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はてなキーワード: 表現規制とは

2017-06-24

【続報】クジラックスの件、マンガ模倣した男は妻子持ちだったと判明

被告犯行当時、妻子がいたというが、自転車で追い抜きざまに小学校高学年くらいの女児の体を触るなどの犯行を30~40件繰り返していたという。

  

放射能検査を装う 女児の体触った男初公判 容疑認め涙 類似漫画作者に県警申し入れ」

http://www.sankei.com/affairs/news/170622/afr1706220026-n1.html

犯人が妻子持ちってことは、成人女性とも普通に性的関係になれる男だということだよね?

ロリコン幼女相手じゃないと性的充足を得られない」という先入観鵜呑みにして、それゆえに危険だと敵視する意見も、性的マイノリティだと擁護する意見も、どっちも的外れじゃん。

  

  

  

ついでに言っておくと、クジラックス漫画で抜いているのは、ロリコンじゃねーから

これは案外オタクじゃないと分からないことかもしれないけど、二次元ロリキャラが好きなのと、三次元幼女が好きっていうのは、全然ちがうことだからね。

  

あと、クジラックス漫画で抜くからといって、他のエロ漫画でもロリキャラが出てくるものが好きだというわけじゃない。

そのへんは個人差がある話だろうけど、あまり無茶な単純化をしてほしくない。

表現規制の論者はオタクのことを何も分かってなくて、そのセクシュアリティ一方的に決めつけていたり、とんでもない勘違いをしている感じがあるなーとは思っている。

2017-06-22

pixiv論文問題オタク立場から考えてみた

 1ヶ月が経とうとしているpixiv論文問題ですが、皆様もそろそろ忘れてきた頃合いでしょうか。

 備忘録として、書きたい。

 問題の経緯や、研究上の・法的な問題、および女性オタクの側の事情についてはだいたい下でまとまっている。

https://anond.hatelabo.jp/20170525145352

https://anond.hatelabo.jp/20170527202448

https://anond.hatelabo.jp/20170528113521

https://anond.hatelabo.jp/20170530031948

https://anond.hatelabo.jp/20170531012221

 前提として書いておくと私はヘテロ男オタで、全年齢向けの二次創作一次創作同人好きな人であるR-18にはあまり触れることはない。最近はめっきり海鮮になったがちょっと前に二次創作小説を書いたことがあり、即売会でも売ったことがある。ついでに言うと研究者の端くれでもある。そういう立ち位置

 なのでやっぱり、そういう立場としては、腐女子の側をどうこう言う前に男オタの側の過去を振り返ってみる必要があるだろうなと思う。キチガイじみた腐女子叩きに加担したことはさすがにないけど(ていうかそんな腐叩きが蔓延ってたことも、後になって知ったくらいだ。けどまあ、知らなかったことは言い訳にならんよな)、腐女子文化に対する偏見蔑視のようなもの自分の中にあったことは否定できない。それは女性差別同性愛差別の複合だという主張ももっともで、実際の行為に加担したわけでなくとも黙認・許容することでそういう連中が跋扈する土壌を作ってきたことは、謝るほかない。

 けれど、今回の件で、一部のオタク(これは男女を問わない。ヒステリック論文側を叩いていた男オタ、一山いくらってレベルでいた)が、著作権法について何もわかっていなかったり、引用表現の一部なんだという大原則を忘れて表現規制を主張したりするのは、本当に醜悪光景だったと思っている。

 そして学問の側からは、文化人類学だのといった喩えも飛び出す始末で、なんというか、オタク尊重している風でいてオタク尊厳を傷つけている人が多いなって思った。ていうか、オタクの側から同人商業と一緒にしないで! という主張が出てくるのが、ほんと残念だった。

 私は、いくつものジャンルで、私を夢中にさせてくれる、そこいらの商業作品よりも全然おもしろい、二次創作同人小説を読んできて、そのたびに心が踊った。ワクワクしながらページを繰った。読み終えて長い余韻に浸った。そういった経験があるから二次創作だろうが商業作品だろうが、良いものは良いし、アニメだって漫画だって、主流派カルチャーとなんら劣るところのない、遜色ない芸術表現だと信じている。

 でも、世間一般では、それは単なるオタク二次創作だ。マトモな文化人や識者は鼻にもかけない。最近だとライトノベルだんだん市民権を得てきつつあるが、二次創作はそうじゃない。それにオタクの中にも、まあ、でも、所詮俺らのやってることは二次創作だしな、っていう意識一定数ある。

 そんななかで、そんななかでだよ?

 著作権法は、いっさいの差別をしていないんだ。

 いったん公表した著作物であれば、村上春樹だろうがピコ手エロ同人だろうが、同じ枠組みで保護し、同じ枠組みで義務を与えてくれているのは、大げさに言えば著作権法だけだ。

 著作権法は、村上春樹小説を無断で全文アップロードすることが違法なのと同じ理由で零細同人作家薄い本を無断でアップすることも違法なのだ、と言い切ってくれる。著作権法は、誰かが勝手村上春樹作品自分が書いたと偽って発表してはいけないのと同様にBL二次創作の著者名義を勝手に騙ってはいけないのだ、と保証してくれている。そして、今回問題になったように、村上春樹小説が好き勝手引用されていても拒否できないのと同じ理由で、合同誌に書いたヘボ小説引用されあれこれ分析されても諦めなさい、と告げてくれる。

 これは、考えようによっては、すごく誇らしいことなんじゃないか

 法律に守られた著作者である、というその一点で、私たち村上春樹と対等なのだ。同じ地平に立っている。少なくとも、著作権法という枠組みの中では。

 私はオタク文化は主流文化と対等だしそうであるべきだと強く信じている。けれど、著作権フェアユース規定がなかったり、オタク蔑視が残っていたり、オタク側の自虐自己防衛もあったりして、なかなか対等だということになっていないのも受け入れている。それはもう、仕方のないことだと思う。

 でも、だからって、既に得ている法的な対等の地位を捨て去ろうなんて主張に、頷けるわけがない。同人商業と同列に考えるな、って主張は、一見もっともらしいけど、でも、「立場の弱い作品」として保護しようとか保護してもらおうっていうのは、対等じゃなくなるってことだ。かつて私の胸を揺さぶったあの感動が、商業作品よりも面白いと思えたあの作品が、「しょせん同人」になるってことだ。

 創作の楽しさと苦しさを知る者として、それは、やっぱり嫌だ。創作は胸を誇れる素晴らしい趣味で、あらゆる作品は同じ地平に立っているんだと私は信じたい。私の書いたヘボ小説や、私を作ってきた素晴らしい二次創作小説を、私は貶めたくない。下手くそだ、と言われるのは私がヘボ字書きってことなので甘受するけど(くやしい! 次はもっといいものを書いてやる!)、そもそも商業とはまるで別物のお遊びなんだよ、と言われることは悔しい。だってそこには、紛れもない、本当の感動があったんだから

 だから、私は、同人小説だろうが好き勝手研究報道引用していいんだよ、と強く言いたい。これ引用していいの……? とためらっている研究者がいたら、いいんだよ、と背中を押してあげたい(もちろん、不安なら許可取れば? とアドバイスはするだろうが)。だって村上春樹小説は、好きに引用していいんだから私たち文化が主流文化と対等であろうとするならば、そうされることを受け入れるべきなんだ。

 私たち文化は、「保護」を与えてもらわないといけないほど、か弱く、脆弱で、稚拙ものではない。私たち文化は、そんなに惨めなものではない。

 同人作品には商業作品と違った研究倫理著作権に関する考え方を適用すべきだ、という主張は、オタク権利向上に反する。だから私は、オタクとして、その主張を否定する。

 私たちは、オタクは、もっと強くあるべきだ。

2017-06-21

https://anond.hatelabo.jp/20170621181409

リベラルで、かつ表現規制に反対の人ならば、おなじリベラルから出てくる表現規制の推進派を苦々しく思ってそうだぞ。

  

はてサ自分リベラルからこそ、表現規制しようとするリベラル勢には失望し、ブチ切れそうになっていることもあるだろうと思う。

見栄や立場的に言わないだけで。

リベラルオタクから嫌われる理由

正確に言い直すと、「保守派リベラルの両方に表現規制派がいるのに、リベラルけがオタクから嫌われる理由である。 

  

結論最初に書くと、それはリベラルが"自由"を重んじる思想からである

従来は男だけが持っていた自由を、女にも与えましょう。女は結婚前にセックスを楽しんでよいし、好きな相手恋愛結婚をしてもよい。ファッションだって好きなものを選んでよい。この自由を拡大し、もっと確固たるものにしていきましょう。――これがリベラリズムの考え方だ。

