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2017-10-21

どうしたんだよ

女がメチャクチャ切れてる

おばさんがここあいてます

って質問したら

知り合いが来るからとっておいたんですけど…どうぞ!

って切れながら荷物をどかした

それまで座席荷物をおいていた

そのあと新聞バサバサ広げて威嚇してた

それが発車の1分前くらい

発車したら、急に話始めたと

おもったら電話してた

とっておいたんだけどとられた

申し訳ない私は号車にいるか

と嘘くさい内容だなと回りの全員が

思うような話だった

どうに穏便な解決をしてやりたかった

今の日本無能な人に対してあまりにも不寛容ではないのか

24歳 高卒 フリーター 実家暮らし コミュ障 無気力

 学生時代はろくに友達も作らず、そして勉強もせず、かといって部活学校行事に精を出さずゲームばかり、

そのおかげで行きたい大学にも行けず結果としてフリーター

 一日8時間フルタイムで働くが最低時給なので手取りは9万円、もちろん交通費住宅補助等は一切なし。

一人暮らしはしたいが一生無理だろうと諦める。家も持ち家ではなくアパートなので将来性もない、死にたい


 今の日本は私みたいな”無能”に対してあまりにも不寛容なのではと思う。

新卒就活公務員でも企業でも求める人材第一コミュニケーション能力(笑)、そして即戦力(笑) 

主体性があり協調的でかつ元気で若者らしく大学時代海外留学(笑)ボランティア(笑)部活(笑)サークル活動(笑)に精を出しリーダー(笑)もある、

そういうスーパーマンばかりを求めるこの時代。それでいて薄給でも文句を言わないやつ(笑)

 それらの能力を持った”有能”はらくらくと就活をこなし内定を取る一方、コミュ能力学生時代に頑張らなかった”

無能”は非人間、非国民として奴隷として最低時給でこき使われるのである




努力しないお前が悪い、単なる甘え」




 たしかにそうだ、高校大学一生懸命勉強コミュ能力、そして部活サークルボランティア等に精をだせばたいてい就活は乗り越えられるし、

普通に働いて普通に恋愛結婚して普通に子育てして普通に家を建てて普通に退職して普通に老後を生きることもできる……。

そういった普通生活昭和時代は”無能”な人でも大抵の人は送れたわけだが、今はその普通生活すら努力ボーダーが高い。

相当努力しなければ普通生活は送れなくなったのがこの日本社会

企業人件費削減の嵐でリストラを敢行した会社評価されるという異常な時代。昔なら手厚く研修をやり、

できるだけ長く働いてもらおうとしていた日本企業面影はもはやない。能力即戦力コミュ能力

それすらできない”無能”は切り捨て!かといって一度正社員・正職員というレールから外されると再起は難しい……。


 「努力は報われる」と言われていたのは過去のことであっていまや寝ているだけでも株の配当家賃収入、その他不労所得を得たり、

タックスヘイブン課税逃れをする富裕層がいる一方、庶民は働けど薄給サビ残で少ない給料から年金税や保険税をひかれさら

消費税増税実態に合わない物価上昇で搾取されていく……。

そもそも日本で「富裕層」という言葉が使われてきた時点で相当持つもの持たざる者格差が広がっているということを意味していると思う。

中置半端な努力ではバカを見る、まして私みたいな努力をしないやつは奴隷同然の地位


 若者努力をせず底辺へ落ちぶれていく原因は私みたいに単に怠け者なやつばかりではない。

家が貧困努力しようにも学ぶ教材が買えなかったり進学できなかったり……。

から虐待学校でのいじめ…そういったもの努力しようとしたら阻害されたりしたり……。

そういった努力をしない、できなかった”無能”な人種に対して今の日本社会は「甘え」「お前が悪い」と切り捨てて奴隷のように扱う。

無能”を養える余裕がない日本ははっきり言って未来がない、有能な人はぜひ海外脱出するべきなのでは?


余談だが私みたいな”無能”は成功している奴に対して極度のコンプレックスを持っている。

同級生公務員大手企業社員として人生成功を収めている一方、

私は最低時給で奴隷のようにこき使われる毎日……。

人生成功している奴の人生をどんな手段でもいいかメチャクチャにしてやりたい!!!!!!!!!!!!

と思う毎日だ。

2017-10-20

10年前の元カノが夢に出続ける

結婚して子どもいて、もう30になるのに、大学時代中盤にたった1年半だけ付き合った元カノが夢に出続けている。

別れてすぐはかなり頻繁に夢に出てきた。

ヨリを戻した夢を見て、起きたら夢で凹む、、、というベタなやつ。

そこまでは良かった。

それからは、その元カノと街でバッタリ会ったりして、親しげに会話ができた!と喜ぶ夢に変わった。

「今、俺、普通に話せたぞ。もうちゃんと彼女のことは清算できた」

とホッとしたら、夢で凹む。

ヨリを戻すという内容でないだけ、マシになった。


その後、街でたまたま見かける、という、夢を見るようになった。どんどん、距離が離れていく。でも、夢には出る。


そして、俺は普通にその後で何人かと付き合って、そのうちの1人と普通な恋愛をして、普通に結婚をした。

結婚をしてもまだ元カノは夢に登場した。

もう俺も夢の中でも別れたことを当然受け入れているが、彼女との距離が近い状態で登場するようになった。

実際はばったり会っても何も話せないと思う。

でも、夢の中では普通に会話している。

夢に出る彼女の姿カタチは付き合っている頃のままの状態

でも、お互いに「昔付き合ってた人」ってなってて、話す内容は今のこと。

それからもたびたび夢に出てきたが、一度お互いに「これは夢だ」と分かってることがあった。

その時は何だかとても盛り上がってすごく楽しかった。

「夢だし良いだろ」とか言って、メチャクチャイチャイチャして、そのまま家に連れ込んで抱いた。

朝起きた時の気分は最悪だった。

それから、パタリと元カノは夢に出なくなった。

しかし、この前久々に元カノが夢に出てきた。

夢のシチュエーションはこれまでと大きく違っていた。

俺は、妻と息子と一緒だったのだ。

家族3人で近くの本屋に来ていて、子どもの本を買って店を出ようとすると彼女がいた。

「おお!元カノやん!久しぶり」

「あー、増田

めっちゃ久しぶりやん!今、何してるの?」

増田と話してる」

「いや、そうじゃなくて!!わかるでしょ!オトナなんだから仕事だよ!」

彼女はそんな感じで、俺をからかうことが実際にあった。

「ここで働いてる」

「ここって何!本屋だよ?ガラじゃないでしょ!絶対嘘やん!」

俺が元カノの思い通りにワーワー言うものから元カノは嬉しそうに笑って、わめく俺を見つめている。

「話したくないなら仕事のことはいいよ!今どこに住んでるの?このへん?」

「ここ」

「いや、ここ本屋から住み込みで働いてんのかよ!」

本屋じゃない、ここに住んでるの!」

あら、ちょっと怒った。

上がマンションか何かなのかと見上げてみたが、別に二階部分に居住スペースはなかった。

「ずっとここに住んでる」

「そんなに話したくないなら、いいよ、聞かないよ。笑 元気でね。」

そう言ったところで目が覚めた。



ここに住んでる




ここ、の意味がわかって、少し怖くなった。そんな漫画押見修造が書いていた気がする。

こんな話、誰にも言えない

どっかで生きているであろう元カノさん。

あなた危害は加えず、私は脳内で昔のあなたを楽しみますので、どうか、良い人生を。

うわ、締めようと思ったのに、自分で打ち込んでキモくてびっくりした。俺、もしかしてストーカー気質なのかな。

2017-10-18

忘れられないムスリム女性

忘れられない女性がいる。

彼女とは三年前にニュージーランド留学したとき出会った。確か昼休み日本人留学生同士でつるんでいたときに声をかけてきたグループの中にいたはずで、私は一目見ただけで彼女の魅力にやられてしまった。

他の女子階段を少し登れば下着が見えそうなぐらいの丈に対して、くるぶし十センチ上まである少しタイトな長いスカート。その下に更にタイツを穿いて10センチほどあるチャンキーヒールの黒いサンダルを身に付けていた。頭にはもちろん黒いヒジャブを巻き、鼻には小さく鈍く光るピアス、顔は太くて長いアイラインと

シルバーアイシャドウが目立つメイクを施していた。

顔はそれほど美人ではないし、わかる範囲でのスタイルも取り立てて誉める所はなかったのに、とんでもなく魅力的で、洒落ていた。彼女と近くにいたのは一分二分程度だったのに、強く印象に残った。

それから日経って同じ科学クラスだと知ったときは嬉しかったなあ。

彼女は口数が少なくていつも静かに微笑んでいた。仕草もどことな上品で、ミステリアスビューティーという言葉を使うに相応しい人を私ははじめて知った。私は彼女勝手にいたく気に入って、見かける度に声を掛けて手を振った。それに対していつも微笑んで手を振り返してくれた。嬉しかった。

仕草と見た目こそミステリアス雰囲気を漂わせているもの音楽食べ物の好み、仲間内で話している内容は普通女子と変わらず、私がミステリアスビューティーで素敵、と言ったときにはものすごく照れていた。小さくthank youと言っていたのはメチャクチャ可愛かった。

いつだったか好奇心に駆られて髪の長さを訊ねたことがある。腰より下まである長さで生まれときから伸ばし続けていると話してくれた。その時私は猛烈にヒジャブの下を見てみたくなった。女同士、どうにか見れないものかと考えたりもした。もちろんすぐに諦めたが。

ニュージーランドでも日本に帰ってから彼女以上に魅力的な女性は見ていない。

私はレズビアンではないけれど、彼女の夫になるひとが少し羨ましい。

女性は肌を隠せば隠すほど美しいとは誰の言葉だったか。それを体現するような女性だった。

anond:20171017221010

嘘くさいな。

「RT100以上」

ピクシブデイリー入り」

二次創作同人50部」

オリジナルゲーム100本以上」

って挙げられてるハードルの高さがメチャクチャすぎないか

2017-10-16

anond:20171016184840

どう頑張っても一般会計予算超えたんだから無理だっつーの

まぁ一般会計予算まるまるベーシックインカムに使ったとして(これもメチャクチャな話だよ。政府機能してないもん)100兆円

これで確か月8万くらいの計算だったはず

老齢年金健康保険生活保護障害年金も、それどころか全ての行政サービス放棄しても月8万だぞ

ついでに言うといくら金刷っても刷っただけインフレになるから意味ないよ?

2017-10-13

Amazonはもうそんなに急がなくてもいいよ

仕事から疲れ切って帰ってきて、風呂にでも入るか…と服を脱ぎかけた午後10時55分。チャイムが鳴った。

こんな時間に誰だ?とちょっと警戒しつつ、インターホンを出ると、Amazonから宅配物だという。

午後11時にはなってない。5分前。でも、その時間チャイムを鳴らすのって、非常識かどうか、わりとギリギリラインだと思う。

特にお急ぎ便でもなく、そもそも注文時の配達予定日も、今日ではなく、今日もしくは翌日となっている。

何が何でも今日中に届けなければならない荷物でもない。

ドアを開ければ、疲れて帰ってきた俺よりももっと疲れた顔のおじさんがAmazonの箱を持って疲弊しきった様子で立っていた。

それゃこんな時間まで働いてたら疲れるよな…と思いながらも、こちらとしても、まあ、多少はイラッとしてる。こんな時間に、って。

業者のおじさんは今日は何時から働いていたのかは知らない。

シフトならいいけれど、朝から働きづめでのこの時間だとさすがに相当に辛いはずだ。

それをわかっていながらも、「こんな時間非常識じゃないですか」ってつい口にしてしまった。

俺って最低だ。

おじさんが帰ったあと、メチャクチャ後悔した。申し訳ない気分になった。自己嫌悪

何故、「おつかれさまです、ありがとう」の言葉ひとつもかけられなかったのか。

おじさん、ごめんなさい。

届いた中身は伊坂幸太郎新刊山口滉の画集、あと、射精管理モノの痴女AV

せっかくだからオナニーしようと試みたけど、なんか勃たなかった。

それにしても、なんでもないただの宅配物を夜の11時に届けなければならない世の中っていったいなんなのか。

なんだか哀しい。

2017-10-12

2017 台湾旅行記 第二部分

anond:20171012190019






2


2日目 午前


南国 台北は10月でも朝からクソ暑い

ホテルの朝食の後、午前のおやつの蛋餅を食い、猫の村 猴硐→九份に向かうことにした。

今日は台湾鉄道、台鐵に乗る。


まず地下鉄での行き先は台北車站(セントラルステーション)だ。

着いたら、駅周辺を散策する事にした。


台北車站周辺は綺麗で近代的だった。

すぐ近くに市場があり、その中ではここでも屋台的なものがあった。

台北では其処彼処で料理をして、其処彼処で誰かが何かを食っている。

日本より食品衛生に関する公の決まりが緩いんだろう。



市場を出ると小雨が降って来たので、近くにあった美術館に入ることにした。

美術館はひんやりして心地いい。

照明を落とした展示室では、赤と青の幻想的な浜辺で艶めかしく肌をさすり合う男2人と、それを覗く小太りな水兵の映像作品が放映されていて、よくわからないけど南国を感じた。

勝手な印象だけど、中華圏の現代アートは男の性を描いたものが多い気がする。

美術館をでたら、むしろ雨は強くなっていたが、3分もしないうちに止んで、強い日差しが古式ゆかしい建築様式美術館を照らしてきた。

きっと今日もまだまだ暑くなるんだろう。




2日目 午後


台北車站に戻り、台鐵で猫の村として名高い猴硐に向かう。

この途上でも旅の目的の一つがあった。

台鐵弁当だ。

台湾鉄道には日本統治時代から伝統駅弁があるそうで、これは蚵仔煎と並んで是非食べなくてはいけないものだった。


どこで売っているのかわからず、改札を通ると、改札のすぐ脇に売店があり、そのまえの待合所で、老若男女が弁当をガツガツ食っていた。

台北にいる人間は本当に隙あらば食う。

きっと、現地人も食うために生きているし、旅行者もここに何かしら食いにきているに違いない。


排骨スペアリブ)弁当がイチオシのようだったが、暑さにやられたのか、少し重い気がして、なんだかわからない別の弁当を頼んだ。


でてきたのは、角煮弁当だった。

台鐵弁当は温かい状態で供される。

温かく、蕩けるように柔らかい角煮を口に含んだ瞬間、思わずうまい」と呟いた。

台北の食い物は、不味いものこそなく、むしろ多分ずっと食べても嫌になる事は無いだろうと思うくらいには美味いが、「びっくりするほど」とまではいかなかった。

しかし、別に飯屋でも屋台でもなんでもない、駅の待合所で、遂に美味くてびっくりするものに出会った。



台鐵を乗り継ぎやがて猴硐に着くと、ホームには猫ならぬ、猫耳のついた麦わら帽子を被ったお嬢さんがいた。

ここに来る人は、自らも猫になって来るらしい。


改札を出たらさぞかし猫だらけなのだろうと思ったら、改札を潜る前にすでに1匹、窓際で寝息を立てている。

一枚写真に収めて改札を通ると、其処彼処に猫が。

観光客にすっかり慣れているのか、どいつもこいつも写真を取られようが撫でられようがどこふく風。南国は猫も呑気なもんだ。


カフェに入って一息つく事にした。

大きなテーブルアイスコーヒーを飲んでいると、4人客が入ってきて、マスターが「席をかわってくれないか?」

いいよ、と窓際席に行くと、椅子の上に寝息を立てた白猫が。

猫村にきて最も至近距離で猫をフレームに収めることができた。


と、少しすると、不意に便意をもよおしてきた。「やっぱエリーさんの言った通りだったかな?」とも思ったが、一昨日の飛行機から寝不足気味ではあったし、正直台北の食に関しては衛生的に完璧といったものは少なかったので、何が原因か特定が難しい。

そんなに深刻な不調でもなかったので、トイレを借りて用を足し、「もっとまずくなったらその時は台北に引き返そう」位で、旅程を続ける事にした。



お土産の猫型パイナップルケーキを買うため、また筆談メモを描いていると、ブレスレットが何処かに行ってしまった事に気付いた。

頻繁にカバンに手を突っ込んでいるうちに外れてしまったのだろう。

少し探したが見つからない。

そうこうしているうちに雨が降ってきたこともあって、諦めて駅舎に向かう事にした。

高いものではないから良いんだけど、少し残念だ。

エリーさんの忠告を思い出す。

「山の天気は変わりやすい!」


猫型パイナップルケーキを売っているお土産屋さんのおばさんは日本語が堪能で、結果としてメモ無駄だった。

やはり日本から、これを目当てに来る人間は多いらしい。

目当ての品も手に入ったので、駅前を散策していると、「ブーーーーン」という音。

ふと見ると、お姉さんがなんとドローン飛ばしていた。

こんな辺境で最新テクノロジーを見るとは。

猫の写真を撮りきにて、実に珍しいものをカメラに収めることができた。



まだ日は高い。エリーさんのオススメに従って、猴硐から遠く無い、十分の瀑布を見る事にした。

十分駅に着いたは良いが、急に決めて下調べがないので、滝までの行き方が分からない。

とりあえず人並みに従って歩くと、沢山の人がいろんな国の言葉で天燈を空に飛ばしていた。

十分は、色々な願いが書かれた天燈が宙を舞う事でも有名な村だ。


天燈の翔ぶ界隈を過ぎれば、川沿いの通りに出た。

さあどうしよう。

見ればタクシーが止まってるじゃないか。

これに乗れば確実だ。

メモに滝の絵と「十分瀑布」と書いて、運転手のオッチャンに見せる。

すると、呆れたような顔で「歩いた方が早いよ」

そうなのか。

ワンメーターでも乗せて、良い加減な値段でもふっかけりゃ稼げるだろうに、正直というか商売っ気が無いというか。

でもよくよく考えれば、そんな客を乗せるより、ここから直接九份や台北に行く客を待った方が良いのかもしれない。

オッチャンが指差す方向にしばらく歩くと、「十分瀑布公園」に到達した。


渓谷にかかる吊り橋を2つ渡ると、遂に大瀑布が見えてきた。

滝の飛沫と折から降ってきた小雨であたりはビショビショ。

傘をさしてカメラを構える訳にもいかないが、幸い雨ガッパを持ってきていた。

用意周到。エリーさん、そんなに迂闊な男でも無いんだぜ。

飛沫と小雨に濡れながら、十分の瀑布をカメラに収めることが出来た。

さあ九份だ。




2日目 夕方


十分から九份最寄り駅の瑞芳に向かう車内、向かいに座っていた女性2人の親子連れ、娘さんの方が騒ぎ出した。

言葉を聞くと韓国からきたようで、どうもこの列車が瑞芳に留まるかどうかがどうしても気になるらしい。

手元にスマホがあるので調べれば一発なのだが、なぜか地図アプリなどを見ていて要領をえない。

遂にそばの若い女の子2人連れに聞き出した。


のだが、声をかけられた方も言葉がわからない。

英語でお互い話そうとするも伝わらない。

かねた同乗の韓国人らしき2人連れの兄ちゃんが割り込んだ。

同郷の旅行者の手助けで、お姉さんの心配は無くなったらしい。

お姉さんが先程の女の子に聞いた。「あなたは何処から来たの?」「I'm chainese.」大陸の人だろうか?

台湾の同じ列車に、韓国人中国人が乗っている。

「ここに日本人もいますよ」シャイ日本人らしく、心の中だけで言った。




2日目 夜


瑞芳に着く頃にはすっかり日も落ちて、九份観光には絶好の時間帯だ。

から九份老街へは迷わない様にタクシーでいくと決めていた。

駅前で張っていた兄ちゃんに「九份」伝えると、すぐに車を紹介してくれる。

タクシーのオッチャンに行き先を伝えると、出発進行。

オッチャンは曲がりくねった山道めっちゃ飛ばす。

しばらくすると九份老街に到着した。

中国語発音がダメ、英語中学生レベル日本語だって怪しい。

ならいっそ全部言ってしまえ。

サンキューありがとう、謝謝。」



台湾は人気の観光地から日本人が沢山いると思ったら、これが意外と会わないもので、むしろ白人の方がよく見かける位だったが、ここ九份ではちょっと歩くとすぐ日本語が聞こえる。

一番日本人を見かけたかも知れない。


急な階段を登り、幻想的な風景をカメラに収めた。

しかし、良い加減、歩き通しで疲れてきて、少し具合も悪くなってきた。

脱水症状かな。

九份ではお茶でも飲もうかと思っていたのだが、人ですごいし、都合よく茶藝館も見つからない。

写真も撮ったし、もう切り上げようか。


ふと茶器の店が目に入ったので入ってみると、幸運な事に、茶藝館が併設だった。

茶藝館では店員さんがお茶の淹れ方を流暢な日本語で説明してくれる。

きっと日本人観光客もよく来るのだろう。

赤く光る街を見下ろして、ゆっくり金萱茶を飲んでいると、果たして大学生か若手社会人と思しき兄ちゃん3人連れが、賑やかにやって来て、日本語高山烏龍茶お茶菓子を頼んでいた。


諦めかけていた目的が果たせたので、会計の際に店員さんに伝えようと思い、「旅行の目的の一つが九份お茶を飲む事だったんです。」と言ったが、さすがに日本語で複雑な言葉は伝わらないようだった。

説明の日本語が余りに流暢だったので油断したが、あれは決まり文句なのかも知れない。

からシンプル一言だけで言い直した。

「最高だ。」

「謝謝!」






3


3日目 午前


旅先では余り眠れない事が多い。

今日が今回の台湾旅行で最後の朝だけど、グッスリとはいかず、7時前に目が覚めた。


ボーッと窓の外を眺めていると、部屋の外からオバちゃん2人の声が聞こえて来た。

お客さんかな?ベッドメイクかな?

それにしても、楽しそうによく笑う。



朝食を済ませた後、ホテルのすぐ隣にあるコンビニで、スイカ牛乳、japan walker、烏龍茶を買った。

japan walkerは鎌倉特集。

昨日も女性誌を買ったけど、現地の雑誌というのは興味を唆られるものだ。

昨日、台北車站の地下街を歩いているとき中山地下書街」という掲示を見たが、午前中の地下街は人の流れもまばらで、場所がよくわからなかった。

わかれば本屋も覗いてみたかったんだけどな。

烏龍茶を飲んで「美味い!」と呟いた。

ペットボトルのものでも、日本のものとは香りが全然違う。

あとで再購入したときによく見ると、材料表には「香料」もあったが、それは台湾人の嗜好としてこの香りが重要という事だし、美味ければ大きな問題は無い。


ホテルの窓際でこの旅行記を書いていると、ザっと雨が降って来た。

台湾は雨が多いので、雨具を持って来ていたが、旅行を通して行動に困るほどの雨がなかったのは幸運だった。

雨はすぐに小ぶりになったけど、窓の外にはまだ傘の花が咲いている。

あと数時間でチェックアウトだ。



午前9:45分。


雨はとっくに止んでいる。

定刻にはまだ数時間あったけど、チェックアウトする事にした。

空港への送り迎えのため、ここには21:00にまた戻って来る事になる。

ベッドに上に「謝謝」と書いたメモを1枚残してホテルを出た。




3日目 午前


世界に展開するグローバリズム象徴スターバックスはここ台北にもある。

わざわざ海外に来て、世界中にある店に入り、ローカルの微妙な違いを見るもの楽しいものだ。

150元を支払い、アイスカフェモカグランサイズを受け取って2階に上がると、そこでは男女がラップトップを開いていた。

世界のどこに行っても、スタバでやる事といえばコレらしい。


スタバで注文するのが苦手な人は一定数いる。

もしあなたがそうでも、安心してほしい。

台北にはドトールもある。

コーヒーを飲んだ直後で大してのども渇いてなかったが、入ってみる事にした。

入り口には行動を禁ずる、べからず集が書いてあり、犬とハンバーガーにバツ印が書いてある。

その下に「禁止打牌」。

ペットを連れ込むな、食べ物を持ち込むなはわかるが、「トランプするな」は新鮮だ。


ドトールで頼むものといえば、ミラノサンドのA以外ありえなく、これはスタバドヤリングと同じ様式美なのだが、残念な事に、11:00以降しか頼めないようだった。

少しがっかりして、70元を支払ってアイス紅茶を頼むと、何も入れなくても甘かった。

台湾の人はアイスドリンクをなんでも甘くする。



旅行を通して概ね正しいエリーさんの助言に一つ違を唱えるなら、台湾版suica、悠遊卡についてだ。

エリーさん曰く、チャージした金額有効期限は2年だし、デポジットの100元が勿体無いので、頻繁に台湾に来るのでなければ購入を勧めないとのことだったが、実際に使ってみると、メチャクチャ便利。

複雑な購入手続き切符を買う必要なく、地下鉄も台鐵もバスもピッとやるだけでOK。

交通機関で現金決済したのはタクシーだけだった。

多少の損を補って余りある便利さの悠遊卡なので、台湾に来る際は是非購入を勧めたい。


帰りの便までまだまだ時間があるので、悠遊卡に100元チャージして、地下鉄台湾北部景勝地、淡水に向かった。




3日目 午後


淡水は異国情緒ある海岸の街。

日本でいうところの横浜とか神戸といったところらしい。

駅前を歩けばすぐ海岸で、晴れ渡った空の下、おっちゃん達が釣り糸を垂らしていた。

ふと見ると赤い看板。

台湾ではコーションは赤い看板に書かれるらしい。


「本河岸遊客衆多

 為維護遊客安全

 本路段禁止甩竿汉示」


「この海岸には観光客がたくさん来ます

 観光客安全のため、ここでは釣竿は振らないでください。」



さて、初日の寧夏夜市で食うつもりで、メモまで描いたが、食えなかったものがある。

千と千尋の神隠し」で、千尋の両親が食って豚になってしまったモノではないか、と言われている謎のプルプル、肉圓だ。

海岸から山の方に上がろうとして通り掛かった海の家で、「肉丸」と書かれた看板が掲げられていた。

昼時で丁度いい、食おう。

おばちゃんに「肉圓 QQ〜」と描いたメモを見せる。40元。

「それだけでは足りない」とエリーさんが言っていた肉圓だが、いざ食って見ると、正体不明のプルプルは意外とお腹にたまり、1杯で小腹を満たすに充分な量だ。

こんなものを大量にガツガツ食えば、それは豚にもなってしまうのかもしれない。


海も見て、肉圓も食って、煉瓦造りのキリスト教会も見た。

歩き疲れたので、台北に戻ろう。



台北についたのは午後14:00過ぎ。

今なら人に流れについていけば「中山地下書街」を見つけられるかもしれない。


地下街中山站方向に歩く。

やがて中山站を過ぎると、右手に地下街にそって長い本屋が見えて来た。

中山地下書街」

やった、本屋だ。


「誠品書店」に入って見ると、平積みにされていたのは、謝馬力 著「女子翻轉」

女性の生き方に関する本らしい。

台湾版Sex and cityか?はたまた中国ジェーン・スーか。


しばらく歩くと、料理本の一角

料理本って、みてしまう。

ほとんどの本が何を書かれているか、全くわからないんだけど、1冊、ピクルスの作り方に関する本があった。

美しいイラスト作ってみたくなる写真。

これならなんとか分かるかもしれない。

からなくても、開いているだけで楽しそうだ。

買って帰る事にした。300元。



地下街を歩いていると「新光三越」の文字

台湾にも三越はあるらしい。

三越があるなら、正真正銘のデパ地下があるはずだ。

これは是非行かないといけない。


新光三越に着くとデパ地下はどうやら地下2階。日本より小ぢんまりとして、お菓子などが中心ではあるが、これぞデパ地下という光景があった。

色々な店が軒を並べる中、お茶の店があり、白磁の蓋碗ディスプレイされている。

日本に帰って、同僚とお茶を飲む為に、何か茶器が欲しかったから丁度いい。

560元は、多分日本より安い。




3日目 夕方


あと5時間で迎えが来るが、台湾でやりたい事リスト最後の項目がまだだった。


サツマイモが入った台湾式の清粥を食べる。


台湾で清粥といえば、飲んだ後に食べるものらしく、店が開くのは17:00からだった。

最近アルコールに弱くなったし、台湾では心置きなく食いたかったので、旅行中は一切、酒類は飲んでいなかった。

しかし、別に飲んでなくても問題ないだろう。

17:00ジャストに、「無名子 清粥小菜」に入った。


この店では、ショウウィンドウの中からおかずを選び、それにお粥が付いてくる。

どれにしようか?

ショウウィンドウ越しでハッキリ見えないが、美味そうな炒め物を頼んだ。


席に着くと、鍋一杯のお粥

さあ食うぞ。

しかし、運ばれて来たおかずを見て一瞬たじろぐ。

それは「牡蠣の豆豉炒め」だった。

もっとよく見りゃ良かったぜ、ここは屋台ではないが、エリーさんの忠告を思い出す。

これを食えばあとは帰るだけとはいえ、もし飛行機の中で降せば大きな問題を抱える。

最悪当たるにしても、迎えのくる21:00までにスパっと終わるか、自宅に帰り着く翌10:00以降にしてほしい。

恐る恐る口に運んだ牡蠣は、豆豉の風味が効いて美味く、お粥は歩き通しの身体に優しかった。

これで、「台湾でやりたい事リスト」はコンプリートした。



無名子 清粥小菜を出て、おそらくこの旅で最後地下街を乗り継ぎ、ホテルの最寄り駅に出ると、道路しっとり濡れていた。

参ったな、あと一息で雨だ。

でも3日間で学んだのは、台湾の雨はすぐ上がるという事。

意を決して歩き出すと、どうも降っていたのはさっきまでだったらしく、殆ど雨には当たらなかった。

この調子で、願わくば牡蠣にも当たらないでほしい。




3日目 夜


ホテルフロントでこの旅行記を書きながら迎えを待つと、女性2人の親子連れが入って来て、フロントに尋ねた。

「この近くに喫煙所はありますか?」

日本語だ。

そんな基本的な事を聞くって事は、多分今日 このホテルに着いたのだろう。

自分は今夜、日本に帰るが、今日、日本から来たかもしれない人がいる。

ここでは毎日、入れ違いで人が行き交うのだろう。


しばらく待っていると、また日本からの家族連れがフロントにやって来た。

お父さんが、自分の胸を指差して、現地で買ったTシャツになんと書かれているか聞くと、フロントの男性は、ちょっと戸惑いながら答えた。

「えっと・・・簡単に言うとですね、『ゴキブリ』です。」


またしばらくすると、20人程の旅行客がやって来た。

話しているのは中国語で、スーツケースの大きさから見ると、多分大陸の人だ。

一団はひっきりなしに喋っていて、声も大きい。

この旅行であった人たちの中で、もっとも賑やかな人たちかもしれなかった。



嵐のような一団がフロントを過ぎると、迎えのツアーガイドがやって来た。

ガイド若い男性で江(チャン)さんという。

英語名はありますか?」と聞くと、「無いですね、僕も英語は喋れませんし」どうもみんなに英語名がある訳では無いらしい。


チャンさんは人当たりが良く、風貌イケメンというか、今風で、ちょっとチャラい感じといえなくも無かった。


空港までの車の中で、たくさん起きたことを話し、少し疑問だった事も答えてくれた。


台湾の男性が機内でメガネだったのは、ちょっと上の世代伊達メガネブームがあった事。

台湾で男同志の性愛を描いた映像作品を観たのは、おそらく同性結婚が法的に認められたのと関係がある事。

ドトールトランプ禁止は、解禁するとギャンブルをやっちゃうからである事。

ついでに、チャンさんは実は以前に日本に来たことがあり、出逢いを求めて相席居酒屋に行ったら、40代以上の女性ばかりで少しがっかりした事も教えてくれた。

やっぱりちょっとチャラかった。


チャラいけれども、仕事をきちんとする好漢のチャンさんは、チェックインまで付き合ってくれると、出国手続きや再両替についても教えてくれた。

台湾で出会う人は素晴らしい人たちばかりで、チャンさんもまた例外では無かった。


もう直ぐ台湾を去る。

台湾でしたい事の全てが予定通りに行えて、多くの予想以上があった。

言葉にすると陳腐だけど、これ以上正しい表現が思いつかない。

「全てが掛け替えのない3日間だった。ここに来て本当に良かった。」


チャンさんは日本語が堪能で、何を言っても理解してくれる。

でも、最後は、滞在中に助けられ通しだった方法以外にあり得ない。

「じゃあ、僕はここで」と微笑む彼に、ホテルの部屋で朝に書いた、最後メモを見せた。


「太棒了、台湾」

2017 台湾旅行第一部分

台湾に行って来た。

一人での海外旅行は初めてだ。

台湾であった事、感じた事つらつらと書く事にする。

長いし、起こった順に書いていて、特に脈絡もないので、ドラマは期待しないで欲しい。

取り留めない旅行記だ。

もし文書の中で一文でも、行ってない人の興味を唆れたり、行った事のある人に「あ〜、あるある」って思ってもらえたら嬉しい。




出発前


そもそもなぜ台湾に行こうと思ったかというと、少し前にちょっと凹むを事があり、いつまでも気に病んでも仕方ないし、何か面白い自分の興味を引かれる事がないかなぁなんて考えてたところ、「そういえば、台湾料理で気になってるものがあるんだけど、実物を食べた事がないんだよなぁ」と思い出し、休暇の予定も決まってなかった事もあって、「じゃあせっかくだから行ってみよう」となった訳である

初めてなので、ツアーを予約して、飛行機ホテルの世話だけをして貰うつもりだった。


いざ行くと決まれば、何より問題なのは言葉で、元々日本でもコミュ障気味なのに、別の言葉が話されている国で過ごすのは甚だ不安だった。


でも出発当日が来て、フライトをまつ夜の羽田空港国際線ターミナルで、簡単中国語を暗記していてた時にふと気付いた。

そうだ、俺、イラスト描けるじゃん。

普段から言葉より絵の方が伝わる事があるのは分かってる。

言葉の通じない国に行くんだ、使えるスキルは何でも使わないと。



格安ツアーの出発は変な時間だ。

午前4:50、タイガーエアに乗り込んだ。

台湾のLCCとはいえ、機内はほとんど台湾人

ツアーなので、自分の他にも出発する日本人いるかと思ったが、日本人は少数派のようだった。

ちょっと不思議に思ったのは、機内の台湾人男性はほぼメガネ

なんでどいつもこいつも目が悪いんだ。

から更に不思議だったのは、台北の地に着くと男子メガネ率がむしろ低いのだ。

台湾人飛行機に乗る時だけメガネをかける決まりでもあるのか?






1


1日目 午前


LCCの狭いシートで変な姿勢に耐えながら3時間フライトを終え、朝の桃園空港に降り立った。

空港でキョロキョロしてると、いきなり兄ちゃんに現地の言葉で話しかけられた。

バス?とか言ってたので、行き先に迷ったと思われたらしい。

一瞬どう答えていいか迷ったけど、オレンジベストを着てゲートのすぐそばに立っている女性を指差し、「大丈夫」と言うふうに手を振ったら、彼は「なんだ」という顔をした。

あ、言わなきゃ。

「謝謝」


ベスト彼女自分の到着を待って立つツアーガイドだった。


実はツアーガイドはすぐに見つけていたのだけど、他のツアー参加者が集まってから声をかけようと思っていた。

しかし、誰も集まる気配がない。

どうやらこのツアーの申し込み者は自分一人らしい。

機内に日本人が少ない筈だよ。

「すいません」と日本語で言うと、ちょっと訛った日本語で「どこにいたの?すぐに声かけてよ〜」と笑顔で言われた。


ツアーガイドは黄さんと名乗ったが、「エリと呼んでね」。

台湾の人は英語の二つ名を持っている人が多いという。

より覚えやすくする為に、勝手に「エリーさん」と呼ぶ事にした。ちょっと伸ばしただけだから大きく違わないだろう。



ホテルに向かうミニバンエリーさんに「何かみたいものある?」と聞かれたので、「九份に行きたい」というと、「どう行くか調べてますか?」

「ざっくり」と答えると、「ざっくりじゃダメよ!」とひどく呆れられた。

エリーさん曰く、九份は凄く人気、今は祝日台湾人も行くから人でごった返している、行くなら早くいけ、と。

さらにはついでに十分も行くべきで、こんなこんなこんなツアーがあって・・・説明が止まらない。


「実は蚵仔煎と肉圓を食べに来た。あとお茶も買う予定」と言いうと、彼女は「それだけ?」とまたもや呆れ顔で言った。

「それだけじゃ量が少ないよ!」

さらっと書いているが、この会話の中で、エリーさんは料理名前を何度も聞き返している。

曰く、「発音メチャクチャから何言ってるのかわかんないよ!」

日本人とは随分テイストの違う接客なので思わず笑ってしまった。


夜市にも詳しいエリーさんによると、蚵仔煎の様な夜市料理行列の店で食べるべきで、それは味の問題というより、回転の早い店の方が素材が新鮮なので、当たる事が少ないかであるとの事だった。

台湾人がよく行列するのは、そういう理由もあったのか。なるほど。


エリーさんの勢いに呑まれかかってたけど、会話が少し止まって、ふと窓の外から街を見れば、台北市建物が密集しているのに気付く。

その中にセブンイレブン

漢字コンビニも人の背格好も一緒なのに、行き交う人は全然別の言葉を話している。

それは不思議な感じだ、と言おうかと思ったけど、それを言うとエリーさんが凄いエネルギーで何かの説明をしそうなので言わないでおいた。


ホテルに着いたらチェックインの15:00まで、荷物を預けて自由観光

エリーさんは、台湾での見所と注意をまくしたてたあと「わからないことがあったらLineで連絡して!」と事細かに連絡方法を教えてくれた。

「あと折りたたみ傘を持って行って!今の台湾は天気が変わりやすい!」

どうやら手が届く限りは面倒を見ないと気が済まないらしい。

台湾人親日とよく聞くが、接した感じでは、どうもナショナリズム問題ではなく、何か人間が親切というか、お節介焼きであるように感じた。



エリーさんと別れてしばらく歩くと、南国の陽射しの下、台湾国旗がはためいている。

明日がちょうど建国記念日国慶節からだろうか。

そういやエリーさんに「暑いな、さすが南国」と言うと「ここは南国に入らないよ!台南の方が亜熱帯!」って言ってたっけ。

急に冷え込んだ東京から来たら、十分暑いエリーさん。


すぐに暑さに耐えかねて、冷房の効いてそうな店に飛び込んだ。台湾で食べたかったものの一つ、豆花を食べていると、店内ラジオからはB'zが流れて来た。

日本アーティストなのに、なぜかより台湾を感じさせる。

かい注文が出来ないので、かき氷ピーナッツの甘煮だけをトッピングしてもらった豆花はとてもアッサリしていた。



台湾はとにかくスクーター乗りが多い。

大通り信号が青に変わるたび、びっくりするくらいのライダーが駆け抜けて行く。

この台湾光景を収めようと交差点歩道カメラを構えたら、後ろから「前方!」という様な声をかけられた。

振り向くと、自転車にのったおじさん。

「前危ないよ」とでも言われたのだろうか?ひょっとしたらもっと荒っぽい表現なのかもしれない。

台湾人は親切だけど直接的でもある。




1日目 午後


ホテルチェックインの15:00にはまだ間があったが、台北は午後になって更に気温が上がって来た。

エリーさんが言ってた事には、日中は36℃になると言う。

当て所なく歩き回るにはキツい時間だ、せめて目的が欲しい。

本来は2日目の午前にこなす予定だった、台湾茶の買い出しを前倒す事にした。


エリーさん曰く、祝日台湾人は勤勉では無いらしく昼頃にようやく起き出すとの事だったので、一抹の不安を抱えてはいたが、しばらく歩くと、お茶のいい香りが漂って来た。

通りに面した倉庫の様な店。

林華泰茶行。

上質なお茶が卸値で買えるとの事で、予め来ると決めていた店だった。

実際に来て見ると、その倉庫の様な空間に微かに漂う不思議で素敵な香りに心が踊る。


ただ、少し計算が狂ったのは、店が思った以上に小ぢんまりとしているし、本来問屋なので、店員もぶっきら棒。

タンクトップから腹を放り出したオッさんが茶葉のチェックなどしていて、ゆっくり見るのは場違いだった。

そこでは吟味しながら4種類買う予定だったけど、実は到着直後の免税店で、エリーさんの勢いに押されてすでに高山茶を1つ買っていたので、3種類にした。


金萱

東方美人

蜜香紅茶


20代とおぼしきにいちゃんに、それぞれ「1/4斤」とメモして伝えると、「150?1300元」とぶっきら棒に返して来る。


台湾店員さんは人がよく、自分言葉が変でも何とか必死コミニュケーションを取ろうとしてくれていて、それが返って不甲斐なく、少し凹んでもいたのだけど、さすが問屋のにいちゃんにそんな忖度は無い。


今が出す時だ、と思い、空港で描いたメモを見せた。

一杯の茶のイラスト

「喜歓的香味(とても好きな薫りです)」

「謝謝。」にいちゃんは微笑んで言った。

初めてエリーさん以外の台湾人とちゃんとコミニュケーションが取れたと思った。



昨日から大して寝ずに動き回ってるので、良い加減疲れて来たけど、ホテルチェックインにはそれでもまだ時間がある。

台北101に向かう事にした。


地下鉄にのっていたら、博愛席(日本でいうところの優先席)に座ってたばあさまが、乳幼児を抱いている母親に気付いて、手招きして席を譲っていた。

台湾人はほんとうに人が良い。

うっかり降りる駅を間違えて、次の電車を待っていたら、地下鉄ホームロードバイクを押す人がいた。

台湾輪行ダイナミックだ。


ブルータス台湾特集の表紙が台湾人には不評だったらしい。

曰く、あんな古くさい台湾ではなく、もっと近代的な今の台湾を見てくれ。

でも、実際歩いてみると、やはり台北の街は自分イメージするアジアエネルギーノスタルジーに溢れている。


そうかと思えば、台北101東京で言うところの押上ソラマチの様に、周囲から浮いて急に出現した近代モールだった。

台北という街は混沌の中での変化の真っ最中なのかもしれない。



さて台北101の地下はデパ地下であり、フードコートだ。

このデパ地下も、旅の目的の一つだった。

その地にはその地の食い物が有る。

よくわからない果物料理ディスプレイされてるのは最高だ。

乾麺のコーナーで、刀削麺と同じ棚に讃岐うどんが並んでるのには何だか笑った。

うどん台湾では烏龍麺と書く。


大して腹も減ってなかったけど、疲れを癒す意味で、ここのフードコートガソリン補給をする事にした。

加油、俺。

頼んだのは排骨魯肉飯のセットで排骨には八角の強い風味が有る。

これが中華な味だ。

魯肉飯をかっ込んでふと顔を上げると、半袖シャツを着た対面のにいちゃんの袖から綺麗な花柄が覗いていた。

そういえば林華泰茶行に行きすがら、通りかかった裏路地でも、書き描けの紋紋を背負ったおっちゃんが上半身裸で何かを食っていた。

台北では割とカジュアルに紋紋にでくわす。


デパ地下と紋紋に満足したので、人でごった返した展望台には登らなかった。

良い加減、ホテルチェックインしてシャワーを浴びたい。




1日目 夕方〜夜


やっとホテルチェックインできて、シャワーも浴びてさっぱりできた。

一休みしたら晩飯だ。

どこで何を食うかは決まっている。

寧夏夜市で蚵仔煎を食べるのだ。


実はエリーさんに、この暑くて食品が傷みやすい時期に牡蠣を食べるのは勧めないと止められていた。

私たち台湾人間は胃が大概のものに慣れている。でもあなたたちは違うでしょ」と。

一理あるんだろう。

でもこの旅行重要目的の一つが本物の蚵仔煎を食べて、どういうものか知る事だったのだ。これはマストなのだ

から、せめてエリーさんの忠告を一つ守ることにする。

屋台料理行列の店で食え」

日が落ちて、明かりが灯った台北の街。

地下鉄を乗り継ぎ、寧夏夜市の行列の店を目指した。



道中驚いたのは、街中に野良犬がいた事。

少し遠巻きにしてる人もいたが、同時に野良犬を気にするふうでも無く、すぐ脇で座ってなんか食ってるおっちゃんもいて、日本ではもうない風景日常なんだなぁと驚いたりもした。



やがて、台北B級グルメ天国寧夏夜市が見えて来た。

日本で伝え聞く喧噪はちょっと盛ってるんじゃないかなんて疑っていたが、実際に行くと日本縁日以上の人、人、人。

屋台が軒を連ねる通りは真っ直ぐ歩くのも難しいくらい。

食習慣が全然違うのを肌で感じる。


夜市を一回りすると、一番行列のできてる店がわかった。

ここに決めた。

朝にエリーさんに酷評された付け焼き刃の台湾語は捨てて、筆談だ。

蚵仔煎を描いたメモを見せて注文する。

やがて店内に通されて、目当ての品が運ばれて来た。

おお、これが蚵仔煎か。

まず写真を一枚。

そして口に運ぶ。

プルプルしている!台湾風にいうとQQだ。

牡蠣オムレツと言いながら、片栗粉ような生地の方が主で、それに卵が絡み、その中に青菜と小粒の牡蠣が旨味を添えていた。

かかっているタレは甘酢か。テーブルに置いてある辛味噌を添えると更に風味が増す。

エリーさんの忠告は忘れてないが、ひょっとしたらヤバいものを食べているのかも知れないというスリルもまたスパイスのようなものだった。

「很好吃!」メモを見せると、店員のお姉さんはサムズアップした。



>>2日目



例の高速道路メチャクチャ運転野郎

おかしいというか、他の車が追突したりするのを誘って(おそらく)金をせびる当たり屋ってことだよね?

単なる危険運転とは別に当たり屋を裁く罪状ってないの? 教えて詳しい増田

2017-10-10

もう高校2年の秋になってしまった

ナンテコッタイ

今年が私の精神的に一番成長できた年であろうことは間違いない。他の年に比べて色んなことを経験したし得られたとも思う。

でもなんだかなあ…私が中学生の時に思い描いていた高校2年生とか16歳じゃないっていうか…岡崎京子マンガサガン小説に出てくるようなもっと大人っぽくてカッコイ女の子になってる予定だったんだけど。

この前も風と共に去りぬを読み始めるもスカーレット・オハラが同い歳だったので、なんだかいたたまれなくなって読むのをやめてしまった。3ヶ月行った留学先の女の子たちは美人ばっかりでとても歳下には見えなかったし、彼女達もそう思えたみたいで1つ上だよって言ったらメチャクチャ驚いてた。

こんな事を考えるのは全然恋愛が充実していないからか?ちょうど2年前の今頃から彼氏はいないし、好きな人もいない。ここで何か凄くいい人(若い時のキアヌダニエル・クレイグルトガー・ハウアーに似ているとなお良い 映画と本好きであって欲しい)がパーッと出てこないかなー!!

早く閉経したい

さっさと生理あがりたい

30過ぎて子供を産みたくなるとは思えないし、サッと終わってくれないか

まだ若いから(私は未成年)そう思えるのかもしれないけど、毎月毎月うっわまた来た…だっる…明日地獄やなって思いながら暮らすのめんどくさい

腰・腹痛に加えて下痢貧血による立ちくらみ、眠気…うっざ!!!メチャクチャうざい!生理学校休んだら白い目で見られるのもだるい!薬は体が慣れてくるからよっぽど辛い時かイベント事がないと飲まない!女子複数人での温泉海水浴プールの日程合わせんのもすっげえめんどくせえ!!ヒップラインが出る服装も白い服も着れねえ!急に来て予定ぶち壊してくるのもマジで腹立つ!!!

毎月毎月使わねえから卵子なんか!!本当に子供が欲しい時だけ排卵するスタイル取ってくれや!その方が出来た子供も辛い思いすることが減るやろ?!そろぼち進化して!!それか半年にいっぺんぐらいに減らせ!!

ファイヤー!!!!!!

2017-10-09

枝野

ここ最近で思うこと。

前原民進党自爆ボタン唐突に押してから、何の準備も根回しもない状態からこのたった7日で党一つでっち上げて見せた枝野って、なにげにメチャクチャ能力高いよね。まがりなりにも候補者80人規模の党だよ。一夜城かよ。

正直これまで俺の印象では枝野官僚的なタイプでこんなリーダーシップある人物とは全然認識してなかった。

ずっと自民党ネトサポアフィブログを使って枝野中核派みたいなデマを流し続けてるけど、なるほど「そこまでして潰さなきゃいけない相手」だったんだなと。

ただ惜しむらくはこれでも遅いってことだね。日本リベラルというか、人権とか立憲主義とかは、もう既に終わっている。枝野も、最終的にはマスコミから無視される形で、遠からず表舞台から消えるだろう。枝野自体能力は高くても工作には弱いタイプだ。今でも枝野twitterフォロワー中国から買ってるみたいなデマを流されてるし、ほんと自民党はそういうの大好きだし、枝野はそういうのに弱いな。

もう少し早く枝野がその能力を見せる機会があれば民進党も違う道があったのかもなぁ。

2017-10-07

50時間ぐらいかかるゲームをやった経験を5時間で手に入れたい

精神と時の部屋カンメカンみたいな効果を持った不思議機械の力で私の精神ゲーム機だけを加速させて5時間の間に50時間分のゲーム体験をしたい。

科学の発展で出来るようにならないかな。

今だとたとえばDQ11とかP4とか一度やってみたいんだけど、そのために50時間も使う気はないんだ。

はいえやりたい気持ちは確かに存在するのでこの方法によって解決したい。

『三日間有給を使って徹夜でやりこめばいい』と思う人もいるだろうけどそうじゃないんだ。

それぐらい時間があったらもっと他の事をしたいんだ。

あくまで5時間の間に50時間分の経験をしたいんだよ。

言ってることがメチャクチャなのは分かってる。

1万円するステーキが食いたいんだけど千円しか金は出したくないってのと何も変わらないもんな。

ああそうですよ私が間違ってる。

でもこの感情は確かに存在するんだ。

なんだろうなあ。

もうゲームに何十時間も使いたくないんだ。

何だか馬鹿馬鹿しくなってしまったんだよ。

かっこいいオッサン可愛い女の子と一緒に冒険したり、こつこつLV upを繰り返したい気持ちはあるのさ。

どこかで見たような話を稚拙テキストでなぞるだけのシナリオなのに、BGM演出による効果自分コントローラーを握り続けた事による感情移入のせいで大げさに感動しちまいたさ。

溜め込んだ回復アイテムをふんだんに使ってラスボスボコボコにしたいさ。

でもそれに時間を使うのは勿体無いぞともう一人の自分叫び続けてるんだ。

そんななかでダラダラゲームなんてやっても、時間価値を知らなかった中学生の頃みたいには楽しめない。

ああそうだ。

結局はあの頃みたいに、人生をジャブジャブ使っている事に無関心なままで呑気に涎垂らしてコントローラーポチポチ押してたいのさ。

今はもう駄目だ。

ゲームをやっても時間の大切さがちらついてくる。

たとえばゲームオーバーになった時の感覚が昔と今じゃぜんぜん違うんだ。

子供の頃はゲームオーバーになると、画面の中で自分が敗北したことにショックを受けていたもんさ。

自分分身が死んだり負けたりした事に心が揺れたもんだ。

でも今は違う。

ゲームオーバーになって最初に感じるのは、あちゃあクリアにかかる時間が増えちまったぞ、さ。

ゲーム目的クリアになってしまってるんだ。

過程を楽しむ余裕が無くなってる。

テキストは最高速にしてスキップスレスレスピードで読み進めてる。

ちょっと詰まったらWIKIを見る。

WIKIを見てないときでも、ロールプレイガン無視の最強装備の事しか考えない。

ルート分岐の気配を感じたら一周目からWIKIをなぞるだけの作業の始まりさ。

ネタバレを見ることよりも、分岐失敗で周回回数が余計に増えることの方が怖いんだ。

なんだこれ。

もうゲームなんてやめちまえ。

自分でもそう思ってゲームから大分離れた。

年に数本遊ぶかどうか。

でもまた味わいたいんだ。

あの頃のゲームへの没入感を。

私があの頃みたいにゲームを楽しむために、10倍の疾さでゲームをやれる環境が欲しい。

2017-10-05

日本人英語を話す時のネック

英語趣味勉強している者だが、1対1での外国人とのチャット場合は何の問題もなく楽しく会話できるのだが、先日知り合いの知り合いの外国人が遊びに来た時は中々英語で話すことができなかった。

その時のメンバー

自分

自分の知り合い(英語ネイティブレベル)

・知り合いの知り合いの外国人1

・知り合いの知り合いの外国人2

の4人だったのだが、こうなった場合、1対1とのチャットとの違いは英語が話せる日本人がいることだ。

この英語が話せる日本人がいることが自分にとってはどうにもネックで「自分英語が下手くそだと思われてそうだなぁ」とか知り合いはネイティブ英語ペラペラ横で喋っている中で自分の拙い英語で間に入ることに中々勇気がいるし、相対的に比べられていそうでメチャクチャ恥ずかしくなる。

英語が話せる人が横にいると確かに安心はするのだが、英語学習者にとっては外国人自分英語を聞かれるよりも、日本人自分英語を聞かれる方がよっぽど恥ずかしい。

本当はそんなこと思っている人ばかりじゃないと思うが、学生の頃から染み込まされきたネイティヴレベル発音じゃないといけない、とか、カタカナ英語は通じないか絶対外国人の前では使うなよ、とか、そんな感じの妙に完璧思考英語に対する考えを持った日本人が多いような気がして、日本人がいる前で外国人に「How are you?」とか「It's very good!」とかそんな単純な文章ですらも躊躇させてしま空気感があるようで辛い。

この気持ちって何なんだろうな…。どうやったらこマインドを変えられるのだろうか…。チャットだけでもとても楽しいのだが、やっぱり声に出して会話したい気持ちはすごくあるのに、周りの日本人の目が気になってしまうよなぁ…。

はぁ〜、もっと気軽にコミュニケーションしたいわ。

2017-10-03

https://anond.hatelabo.jp/20171002082131

先ず第一話冒頭、チカの名前が呼ばれてないのは完全にミスでした

元のテキストファイルには書いてあった。。。

ここはすぐ修正します! 助かりました!

≫良いところ

・有り難うございます

掛け合いについては一番気にしていたところなのでメチャクチャ嬉しいです。

自信もてました!

  

≫まずいかな?と思ったところ

10年以上前中二病丸出しのノベル馴れ合い趣味サイト投稿していたことがあり

そのまんまのノリで漫画に手を出してしまったので、特に一話はもうメチャクチャだと自覚しています

今回の増田で沢山の率直な意見いただき、正すべき点をたくさん見つけることが出来ました

  

敵性体周りの用語はもう少し練って欲しい

時間のかかる作業ですがそうしたいです

手を止めてしまうのは今応援してくれている方に失礼なので

これから少しずつ体系立てていきたいです

今回の増田で当面はキャラ立て中心に力を入れる方針を決めました

その間に裏でシコシコ練っていきたいです

  

≫細かい

テクニカルな指摘たくさんあって嬉しいです

とくに言葉遣いもっと注意深く選びたいです

  

≫高いんや

・二段落ち、これすごい面白い、何かの機会に使わせてもらいます

  

  

総じて反省点は、とにかく2話に入るまでに焦り過ぎたことでした。

プロットは沢山書いていたんですが、事件の渦中にキャラを置いておきたくて詰め込みきれず、切り捨ててしまった

そしてわけの分からない説明回になってしまった。猛省

  

第一からミーティングの日取りまでに一話完結の日常回を数話入れてミユキ・チカの性格をしっかり演出してそれぞれが先に情報収集していたって運びにするべきでした

アナーキーなミユキはミーティング当日に役人の揚げ足をとって恥をかかせてやろうという動機で調べてまわっていた(部外秘の調書に辿り着く)

・真面目で社交的なチカは関係者に聞き込みしていた~(具体的な回想シーン

という具合に

もう発表してしまったものをあまり頻繁に改変するのもためらわれるので

シナリオはメインキャラを気に入ってもらえる方向で頑張って乗り切りたいと思います

以降のシナリオからは焦らずしっかり描いていこうと思います

  

  

第四話はチカ氏の索敵の術を引き立たせる為に全力を注いで作成中です

濃厚なご指導ありがとうございました! また何度も読み返して勉強します!

  

2017-10-02

選挙だし、ポリティカル・コンパスやろうぜ

http://sakidatsumono.ifdef.jp/draft3.html

設問や評点方法にはどうやっても恣意性が入り込むから、結果はまあ参考程度として。

なんでこんなこと言い出したのかというと、

この二軸で政治的立場判断する方法ノーランチャート)がすごく捗ると思うから

現状のネット議論って「リベラル」とか「ネオリベ」とか「右翼」とか「保守」とか、言葉定義が(人によっては恣意的に)メチャクチャで、全然生産的じゃないよね。

煽りとか思想誘導したい人は別として)真面目に政治議論をしたい人にとってみれば、政治的立場とは関係なく、この状況ってマイナスだと思う訳よ。

しまいにはリベサヨとか、訳の分からない言葉まで創作しだすしさ……。

からもういっそ「リベラル」とか「保守」とか使うの止めて、

の2つの軸を、常に独立させて話をしたらいいと思うんだよね。

ノーランチャートでも、

みたいに各象限が分類されてるけど、この「リベラル」とか「保守」って用語自体がもう定義から汚染されまくっている(例えば、どう見ても大きい政府なのに保守標榜する政党とか)ので、この際、用語自体を破棄した方がみんなのためだと思うんだ。

そもそも2つの軸があるのに、それを1語で表そうなんて横着をするから、混乱が起きるんだ。

手間を惜しまず、2語で表現すれば、もっと議論建設的になるんじゃないかな。

「私は『大きい政府』で『個人自由』を支持します」とか、「あの政党は『小さい政府』で『社会の秩序』を志向している」とかい表現を使えば、紛れが無くなるでしょ。

例えば

3DCGモデル

よこせ、みたいな

メチャクチャ要求だったのかも

しれない。

anond:20171002020347

いや、平均年収と、金や利権のことしか考えてないかどうかはまったく関係がなくない?

(クリエイターとのやり取りにおいて)金や利権のことばかり考える→儲かる→平均年収が上がる

から逆に言えば平均年収が低いKADOKAWAは金や利権のことばかり考えているわけではない

って理屈なの?

金や利権のことばかり考えてるからって必ずしも儲かるとは限らないし

儲かったからって必ずしも平均年収が上がるわけでもないじゃん。

メチャクチャ儲かってるのに従業員還元しない会社なんていくらでもあるし。

それこそ今回の件が、KADOKAWAが金や利権のことばかり考えているせいで起きた事件なのだ仮定したら、金や利権のことばかり考えていたせいで利益を逃したわけなんだし。

金や利権のことばかり考えているかどうかと、従業員個々の年収はまったく関係がないよね?

従業員クリエイターをどう扱うかなんていうのは企業体質だとか従業員個々の性格問題であって、年収と一切関係ないよね?

2017-10-01

anond:20171001193402

元増田沈黙しちゃったね。ざんねん。

最後の方は「業界人」の化けの皮が剥がれて論理メチャクチャになってたけど、まあよく頑張ったほうだとは思うよ

お見合い結婚が最高だった

当方結婚10年目

周りと一緒が嫌で常に流行りの逆バリをしてきた

から結婚恋愛結婚が主流だし、あえてお見合い結婚をすることに

あと晩婚化なんてのも言われてたから22

結婚することにした

正直なにをどうしたらいいかからいから、じいちゃんに連絡したらツテに色々送ってくれたみたい

なんか一応お見合いのための正式書類みたいなのがあるみたいだ

全部じいちゃん任せだったが、言わばお見合いが当たり前みたいな時代だったわけで大丈夫だろうというノリ

実際トントン拍子で話が進み結婚が決まった

相手は2つ上

一族経営会社の令嬢

から就職活動もしなかった

その会社に潜りこんで数年で役員入り

ほとんど仕事で苦労することもない

嫁もいいとこの子から名前も今だにさん付けで、年下なのにメチャクチャ立ててくれる

なんでみんなお見合い結婚しないのか不思議だわ

例えば

3DCGモデルをよこせ

、みたいなメチャクチャ要求だったのかもしれない。

例えば3DCGモデルをよこせ、みたいなメチャクチャ要求だったのかもしれない。

2017-09-30

会話と議論

午前中のこと

妹「祖父の古い男尊女卑思考がウザい。」

父「就職だったり職場でもそこそこ残ってるところあるね」

私「言うて研究職だと"同実績なら"女性を優先するってところもあるらしいよ」

父「そんなのは実績を出さない男が悪い。それに研究職はそこまでしないと女性が入りにくい職場だ。男女共同参画社会が叫ばれて30年かかっても男性ばかりなのがその証拠

ここまでは建設的では無いがそれなりに"議論"になってると思う。しかしここから問題

私「それっていわゆる"親世代"がサボってきたツケを若手に回してるってことなのでは?」

父「は?」

ここから父は一方的な私に対する個人批判である

曰く、「会話の中で相手イライラさせる奴はグループの中で働けないのでこれからは生きていけない落ちこぼれだ。」

メチャクチャ言いやがる。

私は妹の発言に端を発して、「必ずしも男性優位ばかりではない」と批判差し込み、父はそれに対して反例や原因を返す、私はさらに返して「しかしそれは若手研究職志望には罪は無いのでその批判は当たらない」と"議論"をしたつもりだった。

しかしどうもそれは"会話"であって"議論"では無かったらしい。だから父を不快にさせてしまった私は徹底的な個人批判をされるに値するコミュニケーションの取れない悪人だったらしい。

そりゃ最初からお互いに気を使いあって楽しむことを目的とした"会話"ならこっちだってね気を使うんですよ。

日常的に"議論"が行われてる環境に身を置くとやりがちだが、一般的環境に身を置く人々は"議論"が嫌いであることを忘れてはいけない。

あーつまんね。

例えば3DCGモデルをよこせ、みたいなメチャクチャ要求だったのかもしれない。

例えば3DCGモデルをよこせ、みたいなメチャクチャ要求だったのかもしれない。

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