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はてなキーワード: 自己犠牲とは

2018-08-20

自己犠牲が無条件で肯定される時代は終わったんだよ

2018-08-14

anond:20180814105820

ブーメランが刺さってることを伝えるために自分ブーメランを投げられる

これぞ自己犠牲

2018-08-05

anond:20180805004927

これなー

ソコソコ辛くて自殺したいレベルなんだけど、

革命に我が身を捧げて死を厭わないほどの自己犠牲精神はないんだよね

大抵は単なる妬み嫉みが固着して身動き出来なくなってる

2018-08-02

東京医大女子減点問題について、いち小児科医が思うこと

卒後10年弱の男性小児科医です。

東京医大女子受験生に対して入試で一律に減点措置を行っていたことについて、医師立場から少し意見を言わせてください。

まず前提として、受験要項等での告知なしに特定のポピュレーションに対して減点もしくは加点措置を行うというのは、受験生立場からすると到底認められるものではないと言うことは確かだと思います

せっかくがんばって勉強したのに、自分の知らないところでテストとは別に性別理由に減点されて不合格になるなんて不公平の極みです。自分がそんな目にあったのがわかったら到底許せないでしょう。

このような減点措置を行っているのであれば、受験生に対して何らかの形でその存在アナウンスしておくのが試験としての最低限のルールだと思います

今回の措置で不幸にも不合格となってしまった受験生の方には同情を禁じ得ません。

それでは、事前に「女子受験生は一律に減点します」と受験要項等でアナウンスしておけばセーフかと言うと、それはそれで試験としてのルールは守られるものの、現在社会通念において認められるかと言うと、限りなく黒に近いグレーになるのだと思います

今回の報道についてのブコメや近年のポリティカルコレクトネスの流れなどを見ていても、性別などの本来的に試験の成績と関係ないファクターによる加点・減点措置は事前にアナウンスがあったらオッケーみたいな感じには絶対ならないでしょう。

そんな大学潰してしまえとなるのがオチですね。

一方で、以上を踏まえてもこの措置必要悪だという意見もあります

確か女性差別するのは良くないことだが、女性医師結婚出産などで離職の可能性が男性医師に比べて明らかに高く、女性医師が増えると現場が大変だから仕方ないという考え方です。

主に現場意見を集約しているのだと思いますが、もちろん医師側の内輪の意見なので、一般的にはなかなか受け入れてもらえないのではないでしょうか。

これが受け入れられるならそもそもこんな騒ぎにはならないでしょう。

じゃあお前はどう思うんだと言われると、必要悪である(あった)と思うが、現在医療を取り巻く状況においてはもはや認められるものではないだろうと言うのが私の意見です。

私は小児科医なので、職場として女性医師はどちらかと言うと多い方だと思います

そんな中なので、女性医師が離職(休職)すると大変と言うのは身を以て実感します。

少し前に「女医さんがやってきた」https://anond.hatelabo.jp/20180701010648

という増田を書いた男性医師がおられましたが、その気持ちは大変よくわかります

その男医師最後に書いていましたが、自分負担を考えると確かに「次は活きのいい男を頼む」と言いたくなります。そっちの方が絶対に肉体的にも精神的にも楽なのは間違いないですから

小児科医がそんなこと言ったら産婦人科医の次に袋だたきに遭いそうなのでもちろん言いませんが。

とは言え、日常業務において女性医師男性医師に劣っているかと言われると、まったくそんなことはありません。

大学学生時代を思い返すと、女子学生の方が男子学生より総じて優秀であったと思います

男子学生一定数がアホのように遊び呆けている一方で、大半の女子学生は真面目に授業に出席し、よく勉強して良い成績を取っていたような記憶があります

私が行った大学でも男子学生入試でゲタを履かされていた可能性は否定できず、そもそもの基礎学力女子学生の方が高い可能性もありますが、国立大学なのでそんなことはないと信じたいものです。

いずれにせよ、女子学生の方が平均的に成績は良かったと思います

働き出してからも、よく働く女性医師は本当によく働きます。もちろんよく働く男医師もよく働きます。一方で働かない人は男女問わず働きません。そこに性差はないように思えます

