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はてなキーワード: 歌詞とは

2017-08-17

高校生ときキモい思い出

選択科目で俺は別の教室で授業受ける

その間自分の席に学年一可愛い子Aが座る

それを俺は知っていたから、わざと机表面のはしっこに歌の歌詞をこっそり落書きしておいた

授業から戻ってきて机みたら「←いい歌だね♪」みたいに書いてあった

俺はめちゃくちゃうしかった

の子はかわいくて天然という最強キャラだった

今日スパッツはいてきた」と言いながら教室スカートをたくしあげて友達に見せるタイプ(共学なのに)

Aは顔も性格イケメンなやつと付き合ってた

そいつならしょうがないとみんなが思うようなやつ

結婚したりしてるのかな

2017-08-16

ハマれないバンドの話

個人がハマれないバンドの話です。

該当するバンドが好きな方にとっては悪口になると思うのでご了承ください。

僕は音楽を聴き始めてこの方、基本的ロックバンドを好んで聴いていた。

中学生の通過点ともいえるアジカンからまり、やはりバンプ高校で一度離れたり、

洋楽はやっぱりグリーンデイがスタートだったり、ロキノン系聴いてる自分カッケーになったり。

至って典型的な「一歩外れていると思いきや何だかんだ王道系」な人間だった。

基本的に大体のロックバンドは好きで、わざわざお金を払ってウォークマンに入れるほど好きでないバンドもあるけど、

大体は好意的に捉えていた。

僕は今年で23歳だけど、早くも最近バンドに着いていけなくなってしまった。

ここでタイトルに戻る。

僕がハマれないバンドは何個かに分類されるので、書いていきたい。

1.好きな曲以外が微妙バンド

ここには銀杏ナンバーガールが当てはまります

援助交際とか、銀亜鉄道の夜とか、透明少女とか、売れた曲はやっぱり売れるだけの理由があって、

僕も評判通りその辺の曲は好きだけど、そうでもない曲に関してはとことん合わない。

パフォーマンスが荒々しいというのが共通項だろうか。

2.甘い声のバンド

ここ最近はとにかく多い。

セカオワとか、ゲスとか、フォーリミとか。

甘い声というと語弊があるかもしれない。

カナブーンなんかは曲調が好きだから割と聞けるんだけど、

そうでないとわざわざ聞きたいって気持ちにならない。

そもそも、この辺のバンド共通して言えるのは「女性人気が高い」という事。

やっぱり、ハマる周波数というか、その辺がやっぱり違っているんだろうか。

3.明るすぎるバンド

ここ最近で言えばWANIMAだろう。

僕はパンクバンドも好きだ。それこそ、WANIMAの師匠ともいえるハイスタだって好きだし、

ガガガとかブルハまで遡ってもいいくらいだ。

その辺と何が違うのかというと、とにかく明るいのだ。

歌詞を聞いてもらえば分かる。

CMタイアップしてるから余計に、というのもあるかもしれない。

パンクバンドありがちな

「曲調は激しいけど歌詞は案外ウジウジしてる」要素が薄くて

受け入れるまでに時間がかかっているだけかもしれないけど。


4.ヤバTとかキュウソとか

なんでここだけ名指し?となるかもしれないが、

この辺が好きな人には何となく伝わるだろう。

ヤバTあたりはちょこちょこ対象をおちょくったような曲を出す。

でもそれは内輪でのイジリ合いみたいなもんで、

許さん、絶対に許さんからなみたいなリアルガチな代物ではない。

僕が人生がうまくいってなくて、音楽ある意味救いを求めている面があるから

こんな感想になるのかもしれない。

僕としてはそんなすかしっぺみたいな軽いディスじゃなく、

勢いよく出るウンコみたいな痛快なディスを含んだ曲が好きだ。

からウケる~w」みたいなリアクションを人前で取れるような曲は

イマイチ好きになれないのかもしれない。

ここまで読んでもらえれば分かるが、これは単に僕が偏屈なだけだろう。

からダメなんだと思う。

バンドについてだからこの程度だけど、EXILE系についてとかだったら

エライ有様になってると思う。

からダメなんだと思う。

人前では寛容でいることが重要だ。

僕と認知症祖母

地元に帰ると基本的祖母に会いに行く。

しかし住んでるのは、家は家でも老人ホームだ。

僕は老人ホームに行くのが嫌いだ。

正確に言えば、『認知症の進んだ祖母のいる老人ホーム』に行くのが。

今年で96歳。

あと1年半ほど生きていれば、大正昭和平成、そしてその次と、4つの時代を生きていることになる。

10年前までは普通に一人暮らしをしていたけれど、ある日偶然足を骨折してしまった。

年のせいでなかなか回復せず、やっと治った頃には筋肉の方が衰え、どんどん動けなくなった。

これじゃ一人暮らしはもう無理だということで親戚の家に移ることになった。

最終的に、介護する余裕のある伯母(祖母からすりゃ娘)の家に住むことになり、割と裕福な家庭だったので段差を無くしたり手すりをつけたりするようなリフォームなどもしていた。

しかし伯父と伯母も70過ぎで、どちらかと言うとそろそろ介護される側だ。

だんだん余裕がなくなり、近くにある老人ホームに移ることとなった。

それ以前にもデイケアでお世話になっていた所なので安心ではあった。

しか他人ばかりの、自分で好きに出来ない施設に送られるというのはどうにもモヤモヤするものがあった。どうにもできなかったけど。

1年ほどは普通に過ごしていた。

でも、老人ホームに入り2年目になったあたりでボケ始めた。



確か大学2年生の夏休みだろうか。

車椅子にこそ座っているが、至って元気そうな姿を見て安心した覚えがある。

僕の顔も名前も覚えていた。

でも、ちょっと舌が回っていないようだったし、母と祖母の2人にしかからないような話をしていた様子だったので、僕は横で微笑むしかなかった。

祖母はしきりに

『伯母夫婦が私の貯金勝手に使っている』

という旨の話をしていた。

僕は

『世話をしていたとはいえ、勝手に使うのはなあ』

と、少し伯母夫婦に不信感を覚えた。

僕はバカだった。

足腰以外は至って健康だと思っていた祖母は、既にボケていたのだった。

だって、2人にしかからない話をしていたのではなく、優しく話を合わせていただけでしかなかった。


次の帰省で会いに行った時、

残念ながら症状は進行していた。

僕の顔を見て、

『〇〇かい?(別の孫の名前)』と言った。

正直、親戚の家に移った8年程前から半年に1度ほどしか会っていないし、仕方の無いことだと思った。

この辺りからは杖を使って歩くこともダメになっていた。

車椅子から職員に肩を抱えられベッドに移る姿は悲しいものだった。

この時は、話している途中で僕のことを思い出したようで、すると

タンスにお菓子仕舞ってあるから出そうね』と言って立ち上がろうとして、隣にいた職員に止められていた。何度も。

もちろんタンスにお菓子などない。

その時、祖母の頭の中では、自分はまだ自由に動けて、僕はまだ小学生くらいの小さい子供だったのかもしれない。

切なくて涙がこぼれた。

感動映画とか、ドラマとか、漫画とかを読んでも基本泣かない人間なのにだ。




そして今回。

まり帰省出来る金がなく、1年ぶりの帰省となってしまった。

僕は大学卒業して社会人になった。

祖母の中では僕がどう映っているかからないが。

もう、祖母が僕のことは露ほども覚えていないことを覚悟して向かった。

顔を合わせると、

『どちらさまですか』と言われた。

娘と孫だ。

前までは名前を言えばなんとか思い出せていた。

しかダメだった。

僕はむしろスッキリしたのかもしれない。

その後も、ずっと祖母は見知らぬ人間と話すように、敬語を使い続けた。

しかし、途中から

『見覚えのある方ですね。どこでお会いしましたっけ?』と繰り返すようになった。

中途半端希望的な言葉を言われ、ここまでこらえていた涙が出てきた。



すこし話はズレるが、

僕は日本一泣ける歌はPV込みで

ミドリカワ書房の『恍惚の人』だと思っている。

僕の祖母もこの歌の歌詞みたいに、

一番関わりのある(面会に来る)伯母の名前だけを覚えている。

でも、自分の娘だということはよく分かっていない。


僕はこれからも、祖母と顔を合わせるたびに泣いてしまうだろう。

そして、きっと祖母が死んだときは、それほど泣かないのだと思う。

理由は、はっきりと言うのはあまりに非倫理的であるように思われるので

心のうちにとどめておきたい。匿名であってもだ。

親孝行 したいときには 親はなし」

こんな言葉があるけれど、今では亡くなるのではなく、

無くなってしまうのだ。記憶が。思い出が。

寿命は延びたかもしれないけど、やはり五体満足である期間は短い。

子供の作文の締めくくりみたいになるけど、

やはり親も先は長くないし、出来ることは今のうちにしなきゃいけないなと思った。

2017-08-15

Lovers In Japan

本日終戦記念日戦争で亡くなった人々に思いをはせる日だ。

でも今年は、先日伯母からきかされた祖父母の話が、ずっと頭から離れない。離れないのでちょっと書いてみようと思う。

88歳で亡くなった私の母方の祖父は、歯医者だった。でも現役時代の姿を見たことはない。なぜなら私の母が生まれた時に祖父はすでに50歳、私が生まれた時には80歳だった。

祖父東京歯科大を卒業した後、開業はせずに歯科医院を転々としていたらしい。今は歯医者といえば個人開業する人が多いが、当時はそうでもなかったようだ。祖父40代後半で20歳以上歳の離れた嫁(=私の祖母)をもらい、48歳の時に伯母、50歳の時に私の母が生まれた。しかし私の母を産んで間も無く祖母病気になり(たぶん肺結核)、終戦直後食糧事情が悪いのも重なり、母が2歳の時に亡くなってしまう。祖父は男手ひとつで伯母と私の母を育てることになった。とにかく娘ふたりを食べさせなくてはならない。彼らは知人のつてを頼りに高知県とある漁村疎開田舎のほうが食べ物があったからだ。以前から母はその当時のことをたまに話してくれることがあった。

「あの頃は食べることには困らなかった。父が村の人の歯を診てあげて、その報酬食べ物をもらっていた。毎日新鮮な野菜や魚をおなかいっぱい食べていた。田舎で贅沢なものは何ひとつなかったけど、辛いと思ったことはない。毎年夏は採れたてのトマトを丸齧りするのが楽しみだった。」

う~ん、なんかこれ今書いてて初めて気づいた。まるでとなりのトトロじゃん!!

そんなわけで母は自分出身地高知県と思っている。実際は違うけど高知故郷だと。

長年私が祖父について知っていたのはここまでだった。あと、若くして亡くなった祖母については旅館で働いていた仲居さんだったということ、祖父は初婚ではなく再婚だったということぐらい。

しかし今回とあることをきっかけに、祖父母について、ある事実を伯母から初めてきかされた。

私は祖父若い頃の写真を見たことはない。しかし伯母によると、そんな親子ほど歳の離れた若い女ですら簡単ものにできてしまう程だから、かなり容姿は良かったという。「おじいちゃんは鼻が高くてねー、すごい男前やったんよ」と伯母は言っていたが、祖父にとって祖母との結婚は、なんと4回目の結婚だった。

3回目の結婚でも子供ができなかった祖父は、その結婚生活最中にひとりの女と出会う。それが私の祖母で、祖父は泊まった旅館仲居をしていた彼女一目惚れしたようだ。そして最初所謂お妾さんに近い形で彼女の面倒をみていたらしい。そして奥さんと離婚してから彼女正式に妻とした。

こんな話、平成現在ではありえないので、きいた時はびっくりした。でも祖父母の話は昭和初期、戦時中のこと。人々は生き抜くだけでも精一杯だった時代倫理観とか恋愛観も今とは全然違ったろうし、これぐらいは珍しい話ではなかったのかもしれない。いや、わからんけど、少なくとも今よりは。

祖父は50歳でやっとまともに家庭を持てたのに、あっというまにその妻は亡くなり、ひとりで2人の娘を育てることになった。祖父は、さすがにもう再婚はしなかった。娘たちを食べさせるため高知田舎にひっこみ、やがて娘たちの進学や就職にあわせて神戸うつった。

私の記憶にある祖父はシワシワのおじいちゃんでしかない。高齢になってからは伯母がおじいちゃんをひきとり、私の家へは孫の顔を見るため、たまに遊びに来ていた。接する機会が少なかったかあんまり詳しく覚えてないけど、わりと物静かな普通の老人といった感じで、若い時(と言っても50歳近い頃だが)にそんな風に祖母結婚したとはとても信じがたかった。

伯母にしたら祖父母の話はあまり語るべきでないものという認識があったようだし、母にしても当然あるのだろう。しかし墓にまで持ってくもんでもないかな…というぐらいの感覚で話してくれたのだとは思う。

まぁもう昔の話だからね~。そんなこともあったのねって感じやね~と伯母は笑っていた。

当たり前だが、戦争で亡くなった人々より生き残った人々のほうがはるかに多い。無念の死を遂げた死者の話も大事だが、生き残った人々が戦後をどう生きたのか、どうやって次の世代に命を繋いだのか、今はどちらも同じぐらい大事に思える。その結果、ここに私が生きていて、また次の世代を担う子供たちを育てている。

で、祖父母の話をきいて思い出したのがColdplayのあの曲だ。タイトルもそうだが歌詞もなんとなく合ってる気がした。

時には正しい(とされる)ことが誤っていることもある。まさにそれは戦争のことで、戦後の状況の中で自分の道をつき進んで2人の娘を育てあげた祖父は最高にかっこいいと思った。

から今年のお盆は久しぶりに祖父のお墓参りへ行こうと思ったけど、県外の遠方だし、この暑さなので、秋のお彼岸には必ず行こうと思う。

2017-08-14

https://anond.hatelabo.jp/20170813014010

ユニット押しへの違和感というところで便乗するが、俺は星輝子というアイドルが大好きで、142sやNiGHT ENCOUNTER(しょうこうめ)も好きなのだが、小梅や幸子単体ではそんなに好きではない。

もともと音楽にはほとんど興味がなくて、ライブとかにも全く行っておらず、CDも好きなアイドルが歌っているものしか買ってないのだが、BD特典のLunatic Showは大好きだったんだよ。

音楽を語る語彙は持ち合わせていないのだが、試聴を初めて聴いた時ガツときた。歌詞も2人のために用意されてバッチリ嵌っていると思った。

で、デレステイベントがアレだったでしょ。幸子が入るのはまだ分かるけどさー。

俺は諸星きらりが大好きで、あんきらも大好きで、杏も結構好きだ。デレステあんきらのイベントやってるって知って慌てて復帰したんだが、そちらの方は満足しただけに落差が大きかった。

俺が望むものと、運営が押していきたい方向が違うのは仕方がない。仕方がないが、ガックリした。

モバマスイベントでは、集団仕事をしていても個々の会話はPと話しているものが多いのに対して、デレステユニット内での会話が多い。(ような気がする。最近はやってないし、そんなにイベントやりこんでなかったので断言できない)

からユニット押しされてそれが自分イメージと異なる場合、置いてけぼり感が強いと思うんだよ。

カワイイ研鑽する全ての者のために

最初に言っておくと、当方SideMを中心に活動している男性Pでシンデレラはにわかなので、シンデレラについても「カワイイ」についても的外れなことを言っている可能性があります。ご了承ください。

まぁ驚いた。カワイイである。とんでもなくカワイイ。びっくりするくらいカワイイ。何がってメロウ・イエローの3人と彼女たちの新曲、「Kawaii make MY day!」である。先行披露されたデレステ内のイベントは終了し、既にライブでも披露された今書くのも時期外れな気はするが、自分の中でカワイイの爆撃に散らばった語彙を拾い集めていたらこんな時期になってしまった。

カワイイ』ってなんだ?

それは永遠テーマである一般に『カワイイ』の言葉に付随するのは、幼児性だったり、女性性だったり、要するに自分のような成人男性が一番遠いものである

しかし、だからこそ考えなくてはならない。カワイイものが大好きだからだ。カワイイとは一番遠いから、そしてこの歳になって「カワイイものが好き」と言えるようになるまで遠ざけてしまっていた、諦めてしまっていたものからカワイイに少しでも近付くためにきちんと考えなくてはならないのだ。royal weにするつもりは更々ない。ただ俺の話である

ただ、カワイくなくて良い自由が誰にでもあるなら、カワイくて良い自由も誰にでもあっていいはずだ。

ちょい足しという言葉は深いなと思った。法子ちゃんはすごい。カワイイのに本質を突いてる上カワイイ。最強である。なるほど、カワイイは足し算の美だ。

カワイイ研鑽する全ての者のために」。こう書いたけど、本当は研鑽という言葉は少しずれている。『カワイイ』は足していくもの、『大好き』を積み重ねていくものからだ。

研鑽、研ぎ澄ます、つまり引き算の美は『美しい』の方が相応しい。美しい顔とは崩れたところがなく、余分なものを削ぎ落とした平均の顔である。完全な球形は美しく、また尖ったところがないので丈夫でもある。『美しい』は防御力なのである

対して『カワイイ』は足していくものであるカワイイものカワイイものを足していけば最強にカワイイものが出来上がるのだ。『カワイイ』は魔法で、攻撃力なのである

曲調こそ渋谷系だが、彼女たちが『カワイイ』を探す場所原宿なのも良かった。原宿系というファッションジャンルがあるけれど、まさにその根幹にある理念は『カワイイ』の精神なのだ

原宿系のファッションは、シンデレラガールズでいえば諸星きらりなどが例に挙げられるだろうか。盛り盛りのデコレーション、色味たくさんのパステルカラーフリルリボン彼女身長でも収まりきらないゆめかわいい。そう、原宿系とは『大好き』を一つも否定せず、盛りに盛って積み重ねていくファッションなのだ

原宿系の代表的アーティストきゃりーぱみゅぱみゅの曲『ファッションモンスター』にはこんな歌詞がある。「だれかのルールにしばられたくはないの」「鉄の首飾りをはずしてただ自由にいきたいだけ」

原宿自由の地だ。堅い校則から脱却し、なりたい自分、本当の自分メルヘンチェン……メタモルフォーゼする放課後。好きなものと好きなものを足したら最強。個性って最高!原宿系という文化は受容の文化なのである

しかしここで一つ、問題がある。先程「『美しい』は引き算」「『カワイイ』は足し算」と言った。美しいは平均に近付く美だ。しかカワイイは際限なくどんどん重ねていける。そう、終わりがないのだ。

ある人が「女子力は有る無しではなく高い低いでしか評価されない。天井なき成長を求められる残酷基準だ」と指摘していた。その話の本質ジェンダー論であったので今は置いておくが、カワイイも同様である。果てがなく、これが義務であれば苦しいだけだろう。

義務であれば!

イベントの時からほとんど確信していたが、先日ツアー感想とともにRTで回ってきた二番以降の歌詞を見て、やっぱり心配する必要なんてなかったのだと勝手に胸を撫でおろした。

別にモテたいわけじゃないんです

ただまっすぐ笑ってたいだけなんです

Cメロ歌詞である

誰かのカワイイ否定はしない(そんなことは絶対してはいけない)、しか自分カワイイ自分だけのもの、他の誰かに憧れようと、理想像とぴったり一致するわけではない。あの子みたいになりたい、だけど前髪はぱっつんよりアシメがいいな、ネクタイよりリボンがいいな……これもまたちょい足しである

即ち、なりたい自分になっても、それはそれが誰かから称賛されるものではないかもしれない。個性自由だが、自由責任もまた重い。

だけど、他でもない自分が創り上げた『カワイイ』のはずだ。

異性のためでもない!同性のためでもない!それ以外のためでもない!ただ、自分がなりたい『カワイイ』のために!

何故「最初はあの人に見てほし」いのか。あの人のためにカワイくなったから……ではない。カワイイ自分カワイイから見てほしい、ただそれだけなのだ(思うに「あの人」は彼氏ではない。精々、ちょっと良いなと思っている男の子である)

カワイイの道は果てしない。ゴールしたと思っても、まだまだ可愛くなれそうだと先は続く。見えない終着点を追い続ける旅は険しく苦しいかもしれないけど、その道は『大好き』が敷き詰められた素敵な旅路なのだ。だから彼女たちはガラスの靴で駆けていくだろうし、足を止めない彼女たちの笑顔こそが一番の『カワイイなのだ

結びに。『カワイイ』は誰のためのものだろうか。自分のため、は勿論である。では、『どんな自分』のためだろうか。顔の良い者だろうか。服飾のセンスが良い者だろうか。男だろうか。女だろうか。大人だろうか。子供だろうか。どれも間違いではない。なりたい『カワイイ』になるために歩む者は、みな『カワイイ』に受容されて然るべきだ。

故にこのタイトルは「カワイイ研鑽する全ての者のために」をとった。

要領の得ない話を最後まで読んでくださりありがとうございます。ついでにSideMの新アプリLIVE ON ST@GE!が事前登録数到達できるか難しいところなので、気が向いたらどうか宜しくお願いします。

https://prereg.bn-ent.net/common/serial.php?app=imas_mstage

デレマスのsuperlove☆が大好きって話

タイトルそのまま。

superlove☆の話というより、それが好きな1ファンである私の話なので、興味のある方だけお付き合いください。

先に前提を話しますと、私はおそらくアセクシャルと呼ばれる人種です。平たく言うと、恋愛感情が持てない。

しかしたら、恋愛が出来ないのではなくて、運命の人出会ってないだけ。そう信じてめでたく三十路です。

試しに付き合った方とも性行為…というか、キスすら出来ずに別れ、もしや同性なら?と思うも試す度胸もなく(イメトレではやはり恋愛感情は持てなかった)他人がごく当たり前に抱く恋愛感情憧憬と畏怖を覚える日々でした。

以上、前提終わり。

さて、巷ではシンデレラ5thが終わった頃ですね。全通しました。最高でした。

しかし、話は4thまで遡ります

4thは運命的でした。ままゆに惚れ直したこと。そして、superlove☆を届けてもらったことです。

superlove☆自体CDで聴いていましたが、そのときは「かわいい~」くらいの印象でした。

しかし、4thで、イエパが終わって、そのままセンターに躍り出たのじょがsuperlove☆を歌った時、この曲が真っ直ぐに私の心に刺さりました。

「どんな愛も愛は愛じゃん」

のじょが真っ直ぐにきらきらと歌ってるのを見て、不意打ちで号泣してしまいました。

昔の恋人に別れるときに言われた、「キスもできないなんて、あなたは私のことが好きではないんだよ」という諭すような、諦めたような別れのセリフを思い出しました。

わたしは、キスなんてしなくても、一緒に食事して、笑って、たまに映画なんかみたりして、それで十分だったことを思い出して、そこにのじょの「どんな愛も愛は愛じゃん」って言葉が響きました。

恋人には否定されたけど、確かにそれは恋人になんてならくても、友達でもできることだったけど、私は元恋人とそれをしていたかった。とられたくなかった。それは確かに私の愛だったのではないか、と。

世間一般の愛の形ではないけど、相手に愛ではないと否定された愛でもです。人を愛せないと泣いた日々が救われた気がしたんです。認めてもらえた気がしました。あなたの愛はその形をして、確かに存在してるんだよって。「あとはもう気づくだけじゃん」ってのじょが手をさしのべてくれたから気がつけました。

「パパにママお姉ちゃんに」愛を歌うのじょを見て、私のまわりにはちゃんと愛が溢れていることを思い出して、また泣きました。「アタシなりにとどけたいよ」って歌うのじょを見て、私も、どんなに世間一般ではない形の愛でも伝えることを諦めちゃいけないって思えました。

そしてきっと、愛の形に「上も下もない」んだろうなって思いました。

のじょが「ドアの外も怖くはない」って歌ってくれたから、ドアを開こうと思えました。

「だれもきみを傷付けない」って言葉を信じたいって思いました。

抱えてる不安をぽい!ってして、幸せになっていいんだよって、本当に、肯定感?というんでしょうか?すごく救われたんです。

CDの時点で気がつけよって感じなんですけど、多分これはのじょの、生のパフォーマンスがあったからこそ、心に響いたんだと思います

歌詞だけ見たら「誰も君を傷付けない……わけねーだろ!」って感じですよきっと。

のじょが心から笑顔で、全力で、真っ直ぐに愛をこめて届けてくれたから、私の心にささったんだと思います

それ以来、superlove☆は大好きな歌です。

5thでますます進化したのじょのsuperlove☆を聴いて、改めてそう思いました。

そんな気持ちを吐き出したくて書きました。

すっきりしました。以上です。

あ、superlove☆はスペル大文字なんですが、変換的なあれこれがアレなんで見逃してください。

ちなみにアイマスには祖母が亡くなった時に、「ポジティブ!」という曲で救われたこともありました。ありがとうアイマス

以上です。

superlove☆だいすき!

これからも私なりの愛でアイマスを支えて行きます

2017-08-13

https://anond.hatelabo.jp/20170813215749

デレマスわかんないよぉ…。

このS.O.Sの歌詞みたいに強引に奪ってくれることを何度も願ったけど彼の方が幾分慎み深かったのかも。

彼は聡明だからもっと私よりおいしい乙女がいることを知って幸せになってほしい。

2017-08-11

わたし高橋優との出会い

そのとき、毎月10人以上辞めていくようなブラック企業で働いていました。

毎日自分全否定されるようなことを言われながら、それでも頑張って結果を出そうとしていました。

やることが多すぎて抱えきれないのに、いつも上司意味不明なことばかり言うので、頭がおかしくなっていたんだと思います

視野がめちゃくちゃ狭くなって、食べることだけが楽しみになっていました。

あるとき終電で帰って、たまたま駅の近くのラーメン屋に入って、ラーメンが来るのを待っていました。

その間に、有線から高橋優の「さくらのうた」が流れてきました。

歌詞メロディーから、てっきり恋人との別れの曲だと思っていたんですね。

から「何でこんなときにこんな悲しい歌を聞かなきゃいけないんだ」と思いながら、黙々とラーメンを食べていました。

帰り道、「わたしは何でこんなに頑張っているんだろう」とものすごい虚しくなっていました。

何も報われなくて、自分を好きになれなくて。

結果を出しても認めようとしない会社なんて、誰も好きになれるわけがないんですよね。

なぜ求められるばかりなのか。

何も与えてくれないじゃない。

わたしは、すべてを憎んで仕事していました。

さくらのうた」の歌詞を覚えていたので、家に帰ってYouTube高橋優のことを調べていたら、「明日はきっといい日になる」とか「福笑い」もこの人だったのかと知りました。

テレビを見る時間がないから、雑誌インターネットインタビューを読んで、「いい曲作るなぁ」と感動して。

好きな声で、好きな曲で、過去の曲も聞いているうちに、少しずつ生きる希望が湧いてきました。

音楽がこんなに染みたのは初めてでした。

それから会社を辞め、既婚者の彼とも決別し、新しい道を歩き始めました。

プライベート時間がとれるようになったので、ライブに行ったり、登山をしたり。

いまは、外出が楽しい毎日を送っています

ブラック企業で働く女性自分を好きになれないから、なかなか何かを好きになるのは難しいです。

もちろん、ミュージシャンから直接会えることはないです。

でも、何かを好きになるだけで自分の今いる環境を冷静に見る機会ができるんじゃないかな、と思います

いつも「どうやって死のう」とばかり考えていたわたしでも抜けられたので、ぜひそういったものを見つけてほしいです。

2017-08-09

世界はグレーで混沌

世界白と黒じゃなくてグレーだ。

もういろいろなものが混ざっていて、

グレーだからこそ成り立っているのだと思う。

  

世界には愛しかない→まぁそんなわけもない。だけど愛がない訳でもない。

  

「良いやつばかりじゃないけど、悪い奴ばかりでもない。」

ブルーハーツ歌詞だけど、本当にこんな感じだなぁと思う。

  

きれいごとは嫌いではないけど、現実感はない。

色々混ざっているのが現実なんだよな。

2017-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20170808134855

から失礼します。欅ファンです。なぜ月スカという作品ができたかには一家言あるので語らせてください。まず月スカはサイレントマジョリティーという作品の前日譚となっています。このサイマジョは大人社会に対して黙ってないで主張していこうという反抗の曲になっています。だから月スカはこの決意に至った経緯が描かれています。つまり大人社会から抑圧され傷つけられている状態ですね。これは歌詞にも端的に表れています。「教師が見せかけの愛を歌う」や「幸せじゃない大人説得力あるものか」などなど。

ということで話題のように痴漢にあった人が傷ついているのいうのは違和感がありました。それだとサイマジョは痴漢に対する反抗の曲ですか?と聞きたい。そんなばかな。グループ代表する曲の背景に痴漢があった?そんなばかな。誰が喜んでそんな後付けするんでしょう。なので、そんな意図はなかったと私は考えています

月曜日の朝スカート切られたというタイトルは、ティーンの女子が抑圧され傷つけられていることを印象的に表現しているのだと私は思います。確かに人によっては嫌にな気持ちになるタイトルかもしれませんがそこに痴漢意図が隠されているというのは深読みかと思います

現在の状況

タイトル歌詞から判断した人「これは性表現と捉えられても仕方ない」

PVなど含め総合的に判断した人「これは性表現なんかじゃない」

外野の人「AKBこわっ、近寄らんとこ」

https://anond.hatelabo.jp/20170808005725

世間知らずの男性だと、女性の多くがそういう被害を受けているという事を素で知らないんだろうね。

中学生女子の周りの中学生男子たちはそれに性的意味が含まれている事に気付かず、

女子けが勘づく事を意図的に狙ったんだとしたら、本当に上手いと思う。

これがオッパイだの痴漢だのといった直球だったら当然中学生男子でも分かるし、

中学生女子からしたらその歌詞を聞いて喜んでる中学生男子が目に入るのは不快だろうし

2017-08-07

https://anond.hatelabo.jp/20170807234655

大人に反抗心を抱いている女子中学生共感して憧れる

歌詞とかどうでもよくてただアイドルとヤりたいおじさん

この二つが欅坂ファンのメイン層じゃないの?はたから見てたらそういう印象がある

https://anond.hatelabo.jp/20170807222109

そこはもっとストレート

秋元康歌詞って変態的だよね。特に欅坂新曲ちょっとひどいよね。」

でいいじゃん

友達いるなら聞いてみなさいな

スカートを切られた」から「おっとCHIKAN」を知った

やべえな…

こういう歌詞でも普通だった時代があったんだ…

平成生まれゆとり自分にはギャップが…

https://anond.hatelabo.jp/20170807213610

俺はお前と違って、わざわざ性癖ひけらかしたりしないか

別に欅坂PTAやってるつもりはない

ただ、スケベ妄想作品に持ち込むやつを変態だと言ってるだけ

おれはAKBも好きで見るが、別にAKBしょっちゅう性的表現で男をつってきてるのは否定しないんだから

間違いなくヘビロテの下着風水着も性的だし、セーラー服を脱がさないで歌詞性的

あるいは、乃木坂にも過去一回シースルースカートをめくり上げて踊る振り付けもあったがあれも性的表現だと言える

性的であることが作品の中で示されるものなら、性的だと言うんだよ

ただ、今回は作品を見てみれば性的被害裏付けるような表現はない

お前もあげることはできない

でお前の勘違い妄想ってことでとっくに俺の中では話は終わってる

https://anond.hatelabo.jp/20170807214105

あえてスカートにしたのはオッサンのスケベ心を感じる

そんなもん女性アイドルグループ提供する歌詞なんだから常識なの

入れないほうが逆におかしいの

それをタイトルに持ってきていかに「釣る」かがビジネスなの

で、グループのコンセプトも曲の中身もそこにはフォーカスしてませんよとしらばっくれるのがファンを増やしたり繋ぎとめたりする手段なの

https://anond.hatelabo.jp/20170807212110

この曲の世界感で言えば男性グループの曲としててシャツ(でも何でも)切られたというタイトルでも歌詞でも十分成立はする

変でもおかしくもなく

https://anond.hatelabo.jp/20170807211908

「他の可能性も否定できてないじゃないですか

解釈自由だが、突き詰めれば無理があると思うよ、あの歌詞で「性的でない」なんてね。

秋元は明らかに狙っているでしょう。カマトトぶって欅坂の「健全さ」を訴えてどうする?

逆に聞きたいが、きみにとって性的ものってどんなものなの?

ちんこまんこのもの以外は性的ではないの?

不感症なの?

https://anond.hatelabo.jp/20170807211930

意味がないと言ったところで反論にならない

俺は、トラウマから関係ない違う物でも自分被害と結びつけることはあると言ってるだけ

理屈反論しないと意味ない

反論できません降参と言ってる

結局は、お前は歌詞の中にも映像の中にも性被害裏付け根拠は見つかりませんでした

ごめんなさいと言ってるのと一緒

月スカは性被害を描いてますと言ってたのが、性被害を描いてないとはいいがたいに変わってるのが呆れる

本当にでない好きだなwww

https://anond.hatelabo.jp/20170807210853

はい、それもここ↓に書いたとおり。

https://anond.hatelabo.jp/20170807205512

事実解釈混同するな。歌って芸術表現だぞ。包丁で例えたりとか意味ない。

ただ、歌詞は過度に性的にならないような手は打ってあると思うよ。それでも性的ニュアンス否定できない。そこが秋元うまいところであり、ずるいところでしょう。

教養のない人だなあ

それがたとえ大衆音楽歌詞であったとしても、文芸作品解釈には、広く共有されている価値観時代性といったコンテクストを利用する必要があるでしょうよ

それを妄想だの勝手解釈だのと断言できるほどの無教養ぶりには呆れるわ

そこにあるテクストだけですべてが判然とするのは、物語ではなくて説明文ですよ

https://anond.hatelabo.jp/20170807205512

からお前なんど同じこと言わせるつもりなんだよ

可能性があると勝手解釈すんのは自由

解釈自由だが事実は違う

事実は作中で示されてる、その可能性は否定されてる

それは悪意として、歌詞にも映像にも描かれてんだから、なんでそれを無視してお前の変態妄想を拠り所に解釈しなきゃいけないんだって

作品のなかでスカートが切られるのがどういう物なのだ説明されてるかは、PVの中で示されてんの

んでそれは、性的被害にあったこと示してない

もし、示してんなら作品の中から根拠をださないと、妄想勝手解釈ってだけ

それで終わり

https://anond.hatelabo.jp/20170807203303

歌詞についても話がすんでないみたいなのに、映像とかパフォーマンスについて語りたいの?

じゃあ、整理して、話をすればいいでしょ。

さて、自分は「新曲性的でないとは言えない」と言ってる。

スカートを切る=性的以外の解釈は許さない」なんて言ってない。

君のためにわかやすくいえば、「スカートを切るという象徴的な行為が、性的でないとはいいがたい」ってところかな。君はどうしても性的要素を排除した解釈をしたいみたいだけど、そりゃ無理だよ。加害者が女であっても、恨みやいたずらであっても、性暴力性的辱め)の意図ないとはいえない。えーと、あと、なんだっけ? ま、もう十分でしょ。スカートが切られてるんだよ? 目、覚ませよ。欅坂PTA活動みたいなことしてどうすんの?

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