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はてなキーワード: 辞書とは

2019-05-26

ThinkとBelieveはどちらが強いのか?

最近仕事英文メール対応しなきゃいけなくなったので今更マスター英文法とか引っ張り出して勉強してるんだが、

基本的トラブルに関する話題が多いので、受動態とか過去完了とか現在完了進行形とかの便利さが今更理解できた)

よくわからないのがThinkとBelieveニュアンス。たとえば下記のようなのをよく見かけるんだが

1) I think this issue got solved by yesterday's patch. Could you check again?

2) I believe this issue got solved by yesterday's patch. Could you check again?

(2)の I believeは、「修正であることを確信しています」なのか「もしかしたらたぶん直ってるので」なのか、どっちなんだろう

Believe辞書を引いてみると「物・事の真実存在を信じる、が本義。確信の弱い時にも用いる」と書いてあって、これ文脈から判断するの無理くね? という

おざなりなおざり並みの無理ゲー感ある

ThinkもBelieve意見の表明であり、 "This issue got solved by yesterday's patch" よりは弱いというのは理解できるので、

その弱い意見の重みががたぶんだろうが確信だろうが大差ないんだろうなあとは思うんだが

とはいえひとつ単語が「信じる」と「たぶん…だと思う」の両方で使われるってどういうこと? というのが正直言って理解できない

こういうのも前にバズってた日英語表現辞典に書いてあったりするんだろうか

2019-05-24

anond:20190213113909

感嘆の意味で言ってるんじゃないだろ

反語だろ

「いや」をつかうとほとんど否定の文がくるんだけど

特に別に」が続くとほぼ否定

反語は「いや」のあとに疑問文否定の形がきて、

別に」は多く下に打消しの語を伴うって辞書にあるからな。

2019-05-23

何かを愛することと『しもべ先生尊い生活 DEATHLESS』

我妻命先生の『しもべ先生尊い生活DEATHLESS』をやっと通販で購入でき、読了。本編同様号泣したのでこの感情激流のままに感想を書き殴ります

元々商業版の『しもべ先生尊い生活』が大好きで大好きで、自分にとってあまり大事作品で、紙の単行本が発売されなかったことは未だに悲しんでいて私が権力か財力か名声を手に入れたら絶対に紙の単行本にするよう出版社圧力をかけるんだと心に決めているし、電子版も分冊じゃなくてまとめて出してよ〜!!と未だに祈ってる。そもそも好きすぎてなるべく早く電子版手に入れたくて、kindle追加が待てずにしもべ先生の為にkinoppyダウンロードしてkinoppyで購入したんだよなという甘酸っぱい思い出。

諸々の思い出はさておいて、『しもべ先生尊い生活』がなぜ私にとってこんな大事作品なのかというと、この作品はあまりにも何かを愛するということに真摯からなように思う。私は所謂厄介解釈厨みたいなタイプ人間で、なにかを好きになると1人でどんどんどんどん解釈純度をあげる方向に向かい、誰に見せる訳でもない感想解釈を何万字も書き殴る、そういうタイプ人間だ。だからこそ迂闊に他のファン意見をみることすらできないし、公式メディアミックスかに結構傷つく事が多くて、1人静かに黙々とオタク活動をするしかない。そもそも好きになる作品は、例えば漫画なら重版からないような漫画ばかり。重版がかかろうがかからまいが私にとってはその漫画世界一売れてて世界一素晴らしい漫画だと思ってるけど。

しもべ先生という作品は、何かを愛するということに対してあまり真摯だ。漫画アニメに限らず、何かを愛する、何かに救われる、何かを崇める、何かを祈る、ということに、あまり真摯なのだ

本編で私が一番好きなのは(いや全話一番好きだけど)第5.5話で、かなりザックリ言うとこれは自分気持ちが恋なのか?と悩むしもべ先生辞書の恋という定義に当たるものの……という話なのだが、これ、何かを愛する人、本当にみんなに読んでほしい。特に女の子が好きな女の子に。上手く言えないけど、あなたの好きは変なんかじゃないんだよということを、好きにまつわる苦悩から逃げないままに、全身で訴えてくれる、それがしもべ先生なのだ

そう、しもべ先生という作品は、力強く好きという言葉肯定する一方で、好きということが引き連れる苦悩から決して目を逸らさない。だからこそ、好きというものに救われながらも苦しむ私達の、私の、救いとなるのだと思う。

本編の話は無限になってしまうので置いておいて、さて、同人誌版『しもべ先生尊い生活 DEATHLESS』について。

この本も相変わらず、何かを愛するということに非常に真摯だった。

「しもべとベアトリクス様」は、人間が何かに救われ生きるということ。ふと、何かに救われる瞬間、救われることで世界がきらめく瞬間、社会という苦悩、こういうものをこんなに上手に表現できるのかと。我妻命先生モノローグが本当に好きなんですが、まさしく我妻命先生の最高モノローグや最高画力、最高画面構成なんかで、この苦しい社会の中で惨めで空っぽ気持ちで生きる人間が、ふと何かに救われる瞬間について丁寧に丁寧に描かれている。苦しい人、悩んでいる人、何かに救われた経験のある人、みんなに読んで欲しい。愛することができるというのは、愛させてくれるというのは、やはり救いで、祈りだ。

そして、「しもべと舞台 その2」。これは本編でも描かれていた舞台化についての話だが、本当に、本当に私が抱えてきた公式メディアミックスやなんかによる傷つき、けれどどうしようもなく愛することはやめられないこと、祈り、それらに対する救いだった。

例えばアニメ化が嬉しいこととは限らない。もちろんそれで売れてくれれば嬉しいし、好きな作品が多くの人の目に留まるのは嬉しい。私は、連載で、続きもあるのに、続きの単行本を出すこともできない作品をたくさんたくさん知っていて、たくさんたくさん好きになった。一冊しか漫画を出してないまま漫画を描かなくなった(描けなくなった)漫画家さんの漫画を、いっぱい好きになった。だからこそやっぱり好きな作品が有名になるのは嬉しい。

けれど、作画だとか、脚本だとか、演出だとか、声だとか、演技だとか、そういう色々な要素に時々どうしてもひっかかってひっかかって飲み込めないやつがいて、アニメ化関連のグッズやなんかを買うし録画もするけれど、結局アニメ本編はみられなかった、ということが往々にしてある。そういう時は、アニメ良かった〜というファンニコニコ眺めて、私はひっかかって飲み込めないやつをどうにか外に出さないように、1人で消化できるように、頑張るしかない。

舞台化もそうだ。いや、舞台化やアニメ化に限らず、どうしてもどうしても大好きな作品でも、メディアミックスかなんかでどうしようもなくひっかかってしまう瞬間というのがある。

けれど、ひっかかってしまう、全ての展開を全肯定してニコニコできるような、謂わば〝模範的〟なオタクではないけれど、けれど私はどうしようもなくそ作品が好きだし、例え私にどこかひっかかるところがあったとしても、やっぱりメディアミックスしかりで作品に関わってくれた全ての人には言葉に尽くしきれない感謝はあるのだ。

好きという感情は、どうしようもなく厄介だ。必ずしも、幸せだけを連れてきてくれるわけではない。好きになればなるほど、モヤモヤも苦しみも一緒に連れてきてしまう。けれど、それでもやっぱり私はその作品を、その何かを愛して良かったと胸を張りたいし、愛していると叫びたい。

しもべ先生は、そういう、好きというもののどうしようもなさも、しっかり向き合ったうえで、けれど好きというものの美しさを語りかける。だからこそ、私にとってこの作品は救いだ。色々苦しい想いをしてきたけれど、けれど私の愛した様々なものを、私は愛して良かったと思わせてくれる。

漠然としていて抽象的な書き殴りの絶叫だが、本当に素晴らしい漫画だった。『しもべ先生尊い生活』と出会えて、愛せて本当に良かったと心の底から思う。この漫画のおかげで私はDEATHLESSでいられる。

我妻命先生、本当にありがとうございます

2019-05-21

anond:20190512210330

スポーツ業界はどこも共通ですがやたら赤字事業が多いです。

社長がそのスポーツを好きだったり、持ち合いでチームを作ったり、、と有志が気持ちで回している団体が多いため収益化している団体のほうが希少です。

そのため、私の観測できる範囲同業者を見てみると大体6割くらいが赤字です。レッドオーシャンですね。

社長レッドオーシャンてそういう意味じゃないっす

わかりやす質問として、私は「自社の官報をよんだことがあるか?」と尋ねます

社長、ぜったい「官報」って言葉を何か間違えて覚えてるっす


社長、俺は意識高い人のことバカにするやつ嫌いだからあんたのことバカにしないけど、でも2、3助言があるっす


1.言葉は人に使う前に辞書で調べろ

これは社会人以前にネット煽り合いですらマストっす

新しい言葉仕入れた時に「かっこいいか何となく理解ですぐ使う」ってやると

必ずなんか間違った意味で使っていて、馬鹿にされたり陰で眉をひそめられたりするっす

それに自分自身も新しい概念をきちんと消化できずに手持ちの概念の延長で処理しちゃうから勿体ないっす

辞書引いたり検索したりして用法をきちんと押さえるのは学習の基本っす


2.言葉に振り回されるな

社長仕入れ概念言葉を人に自慢することでいっぱいいっぱいになってるっす

言葉を沢山仕入れるのはいいことだけど、そういう概念だけで経営はできないっす

スポーツ業界はとくに、志も能力も低いポンコツ野郎大勢居るっすけど

KPIとかい概念を知ってればそいつらより上かというとそれは一概には言えないっす


そういう概念を知らないけど高卒からすごい仕事に厳しい姿勢持ってやってる人とかいるっす

そこを「KPI」とか「損益分岐点」とかでマウント取る癖つけてると人の美点も見えなくなるっす

ていうか20台前半からそんなことばっかり考えてるとそれはただの財務経理屋みたいになるっす

その手のうんちく合戦経験ではおれはすべての面で社長マウント取れるけど、そんなの人の優劣じゃないっす

経営者が本当に見るべきはそこじゃないのにその話ばっかりしてるとこに危うさを見たっす



以上です。責任借金するリスクを負っている人間に対して雇われごときが同列と思ってしゃべりかけないでください。

自分が雇われている理由法人存在する意義、利益の最大化することの意識もつこと、それらが出来ていな人間起業家は見下しているので気を付けましょう。

社長社長は何か自信が欠如しているんじゃないっすか

若くして起業したんだという自意識が強すぎて周囲を見る目がすごく貧しくなってるっす

自身の無さを攻撃性にしてしまうと味方になってくれる人が激減してしまうし自分思考も狭まるっす

その状態のまま行くとせこい商売悪辣商売しかできないと思うっすよ

anond:20190521104026

漢字を書けない事で1分1秒が無駄になることを恐れる人は漢字を覚えてると思うぞ。

スマホで調べて書けるなら辞書を持ち歩くより楽だと思うが。

2019-05-19

こういう、話がかみ合ってないやつを交通整理・論点整理するの好きなんですよね、僕

発端ツイート

https://twitter.com/medeta/status/1129225112874508289

この問題を整理するためになるほどと思ったツリー

https://twitter.com/toco_stella/status/1129659984159993856


ニホンゴムズカシー

日本語よめないバカ」と批判している人というのは、「最初の2行で主語翻訳の話してるのに、次の2行でいつのまにか主語英会話スライドしていて、よくわからなくなっているの点がこの文章の良くないところ」という点に気づいてないと思う。無自覚に、なんかいい感じに解釈してるのでしょう。

かくいう私もその「主語スライド」に気づきませんでした。指摘ツイートを読むまでは。

まぁそれも「日本語らしい」っちゃそうなんですが、ローコンテクスト解釈観点から否定される仕草ですね。日本語世界的にハイコンテクスト寄りの言語なので。

英会話翻訳との優劣

https://twitter.com/Stone_Stick_ike/status/1129681345280499715

英会話教室ECC広告であるというポジション抜きにしても、「英日翻訳英会話より劣っている」は誰の目から見ても明らかでしょう。情報でもエネルギーでも変換すると劣化するのは当たり前なのだから。。伝言ゲーム情報劣化ゼロで伝わると思いますか?変換せずにネイティブで扱えるほうが優位でしょう。

もし仮にその物理法則に不服を持つ人がいるのであれば、ちょっと意味不明ですね。理解ができない。

「俺は地球が丸いなんて認めない」と言っているのと同じ。まぁ宗教を信じる人を茶化しdisることはしませんが.... お好きなように。

I love you → 月が綺麗ですね。 とか文化的に持て囃されていますし、そのエモさは理解できますが、情報劣化(変質)してますよね。翻訳って演出や脚色していいんですか?まぁエンタメ分野の翻訳ならそれでいいのでしょうけども。それは翻訳家というよりは演出家の領域ですよね。

「気に入っているのは値段だ」

言語翻訳と、文化的時代的な背景込みの翻訳、というレイヤーの違いでしょうか。

翻訳能力の優劣」についてのECC見解

AIで十分か?人間翻訳家が必要か?」

ECCは「世間の言うAIで十分、そうなのかも」という曖昧見解を示すに留めている。

でもAIで低コストで高精度翻訳ができてしまうと、ECCにとってはダメージなので、どちらかというとECCAIdisって翻訳家ヨイショしたほうが良いような気がします。ビジネス営利ってそういうものじゃないんですかね。。

ただ、広く見ればECCにとっては「翻訳するな、英語で話せ」なので、「翻訳者」がAIであろうが人間であろうがどちらも商売敵なのかも。「ウチのビジネスパイを狭める存在」ですから

から翻訳者」に対する見解がアバウトで、どうでも良いことなのかも。全部商売敵だから。なのであのような主語スライド文章を書いてしまったのかも?(推測)

ドーモ、ホンヤクスレイヤーサン

利害関係って複雑ですね。

翻訳能力の優劣」について技術の話

https://twitter.com/gijigae/status/1129410498619797504

まあ、自分プログラマなのでポジショントークだと思いますが、AIが賢くなればプログラマって要らなくなると思うんですよね、いずれは。

それと同じで、翻訳家も要らなくなるとは思います翻訳家を要する領域は狭まるでしょう。

そもそも現状のGoogle翻訳でも「英和辞書を買わなくてよくなった」という事実がありますからね。goo辞書もあるし。

だって同じ物理法則で動いているのですから、いずれは人間挙動を完全再現できる人間以外のメカニズムの何かが現れても自然じゃないですか?何年後かはわからないですが。

何故人間けが特別だと思えるのかその自信がよくわからないですね、まぁ自分に自信が少ないだけかも知れないですが..。

自分の食い扶持が減るとか、社会的な意義が薄まることに対する危機感理解できるのですが、それを籠城戦のように捉えるのはダメだと思いますね。他のことでメシを食えるように考えるのが建設的というか現実的でしょう。

例えば日本炭鉱夫はもう居ないですよね。たぶん。マインクラフトはありますが(渾身のアメリカンジョーク)

それもこれも雇用流動性が低いことが、そう意識づけさせているのかも知れないですね。

自分が積み上げてきたスキルセットが活かせなくなることへの恐怖」は自分にもありますよ。でも新しいことを学ぶしかないでしょう。ビビって籠城してラッダイトするより新しいことを学習してた方が楽しいし。

2019-05-14

恋という字を辞書で引いたぞ

増田名前そこに足しておいたぞ

2019-05-13

大学原典購読がつらい

専攻(人文系)に進級して原典購読の授業に出るようになった。でも外国語が読めない。ぜんぜんついていけない。一生懸命辞書を引いて訳文を作っているのに、意味不明文章になってしまう。そしてそれを、他の生徒が見ているまえで教授に直されたりする。やんわりとだけど注意もされる。もう惨めで惨めでしょうがない。

昨年からずっーとこんな日々が続いていて、今日やっと気づいたことがある。運動音痴の生徒が高校までの体育の時間に感じてた気持ちって、これと似てたのかな。私は運動が得意だったのでわからないけど。こんなつらい思いをしてたのだとすると、彼らはかわいそうだったな。でも、運動音痴の生徒が体育の授業で晒し者のようになるのは、仕方のないことだという気持ちも私の中にある。これを認めるならば、私が原典購読で晒し者のようになるのも受け入れないといけないんだろう。そして、いかにもスポーツができなそうなあの教授は、体育の授業の恨みをはらすためにできない生徒に答えさせたりしてるのかな、なんて思ったりして。

予習をしないといけない。すこしでも惨めな思いをしないために。

anond:20190513105543

弱者のまま尊重、はどんなに気持ち悪くてコミュ障の男にも優しい女が恋人になってあげるという意味ではないぞ。

そりゃ強者だ。

だーかーらー、そんなこと一言も言ってないよね。

藁人形しないと何も言えないの?

弱者のままで尊重~の前に、フェミニズムは けっして女も男のように ふるまいたいとか、弱者強者になりたい という思想ではありません。とも言ってる。

それ、嘘じゃん。

いや、「言ってる」ということは嘘じゃないよ

でも言ってる内容は嘘じゃん。女性強者に、男性弱者にしようとフェミニストさんは日夜頑張っておられる

三次元の女に相手にされず二次元世界に没入するという選択尊重する程度の意味しかない、と自分はとらえてる。

一応つけくわえておくと、今のフェミニズムはその二次元すら取り上げようとしている。

自分はあれはやりすぎだと思っている。

わかってるじゃん。フェミニストさんの辞書には「尊重」という言葉はないのだ。

俺とあなたの間で意見が分かれてる「尊重」の、その比較的ユルいほうの「尊重」すらフェミニストさんには期待できないのだ

2019-05-10

文系学問において資料実在証明するものとは何か

久々にビッグ研究不正ニュースktkr

ということでキリスト教思想史研究やってた人が研究不正で懲戒解雇された件について、報告書に目を通した上でちょっと書きます

今回調査委員会被告発者に求めたのは、以下の項目でした。

この「写し」というのはどういうことでしょうか? 資料のもの調査委員会が求めなかったのはどういうわけでしょうか?

歴史学者にとっては常識なのですが、他の分野の人にとってはどうかわからないので、解説してみます

そもそも文系はどんな材料を使って研究してるのか

これは人というか研究分野によるので、安易なことは言えません。文学哲学社会学人類学歴史学言語学とでは使う資料がぜんぜん違います

で、この被告発者の研究手法は、近現代を扱う歴史家の多くが採用している手法だと思います近現代史を扱う人たちは、

を主に史料として使います(「史料」ってのは、歴史を記録したナマの資料のこと。「資料」と呼ぶと後世に書かれた二次文献なんかも含む)。あるいは、上に書いたようなものをまとめて出版した本とかを使います

これらの史料の特色とは何か……それは、

ことです。

公文書館というのは、「お役所の書いた書類を保管しておく施設」のことです。これはどのくらいかというと半永久的にです。普通文明国ならどんなに細かな書類でも公文書館に保管されていて、(民主国家場合は)数十年して機密解除されたり(独裁国家場合は)体制崩壊して民主化したりすることによって「申し込めば誰でも読める」状態に置かれます。これによって我々はソ連時代領収書なんかをロシア公文書館で読むことができるわけです。ソ連ですら公文書を保管して後世の我々に見せてくれているというのに……いや、これは余談でした。

当たり前ですが、それらはその国(あるいは地方)の公的な記録であって、自分のものにして持ち帰ったりすることはできません。ではどうするか。多くの歴史学者

などの手段史料を入手して研究しています(ちなみに写真撮影もカネを取る公文書館結構ありますね。日本だとどうなんでしょ)。

昔の人が書いたものも、本とかなら古本屋さんとかで流通しているのを買うことができるかもしれませんが、稀覯書でなかなか手に入らなかったり、古雑誌バックナンバーとか揃えるの無理ゲーだったりするので、図書館に所蔵されているのを使うことが多いです。近場の図書館に置いてない? 相互貸借もさせてくれない? そういう場合は当たり前ですが所蔵している図書館がある街まで行きます。その図書館がある街というのが新幹線必要距離だったりパスポート航空券がないと行けない距離だったりすることも稀によくある(歴史学者研究費は旅費と本代に消えていく運命なのです……)。そして、辿り着いた図書館カメラをパシャパシャやったりコピーを黙々と取ったりするわけです(最近スキャナーが普及してくれてマジ嬉しい)。

なので、調査委員会は「一次資料の写し」を求めたわけですね。たとえ彼が清廉潔白研究者であったとしても、一次史料原本なんてふつうは手元にないわけですから

しかし、本来、彼は「一次資料の写し」を提出する必要などありませんでした。自分論文を黙って調査委員会に提出すればよかったのです。なぜでしょうか?

ここで、もう1つの大事な話をします。

文系に「実験ノート」はない

もちろん分野によります心理学みたいに人を対象とした研究だとしっかり実験ノートつけるように言われるかもしれないし、考古学とかは発掘時の状況を克明に記録しておくことが重要だったりするかもしれない。でも、少なくとも近現代史みたいな分野では、実験ノートをつける、という習慣はありません。

私は一度も、理系で求められるような意味での実験ノートを書いたことはないし、書けと言われたこともないし、書いていないことを理由に責められたこともありません。もちろん史料ノートに筆写したりはしていますが、そのノートだって別に厳密なものではない。普通研究においてノートは使いますが、それは高校までのノートと一緒で、鉛筆で書いてもいいし、好き勝手なやり方で書いていいし、なんなら途中で破ったりしてもいいごく普通ノートです。最近ノートじゃなくてパソコンとかを使って研究上のノートを取ってる人も多いんじゃないかな(手書き疲れるもんね……)。

なぜか? と言われれば、

です。

まり、「もとになった資料」というのは、理系のように自分実験室の試験管の中にしかないものではなく、別の誰かが保管してくれているものなのです。

理系学問において標準化された改竄不可能な形で実験ノートをつけなければならないのは、自分実験室の試験管の中にしかオリジナル資料がないからですよね? しか文系場合は、少なくともここまで説明した近現代史場合は、オリジナル資料はどこかの政府管理している公文書館とかどこかの大学図書館かに保管してあるわけで、そこに辿り着くまでの情報さえ明記してあればそれで十分なのです。これはドイツ連邦共和国ベルリン連邦文書館の何々というファイルに保管してある何というタイトル史料だ、とわかれば、チェックのためにはそこに見に行けばよいし、これは19世紀に書かれたほにゃららという新聞に載っていた記事である、と書いてあれば、その新聞が所蔵されている図書館を探して読んでくればいいわけです。

なので、別にどんな方法ノートを取ろうが自由なわけですね。最終的に読者がその元になったデータを見つけられるようにしておけばいいわけから

ゆえに、歴史学論文や著書には膨大な注がつけられます引用した史料のそれぞれについて「どこに保管されている史料なのか」「なんという本の何ページに書いてあることなのか」ということを書かないといけません。

なかには、史料自分の手元にある場合もあります。多くの場合それは「昔の人が出版した商業出版物」なので(たとえば、極端な例ですが『わが闘争』)、他の誰かも持っていることが多いです。もしそういう史料捏造とかしちゃうと「俺もこの本持ってるんだけど、お前が引用してる箇所見つからなかったよ?」という怒られが発生します(なお、捏造ではないですが誤訳指摘は受けたことがあります。コワイ! でも覆面査読なのにこの文献の誤訳を指摘できるってことはあの人しかいないじゃん……ってわかっちゃう! 文系世界基本的に狭い!)。「むっちゃ少数しか発行されなかった自費出版の本」とかが典拠になっている場合もあります。こういう史料典拠にするのも仕方ない場合があるんですよ……典型的には、そこまで有力ではなかった政治家とか在野の知識人とかを研究したい場合、彼らが出してる本は全部自費出版というのがありえます(あと、言語学とかだと、たとえば与那国島方言研究したい場合に一番の参考資料になるのは与那国島のお年寄り自費出版した方言辞典だ、みたいな例がありまして……与那国町が進めてる辞書出版プロジェクトむっちゃ楽しみ)。ごくごく稀に、古本屋歴史上の人物が書いた手紙の山をまるごと購入できた、みたいな奇跡があって、モノホンの一次史料研究個人の所蔵になっている場合があります。これはねえ……もう本当に個々の研究者の良心を信じるほかないよね……若手研究者だと色んな大学を移り歩くこともあるだろうから所属してる大学図書館寄付しろとも言えないしね……原史料出せって言われたときにすぐに見せられるようにしておいてね、定年退職するときは勤務校の図書館に置いていってよ、とお願いするくらいしかできない感じはあるよな……

さて、長々と書いてきましたが、要するに、捏造を疑われた研究者がきちんと注で出典を書いていれば、彼は論文調査委員会の人たちの前に突きつけて「ここに出典書いといたから、見に行って確かめてこい」と言えばそれで済んでいたのです(それが生データにあたるものなので。実際、今回の調査委員会ドイツに問い合わせたりしていますね)。もっと言えば、彼本人から話を聞く前に、調査委員たちはまず典拠との照合作業を行って、彼が誠実に引用したこと、つまり彼が研究不正に手を染めてはいないことを確認してくれていたでしょう――もしも彼が潔白であったならば。

しかし今回の件では、注に不備があったので調査委員たちは注から出典を辿ることができませんでした。そこで被告発者に「写し」を求めた結果、元となる史料そもそも存在しない、捏造されたものであることが判明したわけです。

注をしっかりつけろよ! まことにごもっとも。特に今回のケースは注の多い学術書であり、注の不備は申し開きができません。しかし、しかしです、この背景には、日本出版事情が絡んでいるのです。

「注がない本」問題

今回の被告発者は、学術書のほかに新書も書いていました。多くの新書には、参考文献リストはありますが注はありません。そして日本には、「研究者が書いた真面目な学問に関する本だが、注がない」というのが一定数あります(一応言っておくと、ここではauthor-date方式みたいな「厳密な意味での注じゃないけど、ともかくも出典を示す機能を担っているもの」も含めて注と呼んでいます)。実はこれ、文系あいだでも問題視されていることなのです。

文系学者が書いた学問に関する著書には、明白に書誌情報として区分されているわけではないですが、いくつかの区分があります第一にいわゆる狭義の「学術書」。むっちゃ小難しい語彙で書かれてて、先行研究とか新規性かに一言及して、参考文献を何十ページも載せてたりするやつです。読者は同じ学者、あるいはその卵。これで注を省くのは論外です。第二に「教科書」。これは学生さんとか初学者向けに易しく書き、内容には特に新規性を求められておらず、包括的な参考文献はなくとも読書案内がついていればそれでよし、という感じでしょう。注は別になくたっていい。

そしてこの2つのあいだには、「一般向け」という広大なグレーゾーンが広がっています

あなた読書好きで、少々お硬い本にも興味があるのなら、中公新書とか講談社選書メチエとかそういったレーベルを聞いたことがあるでしょう。岩波書店青弓社社会評論社といった出版社の名前を聞いたことがあるでしょう。実はこの辺、色々な種類の本が入り交じるグレーゾーンなのです。

これらのレーベルで真面目な学術書出版する人もいます講談社選書メチエでも、末尾にビッチリ注がついてたり参考文献リストがあったりするやつあるでしょ? ああいうやつ。一方で、こういうレーベル一般向けの概説書・入門書を書くことに使う人もいます。よく中公新書で、包括的タイトルで薄めの本を見ることがあるでしょ? 今回の『プロテスタンティズム』もそれですね。そして、一般向けの解説を書きながら、さり気なくその中で新しい見方提唱したりする人もいます学術的な新規性のある内容を、一般受けしそうだという理由で限りなく一般向けの本の体裁で書く人もいます最近のやつだと『姦通裁判』マジお勧め)。

さて、こういう本を出す上では、内容は著者の完全な自由にはなりません。編集者は、もちろん学術的に正しい内容を求めているのでしょうが、彼らにとって重要なのは「売れること」です。そのために「一般向けにもうちょっと柔らかい言葉遣いで書いてください」とか色々と内容に介入してくるわけです。文体くらいなら別に構わないかもしれませんが、彼らの中にはこんな要求をしてくる人もいます「注なんてつけたら一般読者に嫌がられます、注は省きましょう」

こうして生まれるのが、「学術的に新規性が高く面白い内容を扱っているのだが、注がない」という一般書の群れです。

もちろんこういった本にも参考文献はあり、「注はないけど、典拠を探しながら読めば典拠がわかるような書き方になっている」本もそれなりにあります(たとえば、はてな太郎の説によれば、と本文中に書いてあれば、注がなくても参考文献リストはてな太郎が書いた『増田研究』という本を探し出せる)。ただ、やっぱりそれは注がある文献の出典表示の厳密さに比べれば一段劣るわけです。

これに関しては、研究者も出版社もそれぞれに問題があります研究者サイドは簡単に「注を省け」なんて要求妥協すべきじゃないし、そもそも「著書を出版する」ことが、博士論文を見るためにはわざわざ学位を授与した大学国会図書館に行くほかなく出版して書店流通させることが最も良い研究成果の流通のさせ方だった時代であればともかく、各大学リポジトリを持っていていくらでもディジタル研究成果を公表できる時代にあって本当に重視されるべきか考え直す必要があるでしょう(でも、欧米出版社でも学術出版は盛んなので、これは日本だけの問題じゃないんですよねぇ。今でもオックスフォードケンブリッジハーバードコーネルといった有名どころのUniversity Press学術書出版しまくってます学術書研究業績として重視されるのは人文系では割と世界標準なので……)。

一方で、出版社は注をもっと重視するべきです。というよりも、日本出版社やジャーナリストノンフィクション作家は注をつけなさすぎます。先日、ボブ・ウッドワードトランプ大統領についてのルポルタージュ出版しましたが、体裁も内容もおおよそ学術的とは呼べない一般書そのものの本なのに、きちんと出典を示す注がついていました。出版社は、学者に注を削れと言うべきではなく、ノンフィクションを書く作家記者たちに注をつけろと言うべきでしょう。

とはいえこれは一朝一夕はいきません。そもそも知の折り詰めである新書」という形態が割と日本独自のもので、そういう一般学術を橋渡しするレーベルが広く一般読者に読まれていることの重要性というもの鑑みると、簡単になくせとか言えません。私も色々お世話になってるし。人口1億人ちょいの書籍市場ではどうしたって限界があり、色々な本を出すのではなく折衷的な本を1冊出すのが経済学的には最も合理的という考え方だってあるでしょう。ただ、やっぱり一般書にも(それこそ講談社ブルーバックス岩波新書レベルにも)注を入れるようにする、というのは必要だと思うのですよね。

さてここまで「注がない本」問題について解説してきました。でも何が一番言いたいかというと、

注はあなたの身を守るためにある

これ。これに尽きます。注はちゃんとつけよう。もしもあなた捏造者でなくとも、研究不正をしていなくとも、実験ノートをつけない我々の業界において潔白を証明してくれるのは注だけなのだから。注だけが資料実在証明してくれるのだから。本の売上よりも、あなたの保身のことを考えよう。あなたが、部屋が汚いとかハードディスクがお亡くなりになったとかパソコンの買い替え時に行方不明になったとかの色々な理由で、史料の「写し」を紛失する日はきっと訪れる。そのときに、これまでのあなた研究の誠実性を証明できるのは、人文系学問においては、注だけなのだ

以上です。駄文に長々と付き合ってくださりありがとうございました。続きはanond:20190511125053で。

2019-05-09

自分では何も調べようとしないオタク友達に疲れてきた

いつも人から情報を与えてもらってばかりで、自分では何かを調べたりしようとはしない

オタク友達不公平感を感じてきてしま疲れたという話。

以下は特定を避けるため、一部フェイクを入れています


私は数年前からとあるK-POPアイドルグループAを推している。

もともとは2次元界隈のオタクで、K-POPアイドルどころか3次元界隈には何の興味もなかったのだが

たまたまTLに流れてきたMVを見て、それから気付くと毎日動画サイトMV再生したりするようになっていた。

もともと持っていたTwitterアカウントマメ動画へのURLを貼り

Aにまつわる覚えたてのエピソードを紹介し続けたりしていたら、

とある相互フォロワーBが興味を持ってくれるようになり、いつのまにか日本でのイベントコンサートなんかに一緒に行く関係になった。

特定メンバー単推しというより、箱推しに近いスタンスだったところ

年齢、そして何より推し活動をする上での金銭感覚が近かったのが

急速に仲良くなっていった上でのポイントだったと思う。

そのうち、せっかくなら韓国でのコンサートにも行ってみたいと思うようになり

はじめての韓国遠征もBと一緒に行った。

韓国旅行ガイドブック遠征指南ブログが大量にあるとはいえ

お互い初めての韓国、二人とも韓国語はおろか英語もおぼつかない中、

ホテルを予約し、会場までの行き方を調べるなど大変なことは多かった。

しかしそれにもまして何とか韓国まで推しを見にこれた、やればできるものだという達成感はすさまじく

それからも度々韓国遠征をするようになる。

最初はBと一緒に推し活動をできるというのは楽しかった。

だんだんとB以外のオタク友達もできたていったのだが

それでも遠征で同じホテルに泊まる、コンサート以外の時間観光ショッピングなども一緒にする

となると、ある程度金銭感覚だったり、時間の使い方、推し活動以外の部分での

価値観も合うと分かっていないと、なかなかずっと一緒にはいられない。

そういった部分は本当にBとは合ったのだ。

ただ気になったのはBが全然自分では調べず、分からないことや難しいことは

私が調べるのを待っていることが多いということだ。

韓国遠征でもソウルではない地方都市への移動の仕方や

外国人には入りづらいイベントにはどうやって参加するのかになってくると

ある程度、言語の壁が立ちはだかってくる。

推しグループについてだって韓国語ができる先輩ファンたちが日本語で情報を流してくれるとはいえ

それでも情報の鮮度だったり、ちょっとマニアック情報を求めようとすると

日本語に訳された二次情報ではなく韓国語で書かれた一次情報を参照するということが必要になってくる。

私も韓国語が分からないなり、少しづ勉強しならが辞書アプリ翻訳アプリを利用しつつ

そういった韓国語での情報収集というのがだんだんとできるようになっていった。

しかしBはそういったことをしない。

どのホテルにしようか、どんなお店でご飯食べようか、遠征計画で悩んだときに私も調べてみるね、とは言ってくれるのだが

結局調べないで私が調べてきた情報を見て、そこに泊まろう、そのお店に行こう、ということになる。

twitterでも私や先輩ファン日本語に訳した情報RTして感想を書くだけだ。

韓国しか通じないホテルやお店でチェックイン食事を注文するのもいつも私だ。

Bも同じタイミング韓国語を勉強し始めたはずで、まったく韓国語ができないというわけではなく

注文くらいだったらできるはずなのに。

それに私だって毎回聞き取れなかったり伝わらなかったらどうしようって

つっかえつっかえしながらお店の人とコミュニケーションをとっているのを目の前で見ているはずなのに。

しかしやろうとしない、いつも私にやってもらっちゃってごめんね、と言いつつ

自分ではチャレンジしようとしないのだ。


推しグループは好きだし韓国旅行も好きだが、自分で他言語を熱心に学んでまで、時間を割いて色々調べてまで

推し活動をしたりするほどの熱意はない、

私とBのオタクとしてのスタンスの違いと言ったらそれまでなのかもしれない。

Bと推しグループについて語り合ったり、一緒に可愛くておいしいものを食べてはしゃぐ時間は本当に楽しい

しかしその一方で、情報を与える側と与えられる側、その役割があまり固定化しすぎてしま

かける労力に対する不平等感を感じてしまうのも事実なのだ

そしてBはオタクとしての向上心にかけるのでは…とつい下に見てしま自分もいる。

まりに一緒に長くいすぎてしまっただけなのか。少し離れてみれば関係も変わるのだろうか。

Bとはこれからも仲良くしたいと思いつつ、こんなもやもやを感じてしまうのなら

少し関係を見つめなおすタイミングだということなのだろうか。

2019-05-07

[]2019年5月6日月曜日増田

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2019-05-06

anond:20190506165231

辞書芸人の文例がでてるとおり、また字面をみればわかるとおり

バカウケは大人気っていっても小学生とかがクラスみんなで馬鹿みたいにゲラゲラ笑えるタイプの人気なのね。

グーグル検索で数語の検索語を入れて欲しい情報が出たからってゲラゲラ笑いだすやつなんていない。単なる検索ツールなんだから

それとも「グーグルのものの人気がバカウケ」といいはるからには

グーグルというサイトのものギャグ専用検索サイトとでも思ってたのかね。

グーグルが人気なのは馬鹿からではなく正当かつ真っ当な性能による受けの良さだろ。

当時からバカウケしてたというならギャグサイト侍魂とかだ。

たぶんちょっと前に増田になげこまれ侍魂の評として「バカウケ」という言葉を知って自分もつかいたくなったんだろうな。

 

語法と記載内容と二重におかしいけどもういいや、無知なやつは無知なまんま生きていけな じゃあの

anond:20190506163706

このアホの子がなんで昭和生まれになりすまそうとしたのかねえ・・・

付け焼き刃知識マウンティング失敗して年齢でもマウンティング失敗とはあまりにもかわいそうな平成キッズ

強く生きろよ

そのためにもしょっちゅう辞書引けよな

anond:20190506152301

そうだね、みっともない元増田がなぜか横になりすましてまで勝ちに粘着するから

こういう人なんていうか俺は知ってるけど、

知らないことを辞書引いてたしかめてからつかうクセのない人には

またへんな誤用されちゃうからあえて教えないことにするね ばいばい

anond:20190506151951

おっ言い張りさえすれば辞書にも勝てるとおもってるアホの子増田だな

五億年ボタンってあるじゃん

無粋だけどさ、あれの応用でさ。


現代までにこの世に出版ないし創作された事典辞書を除く書籍、ならびにそれに類するもの(※1)を読破するまで戻れない

言語勝手に読める言語翻訳される、休憩は許されるが自傷行為自殺制限される。あとは大体一般的な五億年ボタンルールに準ずる。

・賞金の代わりに、内部で得た知識記憶を残したまま元の世界に戻ることも可能とする。

ただし、この賞金代替システムの可否や記憶選択読破後に決定するものとする。


(※1)それこそ、なろうやらSSやらbnskスレの端書きからロロワに至るまで、創作された作品とみなされるもの全てを含む。

また現在未出土や紛失されたものに関しても読破必要があるものとする


みたいな条件だったらお前らやる? 同条件でゲームタイトル制覇とかでもいいんだけどさ。

anond:20190506151226

負け犬宣言か、いさぎ良いね  

これから先を生きていくにも辞書はひけたほうがいいよ

じゃあの

anond:20190506150427

じゃあ次は「人気を得る」をぐぐろうね。辞書ひきの練習ね。

anond:20190505205652

辞書を引きなさい。

【回転】かいてん

(1) 平面上の図形がその各点の相互位置関係を変えずに一点を中心として一定の角度だけ回ること。また,空間の図形や物体がその各点の相互位置関係を変えずに一点または直線のまわりに一定の角度だけ回ること。あるいは,回り続けること。

(2) 投資した資金が回収されること。

(3) 飲食店などで,客の入れ替り。

まり一般回転寿司と呼ばれているモノは、本当は回転していない。あれは巡回寿司と呼ぶべきなのだ

Google日本語入力大嘘

特長 2

常にアップデートされる豊富な語彙

Web で使われている膨大な用語から辞書作成しました。珍しい人名地名

難しい専門用語から流行顔文字やお店の名前まで。辞書は定期的に自動更新され、常に最新の語彙を利用できます

https://www.google.co.jp/ime/

堂々と嘘書いて黙認されている。今となっては「定期的に自動更新」ってのはなんのことだかさっぱりわからない。

2019-05-05

anond:20190505131622

https://anond.hatelabo.jp/20190505131826

シェルの標準を定めたPOSIX によると、マッチしたワイルドカードは"sorted according to the collating sequence in effect in the current locale." とある英語がよくわからないが辞書順みたいな意味じゃないかしら。この文章最初期の1998と最新の2018で同じだった。

anond:20190505103000

から俺が言ってるのは1つだよ。

意識高い系はそこまで全世代に浸透してない。

この世に言葉が生まれて、それが多くの人に浸透して、初めて意味辞書レベルで変質する。

十年後に系が廃れて、辞書にも載らず、ネット一時的ブームとして扱われてたら10の子供は系なんか意識せず使うだろよ。

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