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2021-06-15

anond:20210615081428

現実世界のほうがやや想像より先に行ってるよなあ。

行ってない。一般向け映像作品漫画などの描写は、プロパーSFビジョンやらアカデミアのシリアス考察に数十年から100年遅れてるだけ。

2021-06-14

一般人が出ているミュージックビデオ

80年代若者模様が垣間見えるBOØWYの「季節が君だけを変える」のMVがとても好きです。街の若者を一人数秒だけ淡々と映していくだけの映像で、当時は氷室布袋全然映らないから不評だったのでしょう。しかし長い時を経て価値あるものになった映像作品であるように思います。(OKAMOTO'Sがdancing boyという作品でこの映像をパロっているけれどそっちはミュージシャンが出演しています。それはそれで夢を追う若者を映していて素敵だ)

それとは関係なしに(多少はあるか)、サンボマスターの「花束」も一般人に密着したドキュメントMVとなっていて好きです

そこで一般人の出ているミュージックビデオで知っているものがあったら是非教えて欲しいです

2021-06-13

テレビが廃れた理由最近テレビについて

私は過去5年位テレビを見ていないので最近テレビがどのようなものになっているのか知らないが、テレビが廃れた原因を考察してみた。

結論としては、テレビ以外の娯楽が増えたことが根本的な原因で、そのせいで番組が更につまらなくなり、一部の人が更に離れたことが原因。

まず、テレビ以外の娯楽についてだが、Netflixアマゾンプライムを始めとした映像コンテンツのサブスクサービスが台頭した。

これにより、人々は好きなときに好きなコンテンツを消費できるようになった。

よって、己の好きなコンテンツを消費するために、その番組放送されるのを待つテレビというモデル存在価値のものがなくなってしまった。

更にYouTubeを始めとした素人情報発信が増えた結果、コンテンツ多様化し、より個人の好みににマッチしたコンテンツ享受することが可能になった。

その結果、それらのコンテンツを消費する時間が増えてしまったため、テレビを見るために時間を割くこともできなくなった。

では現在テレビは誰に見られているのか…

それは、2つあると考えた。

1. 家族など複数の人が集まる場所

2. サブカルなど特定カテゴリに興味がまだない幼稚園から小学生

これが現在テレビ消費者であると考えている。

まず1つ目複数人の人が集まる場所

複数人間が集まる場所ではNetflixなどの個人趣味に合わせた映像作品ではなく、テレビのようなランダム性のあるコンテンツ必要とされる。

なぜなら、複数人の中の1人がコンテンツ選択してしまうと不公平存在してしまう。不公平人間の間に溝を生じさせるので良くない。

そしてこれらの消費者向けの番組日本マンセー番組である

私がテレビを見なくなった頃、なぜあなた日本にいるのか外国人インタビューする番組や、日本の文化を紹介してすごいと出演者が口々に話す番組が増えたように思える。

なぜこのような番組が増えたかというと、人間は褒められることで快感を得ることができる生き物だからである。褒められて嫌がる人間はかなり少ないと考えられる。

我々日本人はほとんどが日本人という属性を持っている。

これらの番組日本人という属性を褒めることで、ほぼすべての視聴者に当てはまる日本人という属性を持った我々を気持ちよくしているのである

特に複数の人が同時に視聴する場ではできるだけ共通するものを褒める必要がある。それが日本人という属性なのである

しかしこれらの番組複数の人がいる場合に見られる程度で本当に日本好きな人右翼と呼ばれる人以外にはいないのである

特に日本人の20代までの若者政治に興味を持っていない割合が大きい。

よってこれらの番組を見たいとは思えなくなり、若者テレビ離れが更に進行したのである

次にメインの視聴者サブカルなど特定カテゴリに興味がまだない幼稚園から小学生になった。

テレビはこれらの子供をおとなしくするために安易有効手段である

この結果バラエティ番組にある変化をもたらしたと考えられる。

以前はエンタの神様レッドカーペットなど、ある程度の年齢からでなければ理解できないようなお笑い番組が多くあったが、

最近リアクションで笑いを取る番組が多くなったように思える。

例えば、アメトーーークのゴールデンでやっていた運動神経悪い芸人である

これは運動神経が悪い芸人運動させておかし動作で笑いを誘う番組である

小学生運動ができる人間カーストトップになり、運動ができない人間嘲笑対象になるのである

これは当たり前だが幼稚園児、小学生に受ける。

しかし、大人にとってはどうだろうか。

正直運動神経が悪い事で笑いを取るには限界があり、芸人が以下にしておかし動作をするかを試行錯誤しているようにしか見えない。

このような稚拙お笑い大人(一部を覗いて)は笑うことができない。必死面白い動作を考えて実行している姿はある意味滑稽だが、お笑いとは違うように感じる。

結果、大人視聴者が減少してしまったのである

現在これらの状態からどのように変わっているのかは知らないがテレビに将来性はないと考えている。

唯一需要があるのはニュース番組ではないだろうか。

事実を伝えるニュースについては正確性という点でネット情報凌駕していると考えられる。

ただ速度でいうとネットのほうがだいぶ早い。

それに最近民法ニュースYouTube生放送をしているのでわざわざテレビから見る若者は少ないだろう。

残念ながら、テレビ未来はない…

2021-05-20

ブギーポップ(2019)は大失敗。

元増田

結局ブギーポップの2019年の再アニメ化は失敗なのか?











「完全にうまく行くことなんかこの世にはないさ。みんな、多かれ少なかれどこかで取り返しのつかない失敗をしながら、それでも生きているんだ」

「失敗するとわかっていても?」

「それが失敗だと誰が決めるんだ?」

俺がだ!

VSイマジネーター!

飛鳥先生〜!苦悩する能力者がイマジネーターに精神的に追い詰められて新世界の神みたいに堕ちてくとこがたまらん!さすがマッドハウス

ブギポに扮した正樹がチンピラボコり倒して衣川琴絵(中身はEちゃん)の頭に銃口ゴリッと突きつけるアクション!凄すぎて、その後の本命のはずの凪をちょっと食ってたぐらいだからね(苦笑)

飛鳥井仁とスプーキーEの対決と、あっけない幕切れ!鳴り響くマイスタージンガーの中、遂に「本物」と出会う偽ブギーポップ=正樹!ブギーポップ飛鳥井仁の対決と、やはりあっけない幕切れ!終盤のこの辺は普通に盛り上がるところを、普通に盛り上がらせてくれたので満足!

最長エピソードにふさわしい特殊EDも豪華!

夜明け!

あ、あぁあ゛あ〜〜(語彙喪失

原作読者は当然、初見の人々からも圧倒的な高評価ヒーローオリジンエピソードとして、原作のエモさの勘所を的確に拾いつつ、アニメらしく膨らませるべきところ(特にアクション)は大きく膨らませるセンスの良さ!一挙放送で一本の映画のように見せたかったのも頷ける、間違いなく本アニメベスト

改めて語るのもタルい(「タルカスっぽい」の略)から、詳しくはこの辺を参照してくれ!

原作読者によるアニメ「夜明けのブギーポップ」メモ1(10話)

歪曲王!

ゾーラギゾーラギ!原作でもシリーズ中一、二を争うようなド派手な対怪獣戦を、「飛んでくるコンクリート片を素手で受け止めるブギー」「コンクリートの壁をワイヤーでバラバラにするブギー」といった、悪ノリすれすれのTUEEEムーブまで追加して、よくもここまで爽快なアニメーションに仕立ててくれましたね!TRIGGER存在にここまで感謝したことないよ!

あれ、もしかして「笑わない」の……?と思わせてからの、オリジナルの竹泡エピローグ!なるほどなあ!こう来たか!「歪曲王」単体ではなく、アニメ最終回にするならこれもアリ!泣くわこんなの!

笑わない!

笑わないは……いや、笑わないだって、全アニメ平均で見ればそこまで悪くもないよ。

よく文句を言われるモノローグカットも、小説ラノベ原作からこそ敢えて、言葉から映像に変換することを最大限試みるべき、という心意気と言えなくもないし。実際、得体の知れない緊張感でいえば随一だったしね。

キャスト

ブギー・藤花のみならず、藤花の中学生高校生微妙な演じ分けも完璧だった悠木碧氏!ありがとうありがとう

細谷飛鳥井!こういう、実は脆いところを抱えたイケメンほんと似合うな〜!

ハナカナ水乃星!あ、ヤベー女だ!巫女にして!

小林竹田!失礼ながら本作で初めて知った人だけど、竹田現代高校生としてアップデートできたことの、最大の功労者だと思ってます

他も全体的に良いんだけど、個人的にあと一人挙げるなら、来生真希子(フィアグール)の木下紗華氏!怪人としての本性をむき出しにした時の怪演ももちろん印象的だったけど、普段の(欲望を抑えた)声もいいんですよね〜!

音楽

牛尾憲輔氏はメインスタッフ中で唯一、原作読者だったことを公言してるだけあってジャストフィット!鬱々とした日常の中にそれでも仄かな希望が見えるような原作空気感をズバッと捉えてくれてました!





――といったように、ブギーポップ(2019)には評価すべき点がいくらでもある。

しかし、それでもブギーポップ(2019)は失敗作なのだ。そう言わねばならない。残念ながら。

あのアニメには、もっともっと良い形があり得た。それを我々は既に知っている。

原作読者の狂信か?違う。

第1弾PVがあるからだ。

TVアニメ『ブギーポップは笑わない』 ティザーPV

アニメ化決定の発表と同時に公開されたこPVは、ブギーポップ宮下藤花・霧間凪・水乃星透子こそ登場しているものの、描かれているシーンはほぼ全て、原作には存在しないものだ。合成人間・MPLSらしきオリジナルキャラクターの姿も見られる。

にも関わらず、このPVファンが「ブギーポップ」に求めるであろうものが全て詰まっている。都市で暮らす若者たちの閉塞した日常。その影で行われている人間超人の、あるいは超人同士の暗闘。そして、それらとは一線を画す、単なる能力のぶつけ合いには留まらない、世界の敵と死神の戦い。BGM牛尾憲輔による曲だが、コンサートホールで手を振るブギーポップというマイスタージンガーを思わせる要素すら含まれている。

これらが、冷たく硬質な空気感でもってまとめ上げられた一本の完成した映像作品が、このPVなのだアニメ本編では、監督自身絵コンテ担当した笑わない編の1・3話の映像面にはやや近い方向性がある気もするが、それでも質では遠く及ばない。

そもそもPV予告編とはそういうものなのだ、と人は言うかもしれない。短いだけに刺激がギュッと凝縮されるのであって、それを長丁場のTVアニメ本編にそのまま望むのはものを知らない愚かなことなのだと。

しかし、本当にそうなのか?あのPVを見た俺以外の原作読者は、ああいブギポアニメが見られることを少しでも期待していなかったのか?またアニメスタッフは、自分たち自身が作ってみせたあの素晴らしいPVに迫るような内容を本編でも実現しようとは、一度も思わなかったのか?本当に?

改めて言っておくが、ブギーポップ(2019)は決して、原作レイプで作画崩壊RTAといった最底辺アニメなどではない(円盤売り上げはひどいらしいが)

だが俺は、ブギーポップアニメで、そしてあのPVを作ったスタッフアニメで、「良かった探し」なんかしたくはなかったのだ。良くも悪くも圧倒されたかった。どうせ高みに届かないなら、いっそ本当に地獄のような最悪の出来になっていてほしかったとすら思う。

現実にいま俺の前にあるブギーポップ(2019)は、良いところも悪いところもそれなりにある、そこそこのアニメだ。俺はそれを敢えて「失敗作」と呼ばせてもらう。

放送から既に2年が経つが、この事実を素直に受け入れるためには、まだまだ時間がかかりそうだ。あるいは、本編終了から始まったこ葛藤こそが、「ブギーポップアニメ化」というイベント本質だったのかもしれない。お気持ち長文ポエム失礼。

「なるほどな……それではやはり、この中途半端状態もまた、俺の〝強さ〟のひとつというわけだ」

2021-05-15

セカイ系オタク最後楽園BTSかもしれない

この自粛間中BTSにハマった。

様々な人がBTSの魅力や人気を集めた理由を語っているが、俺と同じ切り口で論を進めているものがないように思ったのでn=1の感想を書いておく。

BTSの魅力としてよく挙げられるのは曲や高度なパフォーマンスなどだが、俺はやはり、根本にあるのは高いエンタメ性だと思う。

そもそも、彼らのプロデューサーであるパン・シヒョクは日本アニメマンガ等のサブカルチャーに造詣が深い。新海誠の「彼女と彼女の猫」「君の名は。虚淵玄魔法少女 まどか☆マギカ」などに対する感想を本人のTwitterで呟くほどだ。

そんな彼が発展途上の少年達をプロデュースしたらどうなるか? 簡単である

完成度の高い「セカイ系MVが出来る。

これは俺が語るよりも実物を見た方が早いので一度見てみてほしい。最初は誰が誰だか分からないと思うが、全体の雰囲気だけ感じてくれたらそれでいい。歌詞英語字幕をつけられる。

RUNofficial mv

https://youtu.be/wKysONrSmew

一言でいえば「無力で無鉄砲少年たちが若さだけを武器にわちゃわちゃするmv」だ。

Dynamite」の堂々たるスター感とはほど遠く、顔つきも体つきもまだ幼い。それもそうだ、冒頭で水に潜っているテヒョン(BTSでの活動名はV)はまだ19歳、最年少のジョングク(活動名はJung kook)は17歳だ。若い……!

この世界観は「花様年華」という彼らの一大コンセプトだ。「RUN」だけでなく、様々な曲で共有されている。全然関係ないが同タイトル台湾映画面白いのでオススメ

BTS花様年華トラウマを持つ弱い少年たちが出会い交流を深めることによって傷を癒していくというストーリーだ。完全にフィクション世界観だが、メンバーはそれぞれの本名で役を演じている。

それぞれの役も、ナルレコプシー、代理ミュンヒハウゼン症候群(おそらく)、親殺しなど、往年の葉鍵ヒロインのような重い家庭事情のもとで育っている。

そんな彼らのトラウマ描写した映像作品として「Wings short film」シリーズがある。一本が3分ほどで、メンバーが7人なので7本ある。どれも面白いが、特にお気に入りの一作を貼っておく。ティムバートンとかシャフトとかの悪夢っぽい世界観が好きならおすすめだ。

面白いと思ったら他のメンバーのやつも検索してみて欲しい。

Short film jimin

https://youtu.be/_y8-HD5O69g

林檎マリア像、風景画、烏の刺青など複数メンバー映像共通する小道具も多く、#7のソクジンの回まで通して見れば、ちょっとした達成感を抱ける。

この辺りまで見れば、少しずつメンバーが見分けられるようになっているのではないだろうか。

見分け方は他の方のブログに詳しく書いてあると思うが、花様年華に限って書くと、ガソスタにいたらナムジュン(活動名はRM)、車を運転していたらソクジン(活動名はJIN)、火を見ていたらユンギ(活動名はSUGA)、寝てたらホソク(活動名はJ-HOPE)、溺れてたらジミン(活動名はJIMIN)、血を浴びてたらテヒョン、殴ったり殴られてたらジョングクだ。見てれば慣れる。

例えば「I NEED U」は花様年華シリーズ第一作の自己紹介ソングだ。登場人物が何に悩みどう生きているのかが分かりやすい。本当はこれを一本目に勧めるべきなんだが、俺はRUNの荒々しさや青さやスピード感が好きなので。

他のブログを読めば詳しく知れるが、この曲はBTSスターダムの第一歩を踏み出したきっかけになったらしい。こちらのmvはVの怪演が光っている。今の19歳ってあんな感じなのかな? 怖いな。

『I NEED U』 official mv

https://youtu.be/jjskoRh8GTE

下の動画なんて、12分の動画のうちドラマパートが8分あり、エンドロールでようやく曲が流れる。曲を売る気があるのか。

ドラマパートスタンドバイミーとかが好きなら気に入ると思う。歳をとったからか、最近こういう一瞬の青春みたいなやつに弱い。そしてこの動画を見れば、やけに意味深描写が多いことに気づくのではないだろうか。

Butterflyofficial mv(花様年華prologue)

https://youtu.be/Bt8648TNX1M

そう、この花様年華、ただのボーイミーツボーイではない。タイムリープものだ。

花様年華シリーズは様々なメディアミックスがされている。主なもの小説マンガだ。(CGアニメや実写ドラマ化などが進行中らしいが詳しくは知らん)余談だが、この辺りパン・シヒョクPDはとても商売うまいMV意味深ストーリーをチラ見せし、全貌が見たければ小説を買わせる。ようつべで聞ける曲ばかりが収録されたCDを買うのはよほどのファンだけかもしれないが、小説なら比較的敷居が低い。よく出来た予告映像を見てつい劇場アニメを観てしまうようなものである

さて、マンガ/小説花様年華ストーリーは以下のようなものだ。

トラウマを持つ少年たちが学校出会い、仲を深めるが、様々な理由軋轢が生まれ、海に行ったある日、決定的な仲違いをし、離れ離れになってしまう。3年後、留学に行っていたソクジン韓国に帰ってくると、かつての友人は死んだり、人殺しで捕まったりシンプルに困窮していたりで、めちゃめちゃに不幸になっている。ソクジンタイムリープを繰り返し、彼らを救おうとする。

葉鍵であり、シュタゲ要素もある。盛りだくさんだ。ちなみにマンガ版はLINEマンガというアプリ無料で読めるが、ただでさえ見分けがつきにくい少年たちがさらに絵で描かれている。俺は読み進めるのに根気がいったが、顔認識能力が高い人はいけると思う。

さっきメンバー紹介のところでわざわざ、アルファベット活動名とカタカナ本名併記したのは、このマンガではキャラクター名が全て本名で表されているからだ。

本名ではジミン、ジョングクなどJがつく名前がやたら多いのに、J-HOPE本名はホソクである。なんでだよ。一番Jであるべきだろ……!

マンガは興味ない、ただただエモい映像が見たいという人にはこっちを見て欲しい。

Spring day』official mv

https://youtu.be/xEeFrLSkMm8

バラード曲。「八月でも(あなたに会えないなら)冬だ」という一節が印象的。RUNで後先考えずにその辺を散らかしまくった彼らがパーティの後始末をしていて、青春永遠に続くものではないことを描いている。全体的に褪せた雰囲気で、オレンジと青が強い独特の色味のpvになっている。安全ピンでピアスホールを開けてあげるシーンがあるのだが、国が違ってもエモ仕草は変わらないんだなと感心した。

Euphoriaofficial mv

https://youtu.be/kX0vO4vlJuU

花様年華シリーズノーマルエンド分岐って感じ。

比較的新しいmvなので、みんなスタイリングも服も普通なのに、めちゃめちゃ垢抜けている。幼さや青さというより、思春期を越えた7人が二度とは戻らない日々を愛おしむ話。撮影してるの明らかに真冬なのに、半袖のアロハ着せられてる子がいてかわいそう。

花様年華面白い。確かにストーリー展開自体王道で、言ってしまえばどこかで見たことがあるようなものばかりかもしれない。彼らの演技も、本業ではないから当たり前だが、全員が素晴らしいというわけではない。ぎこちなかったり、ムラがあったりする。だが、その未完成さが、若さが、今の俺には一番眩しい。

2019年に「天気の子」、2021年に「シン・エヴァンゲリオン」が上映され、かつての「セカイ系作家たちは次々と己の世界観ピリオドを打っている。さらに、まどマギピンドラなど、壮大な世界観ファンを魅了したアニメも新作の公開が決定した。

2021年、俺たちが愛したあの頃の「セカイ系」はもうどこにもないのかもしれない。

そんな中で、かつて俺たちと同じようにアニメゲームを愛したオタクが、革命前夜の少年たちを巻き込んで、今も続くストーリーを紡いでいるというのは、なにかとても尊いことのように思える。

タイトル花様年華、これは「人生で一番美しい瞬間」という意味らしい。BTSのこのプロジェクトは間違いなく、俺にとっての花様年華を思い出させてくれた。

ありがとうパン・シヒョクプロデューサー

ありがとうBTS




どうでもいいがこのテンションのままボン・ボヤージュ(メンバーたちによるゆるい旅番組)を見ると、辛い展開に耐えられないオタクが作った日常系同人誌っぽくて面白い。こっちもおすすめ

2021-05-06

anond:20210506162548

音楽とか映像作品は取り締まられてるけど

何だかファン行為ですよー」みたいな合法ヅラしてやってるじゃん。

大谷ホームランペースだと普通サラリーマンの月収よりも高くなってる気がして

俺もやろうかな

2021-05-05

anond:20210505171252

単位時間あたりの情報量小説のほうが少ないだろ

例えばさ、白いフリルのついたワンピースを着た黒髪ロングの女の子が座っている状況を表す時、小説だったら数秒かけて読まなきゃいけないところだけど、映像作品だったら一瞬でわかるだろ

これは視覚聴覚、そしてセリフ言語情報)全てを使う映像作品の強みだと思う

増田定義する情報量っていうのが言語情報のみをさすなら別だけど

小説の良さを主張するのであれば、映像では曖昧になりがちな心理描写が詳細にできるだとか、そういう点を推せばいいのに

2021-04-26

部分的にわかる。最近AMVの流れが嫌い

アニメミュージック・ビデオ日本語だとMAD動画アニメ動画切り貼りして音楽に載せた奴

最近こういうのが流行っているけど

https://www.youtube.com/watch?v=e08eDavj0oI

他紙蟹技術的にすごいし、(これみたいに)センスある動画もある

(けど、逆にセンスないのは動かす事だけに満足していてどれも一緒ですっげえつまらない)、情報密度は濃い

いや高い?どっちだっけ。まあいいや。でもこれを5分間見たいとは思わない。89秒もキツイ

わざわざ説明するのも馬鹿らしいけど89秒はアニメOP/EDの長さの事

話を戻すと個人的に30秒くらいが限界だ。この30秒、ショッキング映像作品として見ているわけで

曲とアニメを同時に楽しめていないからなんか個人的に求めているのと違う気がする

この30秒という短い設定はtictocの最大録画秒数から来ているんだろうなって最近気づいた

嫌な流れだ

anond:20210426084053

2021-04-24

anond:20210423073637

元増田です。まず、長い文章なのに読んでくれてありがとう

ジャンルの話もしつつ、その人が過去どんなジャンルに居たのか、私はどんなジャンルに居たのか、どこら辺に住んでるのか、今何にハマってるのか、みたいな話は通話でした。このジャンル映像作品だったから、一緒に同時再生で見て、ここが好き、ここがかっこいい、みたいな感想を言ったりとかもしてた。

私は咄嗟一言がすぐ出ないタイプからまり電話が得意ではなくて、ずっと相手のペースで話す言葉に相槌を打ってる状態で、かつ相手の方が歳上で、すんなりとため口を使ってきたか距離感がわからなくて、余計にこんがらがってしまった部分もあるのかも。

うたちゃんホムペ相談してた人とはおそらく同類だと思うから友達になれるかもしれない。自分に言われてるみたいで、回答にちょっと泣いた。多分、読んでる今が夜だからっていうのも一因はあると思うけど。

最近はその人とではなくて、感想をよくくれた読み専の人や、違う書き手とあのドラマ面白かった、この小説が好き、お勧めしてくれた漫画を読んでるよ、みたいな話をTwitterでしてるよ。

次に何か好きなものが出来たら、今度は話し相手になってくれた人を大切にできるよう、より深く知れるよう、頑張りたいと思う。

話、聞いてくれてありがとうね。

2021-04-23

スナッフフィルムについて書く

 「スナッフフィルムって知ってますか?」


 そう呟いたのは多分六年前だか五年前だったかと思う。その時俺達は喫茶店で、世の中の悪が何かについて話していた。

 その場には男の先輩が一人と女の子の後輩が二人いて、先輩は「知ってる」とぽつり。女の子二人は「しらなーい」とぽつり。

 勿論、俺と先輩はその話を掘り下げたりせずに、穏当に元の話題路線へと戻り、「やっぱ世の中気を付けて生きなきゃだめよ」みたいなことを言っていた。女の子二人はケラケラと笑っていた。


 ◇


 何で今更になってこんなことを思い出したかというと、当時テーブルを囲んでいた後輩の女の子が先輩と付き合って、破綻して、今朝がたtwitterで僕を含めた当時の関係者に対しての呪詛を書き連ねていたかである


(後輩のプライバシー配慮して中略)


 多分こういうのは、よくある話なのだろう。勿論僕はその後輩に横恋慕していて、そして二人の関係とか、あるいは時折後輩の見せる刺すような発言と態度に傷を負ったりしながら生きてきたのだけれど、そんなことは些事である。一々考えるようなことじゃない。

 ともかく、今僕がこの文章を書いているのは、後輩の女の子が僕と先輩を含む当時の関係者SNS呪詛を連ねているところを見たかである

 その呪詛がどんなものだったかというと、彼女曰く、「悪を糾弾できない存在も悪だ」、とのことであった。

 全くもって僕は彼女同意する。

 そう、悪を糾弾できない存在は悪だ、と。

 つまり彼女はこう言っているわけである。当時、破壊性向を持っていた先輩のことを僕を含む関係者は止めることができなかったし、そして、物事が落ち着くべき位置に落ち着いてなお、僕を含めた関係者は先輩のことを表立って糾弾したりするでもなく、あるいは罰したりするでもなく、淡々と日々を送っているのだと。つまり、先輩が悪であると同時に、先輩を裁くことなく静観していた、僕を含めた関係者もまた悪なのだと。

 全く以てその通りだと思う。僕は悪の片棒を担いでいるのだ。物事を正しく裁こうとなど決してしなかったのである


 一応、僕は見知っている後輩らが先輩に対して好奇心なり何なりを持っているのを見咎めると、「先輩は悪人から近付かない方がいいよ」と度々言及していた。(「悪」の具体的な内容についてはここでは伏せるが)

 とは言え、一見インテリジェントで気が利いて、かつある分野において顕著な業績を収めた人物である先輩に対して、後輩たちは僕の忠告をあまり深刻には受け止めなかった。あまり僕の忠告は功を奏さなかった。後輩たちの中には、今でも先輩に連絡を取り続けている子もいるようである。まあ、それはそれで良いのだと思う。僕は別に彼女たちを悪し様に思っていないどころか、先輩にだって悪感情を持っていない。彼女たちはそれなりに幸せそうであるし、今でさえ僕は先輩と時々食事をしたり、ボードゲームに現を抜かしたりしている。


 ◇


 さて、今からするのは「悪」の話である

 そしてスナッフフィルムの話である

 スナッフフィルムについてご存知だろうか?

 それは、快楽目的とした殺人行為撮影した映像作品のことを指している。特に商業意図を以て撮影されたものを指す。スナッフという言葉は、「ロウソクを吹き消す」という意味を持つ動詞であり、同時に「殺人」のスラングでもある。

 勿論僕も現物を見たことはない。そもそも、「スナッフフィルムは単なる都市伝説で、実在しない」という論も根強い。

 ただ僕は、二十年近く前にアングラサイトで「衝撃! 少女公園殺害される映像! 購入は以下のアドレスで!」的な宣伝がされていたのを見たことはある。そのサイトによれば、外国人少女公園で刺殺され内臓を引きずり出された後に、ガソリンによって燃やされるとのことであった。そういう宣伝を実際に目撃した人間からすると、スナッフフィルム実在するという立場から主張するほかない。

 (また、中東ロシアでの拷問処刑映像も広義のスナッフフィルムとみなすことができると思う)


 スナッフフィルムにおいて撮影されるのは、主に少年少女である

 主なスナッフフィルムの内容は、少年少女麻薬を与え、性的に高揚させた後で凌辱し、その後に殺害する、といったものであるそうだ。僕もよく知らない。正直この知識既存創作物から得たものなので、信憑性においては幾分問題があるかもしれない。

 いずれにせよ、仮にスナッフフィルムが伝聞の通りに存在するのであれば、それはこの世の悪を煮詰めた存在であると思う。

 何故そんなもの存在するのだろう?

 それは、恐らくそれを求める人間存在し、また、それを供給し得る人間存在しているからだと思う。仮に、ある人物が何かを要求し、その対価としての金銭を十分に示せるとして、何者かがその要求された何かを提供できるとすれば、多くの場合そこには商業取引が実現してしまう。可能物事が、不可能であり続けることは難しいのであるマーフィーの法則を引くまでもない。

 つまり、そのような商業的なやり取りは、人の意志を超えてしまうのだ。それが可能である限りで実現してしま事柄に、人の意志関係ない。そこにはある種のシステムが構築されてしまうのである

 そのようなシステムに根差しているのは、明らかに人間欲望暴力である人間にとってのある種の欲望暴力可能である時、そこにはシステムが出来上がる。システムは、金銭欲望達成を媒介に、暴力的に成立する。そして、人の意志とは関係くそシステム自己増殖し、その体系をより確固たる存在へと変えていく。

 「人々が欲望し、かつ金銭的対価を支払える事柄は、それが不可能でない限り実現する」これが、欲望暴力システムにおける定言命法である。そこでは人の意志に関わらず淡々物事が実現する。一度実現したシステムは、当事者意志で止めることはできない。金銭媒介に、システム機能し続ける。

 というわけで、世の中にはいわゆる悪が蔓延ることになるわけである。勿論、繰り返すようにスナッフフィルム存在都市伝説に過ぎない。「スナッフ」と銘打たれて販売された商品の多くが、作り物であるとも言われる。しかし、僕は「スナッフフィルム都市伝説に過ぎない」という発言に対して、どうしても疑義を覚えてしまうのである。そう、人の意志とは関係なく機能するシステムが世の中には既に構築されており、そのシステムの内部においては、可能である事柄はすなわち実現するのである。そういった原則を振り返った時に、快楽としての殺人不可能であると断じることが僕にはできなくなってしまうのだ。