そうやって普段から自由自由と言ってきた奴らが、「エロ漫画を楽しむ自由」を奪おうとしてきたら、そりゃ当然、オタクたちだってブチ切れるわwwと思う。

  

これに対して、保守派は、自由というもの価値を重んじていない。

現代保守派は、上述したくらいの権利女性に認めてはいる。しかし、それは既存社会慣習を承認したというだけのことであって、自由という観点からその権利積極的擁護するものではない。

から保守派から表現規制の声が出てきた場合オタクはそれに危機感を抱きこそすれ、「嘘つき野郎に裏切られた」という失望はない。そのため、保守派に対して怒りが爆発することもないのである

  

  

  

もうすこし詳しく見ていこう。

リベラルは、差別偏見を無くすために"理性"を用いる。人の感情はややもすると差別偏見に傾きやすものなので、感情より理性を優位に置くことで、その目的を達成しようとする。

  

こういう方針普段活動しているリベラルが、オタクへの差別偏見に加担しているとすれば、ほんとうに目も当てられない。

差別偏見には2種類あって、事実に基づかない悪評を立てることと、尊厳を傷つける罵倒を浴びせることである表現規制派の中には、この2つを兼ね備えている凶悪な者も多数いて、それはオタク側に強烈な反発を呼び起こしている。

  

一方、保守派はこの点においても有利である

なぜなら、彼らはリベラルと違って、理性を重んじていないからだ。彼らはそのかわりに、人の心に芽生える自然感情と、それによって作られてきた社会の慣習を重視する。したがって、差別偏見の撲滅にはどうしても関心が薄い。

もしこの保守派リベラルと同じくらいの方法オタクバッシングしたとしても、それは保守派普段姿勢とあまり矛盾していない。これはオタクから見て、リベラルほどには欺瞞的と思われずにすむのである

  

  

  

さいごに、「リムジンリベラル」に通じる問題をあげておく。

アメリカでは、リムジンに乗れるようなセレブたちが華々しい舞台リベラル思想を賛美している。ヒラリートランプ選挙戦でも、レディー・ガガヒラリー陣営応援に駆けつけていたことは記憶に新しい。

その光景を見た労働者たちは、いったい何を感じたであろうか? 言うまでもなく欺瞞を感じたはずだ。――"平等"を訴えている人間がなぜ大金持ちのセレブなのか、なぜ彼女たちはその資産放棄するつもりがないのか。労働者からこういう反発が出てくるのは当然といえる。

  

私が思うに、この視点は、オタクリベラルを敵視する理由についての分析にも適用できる。今日では「リア充」「オタク」という対立項を設けることの有効性は揺らいでいるが、あえてこの構図で話してみよう。

リア充は、リベラル思想受益者であるリベラル思想禁欲的な性道徳を排して、女性主体的恋愛セックスを楽しむ権利擁護する。これによって利益を得るのがリア充の男女である

一方、オタク非モテであって、この点では受益者たりえない。オタクリア充嫉妬しながら、アニメなりエロ漫画オナニーにふけって日々を過ごす。

  

さて、このリア充リベラル思想にかぶれたあげく、「表現規制を推進するぞ」と主張しだしたら、オタクはそれをどう思うだろうか?

リア充自身享受してきた自由恋愛セックス自由)がいか正義にかなっているかいか人間的に豊かになれて素晴らしいものであるか、そのことをリベラル思想を使って堂々と力説してみせる。その一方で、オタク側の自由アニメなりエロ漫画オナニーする自由)を容認せず、それを不健全で汚らわしいだの正義に反するものだとして攻撃しているのだ。

これは猛反発を招くに決っている。

  

この点においても、やはり保守派は有利である保守派は、もしリベラルと同じ程度の自由恋愛セックスのあり方を容認するとしても、それをわざわざ言葉にして語らない。リベラルがそれを「自由」と位置づけて熱弁をふるうのとは対照的だ。

ゆえに、保守派がいざ表現の自由の抑圧者として現れたときも、オタクからはあまりまれずにすむのである

  

  

  

6/22追記 ブコメ返信

coldsleepfailed アメリカの例だけど、保守層って宗教的理由からかなり厳しいので例としてはピンとこない。日本保守って共同体主義的な感じがあって日本の伝統では性風俗は緩い所もあるから

本文中に書いたとおり、リベラルは、女性主体的恋愛セックスを「自由」と位置づけて擁護します。

さらにその自由の拡充に努めます。例えばフェミニズムアプローチのように、DVや性暴力の根絶をめざしたり、性教育を充実させるなどして、女性たちが安全にその自由享受できるようにするわけです。

  

逆に、宗教保守は、禁欲的な性道徳を掲げていて、「女性危険があるなら自由は無いほうがいい」という立場です。彼らの主張によると、自由恋愛セックス危険ものです。女性が傷つくのを防ぐため、それをある程度は禁止することが必要なのです。

  

あと、世俗主義保守派は、現状肯定をしているだけです。日本保守派はこっちが多数派だと思うんですけど、女性主体的恋愛セックスを楽しむことについては特に禁止しません。それは社会にすでに存在する慣習として容認します。

彼らはそれを端的に容認するというだけのことであって、「自由」の観点からわざわざ擁護をしたりはしないのです。ましてや、それの拡充をめざして努力するということもありません。

  

こうして見ていくと、やはり、リベラルが一番「自由」の価値を語りたがっていますリベラリズムとは自由主義という意味なのだから、これは当然の結果といえます

  

  

  

6/22 12:55再追記

quick_past 狭い了見でオタクって存在規定しまくってる上に、コンプの固まりから全体の自由には抵抗がある(でも自分たちの事はとやかくいうな)って宣言しちゃってるけど、それこそオタク分断する上にバカにしてないか

本文中にも書きましたが、「リア充」「オタク」の対立項はあまり厳密なものではありません。私もこれが雑な議論だというのは認めます

しかしながら、リベラル表現規制の論者に「リア充」の要素が加わると、それはオタク側の猛烈な反感を呼び寄せます。たとえその原因がコンプレックスの固まりからなのだとしても、この現象については一考の余地があると思います

  

あとそれに、「コンプの固まりから全体の自由には抵抗がある(でも自分たちの事はとやかくいうな)って宣言しちゃってる」という見方は、それこそが典型的オタクへの偏見じゃないですかね?

私が提唱した「オタク」像の中には、リベラルを支持するオタクも含まれます。そういうオタクは、自分コンプレックスとは内心で折り合いをつけるし、理性的判断に従って他者自由尊重しようとします。例えばリア充の男女だけが受益者となる自由についても、当然ながらそれを尊重するでしょう。それなのにいざ表現規制問題になったときは、リベラルから攻撃されて、その思想にかぶれたリア充にも蔑まれるわけですよ。これが強烈な怒りになるわけです。

リムジンリベラルの話にもどすと、セレブリベラル思想を説いているのを見たとき反感を抱く労働者は、すべてがすべて反リベラルだというわけじゃないんです。中道無党派労働者は言うまでもなく、リベラル支持者でさえ、それに反感を持ちうるということの方が肝要です。

そして一つ注意するべきは、リムジンリベラルにどれだけ強い反感を持ったからといっても、その人がただちにリベラルへの支持を止めるわけではないということです。反感を持ちながらも支持を続けることは十分可能なのです。

私は、オタクリベラルを嫌うときの、その反発の感情について分析しましたが、感情ただちにその人の政治信条を決定づけるわけではありません。「リベラルに反感を持った奴はリベラル支持者ではない。そいつネトウヨになる」などという見方偏見だし、短絡的すぎます

  

  

  

6/22 22:09再々追記

tick2tack なんだこれ。「僕の考えたリベラル」感がすごい増田。とりあえずリベラル語るなら社会的公正というとこから始めるべき

社会的公正の概念については論じるのが厄介ですけど、このエントリは、自由放任主義リベラルというような定義で書いたのではありません。

例えば「女性自由」について言うと、保守派が現状をそのまま放任するのに対し、リベラルはその拡充をめざす立場だと私は書きました。リベラル性教育の普及、性暴力の根絶のような施策積極的におこなうのです。

リベラルから表現規制もこの文脈で出てくるのだと思いますが、何をどの程度に規制すればいいかという統一見解はありません。社会的公正はきわめて多義的で、あいまい概念にならざるをえないのです。それにも関わらずリベラルがこの概念を用いるのは、それが真の意味自由を実現するために必要方法だと考えるからでしょう。

これは結局のところ、リベラル保守派より「自由」の価値を重視しているからであって、やはりそのすばらしさを熱弁する傾向を有するということなんです。

IkaMaru 「自分たちは気分で政治を選びたいんだ。放っといてくれ」というならもうどうしようもないけどさ。そんなんで世の中の平均よりも知に軸足を置いたクラスタのつもりでいるならお笑い草だよ?

オタク」の中には、いくら不愉快になってもリベラルへの支持を続ける人がいるし、逆にそっと黙って離れていく人、アンチになる人もいるでしょう。けっして気分や感情けがその人の政治信条を決めるわけじゃありません。けれど、全く影響しないということもないはずです。どれくらい影響するかは知りません。勿論、最初からリベラルという人もいるでしょうし、ひとまとめにして語るのは軽率です。

ところで、リベラルの側には、「オタクが俺たちに逆らってきたからムカつく。こっちはもうオタクを助けてやらないぞ」と言っている人たちもいます。こういうのはまさしく気分に従って政治方針を選んでいますし、あなたに言わせれば、知的に劣っていてお笑い種なやつらだということになるんじゃないですかね?

私はこの点については、オタクが弱小の集団から、それでやっぱりナメられているんだろうなと思う節があります。例えば安倍政権が続いているのは、オタクがそれを支持しているからじゃなく、「労働者」なり「女性」という集団がそれを支持しているからです。しかし、そういう普通集団リベラルからまれないし、報復をほのめかされることもないのです。

agricola リベラルにとって表現の自由は数多ある権利の一つという位置づけなので、他の権利との衝突で表現の自由制限されることもしぶしぶ容認するし、いやいやながら手を貸すこともあるわいな。わがまま片思い乙(嘲

他人権利との衝突により、自由制限をするケースがあることはやむをえません。しかし、リベラルは「自由」の価値を重んじる思想なのですから、そういうことをやると欺瞞的と見られて、反感を買いやすいというのが本エントリの主旨です。

あと、リベラル自由制限をするときに「しぶしぶ」というのは、本当にそれが文字通りならいいんですけど、実際には全然そうではなかったり、少なくともオタク側はそう見ていないってこともあるんじゃないですか?

本文中にも書いたとおり、リベラルの中には、偏見まみれにオタクを殴りながら表現規制を訴えている論者もいますし、到底"しぶしぶ"ではなく積極的表現規制をやろうとしている論者もいるのです。もちろん、これは私の観測範囲問題かもしれません。

そしてもしリベラル(とくにリア充リベラル)がそういうことをやったとすれば、保守派がそれと同じことをした場合とは違って、オタクから何倍も激烈に恨まれることになると思います

k-takahashi 生活保守おっさんがオタ趣味叩きをしてきたとしても、しばらく低姿勢でいれば「直接迷惑がなければ好きにしろ」となることが多い一方、自称リベラル極右ジェノサイドを仕掛けてくるので話にならんことが多い

とくに前置きせず「規制」という言葉を使うと、それがゾーニングの強化ではなく、表現物の抹殺であると思われてしま問題があるのかもしれません。(いやまあ実際に、過激な性表現とかロリコン表現に関しては、それをゾーニング対策するだけでは許そうとせず、その存在自体世界から焼き尽くそうとするリベラルの論者もいますけどね……。)

この点はやはり、規制推進派が何をもって「規制」と言っているのか、たびたび不明瞭すぎるのです。そのことが問題をややこしくしていると思います

(参考「クジラックスの件で分かった、2つの表現規制派」https://anond.hatelabo.jp/20170617222457

  

  

  

6/24 12:16追記

Arturo_Ui 「"自由"を無制限拡張すれば他者の"自由"と衝突してしまう。何をどこまで認めるか、社会的議論必要だ」って前提を共有できないなら、問題は「リベラル不寛容」ではなく、「オタク側のヘタレぶり」じゃないの?

これは立場によっても、物の見え方が変わりますリベラル自由調停者として誠実にふるまっているつもりなんでしょうが、それによって自由制限される側は、どうしても調停を受けること自体を嫌がる傾向にあります意見をまったく聞いてもらえずにバッシングされるんじゃないかという危惧もありますヘタレと言われようが何だろうが、それならば調停拒否してゴネる方が得策です。

それに、「自由同士が衝突しあって調停必要なほどの深刻な事態になっている」という現実認識にも根本的な差異がありますオタク自分たち一方的イチャモンをつけられたと思っているので、自由調停するだの、そのために議論だの、現時点ではそんな必要がないと考えているわけです。

リベラルは、特に問題ないことを大げさに騒ぎ立ててイチャモンをつけてくるチンピラとは何が違うんですか? 例えば、あるリベラルの論者が自分自身のことを誠実な調停者だと思いこんでいたとしても、客観的に見れば、そいつ調停不要のところに因縁をつけているだけのチンピラという場合もありえます調停者がチンピラから話を聞いてもらえないのか、それとも調停を受ける側が身勝手理由でゴネているのか、これは多分ケース・バイ・ケースでしょうね。

月並み結論になりますが、リベラル調停者としての誠実性をもっと追究しなくちゃいけませんし、オタクリベラルが正しい事を言っているときには"社会的議論"に応じなければなりません。ですが、相互信頼関係リスペクトが欠如しているし、そういう理想的な形にもっていくのは難しいと思います

2017-06-17

クジラックスの件で分かった、2つの表現規制

ヘイトスピーチ規制するのにクジラックス規制しないのはなぜか

https://togetter.com/li/1120827

表現の自由に関して。

いまさらだが、表現規制派は、大きくわけて2つあることに気がついた。

  

一つ目は、ポリコレ派、ゾーニング派というべきもの

この立場クジラックスが描くエロ漫画に対し、その作成・配布・所持の権利尊重する。

それと同時に、「あまり目立つ場所には出てくるな」「ゾーニングもっと強化しろ」という条件をつける。

他には、「模倣犯を出さないように注意書きを載せてくれ」という要求もこれに含まれる。

これはどれだけ厳格な規制を求めているとしても、漫画存在のもの抹殺するものではない。愛好者たちはこの世界の片隅に追いやられるだろうが、そこでエロ漫画をひっそりと楽しむ分は権利保障される。

  

二つ目は完全な規制派だ。たとえるならば欧米っぽい方式であろうか。

これは、クジラックスが描くエロ漫画を「児童ポルノ」と見なす立場である

この場合、どれだけゾーニングを厳しくおこなっても、フィクション作品だという断り書きを付記しても、ああい漫画児童ポルノに当たる。だから作成・配布をしてはいけない。さら単純所持ダメということになる。

  

上記2つとは少し違うが、これ以外には「漫画の内容を変えろ」という主張もあった。

これは、「漫画の内容をマイルドに変えろ。さもないとゾーニングを強化してやる」という意味ならば前者になる。

一方、「けしからん表現があるから修正しろ。さもなくば世界から抹消してやる」という意味ならば後者になる。

  

はてサリベラルフェミニズムの人たちは、どっちの味方につくの?

  

  

  

追記(2017/6/19)

id:cloq ゾーニング強化ってあれ以上何ができるの? 違法アップロードサイト攻撃して石器時代にもどすとか? 警告文はイベント主催とか販売サイトクライテリアにするのがいいかもね。知らんけど

ゾーニングの強化をやろうと思えば、厳しくする方法いくらでもあります一般公開されたTwitterブログでの宣伝行為禁止して、それに違反したら罰金を科すとか……。

模倣犯を出さないようにする注意書きにしてみても、現状でそれを義務付ける法律はないのです。だから、そういう意味でまだ不徹底と言えるかもしれませんね。

私は必ずしもゾーニング強化に賛成するわけじゃないですが、ただ逆に、ゾーニングを完全撤廃して自由にさせろ、成人指定も外してしまえと言っている人はほぼ皆無だと思いますゾーニングのあり方については、たびたび再検討が求められるでしょう。

id:hanyan0401 ゾーニングの強化を主張をされる方は、例外なく現在ゾーニング施策に関する情報を有していない印象がありますコンビニグレーゾーン誌は通常の成人向け雑誌よりも表紙等配慮されているということすら知らない。

それ以前の問題として、規制必要だと言っている人たちが、いったい何のことを指して「規制」と言っているのか不明なのです。ゾーニングを強化した上で漫画の存続を認めるのか、それとも存続をまったく認めずに漫画抹殺しようとしているのか?

前者ならば、あなたのおっしゃるとおり、既存ゾーニングについて正しい知識を共有してもらって適当な落とし所を見つけることが可能です。規制は結局のところ程度の問題だし、たとえどれだけ厳格なものになったとしても、漫画を楽しむ権利はぎりぎりのところで残ります

後者については、そういう落とし所がないのです。フィクションである漫画(ひいては文芸)の表現に、絶対に描いてはいけないものを定めることになります

id:santo ゾーニングベストと思うけど、公式ゾーニングしても違法サイトダダ漏れなのは、どうすんだろうね。かといって監視社会も嫌だしなあ。

海賊版は、興味を持ってインターネット検索しないと、普通アクセスができません。自分がわざわざ探してきたものに対し、「ゾーニングが不徹底だ」という不満を漏らすのは、さすがにちょっと筋違いかなと思います

もっとも、上述したTwitterでの宣伝行為とか、2ch掲示板での拡散行為まとめサイト画像が多数転載されているのも事実です。その点については、ゾーニング強化で対策する余地があるかもしれません。

id:quick_past そもそも自由というもの各自がその責任を負い、そのうえで注意深くハンドリングして成り立つものだよ。何かを消費するとき、どうじにそうした自分が何かを傷つけてないかに想いを置くものでは。

今回の件では、このような意見をたくさん見かけたんですが、良識ぶってこういうことを言う奴が一番ダメだと思います

自由には責任が伴う」「他人迷惑を考えろ」と頭ごなしに叱りつけて、ものすごく理不尽校則を押しつけてくる体罰教師みたいなもんです。そういえば一部の政治家も、「権利には義務が伴う」(権利ばかりを求めるのはワガママだ)という言い回しで、国民の諸権利弾圧しようとしています

言うまでもなく、一人の市民としては、自由とその責任について考え続けることが大切です。しかし、威圧的にふるまう国家権力(とそれに味方する人々)が、今まさに規制されようとしている側に向かって「責任を果たせ!」と恫喝するのは、何ともイヤな感じがします。

それならばせめて、具体的に何をどうしたら責任を果たしたことになるのか、規制推進派が最初に述べるべきだと思うんです。改善点とその合格ラインをあげず、やみくもに責任だの規制だのと言ったら、それは「性表現を全廃しろ」という意味にも取れるんです。こんな言い方をされると、表現活動はいちじるしく萎縮してしまます

ここに一人の腐女子がいた

彼女ネットで「BLは隠れろ隠れろ!腐女子はこんなに迷惑をかけてる上に自浄作用がない!」という声が大きいので、BLは隠れるのが正しく、腐女子は多くが迷惑存在なのだ自分はそんな風にはならない、と思った

少し経つと、彼女は男オタクが鍵もかけずにツイッターなどでエロを公開し、ニコニコ動画卑猥コメントを書き散らしていることなどに疑問を抱いた。そんなに腐女子が、腐女子けが悪いのか?

はじめは、「腐女子は男オタクガーとか責任転嫁するな!男オタクだってマナーを問われてる!」と言われて納得しようとしたが、

次第に疑問や不公平感は大きくなり、そんな時「腐フェミ」と呼ばれる人たちが「女ばかり、腐女子ばかり自重しなければならないのは不公平!それは差別だ!男オタク自重しろ!」と言ってくれた。BL解放論には、未だに「隠れるのが正しい」という考えが抜けず乗れなかったものの、男オタク自重しろ、と一緒になって言った

そんな腐フェミ敵対関係にあったのは、男オタク中心とする表現規制反対派。しかしある日、表現規制反対派の人たちが「腐女子自重しなくていい。自由にしていい」と言ってくれた。自重派の腐女子と戦ってくれた

https://togetter.com/li/950038

これこそが表現規制反対派の正しい姿なのだ腐女子表現の自由も守る。腐女子隠れろが正しいと信じていた彼女の前に新たな道が拓けた気がした

しかし、そのたった2ヶ月後、「カラ松なんとか我慢大会」というタグトレンド入りした

オタクも女オタクもみんなそれを叩いた。腐女子は隠れろ隠れろと騒いだ。タグ作成者炎上した。垢消せと責められ、あちこちまとめサイトに取り上げられ、謝罪後も許されなかった。

隠れなくていいなんて嘘。うっかり表に出てしまったらどんな目に合うかをまざまざと見せつけられた。

表現規制反対派はだんまりだった。何人かはチラホラ擁護していたが、殆どはだんまりだった。

腐女子はどうしていいかからなくなった

警察が家に来るだけでも自主規制が増える可能性がある」っていう言い分はずるくない?

警察拘留されたとか法で規制されたというわけではなく、

自主規制の恐れがある!」と言われても勝手しろよとしか思えない。

しか現実事件関係していたからという理由があるのに。

それはもう業界問題であって、表現規制とかの話じゃないでしょ。

警察じゃなくて編集プロダクションに言いなさいよ。

大体理解を示して穏便に話を聞いてくれた警察を叩いて、

乳首チンポはニッチジャンルから」っていう編集一言には屈するような表現の自由って何?

漫画家人達は本当の敵がどこにいるのかもうちょっと考えたほうがいいと思う。

2017-06-16

https://anond.hatelabo.jp/20170616214646

そんな雑な主観言い訳オタク全般に殴りかかって殴り返さないで許してちょってのは甘えた了見だよねw

サヨがウヨよりオタクに嫌われてるのはオタクに対する変な攻撃ウヨよりずっと多いからじゃん?

表現規制問題ですらサヨは敵に回る存在するだとしか思われてないし実際そうだし

クールジャパンとか言ってるよくわかってないウヨおじさんの方がサヨよりはよほど善意的で好意的だという評価だよもう

クジラックスの件に見る危うさ

今回の件を見ていて、本気で「ロリレイプ漫画なんかを楽しむことは許すべきではない」と表明する人がいる、しかもこんなに大量に、ということがわかって絶望的な気持ちになった。表現思想の自由って本当に危ういものなんだと実感する。

自主規制規制ではないので率先してヤバイ表現自主規制するのが当然と主張する人が多いことにも驚愕。またそういう人が、性器修正ゾーニング自主規制と捉えていないのも頭が痛い。

今回の件はエロ漫画からロリペドおたくが騒いでるだけという意見にもうんざりする。過去何千回も議論されてる通り、最低のエロ表現の自由を守れなかったら結局は他の表現言論まで規制が拡大することがわかっているから重大に捉えているわけで。どうやって作家の住所を調べたのかもわからない警察が突然自宅訪問して申し入れをしてきた、というのは普通に表現界隈にとって強烈すぎる出来事だ。

被害者を気遣う意見が少ないというのは一理あるかもしれないが、こういう比較は最低だけれども被害者が一人の強制わいせつ罪国家権力による表現規制の動きを比べれば、後者への意見に偏るのは仕方がないと思う。特に文字数の少ないはてブでは。繰り返すがこんな比較はしたくないし自分で最低だと思うけど、それを論点にして人格攻撃的なことをしてる人がいたので一応言っておく。

しかし当然、セカンドレイプ的な発言は最低だと思う。直接被害者に絡めた発言はまだ見ていないが、周囲がクジラックス武勇伝的に語ったり盛り上がるのは慎むべきだとは思う。

そういう意味ではクジラックスの例の画像ツイートも危ういが、本人も被害者と見ることもできるので微妙だとも思う。逮捕経験者のろくでなし子も言っていたが、突然ガタイのいい警察官複数が直接自宅を訪問してくるなんて恐怖以外の何物でもないし、精神的なダメージも相当受ける。ツイートを見ると事前連絡すらなかったようだし、騒ぎもこれだけ広がれば普通は消耗しない方が珍しいと思う。

これまでの流れを見る限り、その程度の仕打ちロリレイプ漫画なんて書いてるんだから当然だという人もいそうなんだけれど、それはもうなんていうか話にもならない。。

表現の自由フェミニストを追い払うマジックワードじゃない

クジラックス先生の件、作者の追記を読んだところ

警察がきて「紳士的に」お話を聞いた

・作者は穏便な話の流れで「もうがいがぁかうんたぁ的なものは書かないだろう」と発言あくまで作者の意思として)

・それを受け警察広報が「作者はショック、同趣旨のものは書かないと発言」とアナウンス

こんなところだろうと推測される。

うん、これめっちゃやばいね??

Twitterではお気楽な「ポリス友達」論が散見されるが冗談じゃない。危機感なさ過ぎ。

そもそもみんな大好き「表現の自由」は、ずーーっと公権力との戦いなんだよ。

創作物検閲されない・差し止めされない・問答無用で黒塗りされない自由表現の内容によって創作者が処罰されない自由。これらは裏を返せば、「表現の自由」は検閲処罰をしうる国家機関に対抗するためのものであり、憲法21条は表現者が萎縮せずに活動するためのお墨付きである、ということ。これが大前提

例外として、私人プライバシー権などとぶつかり合うこともある。詳しくは石に泳ぐ魚事件を参照)

Twitterで「表現の自由の敵」と聞いて思い浮かべるのは、まずフェミニストリベラル左翼……ってとこじゃない? のうりんにメグにみちか、全部奴らにやられたんだ!おのれ表現規制派め!俺達の二次元美少女を守れ!!……

違うんだよ。

そいつらは、対立相手かもしれないけど、敵じゃない。

なぜなら、そもそも批判批評は立派な言論でありそれ自体表現の自由として守られるべきものから。(批評に対する批評批判に対する批判言わずもがな

そして、いくら二次元美少女表現炎上したところで、フェミリベラル強制的にそれを取り下げたり、ましてや発信者を罰する権限なんてない。(取り下げさせられたように見えても、それはあくまで発信側のイメージもしくは経営戦略に基づく判断

それができるのは、公権力

たとえるなら、リベフェミオタクは「表現の自由」という名のリングの中で日々激しく殴り合ってる状態。かたやポリコレ棒、かたや二次元isフリーダム棒をぶんぶん振り回しながら。

でも公権力は、そのリングごと破壊する力を持ちうる。もしかすると、ファイターもろとも葬り去る力も。

今回のクジラックス先生の件は、でっかいチェーンソー持ったゴリマッチョ男性がにこにこしながらリングの近くに寄ってきて、リングの中の「がいがぁかうんたぁ的な部分」をトントン、ってして見せたってことだと思う。チェーンソーの刃先で。

果たして今後、その部分の上でフリーダムぶんぶん回しながら戦おうって思える? 本人だけじゃなく、周りのオタク戦士達も萎縮せずに戦い続けることができると思う? 「リ、リングは広いし、別にここじゃなくても戦えるよね!」って、自主的にその部分は踏まないようになっていくんじゃない?

気づいたときには、戦えるリングものすごーく狭くなってるかもしれない。別に誰かに怒られたり、処罰されたわけでもないのに。あくま自主的に、少しずつ、「正しい」場所しか足をおかなくなるかもしれない。

危惧されているのは、そういう状態

からもっと怖がらないと。騒ぎ立てないと。異常なことなだって声を上げないと。

この件に関して、正常性バイアスの極みともいうべき「毎日新聞かいマスゴミが大げさに騒いだだけw」みたいなツイートが何千とRTされてるのを見た。

これはまずいよ。飼い慣らされてるってレベルじゃない。

マスコミ役割アメリカではウォッチドッグなんていうけど、それは市民のために権力暴走・腐敗を監視し、主権者たる国民に伝えること。(どこぞの大手紙が政府公報になってた事実最近明らかになったけど)

今回の件は、アポなしダイレクト表現者権力こんにちはしちゃった一大事なんだからマスコミが伝える→市民が知るっていうプロセスを経て可視化していくのはとっても大切。むしろもっと大々的に報じてくれ案件

それをまさかオタクから攻撃して、権力側の肩を持ち始めるとはね。さすがに予想外だった……とはいえないかな。規制推進派の旗振り役を俺達の○○!って長らく持ち上げてきた前例もあるし。

もうさ、さすがにそういうの卒業しませんか?

お前らが寄りかかってるその大樹は、お前らの味方じゃないよ。

ここらで目醒ましておかないと、本当にやばいことになるよ。

追記。

ここまで書いておいてなんですが、実在被害者複数いる事件があったにも関わらず、クジラックス氏のツイートに群がるイキリオタク共が茶化したり武勇伝に仕立て上げようとする姿、まぁ醜かったですね。規制もやむなしと心情的に思わせてしまう何かがそこにはあった。軽蔑します。

https://anond.hatelabo.jp/20170615204441

表現規制ができないか自主的規制しろって、実質的表現規制じゃん

自主的というのは本人が自分意思自由に行うものであり、他人要求してる時点で自主的でも何でもない

規制派のこの手の都合のいい誤魔化しは本当に腹が立つ

クジラックス問題に対する意見の法的見地から考察分析

 未成年に対し強制的性的行為を行ったとされる容疑者同人誌に影響されたと供述し、警察がその作者に「申し入れ」を行った、いわゆる「クジラックス問題」を受けてさまざまな意見が表明されている。これら議論については表現の自由を考えるにあたって当然歓迎されるべきことであるが、それらのなかには法的に根拠が薄い、もしくはないものも含まれている。そこで本稿では、こういった意見を分類して法的見地から分析を試みる。

表現の自由について

 今回の問題にあたり、前提となるのが表現の自由である。これに対し意義を唱える人は少ないだろう。もちろん大衆には表現の自由を与えるべきでないと考える意見もあるだろうし、実際そのような国家存在する。しかし、日本においては憲法二十一条において一切の表現の自由保障されている。そのため、以下では表現の自由原則として認められるという前提で議論を進める。

 さて、表現の自由については憲法言及されているものの、無制限保障されているわけではない。憲法第十二条、第十三条においては国民自由権利濫用してはならず、公共の福祉に反しない限り最大の尊重必要とするとされている。「公共の福祉」についてはさまざまな解釈があり、憲法で明確に定められているわけではない。しかし、憲法制限される場合があると定めているのは事実であり、現行の憲法上「表現の自由は無制限に認められるべき」という主張はやや難しい。

公共の福祉」の解釈

 表現の自由に制約を課す「公共の福祉」の解釈であるが、これは複数の説が存在するものの、現代日本においては社会他者に損害を与えることがない限り制約されない、という考え方が主流である。これに従うと、「未成年に対し相手意志に反し強制的性的行為を行う姿を絵や文章で描く表現」が社会他者に損害を与えるか否かというのが第一の争点となる。

 ここで留意したいのは、「自分はこの表現嫌悪感を感じて損害を受けたか規制しなければならない」という主張は成り立たない点である。ここで発生したという損害は精神的損害に相当すると考えられるが、現代民主社会において第三者を描いた表現による精神的損害というものが認められたケースはない。表現を見て嫌悪感を感じるかどうかは人による差異があり、かつその損害も限定的、見ないという選択肢提供されているなどがその理由である

 また、国によって前提となる文化は異なることから、「海外ではこの表現規制されている、だから日本でも規制しなければならない」という主張も根拠はない。たとえば熱帯地方で男女とも上半身裸で過ごすのが普通文化圏においては、上半身が裸の女性の姿を描くことを規制する意味はない。これに対して「海外では猥褻」という理由規制を行うのは文化侵略となってしまう。あくま日本における表現規制は、日本における文化背景、世俗基準として規制すべきなのである

表現に人は影響されるのか

 さて、今回の事件で大きな議論となるのは、「犯罪行為表現に影響されて人が犯罪行為に至るかどうか」という点であろう。これは過去にも多くの研究がされているが、統一的な見解は得られていないのが現状である。今回の事件においても、容疑者問題表現を見て犯行を思いついたのか、それとも元々犯意があったうえで問題表現を見て模倣したのか、はたまた自分で思いついたが「言い訳」として問題表現を上げたのか、本当のところは不明である

 とはいえ、表現人間に影響を与えることはない、とは言い切れないのも事実である。実際のところはケースバイケースで、影響を及ぼすこともあればない場合もある、というのが現実であろう。こういった状況下においては、「表現犯行の間に相関関係はなく、表現社会に悪影響を与えることはない。そのため規制できない」という主張が認められるのは難しいと思われる。

 現実としては現在未成年に対し相手意志に反し強制的性的行為を行う姿を絵や文章で描く表現」は規制されていない。それは、影響を及ぼす可能性はあるがそれはレアケースであり、表現の自由制限するほどのものではない、との意見一般的からであろう。そのため、もし今後同様の事件が頻発したとしたら、規制が認められるようになる可能性はある。

 今回の問題現実的な争点はここにあり、規制派は「社会に影響を及ぼす可能性があり、さらにそれが高頻度で発生する可能性がある」ことを、反規制派は「社会に及ぼされる影響は小さく、その頻度も小さい」ことを証明することを目指すべきであろう。

 なお、問題表現について「社会的利益にならない」ために規制を主張する意見もあるが、前述のとおり表現の自由への制約は社会他者への不利益のみを根拠に課すことができるとされている。そのため、こういった主張について法的な根拠はない。

 いっぽう、犯罪行為を描いた表現一般的には規制されておらず、漫画表現けが規制対象として挙げられるというのはおかしいという意見があるが、これについては漫画表現画像を用いるものであることからより臨場感があり影響を与えやすいため、という一定根拠存在する。ただし、より影響が大きい映像という表現方法存在するため、もし漫画規制された場合は当然ながら映像規制されることが妥当であろう。

まとめ

 今回の淫行事件については誠に遺憾であり、加害者は当然その責を負うべきである。また、これを機に表現規制に関する議論が進むことは歓迎すべきことであるしかし、その根拠となる法や慣例、文化理解せずに思い込みで主張を行っている例も見られる。表現の自由民主主義の根幹であり、軽んじてはならない。その原則理解したうえでの適切な議論が望まれる。

2017-06-15

同人誌界はクジラックスの件を受けて自主規制するべき

私は国家公務員です。男で22歳です。ノンケで年上の女性が好きです。

クジラックス漫画を真似て実際に少女レイプした事件きっかけに表現規制についてネット上ではまた活発に議論されている。

この騒動児童ポルノ法改正以来の規模だと思う。

表現の自由はたしか憲法保証はされている、しかしそれは無制限ではない、自由には責任が伴う。大多数の人にとってクジラックスロリエロ漫画のような表現嫌悪感を覚える。嫌なら見るな理論は通じない、クジラックス漫画があるせいで実際に子供が傷ついている、そのような実際に犯罪に影響を与える表現ははたして無制限に認められるべきか…私はNOと答える。公共の福祉に則り規制されるべきだ。

しか法律規制するのはあくまでも最終手段であって本来なら子供レイプする表現自主規制するのが筋じゃないのか?商業誌はある程度自主規制はあるようだが、同人誌界にはほぼないと言っても過言ではない。同人誌にはどれだけ過激表現があるのか参考のためにADブロックを施していくつかの同人誌転載サイトを見たが、まあひどかった。金儲けのためならなんだってしていいのか。10歳にも見えない少女レイプ描写していいのか。そしてそれをずりネタにする鬼畜変態野郎がいるという事実。はっきり言って少女レイプ描写で興奮する奴は精神病院にぶちこむべきだ。

同人誌モザイクさえかければあとはなんだってしていい無法地帯なのか?昔ならともかく今は同人誌ネット上で拡散され多くの人に目に止まる…それなのに自主規制をしない同人誌界はすごい。

まあネットにアップする奴が悪いとかの話以前に同人誌界は自浄作用必要コミケ等のイベントでは事前に発売する同人誌をチェックする第三者機関必要だと思う。

同人誌界が自主規制できないのであれば最終的には法律規制されるであろう、東京オリンピックに向けて屋内禁煙パチンコ風俗等の規制検討されている、これは国際化の一環としてだ。世界的には現実創作物わず児童ポルノ規制される傾向がある。東京オリンピック前後にまた児童ポルノ漫画を含めるべきかどうかを国会議論される可能性は非常に高い。

その時同人誌界が何もせずレイプ描写を野放しにしてたら同人イベント自体がなくなるような、漫画業界アニメ業界消滅するレベルの強烈な規制が行われる可能性があるよ?同人誌界は自主規制を求められている。

大多数の人が嫌悪感を覚える表現規制するべきだ、ただし政治的なことや対国家権力に対しての表現の自由絶対保障されるべきだし我々日本国民は守らなければならない。

クジラックス漫画って、すでにゾーニングはされているよね?

あれは同人誌でしょ?

すでにゾーニングはされているんじゃない?


一般書店には置いてなく、取扱店でも18禁あつかい

ネット上に海賊版は出回っているけど、それもわざわざ探してこないと読めないし。


他にできる残りの対策としては、ツイッター宣伝することを禁止しろってことか?

それは一理ある。ツイッターでどれくらいロリ漫画宣伝があるか知らないけど、そこをどんなSNSにしたいか運営会社ユーザー問題から、みんなで要望を出しあってルールを決めたらいい。


あとは個人サイト匿名掲示版、まとめサイトをどうするか。

そういう場所では作者本人じゃなく、第三者マンガ画像無断転載し、勝手にさわいで宣伝行為をやりまくっている。

極端な話、「インターネット宣伝をやりたければ会員制サイトをつくってやりなさい」ということを法律義務付けるのもアリ。その是非はともかく、ゾーニングの徹底のためにやるならば筋は通っていると思う。


でもさ、ああいマンガを描くこと、読むことを禁止しろっていう意見も多いみたいだな。もしくは作者がマンガの内容を変えろとか……。

それ、ゾーニングとぜんぜん違う問題やん。


表現規制派は、「ゾーニングを厳しくしろ」と言いたいのか、「マンガのものを抹消しろ」と言いたいのか、どっちなのかハッキリしてほしい。


https://anond.hatelabo.jp/20170614223629

そもそも件のエロ漫画ってさ

 男性向けエロ漫画ありがちな男根女性を屈服させ性の虜に」とか「法的にアウトな形で性交渉に及んだけど結果的には相思相愛ハッピーエンド」みたいな性犯罪肯定的に捉える余地のあるような作品では全くないよね。

単に小児性愛者の欲求を満たしうるだけの性描写さえ描ければそれでいいはずのところを、そのままで終わらせず“性被害を受けた女児のその後の悲劇”をわざわざ結構なページ数を割いて生々しく描いているわけで。これは『現実世界の法や倫理を踏み越えて小児性愛欲求を満たそうとした時どのような悲劇が起こりうるのか』という部分をかなり意識して読者側に提示しようとしている、という以外にはどう考えても読み取れない。実際、件の漫画を読んで胸クソが悪くならない人は男性女性わずかなり少ないらしい点から言ってもその意図成功しているのは明らかだし、あれを読んで性犯罪肯定するものと読んだ挙句「そうか、ガイガーカウンターを使えば女児と首尾よくセックス出来るんだ!」という考えに至る人はさらに少ないだろうと思う。

 だから個人的には表現規制うんぬん以前に、“あれほど性犯罪否定的メッセージを持っているエロ漫画模倣犯罪をしようとするような人間なら、そもそも『G』という作品存在しようとしなかろうと現実世界にも適用し得る何かしらの創作作品を持ち出して性犯罪を起こしていたんじゃないか”と思う。さらに言うなら埼玉県警が著者の自宅に行って「現実でやったら犯罪ですって注意書きとか入れて」って話をしたっていうのも“あれを読んで性犯罪をしようとするような人間は注意書きなんか書いたところでやめようとは思ってくれないんじゃないか”とも。

 もちろん当の逮捕者がどういう人物でどういう考えのもとにあれをやったのかはまだ完全には解明されていないし、表現規制がどうこうの個々の意見にまで口を挟む気はないけど、そもそもこの事件はそんなに一般化して表現規制とかエロ漫画倫理とかについてあれこれ語ることのできる事件なのか?って、思う

https://anond.hatelabo.jp/20170615175839

だが同時に、『ユダヤ人存在自体が許されない』というドイツ人意見ホロコーストを産んだのであり、『将来は資本主義が滅びて共産主義になるというのは科学真実だ。それに反する意見必要ない』という意見が様々な分野で歪みを産んだことを我々は経験的に知っている。

私は要は「あの手の犯罪ロリ漫画世間に流布するな」と言っているだけであり、そうした漫画を描いて流布させた者を死刑しろとは言ってない。

もっとも、本音を言えば厳罰に処して欲しいくらいだが、私の気持ちとしてはどうか止めて欲しいというのが強く言いたいことなのかもしれない。

 

不思議と、私は一方で表現規制には反対な方で、自分でもかなり矛盾したことを言っていると自覚している。

ただ、娘を持つ親の気持ちというか、できる限り素直に思いをぶちまけたかった。

どうしてあん漫画を描こうと思ったのか、あるいは描けたのか理解出来ない。

もちろん架空の話であり、どんなにリアルに描いてあろうとも現実の話ではないというのは重々理解している。

もしあの犯人が影響を受けたという漫画責任転嫁するつもりだとしたら言語道断、一生刑務所から出てくるな!と思う。

漫画自体にはあの犯罪行為に対しては何の責任もない。

 

全然関係ない話に聞こえるかもしれないが、これを読んでるあなたは例えば掃除はしないのだろうか?あるいはお風呂には入らないのだろうか?

綺麗にしたいとは思わないのかな?

あるいは、タバコの害は別として、臭いからやめろと批判する人もいるじゃないか

なのにどうして、この犯罪ロリ漫画ある意味擁護的に扱われるのだろうか。

下手に規制されると自分たちが楽しみにしている漫画アニメにまで影響を及ぼしかねないと考えるからだろうか?

 

確かに表現規制には慎重に対処しなければならない。共謀罪が実際どう適用されるのかという不安と同様であろう。

だが、だからこそ表現者側は自主的意思としてどういう表現が許されて、どういう表現ダメなのかということについてもっと責任を持つべきなのではないだろうか?

表現者モラルとして、ああい犯罪ロリ漫画を流布する行為はあってはならないと強く思う。

現実問題として、昔からゆるゆるすぎて多分そういう感覚を持てないんだと思うけど。

レイプ漫画虐殺漫画と同じ分類

クジラックス先生漫画の件で。

コナン殺人描写などを引き合いに出してる人が多いけど、決定的な違いは「正義道徳がそこにあるかどうか」だと思う。

もしもあのロリレイプ漫画殺人もので例えるなら

快楽殺人犯の主役が、何の罪もない子供に蹴って殴って怯えさせて精神的にも追いつめて虐殺しました〜☆はぁ〜気持ちよかったスッキリ!次に殺すのは誰にしようかな〜(特に裁かれもせずエンド)」

こんな話だと思う。

別に、こんな話があってもいいのかもしれない。何かを表現しているのかもしれない。

から別に自分表現規制しろ派では無いんだけど、これを「ありがたいもの」として享受するのはどうなのかな、と思う。

子供を惨殺するような作品を見て、それに快楽を感じる性癖というのは、やはり普通じゃない子供を性の対象にしてはいけない。

という大前提が、日本社会には本質的な所で足りてないと思う。

あと、悪いけど、表現の自由は守られるべきだとは思うけど、それでも自分

ロリコンテンツは読者青少年性癖洗脳みたいに歪めるのに一役も二役も買っている」ことは否定できないでいる。

表現規制論はパターナリズム起源ですから

俺は大丈夫だけどアホなやつらがいるか善導するために規制しろという

支配願望が根っこにあるんですよ

ロリコン支配願望が云々言う人はロリコン自分を見ているんです

どうせオタクとかキモいし負けるんだからアングラでやればいいと思うんですよね

から表現規制はどうでもいいけど共謀罪はなんとかするべきだった

欧米ゴア表現なんかも自分からしたらかなり異常だと思うし

別に日本表現けが異常だとか海外のほうが進んでいるとも思わないんですよね

欧米欧米で別種の野蛮さを抱えている

表現規制に賛成する人達は最終的にゴア規制するべきとお考えなのかとかそのへんは気になる

ロリエロレイプ漫画についての傍観

個人的には表現規制には反対だし、漫画を手本にしたとかいう話も「もしかして表現規制のための世論造りの布石?」くらいの陰謀論を持ってたりする。

ただこの先の議論の発展に期待することとして、「LGBTQのような性的嗜好者の権利を主張するなら小児愛者や近親相姦も認めろ」とかいトンデモ野郎へのカウンターとなることがある。

万人受けしない価値観として強烈な不愉快感を与えることとしてしばしばLGBTQとロリエロペドが並列されることがあるけど、この創作における表現で見ればわかるように社会的な悪影響の程度が天と地ほども違うだろうがと言いたい。

「LGBTQ漫画を読んで自分の性嗜好に気づいて実行しようと思った」と

ロリペドレイプ漫画を読んで自分の性嗜好に気づいて実行しようと思った」ということ。

まあどうせこの話も1週間もすれば忘れ去られて別のヘイト叩きが始まるんだろうなと諦めてはいるけどさ。

https://anond.hatelabo.jp/20170614093327

id:kamayan1980

「許してはいけない表現もある」ねえよ、という立場です。

http://b.hatena.ne.jp/entry/340096756/comment/kamayan1980

スナッフムービーとかも全然OKという立場なんですかね。

たとえばフルCGで作られたそういう動画流通してたとして何の問題もないと?

(ここでいう問題とはそれを見て真似する人たちが出てくるということに限定しません。)

追記:

なんか思いのほか、ブコメトラバが付いててびびるなど。

まさかホッテントリ

適当に書いた増田がこんなことになって正直びっくりしてます

ブコメトラバは一通り読みました。

とりあえずホラー映画とかとっくにあるじゃんという意見には、あなたはスナッフムービーが何か知らなさすぎですとしか言えません。

人の体を破壊して殺害することそのものを楽しむものと疑似的な恐怖感を安全場所で楽しむものは一緒に扱えるものではないと思います

SAWシリーズは好きな映画の1つです。)

単純に考えて欲しいんですけど、「許される」派の人たちは深夜番組CGのスナッフムービーが流されても問題ないと思ってるんですか?

この例え自体現実味がないから考える価値がないというのであれば、かつて放送されていた深夜のアダルト番組がなくなったのはどうしてだと思ってますか?

「許されない」とされたからじゃないんでしょうか?

そもそも「許されない表現がある」とはどういう意味なのか。

単純にそのような創作物作成してはならないという意味で考えている人もいるかもしれませんが、私はそういう意味では考えていません。

元の増田id:kamayan1980がどう考えていたのかはわかりませんが、私はゾーニング年齢制限なども表現の自由への制限だと思ってます

一般表現の自由というのは創作活動のものだけでなく創作物公表流通も含むものとされています

なので、許されない表現などないというとき、それは単に創作物作成だけでなく流通への規制も一切ないという意味だと考えています

現代社会で、アダルト物や暴力表現過激であるものゾーニングされていたり年齢制限がかかっているのは、そういったものについて自由流通は許されないと大多数が考えたからですね。

違いますか?

CGスナッフムービーの何が問題かについて、まずCGであっても本物と見まがうようなスナッフムービーはその視聴により人の脳にダメージを与える効果が他の映像作品よりも圧倒的に強いという点、成長途中の児童に見せることがその後の発達によくない影響がある点、創作物と偽って本当の犯罪が行われうる点(レイプものAVでありました)、見たくない人が作成流通広告放送などの様々な段階で目にしてしまう点(見たくもないアダルト広告規制されるべきでは?未承諾広告規制されました)

追記2:

正直、自分でも上に書いた問題点中途半端だし弱い気がする。何なんだ。結局自分不快からやめろっていいたいだけなのか。(でも逆にすべての物事判断はは感覚的な良し悪しを事後的に理屈を付けているだけとも思う。)すまない。自分でもよくわかってないんだ。表現の自由は最大限尊重されるべきだと思うよ。でも許されないものってあると思うよ。ブコメにあったけど差別発言とかヘイトスピーチとか。

流通の話じゃねーだろという指摘もあるけど、流通しない創作物のことを考えても意味ないよね?それは思想の自由とでもいうべきもので。

がんじがらめの流通ゼロ規制なしの野放図も間違ってると思う。とりとめなくてすまん。

あと本物のスナッフムービーがだめなのはそれが殺人という犯罪からというのはわかってるつもりで、だからこそ次の行に「たとえばフルCGで」と書いたんですが、そこんところに誤解のあるブコメが星を集めてるのは、やはり自分の書き方が悪かったんですかね。いろいろすまんかった。

追記3:

いまだにこれがどうしてこんなにブクマが付いたのかわからない。他の増田と何が違ったのか。

「許されない表現」とはどういう意味なのかについて、多くのコメント元増田id:kamayan1980は「存在が許されない表現」という意味だったんでしょうか。

たとえそうだとしても私は存在が許されない表現はあると思いますよ。

本物のスナッフムービー殺人からだめだというコメント結構あって評価も高いみたいですけど、これは存在が許されない表現ということなんじゃないんですか?

表現犯罪を切り離せ?表現行為のもの犯罪だったとき、それは切り離せられるんですか?切り離したとして作成自体はだめでも流通自体OKになりますか?

IS公開処刑とか秋葉原池田の目立つためにやった集団殺害とかこれは殺害行為を周知することが目的で行われたもの表現行為と言えると思いますが、これは存在が許されるとでも?

テロだって思想信条表現でしょ。

表現の内容によって「許される」程度というものがあると思います

犯罪行為など存在自体が許されないものから、誰が見ても問題のないものまで、いろいろな表現があって、それぞれに適切な公開範囲や公開方法があるんじゃないでしょうか。

誰が許すのか、多数派とは何かというコメントもありましたが、正直そこからかよと思います

誰が許すのか、そりゃ私達ですよ。民主主義社会に生きているわけですから、なんだって決めるのは私達自身であって、私達自身責任を負うんですよ。

少数意見だって尊重しますけど基本的には多数決で決めるんですよ。そういう社会で生きてるんです。いろいろあってそういう社会がましってことになってるんです。

私はこれくらいならこれくらいの規制妥当だと思うみたいな意見を持ち寄って落としどころを決めるんですよ。

もっと規制を強めた方がいいという意見や弱めた方がいいという意見があって、互いの意見を聞いた上で社会全体にとってどれくらいの規制がいいか判断するんですよ。

嫌なら目をつむっとけ?それこそ自分の快不快だけで人の意見を聞かない態度では?

自主規制しろ法的規制しろ結局のところ決めてるのは自分達ですよ。

再びスナッフムービー殺人から犯罪からだめなんだという意見について、

じゃあそもそもなんで殺人はだめなんですか?犯罪からですか?刑法に書かれているからですか?

違いますよ。

犯罪からだめなんじゃないですよ。

めだか私たち犯罪として規定禁止してるんですよ。

殺人を許すと自分たちの直接的に間接的に生存が危ぶまる状態になるから禁止してるんですよ。

結局のところ自分が嫌だから禁止してるんですよ。

あと単純所持ですら犯罪である児童ポルノですが、これも表現としては許されるんですか?

これについても犯罪からだめなんだって言いますか?わりと最近まで犯罪じゃなかったんですよ。

許されていた表現が許されなくなったわけですが、それでも許されない表現はないと言いますか?

何が犯罪かどうかって絶対的ものじゃないんですよ。

犯罪からだめなんて思考停止してたら、せっかくの表現の自由が泣きますよ。

許す許さないの判断規制権力装置と結びついたとき問題は、表現規制手法検閲問題であって、許されない表現があるかどうかとは別の話だと思いますよ。

アニメ漫画表現規制なあ

コンテンツも、子育てと一緒だと思うんよ

子供が一度何かやらかしたからすぐさま全面外出禁止、とかにしちゃうダメだと思うんよ

でも、再現性高く、子供に悪影響与える事象があるなら、親はそれを隔離しなきゃならない

何度も門限破るなら外出禁止

特定やばいやつと付き合って犯罪行為してるなら、そいつとの交友禁止

ゲームばっかして勉強しないなら、ゲームは1日1時間にする

刺激の強い漫画アニメも一緒だと思うんよ

世の中で何の事件も起きてないなら、できる限り表現自由であるべきだと思うん

でも、行動に移しちゃうつがいるならそいつはその表現に触れるべきでない

そこに反対する人はいないよね?

でも、現実的に、やらかすやつはダメ、とか言って購入者制限をかけられないなら、表現のもの規制する方向に動くこと自体全然おかしな話じゃなくて、ひとつ対策ではあると思う

言わば、好きじゃないけど、連帯責任だよね

今はそういう嫌な動きがあるってこと

クラス特定のある子が、ボールしょっちゅうガラスを割りました、このクラスは1か月ボール遊び禁止処分

えー!なんでー!俺関係ないじゃん!って言いたくなるよね

俺もそういう連帯責任は好きじゃないけど、クラス管理として、先生からしたら1番楽で確実な方法なのはわかるから理解は示してしま

でも、いやだよね、ベストじゃないよね、こんな方法

それならやっぱり、ガラス割るやつをクラスとしてどう扱うか考えなきゃいけないんじゃないか

こいつがいときは校庭の真ん中で遊ぼうとか、こいつ1人の時にはボール触らせないとかさ

漫画アニメ犯罪を起こすやつは一定数いる

これはまぎれもない事実だ、ってのをまずは認めなきゃ何も始まらないんじゃないか

べつに、表現規制は正しいって言ってるんじゃないぞ

例えば今のペットショップ知ってる?

生き物買うときは、法定の資格のある店の店員から、法定の説明を受けて、購入者は住所氏名書かなきゃいけないことになってるんだ

エロ漫画も、そのくらいできるんじゃないかな?

表現規制絶対絶対に嫌だとしても、法定説明と住所氏名サインくらいは義務付けてもいいんじゃないかな

表現を続けたいなればこそ、そう言う話を、愛好者の中からさないといけないんじゃないか

個人的には、アニメ漫画がそこまで影響しねーよ、って思ってた派だったけど、ちょうどいつだったかな、2008年ごろだったかなあ、中高生殺人が頻発して、そのほとんどがひぐらし持ってた時代があったんだよね

あれがあってから、あー、やっぱ影響あるやつはあるわ、さすがに特定の1タイトル殺人起きすぎやわ、って思ったことがあったな

表現規制のものは賛成はしてないけど、同一タイトルが関連した認知された犯罪が5件以上起きれば発禁処分、とかはあってもいいと思うかなー

https://anond.hatelabo.jp/20170615090700

いまでも左寄りじゃん。はてな民なんかその典型

漫画家のほうも、反表現規制の都合上、反権力の傾向が強いしね。

影響があっても規制はだめ

https://anond.hatelabo.jp/20170614201508

から表現が人に影響を与えるなんてことは前提の上で、規制(抑制と言ってるけどそれは結局規制になる)は否定されてるんだってば。何度も何度も何度も繰り返されてる話だけれど。

そもそも規制すべき表現とそうでないものをどう決めるの? 人を傷つける表現は全部だめにする? でもそもそも誰も傷つけない表現なんて存在しないよ。

例えば子供を亡くした人は子供死ぬ話で傷つくだろうし、逆に幸せそうな家族を見て傷つくことだってあると思うよ。自殺考える人は、普通に振る舞う人を見るだけで心を痛めるかもしれない。誰かを傷つけることがだめなら、極論をいえば全てが規制されるよ。

ロリレイプする表現なんて誰が見てもだめだろうって? 本当にそうか? 有名な小説少女セックスするものもあるし(今の基準ではレイプだ)、知的障害女性を輪姦して殺してしまう話もある。こういう小説漫画古今東西いっぱいある。扇情的でなければいい? 昔の話ならいい? 小説ならいいけどエロ漫画はだめ? その違いは?

犯人が参考にしたと供述したらだめにする? 他の事件ドラえもんを持ち出した殺人犯がいたけれど、ドラえもん出版禁止にするべき? 時計仕掛けのオレンジを見てホームレスを殺した人がいたけれど、若者犯罪に走る小説映画は作ること自体許されない? 聖書理由にした殺人も五万とある過去最も犯罪の原因になってるこの本は真っ先に規制すべき?

今回の漫画犯罪の具体的な方法が書かれているからだめ? 犯罪が描かれた小説などには現実に応用できる具体的な描写があるけれどそれもだめ? 詐欺の手口も報道できなくなるよ。

性欲発散という欲望がはっきりしたエロ漫画犯罪方法が結びついてるのがだめ? 例えば経理参考書などは資産効率的運用、つまり金銭を増やすという欲望がはっきりしている。そしてこういうことをしたら脱税になるからやめろ、と注意書きの形で犯罪方法も書かれている。それを元に脱税をした犯罪者がいたら、経理参考書規制されて当然だと言うだろうか。脱税した方がおかしい、参考書になんら責任はないと思わないだろうか。

そして、もし仮にロリレイプものになんらかの規制をするとしても、それは望む範囲で実現すると思う? 歴史的に見たら絶対に無理だ。

今回のような二次元ロリ規制したとして、それが当然になった社会では、しばらくしたら次はレイプ痴漢などの性犯罪もの規制されるよ。悪い表現から規制したっていう前列があるから、そういう要望は止められなくなる。もしくはそれを利用する人が出てくる。性犯罪がだめなら一般犯罪描写表現してもいい理由もない。犯罪がだめなら非道徳的な描写もよろしくない、もっといい表現にすればいい社会になるはず、と規制は際限なく続くよ。報道すらも規制される。

そんなわけないと思うかも知れないけれど、戦時中は実際そうなった。エログロ規制され、大政翼賛報道しかできなくなった。戦時中現在は違うというかも知れないけれど、違わない保証はどこにもないよ。

規制のために表現の良し悪しを決めるとして、それは誰が行う? 結局は権力者が決めるんじゃない? 国民代表が決めれば文句はない? 国家にあれはい表現、悪い表現、と決められて納得しちゃうの?

権力側にとっては、表現規制できるのはすごく都合がいいよ。権力への批判封殺できるから。そして権力側が表現規制するときに真っ先に狙うのが、今回のようなエログロ表現だよ。国民の中でも嫌悪感を持つ人が多いから。そうやって感情的に納得させやすものから狙い、次第に権力への批判規制し始める。これは世界歴史でも現在でもお馴染みのパターンだよ。

大袈裟なと思うかも知れないけれど、自由問題というのは蟻の一穴を開けないことが大事なんだよ。最低の表現を守るからこそ表現の自由意味がある。選ばれた表現しか守られないなら、それは本当の自由じゃない。もちろん、表現の自由を盾にすれば批判を免れるということではないけれど。

以上、多くの人が規制に反対するのにはこういう理由があるわけ。簡単抑制とか言っても、それを実現したら社会的影響がすごくあることを考えてほしい。

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