分で「これではないか」と考えたものである

(他の病院セカンドオピニオン的なものを受けたわけではないのでなんともいえないが、患者言動をもって「うつ病」と診断するのはあまり科学的ではないし、仮にも医者を名乗っているのにそんなんでいいのか、とは思った。本筋ではないのでここでは深入りしないが・・・

仕事から離れて時間的精神的な余裕ができたことで、過去自分心理状態客観的に振り返ることができたのはよかった。

今冷静になって考えてみると、うつ病の直接的な要因となった業務内容(利害関係者との調整など)はリーダーマネージャーであれば普通にやっているようなことである

にもかかわらず、精神的に不安定な状態となってしまったのはなぜか。(自分リーダーマネージャーの適正がなかった、ということも考えられるが、それだと解決にまで至らないのでいったんそれは置いておく)


・自他の境界あいまいであった

今までの人生でもそうであったが、私は他人言動に惑わされることが多いように思う。つまり、「他者領分自分領分にまで侵略させてしまう」といったようなことだ。

具体的には、自分のやり方を批判されたり注意されたりすると自分自身が責められているような感覚に陥ったり、他人要求を(それが理不尽ものだとしても)突き返すことができなかったり、などがあった。

これはいわゆる認知心理学的な話で、ネットやいろんな本を読んでみたところ解決策としてはマインドフルネスだとか感情ノート自分が感じたネガティブ感情ノートに書いてみて、あえて肯定してみるトレーニング)が多く挙げられていた。

とりあえず実践はしてみてはいものの、今のところ効果があるのかはよくわからない。(もしいい解決策があったら教えてください)


コントロールできないことにこだわりすぎた

上の話から派生するものかもしれないが、自分ではコントロールできないことにこだわりすぎたように思う。

結果にこだわってどう動けばいいかだんだんからなくなっていった。結果や評価というものは結局他人が決めることで自分ではどうしようもないことだと早く気付くべきだった。

自分自分が考える最善のプロセスを踏むしかない、とある意味開き直ることが大切だったと今は思える。


コロナという状況で外出する機会が減ったおかげもあり、読書ネットでの情報収集を通じて上記のような思索ができたのは良かったと思う。


【その後について】

これまで真面目に働いてきた反動なのか、結局半年ほど休むことになった。次第に精神的に安定もしてきて、薬の服用も少しずつ減らすことができている。

うつ病になった経緯とその要因について振り返りたかったので、その後については本筋ではないものの、一応復帰はできたという事実は伝えておく。


復職することも考えたが、さすがに休んでいる期間が長かったので戻りづらいという気持ちが勝ってしま転職活動を始めた。

もともとキャリアを通じて積み重ねていたことが時流に沿っていたこともあり、求人もたくさんあり転職活動ほとんど苦労しなかった。(特に聞かれもしなかったし、休職していることは伏せた)

結局いくつか内定を得ることができたので、転職をすることにした。

現状より高い年収提示してくれる企業もあったが、あまり高いハードルを設定するとまた同じことを繰り返しかねないとも思い、お断りさせていただいた。


余談だが、今回、学歴職歴人生におけるリスクヘッジになることを改めて痛感した。

少なくとも書類選考で落とされることはほとんどなくなるし、「いつでも転職できるし辞めてもいい」という感覚を持てるのは今後の仕事人生でもプラスになると思う。

もし学生の方でこれを読んでいる人がいたらこれが一番伝えたいことかもしれない。


以上です。

正直最後のほうは多くの人参考になるものではなかったかもしれないが、こういう人もいるんだよということで同じように悩んでいる人の参考や助けになったのならうれしいです。

2021-04-19

今少し仕事時間の余裕がある

けど特に何をするでもなく、なんとなく過ごしてしまっている

いろんな確認・チェックを丁寧にやれるのは嬉しい

これくらいの時間本来あって然るべきだと思う

けど、そんな充実した作業を行なってなお、時間的に余裕がある

何をしたらいいだろう、なるべくチームでできる事が良いのだけど

と思いながらもぼんやり過ごして終業時間

明日はもう少しなにか考えよう

20・50・80問題

うちの学生課で問題になってるんだが

5080問題ならぬ205080問題

具体的には80の祖父母介護に親世代だけじゃ手が回らなくて孫が金銭時間的な介入をする

結果学習の質も就職先も絞られて最悪途中で休学から自主退学コンボキメる

奨学金学費をみる事が出来ても環境を整えるのはまた別なんだがそこは家族捨てて寮で無関係ゾーン作るとかしないとだから

増田ネットでは深刻な話題になってないのは

大体そういうのって両親や家族仲最悪で没交渉なのである意味自由ってことだから

貯金だろうが結婚恋愛だろうがなんでも自分裁量しか考えなくていいからって言うのもあるんだろうな

2021-04-18

いじめがおきたとき学校はどうするか

いじめられている、という申告が生徒から出た場合学校はどうするか。

まず、担任がその申告の内容を確認し、事実関係確認する。

その作業担任しかできない。日ごろからクラスをみてるのはその担任一人だけだから

専科の先生たちや教頭校長はなんとなくはみていても、クラスの内部での細かい人間関係までは把握できていない。

からまず、担任先生判断にゆだねられる。

軽度のいじめ場合問題があると認識したらまずその生徒に注意する。ほとんどのケースはそれでおさまることが多い。

それ以上の深刻な問題場合担任教頭校長相談し、必要であれば保護者を呼んで面談することになる。

いじめに絡んでいるのが複数人場合複数人保護者との話し合いを重ねる。

保護者比較的まともな親のみであった場合はそのプロセスを経れば解決することもある。

が、保護者がまともな親ではなかった場合自分の子どもがしたこと客観的判断できない場合とか)はスクールカウンセラー教育委員会はさみ、家庭相談員などを介して問題解決をはかることになる。それはすごく時間も手間も精神力も削られるし生徒側も学校側も相当しんどい時間を過ごすことになる。(余談だがそんな重役を仰せつかる家庭相談員はパート非常勤であることも少なくない・・・

そんなプロセスを経るのだが、いかんせん通常の教師仕事が激務すぎて、それ以上のことが起きたら時間的にもリソース的にも対応しきれないような現状。

そうなるとどうなるか。精神面で相当タフな教師なら持ちこたえられるが、まともで真面目な普通メンタル教師はだいたい精神を病む。その結果、突然職場に来れなくなるなどの症状がでる。長期休暇コースである。それでも立ち直れず、あるいは教職絶望し、教職を離れてしまう人も少なくない。

担任リタイアしてしまった場合教頭校長で引き継ぐのだが、如何せん人間関係や日頃の様子はそこまで把握できていないのでその状態での引き継ぎになる。

すでに残っている教師精神面で相当タフな人か、相当マイペースな人か、問題を見ないですませてしまタイプの人か・・・というように現時点で何パターンかにある程度ふるい分けられていると思ってもいい。もちろん地域差による生徒数の格差各自治体のコミュニティの傾向などもあるが、生徒数が多い学校ではトラブルが起きないことはまずない。

最近教師の威厳も権限もまるでないか子ども先生を見下してたりする。頼りない新米教師場合学級崩壊簡単に起こったりする。

子どもがどのように育つかは結局は家庭環境によるもので、学校ができることはとても限られている。

からといって旭川の例のいじめはなかった発言はひどすぎると思うが。

2021-04-09

anond:20210409052743

障害者だろうが健常者だろうが、通常業務から外れる範囲でかつかなり時間的負担の大きい業務を30分前に依頼するのは非常識でしょ

障害者に「事前連絡」という不均衡な労力を強いるのは「常識」的ですよねぇ、うんうん

障害者が駅を利用するのも「通常」ではないもんね、うんうん

末端の駅員を批判して

はいダウト

末端の駅員の話に矮小化しているのは批判者(差別主義者)側です

小田原駅職員法律理解していなかったのも120kgの車椅子を人力で運ばせたのはJRという企業の無策のせいです

具体的な改善案を出してほしい

それも考えるべきはJRですよね

故障害者(や利用者)が企業経営に関して配慮しなくてはならないのですか?

まぁそれで「運賃2倍」(笑)なんて発想に至る人間には道理が分からなくても無理はありませんけどね

anond:20210409040638

これで中立ぶれてると思うんだからそうとうおめでたいよね

既得権益層が有利になる価値観しかない「道徳」がどうのだの言い出すのは「障害者はわきまえろ」以外の何者でもないですよ

障害者だろうが健常者だろうが、通常業務から外れる範囲でかつかなり時間的負担の大きい業務を30分前に依頼するのは非常識でしょ

障害者感謝するべきとは言わないが、末端の駅員を批判して無用感情労働を強いていいとも思えん

バリアフリーのために努力しなければならないのは「障害者」でも「労働者」でも勿論「利用者」でもなく、「事業者」です

事業者努力が足りないために利用者が不便を被ることになるならそれは十分批判対象になるという話です

もちろんたかだか1駅数千万程度の出費だけで「運賃2倍w」などという経営努力の欠如が生じるのであればそれは当然批判されて然るべきですね

そりゃまあ建前としてはそうだろうけどさ、事業者努力すればノーコストで完全なバリアフリーが実現すると思うんだったら具体的な改善案を出してほしいわ

それが出来ないか批判してんの

1+1=80じゃないんだからさ、いくら頑張っても出来ることと出来ないことがあるの

まあ今回は該当地域では既に計画が進んでいたわけで、たまたま利用者不利益にはならんかったわけだけども、日本中の全駅のバリアフリー化を目指すなら何らか利用者に不便を強いることは考慮して然るべき事柄だろ

2021-04-08

anond:20210408063452

一戸建てに住んで子供も持って家族旅行できるだけの時間的余裕と経済力のある車いす女性と、

アパートに住んで時給いくらで働いてる現場駅員(今のJRの駅員は外郭子会社非正規雇用ばかり)だと

前者が圧倒的に資本家だな

そもそも例の車いす女性、まともな労働してないみたいだし(夫の稼ぎかな)

2021-04-06

anond:20210406185446

まあ可能性はあるわな。

ただ、出産は肉体的、時間的負担がある分、女の自主性に任せたらどんどん産まなくなる、という考え方のほうが理屈が通っているように思う。

anond:20210406155255

マンモグラフィー(と書かなかったけど超音波検査)がない場合は針生検になって一気に時間的にも体力的にも金銭面的にも負担が増えますがね。

実際はそうなると検査を躊躇する人が増えて乳がんによる死者が激増するでしょうね。

anond:20210406024616

遅刻については以下の取り扱いをしています

基本的には遅刻はしないように心がけています

・ただし時間きっかりに到着します。始業時間仕事を始められるように1分前くらいに到着します。

・低い頻度で、時間的に間に合わなくても、集合先の集団の行程に差し障りがないとき遅刻します。私がいなくても大丈夫ときです。だから待ち合わせ相手が一人の場合遅刻しないです。飲み会とかで私が絶対にいなくてもいい場合遅刻する場合があります旅行とかは全体の行程に支障が出るので遅刻しないで、決められた時間を守ります

2021-04-04

anond:20210403142548

女。意見が違うところも多かった。

・顔の写ってない写真でもOK

美人と自認しているなら別だが、リアルで会った時にがっかりされない覚悟必要ぼんやりでも顔出しして「この程度の顔ですよ」とわからせておく方が直接対面時のハードルは下がる。

プロフィールは少しは書け

個人的には「相手に求める条件」をプロフィールに書いてしまう人は即地雷だと感じる。多分女性に多そう。メリットよりデメリットの方がとても大きい。そんなもんは書かず、心に秘めておいて何ら問題はない。プロフィール自分の特徴と、ただ誠実に相手探しをしていることをアピールできれば良いだろう。


いいねが多い男を選ぶな

→確かにいいね数件でとても良い男性はたくさんいた。趣味コミュニティなどからそういう人を探す面白みもある。

体感としてはいいね〜80くらいでもしっかりやりとりしてくれる人はいる。

・とりあえず会うなり通話するなりしろ

メッセージでのやり取りというのは程よくめんどくさい。めんどくさいからこそ、「程よくめんどくさいことに付き合ってくれる男性かどうか」というのは確認できる。

よって、もちろん冗長になると良くないが、数日で構わないので、メッセージのやりとりは重ねた方が良い。

個人的には、相手趣味の分野で興味があれば、おすすめのものを聞いてみる。そして時間的余裕があれば試してみる、などした(ポッドキャスト音楽、本、映画など)。これは良いものを薦めてくれる人が多く、単純に楽しかった。逆に相手が聞いてきてくれて、何か薦めることもまた多かった(忙しい合間でも相手がチェックできそうな軽いもの基本的には選ぼう)。ペアーズは興味のある趣味をすぐ語り合える異性ができるので楽しい。あまり良くないが、お互い何となくうつもりがなさそうな雰囲気のまま、お互い楽しく何かをリコメンドし合い、だらだら盛り上がり続けるということもあった。

すぐ通話、会うというのは、単にセックス目的男性、不誠実な男性をあまりフィルタリングできないという弱点がある。真剣出会い目的であるならストレスの多い戦略になりそうである

大前提として女慣れしてない男を狙うことになる。よってお前がリードしろ

→良いと思う。しかし、自分は極端な受け身非モテ男子を一から育てる体力がなさそうだったので、こなれていなくても極端な受け身でなく、どこか積極性がある人が良いと思った。


高学歴っぽいコミュニティから探してお前からいいねしろ

収入ではフィルタリングしなかった。現在年収の高さだけ見ても、将来的にどうなるかなんてわからんし。学歴に関しては、ぼんやり近しい方が交際がうまくいきやすいかもしれない。しかしそれもマストではない。結論として無職は困るが、タフに生きていけそうな人であれば良いと思っていた。(それはどういう基準なんだ、という話になってしまうが、プロフィールメッセージから感じ取れるものを信じよう)

・男からいいね無視しろ

→「プロフィールの○○が気になっていいねしました〜云々」と、いいねした理由をしっかり書いてアピールしてくれる人は好印象。明らかな雑いいね無視して良い。

<一番大切だと思ったこと>

まり長くペアーズにいると多分心死ぬ。極端にゲーム化させず、愛を持って一人ひとりと接することができるよう自分努力しよう。また、「この人か?」と思ったら大胆に決心することが大切だと思う。

2021-03-29

anond:20210329093432

それこそ違うわ。

出産はどうしても女に肉体的・時間的負担がある。

からこそ、出生数を増やそうと思ったら、「女に決定権を与える」必要があるし

男が金を稼いで女に貢いであげる必要があるわけ。

「産んでください、女様~~!!」くらいしないと、10月10日万年体調不良なんてなる気も起きねぇだろ。

潤沢な金を女に貢いでから言えボケ

シン・エヴァンゲリオン庵野秀明の手になる死海文書である

 ネタバレあり。

 つまり散逸してバラバラになった過去記憶の断片という意味合いで、それは死海文書なのである

 はっきり言えば今作で庵野のやりたかたことが十全に表現できているとは思えない。本来別の青写真があったにも関わらず、着地点が微妙にズレている気がする。

 例えば、アスカシンジ行方だとか、マリの作中での扱いとか、あるいは、ループする世界とか、月面の世界とか。

 そういうものが完全に描き切られていたとは思えない。

 庵野忸怩たる思いなのではなかろうかと、外野ながらに推測する。

シン・エヴァンゲリオン庵野秀明の手になる死海文書である

アスカシンジ行方

 アスカヒロインであるしかシンジとは最終的に結ばれることは無かった。最終的に彼女の心を射止めたのは相田ケンスケである

 正直なところ、アスカの扱いがやや雑なのは否めない。当方アスカ派なので、「お、おう」といった気分である

 庵野秀明がアスカ役の宮村優子にフラれたのが原因であるとか、そういう説もある。

 実際のところよく分からないけれど、要するに庵野自身アスカを受け入れられない理由があったのは間違いあるまい。旧劇のラストシーンに見られる通りである

 旧劇のラスト解釈は様々に別れるのだけれど、アレは結局、他者自己エゴの延長としてしか捉えられないことへの絶望だったのではなかろうか。

 他者を愛しているはずが、結局他者を介して自己投影し、その自己愛着しているに過ぎないことへの絶望があのシーンには表れていたように思う。

 他者に決して行き着くことのない煩悶こそが、旧劇のラストシーン意味ではないか個人的には思っている。

 とは言え、旧劇における破滅的なラストを、今作で繰り返すことは無かった。

 否定的評価を随分と集めている今作ではあれど、あのラストシーンの繰り返しにならなかったことは庵野における重要進歩であることは間違いない。あれをもう一度繰り返さなかっただけでも、今作は評価に値する。

 庵野アスカへの執着を振り切り、別の愛を見つけたのである

 それは良いことなんだけれど、やはり視聴者としては少しばかり置いてけぼりなのだ

 そして、マリ=モヨコ女史説が頻りに訴えられている通り、マリ庵野にとってどこまでもエゴとはかけ離れた場所からやって来た存在であり、だからこそ、エゴ呪縛に苦しめられることなく、庵野マリヒロインとして愛することができたのではないかと、そう思う。

 それにしてもシンジ心理描写も雑であるそっくりさんとの悲劇的な離別を経て、彼が何かを学んだことは間違いない。

 つまりそっくりさんクローンであり、偽物であったとしても、その一回の生を全力で生きており、そこに生命尊厳があったのだ……ということをシンジは学んだのであろう。

 これは、後述のループ世界観とも合致する成長プロセスである

 とは言え、やはりその描写簡素というか説明不足な感が否めない。というかまだまだシンジは「神話になれ」と唄う例のテーマソング示唆する精神状態には、行き着いていないのではなかろうか。まだ成長の途上段階なのではあるまいか。まだ、父親を救済できるほどの人格を備えてはいなかったのではあるまいか

 彼は本当に神話になれたのであろうか。

 ラスト近くにてゲンドウを救済するシンジくんの姿に、些か置いてけぼりの感があった。

マリの作中での扱い

 散々言われている通りである

 庵野氏が相互的な愛情をほぼ初めて維持できたのが、伴侶であるモヨコ女史との関係性だったのだと思う。

 庵野エゴの外側からやって来た彼女によって、彼はエゴ呪縛から解かれたのであろう。

 でもそのエゴ呪縛が解かれるシーンを作中でちゃんと描いてないから、やっぱり展開が唐突に見えてしまうのだ。

ループする世界

 あの世界はループしているというのはもはや自明だったと思う。真っ赤になった海は、旧劇のラストシーンの流れを受け継いでいる。

 また、貞本義行によるコミック版のラストシーンもまた、ループを思わせる展開に収束する。

 エヴァ世界ループしている。それが庵野秀明の世界であることに間違いはあるまい。

 我々の暮らす宇宙は遥か昔にこの座標に生まれ、未だにそのエントロピーは激しく運動し続けている。

 しかし、いつかはそのエントロピーが相似形を描き、同じような結末と始まりを繰り返すのではないか、などと想像したことのある諸氏は多いことと思う。

 エヴァ世界は、そのような意味合いループしている。その周期は何年周期なのだろうか?

 相対性理論的に、物体運動に基づいてのみ時間を測定しうるのであれば、そこに時間的経過を求めることは難しそうだけれど。

月面世界

 Fly me to the moon.

 And let me play among the stars.

散逸した記憶としての死海文書

 人々の記憶を結びつけるものを俺は描いてもらいたかった。

 何度闇を潜り抜けても息づいている記憶の姿を全力で描いてもらいたかった。

 庵野が描いてくれたものには、ある程度は満足することができたのだけれど、完全な青写真ではなかった感がある。

 それはあくまで、後世に受け継がれた、散逸した記憶の断片の内の一枚に過ぎなかったのではなかろうか。

 まだ、散逸した断片は幾つもこの世界残留していることと思う。

 それを繋ぎ合わせるのは庵野ではなく、この世界に無数に存在している無名有名のクリエイター達なのかもしれない。

2021-03-28

自分に金使うの超楽しい

元々はドルヲタで、コロナ流行る前は推しグル現場にほぼ全通して交通費含めて年100万以上オタクに使ってた。

元々SNSYouTubeとかをチェックするのが苦手な現場主義者だったので、コロナ現場がなくなって推しに興味がなくなった。

というか、オタクやめました。


仕事してて、ありがたいことにボーナスも満額でるような職場だったかコロナ禍でもお金がどんどん貯まっていく。でも、今までオタクしかお金を使ってなかったから使い方がわからなかった。

なので、貯金しつつだけど、今まで安く済ませてたものランクを一段階上げてみた。

具体的にいうと、ちょっと高い化粧品とか、ちょっと高いブランドの服を買ってみた。あと、時間的な余裕も生まれたかメンテナンスとして皮膚科に行ったり、歯医者ホワイトニングしてみたり。美容院でも高いトリートメントをしてもらった。

結果、生活の水準をちょっと上げただけでこんなに楽しくなるんだ!と思った。自分美人だと思ったことはないけど、まだ清潔なブスになれたんじゃないかなって自信になった。あと、友達友達らしく付き合えてる気がする。人生が豊かになるとはこういうことか!って実感しています

オタク

オタクやめても人生楽しいことはありました

私より

「東アジア反日武装戦線」の初心と過ち

韓国発の映画『狼をさがして』は何を描いているか

太田昌国 評論家編集者

 韓国発のドキュメンタリー映画『狼をさがして』が間もなく日本で公開される。金美禮(キム・ミレ)監督2020年作品で、原題は『東アジア反日武装戦線』という。映画が描くのは、1974年から75年にかけての出来事――「東アジア反日武装戦線」(以後、「反日」と略す)を名乗る人びとが「連続企業爆破」を行ったこと――とその背景である

歴史像と世界像が一新されてゆく時代のただ中で

 描かれる時代は、アジア太平洋戦争日本帝国敗戦してから30年近く経った時期に当たる。活動を担ったのは、敗戦から3~5年経った頃に生を享けた、当時は20代半ばの若者たちだった。いわゆる「団塊の世代」に属する。その彼ら/かの女らは、敗戦以前に日本がなした植民地支配および侵略戦争責任を問うた。同時に、戦後過程はすでに30年近い長さに及んでいるにもかかわらず、日本がその過去清算することもないままに、改めて他民族に対する加害国と化している現実に警告を発した。手段として使ったのは爆弾だった。

 その標的はまず、戦前絶対無謬の存在として日本帝国を率い、戦後は「平和」の象徴となった昭和天皇に向けられた。だが、「お召列車」の爆破計画が実現できなくなった後は、戦前戦後を貫いて繁栄する大企業に的を絞った。

 戦後日本象徴する言葉は、長いこと、「平和民主主義」だった。それは新憲法を貫く精神でもあると多くの人びとが考えていた。

 天皇戦争責任が問われることも裁かれることもなく始まった戦後は、「一億総無責任体制」となった。この体制の下では、日清戦争以降、断続的にではあっても半世紀もの間(1894年1945年アジア太平洋地域戦争を続けた近代日本実像を覆い隠し、この戦争全体像を、最後わずか3年半の「日米戦争」に凝縮して象徴させることが可能だった。広島長崎の「悲劇」を前面に押し出し米軍占領下の沖縄辺境ゆえに無視して、日本全体があたか戦争の「被害国」であるかのようにふるまった。「反戦平和勢力」の大勢も、そのことに疑いを持たなかった。

 1960年安保闘争の時にも、1965年日韓条約反対闘争の時にも、戦前日本帝国がなした対外政策と関連づけて現在分析する言動ほとんど見当たらなかった。すなわち、日本社会総体として、近代日本が持つ「植民地帝国」としての過去をすっぽり忘れ果てていたと言える。

 1960年代後半、この社会思想状況はゆっくりとではあっても変化し始める。日本は、高度経済成長過程で目に見える形での貧困は消え失せ、急速に豊かになった。この経済成長最初の基盤となったのは、1950~53年の朝鮮戦争による「特需景気」だとする捉え方が常識となりつつあった。

 時代はあたか米国ベトナム侵略戦争の渦中で、沖縄を軸に多数の米軍基地があり、インドシナ半島輸送される米軍物資調達地でもある日本は、再度の「特需景気」に沸いていた。近くに住むアジア民衆が苦しんでいる戦争によって自分たちの国が総体として豊かになっていく――この際立った対照性が、とりわけ若い人びとの胸に突き刺さるようになった。

 加えて、米国でのベトナム反戦運動は、黒人先住民族インディアン)の権利回復の動きと連動していた。植民地主義支配人類史に残した禍根――それが世界じゅうで噴出する民族問題の原因だとする意識が、高まっていった。

 「東アジア反日武装戦線」に所属した若い人びとは、それまでの歴史像と世界像が一新されゆくこのような時代のただ中にいた。彼ら/かの女らは、日本近代史と現在が孕む問題群に、「民族植民地問題」の観点から気づいたという意味では先駆的な人びとだった。

「重大な過ち」の根拠を探り続けた歩み

 「反日」はこうして獲得した新たな認識を、すぐ実践に移そうとした。当時刊行された「反日」の冊子『腹腹時計から鮮明に読み取れるのは、次の立場だ。「そこにある悪を撃て! 悪に加担している自らの加害性を撃て! やるかやらないか、それだけが問題だ」。政治性も展望も欠いた、自他に対する倫理的な突き付けが、行動の指針だった。「反日」が行った、1974年8月30日東京丸の内三菱重工ビル爆破は、8名の死者と385名の重軽傷者を生み出す惨事となった。

 「反日」にはひとを殺傷する意図はなかった。事前に電話をかけて、直ちに現場を離れるよう警告した。だがそれは間に合わなかった。しかも、なぜか「反日」は三菱爆破の結果を正当化し、死者は「無関係一般市民」ではなく「植民地人民の血で肥え太る植民者だ」と断言した声明文を公表した。映画の前半部で、この声明文がナレーション流れる

 多くの人びとはそこで「引く」だろう。半世紀前の当時もそうだった。それゆえに、彼ら/かの女らは、日本では「テロリスト」や「血も涙もない爆弾魔」の一言で片づけられてきた。

 その責任の一端が、「反日」そのもの言動にあったことは否定し得ないだろう。だが、実はそこにどのような内面の思いが秘められていたのかということは、路傍の小石のように無視されてきた。そんな渦中にあって、獄中の彼ら/彼女らは初心を語ると同時に、自らが犯してしまった重大な過ちの根拠を探り続けた。獄外には、その試行錯誤を〈批判的に〉支え続ける多様な人びとの存在があった。映画『狼をさがして』は、これらの獄中・獄外の人びとの歩みを74分間の時間幅の中に刻みつけている。

過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない

 画面には登場しない「主人公」のひとりは、「反日」狼部隊大道将司である。彼は2017年5月、長らく患っていた多発性骨髄腫で獄死したが、死刑が確定してのち、彼はふとした契機で俳句に親しむようになった。生前4冊の句集にまとめられたその作品は、人間関係自然とのふれあいも極端に狭められた3畳間ほどの独房にあっても、人間はどれほどの想像力をもって、ひとが生きる広大な世界を、時間的にも空間的にも謳うことができるものかを証していて、胸を打つ。それは、ひとを殺めたという「加害の記憶悔悟」を謳う句において、とりわけ際立つ。

 映画でも紹介される「危めたる吾が背に掛かる痛みかな」もそうだが、他にも「死者たちに如何にして詫ぶ赤とんぼ」「春雷に死者たちの声重なれり」「死は罪の償ひなるや金亀子」「ゆく秋の死者に請はれぬ許しかな」「いなびかりせんなき悔いのまた溢る」「加害せる吾花冷えなかにあり」「秋風の立ち悔恨の溢れけり」などの秀句がある。

 「反日」のメンバーの初心と、結果としての重大な過ちを冷静に振り返るこの映画制作したのは、韓国映画監督キム・ミレとその協力者たちである。ふとした機会に「反日」の思想と行動を知ったキム・ミレ監督がこの映画制作したのは、「人間に対する愛情、その人間を信じること」からだったという(「『狼をさがして』――金美禮監督に訊く」、東アジア反日武装戦線に対する死刑・重刑攻撃とたたか支援連絡会議=編『支援ニュース』420号、2021年3月6日)。社会正義のために、加害国=日本搾取され殺された東アジア民衆の恨みと怒りを胸に行動した結果、数多くの人びとを死傷させてしまった、つまり自らが加害者になったという事実に向き合ってきた「反日メンバーに対する思いを、かの女はそう語る。

 だが、その裏面には、次の思いもある。彼らは「長い期間にわたって、自らのために犠牲になった人々の死に向き合って生きねばなりませんでした。苦痛だったかもしれませんが、幸いにも『加害事実』に向き合う時間を持つことができたのです。8名の死と負傷者たち。それがこの作品制作過程の間じゅう私の背にのしかかってきました。しかし、彼らと出会うことができて本当に良かったと思います。この作品は、私に多くのことを質問するようにしてくれたからです。どう生きれば良いのか、今も考えています。」(キム・ミレ「プロダクション・ノ-ト」、『狼をさがして』劇場パンフレット所収)。

 74~75年当時の「東アジア反日武装戦線」のメンバーからすれば、韓国の人びととの共同作業は「見果てぬ夢」だった。日本自分たち戦後の「平和民主主義」を謳歌している彼方で、韓国および北の共和国の人びとは、日本植民地支配を一因とする南北分断と内戦、その後の独裁政権の下で呻吟していたからだ。

 そんな時代が40年近く続いた後で、少なくとも韓国では大きな体制変革が起こった。表現言論の自由を獲得した韓国新世代のなかから、こんな映画をつくる人びとが現われた。キム・ミレ監督は、この映画日韓関係の構図の中で見られたり語られたりすることを望まないと語る。過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない。日本韓国も、どの国でも同じことだ、と(前出『支援ニュース』および2021年3月18日付「東京新聞」)。

脈打つフェミニズム視線

 最後に、もうひとつ、肝心なことに触れたい。この映画を際立たせているのは、女性存在だと思われる。

 刑期を終えたふたりの女性が、生き生きとしたその素顔を見せながら、獄の外から窓辺に寄ってきた猫との交友を楽し気に回想したり、かつて自分たち闘争に大きく欠けていたものを率直に語ったりする。前者の年老いて元気な母親は、娘が獄に囚われてから、娘と自分たちを気遣う若い友だちがたくさんできたと笑顔で語る。二人は自宅の庭を眺めながら、「アリラン」を歌ったりもする。

 キム・ミレ監督らが撮影する現場に付き添う姿が随所に見える女性も、長年「反日」の救援活動を担ってきた。撮影すべき風景、会うべきひとについて、的確な助言がなされただろう。

 死刑囚の獄中書簡集を読んで、あん事件引き起こしたひとが自分と変わらぬ、どこにでもいるふつう青年だと知って、縁組をして義妹となったひとの語り口もごく自然だ。女たちの運動を経てきたと語るかの女の言葉を聞いていると、獄中の死刑である義兄とは、媚びへつらいのない、上下関係でもない、水平的なものだったろうと想像できる。

 そして、もちろん、韓国人のキム・ミレ監督女性だ。弱い立場にある労働者現実を描いてきたかの女は、男性の姿ばかりが目立ち、男性優位の価値観が貫いている韓国労働運動の在り方に疑問を持ち、スーパーで働く非正規女性労働者が大量解雇に抗議してストライキでたたかう姿を『外泊』(2009年)で描いた。日本でも自主上映されたこ作品に脈打っていたフェミニズム視線が、『狼をさがして』でも息づいていることを、観る私たちは感じ取るだろう。

2021-03-26

anond:20210325122128

シングルマザーのつらさは、

 「孤立した子育て(託児環境他)」

 「シングルマザーが就ける職の賃金が安く、生活が安定しない」

 「仕事育児時間的制約がキツい」

であって、労働環境のつらさで競ってもしょうがない。

他人理解することをしないで、自分の僻みだけアピールするのやめませんか。

2021-03-25

死者のために生者ができること

僕は大阪でもトップクラスに有名なお寺でしばらく働いていたことがある

それまでは宗教的素養ゼロで、なんとなくお寺やお坊さんはありがたいもの、的な感覚があるだけだったんだけどね

仕事初日説明を受けた

「ここはお婆ちゃんディズニーランドです

お婆ちゃんは楽しんでお参りに来られます

どうか皆様はその楽しみを助けてあげてください」

年を取ると、親も兄弟配偶者も旅立っている方は多く、亡くなった方達のためにできる数少ないことのひとつが、お彼岸のお参りであり、先祖回向なわけだ

若いと、想像がつきにくいかもしれない

でもそのうち、親しい人は皆あっちにいて、あちらの世界こちらより身近になってくる

そんな方は、お参りに来ることをとても楽しみにしているのだ



先祖回向の申し込み料、3千円と5千円と1万円がある

働いている者達は知っているんです、その値段が違っていても、同じお坊さんに同じようにお経をあげてもらっていることを

何も違わないことを

同僚が、参拝者に、この値段は何が違うの?と聞かれたとき、彼は、いや同じですよと答えて、上の人に怒られたことがあった

かに同じかもしれない、しかし、そういうときは、「お気持ちです」と答えなさいと指導されていた

そして参拝者は、「気持ちはあるから3千円でええわ」と答えていた



坊さんの控室がある

同じところで我々も休憩して、お弁当を食べる

お坊さんは何人かくるけど、みなさん、ずっと不倫相手メールしたり、スロットを回したりしていた

お経を読むときも、休憩している坊さんに、いまあいつ、アーばっか言うてサボってるよwとか言われていた

お経あげてると思ってたらアー言ってるだけの時もあるらしい

正直にいうと、一般人の方がよほど清いと思うくらいに坊さんは尊敬できない方ばかりだった

もちろん全員がそうじゃないのは当たり前だけど、逆に、お坊さんだから無条件にありがたいわけでも、救済があるわけでもないことはわからされてしまった



これらの経験からまり、生者が死者にできることは何なのか?

お参りとは何なのか?考えざるを得なくなった

坊さんという存在やお経の言葉が、薬のようにたちまち死者への救済をもたらすわけではなかったのだ

賢いはてなー達は知っていたかもしれない

当たり前かもしれないけど、行為作法のもの意味なんてないのだ


大事なのは指導で言われたように、参拝者自身お気持ちなのだ

そのお気持ちというのは、ただ静かに死者のことを想うだけでももちろんいい

それだけではなく、わざわざ有名なお寺に出かけて行って時間を使うのもまたお気持ちの表れだ

わざわざ、死者のために1万円使うのもお気持ち


死んだ人にプレゼントをあげても喜んだ顔を見れないから、せめて先祖回向をわざわざすることで、喜んだ顔を想像することしかできない

から、それをする

それをすることが喜びになる

それが、楽しんでお参りにくる、という中身だ


まり気持ちがあれば方法はなんでもいい

忙しくて回向に来れなかった方が不義理なわけでもお気持ちがないわけでもない

それと同時に、「わざわざ」があればそれもまた気持ちの強い表れと言える

わざわざ、とはつまり時間的、経済的、肉体的なコストのことね




例えばライスシャワー慰霊碑にわざわざ出向き、わざわざバラを買って、わざわざそれを備え、わざわざそれをSNSにあげること、それは全て、死者へのお気持ちの表れだ

正しい作法で、厳粛にすることだけが気持ちではない

大切なのは各自お気持ちを死者へ向けることであり、他者お気持ち自分正義感自分の信じる作法から批判することではない


1万円で回向する人が、3千円で回向する人のお気持ち否定するようなことは決してないし、あってはならないことである

ライスシャワーへの青いバラ否定するのはそれと同じこと

死者を思い、楽しんで慰霊碑に来られた方の気持ち否定することは、宗教に携わった立場からするとあまりいいこととは思えない


投稿から悪ふざけに見える要素があるかどうかと、思い立ってからバラを買い慰霊碑に向かうまでの間にわずかでも死者を想う気持ちがあったどうかは、決して結びつくものではないと思う

他人お気持ちに無闇に干渉すべきではないと思う


追記

死者のためにできることはない、全て生者のためだ、って言っているブコメが多いけど

この行いを、あの人がもし見ていてくれるなら少しは喜んでくれるのかな、と思えるから生者の救いになるわけで

無になったもののためにできることはないと完全に割り切るなら生者への救いもまたないのだよ

2021-03-24

anond:20210324181006

男性生理現象である性欲が時間的にも体力的にも余裕がない状態だとストップするなら

女性生理現象である産後ホルモン子育てモードになる現象時間的にも体力的にも余裕がない状態だとストップしなきゃおかしいでしょ。

から時間も体力もなくたって内なるストレス要因として性欲は生じるんだよ。

しろ体力的にきついときほど本能的に死期を感じて性欲が高まるという説もある。(俗説だけど男は大体経験がある)

anond:20210324174126

普通に育児してたらそんな余裕は時間的にも体力的にもないって話です

2021-03-23

パワプロときメモ)の強みは周回の不確実性

周回プレイが毎回違う流れになる。

そしてそれが面白い

簡単じゃないよ。

FGOの周回で運ゲーさせられたらみんな切れてアンインストールする。

でもウマ娘運ゲーを楽しめる。

凄い差だよ。

スキップ出来るならしたい盆栽の水やりではなく、ゲームとして成立している。

まあここだよね。

毎回ゲームとして成立しているっていうこと。

ソシャゲって、スタミナ消費における割合としては周回9ゲーム1ぐらいなのよぶっちゃけ

全体の時間的にはゲーム1情報収集2雑談3周回4ぐらいだから、まあ1/3ぐらいはゲーム出来てるんだけど、半分ぐらいが虚無の周回なのは事実

そこをゲームにできたなら実際のゲーム時間プレイ時間の半数を締めるゲームとして成立してるソシャゲになる。

それはみんな分かってたけどみんな失敗したり

荒野行動ですら雑談のおまけにアイテム目当てに周回する感じになっていった。

そこに関わってる時間の半分ぐらいゲームやってる時間ゲームらしいゲームが来た。

いね

そりゃ流行るわ。

まあパズドラとかも最初はそんなんやったんやけどな。

ゆくゆくは最適化されて作業になるんやろうけどな。

今は楽しいんだからえことやわ。

せやねーブルアカも先月まではゲームとして成立してたけど今は盆栽オブ盆栽やし、時間の流れは恐ろしいね

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