「コンテキスト」を含む日記 RSS

はてなキーワード: コンテキストとは

2019-05-16

[]マイ英単語帳(たまに再投稿する)

  • Juxtaposition
  • inevitable
    • 避けられない
    • 英検2級らしいが全く覚えてなかった

2019-05-09

Skypeで知らない男と喋るけど

6割が話しててわかるぐらい馬鹿で、4割が高卒なのね。馬鹿ってほんと馬鹿から喋っててびっくりする。話の内容に関わらず馬鹿馬鹿なのが透けて見えるから凄い。

そして、文化的コンテキストが違うから、話通じない。普通に共通知識としてあると思うようなことが向こうにはない。例えばコーヒーひとつ取っても、コーヒー原産地コーヒーの成り立ちと歴史ボストン紅茶事件コーヒー豆の主な輸出国モノカルチャー経済フェアトレードコーヒー牛乳の不可逆性、コーヒー飲むとカリウムが〜、カフェインはアデノシ受容体に〜云々、コーヒーフランス語ドイツ語中国語でなんというか、とか色々広がる知識があるわけじゃん。そういうの一切ない。学校でも本でもテレビ番組でもやってるような内容から、何も学んで来ていない。勉強出来る出来ないじゃなくて、日常知的好奇心を持って生きてない。

KKOみたいな下方の人間ってあんな感じなのかと思うと、絶対結婚なんかしたくない。子供馬鹿になりそう。

2019-05-04

anond:20190504234154

それ当たり前のことだからわざわざ書かなくて良くない?あのコンテキストであえてそれをねじこむ必要性が全くないと思うんだけど。

2019-04-19

自分コンテキストで話してくるやつ

こっちの興味・関心とか今までの話題の流れとかを一切無視して自分中心の話題振ってくるやつっているよね。脳内フィルタがないっていうか。聞く側はこれっぽっちも面白くないんだけど。反応するのが面倒というか。相手気にせず話しまくれて人生楽しいんだろうなこいつら。

2019-03-20

何が何でも沖縄攻撃する人たち

ジュゴンが死んだ。

辺野古埋め立てとは関係性が立証されていないが、事実として、絶滅危機にある。

ジュゴン沖縄県民ダイナマイト漁によって個体を減らしたと言われている。その事実を元に、「県民自業自得であり、もうすでに個体数が減っているのだから保護無意味だ」のような論理も見られる。

かにジュゴンダイナマイト漁をしていたから、乱獲で減ったと言う言説は正しい。沖縄県資料にもある。ただし、それは戦後食糧難の時代であり、元はと言えば、戦争を始め、結果として沖縄を失うことになった国のせいである。

戦後食糧難は酷い有様で、ハワイから豚が送られてきたほどである。(出店:「海から豚がやってきた」記念碑検索)そう言うことも知らずに、「県民ジュゴンを乱獲した」と攻撃するのは近視眼的で悪趣味であろう。

なぜジュゴンを乱獲したのか、と言うバックグラウンドコンテキストに目を向けず、攻撃やす事実をいいことに論理を述べるのは賢くないと思う。言説は事実であるが故に、力を持つ。だからこそ、リツイートコピペ拡散する前に、落ち着いて事実の背景を咀嚼自分なりの考えを持つべきではないのか?

ちなみに、辺野古を埋め立て、ジュゴンの生息域を減らすのも、また国の行為である

2019-02-24

人と会話ができていないような気がする

最近、人と話をしているときに、リアクションが期待するものから大幅にずれていることが多いなと感じている。表層的な部分しか伝わっていないというか。似てるけどそうじゃねえんだよなあという感覚。軽んじられてるのかなと思ってしまう。

言ったことを別の文脈で捉えられてしまったりして、それは別に言いたかたことじゃないんだよなと感じてしまう。

逆にぼくが人の話を聞くとき「それはどういう意味の○○?」とか聞き返したりして、他の人は理解できているのにぼくだけ理解できてないことが多くなってきた。聞き返して意味が同定できれば理解はできるので、コンテキストの把握が普通感覚からずれてきてしまっているようだ。これのおかげで自分バカになってしまったのだろうかと感じることがとても多い。そしてなぜその把握の能力がずれてしまたかも定かではない。

ぼくが話すときは、よく言葉冗長性を持たせて、相手意思疎通ができているか明確にしている。ここでいう冗長性を持ったものというのは例示とか単純化とかアナロジーとかで、前論を補強する言葉だ。この方法を編み出してからは、とんでもない形で伝わってしまっているということはなくなった、ように思える。

ただ、それよりも困っているのは、人の話をどうやったらちゃんと聞けるかということだ。

よくよく考えてみれば、今までちゃんと人の話を聞いていたかというと、全然そんなことはなかったように思える。なんとなく聞いていてなんとなく理解していたのかなと思うとゾッとする。

たとえば映画なんかもそうで、マトリックス仮想世界の話というのは大人になってから知った話だ。子供の頃はなんかよくわからないけどカッケーという気持ちで見ていたように思う。なのでアクションシーンについてはよく覚えていた。大人になってみると、つまり人間ノード見立てニューラルネットワークかというふうにも認識できる。他にも新鮮な気持ちで観れるものがたくさんあった。

なので、ちゃんと聞くのは大事だなと思ってなるべく一言一句聞き漏らさないように聞くようにしている。ただそれが良くないのか、相手が何を言っているのかよく聞き取れないことが多い。今まで自分はどうしてたんだと思うぐらい聞き取れない。「すみません、なんて言いました?」と聞き返す頻度が明らかに上がった。完全におじいちゃん状態

から結局あんまり人の話を聞けていない。

そして不可解なことにたまにぼくは日本語おかしいと言われる。自分ではまったく日本語おかしいとは思わないけど、人に言わせるとおかしいようだ。よくわからないが「てにをはができてない」と言われることが多い。個人的には、できていないことはないと思っているので、具体的にどこがと指摘されないことには直しようもない。

そういうわけで、ぼくはなんというか、日本人コミュニティから離れた場所ふわふわとしているような状態にいる気がしてならない。どのようにすれば会話が円滑に進むだろうか。

2019-02-17

がっかりした」の大臣と、嬉々として「白血病ネタ」の放送を繰り返すテレビ なにが違うの

メダルが有望視されていたオリンピック選手白血病になったかネタにしてやろうってコンテキストは一緒でしょ

anond:20190217064309

そんなのGAFA系に就職できる人材か、技能実習生としてくるような人材かによってちがうだろ

コンテキストをごちゃまぜにしても仕方ない

2019-02-11

anond:20190211165830

英語版wikipedia を参考にするのが良いのではないかと思った。

Cultural appropriation

https://en.wikipedia.org/wiki/Cultural_appropriation

以下要約:

文化の盗用とは、文化不正流用とも言われるが、ある文化に属する人が他の文化の要素を取り入れることを指す。

このことは強大な力を持つ文化が他の弱小な文化を盗用した際に物議を醸すことがある。

力の不均衡は植民地主義圧政副産物であるため、対等な文化交流とは明らかに異なる。

文化の盗用は害悪であると言われる。なぜならマイナー文化とりわけ先住民植民地下で生活する人々を由来とする共同体知的財産権侵害する行為になるからだ。

複数文化が集まれば避けられないことではあるが、文化の盗用には他文化の慣習、ファッション言語などを用いることも含む。

批評家によれば、文化の盗用は文化の変容や同化交流とは異なり、植民地支配の一形態であるとしている。支配国の人が植民地文化コピーすることは、コピー本来コンテキストの外でその文化使用することであり、---それはすなわち、コピー文化の人たちの明確な思いに反している。

…………疲れたので訳はここまで。つまり

日本のような植民地、弱小国家文化を弄ぶのは辞めなさい。

大国として襟を正さねばならない。

日本がやるのはいいんじゃね。

やつらは俺らに植民地支配されてる可哀想な国なんだから

というわけなので、この件においては

おいこらちょっと待て白人ども舐めてんじゃねえぞ!・・・っていう感想を持つのが正しいと思う。

2019-02-03

技術力、技術力って言うけどさ

何か発言者コンテキストによって大きく変わりすぎて、どうも議論微妙になるわけよ。

ちなみに僕が考える技術力の一例ってさ。

社会課題解決する為の仕組み全体を設計する能力を主に指すのよ。

で、これを例えば今日たまたま病院寄ってきたので、その中で医療のもの医療技術ってのもあるだろうし、医療システム(保健とかな)の設計ももちろんあるだろうが、たとえば患者電子カルテなんかのITシステムを扱っている会社だったとしてさ。

はてぶってIT屋さん多いから例えばここだけピックアップするとね。

はてぶの人達の言う技術力って、情報学部出てでオープン発の最新事例を「知ってる」人達技術力~みたいなイメージしか無いわけ。(ちなみにボクチンはただの通りすがりのものです)

いたこともないようなカタカナ語の仕組みを知らない会社は軒並み駄目なドメ会社で、技術力の無いクソ同僚だけが残るクズ会社みたいな話ばかりで。

ちょっとまってちょっとまってお兄さん。

いやそうじゃないでしょ。そうじゃないでしょっていうかさ。

最終的に医療電子カルテ安全かつ早く誰もが見れて、それのコスト含む社会負荷が低く、あまねく多くの人が利用可能でって言うところまで見通して作ると、あの日UIUXになるわけですよ。

で、あれはあれで一つの選択肢として日本は取ってきたわけですよ。いいかいかは別として。

大抵の日本人はシンプル検索窓置かれても困ってしまうわけ。選択肢が無いから。一例としてね。

で、そういういわゆる社会的なコンテキスト情報の整理を無視して、単に技術力がないからあーだ、こーだ言う前に、もう少し社会普通にやってちゃんとお勉強してからいいなさいっていう。

海外ではやっている●●なんて今知ってたって、どうせ3年後には別の仕組みに置き換わってるよ。

ちゃん社会課題知識を身に着けてから技術力がある、ないの議論いかないと。

「おれってハイコンテクストから

「うまく説明できないけど、俺はいろいろ難しい本とか読んでコンテキストから理解できないほうがバカ

2019-01-15

すべてのコミュニケーションリモートでやるマネジャーがいてもいい

んじゃないんかなと、ふと思った

対面のコミュニケーションは楽なんだけど、言語化をサボって、コンテキスト依存してしまうことがあって

色々なものをなあなあにしてしまうことがあるので、そういうマネージメントがあってもいいんじゃないかなー、と思った

2019-01-09

anond:20190109232826

ワイは15年はてな使ってるけどこの一人称使ったら

新参扱いされてローコンテキストになるから都合がいい

2019-01-06

技術者(もしくは技術者出身マネージャー)の殺し方

わずもなタイトル釣りです。たぶん、過去に色んな技術者メディア等で議論されてきたのではないかと思う。自身が今の職場で久しぶりに清々しいくらいに経験しているので、備忘録として状況をできるだけ冷静に書き記すものである。参考になりえるとしたら”現職の状況がヤバイんだけど、どうやって現状打破を目論見ながら最悪のシナリオを想定した逃げ道も確保するか”といったところの考え方くらいかもしれない。それ以上もそれ以下も意味はない。

背景

業界についてはあえてぼやかすが、歴史が長い業界だ。自身が参画したのははじめての業界だ。いろいろと勝手がわからないことはある。業界歴史が長いからということではないと思うが、業務フロープロセスが古臭い。逆に私達技術者活躍の伸び代がまだまだある業界でもあると言える。自社事業サービス)を持つベンチャーだ。

技術的なことを包括的担当してほしいということだった。結果的に(他にマネージャがいるのに)ただの人月計算をするおじさんになっている。ベンチャーでそういった担当者がいないのでよくあることだ。

状況

いくつか状況を記載しておく。

状況1 : 期待値コンテキスト不足、ナレッジマネージメントされていない

やり方はどうでもいいか

当初このように聞いていた。目的が達成されれば、もしくは課題解決すれば、ということだと思っていた。しかし、そうではない。

この方法以外認めない

という含みがあり、フォーマティが実はちゃんとあるしかし、そういった期待値コンテキストが不足しているという状態。そしてすべての事柄について隠しフォーマットがあり、それに準拠しなければならない。なぜならこういった背景だから。というものがしっかりある個人的ベンチャースタートアップでは抜けがちな”背景”がしっかりあるのは良いことがと思うが、後発で加入してきた人に対して明文化されていない状態もあり、自身役割としてはそういった期待値の明文化をすることも含まれるのではないかと思った。(しかし、そこにそんなにコストかけんなバカってことにもなった)

Webスタートアップベンチャー界隈ではこういった課題に関しては社内Wiki的なSaaSサービスで全員で知見を同期的に書き出して意見交換をすることでナレッジ化していくといった手法を取っているところが多い気がする。そしてその行為を”文化形成”などと表現しているところもある。しかし、業界的にはそういった文化にはないためすべてはファイルベースでの情報共有となっている。もちろん、そういった手法で十分なケースもあるのだが、一方的に送りつけておいて”これ読んでおいてください”などとして一切の背景を説明されていないのが現状な訳で、背景が不確実なまま自身想像力経験で行動してしまうと業界常識等の地雷を踏んでしまうことが多々あるのでできるだけ不確実な要素をなくしていくといったことにコストをかけることになる。

前に言ったじゃないですか

となる地雷が沢山あるやつ。スタートアップベンチャー限定したあるあるみたいだと思われるのも問題なので、一応書いておくと大手でもある。しかし、大手は割としっかり明文化している。その代りそのフォーマットを厳守することを要求されるし、従業員はその制限の中でいかに最高のパフォーマンスを出せるか?というレースになっているという印象。

これは確実に消耗戦になるやつだ。殺しにかかっている。

状況2 : 課題管理

別にWebスタートアップベンチャー界隈のやり方にこだわるつもりはないが、課題管理表を管理する工数を取る文化は色んな業界にまだ根強くあると思う。具体的な管理手法としては昨今では一般的なIssueベースなのに結局Excelでやることになる。ただのExcelではなくてWBSという形式で欲しがっているケースが多いのではないかと思う。WBSを引くということはアジャイル的な変動的なスケジュールを持つといった管理方法ではなく、割とFixされたウォーターフォール型に近い考え方がある場合にこういったことが起こりやすいのかもしれない。とは言え、何らかのプロジェクトマネージメントツールを使いたい。そしてこれも確実に消耗戦になるやつだ。殺しにかかっている。

状況3 : SPOF

とにかく割り込みタスクが全員から投げられる。(WBSで欲しがるのに)具体的な優先度や期日もない。下手すれば”何をしてほしい”といったコンテキストもない。すべては投げられた人のMy Wayで処理されることになり、ナレッジマネージメントおざなりになっているような状況ではスーパー属人化する。こういった状況は”投げられる人が投げる相手がいないからPlaying Manager化していること”が原因でも起こる。人事計画次第では解決できる可能性のある問題ではある。しかし、そういった見通しがない場合しんどい。これも確実に消耗戦になるやつだ。殺しにかかっている。

まとめ : 確実性と不確実性に切り分け

自身としては”確実性”のある部分については"可能な限り確実に"しておきたい。それは具体的にいうと"今見えてる課題で緊急度が高いもの"の対応だ。これは"確実に飛び越えられるハードル"という意味ではなく、"確実に解決しなければならない課題"という意味だ。もちろん、そういった課題がなぜ緊急性が高いのか?というコンテキスト説明についてはコストをかけて説明しなくてはならない。地道ではあるが方法はそれしかない。しかし、そういったことを経験しておくと”自分言葉でわかりやす説明する”といったスキルがつく。そういったスキルが欲しい方にはおすすめする。また、確実に処理したことでかつて不確実だったものの具体性があがることもある。もっと理想を言えば不確実なものの具体性を上げるためにどう確実化していくか?というスケジュールの引き方をしても良いと思う。

問題メンバーそれぞれのスペシャリティ、経歴、興味、個性がまだわからないことを前提にした説明必要で”相手が何からからないのか?”がわからない状態だ、色んな補足情報ゼロから入れながら説明すると物凄いコストになる。かといってあまり上から目線でモノを言ってしまうと後のチームビルディングにおける心理的安全性にも影響するため、嫌がらずできるだけニコニコしながら説明するしかない。これは一種の”信頼貯金”に将来つながってくるものだと思う。

しかし、何事も限度はある。それを自身で見極めないと確実に消耗戦は始まる。殺しにかかってくるのだ。

今後

さて、正直困っている。というか疲れている。

ライフスタイルへの影響度

忙殺されてしまったりするとどうしても以前のライフスタイルや状況と比較することすらできずにいることがある。気をつけたい。ある人は独身かもしれないし、ある人は配偶者子どもいて育児家事などのタスクを抱えているかもしれない。自身は家庭の事情もあり家庭運用タスクももっているライフスタイルなので、ワークがライフ侵入してくると大きな問題として認識する。実際に今、そういった状況が起こっている。(もちろん、それなりの待遇場合家庭内で調整して検討しても良いとは思うがあくま運用可能状態であることは前提である

そういった判断ができにくい状況にあるということを一度立ち止まって認識するということが大事だ。さもなくば遠慮なく消耗戦に持ち込まれ、殺しにかかってくるのだ。

定時内のパフォーマンスで測る

実際、定時外(邪魔の入らない時間)でのパフォーマンスに大きく依存する状況が続いている。死にたい体調不良等でリモート勤務にしたときの捗り具合がヤバイ(笑)しかし、本来、定時内のパフォーマンス自身の力量や限界を測るべきだ。そして無理なことは無理という勇気を持つことも大切だ(自戒)。

https://youtu.be/0sEM3UKuRw4?t=28

あれもこれも含めてオンボーディングコストと見れる可能

完全に気力・体力との勝負ではあるという前提ではあるが、少し粘ることで状況が外的要因等により改善したりすることもある。内的要因であることが理想的ではあるのだが…そこは自身の気力・体力と相談して”いつまでこの船に乗るか?”を決めていくべきだろう。自身でその状況を変えたい!と思うモチベーティブな人間はその限りではないが、その状態でいられる状況とそうではない状況もあるということは言っておきたい。

代表と合わない

多くのベンチャー場合代表哲学経営方針事業方針に深く影響しているというか、そのまんまそれが方針になっている。そして多くの求職者はその”綺麗な上澄みだけを抽出した部分"だけを読んで共感して入社することになる。しかし、入社してみると違うと感じることもある。感じるだけじゃなくて、実際に言っていることから違うこともあるだろう。しかし、それが会社だ。と最近思える程度に大人になった。

それって理念に反してませんか?

みたいなことを言えるなら良いと思うが、言えないならそれはすでに消耗戦の始まりであり、いつでも殺しにかかってこれるヤツだ。

自分が楽しめているか

正常な判断が困難な場合、こういった指標評価することにはなる。自身仕事が好きな方ではあるので割と参考にする。そして、楽しめていない。もちろん、苦しいときもあることは承知の上だが、この状況を具体的に変えていくモチベーションも沸かないのでそれに輪をかけている。これは確実に殺しにかかっている。

まとめ

現実問題として不確実的で抽象度の高いタスクを集中砲火されてしまい、自分優先順位を決めにくい状態が起こっている。自分の手に余る程度であれば良いが(多少の無理なら許容する)、確実にこのままでは消耗してしまうことは目に見えているので、年末年始や週末を利用して(週末は邪魔割り込みが入らないか作業やすいという悪循環にもなっている)自分なりの"働きやすさ"を作ろうと必死だ。しかし、それが自身限界を超える前に構築できなかった場合、最悪倒れる。その前に転職も見据えた行動を取るべきだろう。ということで行動するしかないので行動している。

おかげさまで既に数社からリファラルで引き合いがある。しかし、こういった状態であることもご存知なため(笑)、あまり良い状況(良い印象を与えることができる状況)とは言えない。迎え入れる側も気力・体力が満たされた状態の人に来てほしいに決まっている。しかし、命辛辛逃げようとしている脱北者みたいな人たちにはそういった余裕がない。それとそういった状況において転職先を正常に判断できない可能性もある。また同じ状況になりやすい。気をつけたい。というか面談ときに”他に聞きたいことはありますか?”というところで聞く質問はそこだと思う。

全てはここに帰するのではないかと思う。

期待値を明文化しろ

さて、生き残れっかな(CV : 野沢雅子

2018-12-22

anond:20181222025701

・見たいテレビが有った

市場に特化したハイコンテクストマーケよりも、グローバルに展開するためのローコンテキストマーケ需要高まる

・月の収入が最低生活費を下回っている

弟子から先生の説いておられる愛とはどういうことですか」と尋ねられた

2018-11-20

anond:20181120192338

建前でものは言ってないけどな。

少なくとも性的接触に際して距離感おかしいというだけで、いくらイケメンでも、むちゃくちゃキモく感じるんだよ。本能的に危険って思う。

イケメンから見た時に「イケメンは許されてる、女はイケメンに甘い」って感じるだろうなって思うのは主にメディアとかで見ての印象だと思うんだけど、たとえば、イケメン有名人場合一般女性から見て有名人は「知ってる人」なので警戒心は緩むよね。でも、タレント壁ドンしてくれるイベントではキャーキャー言っても、普通イケメンにいきなり壁ドンされたら怖い。

あと、サービス的なコンテキストで許されてる場所もあるよね。ホストとかマッチョバーとか。でもあれはサービス提供者と客って関係性があるので許されてるわけで、単にイケメンから許されてるわけではない。

一般人の場合、見た目かっこいい→自分に自信がある→友達を作りやすく、リア充グループに属しやすい→知り合いの女が多い→距離近くても許される、という流れだな。ブサメンでもリア充グループで偉そうにできる要素があったら、わりとそのポジションはいけると思う。

結論として、たぶんブサメンが悪いのではなく陰キャであることが悪そう。

からまり救いにはなってない。ごめん。

2018-10-27

anond:20181015010418

前に増田で読んだんで真相はどうかわかんないけど

アートは奇麗とかどうとかじゃなくて、その裏のストーリー? とか コンテキスト? とかが大事だそうなので

そういうのを作る土壌のない日本アート投資価値がないんだって

海外アートだとその辺のプロデューサーがしっかりしてて、過去アートとの関係性を上手く宣伝できるので価値が上がるとか書いてあった。

萌え絵についてオタクが見ていない不都合な真実

ここで語る萌え絵は00年ごろに完成したエロゲ表現様式としての絵柄を指す。なぜならそれが初めて萌え絵と呼ばれた絵柄であったという歴史があるからだ。

現代感覚萌え絵範疇を広げた挙句その源流を少女漫画やらミュシャやらに求め出すアホはすっこんでろ。

さて、現在萌え絵と呼ばれている絵柄は幅広いが、元々萌え絵とは00年頃に絵柄が完成したエロゲ絵のみを指していた。

萌え絵少女無垢性を表現したものという言説もあるが、そんな綺麗事萌え絵一般アニメ絵マンガ絵に多大な影響を与えて却って薄まってしまった現代からこそ言える戯言であり、元は少女が脱いで媚態晒すシチュエーションとセットであったことを忘れてはならない。

しかしながら完成した萌え絵エロとセットであった期間は非常に短い。多分10年もない期間のことだろう。具体的には、Windows98の発売によりPC向けのエロゲーで表現できる絵が豊かになった98年頃からCLANNADが発売した04年までだ。

萌え絵の完成というのは当時のオタク界にとってはエポックメイキングであった。

ここで当時の萌え絵の特徴について整理したい。

まず、よく挙がるのが非常に大きな目の表現である。これが萌え絵の大きな特徴であることは間違いない。ただ、ここだけを以って萌え絵の源流は少女漫画だと語る人も多いがそれは間違いだ。萌え絵少女漫画には大きな隔たりがある。それを作っているもう一つのキーワードが立体感である

萌え絵には大きな目の他にもう一つ、丸っこく柔らかい影をつけて体の立体を表現しているという特徴がある。その表現は平面的な水彩塗りを主とする少女漫画には存在しないものだ。そしてその表現は、女性の裸体を質感をもって表現するという必要性と、当時のCG塗りに使われていたPhotoshopエアブラシというツールの二つが合わさって発明された。

体感を持つ体に大きな目が合わさって初めて萌え絵となったのだ。

この萌え絵という表現様式は控えめに言っても非常に優れていた。可愛いエロいを初めて両立させた絵柄だったからだ。

それまでのエロ絵と言ったら劇画調のものが主だった。一方で可愛い絵と言ったら少女漫画吾妻ひでおあたりで、これらにエロティシズムを感じるのは当時のオタク定義ロリコンと呼ばれたオタクの中でもさらに一握りの人々だけだった。つまり、このころはまだ可愛いエロいは両立していなかったのだ。

それを両立させた萌え絵エロゲーというジャンルから現れたのは必然であった。

そして萌え絵エロとセットになっていた時代を終わらせたのは、エロゲー界に流行った泣きゲーというジャンル物語だ。

泣きゲーというジャンルエロゲーは、KeyLeafといったエロゲメーカーが得意とするものだった。いわゆる葉鍵系である。これらのメーカーが出すエロゲーはエロゲーでありながらエロはおまけ的であり、その価値は泣かせる物語にあった。

この泣かせる物語は正直エロとは相性が悪かった。だが、萌え絵にはそれらの物語ともマッチする懐の深さがあった。萌え絵エロのみに価値があるわけではなかったのである

これらの物語萌え絵マッチは、元はエロゲーの絵柄として発生した萌え絵からエロを剥がすことに成功した。

そしてそれから萌え絵エロゲーを表現する絵柄であったというコンテキストから解放され、アニメ絵マンガ絵に多大な影響を与えていくのである。その過程萌え絵自身もどんどん進化していき、今となってはエロティシズムとは無縁の絵柄に到達したものもある。

一方で、エロゲーの絵柄としての萌え絵も残り続けた。可愛いエロいを両立させ続けている絵柄だ。

さて、ここで萌え絵性的ものだと言って批判する人々が連想している萌え絵とはなんなのか考えてみよう。

今のオタク萌え絵と言って連想するのはエロコンテキストから引き剥がされた現代萌え絵だ。

だが、萌え絵性的だと殊更に槍玉にあげる人々が連想しているのはエロコンテキストにべったり沿った、いわゆる原義通りの萌え絵だろう。それらは主流派ではなくなったが今でもまだ存在している。

これでは両者の話が噛み合わないのは当然である

さら萌え絵性的だと批判する人々がなぜ萌え絵特別視するのか考えると、そこには萌え絵が実現した可愛いエロの両立が非常にショッキングものであることが大きな要素になっているだろう。

萌え絵以前はエロといえば劇画であり大人世界のものであった。一方で可愛いといえば少女漫画であり、子供特に女の子のためのものであった。しか萌え絵可愛い世界エロを持ち込んだのだ。

これが子供を守る親の視点から見て、ショッキングでないはずがない。

から私自身は萌え絵が好きなオタクであるが、個人的には萌え絵批判する非オタクの大人批判宜なるかなと思っている。

そして、萌え絵といえばエロゲー用の絵柄であったという歴史に目をつぶり、萌え絵エロくないと言い張って萌え絵批判批判するオタクには幾らかの憤りを感じる。

重要なところを復習する。

まず、初めて萌え絵と呼ばれた絵柄はエロゲー用に完成された可愛いエロを両立する絵柄であること。

それは一般的に見て非常にショッキングな絵であり、それを受け継いだエロ萌え絵が今も存在していること。

これらを今のオタクは忘れてしまったのだろうか?少なくとも今のアラフォー以上で20年くらい前からオタクをやっていたような人は覚えているべき歴史ではないのか?

これらの歴史をまるでなかったかのように扱い、萌え絵エロいという人を一方的非難するのは非常に不誠実ではないだろうか?

萌え絵と呼ばれている絵柄は非常に豊饒で、エロとは無関係のものが主流だ。それは確かな事実である

一方で萌え絵エロゲからまり、今もそれを引き継いだエロ萌え絵存在するのも事実である

普通に考えて、萌え絵性的ものだと批判する人々が連想しているのは後者だ。前者に引きずられて後者連想している場合もあるか。

だが、それが考えられずに、あるいはわざと無視して萌え絵批判批判を返すのは非常に不実だと言わざるを得ない。

萌え絵の元の定義を今一度思い返してほしい。

ブコメレス

id:cloq 萌え絵の源流はエロゲ絵であり、萌え絵性的描写とは関係ないと言い張るオタクは嘘つきだって話だよ。

2018-10-21

anond:20181021093430

工芸から離れた時点で、「アート」は人間感性からすら離れてしまった。

もはや「アート」にはコンテキストしかない。価値意味もない。

人間感性に近いところでちゃんと従来のアートをしてる人たちはいるけどね。元増田はだめだよ。

2018-10-19

肉食店襲撃と部落差別ネトウヨオルトライト

前にこんな記事を書いた。

文脈(コンテキスト)が違うから」って論

https://anond.hatelabo.jp/20181016094209


ブクマとか読んで今も時折考えてる。

というところでこんな記事が出た。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASLBD52C9LBDUCVL01M.html

ネトウヨオルトライトは同じ文脈から発生したのものなの?

ってまぁはてな民は分けて考えてるけど。

でもやっぱり違う成り立ちで発生した物をくっつけようとする引力はあるみたいだ。

こういうことがなぜ起こるんだろう。

2018-10-17

anond:20181017095247

アイドル楽曲が奥深いというのは一アイドルヲタとして賛同するけども、歌と音楽結構別物で。

自分音楽については音色リズムが聞いてて気持ちいかどうかが評価の大部分を占めるので歌詞に興味無いし、よっぽど上手いボーカリストじゃ無いと歌は邪魔だと思うタイプ

音楽というもの人間の脳が本能的に持っている機能であって、世界観人間性やコンテキストなどから切り離して鑑賞できるものだと思ってる。

たとえばyoutubeでよく知らないどこかの民族音楽聞いて全身の毛がゾワッとしたり、頭がしびれるような感覚になること無い?

anond:20181017102219

そうは言ってもコンテキストを汲んでない人が聴いても良さが分からないものが多いからなぁ。

アイドル曲は物語消費の極致だしね、そういう音楽消費スタイルをまず肯定してないっぽい人に勧められるものはないとしか言えない。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん