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はてなキーワード: 黒幕とは

2017-09-09

やっぱり女の争いだったのか

相手の倉持麟太郎氏(34)は蓮舫代表(49)の二重国籍問題担当弁護士だったのだ。蓮舫氏は山尾氏の不倫相手が倉持氏とは夢にも思わず「あり得ない。こんなことが許されていいのか!」と激高。かねて山尾氏とは犬猿の仲で知られるだけに、厳重処分を訴えていた

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170909-00000002-tospoweb-ent

文春にリークした黒幕は、やはり…

一方で、ある野党議員秘書が山尾氏をめぐる今回の問題を調べ上げ、マスコミ相手に暗躍しているという情報もある

次は誰のスキャンダル漏れ出てくるのか

楽しみ楽しみwww

2017-09-04

中国北朝鮮核ミサイル武装に全面的に反対でしょう

anond:20170904195506

北朝鮮中国の子分だから北朝鮮の核は中国容認している、あるいは協力していると考えている人を見かけるけれど、そんなことあるけがない。中国だって核ミサイルを突き付けられている側でしかないよ。

中国黒幕説の人は中国北朝鮮が盟友だから貿易を止めていないと見ているのかもしれないが、貿易を止めて恨まれたら北京ミサイルが飛んできかねないから止められないという事情だってある。

中国北朝鮮供与したロケット製造技術はせいぜい延坪島に打ち込んでいたロケット弾程度のもの。それ以上の技術北朝鮮エジプトから複製を請け負ったソ連スカッドミサイルリバースエンジニアリングから得ている。あとはイランあたりとの協力から

そもそも中国ロケット技術アメリカNASAの流れをくむものだし、北朝鮮ロケット技術ソ連パクリ、と系統が異なる。

2017-09-02

真木よう子さんのコミケ参戦問題を整理してみた。

現時点で、本人が参加を辞退している以上、もう掘り起こさなくても良いんじゃないかとも思うけど、今回の件で色々と考えさせられたので、自分の中のもやもやを整理するためにこの日記を書いています

なので、自分と違う価値観の方には全然落ちてこない内容かもしれない。そして私は、コミケ同人誌即売会というイベントサークル参加した経験はないが、一般参加は何度もした事があり、友人に同人サークル活動をしている人もいて売り子で協力した事があります。このため、出来る限り中立的目線を持ちたいですが、所謂コミケ参加者側の"オタク"の価値観に寄った意見になる事をご容赦ください。

ただ、自分にも真剣応援している推し俳優がいるので、今回の一連の騒動はなんだか他人事とは思えなかったので。

まず、問題は一つではなく複数あり、複数問題が複合的に重なった結果、今回の騒動が起きてしまったんだと思う。混ぜて話すと分かりにくくなるので、1個ずつ取り上げてみることにする。

また、「真木よう子コミケ参戦を促した黒幕別にいるか彼女には何も落ち度はない」という意見もあるかもしれませんが、ここでは論点が少しずれるので詳細には言及しないこととします。

まず問題なかった点というか、これは是非とも賛同したいなと思えた点から

問題なかった点】
写真集作成するということ

オタク普段から表現の自由を訴えている癖に、彼女表現する機会や表現する自由を奪った」という記事意見を多数見かけたが、コミケ参戦反対派のオタク(以降、便宜上オタク」と略す)の中で「写真集作成する」という行為自体否定している人はほぼいなかったと思う。写真集作成し、彼女写真エッセイ等で自分自身表現すること自体はとても素敵で素晴らしいことだ。今回は残念ながらプロジェクト頓挫してしまったが、今後また別の機会があれば是非とも再挑戦してほしい。

ただしその時は、その作品を発表・発売するのに一番適切な環境手法について熟慮して頂くことを心から願いたい。

問題があった点】
◆「クラウドファンディングによって多額の資金を募った作品」をコミケの「アマチュアサークル」として頒布しようとした事

これは既に多くの記事でも言われている通り「クラウドファンディング自体資金集めの手段としては画期的であるし、彼女応援するファン支援できる、という事は全く悪いことではないと思う。ただ、「クラウドファンディング」というビジネスモデルに頼って「多額の出資金」で作成された「プロライクな作品」を「コミケアマチュアサークルとして頒布する」となると、やはり違和感が拭えない。

正式ルール化されていなくても、アマチュアサークル作品を作り頒布する人のほとんどは、例外を除き自費制作が主流。これは、出す作品同人誌でも写真集でも雑貨でもCD映像作品でも一緒だと思う。当然、自費制作なので多額の資金を準備するのは大変だし、制作数にも限りがある。そういう制約の中で最大限の努力をして、自分作品を出す。コミケというのはこういうDIY精神ベース根付いているし、そういう人達の活力で出来ている。

クラウドファンディング」の「制作したいものがあっても資金がないので、パトロンを募って出資してもらおう」という精神は今の時代の風潮に合う素晴らしいものかもしれないが、「コミケ」の中の主流である自分達の制作頒布するもの基本的自分達の資金力・能力範囲内で準備する」という精神とはやっぱり相容れない部分が大きい気がする。

多くのオタク拒否反応を示したのはこの部分のはずなので、同じことを別の人がやってもやっぱり叩かれていたと思うが、真木さんほどの有名人がやろうとしてしまったことが大炎上に繋がったのだろう。

コミケ企業ブースであれば、出展料金はアマチュア向けブースよりもかなり高くつくものの、そもそもが商用のスペースなので、企業ブース出展する企業コラボレーションして参加するという話であれば、もしかしたら成功していたかもしれない。(企業ブースには声優等の有名人が登場することもある)

真木よう子さん自身目的を達成するにはコミケアマチュアサークル向けスペースが不適切すぎた点

何故コミケに参加したいのかという質問に対し、真木さんは「ファンの方と交流したい」という回答をされているのを拝見した。コミケは、確かに作品頒布者とそのファン交流できる場でもある。ただそれは、あくま作品頒布する際に生まれる「副産物」であって、そもそもファンとの交流に適した場所ではまったくもって無い。

コミケは、毎年ニュースになるほどの人混みになる。アマチュア向けサークルブース基本的に長机を半分で1サークルが使い、サークル側の1ブース内に入れる人数は2人程。大手サークルでも2スペースで長机一つ分。一般参加者が歩き回れる通路もとても広いとは言えず、移動したくても身動きが取れなくなってその場で立往生するなんてことは当たり前に発生する。人混みではない場所でもブースの周りにずっと人だかりが出来ていたら、近隣のサークル迷惑がかかる。そもそも、入場するまでの待機列から目的場所に辿り着くまでに3~4時間以上経っている…なんてことも当たり前に起き得る。夏コミなら炎天下灼熱地獄の中で長時間外で並ぶことになるし、冬コミなら早朝の凍え死にそうな寒さの中で長時間並ぶことになる。

そんな場所で、所謂有名人である彼女が参加することで起きるであろうリスクを考えるのは簡単だろう。コミケ参加者彼女ファンを問わず真木よう子というネームバリューがあれば大量の人達がそのブースに押し掛ける。コミケ参加に不慣れな彼女ファンコミケ常連客との間でトラブルが起きるかもしれない。それによって、近隣のブース作品頒布するサークル迷惑行為被害が及ぶかもしれない。コミケに不慣れなファンが長時間外で並ぶことで体調不良者が続出したり、救急車が出動することもあるかもしれない。

こういった可能性に対するリスクマネジメントをきちんと行い、徹底的に対策することまで考慮されていたのかは定かではないが、少なくとも頒布する場所コミケではなく、個別に専用の会場を抑えてファンミーティング握手会等といったイベントを開催した方がよっぽどリスクが軽減されるはずである。それに、彼女程の女優であればそのようなイベントを開催することも可能なはずだ。つまり芸能人ファンとの交流に重きを置いているのであれば、コミケという場は正直不適切しか言いようがない。

これは、自分推し俳優に当て嵌めて考えても、やはりコミケに出たいと言われたら絶対に全力で反対するだろうし、専用の会場を抑えてファンイベントを開催してくれた方が正直何百倍もありがたい。というか、あん過酷空間推しを放り出すのはファンとしてとてつもなく心配である

あとこれは、個人的意思が多分に含まれるが、コミケというのはそもそも芸能人ファン交流の場ではないので、それを正々堂々と「ファン交流のためにコミケに参加したい」と芸能人が言ってしまうのはコミケ私物化したいと言っているようにも捉えられかねないと思う。やはり、ファン交流目的ならば別の会場をブッキングするべきである

もちろん、今年の夏コミでの叶姉妹のように上記リスクを全て懸念の上、事前のリサーチ対策を徹底的に行い、かつ準備を入念にしているというのをアナウンスをしてくれれば「そこまでしてでも参加したいのであれば…」と参加を応援する声が増えていたかもしれない。コミケに来るオタクの一部は、とてもトラブルに敏感である。そして「有名人が参加する」という事はそれだけでアマチュアサークルの何倍ものトラブル勃発の可能性を内包している。有名人アマチュアサークルコミケ参加にはそれくらいの差があることを、彼女ファンの方々にも是非知って頂きたい。

◆本プロジェクトを発表するタイミングとその内容の詰めが甘かった点

これは想定の話になってしまうが、発表時点で「クラウドファンディング写真集作成をする」という事だけが公表されていて、「コミケ参加」は当選が確定した後に発表されていれば、ここまで批判する者はいなかったように思える。もちろん、コミケ参加を発表する際には、先述のリスクに関する対策案も同時に発表しなければ結局炎上していた可能性はあるが。

毎年多数のアマチュアサークルからの応募があるが、その分落選するサークルだっている。そういった背景があるにも関わらず、確定前に「コミケに参加する」という発表をするのは「芸能人からたぶん当選するだろう」という驕りにも見えるし、「コミケ」というキーワードを使えば話題性高まるのでクラウドファンディング資金集めをするネタにしようとしていたようにも見える。この辺も、オタクから反論を買うことになってしまった要因の一つだと思う。

そもそも事務所意向に反する活動が出来ないと言っているのに事務所的にクラウドファンディングというビジネス彼女個人で実行するのは問題ないのか?

この辺は所属事務所規定にも関わってくると思うが、本人のみで完全に非公式プライベートコミケに参加するというのであれば、会社員をやりながらコミケに参加するアマチュアサークル形式は一緒な気がするが、クラウドファンディングというのは一つのビジネスであり、実際の必要経費よりはかなり少ない額とはいえ800万円もの資金所属事務所を通さず、大々的に公表して集めて、事務所から何も文句は言われないのか?というところも疑問である

コミケという場を借りててっとり早く本を出すよりも、少し時間はかかるかもしれないが、事務所相談するなり、事務所移籍するなりして、事務所側に彼女自身が望む企画理解してもらえるように働きかけるべきだったのではないかと思う。

今となっては、あの発表内容に書かれていた文章が、本人による言葉なのかどうかは分からないが、ファンから集めたお金を使う以上、沢山のファンコミケに関わる全ての人が閲覧できる場所で、あの内容を「本人の言葉」として発表する事を許容してしまったのは、一端の大人であり、女優という注目されやす仕事をしている社会人として、あまりにも配慮が足らなかったと言えると思う。

SNSでの発言内容やその使い方に配慮の無さが際立ってしまった点

これは、かなり個人的意見になるが、Twitterにて批判を受けた際に、数あるリプライの中から特に暴力的ツイート引用して、謝罪文投稿した事は正直ドン引きだった。彼女の元に来ていたリプライを見ていた人なら分かると思うが、その中には暴言だけでなく、建設的な助言や意見が多数寄せられていた。にも関わらず、謝罪ツイートにそれらの意見引用するならまだしも、敢えて特別ひどい暴言引用した意図が全く意味不明だった。

正直、自分ファンに「こんな酷い暴言を受けても謝罪しているアタシって可哀想」というアピールをしているように見えても仕方ないやり方だった。事実、その後Twitterでの論争は更に広がり、彼女擁護派対オタクでの言い争いが巻き起こっている。こういった状況を誘発する事すら想像できなかったのだろうか。

世間には何も考えずに心無い暴言を吐く人間が山程いる。特にTwitterをやっている有名人というのは、そういう人間には格好の餌食だ。そういうのを真に受ける必要はどこにもないし、逆に相手にすることによって、相手負の感情助長してしまう事もあるので、そういう相手へのスルースキルを持つべである

逆に、彼女のことを親身に考えてアドバイスをしていたオタクファンも沢山いたのだから、そういう意見尊重引用すべきだったのではないだろうか。そうすることで、擁護派の人もオタク意見に寄り添えたかもしれないし、オタク側の理解者も増えていたと思う。少なくとも、今よりもう少し、平和な状況になってたと思う。

このTwitterでの一連のやり取りから感じた彼女への印象は、SNS煽り耐性の無い人なんだなぁ、という印象である。仮にも34歳の立派な大人なのだからSNS発言すること、インターネットという世界中に開かれた場所情報を発信する意味を、もっときちんと考えるべきだと思う。

最近この騒動を受けてか、Twitterアカウントを削除されたようだが、一旦彼女自身SNSとの距離感を考える良い機会になってくれたら良いなぁと思う。

…以上が、一連の真木さんのコミケ参入に関する一連の騒動への所感です。素人意見なので、色々と間違っているところもあるかもしれないですが、自分なりに整理してみました。

長々とお付き合い頂きありがとうございました。

いつか真木さんご自身が、これらの問題をすべてクリアにして作品を発表できる事になったら、その時は快く応援させて頂きたいですね…!

その日が来ることをお待ちしております

2017-08-30

https://anond.hatelabo.jp/20170830204444

水龍敬氏のブログで一番問題だったのは「写真集」とあげていてそれに賛同するブクマカも多いのだから表現問題と捉えるオタク側の人間も多かったんじゃとも考えられる。

真木よう子の脇が甘すぎたのはあるし実際黒幕商業主義的だったのは確かだけど、元々増田が挙げたように個別批判点を解体したらオタクムラ社会的閉鎖性の話にしかならんやん。

ここまで書いてもう一度水龍敬氏のブログ確認しようとしたら消えてるわ…。

真木よう子の件は

黒幕がいようがいまいが、本人の対応の悪さゆえの自業自得しかないし

アメーバブログあたりで好きなこと喋ってるのが本人的には多分向いてる

Twitterとか向いてるタイプじゃなかったんじゃないのかな

2017-08-23

安倍晋三は便宜供与によるキックバック受けているに決まっているのだから国民謝罪して議員辞職すべき

田中真紀子

安倍昭恵佐川理財局長と加計孝太郎証人喚問が実現しないのは、

この2つの事件黒幕である安倍晋三が裏で指示を出しているから。

安倍晋三は便宜供与によるキックバック受けているに決まっているのだから国民謝罪して議員辞職すべき」

文化放送サキドリ」8月23日

2017-08-11

ネタバレSHERLOCKシリーズ5の予測と、シリーズ4の断片的な感想

 シーズン5は、絶対にあるはず。カンバーバッチシーズン4の撮影時に、「シーズン5までの契約」とうっかりバラして怒られていたと、英国マスコミ報道されていた記憶が。

 主観的予測だけれど、シリーズ5では、シャーロックが、アイリーンモリーの間で揺れながら、さらマイクロフトがレディ・スモールウッドに対して、「恋心」を学ぶシリーズになるんじゃないかと思う。「探偵物語」ではなく、「探偵に関する(成長の)物語」と鳴り物入りで登場したSHERLOCKシリーズだけれど、「友情「家族」ときたら、次は「恋愛」でしょう。シーズン4のエピソード2の終わりで、ジョンからも「恋愛はキミを人として完成させる!」と力説されていたし。で、シーズンから経た歳月の長さを表現するために、ジョンとメアリーの娘・ロージーが「幼女」に成長していて、彼女「初恋」と絡めて登場させるんじゃないかと思っている。(「舞台装置としての、娘の成長」という役どころぐらいしかロージーに与えられていないんじゃないかと勘繰りたくなるほど、シーズン4ではストーリーに絡まなかったし。)

 それにしても、シーズン4のエピソード3伏線の回収っぷりは素晴らしかった。幼少期の回想シーンで、シャーロックビクターとの海賊遊びに入れてもらえなかったユーラスが水辺で、手に持った「飛行機」で一人遊びしていたのには、感心した。おもちゃ飛行機は丸みを帯びたデザインで、一見してユーラスの妄想のなかの飛行機との関連を想起しづいから(彼女孤独象徴飛行機」)。さらには、飛行機のなかで一人だけ目覚めていて恐怖に怯える少女(じつは妄想中のユーラス)に対して、マイクロフトが「街に飛行機が突っ込まないように、少女ごと飛行機を海に墜落させよう。そのために、少女希望を与え続けるんだ」という態度でいたのは、国家安全のために・両親の安心のためにユーラスをシェリフォードに閉じ込めて社会的抹殺させていたことと相同的だったのも興味深い。ジョンとシャーロックは、少女を救って町も助けようという態度だったけれど、まさにこれはエンディングでの妹ユーラスに対するシャーロック姿勢だ(ユーラスの孤独を救ってジョンを助けるのも、ユーラスとのコミュニケーションを諦めずにバイオリンの音でつながり、両親と兄を含めたホームズ家の絆を結び直すのも、どちらも飛行機の中の少女に対する態度と相同的になっている)。

 それからシャーロックたちがシェリフォードを訪れるために船を乗っ取った際に、「僕はシャーロック・ホームズ……海賊だ!」と名乗るけれど、あれは幼少期のシャーロックが考えた「サマラの商人」の別バージョンバグダッド死神出会った商人は、サマラではなくスマトラに逃げ、海賊になって長生きした=自分人生自分意志選択できる:シーズン4のエピソード1で登場)を継承していて、運命に逆らい覆す覚悟を感じさせる。

 ちなみに、このエピソード1の終盤には、黒幕だった秘書「ノーブリー」の名前を唱えることで、いつか傲慢になった自分を戒めて(メアリーを守るという誓いを破ってしまったことを思い出させて)欲しいとシャーロックハドソン夫人に依頼するシーンがあった。これも、「恋愛」というテーマと共に、未回収だ。ぜひとも、シーズン5で使って欲しいところ。

2017-08-05

ナイトプール仕掛け人は誰か

流行り物があると誰が仕掛けたのか気になるタチなんだ。そういう人に興味津々だし、黒幕的でカッコいい。

2017-08-03

Murder cannot be hid long.A man's son may, but at the length truth will out.

彼はシェイクスピアの一節を諳んじてみせる。それは、目を眩ませるような不気味な光を放って脳髄に焼き付いた。

「なんという道化か。滑稽極まる、あれは恐ろしい殺人者です、その正体を確かめましょう」

何者か這い回る気配が空間に満ちていた。胸は異様な興奮に高まり、こらえるのがやっとだ。視線を巡らせると化物の姿を探す。目を閉じてあえて視覚遮断し、聴覚でその動きを捕らえようとした。何の事は無い、敵の正体は「黒く燻った汚れ者達」だった。

空想の中で何度も殺人を犯し、その虚妄に取り憑かれた彼は遂に化物となってしまった。ならば、彼にはいくつかの計画存在する筈だ。主人公を欺き、傷付ける為にいくつものギミックを用意している。彼の頭脳怜悧に働いていた。それは自らを克己する試練であるとも言えた。敵は何度も形を変えて手脚や胴体を襲い、猛然と打ち倒そうとする。

誰かに劣っているのではないかという不安自分が一番だという自己欺瞞の塊だ。誰に見せるのも烏滸がましいようなエゴの塊。恐ろしい叫び声を上げて化物は唸り狂う。耳を塞ごうとした。黒幕自分が退治される日を心待ちにしていたのだ。その化物に一歩、また一歩と迫る。

「お前は誰かの真似がしてみたかっただけの生き物だ。賞賛が欲しかった。昂然たる讃美者が。貴方は一塊の石ころに過ぎません。ネガティブを継ぎ合わせた物だ。退ければ退ける程、現実が押し寄せてくる。孤立し、千倍にも増大し、人を憎んだ。その成れの果て。」

2017-07-16

笑点メンバーでデスゲームをやったら

小遊三が主役的な立ち回りをしそう。

円楽はキレものキャラと見せかけてただのかませ。

黒幕最初に死んだと思われていた歌丸

2017-07-11

閉会中審査ウォッチャー(国会ウォッチャーではない)

前川文部科学次官、頭良いし、確かに嘘ついていないっぽいんだけど、

質疑を聞くと、なぜ問題定義をこの人はしたのだろうという疑問しか残らない。

官僚としての大学行政管理してきたプライドを掛ける?にしちゃ失うものが多いし。

まず、おかしいのは加計ありきと感じた点に関して、

前川氏「獣医学部の新設を求めている大学として、当時文科省としてはっきり認識していたのはやはり加計学園でございまして、その他に関心を持っているところはあるとは考えていたけれども、明確に獣医学部をつくりたいという意思を伝えてきているところについては、私の認識では加計学園しかいないと考えていた。構造改革特区要望してきたということが経緯があったし、愛媛県知事からもそういったお話担当のほうに来ていたこともある。

 したがって、獣医学部問題というのは、ほぼこれは加計学園問題に絞られると、こういう認識は持っていた。また担当の局においても、また国家戦略特区担当している内閣府におかれても、暗黙の共通理解として規制改革で設置を認めようとしているのは今治における加計学園獣医学部だと。こういった暗黙の共通理解はあったというふうに考えている」

ということで、いずれの段階においても、京都産業大や他の学校法人(が新設を望んでいること)は認識していなかったということになる。

新設に向けては、陳情等において声を上げていくことが必要であるはずだから

私学許認可権を持つ(高等学校以上は文部科学大臣だが)愛媛県知事や関連自治体文科省に声を上げていくのは当然。

ここで加計学園現実的に一歩抜けていただけに過ぎないと思わないのかな。

文科省の動きが悪いなり既得権益受益者保護のための硬い岩盤規制を感じたら、

特区での新設を目指し、その所轄官庁内閣府に話を持っていくのは、

ビジネス的には高度なテクだが、当然の展開。内閣府に知り合いがいればだけど、当然そうするわな。

そして前川次官自分自身で、加計学園安倍総理もしくは官邸の最高レベルなる方との間に、

特別関係があることを思わしめようとした人物というか、組織というか、黒幕名前を明かす。

前川氏「総理加計理事長とがご友人だということは、私は8月終わりごろに担当から説明を受けた際に聞いた覚えがあるが、今ご指摘の(萩生田氏のブログの)写真は10月半ばごろに私は拝見した。これは、私は出席していなかったけれども、獣医師会の皆さま方が大臣のところに要請みえた際にお持ちになったというふうに理解している。その行政行動の際にお持ちになった、いろいろとたくさん資料があったけども、その資料についてその事後に担当から私が『このような資料大臣への要請があった』という報告を受けた。

 どうしてこの写真をお持ちになったか獣医師会の意図は分からないが、写真を見て、総理加計氏の間柄が極めて親密である理解した。私以外に文科省の中でどれほどの人間がこの写真を見たかは、私は承知していない」

これでも安倍総理官邸が、行政私物化しようとしていたと主張しようとする人は、

それこそ、獣医師からいくらもらってんのかな。

2017-06-28

https://anond.hatelabo.jp/20170627220344

このサイトもかなり漫画の種類が多いけど、これと比べるとフリーブックスが如何に金をかけてシステムを構築していたかがよくわかるな。本当にフリーブックスの黒幕は誰だったんだろうか。

2017-06-05

バイオハザード ヴェンデッタ ☆☆

ネタバレ

愛する人を殺された復讐テロ起こすっていう相棒シナリオそのまんま。

脚本がどっかでカットされたのか、黒幕が「ワクチン効かへんかったやろ?」ってワクチン打って助かってる本人に言ってて若干不整合があったような。

映像はどうなの

良くも悪くも最近流行りの物理レンダリング「ではない」ようで、多分レンダリング品質自体は同じくフルCG映画キングスグレイブFFと同じ程度。

PS4より確実に品質は良いけどディズニーとかのと比べると圧倒的に劣る。そんなレベル

アクションはどうなの

残念ながらミラ・ジョボビッチはいないので、と言いたいところだけれどこの作品にはレオン・S・ケネディ君がいる。

在りし日の中二病っぽい彼が彼のままガン=カタライクなアクションを繰り広げるぞ。

多分この映像見てアメリカ人は「まーたジャパニーズスタイリッシュアクションかよ」と思うことだろう。

どうせジャパニーズスタイル映画にするなら、ジャパニーズシスターコンプレックスの塊が産み出したクレア・レッドフィールドちゃんを出すべきだったんじゃないか? いやマジで

評価

パンツが見えないので星二つです。

……あのさあ。ゾンビなんだから服が破けてたり下穿いてなかったりしても良いじゃん? なんで律儀にみんなズボン履いたまんまなのさ。

2017-06-04

CCCコラボは駄目か駄目でないかはともかく「コラボ」でないとできない

http://gaiatu.hatenablog.com/entry/2017/05/29/011546

これについて。

FGOCCCコラボイベントについてのひとつ意見だけれども、「それはないだろ」と思ったので反論を載せておく。

まずはっきりさせておきたいこととして、自分CCCプレイしたことはない。だからプレイしたことのある人とは違う感想になって当然だし、キャラ性格やらが変わったという主張については口の挟みようがない。

そしてその点については別に否定するつもりもない。キャラぶれなんて古今東西どこにでもある話だし。

ツッコミを入れたいのは「CCCコラボとして出す意味がないものだった」という点について。

今回のシナリオはむしろコラボイベントでないと書けないシナリオだったのでそこは違うと言いたい。コラボした結果よくなかったという話なら別にそれはそれでいい。

その前に一点

作者のやりたいことは以下の発言に集約されていると思う。

『一度終わった物語サブヒロインの「その後のイフ」を書けるチャンス』はFGOのような媒体しかない。

両儀式」や今回のゲストヒロインのように、本来物語の中では決して訪れる筈のないヒロインルートを書けるのが、お祭りゲームであるFGO』の最大の強みだと思っています

http://www.typemoon.org/bbb/diary/

『一度終わった物語サブヒロインの「その後のイフ」を書く』ためにFGOを始めたと言っても過言ではないので、ある意味では今回のCCCイベントもその後のイフが書けるという正にそのためのイベントである。だからこのために始めたと言っても過言ではない。

しかし「CCCという作品のために」FGOを始めたというわけではないので奈須きのこCCCコラボがしたくてFGOをやった(他の作品ヒロイン二の次)と思われてしまうのはちょっと発言意図とは違う、というだけの話では。過去発言蔑ろにしたんじゃなくて過去発言意図しない方向に取られてしまたから訂正したというだけだと思う。

なぜコラボでないといけなかったのか

ここからネタバレしかならないので見たくない人は自衛してほしい。

まず、今回のシナリオで多くのユーザーインパクトを与えた「魔神快楽堕ち事件」。魔神柱という人間を圧倒しているはずのもの人間支配されるという立場の逆転を起こした一連の流れは魔神柱をも手玉にとるキアラの凄まじさがよくわかる話だった。

そしてキアラのビーストへの変化はそれまでのビースト達のように強大な力を持っているわけではなかったがその精神性をもってして獣に上り詰めた(もちろん後付けで力を与えられてはいるのだが)といったあたりがますますキアラマジヤバイ

だが、その壮絶な内容に対して多くのユーザー違和感はなかったと思う。それはCCCプレイ自分からすれば周囲の既プレイ勢が「だってキアラだし」と納得していたからであり、既プレイからしたらつまりそういうことなのだろう。あいつならおかしくないという前例があったわけだ。

ではこれが仮に今までに出てきたことのない新キャラだったとしたらどうしよう。なんか見たこともない人間キャラが出てきた。人のよさそうな顔で出てきたけど実は黒幕だった。なんと魔神柱を乗っ取ってビーストになったらしい。人の手では倒しようのない強敵だ。

「はぁ?」と思う。なんかいきなりぽっと出のキャラチートかましてイベントラスボスとして出てくるわけだ。

そんなチートキャラをいきなりもってこられたところでなんでそんなに強い奴がそこらへんにいてラスボスやってるんだとなる。伏線がなさすぎてそういうことはありうることだよねとは思っても感覚として納得し辛いのだ。

ところがそれがキアラというキャラであれば、別の作品での積み重ねが既にされているのでぽっと出ではなくなる。なんだかむちゃくちゃな強さも性格もそういうキャラなんだと説明してしまえるし納得できる。

該当のブログでは話の大まかな流れとして「終局特異点から流れ着いた魔神柱ゼパルが海底油田基地セラフィックスの職員を乗っ取った。しかしゼパルは逆に乗っ取った筈の人間に取り込まれしまい、その人間のせいでこのままではまたしても世界危機。」と書かれており、ブログ管理者がこの点を今回のシナリオ重要な点として考えているのがわかるが、むしろその重要な点はキアラというキャラクター以外だと説得力が出ず、それでも新しいキャラクター説得力を持たせようとすると説得力のある描写のためにイベントの本筋とは関係のないところで時間が取られてしまうし、そもそも番外編としては枠が収まらなくなってしまう。

きちんと説得力のある描写をすべきだ、と言うのならコラボイベントという説得力が既に他の作品にある状況を利用しないと、少なくともこの分量ではそんな描写はできないだろう。

同じ機能を持った舞台装置を使えば別にCCCキャラという舞台装置を使う必要はないだろう、と言われたところでそれならその同じ機能を持った舞台装置とやらをどこから持ってくるのか、という話だ。

そして原作と今回の舞台の関連性について。

正直ここはそれこそ無理に関連づける必要性がないだろう。世の中のコラボイベントを見回せば関連性などを気にしている作品がどれだけあるのか。

別にコラボイベントなんて言ってしまえばそれこそ別にそのイベントがある必要性そもそもない。でも必要かどうかじゃなくてその物語が書きたいからと書かれたのがFGOコラボイベントであるように思う。

その物語を書きたいから、ヒロインのイフを書きたいから用意された舞台必然性がないという話をしたところでどうにもならない。

そしてメルトリリスのイフを、パッションリップのイフを、キアラのイフを書くためにはCCCという作品とのコラボでないとできない。CCCしかいないキャラクターなんだから

そして他の登場キャラクターはどこに行ったのか、CCCとのコラボじゃなかったのかという話について。

まあサブヒロインのイフを取り扱いたいのにサブヒロインではないキャラクターを取り上げる意味がない。というかコラボからとなんでもかんでも制限なくキャラを持ってきたら逆に今度はFGOという作品を使わずCCC続編を作れという話になる。ただでさえ舞台が閉鎖空間でありFGO側としては主人公しかいない状態なのにここでさらCCCマスター勢の話まで出してきたらコラボである意味がなくなる。

そしてマスター勢を出してもつりあうようにFGO側のキャラを増やしたなら、全体としてキャラクターが増えすぎてこれもまたコラボイベントという枠に収まらなくなってくるだろう。

できの悪いシナリオか否かとコラボでないと成り立たないシナリオか否かは別の話

コラボでないと成り立たないシナリオなのにキャラクターの設定がおかしい、というならできのよくないシナリオだった、という話で終わるだろう。

だが今回のイベントコラボでなくても成り立つかと言われたらコラボからこそ成り立ったイベントであり、コラボでなくても成り立つように修正しようとすればもはや別の話になってしまう程度には再現性が保てないだろう。

シナリオに強引な点があった、キャラクター性格が変わっていた、という話を安易コラボでなくてもできるシナリオだったと批判してしまうと、はたから見れば「俺の嫁が他の奴になびいたからクソ」という主張を無理矢理理屈づけているようにしか見えない。

本当にコラボじゃなくてよかったと思っているならコラボじゃなくても成り立つ理由をきちんと説明してほしい。

そしてヒロインのイフを書くならもっと丁寧にやるべきだ、という話ならそれこそコラボである理由云々とは別の話になるので、そこは分けて主張するべきだと思う。

2017-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20170529234655

この女性に対する苛立ち。

条件1.腹黒美人説。

自分美人価値を利用して就活したとしていたとしたら、自業自得しか思わん。

条件2.能天気バカ

自分美人だと認識した上で、1対1で飲みに行って、こんなはずじゃなかったって訴える。

条件3.条件1,2から分岐して、黒幕がいるパターン

条件1.のような腹黒女だったら、2年もたって、メディアで訴えるって、デメリットが大きすぎて、そんな選択するかな?

あるいは、条件3の場合メリットが大きいとか。

最初、条件2で考えて、能天気バカぶりに苛立ちを覚えた。

条件1からの条件3の流れだとしても、真っ黒過ぎて嫌になるわ。

2017-05-26

女性宮家の何がやばいか、大河ドラマ『直虎』をベースに考えてみる

民進党女性宮家の創設を進めようとしている。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS17H4O_X10C17A5PP8000/

ぶっちゃけ、何が問題いまいちピンと来ない人が多いと思うので、自分なりに考えをまとめてみたい。

日本における天皇とは憲法にも明記されているとおり、国の象徴である

そして、その天皇家血筋を絶やさないために連綿と受け継いできた、不敬な言い方をすればバックアップにあたるのが皇室である

ここで本質的重要なのが「血筋」を絶やさないことである以上に「家」を絶やさない、ということ。

なぜ「家」を絶やしてはいけないか、について皆さんにしってもらいたくて、この文章を書いているので、最後まで読んでもらいたい。

皇室日本において、約2000年続いてきた伝統である

そして、その基本的ルールが「万世一系」、つまり男系宮家を維持し続ける、ということだ。

これはざっと分かりやすく言えば、皇室以外の完全な民間出身男性宮家に迎え入れない、ということ。

我々日本人は、このルールを千年以上守り抜いてきた。

そして、その歴史の上にはじめて、現在民主的国民国家象徴として祀り上げられて然るべき「天皇」という存在国民誰もが(程度の差こそあれ)尊重することができている。

日本の歴史上、天皇家に娘を嫁がせて「外戚」として権勢を奮った人物は多数いるが、「息子」を天皇家の婿に入れた人間はいない。

蘇我藤原・平・徳川といった、時の最高権力者でさえ、息子を天皇家に婿入りさせようなどとはしなかった。

これは、現代日本法規範である皇室典範まで受け継がれており、典範には、女性皇族皇族以外と結婚した場合皇室から離脱すると規定している(女性皇族結婚後も皇室にとどまる女性宮家の創設には皇室典範改正必要になる)。

ここで素朴な疑問として「でも、皇室男子が少ない現状、バックアップを増やすはいいことじゃん」と思う人も多かろう。

一見すれば、昨今の男女同権思想立場からも、賛同の声が聞かれると思う。

だが、これは現代日本という国の歴史における今この一点の判断で、安易に変えてしまってもいいルールなのだろうか。

これを分かりやすくするために、大河ドラマ『直虎』を例に出し、女性宮家を認めることのリスク説明したい。

ことの重大さが伝わりやすくなるよう、ある程度設定を改変するがご了承いただきたい。

・・・

ここに、1000年以上、自分たちを「井伊の民」と自覚してきた民と、そしてその領主である井伊家がある。

井伊家は相次ぐ争乱により、直系の跡取り男児は、先代当主直親(三浦春馬の子、虎松(寺田心)しかいなくなってしまう。

そこで、井伊家では虎松が成人し、当主を名乗れるようになるまで井伊家の血を次ぐ先々代当主の娘・直虎(柴崎コウ)に任せることにした。

ドラマではこの時点で直虎は既に出家し「生涯結婚することはない」という状態であったが、今回は直虎が出家をしていなかった場合を考えよう。

直虎は当主の重責を果たす中で、いつもそばにいてくれた幼馴染で小野家の現当主・政次(高橋一生)との愛を育んでしまった。

しかし、小野家は元々井伊家と敵対していた今川家の家臣。そのまま結婚し、子が生まれれば小野家の第一子となり、井伊家の名字は無くなってしまう。

そこで政次を井伊家に婿入れさせることになり、井伊政次と井伊直虎の子・政虎(仮)が生まれてきた。

さて、ここで、考えてみよう。井伊家の跡取りは虎松か政虎か。

から言えば、前領主の子であり本家本流の虎松が跡取りとして正当であるはずだ。

しかし、もう一方の政虎は現当主嫡子である。井伊の民にとっては「自分たち象徴」「井伊のアイデンティティである直虎の一人息子が政虎なのだ

これは、井伊という国を真っ二つに割りかねない、致命的な問題なのだ

井伊の民は、政虎を当主として認めることができるだろうか。

自分たちを「井伊の民」と名乗らしめるのは「井伊家」という一つのストーリーであり、1000年に渡る自分たちアイデンティティの中心にあるのは井伊の「家」である

政次は井伊の血筋とは全く関係のない小野家の人間であり、その子・政虎には井伊家の血が入っていたとしても、小野物語を受け継いだ人間である

もちろん、婿入りはしていたとしても、人が生き、人が伝え、人が託した物語とは、制度上の言い訳で誤魔化しきれるものではない。

もっと、肌で感じる「何か」のはずだ。

虎松ではなく政虎が当主になるとは、その瞬間1000年の歴史ある「井伊のストーリー」が、「井伊と小野ストーリー」あるいは「井伊のストーリー小野編)」に変わってしまう、ということだ。

日本では馴染みがないが、イギリスフランス王家では、女系宮家が婿に迎えた男子やその子王統を継いだ際に「●●朝」の名前が変わる。1000年続いた井伊谷の「井伊朝」が「井伊・小野朝」あるいは「小野朝」に変わる。間違いなく日本の「大和朝」は一つのターニングポイントを迎える。

しかも、小野家にはなんと先代当主を死に至らしめた事件黒幕という噂もある。

であれば、今回の一連の騒動は、小野による井伊家乗っ取りだと誰もが思うだろう。

さて、今回の例では、井伊の人々の思いも虚しく、最終的に息子への情愛に流された直虎が、自らの子である政虎に井伊家を継がせ、小野家臣団と井伊家臣団は統合されてしまう。

その後、反発した井伊家譜代の家臣団は弾圧を受け、排斥。井伊の民にとって「井伊」という言葉はその土地意味するだけのものとなってしまった……。

つまるところ、史実通り井伊家が井伊家として徳川末代まで残ったのは、この時の直虎が出家をしており、子を為さず、直系の後継者・虎松を育てたかなのだ

・・・

皇室女性宮家を認める、というのは近い将来この事態を受け入れる、受け入れてもよいと認めるということである

認めるか、認めないか判断を下すのはもちろん、主権者である我々日本国民一人ひとりだ。

女性宮家民間男性からまれ子供が、将来天皇になる、というのは、約2000年の間、我々日本人が連綿と受け継ぎ、守り抜いてきた1つの大きなストーリーを終わらせるということに他ならない。

あまつさえ女性宮家が迎え入れた民間男性外国人だとすればどうなる。イギリス皇太子や、韓国大統領中国共産党書記長の息子とも結婚することさえ可能なのだ

その可能性は、日本人として、認めていいのか。受け入れていいのか。

いざその瞬間、女性宮家婚約者を発表したときに、過去現在未来全ての日本人絶句するような相手でないと、誰が言い切れよう。

少なくとも、その時点から先にある「日本国象徴としての天皇」は、遡ること2000年間の全日本人が知り、崇敬し、仰いだ「天皇」ではない。別の何らかの意味合いを持った「天皇である

その物語を「日本の象徴」と認めることは可能なのか?

私は、女性宮家の創設には断固反対である

天皇家が今のかたちで現存しているのは、過去全ての日本人が「天皇家に取って代わる」という最後の一線を踏み越えることのなかった歴史の上に成り立っている。

自分たちにとって、神聖ものを、神聖なままに、尊び、敬う」という我々日本人の心の歴史が「万世一系なのだ

女性宮家の創設とは、過去あらゆる時点における日本人尊崇の念が無に帰す、不可逆の一手であることを知ってほしい。

2017-05-17

王道ストーリー映画だと主人公絶対死なないのでドキドキしない

と言われたりするけど、自分結構キドキする。

何にドキドキしているのかをこないだ映画を見ながら自分分析してみた。ヒーローもの場合主人公は死なないが、

  1. ヒロイン死ぬ/死なない
  2. 師匠死ぬ/死なない
  3. 親友死ぬ/死なない
  4. 一度助けた子ども死ぬ/死なない
  5. 悪者が本物の悪者じゃなくて改心する/しない
  6. 身近な仲間が実は真の黒幕/黒幕じゃない

などの可能性を常に考え続けていて、このストーリーはこっち系か?いや、違うか?とか考えながらドキドキしている。楽しい

2017-05-07

ダンガンロンパ3アニメFGOCCCコラボの荒れ方が少し似ていた

今朝CCCコラボクリアしてアルターエゴ達の一連の生き方に感動し、Twitterシナリオ感想検索を掛けてみて、一部の既存CCCプレイヤーが今回のコラボストーリーに対してかなり荒れている事を初めて知った。

きのこCCCプレイゲームプレイしろ

「完全な蛇足メルトリリス萌えに走った結果がぐだと言う名のきのこ×メルトリリスになった」

思い入れのある古参ほど絶望するストーリーだ」

ーーあ、物凄い既視感だ!これ、アニメダンガンロンパ3の時に見た言葉だ!

きのこ小高に変えるだけで、まったく同じ言葉を見た!

ダンガンロンパ3では「ゲーム本編、ゲーム前のストーリーに関わる設定をアニメで後付けしねじ込んだ」と言う点で大いに荒れたが(絶望カリスマである黒幕がそのカリスマ性で絶望に堕とすのではなく洗脳映像世界絶望に染め上げるなど演出が不味かったこともあったが)、今回のCCCコラボはそれとは反対に別の世界線の話ではあるがCCC本編の「その後」的なストーリーが描かれている。

まり改編された部分は違っても「後付け」でストーリーが追加されたという点が同じだ。

私はダンガンロンパ3の後付けは正直蛇足だと思っていた。

反対に、今回のCCCコラボに関しては素晴らしい後付けストーリーだと思っている。

しかし、私が素晴らしい後付けだと思っているストーリーに対して、私がダンガンロンパ3に抱いていたような感想を抱いている人々が少なからず居る。

彼らのネガティヴ感想を眺めて思った言葉たちが、今になって全部過去自分に跳ね返ってきた。

あの時の自分の姿を鏡で見せ付けられたようで、殴られたような気分になった。

いくら外に向かってこの作品はこうであったのに改悪されて…と呟こうとも、楽しんでる人間にはちっともそんな言葉たちは響かない。CCCコラボ自分がそうだからだ。

こんなに素晴らしいストーリーが楽しめないなんて可哀想

そんなに原作者解釈違いなら読むのを止めたらいいのに。

アニメダンガンロンパ3を楽しんでいた人達は、あの時の私に対してきっとこう思っていた事だろう。

万人に満足させる「後付け」の話はやはり難しいのだと思う。どうしてもそこには原作への思い入れだとか、様々な感情が絡み合ってしまうからだ。

その後付けに対し怒っている人間、喜んでいる人間、どちらか一方の受け取り方が正しいのではない。肯定否定、どっちの作品愛が深い、という話ではない。

人それぞれなんだから、どちらの受け取り方も間違ってないんだ。敵視する必要はないんだ。

恥ずかしながら同じような荒れ方をしている人達を見て、今になってそんな簡単な事に気付かされた。

これから作品の受け取り方に対してもっと柔軟になれる気がすると思う。本当に、もっと早く気付けたら良かった。

2017-04-20

GHOST IN THE SHELLを見てきた[ネタバレ]

ハリウッドらしい残念な実写化だった。

正直役者は素晴らしいと思ったし、スカヨハは素子にぴったりだった。

なんで素子が白人なんだよみたいなこと言ってるやつがいることにはホントびっくり。

しろ日本人だったら桃井と親子なのバレバレすぎて。

たけしが良くないみたいなこと言ってる人も多いけど、別にあれはあれでありだと思う。

荒巻頭脳派じゃなきゃいけないなんてことはないと思うし。ただ日本語を喋る人がいるなら他のメンツ外国語喋ってていいとは思ったけど。

CG景色も最高だったね。見た目はぜんぜん違うのに攻殻精神を感じた。見せ方もすごい綺麗だったし。

問題はやっぱりラストの浅さかな

記憶の真偽が定かでない中で何が自分自分たらしめるのか→答え:ゴースト

っていう問いと答えがすごいシンプルテーマでわかりやすいのは良かった。

だったらラストが本当の過去記憶がわかってよかったねハッピーエンドじゃあおかしいでしょ。

母親が私を見るときの目が似てるみたいなゴーストを想起させるような話はあったけどそれも結局記憶に基づくものだし。

記憶じゃなくてゴーストだっていうのをもっとやってほしかったな。

あと気に入らなかったのは

芸者ロボが豹変して人を襲うっていうのが怖いのになぜか武装集団が出てくること

カッター黒幕としては物足りない

・人の心でネットワークってなにそれってなった

・多脚戦車操作方法パチンコのあれみたいでしょぼい

同意するみたいなセリフダサい あそこまでオマージュするなら最後ネットは広大だわでよくない?

字幕見てから吹き替え見ようと思ってたんだけどね。こりゃ見るの1回でいいわ。

2017-04-05

巨大セルリアン、だいだらぼっち

シシ神様っぽい、あいつが黒幕だ。

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