「自己犠牲」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 自己犠牲とは

2018-06-17

RADWIMPSHINOMARU関連の騒動を一通り傍観して思ったこ

完全な後出しじゃんけん

歌詞自体瑕疵はない(激ウマギャグ

一通り騒動が沈静化したみたいなので初めて歌詞を見たが、軍歌かといわれると違うという結論自分はなった。

なぜなら、軍歌によくある「愛国心」と「自己犠牲」のうち「愛国心しか歌ってないから。

相当気を使ってギリギリラインを攻めてる歌詞だと感じた。

なぜ一部の人過剰反応するのか?

典型的排外思想国粋主義者がよく使う文言が使われているから」だろう。

この歌で多分狙って使われているその手の言葉に、多分狙った通りに反応してしまったんだろう。

一連の騒動を見て残念だと自分が感じた人たち

過剰に反発してしまった人たち

これを軍歌だというのは流石に行きすぎだと思う。

使われてる単語拒否反応が出るのは分からんではないが、

歌や歌手批判するのは行きすぎ。

RADWIMPS音楽業界

大ヒットを飛ばしアーティストでもこんなコスい興味乞食しなきゃ今時音業界ではやっていけないのか、という意味で残念だった。

そこまで音楽業界が追い詰められているという現状がただただ残念だった。

ただ国を愛することを今歌いたいなら、ああい言葉にはならない。

ギリギリを攻めた言葉をわざわざ選んで書かれた歌だと自分には思えた。

当人たちの主義思想はよく知らないけど、ほかの歌もちょっとは聞いたことあるだけの自分には

HINOMARU歌詞RADWIMPS作詞担当の人から自然と出てきたようには思えなかった。

それが何らかの問題への反発心から来たものなのか、もともとの思想をずっと隠してきたのかも分からないが

今までの歌の歌詞とは異質なものが根源にあるように思えた。

この一件だけで彼らを嫌ったりはしない。

ただ、何がきっかけでこの歌を生み出したのかは後ででもいいので明らかになるといいなと思う。

「単に国を愛する思いを歌にしただけだ」と言い張るのなら、それでもいいけど。

2018-06-14

自己犠牲とかが美徳”ではない”みたいな風潮

一般向けのコンテンツとか価値観で「自己犠牲尊い」みたいなまとめ方が多い一方で、言論界隈とか働き方改革とか学校教師の過重労働かに対する最近の風潮として「自分犠牲にして誰かのために尽くすことは正義ではない」という感じの主張が高まってるように感じる。なんかそれってモヤるなぁと思ったのでうまく書ける気がしないけど、垂れ流す。

まず、自分自身のこれまでのスタンスとしは自己犠牲つまんね派だった。とくにアクション映画とかでよくあるのが、主人公だったりライバルだったやつだったりが、最後最後大事な場面で改心して自己犠牲を払うことで事態を打開するやつ。主人公ピンチに人の盾となって撃たれたりして倒れるやつとか、荒くれ者キャラだったやつが地球を救うために特攻するとかそういうんだ。

映画ではそういうまとめ方がほんと多くて飽きる。はいはいまた自己犠牲美しいendね、安易。って思ってた。

話変わって働き方改革的な話。自分を削って長時間労働するのではなく、効率的に働くとかできる範囲仕事をしっかりこなすとかで無理なく働いていこうという話で、それはエコシステムとして必要バランスちゃんと保って持続可能労働しましょうよって話なんだと思ってる。これは普通に納得感高い話で同意する。

さて、学校教師の働き方が結構ブラック寄りのブラックだというのは、ここ数年でよく見かけるようになった。出来もしない競技部活を無給で見させられたりとか、教材・教え方研究にやたら時間が掛かる・掛かりすぎるので勤務外でこなす輩がいるというのは是正しなくてはならない問題だと思う。ソリューション適当な例だけど、部活は専門のコーチ有償で呼ぶべきかなと思うし、教材研究かに時間掛かるんだったら一人あたりの担当授業数を減らすべきなんかなとか思う(ソリューションはこの話の本題ではない)。

たださ、このまえツイッターでいってる人がいたんだけどさ、「教材研究時間を掛けすぎている。これを短時間でしっかりできるのがプロだという意識をすべき」みたいなこと言ってて、なんかモヤッた。

いや、プロからそうしろっていうのはなんか違くない?プロではあるけど、自分限界を知ってより良い授業をしようとリソースを掛ける先生と、サクっとプロっぽく短時間で教材研究わっちゃう先生と、どっちに習いたいかっていったら前者なんじゃないの?

リソース掛けるんだとしても、持続可能レベルで抑えられるとか、それぞれの能力によって授業数決めるとかは必要だと思うけどさ。

あとサビ残だったり自宅で無給でやっちゃうと、本人が意識していなくてもそれが当たり前になってしまったりしてまわりのそうできない同僚に迷惑になるからやってはいけないと思うけど。

要領よくないやつはそいつなりに努力カバーしてはいけないの?どうしたら生徒はよく理解してくれるだろう…うーんっていっぱい考えてくれることはすばらしいことではないの?

2018-06-10

女性かばって死亡か

お前らは絶対誰かをかばったりしなさそう

だっていっつも自己犠牲否定してるじゃん

いっつも他人のせいに社会のせいにしてるやつが、誰かのために自分犠牲になろうなんて思わんわな

2018-06-04

Fate//ZERO11話ライダーに惚れ惚れした件

いまさらながらFate//ZERO見たけど、なんだよこれ名作じゃねえか。キリツグもいい味出してるけど、11話のライダーなんか惚れ惚れしちまうぜ。虚淵さんてサイコパスでも思ったけどこういう思想や主張が絡むストーリー構造ってやっぱ得意なんじゃないかな。


セイバー生き方ってある意味ロールモデルみたいなところがあって、その本質は多分カトリックなんだと思う。俗世を捨てて王という立場に生き、自己犠牲を是とし、禁欲的で自分理想に殉ずる生き方はまるで聖女のよう。清廉潔白で非の打ち所のないセイバー理想とする王としてのあり方とは「民草のための王」。これってなかなか否定しにくいと思うんだけど、イスカンダルギルガメシュも明確にこれを過ちと言い捨てる。

何故ならセイバーは人々を救いはするかもしれないが、人々を導くことはないから。自身高潔で孤高であり続けることで何かを達成しているつもりになっているが、それができるのはアーサーが王様からで、そんな生き方に民は何らかの象徴としての価値を見出すかもしれないが、王として人々を導いたり自らの背中で何かを語ることはない。イスカンダルのように、己が為に生き、王たるもの欲望の形をもって、自らの敗北の人生すらもひとつ生き様として恥じることな王道と言い切り、人々に歩むべき形を示すこともしない。

そして人々を導くためには、王は己がために生きなければならない。

故に、セイバーの王としての在り方は、間違ってはいないが本質的に「生まれもっての王」ではない。

王は人を導かなくてはならず、そしれ人を導くためにはまず自分のために生きなければならない。

この事実に驚きを覚えると同時に合点がいった。そしてこれを明確に指摘したイスカンダルというキャラクターに好感を覚えた。

2018-05-21

anond:20180521003639

6,000 万人。


生産人口が減少することは、通貨に対する信用が無くなります

日本円を使う人がいるから、日本円価値が信用されているからです。


人口に対する国債の発行高が極端に大きい状況を考えれば

想像やすいと思います


通貨使用するものが減少した結果、国債を発行する能力を失い、

特に高齢者に対する社会保障を切らざる得なくなります


生産人口が極端に減り、高齢者を支え切ることができなくなったと判断された時、

尊厳死法制化されることを意味していると考えています

そう遠くない将来、30 ~ 40 代は尊厳死現実選択肢となると見ています


ただ、移民を入れれば解決するのかと言えば解決しないと思います

必要なのは優秀な人であって、生活に困った人ではありません。

我々には誰かを助ける余裕はありません。


社会保障が切られることは避けられなくても

衰退の速度を緩めるには

国債を発行できなくなる状況を迎える前に

若い世代積極的投資をしていくことです。

それはお金の面でも、仕事ポジションの面でも(経験的な意味で)。


30, 40 代の世代はその意味でも後進のために、

仕事地位を譲り、自殺を受け入れなければなりません。


立てなければならないのは、年長者ではありません。

後進を立てなければならないのです。


自分が正しいと信じていることを実現するために、

高齢者重視の施作を打ち、支持率を確保して、

権力を維持することは、一万歩譲って仕方ないと思います


「私」を敬えという

権威主義的な道徳教育を行おうとしている自民党

正しいと信じていることそのものが、確実に間違っています


かに日本の衰退の速度を緩めるには、自己犠牲必要です。

でも、それはお前に対してじゃないというわけです。

2018-05-20

anond:20180520223725

安倍さんの有能無能というより怖い。安倍さん日本国会議も、国家のための国民を作ろうとしています。それは "日本国憲法改正草案" からも見て取れます

憲法は、法律ではありません。近代立憲主義憲法は、国家権力を制限人権保障する法です。つまり法律を作るときや、それを運用するときに守らなければならないことを示し、国民国家に遵守させるという、法律とは逆方向の役割本質とする法です。時に国家暴走するという歴史的教訓からまれ役割であり、日本国憲法も、(制定過程議論しませんが、少なくとも内容において)そのような役割を担っています(※1)。

今回の草案は、そうした従来の意味での憲法ではありません(その事実についてどう考えるかは自由です。)。 つまり現行憲法では公務員のみが負っている憲法尊重義務を全国民が負い(102条1項。これはQ&Aによれば「遵守」より重い義務です。)、「公益及び公の秩序」(12条後段、13条後段、21条2項等)による人権制限が認められ、「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚」(12条後段)することが要求され、国民義務が大幅に増え、前文冒頭の主語国家になるなどして、国家から国民への法に変容しているのです。

自民党憲法草案の条文解説(総論)


そもそも個人主義的な方向にシフトしていかないといけないという指摘があります

人間自由にしていけば必然的にたどり着く個人主義というものを前提に、制度を家のように作り上げ、その中に住む。自由な発想で全力を出せば、それが全体の力になる。これがルネッサンス以来の世界文明方向性であり、人類は実際にそのように発達してきた。基本的に、システム個人サポートすることばかり考えてるといっていい。それ以外の方法は、なにより個人個人の支持が得られないことにより、廃滅しつつあるのだ。

日本の国民性は知識の体系を拒絶する - はてなの鴨澤


しかし、日本会議安倍政権が実行する施作には、全体主義的なものが多い。道徳評価対象の教科にしたり.., 必要性の低い空母を導入したり.., 過労が問題視されてるのに高プロを導入しようとしたり.., 憲法素案にさえ.. その全体主義的な傾向が現れている。


ひとつひとつ政策をつなぎ合わせると、上への服従という言葉にまとめられる気がする。改正憲法の条文を読むと、日本がこんなに凄いんだぜ、っていう文章が並んでいて空気感が伝わると思いますしかも、この上への服従は、「私」への服従だと思う。自己肯定感を満たすために、若い人達が利用されていると思う。

安倍政権の諸々の政策やそれを支持する人間言動は、「権威主義」や「権威への服従」という観点で読み解けば、すべて一本の線上にある。個人物事判断せず、親や教師組織上位者、そして国家上位者の指示に服従することが「道徳的」であるかのように教化する。個人判断することを否定する。

Twitter


ネトウヨの人たちは、他国を見下して自国称揚して、自己肯定感を高めようとしている。安倍政権を利用して自己肯定感を勝ち得ようとしている。でも、実際には、全体主義の下位側に位置付けられて、安い給料で働かさせられ、彼らの自己肯定感を満たすために利用されている。ネトウヨだけではなく、普通の人もみんな。本当になんなんだこの構図はと思う。


もちろん、自己犠牲は悪いことではないし、戦後価値観が正しいとも思わない、正直、忖度だって、誰もがみんな空気を読んで生きてるのだから忖度のものが悪いものだとは思いません。


でも、安倍政権日本会議理念は、「私」は偉いという物語宗教神様であって政策ではないと思う。そんな自己肯定物語うちらを引きずり込まないでほしい。

2018-05-06

あーあ。自分小学生くらいからずっとトラブルメーカーのお守りしてないか。いや、もしかして私はお守りしてるつもりでも周りからは手下みたいに見えてたりして。えー、何それ、めっちゃ癪にさわるわ。あんなやつのこと好きでもなんでもないんだけどな。むしろ変に懐かれてうっとうしい。でも私が見捨てたらあいつ、またいらないいざこざ引き起こすよな。公共の福祉のために私が犠牲になるべきなのか。こういう自己犠牲的なところとか八方美人なところが面倒なやつに付け入られるんだろうな。はあ、人間関係変わっても自分立ち位置って変わらないよな。

2018-04-07

「産めない男」の代替行為

ふと思ったことをダラダラ書いた駄文であるから

もし読む人がいるとしたらそういうつもりで読んでいただきたい。

あと多分だけど妊娠中の人は読まない方がよいと思う。

通勤電車に乗りながら「贖罪」について考えていて、

要するにsacrificeである

要するにというかそのままなんですが。

誰かのために死ぬことです。自己犠牲のことです。

で、この自己犠牲というのはとても男性的というか、逆に女性的というか、

女性の体の仕組みとして実に自己犠牲であるのかなと思ったというのは、

要するに(時に命を賭して)子供を産むということです。

種を生かすための仕組みが個体を殺すことがあるってどうなんだろ。

で、その仕組みを体に持たない男性主語が非常に大きいがここはあくまで体の仕組みのあるなしの話なのでご容赦いただきたいし、女性であるがそういう仕組みがそもそもない、あるいはもはやない人についてははしょらせていただきたいし、あとそんな難しく考えられない)は、なんというか反動的女性性に対してそういったものを求めてしまいがちなのかなと思ったわけです。

んでこう、求めるというのは押し付けがちということなんですけど、

まぁ三歩下がってなんたらとかね、奥さんは家に入ってなんたらとかね、

特に日本ありがちなんだろうかこう(他の国を知らないだけだが)、

女性に対して自己犠牲を強いるというのはつまりそういうことなのかなぁと思ったわけだが、

基本それは女の人が我慢してるわけじゃん、いやいややってるわけですよね。

でもなんかそういったことを強いる側の人間

まり自己犠牲の仕組みを持たない男」は、

そういう女性の行動について「愛情かな?」みたく思ってんじゃねーのかと思ったわけです。

(思ってるのかな? と思う理由も考えたりしたけどはしょります

しかもそれは尊い、すげぇ尊いと「自己〜略〜男」は多分思ってて、

愛情だと思ってるから女の人が我慢してるなんて全然思ってないか

(そぶりを見せてもそぶりだけだと思ってて)

なんかもうそれでよし! ウィンウィン! とか思ってんじゃないかと思ってて。

で、これが一番言いたいんだけど、

その「尊さ」に憧れるあまり気持ちの具現化がつまり切腹」なのかなって思ったんですよ。

あれはつまり自分の腹に「女性器」のようなものをつくって、

そこからピンキーなのをドバドバと、つまり「産む」ことの模倣なのかなって。

憧れるあまり「それになりたい」と、

自己犠牲の仕組みを持たない男」が「自己犠牲の仕組み」を、

無理やり自分の体に作り出す行為なのかなって。

なんか男ってバカだな…と思いました。朝の通勤電車で。

おしまい


【番外編】先回りのQ&A(という形式自分対話

Q.切腹なんてしたくてしてたやつがいると思う?

A.いないと思います

いないとは思うけど「やんなきゃいけない! おれ死なないといけなくなった!」てなった時に、

じゃあどういう形で死にますかっていろいろあったうえであの形になっているのは、

なにかしらの意味というか理由というか紆余曲折があってのあれなのかなと思うと、

そこにあてはまる話が今回書いたようなことなのかなと思いました。

思っただけだから特に調べたりとかしてない。

Q.なぜ「産む」行為が「死」に直結する行為になる?

A.死なないと「自己犠牲」にはならないからねぇ。

この場合自己〜略〜男」にとって「自己〜略〜女」は、

「産める生物」というよりも「自己犠牲できる生物」という点で憧れの対象ということでは。

となると逆に「産む仕組みを持った生物」としての女性について、

「産む仕組みを持たない生物であるところの男性が、

そもそも憧れているのか? どう思っているのかもわからないけど、

どういうふうに感じていて、それをどう表現しているのか、

というのは考えてみるのもおもしろいでしょうな。全然思いつかないけど。

単純に「神様」に昇華してんのかな、やっぱり。

となるとそこで「生」と「死」が繋がるわけかね。知らんけど。

2018-03-25

自己犠牲ってすばらしいのかな

自分が辛くてもやりたいことがある、っていう意志の強さはすごいし、受ける側は奉仕されてうれしい。

でも犠牲にする側は犠牲になってるし、犠牲を受ける側はそれを見過ごしてるように思えてしまう。

死ぬまでそれが続いて安らかに眠るのなら、いいのかもしれない。

でも苦しいことが長続きするとも思えない。みんな強い意志を持てるなら、世の中の不満はもっと減ってる。

第三者他人幸せに口出すものではないかもしれない。

ただ、それは他の人へ流布するべき美談なのか。欠点も伝えたほうがいいのではないか

そんなことを考えた。

2018-03-02

まれてきた子が負う”責務”の発生源流

長期的に考えたら、子育ても、結婚も、それなりに意味もつような気もするんだけど。

具体的に何?と聞かれても、「心の充足」くらいしか答えられないけどね。

でも人間コスパとか損得とかだけで人生考えだしたら終わりだとも思う。

anond:20180301162849

コストパフォーマンス=「それなりの意味」が金銭換算されたもの、でしかない。

単に円やドルなどに換算できないだけで、引用した増田の中では既に「価値化(喜びや苦労含め)」されており、結局「親にとって価値がある」論からは、抜け出してはいない。

究極的には、生まれてくる生命にとっては、親がその生命にどんな意味(金だろうが心だろうが)を感じているかは、あずかり知る必要もなければ、ましてや「価値をもたらす責任」を負っているわけでもない。

まり、この道の先には、「生まれてくる子には、親にとって価値をもたらす義務がある」と読み替えることができてしまう、という落とし穴がある。過激言い草ではあるが。

この落とし穴にすべての親が落ちるわけではもちろんないが、親子関係問題が発生しているケースのうち、親がこの落とし穴に落ちている比率は高いのではと思う。

このタイプの人は、某のぶみ氏の一連の「このママにきーめた!」やら「ママがおばけになっちゃった!」的思想との親和性比較的高そうである

この、のぶみ思想が善か悪かを決める権利は、当増田には当然無い(が、大嫌いではある)が、教祖であるのぶみ氏本人が、

その後「あたしおかあさんだから」と、より自己犠牲=親にとっての「(苦労は買ってでもしろ的)意味がある」を前面に押し出し創作物を世に問う、という

更なる先鋭化を見せたこから、前記の「親にとって価値をもたらす義務がある」という過激な読み替えリスクは、まんざら当増田過激邪推にとどまらない「のぶみ思想」の構造的欠陥なのでは、と感じる。

増田個人的理想としては、「セックス気持ちよかった→子供ができた→死ぬかと思ったけど生まれた→生まれたからには育てるのだ→かわいい・にくたらしいなど諸々→育てた」ぐらいに淡々?と進捗報告のように

事象感情の「発生」をただ発生するままに任せて(そこに何某かの価値をなるべく見出さないように)子育てをしていけるのが理想だと思う

が、実際に育てていて、そこまで感情価値を切り離すのはとてもじゃないが無理無理ィ!だとも当然感じるので、

せめて、他人強要しない、特に産んでない人への攻撃や、育てる大変さに心折れそうになっている人へのやっちゃダメな励ましなどに使う愚行だけは犯さずにいたいと思っている。

anond:20180302092147

ミッションインポッシブルスパイものスタンダードを狙ってるんじゃない?だとしたらベタは押さえておかないとダメなんじゃない?

ただ、ムカつくのは共感する。インポッシブルポッシブルにするんだったら、もっと徹底して完璧超人になれよとおもった。

ちょこちょこくだらないミスでヒヤヒヤパート作る必要ないし、銃撃戦を避けろよ。はじまっちゃったら生き残れるかは運になっちゃうだろ。走り抜けたって当たるときは当たるだろうが。

インポッシブルポッシブルにするのは命知らずだったり自己犠牲じゃない。ときには命すら天秤に掛けて、冷静冷徹不可能を可能にするんだよ。

2018-03-01

母親になるのって、相当覚悟居ると思う

お母さんだから自分時間は無いと思え。

全て子供にあてろ。自分犠牲しろ。尽くして当然、見返り求めるな。

自分がお母さんになりたくて産んだんだから子供を良いように動かそうとするな、とかさ。

子供子供で、「大学奨学金俺が返済するの!? なんで親が払ってくれないの!」とか言うだろうし

子供に尽くした分、何も返って来る気がしない。

お金って言えばガメツイって言われるんだろうし…。

まぁ分かる。分かるんだけどさ。

逆に産まなかったら産まなかったで

「女としての価値無い」「子供産め子供産め」

子供居ないんだってプークスクス」とか言われるんでしょ?

お母さんってすごい。自己犠牲の塊。

2018-02-24

anond:20180223105501

コンサート行きたいけど行けない、なんて思えるようになる方がまだ健全かも。

私の場合趣味を楽しむ気力もなくなってしまった。

子供が可愛くて育児が楽しすぎて他の事になんて興味持てないの」とかじゃなくて、

子供にもあまり興味ないけど、他の事にも興味ない無気力状態

子供はそれだけ、こちらの体力や精神リソースを奪っていく存在だよ。

んで10年経って下がようやく幼稚園入って手が離れたけど、

今更趣味に復帰しても、昔ほどは楽しめなくなった。

若いうちって勢いがあるじゃない?そういうのが年食って衰えたのか、なくなってしまった。

いくら子供幼稚園入ったとは言え、周りに何の気遣い必要なかった独身時代と比べたら色々配慮する事は多いんだけど

色々配慮する面倒さを乗り越えてでも趣味を楽しむぞ!と言う気力ももうない。

まあ、ひょっとしたら子供がいなくても加齢で同じ事になってたかもしれないけど。


自分https://anond.hatelabo.jp/20180223122552を昨日書いた増田なんだけど。

これは「やっぱり子なしは分かってないわね、ふふん♪」とかいうつもりじゃなくてさ。

こちらが10年間無気力人生送ってた間、件の友人はずっと精力的にオタク活動してたんだよね。

その間の人生の充実度がまるで違ったな、と思って。ずっとそれに嫉妬してた。

それを改めて思い知らされたというか。

何をやるにも子供家族の事を真っ先に考えなければならない自分と、そんな事気にしなくていい彼女と。

私も昔は一つのやりたいゲームの為にゲームハード衝動買いとかしたよ。

でも今はそんな事出来る立場じゃない。あくまで「子供の為に」買ったものを借りられるだけ。

ドラクエ11も巷じゃ最高傑作とか言われてるそうで、確かに出来はいいんだけど。

敵避けながら無傷でダンジョン最深部まで行けて、レベル上げなくても物理で殴ればクリア出来る

中年にやさしい難易度もありがたかったけど。

やっぱ昔のように夢中にはなれないんだよね。

同人なんかも好きなオタク(と言っても絵も文も下手だから消費するのみ)でもあったんだけど、

キャラ萌えもカプ萌えもあまり関心持てないというか。

若いキャラは「こんくらいの子供居てもおかしくない年齢だよな私」とか思ってしまうし。

作中でおっさんとして扱われているキャラも、最早年下だし。

魔物になった息子の為に犠牲になる母の話を見て「あーハイハイ母の愛と自己犠牲美しいですねー(棒読み)」状態だし。

「えーっとそこに同じように魔物になった妹殺そうとした兄いますよね?

兄は妹殺せるけど、母は息子を殺せるわけないって事ですか?堀井さん」と思いっきりひねくれた事を考えてから

「…自分病みすぎだろ」と思って後は考えない事にした。

8も似たような母の自己犠牲話あったけど、あの頃はまだ普通にイイハナシダナーと思えたのに。

ランス10が出たそうだけど、出来ないし。

エロゲやってるのが夫や子供にバレたら社会的死ぬし。

絶対バレないよう隠し通してでもプレイしてやる!」と言う気力も、もうない。

メガテンも好きでSJまではやって、だいぶ前に4が出てて、今度5も出るらしいけど、あんなめんどくさいゲームもうできない。

子供スプラトゥーンに夢中で、自分もやってみようかと思ったけど

TPSなんてやった事ないから下手で、子供の方が順応性高くてどんどん上手くなっていく。

2Dマリオはまだかろうじて昔取った杵柄で私の方が上手いけど。

…と書いて、何で私ここまで縛られてるんだろう??と思った。

やっぱ病んでるのかな。

2018-02-22

anond:20180221195103

逆にいうけど、あなたあなたナウシカに肩入れしすぎている。

しろ神の視点からこそ読者として客観的評価するべきだ。

読者なんて結局のところ神の視点以外の視点なんて持てない。

それは感想評価に対する批判になってない。

墓所側の言い分はどうなんだ。

人類の行きつく先として巨神兵王蟲を作るほどの高度な科学技術を手に入れたが

ヴ王ナウシカの好む人間としての闇が強すぎた結果、滅びの道に進んでしまったのが旧人類ではないか

滅びに進むにつれて旧人類はナウシカたちが想像するよりもずっと大きな絶望と失敗を繰り返した。

ナウシカのいうような「血反吐を吐いてまで」という経験旧人類側はもう既に十分すぎるほど経験している。

今を生きる、今だけしか生きてこなかったナウシカからこそ、

墓所側の歩いてきた歴史を信じられないし、同情もできなかった。

反吐を吐いて進んだ道の答えが新人類であり、現生人類たちが例え環境適応し生き残ったとしても、

最後には旧人類の歩んだ道をなぞるだけだ。

まったく徒労でしかない。

人間性の闇を捨てる計画を立て、自分たち破壊した環境を取り戻すために尽力した行動と選択は、全部旧人類の流れた血によってつくられている。

神の視点に立たずともナウシカには墓所側の行動と動機推し測るだけの情報は十分すぎるほど得ている。

ナウシカエゴが贔屓されたのは、それは自分たちに向いていたからだ。

ナウシカ庇護を受けているからこそ心酔するのだ。

ナウシカ自己犠牲や時には反知性的犠牲行動を、「良い」と思ってやっている。

からこそ危険まりない。

やりたいから、やっているだけであり、その行動の結果がどうなるか推し測る能力にたけているわけではない。

トルメキアの兵士を怒りに任せて殺した場面でも仲間をより危険さらすだけだ。

しかナウシカはやった、やりたいから。

彼女ヒトラーと同じことをしている。

 

墓所側が攻撃してきたか交渉決裂。

墓所側が攻撃するのは当たり前のことだ。

旧人類の悲願は人間性の闇を捨てることだ。

現生人類死滅させたいのも当たり前だ。

それが残っていては計画が水の泡になる。

交渉する余地など最初からない。

旧人類は徹頭徹尾新人類を次の星の覇者にしたいのであって、現生人類はずっと捨て駒としてしか見てない。

からこそ武力で負かして交渉テーブルに無理やり着かせる必要がある。

あの時点で武力衝突するのは当たり前のことだし、それで和平が成立しないというのも早計すぎる。

交渉の主導権は武力で勝っている側にしかない。

交渉戦争が終わってからしかできない、墓所現生人類戦争はあの時点では何も終わっていない。

しろ墓所からしてみれば現生人類約束を守ってくれるなんて信じられるわけがないんだから

真実を話せば殺される、なら戦うまでだろう。

実際その予想は当たっていてナウシカという現生人類に殺されたわけだ。

 

王蟲は変わったけど、新人類が変わるわけがない。

それもまた思い込みにすぎない。

旧人類の計画では新人類現生人類死滅した浄化された世界ではじめて活動を再開する生き物であって、

現生人類共生しながら生きる環境など想定していない。

それが一体新人類にどういった影響を与えるかはそれこそ神ですら分からないことだ。

完全に未知の領域であり、王蟲のようによりよい変化が起きる可能性もあるし、

現生人類に対しても変化をもたらす可能性がある。

そういった可能性のある未来を確かにナウシカはあの場で殺したのだ。

ナウシカ道化との問答で自然に生きて自然死ぬべきだといっていたが、

それはナウシカが産まれるよりずっと前から存在し何百年も経過した後の結果である

王蟲の心という、それこそ旧人類の計画で産まれた上澄みだけを掬い取って悟ったつもりになっているだけだ。

新人類に正しい審判を下せるのは旧人類でも現生人類でも新人類でも王蟲でもナウシカでもない。

はるかかなたの未来に生きる人類たちだ。

ナウシカエゴ自己犠牲狂信者範疇を超えている。

人々はナウシカを見て心動かされるかもしれないし、ナウシカのおかげで助かった人間もいる、

墓所までたどり着いたのも事実

だがそれは、そこまでは正しかっただけであり、この先もナウシカという暴力カリスマが正しくあり続ける保証などない。

ナウシカ聖人性の反証として最後新人類虐殺があったわけだ。

どれだけ偉業を成し遂げたとしても虐殺虐殺

人間性の闇に疲れて果てた旧人類側からしてみれば成し遂げられそうだった計画台無しにして、

生みの親どころか抵抗すらできない子どもを殺す悪魔しかない。

あの世で彼らは環境変化を生き延びた現生人類が再び科学技術を再興し、二度目の火の七日間に進むまでじっと見てるだろう。

ナウシカ行為正当性を産むことができるとしたら

現生人類が生き残ることではなく、火の七日間を再度起こさないと確信に値するものを示すしかない。

しかし作中の現生人類がそれを示すことはないまま作品は終わってしまった。

誰もが森の賢者のようにはなれない、それを実現しようとしたのが墓所の願いだった。

ナウシカを読んだからこそ、愚かな人類と決別しようとした旧人類の思考理解できるし、

現生人類側で誰もそれに歩み寄ろうとしなかったのは単にお互い戦争だったからだ。

ナウシカは決着がついたのに戦争をやめなかった。

現生人類のみんながナウシカに心酔してたわけではないように、

人間凶悪さを誰もが喜んで従っているわけではない。

2018-02-21

マグロ男と親友結婚するらしい

親友愚痴を話すような子じゃないのだけれど、

私が色々聞き出してしまった。

親友は彼と同棲していて、彼母とも同居している。

「嫌だ」と断れないような性格をしていて、

「まぁ嫌いでも無いし良いか自分我慢すれば良いし他よりマシか」と考えてしまタイプだ。

そこを狙ったかのように「彼母との同居」を薦められ仕方なく「YES」と言った次第だった。

元々姉という立場でもあったために、自己犠牲気持ちが強いこともあるのだろう。

考え方としては、「仕事辞めたい、でも転職してもそこが今より悪くなる可能性がある」みたいなものだと思う。

愚痴もあまり言わないのだけれど、自分の話を混ぜつつ親友の話を聞いた。

そうしたら、珍しく下の話になり「彼がマグロなのだ」という話をしてきた。

「えっ、もしかして彼は不能?」という考えが頭をよぎったが、真剣親友の話を聞いた。

彼女仕事は激務で23時に帰ることもザラにあるのだけれど

疲れたときに求められ「ごめん、疲れてシャワー浴びて寝たいから今度で良いかな」と言ったところ

拗ねてそれ以来マグロになってしまったらしい。

ちなみにマグロ暦は5年くらいになるようだ。

親友もムラムラすることはあるようで誘うのだが、マグロすぎて本当に困るらしい。

これを聞いて、私はマグロ男に対して怒りしか沸いてこなかった。

1度「疲れているから今度」と言っただけで怒って拗ねるってどんだけ子供なんだよと。

「女は黙って身を差し出せ」というか、「女を物のように扱っている」ようにしか思えなかった。

親友にはナイショで私の彼に話をしたら「マグロ男会ってみたいwww」と興味津々だった。

そして、親友からマグロ男と結婚するという話を聞いた。たぶん一番乗りだろう。

嬉しい反面、「あぁ、逃げられなかったんだな」と思った。

マグロ男に良いように使われ、こき使われる未来しか見えない。

彼女の家に誘われることがあれば、マグロを一匹プレゼントしよう。

マグロ男の前で「マグロ」って言いまくるくらい許して。

2018-02-11

絵本作家炎上商法ではなく貧困ビジネスなのではないか(5)

anond:20180211005102 の続き

3.顧客層とそれ以外との文化衝突か

3.1.彼の顧客層は元不良なのか?

当人は辞めたいとも言っているにも関わらず「元不良」という経歴(おそらくは詐称)をアピールさせている人物がいる(もちろんそれは本人かも知れない)とするならば、その人物は何を考えているのだろうか?

ある人が指摘していたが今回反発した層(「良き母=自己実現である人々)と従来の彼の顧客層(「良き母=自己犠牲である人々)とは明らかに違う。従来の彼の顧客層(「良き母=自己犠牲である人々)とはどういう人々なのだろうか?ここで思い出したのは「マイルドヤンキー」という言葉であるマイルドヤンキーとは若年の貧困層に付けられた名称であり、以下のような特徴を持つとされている。

彼らは結婚前までは「ヤンチャ」をしているが、子供ができたり家庭を構える段になるとそれを「卒業」して良い親になることを目指すという。

【参考】

マイルドヤンキーが繋がりの強いコミュニティであることは、様々な文献で繰り返し述べられている。言葉遣いコミュニティ所属の証であるため、同じような言葉遣いをしておくことは、コミュニティに受け入れられるには重要であろう。元ヤン(で総長)という経歴もこのコミュニティであれば尊敬を得られるのかも知れない。彼の父親が彼の代わりに替え玉受験したという(高学歴からすれば)ぎょっとするようなエピソード披露も、彼らの価値観では問題がないのかもしれない。

彼が、反発を受けてもその言葉遣いや経歴を修正しないのは、彼が対象としているこのコミュニティからの除外を恐れたためではなかろうか。(なお、経歴については、当事者からコメントが出ているため今後撤回されるかも知れない)

絵本作家炎上商法ではなく貧困ビジネスなのではないか(1)

長いとはねられるようなので分割して投下してみます

ここのところの某絵本作家炎上を見ていて色々不思議に思っていたが、彼のやっているのが貧困ビジネスだと考えると腑に落ちる。ということで、以下で自論を述べてみる。

1.前提知識いくつか

1.1.発端の炎上案件とは

母親応援している(と当人が主張する)歌を母子に人気な芸能人に歌わせた。内容は、母親が「あたし、おかあさんだから」と我慢我慢を重ねる内容が描かれ、最後の数行で「それでも、あなた子供)に会えてよかった」と結ぶものだった。

しかし、

  • 1.我慢ばかりが具体的に描かれ良かったことが具体的に書かれていない、
  • 2.ひたすらおかあさんだからを繰り返すフレーズ狂気を感じさせる、
  • 3.中に友人のような第三者だけではなく、父親の関与も見られない、

など、母親ワンオペ育児ノイローゼになっているのではないかと、特に児童虐待についての知識がある者にはかなり不安な内容に読みとれるものであった。

【参考】

歌詞自体については作詞をおこなうから以下のような評価もある。

【参考】

1.2.割れ意見発言者の傾向

もちろん、このような内容について危機感を感じない人は男女問わずおり、

などの意見ツイッターなどでも表明している。後に謝罪をおこなった作詞者本人に応援しているというファンも多い。きちんと統計を取ったわけではないが、男性には「昔ワルだったが今はい父親をしている」という人物や、女性でも「昔は遊んでいたが今はい母親をしている」といった傾向があるように見えた。

2018-02-10

私は周回遅れだけど

「あたしおかあさんだから」に反発する人たちの意見を読むと、ああ、私は周回遅れだなぁとみじめになる。

みんな「あたしおかあさんだけど」って言って、子供より自分を優先しなきゃって言ってて、そして子供もそれを望んでるって言う。

でもさ、私はそうは思わない子供だったわけよ。私の母も子供より自分を優先する人だったけど、私はもっと私を優先してほしいなって思ってたし、口に出して母に訴えたし、でも無視されたし。

きっと「あたしおかあさんだけど」って言う人たちは自分よりも子供を優先してくれるお母さんのもとに育って、それでお母さん大変だったね、もっと自分を優先してくれてよかったんだよ、っていう優しい気持ちを持つことになった人たちなんだろうね。

から、おかあさんなのに私のために頑張ってくれない、なんて思ってた私は全然優しくもないし、むしろ他人自己犠牲を求めた身勝手子供で、なんか人生における徳とかカルマ?みたいな感じのものが、きっと周回遅れなんだろうな、って思う。

ももうすぐ母親になるけど、私の子供にはめいいっぱい優しくしたい。そしていつの日か子供が、私の理解が追いつかないくらいに優しい倫理観を持つように育ってくれたらいいな、って思う。

2018-02-06

今日も女は毒親叩き

のぶみの歌見て世の母親達が怒るところまではまだ理解できるが

「この手の自己犠牲押し付け毒親に育てられて私マジ辛かった!」と一部の女が怒りだしたのは完全に斜め上だった

あたしおかあさんだけど、が怖い

 どうも最近気づいたのだが、私には母の愛は無償の愛だという強烈な刷り込みがあるらしい。

 なんでそんな刷り込みがあるかと言うと、母から十分に愛情を注いでもらえなかったからだ。いや、そう言うと的を外すか。母にもっと自己犠牲的に尽くしてもらいたかったし、それを実際に口に出して言ってしまったくらい酷い子供だったからだ。

 しかし、無償の愛だというもの幻想なのだろう。あたしおかあさんだけど、と語る人たちを見ているとよくわかる。彼女らが語るのは、子供のために自分犠牲にすることはできないという現実である

 その現実の前に私は立ちすくんでしまう。

 私は、自分が得られなかったもの子供に与えたい。

 それだけのはずなのに、あたしおかあさんだけど、が見せてくる現実が怖すぎる。

anond:20180206010233

どう見ても圧力だよね。

美術館から裸のニンフの絵を下げさせた活動とおんなじじゃん。

母親を追い詰める、自己犠牲強要するとか意味からない。

誰も「あなたもそうしろ」なんて言ってないのにギャーギャー言ってさあ。

すこし自他の境界曖昧過ぎるんじゃないかと思う。

最近自分の気に入らない考えに「呪い」っていうおどろおどろしいレッテル貼る人多すぎ。

2018-02-05

あたし おかあさんだから が何故こんなにも嫌がられたのか

門外漢母親自己犠牲美徳とした歌詞を書いているからに尽きる

専業主婦が「ぼく サラリーマンから」なんて歌を作り、「趣味なんて下らないものより社会に尽くす方が素晴らしいです、朝から夜中まで働いて安月給でボーナスもないけどぼくサラリーマンから働けて幸せです!」なんて歌を作ったら不愉快だろう

お母さんなのに

あれもしてくれなかった、これもしてもらえなかった。そう考えているひどい娘がこちらになります

ずっと母に対して、お母さんなのにどうして優しくないんだろう?とか、お母さんなのにどうして叩いてくるんだろう?とか、お母さんってもっと子供に尽くしてくれるんじゃないかな?と思い続けてました。

お金がないっていう理由でたくさんのもの(例えば、小学校卒業記念にみんなで行くディズニーランドとか)を諦めさせられたけど、母は働くそぶりも見せなくて、なんでうちのお母さんはもっと、なんて思ってました。

でも、子供のために働け、と言ってしま子供であった私の方が、ずっと酷い人間であったのでしょう。母に可愛がってもらえなくて当然です。

だって母はお母さんだけど、その前にひとりの人間なのですから

ももうすぐ母になります

私はちゃんとした意味子供に尽くす母になりたい。ちゃんと子供に、自分は愛されているのだという実感を持てるようにしてあげたい。その気持ち子供にとって重すぎる、ということもないようにしたい。

だってお母さんだから

【追記】

なんでトラバ毒親の話になっているのか全くわかりません。

私の母は子供のために自分犠牲にしなかった、素晴らしい母のはずです。

一方の私は母に自己犠牲を求めた、酷い子供でした。

でも、だからこそ、私は子供のために生きたいと思っている。その気持ち子供にとって重くならないようにしたいけどそれも子供のためです。

そして私には、子供よりも自分を大切にしてしまうのに子供を愛しているとうそぶく母親気持ちがわかりません。

2018-01-25

anond:20180125212447

疲れてる母親ボケてる爺さんとの飯とかマジでめっちゃキツいからそこだけは参加すべき。もしくは妹氏が一人で食べてもいい流れを作る。毎日じゃなくてもいいし時折外食に誘うとかでも全然違うと思う。介護の閉塞感ヤバいよ。

やたら自己犠牲強調してるけど介護に関しては家族の一員として増田改善策を練る義務があると思う。誰かに押し付けてたら潰れるって。

バイトなり大学なりを辞めなきゃ何もできないと思ってんなら辞めれば?動きたくない言い訳しか見えんが。

2018-01-10

ホームセンターとある店舗事情

売り上げは1日あたり300万~600万程度の店舗

従業員総数は100人程度。社員10人程度。残りの従業員の平均時給は900円台で過半数最低賃金そのまま。

扱ってる商品サービスは実に幅広く、部門数は30程度あり、部門担当者部門数と同程度の人数しかいないが基本的パート

残りの従業員の大半はレジ

まず部門担当者は大抵の部門が1人しかいない。部門担当者は他の部門在庫をどう管理しているかとか把握してる時間があるわけがない。

店の営業時間12時間×7日間として担当者が出勤している時間はそのうちの約半分であり、労働時間の半分以上は接客であるため、担当者を呼べと言われても呼べる確率は25%にも満たないし、相手残業押し付ける構図なので呼ぶ気にもなれない。

商品レジを通過する量と、商品が荷受から売り場にならぶ量は同じである

レジ人員と売り場従業員の人数が同程度であれば当然売り場従業員接客等してる暇などない。誰が売り場に品出しするんですか。

4時間ずっとレジ待機列が途切れないのであれば問題であるが、少しレジに波が押し寄せた程度で売り場従業員レジに使われたりすれば、結果レジが暇する時間が増える一方で売り場従業員絶望的に残業時間が増え続ける。

一人の客が少し早く帰りたいだけのために売り場従業員作業を中断させるな。客はお前一人ではない。

結果他の客含め多大なる迷惑を生むだけだと理解してるまともな人間達が損をするだけだ。暴れたいなら他の店を探し出して暴れてください。

売り上げに対して使える人件費は比例しており、レジが一か所にしかない店舗であればまだいいがレジ分散している店舗であればレジが暇する時間が増える分だけ売り場従業員サービス残業時間が増え、また売り場の質が非常に悪くなり現状維持が困難でたくさんの悪循環を生む。

降ってくる仕事の速度が速く、例えば配達受注から受注した従業員側の作業完了まで2時間経過しちゃうようなことが日常である

住所等を書いてもらい客だけ帰ったあと配達業者への引き継ぎ作業完了させる間に木材切ったりレジに呼ばれたりが続いて2時間後にやっと接客が途切れるような状態である

とにかく店内放送での接客要求が鬱陶しい。対応できる従業員存在しないことくらい客側でも分かるだろう。

無駄に暴れる客がいる一方で、必要なのに従業員に話しかけるのをためらってしまう人もいる。(私が全体幸福自己犠牲主義ゆえに躊躇ってしまう)

従業員ドラえもんではない。

客の頭の中にある妄想イメージを適切に言語化してもらわないと一切伝わらないし、そんな妄想に付き合うのなんて他の客に迷惑をかけるだけのボランティア従業員しかない。

客という立場で暴れる客が多く、暴れられるくらいなら時間無駄なので終わらせるためにサービスすることが多い。

それはそれでよくないが、恥知らずのやつに人間として教育してあげる時間的余裕などない。

携帯ショップでも病院でもなんでもいいけど、順番を待つなんて当たり前に存在すると思うのだけど

なぜかホームセンターの客層は待つという概念を知らないやつが多くてレジ等で暴れるやつが多い。

百貨店並みに利益の高い商品を扱っているのであれば従業員数に余裕があるのかもしれないが、薄利多売のホームセンター接客してる余裕のある従業員など存在しない。

コンビニスーパーでそんなに従業員に話しかますか?なんでホームセンター従業員には話しかけるんだ?それに対応できる人員など用意されてないんだが。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん