「聴覚」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 聴覚とは

2018-08-16

anond:20180816041430

まあ言いたいことは分かるけど、イヤフォンで耳を塞ぐっていうのは聴覚が「落ちる」じゃなくて「無」になるわけだからなこの差はさすがにデカ

2018-08-15

はてフェミ水田水脈みたいなこと言い出して草

murasakizaru 聴覚過敏とかメンタルとかで子供騒音が耐え難い苦痛だって人はまさか自分の子供は持たないんだろうから、せめて人の子育ての余計な負担にならんようにって考えにはならんのかね

2018-08-14

anond:20180814021922

哀しいとは思わないな

増田が許容量の広い男だったのは良いことだが、それを普遍化させようとするのは邪悪だと考える

その同調厚手殺される側の人間だっているだろうと言うところにも想像を広げておきたい

狭いアパートピアノさせてたら階下の住人に殺された酷い事件があって

これだけ聞けば犯人まじクソなんだけど、聴覚過敏の障害餅だったって判明したことがあった。

そういう病人にも我慢を強いる同調圧力へと容易に転化しかねないので、増田には同意できないよ。

騒ぐ子供の件

聴覚過敏の自分は、子供の声が苦手だ。

(正直に言えば「苦手」というのはかなりオブラートに包んだ言い方だ。普段からイヤマフを常用している自分からすれば、突発的な子供の絶叫は暴力凶器に近い。)

だが、個人的には別にファミレス子供が騒ぐのは一向に構わない。そもそもが「ファミリーレストラン」だし、仮に子供の声が不快なのであれば、そこに行かなければ良いだけだ。むしろ子連れの方々が、肩身の狭い思いをしなくて済むようなレストラン公共施設もっと増えたほうが良いとさえ思う。この国での子育ては、はっきり言ってハードモードなのだから

ただ、子供連れが入店できない空間もあって然るべきだとは思う。地球上の人類全てが子供に対して寛容という状況はありえないし、自分みたいに聴覚刺激がとことん苦手な人間だっている。

思えば自分が昔海外に住んでいた頃には、子連れ入店できない店なんて普通にあったし、子供がいる夫婦がそういう店に行く時には気軽にベビーシッターに預けることもできた。その代わり、街ゆく人は子供に対してとても寛容だった。怖そうなおじさんも、パンクなお兄さんでさえも。子供の声なんだから我慢しろ!という言説も聞いたことがなかった。

この国ではそれがない。全く。

なぜだろうか。個人的には、日本蔓延する「子供大人棲み分けを一切許さな空気」が原因の一つに思える。棲み分けがなされてないからこそ、世のお母さん達は子連れで入れる店が少ないと感じる。

例えば、前述の「子連れ入店できない店」とは逆に「子連れウェルカムであることを堂々と謳う店は、子供不寛容な人に対して「ご入店・ご利用をご遠慮ください」と言うこともできる。

そういうことができない・なされていない中途半端な状況下、ネット上で子連れのお母さんと不寛容派の人間が殴り合っているのを見ると、なんとも悲しい気持ちになる。


日本では、いろんなバックグラウンド人間を同じ空間に押し込めて「お互いに我慢強要する」ことがとても多いように感じるが、大抵その場にいる全員が等しく不幸になっている。逆にお互いが不幸にならないよう、あえて不均質な空間・場はどんどん作った方がいいし、不均質さに対しては不寛容であるべきでない。

騒ぐ子供の件は、それがわかりやすく表出している例だと思う。

2018-08-13

anond:20180813120212

増田に届いてほしいけど、

もう散々ツリーが伸びてしまってるから増田に届くかどうかわからないし、

自分結婚育児経験したことのない人間から懐疑的に思われるかもしれないけど

自分もかつてコントロールなんてきくわけない子供の一人だったろうから

そういう人間の一人として全然大丈夫だよ!って気持ち自分のことを書くね

メンタルが弱っているときにはきっと攻撃的な言葉や悪意の方が強烈に届いてしまうと思うけど、

こういう風に考えてる子育て経験のない人間いるから少しでも安心してほしいなと思って書きます

自分聴覚過敏気味で音に敏感な方でそれはもちろん

子供の泣く声や大きな声に対してうるさいなと思うこともあるけれど、それは単に物理的な問題

子どもが泣いたりはしゃいだりすること自体そもそも悪いことでもなんでもないし

親が配慮しろコントロールしろとは全然思ってないよ(ていうか絶対そんな思い通りにできないだろうし)

というかつとめて思わないようにしようと考えているよ

だってやや音に敏感とはいえ概ね自分健康な健常者の大人で、

いまこの社会において実際に増田のような子育てをする親御さんと子供生活する上で

他の様々な障害を抱えている人に実際には奪われているものは何もないし、また譲っていることも殆どいか

ほぼ健常な大人向けの社会インフラの中で普通に生活しているだけで

守れている気になってる程度のマナー意識しか自分が実際には持ってないことがわかったか

以前エスカレーターエレベーターベビーカー問題議論になったときも思ったけど、

健常な大人であるだけでその流れに乗れて、不自由なく生活できる社会において

健常者が実際にそうでない人たちに譲ってることの方が少ないと思う

うるさいとか邪魔だとか、親の態度がなってないとかいろんな意見ブコメトラバに出てきたけれど

でもそれはその文頭に「俺が不快から」「私が気に入らないから」「私の生活の流れが滞るから」ってつけなきゃいけなくて、

実際その感情が全てだと思う だってそこを我慢したとして、健常者の自分が一体どれほどのものを譲っているだろう?

以前足を骨折したとき、通学や通院でどうしても地下鉄を利用しなくてはならなくて、

松葉杖をつきながら通っていたけど初めてエレベーターを利用しようとしたとき

それがとても困難なことだってわかった バスから降りた途端大勢の(恐らく)健常者が

エレベーターに走って殺到して、あっという間に乗れなくなってしまたか

あまつさえ自分は弾き飛ばされて転んで、でも遅刻しないことの方が大事からその場にいた人は全然助けてくれなかった

そんなことをそれからもしばらく続けてわかった、普通大人が骨を折った、病気になった程度のことでも苦労があるのに

そういった生活上の障壁常態化している人の苦労はどれほどのものだろうかと思うようになった

ただ普通に生活していて俺たちの邪魔をするなというだけではなく

時にはそういう人たちのためのリソースも気づかず(あるいは意識的に)奪っていることもあって、

それが既得権益のようなものでなくていったいなんだろうかって思うようになった

それから自分が気に入らないから、自分スムーズ生活が妨げられるからという理由

問題を抱えてる人の責任なのだから人達の方であれこれ我慢してほしい」と思う気持ちをなんとかしようと思って、

けが必要な人、配慮必要な人に健常な自分積極的に譲れるだけ譲ればいいと思うようになった

たとえそれがどんな態度の親御さんでもどんな相手でも、不快に思う気持ち感謝されなくて残念なんて思う

エゴイスティック気持ちも全部こちらが幻の何かを譲った気になっている「私」の方の問題なのだから

たとえ自分結果的不快な思いをしてもいいから、助けられるところは助ければいいし

自衛できるところは自衛すればいいと思うようになったし、できるだけ実践してる

でもほんと全然できないなって思ってる ベビーカーを運んでも席を譲っても、飲食店でうるさくてごめんなさい、って

謝ってくれるお母さんにもほんとに申し訳なさそうな顔させてしまうしその度こっちが申し訳ないと思う

から増田みたいに苦しんでる人にはいつもお願いだから大きい顔をしていてほしいって思う

少なくとも私にはそんなに大きな迷惑かかってないし、ていうか別に迷惑かけてもいい

(ましてファミリーレストランのような場所ならなおさら)

こちらが助けたり対応できることな全然やるよーって人他にもたくさんいると思う

つらいこと本当にたくさんあるだろうけど、できたら楽しく不自由なく家族生活してほしい

別にこっちは自由に動けるんだから必要なことや我慢してほしいことがあれば全然気にしないで声を上げてほしいって思う

いずれまた自分高齢になって不自由になって同じような社会暮らしていくのいやだもの

だって今ある社会の中からこぼれたり迷惑がられる可能性ある、それがほんとにお互い様ってことだと思う

どちらも不快な思いをしてるんだからお互い様、っていうのは私はこちら側の思い上がりだって感じてるよ

もちろんきれいごとだけではなくてうるさいなと思ったりイライラしたりるするシーンも結構ある あるんだけど、

おまえはマナーがなってない、遠慮しろ特権階級か、って行動に制限のある人に堂々と言えるほど

健常な大人である自分他人に対していつも何かを配慮したり譲ってるのか?っていつもその度自分に釘さしてる

こうやって気を付けて生活してても実際はそれはすごく難しくて

増田のように苦しんでいたり申し訳なさそうに小さくなっている子連れの親御さんを見る度に

そんな気持ちにさせてしまって本当に申し訳ないと何度も思ってるよ

なんの制限もなくて今のところは自分の思うように行動できる度100%の健常な大人

様々な理由自分の思うように行動できる度が70%や50%やそれ以下の人たちに対して

「それはおまえの責任なのだから自分解決して道を譲れ、我々の自由な行動の邪魔をするな、これが社会だ」っていうの、

いったいどっちが権利を強弁してるんだろう?ってよくよく自分に対して思うようにしてる

不自由な人にまだ不自由を強いてるの恥ずかしくてたまらない

ストレスフルな状況で増田にぶつけてしま気持ちすごくわかる

もちろん全部はわからないだろうけど、そういうどうしようもなさのことはすごくわかる

ここに書かれていることだけが社会の総意でも世の中のマナー体現してるわけでもない

増田が書いていることも体験していることもなにもこんなにも強く糾弾されることでは全然ないんだって

私は強く言いたいなって思うよ 余計なお世話かもしれないし読まれいかもしれないけど、

後ろめたさや怒りを感じず子育てできる環境に少しでも近づけられるように自分草の根でやってくつもりなので

増田もでっかい顔して子育てしてほしいと思う 

追記

タイトル変えるとトラバにならなくなるの知らなかった 直しました

物音がやかましいマンションに住んでなければ聴覚過敏にならなかった

2018-08-10

聴覚過敏(多分)のお客さん

https://togetter.com/li/1255001

集合住宅に住んでる人で、他の部屋の換気扇とかの音を全部聞こえなくしろってクレームを延々入れ続けられて困ったことある

しかも途中からメンタル発症して担当者人格に対しての攻撃クレームの中に織り込まれ地獄だった。

当り散らされた側からするとモンスターなのはどう見てもお客さんの方だった。

個性?だかハンデ?だかを尊重できなくて申し訳ないけど、こっちもトラウマがあるもんでどうしても色眼鏡で見てしまう。

2018-08-08

[] #60-1「タメになった気の経営ごっこ」

俺の通っている学校は、特に公民カリキュラムに力を入れている、らしい。

その公民とやらは更に学部とか科目が分かれていて、選択制となっている。

だけど、そもそも公民」というもの漠然しか学生理解していないので、この選択に大して意味はない。

ちゃんと考えて選んでいるのは、一部の意識が高い奴らだけだ。

俺はというと意識が低いので、入っているのは……えーと……うんちゃら部の、メディアかんちゃら文化のなんちゃら項……

……とどのつまり正式名称が長すぎて覚えていない。

から、みんな「文化部」って言っている。

その程度の認識しかないものを選んだ理由簡単

授業内容が基本的に楽だからだ。

ドキュメント番組映画を観たり、漫画小説を読んだりして、それのテキトー感想を書けばいいだけ。

それで簡単合格点をくれる。

だが、半端に真面目な奴や、要領が悪い奴は苦戦するらしい。

そいつらに何度かコツを尋ねられたが、俺が言えることはいつも一つ。

「ああいものを通じて社会を分かった気になればいい」

正解のない事柄で正解するには、自分の正解を押し付けることだ。

もちろん「正解でしょ?」という顔をしながらな。

まあ、そんなわけでユルい選択科目なんだが、あくまで“基本的に楽”なんだ。

たまに面倒くさいことをやらされることがある。

しかも面倒くさいだけじゃないってのが、尚更ゲンナリするというか……。

ちょっと愚痴っぽくなるかもしれないが、今回はその時の話をしよう。


…………

文化部の授業は、視聴覚室で行われる。

他の教室より座り心地のいい椅子もあって快適な場所だ。

エアコン温度肥満の奴に合わせていることは少し不満だが。

その肥満代表格が、文化担任教師から余計にな。

「みんな、おはよう!」

そんな室内の冷え込みを中和するかのように、担任は暑苦しい挨拶を響き渡らせた。

「で、今日の授業だが、別のことをやりたいと思う」

続けて飛び出た不穏当な言葉に、室内が冷え込むのを感じた。

その冷え込みのせいなのか、クラスメートのカジマが震えながら担任に尋ねた。

「せ、先生。“別のこと”ってのは何スか?」

「『経営ごっこ』だ!」

まだ概要すらロクに分からない状態だったが、俺たちはこの時点で嫌な気配を感じ取っていた。

(#60-2へ続く)

2018-08-02

就労移行支援A型事業所

発達障害者として雇用され、通所しているけれど、まあひどい。

当初やらせてくれると言っていた事は何一つやらせてもらっていない。

購入すると約束したものも購入されず、要望書や質問書を作っても無視されている。

この危険猛暑の中、野外の地面に直座りで作業をさせられている。作業服などない。

1つでも業務を渋ろうものなら首にするぞと言わんばかりの威圧的な態度をとられてしまう。

こんな事をしにきたんじゃない、○○をしに来たのだというと、雇用契約書を盾にパワーハラスメントのようなことを言われる。

「みんなやってるんだからあなたもやって」がうちの運営の口癖のようだが、これは福祉について詳しい人達によるとアウトなのだそうだ。

一人ひとり障害状況が違うのに、「みんな」と同じことをさせるのは矛盾である車椅子の人も、日光に弱い人も、聴覚過敏の自分も、全員同じ作業をしている。

ところが「みんな」と同じ作業をしなくて良い人がいる。それが知的障害者。どうしてこの人を入れたのかは既に言わずもがなである

この知的障害者のみやらなくて良いことであったり、免除されている作業が多い。

利用者個別支援計画書には「適切な支援を行う」とだけ書かれており、その支援内容は不明

自分発達障害特有の、見通しの立たないことがとても苦手なのだが、平気で突然作業変更を言い渡す。

事前にそのことを伝えていても、何の前置きもなく(しかも全く向いていない)作業をやらされる。

何の支援も受けていない。むしろ不適切支援を受けている。

何に使うのか、いくらの儲けがあるのか、全く知らされないままよく分からない何かを作らされる。

やれという割にしっかりとした手順や作成方法不明で、明確にして欲しいと要求しても曖昧表現ばかりで自分には理解できない。

出来上がるものは売れるようなクオリティではない。ちょっと綺麗なゴミである

その割に代表者は「会社から利益がいる」を繰り返す。自分たちはその利益いくらかも知らない。

ちゃんとした建物とも言えない場所に詰め込まれ仕事とも言えないような何かをやっている集団である

こちらのこれまでの経験など全く活かせない。やらせてくれると言っていたのに、何もない。

そしてやったことがないことをやらされて、「分からない」と言うと叱責される。

こちらが理解できる説明方法を伝えても無駄で、ならばと見よう見まねでやると失敗する。そして叱責される。

せめて経験のある分野をやらせてくれと訴えても無駄利益が出ないのだそうだ。自分はそれで利益を出す仕事をしていたのだけど。

パソコンはろくな動作をせずに重たい。専門的な器具は何もない。

入り口の周りには生ゴミ臭いが充満することもある。

自然な加算を取って人員配置違反しているのに、病気悪化した利用者のことを違反していると詰る。

建物基準も勿論違反している。プライバシーを守って相談できる場所がない。それらしき場所はあるが声は全部筒抜けである

何かを作る為の材料利用者が「家で余ったから」と言って持ってきたものが多い。

写真撮影利用者スマホに頼っている。

求人票には耳触りの良さそうな業務内容を並べているが、ほぼ信義則違反と言って良い。

書いてあるはずの設備がない、業務もない、あったとしても幼稚園児のお遊戯会のようなレベルお話にならない。

土曜開所日はその月にならないと分からず、週末の予定は立てようがない。

代表者従業員パワハラで辞めさせる等、過去には人権無視も甚だしいことをやっている。

こちらの発達障害についても、ほとんど全く理解していないような言動を繰り返している。

突発的な(しかも向いていない)作業を入れないで欲しいというのは合理的配慮範疇だと思うのだが、それを伝えても全く意に介さない。

仕事から」「みんなやってるから」「そんなんじゃお給料出せない」等々の言葉が返ってくる。

まともな会社ならそれでも納得できよう。だがあくまA型鋭利福祉が半々であるべき場所だ。

省令改正されたり厳しくなったりして焦っているのだろうが、そのしわ寄せが利用者にいってはいけない。

雇用契約書の内容を守れと言うなら、雇用契約を交わしたあとに結んだ購入物や諸々の約束を守れと言いたい。

詳しくは書かないが、補助金利用者給料に回す方法だって、実に巧妙で尻尾を出さな方法を取っている。

つくづくお粗末で、幼稚で、低レベルで、悪質でずる賢いやり方で補助金を回している。

元はと言えば、確固たる事業理念もなく、ただ補助金が出て儲かるからという理由だけで立ち上げた代表者が悪い。

本人は指導員としての仕事もろくに果たさず、毎日何やら難しい顔をしながら自分専用のいいパソコンと向かい合っている。

サビ管は障害福祉に携わったことがないようで、発達障害他の障害についての適切な対応を取っているとは思えない。

主にこの二人が事業所を回している。人員配置違反である。そうならないように名前を貸しているだけの人間もいる。

気まぐれで事業所に現れ、適当な事を言って去っていくだけの、変な人達だ。

そんな、大した理解もない人間がやっていることなので、障害悪化する人が出てくる。

障害悪化した理由自分たちにあるにも関わらず、体調管理ができないと利用者を詰る。

ちなみに代表者本人は知られていないと思っているようだが、過去にどんなことをやらかしたか、たいていのことはこちらは把握している。

どんな素性で、どんな経緯でこの滅茶苦茶なA型を立ち上げたのかも、分かっている。そういった情報はどこからでも入ってくる。

そしてそれを各関係機関に報告もしている。勿論、不適切支援を受けていることも、こちらの障害状況が悪化していることも一緒に。

ある関係者は「そんな安らかな潰し方はしない」と言い、別の関係者は「易々と廃業などさせない。相応のものを背負ってもらう」と言っている。

今後A型ゆっくりゆっくり締め付けられていく。

人を人とも思わず、それぞれの障害に対してまともな配慮もできないようなA型は潰れていくべきだ。

A型事業所に行こうとしている人はしっかり見極めた方がいい。悪い事業所に引っかかる人が一人でも減る事を願う。

2018-08-01

知的ガイジ vs 発達ガイ

今日バスに乗った。

自分は発達ガイジという事でタダ乗りである

いつもの席に座れたのだが、

通路を挟んだ隣の席からうなり声が聞こえる。

知的ガイジだ。

聴覚過敏タイプの発達ガイジの自分にとっての天敵は、

知的ガイジや知的の入った自閉症ガイである

自分聴覚過敏なので、突発的な音や大きな音に弱い。

尋常でないストレスを感じてしまう。

まり長い間晒されていると体調も崩す。

バス内のガイジは不規則タイミングで唸ったり、看板などを読み上げたりするので、

ストレスがかかる。

知的ガイジは知能が高く野生のカンが冴えているので、

相手が「弱い」とみると畳みかけるように攻めて来る。

軽度の発達ガイジの自分などやられるだけの存在

ついでに言うと知的ガイジはJR私鉄半額の特典や障害年金が確定するなど軽度発達ガイジよりメリットがモリモリで、

そういう意味でもボロ負けである

自分障害年金が貰えておらず、貧乏である

我、敗北者なり。

2018-07-20

美しいものが見たい

なんかこう、視聴覚的に圧倒されるような美しいものが見たい。

2018-07-16

VR尿意に勝てない

ゴーグルをつければ視覚は騙せる。

ヘッドホン聴覚を騙してくる。

視覚から入ってくる情報が安っぽいコントローラーと画面の連動に対する違和感を打ち消していく。

嗅覚はその存在を忘れ去られ、今や五感の全てが別世界にいる自分認識する。

しかし、尿意は……尿意けが誤魔化せない。

喉の渇きも飢えも、前もって満たしておけば半日程度はただの違和感に留められるが、尿意便意だけはバーチャル世界に没入したはずの体の内側からやってくる。

意識存在意義もVR空間の中に入り込み、もはや現実は捨て去られたはずなのに、尿意けが最後リアルとして生き残る。

せいぜい4時間限界だ。

それ以上は尿意によって幻想が砕かれる。

股間に響くかすかな違和感と少しずつ強くなる小さくて鈍い痛みがハッキリと教えてくる。

お前は未だリアルにあるのだと。

そして自分実態が3Dモデルでもアカウントデータでもなく、リアルにおける肉体に宿っているのだと実感させられるのだ。

尿意こそが、尿意こそが人をアナログ世界に閉じ込める最初の楔なのである

2018-07-15

セミ進化過程

捕食されまくる幼体

長い地下生活

嗅覚が退化

繁殖の為に地上に出ても、

相手が見つからない

かろうじて機能が残っている

聴覚を利用

ミーンミーンミンミンミーン

2018-07-11

聴覚障碍者宿泊拒否問題で何が差別理解されてない

迷惑かけた客がハゲからって次からハゲ全員を拒絶するようなもの 

迷惑定義勝手身体的な特徴と結びつけてそれで拒絶するのが差別

ハゲは一括でこういう迷惑野郎だと人間性を見ないのが差別

でも差別をしたほうが炎上して健常者からの支持が得られるのだからやったほうがいい

日本人は抵抗できない弱者をたたくのが大好き

日本場合はそれが正しい

2018-07-06

こちとら腐ってはいないまでも何と無しにゲームとかアニメを鑑賞する女オタク

一方で『正社員入社しては過呼吸を起こし1年少しで退社』を繰り返し現在コンビニバイト

申し訳ねえと思いながら実家暮らしをしているが実際罪悪感で潰れそうである

推しがいる人は「こいつの為に生きなきゃ!」「こいつの為に金稼がなきゃ!」とか

なるんだろうが上記の通りぼんやり「あー面白いな」って思う程度だからそこまでいかない

周りに流されるように艦これとうらぶをやってはいるが、当初は「このキャラ好き!」ってのはいたが

これも最早『生活の一部』みたいになっているので逆に特別感を感じなくなってしまった

一方リアルでは付き合ってるんだか付き合ってないんだか判らん友達がいるが

悔しいかな彼もアルバイターである結婚するんだとしてももちょっと先だろう

つらつら書いたが結論から言うとよくある「何で私生きてるんだつらいしんどい状態なんだな

ちらちらツイッターを見れば「バーフバリを見ろ」「ヒプマイを聴け」「筋トレしろとある

そこまでに行きつかねえーーーんだこちとら胃痛頭痛聴覚過敏なもんでな!!!!!

同じ症状持ちの人で「これ効くぞオヌヌメ」ってのがあったら教えてくださいオナシャス

2018-06-30

anond:20180630234725

どうでも良いけど白杖の人って聴覚すごくてビックリするくらい障害回避するよな

まぁ個人差はあると思うんだけど知人の白杖の人は足音個人特定するレベル聴覚すごい

2018-06-24

anond:20180623125158

つーても読解力があまりない人に詳細に説明しても、話がくどいって言われるんだよね

ネットでも「三行でまとめろ」って人よくいるじゃん(大抵はネタだけどたまにガチの人がいる)

言葉によるコミュニケーションって自分文章構成力と、相手の読解力に依存してしま

口頭の場合はそれに滑舌の良さとか声の大きさ、聴覚の良し悪しも関わってくる

コミュケーションコスト負担を均一にしろ増田は言う

だがコミュニケーションにかかるコストは、その人のコミュニケーション能力によって異なる

挨拶程度で物凄く負担になる人もいれば、全く苦にならない人もいる

増田の例で言うならば、「アレやっといて」で相手が何をして欲しいのか察せるタイプの人もいる

状況判断や、作業内容の整理を脳内でしっかりできてるタイプの人は、「アレ」の一言で全てを察する事ができる

そういう人は自分が指示する時に「アレはアレでしょ? なんで分からないの?」ってなる

能力が高いが故に、相手の事が理解できないって事も往々にしてある

こういった事を考えるとコミュケーションにかかるコストを「均一にする」のはかなり難しいと思う

実現しやすいとしたら、コミュケーションコストを均一に「近づける」って事になると思う

例えば普段よくやる作業作業A、作業B、作業Cといった感じでラベリングして、それを職場で共有しておく

そうしておくことで「アレやっといて」を「作業Aやっておいて」に置き換える

「アレ」が何を指しているのか共有できてないのが問題なんだから、それを共有された「作業A」にするだけでかなり把握しやすくなる

人がよく入れ替わる職場だと、こういう工夫をしているところが多い

2018-06-19

人間の反応は視覚より聴覚に対する方が速いのであらゆるゲームではSE情報としてプレイするのは当たり前の前提なんだが

それにわざわざ名前wwwww

サササササウンドプレイwwww格好いいっすwwww

2018-06-11

発達障害聴覚過敏に二次障害出てるのか周りの話し声ですぐに集中力切れるのがつらい

anond:20180609214104

増田です

ブコメへの反論はここに書いていきます

---

hidamari1993 定石の詰め込みが思考力の向上にも繋がることは詰め込み教育威力証明してるのにまだこういうこと言う人いるんだね。

詰め込み教育否定しているように感じられたんでしょうか。学習力の勉強詰め込み教育って矛盾してないですよね?

文章聴覚情報理解、要点の把握、効率的な暗記の手法を学ぶことで、詰め込める情報を増やすことが目的です。

詰め込み教育テキスト内の情報だけを「詰め込む」のですが、テキスト外の学習方法も「詰め込む」ことで

勉強効果を上げようという話をしているつもりでしたが、そこまできっちり書かないと理解されないみたいですね。

---

sbedit1234 馬鹿か。結果を計測した方が正確かつ簡易。

何の結果が、誰の視点で簡易かつ正確なのでしょうか。

効率的な暗記の技術が身についているか、暗記のスピードは何を見て計測できますか?

から情報理解と整理と視覚化の能力はどうやって確認しますか?

---

narwhal 国語現代文テストはその能力で解く。ただしまともに教育をしてはない。実のところ教育しないことによって阿呆を篩に掛けているようにも見える。

学校が篩にかける理由って何ですか?

また、塾で対策ができるようなことが篩になるのですか?

---

drying_flower だいたいやってるじゃん。上から国語数学小論文かな

方法に絞った勉強ではないことが問題なんです。

国語テストで悪い点をとっても「何が悪くて、何を考えてどのような解き方をすれば解けるようになるのか」を一人で理解できる人はもともと頭が良いと思います

勉強方法に絞ってテストし、重点的に対策をすることを目指そうという話をしています

例えばなんですけど、長文を暗記する方法って学びましたか

僕は学ばなかったです。頭はよかったので「春はあけぼの~」とか繰り返していれば、「いつの間にか」できるようになってはいました。

ももっと効率的な覚え方があるとしたらどうですか?

例えば、長文を覚えるときは、ブロックに分けて頭文字を反復するといいですよね。

ものすごく細かく分けた場合はこうなります

は(るは)あ(けぼの)よ(うよう)し(ろくなりゆく)や(まぎわ)、す(こし)あ(かりて)、む(らさきだちたる)く(もの)ほ(そく)た(なびきたる)

それをさらに4つくらいの単位で繰り返して覚える

「はあよし はあよし はあよし」・・・

そのあとは、情報さらに”削る”

「は(あよし)」

この段階だと「は」だけで「はるはあけぼの ようよう白くなりゆく」が引き出せる状態になります

これを各ブロックで行えば

「はやく」で、一文全体が思い出せるようになります

さら情報を削ります

「は(やく)」

これで、「は」だけで「はるはあけぼの・・・・たなびきたる」が思い出せるようになります

これをそれぞれの文で繰り返せば、長い文章も高速に、かなりはやく覚えられるようになります

こういう方法理解しているかどうかで勉強に差が出てくるのはあきらかです

例えば、受験対策で有名なものに「まず目次を覚える」というものがあります

目次の文章も、この技術を使えばかなり高速に覚えられるようになるわけです

こういう学習の基礎となる方法を積み重ねることで、「無駄な繰り返し」を減らして

勉強ができる人が増えていくようになるはずです。

(ほかの人へのコメントにも書いたんですが、詰め込み教育矛盾しないですよね)

anond:20180611004728

ああ、伝わってないなあ。

この方法のものを授業で教えようって言ってるんだ。

地頭のいい人たちが自然にできている学習の力を、意識的に学ばせて

できなければできるまでやらせて、勉強の苦手な人を減らそうという意図だよ。

ここら辺の弱点を埋めずにひたすら授業をしたって、根本学習力がないか意味がないんだ。

意味がないか無力感にさいなまれて、逃げ出してしまうんだよ。

時間内に長文から要点を抜き出してまとめる能力理解力・まとめ力)

これは普通国語問題に近い。

しかし、普段国語の授業は余計な解説が入るし、一つの文章を何時間もかけて読むので

時間に長文から要点をまとめるという技能だけを何度も教え込むことはできない。

受験テクニックとして塾で学ぶことはあるけども、普段国語の授業とは明らかに違うのがわかる。

そもそも国語教科書に、そういう「論理構造」と「読み方」の項目が少ない。

・読み上げた音声から概要を図にして説明する能力理解力・整理力

これって授業でやってる?

これはつまりは頭のいいひとのノートの取り方、メモの取り方。

視覚ではなく聴覚による情報をどれだけ理解できるか。(聴覚情報による理解力

ーなおかついかに明確に他人に伝えることができるか。(図)

この方法のものを鍛えようという話をしている。

ノートの取り方や、理解の力は自己責任として突き放してるのが今の教育ではないかという話

・3回読み上げられた文章をできる限り暗記して、書き出す能力(暗記力)

これは上の応用。

聴覚情報論理構成ではなく、文章のものをその場でどれだけ暗記できるか。

短期間で文章を暗記する能力は、(その場では忘れてしまうにしても)勉強効率を上げる。

一見勉強が得意に見えても、視覚情報テクニックでのりきる人は、この手の暗記は苦手。

受験必要ない情報は捨ててしまう傾向にある。

俗に言う”AI読み”になっていき、受験以外の場(高度な教育や専門的な会話)では文意とはズレた解釈をするようになる。

問題と解答を見せて、それと同じ論理問題をその場で応用して解く能力論理理解力・応用力)

これは数学小学校国語ではけっこうあったかもしれないが、だんだん減っていくタイプ問題

東大レベルになると、難しい公式をその場で与えられて、所見で問題を解かされたりする。

しか普通大学レベルではそこまでのことはやらない。

この問題意図しているのが、数学ではなく国語だし、教え込みたいのは、論理と応用だ。

文章構造論理が複雑であればあるほどよい。

それを真似るということを意識することで、文章を書くのがうまくなる。

小論文の授業との違いは、小論文構成より多様で細かいもの意図しているということ。

かい論理シャドーイングを繰り返すことで、自分の中に多くの思考方法が埋め込まれる。

見出し小見出しだけ見せて、だいたいの内容を予想する能力

予想するクセをつけるのは重要だ。限られた情報から推測していく力はどの分野でも役に立つ。

また、何かを学習する際はゼロから読むより、ある程度予想してから読んだほうが

予想との違いで脳が刺激されたり、予想を補強する情報がすっと入ってくる。

予想と合っていれば読む時間を短縮できる。

次に、見出し小見出しから予想していくことで、自分の中に文章構造化するクセがつく。

・3回画面に表示される難しい言葉をその場で覚える能力(語呂合わせを使えとか、頭文字を覚えろとかヒントを出す)(暗記力)

暗記は自己責任になっている面がある。暗記はすべての勉強の基本だがさらっとしか触れられない。

もっと重点的に暗記に絞った訓練をするべきだ。

長い文章を覚える場合でも、いくつかの文節に区切って文の頭文字を覚えれば文を暗記でき、その文の頭文字を覚えていけば文章全体を暗記できる。

こういうテク自分のものにできるかできないか勉強の成果と効率は大きく変わる。

暗記をしなければ自分の中に情報ストックされず、ゼロからやりなおしになる。

ちなみに、暗記の基準は「ヒントなしでパっと思い出せること」だ。この点も意外と教えられない。

から「覚えてるつもり」で先に進む人が多いだろう。

・読むのに15分くらいかかる文章キーワードは太字)を読ませ、読み終えてからキーワードについての感想知識を書き出させる(集中力理解力

超長文読解だ。長い文章全体像を把握しながら重要ワードピックアップする能力を鍛える。

受験の長文読解の長文は短い。

一度に処理する能力を圧倒的に多くすることで、脳の短期記憶を鍛え、処理できる情報量を増やす狙いがある。

授業でやったって言ってるけど、これができたら少なくとも早稲田慶応以上には入れるだろうし

資格をとるのもカンタンだろう。

でも世の中の人はそうじゃないよね。

そういう人のために「(地頭のいい人が無意識にできてる)学習力」を鍛えようという話をしている。

余談だが、これは僕がこれを苦手としていたと気づいたからでもある。

僕はなかなかの国立大学に入ることができた。受験国語の点数も悪くない。

小論文も書けた。

でも大学でつまずいた。

なぜかといえば、僕がIQが高いアスペだったからだ。

僕のような人間になると、文章をしっかり読んだり余計な情報を暗記しなくても、

問題パターン理解して、おおまかな予想をして答えを選択できてしまう。

受験だけならこれで突破できてしまうのだが

正確な文章理解や、耳と口を使う会話を求められる機会が増えていくと、自分が何もできていなかったことに直面する。

また大学研究では文献を読み解いていくことが必要になるが、自分文章を読めないということに気づかされた。

僕は「勉強の仕方」がわかっていなかった。特殊だった。

そして、これは「勉強ができない人」に共通している問題なのではないかと思ったんだよね。

僕はこの欠点理解して意識的に潰して行って、今は以前よりはかなりマシになった。

勉強効率は50倍くらい変わったと思う。

からほかの「勉強ができない人」もやり方さえわかればできるようになると思うんだ。

※:あとではてな記法で整理します。

2018-06-03

聴覚過敏っていうのがあってね…」って

発達障害当事者いくら発信しても

子供の声を騒音と感じるなんて人でなしだやることのない老人だって切り捨ててきたくせに。

結局そういうのがあるらしいって認識が広まるのは、耐えきれなくなった当事者事件を起こして

定型発達者と思われる人たちが怖い思いをしてそのことがニュース記事になってからだよ。

理解が広まっていれば違ったかもなんて改めて言うけど、騒音絡みの事件の度に「堪え性がない奴がいる」で説明しても聞かなかったじゃない。

過去のことを責めてもしょうがないけど

こちらとしては類似事件が起きないために出来る限りのことをしてきたのにやりきれないよ。

2018-05-23

anond:20180523101322

音いうのは非常に重要情報人間視覚よりも聴覚さらには視覚聴覚の同時刺激の方が反応速度が速い。

そこでモニターに単に映像を映すだけじゃなくて、画像解析で爆発などを音に変換してコクピット内に流すようにしてるんだよ。

ちゃんと考えられてる、角度とか

2018-05-22

ごはんを食べて「おいしい!」って言う癖

子供の頃からかにつけて「おいしい!」を言っていたな、と最近気付いた。

未就学とか、小学生低学年とか、それくらいから。実際母の作るごはんはおいしい。それを差し置いても私はしょっちゅう「おいしい!」と言った。

きっかけや理由曖昧。母を褒めようとしていたような覚えはある。だから、無理のある「おいしい!」もあった。

キュウリトマトレタスハムをよそっただけのサラダに「お母さんがスーパーで選んだキュウリおいしい!」って言ってた記憶がある。我ながら苦しい理由だ…。

大学に入った時、一年だけ一人暮らしをした。その間、実家は母と父だけの二人になった。

父は、あまり料理感想を言わない。味音痴ではないし美味しいものは美味しいとわかる人だけど、言わない。既製品に対する文句ダメ出しはするあたり、美味しいイコール味が気にならないからわざわざ口に出さないのだろう。が、悪く言うと、母の料理には無頓着のように見えた。

それが関係しているかどうかは微妙なところだが、私が実家に戻ってきてから、母は何度かこう言った。

あんたがおいしいって言って食べてくれるから作りがいがあるわ」

私の「おいしい!」はもう癖になっていたから、そうなの?としか思わなかったけど、あとからちょっと照れた。

そんなことを言われたので、「おいしい!」は積極的に言うべきなんだなーと思う。なにも作り手のためだけじゃなく、自分のためにも

美味しいものをおいしいと言うと、さらにそれが美味しく感じられる。言葉を発した口の動きで、音を捉えた聴覚でオイシイという情報が脳に入ってくるので。て塾の先生が昔言ってた。

でもおいしくなければ言う必要はない。

私は「おいしい!」と言ったその口で、「煮物ちょっとからいよね」とか「今日味噌汁薄くない?」とかわりと言います

それで、うるせえ文句あんならテメーが作れや!てブッ飛ばされてもなにも言えないけど。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん