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はてなキーワード: 抑うつとは

2019-01-19

anond:20190118175554

大学時代鬱だった、と思う。

クリニックには一度行ったことあるけど、行ってもあんまり喋る気しなくて、特に診断もされずに終わった。

から鬱病認定されたことはないけど、明らかに抑うつ状態だった。

今は鬱じゃないとハッキリ言える。主観だけど。

どうやって治すことができたのか。説明できない。自分でも理解できてないんだから

しかしたら大学生活というストレスのもとを取り去ったことで直ったのかもしれない(中退)。

どちらにせよ。他人アドバイスできるレベルではない。

からもしも自分友達が鬱になったとき自分が鬱経験者で、しかも完全に治ったのに、なにをアドバイスしていいのかわからないんだ。

あんなに苦しんだのに、もうあの時の苦しみを忘れかけてる。

あの時、鬱で寝てないで、ああい勉強こういう読書やればよかったなとか考えてる。

うつ病患者へのアドバイスって難しいね

でもすべては結果だから、どんな良いアドバイスでも、アドバイスだけじゃ鬱病を治すことはできないかもしれないね

しかしたら、くそみたいなアドバイスと強引な環境移転がよかったりする可能性もある。

2019-01-09

うつ症状の整理

抑うつ一般的に知られる症状

 精神症状

  抑うつ気分

  不安・焦り

  遠くへ行きたい・消えてしまいたい

  興味または喜びの喪失

  意欲の低下・億劫

  自分を責める

  会話や本の内容が入ってこない

 身体症状

  睡眠障害

  食欲の変動

  疲労感・倦怠感

  動悸・息苦しさ・口が乾く

私の場合

 発症時期と変遷

  F32.0(.14 中旬) F32.1(.16 1) F32.2(.17 7救急搬送以降)F32.3 (意識レベル低下により主観記憶上に明確な時期の認識存在しない)IDC-10 2016

 自覚(あるいは過去主観記憶からあったであろう)症状 おおよそ時系列

  微小妄想 病感あり

  醜形妄想 病感あり

  離人症 病感あり

  希死念慮

  集中力低下 自覚症状の発現は遅い

  精神運動遅滞 psychomotor retardation 自覚症状の発現は遅い(暗記テストの点数の変遷により推測)

   短期記憶力の(.16 7~ 有意な)低下

      ex.記事項が覚えられない 何をしようとしていたかからない、掲示物の内容を記憶できず何度も見直すなど日常生活に支障

   計算速度、精度の低下、不能

   英文の内容把握速度、精度の低下、不能

   読解、読字速度の低下、不能

   会話の内容が把握できない

  罪業妄想 some idea of guilt and worthlessness  病感なし

  意欲低下 eduction of energy, and decrease in activity 病感なし より早くから存在した可能性大

  睡眠障害 3〜5時間睡眠

  自殺念慮行為 Suicidal thoughts and acts 意識喪失二回 三回だったか

  一時的な興奮 agitation

  嗜眠 傾眠 somnolence lethargy

  うつ昏迷 stupor

治療、休養が遅れた理由(多分)

 てんさい(笑)なので意欲低下や精神運動遅滞を隠すことができた(教授などで認知症発症が遅く進行が早いのと同じ)

 親が昏迷とか睡眠障害精神運動遅滞を発症している本人に受診等の判断をさせた(させようとした)

  が当然無理

 朝方の(一般例と同じく朝方が一番ひどい)昏迷・嗜眠・傾眠状態ときに散々に学校にいけと怒鳴られ身体暴力も受けた

 本人に治す気がない(セルフネグレクトの気がある)

  キツめの破滅願望がある?

 

どうすべきか

 やす

 卒業資格は今年度は諦める

そのた

 搬送自殺行為によるものではない

現状

 現状家事くらいはできるようになったが、そのため社会復帰して卒業資格取ってこいとの圧がつよい 

 しにたい

EDIT 一部見やす

2018-12-29

婚活を頑張れる気力が欲しい

抑うつ気味で休めと言われているが焦りばかりが先行する

2018-12-28

中学生の頃、いじめにあった。

さほどひどいいじめではない。たぶん大して理由もない。相手の虫の居所が良くないときちょっと無視されたり、部活叱咤激励の皮を被った罵倒を浴びせられたり。その程度だ。世の中にはもっとひどい目に遭っている人がたくさんいる。

しかしそのいじめは、当時の私にとっては世界否定されたと同義であった。だって、私にはそのコミュニティしか場所がなかったのだ。なのに、そこからはじき出される。いらない、死ねと言われているんだと思った。

結果として、私は部活で使う体育館に足を踏み入れるだけで過呼吸を起こすようになったし、人と関わることが怖くなった。それは中学卒業してからもずっと続いた。特に高校生活は灰色だ。保健室で、口にハンカチを当ててゼーゼーヒーヒーいっていた記憶しかない。

自分は誰からも嫌われる、この世にいらない人間なのだと思った。その気持ち大学生になっても、社会人になっても、ずーっと消えなかった。

社会人になって、すぐの頃。仕事がうまくこなせなくて、同期や先輩とのコミュニケーションも上手にできなくて、私は自己否定がやめられなくなった。過呼吸を通り越して不眠症になり、やがて抑うつといわれる状態になってしまった。

入ったばかりの会社休職した。人生ではじめて心療内科に通った。さほど医者に助けられたとは思えないけれど、とにかくいろんなことを考えた。

私の人生にはなんの希望もない。親ですら私を見て、こんなに困っている。苦しい思いをして生きるくらいならもう死にたい。どうせ誰にも求められていない。

はじめは、そんな感じ。だけどだんだん、私は腹が立ってきた。自分にではない。世界のほうに、だ。

私をこんな風に生んだ親が憎い。私をこんな風に育てた親類や先生が憎い。私をいじめた奴らなんか特に憎い。死んでしまえと思う。私の人生がめちゃくちゃになってしまったのは私のせいじゃない。好きでこんな風になったんじゃない。世界が悪い。世界が、世界が、世界が……。

ああ私はずっと怒っていたのだな、と、正常ではない頭で薄ぼんやりと思った。考えてみればいじめなんて、いじめられている側からすればひどく理不尽理由で起こるものだ。どういうわけか私はその理不尽に、無理やり理由をつけて自分を納得させ、怒りを抑え込んでいたらしい。タンブラーにそのとき気持ちを書き殴っている。読み返すとあまりにも憎しみがむき出しで、気分が悪くなる。でも、それほどまでに怒っていたのだ。そしてそれに気づかずにこれまで生きてきた。病気になるわけである

散々怒って泣いて、一ヶ月後、私はひとまず正常に戻った。

そのあとも何度か危うい橋を渡り、薬でどうこうするだけでは根本的な解決にはならないと思い至り、現在カウンセリングに通っている。

いままで書いてきたような話を洗いざらい聞いてもらって、なんだかずいぶんと楽になった。こんがらがった感情を解いていく中で思うのは、私はやっぱり怒っていて、多分一生怒り、憎み続けるのだろうなということである

それも、いいんだよ、と先生は言った。許せないことは許せないことでいいんだよ、と。私にはそれが正しいアドバイスなのかどうかが分からない。全部許せるのが本当はいちばんいいんじゃないかと思う。

でも、許さない。

あの無邪気で残酷だったかつての子どもたちのことを私はきっと一生許せない。

2018-12-22

振られた事実を受け入れるまでのプロセス

1. 否認隔離: 自分が振られたということは嘘ではないのかと疑う段階である

2. 怒り: なぜ自分が振られなければならないのかという怒りを相手に向ける段階である

3. 取引: なんとか振られずにすむように「悪いところがあったら変えるから!!」と取引をしようと試みる段階である。何かにすがろうという心理状態である

4. 抑うつ: なにもできなくなる段階である

5. 受容: 最終的に自分が振られたことを受け入れる段階である

(以上はエリザベスキューブラー=ロスが『死ぬ瞬間』の中で発表した「死の受容のプロセス」。ちなみに誰もががこのような経過をたどるわけではないとも書いている。)

2018-12-15

既婚無職30代前半女元メンヘラ半引きこもり

タイトルの通りなのだ

高卒就職し2ヶ月で退職10年ほどアルバイト転々としついにそこそこ安定した東証一部上場企業再就職できたと思ったら鬱で退職してしまった。

ただその時自分が本当に鬱だったのかわからない。そもそも医者からは「抑うつ状態」と診断書書かれたもの楽しいことは楽しかったし。

ただ体調がかつてないほどずっと悪く会社に行こうとすると涙が出てくるとか、朝起きれない(起きたくない、起きたら死にたくなる)とかあった。

そこから2年経った。

自分ではもう抑うつ状態?なんじゃそりゃって状態になったと思ってる。

1年ほど前から新しい趣味もできたし元々ネットが好きなので毎日やってる。

ゲームも好きだ。

毎週精神科に通院して毎日服薬しなければならないのだがタイミングが悪いのが重なり3週間通院できてない。

それに合わせて謎のめまい、元から激重な生理運動不足による体力低下(もとから低い)で今身体がすごくしんどくてつらい。

明日午前中に通院しなければならないのに不安と面倒で眠れない。

お腹が空いてきた…

友達がいないので誰にも相談できないが、相談したところで結局自分が頑張らなければなんともならないよなぁと思って初めて日記書いてみた。

夫は夫で仕事が忙しく私のメンヘラ話なんか聞いてる余裕なさそうだから話ができない。

つらい。

2018-11-25

うつ

冬は抑うつ感がすごく出てしま

特に一人でいるとやばい

漠然と死んでしまいたい、消えたいと思うことが増えた

増えたというかだいたいいつもそう思ってる

薬をもらいに行くのがめんどくさくて病院行かなくなってしまったが、ちょっとやばくなる前に行こうかな

2018-10-20

日内変動についての感想

抑うつ傾向のある人間はしばしば日内変動がある。朝の方が調子良いとか、夜の方が良とか色々である

自分定型うつタイプなので、やはり朝は辛い。それでも今こうして、ここに無意味感想を残せそうである。少しは寛解したのだろうか。

朝、とにかく身体が重くて、頭が痛くて、動悸がして何も出来なかった。それが今は身体は重いがこうして、無意味感想を書ける。ニュースを流し見れる。

おそらく「そんなことは当たり前だ」のような厳しい言葉もあるのだろう。というか、自分が1番自分自身にそう思っている気がする。それでも今は抑うつ傾向、不安傾向の強い適応障害からの脱却の第一歩だと、自分を褒めておきたい。

もう少しすると、もっと身体は動くはずだ。そうしたら、趣味写真撮影でもやりに外を歩こう…。

2018-10-19

適応障害休職になった男のリハビリ日記1

前段の話

大手SIerの半研究開発職/半SEみたいなポジション仕事していた者です。

一応昨年度の新卒で入ってますが、業界は初めてではなく大学時代も細々ベンチャーで開発職したり、フリーSEしてました。

今の会社入社すると同時に結婚して、今は妻と2人暮らしです。

ただ妻はいわゆるボーダーで、パニック障害持ちでうつ病と少々厄介でした。

そんな感じの背景のある人間です。

本題

ある日、酷い頭痛発熱、全身の極端な倦怠感、強い動悸に襲われました。数日経っても改善せず病院に行きましたが病理的な原因は不明です(やや数字には出ていたのですがそもそも数日間食欲もなく水分もろくに取っていなかったので…)。

その後もあれよあれよと言う間に色々な検査を受けて最後精神科で掲題の診断に。

実は精神的な問題には心当たりがありません。会社も決してブラックではなく、もちろん妻のことは大変でしたがそれでもなんとか。強いて言えば妻は働ける状態ではなかったので、お金の面がじわじわ不安になってきた程度です。

それでも、事実として身体に症状が現れ、夜は眠れず、朝起きれば意味もなく(良い歳して)泣いて…。

あと自殺念慮というやつが私には今ひとつ分かっていなかったのですが分かったかもしれません。死にたいと思っているつもりはないのですが、自分電車に飛び込む映像、首を吊る映像ベランダから飛び降り映像…こういったものが繰り返し頭をよぎる(あるいは脳内再生していた)状態でした。

うつ病の妻を持っていたので、この手のことには詳しいつもりでいたのです。しかし、自分のこととなると意外と分からないものなのでしょうか。

自分も今でこそ、そんな風に客観的に書ける余裕がありますがその当日は「休職だけは勘弁だ」とか「死んでもいつも通りの生活する」などと騒いでいたそうで…(笑)

夕方比較調子が良いのと、セパゾンを飲んでるのが効いているのかなぁ…今は落ち着いて書けますね。

ごめんなさい、結論がまだでした。

休職1ヶ月を申し渡されました。

これが本題です。

休職1ヶ月のリアルは、主治医曰く

3割が復帰、3割がさらに延長、3割が今の仕事生活からドロップアウトといった感じらしいです。

私は復帰の3割に入れることを願い、行動しようと思います

適応障害と診断され、1ヶ月の休職になった会社員が本当に1ヶ月で復活するアーカイブとなれば良いかもしれない。あるいは、その難しさに挫折して違う道や、時間をかけた戦いに戦術変更するアーカイブとなっても良いかもしれない。

いずれにせよ、予想外の病に抗う匿名ブロガー不定期な日記をここに残していくことにします。

そして、最後自身方針を是非はともかく残すことにします。

薬物的な方針
行動とかの方針

薬物的方針主治医とも色々相談した上で…眠れないときアルコールで寝てしまうよりは…ということに。

SSRISNRIは相性問題も難しいですし、急性期の抑うつには難しいので一旦は無しで合意しました。

行動の方針はもう実行してますが…これは次の日記で。

具体的には会いたい人で、その上で会ってくれるという人には積極的に会って行くことにしました。あと大学時代研究室に少し、お世話になって勉強も。

今回の日記はそういった前置きの話で置いておきましょうか。

から本当の本当に日記になると思います

ちなみに次の日記には、大学時代お世話になった全然畑違いの先生に会いに行く話だと思います

今回のはここまで。

2018-10-11

日本臨床心理学における査読論文価値

anond:20181009215657

心理学について書こうと思ったら、お一人書いてくださった方がいたので、そこで「特殊」とされていた臨床心理学について書きます

臨床心理学系の大学院博士号を取って、現在大学で臨床と研究をしています

論文事情を書こうと思ったら、背景にある臨床心理学事情になりました…。そして「日本の」と書いたのは、日本の固有の事情もあるためです。

はじめに

臨床心理学における研究は、おおよそ以下の3つに分けられます

 1:ブコメであったような、症例報告から始まってランダム対照試験まで行くという医学疫学的な研究

 2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究

 3:その他の調査研究ちょっと大雑把ですがゆるしてください、そして私のメインはここです)

少々雑な括りで、中間位置する方や例外もままいることを踏まえ、あくまでも概要を述べているということを踏まえたうえでお付き合いください。

論文事情

https://anond.hatelabo.jp/20181009215657 では心理学論文事情として以下の順序を挙げていらっしゃいました、

 査読付き英語論文>>>>査読日本論文>>査読なし日本論文(いわゆる紀要査読有り紀要も含む)

これは、1と3を自分研究領域にしている臨床心理学者にもほぼそのまま当てはまりますし、海外でも同様です。

そのため、競争が激しい業界院生さんだと、Predatory Journalに投稿しているケースも残念ながら見ます

特殊なのは、「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」を中心としている人たちです。

この方々の多く(全員ではありません)は、場合によっては「論文」というものを軽視すらしていますし、査読論文の数も非常に少ないです(大学に勤めている以上、建前で「論文書かないとね」と言ったりはしますが)。

これは分野外の人からはよく見えないため(もちろん業績調べればわかります)、中々ややこしい問題です。

私の観測範囲ですが、下手にこういう人たちが多い大学就職しようとしたり、あるいは就職してしまったりすると、論文業績が多い人はかえって冷めた目で見られたりすることすらあります

このような信じられない断絶が臨床心理学の中にあるので、業界からはわかりにくいのです。

ちなみに「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」の人たちの業績に対する意識は人文系に近く、私も完全にはよくわかりません。ただ少なくとも、英語査読論文を無条件でありがたがったりはしません。

しろ”深みのある”事例研究理論検討が尊ばれ、そうしたものに特化した特定学術雑誌論文や、あるいは書籍などを重視する印象です。

業界事情(長いです)

なぜ学問を行う場である筈の大学において、こんな断絶が起こるのでしょうか。

つの要因は単純に「世代」です(繰り返しますが大雑把な区切りです)。

世代によって何が違うかというと「臨床心理学に対する考え方」が違います

もっと具体的には「エビデンスを重視するか否か」の違いです。

エビデンスを重視しないなんてバカ?」と思う方も多いと思います

私も7割同意しますが、これにはこれで事情があります

先ほど書きましたが、2の人たちが重視するのは事例研究です。

https://anond.hatelabo.jp/20181009215657 には、「事例研究には物語以上の価値はないのでは」とありました。

「そう見えるのは仕方ないだろうな」と思う気持ちと「物語価値過小評価しすぎですよ」という両方の気持ちを抱きます

なぜかと言えば、「クライエントの人生」を理解しようとすれば、どうしても「物語」というフレーム必要になるからです。

古典的な臨床家(心理療法をやる人)は、クライエントの人生全体を見ます

クライエントが訴える問題(やる気が出ないとか、落ち込むとか)を全てと考えるのでなく、むしろ人生における氷山の一角と捉えます

そして、クライエントの人生をそのものを見つめ、その人がより良く人生を歩んでいけるよう、どうにかこうにか支援をしていくわけです。

(「大きなお世話」「思いあがるな」と思われる方もいるでしょうし、下手すると実際にクライエントにとっても大きなお世話になります

その人の知能や症状の程度、パーソナリティなどを数値化して客観的に捉えることは心理学の得意技ですが、それでその人の人生全ては捉え切れません。

人生というものを捉えようとした時、どうしても物語必要になります

もちろん、物語ですから完全に同じ事象再現されることはまずありません。そのため、厳密な「エビデンス」はそこから得ることはできません。

ですが、だからといって物語意味がないわけでもありません。

物語から自分は何も学んだ覚えはない」という人がいたら、それは物語意味がないのではなく、恐らくその人に学習能力がないためです。

物語を蓄積していくことで、我々は人間に対する理解をより深いものにしていくことができます

そのため、日本臨床心理学者は「エビデンスなんかいらない」というよりも、「物語を蓄積してくしか、やりようがない」と思っていた部分もあると思います

またもう少しフォローしますと、単に物語を乱立させるのでなく、蓄積された様々な「物語」を体系づける理論の構築自体は脈々と行われてきました。

それが、「2」の後ろ半分「それを踏まえた臨床論的研究」です。

フロイト精神分析なんかは、今でも理論精緻化され続けていて、それはそれで読むと非常に面白いですし、人間理解に大いに役立ちます

というわけで昔の臨床心理学は、多分に人文的というかアート的な学問領域でした。学んでみると非常に面白いのですが学問としての欠点もたくさんあります

最たる点が、多くの方が既に感じていらっしゃる通り、物語性を重視するあまり客観性エビデンスをあまりに軽んじてしまたことです。

 ◆

しか1990年代の後半頃でしょうか、「認知行動療法」と「エビデンス重視」の立場が、アメリカから日本へ本格的にやってきました。

心理療法の一つである認知行動療法エビデンスを非常に重視します。

例えば「うつ病」ならば、患者抑うつの程度を測定し、「認知行動療法を行うと抑うつの程度が有意に下がる!」みたいな研究バンバンやるわけです。

当時の学会の様子は今でも覚えていますエビデンス重視の方々は「それエビデンスあるんですか?」と、どこかの誰かのようなセリフを旧来の臨床心理学者に容赦なく投げつけ、大変気まずい空気を作り出していました。(別に悪いことではないですが)

残念ながら旧来の臨床心理学者はそれに真っ向から反論することができません。なぜなら、実際の所エビデンスは無いからです。

ただし、客観的エビデンスが求められる研究では、「客観的に扱える要素」しか扱うことができません。

そういう「客観性」では捉え切れない人間の心を探求していったのが、これまでの臨床心理学だったはずです。

ですから多くの人にとって、「エビデンス」というものが極めて底の浅いものに見えたという部分もあると思います

実際私もそう感じる部分はありました。確かにエビデンス大事だけど、余りに機械的人間の心を扱いすぎていないか?と。

それって、本当に臨床心理学が目指していたことだっけ?

とはいえ、旧来の臨床心理学者がその文学性に浸りすぎ、客観性過小評価していたのは間違いないと思います

エビデンスに対して「人生の深みをわかっていない」「客観性が全てではない」と言っても、インチキしか聞こえないでしょう。

要するに、物語偏重し、エビデンス全否定する姿勢は間違っていますが、エビデンス偏重し、物語全否定するのも同様におかしいと、私自身は思います

そういう微妙バランスというか面白さが臨床心理学の中にはありますし、どちらも人を支援する上では大事視点だと思います

 ◆


まぁその後は各学会大学内で、明に暗に色々な小競り合いがあって、現在は昔よりもだいぶ両者が折り合いつつある雰囲気です。

一つは、純粋な「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」の人たちが減ったという単純な理由です。大御所の多くが高齢化し、以前よりはだいぶ比率が少なくなりました。

逆に、認知行動療法がだいぶ浸透した結果、若い世代では認知行動療法が専門外でも、エビデンス重視の考えは馴染みのあるものになっています

また、認知行動療法の人たちも”表面的な”エビデンスが全てではないという姿勢の人が増えてきました。

また、個人的にすごく大事だと思うのが、実証重視の方々にとっては「物語」の代表に見えるであろう精神分析系の心理療法も、ちゃん効果確認されるようになってきたたことです。

これによって、「エビデンスが全てではない」と意地を張らなくても良くなってきたのだと思います

結局、エビデンス否定するのではなく、自らエビデンスを出すことで (とはいえ研究殆ど海外ですが)、問題は解消されつつあります学問としてこれはとてもよいことだと思います

 ◆

つい最近中室牧子さんとかによって、教育業界エビデンス視点を持ち込む動きがありますが、同じように、日本臨床心理学にもエビデンス視点を持ち込もうという動きが20年程前にあったのです。

エビデンスに対する考え方の違いは、人間理解に対する考え方の違いであり、それが論文業績に対する考え方の違いにもつながっていたという話です。

これを読んでみて、改めて「臨床心理学ってクソだな」と思った人もいるかもしれませんが、こういうゴタゴタも乗り越えつつ、少しずつ学問としてブラッシュアップされていっている臨床心理学が私は大好きです。

長くなってしまいました、すいません。

おまけ

長くなったついでで恐縮です。

https://anond.hatelabo.jp/20181011091532 「再現可能性が4割」の部分に

https://anond.hatelabo.jp/20181011091734 「びっくりするほど信用できない学問だな てか学問かそれ 」というコメントを見かけましたが、これ心理学だけの問題じゃないんですよ。

Natureが少し前にいろんな研究者に調査しましたが、理系領域だって再現性は決して高くありません。

https://www.nature.com/news/1-500-scientists-lift-the-lid-on-reproducibility-1.19970

しろ追試をちゃんとやって、どれが再現できるか否かをふるいにかけ、学問を発展させようとする態度こそが科学的だと私は思います

2018-09-29

軽度抑うつ状態が続いていて苦しい

散文です

昔ほど酷い自殺企図は無いが、漫然とした希死念慮は続いている

このままいつまで生きるんだろう。家族の恥になりながら

今年やっと読み切り漫画掲載してもらえた

2作目を描いてるところだが一向に筆が進まない

漫画家というのは基本在宅なので、いくらでも怠けられてしま

もう1週間くらい原稿に手を付けず、ひたすら寝込んで薬を飲んで、犬の世話と散歩をするくらいのことしかしていない

犬は可愛い 可愛いからの子を置いて死ぬことはできない だからまだ自殺はしない

の子が死んでしまったときに私も死のう

まだずっと先の話だけど

脳の障害精神病院のために障害年金申請したがおりるかわからない

ずっと不安である

そもそも私なんかが福祉の手を借りていいのだろうか

年金なんてもらうべきじゃないのではないか

そんな罪悪感で苦しくなってまた寝込む

軽度うつって書いたけどこれがうつなのか単なる私の怠けぐせなのかわからない

病院に行ったら聞いてみようと思う




今年25歳、この漫然とした閉塞感から開放される日は来るんだろうか

2018-09-14

anond:20180913210122

相談するのは斜めの関係が良いと言います

直接親や子供より、おじ・おばの関係のほうが相談やすかったりします。

直接の上司部下より、隣の部署の先輩とか、まさにこれ。

丁度良いタイミングで声をかけられたのだと思います元増田の行動はほぼ理想的です。

で、具体的な対応策ですが、まずはよく話を聞くことからです。アルコールは入っていないほうが良いです。

たいていの場合は、誰かに相談ができて、あとはよく休息を取れれば、気分の面は改善することが多いです。

一方で、病院への受診や、早急な労務軽減などの対応必要場合ルールアウトする必要があります

泣いているとのことで、気分的には抑うつ的となっていそうなので、次に睡眠と食欲について尋ねてください。どちらかについて眠れない、とか、食事がとれない・体重が減っているなどの状況があって、2週間以上続いているようなら病院受診させてよいと思います可能であれば、死にたい気持ち希死念慮がないか確認できるとよいと思います

まり親しくない中で尋ねるのはハードルが高いかもしれませんが、

「つらい状況が続くと、死にたくなるという人もいるんだけど、新卒場合はどう?」

といった形で聞くのが良いと思います

労務的な対応については、元増田一人で抱え込むと厳しくなるので、誰かに相談しておいたほうが良いと思います企業には安全配慮義務があるので、元増田上司から新卒のこの上司にそれとなくきいてもらったり、労務担当部署から残業時間の把握をしてもらったりするのは一つの手です。

残業時間が月100時間を超えていれば、企業側に該当社員面接をする必要が出てきます

2018-08-28

1か月抑うつ状態休職してわかったこ

7月半ばから今日まで休職した。明日から復職する。

休みにあたってわかったこと、休んでる間にわかたことを備忘録変わりに書く。

1. 休職までの流れ

2か月ほど、1~2週間おきに通院。薬をもらった(ハンゲコウボクトウ、ルネスタ1mg、スルピリド

薬を飲みながら会社に通うもやはり精神的につらく、医者に「死にたいと思ったこともある」と伝えたところ休職しましょうと診断書をもらった。

診断書には「抑うつ状態のため、~~~~1か月の休職を勧める」的な内容が書いてあった。(受付でもらう際に内容確認した)

次の日上司診断書を渡し、引き継ぎのためもう一日出社したのち休職した。

上司とはそれまで仕事の進捗が良くないことや4月から忙しくなったこともあって何度か面談させてもらっていた。(あまり意味はなかった気もするが)

診断書を渡した時、何が一番しんどいのか、それを取り除けば休職する必要はないのではないか仕事が合わないなら異動することもできるがどうか、等の話をしたが

一旦リセットしたい気持ちが強かったので休職させてもらった。異動についてはすぐ答えられず保留した。

2. 休職後の流れ(初日~2週間ほど)

休職してすぐは特に何もせずぼーっとすることが多かった。

妻も働いているので家事全般をメインにこなし、時々出かけるという感じだった。

通院も続け、ひとまずゆっくりしてください、とのことだったので言葉に甘えてそうしていた。

3. 休職後の流れ(3週間~現在)

精神的な落ち込みもだいぶマシになり、家事にも慣れてきた。

何もしていない状態をまずいと思うようになり、資格勉強(会社から言われたもの趣味のもの)をはじめた。

はいってもたまにカフェで3~4時間本腰いれて勉強するくらいで、だいたい1日1~2時間ほどしかやっていない。

病院では少しずつ復職に向けて勉強したり運動したりしていきましょうと言われていた。

4. 家事について~掃除編~

風呂トイレキッチン、部屋と一通り掃除していたが、

重曹クエン酸を使うより素直にそれ用の洗剤を使う方が何倍も楽だった。

重曹クエン酸エコだのキレイになるだの調べればいくつでも情報がでてくるがいちいち希釈したりそのためのボトル必要だったり面倒なだけだった。

ただ水垢汚れにクエン酸は本当に効果があった。

5. 家事について~料理編~

料理ほとんどしたことなかったが、とにかくネットの信頼できるレシピ通り忠実に作ればだいたいのものは作れるようになった。

ポイントレシピに忠実になること(時間や火加減、量など)と、信頼できるレシピを参考にすること(ハッキリ言えば、素人ママレシピをあてにしない)の2つだけである

2018-08-16

海外の院に行った人から

さみしい、来て とメッセが来た。

すごく心が満たされた

正直大学の先輩である彼女とはリアルではそんなに関わりがなく、留学にあたって熱心に相談を聞いてあげただけの間柄だ、メッセージ上で。

彼女にとっては友人だったらだれにでも、かまってーと送ってる最近のおきまり挨拶だと思われる。

だのにメッセの通知で上の文字列を見ただけで最近の荒れ果てて取り乱して抑うつ自分の心はすごく満ちて、内面に一瞬で久しぶりの平穏が訪れた。

恥ずかしいくらい本当に自分はひとに必要とされる、欲せられることがなくてそれに飢えているということがよくわかった深夜2時。今後の何か足がかりになるような感覚

2018-08-08

発達障害境界性人格障害の誤診

発達とボーダーは誤診されやすいのだろうか?

私はADHD(多動優勢)の診断を受けてストラテラを貰っている。

しかに頭のもやが晴れて不注意も少なくなったような気がする。

ただ感情不安定さは治らなかった。

しろ1回辛いことがあって泣きわめくほど落ち込んだらそのまま1週間2週間は抑うつ状態が続いて辛い。

薬を飲んでいなければ1日で感情が復帰する。

ストラテラは元々抗うつ剤から落ち着くよって言われてるのにこのへんにはめっぽう効かなかったのだ。

薬飲んでも治らない、問題解決しても勝手に誤解して凹んで泣きわめく。

これはADHDでなくて性格が悪いだけ、ひょっとすると境界性人格障害なのではないか自分で疑った。

衝動

感情

攻撃

・過度の理想化とこきおろし

・試し行為

・0か1かで物を考える

などなど… 心当たりがもろもろあった。

しろ絵に書いたようなボーダーっぷりを発揮している。

ADHD判断をされたのはこの中の衝動的、感情攻撃であるとこが特徴として被ってただけなのではないか

でもこういうのって医者にどう伝えたらいいんだろう。

「私実はボーダーかもしれません!」って自分から言うバカいないよなあ。

でもいよいよ限界迎えてきたし昨日「あんた本当におかしいよ理解できない、普通じゃない」「頭いかれてる」って職場で言われたか死ぬか直すかしたいんだよね。

生きてるだけで迷惑とはまさにボーダーのことだ。

抑うつ状態と診断された

高専卒のメーカー勤務3か月目、会社に行けない日が続いて「またダメループに入ったな」と思っていたら抑うつ状態と診断された。

学生時代から突然学校に行けなくなるような日々はよくあったが、抑うつ状態と診断されたのは初めてだ。

傷病休暇扱いになって手当金も出るらしいがどのくらい出るのかよくわかってない。

主治医から上司から実家に帰ることを勧められたが、両親が住んでる方も祖母が住んでる方も微妙に居心地がずっと悪くて正直帰りたくない。

ただ周りの人間からすると勝手自殺されるより親の目がある場所にいてもらった方が安心するんだろうな

入社3か月で抑うつ状態になるような人間にこれから社会生活をまっとうに生きていけるんだろうか

2018-07-20

自分のような奴らが生きていてはいけない」という自動思考

最近コレに悩まされている。

自分はまあいわゆる『自分ADHDだと思っている低スペ人間だけど、実際ちょっとADHDっぽいしASDっぽくもあるけどカウンセラーに言わせると「そういう傾向がちょっとあるだけで普通の人です。ちょっと鬱病気味ですけど気分が落ち込みがちになっている程度なのでまだセーフです」的なポジションにいる低スペ人間』っていう現代日本だと30人に1人ぐらいいそうな感じのアレです。

そんでまあ30人に1人ぐらいいるってことは50人ぐらいの職場で働くと「もう1人のボク」と対峙することになるわけです。

100人ぐらいの職場になると「もう1人のボク」が2人になります

そんでまあ今本当にその状態で、そのうちもう1人は全く別の部署で働いていて悪い噂が物凄い勢いで耳に入ってきます

その人の悪い噂を聞くたんびに「ああ……この人は遠まわしに私の悪口も言っているのだろうか……そうやって釘を差されたところで今更直しようもないものだというのに……」と気分が落ち込みます

そこまではまあ耐えられます

しろ「まあそういう人でも働けているわけだしセーフじゃないの?」と思います

ですが……恐ろしいことに……なんと私の直属の上司がもう1人のアレな人なのです……。

結果として私と上司はお互いが持つ低スペ人間パワーをぶつけ合いながら日々「何で当たり前のことができないの?コイツは?」と考え憎しみをぶつけあっています

お互いの弱点が分かっているのだから手を取り合えばいいのに……周りはきっとそう思っているでしょうが、なかなかそうはいきません。

結局の所、お互いが今まで「普通の人」の善意や助力に甘えて生きてき続けてしまったせいで、相手自分も低スペだった場合対処方法が分からないのです。

中でももっと辛いのが『お互いにコミュ障なのでそれを補い合えない』ことです。

喩えるのが少し難しいのですが……(以下「ここまで」まで読む必要なし)

『もしもコミュニケーションというものがお互いのコミュ力の合計が10あればきちんと成立するシステムだと仮定して、普通の人の基礎コミュ力が8だとしてコミュ障の基礎コミュ力が4だとしましょう。

 この時普通の人同士で会話をするとコミュ力の合計は14もあるので簡単に会話は成立しますし、多少お互いの認識齟齬や聞き逃しがあってもよほどの事がない限り10を上回るので最終的にはあっさり会話が成立します。

 また、コミュ障普通の人が可愛する場合でも基本的に合計は12ポイントあるので、なんだかんだ普段の会話は割と成立しますが、ちょとしたことで会話に齟齬が生じ始めます。スキあらば会話が迷子になる恐ろしい綱渡りとなりますが、まあコミュ障はこれぐらいの事慣れてます

 さて、コミュ障同士が普通に会話するとどうなるでしょうか……合計は8です……。普通にやっていては会話が……成立しません。お互いがまず相手に歩み寄り、そして互いが理解を共有できる分野を探して何とか会話を成立させます。会話が実は成立してないことも多いですが、そこを掘り下げあうと相手コミュ力の低さを皮肉るような会話にすらなりかねないのです。一見話が通じているように見えて実は互いが全く別のイメージを浮かべていることに最後まで気づかなかったりする事がままあるのが、コミュ障同士の会話です

』(ここまで読む必要なし)

つまる所、コミュ障同士で会話するとお互いの大いなる努力を持ってしなければ会話に齟齬が生じたままで終わりうるって事です。

日常会話や友達付き合いであれば「ばっかでー」で終わるのですが、仕事だとそうはいきません。

地獄です。

周りを巻き込んで地獄が始まります

その地獄の中を業務パターン化や、最終調整前の細かいやり取りで補うことで、ギリギリなんとか誤魔化すのが、コミュ障同士のビジネス関係です。

そして、その地獄に巻き込まれて周りは明らかに疲弊していきます

そもそも2人の低スペ人間を抱えている時点で職場の戦力はダウンしているのに、更にソイツらの間でまともにコミュニケーションが成立しないから、一度でも伝言ゲームでそこを介したら一気に情報の信用度がガタ落ちするのですから、たまったものではないでしょう。

それを毎日毎日見ていると、どうしても「自分たちのような低スペ人間社会寄生するのはいい加減やめた方が良い。だが、低スペ人間同士が出会ってさえ居なければなんとかなるのだ」と考えてしまます

このような思考脳内を走る日々の中で、受容の5段階に近いことが起きます

否認、怒り、取引抑うつ、それらのストレスからまれマイナスエネルギー自分相手に向かいます

眼の前にコミュ障が居なければ自分コミュ障であるという事にここまで苦しまなくて済む、その事実最初敵意となり、やがて同情となり、最後には「そもそも一番可愛そうなのは周りの人達だ」という気付きにたどり着きます

さて、それでは、可愛そうな周りの人達を救うのに低スペ人間が出来ることは何でしょうか?

それがタイトルに書かれたものです。

私はどうすればこの自動思考から抜け出せるのでしょうか。

心は既に受容の5段階目を駆け抜けています

何とかしてブレーキを踏む必要があるのでしょう。

ですが、どうにも上手くいきません。

はてなーメンヘラについて造詣が深いと聞きます

方法を教えてください。

ちなみに会社と繋がっているカウンセラーにこの話をした所、「え?止めればいいじゃん?自動思考って自分で分かってるんでしょ?」っていう感じでした。

2018-07-19

マッチョ生き方

マッチョ生き方」というものがある。

意識が高く、向上心があり、常に自分を磨くトレーニングをしている人のことだ。

私のSNSタイムライン過半数は、インフルエンサーたちの筋肉で蒸し暑い

最近こんな仕事をした。こんなものを作った。

自分は世の中についてこう思う。

他の人になにを言われようが気にしない。

などなど...。

自分筋肉他人に見せびらかすことは自己顕示欲が強くて気持ちが悪いと、

一時期そんなマッチョたちに嫌気がさしていた。

会社で行っている仕事自分の鍛えたい箇所が違っていたからなので、自分に合わない仕事で疲れていた。

他の人のことが気になり、自己否定を繰り返す毎日で、彼らの「マッチョ生き方」は息苦しかった。

私の周囲は会社仕事自分の鍛えたい箇所がマッチしている人が多い。

次元の話だから多少きつくてもやっていけるのだ...。自分はなんてダメなんだ。

当初はただ不貞腐れ、ダラダラ過ごしていたのだが、途中で疲れがピークに達し心療内科へ行った。

その疲れは私の現在抑うつの診断と紐づいていることが分かり、自分の鍛えたい箇所に改めて向き合う必要があると実感した。

診断後だいぶ苦しい思いをしたのだが、吹っ切れたお陰で最近休日自主学習自主制作がはかどっている。

仕事でもちゃん自分を磨くトレーニングができ、多少の嫌な作業でも栄養と考え取り入れる思考ができた。

今では、マッチョたちのツイートを見ても邪険に感じなくなり、むしろ自分の成長に活力を与えてくれるものだと感じている。

話は変わり、仕事求職者と会う度に感じたこととしては、

転職に期待することとして待遇が良いこと、福利厚生休日の量、やりがいなど(大切なことだが)表層的なことばかりで、控えめに言っても頭を使っている転職活動とは思えない。

私自身も鍛えることは嫌であった。

でもそれは自分に合わないトレーニングをしていたからに他ならない。

きっとユーザー自身も疲れているのだ。

栄養を取らず、ガリガリになった求職者にとってマッチョ生き方はきっと以前の私と同じく別次元の話だと思うだろう。

不貞腐れ、ダラダラしたままで、仕事を移っても良い結果は得られないのではないだろうか。

現在転職サービスは、転職の間口を広げ、限界寸前のガリガリ求職者転職市場に放り込まれている状態だ。

結論として「マッチョ生き方」は社会を生きるうえで必要であると私は感じている。

その目的自分他人を早く切り離し、己の成長にのみ向き合うために他ならない。

己の成長の結果の対価として、報酬のアップや仕事業務内容や環境改善などを転職ではじめて求めることができる。

転職理由他人を持ち出した時点で、急務であるべきは転職ではなく休職だと私は思う。

無理して筋肉痛や肉離れ(心が壊れた時)の状態活動するべきではない。

まだ世間は強いもの以外に優しくできてはいないのだから

2018-07-06

拒食症

私は物を介して甘やかされていても、信頼と受容の関係という甘えを体験していない子供であった。輝く子どもであることを無意識要求され続け、しかし際限のない親の欲望を満たすことができず、常に自己が無力化される機構が働いている。

自己不信を中核とした自己意識は常に悪性の抑うつを生み出し続ける。自己不信が生みだす深刻な抑うつ防衛するために、鏡像で映したような、等価価値のある自分を発展させて自己バランスしようとする。甘えと愛を断念して手に入れたのは病理自尊心であり、背後には茫漠たる自己不信が横たわっている。

内的価値自分存在が周囲から許され愛されており、無条件に自分という存在には価値があるという感覚があるときに成立する。周囲の人からどう思われるかに敏感であり、常に他人自分比較しながら生きざるを得ない。輝く自分を実現するには、他人を蹴落してでも上位にならなければならない。外的価値は結果を出すことでしか得られず、必然的に対人関係は勝ち負けの世界となる。優越している自分他者を見下す対象にし、転落した無能自分は見下される対象になり、対等の人間関係を築くことが困難になる。

拒食症患者例外なく「平凡恐怖」を抱えている。社会で生きていくためには、誰もが目で見てわかるような外的価値を獲得するしかない。学歴職業地位、才能、ブランド、そして贅肉のないスリムな体型はその最たるものである自分を信じることができない彼らは、他人を信じることができない。自分を愛せないことは、他者を愛することを不能にする。

2018-07-01

anond:20180624140926

マジレスすると、それを探す能力を少しづつ鍛えるのが大事

後は他にも色々あって、環境の変化は脳を活性化するし、変化が乏しいとそれに慣れて新しい事が出来なくなる危険がある。

メンタルだけではなく、体調面でも、太陽光自律神経や抑うつ睡眠体内時計)、免疫等とも関係しているので基本的日光浴はした方が身体に良い。

https://meril.me/dysautonomia/10006/

https://www.myhealthy.jp/articles/1759

https://matome.naver.jp/odai/2136886409212978501

どういった経緯で外に出ないのか書いていないので、断言はできない(一人で長い休息が必要な事があったのかもしれない)が、気にかけて貰うのではなくて、誰かを気にかけたいと思う可能性もある。

周りを気にかけなくなったのは、自分がしてあげられる事がないと思い込んでるからかもしれなくて、そう思ってしまった理由を探すのはすごく大変だけど、部屋にずっといたらそれが見つかる可能性は低い。

行動の可能性は間違いなく広がる。

オープンワールドを楽しもう。

強制イベントはどこにもない。

2018-06-28

精神科でもらう薬は、うつっぽい、で飲むべきではない

数年前、鬱と診断された。

ストレスがすごくて、逃げ出したい気持ちでいっぱいで、

精神科へ行き『こんなにしんどいんです、つらいんです』と訴えて鬱という診断をもらった。

今思えば、あれはきっと鬱ではなかった。

ただの抑うつ状態

その時は本当にしんどいと思っていたから、『やっぱり私鬱だったんだ!』って肯定されて安心した覚えがある。


サインバルタSSRIを処方してもらった。

楽になるかと思ったら副作用がすごくて、1日中吐き気が続いてまともに動けなかった。

先生は2週間くらいで慣れてくると言ったけど、その間副作用がひどいと分かっている薬をのむのはしんどかった。


ある日、薬を飲み忘れた。

多少の離脱症状はあったものの、薬飲まない方が身体はるかに楽だった。

ストレスはとくに軽減されてなかったけど、薬を飲んでも気分が楽になったり前向きさがでることはなく

ただ副作用しんどい日々を送るのがいやになっていた。


だんだん病院から足が遠のき、薬もなくなり、今までと同じように過ごすようになった。

ストレス源と少し距離を置いたおかげで、薬がなくても気持ちが軽くなってきていた。


きっとわたしは鬱なのだ、と思い込んで、鬱病という診断を受け取るためにがんばり、

本来は飲まなくてもいい薬を飲んで苦しんでいたんだと思う。

一時的抑うつ状態の時や、ただ落ち込んでいる人には、精神科の薬は強力すぎて害の方が強いのかもしれない。

精神科に行くのは悪くない、でもうつ病系の薬は安易に飲むと本当にしんどくなるから

処方されたのに飲んでも全く改善しない、飲んでない時の方が楽という場合は、深刻な鬱状態までは落ちてないのかもしれない。

先生に辛さを訴えれば、わりと簡単に鬱診断が下る。

でも薬を飲む時は、本当に薬が必要レベルで困っているか自問自答してみてほしい。

鬱っぽい、くらいの感覚で飲むと本当に後悔する。

先生に鬱かどうか伝える時に、鬱っぽく演じてしまってないか、嘘ついてないか自分に問いかけてみて。

anond:20180626204002

釣りマジレスだったらすまんけど、ネット名無しの指図で精神科に行くものなんですかね。

それでも精神科受診を考えている人は、まずお住まい精神保健福祉センター相談するといいですよ。

自分受診する必要はあるのか、ある程度助言が貰えます

ただ出来れば精神科には掛かりたくない、薬も飲みたくないなど意思はきちんと伝えるべきですね。

それと、薬で治る精神的な病気は本当のうつ病くらいでしょう。

定形うつ抑うつ神経症発達障害人格障害などは薬だけでは治りません。

勿論医師に話を長く聞いてもらったって治りません。

うつ統合失調症も完治はできず、一生薬でのコントロール必要です。

薬は副作用が強く出ることもあるので、当事者には辛い治療でもあり、薬を飲むのを嫌がる人もいます

病名を特に言われなかったのなら、抑うつ程度だったのでしょうね。

2018-06-27

anond:20180626204002

「もうそろそろ効くころ」とか、飲むのやめたあとの離脱症状描写から考えると、処方されてたのはSSRIかな。

とすると、主訴は抑うつ不安あたりかな。

薬が効かないということは、器質性の除外ができてないか治療抵抗性だったか環境に要因のある適応障害だったか病気自体が軽症だったからかな。

(よく誤解されてますが、うつ病場合重症であるほど薬が著効します。逆に軽症であるほど薬が効きません)

うつ病とかの気分障害だったら、自分日本うつ病学会サイトアクセスして、最新のガイドラインを参照すればいいんじゃないのかな。

あれが日本語で読める最新のエビデンスまとめだからな。

2018-05-28

anond:20180528100135

それでも、それを理由により弱い人を攻撃することと結び付けることは、肯定しちゃダメだろう。

自分が抱えている社会的ワープアなど)内面的な問題抑うつなど)の解決とは、分けて考えないとさ。

2018-05-26

anond:20180524231941

自分が振り返るために書きます。)

すごく、わかります

親に相談した時に「よかったじゃん」とか言われると、すごく凹みます


別に何か対応してほしいわけではないし

対応できないこともわかってるけど

もしかして自分が間違ってるのかなって思ってしまう。


他人の言うことならいざ知らず親が言うことは、

理屈の上ではおかしいとわかっていても.. すごく辛い

(男のくせにとんでもない弱虫です)


助けてあげたのに裏切られて

研究成果を奪われ、推薦の就職先を奪われた時に

相手を助けてあげなさいよ」と言われた時とか

(当時は、自分の甘さに失望しました。)


就職してからブラック企業で、3 年間 100 時間残業が続いて

もうどうしようもない時に

「大変なのは、みんな一緒」って言われた時とか


本当に運よく公務員転職が決まりました。


ささやかながらも築いた職歴を捨てて公務員になるか、

それとも危険承知で前職に戻るか

休職して将来のことを少し考えようと思った時に

「何もしないでお金をもらっているなんて..」と言われたり

残業代は、みなし残業などで、ほとんど、もらっていませんでした..)

「早く家から出て行った欲しい」と言われたり

(ずっと家にいられたら重くて嫌な気持ちはわかりますが..)



一人暮らしをはじめて

両親とも距離を置いて数年して2つのことを感じるようになりました。


1つ目は、そんな重いことを言われても

とりあえず右に左に流すしかないってことなのかなと思いました。

子供のことをいちいち全部受け止めてられない。


おじいちゃん、おばあちゃんになると判断力が鈍って

まともなことが言えなくなることもある。


2つ目は、親の言葉威力が大きい。

間違っているとわかっていても、無意識のうちに受け入れてしまっている。


特に休職間中

「お前はうつ病なんかじゃない(診断書抑うつ)」

「疲れてなんかいない、みんな一緒だ」

と言われたことでした。


かに何もできないわけではない。

普通にご飯も食べれて、歩き回ったりもできる。

でも、昔のように朝から晩まで仕事ができない。


中途半端勉強などをして全然気力が回復できていませんでした。

それこそ月曜から日曜まで、喫茶店やら図書館で 6, 7 時間勉強してました。

いまにして思えば、もう少ししっかり休息を取って置けばと思いました。


「6, 7 時間でヘトヘトになっていたら前の職場はおろか民間には復帰できない」

「確かに何もできないわけではないから.. 頑張らないと」

こんな2つの思いが無意識のうちに拮抗していました。


あの時何をするべきだったかを考えると

遊ぶべきだったなと思います


ボロボロになっていた人間関係回復して

旅行などして外の世界を見るべきでした。


また辛いですが何もせず

休息をとることを知るべきでした。



結局、自分場合は、距離が近すぎたんだなと思います

こうやって一人暮らしを始められてよかったなと思います


また、なるべく連絡を取らないようにしていましたが

両親との関係も近づきすぎない程度に

適度に元に戻していけたらなと思っています

それに、もしできたら民間に戻りたいなとも思っています


元増田さん、どうか良い1日を。

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