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はてなキーワード: 自己犠牲とは

2018-04-07

「産めない男」の代替行為

ふと思ったことをダラダラ書いた駄文であるから

もし読む人がいるとしたらそういうつもりで読んでいただきたい。

あと多分だけど妊娠中の人は読まない方がよいと思う。

通勤電車に乗りながら「贖罪」について考えていて、

要するにsacrificeである

要するにというかそのままなんですが。

誰かのために死ぬことです。自己犠牲のことです。

で、この自己犠牲というのはとても男性的というか、逆に女性的というか、

女性の体の仕組みとして実に自己犠牲であるのかなと思ったというのは、

要するに(時に命を賭して)子供を産むということです。

種を生かすための仕組みが個体を殺すことがあるってどうなんだろ。

で、その仕組みを体に持たない男性主語が非常に大きいがここはあくまで体の仕組みのあるなしの話なのでご容赦いただきたいし、女性であるがそういう仕組みがそもそもない、あるいはもはやない人についてははしょらせていただきたいし、あとそんな難しく考えられない)は、なんというか反動的女性性に対してそういったものを求めてしまいがちなのかなと思ったわけです。

んでこう、求めるというのは押し付けがちということなんですけど、

まぁ三歩下がってなんたらとかね、奥さんは家に入ってなんたらとかね、

特に日本ありがちなんだろうかこう(他の国を知らないだけだが)、

女性に対して自己犠牲を強いるというのはつまりそういうことなのかなぁと思ったわけだが、

基本それは女の人が我慢してるわけじゃん、いやいややってるわけですよね。

でもなんかそういったことを強いる側の人間

まり自己犠牲の仕組みを持たない男」は、

そういう女性の行動について「愛情かな?」みたく思ってんじゃねーのかと思ったわけです。

(思ってるのかな? と思う理由も考えたりしたけどはしょります

しかもそれは尊い、すげぇ尊いと「自己〜略〜男」は多分思ってて、

愛情だと思ってるから女の人が我慢してるなんて全然思ってないか

(そぶりを見せてもそぶりだけだと思ってて)

なんかもうそれでよし! ウィンウィン! とか思ってんじゃないかと思ってて。

で、これが一番言いたいんだけど、

その「尊さ」に憧れるあまり気持ちの具現化がつまり切腹」なのかなって思ったんですよ。

あれはつまり自分の腹に「女性器」のようなものをつくって、

そこからピンキーなのをドバドバと、つまり「産む」ことの模倣なのかなって。

憧れるあまり「それになりたい」と、

自己犠牲の仕組みを持たない男」が「自己犠牲の仕組み」を、

無理やり自分の体に作り出す行為なのかなって。

なんか男ってバカだな…と思いました。朝の通勤電車で。

おしまい


【番外編】先回りのQ&A(という形式自分対話

Q.切腹なんてしたくてしてたやつがいると思う?

A.いないと思います

いないとは思うけど「やんなきゃいけない! おれ死なないといけなくなった!」てなった時に、

じゃあどういう形で死にますかっていろいろあったうえであの形になっているのは、

なにかしらの意味というか理由というか紆余曲折があってのあれなのかなと思うと、

そこにあてはまる話が今回書いたようなことなのかなと思いました。

思っただけだから特に調べたりとかしてない。

Q.なぜ「産む」行為が「死」に直結する行為になる?

A.死なないと「自己犠牲」にはならないからねぇ。

この場合自己〜略〜男」にとって「自己〜略〜女」は、

「産める生物」というよりも「自己犠牲できる生物」という点で憧れの対象ということでは。

となると逆に「産む仕組みを持った生物」としての女性について、

「産む仕組みを持たない生物であるところの男性が、

そもそも憧れているのか? どう思っているのかもわからないけど、

どういうふうに感じていて、それをどう表現しているのか、

というのは考えてみるのもおもしろいでしょうな。全然思いつかないけど。

単純に「神様」に昇華してんのかな、やっぱり。

となるとそこで「生」と「死」が繋がるわけかね。知らんけど。

2018-03-25

自己犠牲ってすばらしいのかな

自分が辛くてもやりたいことがある、っていう意志の強さはすごいし、受ける側は奉仕されてうれしい。

でも犠牲にする側は犠牲になってるし、犠牲を受ける側はそれを見過ごしてるように思えてしまう。

死ぬまでそれが続いて安らかに眠るのなら、いいのかもしれない。

でも苦しいことが長続きするとも思えない。みんな強い意志を持てるなら、世の中の不満はもっと減ってる。

第三者他人幸せに口出すものではないかもしれない。

ただ、それは他の人へ流布するべき美談なのか。欠点も伝えたほうがいいのではないか

そんなことを考えた。

2018-03-02

まれてきた子が負う”責務”の発生源流

長期的に考えたら、子育ても、結婚も、それなりに意味もつような気もするんだけど。

具体的に何?と聞かれても、「心の充足」くらいしか答えられないけどね。

でも人間コスパとか損得とかだけで人生考えだしたら終わりだとも思う。

anond:20180301162849

コストパフォーマンス=「それなりの意味」が金銭換算されたもの、でしかない。

単に円やドルなどに換算できないだけで、引用した増田の中では既に「価値化(喜びや苦労含め)」されており、結局「親にとって価値がある」論からは、抜け出してはいない。

究極的には、生まれてくる生命にとっては、親がその生命にどんな意味(金だろうが心だろうが)を感じているかは、あずかり知る必要もなければ、ましてや「価値をもたらす責任」を負っているわけでもない。

まり、この道の先には、「生まれてくる子には、親にとって価値をもたらす義務がある」と読み替えることができてしまう、という落とし穴がある。過激言い草ではあるが。

この落とし穴にすべての親が落ちるわけではもちろんないが、親子関係問題が発生しているケースのうち、親がこの落とし穴に落ちている比率は高いのではと思う。

このタイプの人は、某のぶみ氏の一連の「このママにきーめた!」やら「ママがおばけになっちゃった!」的思想との親和性比較的高そうである

この、のぶみ思想が善か悪かを決める権利は、当増田には当然無い(が、大嫌いではある)が、教祖であるのぶみ氏本人が、

その後「あたしおかあさんだから」と、より自己犠牲=親にとっての「(苦労は買ってでもしろ的)意味がある」を前面に押し出し創作物を世に問う、という

更なる先鋭化を見せたこから、前記の「親にとって価値をもたらす義務がある」という過激な読み替えリスクは、まんざら当増田過激邪推にとどまらない「のぶみ思想」の構造的欠陥なのでは、と感じる。

増田個人的理想としては、「セックス気持ちよかった→子供ができた→死ぬかと思ったけど生まれた→生まれたからには育てるのだ→かわいい・にくたらしいなど諸々→育てた」ぐらいに淡々?と進捗報告のように

事象感情の「発生」をただ発生するままに任せて(そこに何某かの価値をなるべく見出さないように)子育てをしていけるのが理想だと思う

が、実際に育てていて、そこまで感情価値を切り離すのはとてもじゃないが無理無理ィ!だとも当然感じるので、

せめて、他人強要しない、特に産んでない人への攻撃や、育てる大変さに心折れそうになっている人へのやっちゃダメな励ましなどに使う愚行だけは犯さずにいたいと思っている。

anond:20180302092147

ミッションインポッシブルスパイものスタンダードを狙ってるんじゃない?だとしたらベタは押さえておかないとダメなんじゃない?

ただ、ムカつくのは共感する。インポッシブルポッシブルにするんだったら、もっと徹底して完璧超人になれよとおもった。

ちょこちょこくだらないミスでヒヤヒヤパート作る必要ないし、銃撃戦を避けろよ。はじまっちゃったら生き残れるかは運になっちゃうだろ。走り抜けたって当たるときは当たるだろうが。

インポッシブルポッシブルにするのは命知らずだったり自己犠牲じゃない。ときには命すら天秤に掛けて、冷静冷徹不可能を可能にするんだよ。

2018-03-01

母親になるのって、相当覚悟居ると思う

お母さんだから自分時間は無いと思え。

全て子供にあてろ。自分犠牲しろ。尽くして当然、見返り求めるな。

自分がお母さんになりたくて産んだんだから子供を良いように動かそうとするな、とかさ。

子供子供で、「大学奨学金俺が返済するの!? なんで親が払ってくれないの!」とか言うだろうし

子供に尽くした分、何も返って来る気がしない。

お金って言えばガメツイって言われるんだろうし…。

まぁ分かる。分かるんだけどさ。

逆に産まなかったら産まなかったで

「女としての価値無い」「子供産め子供産め」

子供居ないんだってプークスクス」とか言われるんでしょ?

お母さんってすごい。自己犠牲の塊。

2018-02-24

anond:20180223105501

コンサート行きたいけど行けない、なんて思えるようになる方がまだ健全かも。

私の場合趣味を楽しむ気力もなくなってしまった。

子供が可愛くて育児が楽しすぎて他の事になんて興味持てないの」とかじゃなくて、

子供にもあまり興味ないけど、他の事にも興味ない無気力状態

子供はそれだけ、こちらの体力や精神リソースを奪っていく存在だよ。

んで10年経って下がようやく幼稚園入って手が離れたけど、

今更趣味に復帰しても、昔ほどは楽しめなくなった。

若いうちって勢いがあるじゃない?そういうのが年食って衰えたのか、なくなってしまった。

いくら子供幼稚園入ったとは言え、周りに何の気遣い必要なかった独身時代と比べたら色々配慮する事は多いんだけど

色々配慮する面倒さを乗り越えてでも趣味を楽しむぞ!と言う気力ももうない。

まあ、ひょっとしたら子供がいなくても加齢で同じ事になってたかもしれないけど。


自分https://anond.hatelabo.jp/20180223122552を昨日書いた増田なんだけど。

これは「やっぱり子なしは分かってないわね、ふふん♪」とかいうつもりじゃなくてさ。

こちらが10年間無気力人生送ってた間、件の友人はずっと精力的にオタク活動してたんだよね。

その間の人生の充実度がまるで違ったな、と思って。ずっとそれに嫉妬してた。

それを改めて思い知らされたというか。

何をやるにも子供家族の事を真っ先に考えなければならない自分と、そんな事気にしなくていい彼女と。

私も昔は一つのやりたいゲームの為にゲームハード衝動買いとかしたよ。

でも今はそんな事出来る立場じゃない。あくまで「子供の為に」買ったものを借りられるだけ。

ドラクエ11も巷じゃ最高傑作とか言われてるそうで、確かに出来はいいんだけど。

敵避けながら無傷でダンジョン最深部まで行けて、レベル上げなくても物理で殴ればクリア出来る

中年にやさしい難易度もありがたかったけど。

やっぱ昔のように夢中にはなれないんだよね。

同人なんかも好きなオタク(と言っても絵も文も下手だから消費するのみ)でもあったんだけど、

キャラ萌えもカプ萌えもあまり関心持てないというか。

若いキャラは「こんくらいの子供居てもおかしくない年齢だよな私」とか思ってしまうし。

作中でおっさんとして扱われているキャラも、最早年下だし。

魔物になった息子の為に犠牲になる母の話を見て「あーハイハイ母の愛と自己犠牲美しいですねー(棒読み)」状態だし。

「えーっとそこに同じように魔物になった妹殺そうとした兄いますよね?

兄は妹殺せるけど、母は息子を殺せるわけないって事ですか?堀井さん」と思いっきりひねくれた事を考えてから

「…自分病みすぎだろ」と思って後は考えない事にした。

8も似たような母の自己犠牲話あったけど、あの頃はまだ普通にイイハナシダナーと思えたのに。

ランス10が出たそうだけど、出来ないし。

エロゲやってるのが夫や子供にバレたら社会的死ぬし。

絶対バレないよう隠し通してでもプレイしてやる!」と言う気力も、もうない。

メガテンも好きでSJまではやって、だいぶ前に4が出てて、今度5も出るらしいけど、あんなめんどくさいゲームもうできない。

子供スプラトゥーンに夢中で、自分もやってみようかと思ったけど

TPSなんてやった事ないから下手で、子供の方が順応性高くてどんどん上手くなっていく。

2Dマリオはまだかろうじて昔取った杵柄で私の方が上手いけど。

…と書いて、何で私ここまで縛られてるんだろう??と思った。

やっぱ病んでるのかな。

2018-02-22

anond:20180221195103

逆にいうけど、あなたあなたナウシカに肩入れしすぎている。

しろ神の視点からこそ読者として客観的評価するべきだ。

読者なんて結局のところ神の視点以外の視点なんて持てない。

それは感想評価に対する批判になってない。

墓所側の言い分はどうなんだ。

人類の行きつく先として巨神兵王蟲を作るほどの高度な科学技術を手に入れたが

ヴ王ナウシカの好む人間としての闇が強すぎた結果、滅びの道に進んでしまったのが旧人類ではないか

滅びに進むにつれて旧人類はナウシカたちが想像するよりもずっと大きな絶望と失敗を繰り返した。

ナウシカのいうような「血反吐を吐いてまで」という経験旧人類側はもう既に十分すぎるほど経験している。

今を生きる、今だけしか生きてこなかったナウシカからこそ、

墓所側の歩いてきた歴史を信じられないし、同情もできなかった。

反吐を吐いて進んだ道の答えが新人類であり、現生人類たちが例え環境適応し生き残ったとしても、

最後には旧人類の歩んだ道をなぞるだけだ。

まったく徒労でしかない。

人間性の闇を捨てる計画を立て、自分たち破壊した環境を取り戻すために尽力した行動と選択は、全部旧人類の流れた血によってつくられている。

神の視点に立たずともナウシカには墓所側の行動と動機推し測るだけの情報は十分すぎるほど得ている。

ナウシカエゴが贔屓されたのは、それは自分たちに向いていたからだ。

ナウシカ庇護を受けているからこそ心酔するのだ。

ナウシカ自己犠牲や時には反知性的犠牲行動を、「良い」と思ってやっている。

からこそ危険まりない。

やりたいから、やっているだけであり、その行動の結果がどうなるか推し測る能力にたけているわけではない。

トルメキアの兵士を怒りに任せて殺した場面でも仲間をより危険さらすだけだ。

しかナウシカはやった、やりたいから。

彼女ヒトラーと同じことをしている。

 

墓所側が攻撃してきたか交渉決裂。

墓所側が攻撃するのは当たり前のことだ。

旧人類の悲願は人間性の闇を捨てることだ。

現生人類死滅させたいのも当たり前だ。

それが残っていては計画が水の泡になる。

交渉する余地など最初からない。

旧人類は徹頭徹尾新人類を次の星の覇者にしたいのであって、現生人類はずっと捨て駒としてしか見てない。

からこそ武力で負かして交渉テーブルに無理やり着かせる必要がある。

あの時点で武力衝突するのは当たり前のことだし、それで和平が成立しないというのも早計すぎる。

交渉の主導権は武力で勝っている側にしかない。

交渉戦争が終わってからしかできない、墓所現生人類戦争はあの時点では何も終わっていない。

しろ墓所からしてみれば現生人類約束を守ってくれるなんて信じられるわけがないんだから

真実を話せば殺される、なら戦うまでだろう。

実際その予想は当たっていてナウシカという現生人類に殺されたわけだ。

 

王蟲は変わったけど、新人類が変わるわけがない。

それもまた思い込みにすぎない。

旧人類の計画では新人類現生人類死滅した浄化された世界ではじめて活動を再開する生き物であって、

現生人類共生しながら生きる環境など想定していない。

それが一体新人類にどういった影響を与えるかはそれこそ神ですら分からないことだ。

完全に未知の領域であり、王蟲のようによりよい変化が起きる可能性もあるし、

現生人類に対しても変化をもたらす可能性がある。

そういった可能性のある未来を確かにナウシカはあの場で殺したのだ。

ナウシカ道化との問答で自然に生きて自然死ぬべきだといっていたが、

それはナウシカが産まれるよりずっと前から存在し何百年も経過した後の結果である

王蟲の心という、それこそ旧人類の計画で産まれた上澄みだけを掬い取って悟ったつもりになっているだけだ。

新人類に正しい審判を下せるのは旧人類でも現生人類でも新人類でも王蟲でもナウシカでもない。

はるかかなたの未来に生きる人類たちだ。

ナウシカエゴ自己犠牲狂信者範疇を超えている。

人々はナウシカを見て心動かされるかもしれないし、ナウシカのおかげで助かった人間もいる、

墓所までたどり着いたのも事実

だがそれは、そこまでは正しかっただけであり、この先もナウシカという暴力カリスマが正しくあり続ける保証などない。

ナウシカ聖人性の反証として最後新人類虐殺があったわけだ。

どれだけ偉業を成し遂げたとしても虐殺虐殺

人間性の闇に疲れて果てた旧人類側からしてみれば成し遂げられそうだった計画台無しにして、

生みの親どころか抵抗すらできない子どもを殺す悪魔しかない。

あの世で彼らは環境変化を生き延びた現生人類が再び科学技術を再興し、二度目の火の七日間に進むまでじっと見てるだろう。

ナウシカ行為正当性を産むことができるとしたら

現生人類が生き残ることではなく、火の七日間を再度起こさないと確信に値するものを示すしかない。

しかし作中の現生人類がそれを示すことはないまま作品は終わってしまった。

誰もが森の賢者のようにはなれない、それを実現しようとしたのが墓所の願いだった。

ナウシカを読んだからこそ、愚かな人類と決別しようとした旧人類の思考理解できるし、

現生人類側で誰もそれに歩み寄ろうとしなかったのは単にお互い戦争だったからだ。

ナウシカは決着がついたのに戦争をやめなかった。

現生人類のみんながナウシカに心酔してたわけではないように、

人間凶悪さを誰もが喜んで従っているわけではない。

2018-02-21

マグロ男と親友結婚するらしい

親友愚痴を話すような子じゃないのだけれど、

私が色々聞き出してしまった。

親友は彼と同棲していて、彼母とも同居している。

「嫌だ」と断れないような性格をしていて、

「まぁ嫌いでも無いし良いか自分我慢すれば良いし他よりマシか」と考えてしまタイプだ。

そこを狙ったかのように「彼母との同居」を薦められ仕方なく「YES」と言った次第だった。

元々姉という立場でもあったために、自己犠牲気持ちが強いこともあるのだろう。

考え方としては、「仕事辞めたい、でも転職してもそこが今より悪くなる可能性がある」みたいなものだと思う。

愚痴もあまり言わないのだけれど、自分の話を混ぜつつ親友の話を聞いた。

そうしたら、珍しく下の話になり「彼がマグロなのだ」という話をしてきた。

「えっ、もしかして彼は不能?」という考えが頭をよぎったが、真剣親友の話を聞いた。

彼女仕事は激務で23時に帰ることもザラにあるのだけれど

疲れたときに求められ「ごめん、疲れてシャワー浴びて寝たいから今度で良いかな」と言ったところ

拗ねてそれ以来マグロになってしまったらしい。

ちなみにマグロ暦は5年くらいになるようだ。

親友もムラムラすることはあるようで誘うのだが、マグロすぎて本当に困るらしい。

これを聞いて、私はマグロ男に対して怒りしか沸いてこなかった。

1度「疲れているから今度」と言っただけで怒って拗ねるってどんだけ子供なんだよと。

「女は黙って身を差し出せ」というか、「女を物のように扱っている」ようにしか思えなかった。

親友にはナイショで私の彼に話をしたら「マグロ男会ってみたいwww」と興味津々だった。

そして、親友からマグロ男と結婚するという話を聞いた。たぶん一番乗りだろう。

嬉しい反面、「あぁ、逃げられなかったんだな」と思った。

マグロ男に良いように使われ、こき使われる未来しか見えない。

彼女の家に誘われることがあれば、マグロを一匹プレゼントしよう。

マグロ男の前で「マグロ」って言いまくるくらい許して。

2018-02-11

絵本作家炎上商法ではなく貧困ビジネスなのではないか(5)

anond:20180211005102 の続き

3.顧客層とそれ以外との文化衝突か

3.1.彼の顧客層は元不良なのか?

当人は辞めたいとも言っているにも関わらず「元不良」という経歴(おそらくは詐称)をアピールさせている人物がいる(もちろんそれは本人かも知れない)とするならば、その人物は何を考えているのだろうか?

ある人が指摘していたが今回反発した層(「良き母=自己実現である人々)と従来の彼の顧客層(「良き母=自己犠牲である人々)とは明らかに違う。従来の彼の顧客層(「良き母=自己犠牲である人々)とはどういう人々なのだろうか?ここで思い出したのは「マイルドヤンキー」という言葉であるマイルドヤンキーとは若年の貧困層に付けられた名称であり、以下のような特徴を持つとされている。

彼らは結婚前までは「ヤンチャ」をしているが、子供ができたり家庭を構える段になるとそれを「卒業」して良い親になることを目指すという。

【参考】

マイルドヤンキーが繋がりの強いコミュニティであることは、様々な文献で繰り返し述べられている。言葉遣いコミュニティ所属の証であるため、同じような言葉遣いをしておくことは、コミュニティに受け入れられるには重要であろう。元ヤン(で総長)という経歴もこのコミュニティであれば尊敬を得られるのかも知れない。彼の父親が彼の代わりに替え玉受験したという(高学歴からすれば)ぎょっとするようなエピソード披露も、彼らの価値観では問題がないのかもしれない。

彼が、反発を受けてもその言葉遣いや経歴を修正しないのは、彼が対象としているこのコミュニティからの除外を恐れたためではなかろうか。(なお、経歴については、当事者からコメントが出ているため今後撤回されるかも知れない)

絵本作家炎上商法ではなく貧困ビジネスなのではないか(1)

長いとはねられるようなので分割して投下してみます

ここのところの某絵本作家炎上を見ていて色々不思議に思っていたが、彼のやっているのが貧困ビジネスだと考えると腑に落ちる。ということで、以下で自論を述べてみる。

1.前提知識いくつか

1.1.発端の炎上案件とは

母親応援している(と当人が主張する)歌を母子に人気な芸能人に歌わせた。内容は、母親が「あたし、おかあさんだから」と我慢我慢を重ねる内容が描かれ、最後の数行で「それでも、あなた子供)に会えてよかった」と結ぶものだった。

しかし、

  • 1.我慢ばかりが具体的に描かれ良かったことが具体的に書かれていない、
  • 2.ひたすらおかあさんだからを繰り返すフレーズ狂気を感じさせる、
  • 3.中に友人のような第三者だけではなく、父親の関与も見られない、

など、母親ワンオペ育児ノイローゼになっているのではないかと、特に児童虐待についての知識がある者にはかなり不安な内容に読みとれるものであった。

【参考】

歌詞自体については作詞をおこなうから以下のような評価もある。

【参考】

1.2.割れ意見発言者の傾向

もちろん、このような内容について危機感を感じない人は男女問わずおり、

などの意見ツイッターなどでも表明している。後に謝罪をおこなった作詞者本人に応援しているというファンも多い。きちんと統計を取ったわけではないが、男性には「昔ワルだったが今はい父親をしている」という人物や、女性でも「昔は遊んでいたが今はい母親をしている」といった傾向があるように見えた。

2018-02-10

私は周回遅れだけど

「あたしおかあさんだから」に反発する人たちの意見を読むと、ああ、私は周回遅れだなぁとみじめになる。

みんな「あたしおかあさんだけど」って言って、子供より自分を優先しなきゃって言ってて、そして子供もそれを望んでるって言う。

でもさ、私はそうは思わない子供だったわけよ。私の母も子供より自分を優先する人だったけど、私はもっと私を優先してほしいなって思ってたし、口に出して母に訴えたし、でも無視されたし。

きっと「あたしおかあさんだけど」って言う人たちは自分よりも子供を優先してくれるお母さんのもとに育って、それでお母さん大変だったね、もっと自分を優先してくれてよかったんだよ、っていう優しい気持ちを持つことになった人たちなんだろうね。

から、おかあさんなのに私のために頑張ってくれない、なんて思ってた私は全然優しくもないし、むしろ他人自己犠牲を求めた身勝手子供で、なんか人生における徳とかカルマ?みたいな感じのものが、きっと周回遅れなんだろうな、って思う。

ももうすぐ母親になるけど、私の子供にはめいいっぱい優しくしたい。そしていつの日か子供が、私の理解が追いつかないくらいに優しい倫理観を持つように育ってくれたらいいな、って思う。

2018-02-06

今日も女は毒親叩き

のぶみの歌見て世の母親達が怒るところまではまだ理解できるが

「この手の自己犠牲押し付け毒親に育てられて私マジ辛かった!」と一部の女が怒りだしたのは完全に斜め上だった

あたしおかあさんだけど、が怖い

 どうも最近気づいたのだが、私には母の愛は無償の愛だという強烈な刷り込みがあるらしい。

 なんでそんな刷り込みがあるかと言うと、母から十分に愛情を注いでもらえなかったからだ。いや、そう言うと的を外すか。母にもっと自己犠牲的に尽くしてもらいたかったし、それを実際に口に出して言ってしまったくらい酷い子供だったからだ。

 しかし、無償の愛だというもの幻想なのだろう。あたしおかあさんだけど、と語る人たちを見ているとよくわかる。彼女らが語るのは、子供のために自分犠牲にすることはできないという現実である

 その現実の前に私は立ちすくんでしまう。

 私は、自分が得られなかったもの子供に与えたい。

 それだけのはずなのに、あたしおかあさんだけど、が見せてくる現実が怖すぎる。

anond:20180206010233

どう見ても圧力だよね。

美術館から裸のニンフの絵を下げさせた活動とおんなじじゃん。

母親を追い詰める、自己犠牲強要するとか意味からない。

誰も「あなたもそうしろ」なんて言ってないのにギャーギャー言ってさあ。

すこし自他の境界曖昧過ぎるんじゃないかと思う。

最近自分の気に入らない考えに「呪い」っていうおどろおどろしいレッテル貼る人多すぎ。

2018-02-05

あたし おかあさんだから が何故こんなにも嫌がられたのか

門外漢母親自己犠牲美徳とした歌詞を書いているからに尽きる

専業主婦が「ぼく サラリーマンから」なんて歌を作り、「趣味なんて下らないものより社会に尽くす方が素晴らしいです、朝から夜中まで働いて安月給でボーナスもないけどぼくサラリーマンから働けて幸せです!」なんて歌を作ったら不愉快だろう

お母さんなのに

あれもしてくれなかった、これもしてもらえなかった。そう考えているひどい娘がこちらになります

ずっと母に対して、お母さんなのにどうして優しくないんだろう?とか、お母さんなのにどうして叩いてくるんだろう?とか、お母さんってもっと子供に尽くしてくれるんじゃないかな?と思い続けてました。

お金がないっていう理由でたくさんのもの(例えば、小学校卒業記念にみんなで行くディズニーランドとか)を諦めさせられたけど、母は働くそぶりも見せなくて、なんでうちのお母さんはもっと、なんて思ってました。

でも、子供のために働け、と言ってしま子供であった私の方が、ずっと酷い人間であったのでしょう。母に可愛がってもらえなくて当然です。

だって母はお母さんだけど、その前にひとりの人間なのですから

ももうすぐ母になります

私はちゃんとした意味子供に尽くす母になりたい。ちゃんと子供に、自分は愛されているのだという実感を持てるようにしてあげたい。その気持ち子供にとって重すぎる、ということもないようにしたい。

だってお母さんだから

【追記】

なんでトラバ毒親の話になっているのか全くわかりません。

私の母は子供のために自分犠牲にしなかった、素晴らしい母のはずです。

一方の私は母に自己犠牲を求めた、酷い子供でした。

でも、だからこそ、私は子供のために生きたいと思っている。その気持ち子供にとって重くならないようにしたいけどそれも子供のためです。

そして私には、子供よりも自分を大切にしてしまうのに子供を愛しているとうそぶく母親気持ちがわかりません。

2018-01-25

anond:20180125212447

疲れてる母親ボケてる爺さんとの飯とかマジでめっちゃキツいからそこだけは参加すべき。もしくは妹氏が一人で食べてもいい流れを作る。毎日じゃなくてもいいし時折外食に誘うとかでも全然違うと思う。介護の閉塞感ヤバいよ。

やたら自己犠牲強調してるけど介護に関しては家族の一員として増田改善策を練る義務があると思う。誰かに押し付けてたら潰れるって。

バイトなり大学なりを辞めなきゃ何もできないと思ってんなら辞めれば?動きたくない言い訳しか見えんが。

2018-01-10

ホームセンターとある店舗事情

売り上げは1日あたり300万~600万程度の店舗

従業員総数は100人程度。社員10人程度。残りの従業員の平均時給は900円台で過半数最低賃金そのまま。

扱ってる商品サービスは実に幅広く、部門数は30程度あり、部門担当者部門数と同程度の人数しかいないが基本的パート

残りの従業員の大半はレジ

まず部門担当者は大抵の部門が1人しかいない。部門担当者は他の部門在庫をどう管理しているかとか把握してる時間があるわけがない。

店の営業時間12時間×7日間として担当者が出勤している時間はそのうちの約半分であり、労働時間の半分以上は接客であるため、担当者を呼べと言われても呼べる確率は25%にも満たないし、相手残業押し付ける構図なので呼ぶ気にもなれない。

商品レジを通過する量と、商品が荷受から売り場にならぶ量は同じである

レジ人員と売り場従業員の人数が同程度であれば当然売り場従業員接客等してる暇などない。誰が売り場に品出しするんですか。

4時間ずっとレジ待機列が途切れないのであれば問題であるが、少しレジに波が押し寄せた程度で売り場従業員レジに使われたりすれば、結果レジが暇する時間が増える一方で売り場従業員絶望的に残業時間が増え続ける。

一人の客が少し早く帰りたいだけのために売り場従業員作業を中断させるな。客はお前一人ではない。

結果他の客含め多大なる迷惑を生むだけだと理解してるまともな人間達が損をするだけだ。暴れたいなら他の店を探し出して暴れてください。

売り上げに対して使える人件費は比例しており、レジが一か所にしかない店舗であればまだいいがレジ分散している店舗であればレジが暇する時間が増える分だけ売り場従業員サービス残業時間が増え、また売り場の質が非常に悪くなり現状維持が困難でたくさんの悪循環を生む。

降ってくる仕事の速度が速く、例えば配達受注から受注した従業員側の作業完了まで2時間経過しちゃうようなことが日常である

住所等を書いてもらい客だけ帰ったあと配達業者への引き継ぎ作業完了させる間に木材切ったりレジに呼ばれたりが続いて2時間後にやっと接客が途切れるような状態である

とにかく店内放送での接客要求が鬱陶しい。対応できる従業員存在しないことくらい客側でも分かるだろう。

無駄に暴れる客がいる一方で、必要なのに従業員に話しかけるのをためらってしまう人もいる。(私が全体幸福自己犠牲主義ゆえに躊躇ってしまう)

従業員ドラえもんではない。

客の頭の中にある妄想イメージを適切に言語化してもらわないと一切伝わらないし、そんな妄想に付き合うのなんて他の客に迷惑をかけるだけのボランティア従業員しかない。

客という立場で暴れる客が多く、暴れられるくらいなら時間無駄なので終わらせるためにサービスすることが多い。

それはそれでよくないが、恥知らずのやつに人間として教育してあげる時間的余裕などない。

携帯ショップでも病院でもなんでもいいけど、順番を待つなんて当たり前に存在すると思うのだけど

なぜかホームセンターの客層は待つという概念を知らないやつが多くてレジ等で暴れるやつが多い。

百貨店並みに利益の高い商品を扱っているのであれば従業員数に余裕があるのかもしれないが、薄利多売のホームセンター接客してる余裕のある従業員など存在しない。

コンビニスーパーでそんなに従業員に話しかますか?なんでホームセンター従業員には話しかけるんだ?それに対応できる人員など用意されてないんだが。

2018-01-09

「人のために」動ける人

 「人のために」って動機で動ける人がいる。こんなに人に憧れる。

 自分「自分のために」って動機しか動けない人間から

 

 

 しかし、行動の全てにおいて、「人のために」って動機は持ちたくない。

 自己犠牲で成り立たせる関係は続かないのはわかってる。

 だから自分相手にとってちょうどいい関係が作れるように、時に「人のために」、時に「自分のために」と切り替えが効くようにしたい。

 

 

 そのために、今よりもう少し「人のために」動けるようになりたい。

 あの人はどうして「人のために」動けるんだろう。

2018-01-08

「仲間を裏切り置いてけぼりにし、自分けが死地に向かう」というありがちシチュエーション

一見自己犠牲のように見えるが

本当は「自分の大切な仲間がまた死ぬのを見たくない」という

利己的でエゴに満ちた行為からこそグッとくるんだよね

 

そんで仲間が主人公気持ち無視して助けに来ると尚良し

anond:20180105224147

情熱自己犠牲精神医学への興味はいつ冷めるかわからないので、それだったら成績いいヤツが来た方がいいのでは、、、

2018-01-06

anond:20180106142509

若者保守化と言うと盛りすぎだが、まあ若い子の中に保守化していく人らはいる。

その人たちは、政治とか思想がどうのという以前に、もっとカジュアル左派に反感、右派に好感や共感を持ってるように感じる。

それで考えたんだけど、若者がそう感じるのは経済とかの影響もあるけど、昔っから言われる「若い世代反体制になりやすい」っていう原則のまんまなんじゃないか

なんで反体制保守化なのかというと、この場合反体制は反教育からだ。

70年代後半~90年代まれくらいの世代だろうか、彼らを支配してきた「体制」は、「政権」ではなく「学校」や「親」や「テレビ」など「教育」だった。

そこで教えられるのは、人に優しく、思いやりと助け合い自己犠牲調和謙虚戦争への反省武力忌避、驕らない、政権批判などなど……

保守自民党政権でありながら、なぜか学校などでは現在左派が主張してるような内容が教育され、そして若者自分たち支配してきたそれに反発しているように見える。

一時期、日教組ネットでめちゃめちゃに叩かれていたが、あれは日教組若者にとっての「体制」だったのだろう。

なんせ地方によっては、現在存命の日教組OBが「わが県の教育歴史中央との戦いの歴史だった」というようなことを言ったりしている。

教育反体制だった。だからそれに逆らう若者は反反体制となり、それが結果として保守になっているという流れがあるのではないか

2017-12-22

anond:20171222123850

まあ死にまくるにしても全員で助けようって感じの流れが一切ないやん

WWZとかはその点ちょっとしかったけど結局モブは全員死んだからやっぱなーというか

結局他人は死んで主人公(私)が生き残るってストーリーが好きなんだろうな

アメリカ人基本的自己犠牲ものが大嫌いなのもそのせいか

2017-12-17

anond:20171217020847

それとも、「俺は逮捕されてもいいから少しでも長い間家出させてあげていたい……」的な自己犠牲精神とか??

バカの考えることはマジでからない

わかってるじゃないか

家出未成年娘を家に招いて、数週間〜数ヶ月で誘拐罪で逮捕される男って何なの

何をどう考えてのそういう結果なの

マジで可哀想女の子ネット家出先を求めていて哀れだった←わかる

泊める代わりに若い女をいいようにしたい下心←まだわかる

長期間家に置く←わからない

なんでそんな長い期間家においた?

下心を満たしたいだけなら一日二日泊めて、適当に言いくるめて帰らせればよくない?

そういう家庭の親だし短期間で返せば被害届だされる可能性も低いとか考えない??

情が湧いて本当に可哀想になったなら、警察通報するなり児相とか虐待センターとかより適切な受け入れ先を探せばいいのにどうしてそのまま家に置いちゃった?

本気でそのままやっていけると思ったの?成人するまで隠せると思った?てか一生面倒みるの?

「完全なる飼育」系の漫画見て夢見てしまったの??

「家に帰りたくない」と言われたとして、違法に匿うだけじゃ根本解決にならないとか考えないのだろうか

それとも、「俺は逮捕されてもいいから少しでも長い間家出させてあげていたい……」的な自己犠牲精神とか??

バカの考えることはマジでからない

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