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はてなキーワード: 宮崎駿とは

2017-11-25

宮崎駿次回作題名は「君たちはどうイキるか」

イくうー、イくうー、イっちゃう

2017-11-24

今日宮崎駿は老体に鞭打って必死絵コンテに立ち向かい

高山善廣はベッドの上で天井を見つめながら絶望し続けているというのに、

俺たちは一体何をしているのだろうか?

生きねば...

2017-11-22

http://b.hatena.ne.jp/entry/349918631/comment/kitamati

今回のラセターほど露骨な話じゃないけど

アニメ業界人が語ってたことで宮崎駿に関してパワハラ話と女性関係の話2つエピソード知ってる

ひとつアニメーターの柳沼和良がツイートしてた魔女の宅急便ときの話

駿は魔女の宅急便井上さんの原画ケチョンケチョンにけなし、回覧板でこういう原画を描いてはダメ!と回した。福島さんが悲しんで何故こういうことをする?と。出来ががった画面は皆お馴染みのあれ。次の作品では倍額出すから〜と誘っても無理に

https://twitter.com/yaginuma_san/status/607341117617545217

※わかりづらいかもしれないので補足

井上さん=井上俊之

福島さん=福島敦子

ふたりとも魔女の宅急便に参加した凄腕のアニメーター

特に井上俊之はその仕事っぷりからカリスマなんて呼ばれてる

で、この話を整理すると

井上俊之が描いた原画宮崎駿ケチョンケチョンに貶し

本来なら当人同士で済ませるものを更にダメな例としてわざわざ回覧板をつくってスタッフに触れ回り

それを見た福島敦子が悲しんだ

紅の豚とき魔女宅の頃より金を出すからと誘ったけど井上俊之は断った

その後の井上俊之作品歴を見れば高畑勲今敏押井守細田守エヴァなどいろんな劇場作品に参加してるけど

宮崎作品には魔女宅のみなので(福島敦子も)この話はホントだろうなと思ってる

(あと俺の記憶だと押井庵野90年代頃にジブリについて語ってた文章

宮崎駿は誰か一人を槍玉に挙げて現場の結束力を図ってる」みたいなことを語ってた記事を読んだ憶えがあるのでこの話とも合致してるなと)

もうひとつ北久保弘之中国嫁の作者のブログコメント欄に書いてた話

さらば愛しきルパンよの小山田真希精神浮気をしていた二人の名前を合わせただとか

職場放棄した女性を連れ戻すのになぜか付いていく羽目になる押井守とか

コメント欄の3番目にその書き込みがある

http://blog.livedoor.jp/keumaya/archives/51429244.html

北久保弘之曰く大塚康生押井守などから直接聞いた話みたいなのでこの話も信じていいんだろう

https://ask.fm/LawofGreen/answers/111915889615

(なお北久保弘之はいろんなことをぶっちゃけてきたが本人もアニメーターの本谷利明にtwitter上で暴露されていた

そのやり取りは両人とも削除済み)

まあアニメ業界セクハラパワハラ話だと富野由悠季はどうなんだろうなと思う

尻を触るだとかZ劇場版とき恩田尚之ブログとか

2017-11-12

アニメオタク自身気持ち悪い存在であることに気付いていないのではないか

客観的事実として、アニメオタク気持ちが悪い。

しかしながらアニメオタクが好んで見るアニメの中では、アニメオタクという設定のキャラクターが魅力的に描かれている。

それを見たアニメオタクアニメオタクが恥ずかしいものではなく、カッコいいものだと勘違いしてしまう。

アニメ制作者はアニメオタクターゲットにしてアニメ制作しているので、アニメオタクのことを悪く表現するわけがないのだ。

アニメ世界に入り込みすぎて、現実世界が見えなくなったアニメオタクますます気持ち悪くなっていく。

自身否定する現実世界否定し、アニメ肯定するアニメ世界に嵌っていく。

ちなみにアニメオタクのよくある言い訳として、アニメ日本の文化でありクールジャパンなのだという理論がある。

かに宮崎駿ドラゴンボールNARUTOなど、世界でも評判の高い日本発のアニメ作品は多く存在している。

だがアニメオタクが好んで見るのは俺の妹がどうたらこうたらとか、異世界に転生してうんたらかんたらといった気持ち悪い作品だ。

それらはSF小説官能小説くらいの差があるもので、アニメからクールだということにはならない。

やはりアニメオタク気持ちが悪い。

2017-10-30

宮崎駿の「君たちはどう生きるか」

なんかこれパヤオ本人がオリジナルで言ったように勘違いしてる人多い気がするけど、元ネタ1937年吉野源三郎が発表した本だかんね?

まああえてそういうタイトルをつけたって意味ではパヤオのものって感じもするけど、別にパヤオがドヤってるわけじゃないんだよ?

2017-10-28

宮﨑駿を指して労働環境改善に尽くしていないというのはあんまりだろう

そもそも宮﨑駿が東映労働運動の先鋒に立っていたことを、はてブの民は知らないのだろうか。

その敗北から劣悪な環境蔓延するようになってしまったアニメ業界という悪夢の中で、

どうにか自分作品スタッフだけでもまともな暮らしをさせ、まともに人を育てようと正社員化と固定給化を成し遂げただけで十二分に偉業である

だいたい世の人達アニメ業界労働問題をそこらのブラック企業と同等レベルに考えているのではないか

もしそうならあまりにも認識が甘いと言わざるをえない。

いくらかマシだと言われる京アニだとか東映ですらそこらのブラック企業レベル労働環境であり、

そういった環境を強固に支えるものたちが、上にも現場にも犇めいているという狂気世界だ。

そんな業界監督一人にできることは、せめて自分作品スタッフにいい目を見せることぐらいしかない。

宮崎駿は、スタッフに払えるだけの金を集められる唯一の監督なのだから、彼には作品を作ることが彼にできる最大限の労働環境整備なのだ

2017-10-23

音楽界隈はテーマをきちんとコンテンツに反映しろ

http://b.hatena.ne.jp/entry/beinspiredglobal.com/Interview-UCD


政治的歌詞を混ぜ込んだり、テーマにして曲を作るとかは是非じゃんじゃんバリバリやってもらいたいところ。

でも問題点恋愛テーマにした曲を歌ったフェスコンサートでいきなり政治的MCだのイベントを行うこと。

恋愛テーマにした曲で釣って、政治的な話をしたいだけなんじゃないの?


恋愛映画の中でいきなり原発反対を訴えるメインキャラクターが出てきて

2時間の内30分くらいそいつがべらべら喋りまくってるくらい違和感がある。

いや、もしくは恋愛映画の上映後に監督スクリーン上に出てきていきなり政治的思想をぶちまける位の感覚か?


こういうコンテンツの作り方って最も稚拙で情けない物の作り方じゃない?

宮崎駿自然とか差別とかあの辺のテーマ物語に織り込みつつエンタメとして仕上げるのにどれだけ考えてると思ってるんだ。

作るんなら、原発によって起きた危機恋愛意識しあう歌詞みたいな(ただの素人なので陳腐かもしれないがこの方がましだぞまじで)ちゃんとコンテンツに混ぜ込まないと駄目なんじゃないの?

もちろん一部にはあるだろうけどそんなの殆ど一部しかないじゃん。


ロック自体が反権力的なジャンルから云々」って

オタク文化カウンターカルチャーからそれだけで漫画アニメは反権威なのだ」とかそんな雑なこと今時言うか?

日本音楽界隈はただ存在しているだけで反権力なのだみたいな時代遅れの考え方はやめるべきなんじゃないのか。


フジロックなんかもそういう商業音楽から発せられるメッセージ出演者達の政治的メッセージのあからさまなチグハグさに客が混乱してるからあんなことになってると思うんだけど。

最近音楽業界のこの辺の勘違いを見てると忌野清志郎さんが亡くなったのはつくづく業界にとって痛かったなと感じるわ。

https://anond.hatelabo.jp/20171023085723

ネットでいう「反日」って大体そういう人らよねやっぱり。

てか元増田でも例に挙げたけど宮崎駿なんて典型的なそれだわな。

ただその定義だと司馬遼太郎明治精神から戦中~現在懐疑的)なんかも「反日」に入りそうだけど良いんかな。

実際「反日」の日本人なんていないだろ

現代消費社会をボロクソにけなしてる宮崎駿みたいなのを指して言ってんのかな

2017-10-11

マチアソビにて片渕監督講演会覚え書き

キャラクターに宿る存在感

この世界の片隅に」が目指したこ

片渕須直監督

藤津亮太アニメ評論家

いつもだと自分パソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。

コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画ポーズで止めたかった。

キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標ひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から

絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的パーソナリティを描けるのではないか

世界構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーリアリティが与えられる。

名犬ラッシーからラッシーイギリス舞台エリザベステイラー時代アメリカホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱想像と調べたことの組み合わせで作っていった。

町に住んでいる人達準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。

町を本物らしく見せる鍵は町自体歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。

アリーテ姫リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下職人暮らしを描くことで、アリーテの気持ち世界を描いた。

人の生活を示すことで、キャラクター存在感が出てくる。

大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジクララピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアル世界

当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界みえてなかった。

人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。

魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか

1人の人の中には複数個性バランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。

アリーテ姫原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス原作主人公クレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。

自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。

ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。

この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング悪漢たちの別の顔。

自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。

原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台タイ基本的外国支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランス占領されたりしていた。

アリーテ姫自分人生を歩き始めたところから始まる。

そうじゃないところから始まったのが、ブラックラグーン

最初丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。

ブラックラグーンはこれまでの片渕監督作品イメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。

うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーンマイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。

でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの

1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。

1000年前の世界1000年前の話し。1000年前が真ん中。

ブラックラグーンタイ取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナム香港などは行った。

マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊10回。そちらの方が多い。

発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウ工場社宅。そのカネボウ最後工場長から写真などをもらえた。

事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。

事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。

ハイジクララ矛盾マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。

マイマイ新子金魚が戻ってきたのが最後原作者体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。

原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。

普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。

この世界の片隅にのすずさんは大人少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分意思とは関係無く嫁にいかされる。

すずさんは自分空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。

マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公

すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。

日本アニメドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。

年齢層が上がってきた。巨人の星読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。

長くつしたのピッピルパン企画書を見つけた。タバコや銃のブランド定義ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38ルパン三世カリオストロでは赤いきつねコカコーラを描いてる。

日本アニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間リアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品

手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。

この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実カケラを組み合わせた。

出来るだけ背景を捉える。人物サイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるもの存在感

効果音BGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメ表現より実写の表現BGM無しでも良いかとも思ったが、BGM心理描写ができた。

2017-10-09

■マチアソビにて片渕監督講演会覚え書き



キャラクターに宿る存在感

この世界の片隅に」が目指したこ

片渕須直監督

藤津亮太アニメ評論家

いつもだと自分パソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。

コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画ポーズで止めたかった。

キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標ひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から

絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的パーソナリティを描けるのではないか

世界構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーリアリティが与えられる。

名犬ラッシーからラッシーイギリス舞台エリザベステイラー時代アメリカホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱想像と調べたことの組み合わせで作っていった。

町に住んでいる人達準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。

町を本物らしく見せる鍵は町自体歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。

アリーテ姫リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下職人暮らしを描くことで、アリーテの気持ち世界を描いた。

人の生活を示すことで、キャラクター存在感が出てくる。

大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジクララピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアル世界

当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界みえてなかった。

人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。

魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか

1人の人の中には複数個性バランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。

アリーテ姫原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス原作主人公クレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。

自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。

ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。

この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング悪漢たちの別の顔。

自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。

原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台タイ基本的外国支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランス占領されたりしていた。

アリーテ姫自分人生を歩き始めたところから始まる。

そうじゃないところから始まったのが、ブラックラグーン

最初丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。

ブラックラグーンはこれまでの片渕監督作品イメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。

うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーンマイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。

でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの

1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。

1000年前の世界1000年前の話し。1000年前が真ん中。

ブラックラグーンタイ取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナム香港などは行った。

マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊10回。そちらの方が多い。

発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウ工場社宅。そのカネボウ最後工場長から写真などをもらえた。

事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。

事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。

ハイジクララ矛盾マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。

マイマイ新子金魚が戻ってきたのが最後原作者体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。

原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。

普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。

この世界の片隅にのすずさんは大人少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分意思とは関係無く嫁にいかされる。

すずさんは自分空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。

マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公

すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。

日本アニメドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。

年齢層が上がってきた。巨人の星読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。

長くつしたのピッピルパン企画書を見つけた。タバコや銃のブランド定義ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38ルパン三世カリオストロでは赤いきつねコカコーラを描いてる。

日本アニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間リアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品

手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。

この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実カケラを組み合わせた。

出来るだけ背景を捉える。人物サイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるもの存在感

効果音BGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメ表現より実写の表現BGM無しでも良いかとも思ったが、BGM心理描写ができた。

2017-10-03

けものフレンズ復活!たつき監督勝利!!

けもフレ監督降板騒動”、KADOKAWA井上専務謝罪 「今後の相談に入った」

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1710/03/news083.html


結局はファンが騒いだおかげ、ひいてはたつき監督ツイッター告発したおかげだな。

でなけりゃ再協議なんてあり得なかったし、闇から闇へ葬られていたろうからね。

あの声明を出した製作委員会無能どもはクビか降格やろなぁ。

たつき社会人失格、製作委員会に理がある」とかほざいてたアホは息してる?

お前の脳内では社長専務に尻拭いさせるのが良い社会人なん?

笹山逸刀斎@対魔忍アサギZERO‏ @sasalilith

KADOKAWAさん大人対応できる人いるやん。円満解決を期待したい。

宮崎駿監督が言う事聞かないからってジブリ作品から彼を追放したって皆が損をするだけ。その当たり前の事を冷徹ビジネス的に解決すれば良いだけ。たつき監督を叩いている版権営業?なる人がいたけど素人過ぎて苦笑するよ。

https://twitter.com/sasalilith/status/915119512185298944

ワロタ

2017-09-21

全国アニメ祭(仮)

北海道在住の声優製作会社アニメーター等による「北海道アニメ

東北在住の声優製作会社アニメーター等による「東北アニメ

関東在住の声優製作会社アニメーター等による「関東アニメ

甲信越在住の声優製作会社アニメーター等による「甲信越アニメ

北陸在住の声優製作会社アニメーター等による「北陸アニメ

東海在住の声優製作会社アニメーター等による「東海アニメ

関西在住の声優製作会社アニメーター等による「関西アニメ

山陰在住の声優製作会社アニメーター等による「山陰アニメ

山陽在住の声優製作会社アニメーター等による「山陽アニメ

四国在住の声優製作会社アニメーター等による「四国アニメ

九州沖縄含む)在住の声優製作会社アニメーター等による「九州アニメ


そしてその作品をまとめて上映する祭を開催し、日本世界から色々な人に来てもらう!

国や各自治体から補助金あり!

特別ゲスト枠として宮崎駿作のショートアニメや、シルヴァン・ショメによるショートアニメ

楽しそう!

10万円(少ない!)までだったら支援するよ!

2017-09-15

日清アオハルCM宮崎駿コンテンツへのタダ乗り

ジブリ作品魔女の宅急便」に続いて名作劇場アルプスの少女ハイジ」(高畑勲監督宮崎駿レイアウトときたので狙いは明らか。

しか日清HPを見ると原作小説の紹介はあれども誰もが連想するアニメ作品への言及はされていない。

http://www.cupnoodle.jp/hungrydays/majyotaku/

もちろんジブリアニメ版ハイジ権利を持つズイヨーのクレジットは無し。

トライCMは当然ズイヨーのクレジットが入っています

https://www.trygroup.co.jp/cm/

日清さん、他人ふんどしで食べるカップヌードルは美味しいですか?

カレーメシのCMは好きです)

【一部訂正】

https://www.advertimes.com/20170914/article257844/

ハイジに関してはズイヨーはクレジットされているようです。

https://www.advertimes.com/20170620/article252903/

魔女宅に関してはジブリクレジットなし。

原作小説準拠の体を取っているけど、明らかにジブリ映画パブリックイメージに寄り掛かって作られているよね?

ジブリ連想させながらジブリにはまったく関係なく製作され、やはりイメージタダ乗りだと感じる。

電通クリエイティブも地に落ちたもんですね。

日清のやつ

魔女の宅急便とき宮崎駿によるものじゃなくて原作から新たに再解釈しましたっていう言い逃れしてたけど、第2弾にハイジを用意してたなら言わない方が良かったんじゃないですか

2017-09-02

岡田斗司夫メルマガ面白かった件について

さて、今回はそんなアメリカの「原爆日本に落とす計画」に関してのTシャツです。

https://goo.gl/3Sa7Vk

 

すみません、もう後ろの方で、ちらちら見えてるからわかるよね。

これね、サンフランシスコお土産店で、僕が初めてアメリカに行った時に買ったんだけどね。

 

酷いよね。

MADE IN USA TESTED IN JAPAN」って書いてあるんだ。

アメリカ製造され、日本テストされたっていう。

これね、サンフランシスコフィッシャーマンズワーフっていうところのお土産屋で買ったんだけどね。

 

僕の父親師範学校を出て、学校先生になった。

師範学校から学徒動員にもひっかからず、このまま戦争に行かずに済むのかと思ってたら、

最後最後の年に徴兵されて、広島の方の兵学校に行かされたんだ。20歳くらいだった。兵学校は、

原爆が落ちるような都心部でなくて山の田舎の方だったから、何とかギリギリ助かったという人間なんだよ。

 

こんな経験をしてる人って、僕だけでなくてすごく多かったんだよね。

僕と同じクラスの子でも、家族の誰かが戦死したり、身体障害者になってたりというのが当たり前だった。

 

から、生まれて初めてアメリカに行って、サンフランシスコっていうすごく明るい街の明るいお土産物屋で、

こういうTシャツを堂々と売っているのを見てめちゃくちゃビックリした。

なんかね、ブラックジョークというにしては(笑)ちょっと酷いなと思ってたんだけどね。

 

これ着る機会あるかどうかわかんないなぁと思いながらも、一応買ってみたんだよ。

 

一応買ってみて、SF大会とかに持って行ってみた。

さすがに着るのが怖いから、「こういうTシャツ持ってるんだ」って話したら、やっぱ真面目な人はね、

「やめろよ」とか言うんだよ。

 

でも、当時、1970年代後半のSF業界というのは、本当にあらゆる価値を相対化することが正しいという

すごく大きな流れがあった。

 

例えばね。堀晃さんっていうSF作家がいて、この人、書くものハードSFなんだけど人格は本当に

デタラメという人なんだ。

かんべむさしさんと一緒に2大ちゃらんぽらん大阪SF作家だったんだよね。

ただし、かんべむさしさんの方は書くものちゃらんぽらんなんだけど、人格は大真面目なんだけど(笑)

 

で、人格ちゃらんぽらん堀晃さんは大喜びして、「それどこで売ってるの?」って、欲しがってくれたんだ。

でも、人格はまじめなかんべむさしさんには「そんなもの絶対に着るな!っていうふうに言われてしまった。

 

小松左京さんはどちらかというと喜んでくれた。

 

ということで、当時のSF界でも作家ごとに反応が違ってたんだよなぁ。

 

なぜこんなにSF作家の反応を覚えているのかっていうと、20歳くらいの僕にしてみれば、SF作家というのが、

第2第3の父親とか兄貴替わりみたいなもんだったんだよ。

その人たちがどう感じているのかというのを自分価値観にしようとしていたんだよね。

 

今言いながら、めちゃめちゃ恥ずかしいんだけどさ(笑)

小松左京先生が喜ぶから、俺も喜ばなきゃいけないとかさ。

かんべむさしさんが怒っているから、やっぱりいけないのかなとか。

そんなふうに、もうホントに、ワナビー君の恥ずかしい奴だったんだ。

 

筒井康隆さんにはすごい冷たい目で、「原爆とき過激ぶるな!ガキめ!」というような感じで

見られてしまったんだよね。

 

で、この間、捨てられないTシャツコーナー用に、「Tシャツどんなのがあるかな?」って掘り返したら、

これが出てきたわけ。

やっぱりその頃から30年以上たった今だから、それぞれの人の意見がわかるなぁ。

 

怒る人の意見もわかる。

そういうのは笑っていいかもしれないけど、人前で笑うもんではないっていう人の意見も分かる。

あと、堀晃さんの「いやそんなもんをTシャツにして売っているっていうアメリカ人感性面白いじゃん。」

というのもわかる。

 

なんかねぇ、いろんな人の意見がわかるようになったなぁって。

 

でも、逆にわかんなくなったのが、筒井康隆さんの「原爆とき過激ぶるな!ガキめ!」

「なんでお前、人のことをそんなに言えるんだよ!」(笑)って。

今に至るまでの筒井康隆人生(笑)、「お前そこで怒っちゃいけないんじゃないかな」って思いました。

 

という思い出のあるTシャツでした。

同じSFファンポール・アレンによって、今朝、インディアナポリス号が発見されたと報道されたのも

不思議な偶然だなぁとしみじみ思います

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このメール転載歓迎です。ただし、下記のメールマガジン出所である旨、必ず、URLを明記してください。

http://www.mag2.com/m/0001148694.html

 

岡田斗司夫という時点で読むに値しない」という人もいるだろうし、別に読みたい人だけ読めばいいと思うのだが、

個人的には、今朝のメルマガ結構面白かった

 

日本の大半のウヨク愛国主義)とサヨク相対主義)は皆インチキだよな」というか

 

上記の引用で「アメリカ憎し」の感情に飲み込まれたら、またそれも違うと思う

サイコパス相手に憎しみの感情だけを抱いても意味が無い

実力行使しないとサイコパスにとっては意味を持たない

それにサイコパス側面がアメリカの全てとは言えない、感情に流される側面というのも存在するのが現実

 

宮崎駿アメリカを嫌う理由も分からなくはないし、「この世界の片隅に」がアメリカで上映された意義というのも

非常にあったと思うし(米国人が例え理解出来なくても)、反対に、日本に対する拘束具としての平和憲法に甘えて

自立しようとせずに、こういう目に遭わせたアメリカ自身に守られている立場に甘んじる日本というのも確かにある

 

あれだな、アメリカで講演する日本人が、上記のTシャツを着ていったら、どういう反応をするか?という社会実験

見たい気分はあるな

2017-08-30

茨城県知事になる大井川って人、変な動画宮崎駿さんに見せ付けて、怒られたニコニコ何とかって言うところの人ですよね。茨城県民はみんな人体実験対象ですか。こわいこわいこわいこわい。

茨城県知事になる大井川って人、変な動画宮崎駿さんに見せ付けて、怒られたニコニコ何とかって言うところの人ですよね。茨城県民はみんな人体実験対象ですか。こわいこわいこわいこわい。

2017-08-28

茨城県知事になる大井川って人、変な動画宮崎駿さんに見せ付けて、怒られたニコニコ何とかって言うところの人ですよね。茨城県民はみんな人体実験対象ですか。こわいこわいこわいこわい

茨城県知事になる大井川って人、変な動画宮崎駿さんに見せ付けて、怒られたニコニコ何とかって言うところの人ですよね。茨城県民はみんな人体実験対象ですか。こわいこわいこわいこわい。

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