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はてなキーワード: エリート意識とは

2020-06-28

anond:20200628233645

日本人江戸時代ぐらいからなのかどうかわからんが、こういう、生まれつきの要素でその人の存在価値を決めつけたり可能性を限定しようとする傾向があまりにも強すぎると思う。

まれつきの要素を努力カバーするのを表面的には褒めるけど内心では馬鹿にしている。

お金持ちの生まれでないといい大学に行けないのを少しもおかしいと思わない。

エリート層には歪んだエリート意識が、底辺層には歪んだ奴隷根性が染み付いている。

からBLMとかKLMみたいな話を馬鹿にしてせせら笑っている。

2020-06-02

anond:20200601110840

名門私立全国的には大したこと無いのはよくあるけど、F欄が名門とされるような例は殆どないと思うけどなあ・・・

かにF欄なのに地元での就職では歴史的な背景から例外的に良かったりするのはあるんだろうけど

あくまでも地元ローカルなやつって感じで、エリート意識のある層が選択肢にいれるようなレベルには行けてないとこが大多数な印象。

というかそういう層が受けるようになったら自然と多少は偏差値も上がるのが通例だろうし。

2020-06-01

anond:20200601091431

東京地方格差も大きいと思うよ。

年収1千万越えのサラリーマンの大半は首都圏勤務だと思うし。

地方公立進学校で成績が上位30%くらいのやつは高校生活では自分ではエリートの部類だと思っている。

進学先は地元駅弁地元名門私立全国的にはF欄)。

公務員になれればいいけど、民間就職だと結構厳しい人も多い。(もちろん駅弁理系から超優秀な成績で一流企業就職したり院ロンダしたりする人はいる。)

地方一般人首都圏1000万円サラリーマンを目指すには、旧帝レベルに進学する必要がある。

並の地方公立進学校では上位10%くらいだろう。学年300人いたら30人。これが並の地方公立進学校から旧帝および医学部にいける成績。

それ以下の10%から30%の間の奴らはエリート意識が抜けないまま、地方でくすぶってしまうことになる。

2020-05-18

anond:20200515122641

元増田です。言及どうもありがとうございます改正案は断念されましたね。

国民監視を行い、問題があれば、当該政権への非難を行えば」と書いてるが、そもそもあなた自身監視するつもりがないように見える。

私の関心に従い、私に可能範囲ではやっているつもりですが、今回は、私個人がどうという話ではなく、制度論全体の設計がそうなっているという話をしています政権検事総長とが何らかの繋がりを持つことによって、不正行為を行いたいと考えるのであれば、まずは息のかかった人間を任命するところからではないでしょうか。たまたまラッキーで息がかかった人間いるから定年を延長しよう、ということを防ぐのであれば、任命のところこそ改正するべきでは?と考えたときに、現行法は、任命については国民監視に任せる程度でも三権分立を害さないという立て付けになっているわけで、少なくともその立て付けを問題にしないのであれば、殊更に本改正案三権分立がどうのと大声で騒ぎ立てるのは、問題を誇張しすぎていてミスリーディングではないかと。

それとこれと何か関係がある?

余談だが、と書いているところなので、どことどう関係ないと思ったのかをお聞きしたいところですが、もう少し補足します。東京法律事務所見解は、上に書いたような、任命を問題にしないのに、定年だけ問題にするのは何故かという問題に対しても、任命には一定コントロールがあるとして検事総長禅譲の慣習を出してくると思われたので、それは本法案さらに言えば現内閣)に反対するあまり、過度に保守的になっているように感じるというくさしで書いています。この法治国家において、法文にはない慣習で内閣検察庁内部の意見尊重してきたことを安易肯定することは、法律専門家たる弁護士姿勢としては不適切ではないでしょうか(私が最初記事を書いた時と今とでは、東京法律事務所記事に変更があり、多少の補足が付いていますが。)。この姿勢の背後には、同じ司法試験制度の中でのエリート意識のようなものも出てしまっているようにも感じたところで、司法制度改革で突き付けられた問題意識を忘れるべきではないだろうと、前の記事のような書き方になりました。

この過程に疑問を抱かないのはびっくりする。

定年を始めとして、職務の内容と無関係人事異動が生じることが何の弊害ももたらさないということはないでしょうから一般論として、ある人の定年を延長したほうが良いという判断がされることがあることには疑問は持ったことがなく、黒川氏がそれに該当するかどうかは私が見ている情報範囲ではゴシップ以上の情報は無いように思います。最終的に、興味がないという結論に至りました。国家公務員法の法解釈上は問題があるように感じますが、そもそも黒川氏について検事総長に任命するという事態は私の興味いかんにかかわらず起こらないでしょう。十分に世論による監視が行き届いているように思いますので、より興味を持っている方が頑張っていただければ良いのでは。いずれにしても、細かい適用問題に踏み入るつもりはありませんが、本改正案黒川氏に適用するわけではないと内閣が明言している以上、改正案検討において考慮に入れることは不要ノイズでしょう。これを邪推問題をあえて混ぜることは、冷静な議論ではなく不安をあおる方向の物にしか見えないところです。

どういう判断基準で定年延長する人を決めるか全然決まってない内から改定案強行採決されそうだけどね。

されませんでしたね。ある程度の指針は示せるようにした方が良いでしょうけど、延長が必要となる具体的な場合の全てを網羅的に想定しておくのは難しいでしょうから法案通過前にどこまで作るべきかというのは若干微妙な面があるかと思います。素案のようなものは先に出しておくべきだったのかと思いますが、基準もいずれ明らかにされるのですから、それはそれで批判すればいいのではないでしょうか。

そういう検事総長誕生したとして、検察官は知らんが国民がそれを見抜いて何かできることはあるの?

そういう検事総長誕生し得る法改定がされそうだと見抜いて、今国民が声を上げてるんじゃないの?

私の方はこの発言に驚きました。防ぐべきは実際に不正が行われることであり、人事に恣意を入れないというのは所詮はその手段の一つでしかありません。国民ができる事があるかどうかという点に疑問を持ちながら、今回の反対運動に参加した人が多くいるのであれば、反対運動は明確に目標を見失っていると言えるのではないでしょうか。すみません、驚いたと言いましたが、嘘です。おそらく、多くの人は(明示的にではないでしょうが不正を防ぐことには興味がないか、無理だと思っているかでしょう。もっと言えば、定年延長を阻止したとして、任命について考えるべきことはないのかということにすら興味を持たない人が多数でしょう。

国民個別不正が生じるかどうかに興味を持たないで、高々人事の中でも定年という一部分にだけ声を上げることで、実際にどの程度不正が防げるのでしょうか。定年がどうなろうと、検察庁が適切な権力行使をしているのかという点は様々な角度から興味を持ち、声を上げていただくと良いのではないかと思います

実際、結局、今回の運動のおかげで法案は(別に黒川氏のの人事にすら関係ないのにも関わらず)「無事」阻止されたわけです。日本総理大臣世論の声を無視するのはなかなか難しいのかと思います

ただ、私は、政権批判という昨今の流れや「三権分立が危ぶまれる」というとても正しそうなキーワードの力に押されて、反対意見法曹関係者の中にすらほとんど出てこないという流れの方が、よっぽど危険だと思います。こういうところで危機を煽るという選択を取ることは、少数の側に立つことになった時のしっぺ返しとしてやってくるだろうなと。

2020-05-15

鬼畜道路族・アフターコロナ

☆ 体育もダメ 夜の店もダメ 満員電車ダメ 全てダメ

  日本 コロナ時代 アフターコロナ No Good

  ☆ Repeat

1 世の中には(偉い先生が) たくさんいて(豊かさが)

  嫌いで 仲間と 実験

 

2 いつの間にか(とても威張ってる)手に負えない(日本社会)

  搾取 虐待で 生きてくだけ

※ 民度ダメ 戦略ダメ 戦術ダメ 全てダメ

  アフターコロナ 電車潰し 日本 No Good

3 車屋バイク屋の(利益優先と) 腹で笑う(ただの太鼓持ち

  エリート意識が 非常識

4 弱者には(何もしないのに) 超党派で(利権分けちゃって)

  学生外国人も 食いもの

セリフ

「ハッハッハ!トヨタだ!日本治安は良好だなんて7回しか言ってないのにな」

「ウェーッ!安倍でございます日本のために景気回復を急いで日本のために鉄道を殺して 国民のために」

ホルホル エッヘンッ!」

  何が正しいか 知らないだけに

  名誉と金持ちを 夢に見るだけ

  悪魔に取り憑かれて もぉ おしまい

  いつも政治家と TV局には

  正しい事なんて 何もないか

  鬼畜エージェントと さぁ カンパイ

  ☆ Repeat

  ※ Repeat

2020-04-20

私の考えるはてブっぽい感じのブコメ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/av.watch.impress.co.jp/docs/series/dal/1248155.html

過去50年間の通信品質評価研究成果・標準を全無視通信品質には、音質の他に遅延・輻輳回避・パケ落ち回復など様々な要素が絡み、それらを考慮したPESQ値・R値・MOS値等で評価しなければいけない。

あれ?コメント直したのか?もっと攻撃的な感じだった筈だが…罵倒もしてた記憶が。誰か残していない?

たかひろみちゅ氏とかにも感じるんだが、自分知識に対する圧倒的な自信と、それに反する相手への徹底的な攻撃性「ウソつくな!」「ば~か!」みたいな罵倒も躊躇しない感じ。「言っている事は正しいんだろうが、こっちに付きたくはない…」と思わせる排他性とエリート意識。それが私のはてブ感を感じるブコメ

最近はそういうのが減ったので、個人的には凄く嬉しい。だけど、私は小岩井さんの味方だ。

2020-04-17

じぶんのためだけに生きるの難しすぎませんか

誰かのために生きていたい.

無論,その「誰か」ってのは不特定多数の誰かでなくて,自分がその人のために生きたいと思える「誰か」.

というか,自分のために生きるの難しすぎひん?

三大欲求さえも結構辛くなってきている感がある今日このごろ.我慢してても困るのは自分だけだし,それを追求しても悦ぶのは自分自身.

すべての行為の結果が自分という枠を抜け出ていかないことに,飽きたとは違うけれども,なんかもうどうでも良くなってきている気がする.

誰かのためになにかしたときに,その行為によって誰かは嬉しいと思うかもしれないし,悲しいと思うかもしれない.

けどそれは,少なくともその時点においては,自分から行為がなければなかったものだし,そういう意味で結果が自分以外の環へと出ていっていると感じる(伝わるのかこの感覚?).

金持ちいくら金を稼ごうとしても満たされない感じ?

いくら札束があっても,それによって満たされることはない,みたいな.自分が与えた価値が形を変えて戻ってきているだけ?(でも価値を誰かに与えているからこの喩えは少し違うのかも)

「誰かのためだったらきっと頑張れる」という宗教に浸っているのかもしれない.というか,「自分のためだと頑張れない」と思いこんでいるのかしら,とも思い始めた.

頑張れなくなりそうなとき誰かのために!と思う支えさえあれば,なんとか頑張れそうな気がする.

「誰か」ってのは,つまり一般化すれば「困難なときの心の支え」のことであるらしい?


自分一人で頑張っている現在,心の支えがなくなっている.じゃあ私の心の支えって,何かしら.

もう少し若かった頃は「誇り」「プライド」「生まれ意味」みたいなところに帰着していた気がする.

こんなにウダウダ生きてて恥ずかしくないのか?もっとエリート意識を持って人々を~的な.

ここでも結局,私を支えてくれる「誰か」という結論になって思考が途切れてしまう.

誰か.

2020-02-01

anond:20200201115623

それな。

俺の場合ホームレス経験があると自称する友達はいるけど現役ホームレスはないかな。

なんせここ、早稲田卒でも頭悪いって馬鹿にされるくらいだから、歪んだエリート意識が相当蔓延してるよ

2019-08-14

anond:20190814150248

人間種族単位で考えずに社会的現象効果マクロ面での問題

個人間での問題ミクロ問題すり替え矮小化しようとする側の支配者層、もしくはエリート意識肥大化させた努力が結果を産んだ側の成り上がり層の人間

支配者層は庶民が仕組み、システム社会構造に対して素直な疑問を持つのを抑止するためにミクロ問題すり替えるために自己責任流行らせた

成り上がった人間特にそういった考えはなく自分思想スピリチュアル観点自尊心自己顕示欲のために多々、この言葉を使う、しかし彼らは本当の弱者を助けるだけの力はないため決してヒーローにはなれない

2019-08-10

DQへの憎しみを抱えている人、いますか?

件の映画に対するコメントを見るにどうもこの国ではDQはその名を知りプレイした国民の100%全てに愛されているかのように扱われているように思えます

でもそうじゃない人もいることを忘れないでください。

私はDQが大嫌いです。

件の映画は見ていませんし、見る気もありません。

DQを2時間も見せられて結局不完全燃焼で終わるなんて許せません。

私のDQの思い出はたった一作品DQ6だけです。

そして、私にとってDQ6は最悪の作品です。

最初出会いは、友人宅でゲームソフトを交換していたときに、ふと目に入ったそのゲームを借りたことです。

ぼうけんのしょ1には友人が進めていたデータが入っていました。

隠しボスを気が向いたときにいつか倒すために取っておいてあるデータから絶対消すなよと念を押されました。

ぼうけんのしょ2ではじまった私の冒険は素晴らしいものでした。

大工の息子にして最高の兄貴分というまるでかの聖人をなぞるような存在であるハッサン

エリート意識に振り回されるままに落ちぶれ続け仲間になる頃にはMPタンクにもなれるかどうかも微妙テリー

そんなテリーに1度は叩きのめされたものの彼よりよっぽど強いドランゴ

魅力的なキャラクター達と巡る2つの世界寓話性の高い物語の数々、定期的に現れるやたら強いボスマダンテを打った直後に死ぬバーバラ、確かにとても素晴らしいゲームでした。

そんな物語もついに終りを迎えます

辿り着いたラスボス(表)、その名も禍々しきデスタムーア

そのパワーを前に私はレベル職業の調整を強いられた。

明日こそ、アイツを倒す。

そう思って私はリセットボタンを押しながら電源を切った。

後に知るのだが、これは大きな間違いだったのだ。

同じDQシリーズでもFCソフト場合リセットを押しながら電源を切った方がセーブが消えにくく、SFCソフトリセットを押しながら電源を切るとセーブが消えやすくなる。

そして、次の日。

私は絶望音楽を聞くことになる。

ぼうけんのしょ1と2が消えたのだ。

2が消えたこともショックだったが、1が消えたショックは更に大きかった。

そのことを友人にどう打ち明ければいいのか悩み、まだクリアしていないという事で友人とは会話を合わせながらもう一度冒険を開始することにした。

2回めの冒険は、ムドーを倒すよりも早くぼうけんのしょが消えた。

セーブが消える癖がついたソフトを友人に返し、2週間ほどぎこちない関係を送ることとなった。

友人にソフトは返したものの、クリア出来ずに終わったという思い出は私の中に残り続けた。

それから5年ほどたった頃、私はふとゲームショップDQ6が安く売られているのを発見した。

PS2が主流となった時代、もはやゲームショップにとってSFCソフト邪魔なだけとなったのかどの店も二束三文で売り買いをしていた。

リベンジ、そんな言葉がふとよぎり、私はDQ6をレジに持っていった。

そして、帰りの電車の中で説明書を読み、リセットボタンを押しながら電源を切るという友人から推奨された方法説明書と食い違っていたことを知った。

3回目の冒険は、絶望の町の半ばで幕を閉じる。

ラスボスまであと10時間程度の場所だ。

もう疲れた

私はもうDQを遊ぶ気にはなれなかった。

その後DSリメイクが発売され、再び挑戦しようと思ったが、全てが面倒になっていた私はYOUTUBEEDだけ見て終わらせることにした。

しかった。

とても味気なかった。

こんなゲームのために、私は一度は友情さえ失いかけたのかと思うと、憎しみが燃え上がってきた。

私はDQを愛してなどいない。

全ての日本国民DQを愛しているなどという誤解はやめろ。

件の映画も見に行こうとは思わない。

でも、勇者ヨシヒコは好きだ。

勇者ヨシヒコバラバラで見ても面白いし、ぶっちゃけラスボス戦周りは特に面白くもないからどうでもいいし、何よりセーブが消えたりはしないし、録画ミスっていても配信で見ればいいだけだし、私がDQを嫌いな理由である所の「おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました」という舐めた態度と無関係の所にいるので、勇者ヨシヒコは好きだ。

2019-07-31

マジで民主党って何やねん

れいわが重度障害者を国政に送り込んで、それまで無視されてきた障害者就労権利議論されたり、バリアフリー化が一ミリくらい進んだりしてる。共産党社民党も、全部ではないがなかなか一本筋の通ったいいこと言ってると思うときがある。

でも民主党は何なんやれいわが障害者送り込んだ選挙市井紗耶香擁立したの一体何。エリート意識なのかね。バカパリテとか理解できないだろうから市井紗耶香持ってくれば喜ぶだろw的な傲慢さを感じて嫌になる。

2019-07-30

全国紙比較

毎日新聞は雑多な社会派ライター(ジャーナリスト)の集合体 毎朝夕に配達している紙切れはもはや主体ではない

読売新聞は古臭い新聞像を頑なに貫く庶民紙、既得権益に胡座掻いてるが巨大な資本ゆえしばらく生き延びそう

朝日新聞クオリティもっとも高い。紙面も記事の中身も、その他業界課題対応する諸施策も。ただしエリート臭さ、エリート意識が滲み出ているex. 参院選山岸候補

国民から嫌われているゆえの厳しさがあり、嫌われている所以をわかってないところがある

日経資本家による資本家のための情報

産経は論ずるに値せず…と言いたいところだが、地方支局記者が書いた記事には見るべきものある気が。大阪夕刊は独特の温かみあり

2019-07-29

大学院生エリート意識

無自覚エリート思考

先週, Twitterを中心に大学院生授業料免除について大きく話題になった. 話題根拠となったのは文部科学省HP上に公開している高等教育段階の教育費負担新制度に係る質問と回答(Q&A):文部科学省であり,

Q67 大学院生は新制度支援対象になりますか。

A67 大学院生対象になりません。(大学院への進学は18歳人口の5.5%に留まっており、短期大学や2年制の専門学校卒業した者では20歳以上で就労し、一定の稼得能力がある者がいることを踏まえれば、こうした者とのバランスを考える必要があること等の理由から、このような取扱いをしているものです。)

との記述が大きな反感を買ったようだ. 大学院生授業料免除がなくなると捉え, 反発した人も多くいたようだが, 実際には授業料免除がなくなるわけではなさそうである.[1]

この話題に関してTwitterで見かけた投稿違和感を感じたので, それについて述べたいと思う. 私が見かけた多くの意見は, 文科省に対する強い憤りを示したものであった. とくに, 引用箇所の「こうした者とのバランスを考える必要」というところに強い反発があったように思う. 日本科学力に貢献している我々がなぜこのような不遇な状況に置かれなければならないのかといったように.

しかし, 本当に彼らは劣悪な待遇を受けているのだろうか. 学歴別の年収統計を見てみよう. 厚生労働省の公開しているには学歴別の賃金カーブ掲載されている. 大学院生大学生区別されておらず, 一緒のカーブ統合されてはいるが, 一番賃金カーブが高いのが大学大学院である. 大学院卒の初任給について https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/17/01.html掲載されているが大卒に比べてやや高い. また, 経験的ではあるが大学院に進学する学生難関大学ほど多いことを加味すると, 大学院卒のほうが大学卒よりも昇給の度合いが高いのではないだろうか.

何が言いたいかと言うと, 大学院卒は(少なくとも大卒以上は)日本社会における勝ち組であり[2], 高卒と比べて一年あたり数百万程度の賃金格差が存在するのである. 国立大学なら修士2年で100万程度の, 私立大学でもおよそ300万の学費文句を垂れる資格はあるのだろうか. 大学院生である間の懐が寂しいのであれば, 奨学金を借りて勝ち組になった後に返せばいいだけだろう. 就職に失敗した時の不安なら, 奨学金返済に関して勝ち組になれなかった場合セーフティネットの拡充を求めるべきだろう. 大学大学院には, 国家から様々な形態資金が渡っている. 高卒者と比べてすでに多くの支援を受けているにもかかわらず, 大学院生に対するさらなる厚遇があって当然と言わんばかりの発言には不快感を感じた.

大学院生らのもう一つの主張は, 大学院生冷遇すると日本科学力を大きく損なうことになるというものだ. これが事実だとしても, この手の意見には少しばかりの違和感を感じる. 先の意見を強めに言い換えれば「日本政府大学院生という国家にとって非常に価値のある人材投資するべきであり, 高卒などの投資価値の薄い人材との公平性など考えなくて良い」となる. 彼ら彼女らの持つ強いエリート意識にあまりにも無批判でいることに嫌悪感を抱いた.

先にも述べたように, 体感として大学院生の多くはある程度の難関大学に在籍する者たちである. 東大生の親の年収多数派は950万以上というデータ[3]があるように, 彼らはアッパードル以上の家庭で育っていることが多いだろう. 日本には非常に劣悪な環境で勤務する労働者存在するということを認識していないのではないか. 周囲にいるのはそれなりにお上品な人ばかりだから, 他者感覚のない意見を平気で発言できてしまうのではないだろうか.

文科省というスケープゴート

彼らの考えでもう一つ気に入らないものがある. 彼らはこの手の話題[4]になるたびに文科省財務省批判している. 日本政府を満足気に批判して終わっているが, 大学院生でもありながら事の本質に迫らずに終わっているのは悲しいものだ.

文科省財務省所詮与党政治家の手先に過ぎない. そして与党政治家所詮国民多数派圧力団体代弁者に過ぎない. 彼らの真の巨悪は日本採用する民主主義だ.

民主主義はすべての国民平等であることを前提に構成された制度である. どのような人間でも有権者でさえあれば等しく一票を投じる権利を有する. つまり多数派正義だ.

彼らの考えに基づけば, 政府投資する価値のある大学院生研究者投資する価値の少ない「その他」に分けられる. しかし, 大学院生研究者日本において圧倒的少数派である. 投資する価値の少ない多数派に多くの国家予算が注ぎ込まれ, 投資する価値が高くても所詮は少数派にすぎない彼らにはあまり投資されない. これが民主制必然ではないか. とくに大学院生は将来の勝ち組である. いくら投資するのが合理的とは言え, 勝ち組投資することを許容できるほど今の日本民主主義成熟していない.

それでも昔の日本はうまくやっていたのだろう. バブル崩壊前までは日本精神的にも豊かであり, 国民は日々の生活に満足していたはずだ. 日々の生活に不満がなければ政治に関心を抱かないし, 裏で国家資源勝ち組に回っていたとしても許容できるくらいの度量があっただろう.

しかし今の日本は先行きが見えない. 少子高齢化問題により国家財政は逼迫し, さら高齢者妊婦などの様々な国民政府から支援を求めている. 現代日本の最大の課題は限りある国家予算をどう分配するかであり, どこかに予算を割り当てるには, 他の誰かの予算を削る必要がある. そして日本民主主義国家なのだから支援を求める多数派から順に予算を分配することになる.

日本において大学院生は非常に少ない存在である. 後期高齢者1700万人[5], 身体障害者436万人, 知的障害者108万人, 精神障害者392万人[6], 生活保護受給者210万人[7], 母子家庭123万世帯[8]に対して大学院生は25万人[9]にすぎない. 一般的に考えられる支援必要社会的弱者より一桁人数が少ないのだ. 国民多数派に媚を売ることしか考えていない政治家にとって, 大学院生など考える価値もない存在だろう.

今の日本民主主義を見る限り, 限られた国家予算は彼らの思う投資価値の高い少数派にではなく, 投資価値の低い多数派に注ぎ込まれるだけだ. 彼らがなすべきことはTwitter文科省財務省文句を垂れることではない. 国民平等であるという欺瞞に満ちた民主主義崩壊させる工作活動や, 日本支配層たる愚かな多数派日本国民から主権を奪い取る活動をこそ行うべきなのだ.

1 ttps://twitter.com/noi_springfield/status/1154657222816747520?s=21

2 人文系大学院生アカデミアに残った研究者などは違う境遇だろうが, 大学院生という大枠でみれば平均的には勝ち組である.

3 ttps://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/09/6950.php

4 欧米諸国に比べて研究者待遇が悪いことや学費が年々上がり続けていることな批判できる話題はいくつもある

5 ttps://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/html/gaiyou/s1_1.html

6 ttps://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h30hakusho/zenbun/siryo_02.html

7 ttps://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000164401.pdf

8 ttps://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11923000-Kodomokateikyoku-Kateifukishika/0000188136.pdf

9 ttp://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/afieldfile/2017/07/24/1386653_05.pdf

2019-06-10

海外トラブルがあったら「アメリカ大使館へ逃げ込め」という話

大手新聞社記者をしていた知人は、かれこれ20年以上前から海外で何らかのトラブルに見舞われたとき日本大使館が動いてくれたことは唯の一度もなかったと言っていた。いつだって、見るに見かねた他国大使館が手を差し伸べてくれたそうだ。この国は、そういう国だという覚悟必要らしい。

亡くなった俳優三船敏郎さんも同じ事をおっしゃってかました。「日本大使館外務省も何もしてくれない」と。大使館員も外務省官僚も事が起きても全く対処出来ない無能にも関わらず、傲慢エリート意識だけは人一倍持っているどうにも使えない連中だ

https://togetter.com/li/778350

首を切って死んだのが本当だとすると彼は神様が地上に遣わした天使なのでは

彼を雇う金で被害者加害者二人雇用していれば事件は起きてないだろう

差別事件を生み出す

2019-04-29

スパイやってた

007みたいなかっこいい事は何一つしてないけど。

どういう人間スパイのなるのか、よそは知らない。選ばれたエリートとか、熱心な希望者とかが本来やるのかもしれない。

でも俺はまるで違う。クビを回避したければ、でなった。

当時、部隊内で自殺者がでてな。パワハラうるさくなった頃なのと、折り悪く俺がそいつにぶちきれたところだけ動画が残ってた。退職届だしてももう遅いと、懲戒免職危機よ。

で、割りと偉い人に呼ばれた。個人的にな。

公務員懲戒免職になると、やばい。まじでやばい

「お前が全責任を持って腹を切ってくれ」って説得かと思った。イヤに決まってんだろ。

でも用件が違った。結論から言えば、退職届受け取ってやる。捜査の前にお前が辞めたか責任の追及はできなかったことにしてやる。その代わり…

ってことだ。

一も二もなく飛び付いた。今は無事転職したよ。

条件が、某党の中身が念のため知りたいから、誰々についてって、詳細送ってくれ。ってことらしい。

デモするときに賑やかしを集めたりするんだけど、そこに入ってくれと。

気づくと二年?くらいやってたが、そんな長期にわたる雰囲気じゃなかったな。言われたときはな。

お髭を伸ばしたりと色々準備して行ったよ。日雇い労働者として(実際そうだったしな)講話聞いて、それの様子ざっくりレポートにまとめて送るとか。

増田たちが期待してるような、非合法っぽい活動はついぞ見なかった。パワハラはいっぱい見れたが。

講演をするから椅子を用意しよう。机を借りてこよう。そのあとの軽食飲み物は某さんはこれがダメから代替を。関係者に動員かけるほど数はいらない。でもいくらか人が必要から、行儀よく座ってられる暇人に心当たりはないか

デモをするから手続きをしよう。手続きにあたって管轄をまたがないようルートを選ぼう。選んだルート歩いてみて、実際起こりそうなトラブルなにか見よう。あーこれじゃいかんらしい。代案どうするどうする。

事実上職員だよ。無給でな。

その様子をこっそりレポートして送ってるだけで、他は相当真面目にやってた。俺はとくに政治心情があるわけじゃなかったしな。

呼び出したら時間通りに現れるのって、スゲー貴重。十人を賑やかしで声かけて、約束したって七人はバックレる世界からな。

人類の残りカスみたいな連中をどうにか束ねて、連中に権利がどうこう言う姿勢は感心した。ゴリラだって手話ができるのに、人類はまだこんな境地にいるのかって感激するぐらい糞。

最初は連中のエリート意識みたいなものが鼻についてしょうがなかったが、まともな社会に生きてたらチンパンジーくらいに思わないと助ける気になれんて。

手伝いを申し出ると、とてもうれしそうでつい気合いが入った。

どこでも不足するのは、管理を請け負うやつ。思い付いてあれこれ言うやつはいるし、言われてハイハイ従う奴もいる。足らないのは、ハイハイ言えば済む命令に落とし込む人間らしい。

俺は事務作業もさして嫌がらなかったから、そこそこ重宝されてた風だった。

しばらくしてふと気づいた。さすがにもう部隊への義理は果たしたろと。直に言ったら無限やらせいくらいのこと言ってきやがった。今さら書類書きかえる訳にもいかんだろう。そこで義理は果たしたと解釈して連絡を切った。

活動をお休みしつつ就活して、就活終わって団体には挨拶しにいった。けじめと言うならそっちだろう。

涙ながらに正社員に決まったのを喜んでくれて、マジで胸がいたんだ。

そっち関係企業なら紹介してくれたんだが、頑なに拒んだ。休日出勤が当然だから、流石に距離を置きたくてな。

景気悪かった頃だし、実は俺だけ特例なのかもしれない。でもプラカードもって一際元気に騒いでる奴の中にも、色々事情があっている奴もいるのを時々思い出してくれな。

2019-04-26

東大生の母が上野千鶴子祝辞を読んで思ったこと。

我が子はいわゆる発達障害児だった。小さい頃から東大を目指してがんばってきたわけではない。周りの子供と同じように田舎公立中学校へ通ったし通塾などはしたことがない。本人が「自分と話が合う人が多そうだから」と希望したので高校私立へ進んだが、受験直前も夜10時には寝ていた。彼にとって、中学までの学校生活はつらいことも多かったと思う。けっこうトラブルもあった。高校では水を得た魚のようで、本当にほっとした。同級生我が家より裕福な家庭の子弟が多かったが、特に疎外感をもつほどではなかったようだ。

夫はサラリーマン、私はパート主婦で、東大へは「行かせてやれないことはないが余裕はない」レベル経済状況だ。本人が東大を志望し合格した時は、もちろんうれしかったが不安も大きかった。彼に一人暮らしができるレベル生活能力があるとは思えなかったし、十分なサポートをするだけの時間的経済的余裕が我々夫婦にはなかった。危惧したとおり様々なことがあった。今も、このまま無事社会にでて自立してくれればと祈るような気持ちだ。

実は、私自身も今なら発達障害者と言われていただろう人間だ。親や周りからぼこぼこにされながら生きてきた、という恨みのようなものも抱えている。反面、「出来が悪い普通の人」として生きてこられた自分は「恵まれている」という思いもある。我が子は、東大に入ったことで、かえって生きる道を狭めてしまったのではとすら考えることがある。

彼は「東大なら自分能力が生かせる」「自分と同じような人、もっとすごい人と出会える」という希望を抱いて東大入学したのではないだろうか。しかし、本当にそうだったのか。上野氏の祝辞は、彼に響いただろうか。東大にあの言葉が響く「恵まれた」学生が多いのなら、私は失望しかない。「恵まれた」とカッコ書きにするのは、彼らを恵まれていると思えないからだ。肥大化したエリート意識を持ち想像力が乏しく、東大合格によって自分の将来が約束されたと誇らしく思う人々、上野氏の祝辞言及された社会の諸問題や「恵まれない人」のことを今まで考えたこともなく、「初めて考えた、心に響いた」と思うほど無知で愚かな人々…彼らは本当に「恵まれている」のか?

いわゆる裕福な家庭で小さなから学力を高める教育を受けてきた子、そういう子に負けずに「エリート」へのパスポートを得ようとがんばってきた裕福ではない家庭の子東大にはその二者しかいないのか? いってみれば「東大くらいしか行き道がなかった」子は少数なのだろうか。学問の道ならば自分の生きるすべがあると希望を抱いて入学する人々は、この大学には数少ないのだろうか。

上野氏の祝辞は少なくとも私には響かなかった。全体に雑で学者なのか疑わしく思う。「自閉症マザコンのせい」といったとんでも発言で名を馳せた人らしいですね、と皮肉をいいたくなった。「弱くダメな人、他者からまれないとみなされがちな人」を社会にどう包摂していくか、そもそも「弱くてダメ」「恵まれない」とみなしていることに間違いはないのか、そこに価値がないのかを考えることが学者仕事では。

人選をした東大もどうかと思う。コミュ力が高くてはったりが効く外部の人間を人寄せパンダのように登用するのはやめて、大学でしっかりと研究をして実績を積んだ人々を縁故世間受けなどと関係なく登用していくほうが(されていないとはいっていない。実態を知らないので)、長い目で見れば大学価値を高めていくのではないだろうか。

2019-04-13

超読解・上野千鶴子スピーチ男性差別とは真逆である

東大入学式祝辞で著名なフェミニストである上野千鶴子スピーチを行い、その内容についてインターネット上では賛否の声が上がっている。

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

個人的感想を端的に言うと、内容の正否以前にわかりづらい部分があって、ときおり彼女が何を主張しているのか理解できない部分があった(私だけだったらすいませんでした)。インターネットの皆さまは内容を理解した上で議論しているのだろうか?まあ実際のところはこのようなスピーチを真面目に読む人暇人なんぞは少数派だろうから雰囲気で流し読みしてあーだこーだと感想を言っているのだろう。それはいいとしても、このスピーチでは、いか東大生の頭がいいと言っても口頭ではロジック理解できずに混乱してしまったのではないだろかと心配になる。

女性学パイオニアとして」の章は著者の自分語りであるし、「変化と多様性に拓かれた大学」と「東京大学で学ぶ価値」の章は良い雰囲気一般論なのでこれらの章に特に理解が難しい点はない。問題なのは女性学差別にまつわる内容が記述されている「女子学生の置かれている現実」の章であり、その中でも特に理解が難しく、思わず男性差別的なのではないか脊髄反射してしまいそうなパートは、第3パラグラフである。以下では、同パラグラフの読解を行うので、私と同様に一読してわからなかった人、特に男性差別的に感じた人は読んでほしい。

事実、各種のデータが、女子受験生偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。まず第1に女子学生浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。第2に東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。今年度に至っては18.1%と前年度を下回りました。統計的には偏差値正規分布に男女差はありませんから男子学生以上に優秀な女子学生東大受験していることになります。第3に、4年制大学進学率そのもの性別によるギャップがあります2016年度の学校基本調査によれば4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%と7ポイントもの差があります。この差は成績の差ではありません。「息子は大学まで、娘は短大まで」でよいと考える親の性差別の結果です。

このパラグラフはいきなり衝撃的なトピックセンテンス「事実、各種のデータが、女子受験生偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。」で始まる。おまけにサポートセンテンスの中には「男子学生以上に優秀な女子学生東大受験している」という主張が入ってくるので、恐らくこれを口頭で聴いたら「上野千鶴子はとりあえず男が馬鹿だと言いたいのか?」と感じてしま可能性がある(実際にTwitter上ではそのようなリアクションが少なからずみられる)。さらに、冒頭で「女子受験生偏差値の方が男子受験生より高い」と言っておきながら、サポートセンテンスでは「統計的には偏差値正規分布に男女差はありません」と真逆のことを言われて、読者(聴衆)は混乱の極致に達する。しかし、このパラグラフの本意はそうではない。鍵は、この前にある第2パラグラフにある。

女子学生男子学生より合格しにくいのは、男子受験生の成績の方がよいからでしょうか?全国医学部調査結果を公表した文科省担当者が、こんなコメントを述べています。「男子優位の学部学科は他に見当たらず、理工系文系女子が優位な場合が多い」。ということは、医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、なんらかの説明が要ることを意味します。

まり、著者はひとつ前の第2パラグラフで、「医学部以外の女子の入りにくさは1以下で、医学部が1以上であることの理由をこれから説明するよー」と宣言しているわけだが、実際に次の第3パラグラフ説明されるのは、前者の「なぜ女子合格率は(医学部以外において)高いのか」ということに対する理由だけだ。この宣言と実際のズレが、まずもって2パラと3パラの繋がりを分かりづらくしている。

それを踏まえて第3パラグラフトピックセンテンスである事実、各種のデータが、女子受験生偏差値の方が男子受験生より高い」を解釈すると、これは実はかなり曖昧で、「受験生全体としてみたとき女子の方が偏差値が高い」という解釈(A)と「ある大学受験プールをみたとき女子の方が偏差値が高い」という解釈(B)の両方が必要となる。このトピックセンテンスの意味曖昧さが、続くサポートセンテンスとの繋がりを不明瞭にすることで、このパラグラフの読解を困難にしている。しかしながら、これらはいずれも、「なぜ女子合格率は男子に比べて高いのか?」という第2パラグラフの問いに対する明確な解答となっている。

では、このトピックセンテンスの解釈(A)、(B)を前提として、そのあとに続く3つのサポートセンテンスの内容を読み解いていこう。

①「第1に、女子学生浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。」⇒要は、女子は余裕を持って受かる大学を選ぶため、ある大学受験プールで見たとき女子の方が偏差値が高い、という話なので解釈(B)を支持する内容。

②「第2に、東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。(中略)統計的には偏差値正規分布に男女差はありませんから男子学生以上に優秀な女子学生東大受験していることになります。」⇒これも①と似たような話。男子の方が相対的に下方の学力学生まで東大受験するため、平均的にみれば女子東大受験生の方が偏差値が高いということ。解釈(B)を支持する。なお、ここでいう偏差値正規分布とは、「東大受験する/しない」「大学受験する/しない」という条件を一切つけない高校生全体の分布の話をしていることに注意しよう。一方でトピックセンテンスの「女子受験生偏差値の方が男子受験生より高い」は、これらの条件を付けたとき条件付き確率分布の話をしている。ここもわかりづらいポイント

③「第3に、4年制大学進学率そのもの性別によるギャップがあります。」⇒要は、学力順に大学受験をするとしたら大学進学率の高い男子の方が下方の学力学生まで大学受験をするため、平均的にみれば女子受験生の方が偏差値が高いということ。これは受験生全体の話なので解釈(A)を支持する内容。

以上の様な形で、一見意味不明みえる第3パラグラフも、落ち着いてよく読んでみればしっかりと論理的構成になっている。では、結局のところ上野千鶴子はこのパラグラフで何が言いたいのか?私の理解は次の通り。「女子学生は、性差別の抑圧の結果として、浪人リスクをとって上位校を目指したり、東大生になろうとすることが忌避され、その上そもそも大学進学率が低いことから結果的大学合格率が高くなっている(除く医学部)。」つまり女子受験生偏差値が高い(⇔合格率が高い)というのは性差別による抑圧の結果なので、上野千鶴子はそれをポジティブに捉えてはいないということになり、男性差別的な意図とは真逆であるということがわかる。


以上、誤読しそうな一章第3パラグラフの読解を、ややスピーチ擁護しながら行ったが、以下ではこのスピーチに対する批判的な私見も+αで少し書く。

まず1パラグラフ目について。

その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。が、しかし、昨年、東京医科大不正入試問題が発覚し、女子学生浪人生に差別があることが判明しました。文科省が全国81の医科大・医学部の全数調査実施したところ、女子学生の入りにくさ、すなわち女子学生合格率に対する男子学生合格率は平均1.2倍と出ました。問題の東医大は1.29、最高が順天堂大の1.67、上位には昭和大、日本大慶応大などの私学が並んでいます。1.0よりも低い、すなわち女子学生の方が入りやす大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大などの地方国立大医学部が並んでいます。ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから

しか東京医科大では女性差別的な入試不正が行われていたのは事実だし、ここに列挙されている私大についても不正をしている可能性はある。それ自体は何らかの形で是正されていくべき問題であることは同意。ただ、私はこのパラグラフで拭えない違和感を覚えてしまう。それは、東大理3にもこの議論敷衍している点と、「地方国立大医学部が並んでいます」という記述である

当たり前だが、どれだけ男女平等選抜してもこの男女合格比率は1を超えたり1を下回ったりしてフレる。奇しくも彼女自身記述している通り、「鳥取大、島根大、徳島大、弘前大」では1を下回って、女性有利の結果となっているのだが、これは単なるフレであると考えられるので、彼女は「これらの大学では男性差別されている」とは主張しないだろう。にもかかわらず上野千鶴子は、断言はしないものの、この比率が1.03しかない理3に入試不正の話をつなげる訳だが、これは誰しもが感じる通り、さすがに無理筋である。1.03という差はどれほどなのか考えてみよう。理3女子合格率が概ね25%だとすると、男子合格率は25.75%であり、わずか0.75%ポイントの差でしかない。つまり100人受けたときに1人未満の合否の差が発生するということであるが、これは統計的有意な差たりえるだろうか?もちろん私は実際の分布についての情報を持たないので統計検定は出来ないが、理3受験者数の少なさ(標本の少なさ=この比率のフレも大きい)まで含めて考えれば検定するまでもないと思う。こんな微妙な差を以って、東大理3の入試においても男女差別存在しうることを仄めかす様な物言いをするのはいかがなものか。

また、些末過ぎて私しか感じないかもしれないが、「地方国立大医学部が並んでいます」という記述にもなんとなく違和感というか、いやらしさを覚えた。彼女がわざわざ先ほどの4校を持ち出して、「地方国立大医学部が並んでいます」と記述した理由は何なのか。うがった見方をすれば、「女子地方のless prestigiousな大学に追いやられ、東大理3を含む首都圏のprestigiousな大学差別により入れない」という印象を明確にしたいがために、これらの地方国立大医学部を拾ってきて並べたように思える。しかしながら、もしも彼女がこの様な印象操作を図ったとすれば、それはやや牽強付会みえしまう。なぜなら、理由は2つあって、そもそも地方国立大の方が医学部が多いということと、加えて、(平成30年入試データではあるが)帝京大学北里大学東京医科歯科大学医学部医学科、東京女子医科大学(当然)、自治医科大(首都圏微妙だが)、など首都圏大学でも女性有利の結果となっている大学存在しているので、地方国立だけ取り出してみせるのはいささか正当性に欠けるように思えるてしまうからである。(ソースhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/10/1409128_002_1.pdf

もう一つ、東大生によるレイプ事件言及した第6パラグラフをみてほしい。

東大工学部大学院の男子学生5人が、私大女子学生集団性的凌辱した事件がありました。加害者男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。この事件モデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマ学内シンポジウムが開かれました。「彼女頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大男子学生社会からどんな目で見られているかがわかります

具体的に「どんな目」でみられているか上野千鶴子言及しないが、文脈からいえば、「他大学女子頭が悪いからと見下していて、彼女らをレイプしてもいいと考えている異常な選民思想を持った人々」と解釈できるだろう(この解釈は行き過ぎだろうか?否、これが男女差別文脈スピーチのおいて、レイプ事件と関連した東大"男子"学生イメージとして語られた以上、性的加虐意味必然的に含まれている)。「彼女頭が悪いから」という作品はたった一冊のフィクション作品であり、しかモデルとなった事件もおよそ東大一般に当てはまるようなものとは思い難い。そこに描かれた東大男子像を持ってして、お前らはこう見られてるから自覚しろ、と彼らを脅迫する行為はいくらなんでも行き過ぎであろう。少なくとも私は普通東大男子たちが、もしかしたらうちに秘めたエリート意識ぐらいは持っているのかもしれないが、それを以ってレイプに及ぶ様な集団だとは思っていない。世間東大男子のことを選民思想レイパーだと思っている、と本当に言いたいなら、アンケート調査統計をとってみてはいかがだろう。統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから

2019-02-11

んー、アホってつらいな。

MARCHレベルのやつが、東大ばっかりのところにうっかり入っちゃって、そのレベル差で日々つらい目に遭っているかのような。

世間的に見れば自分も劣っている訳ではないと思いたいのだけれど、実際どうなのだろう。

自分より劣っているところに入れば、自尊心とやらも保てるのだろうか。

いや、別にエリート意識を持っているだとか他人と優劣をはっきりつけたいって訳でもなく、周りが優秀過ぎて少し疲れたってだけです。

まりそういうのは気にしない方だと思っていたのだけれど、ものすごく気にする自分がいて少し嫌になりますね。

2019-01-18

近藤麻理恵と本に関する議論に潜む無視できない階級意識人種差別

原文:https://www.bustle.com/p/the-marie-kondo-books-debate-has-classist-racist-undertones-that-cant-be-ignored-15796044

近藤麻理恵は一冊目の本である人生がときめく片づけの魔法」が2014年アメリカ出版されたときから社会現象であり続けている。「日本の片付けと整理の術」を詳しく記したその本は、コンマリ・メソッドまたは「Kondoする」と呼ばれる、持ち物に触ってときめきを感じる(it sparks joy)かで判断する片付け法を誕生させた。しかし、やはり近藤の人気が急上昇したのはNetflixで「近藤麻理恵とお片付け」(邦題:KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~)が放送されてからだ。ところが、この人気の急上昇により本にまつわる予期せぬ騒動が発生した。著述家であり「We Need Diverse Books」(多様な人種の子供に向けて本を与える活動をする非営利団体)の創設者の一人でもあるエレン・オーを含むSNS上の大勢の人々によれば、近藤への反発には明確な人種差別と階級意識の要素が含まれているという。Bustle(訳注:原文の掲載サイト)はオーにコメントを求めた。

韓国系でありながら子供時代日本で過ごし第一言語日本であるオーは次のように語る。「近藤麻理恵への反発が発生してからというもの、ずっと意図的に誤解している人々に嫌な思いをさせられています最初文化の違いのせいかと思いました。特に翻訳によって生じる問題についての意識のなさです。アジア言語英語とはかなり違います。どうやってもうまく翻訳できない言葉もあります」。ところが、オーが「人々が意図的近藤を誤解している」と確信するに至るまで長い時間はかからなかった。

すべての始まりはこうだ。Netflix番組の第5話で、近藤若いカップルが本を片付けるのを手伝う。番組の中で、そして著書の中で、近藤コンマリ・メソッドで蔵書を片付けるやり方について広く語っている。Deseret News記事に書かれた近藤が語ったことの要点はこうだ。読んでいない本や、いつかもう一度読むかもしれないという思いにとらわれている本がたくさんあるのなら、それは捨てるべきだ。また近藤は、もしほんの一部だけにときめきを感じるのであれば、一部のページだけをちぎって残すことも薦めている。

Twitter上での否定的な反応はすぐに発生した。

小説家アナカナ・スコフィールドはすぐさま近藤の本を捨てるやり方にSNSで憤慨したうちの一人だ。スコフィールドは「近藤麻理恵だかコンマリだかの本に関する意見に耳を貸すな」とTwitterに書いた。他の利用者たちもすぐに続いた。そのうちの一人であるジェニファー・ライトは「この女はモンスターだ」と既に削除されたツイートで記した。このツイートは「理想的には蔵書は30冊未満にしましょう」という吹き出しが書き足された近藤写真に対する返信として書かれたものだ。ワシントンポスト掲載された書評家のロン・チャールズの「近藤麻理恵よ、おまえのトキメキお片付けは私の本の山には無用だ」をはじめ意見記事もいくつか出た。

しかしこの「理想」の蔵書数は30冊というのは、いったい何なのだろうか?この数字は、近藤コンマリ・メソッド自分の家を片付けたときに使ったものだ。「人生がときめく片づけの魔法」で、近藤自分の蔵書は30冊にするようにしていると書いている。しかし、近藤は誰もがこの30という数字を使うべきだと言っているわけではない。重要なのは近藤は一度も本をすべて捨てるべきだなどと言ったわけではないということだ。Refinery29のインタビューケイト・ムンロは近藤に、ガラクタの山や、本で破裂しそうな本棚ときめきを感じる人はどうすればいいのかを尋ねている。近藤は次のように答えた。

家がちらかった状態でもそれで本当に快適なら、それは良いことです。なにもおかしくありません。その上で、それぞれの物に決まった場所を割りあてたり、それぞれの物がどれくらいの量あって、必要な量はどれくらいなのかを把握したりすることをおすすめします。こういう意識を持つことは大事だと思います


オーは、アナカナ・スコフィールド近藤についてのツイートの後で書いたガーディアン誌の記事を、自分意見に合わせるために近藤言葉意図的に誤解している例の一つとしてあげている。「ときめき(spark joy)という表現が過剰に強調されていて、その言葉近藤が本当に伝えようとしていることが置き去りにされています」。「ときめき」は実際には喜び(joy)と同じ意味ではなく、鼓動や興奮や動悸を意味する。この基本的なことさえ理解すれば、本は喜びだけでなく挑戦や動揺を読者に与えるべきだというスコフィールドの主張が無意味だということがわかるだろう。「ときめき」という言葉意味するのは、本が読者に挑戦や動揺を与えてそれが良い反応をもたらすのならとっておくべきだということなのだ。

オーはさらライトが削除されたツイート近藤を「モンスター」と呼んだことについて言及する。「意図的な誤解は、近藤の助言はそもそも片付けをしたいと思っている人に向けられたものだという事実から目をそらすことから始まっています。片付けをしたくないなら、助言に耳を貸さなければ良いだけです」

近藤への反発は、近藤の流暢でない英語や、独特の言葉かいからかうことまであらゆることに及んでいます」とオーは語る。「ときめきという概念を笑いの種にするたくさんの画像を見て、私の両親が話す片言の英語意図的に誤解しておちょくってきた人たちのことを思い出さずにはいられませんでした」

今回の本を片付けることについての議論には、ある種の特権も絡んでいるとオーは語る。

階級意識エリート意識、たくさんの収納がある大きい家に住めるという特権。私には近藤への反発が何を根拠にしているのかはわからないけど、反発している人たちが特権的な立場にいるということはわかります」とオーは言う。「たくさんの本を持っていなければ賢い人間だとは言えないというエリート意識経済的階級意識です。かつて貧しかたころ、私が持っていた本は10冊もありませんでした。だから図書館は私にとって安らぎの場所だったんです」

以上の点について声を上げているのはもちろんオーだけではない。Twitter利用者ジョナー・ヴェンは一連のツイートで、コンマリ・メソッド本来目的に対する一般的無知についてこう書いている。「コンマリへの批判ネタ画像は、アジア、とりわけ日本文化や影響への無知により、目立たないが本質的人種差別的なものだ」

近藤への反発の人種差別的な側面についてSNS上で反応している人々は他にもいる。作家カットチョーツイートで「有色人種モンスターと呼ぶのはやめてください。既に社会の隅に追いやられている人たちを、人でなし扱いするような言葉を使わないで」と書いた。そして著述家ピューターセレステは「アジア人の女性を不当な理由からかうことに何の意味があるんだ?近藤麻理恵じゃなくてマーサ・スチュワート相手だったとしてもこれ以上続けるのか?違うだろう」とツイートした。

かに、本を捨てるという行為一部の人々にとってかなり感情を動かされるものだし、本の一部をちぎると図書館学校非営利組織などに寄付して役立ててもらうこともできなくなる。しかし、とどのつまり近藤の助言に対する反発は、近藤とは関係がない。むしろそれは、一部の読書家が、自分読書家としての自意識を維持するために必要だと考えている、本を所有するという行為近藤侮辱したという誤解に基づく怒りなのだ

近藤を支持している読書家もたくさんいる。Twitter利用者アレクサンドラダンカンツイートで「驚くかもしれないけど、図書館員として家の本棚コンマリ・メソッドで整理することを100%支持します」と書いている。

しかしたら年明けは、物理的な片付けについてだけでなく精神的な整理についても完璧な時期なのかもしれない。読者の皆さんも、ぎゅうぎゅうに詰め込まれ本棚のものと、本に書かれた内容とどちらにときめきを感じるのか、自分に問いかけてみてはいかがだろうか。

2018-10-17

財務省が国を滅ぼすな

金庫番が金の使い道を指図し始める悲惨

お前の稼いだ金じゃないし 誰もお前に使い道を云々する権限は与えてないというのに

主計局参謀本部並の鼻持ちならないエリート意識書類主義から来る無能さを兼ね備えた無責任集団

https://www.asahi.com/articles/ASLBD56JXLBDPLBJ006.html

2018-08-03

偉そうな医者医療崩壊のはなし

10年目内科医。ここを見ていると「医者を増やせば解決する、日本医師会が巨悪」「女性医師医療崩壊の原因」云々…との意見が多いように思う。

恐らく東京医大事件に関しても、「男女平等時代に逆行するなんて前時代大学なのだ」といった感想を持つの一般的なのだろう。

しかし、この出来事は実は医療崩壊の最終段階の端緒となる出来事のようにも思われる。

他でも議論されているが、まず医師を増やすことに原則的に反対の医師は多くないように思われる。増やせるものならどんどん増やしてほしいと思っている。

しか問題の根っこは「そこ」ではない。

欧米では医師の数が増えている。

しか我が国医師の数が増えないのは、医師会が反対しているから、医師らが声をあげないから、等々ではないように思う。

欧米と決定的に違うのは、我が国では国民皆保険制度があり、誰でもどこでも医療を受ける権利がある。ということである

極端な話、日本最高峰大学病院に突然風邪でかかっても、数千円のはした金を余計にはらえば見てもらうことができるのである

保険証の力は絶大で、診療の求めを受けた医療機関は「応召義務」のため診察を原則拒否できない。

しか国民皆保険のこの素晴らしいシステムには致命的な制約がある。

それは、国が決めた一律の料金で患者を診察する、ということである。ここに「よりよいもの提供し、より大きな対価を得る」という資本主義価値観はない。

訓練された一流の外科医胃がんの手術をしようが、3年目のペーペーが手術しようが、病院が手にするのは「所定の胃がんの手術料金」である

外来で例えよう。A医師患者の話を遮り、高圧的で、診察は3分。B医師患者の話に共感的で、優しく、10分間丁寧に診察を行う。

しか病院からしたら、A医師は一時間20人分の売り上げを獲得するのに対してB医師は6人分の売り上げしか獲得できない。病院から見てより稼いでくるA医師評価の方が高くなる。

要するに薄利多売のビジネスモデルを「お上」に強制されていて、回転率が命なのだ。即ち某ラーメン屋風に言えば、ロット乱しはギルティであり、長話する客と、それを許容する店員は退店やむなしなのだ。

以上のように、国民皆保険システム病院関係を考えると、「高圧的で話を聞かず、3分診療医師」の需要はとても高いのだ。

B医師人間的には素晴らしいかもしれないが、殆ど病院赤字すれすれでやっている現状をかんがえると、「いらない子」なのである

でもそんなA医師みたいなやつばかりな病院はどうせ患者がこなくなるかというとそうではない。

一つは、医師不足で患者余りであること、もう一つはA医師のような人物は大体特殊技術や多分野における専門医資格保持者であったりするからだ。そのような、希少価値のある医者は一時間20人ほどの予約がはいる。そりゃみんな、「優しいけど非専門」より「ぶっきらぼうだけどド専門」の先生に見てほしいからね。こうしてA医師さらに人の話を聞かず、高圧的になっていくのでした。

以上のように、医療価格は「お上」に決められているのだ。うちはすごい手術するから+10万円ね!なんてできない。当然、すごい手術をする医師特別手当てが出る病院なんてのもない。そもそも病院は儲かってないのだから

そうすると、医師からしたら、腕を磨く必要って何?ということになる。

普通会社であれば、大きなプロジェクト遂行し、地位が上がって、給与もあがり、達成感を得るのだろうが。

それがない医師はどうしたらいい?残されたのは「やりがい」のみである患者さんに「ありがとう」と言ってもらった。助からない人を助けた。そういうことに価値を見いだすしかないのだ。

医師医科大学入学し、その段階から世間とは切り離された環境培養される。総合大学においても医学部とその付属病院は、他学部とは明らかに一線を画している。「頑張って素晴らしいパフォーマンスをあげれば収入が増える」といった極めて基本的資本主義価値観体験することな研修医となり、医師となっていく。

そういった育成環境によりいわば世間知らずのまま育った医師は次第に先鋭化していく。「医師は人命に関わる特別職業であり、滅私奉公を基本とし、過労死も厭わない。金を求めるものは、医は仁術の精神を忘れた愚か者だ」と言う奴すらいる(自分は引いてしまうが、どこの医大にでも少なからずいるものと思う。)

いわばエリート意識の塊となり、医療現場に放り込まれるのである

一人前の医者になってもその「呪いとも言うべきエリート意識から解放されることはない。技術を高めても、接遇を改善しても、給与に反映されることはないからだ。

しかしこの「エリート意識の塊」こそ、現代医療の根幹を支えている人たちなのだ

医者には三種類いる。勤務医開業医フリーターだ。一番儲かる(時給換算で)のは開業医、次にフリーター最後勤務医であるしかし、勤務医は段違いに忙しく、高度な技術要求され、責任も非常に大きい。しかもこの三種類の形態はお互い自由に行きできるのだ。

このような構造は他職種ではあるだろうか?

それでも勤務医存在し続けるのは、「エリート意識の塊という呪い」のおかげであり、先鋭化した医師いるかである。36時間連続フルパワーで働き、土日も働き、下の教育と、病院経営陣との間に挟まれ寿命を削る(実際に勤務医寿命一般人口より短い)。こんなことができるのは言わば「エリート意識の塊=狂信者」だけである

この「狂信者=勤務医」の呪いがとけて、居なくなるとき日本医療崩壊が真に実現するときではないだろうか。

医者を増やす事のリスクとしては、①医師数の増加による、医師社会的ステータスの低下②収入の低下があげられると思う。

①に関して、先に述べたように「狂信者」のエネルギー源は強烈なエリート意識である。数を増やすと言うことは、医師の質は下がるのは必死である(弁護士の例をかんがみても)。今まで医師になれなかった人を、医師にするのであるから。こうした変化は、家族も省みず、収入にも執着せず、すべてをなげうって医療に身を捧げる者の士気を「医師の希少価値の低下」を通じて下げてしまうかもしれない。

②に関しては、医療費はその半分が人件費であり、医師の数を増やすと言うことは、医師一人辺りの給与は下げなくてはならない。これも「医師間で相対的に少ないとはいえ、一般社会人より多い給与を減らすこと」で「狂信者」の、モチベーションを下げ、呪いを解き、開業フリーター医師への逃散を誘発するには十分な理由になるだろう。

まり、今の医療崩壊医師を単純に増やすだけでは解決しない。また増やすことは万事を解決するわけでもなく新たな問題を起こす可能性もある。

これが我が国医師を増加させることが、医療崩壊解決にならないであろう理由である

歪な国民皆保険制度のもと、なんとか医療業界試行錯誤でたどり着いた妥協案が現在医療体制なのだ東京医大問題もその歪みの一部でしかなく、この問題小手先テクニック解決したように見せたところで、根本病理はなにも変わらないのだろう。

(私自国民皆保険制度は素晴らしいと思うし、是非継続してほしいと思っている。)

2018-06-05

公務員は辞められない

忖度能力以外のスキルが身につかないので公務員を辞めることは不可能だ。

10年も公務員を続ければもう外の世界には馴染めない。

浮世離れした身内のルールのためだけに作られた無意味書類に対する処理能力など、官僚組織の外では何の役にも立たないスキルだ。

それどころか、こじらせた前例主義エリート意識を抱えているという汚点が経歴上の消せないシミとなって永遠につきまとう。

から公務員公務員を辞められない。

辞められないか公務員であり続けるためには何でもする。

そこに漬け込んだのが忖度犯罪である

雇用流動性の低さは、組織犯罪行為に対する抵抗力を人間から奪う。

逆を言えば、社会の上位に立ち忖度を受ける側からすれば、雇用流動性が低ければ低いほど都合が良いのだ。

それが改善されないことに疑問を持つもの無垢である

無垢なままでは食い殺されるだけだ。

強い者にとって都合がいいか日本では仕事が辞めにくく仕事につきにくいのだという事を改めて意識すべきだ。

自分たちの側で積極的に変えていかねばならんぞ。

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