体力がどうのこうの言う人もいるかもしれませんが、寝ない・食べないに強いのはどちらかと言うと女性ではないでしょうか。

かば病院に住み込んで働き、プライベート犠牲にして患者さんのために身を粉にして働く女性医師は山ほどいます

ただ、結婚出産になると話は別です。

「私が医療崩壊のトリガーになる未来https://anond.hatelabo.jp/20180630150652

という増田を書いた女性医師がおられましたが、どんなに優秀でどんなにがんばって働いている女性医師であっても、結婚出産ということが絡んでくると、どうしても男性医師と同じキャリアを考える訳にはいかなくなってくるのが現実です。

この増田さんが本文中で書いてある

医療崩壊はすぐそこまで来ているのだと思います。この危機を救えるのは、働き方改革より何より「医学部男子学生増員」だと思っています。”

という言葉が今回の問題本質を指しています

2011年付近東京医大で何があったのかは知りませんが、現場の声を考えると大学上層部がこういった問題意識を持つことは至極当然のことだと思います。それを実行に移すかはともかくとして。

ただ、現実問題として、このご時世において、良くも悪くも「医者男性職業に」などといったスローガン通用するはずはありません。

医学部定員に占める女子学生割合は今後も増えて、恐らく半分程度にはなるでしょう。

まぁ、こんな報道やら医療現実に嫌気がさして女子学生の方から医者なんてくそ食らえ」と言われる可能性も否定はできませんが。

それはともかく、入学者の大多数が医者になるという医学部特性上、女性医師の増加という流れはこれからも着々と進んでいくに違いありません。

そして、女性医師に人気の診療科に人が集まり、人気のない診療科は人がどんどん減って、さら結婚出産での離職も相まって残された人の負担がどんどん増えていく、と言う流れが加速していくでしょう。

じゃあ悪いのは女性医師だけなのかと言われると、男性医師においても、女性医師と同じように希望診療科の偏在は起こってきています

色々な意味で大変な(でもやりがいのある)診療科というのは、多かれ少なかれ医師自分犠牲にすることによって成り立っているので、このご時世の価値観ではあまり流行らないのは男性医師においても同じです。

私も、あまり流行らない小児科という診療科で忙しく働いていますが、まだ幼い子どもが2人いることもあり、可能ならできるだけ早く仕事を終えて家に帰りたいです。

実際は毎日患者さんの様子を見に行きますが、できることな休日家族のために使いたいです。

男性医師パートナー専業主婦だという組み合わせは依然として多い気はしますが、医師同士の結婚を含め、パートナーもしっかり働いているという家庭は着実に増えていると思います

そういった家庭においては、たとえ医師であっても子育て家事はすべてパートナーに任せきりというのはなかなか認められがたいのが現在社会の考え方ではないでしょうか。

女性医師だけでなく、男性医師においても、家庭を含めたプライベートを重視したい(重視しないといけない)と言う考え方はこれからも進んでいくのではないかと思います

さらに、同様の理由において男女問わず地方病院での勤務を希望する医師は着実に減り、地域ごとの医師の偏在化も問題となっています

そういった問題に対し、医師の数そのものを増やせばいいじゃないかという声もありますが、実際に増えた医師のどれくらいが現在不足している診療科地域に行ってくれるかは未知数です。

行き着く先は成績などによる診療科や赴任地域限定という方法論になりますが、適性不足やモチベーションの低下、離職の増加でサービスの低下は免れないと思います

なかなか悩ましいところです。

結局、女性医師の増加に端を発していると思われる今回の問題ですが、実際に問われているのは、女性医師の働き方なのではなく、女性医師が増えた(今後も増える)現状において、男性医師も含めたすべての医師の働き方なのだと思います

現在医療とりま環境において、不公平感が出ないように誰がどのように負担を分け合うかを考えることが切迫感を持って求められていると思います

そして、その負担を分け合う人たちの中には、医療者だけでなく、医療受益者である患者さんももちろん含まれています

さらここで私が言うことではないと思いますが、医療はただ求めれば与えられるものではありません。

今の日本医療は、現場人間家族などその周囲の人間自己犠牲によって成り立っている部分も多分にあります

医師が働きやす環境を作ることと、患者さんにとっては望ましい環境を維持することはほぼ間違いなく両立しません。

今回のニュースに憤りを覚えた皆様におかれましては、医師働き方改革が進んだ場合に、自分患者としてどこまでのサービス低下や負担増を許容できるかについて少しでも思いを馳せていただければと思います

皆さんが思いを馳せた先の最大公約数が恐らく日本医療未来なのだろうと思います

無力ないち小児科医としてはこうして増田に筆をとることしかできませんが、今回のニュース医師の働き方についての議論きっかけになることを願っています

少しと書きながら長々と書いてしまいましたが、ここまで読んでいただいてありがとうございました。

2018-08-01

相互理解イーストウッド映画のようにはいかない

イーストウッド映画にありがちだけどさ

 

序盤、何か異文化と邂逅するじゃん?

最初は互いに差別用語丸出しのDISコミュニケーションなんだよ

ニガーだのジャップだの言い合ってさ(白人サイドへの差別用語は滅多にお目にかかれないトラップあるけど)

そんで喧嘩するうちに認め合って仲間になって

最後は主役か脇役のマジカニグロ自己犠牲になってEND みたいな

 

これがイーストウッドマッチョ映画による

理想的相互理解の形なんだけどよ

現実はそうはいかねえよな?

 

いきなりジャップとかファゴットって言ってくるクソ野郎

どう好感を抱けと?

普通そういう石頭の爺さんを避けるし

そのうち仲間とぶっ潰したろって発想が生まれ

普通人間は序盤でコミュニケーションの全てが終わっちまうんだよ

 

現実映画お約束通りにはいかない

それを知るべき人間がたくさんいる、 というお話

2018-07-27

東京オリンピックボランティア問題は今現在問題である

東京オリンピックボランティア問題は、東京オリンピック時点の問題ではなくて、現時点での問題である

まり2020年のオリッピックのボランティアを確保するために、2018年には何人登録され、2019年には何人登録されるという目標を立てたが、その目標が達成されていないというのが問題なのである。いわゆる進捗が上がっていないという状態である

問題をきちんと分析すれば、対処法も明らかである必要なのは現時点でのボランティア登録数を増やすことであるからボランティアをしたら単位を出すなどという対応では不適切である東京近郊にたくさんあるよくあるタイプ大学に対して「ボランティア登録をしたら単位を出す」ように通達すればよい。そうすれば、現時点での課題であるボランティア登録が少ないという問題はすぐに解決されるであろう。

また、「ボランティア登録していると就活に有利」という記事就活サイト掲載させるのも効果があるであろう。企業が欲しているのは自己犠牲して全体に奉仕する社員であるから、まったく企業募集目的に適っている。

そして面接

面「東京オリンピックボランティア登録しているようだが」

学「はい国家奉仕するのは国民義務ですから」→印象アップ+1

面「我が社に採用された場合仕事はどうするのかね?」

学「はい、もちろんボランティアを断って会社仕事を優先させます」→印象アップ+2

これで、ボランティア登録者が増えることは間違いない。進捗があがり、学生単位を取得し、就職に有利で、企業奴隷を取得できてまさに三方一両得である

進捗が上がっていないときは、進捗を上げることを第一に考えて行動するべきなのだ

2018-07-20

なんでもかんでも心の闇のせいにする思考は浅い

http://taida5656.hatenablog.com/entry/2018/07/18/213740

筆者の方のブログに直接コメントしようと思ったけど長くなったんでこっちで。

15話放送前に書かれた文章に対して15話の内容を反論材料にするのはいささか卑怯かもだけど、それ以前のエピソードを見ても明らかに記事中の考察とは反する描写があったので、難癖をつけておく。

あいちゃんの安請け合いしてしま性格や過剰なサービス精神の危うさは記事の中で指摘されているとおりだし、個人的にもプロフェッショナルとしてのアイドル活動私人としての友達づくりがバッティングしてしまう展開は期待してたりする。

