「願わくば」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 願わくばとは

2021-07-30

妊娠して流産した話

この一ヶ月は、今まで体験したこともないような幸福感と絶望感を経験した、ジェットコースターのような日々だった。

なんとなく予感がしたのは、ちょうど出張中だった。いつもだったら、アプリの通知とそこまで大きくハズレず生理がくるのだが、その時は来なかった。

出張中はずっと「生理来ないでくれ」と祈り続けていた。時折強い腹痛があったけれど、なんとか乗り越えた。帰りの電車では、ずっと妊娠記事を読んでいた。

翌日、妊娠検査薬を使ったら、すぐに陽性反応。出社前だった夫にもすぐに報告。初めての妊娠だったので、すごく浮かれていた。

その後すぐに産婦人科で、正常妊娠なことを確認。半分夢見心地のような気分で、家に帰ったのを覚えている。

年齢も30半ばを過ぎて、やっと始めた妊活だった。恥ずかしながら、最初タイミング法も基礎体温も知らなかった。

いろいろ調べて、ようやっと基礎体温を測りだした矢先、遅れた結婚記念日旅行とき排卵日あたりになることがわかり、初めてタイミングをみて試した結果の妊娠だったので、もう運命しか思えなかった。

2回めの検査は2週間後だったが、もうその間は幸せだった。つわりで体調が悪いときも、「これが噂の!」と感動だったし、お腹の子が頑張っているんだ(実際は関係ない)と思っていた。

初めてたまひよを読んだし、妊娠アプリも入れて、毎日赤ちゃんの様子を検索していた。「この時期は神経ができる頃なんだって」とか「一日にこれだけ大きくなるんだって」とか、よく夫と話していた。

色々検索するにあたって、やはり流産懸念はあった。年齢的にちょうどリスク高まる頃だし、身近にも何人か流産経験した人もいる。

浮かれまくって子供名前や、出産にあたって何が必要か、とか調べているのと同時に、流産記事もたくさん検索していた。次の検査日が近づくにつれ、心拍確認できなかったらどうしよう、と毎日心配だった。

そして、2回めの検査。胎嚢は大きくなっていたし、初めて胎芽が確認できたのに、心拍確認できなかった。

死刑宣言を聞いているようだった。手足が震えて、現実を受け止めたとき、涙が止まらなかった。

流産が起こる可能性は20%ぐらいだとも言われている。高くはないけど、低くもない確率。でもその20%になるなんて、思いたくなかった。

本当だったら、その足で母子手帳貰いに行って、両親に報告して、お祝いにケーキ買って…なんてのんきに考えていた自分が情けなかった。

その時点では、まだ流産確定じゃなかったが、もう自分の中では最悪の未来しか想像できなかった。

同じ週にもう一度、今度は別の病院で診てもらうように言われ、紹介状を渡された。

それからは、毎日流産のことを調べては泣き、後で心拍確認できた人の記事を読んで少し心を持ち直したりしていた。お腹に手を当てて毎日あなたは強い子だから大丈夫だよ」と応援していた。

泣きすぎて、毎日鼻血を出していた(なぜ?)

そして今日、大きな病院稽留流産との診断がくだされた。心のどこかでは想像していたけれど、やはりキツかった。

本当は今日ダメだと言われても、別のところでセカンドオピニオンを聞くつもりだった。けれどモニターに映る胎嚢、胎芽が小さくなっていること、そしてそこに血が通っていない事がわかって、もう受け入れるしかないと思った。

話を聞きながら、号泣してしまった。そばに来て、肩をさすってくれた看護師さんの優しさが、本当にありがたかった。

今後の流れは、自然に出てくるのを待つか、手術するかの2択だと言われた。

赤ちゃんが小さくなっていっているので、そこまでの大出血はないだろう」と言われた。

初期の流産は、遺伝子異常で起こることが多く、もう変えられない運命なのだ検索魔になったときに散々読んだ。

強く生きられないから、赤ちゃん母体負担にならないように成長を止めるのだと、最後の恩返しなのだと書いてある記事もあった。

それで言うなら、小さくなって、出血量を抑えてくれたこの子は、なんて優しいのだろうと、そう思えた。

不思議と、赤ちゃんに対して「ごめんね」という気持ちは起こらなかった。ただ、自分がもうちょっと若ければ、とか不純な気持ちでいたバチが当たったのか、とは思った。

幸せ未来想像していただけに、目の前でそれが消えてしまうのが、切なかった。何もできない自分がやるせなかった。

流産してても、まだ妊娠中の症状はある。とても残酷なことだと思う。

妊娠出産は、本当に奇跡の繰り返しなのだと、今回始めて痛感した。

願わくば、またこ奇跡が、起こってくれますように。

2021-07-29

瀬戸大也は楽しそうな顔でレース後のインタビューを受けるべき

5年前のリオオリンピックで忘れられないシーンがある。

競泳男子400m個人メドレー決勝レース後のインタビューだ。

金メダルを取った萩野公介選手インタビューを受けている。後ろから銅メダルを取った瀬戸大也選手ヘラヘラ笑いながら近づいて来るシーンだ。

目があった二人はガシッと腕を組んでお互いの健闘を称える。その後しっかりと抱き合って喜び合うのだ。

俺はとても羨ましいと思った。

テレビ感動ポルノにさんざん使われてるので知ってる人も多いかもしれないが、二人はライバルなのだ

幼い頃から萩野公介はすでに天才だった。

どの大会に出ても一番で、並び立つライバルなどいない。

はずだったのに、一人、瀬戸大也は食いついてきた。

瀬戸強靭メンタルの持ち主で、萩野に何度破れても心が折れることはなく、挑戦を繰り返すのだった。

萩野と瀬戸は何度も戦った。天才だが心の弱さが垣間見える萩野と実力で遅れをとるものの鋼メンタル瀬戸は相性もよく、やがて実力差もいい感じに埋まりオリンピック表彰台の一番高いところを競い合うところまで成長した。そして冒頭のシーンに繋がる。

…みたいな解説がなくても「仲良しなんだな」ということが伝わる一瞬だった。

俺にはそんな関係の人はいなかったので、世界の頂点を極めた上で友達同士ではしゃぐ、その笑顔がかっこよくて羨ましくて仕方がなかったのだ。

金メダルと同じくらい輝いて見えた。4年後また同じことが起きるだろうと信じて疑わなかった。

あれから5年、二人には色々あった。ありすぎた。

野選手はスランプというか精神病みプールから離れた。

瀬戸選手スキャンダルをすっぱ抜かれ…まあ具体的な話はあまりしたくないのだが、とにかく残念なことになった(奥さんにはあと1万回謝れと思う)。

二人ともなんとか復帰して、二人揃って東京オリンピック代表に選ばれた。

萩野はリレー含む2種目、瀬戸個人で3種目。

二人とも、まだ決勝の舞台に立てていない。

特に瀬戸の初戦、400m個人メドレーの予選敗退は、見ていた人には衝撃だったろう。

今日(日付超えたな。もう昨日のことだ)は二人にとって最後一種目、200m個人メドレーの予選があった。

野選手は5位、瀬戸選手ギリギリ16位で準決勝進出

レース後、二人はインタビューを受けた。

瀬戸は曇った表情で「大会を楽しめてない、と言われた」と答えた。

萩野は落ち着いた表情で「この舞台で、もう一本泳げることに感謝したい」と答えた。

5年前のこと、この5年で起きたことを思い出した。

そうだ、二人はもう二度とオリンピックには出ないんだろうと思った時期があったんだ。

いま二人が同じ種目に出ている、これ自体が俺が諦めかけていた夢の景色だ。

でも本当に見たいのは、楽しそうな二人だ。

あいちファンの夢は勝手に託してるだけだから置いておいて、絶不調の瀬戸選手の復活には試合を楽しむ心が必要なのは確かだと思う。

から明日今日だな)の準決勝願わくば決勝まで楽しく泳いで、最後は満面の笑みで終われるといい。

色々ある大会瀕死東京

俺は正直いって気持ちがぐちゃぐちゃだ。やりたいことがやれてない、やりたいことってなんだっけ。

そんな状況だからこそ、せめてアスリートアスリートらしく、全力でスポーツを楽しんでいるところを見たい。

幸せな人を見て幸せになりたい。

何が言いたいのかわからなくなってきたが、とりあえず明日応援するか。頑張れよ!

2021-07-21

ルックバックと反対の作品「も」生まれてほしいな

第一印象では「気持ちはわかる。が、私はここまで自分事件京アニ放火事件)に加担してないと割り切ることができない」と思った。

私は美術を専門として学んだこともあるし絵や漫画も描いていた。ファイアパンチは読んだけどチェンソーマンは読んだことない。藤本先生のことはあまり知らない。

ルックバックがどれくらい京アニ放火事件に向けて描かれているのかはわからない。でも内容、公開日からして意識せずにはいられない。

素晴らしい作品を生み出した人たち、これから生み出す人たちが失われたことへの驚きや悲しみややるせなさはわかる。怒りも。

世代的にオタク市民権がなかった時代も生きてきたし、オタクであるクリエイターであるというだけで連帯感がある感覚もわかる。

ただ、事件があまりにも天災事故のように表現されているなと思った。まるで事件が起きたことは自分たちとは全く関係ないと思っているのかと思った。

京アニ放火事件犯人事件病院治療してくれる人たちの優しさを感じている、といった報道がされていたと思う。その優しさを、人の温もりを、事件前に少しでも彼が感じていたら、あの悲しい事件は起きなかったのではないか。彼を孤立させ追い詰める社会を作ったのは我々に他ならない。

放火事件殺人事件テロ行為も、加害者突然変異バグなんかじゃない。私たちの一部だ。起きる前も起きた後も私たちは関わり続けているし、少しでも違う社会だったら食い止められたかもしれない事件だ。逆に私だっていつ「あっち側」になるか分からない。そのぐらい紙一重だと思っている。

だってそう思わないと救いがないじゃないか天変地異のように、地震のように、いつ来るかわからない暴力に怯えるしかなくなってしまう。それよりは我々の努力次第で無くせた、無くせる事件だと思いたい。

そりゃ目の前で声かけられたか?お前に救いの手を差し伸べられたか?と問われたら言葉に詰まるよ。でも目を逸らしちゃいけないだろ。個人じゃできない社会問題解決するのが政治福祉役割だろ。その主権を握ってるのは私たちだろ。

犯人のことを擁護しているわけではない。罪は罪だし、怒りは感じるし、罰を受けてほしいと思う。犯罪としては情状酌量余地なんてない。でもどうにかして反省して人生を立て直してほしいとも思う。被害者や遺族からしたら理解できないかもしれないけど、私はそういう社会であってほしい。

ルックバックのような受け取り方が、あの事件について考える時の救いになる人たちもいるんだと思う。そこは否定しない。

でも加害者立場に立ったとき、あの漫画を読んだらきっと追い詰められるだろう。社会に行き場がないと感じるだろう。

ルックバックを不適切だと断罪するつもりはない。たくさんの複雑で大事感情が描かれた素晴らしい作品だ。

ただ願わくば、少しでも加害者側の視点や寄り添う気持ちがある作品も生まれてほしい。自分を含めたいつかそっちに行ってしまうかもしれない人たちに、希望や、立ち止まるキッカケになるかもしれない作品も生まれてほしい。そういう思想多様性文化社会を豊かにしてくれるんだと思う。

そしてそれを生み出すのがこの漫画を読んだ人なのだとしたら、やはりルックバックは素晴らしい漫画なんだと思う。

小山田氏が転落していくのを見ると心が晴れる

// ちなみに私はいじめられっ子でした。

小山田氏が転落していくのを見ると心が晴れます

// 本日記はひょっとしたら、ものすごく性格の悪いことを書いているかもしれません。

// 周囲の人に私の本心を語るのは気が引けたため、日記にしたためました。

// あと、本日記はあくまで私の感想ですので、すべてのいじめられっ子や、ましてや被害者の心情を代弁するものではありません。

// あしからず

同級生に対して度を越した暴行を振るい、それをあたか武勇伝かのように嬉々として話す。

異常な人ですよね。

でもまれによくある話です。

そんな人が、過去の過ちを蒸し返されて激しく断罪される様を見ていると、本当に清々しい気持ちになります

ところで小山田氏はどうすれば赦されるかという議論がありますが、私はそれは不可能だと思うのです。

あれだけのことをしでかして、アフターケアゼロで、何十年も経って謝罪とか、無理ですよ。

金銭提供謝罪に代えるという提案もあるようですが、私が被害者だったらイヤですね。

貰っても使いたくないし、一度使うとその後一生後悔しそうです。

抑え込んでガッチリ極めて銅メダル確実だったはずが、ふとした心の緩みで大逆転一本負け、そんな感じでしょうか。

敗北はイヤですね。

// まあこれは現在の私が金銭的に不自由していないから、という理由も大きいと思いますが。

なので、むしろこのままどこまでもどこまでも転落してほしいです。

何年かおきに、ふと思い出してググって、辛い人生を送っているらしい情報が得られれば、それだけで十分です。

でもそれは無理なんでしょうね。

小山田氏が今まで築き上げてきた音楽的な能力と評判、コネ、そして少なくないであろう資産

特に音楽的な能力コネは確かなものなのだそうです。

// 音楽には全く詳しくないのですが、デザインあは好きでよく見てました。面白かったです。残念です。

さすがに名前を公にはできないと思いますが、そこをわきまえれば仕事には困らないのでしょう。

小山田はいわば、今がどん底で、今後は緩やかに上昇していく、そんな人生を歩むのだろうと思うと。

ちょっと悔しいですね。

でも私はもう大人なので、そういう、パズルがきっちり嵌らない的な感情に、うまく対処できます

何にせよ、ここ数日は昔のことを思い出すことが増えたのですが、同時に気分が晴れるという、不思議な心地でいられました。

願わくば、全人類幸せに過ごせますように。

2021-07-20

小山田圭吾炎上と作者と作品は別という話

すげえ自分語り

小山田圭吾過去いじめ自慢が世界規模で炎上している。

元々エレクトロニカ好きな人には非常に有名な話で、「この人音楽めっちゃいいけど人間はそれ以上にカスだな…」というのはコーネリアスについて話せば一度はする話である

 

ただ、これまではコーネリアスの曲を聴いてからこの話を知るパターンが多かったので話を知った人がモヤモヤイライラして終わってはいたが、

今回は曲を知らない状態でこの話を知る人が多いのと、何より悪目立ち続きのオリンピック関連ということでもう何重にも炎上ブーストがかかっている。

正義の旗印がパチスロ演出が全部出た時ぐらい光っている。

 

さてここまで読むと、「小山田圭吾擁護か?」と思うだろう。

実はそうでもない。私は小山田圭吾という人間は心底好きではないが音楽は確実に良いと感じている。

そのため、単純に「いい作品を作るけどカスな人」という認知的不協和の塊みたいな概念について話したいだけだ。

 

この手の話のときに必ず上がるのが「作者と作品は別」という話だ。

これに関しては、私は「理想として別で考えておきたいが、現実として別けることが難しい」というスタンスである

 

なぜなら、芸術作品というのは例えばコンセプチュアルアートでもない限り作品のものを中心として捉えなければならないからだ。

その作品世界観に内包されるものけが語りうるもの作品評価として正当なものであり、

ここで「でもその人過去人殺してるんですよ」で作品単体の質が下がることはない。

人を殺している人の絵が下手に見えるというのはただのバイアスしか無く、

これがまかり通り始めると人種性別によって作品評価を上げ下げする輩が出始めるからだ。

 

しかし、人間というのはいたく不完全である

現実として「気にする」し、そういったエピソードを聞くと「良くなく見える」のだ。

これは我々が人間という生物である以上逃れられない現実である

人間である限り、感情無視した論理は全て現実無視した夢うつつ戯言しかない。

 

そこで私がどう考えたかというと、現実から正とするのではなく、

これを人間不具合として捉え現実だが正ではない出来事として捉えることで、

作品が良いのに人間カスときに感じる気持ち悪さは人間機能だが、社会が発展したこと不具合を引き起こす確率が高くなっている」

と考えることにした。

 

気持ち悪さを反射的に解消するのではなく、分析して理解することでじっくり気持ち悪さを分解して次のダメージを抑えることにしたという感じだ。

 

何故なら「悪い人が作るものは良くあってはならない」というのはそれはそれで現実逃避だからだ。

現実として、悪人にも正しいことはできるし、被害者やいい人でも間違ったことや悪いことはする。

その人の属性で行動の善悪が決定すると考えたり、気持ちいからという理由で無いことにしてしまうのははあまりにもルサンチマンをこじらせすぎている。

 

私は小山田圭吾作品メチャクチャ好きだが同時に彼という人間は全く好きではなく、

いつか本気の後悔と報いを受けてほしいな~とは思っていた。

なぜなら私はそもそもいじめ被害者であったためだ。そのため、高校ときにこのエピソードを知って大変狼狽したものである

願わくば人生に覆しようのない瑕疵がつき、その傷跡を残りの人生で眺め続ける羽目になりますようにと…。

 

しかし、改心までは願うべくもないが、今回は最大級の規模でそれが叶って多少溜飲が下がり、いつもより気持ちよくコーネリアスを聴けている。

 

まあ私も蟻塚の中から鷹が落ちるのを見て喜ぶ怠けた蟻のように、褒められた人間ではないということで一つモヤっとして欲しい。

2021-07-19

弱いウマ娘ハリボテエレジーって呼ぶのが気に入らない

先に言っておくけど、以下の内容はただの愚痴お気持ち表明ってだけなので、これを読んだ諸兄が今後の言動に何かしら気を使わなきゃいけないってことは一切ないからね。

ウマ娘ユーザー界隈における「ハリボテエレジー」とは

端的に言えば「弱い殿堂入りウマ娘総称であり、特に

などが特にハリボテエレジーと呼ばれやすい(気がする)。

広まった要因としては言及元エントリ存在が大きい。

ウマ娘黎明期執筆された上記エントリでは、URAに優勝したものレジェンドレースで勝てないサイレンススズカに対して

みてくれだけだ。
ハリボテエレジー検索して動画を見てこい。おまえのそのサイレンススズカはそれだ。お前はハリボテエレジーを育てて「Aランクいきましたよ」と言ってると自覚しろ
脆いんだ。

と言われてしまっている。この後に綴ってある育成論が、サービスイン当初に書かれたものとしては完成度が高かったのも相まって拡散され、それに伴ってハリボテエレジー絶対的弱者として名が広まっていったと考えている。

弱い殿堂入りウマ娘を「ハリボテエレジー」と表現することの利点

エントリタイトルとは矛盾するが、弱い殿堂入りウマ娘差しての「ハリボテエレジー」という表現を用いることにはある程度の合理性があると考えている。

ニュアンスが伝わりやす

ハリボテエレジーがどういった馬であるかは後で詳細に述べるが、知っている人の大半は「いきなり出遅れて、しかカーブで転倒してバラバラになる馬の形をしたハリボテ」という印象を持っているだろう。

また、知らない人間からしても、その名前の響きの珍妙から何となく雑魚そうなイメージが湧くことが大半である

まり、「ハリボテエレジー=弱い」というイメージユーザーの間で共有されやすい、と言うことだ。

ほぼ誰も傷つかない

もしもの話だが、弱い殿堂入りウマ娘に対するスラングが実馬を元にしたもの(例えば史実で現役時代勝利経験のないハルウララや、大逃げから逆噴射が印象に残りやすツインターボ等)だったらどうなっていただろうか。

当たり前だがその馬の馬主や実馬のファン、あるいはそれが元のウマ娘ファンからいい顔をされないのは想像に難くない。二次創作の扱いが他と比べてセンシティブな「ウマ娘」というコンテンツなら尚更である

ところが、ハリボテエレジー史実に由来しない架空馬であり、その出自でも明確なやられ役、出オチ枠として扱われているため、弱者として扱ってもほぼ誰も気にしないのだ。デリケートウマ娘と言うコンテンツを語るうえで、これは非常に大きい。

じゃあお前は何が気に入らないんだという話

ハリボテエレジーオタクの大好きな「文脈」を感じてしまたから。これに尽きる。

これを書いてるオタクは、ウマ娘をはじめとした今どきのオタクコンテンツネームキャラには大抵備わっている「他者の心を動かすストーリー」を、不幸にもハリボテエレジー見出ししまったのだ。

からこそ、ハリボテエレジーが負けることしか出来ないという認識に異を唱えるのであり、脚質すら異なるサイレンススズカの育成結果で引き合いに出されることを嫌うのである

これを読んでいる諸兄は「ハリボテエレジーにそんな御大層なテーマがあるわけねえだろダボハゼ」とお思いのことだろうが、冷静に考察すると「ある」のである

という訳で、以下ではハリボテエレジーについて詳細に語りながら、どこに物語性を感じているかを挙げていこうと思う。

ハリボテエレジーが描いた軌跡とその物語

ハリボテエレジーは、「スキージャンプ・ペア」を世に送り出した映像作家間島理一郎氏とJRAコラボによって生み出された「CINEMA KEIBA/JAPAN WORLD CUPシリーズに登場する馬(?)である

外見は、最初段ボールで作られたハリボテだが、シリーズ2作目以降はボディにドラム缶採用したものアップデートされている。

曲者揃いのJWCの中でも一際異彩を放つ彼だが、彼が走り出せばどうなるかについては、当該作品に造詣のある諸兄であればその脳裏に焼き付いているだろう。

スタート出遅れたかと思えば、コーナーに差し掛かった瞬間に盛大に転んで破壊される。これこそが彼の様式美なのだ

当然こんな有様なので勝つことはほぼない。一応全馬に勝ちパターンが用意されているため、彼の勝ちパターン存在するのだが、

というように、他の馬が起こしたアクシデントに便乗する形でしか勝つことが出来ない。

ちなみにバーニングビーフが草を食まずに駆け抜けたりピンクフェロモンが輪になって踊らなかったりするとハリボテエレジーの勝ちではなくなってしまう。

と言うより、バーニングビーフピンクフェロモン本来勝つはずのパターンを投げ捨てないと勝てない。ひどい有様だ。

しかし、これらの勝ちパターンを見ると分かるように、転んで分解し、出遅れが致命的なものになっていたとしても、彼(ら)は勝利を諦めずにゴールまで走り続けるのだ。これを踏まえて、3作目の勝ちパターンを見て欲しい。

3作目においても大半のパターンでは彼は(メカリボテを巻き込みつつ)転倒してしまい、その後のレースに関与することはない。しかし、彼(とメカリボテ)の勝ちパターンでは

あろうことか、コーナーを曲がるのに成功してしまうのである

これまでずっと転び続けてきたハリボテエレジーの姿を見ていると、曲がっただけで喜びもひとしおだろう。

2作目以降はハリボテエレジーがコーナーに差し掛かっただけで「曲がれえええええ!」と激励の言葉が聞こえたり、3作目で曲がった瞬間には歓喜のどよめきが上がるためなおさらだしかし我らがハリボテエレジーの快進撃はこれで終わらない。

無事コーナーを曲がり切り、ラスト400mに差し掛かったハリボテエレジー。彼の勝ちパターンでは、なんととんでもない末脚を発揮して他の馬を全てぶっちぎって勝ってしまうのだ。

「何故出場できるのか分からない」「今日も勝てそうにありません」なんて言われ続けた馬が、いや馬ですらない何かが、世界の強豪を相手に一歩も引けを取らないレースを展開するのだ。こんなに心躍る展開もないだろう。

また、この作品で実況を務める茂木淳一氏がハリボテエレジー勝利の際に放った言葉が以下だ。

ハリボテエレジー、やっと目的地にたどり着きました!!

悲願の1着を獲ったことにこの言葉を当てはめるセンス、そして茂木氏の情感あふれる実況。初見時の私は思わず天才すぎんだろ……」と天を仰いだものである

長くなってしまったのでまとめると、ハリボテエレジーという馬は

「周りから見向きもされずとも、勝ち目のないレースに挑み続け、最後には自分だけの力で栄光を掴み取る」というサクセスストーリーを持つ馬なのだ

しかも、ハリボテエレジー中の人人間であるため、キン肉マンにおけるジェロニモのように、逆立ちしたって勝てないはずの上位存在に対して真っ向から立ち向かった」という文脈も生まれてくる。

これが、ハリボテエレジーは固有の文脈を持つ馬であり、ただの絶対的弱者ではないと私が思う根拠であり、同時に弱いだけの殿堂入りウマ娘を「ハリボテエレジー」と表現することを忌避する理由である

おわりに

これだけ力説したはいいが、、結局のところ伝わりやすくてすでに広まっている通称を改めろと言うのは土台無理な話であるし、私も無理にそうしろとは言わない。

ただ、自分の好きなキャラクターの名前が、本馬の活躍を顧みずに絶対的弱者通称として広まってしまったというだけなのだ。哀しいオタクがここに一人いるだけなのだ

願わくばハリボテエレジーの輝きを、一人でも多くの人に語り継いでほしい。私が願うのはそれだけだ。

公式としてはギンシャリボーイが勝ったことになってますよね?」だって?聞こえんなぁ。

いじめを許すべきだし許すべきでない

五輪開会式作曲担当の方が過去いじめを行い、その上武勇伝のように語ったとして炎上している。

これについて叩いている意見をよく見るが、いい加減許してはどうだろうか?

いじめは良くない」という意見は完全な正論であるし私も同意である

が、その正論という武器で人を攻撃するのは「いじめ」と何も違わない。

既に作曲担当の方は謝罪文も表明したのだ。

幸い被害者の方が自殺したというわけでもない。

もう許すべきである

とはいえ正論で人を叩くのは気持ちの良いものである

私がこんな所でしか匿名で何を書いた所で変わらないのだ。

いじめをした人間を許すべきではない。

いじめをした人間は何故かいじめを終わらせる権利を持つ。

「ごめん」

たった3文字いじめは終わる。

された側がどう思うかは重要ではない。

少なくともいじめをした人間、そして第三者からは終わってしまうのだ。

そんなモノ絶対に許せない。

いじめをした人間は一生その罪を背負うべきだ。

そもそもいじめに対する罰は軽すぎる。

殺人は犯せば実刑となる。

よほど倫理観崩壊してなければ罪の意識もあるはずだ。

しかいじめは全くそんなことはない。

やっても精々が少し怒られるくらい。

罪の意識なんてものも全く無いし、被害者自殺したとしても実刑までいくのは非常に稀だ。

いじめ被害者の心を殺す。

いじめをした人間犯罪者だ。

そんな犯罪者を一生許すべきではない。

ニュースを見てからずっと、過去いじめを受けた経験のある私はこの2つの感情が渦巻いている。

私は善良な人間でいたいと常日頃から考えているし、他の人間を叩くような事もしたくない。

だが当時の経験が、記憶が私を善良でなくしてしまうのだ。

ずっと悩んでいたが、被害者の方が何か表明するまではこれ以上何も言わないでおこうと思う。

結局のところ作曲担当を許す権利も、許さな権利も全て被害者の方にあるのだ。

私は同じいじめを受けた人間として、その権利までは奪いたくない。










願わくば

さないと言ってほしい。

2021-07-15

anond:20210715182223

素晴らしいことは全面同意するけど

軽蔑するし彼に嫌悪感持たない人間も同様に軽蔑する

やっていいことと悪いことがあるので

 

NHK仕事の時点でブッ叩かれるべきだった

つかそんなんなくたってグラミー候補になったり海外ライブしてたり

公的仕事なんぞやらんでも余裕でやっていけるレベル成功しているし

音楽性を評価されているでしょ

 

本当にどこまでもクズなんだなぁって思う

 

願わくば全部イキリ虚言でした

それをネタばらしするのはダサいと思ってしなかったって言ってくんないかなって

そしたらどうしようもないヤツだなって言いつつまた聴けるんだが

2021-07-10

小学生コカ・コーラはダセーだろ。だって五輪スポンサードリンクなんだぜ?」

小学生B「マジ?人類の敵じゃん」

小学生C「アサヒビールも駄目らしいぜ」

小学生A「いや、俺ら小学生やしビール関係ないっしょ」

電車の中、周囲の迷惑も考えずに談笑する小学生がそう語っていた。

今どきの小学生ちゃんとしてる。

私が「ゴラン・ノ・スポンサー」の意味理解したのはいつの頃だったろうか。

五輪税金だとか入場チケットじゃなくてスポンサーが払う広告費で運営されていると理解したのはいつだったか

感染症蔓延に加担したからとコカコーラ批判するような発想に至れるような頭を、少なくとも小学校に通っていた頃の私は持ち合わせていなかっただろう。

ふとファウスト最期を思い出す。

開拓ツルハシの音(実際には勘違いなのだが)を聞きながら「美しい」と口にし彼は息を引き取る。

契約に従いメフィストフェレスはその魂を持ち去ろうとするが、最期ファウストの心が清らかになったのを見届けた天の者達によってそれは阻止されるのだった。

私が感じている気持ちファウスト最後に感じたものと似通っているはずだ。

願わくばこれが幻でないことを。

人々の命を、誰かの魂を食い物にする悪魔たちに天罰のあらんことを。

そう思いながら小学生を見つめた私と、反対側から同じことをしていた中年男性とが小学生の肩越しに目を合わせる。

日本未来は明るいですね」

ふとピントのあった彼の瞳の奥に、そんな言葉が見えた。

私は頷いた

2021-07-06

anond:20210705235633

本当にね。、ホレは突然訪れるからね。

元増の書いてるのがホレなのか

どうかはわからないけれど

経験的に年をとって突然訪れる

ホレは、年をとってかかるハシカより

おそろしい。

人に惚れるということ、

あの人が好きだなあ

というボヤッとした気持ちでなくて

恋焦がれる、あの狂気にも似た感覚

願わくばすべての人類10代の間に

かかっておくべき恋病。

年をとってからのホレは怖いから。

2021-06-20

FGOのマシュが苦手

Twitterだとマシュは大人気でフォロワーもぐだマシュ最高!ぐだマシュしか勝たん!!みたいなノリだし

かといって愚痴アカを作って延々と呪詛吐くぐらい嫌いってわけでもないからここに書く

マシュというキャラクター単体が嫌いというより、主人公とセットになってる時のマシュのノリと雰囲気が苦手

昔はそんなに気にならなくて、別段好きではないけど公式が用意したメインヒロインってぐらいの印象だった

出番が多いこともメインキャラだし、で流せた

いっそ主人公とマシュ統合して単体主人公にした方が話まとまるんじゃない?ぐらいに思ってた

他の型月作品の好きなキャラクターFGOに出るのでインストールし、個人的にはマシュよりも課金をして引いた推しFGO発で好きになった新キャラの方が自分相棒はこいつらだ!という思い入れもある

マシュの言動に引っ掛かるようになったのは一部のイベントや1.5部のアガルタぐらいからで、他のキャラとの会話を楽しんでるのに隙あらばメインヒロインはマシュ!正妻はマシュって主張したり他キャラが外堀埋めてきたりするのがなんかなぁ……と思うようになってきた

二部からはっきりと苦手意識が生まれて、というか性能が変化しバトルボイスも変わった

単純に使いづらくなって強制出撃するとき戦闘が辛くなった

これまではマシュ+マーリンor玉藻orアンデルセンみたいなサポートキャラ+高火力アタッカーで大体なんとかなってた

けど、防御バフの性能が落ちて「マシュで火力盛ってマシュで殴れ」って性能に変更されてからはなんか微妙というか、上手く戦闘が噛み合わなくてコンテニューの回数が増えた

ノーコストで味方の脆いアタッカーに防御バフにNP補助にタゲ取りでサポートできるのがマシュの強みだったはずなのに

ボイスも勇ましさより悲壮感が増したものに変更され、声優さんの演技が上手いぶん聞いててとても辛くなる

絶対勝つぞ!って気合い入れて挑んだボス戦で、あの追い詰められたような震えた声のボイスが流れると少しゲンナリするしカード積極的に選びたくなくなる、いっそ特定キャラミュー機能が欲しい

マシュの使い方を真剣に考えればバトルはもっと楽になるのだろうけど流石に性能もボイスも好きでないキャラクターについて深く考える気にはあまりなれないので、勿体ないと思いつつ石を砕きながらノロノロシナリオを進めてきた

極力マシュの存在を考えないようにしながら進めてきたが、流石に6章では彼女に焦点をあてた話になるだろうと覚悟していた

できれば強化されてスキル、モーション、ボイス等変更してほしいと願いながらストーリを進める

すると予想外にも、マシュ、実はめちゃくちゃ良いキャラなのでは?と思えてきだした

ネタバレになるが、マシュは記憶を失い現地の妖精達に拾われる

一緒に旅をしながら絆を深め、たどり着いた城の領主花嫁になる

つらい展開が来ると予想させながらも徹頭徹尾暖かく優しい交流が描かれ、しか最後の戦いでそのほとんどが滅ぼされてしま

マシュは旅をしてきたゴブリン兄弟結婚したライオン領主の思いを背負い未亡人騎士として立ち上がるーーという話だ

正直すごく胸に刺さったし、ゴブリン兄弟との別れはボロボロと涙を流しながら読んでいた

これまでのマシュならごめんなさい、で別れていただろう、しかありがとうと言いながらの別れは彼女の成長とこういうのが見たかったが詰め込まれていて6章前半の中で一番心に残るストーリーだった

戦闘も使いやすい一部マシュで、相方のハベトロットの性能も噛み合いノーストレス突破できた

からこそ今後の展開が不安になる

これまでの限定イベント剣豪勝負シナリオで「実はマシュいない方がおもしろくない?」と思うことが多々あった

そしてマシュも、主人公といない方が面白いストーリーが出てくことがわかってしまった

前半のラストで、マシュの記憶は戻り主人公と再会した

そのこと自体は喜ばしいことなのだが、これまで何度も出てきた「強敵攻撃を防ぐマシュとそれを令呪で支える主人公」の絵が出てきてまたか……とテンションが下がる

せっかくマシュが主人公いなくても輝けるキャラだというのを見せた後に「やっぱりこの二人がベストコンビだよネ!」と今まで何度もやって来た場面を見せられると、キャストリアの活躍を期待していたのもあって(後半に持ち越されただけかも知れないが)余計にがっくし来てしまった

追い討ちをかけるように「主人公はマシュの王子様」と外堀を埋められる

主人公で遊んでるのに王子様と言われるのはとても微妙気持ちになる、なんだか朝教室に入ったら特段好きでもないクラスメートとの相合傘が黒板に大きく書かれていたような、言葉しづらい感覚がある

微妙な気分になりはしたが、6章自体はこれまでで一二を争うぐらい面白いし続きの気になる引きだった

マシュと主人公は再び別れたので、また別のストーリーが書かれるのだと思う

願わくば主人公とマシュが自立した、互いに依存しない関係落ち着けること

スキルや宝具が進化してもうちょっと使いやすくなること

もっと欲を言うとあの陰気な前髪を切るかまとめるかしてさっぱりした外見に変わってくれることをお祈りしながら続きを待っている

2021-06-08

東京オリンピックに反対する理由

2013年東京オリンピックの誘致に成功したとき

おもてなし」という仕草を真似する人がいたり,

原発放射線量コントロールされている」という言葉に疑問を投げかける人がいたりした.

東京オリンピックに期待して心躍らせている人もいたし,

東北震災から復興を遅らせる愚策だと反対する人もいた.

今,オリンピックに反対する理由はもちろん「Covid-19の感染拡大を招くから」というのが語りやすい.

しかし,その影響がなかったとしても,中抜き一部の人が儲けるだけの構造が許せないと思う人もある.

そういう人にとっては,オリンピックを中止にして,なんとか一矢報いたいという気持ちがあるのだろう.

今回のCovid-19の事件で様々なことが明らかになったが,

政治家の会食が多いことや,一部の企業政府から委託手数料により莫大な利益を得ていること,

マスコミSNSでの情報の偏り,などが多くの人に知られるようになったことは良いことだと思う.

願わくば,このCovid-19とオリンピックという好機に,

真っ当な政治と真っ当な企業を望む声が大きくなることを願う.

2021-05-27

結婚インストゥルメンタル音楽ボーカルを迎えるみたいなこと

(これは個人の感想です。万人に勧めるものではありません。)

まれからずっと、何か違和感があった。何かが足りない、何かが不足しているような。足りないけど不足などしていない。そんな認識だった。生まれからずっとインストゥルメンタル音楽を聴いていたような、そんな。

あるとき配偶者を迎えた。シャカリキ婚活して好いてくれる人を探すという、ドブ板をあげていくような活動の上に。

ああ、何か足りなかったと思っていたんだと初めて気づいた。気付かせてくれた、この出会い感謝を。

願わくば配偶者ボーカルだったら最高だったんだけどな。楽器じゃインストゥルメンタルのままだ

2021-05-24

嫌われる勇気』言うけど性格は治そう

40代半ばの女友達が新型コロナ煽り無職になり転職活動している。なかなか上手く行かずLINE愚痴が飛んでくるので励ましているが、正直再就職の望みは薄いと思っている。なぜなら性格が悪い癖に『嫌われる勇気よろしく自分に素直に生きているからだ。

揚げ足取ったり、自分が言ったこと忘れたり、自分の失敗は棚に上げて人の失敗指摘したり、遅刻忘れ物したり、同じような質問に対してこちらが同じような回答しても気分で喜んだり冷たくあしらったり。自分中心、アドラー先生は神。

私自身その本読んでないけど、そもそも性格は良くしなさいとか書いてないのかな?彼女自身こだわりや集中力やいざって時の爆発力はあるので作家職人には向いていると思うけど、恐らく会社での仕事は難しそう。その歳になって順調なステップアップ出来てないのは会社社会性別のせいだと思わず自分のせいだと思わないのかな?

たぶん縁を切るのが一番なんだろうけど、正直彼女どん底まで落ちるのを特等席で見たいので、もう少し適当に付き合おうと思うが、願わくば自分で気付いて性格は治ってほしい。

2021-05-23

人間なんて虫と一緒

人間としてうまれ、生きていると夢は叶えた方がいいと思い込んでしまう。

やりたいことをやる人生が最良だと思わされる。

夢を叶えるため、やりたいことをやるために、努力をしないといけないと思っている。

でも人間なんて虫と一緒。

たまたま知性があるからやりたいことを意識ちゃうだけ。

まれたからには食って寝て生きなきゃいけない。

そのためにはやりたいかどうか関係なく働かなくてはいけない。

日銭を稼がなくてはいけない。

ぼくは人間に生まれしまったがために、やりたいことを見つけて苦しんでいる。

やりたいことをやれる権利は皆もっているだろう。

ただその権利行使できるだけの環境を手に入れられるのはごく一部だ。

ぼくはやりたいことがあっても、できない人間だ。

日々暮らしのために仕事に追われ、疲れて何もできずに毎日が終わる。

かつてやりたいことのために努力をしてある程度の成果を出したことはある。

でもその先はなかった。

それだけで食っていくことは不可能だった。

明日もぼくは虫と同じだと思い、やりたいかどうかなど関係なく生きるために日銭を稼ぎにいく。

願わくば虫のようにあっさりと潰されてしんでしまいたいものだ。

2021-05-22

anond:20210521192205

派遣で働いちゃいけない人が、受け皿として仕方なく働いてる、ってのが最近増えてんなあ。

そういう利用想定なんだから、どうしようも無い事に呪詛を吐くくらいなら、中途採用でも紹介でも縁故でも、何でも使って「絶対正社員で」って就活しなくちゃあいけない。

しか日本派遣キャリア職ですら単価安いし、そうした受け皿的な傾向でより安くなって行ってるから、何かしらスキルなり資格なりを身につけていかないとじり貧でしか無いと思う。

願わくば、そうした不満のある人ほど、より良い環境会社を立ち上げていってほしいなあと思うが、大体は勝手我が儘なだけなんで、そうはならんのよなあ。

2021-05-18

これは自分理系(の中でも数学とかの理論系)だからなのか、具体的に説明されるよりも抽象的に説明される方が絶対にわかやすいんだよな。

冠詞の話もそうだけど、英語教育とか全体的にそう思う。例文をいくら並べられてもわかんないんだって。それよりまず一般論を教えて欲しい。もちろん自然言語から例外があるのはわかるけど、例外を後から覚える方が自分にはわかりやすい。

でも学校(初等教育)だと「具体的に説明しなければわかりやすくない」というルール蔓延しているのが辛かった。最初に具体的な説明から入って、後から「実は~~」という種明かしで抽象的な説明に移行するよりも、最初に「これが答え」とズバッと抽象的な説明をして、後から一つ一つの具体例を見るという授業をしてくれた方が、自分にとってはよかった。(多くの人にとってはそうではなかったのだろうけど。)

まあ、「個別特性に合わせて指導する」という目標自体最近になって議論され始めた概念だと思うので仕方ないんだけど、願わくばこういう経験談が今後に役立って欲しい。

要するに、一般的に「大学レベルで難しい話」とされていることが自分にとっては簡単な話で、逆に一般的に「中学レベル簡単な話」とされていることが自分にとっては大学レベルで難しい話である、ということがよくある。

2021-05-16

anond:20210516065603

このオリンピック禍を乗り越える上で、残念ながら中止を訴えるのは有効方法とは言えないのが現実からねぇ。

ダメージを最小限にしつつどうにか形だけ開催し、すべての憎しみをアスリートどもに引き受けてもらうのが最適解なのは確かだな。

願わくば、これが世界最後オリンピックになってスポーツ禍が減じますように。どうせならこの機会にスポーツ絶対悪だという事実が周知されてスポーツ禍そのものが終わりますように。

2021-05-15

anond:20210515142843

ふはは!青いな!

でもまぁ何か気に障ったんだったら謝るよ!ごめんな!

願わくば貴女にも素敵なSEXライフが訪れますように!

2021-05-14

仕事を辞めた

週5、平日勤務、残業もなければ休日出勤もなく、ホワイト中小企業に勤めていた。

帰属意識も、向上心も無い俺は、惰性で通い続けて、物覚えの悪い頭で仕事を少しずつ覚えながら業務従事していたが、ある朝、身体が動かなかった。起き上がらなくなってしまった。体を起こそうとする頭に対して、体と心が拒否してしまった。

俺は人と話すのが苦手で、口頭でのやり取りだとすぐに頭が真っ白になってパニックになってしまう。こういう状態だと相手が何を言ってるのか意図を組むことさえままならない。仕事から帰ると精神的に疲れきってしまいずっと寝ていた。

そういう自分特性自分ではわかっていて、慣れて行くし無いと自分に言い聞かせながら3年従事したが、とうとう身体拒否反応を起こした。

職場が急に怖くなってしまい、退職届を郵送で出した。電話に出ることが出来なくなってしまった。良くしてもらった上司からメールが届いた。仕事を辞めずに休職して貰いたいけど、どうしても辞めたいなら引き止めることはできないので、その時は退職手続き必要書類を書いて返送してほしい。落ち着いたら電話が欲しい。そんな感じの内容だった。俺は電話をかけることがどうしても出来ず、申し訳ない気持ちで頭が裂けそうになりながら退職手続き書類を書いた。

その後、ずっと寝ていた。退職の通知と離職票が届いた。それから3日ぐらい寝ていたら、段々と気力が戻ってきた。菓子パンカップ麺をやめて。簡単和食を作った。暖かい味噌汁に、焼いた鮭に、炊いた白米と納豆ぬか漬けも、添えた。

引きっぱなしだった布団を畳んだ。布団を干して、カバー洗濯した。

部屋の掃除もした。

トイレ掃除した。

段々と身体が軽くなってきたので、俺は家を引き払って、実家に帰った。

今は実家無職をしながら家の手伝いをしている。貯金は少しあるので、そこから毎月5万、家に入れて、のんびりと生活をしている。

朝早く起きて、5kmランニングした後、親の朝食を作ったり、母の作る食事を食べたりしている。

昼間は積読してた本を消化したり、プログラミング勉強を初めてみたり、部屋の掃除をしたり、雨樋の清掃や、ガタついたドアノブの修理、壊れたコンセントの交換、エアコンのフィン洗浄など、やりたい事をやってのびのびと過ごしている。

夜も、食事を作ったり、母が作る食事を食べたり、買い出しに付き合ったりしている。

親は言わないが、普通に働いて欲しいんだと思う。俺も三十路だし、転職に有利なキャリアなんて何一つないし、この先たぶんお先真っ暗なんだろうけど、のんびりこうして過ごして生きていけるだけで、とても幸せを感じられるせいか不思議不安はない。ただ、若さが全てを楽にしてくれているだけだろうか。

願わくば、こんな気持ちで、ずっと生きていきたい。

2021-05-06

anond:20200506225830

夜に風が吹いて

開けた雲間から照らす月明かりがあって

星々の輝きを見られた瞬間に寒さを覚えて窓を閉じる

煌めきを心の中で瞬かせながら

暖かい布団の中で健やかに安らげることを祈る

 

願わくば明日も良い日でありますように

明日は良い日でありますように

2021-04-29

伊是名さんのJR乗車拒否(?)問題に思いをはせる

最初炎上したときなんだかなぁとは思っていた話題なのですが。

社民党から出されたこちらの声明(https://note.com/sdp_japan/n/n5ae62868e4f2)が話題になっているのを本日見て、ふとそのとき気持ちを思い出して考えていたらなんとなくネットにのせてみたい話を思いついた気がしたので書いている次第です。


結論から言うと、僕は伊是名さんや社民党意見には全く賛同できません。

理由は単純で、この件に関してはJRに非がないと考えるからです。


僕は健常者です。

なので、障碍のある方々の立場生活というものはいくら想像してもやはり理解することは難しいのだろうとは思います。だとしても重ねて言いますが伊是名さんや社民党意見には全く賛同できません。


こういった形の炎上の大半は起こった『不利益不条理』の中に潜む相手方の悪意を前提に話が進み、どんどんと話がよく分からない方向へ展開していくように思います

この件では伊是名さんが『目的の駅へ行くのに大変な苦労をせねばならなかった』という『不条理不利益』に対し、伊是名さん側はJRの『怠惰』という悪意を前提として話しているように感じます。伊是名さんはかなりの重量がある電動車いすに乗らなければ生活ができないそうです。ことの発端となったのは旅行の際の目的駅が無人駅階段しかなく、事前連絡がないと人員の配置は難しく電動車いすを運ぶ対応ができないため隣駅での降車をお願いされたことです。この出来事を伊是名さんは『JR車いす乗車拒否されました(http://blog.livedoor.jp/natirou/archives/52316146.html)』とブログに書き、車椅子ユーザーへの無理解が原因で問題が起こったとの立場JR批判しています。このブログに書いてあることからJRは怠けていると伊是名さんが言っている』と引き出すことは暴論ではないでしょう。

このブログものの見事に炎上します。批判側は、タクシーの予約は1か月かかること、目的駅に階段しかないことなどを把握している(※上記ブログ参照)のに事前連絡を怠ったことに同じく伊是名さんの『怠惰』という悪意を見出し批判します。 

そして、ここからマスコミへの連絡を用意してるとかそもそも炎上目的なのでは?』という伊是名さん側の純粋な悪意を想像したり、『結局運んでもらった(※上記ブログ参照)のにありがとう一言もないというのはなにごとか』という何よりもまずお気持ち問題論がたくさん出てきたりして、どんどんと伊是名さんの人格攻撃方面へと進んでいってしまい色んな方向に矢だの鎗だのが飛び始めます


そしてこれが他の障碍者の方に刺さって『出かける度にありがとうと言う、つまり毎度誰かの手を借りなければ生きられないうしろめたさはやっぱり理解されない』という悲痛な叫びになったり、逆に『幼いころ横柄な障碍者の方にさんざんな目にあわされたのに、障碍者相手ということで親や教師はなにもしてくれなかった』という健常者の方の怨嗟の声になったりしています

話を戻したいのですが、問題は単純に『車いすユーザーの方が、車いすであるがために目的駅に行くのに大変な苦労をした』ということです。

すべての人が、どんな人であろうと望む場所バリアなく行けることが望ましいということに反対するような人はほとんどいないでしょう。逆張りして反対を表明する人がいたとしても寒すぎて誰にも相手にされない程度に圧倒的に。


ここまで攻撃的な話題になってしまったのは、最初に言った通りどちら側も相手に『悪意』を見出そうとしてしまっているからだと思います

わかりやすく言えばどちらも『お前が悪い』と言ってしまっているからです。そして、もともとの問題そっちのけで自分の側から見て悪く見えるところをあげつらって攻撃が止まらなくなってしまうという話なのだと思います


無人駅人員を配置してなかったJRが悪いのか? 事前連絡をしなかった伊是名さんが悪いのか?

どちらも全く『悪く』ないと僕は思っています



話が少しそれるようなのですが、歳を重ねてから僕は『しょうがない』という言葉が大好きになりました。

不貞腐れたり、できっこないと可能性を否定するために使われることもありますが、僕は現状をしっかりと見据えるための言葉として好んで使います


今できないことは『しょうがない』。ではできるようにするためにはどうすればいいか?と、今を理解して次の一歩を考える言葉として考えています


先ほども書いた通り、社会バリアフリーは推し進めていくべきです。ですが、現状そうなっていないのはしょうがないのです。JRバリアフリー化に対し少なくとも悪意を持って遅らせてはいないでしょう。

そして、企業として余分な人員を余らせておけないのもまたしょうがないのです。

こういう話になると近頃では『健常者の無意識差別だ』という論調が出てきますよね。だからこそ、冒頭のなんだかなぁという気持ちだったわけなんですが。

長くなったんですが実はここからネットに書いてみたいと思った思考実験でして。

無人駅バリアフリー化されていないのがJR怠惰拡大解釈すると健常者の無意識差別だというのであれば、女性子供でも簡単に持ち運べるような車椅子が開発されていないのは車いすメーカー怠惰、同じく拡大解釈すると健常者の無意識差別という話も成り立つのではないか

ということです。

どういうことかというと『駅がバリアフリーだったら車いすでも行けたのに→差別』という図式が成り立つのであれば、『車いす簡単に運べれば車いすでもいけたのに→差別』という図式も成り立つのではないだろうかという、バカみたいな話です。でも、正直バリアフリー化を進めるのに必要時間お金と、軽量な車いすを開発するのに必要なそれって同じくらいなんじゃないでしょうか。


自分で書いててもバカバカしくなってきてしまいましたが。でも、正直『今現在バリアフリー化されてない駅がある』という事実を『健常者の無意識差別』に結び付けるのは、同じくらい馬鹿馬鹿しいと思ってます

何度でも書きますが、社会バリアフリーは推し進めていくべきです。ですが、現状そうなっていないのはしょうがないのです。誰かがズルをしたり、怠けたり、悪いことをしたりしているのではないのです。


違う属性相手に『無意識の悪意』を見出し攻撃する活動は、もう限界にきていると思っています

願わくば対話相互理解相互理解のまま受け入れる寛容さによって融和が実現する社会にならんことを


酒がうまい

おやすみなさい

2021-04-28

生理用品の選択を間違うとどうなるのか

男性社員5人が生理ナプキンを買いに行ったら…? 購入してきたものに驚き! – grape [グレイプ]

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/grapee.jp/949739

「ないと困るものなら多めに買っておけ」とか「少々違ってもせっかく買ってきてもらったんだからその場しのぎで使っておけ」とかいブクマ散見されたので。

生理用品の選択を間違うとどうなるか。

端的にいうと漏れる。

朝起きた瞬間、感覚漏れたことを確信したとき、まず願うのは願わくばパンツでとまっておいてほしいということ。

パンツが無理ならせめてズボンでとまっておいてほしい。

ズボンも無理でシーツまで貫通していた場合は朝から絶望がやってくる。

ただでさえ、体が重いのに、朝からシーツ洗濯するという労働が発生する。

そして何よりテンションがかなり下がる。

例えば記事にもあった、「ショーツタイプ必要なほど経血が多いのに、350mmの夜用を買ってこられた」場合、高確率漏れるのではないか

あと、「そんなに必要なら多めに買っておけ」という意見について。

生理のある多くの女性生理用品は常日頃数種類を常備していると思う。

しかし種類が多いがゆえに「一番多い日なのに、400㎜の夜用だけ切らしている…」という事態が発生しうる。

家の備蓄完璧だったとしても、外出の際に持ち出すポーチの補充をしていなかった!という事態もまま発生する。

休みドラッグストアコンビニ生理用品をこっそりかいにいくハメになる。

ルナルナあるし生理来る日ぐらい事前にわかるやろ!と思うかもしれない。

予定日はあくまで予定日でしかなく、1週間ぐらい平気でずれる。

その間、万一来た時に備えて、昼用・夜用ナプキンをかかさずつけないといけないし、今日大丈夫やろと思った日に限って始まったりもする。

最後に。

わたしは全ての男性が、女性と同じように生理用品を選べるようになってほしいとは思わない。

だけど、こうした記事が目に留まることで、「生理用品なんかに金をかけるな」とか「生理用品は性的な物だ」と考える人が少しでも減ってくれることを願う。

2021-04-17

私はクソコラが嫌いだ

私はクソコラが嫌いだ。

ネットに数多存在するクソコラを見て笑えていたのは過去の話だ。

笑えなくなったのは私が間接的に「される側」になったためであり、この記事にはそれに関した懺悔の思いも含まれている。

この記事はいわゆる「お気持ち」であり、二次創作への個人的価値観もあり、また、製作であるが故に匿名にせざるを得ない情けなさをないまぜにした長ったらしい愚痴である

=====

インターネットには実写、イラストわず無数のクソコラが転がっている。

まだましなもの人物を雑に切り抜いて別の背景に合成したり、当事者から許可の降りているコラージュだ。(ぼっさんなどが最たる例だと思う)

故に、私がここで明確に「嫌い」とするクソコラは全ではなく、「製作者側の許可はなく、二次創作範疇であり、且つなんらかの二次的影響を波及させるものである

正直、公式画像使用している時点で本当に二次創作範疇であると言えるのかは微妙であるが、製作側が直接注意をしないのであれば黙認の範囲なのだと思う。

以下記事内でクソコラというワードが出た場合は、このように対象限定したものであるということである

 

また、大きめの主語となるため特定などに意味はないとは思うが、大なり小なりフェイク部分を混ぜることをご容赦願いたい。

(このような稚拙一方的な狡く読みづらい文章を読む物好きがいればの話であるが)

これは例えの話である

あるアニメにおいて、至極真っ当なキャラクター存在する。

そのキャラクター作品内では比較的人気は高くなく、しかし嫌われているわけではない。

性格や設定にある程度の尖りはあれど、それは創作キャラクターにおいては大して異様な特徴ではない。しかし、その少々尖った部分がそのキャラクターに深みを与え、個として際立たせているポイントでもある。

このようなキャラクターなど無数にいると思う。むしろこちらの方が基本的には多いはずだ。

こうしたキャラクターが、時にクソコラの餌食となるのだ。

 

今まで見てきた犠牲者達のパターンはいくつかある。例を挙げると、

画像の頭部を切り抜かれ、実写や全く異なる体型の別キャラクターの頭部にすげ替えられる

身体の一部を過剰に変形させ、原型からかけ離れた骨格になる

名称の似た別のキャラクターと融合させる

二次創作で誇張されがちな尖ったキャラクター性をより強調して変態性へ改変する

etc.

しょうもな……

問題はこれらのクソコラ犠牲者達が、前述の通り「作品内では比較的人気ではない」部分にある。

もしこのクソコラ対象がその作品で最も人気のあるキャラクターで行われていたとき不快感を顕わにする人々は多くいるし、それを声明する。

しかし、往々にして比較的人気のないキャラクターの数少ないファンたちは、これらのクソコラを楽しむ「実はそのキャラクター自体はどうでもいい大勢の人々」を前に閉口することがままある。

「言っても仕方ない」、「水を差したくない」、「自分が見なければいい」くらいの気持ちであると思う。

私もそうしたいと思っている。

 

こうしたクソコラにはさらに先の問題存在する。

それは、「キャラクターイメージの改変」だ。

少し前に、二次創作におけるキャラクター改変を糾弾する文章投稿され、話題になった。

私は該当の記事の(過激言動はともかく)内容については同意できる部分が多かった側だ。

二次創作をするにあたり、元のキャラクター性を捻じ曲げる行為は、それが必要でなければすべきではない……というべきか、「二次創作である意味が無い」というべきか……

 

特定キャラクター性を捻じ曲げたり、極端に誇張したりした作品群が広く認知されたときファン間においてあまりにもあんまりだと思える状況が起こる。

『(該当キャラクター)って、〇〇(クソコラによって付与された改変)だよね』

このキャラ改変が単独同人作家によるものであれば、作家性がついて回るためある程度「二次創作である」という感覚視覚的にも制限を与えてくれる。

しかし、クソコラは“公式画像使用している”という部分があり、故に“誰が作っても視覚的な作家性が希薄になる”のだ。

 

どういうことか?

Twitter蔓延する漫画の数コマの改変コラ画像がよい例である

その改変コラ画像は、誰が作ったものであるか、パッと見て判別できるだろうか?

少なくとも私にはできない。

そしてできないからこそ、製作者以外の人間別所使用拡散するし、更にその作家性は限りなくゼロに近づいていく。

作家性がほぼ失われた二次創作であるコラ画像が高い認知を得たとき、それは一定概念となって読者やプレイヤー認識に擦り込まれしまう。

これが最大の問題だと私は思っている。

変態ではないキャラクター変態とされたり

決して筋肉質ではないキャラクターがムキムキマッチョとされたり

言ったこともない台詞がそのキャラクター代名詞とされたり

……

そしてそれらの認識ファンの間で“常識”になる。

そしてとき無能製作側がそれを逆輸入する。

そのキャラクターを好きな者、製作に関わった私からしたら、かなり“““嫌”””なのだ

もし私がこの吐き出しを行う切っ掛けになったキャラクタークソコラが、「1人1回くらい」のものであれば何も感じなかったと思う。

ここまで汚物を垂れ流しているのも、そのキャラクタークソコラを年単位で作り続けている者たちが存在するからだ。

真っ当に作ったキャラクターが、そのクソコラによって「変態キャラ」にされているからだ。

 

この感覚はおそらく、「そのキャラクター純粋に好む人」「製作側になった人」にしかからないのだと思う。

実際、そうしたクソコラを笑って楽しんでいた人物が、己の最も好きなキャラクターにその歯牙がかかった途端に不快感を顕わにしたのを見ている。

 

クソコラに愛はなく、愛あるクソコラ存在しない。

そこにあるのは自覚のない悪意だけだ。

そのキャラクターは、お前のものではない。

 

何故ここまでこれらクソコラ嫌悪するのか。

それはかつて、クソコラとは言えないが若輩の私は知り合いの創作キャラクターを改変して遊び、当事者に苦言を呈されたことがあるからだ。

そのときは戯れのつもりであった。そのとき申し訳なかったという気持ちはあった。

が、いざ、しかも全く面識のない人間の手によって「される側」に立ったとき、愚かにもようやくその苦しみを理解してしまった。

ここ数年、私はそのことについてより深く反省し、恥ずかしかったと思い、思い出す度に身悶えするような懺悔の思いに苛まれている。

おそらく当該人物はもう気にしていないとは思うが、かといって許されたわけでもないと私は独り悔やんでいる。

これは自己嫌悪と、自己投影による己かわいさの苦しみによって引き起こされている嫌悪感の吐露だ。

 

よりにもよって商業方面での製作側になったため、そのキャラクターの全権を持っているわけではなく、個人的に釘を刺すことも出来ず、Twitter愚痴るのも都合が悪く、こうして匿名に甘んじている。

 

コラージュをやめろとは言わない。言えない。

ただ願わくば本来キャラクター尊重された上で二次創作が行われるようにならんことを。

 

 

[追記4/18]

記号については私が変えればいいだけのことに思えたので消した。

 

かに何かを強要している文章ではないし、反応に対して何か返すことはしないと思っていたが、私の文章の拙さ故に明らかに読み違えられていそうなことに関してだけ補足。

「人気キャラクタークソコラされない」のではなく、「人気キャラクタークソコラに対してはキャラクターを好む人間の母数が多いため不快感を口に出す方もそれなりに現れる上、人気キャラクターであるが故にクソコラによる二次創作認識は拡がっても同時にそれが公式ではないという感覚も伝わりやすい」ため、私が嫌悪している(記事内における)クソコラ群とは少しばかり性質が異なると考えている。

あらゆる事物には例外があることも理解している。

私がここでクソコラと呼んでいるのは、あくまで「人気が無い故に歯止めの利かなくなっているコラ画像」であって、すべてのクソコラではありません。

[追記ここまで]

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん