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はてなキーワード: 抑うつとは

2018-10-20

日内変動についての感想

抑うつ傾向のある人間はしばしば日内変動がある。朝の方が調子良いとか、夜の方が良とか色々である

自分定型うつタイプなので、やはり朝は辛い。それでも今こうして、ここに無意味感想を残せそうである。少しは寛解したのだろうか。

朝、とにかく身体が重くて、頭が痛くて、動悸がして何も出来なかった。それが今は身体は重いがこうして、無意味感想を書ける。ニュースを流し見れる。

おそらく「そんなことは当たり前だ」のような厳しい言葉もあるのだろう。というか、自分が1番自分自身にそう思っている気がする。それでも今は抑うつ傾向、不安傾向の強い適応障害からの脱却の第一歩だと、自分を褒めておきたい。

もう少しすると、もっと身体は動くはずだ。そうしたら、趣味写真撮影でもやりに外を歩こう…。

2018-10-19

適応障害休職になった男のリハビリ日記1

前段の話

大手SIerの半研究開発職/半SEみたいなポジション仕事していた者です。

一応昨年度の新卒で入ってますが、業界は初めてではなく大学時代も細々ベンチャーで開発職したり、フリーSEしてました。

今の会社入社すると同時に結婚して、今は妻と2人暮らしです。

ただ妻はいわゆるボーダーで、パニック障害持ちでうつ病と少々厄介でした。

そんな感じの背景のある人間です。

本題

ある日、酷い頭痛発熱、全身の極端な倦怠感、強い動悸に襲われました。数日経っても改善せず病院に行きましたが病理的な原因は不明です(やや数字には出ていたのですがそもそも数日間食欲もなく水分もろくに取っていなかったので…)。

その後もあれよあれよと言う間に色々な検査を受けて最後精神科で掲題の診断に。

実は精神的な問題には心当たりがありません。会社も決してブラックではなく、もちろん妻のことは大変でしたがそれでもなんとか。強いて言えば妻は働ける状態ではなかったので、お金の面がじわじわ不安になってきた程度です。

それでも、事実として身体に症状が現れ、夜は眠れず、朝起きれば意味もなく(良い歳して)泣いて…。

あと自殺念慮というやつが私には今ひとつ分かっていなかったのですが分かったかもしれません。死にたいと思っているつもりはないのですが、自分電車に飛び込む映像、首を吊る映像ベランダから飛び降り映像…こういったものが繰り返し頭をよぎる(あるいは脳内再生していた)状態でした。

うつ病の妻を持っていたので、この手のことには詳しいつもりでいたのです。しかし、自分のこととなると意外と分からないものなのでしょうか。

自分も今でこそ、そんな風に客観的に書ける余裕がありますがその当日は「休職だけは勘弁だ」とか「死んでもいつも通りの生活する」などと騒いでいたそうで…(笑)

夕方比較調子が良いのと、セパゾンを飲んでるのが効いているのかなぁ…今は落ち着いて書けますね。

ごめんなさい、結論がまだでした。

休職1ヶ月を申し渡されました。

これが本題です。

休職1ヶ月のリアルは、主治医曰く

3割が復帰、3割がさらに延長、3割が今の仕事生活からドロップアウトといった感じらしいです。

私は復帰の3割に入れることを願い、行動しようと思います

適応障害と診断され、1ヶ月の休職になった会社員が本当に1ヶ月で復活するアーカイブとなれば良いかもしれない。あるいは、その難しさに挫折して違う道や、時間をかけた戦いに戦術変更するアーカイブとなっても良いかもしれない。

いずれにせよ、予想外の病に抗う匿名ブロガー不定期な日記をここに残していくことにします。

そして、最後自身方針を是非はともかく残すことにします。

薬物的な方針
行動とかの方針

薬物的方針主治医とも色々相談した上で…眠れないときアルコールで寝てしまうよりは…ということに。

SSRISNRIは相性問題も難しいですし、急性期の抑うつには難しいので一旦は無しで合意しました。

行動の方針はもう実行してますが…これは次の日記で。

具体的には会いたい人で、その上で会ってくれるという人には積極的に会って行くことにしました。あと大学時代研究室に少し、お世話になって勉強も。

今回の日記はそういった前置きの話で置いておきましょうか。

から本当の本当に日記になると思います

ちなみに次の日記には、大学時代お世話になった全然畑違いの先生に会いに行く話だと思います

今回のはここまで。

2018-10-11

日本臨床心理学における査読論文価値

anond:20181009215657

心理学について書こうと思ったら、お一人書いてくださった方がいたので、そこで「特殊」とされていた臨床心理学について書きます

臨床心理学系の大学院博士号を取って、現在大学で臨床と研究をしています

論文事情を書こうと思ったら、背景にある臨床心理学事情になりました…。そして「日本の」と書いたのは、日本の固有の事情もあるためです。

はじめに

臨床心理学における研究は、おおよそ以下の3つに分けられます

 1:ブコメであったような、症例報告から始まってランダム対照試験まで行くという医学疫学的な研究

 2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究

 3:その他の調査研究ちょっと大雑把ですがゆるしてください、そして私のメインはここです)

少々雑な括りで、中間位置する方や例外もままいることを踏まえ、あくまでも概要を述べているということを踏まえたうえでお付き合いください。

論文事情

https://anond.hatelabo.jp/20181009215657 では心理学論文事情として以下の順序を挙げていらっしゃいました、

 査読付き英語論文>>>>査読日本論文>>査読なし日本論文(いわゆる紀要査読有り紀要も含む)

これは、1と3を自分研究領域にしている臨床心理学者にもほぼそのまま当てはまりますし、海外でも同様です。

そのため、競争が激しい業界院生さんだと、Predatory Journalに投稿しているケースも残念ながら見ます

特殊なのは、「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」を中心としている人たちです。

この方々の多く(全員ではありません)は、場合によっては「論文」というものを軽視すらしていますし、査読論文の数も非常に少ないです(大学に勤めている以上、建前で「論文書かないとね」と言ったりはしますが)。

これは分野外の人からはよく見えないため(もちろん業績調べればわかります)、中々ややこしい問題です。

私の観測範囲ですが、下手にこういう人たちが多い大学就職しようとしたり、あるいは就職してしまったりすると、論文業績が多い人はかえって冷めた目で見られたりすることすらあります

このような信じられない断絶が臨床心理学の中にあるので、業界からはわかりにくいのです。

ちなみに「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」の人たちの業績に対する意識は人文系に近く、私も完全にはよくわかりません。ただ少なくとも、英語査読論文を無条件でありがたがったりはしません。

しろ”深みのある”事例研究理論検討が尊ばれ、そうしたものに特化した特定学術雑誌論文や、あるいは書籍などを重視する印象です。

業界事情(長いです)

なぜ学問を行う場である筈の大学において、こんな断絶が起こるのでしょうか。

つの要因は単純に「世代」です(繰り返しますが大雑把な区切りです)。

世代によって何が違うかというと「臨床心理学に対する考え方」が違います

もっと具体的には「エビデンスを重視するか否か」の違いです。

エビデンスを重視しないなんてバカ?」と思う方も多いと思います

私も7割同意しますが、これにはこれで事情があります

先ほど書きましたが、2の人たちが重視するのは事例研究です。

https://anond.hatelabo.jp/20181009215657 には、「事例研究には物語以上の価値はないのでは」とありました。

「そう見えるのは仕方ないだろうな」と思う気持ちと「物語価値過小評価しすぎですよ」という両方の気持ちを抱きます

なぜかと言えば、「クライエントの人生」を理解しようとすれば、どうしても「物語」というフレーム必要になるからです。

古典的な臨床家(心理療法をやる人)は、クライエントの人生全体を見ます

クライエントが訴える問題(やる気が出ないとか、落ち込むとか)を全てと考えるのでなく、むしろ人生における氷山の一角と捉えます

そして、クライエントの人生をそのものを見つめ、その人がより良く人生を歩んでいけるよう、どうにかこうにか支援をしていくわけです。

(「大きなお世話」「思いあがるな」と思われる方もいるでしょうし、下手すると実際にクライエントにとっても大きなお世話になります

その人の知能や症状の程度、パーソナリティなどを数値化して客観的に捉えることは心理学の得意技ですが、それでその人の人生全ては捉え切れません。

人生というものを捉えようとした時、どうしても物語必要になります

もちろん、物語ですから完全に同じ事象再現されることはまずありません。そのため、厳密な「エビデンス」はそこから得ることはできません。

ですが、だからといって物語意味がないわけでもありません。

物語から自分は何も学んだ覚えはない」という人がいたら、それは物語意味がないのではなく、恐らくその人に学習能力がないためです。

物語を蓄積していくことで、我々は人間に対する理解をより深いものにしていくことができます

そのため、日本臨床心理学者は「エビデンスなんかいらない」というよりも、「物語を蓄積してくしか、やりようがない」と思っていた部分もあると思います

またもう少しフォローしますと、単に物語を乱立させるのでなく、蓄積された様々な「物語」を体系づける理論の構築自体は脈々と行われてきました。

それが、「2」の後ろ半分「それを踏まえた臨床論的研究」です。

フロイト精神分析なんかは、今でも理論精緻化され続けていて、それはそれで読むと非常に面白いですし、人間理解に大いに役立ちます

というわけで昔の臨床心理学は、多分に人文的というかアート的な学問領域でした。学んでみると非常に面白いのですが学問としての欠点もたくさんあります

最たる点が、多くの方が既に感じていらっしゃる通り、物語性を重視するあまり客観性エビデンスをあまりに軽んじてしまたことです。

 ◆

しか1990年代の後半頃でしょうか、「認知行動療法」と「エビデンス重視」の立場が、アメリカから日本へ本格的にやってきました。

心理療法の一つである認知行動療法エビデンスを非常に重視します。

例えば「うつ病」ならば、患者抑うつの程度を測定し、「認知行動療法を行うと抑うつの程度が有意に下がる!」みたいな研究バンバンやるわけです。

当時の学会の様子は今でも覚えていますエビデンス重視の方々は「それエビデンスあるんですか?」と、どこかの誰かのようなセリフを旧来の臨床心理学者に容赦なく投げつけ、大変気まずい空気を作り出していました。(別に悪いことではないですが)

残念ながら旧来の臨床心理学者はそれに真っ向から反論することができません。なぜなら、実際の所エビデンスは無いからです。

ただし、客観的エビデンスが求められる研究では、「客観的に扱える要素」しか扱うことができません。

そういう「客観性」では捉え切れない人間の心を探求していったのが、これまでの臨床心理学だったはずです。

ですから多くの人にとって、「エビデンス」というものが極めて底の浅いものに見えたという部分もあると思います

実際私もそう感じる部分はありました。確かにエビデンス大事だけど、余りに機械的人間の心を扱いすぎていないか?と。

それって、本当に臨床心理学が目指していたことだっけ?

とはいえ、旧来の臨床心理学者がその文学性に浸りすぎ、客観性過小評価していたのは間違いないと思います

エビデンスに対して「人生の深みをわかっていない」「客観性が全てではない」と言っても、インチキしか聞こえないでしょう。

要するに、物語偏重し、エビデンス全否定する姿勢は間違っていますが、エビデンス偏重し、物語全否定するのも同様におかしいと、私自身は思います

そういう微妙バランスというか面白さが臨床心理学の中にはありますし、どちらも人を支援する上では大事視点だと思います

 ◆


まぁその後は各学会大学内で、明に暗に色々な小競り合いがあって、現在は昔よりもだいぶ両者が折り合いつつある雰囲気です。

一つは、純粋な「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」の人たちが減ったという単純な理由です。大御所の多くが高齢化し、以前よりはだいぶ比率が少なくなりました。

逆に、認知行動療法がだいぶ浸透した結果、若い世代では認知行動療法が専門外でも、エビデンス重視の考えは馴染みのあるものになっています

また、認知行動療法の人たちも”表面的な”エビデンスが全てではないという姿勢の人が増えてきました。

また、個人的にすごく大事だと思うのが、実証重視の方々にとっては「物語」の代表に見えるであろう精神分析系の心理療法も、ちゃん効果確認されるようになってきたたことです。

これによって、「エビデンスが全てではない」と意地を張らなくても良くなってきたのだと思います

結局、エビデンス否定するのではなく、自らエビデンスを出すことで (とはいえ研究殆ど海外ですが)、問題は解消されつつあります学問としてこれはとてもよいことだと思います

 ◆

つい最近中室牧子さんとかによって、教育業界エビデンス視点を持ち込む動きがありますが、同じように、日本臨床心理学にもエビデンス視点を持ち込もうという動きが20年程前にあったのです。

エビデンスに対する考え方の違いは、人間理解に対する考え方の違いであり、それが論文業績に対する考え方の違いにもつながっていたという話です。

これを読んでみて、改めて「臨床心理学ってクソだな」と思った人もいるかもしれませんが、こういうゴタゴタも乗り越えつつ、少しずつ学問としてブラッシュアップされていっている臨床心理学が私は大好きです。

長くなってしまいました、すいません。

おまけ

長くなったついでで恐縮です。

https://anond.hatelabo.jp/20181011091532 「再現可能性が4割」の部分に

https://anond.hatelabo.jp/20181011091734 「びっくりするほど信用できない学問だな てか学問かそれ 」というコメントを見かけましたが、これ心理学だけの問題じゃないんですよ。

Natureが少し前にいろんな研究者に調査しましたが、理系領域だって再現性は決して高くありません。

https://www.nature.com/news/1-500-scientists-lift-the-lid-on-reproducibility-1.19970

しろ追試をちゃんとやって、どれが再現できるか否かをふるいにかけ、学問を発展させようとする態度こそが科学的だと私は思います

2018-09-29

軽度抑うつ状態が続いていて苦しい

散文です

昔ほど酷い自殺企図は無いが、漫然とした希死念慮は続いている

このままいつまで生きるんだろう。家族の恥になりながら

今年やっと読み切り漫画掲載してもらえた

2作目を描いてるところだが一向に筆が進まない

漫画家というのは基本在宅なので、いくらでも怠けられてしま

もう1週間くらい原稿に手を付けず、ひたすら寝込んで薬を飲んで、犬の世話と散歩をするくらいのことしかしていない

犬は可愛い 可愛いからの子を置いて死ぬことはできない だからまだ自殺はしない

の子が死んでしまったときに私も死のう

まだずっと先の話だけど

脳の障害精神病院のために障害年金申請したがおりるかわからない

ずっと不安である

そもそも私なんかが福祉の手を借りていいのだろうか

年金なんてもらうべきじゃないのではないか

そんな罪悪感で苦しくなってまた寝込む

軽度うつって書いたけどこれがうつなのか単なる私の怠けぐせなのかわからない

病院に行ったら聞いてみようと思う




今年25歳、この漫然とした閉塞感から開放される日は来るんだろうか

2018-09-14

anond:20180913210122

相談するのは斜めの関係が良いと言います

直接親や子供より、おじ・おばの関係のほうが相談やすかったりします。

直接の上司部下より、隣の部署の先輩とか、まさにこれ。

丁度良いタイミングで声をかけられたのだと思います元増田の行動はほぼ理想的です。

で、具体的な対応策ですが、まずはよく話を聞くことからです。アルコールは入っていないほうが良いです。

たいていの場合は、誰かに相談ができて、あとはよく休息を取れれば、気分の面は改善することが多いです。

一方で、病院への受診や、早急な労務軽減などの対応必要場合ルールアウトする必要があります

泣いているとのことで、気分的には抑うつ的となっていそうなので、次に睡眠と食欲について尋ねてください。どちらかについて眠れない、とか、食事がとれない・体重が減っているなどの状況があって、2週間以上続いているようなら病院受診させてよいと思います可能であれば、死にたい気持ち希死念慮がないか確認できるとよいと思います

まり親しくない中で尋ねるのはハードルが高いかもしれませんが、

「つらい状況が続くと、死にたくなるという人もいるんだけど、新卒場合はどう?」

といった形で聞くのが良いと思います

労務的な対応については、元増田一人で抱え込むと厳しくなるので、誰かに相談しておいたほうが良いと思います企業には安全配慮義務があるので、元増田上司から新卒のこの上司にそれとなくきいてもらったり、労務担当部署から残業時間の把握をしてもらったりするのは一つの手です。

残業時間が月100時間を超えていれば、企業側に該当社員面接をする必要が出てきます

2018-08-28

1か月抑うつ状態休職してわかったこ

7月半ばから今日まで休職した。明日から復職する。

休みにあたってわかったこと、休んでる間にわかたことを備忘録変わりに書く。

1. 休職までの流れ

2か月ほど、1~2週間おきに通院。薬をもらった(ハンゲコウボクトウ、ルネスタ1mg、スルピリド

薬を飲みながら会社に通うもやはり精神的につらく、医者に「死にたいと思ったこともある」と伝えたところ休職しましょうと診断書をもらった。

診断書には「抑うつ状態のため、~~~~1か月の休職を勧める」的な内容が書いてあった。(受付でもらう際に内容確認した)

次の日上司診断書を渡し、引き継ぎのためもう一日出社したのち休職した。

上司とはそれまで仕事の進捗が良くないことや4月から忙しくなったこともあって何度か面談させてもらっていた。(あまり意味はなかった気もするが)

診断書を渡した時、何が一番しんどいのか、それを取り除けば休職する必要はないのではないか仕事が合わないなら異動することもできるがどうか、等の話をしたが

一旦リセットしたい気持ちが強かったので休職させてもらった。異動についてはすぐ答えられず保留した。

2. 休職後の流れ(初日~2週間ほど)

休職してすぐは特に何もせずぼーっとすることが多かった。

妻も働いているので家事全般をメインにこなし、時々出かけるという感じだった。

通院も続け、ひとまずゆっくりしてください、とのことだったので言葉に甘えてそうしていた。

3. 休職後の流れ(3週間~現在)

精神的な落ち込みもだいぶマシになり、家事にも慣れてきた。

何もしていない状態をまずいと思うようになり、資格勉強(会社から言われたもの趣味のもの)をはじめた。

はいってもたまにカフェで3~4時間本腰いれて勉強するくらいで、だいたい1日1~2時間ほどしかやっていない。

病院では少しずつ復職に向けて勉強したり運動したりしていきましょうと言われていた。

4. 家事について~掃除編~

風呂トイレキッチン、部屋と一通り掃除していたが、

重曹クエン酸を使うより素直にそれ用の洗剤を使う方が何倍も楽だった。

重曹クエン酸エコだのキレイになるだの調べればいくつでも情報がでてくるがいちいち希釈したりそのためのボトル必要だったり面倒なだけだった。

ただ水垢汚れにクエン酸は本当に効果があった。

5. 家事について~料理編~

料理ほとんどしたことなかったが、とにかくネットの信頼できるレシピ通り忠実に作ればだいたいのものは作れるようになった。

ポイントレシピに忠実になること(時間や火加減、量など)と、信頼できるレシピを参考にすること(ハッキリ言えば、素人ママレシピをあてにしない)の2つだけである

2018-08-16

海外の院に行った人から

さみしい、来て とメッセが来た。

すごく心が満たされた

正直大学の先輩である彼女とはリアルではそんなに関わりがなく、留学にあたって熱心に相談を聞いてあげただけの間柄だ、メッセージ上で。

彼女にとっては友人だったらだれにでも、かまってーと送ってる最近のおきまり挨拶だと思われる。

だのにメッセの通知で上の文字列を見ただけで最近の荒れ果てて取り乱して抑うつ自分の心はすごく満ちて、内面に一瞬で久しぶりの平穏が訪れた。

恥ずかしいくらい本当に自分はひとに必要とされる、欲せられることがなくてそれに飢えているということがよくわかった深夜2時。今後の何か足がかりになるような感覚

2018-08-08

発達障害境界性人格障害の誤診

発達とボーダーは誤診されやすいのだろうか?

私はADHD(多動優勢)の診断を受けてストラテラを貰っている。

しかに頭のもやが晴れて不注意も少なくなったような気がする。

ただ感情不安定さは治らなかった。

しろ1回辛いことがあって泣きわめくほど落ち込んだらそのまま1週間2週間は抑うつ状態が続いて辛い。

薬を飲んでいなければ1日で感情が復帰する。

ストラテラは元々抗うつ剤から落ち着くよって言われてるのにこのへんにはめっぽう効かなかったのだ。

薬飲んでも治らない、問題解決しても勝手に誤解して凹んで泣きわめく。

これはADHDでなくて性格が悪いだけ、ひょっとすると境界性人格障害なのではないか自分で疑った。

衝動

感情

攻撃

・過度の理想化とこきおろし

・試し行為

・0か1かで物を考える

などなど… 心当たりがもろもろあった。

しろ絵に書いたようなボーダーっぷりを発揮している。

ADHD判断をされたのはこの中の衝動的、感情攻撃であるとこが特徴として被ってただけなのではないか

でもこういうのって医者にどう伝えたらいいんだろう。

「私実はボーダーかもしれません!」って自分から言うバカいないよなあ。

でもいよいよ限界迎えてきたし昨日「あんた本当におかしいよ理解できない、普通じゃない」「頭いかれてる」って職場で言われたか死ぬか直すかしたいんだよね。

生きてるだけで迷惑とはまさにボーダーのことだ。

抑うつ状態と診断された

高専卒のメーカー勤務3か月目、会社に行けない日が続いて「またダメループに入ったな」と思っていたら抑うつ状態と診断された。

学生時代から突然学校に行けなくなるような日々はよくあったが、抑うつ状態と診断されたのは初めてだ。

傷病休暇扱いになって手当金も出るらしいがどのくらい出るのかよくわかってない。

主治医から上司から実家に帰ることを勧められたが、両親が住んでる方も祖母が住んでる方も微妙に居心地がずっと悪くて正直帰りたくない。

ただ周りの人間からすると勝手自殺されるより親の目がある場所にいてもらった方が安心するんだろうな

入社3か月で抑うつ状態になるような人間にこれから社会生活をまっとうに生きていけるんだろうか

2018-07-20

自分のような奴らが生きていてはいけない」という自動思考

最近コレに悩まされている。

自分はまあいわゆる『自分ADHDだと思っている低スペ人間だけど、実際ちょっとADHDっぽいしASDっぽくもあるけどカウンセラーに言わせると「そういう傾向がちょっとあるだけで普通の人です。ちょっと鬱病気味ですけど気分が落ち込みがちになっている程度なのでまだセーフです」的なポジションにいる低スペ人間』っていう現代日本だと30人に1人ぐらいいそうな感じのアレです。

そんでまあ30人に1人ぐらいいるってことは50人ぐらいの職場で働くと「もう1人のボク」と対峙することになるわけです。

100人ぐらいの職場になると「もう1人のボク」が2人になります

そんでまあ今本当にその状態で、そのうちもう1人は全く別の部署で働いていて悪い噂が物凄い勢いで耳に入ってきます

その人の悪い噂を聞くたんびに「ああ……この人は遠まわしに私の悪口も言っているのだろうか……そうやって釘を差されたところで今更直しようもないものだというのに……」と気分が落ち込みます

そこまではまあ耐えられます

しろ「まあそういう人でも働けているわけだしセーフじゃないの?」と思います

ですが……恐ろしいことに……なんと私の直属の上司がもう1人のアレな人なのです……。

結果として私と上司はお互いが持つ低スペ人間パワーをぶつけ合いながら日々「何で当たり前のことができないの?コイツは?」と考え憎しみをぶつけあっています

お互いの弱点が分かっているのだから手を取り合えばいいのに……周りはきっとそう思っているでしょうが、なかなかそうはいきません。

結局の所、お互いが今まで「普通の人」の善意や助力に甘えて生きてき続けてしまったせいで、相手自分も低スペだった場合対処方法が分からないのです。

中でももっと辛いのが『お互いにコミュ障なのでそれを補い合えない』ことです。

喩えるのが少し難しいのですが……(以下「ここまで」まで読む必要なし)

『もしもコミュニケーションというものがお互いのコミュ力の合計が10あればきちんと成立するシステムだと仮定して、普通の人の基礎コミュ力が8だとしてコミュ障の基礎コミュ力が4だとしましょう。

 この時普通の人同士で会話をするとコミュ力の合計は14もあるので簡単に会話は成立しますし、多少お互いの認識齟齬や聞き逃しがあってもよほどの事がない限り10を上回るので最終的にはあっさり会話が成立します。

 また、コミュ障普通の人が可愛する場合でも基本的に合計は12ポイントあるので、なんだかんだ普段の会話は割と成立しますが、ちょとしたことで会話に齟齬が生じ始めます。スキあらば会話が迷子になる恐ろしい綱渡りとなりますが、まあコミュ障はこれぐらいの事慣れてます

 さて、コミュ障同士が普通に会話するとどうなるでしょうか……合計は8です……。普通にやっていては会話が……成立しません。お互いがまず相手に歩み寄り、そして互いが理解を共有できる分野を探して何とか会話を成立させます。会話が実は成立してないことも多いですが、そこを掘り下げあうと相手コミュ力の低さを皮肉るような会話にすらなりかねないのです。一見話が通じているように見えて実は互いが全く別のイメージを浮かべていることに最後まで気づかなかったりする事がままあるのが、コミュ障同士の会話です

』(ここまで読む必要なし)

つまる所、コミュ障同士で会話するとお互いの大いなる努力を持ってしなければ会話に齟齬が生じたままで終わりうるって事です。

日常会話や友達付き合いであれば「ばっかでー」で終わるのですが、仕事だとそうはいきません。

地獄です。

周りを巻き込んで地獄が始まります

その地獄の中を業務パターン化や、最終調整前の細かいやり取りで補うことで、ギリギリなんとか誤魔化すのが、コミュ障同士のビジネス関係です。

そして、その地獄に巻き込まれて周りは明らかに疲弊していきます

そもそも2人の低スペ人間を抱えている時点で職場の戦力はダウンしているのに、更にソイツらの間でまともにコミュニケーションが成立しないから、一度でも伝言ゲームでそこを介したら一気に情報の信用度がガタ落ちするのですから、たまったものではないでしょう。

それを毎日毎日見ていると、どうしても「自分たちのような低スペ人間社会寄生するのはいい加減やめた方が良い。だが、低スペ人間同士が出会ってさえ居なければなんとかなるのだ」と考えてしまます

このような思考脳内を走る日々の中で、受容の5段階に近いことが起きます

否認、怒り、取引抑うつ、それらのストレスからまれマイナスエネルギー自分相手に向かいます

眼の前にコミュ障が居なければ自分コミュ障であるという事にここまで苦しまなくて済む、その事実最初敵意となり、やがて同情となり、最後には「そもそも一番可愛そうなのは周りの人達だ」という気付きにたどり着きます

さて、それでは、可愛そうな周りの人達を救うのに低スペ人間が出来ることは何でしょうか?

それがタイトルに書かれたものです。

私はどうすればこの自動思考から抜け出せるのでしょうか。

心は既に受容の5段階目を駆け抜けています

何とかしてブレーキを踏む必要があるのでしょう。

ですが、どうにも上手くいきません。

はてなーメンヘラについて造詣が深いと聞きます

方法を教えてください。

ちなみに会社と繋がっているカウンセラーにこの話をした所、「え?止めればいいじゃん?自動思考って自分で分かってるんでしょ?」っていう感じでした。

2018-07-19

マッチョ生き方

マッチョ生き方」というものがある。

意識が高く、向上心があり、常に自分を磨くトレーニングをしている人のことだ。

私のSNSタイムライン過半数は、インフルエンサーたちの筋肉で蒸し暑い

最近こんな仕事をした。こんなものを作った。

自分は世の中についてこう思う。

他の人になにを言われようが気にしない。

などなど...。

自分筋肉他人に見せびらかすことは自己顕示欲が強くて気持ちが悪いと、

一時期そんなマッチョたちに嫌気がさしていた。

会社で行っている仕事自分の鍛えたい箇所が違っていたからなので、自分に合わない仕事で疲れていた。

他の人のことが気になり、自己否定を繰り返す毎日で、彼らの「マッチョ生き方」は息苦しかった。

私の周囲は会社仕事自分の鍛えたい箇所がマッチしている人が多い。

次元の話だから多少きつくてもやっていけるのだ...。自分はなんてダメなんだ。

当初はただ不貞腐れ、ダラダラ過ごしていたのだが、途中で疲れがピークに達し心療内科へ行った。

その疲れは私の現在抑うつの診断と紐づいていることが分かり、自分の鍛えたい箇所に改めて向き合う必要があると実感した。

診断後だいぶ苦しい思いをしたのだが、吹っ切れたお陰で最近休日自主学習自主制作がはかどっている。

仕事でもちゃん自分を磨くトレーニングができ、多少の嫌な作業でも栄養と考え取り入れる思考ができた。

今では、マッチョたちのツイートを見ても邪険に感じなくなり、むしろ自分の成長に活力を与えてくれるものだと感じている。

話は変わり、仕事求職者と会う度に感じたこととしては、

転職に期待することとして待遇が良いこと、福利厚生休日の量、やりがいなど(大切なことだが)表層的なことばかりで、控えめに言っても頭を使っている転職活動とは思えない。

私自身も鍛えることは嫌であった。

でもそれは自分に合わないトレーニングをしていたからに他ならない。

きっとユーザー自身も疲れているのだ。

栄養を取らず、ガリガリになった求職者にとってマッチョ生き方はきっと以前の私と同じく別次元の話だと思うだろう。

不貞腐れ、ダラダラしたままで、仕事を移っても良い結果は得られないのではないだろうか。

現在転職サービスは、転職の間口を広げ、限界寸前のガリガリ求職者転職市場に放り込まれている状態だ。

結論として「マッチョ生き方」は社会を生きるうえで必要であると私は感じている。

その目的自分他人を早く切り離し、己の成長にのみ向き合うために他ならない。

己の成長の結果の対価として、報酬のアップや仕事業務内容や環境改善などを転職ではじめて求めることができる。

転職理由他人を持ち出した時点で、急務であるべきは転職ではなく休職だと私は思う。

無理して筋肉痛や肉離れ(心が壊れた時)の状態活動するべきではない。

まだ世間は強いもの以外に優しくできてはいないのだから

2018-07-06

拒食症

私は物を介して甘やかされていても、信頼と受容の関係という甘えを体験していない子供であった。輝く子どもであることを無意識要求され続け、しかし際限のない親の欲望を満たすことができず、常に自己が無力化される機構が働いている。

自己不信を中核とした自己意識は常に悪性の抑うつを生み出し続ける。自己不信が生みだす深刻な抑うつ防衛するために、鏡像で映したような、等価価値のある自分を発展させて自己バランスしようとする。甘えと愛を断念して手に入れたのは病理自尊心であり、背後には茫漠たる自己不信が横たわっている。

内的価値自分存在が周囲から許され愛されており、無条件に自分という存在には価値があるという感覚があるときに成立する。周囲の人からどう思われるかに敏感であり、常に他人自分比較しながら生きざるを得ない。輝く自分を実現するには、他人を蹴落してでも上位にならなければならない。外的価値は結果を出すことでしか得られず、必然的に対人関係は勝ち負けの世界となる。優越している自分他者を見下す対象にし、転落した無能自分は見下される対象になり、対等の人間関係を築くことが困難になる。

拒食症患者例外なく「平凡恐怖」を抱えている。社会で生きていくためには、誰もが目で見てわかるような外的価値を獲得するしかない。学歴職業地位、才能、ブランド、そして贅肉のないスリムな体型はその最たるものである自分を信じることができない彼らは、他人を信じることができない。自分を愛せないことは、他者を愛することを不能にする。

2018-07-01

anond:20180624140926

マジレスすると、それを探す能力を少しづつ鍛えるのが大事

後は他にも色々あって、環境の変化は脳を活性化するし、変化が乏しいとそれに慣れて新しい事が出来なくなる危険がある。

メンタルだけではなく、体調面でも、太陽光自律神経や抑うつ睡眠体内時計)、免疫等とも関係しているので基本的日光浴はした方が身体に良い。

https://meril.me/dysautonomia/10006/

https://www.myhealthy.jp/articles/1759

https://matome.naver.jp/odai/2136886409212978501

どういった経緯で外に出ないのか書いていないので、断言はできない(一人で長い休息が必要な事があったのかもしれない)が、気にかけて貰うのではなくて、誰かを気にかけたいと思う可能性もある。

周りを気にかけなくなったのは、自分がしてあげられる事がないと思い込んでるからかもしれなくて、そう思ってしまった理由を探すのはすごく大変だけど、部屋にずっといたらそれが見つかる可能性は低い。

行動の可能性は間違いなく広がる。

オープンワールドを楽しもう。

強制イベントはどこにもない。

2018-06-28

精神科でもらう薬は、うつっぽい、で飲むべきではない

数年前、鬱と診断された。

ストレスがすごくて、逃げ出したい気持ちでいっぱいで、

精神科へ行き『こんなにしんどいんです、つらいんです』と訴えて鬱という診断をもらった。

今思えば、あれはきっと鬱ではなかった。

ただの抑うつ状態

その時は本当にしんどいと思っていたから、『やっぱり私鬱だったんだ!』って肯定されて安心した覚えがある。


サインバルタSSRIを処方してもらった。

楽になるかと思ったら副作用がすごくて、1日中吐き気が続いてまともに動けなかった。

先生は2週間くらいで慣れてくると言ったけど、その間副作用がひどいと分かっている薬をのむのはしんどかった。


ある日、薬を飲み忘れた。

多少の離脱症状はあったものの、薬飲まない方が身体はるかに楽だった。

ストレスはとくに軽減されてなかったけど、薬を飲んでも気分が楽になったり前向きさがでることはなく

ただ副作用しんどい日々を送るのがいやになっていた。


だんだん病院から足が遠のき、薬もなくなり、今までと同じように過ごすようになった。

ストレス源と少し距離を置いたおかげで、薬がなくても気持ちが軽くなってきていた。


きっとわたしは鬱なのだ、と思い込んで、鬱病という診断を受け取るためにがんばり、

本来は飲まなくてもいい薬を飲んで苦しんでいたんだと思う。

一時的抑うつ状態の時や、ただ落ち込んでいる人には、精神科の薬は強力すぎて害の方が強いのかもしれない。

精神科に行くのは悪くない、でもうつ病系の薬は安易に飲むと本当にしんどくなるから

処方されたのに飲んでも全く改善しない、飲んでない時の方が楽という場合は、深刻な鬱状態までは落ちてないのかもしれない。

先生に辛さを訴えれば、わりと簡単に鬱診断が下る。

でも薬を飲む時は、本当に薬が必要レベルで困っているか自問自答してみてほしい。

鬱っぽい、くらいの感覚で飲むと本当に後悔する。

先生に鬱かどうか伝える時に、鬱っぽく演じてしまってないか、嘘ついてないか自分に問いかけてみて。

anond:20180626204002

釣りマジレスだったらすまんけど、ネット名無しの指図で精神科に行くものなんですかね。

それでも精神科受診を考えている人は、まずお住まい精神保健福祉センター相談するといいですよ。

自分受診する必要はあるのか、ある程度助言が貰えます

ただ出来れば精神科には掛かりたくない、薬も飲みたくないなど意思はきちんと伝えるべきですね。

それと、薬で治る精神的な病気は本当のうつ病くらいでしょう。

定形うつ抑うつ神経症発達障害人格障害などは薬だけでは治りません。

勿論医師に話を長く聞いてもらったって治りません。

うつ統合失調症も完治はできず、一生薬でのコントロール必要です。

薬は副作用が強く出ることもあるので、当事者には辛い治療でもあり、薬を飲むのを嫌がる人もいます

病名を特に言われなかったのなら、抑うつ程度だったのでしょうね。

2018-06-27

anond:20180626204002

「もうそろそろ効くころ」とか、飲むのやめたあとの離脱症状描写から考えると、処方されてたのはSSRIかな。

とすると、主訴は抑うつ不安あたりかな。

薬が効かないということは、器質性の除外ができてないか治療抵抗性だったか環境に要因のある適応障害だったか病気自体が軽症だったからかな。

(よく誤解されてますが、うつ病場合重症であるほど薬が著効します。逆に軽症であるほど薬が効きません)

うつ病とかの気分障害だったら、自分日本うつ病学会サイトアクセスして、最新のガイドラインを参照すればいいんじゃないのかな。

あれが日本語で読める最新のエビデンスまとめだからな。

2018-05-28

anond:20180528100135

それでも、それを理由により弱い人を攻撃することと結び付けることは、肯定しちゃダメだろう。

自分が抱えている社会的ワープアなど)内面的な問題抑うつなど)の解決とは、分けて考えないとさ。

2018-05-26

anond:20180524231941

自分が振り返るために書きます。)

すごく、わかります

親に相談した時に「よかったじゃん」とか言われると、すごく凹みます


別に何か対応してほしいわけではないし

対応できないこともわかってるけど

もしかして自分が間違ってるのかなって思ってしまう。


他人の言うことならいざ知らず親が言うことは、

理屈の上ではおかしいとわかっていても.. すごく辛い

(男のくせにとんでもない弱虫です)


助けてあげたのに裏切られて

研究成果を奪われ、推薦の就職先を奪われた時に

相手を助けてあげなさいよ」と言われた時とか

(当時は、自分の甘さに失望しました。)


就職してからブラック企業で、3 年間 100 時間残業が続いて

もうどうしようもない時に

「大変なのは、みんな一緒」って言われた時とか


本当に運よく公務員転職が決まりました。


ささやかながらも築いた職歴を捨てて公務員になるか、

それとも危険承知で前職に戻るか

休職して将来のことを少し考えようと思った時に

「何もしないでお金をもらっているなんて..」と言われたり

残業代は、みなし残業などで、ほとんど、もらっていませんでした..)

「早く家から出て行った欲しい」と言われたり

(ずっと家にいられたら重くて嫌な気持ちはわかりますが..)



一人暮らしをはじめて

両親とも距離を置いて数年して2つのことを感じるようになりました。


1つ目は、そんな重いことを言われても

とりあえず右に左に流すしかないってことなのかなと思いました。

子供のことをいちいち全部受け止めてられない。


おじいちゃん、おばあちゃんになると判断力が鈍って

まともなことが言えなくなることもある。


2つ目は、親の言葉威力が大きい。

間違っているとわかっていても、無意識のうちに受け入れてしまっている。


特に休職間中

「お前はうつ病なんかじゃない(診断書抑うつ)」

「疲れてなんかいない、みんな一緒だ」

と言われたことでした。


かに何もできないわけではない。

普通にご飯も食べれて、歩き回ったりもできる。

でも、昔のように朝から晩まで仕事ができない。


中途半端勉強などをして全然気力が回復できていませんでした。

それこそ月曜から日曜まで、喫茶店やら図書館で 6, 7 時間勉強してました。

いまにして思えば、もう少ししっかり休息を取って置けばと思いました。


「6, 7 時間でヘトヘトになっていたら前の職場はおろか民間には復帰できない」

「確かに何もできないわけではないから.. 頑張らないと」

こんな2つの思いが無意識のうちに拮抗していました。


あの時何をするべきだったかを考えると

遊ぶべきだったなと思います


ボロボロになっていた人間関係回復して

旅行などして外の世界を見るべきでした。


また辛いですが何もせず

休息をとることを知るべきでした。



結局、自分場合は、距離が近すぎたんだなと思います

こうやって一人暮らしを始められてよかったなと思います


また、なるべく連絡を取らないようにしていましたが

両親との関係も近づきすぎない程度に

適度に元に戻していけたらなと思っています

それに、もしできたら民間に戻りたいなとも思っています


元増田さん、どうか良い1日を。

2018-05-24

生きるのがつらい

今日も目覚めてしまった。

起きた瞬間から具合が悪い。

まず、寝起きだというのにだるい

地球重力が5倍ぐらいになったんではないかと思うほど体が重い。だるい

簡単に"だるい"とは言うものの、だるいには色んな状況が含まれる。

今日のだるはなかなかに具合が悪い…

体が重い、頭が重い、胃は痛いし、背中がこわばっている感じ、足がひえすぎて感覚ないし、呼吸もうまくできてない。ぼや〜として起きてるんだか寝てるんだかよくわからない感じする、眠いとは違って、なんかこうエネルギーが足りない感じ。

しかし、肥満体型であるのにエネルギーが足りないとはどういうことなのか。自分自身不思議である

そして部屋からでたくないし、誰にも会いたくない。仕事に行ける気がしない。

行かない場合は、行けない連絡と代わりを探さなければいけない。こんな状態でそんな事ができるわけがないけど、自分でしなければいけない。休むも地獄行くも地獄

何もしたくない…。全てがつらい。

アラサーのひとり暮らし理解者も頼れる人もいない。いや、こんな気持ちをわかってくれる人は世の中にはいないだろう。

かに助けを求めることすらだるい

からといって自殺願望みたいなものがあるわけでもなく。植物になりたい。光合成をして大気酸素を作る尊い存在

こんな症状が周期的に1-2w続くのに、基礎体温が平坦で低温期高温期の変化がないので、婦人科見解ではPMS等の診断はです。

精神科も混合性不安抑うつ障害と言ってみたり、気分変調症と言ってみたり、双極性障害といってみたり、どの症状も重度でなく、軽度なものが複合しているためどうも決め手にかけるらしい。

別に手帳が欲しかったり、生保を受けたいというわけではないけど…

一般的な、正社員仕事ができて、精神面や金銭面とかが安定した、将来の不安の少ない生活をしたい。

今の状況でひとりでたっていられないので誰かに一時的ちゃんとした人間になれるまででいいからささえてもらいたい…。

生きていくのつらい…。

それを認識してしまうとこころもつらい…。

泣けてくる…。

2018-05-07

だいぶ抑うつ状態改善してきたが、特に好きなことはなかった

物事を楽しめるようになってきたけど、結局元から特に楽しむこともない空っぽ人間だったのだ

2018-04-29

三次元にも二次元にも逃げ場がない

2016年に一念発起して就職

その後気分障害抑うつ)が発覚し休職、立て続けにアスペルガー症候群も発覚。

現在も状況の好転見込みなしとして休職状態が続いている。障がい者手帳申請である

 

さて、三次元にも二次元にも逃げ場がないように感じられる。

友人はだれもいない。休みの日は孤独実家と自宅も非常に離れている。

暫定措置として実家にいるのがせめてもの救いだが、自宅に戻ればまた孤独の身である

三次元世界で特段熱中できることもないわけではないのだが、初期費用が高額なのでおいそれと手を出せない。

そもそも窮乏の身であるため、「健康で文化的な最低限度の生活」が何なのかよくわからない。

運動するにしてもスポーツテスト学年最下位(実話)をとった人間である運動苦痛以外の何物でもない。

 

二次元はどうか。アニメを見ていてもゲームをしても苦痛である

より正確に言えば「アニメを見る(ゲームをする)自分に耐えられない」のである

ソーシャルゲーム自主規制しているためできやしない。

声優アイドルにのめり込もうとしても、そもそも人を覚えるのが苦手なのでのめり込めない。

 

医者からは「どこかに逃げ場を作りなさい」と言われたことがある。

しかし逃げ場がないから苦しいのだ。

友人がいたり、二次元世界を楽しめたり、実際にのめり込めるものがある人間が心底羨ましい。

特に二次元をフックにし三次元世界に友人をつくれる人がうらやましくて仕方がない。

二次元でも三次元でも、仕事以外の逃げ場がある人間は強いのだ。

尤も、ここで呪詛を吐いても何も変わらないのは百も承知だが。

2018-04-27

自己肯定感が低い

仕事がうまくいかず、

育児も辛く、

旦那抑うつ状態が長くて辛かった。

挙げ句の果てに浮気された。

若い頃は「無駄に自信がある」私だったけど

今は自己肯定感が低くて、辛い。

この低い自己肯定感をなんとかせねばと

いろんな本を読んだけど

みんな「子供の頃の母親の育て方のせい」って。

そんなん読んだら、いま私がうまく育児ができてないことで

子供たちの自己肯定感が下がるんじゃないかと考えてしまって、辛い。

私自身は両親に大切に育ててもらったから。

「小さな成功体験の積み重ね」で解決できるらしいが、

1日に「失敗」がいくつもあって、

ただただ、下がっていく。

2018-04-26

自分が変に感情的だったので、自己分析をした。

家庭環境が主な原因だった!!

そりゃそうだ。当たり前。

大学生活で書いてきたもの抜粋した。

書きなぐった物そのままなので、非常に読み辛いけれど、

こんな人間も居るということを、ここに垂れ流しておく。

言いたいことはこの後に書いてあるので、

面倒くさくなったら飛ばしてください。


まれから今まで、直ぐに感情的になる癇癪の権化みたいな姉を持つと、

こういう人間が家庭にいなければ、もっと余裕のある生活を送れたのになあと思ってしまう。

女ばかりの家で、説得しようにも長い話ができず、本当に辛い思いをしたので、上のような性格人間は苦手すぎる。

というか、自分に伝染して変に感情的になってしまった。

本当に家庭は選べねえなあと思った。

仕事漬で鬱になり家にいる父、姉妹の長女で人の話を聞かない割に偉そうにする母、

人間関係がうまく行かなくてストレスが常に溜まり、母とよく衝突する姉。

せめてまともな男がいればなあと思ったが、そういう人間は足早に出ていくもんだろう。

普段は同じ空間にいるだけで、たまに母側の親戚が来る。

高卒姉妹が固まり田舎田舎による超閉鎖的な噂話をする。

何が楽しいのか分からないし、行きたくなかったが、

その場に行かないと飯が出なかったので仕方なく行ってた。

周りのように旅行に連れていけという姉が言う。

金は無いが時間があるので、結局車で大型ショッピングモールに行く。

姉は一時的に満足するが、しばらく経つと金がない、旅行に行きたいと同じように繰り返す。

自分のせいではないものを指摘することで、自分の弱さを隠している。

女の口喧嘩というものは絶えない。

毎日同じようなこと、くだらないようなことを言い合う。

翌日には忘れ、繰り返す。

家に”離れ”というものもなく、この拷問休日もなく毎日浴びせられる。

女の女による感情的な場からは、逃れられなかった。

感情的で閉鎖的な家庭で育ったことが、いか自分精神に影響し、

自分の進路に影響して、今の今まで悩ませていると思うともう嫌になる。

小学校3年までは小説子供向け科学雑誌学校でよく読んでた。

将来の夢は科学者だった。物質が小さい粒のようなものでできていることに感動した。

そんなことを親や先生に言っても取り合ってもらえず、科学者なんて無理と言われた。

から肯定されないし、好きになっても、役立たないものだと思えてきた。

小説も読まなくなった。誰も読まないし、話題にならないからだ。

そして何より現実味がない。あっても雑学程度にしかならないと思えてきた。

感動するものもあったが、自分環境見直しとき絶望感が怖くなった。

誰も何も誰しも自分気持ちなんてわからない。他人理解しようとしない。

そうなった子供はどうするかというと、周りに頑張って迎合しようとする。

文脈が薄い一時的な笑いと理解しつつ、こうしなければ普通になれないと自己暗示をかける。

この頃から訳もわからず泣くようになり、泣き虫扱いされる。

中学まで続けると割と周りが自我が芽生えてきていることに気づく。

自分はどうなったかというと、自己暗示を解けきれなくて、自我が地中に埋まってしまって、

ぼーっとすることが多くなった。何をやっても楽しくない。

小説を読んでいたせいか地頭は少しは良かった。

自分本位の行動なんて肯定された経験がない。夢なんてない。

全てがくだらない。

成人式とき自分宛てに送る手紙は、

絶望的な気持ち査読する先生に気づかれないように書いたのをよく覚えている。

地元工業高校に進むことになった。

何か面白いものを求めていた。

現実から離れられ、実用的な技術を身につけようとした。

でも、周りと馴染めなかった。

勉強も何が面白いのかよくわからなくなった。

資格勉強のような授業。適当に過ごす。

高1の冬、高校を辞めて勉強して大学と親に泣きついても、

何いってんの、うちには金が無い。高校卒業したら働くって行ったでしょ?

人間の考えが変わらないと思いこんでいる親に対しめちゃくちゃ腹を立てる。

勉強をしても大学なんて行けない。大学に行く人間なんて、

自分より頭が良くていい環境で育って塾とか行っている人間なんだろうな。

うちに生まれた時点でそんなものできないことは決まっていたんだ。

満足できない思いを反芻しながら、納得行かない家庭から与えられたことを無理やり正当化しようとする。

そんなことをしながら、何のために勉強しているかからなくなったまま勉強を続け、高3までそれなりの成績をおさめる。

その後突然大学に行きたくなる。少しは希望を持ったらしい。

勉学というよりは社会に出る前に、自由な身と力を手に入れられると思った。

難しい話は通用しないことはわかっていたので、

から出て、高校の延長線上の分野で、大学しかできない勉強をしたいというが、反対される。

金がないから、心配から不景気からあんたのために言ってるから

は?結局オメーの都合だろうよ。俺の何を見てきた?

大学卒業してから年収を見ろと返す。

大卒就職率が低いってニュースでやってたし、高校卒業して安定した職を付けたほうが良いんじゃないと言われる。

お前、45年間、何を見て生きてきた?本当にいってんの?

ニュースで得た情報自分身の回りを見て、適当に集めた情報から意見を言っているだけじゃん!と返す。

めちゃくちゃ怒って、お前は社会の何もわかっていないと返される。

お前じゃい!

その後担任との三者面談をしたり、大学説明会に足を運んだりして、

なんとか格安の寮がある国公立受験することにした。

勉強は続けたが、やはり高1のとき高校をやめればよかったと言う思いが引っかかる。

何より自分大学進学を許した親に対して、姉が私も家を出て学校生活送りたかったと毎日激昂し、

感情的空気ヒートアップしていた。

何をやってんだかわかんなかった。家にいるのは人間じゃないとわかってていても、

ストレスを感じてしまう。

そんな生活を送っている中、父がなんの前触れもなく自殺する。

家に自分と2人で居たときに突然自殺。その第一発見者となる。

もうなんだかよくわからなかった。救急車警察も呼ぶ気になれなかった。

30分ぐらいしてから、ようやく呼ぶ気になる。

パニックと言うか、この状況に対して自分は何を考えているのか、全くわからなくなった。

恨み積もった家庭にどう抵抗してやろうかと思っていた矢先の理解できない死。

もう何がなんだかわかんなかった。

自殺した父に対して、苛立ちが積もりに積もって吐く。血も吐く。

悪気がなく、自然法則のように動く肉親に腹が立って仕方がない。

だんだん気分が落ち込み、抑うつ状態になる。

自分が違うのか?田舎に生まれ自分田舎に埋もれなければいけないのか?

精神科に行ったが本当に自分が何を言っているのかさえわからなかった。

自殺したのはもちろん原因だったが、そればかりを話すだけで、

自分の育ってきた環境問題があることを分析できなかった。

正直父が死ぬ前に、無理やり不登校になって、心療内科に行くべきだった。

もちろん今まで書いてある期間は絶え間ない感情を浴びせられている。

どれもくだらないものだ。居場所もない。捌け口もない。

周りの人間が信頼できないこともあり、相談できないことがどれだけ苦しいか身を持って感じた。

子離れできない親から親離れできない。

何をしたらこ気持ちが収まるかがわからない。

なんとか大学合格し、家から出た。

試験会場でも途中退室したくて仕方なかったことを思い出す。

大学生活は最初から精神を病んでいた。

毎日感情的な刺激を受けてきたせいで、隣の部屋の騒音などの刺激に反応してしまう。

頭の血管が触ってわかるほど浮き出て、ズキズキして、眠れなくなる。

さら自殺した父の死体をよく思い出して、生理的に気分が落ち込む。

実家を出て数年経った今でも、文を書きながらこの症状が出ている。

講義課題をこなすのが精一杯である文字も読めない。

あーもう何もしたくない。考えたくない。

人の気持ちを考えるってことはこんなにもよくわからないものなのか。

こうも時間無駄なのか。

悩まない人間にとって悩んでいる人間気持ちなんかわからない。

逆もまた然りだ。一生分かり合えない。

本来人間はお互い抽象的なもの部分的しか理解できない。

自分は具体化しすぎなのだ人間とか今見える環境とかを具体化しても、精神が辛くなる。

記憶を消し去りたい。

せめてこの性格学問に向けられたらと何度も思う。

他人理解できない。他人なんているのか?

自分理解できる他人なんているのか?

からある不満が積もるとこうも気分が落ち込むのか。

降り積もる不安は階差数列のように増え、それが積もっていく。

この問題解決するのか?本当はどこか解決策がわかっているんじゃないか

わかっているけど、この先の未知の刺激に耐えられるか不安で仕方ないんじゃないか

本能的に楽しめるものをまだ知らないだけじゃないか

なんでこんなこと考えるようになったんだ?


最近になり、かなり昔から、閉鎖的実家からの膨大なストレスが、

自分性格にかなり影響しているということが、かなり明確に示すことができた。

自分にとってこの問題が、

いか無意味不快で人に相談しにくく、

時間精神無駄に消耗し、

自分を納得させるためのものしかないとわかってても、

納得いく解釈を探しつつけてたのは、

親との思想が合わなかった事実をどうにか納得したかっただけである

生来性格と言うのは恐ろしい。

でもこうするしかなかった。

こうしないと、その場に居なくても襲ってくるからだ。

自分気持ちを書いてそれを見直し、また書く、という生活を数年繰り返してわかったのは、

早々に自分気持ちに蓋をして、自分気持ちに嘘をついてきたということだ。

頭の中身をタイプしたり、図に書いたりして、ようやくわかった。

くよくよする性格は、自分本位で動いていないからだ。

気持ちが落ち着いてくると、文字をよみ、抽象的なものも冷静に理解できる様になる。

他人が書いた物語を見て感動する。専門知識が頭に入って感動する。

俺はここまで何も知らなかったのかと落ち込む。

でも、今までよく生きてきたと、無条件な自己肯定感が芽生えてくる。

そんなことが少しづつできるようになることが、大学に入ってからの生きがいである。

自分本位で生きたことがない」人が、心から人に好かれるということは難しい。

皆どこかで「他人に従ってもどこか違う」と思い、自分表現をするのだ。

それが自我形成というやつだ。

それを乗り越えてこなかったことが十分、身にしみてわかる。

素粒子でできている肉体に、生きる意味なんて無いってことは十分わかった。

からこそ本能が指す、好きなことをしていいと思えるようになった。

ほどほどに好き勝手に生きていいと思える。

自分のことを文字にする行為は、できて妙である

結局こうするしかなかった。

よくもまあ何日もこんなに長くて下手な文章を書き連ねられたもんだ。

最近落ち着いてみると、なんで落ち着いていなかったんだろうと思ってしまう。

その場しのぎで余裕がなかった。

焦りからくる選択ほど後悔するものはない。

後ろを見ると後悔した経験しかない。

自分の焦りに気付けることなんてあっただろうか。

いや、なかった。あっても解決策がわからず、もとに戻る。

これに関しては納得行くようになってきた。

自己欺瞞を重ねるほど自分がわからなくなる。

自分本位で行動していない。自分がないのと同じである

不安から行動するが、結局疑問を感じストレスを感じる。

書いてみると1ページで終わるような話を、どうしていままで耳にしなかったんだろう。

これは終わったことだし仕方がない。



見直すと、気が合わない肉親と18年間いたことが原因だったと今見返すとよくわかる。

原因がよくわからない鬱と診断されて、4年経ったが、

はじまり小学生からだよなーと思う。

自分が書いたことは超悲観的だが、これまで経験してきたこと全てではない、

と納得できるのは、自分自身に対する姿勢が変わったからだと思う。

最近ようやく治る兆しをみせている。

何度か兆しを見たが、今度は本当に、今までになく楽になれそうな気がする。

学校も肉親もただランダムに振り分けられた人間が配置されていただけと、やっと、心から解釈できた。

漫画とか映画とか小説かには本当にお世話になった。

本を読むのを辞めてしまったのがいけないなあ。


あれもこれも、過ぎたことだと思えるようになれた。

自分気持ちを書き表さないと立ち止まってしまうことも、よくわかった。

やっと人間らしさを取り戻した気がする。

今までどこか、頭を何かのタイミングリセットできると期待していた。

まあ解決しようにもできないもんな。

からいから。でも、もがかないと、掴めるものがあっても見逃してしまう。

放置するほど、もがく力が弱くなり、流されてしまう。

自分に近しい人にアドバイスするなら、誰もいない、静かなところで正直な気持ちを書きなぐるということかなあ。

自宅が嫌なら喫茶店でとかでいい。

環境が用意できたら、書き始める。媒体は紙でもPCでもなんでも良い。

初めてみると止まらなくなって、気がついたら4時間以上立ってたということも珍しくない。

時間がもったいなかったとは思えない達成感がある。

見直すと何に悩んでいたかよくわかって、どこか整理できていないことが悩みの種だっとことに気づく。

苦しいとは思うが、自分内面で見てこなかったことに対して、対面することだ。

対面して初めて分かるもの自分だけの発見であり、自分で掴んだものから信頼できる。

こうしてどうにもならないことに納得し、物事への姿勢は変えられる。

あと、外部の情報に目を向けるべき。

漫画喫茶で見たことのないジャンル漫画を手にとって、一日過ごすのも悪くない。

まあとにかく、映画館や図書館など、場の空気を感じられるところに行く。

そうすれば外部に注意が向く。

そこで他人創作したものを見て、視界を広げて、

自分一人がこんな思いをしているというわけじゃないということ、

他の人の、物事への解釈理解しようとする。

そうすると、だんだん自分に近しい物がわかってくると、信頼できる著者という対話相手が出てくるので、どこか楽になれる。

結局他のことを考えてもいいということ、その行為自体自分のためになっていると思うこと。

そんなことで、案外心が落ち着いて、人間そんなもんだと思えてくる。

とにかく、今の気分がずっと続くことはなく、

人は変われるということを知るには、自分の頭で行動することだ。

書きなぐるだけでも、十分自分の頭を使っている。考え方も変わる。

そのことを忘れないでおきたい。

(追記)

終わりに

自分体験から言えることは、

カウンセリングや薬だけで完治するものではないということ。

薬は脳内流れる伝達物質の取り込みなどを制御し、

カウンセリング患者気持ちを引き出す手助けをしてくれる。

風邪薬のように特定の菌を殺して治るもんじゃない。

カウンセリング適当にしても治るもんじゃない。

内面気づきを報告するとフィードバックを貰えるのは非常にありがたい)


全体を見ると、自分内面にあるものがわからなくなっているという状態に対し、

気になるもの自分の中で見つけ、解釈し、納得していくかということをひたすら繰り返していた。

ネットや本にあるものは参考にはなるが、それをすっぽり当てはめて自分が治る。というわけじゃない。

他人にとっては経験談で、参考になる手法しかない。

趣味などの気分転換でやっていけるなら、その対処法も良いと思う。


湧き出てくるものは人によって違うし、参考になる意見も人によって違うし、考え方も違う。

これを理解するのは、自分のような人間にとって難しかったし、これが頭になかったから病んだとも言える。

どういう形であれ、このような考え方を獲得することは、生きる上で重要だと思う。

2018-04-20

鬱っぽくて心療内科に行った話

誰かのためになればいいなぁとは思ったけど、ほぼ自分のために書いた文章というか日記なので読みにくいと思う。ごめんなさい。

最近、鬱っぽいというか夜勤中に精神的余裕がなくなるスピードが早いのと物忘れがひどくなってきたので、心療内科に行ってみたんよ。元々、自分精神的な病気なんかとは関係ないと思ってたんだけど、ツイッターなんかでわかり手さんとか借金玉さんとかのツイートブログ見てたら行ってみるのもありかなぁと思いまして。

心療内科の初診の予約取るのもわりと時間必要だった。電話をすることへのストレス電話をしたらもうあとに引けない気がしたから。でも、仕事中に頭がパンクしそうになった時があってそこでもうダメだと思って勢いで予約の電話をした。

とりあえず、電話に出てくれた看護師の人には鬱っぽくてということで受診の予約をした。

受診当日、逆算思考が苦手なのと方向音痴自分を気遣ったら予約時間の40分以上前に最寄駅に着いてしまったので30分くらい散歩してから病院に向かった。

何というか、最寄駅から病院場所確認して散歩時間を潰している間、ずっと憂鬱だった。怒られるわけじゃないと分かっていても、どんなことを聞かれるんだろうと考えていると頭がずっしりとしてくる。

それで、いよいよ、初受診時間心療内科らしく待合室のソファも診察室の椅子もふかふかだった。

ドクターには具体的に困っていることを聞かれたので前述した通り、夜勤中の精神的余裕の無さと物忘れがひどくなってきていることを伝えた。

それから、鬱の診断を下すための質問をされた。DSM-5とかいう本(世界共通診断基準って言ってた)に沿って質問されて、それによると鬱ではないということで、抑うつという鬱っぽい状態だと思う的なことを伝えられた。

それから、順序が曖昧だけど次にADHDかどうか診断する質問をされた。集中力はあるかとかそういうやつ。それによるとたしか、軽いADHDとのことだった(ADHDに軽いとかあるかどうかわかんないし、もしかしたら自分障害者と認めたくない自分意識邪魔して軽いやつと認知したのかもしれない)。

まぁ、その時点で多少はショックだったんだけど、高校で塾やめたら一気にガタ落ちした成績のこととか集中力の件とか思い返すと、しょうがいかぁという感想

で、たしか次が心理テストでA4の紙に実がなっている木を書かされた。ドラマとか映画で見たやつ!と思いながら、真ん中にこれだと小ちゃいかなぁ…でも大きく書くのめんどくせえしなんでそもそも大きく書かんとあかんのやと思いながら木を書いてリンゴを3つほど付け足した。書いた後にリンゴの味を聞かれたので普通ですかね、と答えた。

診断によると自分は頑固で人の目を気にして抑圧状態になってると言われた。まあ、たしかにーという感じだったのでそうですねーと答えて、ドクターから総合的な見解ADHDとそれによる二次障害抑うつ状態とのことだった。

集中力がなくて仕事がうまく回せてないのをどうにかしないとという話の結果、コンサータが処方された。あー、借金玉さんが言ってた飲んで吐き気と戦いながら仕事するやつかと思いながら、それを2週間分処方してもらった。

それと、ドクターから仕事ストレスを溜め込むのはよくないか自分ブログに書くなり愚痴ノートを作った方がいいとの言葉も頂いた。

で、先月にインターネットのお陰でできた彼女の家に向かうバスの中でぼおーっとEva CassidyのFields of goldを聞いてたらどういうわけか涙が止まらなくなった。どういうわけもなく、自分発達障害であるというショックがそのタイミングで襲ってきたんだろう。彼女には病院に行くとは言ってたけど、「なんの病院?」という質問には答えられず、健康診断の聴力検査でひっかかったか耳鼻科に行くと嘘をついた。

自分障害者であることを家族にも彼女にも、今度新幹線で久しぶりに会いに行く数少ない友達にも言えないなぁと考えるとセンチな気分になってバスの中で泣いてしまった。

重く考えすぎだよなぁとこれを書きながら思いつつも、あと1回くらいは泣きそうだなとも思う。案外、言ってしまえば周りは受け入れてくれるのかもしれないけど、急に「俺、実は発達障害だったんだよね」と知り合いに言われても反応に困るだろうから、とりあえずは言わないでおこうと思う。

それにしてもなー、これからどうしよう。いや、特別どうもしないんだけども。

とりあえず、彼女の家で帰宅を待ちつつ、夕食の献立を考えつつ彼女に貸したスプラトゥーンでもするかなぁ。あ、コンサータ飲んだらウデマエ上がるかな?

2018-04-17

anond:20180416110619

これは良く分かる。結局、増田はそういうのに向いていないサービスなんだと思う。

自分も、心の痛みに共感してくれる人がいないかと思って、何度か増田投稿してみた。文章として読ませるものでないと反応は薄いし、文章としての完成度が低ければ文章欠点だけを指摘されて終わることもあった。しかし完成度の高い文章は必ずしも心の機微を反映しているものではないんだよね。

増田は少なくとも抑うつ状態だろうから、それ専用の匿名オンラインサービスに参加するのが良いと思うよ。

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