しかし、あいちゃん友達認識した相手に対して非常に献身的である一方で、他人から善意を遠慮なく受け取れる子であり(八百八の車に舞花ちゃんと乗ってる)、更には積極的他人に助けを求められる子でもある(15話だけでなく、1話では弟らの遊び相手にみおちゃんを引き込んでいる)。

あいちゃんの「友達」はあいちゃんから施して終わりの一方通行ではなく、相手から施されることも含めた関係だし、例として挙がっている士郎や映司と違って、その行動原理義務感や切迫感でもなければ、他人問題を分担できずに一人で背負い込むこともないだろう。

そしてあいちゃん友達側も、あいちゃんの困っている様子に対して損得勘定なく行動している。15話の同級生商店街の人々以外にも、9話ではみおちゃんが身も蓋もない名前キノコあいちゃんのために採ってきている。

よって、作中の「友達」に対する利他的姿勢は、あの世界の住民が皆大なり小なり持ち合わせているもので、あいちゃんけが持つ異常な精神性ではない。友達想いの傾向が強すぎるのが問題であって、友達を想っての行動そのもの否定したり人とは異なる思想とした描写は現時点で存在しない。

個人的には「トモダチカラ」なるもの滅私奉公自己犠牲精神ではなく、「困ったときお互い様」「情けは人の為ならず」の心を引き出すものではないだろうかと思う。

度の超えた世間知らずという設定も、世界観の導入(ことアイカツに関してはお仕事モノなのだし、素人業界に小慣れててもなんかイヤじゃん?)や明快なキャラ立てという側面もあるし、というかマンガ的誇張もあるだろうに、それを人格的欠陥に結びつけるのも短絡的じゃないのかね。

だってただの一視聴者だし、あいちゃんオリジン放送されない限り知る由もないか記事の「友希あい喧嘩したことない説」「友希あいトラウマ抱えてる説」を否定はできないけど、ありもしない裏を勝手見出して「心の闇は深い」なんてショッキングに煽っとけば注目してもらえるんだから楽な商売ですわな。商売ではないか

でもまあ、「エマちゃん小動物関連で何かトラウマ持ってそうじゃない?」って言われたら薄ら笑みを浮かべつつ首肯してしまうのは確かです。エマちゃんごめんなさい。

2018-07-19

anond:20180719144741

自己犠牲とか言っておきながら、レイプ他人犠牲にする)って言ってて笑う

anond:20180719144741

うそ

如何に他人自己犠牲負担を重くして、自分のソレを軽くするかってのが大事なんだよな

anond:20180719144655

どんなに綺麗事いっても、自己犠牲なしに社会回らないんだよ

2018-07-02

anond:20180702115641

正直、元増田独善っぷりにはうんざりなので回答する気はないんだけど、この人は何で結婚したんだろうね?

この自己中心的な男に26歳から女性としての美味しい戻らない期間を7年間も捧げて、奥さんの自己犠牲精神賞賛されるものがあるねぇ。

頭悪いなー。

2018-07-01

anond:20180701162609

犠牲を払えるw

ちょっと低能先生に夢みすぎじゃねーか?

あいつがネットリンチに反発してたのは、単に人を叩けるからだ。

簡単マウント取れるからネットリンチを叩いてたにすぎないのに、自己犠牲とかちょっと酔いすぎじゃないですかねー

anond:20180630150652

医療崩壊するのなら、自己犠牲やら現場努力やらで回復不能になるまで延命させてないでとっとと崩壊させちゃってください。

2018-06-26

anond:20180626095526

その現実ってむしろ自己犠牲の上での最終的な結末なんだから別によくね?

その現実をかっこ悪いとか思わんし、殺した奴はちゃんと死んでる

2018-06-23

女性エンジニアのやつ

さら見たけどあの提案で一番自己犠牲を強いられてるのは他の男のために仮初めの女子にされたうえに声帯まで奪われる推定若手男性社員では?

2018-06-17

RADWIMPSHINOMARU関連の騒動を一通り傍観して思ったこ

完全な後出しじゃんけん

歌詞自体瑕疵はない(激ウマギャグ

一通り騒動が沈静化したみたいなので初めて歌詞を見たが、軍歌かといわれると違うという結論自分はなった。

なぜなら、軍歌によくある「愛国心」と「自己犠牲」のうち「愛国心しか歌ってないから。

相当気を使ってギリギリラインを攻めてる歌詞だと感じた。

なぜ一部の人過剰反応するのか?

典型的排外思想国粋主義者がよく使う文言が使われているから」だろう。

この歌で多分狙って使われているその手の言葉に、多分狙った通りに反応してしまったんだろう。

一連の騒動を見て残念だと自分が感じた人たち

過剰に反発してしまった人たち

これを軍歌だというのは流石に行きすぎだと思う。

使われてる単語拒否反応が出るのは分からんではないが、

歌や歌手批判するのは行きすぎ。

RADWIMPS音楽業界

大ヒットを飛ばしアーティストでもこんなコスい興味乞食しなきゃ今時音業界ではやっていけないのか、という意味で残念だった。

そこまで音楽業界が追い詰められているという現状がただただ残念だった。

ただ国を愛することを今歌いたいなら、ああい言葉にはならない。

ギリギリを攻めた言葉をわざわざ選んで書かれた歌だと自分には思えた。

当人たちの主義思想はよく知らないけど、ほかの歌もちょっとは聞いたことあるだけの自分には

HINOMARU歌詞RADWIMPS作詞担当の人から自然と出てきたようには思えなかった。

それが何らかの問題への反発心から来たものなのか、もともとの思想をずっと隠してきたのかも分からないが

今までの歌の歌詞とは異質なものが根源にあるように思えた。

この一件だけで彼らを嫌ったりはしない。

ただ、何がきっかけでこの歌を生み出したのかは後ででもいいので明らかになるといいなと思う。

「単に国を愛する思いを歌にしただけだ」と言い張るのなら、それでもいいけど。

2018-06-14

自己犠牲とかが美徳”ではない”みたいな風潮

一般向けのコンテンツとか価値観で「自己犠牲尊い」みたいなまとめ方が多い一方で、言論界隈とか働き方改革とか学校教師の過重労働かに対する最近の風潮として「自分犠牲にして誰かのために尽くすことは正義ではない」という感じの主張が高まってるように感じる。なんかそれってモヤるなぁと思ったのでうまく書ける気がしないけど、垂れ流す。

まず、自分自身のこれまでのスタンスとしは自己犠牲つまんね派だった。とくにアクション映画とかでよくあるのが、主人公だったりライバルだったやつだったりが、最後最後大事な場面で改心して自己犠牲を払うことで事態を打開するやつ。主人公ピンチに人の盾となって撃たれたりして倒れるやつとか、荒くれ者キャラだったやつが地球を救うために特攻するとかそういうんだ。

映画ではそういうまとめ方がほんと多くて飽きる。はいはいまた自己犠牲美しいendね、安易。って思ってた。

話変わって働き方改革的な話。自分を削って長時間労働するのではなく、効率的に働くとかできる範囲仕事をしっかりこなすとかで無理なく働いていこうという話で、それはエコシステムとして必要バランスちゃんと保って持続可能労働しましょうよって話なんだと思ってる。これは普通に納得感高い話で同意する。

さて、学校教師の働き方が結構ブラック寄りのブラックだというのは、ここ数年でよく見かけるようになった。出来もしない競技部活を無給で見させられたりとか、教材・教え方研究にやたら時間が掛かる・掛かりすぎるので勤務外でこなす輩がいるというのは是正しなくてはならない問題だと思う。ソリューション適当な例だけど、部活は専門のコーチ有償で呼ぶべきかなと思うし、教材研究かに時間掛かるんだったら一人あたりの担当授業数を減らすべきなんかなとか思う(ソリューションはこの話の本題ではない)。

たださ、このまえツイッターでいってる人がいたんだけどさ、「教材研究時間を掛けすぎている。これを短時間でしっかりできるのがプロだという意識をすべき」みたいなこと言ってて、なんかモヤッた。

いや、プロからそうしろっていうのはなんか違くない?プロではあるけど、自分限界を知ってより良い授業をしようとリソースを掛ける先生と、サクっとプロっぽく短時間で教材研究わっちゃう先生と、どっちに習いたいかっていったら前者なんじゃないの?

リソース掛けるんだとしても、持続可能レベルで抑えられるとか、それぞれの能力によって授業数決めるとかは必要だと思うけどさ。

あとサビ残だったり自宅で無給でやっちゃうと、本人が意識していなくてもそれが当たり前になってしまったりしてまわりのそうできない同僚に迷惑になるからやってはいけないと思うけど。

要領よくないやつはそいつなりに努力カバーしてはいけないの?どうしたら生徒はよく理解してくれるだろう…うーんっていっぱい考えてくれることはすばらしいことではないの?

2018-06-10

女性かばって死亡か

お前らは絶対誰かをかばったりしなさそう

だっていっつも自己犠牲否定してるじゃん

いっつも他人のせいに社会のせいにしてるやつが、誰かのために自分犠牲になろうなんて思わんわな

2018-06-04

Fate//ZERO11話ライダーに惚れ惚れした件

いまさらながらFate//ZERO見たけど、なんだよこれ名作じゃねえか。キリツグもいい味出してるけど、11話のライダーなんか惚れ惚れしちまうぜ。虚淵さんてサイコパスでも思ったけどこういう思想や主張が絡むストーリー構造ってやっぱ得意なんじゃないかな。


セイバー生き方ってある意味ロールモデルみたいなところがあって、その本質は多分カトリックなんだと思う。俗世を捨てて王という立場に生き、自己犠牲を是とし、禁欲的で自分理想に殉ずる生き方はまるで聖女のよう。清廉潔白で非の打ち所のないセイバー理想とする王としてのあり方とは「民草のための王」。これってなかなか否定しにくいと思うんだけど、イスカンダルギルガメシュも明確にこれを過ちと言い捨てる。

何故ならセイバーは人々を救いはするかもしれないが、人々を導くことはないから。自身高潔で孤高であり続けることで何かを達成しているつもりになっているが、それができるのはアーサーが王様からで、そんな生き方に民は何らかの象徴としての価値を見出すかもしれないが、王として人々を導いたり自らの背中で何かを語ることはない。イスカンダルのように、己が為に生き、王たるもの欲望の形をもって、自らの敗北の人生すらもひとつ生き様として恥じることな王道と言い切り、人々に歩むべき形を示すこともしない。

そして人々を導くためには、王は己がために生きなければならない。

故に、セイバーの王としての在り方は、間違ってはいないが本質的に「生まれもっての王」ではない。

王は人を導かなくてはならず、そしれ人を導くためにはまず自分のために生きなければならない。

この事実に驚きを覚えると同時に合点がいった。そしてこれを明確に指摘したイスカンダルというキャラクターに好感を覚えた。

2018-05-21

anond:20180521003639

6,000 万人。


生産人口が減少することは、通貨に対する信用が無くなります

日本円を使う人がいるから、日本円価値が信用されているからです。


人口に対する国債の発行高が極端に大きい状況を考えれば

想像やすいと思います


通貨使用するものが減少した結果、国債を発行する能力を失い、

特に高齢者に対する社会保障を切らざる得なくなります


生産人口が極端に減り、高齢者を支え切ることができなくなったと判断された時、

尊厳死法制化されることを意味していると考えています

そう遠くない将来、30 ~ 40 代は尊厳死現実選択肢となると見ています


ただ、移民を入れれば解決するのかと言えば解決しないと思います

必要なのは優秀な人であって、生活に困った人ではありません。

我々には誰かを助ける余裕はありません。


社会保障が切られることは避けられなくても

衰退の速度を緩めるには

国債を発行できなくなる状況を迎える前に

若い世代積極的投資をしていくことです。

それはお金の面でも、仕事ポジションの面でも(経験的な意味で)。


30, 40 代の世代はその意味でも後進のために、

仕事地位を譲り、自殺を受け入れなければなりません。


立てなければならないのは、年長者ではありません。

後進を立てなければならないのです。


自分が正しいと信じていることを実現するために、

高齢者重視の施作を打ち、支持率を確保して、

権力を維持することは、一万歩譲って仕方ないと思います


「私」を敬えという

権威主義的な道徳教育を行おうとしている自民党

正しいと信じていることそのものが、確実に間違っています


かに日本の衰退の速度を緩めるには、自己犠牲必要です。

でも、それはお前に対してじゃないというわけです。

2018-05-20

anond:20180520223725

安倍さんの有能無能というより怖い。安倍さん日本国会議も、国家のための国民を作ろうとしています。それは "日本国憲法改正草案" からも見て取れます

憲法は、法律ではありません。近代立憲主義憲法は、国家権力を制限人権保障する法です。つまり法律を作るときや、それを運用するときに守らなければならないことを示し、国民国家に遵守させるという、法律とは逆方向の役割本質とする法です。時に国家暴走するという歴史的教訓からまれ役割であり、日本国憲法も、(制定過程議論しませんが、少なくとも内容において)そのような役割を担っています(※1)。

今回の草案は、そうした従来の意味での憲法ではありません(その事実についてどう考えるかは自由です。)。 つまり現行憲法では公務員のみが負っている憲法尊重義務を全国民が負い(102条1項。これはQ&Aによれば「遵守」より重い義務です。)、「公益及び公の秩序」(12条後段、13条後段、21条2項等)による人権制限が認められ、「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚」(12条後段)することが要求され、国民義務が大幅に増え、前文冒頭の主語国家になるなどして、国家から国民への法に変容しているのです。

自民党憲法草案の条文解説(総論)


そもそも個人主義的な方向にシフトしていかないといけないという指摘があります

人間自由にしていけば必然的にたどり着く個人主義というものを前提に、制度を家のように作り上げ、その中に住む。自由な発想で全力を出せば、それが全体の力になる。これがルネッサンス以来の世界文明方向性であり、人類は実際にそのように発達してきた。基本的に、システム個人サポートすることばかり考えてるといっていい。それ以外の方法は、なにより個人個人の支持が得られないことにより、廃滅しつつあるのだ。

日本の国民性は知識の体系を拒絶する - はてなの鴨澤


しかし、日本会議安倍政権が実行する施作には、全体主義的なものが多い。道徳評価対象の教科にしたり.., 必要性の低い空母を導入したり.., 過労が問題視されてるのに高プロを導入しようとしたり.., 憲法素案にさえ.. その全体主義的な傾向が現れている。


ひとつひとつ政策をつなぎ合わせると、上への服従という言葉にまとめられる気がする。改正憲法の条文を読むと、日本がこんなに凄いんだぜ、っていう文章が並んでいて空気感が伝わると思いますしかも、この上への服従は、「私」への服従だと思う。自己肯定感を満たすために、若い人達が利用されていると思う。

安倍政権の諸々の政策やそれを支持する人間言動は、「権威主義」や「権威への服従」という観点で読み解けば、すべて一本の線上にある。個人物事判断せず、親や教師組織上位者、そして国家上位者の指示に服従することが「道徳的」であるかのように教化する。個人判断することを否定する。

Twitter


ネトウヨの人たちは、他国を見下して自国称揚して、自己肯定感を高めようとしている。安倍政権を利用して自己肯定感を勝ち得ようとしている。でも、実際には、全体主義の下位側に位置付けられて、安い給料で働かさせられ、彼らの自己肯定感を満たすために利用されている。ネトウヨだけではなく、普通の人もみんな。本当になんなんだこの構図はと思う。


もちろん、自己犠牲は悪いことではないし、戦後価値観が正しいとも思わない、正直、忖度だって、誰もがみんな空気を読んで生きてるのだから忖度のものが悪いものだとは思いません。


でも、安倍政権日本会議理念は、「私」は偉いという物語宗教神様であって政策ではないと思う。そんな自己肯定物語うちらを引きずり込まないでほしい。

2018-05-06

あーあ。自分小学生くらいからずっとトラブルメーカーのお守りしてないか。いや、もしかして私はお守りしてるつもりでも周りからは手下みたいに見えてたりして。えー、何それ、めっちゃ癪にさわるわ。あんなやつのこと好きでもなんでもないんだけどな。むしろ変に懐かれてうっとうしい。でも私が見捨てたらあいつ、またいらないいざこざ引き起こすよな。公共の福祉のために私が犠牲になるべきなのか。こういう自己犠牲的なところとか八方美人なところが面倒なやつに付け入られるんだろうな。はあ、人間関係変わっても自分立ち位置って変わらないよな。

2018-04-07

「産めない男」の代替行為

ふと思ったことをダラダラ書いた駄文であるから

もし読む人がいるとしたらそういうつもりで読んでいただきたい。

あと多分だけど妊娠中の人は読まない方がよいと思う。

通勤電車に乗りながら「贖罪」について考えていて、

要するにsacrificeである

要するにというかそのままなんですが。

誰かのために死ぬことです。自己犠牲のことです。

で、この自己犠牲というのはとても男性的というか、逆に女性的というか、

女性の体の仕組みとして実に自己犠牲であるのかなと思ったというのは、

要するに(時に命を賭して)子供を産むということです。

種を生かすための仕組みが個体を殺すことがあるってどうなんだろ。

で、その仕組みを体に持たない男性主語が非常に大きいがここはあくまで体の仕組みのあるなしの話なのでご容赦いただきたいし、女性であるがそういう仕組みがそもそもない、あるいはもはやない人についてははしょらせていただきたいし、あとそんな難しく考えられない)は、なんというか反動的女性性に対してそういったものを求めてしまいがちなのかなと思ったわけです。

んでこう、求めるというのは押し付けがちということなんですけど、

まぁ三歩下がってなんたらとかね、奥さんは家に入ってなんたらとかね、

特に日本ありがちなんだろうかこう(他の国を知らないだけだが)、

女性に対して自己犠牲を強いるというのはつまりそういうことなのかなぁと思ったわけだが、

基本それは女の人が我慢してるわけじゃん、いやいややってるわけですよね。

でもなんかそういったことを強いる側の人間

まり自己犠牲の仕組みを持たない男」は、

そういう女性の行動について「愛情かな?」みたく思ってんじゃねーのかと思ったわけです。

(思ってるのかな? と思う理由も考えたりしたけどはしょります

しかもそれは尊い、すげぇ尊いと「自己〜略〜男」は多分思ってて、

愛情だと思ってるから女の人が我慢してるなんて全然思ってないか

(そぶりを見せてもそぶりだけだと思ってて)

なんかもうそれでよし! ウィンウィン! とか思ってんじゃないかと思ってて。

で、これが一番言いたいんだけど、

その「尊さ」に憧れるあまり気持ちの具現化がつまり切腹」なのかなって思ったんですよ。

あれはつまり自分の腹に「女性器」のようなものをつくって、

そこからピンキーなのをドバドバと、つまり「産む」ことの模倣なのかなって。

憧れるあまり「それになりたい」と、

自己犠牲の仕組みを持たない男」が「自己犠牲の仕組み」を、

無理やり自分の体に作り出す行為なのかなって。

なんか男ってバカだな…と思いました。朝の通勤電車で。

おしまい


【番外編】先回りのQ&A(という形式自分対話

Q.切腹なんてしたくてしてたやつがいると思う?

A.いないと思います

いないとは思うけど「やんなきゃいけない! おれ死なないといけなくなった!」てなった時に、

じゃあどういう形で死にますかっていろいろあったうえであの形になっているのは、

なにかしらの意味というか理由というか紆余曲折があってのあれなのかなと思うと、

そこにあてはまる話が今回書いたようなことなのかなと思いました。

思っただけだから特に調べたりとかしてない。

Q.なぜ「産む」行為が「死」に直結する行為になる?

A.死なないと「自己犠牲」にはならないからねぇ。

この場合自己〜略〜男」にとって「自己〜略〜女」は、

「産める生物」というよりも「自己犠牲できる生物」という点で憧れの対象ということでは。

となると逆に「産む仕組みを持った生物」としての女性について、

「産む仕組みを持たない生物であるところの男性が、

そもそも憧れているのか? どう思っているのかもわからないけど、

どういうふうに感じていて、それをどう表現しているのか、

というのは考えてみるのもおもしろいでしょうな。全然思いつかないけど。

単純に「神様」に昇華してんのかな、やっぱり。

となるとそこで「生」と「死」が繋がるわけかね。知らんけど。

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