はてなキーワード: 賢明とは
いっそ楽転と社名を変えられては?と皮肉の一つも申し上げそうになるところです。
まあ、このままグループ全体で大ゴケことしかねないことを考えれば賢明な選択、とでも申し上げればいいのでしょうか?
ところで、なにやら転んでもただでは起きない(楽転だけに)とばかりに楽天モバイルでは「最強プラン」なるサービスを始めるとのこと。
これまで月当たり5GBという制約があった良質なKDDIの回線の使用量の縛りをなくします!!
ということらしい。
との決意が現れている、とでも申し上げればいいのでしょうか?
ただ、まあ冒頭にも書いたように、
例によって客寄せパンダで人を集めるだけ集めといて、
ある日突然に方針の転換をする可能性はないとは言えないですよね。
やっぱ制限設けまーーーーす!!、と言い出す日が来ないとは言いきれない。
なんせ自社ユーザーに向かって
と、あっさり無料プランを撤回したことも記憶に新しいですので。
でもね。
ほんと、あれはすごかったですよね。
金は払ってなくても、自社のユーザーですよ。
私の知り合いに夫婦喧嘩になるとすぐ「離婚してやる!!」って言っちゃってた人がいるんだけど、結局相手から愛想つかされていともあっさり離婚されたね。
いつものように「離婚してやる」って言って実家に帰って相手が謝るのを待ってたら、その間に済んでいたアパートを解約されて離婚届送りつけられたんだと。
何でそんな事するのか分からないってその人は素で言ってたけど、私にはするつもりのない離婚を平気で口に出せるという、その発想と感性がわからないよ。
まあ、その人すごいイラチなので、たまにしか仕事のシフトがかぶらない私でも恐いし面倒臭いなと思うくらいだから、別れた元パートナーさんは賢明だったなと思う。
今回左派の賢明で正しい表明に対して愚かで頑迷なウヨウヨ~んが噛みついたんでまともな人は皆「そんなん発信は自由だろアホか…」ってなってるけど
ウヨウヨ~んな有名人のウヨウヨ丸出しの言説に対して人口の7割ぐらいが「なんて正しい発言なんだ!うおおおおおおおおおおお!」ってシュプレヒコール上げてたら終わりだ猫の国ってなるだろ
現状の投票結果から考えてもそうなりかねない危うさはあるから左派にとってこそ発信に対する慎重さってのは必要だと思う
いや気持ちは分かるのよ、正しい左派にだけ発言の機会を与えて誤った右派には発言の機会どころか生きる権利すらキャンセルしろって思い自体はさ
というタイトルは、一見ナンセンスに思えるが、よくよく読むと実のところ釣りタイトルである。ここでの本題は、「芸能人や漫画家が公式Twitterで政治的な発言をするべきかどうか」だ。
党派性に囚われた人たちは、自分に都合の良い発言はOK、相容れない発言はNGと恥知らずに繰り返す。しかし、賢明なはてなー諸氏においては、原則を考える議論に関わる場合、自分が最も許せない政治的発言をされたときのことを考えてほしい。例えば陰謀論や差別的な発言など、そういう許しがたいものだ。
「良い発言なら良いだろう」というのは全く考えが足りない。これには誰が良い・悪いを判断するのかという問題が必ずついて回るのだ。
元増田も言及しているように、小泉今日子さんの「普通に生きていればこう感じるでしょっていうふうに思うんですけど」という発言だって、人によって捉え方が分かれるだろう。
好意的に捉える向きも多く見受けられるが、私には非常に差別的な発言に感じる。イスラム国家には女性への差別が制度として存在するが、当事者はそれを善と信じている。発言の善悪をもってべき論を考えてしまうと、結局は煩雑な議論になる。
そして「芸能人や漫画家が公式Twitterで政治的な発言をするべきかどうか」ということを考えたとき、元増田の言う
という発言は一考に値する。スポーツの祭典で政治的な発言をすべきでないという話がよくされるように、スポーツや文化は、政治的対立が起きたときの最後の砦だ。
芸能人や漫画家は、その肩書で活動する限り、文化の担い手という側面を持つ。彼らの公式Twitterは企業の公式Twitterのようなもので、その作品をある程度代表する類のものだ。
一個人としての政治的な発言は、それがどんなに愚かなものでも発言したこと自体を決して咎められるものではないが、どのような内容であれ、文化の担い手としての肩書を捨てた場で発言すべきだと私は考える。
余談にはなるが、私は選挙は顔も名前も隠してIDと公約だけで行うべきだと思っている。人類は、一個人の功績と政治的信条や個別の能力を切り離して考えることができるほど優秀ではない。
何かを本気で頑張って、結果としてそれが失敗に終わったとしても、その努力をしたという経験は人生において糧になると言われている。
努力した経験のある人は、新しく何かに取り組む時も「頑張り方」を知っていたり、多少嫌な事でも「耐え方」を心得ていたりする。
私は二十余年生きてきてその経験が全く無い。
なんだかんだ幼稚園の頃に始めて中学の頃までやっていたが、特別頑張ってやっていたわけでは無い。最初の頃こそ好きでやっていたもののあとは完全に惰性だった。
中学に上がる頃にはもう月に1、2回、数枚の宿題を提出してはまた数枚持って帰る、みたいな取り組み方で意味なんて無いようなものだった。
公文式は学校の授業の進行に関係なくどんどん自分で先の単元を学習していけるので、中学半ばくらいまではいわゆる勉強の「貯金」があったおかげで国、数に関しては苦労することがなかった。
それもあって中学は地元の中高一貫校に合格。(なお後で知ったが定員割れしてたので落ちる心配はほぼなかった)
そして勉強の貯金が尽きてくるとガクンと成績を落とし、それとほぼ同時に学校そのものが面倒臭くなりサボりがちになる。本格的に逃げ癖がつき始めたのもこの辺りじゃないかと振り返って感じた。
幸か不幸かエスカレーターだったので中3〜高校卒業までずっと出席日数をギリギリ下回るくらいで、先生方のお情けの課題をこなして進級してそのまま卒業した。
部活は中学の最初はラグビー部に入っていたものの、全く楽しく無いし運動音痴である事を自覚したので1年そこらで辞めて、以降高校卒業まで帰宅部だった。
小学校の頃もサッカーとラグビーを習い事としてやっていたがどちらも長続きしなかったし、今となっては別に強制でもない部活に、それも明らかにきつそうなラグビー部に何故入ったのか自分でも謎だ。
大半の人が人生で一番努力すると言っても過言では無い大学受験ですら私は努力しなかった。
最初の方はMARCHを第一志望にしていたが、高校に半分も通っておらず成績も最底辺の人間にはどだい無理な話だと気付くのに時間は掛からなかったので、滑り止めとして日東駒専の夜間を受ける事にした。
日東駒専といえば聞こえは悪く無いかもしれないが夜間は滅茶苦茶敷居が低い上に受験科目が現代文と数学のみで、公文の勉強貯金だけでもなんとかなるレベルだった。
MARCHの受験も辞めればよかったのに言い出せず「とりあえず受けてみよう」なんて親の言葉に乗せられ、前日にホテルまで取ってもらって受験会場では殆どの時間船を漕いでいた。本当に申し訳なさで一杯だった。
そんな苦労せずに入った大学で当然学業を頑張れる訳もなく、初めての一人暮らしという名の自由に浮かれて遊び呆けるようになる。
朝から昼過ぎまでバイトして、サークルに麻雀打ちに行くか、帰ってゲームするか。そんな日々だった。
幸いバイトは人間関係も良く、仕事も楽かつ楽しいというこの上ない大当たりを引いたので続けられた。
卒業出来る見込みも限りなく低く流石に3年で挽回の兆しが見られなければ大学を辞めて実家に戻れと親に言われる。当然である。
結局3年になっても大して出席率は変わらず、更にバイト先が潰れる。
新しいバイトを始めるも周りが十個以上年上の人だらけだし仕事はクソつまらないしで1週間程度でバックれ。
ただでさえバイトの収入だけじゃ足らずに毎月のように家族に泣きついていたのに生活できるわけもなく、とうとう消費者金融に手を出す。
累計で100万いかないくらいを借り入れ、返済は全部ガン無視。
大学3年中頃、賃貸の契約更新のタイミングで大学に行ってない事も働いてない事も多重債務者になっている事もバレ、退学し実家に送還。
実家に帰ってからはコンビニ夜勤、コンビニ夕勤、コンビニ夜勤でそれぞれ2ヶ月、半年、2年働いた。田舎すぎて働くところがコンビニくらいしかなかった。しかも後ろ2つはバックれているのでもうその店に行けない。一番近いコンビニだけはバイト先の候補から除外したのは賢明だった。
実家に戻って2年ちょっとの間で消費者金融から借りた分は債務整理という形で全額返済した。
とりあえず携帯代と奨学金の返済が滞ってるから次のバイトはもうちょっと長続きしたらいいな。
・いくら楽しくても、いくら楽でも飽きが来たときに辞めてしまう
という「なる様になる」の精神で生きてきたので、努力と忍耐を身に付ける術を知りたい。
歯を食いしばって耐え忍ばないと死ぬくらいの環境に身を置くのが一番早いのだろうがそれすら怖くて出来ないし、最悪死ぬ方が楽ならそっちを選ぶだろうという無敵の人状態になってしまっている。
嫌だ嫌だと言いながらなんだかんだ頑張れる人は素晴らしいしかっこいい。恐らくどこかで努力してきた下地があるんだろう。
自分にはそれが無い。
政府もがんばってるようですね。
タマゴが先かニワトリが先か、みたいな話になるけど、自分が接してきた何人かの卑怯者は、以下の特徴があった。
・なぜか子供が2~3人いる
という傾向でおもしろいほど一致しており、おそらく家庭環境が仕事に影響しているのだろう、との考えに至るまでそう時間はかからなかった。
おそらくだが、夫婦生活の設計をしくじった可能性があると思われる。
長年つづけていくうちに、自分の家庭の運用のために全世界が存在している、という考えに至ってしまったのではないだろうか。
そのため、人格や仕事を犠牲にして卑怯者になっていくのではないかと思われる。
<追記>
あ、あと子供が小学生とかに育ってくると、あたりまえだが「一個の人格」になるわけで、もしその人格が自分ゆずりの卑怯者にそだっていたら、もう家族全体が「卑怯グループ」として相互パワーとなって増大してしまうよねというはなし。
つまり、嫁選び・仕事えらび・子供のそだて方、この3っつって連動してるんすねというはなし。
<以下レス>
それの何が悪い?
オマエは他人だろ?
いやわるいだろ
自分の家族せいぜい2~3人のために、何十人何百人の仲間の足かせになっちゃアカンでしょ
ってことすね
つまり卑怯性とは「自分だけがよければいい」という、自己中ってことに帰結するのではないだろうか。
あと、彼らを見ていると「会社組織をギリギリ首にならない程度にいかにラクして生き抜くか」みたいなゲーム性を感じてしまうのである。
自分のかわいい家族のためだけは全力をつくしますよ、みたいな。
そのあたりがなんか「卑怯」なんすよね┐(´д`)┌
共働きで自分の給料が上がらなくても奥さんの分と合わせるとまあまあな世帯年収だから出世しなくていいやっていう発想ならまあわかるけど。
鋭いご指摘どうも!
そのとおりで、自分が出会った卑怯者は、以下の特徴がありました。
なので、大企業づとめというシステムをフル活用した結果の卑怯者なのではという結論です。
たぶん中小零細づとめだと年収揚げるためにガツガツ出世をもとめるのでは?と思います。
まあたしかに卑怯にもいろいろあると思いますが、「臆病」「自己中」「保身」「ラクに生きたい」みたいな感じでしょうか?
成果を出さないでも、システムの穴を使って十分稼げる、という甘い蜜を知ってしまってそれに乗っかる的な。
自分に損になりそうなことがありそうだったらすぐ逃げ出す。
そんな感じかと。
卑怯な手で会社を大きくする人もいますが、大きな違いは「社会に還元してない」ってかんじでしょうかね?
会社や売上を大きくしたなら、いずれその資本で社会に再投資して還元されますからねぇ。
そういう「アグレッシブ卑怯者」に対して、「パッシブ卑怯者」ってとこですかね(命名)。
フリーライダーに近いのかもしれない。
ラクに生きたいで良いじゃん
頑張った分だけ金が貰える昔とは違うんだし
そうそう つまり大企業にうまく入れた時点でその人の人生は「あがり」なんですね
政府もがんばってるようですね。
まあ一番の障壁は「解雇規制」ってことは、賢明な皆さんなら百も承知でしょうが。
この増田は正しい
件の無言とか非表示とか言い続けてる人が孤立してるのは周囲の人にとって都合の悪い真実を語っているからではなく
周囲の人が当たり前のように知ってる前提をすっぽ抜かして喋ってるから対応めんどくさがられてるだけなのだがいつ気づくものやら
「増田に1年くらいいれば肌で感じれるようなことをわからないなんて!」って馬鹿にするのもなんかちょっと人としてどうかという気もちょっとするが
単純にファーストブクマカの人がいなくなったというのは大きいが(今もファーストブクマしてる人はいるだって??増田に1年くらいいれば肌で感じれるようなことをわからないなんて!)、それに加えてはてブでの人気エントリとかのしくみがちょっと変わって増田エントリの露出が減った(意識的にhttps://b.hatena.ne.jp/site/anond.hatelabo.jp/を見ないと見つけられなくなった)というのも追い打ちだと思ってる
なんかちょっと人としてどうかという気もちょっとするのでファーストブクマやってた人に戻ってきてとは言わないことにする
1行しかない増田がブクマに載るようになったのは象徴的だと思っている
たぶんいま増田をブクマするような人は長文を最初から避けがちなのだろう
そろそろ長文判定だろうか
という前提を多くの人が共有できていないようなので、啓蒙のために書く。
まず、テロリズムとは、terror(恐怖)に由来し、暴力を用いて威圧や恐怖を与えることで政治的・宗教的な目的を達成しようとする行為である。
それでは、山上徹也は恐怖を利用して何らかの目的を達成しようとしたのだろうか?例えば、「統一教会を潰さなければ、次の首相も死ぬ」といったことや「民間人も同罪だ、覚悟しろ」といった発言があったのだろうか?
山上を支持する者たちは、支持しなければ自分たちにも危害が及ぶかもしれないという恐怖から支持しているのか?
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)やそれに関連する議員を批判する者たちは、さらなるテロへの恐怖から批判しているのか?
そんなことはない。主に同情や問題意識から来るもので、テロ(恐怖)に屈したり、迎合したりすることとは無関係だ。
仮に山上の事件をきっかけに統一教会と距離を置く政治家がいたとしても、それは山上を恐れるからではなく、世論を恐れるからである。
山上の供述によれば、母親が統一教会に傾倒し多額の寄付をした結果、家庭の生活が苦しい状況になり、教団への恨みから教団の広告塔である首相を狙ったというだけだ。
どう見ても怨恨によるもので、政治家が被害者だから全てテロだと言うのはおかしい。痴情のもつれで刺された場合もテロだと言うのか?
事件の背景が根深いとしても、事件自体はただの怨恨殺人であり、市民を恐怖に陥れるようなものではない。
身近に迫る死の恐怖も感じていないのに、テロには屈しない!やテロに迎合するな!などと偉そうなことを言うのは間違っている。
賢明な増田諸氏は、この事実を心に留めておくことが重要である。
改めて言う。
山上徹也の事件は個人的な怨恨に基づくもので、市民の恐怖を煽り意識を縛り付けるようなものではなく、テロリズムとは全く異なる性質のものである。
犯行のきっかけとなった社会問題は根深く、議論・対処に値するものであるが、決してテロリズムの文脈で語られるべきものではない。
覚えておきましょう。
まあなんとかなるやろと
甘かった
自分じゃついていけない
年収もかなり上がったし
有名なとこに入れて嬉しかったけど
仕事についていけない
会話の内容は理解できる
みんな仕事が早い
いやそんな早くなかったんだよ外から見ると
中にいると全然違う
俺の
家族はどうする
転職する?したばかりだ
やめる?誰稼ぐんだ?
子供は?
お世話はしんどいなとも思ってた
今は、ごめんしか思わない
表面上は変えてないけど
多分目は死んでる
なんか自分ができると思って
入ればなんとかなると思って
甘かった
俺より給料の低い俺の3倍は優秀な後輩
優秀風に受けてしまって
嘘はついてないんだが
全部が薄いんだよ
俺は
ついていけない
どうしたらいいんだ
仕事は多いっちゃ多いけど
それ以上に
進めない
何度もミーティング設定して
何度も聞いて
何度も答えてくれるけど
進められない
陰口なんてもはや怖くない
何もできない自分が怖い
窓際部署を探して入りたい
そっちのが迷惑かけない
でもこんな有名企業にあるのかな
あるか
今、キミ首っていわれたら
いや家族はどうすんのよ
病む前にやめるべきか
シゴトできないけどおカネもらってサーセーン!
みたいに開き直るか
君らも嫌いでしょ、
あー。。食欲減った
発見だ
あ、パソコンが暗くなった
でもまだ仕事しなきゃ
進まないけど。。。
もう誰か別の人アサインしてもらわないと
俺の居場所探して★って人事の人に言うか
言えるかそんなん
つらい
潰されそうだ
いや勝手に潰れるんだ
誰も俺に強制はしてない
勝手に動いて
いい迷惑だよな
俺はホント先を見る目がない
いけるっしょ!みたいな
面接も通ったし!みたいな
転職も失敗見込んで取ってるかな?
仕事しよ
とても丁寧に女性労働者の視点で自動車製造工程の現実を説明してくれたことについて先ず増田女史の労をねぎらいたい。文章も分りやすく明快で、知的な女性がこれを書いているという印象を持った。
発想が近視眼的になっている。標準男性の体格体力でないと不利なラインはいかに花形扱いしようが給与をあげようが働き手の絶対数が足りない未来では人手不足になる。ヤマトはダンボールのサイズと重量規格を見直した
「近視眼的」などという批判を彼女に向けるのは間違っているのではないか。彼女の文章は現状の報告である。先ずそこを受け入れるべきであろう。そのうえで将来的展望や改善策、それに向けての具体的な案、計画、そういうものを語るべきだろう。ブコメの文字数でそのようなことが記述できるとは思えないが、いきなり批判の言葉を投げつけるのは不躾であるとしか思えない。そして彼女の文章は現状を嘆く愚痴のようなものではなく、丁寧な現状報告であり、その現実がどこからきているのかを分析してもいて
ハッキリと言ってしまえば自動車製造業というノウハウ自体が男性が中心となって蓄積してきた仕事のため、自動車製造は女性ができるようにはなっていない
と明確に記述している。現状の報告と原因の分析もなされている。そして
とも書いている。具体的に皆で考えようと提案してくれているのだ。そのような内容であるにも関わらず「近視眼的」という批判はあまりにも増田女史に対する評価として厳しすぎると言わざるを得ない。
まだある。
"自動車製造業に来て現実を知り、一緒に現場へ立って女でも老人でも自動車を作れる方法を考えよう。"ここだけ主張すれば十分。
その結論に至るまでに現状の報告があるのではないか。このような軽薄で冷笑的な態度は何も建設的なアクションを産まないことを知るべきだ。自分のほうが賢明であることを気取っているようだが、貴様に増田女史と同じレベルの文章が書けるか考えてみるべきだ。
もうひとつ
女性が増えれば女性が働くにはどうすればいいか現場改革も進むのでは。国会議事堂のバリアフリーは車椅子議員が当選して初めて急激に進んだ。当事者が現場にいて困ることから始まる
本文を読んだのだろうか。増田女史は
自動車製造業に来て現実を知り、一緒に現場へ立って女でも老人でも自動車を作れる方法を考えよう。
まずは副ラインを女だらけにしよう!
と書いている。これは先ず副ラインから女性の数を増やし、やがて主ラインでも女性が働けるような環境に持っていこう!という高らかな宣言ではないか。すでに本文で宣言されていることを再提案するブコメの意味は何なのだ?
そしてブコメでは「女性が増えれば」と書かれているが、増田女史は「女でも老人でも」と書いている。フェミニズムの本来の目標は女性解放だけではなく、全ての人々が公平で平等な世界を作ることのはずだ。本来のフェミニズムの目的を理解しているのはブクマカではなく増田女史の方であることは明らかだ。
まだあるぞ。
一体何と戦ってるんだ。自動車工場がどうだろうと、体力は関係ない高給取りの管理職の女性割合が少ないことには変わりあるまい。
増田女史の文章を読んで何と戦っているのか読み取れないのか?文盲か?彼女が今の職場で戦っていることが理解できないのか?
「高給取りの管理職の女性割合が少ないこと」も改善していかなければならない課題だが、工場で働く女性労働者の問題が提示されその改善を訴えることは無駄なことか?すべての改善が必要な場で改革が行われなければならないのではないか?「自動車工場がどうだろうと」といった特定の労働者を置き去りにしてもいいという考え方には職業差別が自身の中に内包されていることに気付くべきだ。
腐すばかりでは能がないので、良いブコメも取り上げておこう。
高身長の人だけが働く場所ならドアも作業台も高いだろうし、逆なら全部低いだろうし、そんな風に全部が男性基準で出来上がっちゃってるんだから最初から不利なんよ。男並を求めるのがもう間違ってんの。
増田女史の文意を読み取った適正な反応と言わざるを得ない。増田女史の文章は「男性基準で出来上がっちゃってる」ことの報告そのものであるし「男並を求めるのがもう間違ってんの」ということが女性進出への障害になっていることも示している。そのことをきちんと理解して100文字制限の中で端的に現している。このようなブコメが人気コメントに入っていることに救いを感じる。
賛同が必要だとか批判するなと言っているのではない。しかしブクマカたちは批判することが文章を提示した者よりも高位であると勘違いしていて、何が何でも批判しようとしているのではないか?必要であれば批判するべきだが、必要でない批判はするべきではない。ましてや筋違いの批判などもってのほかである。ブクマカたちは文章を提示した者よりも自身が賢明であることを誇示するために批判しようとしていないか?よく考え直せ。
数学の分科のうち数論幾何は研究にあたって必要な知識が最も多いと言われていますが、必要な知識量がこれに匹敵してするものはありますか?ある場合はその中でももっとも数論幾何の場合とは研究に要する前提知識において重複が少ない分科をあげてください。
↓
数論幾何に匹敵すると言われている学問としては、代数学や解析学があります。また、数論幾何とは別の枠組みで研究されている分科としては、トポロジーや微積分学などがあります。数論幾何とは研究に要する前提知識において重複が少ないと言われている分科としては代数学やトポロジーが挙げられます。
…
いや数論幾何にはトポロジーどころかホモロジーとか普通に必要じゃん何言ってんのこのクソアホAiは。
俺は数論幾何とは結構研究対象が食い違ってる中でそれを研究してたら天才と言われる数論幾何とタメを張れる数学の学問領域はあるかって聞いてるんだよ
解析学も、代数学も、トポロジーも、数論幾何という高みから見たらそれを理解するための踏み台たたき台でしかねえ。下位互換の学問を勉強等の最終目標にしたって仕方ねえんだよ。大は小を兼ねるってやつだ。
同じような知識を必要とする学問だと多少異なってても現に天才と言われてるやつに実績で敵う可能性は低いからな。毛色の異なる分野で対抗する方が賢明だし、それを探すには前提知識の重複具合を基準に考えるのが手っ取り早い。