はてなキーワード: 将棋とは
6月1日午後7時40分ころ、三島郡島本町若山台1丁目5番付近路上において、不審者が「将棋をしにこないか。」等と1人で友達を待っていた男子中学生に声を掛ける事案が発生しました。
https://www.gaccom.jp/safety/detail-1070125
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将棋の最年少7冠って違和感あるけど、どういうのがすごさが伝わるんだろ
最年少7冠→そもそも現在までに達成者は2人のみで最年少を強調するのが違和感
20歳10カ月での7冠→何となくすごそうだけど、あまり凄さが伝わらない
もう何人か7冠が生まれればすごさがわかるんじゃね
1位 『おかえりアリス』
最近は、「女ってだるいじゃん」「ミソジニー上等、フェミとかうぜえ」って弱者男性多いと思う。女に相手されなくて頭おかしくなるやつ系の。
そうなんだよ、男の娘ならだるくないぞ!
2位『劇光仮面』
シグルイの作者の新作。
大学の同級生は社会で立派にやってるのに、主人公だけ本当に弱者男性。
最新話に出てきた、「むるっち」という地下アイドルが出てくるが、地下アイドルのオタク(30歳)は地下アイドルを見下してる描写とか最高に弱者男性。
とにかく、「オタク=弱者男性」という構図が弱者男性にはビンビン響く。
3位『龍と苺』
響って漫画知ってるかな、天才の女子が小説で無双するだけの漫画。てちが主人公で映画もやってたよ。
将棋初めて1ヶ月とかの女子中学生がアマ大会優勝⇨将棋プロのタイトル戦で優勝、みたいな話。
もちろん、勝ち方は多少理屈つけて、なるほど〜ってのが面白いけど。
それ以上に、弱者男性は、「才能ある人」への嫉妬すごいじゃん?しかも、それが、女で、ピチピチの女子中学生だと劣等感すごいじゃん?
はよ薄い本出てほしい。
俺はそこそこ普通に頭いいとされる中高を出て東大出て博士取って研究者になったから、頭は平均よりは悪くないほうだとおもってるけど、将棋やらチェスやらはとても弱い
そもそもトッププレイヤーさえ機械に負ける現状でそういうゲームをやる気が出ないってのが大きいけど、それを差っ引いても弱い
全員が初心者、定石とかの外部情報にアクセス不能な状態で紙とペンとコンピュータだけ渡すから二週間後に計算とか思考時間たくさん用意されてる中で勝負しましょうみたいなバトルなら勝てる自信あるけど、こんな研究され尽くしたゲームでの勝ち負けとかトッププロでもなければ場数や暗記勝負になるだけでやる気にならないんだよな
たとえばルービックキューブを高速で解ける人たちだって自分で解法見つけましたみたいな人はほとんどいなくて単に暗記力とか手が早く動くかどうかの勝負になりがちだし、将棋やらなんやらで頭の良さがどうこう言ってる人本当にいるなら結構面白いな そんなことで他人を判断してる時点で馬鹿ですって自分で言ってるようなもんだし
将棋や囲碁、チェスや戦略性が強いゲームが苦手な人って「プレイ回数が少ないから知識が不足している」か「敗因の分析を間違えている」かのどちらかだと思う。
前者はそもそもゲームをしていないだけだけど、後者はゲーム以外の様々な分野で学習に支障をきたすだろうし、世間的には馬鹿だと言われるんだろうなと思った。
先日、将棋というものを知り合いとやってみたがからっきしで、小馬鹿にした態度をとられてしまった。
そもそも増は覚える事がわずらわしいといってルールすらしらない初心者だったわけで、そんな奴は勝てなくて当然だろうと憤慨した。
しかし、彼は「間抜けで鈍感な人間であるから将棋で負けるのだ。」という考え故にそのような態度をしめしたわけで、それを否定するだけの根拠をもちあわせていなかった。のでなにも彼に言う事はなく少し悔しい胸中だった。
一般的に、将棋というものは頭の回転が速ければ経験がなくともそれなりに勝てる物だ、という認識があるようにおもえて仕方ない。
偏差値の高い学校に通う人(勉強ができる人)・要領がよい人(いわゆる出来る人)は将棋・囲碁のようなボードゲームが強いという風なこという人も世の中にはいる。
増自身は”頭が良い”というのは一概に判断できるものではないとおもう一方、確かにボードゲームは相手の出方を探る洞察力や、どうすれば適当であるかを判断する推察能力、どのように駒が進められていくかを想像する力を要さるし、そういった能力は社会でうまくわたるのに必要なものにもおもえる。
はたして増は頭のニブい人間と言い切られても仕方がないのか。
I see that among men all things depend upon three wants and desires, of which the end is virtue, if they are rightly led by them, or the opposite if wrongly. Now these are eating and drinking, which begin at birth—every animal has a natural desire for them, and is violently excited, and rebels against him who says that he must not satisfy all his pleasures and appetites, and get rid of all the corresponding pains—and the third and greatest and sharpest want and desire breaks out last, and is the fire of sexual lust, which kindles in men every species of wantonness and madness.
私は、人間のあいだではすべてのことが三つの欲望に依拠していると見ています。それらは、正しく導かれれば徳であり、誤って導かれればその反対となります。まずは「食欲」と「飲欲」であり、これらは生まれたときから始まります。あらゆる動物が自然とその二つの欲望を備え、激しく興奮させられ、己の快楽や食欲を満たしてはいけないと言う者に逆らい、付随する苦痛からは逃れようとします。そして第三の、最も強く鋭い欲望が、最後に噴き出します。それは人々のあらゆる種類の淫気と狂気を燃え上がらせる「性欲」の炎です。
今のところこれが最古である。さすが西洋哲学の祖。「食」と「飲」が分かれているのが特徴。プラトンの著作は明治時代に翻訳されていて日本人にも知られていたと思われる。
欲界三欲
(一)飲食欲,即凡夫於種種美味之飲食,多生貪愛之心。(二)睡眠欲,即凡夫之心多暗塞,耽著於睡眠而不能勤修道業。(三)淫欲,即一切男女由互相之貪染,而起造諸種欲事。
欲界三欲
1. 飲食欲、すなわち凡夫はさまざまな美味の飲食において、多くは貪愛な心を生む。2. 睡眠欲、すなわち凡夫の心は暗く塞がり、惰眠に耽って修業に励むことができない。3. 淫欲、すなわちすべての男女は互いに貪欲に染まり、それがさまざまな欲事の原因となる。
『翻訳名義集』は中国・南宋時代に編纂された仏教系の書物。もちろん日本にも伝わっている。というかこの組み合わせが現在のスタンダードである。
いにしへの人三慾を忍ぶ事をいへり。三慾とは、飲食の欲、色の欲、睡の欲なり。
『養生訓』は江戸時代の大ベストセラー。貝原益軒は儒学者だが、この組み合わせは仏教の「三欲」と同じなので、「いにしへの人」というのは僧侶のことなのか。三欲を「抑えるべきもの」と捉えているのも仏教的である。「睡眠を減らすと健康になる」みたいなことも言っている。
『歌学提要』は幕末の歌人・香川景樹の理論をその弟子の内山真弓がまとめたものだという。
人間の根源の欲望を、食欲・性欲・表現欲に三大別して言うそのことは、江戸末期の巨匠香川景樹以来、歌界ではならいとなっている。
ということで「食欲」「性欲」「表現欲」を表しているらしい。
これはイギリス科学振興協会の当時の会長であったライアン・プレイフェアのスピーチが翻訳されたもののようだ。原文を当たると「かつての錬金術師は黄金・健康・不死のために賢者の石を研究していた」…みたいな内容だったらしい。
they hoped to attain the three sensuous conditions of human enjoyment -- gold, health, and immortality.
村上専精は僧侶だが仏教の「三欲」とは異なるのか。「生存欲」は戦時中の文章で「日本人は三大欲求の生存欲を抑えて国家に殉じるからすごい!」というふうに使われているのを見かけて面白かった。
人間の三大慾望たる衣食住
個人的に「衣食住」は欲望というより「基本的なもの」「必要なもの」というニュアンスで捉えていたのだが、井原西鶴の『世間胸算用』でも「分際相応に人間衣食住の三つの楽の外なし」と書かれているそうなので、あながち「欲望」的な捉え方でも間違いではないのか。似たようなパターンだと三大欲求を「福・禄・寿」に割り当てることもある。
美術評論家が三大欲求に「美欲」を入れるのは、歌人が「言語表現欲」を入れるのと似通っているか。
明治以降は経済発展もあってか「金銭欲(利欲・財欲)」や「名誉欲(出世欲)」を挙げることがかなり多い気がする。
もとはアメリカで1948年に刊行された小説だが、原文だと「three main pastimes」なので「三大娯楽」かな。
といった記述がある。
食欲、性欲、排泄欲の根源的意味に比べたら、人間の他の欲望である出世欲とか名誉欲とか権力欲とか支配欲とか金欲とか知識欲など、それこそ屁以下の価値しかない。
いわゆる「生理的欲求」のひとつとして食欲や睡眠欲と並べて語られる「排泄欲」だが、「三大欲求」として挙げられていることは少ない印象を受ける。ただ「性欲(射精欲)」を排泄欲の一種とみなすこともあるようだ。
本来、仲間と一緒にいたい、集団の中で自分の安定した位置を占めたいという欲求――集団欲は、食欲、性欲と並んで三大欲と言われる程のものである。
この「集団欲」を三大欲求とみなすのは戦後にかなり広まった感じがする。近年の書籍でも睡眠欲に代えて集団欲が挙がることがあるようだ。
貞潔・清貧・従順の修道三誓願は人間共通の三大欲求(肉欲・所有欲・支配欲)にかかわるものとして、生涯の一大試練と誘惑になりうる。
これはつまりカトリックの修道士が守る三誓願の対義語となるような欲望(貞潔↔肉欲 清貧↔所有欲 従順↔支配欲)を「三大欲求」と見なしているらしい。カトリックのあいだでポピュラーな解釈なのかは知らないが、三誓願そのものは3世紀末くらいまで遡るらしいので、当時からそうした発想があったとしたら面白い。
現在の一般的な認識。「金銭欲」「名誉欲」「集団欲」あたりを含めて「諸説あり」と言われていてもおかしくなかったと思うが、最終的にほとんど「食欲・睡眠欲・性欲」で固定されてしまったのは面白い現象である。
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こんにちわんこそば、大人気中国からの直輸入の中華料理屋、李店長からスペシャルメッセージが届きましたよ!
彼は日々、料理の海を泳ぎ、味の宇宙を探検していますが、日本の方々とのコミュニケーションがちょっと難しいみたいですね。
なぜなら、言葉も文化もまるで異なるからです。でも、ここに話す鍵があるかもしれません。
日本の伝統的なボードゲーム、将棋が彼の日常にスパイスを加えてくれました。
ルールも駒の名前も知らなかった彼に、ある日突然、一つの光が差し込みました。
「こんにちは、おじさん。将棋やろうよ」と一つの提案が舞い込んできました。
提案主は近所の7歳の将棋マスター、太郎くん(名前は変えています)!彼は将棋が大好きで、よく父親と一緒に遊んでいます。
彼が彼の将棋の秘密を李店長と共有することを約束しました。そう、彼は無料の将棋教師になったのです。
李店長も彼に対して感謝の気持ちを表し、「ありがとう」と日本語で返しました。そして彼も、「どういたしまして」との言葉を返しました。
そうして二人は、将棋を通じて友情を深め、新たな文化を学びました。
李店長は日本語と日本の文化を学び、太郎くんは中国語と中国の文化を学びました。
一緒に成長し、年齢や国籍を超えた友情を育んだ二人。彼らの物語は実話です。