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はてなキーワード: 映画版とは

2017-11-06

誰だよアンドリューNDR114はてなキーワードのページ書いたやつ

何度みて、何度涙したことか。

アンドリューは自分の中で一番好きな映画

人間って何なのか。自分って何なのか。色々考えてきた映画だ。

しかし、しかしだ。

映画版はこれを原作に映画化されているが、「アイ,ロボット」と同様、アシモフのロボット物とは思えないほどの駄作に仕上がっている。特にロボット三原則を全く理解せずに作っている部分が最悪である。

この記事は一体何なんだろうか。

ふざけんなよ!

そんなに駄作かよ!

俺の感性それほど悪いのかよ!

ざけんなよ!

俺の恋愛感、人生観を培って来たんだ!

ロビン・ウィリアムズのあの演技はなんとも言えない気持ちにしてくれんだよ!

俺の涙返せよ!

2017-11-05

anond:20171105105640

デカイのはアメコミはいっぱいいるんだが、

日本認知度が低いだけかもな

まだ映画版だとあんまり出てこないからな

スパイダーマン3サンドマンとか、アントマンの巨大化版ぐらいか

2017-11-03

anond:20171103001042

映画版ではティーチャが存在してはいものの出て来なかったが、原作では……。

2017-10-28

テレビドラマアニメを見ておかないといけない映画

なんとかかんとか劇場版とかそういうやつ。

映画単体で楽しめなくて、予備知識ないとおもしろくなさそうだから、見たくない。敬遠する。

今まさにfate映画版を誘われているが

ゲーム版はおろか、アニメも何も見てないので

絶対絶対に楽しめないと思ってしんどくなってる。

初心者にもわかる映画を作ってほしいと思うが、それは無理な注文だろう。

2017-10-11

映画版 AKIRA 感想

AKIRAを二時間にまとめるため真っ先に削ったのがストーリーらしい

AKIRAが描くのはストーリーではなくその一つの世界そして世界観

その結果不要意味付けによって童話化せず写実的な一つの現実としてのAKIRAが完成した

AKIRAにあるのは現実としての凄みであり

言葉にして語るまでもない真実なのだ  

現実に対して意味を与えるのはいつも我々だ

から私たちはAKIRから童話以上の意味を見出す

世界意味を与えるのは私なのだ

AKIRAは物語じゃない世界なんだ

から私はそこに一つの評価を与えることができない

ただ、凄いとしか言いようがない

映像作品の一つの完成形と言っても過言じゃないだろう

2017-09-12

https://anond.hatelabo.jp/20170911122449

ブコメでつきそうな重箱のすみつつきをまとめてやっちゃうよー

こうして見ると東映絡みのアニメが多いなぁ

特に星矢はいつも黄金聖闘士が出てくる何かしらの映像が動いてていつもキャラの声が変わってる気がする

2017-09-05

涼宮ハルヒから現在まで

多分、ワクワクしながら毎週見ていた最後テレビアニメは『涼宮ハルヒの憂鬱』だと思うのだけど、そのころまでは割とテレビアニメソニースゴ録自動録画して引っかかったやつは出来るだけ見ていたと思う。

それが、たしか地デジ化でスゴ録対応していないこともあり、深夜ラジオの録音聴取に傾倒していったこともあり、なによりアニメよりも女の子モテたくて仕方なくなったこともあり、とにかくテレビアニメをとんと見なくなった。

それでテレビ自体ほとんど見ない時期があって、なんやかんやあって結婚してからは今、子供たちと一緒にずいぶんテレビアニメを見るようになった。

はいえ『チャギントン』『トムとジェリー』『アンパンマン』などの子供向けが主で、子供たちもそれを卒業して今は『スポンジボブ』『カードキャプターさくら』『妖怪ウォッチ』なんかを見ている。

僕はそれさえ後ろで本を読みながら座っているだけだったりするので、ほとんど話のアラスジさえわからない。

そんなわけで、話題の『ガルパン』も『ケモフレ』もさっぱりわからない。

ただ『まどかマギカ』だけは嫁さんがハマって観ていたので僕も一通り見たし、映画版も見た。

面白かった。そう、面白かったんだよ。

でも、なんとなくテレビアニメから遠く離れてしまったので、他のアニメに対する目利きが利かなくなってしまった。

この十年くらいの間で面白かったアニメを、増田の皆さん教えてくれませんか。

ちなみに好きなアニメは『人狼 JIN-ROH』とか『攻殻機動隊』とか『AKIRA』とかバイオレンスが効いてて萌え系じゃないやつです。

2017-08-07

アイドルアニメライブに久々に参加して感じたことをつらつらと書いてく

東京秋葉原に住んでいるが、わざわざ名古屋まで行って某アイドルアニメライブに参加してきた。

ちょっと長くなるけど、この気持ちをどこかに書き留めておきたくて、帰りの東海道線の中でちまちま打っていこうと思う。

今回行ってきたライブ作品は、いわば「続編」で、“伝説”になった初代グループに憧れ、そんな風に輝きたいとステージに上がる女の子達を描いた作品である

自分はその初代グループお話が本当に本当に大好きだった。

当時大学生だった自分はモロに影響され、アニメを何回も観ては泣き、ライブにはほぼ全て全日参加し、彼女達の生き方に憧れ、その作品を作った人達全員を心の底から尊敬し、がむしゃらに今を輝かせようと大学生活を走り抜けた。

完結編にあたる映画版を観た少し後、まだハイになった頭のまま就活面接を受けた。

作品に出てくるセリフをほぼそのまま取締役に恥ずかしげもなく言って、落ちこぼれには分不相応な一部上場企業へのチケットを受け取った。

その作品きっかけで、アニメ漫画の同好の志が集まる場に参加するようになった。

そこで気の合う女の子と知り合って付き合い始め、卒業直前にはその作品重要場所となっていた神社結婚式まで挙げた。そして舞台である秋葉原に新居を構えるまでに至った。

まさにその作品自分大学生活にとんでもない影響を与える“青春”だったな、と今でも思う。

そんな大学生活の最終日となる2016年3月31日彼女最後ライブとなる東京ドーム公演の初日に参加し、彼女達のストーリーピリオドを迎え“青春”が終わったのひしひしを感じた。

あれからおよそ一年半弱。

僕の影響でどっぷりハマった嫁に連れられて、彼女達の“伝説”を受け継いだグループライブに参加してきた訳である

そのパフォーマンスは圧巻の一言

歌、ダンスマイクパフォーマンスストーリーオーラ。そのどれを取っても初代に引けを取らない、すごいライブだった。

参加者熱狂し、終了後のTwitterも絶賛される声が溢れていた。

本当にすごかった。

しかった。

自分もそう思う。

でも心の中のどこかに、初代のライブに参加していた時には感じる事の無かった淀みのようなものライブからハッキリと感じた。

その正体が気になってしまい、演者に向かってペンライトを振りながら自分自身を見つめる時間になっていた。

会場のボルテージが上がり一体化する日本ガイシホールの中で、疎外感と孤独を感じてしまった。

劣等感、なんだと思う。

初代の声優達の中での最年少と同い歳の自分は、二代目の声優の誰よりも年上である

自分と同じように初代の活躍を見て、

自分と同じように彼女達に憧れ、

追いつけ追い越せと努力してきた年下の女の子達に、あんな凄いものをまじまじと見せつけられた。

初代の最後ライブから一年半の間「君の心は輝いていたかい?」と強く問いかけられた気がした。

この一年半、一体何をやってきたのだろう?

今の自分じゃ、とても彼女達には敵わない。

そう感じた。

帰りの電車でそれに気づいて、吐き気が止まらなくなった。正直どうしたらいいのかわからなくなった。

そんな時、ふと作品の中でのエピソードを思い出した。

彼女たちは他のアイドル達に完膚なきまでに負けて一度は挫折しかけるが、その経験を“ゼロ”として、新たな一歩目を踏み出していく。

初代への憧れだけじゃなく、自分達らしさを求めて。

まさかそれを自分自身体験させてくれるとは全く予想だにしていなかったわけで。

なーんだ、そういうことだったのか、と素直に納得した。

東京に戻ったら、僕もがむしゃらに新たな一歩を踏みだそうと思う。

ちょっと立ち止まっちゃってたな、って反省した。

舞台も人も変わっても、ラブライブ!という作品青春と言う名の暴力で僕をボコボコにしながら、いつだって大切なものに気付かせてくれる。

ただ埼玉公演に行ける勇気は、まだないかな……。

2017-08-02

https://anond.hatelabo.jp/20170802153108

確かスモールライトって解除光線があるんだけど、他の増田も言っていたけど映画版だけなんだよね。

から元に戻す為にはビッグライト必要な、はず!

2017-07-25

漫画アニメ実写化はせめて普通映画と同じように作って欲しい

ファンタジー系じゃなくて学園ものとか

中途半端コスプレしたり変なエフェクトCG入れたりしないで

普通に作って欲しい

映画版Anotherみたいにただただ映画としてゴミみたいな感じにして欲しい

2017-07-12

上司や同僚をはめ込むことばかり考えているウォーモンガー共に告ぐ。

きっと貴方達のようなウォーモンガー、及びその予備軍は、どの組織においても、誠心誠意、良心の下、闘争を行い、殺し、殺され合う宿命というか業(カルマ)を抱いておられることと思います

荒みませんか?私はクッソ荒みます人生なんて、「悲しくてやり切れない」の歌詞通りです。

ちなみに個人的には映画版重厚オーケストラよりも、そうじゃない版のコトリンゴの方が好きですが。話がそれました。

そんな荒んだ精神はハッキリ言ってあまり良くありません。企画書書くのも一苦労です。

まりはめ込みの前提条件としては、コスパ良く成果を出す必要があります。  

成果のない人間が仕掛けるゲリラ戦なんてワークしません。自分意味もなく社会的について死に、年収が下がるだけです。さいあくです。

これを回避するためには、荒んだこころを癒すために投薬治療荒行カウンセリング筋トレなどありますが…。

やはり一番楽なのは平穏な、極めて平穏な(だけどそこかしこに不穏な雰囲気のある)アニメドラマ漫画やらなんやらを見ることか良いと思われます個人の感想です

それは少し前ならけものフレンズですし、今ならセントールの悩みです。あ、どちらもアニメの話をしています

まぁ、残響のテロルとか鉄腕パーディDECODE1&2なんかも好きなんですが、どちらも喪失エンドなので一概にオススメできません。

とにかくなんか不穏な空気もしながらも平穏な日々を送る作品を見ると癒されます

鉄火場に立つしかない、だけど軍人警察他といった暴力装置に成れなかったウォーモンガーの皆さん。

精神すり減らし切る前になんか手だて打ちましょう。私は今でも毎日自分のせいで人生設計破綻させられた皆様のこと省み、殺したものの務めとして祝杯を上げ続けます

それがせめてもの供養だし、そうしなければ、殺された皆は、やりきれないでしょう。

から、これからも、殺戮し続けるために、心の均衡を保つために、平穏日常作品見ましょう。

自分自身犬死にしないために。

犬死にしたことで、殺してきた人たちも殺された価値毀損されます

せめて鬼畜なウォーモンガーの自分と勇敢にも闘って徒花として散っていった彼らの死に意味を与え続けてあげましょう。

こちらからは以上です。やっていきましょう( ・_・)

2017-07-02

Twenty Seventeen(映画版)

トランプしろ自民党しろ"Alternative Factsに反すること"を"Fake"と呼ぼうとする傾向あるけど、意味が混乱するので"Unfacts"みたいな単語を使って貰えないものだろうか。

共謀罪なんかも"The Goodthink Act"みたいな名前にすればすごく分かりやすいよね。首相メディア重役と会食することも"Factcamp"とかでよくない?

2017-06-25

君の膵臓をたべたい

色々な意味で気になっている。

多分小説読んだらそれなりに感動するんだろうけど、TV CM で多分映画版の主演女優が「タイトルに泣きました」って言ってるのを見て以来「あー絶対買わねー」と思ってしまった。性根が曲がっているので仕方がない。と思っていたら、検索してみると僕のように性根が曲がっている方も世の中にはいるようで、あの CM で同じように感じた人もいるみたいだった。

元々はなろう小説のものらしいのでそれなりに読みやすいはず(な気がする)。漫画版もあるらしいので最近流行りのメディアミックス作品なんだろう(最近なろう小説のもの多くないか…)。

やはり(内容を読んだらそれが解消されるとしても)タイトル生理的に抵抗感があるのと、それを原作とは違う映画版人間が言っているというのも拍車をかけている。そもそもお前それ番宣で言っていいのか。物語の中心要素じゃないんか。ネタバレ違うんか。なんかタイトルだけでも十分セールスコピーの要素があるにもかかわらず、生理的な抵抗感を人々が抱くであろうと見越してそれを擁護しているような、それが凄く気持ち悪い。

おまけに元々「泣いた」と言われると見たくなくなるのもある。そう言われてそれを見て泣く自分想像すると馬鹿みたいに思えてくる。でも多分内容は良いものなんだろうな、見たら泣くんだろうな、というのは分かっていて、だからこそ見たくない。さっさと読んでしまって楽になりたい気持ちもある。自分の中で下手に期待感を上げるのも本意ではない。どうしたものか。

2017-05-31

???

最近の"相棒"おもろくない・・・

有り得ないと思うけど、杉下右京が重火器類、"マシンガン"とか"火炎放射器"とかを駆使している所が見たい。

神回になると思うんだけど。(笑)根っから相棒ファン絶句するかも。。。

銃撃戦自体そんなにないけど。。。

映画版とかでやるとか。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\<例・銃撃戦のワンシーン>\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

杉下:冠城君!"ドバババババ―!"

冠城:危なかった・・・

   杉下さん!何処でそんな物騒なものを!しかも、なかなか慣れてます???

杉下:スコットランドヤード時代、偶然SAS(スペシャルエアーサービス)の訓練を受講することが出来ましてねー

   おやっ?話しておりませんでしたか???

冠城:。。。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

因みに、"冠城亘"に関しても、"GTO"のキャラでやった方が観たかも。。。

2017-05-21

BLAME!劇場版を見てきた

公開日5/20(土)に見てきましたよ。

全体的な感想としては「まあ、こんなもんでしょう」。(面倒なオタク特有の、上から目線。)

いや、こっちの問題なので、映画は悪くないです。

ビジュアル面は、仕方ないんです。

原作を初めて見たのが「アフタヌーン」誌連載の見開きページで、見た瞬間に脳を焼かれてしまって(ちなみに 内山英明 の写真を見たときも似た衝撃を受けました)。

もう何度も読み返して、脳内でグッツグツに煮えているわけなので。公式映像化というとどうしても期待が膨らんで、好きなシーンがいくつも脳内にフラッシュバックしてくるので、何を見ても物足りなく感じてしまう。マーベル・シネマティック・ユニバース作品並みの予算を投入しても満足できるかどうか。

アクションや、アニメーション(物の動き)に関しても、まあ。

これも脳が煮えてるので。

原作みてて思うのが、絵にモーションブラーをあまりつけてないので、躍動感というか「動いている感」はあまりないんですけど、どんな動きをイメージしているかは伝わってくる。そして、その動きはめちゃくちゃカッコいい。キャラクターアクションだけでなく、建築物や装置の動きも好きです(東亜重工入り口とか)。格闘描写は「ABARA」でも切り拓いているなあと思いました。

あ、霧亥とサナカンの格闘シーンはよかったです。

原作から削られた要素については、単発の劇場作品だから無理ないなと思いました。珪素生物はセーフガードと区別がつかないし、臨時セーフガードも人間と区別つかないし。

唯一文句を言いたいのが、メガストラクチャーが登場しなかったこと。作品の建築物描写における超重要ギミックじゃないですか。これによって、そのへんのビルがどこまでも積みあがっているわけじゃないんだな、ってのがわかる。

重力子放射線射出装置メガストラクチャーに穴を開けて新天地に行く、という名シーンは映像化して欲しかったですね。射出装置がただの強い銃程度のものになっていたのが残念。

劇場に行く前にインタビュー( https://akiba-souken.com/article/30072/ )読んだんですが、感情移入しやすいドラマを入れようってのはなるほどなあと思いました。原作みたいな突き放したつくりにすると、私みたいな性癖の者には刺さりますが、それだけでは売り上げはアレですからね。大勢の人に刺さる普遍的要素を入れるのは良いことでしょう。

でも、なんか、つまらない実写ドラマみたいな出来だなと思いました。面白い人間ドラマを作る難易度って、面白いアクション映画を作るとか、面白い恋愛モノを作るとか、面白い巨大建築物徘徊マンガを作るとかってのと、大差ないと思います。

あと、説明してくれるのはいいんですけど(私も「ABARA」のラスト意味不明でしたから)、視聴者の知性を信頼してないところが、なんか、つまらない実写ドラマみたいだなと思いました。“ながら見”されること前提で作ったテレビドラマじゃないだからもっと信頼してくれてもいいのになあって。特に微妙に思ったのが、自動工場にいくまでの背景の建物が、前のシーンのおやっさんのクソ長い説明台詞のときに写っていたやつそのままだったというとこ。

まあ、これで楽しめるって人が多くて、売り上げが上がるっていうなら、いいんですけどね別に。(面倒なオタク特有の、選民思想。)

私が原作で一番ドラマを感じたのは、臨時セーフガードと珪素生物の確執でした。結局パーソナリティは人間と同じなんで、出しても平気だったと思いますけどね。まあ前述のとおり単発の劇場作品では難しいのでしょう。「あのセーフガードが味方に」って意外性は連載を積み上げていたからこそだったし。

セルルック3DCGはとてもよい感じでした。

あのキャラクターたちが動いてる喋ってる、というのは嬉しいものですが、やはり違和感もありますね。

違和感つっても、映像版のデザインはそうなんだから、映像版においてはそれが本来の姿なわけで、文句を言う筋合いではありませんが。

まあ、私が原作を見てイメージしていたのはこんな感じだった、という話がしたいだけです。

霧亥は、妙に顔が太いなあって思いました。「BIOMEGA」の庚造一のような太さではなく、アゴはシュっとしているのに、なんか太い。原作もっと細いイメージでした。あとイメージよりずいぶん声が低くて喋るのが遅い。

シボは、すげえ高飛車になってました。顔や髪の描写はとてもよかったのですが、服と靴のデザインがそれかいって感じ。

サナカンは、全世界三億七千万人の 弐瓶勉 ファンが驚いたと思いますが、まさかアクセント付くのが「カ」だったとは。「サ」だとずっと思ってたのに。

電基漁師たちについては違和感がまったくなくて、モブとしてしか認識してなかったんだな、という感じ。髪やその装飾の描写がよかった。

捨造は、宮野真守の声してんだからもっと活躍せえやと感じました。電基漁師としては活躍していた方ですが。

づる の、最初の頬染とか、インナーチラ見せとか、そういうのいらねえなって感じでした(個人の感想です)。アレな深夜アニメ並みに突き詰めてくれればまだしも。

霧亥を踏みつけ銃口を突きつけるサナカンをローアングルから見上げるシーンとか最高だったので、そういうのをもっと個人の感想です)。

コンピュータ接続する際に無線が基本なのが、時代にあわせてアップデートしてきたなと思いました。原作ではは有線が基本でしたね。

視線に写る文字などのCG、映画では普通にCGで描写していましたが、思えば原作においてはCGを手描きで描写するというのがいい味出してました。原作が当時されていた当時は特にパソコンスペック向上が激しかったのでうっかりCGを導入すると陳腐化が早かったろうと思います。こういう描写で、手書きフォントみたいな、あえてガタつくような表現をしたら面白いかもしれません。

妄想キャスティング

 霧亥 浅沼晋太郎

 シボ 瀬戸麻沙美

 サナカン 花澤香菜 (あまり低くせず大人っぽくしたときの声がハマる気がする)

 メイヴ 悠木碧

 イヴィ 羽多野渉

 メンサーブ 茅野愛衣

 セウ 宮野真守

 ドモチェフスキー 中村悠一

 イコ 山下大輝

 ダフィネ 斎賀みつき

 プセル 早見沙織

 スチフ 細谷佳正

 ナギナタの人 種﨑敦美 (このイラストの手前に座っている珪素生物です https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=25548289 )

「ブラム学園」が映像化されるとよいですね。

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2017年5月23日火曜日 追記)

5/22(月)に二回目いってきましたよ。

初回は自分の中のイメージとのコンフリクトから「あれが無いこれが無い」を意識してしまいましたが、こんどはちゃんと「劇中にあるもの」だけに集中して見れた気がします。

スゲーよかった。

建築物の描写とか環境音とか。ずっと浸っていたい雰囲気。人間ドラマちょっと脇に置いて、世界観を楽しむ感じですね(って原作と同じやないかい)。

建築物の、特に質感(テクスチャー)がよいですね。原作よりもリッチ表現。今後原作を読むときは映像版のイメージ逆輸入すると、また一段と脳が煮えてきますね。

 

本編終了とエンディングテーマの間に流れたパートキャラクターの静止した3Dモデルがアップになり、カメラだけが動くやつ。

似たようなのが「パシフィック・リム」でもありましたね。あれを意識したのでしょうか。

サンダーバード」のエンディングにも似てるような気がしますが。

 

メカ描写では、電基漁師スーツの背中とグローブデザインがいいですね。強化外骨格という感じで。

 

一度目の鑑賞で気になって、二度目の鑑賞で深まった懸念があるのですが。

原作を知らない方は、建物が水平方向にも垂直方向にもどこまでも続いていて、「外」があるのかわからない、ってことを理解できたのでしょうか。

一見さんにもわかりやすくしたいってことで、ある面では手厚い説明がありましたが、この点については説明が足りてないように思われます。

なんだか、外があるっぽい気がしたんですよね。集落入口の谷とか、ビルの屋上と天井の挟まれた横に開けている場所(ポスターにも使われている)とか、遠くから光が差し込んできていますが、あれ自然光っぽくないですか? シボが塊都を回想シーンひとつでも、アトリウムみたいだと感じました。

映画の最初の方で「都市はどこまで続いているのだろう?」のようなセリフがあり、最後の最後で「無限に続く都市……」というセリフがありましたが、これ、都市が増殖しているのは水平方向だと思われてませんかね。地表を覆い尽くす、みたいな感じで。

都市の高さは「ブレードランナー」や「フィフスエレメント」くらいだと思われるんじゃないかなって。あと、開けた空間にも天井があるのも、「FF7」のミッドガルのようなものだと思われてないかと。

霧亥の「六千階層下からきた」ってセリフがあり、下に関する言及はありますが、上に関する説明がない。舞台となっているのは地表付近で、地底深くからやってきた、という解釈も普通にできますよね。

つか、私も不安になってくるんですよ。ひょっとして原作から改変してて、あれは実際に自然光なんじゃないか、この世界には普通に空があるんじゃないかって。原作通りだと閉塞感で不快になる人がいるかもしれないから避けたのかなって。

原作だと、霧亥が登っても登っても建物が続いていて、「うおー、この世界は何なんだー、上はどうなっているんだー、気になるー」ってなって、霧亥の探索から目が離せないわけです。終盤では木星サイズ距離が提示されたりして、少なくとも惑星よりもデカいんだなってわかる。でも映画だと舞台が固定されているうえに説明が無いので、普通に地球が舞台でミッドガルのようなものの中に住んでて、そこから外に出ないまま終わっちまった、みたいに思われてないか不安になりました。原作の壮大な世界観スポイルされてないかと気になります。

 

あと、原作を知らない人が、ネット端末遺伝子ネットスフィアに関してどう思ったかも気になります。

原作においては、マクガフィンのようなものでしたよね。登場人物の行動原理に芯を通し、「結局こいつら何がしたいの?」って支離滅裂にならないようにするもので。きっと見つからないまま終わるんだろうなあ、と覚悟していました。(実際に、まあ、ねえ。)

単発映画というところに重点を置くと、ネットスフィア接続するために端末遺伝子を探している、ってのは、「天空の城ラピュタ」における、ラピュタに行くために飛行石を探している、みたいなもんじゃないすか。そう考えると、劇中に飛行石もラピュタも出てこないまま終わったようなもんじゃないすか。

たとえば現代が舞台で「政府の重要書類」だの「世界最大のダイヤモンド」とかのありきたりなものだったら、はいはいマクガフィンねとわかりやすいものですが、違う世界が舞台で作品オリジナル造語なわけですからクライマックスバーンと出てくるのかな、って期待してもおかしくはないでしょう。

原作への「引き」になるといえばなるような気もしますが、それがきっかけで原作にきても、マクガフィンですからね。

大丈夫なんですかね。

まあ、私のような原作既読の頭の煮えたファンが考えても詮無きことではあります。

 

結局ネガティブな話になってまいりましたが。

 

二回目の鑑賞でも電基漁師はやっぱり、なんか、微妙でした。

パワードスーツで増強した筋力にモノを言わせて都市をパルクールで駆け回り、セーフガード監視をかいくぐりながら強かに生き延びてきたテクノ遊牧民の末裔——とは思えないほど、どんくさい

ヅルは新人だからまだしも、捨造とかおやっさんとかはベテランでしょうからもっとプロっぽくキメて欲しかったですね。原作なら所詮モブなので、どんくさい方が「霧亥カッケー」ってなって好都合なんですけど。

なんで棒立ちでのんびり喋っているかなあ、って思うことがしばしばありました。声優の演技は素晴らしいのですが、テンポが悪いというか間延びしているというか。

プレスコの仕方が悪かったんじゃないかなあという気がしないでもないです。

いや、アニメ制作プロに対して私が言うのもおこがましいんですが、劇場舞台挨拶の記事 http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1495262889 なんかには「キャラクターの行動が伴うようなシーンはその場でディスカッションをしながら演じていた」「今回全く絵が無くて、あるのはト書きくらいなもんです」「セットが無い状態の舞台演劇をしている感じだった」とありまして。

たとえば、即興で作詞作曲して歌うとか、即興で会話を考えて劇をするとか、すごいスローになるじゃないすか、探り探りになって。本作もそんな感じだからモタついているように感じるのかなあ、と。

全員が原作読んでてグツグツに脳が煮えていればまた違ったでしょうけど、そんなことあり得ませんし。

原作の読み合わせも無かったようですし(そんな長時間拘束するような浪費的な契約は普通しなさそう)。

 

会話の内容で、ちょくちょく引っかかるところもありました。

シボが自動工場がどこにあるか言ったとき、その地域について何も把握してないようなリアクションだったのに、入口についてみると「この場所から帰ってきた者はいない」って言ってて、“おまえら知ってるんかーい”ってなりました。(話は逸れますが、自動工場といえば、新しい武器とか作って電基漁師がパワーアップとかするとわかりやすく燃えたかもしれませんね。「メトロイド」で新しい武器やスーツの強化パーツを手に入れるみたいな。原作でも倉庫から武器をとっていくシーンがありました。)

それと、自動工場にて、別行動していた仲間と合流した際に「彼女はどうした」「駆除系に潰された」のような会話があったのに、行ってみると当の彼女が腕を怪我した程度で座り込んでいて、でも誰も不審に思わなくて“え、おまえ潰されたとこ見たんだろ? だったら疑問を口にするんじゃない? それとも襲われたときすぐさま見捨てて逃げたの? おまえが彼女のことが好きだっていう感じの描写があったし、だから一緒に行動してたんじゃないの? 見捨てたのを悔んだりしないの? 別のやつも誰も気にしないの?”ってなりました。

 

人間ドラマ面で一番ひっかかるのが、死に対するリアクションでした。

あるキャラが死んだ後のヅルのノーリアクションっぷりはどうなのかと。

それだけでなく、冒頭で三人やられたことについても。人口が200にも満たないような小さな集落で、自分たち以外の人間に会う事ができないような寂しい世界で生きていて、同世代の仲間が死んでいったのに、それか、って。

声高に泣き叫べばいいってもんじゃないですけど、なんだかなあ、と。

ヅルに限らず、死んでいった者に対する思い入れがまるで無いように見えました。誰も死んだ者の名前を呼びません。何人やられた、っていうふうに、数しか言いません。

現代日本に比べて死が身近な世界からそうなってるのかもしれませんが、だったら結局は感情移入を拒むようなキャラクター造形だなあと。

悪い意味感情移入できる気がしました。視聴者的には特に思い入れも無いモブキャラが死んだくらいのテンションなわけですが、劇中の人物のテンションもそれくらいっていう。

 

ところで、原作だと電基漁師は死んだ人間の人格保存とかやってまして。

あれはグレゴリイ・ベンフォード小説「大いなる天上の河」が元ネタです。死んだ人間の人格チップに移して人工知能みたいな状態にできて、個人でチップを携行し、先祖たちと頭の中で会話をすることができます。

「大いなる天上の河」の他にも「銀河の中心」シリーズとしていくつか作品がありますが、「BLAME!」に劣らず暗い話で、宇宙からきた機械文明と人類が絶望的な抗争を繰り広げます。地球を飛び出し銀河の中心付近に進出した人類は、かつては巨大な宇宙コロニーを築いて機械文明と闘っていましたが、やがて敗北し、惑星上へと縮こまり、さらには惑星上の要塞も破壊されて流浪の民となり、機械文明の物資を略奪して生きる存在となった、という感じです。原作者が影響を受けた作品として明言しており、インタビュー http://kai-you.net/article/41199 などでも言及されています。

原作の電基漁師はけっこうサイバーパンクですが、映画では捨造が「機械と繋がるなんて嫌だね」と言ったりしていて、普通の人間像に寄せてきたなあと感じました。

 

ついでにもう一つ海外作品を紹介。「BLAME!から影響を受けたPCゲーム「NaissanceE」。

http://www.naissancee.com/

http://store.steampowered.com/app/265690/NaissanceE/

 

一回目の鑑賞よりもポジティブなこと書こうと思ったのですが、ネガティブ話題も多くなりましたので、最後は気楽な萌え語りで〆たいと思います。

 

二度目の鑑賞だと、改めて、霧亥、シボ、サナカンの演技が素晴らしかったです。

霧亥とシボが階段で別れるシーンはグっときました。

シボといえば、ヅルから霧亥を奪っていくシーンがラブコメの波動を感じてよかったです(語弊があります)。入室してくるシボの、あのドヤ顔花澤香菜の見下し声とあいまって最高ですね。

サナカンは、なぜか初回では気にならなかったのですが、すごい顔変わってますね。原作既読映画について知らない人に「プセルだよ」って言ったら信じるかも。額のセーフガードマークが髪で隠れてましたが、見えていたほうがよいかもと思いました。

顔といえば、駆除系の顔。原作より下膨れって感じで、ちょっとダサい気がしました。能面をフィーチャーしたのかも?

 

ところで http://www.ota-suke.jp/news/192644 によると早見沙織曰く「サナカンは、霧亥とは拳で語り合ってるんです。きっとですが、わりと無口な人って、モノローグでいっぱい考えてるんだと思いました」だそうで、私はセーフガード映画ターミネーター」のT-800のような存在であり、原作終盤はともかく、映画では原作初期の立ち位置なんだから、拳で語り合うとかいうのは解釈違いに収まらない明確な誤りなんじゃないか、スタッフはこういう基礎的なところも伝えずにプレスコやらせたのか、だからグダグダになったんだ、とか思っていましたが、考えているうちに映画版ではこの解釈が正しい気がしてきました。キャラデザカワイイ寄りのチューニングされてますし、表情豊かですしね。

ラム学園が映像化されて、「早見沙織のふり〜すたいる」のジングルみたいなやつをたくさんやってくれるといいですね。

 

それにしても、連載開始から20年の時を経た今になって、こんなに多くの人が同時期に「BLAME!」について見たり聞いたり語ったりするというのは、夢のようです。

2017-04-20

映画『夜は短し〜』1回目駄目だった人も安心して特典回収しにいって

映画版の改変点が駄目で正直がっかりした人もいると思うけど、二回目だと気にならなくなるよ。割り切れるようになってるから

原作の魅力は大きく二つに分けて「乙女大人階段を上っていくかわいい成長物語」と「先輩の阿呆な方向にばかり全力を出して一年かけて距離を縮めていくラブコメ」になると思うのですが、

僕は断然後者の魅力に引かれていたわけです。そういう目で見ると一年の話を一夜に凝縮してしまうのはカタルシスにかけるというか、先輩の青春の空費っぷりが薄れるし、乙女が先輩に惹かれていくのが唐突な感が否めなくなるんですよね。で、がっかりして劇場を後にして「また見てね!」と言わんばかりの悪徳入場特典に歯ぎしりするわけであります

パンフにあったけど、湯浅監督原作の魅力の中でも、特に前者を強くみたわけで、後者派がある程度切り捨てられるのは仕方なかったんですね。

そのことをすっかり承知した目で見ると、一夜にまとめたのはタイトルにもかかってて前者の魅力を引き上げてる英断になるわけです。

湯浅監督解釈する『夜は短し〜』」と割り切れば本作はずっと面白く観られます

後者派の皆さんも安心して1800円払って10ページにも満たない掌編を手に入れ、超絶作画演出湯浅アニメを楽しんでください。

ロバート秋山めっちゃ上手かったよね。

以下、それでも看過できなかった点

古本市の神のキャラデザ

正直四畳半引っ張り過ぎだろ…素直に美少年にしとけよ

・シモ・エロ演出多くない?

どっちでもいいっちゃいいんだけど、なくてもいいものは入れなくてもいいと僕は思うんだ

2016-12-02

実は極左には評判が悪い「この世界の片隅に

一般的には悲惨戦争体験の新しい表現として評判のこの映画だがガチ左翼、とくに朝鮮シンパにはすこぶる評判が悪い

そもそもこうの史代の「夕凪の街 桜の国」が日本人被害者ぶって戦争体験だけ美化されてるニダとかなんとかで受けが悪く、

こうのが「この国に生まれながらこの国のことが嫌いな人たちがいるようです」みたいなことを口走ったおかげでド極左に敵視されてたようだ

「この世界の〜」原作では例の太極旗のくだりでこうの自身批判落とし前をつけたようだが、今回の映画版ではそのへんをわりとサラッとやってしまったのがいたく朝鮮シンパの気に食わないらしい  片渕須直監督の「あの場面ではすずさんに唐突国家を背負わせる必要もなかったのでは〜」的な発言も心象が悪いらしい

そもそも呉みたいな軍都に住んでて無垢にひたむきに生活を営み、彼らの産業植民地三国人どもを抑圧してることを見ないようにしてるようなほんわかした生活描写朝鮮シンパ的にはありえないみたいだ

まあそんなこんなで日本人としての加害性を無視した本作も戦後民主主義左翼に言わせれば大政翼賛映画になってしまうようだよ

最近増田でなんか見る気がしない的なネガキャンがさかんに行われてるのもその辺の事情もあるのではないか

単にインターネット接続料以外はビタ一文コンテンツに金を落とせないというクソネット貧民ニートであるだけという可能性も大きいけど

2016-11-26

デスノート Light up the NEW world 感想

今更ながら見たので感想ネタバレ注意。

総評

そこそこ出来のいいB級映画、といった印象。

言われてるほどクソではないけど、流石に粗が目立ちすぎてない?

感想

今更ながら見た。前情報で「登場人物みんなバカバカ必死頭脳戦」と聞いていたのでよほどひどいと思って見に行ったが、思いのほか面白かった。

しかし、「バカ必死頭脳戦」はその通りだったし、あんまりにもひどい部分が多すぎる。

もったいないなぁ。結構面白いと思ってたのに。

良かった点

アバンロシア人医師のくだりは結構わくわくする作りだった。導入は良い。導入だけは。

あと、最後の方の展開は「なるほど……!」と驚く展開だった。予想は多少ついていたけど、そうきたか、という感じ。面白いなと思った。

あとアーマがキャラとして良かった。中の人補正もあるけど。

ダメだった点

序盤の無差別殺人の時点で「あっ、やはりこれは脳を溶かして見るべき映画だな」と確信した。

そして出てくるLの後継者。なにあれ。流石にひどすぎない?

転載要素がまったく分からなかったし、幼稚な人格破綻者にしか見えない。終盤で印象を巻き返すけど遅いよ……。

そしてお前、「L change the WorLd」のニアなのか? どうしてこんなバカに成長してしまった。あとどうして日本名前本名なんだ? 実はただの別人なの?

それからサイバーテロリスト強すぎない?

ハッキングであそこまでできるの? ハッキング便利すぎない?

デスノートなくても殺人余裕じゃないの?

というかLのクソCGからどうやって画像解析してメッセージ読み取ったんだよ。ハッカーすごいな。どうやったら読み取れるんだよあんなの。

次にミサミサ2011年には死んでるんじゃなかった? (映画版だと生きてるんだったか? 忘れてしまった)

デスノートによる殺人に気付いた時点で取り押さえておこうよ、警察無能すぎない? 「ノートを破棄した者が再びノートに触れると記憶を取り戻す」ルールは知ってたんじゃないの?

あと、あまり可愛くない。

そういえば、ノート名前を書かれた人間って死神の目にどう映るんだろう?

目を持ってても気付かないもんなのかな。

あと散々言われてることだけれど対策本部無能すぎ、デスノート対策本部と言いながら肘で顔を隠して突入とか愚の骨頂じゃないか……。死神の目についても知ってるのに、途中からマスクサングラスも、マフラーさえもないとかどうなの。ぶっちゃけマフラーでも防げるのか微妙ラインじゃない?

そして仲間たちが特に使えるわけでもなくあっさり死んでゆく。あまり印象にも残らなかったなぁ。

そしてキラ後継者、あの展開はちょっと……。あれはないでしょう、そりゃあ無理だよ。子供だもん。

総評

そこそこ出来のいいB級映画、といった印象。

思ったよりは楽しめたけど、最初から「これはギャグ映画だろうなぁ」と思ってたからだと思う。頭脳戦を期待して見に行った人は本当にがっかりだったんじゃなかろうか。

結局、「バカ必死頭脳戦」の話だけが独り歩きしている印象。言われてるほどクソではないけど、確かにみんなバカだし流石に粗が目立ちすぎだと思った。

最後の方の展開とか面白かったのになぁ。「ここで共闘するのか、すげぇ……!」と思ったけど、最後最後あんまり……。超法規的措置でいいのか、あれ。

面白い部分は面白いのに、それを埋もれさせるレベルのしょーもない粗ばかりが目立つ。

もっと面白くなりそうなのになぁ。本当にもったいないと思った。

どうでもいいこと

どうして約束場所マヤカンだったんだろう?

とても気になった。どうでもいいけど。

2016-11-22

百日紅この世界の片隅にの一番の違いは原作との向き合い方

http://anond.hatelabo.jp/20161122012731

百日紅」の映画版は一人の子供にシーン集中して原作が持っていた「花がどれだけ散っても意にも介さず一向に咲き誇り続ける」というタイトル意味完全に放りだしてたじゃん。「この世界の片隅に」は原作者映画監督が徹底的に時代考証して、実感ある世界を組み上げることに全力を尽くした。売り上げの違いはしらねーけど、この二つを同じって言われても困る。「百日紅」は漫画既読で見に行った自分としては到底満足できるものじゃなかったよ。

2016-11-13

イケメンハゲはいてもイケメンデブはいない説

 今回の『イケメン』は外見に限る。

 先日、「ハゲてもいいけどデブにはならないほうがいい」という話を受けたのでその実を聞いてみたところ、ハゲは格好良いやつもいるがデブは総じて格好良くない、ということであった。

 格好良い、という言い方だと、『映画版ジャイアンは格好良い』とか『ヘルシング少佐の格好良さがわからないとはこれだからゆとりは』とか『ポルコ・ロッソが』とか言われること間違いなしなのあくまで外見に限定するためにイケメン表現する。ここで言うイケメンとは、繰り返しになるが外見のみで判断して格好良いということだ。もっと定量的に示すなら無作為100人の成人女性を集めて50人以上が『外見が格好良い』と言うかどうか、ということにしておこう。

 さて、まずはハゲの話からしておこう。ハゲといえばデブに並ぶ蔑称であるチビデブハゲといえば男性三重苦と呼ばれることもあり、その扱いは近いと言える。ところがハゲに関しては、どう頑張ってもイケメンしか言えないハゲがいるのだ。挙げようと思えばたくさん挙がるが、日本世界三次元で挙げれば渡辺謙ジェイソン・ステイサムを挙げておこう。渡辺謙レベルではハゲではない、という反論封殺するためにあらかじめスキンヘッド市川海老蔵証拠として突き付けておこう。

 次にデブである。さて、デブ美談といえば、包容力があり優しさがあふれていたり、いざという時は意外と動けたりする話は耳にする。ところがどれだけ悩んでみても、見た目がカッコいい、イケメンデブが思い当たらないのである例外ばかりで申し訳ないが、筋肉質は別なので、プロレスラーや一部の相撲取り割愛したい。純粋に、とにかく脂肪を余らせたデブで、100人いたら50人はイケメンだ!というルックスイケメンデブ存在を知りたい。もしいたら是非教えて欲しい。世界デブのために。そしてデブバカにする奴らの鼻を明かすために。

2016-11-08

アニメ版舟を編むはやっぱりダメだった

始まる前は「映画やって、それの評判もいいし、国内映画賞総なめだったし、いまさらアニメなんてやって何するの?やることある?」って感じだった。

映画は馬締の役を松田龍平にしている時点で勝ちだからアニメなんて負け戦決定だと思ってた。

まぁ、この頃まだ原作映画も見てなかったけど。

 

それで1話見て、これがすごくよかった。

終盤の馬締をスカウトするシーンとか最高。背景がぼやけて、文字が浮き出て、馬締がファイルを収めると同時に浮いてた文字も収まる。

これなら馬締の特別感に説得力がでる。実写でこれやったら下手なCGが目について白けるはず。そういう意味アニメしかできない表現だと思った。

これができるならアニメ版映画版と張り合えるんじゃないのか。画面に映るだけで違和感のある俳優松田龍平を使った映画に対して、アニメの馬締も戦えるんじゃないのか。

その期待もまま2話を見た。

これまたよかった。

セリフ用例採集カード対応させる演出とか最高。作画だってすごくいいし。

今期トップレベル面白いアニメの一つだと思ってた。 

 

それが3話でダメになった。

21~22時くらいやってるつまらないテレビドラマみたいだ。

思ってることを全部口にしないといられない登場人物たちが下手なコメディ芝居でギャアギャアやるアレ。

気持ちを全部セリフにするから解釈余地なんてない。

から十までセリフ説明すれば、理解やす作品になるとでも思っているのか。

それをやれば逆に底の浅い作品しかならないのに。

全て説明するってことは、見ているこちらの解釈を挟ませない、こちらを入り込ませない作り。

見ている側が作品に入り込むとき、見ている人の心に登場人物たちの心も形づくられる。

けど全部セリフで語られるとそれを作る必要はなくなる。全部喋っちゃうから

馬締の気持ち西岡気持ち想像しなくていい。全部喋ってくれるから

見ているこちらの心の中に彼らは存在しない。

存在しないか作品自体遠くにあるどうでもいいものになってしまった。

 

4話に至っては作画まで死んでる。

特にラーメン食べるところ。

麺をすする音はするけど、食べている絵がない。

人の背中で隠したり、画面に写さなかったり。

現場のヤバさが伝わってくる。

で、やっとワンカット食べている絵がでるけど、そのあとの馬締の後姿がでか過ぎ。

もう別の期待にわくわくしてきた。ろんぐらいだぁす、ブレイブウィッチーズに続くのは舟を編むなんじゃないのか?って放送落とすことに期待。

 

 

1、2話でよかったものが、この3、4話で失われ、もう見るところがなくなった。

がっくりしながら、それでも映画は評判いいから見てみようって見てみたら、これが最高。

始まってまず出てくる「一九九五年」の文字

映画の中がもう95年になってる。95年に作られた映画を見ているみたい。人によって95年の映画代表は違うだろうけど、平成ガメラ一作目って感じ。 

 

しか仕事場が汚い。

追いやられた感がある。

 

用例採集カードなんて黄ばみまくってる。

古ければ古いほど黄ばみがひどい。

けどそれがいい。

アニメだとみんな新品みたくきれいなものばかりだけど、一日二日で90万語も集められるわけないから、きれいだったカードもどんどん古くなって黄ばむはず。

どれだけの期間かけて集めたか具体的に語られることはないけれど、カードの汚さを見ればそれがわかる。

きっとすごい時間かかったんだなって感じられる。

アニメにはそれができていない。

 

用例採集カードで語らせるやり方とか映画でもやってるけど、断然映画のがうまい

アニメ版にある押しつけがましさとは逆に、映画版はこっちから意図や心情を読み解いていこうって気持ちにさせられる。そうやって作品に入り込んでしまう。

 

映画を見たら、アニメ1、2話の印象まで変わってしまった。

ダメだ。敵わない。

もはやアニメ版にいいところなんて何一つ残っていない。

 

アニメ映画観覧車解釈の仕方に違いがあるという点だけ面白い

どちらの解釈が良いとかそういう話じゃないけど。

観覧車の中での二人の会話は断然映画のほうがいい。当たり前。アニメ登場人物はできるだけ喋らないでいてほしい。

映画版が良すぎた。

アニメ版はもう見ない。

原作は気が向いたら。

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