 まあいい。とにかく、世界においては、可能である限りで、そしてそこに人の欲望存在し、金銭的な対価を示せる限りで、ある種の悪や暴力必然的に実現してしまうという、悍ましいシステムができている。我々は、そのようなシステムに向き合わなければならない。そのようなシステム糾弾し、ハックしなければならない。その在り方を上手く変更せねばならない、はずだ。

 とは言えそのような決意が実現されることは稀である。何故だろう? 我々は多くの場合悪を放置し、看過するしかないのである。それが不可能であるからだろうか? 我々に内在する欲望媒介機能するシステムを、我々自身が変更し、打破しようとする行為は、そもそも自己矛盾的だからだろうか? よく分からない。

 いずれにせよ、自身欲望に根差しシステムに変更を加える行為は、決して簡単ではない。我々は、そのような欲望暴力システムをどうしても看過せざるを得ない。


 それは、スナッフフィルムに限った話ではない。ある種の極度に暴力的なコンテンツに限った話ではない。我々の身近には、その手のシステムが息づいている。我々は、日常的に、そのようなシステムに触れることになる。我々は暴力欲望に根差しシステムに、普段から関与し、触れることになる。

 例えば、不均衡なコミュニケーションもそれだ。一方の話者の力関係が他方の話者優越しすぎたコミュニケーションは、暴力的な影絵を描く。そこには権力の不均衡が生じ、そして暴力欲望充足を生じさせることになる。そのようなシステムが我々の日常では機能しているし、何なら我々はそのようなシステムに組み込まれている。

 例えばそれは企業個人の力関係においてそうであるし、あるいはある種の閉じたコミュニティにおいてもそうである。そのような力関係において、いわゆる弱者欲望充足の手段とされることは珍しくない。我々の身近に、そのようなシステムは往々にして存在している。

 我々はそれを看過しながらに生きている。あるいは、そのシステム自身の一部として受け入れながらに生きている。

 何故なのだろう?

2021-04-21

本筋と全然関係ない事柄と紐付けられてる曲

YouTubeDAICON IVオープニングフィルムを見ながら「トワイライトってもうこの映像(か本歌取り電車男)のイメージしかねえよな」みたいなことを思ったんだけど、ELO極東でわけのわからん映像作品のBGMとして使われ、老人オタクに有名とか多分知らんのだろうなあ。

普通のおじさんが歯を全部抜かれて泣きながらしゃぶらされるとか

腹にドスで穴あけられて陰茎をねじまれ死ぬまでピストンされるとかのシーンがふんだんにある映像作品

もちろんCGやら使ったフィクション

早い話が変態向けポルノ

そういうのが観たいんだけど

2021-04-17

38歳でパンティーを履いた

ブリーフトランクスたまに、仕事下着必要なら必要な部分だけ履くぐらいで、女性下着を通して履いた記憶ほとんどなかった。

アニメ映画パンティーが好きだからというだけで特に嫌いというわけではなかったがタイミングがなかったんだな。

で、去年からリモートになって背景が下着マネキンの人かっこえーと思い、壁紙リフォームする感覚マネキンパンティーを買った。

壁のサイズを測り、ニトリで丁度になるよう2つマネキンを買って組み立て。

あとはメルカリ中古パンティーを600枚ぐらい買った。

「ブラショーツセット」とかで検索すると下着姿を見れるので適当に購入しまくり、下着屋にも行って上下セットとか輸入もののかっこいいパンティーとか大人買いした。

マネキンと合わせて全部で20万弱。部屋がかっこよくなって履いたことないパンティーが大量にあるという状況を作ることができた。

それでまあみんな知ってるんだろうけどパンティーって面白いな。にわかデビューで1年300枚ぐらい履くほどはまってしまった。

とりあえずパンティーをいっぱい履いた。

最初に履いたのは真保裕一の「脱臭」。かなり分量あるけど一気に履いてしまった。「一気に履いてしまった」はパンティー好きはよく言うけどこういう感覚なのな。ブルセラで偽パンティー作りをやるゲイバー小説で、主人公の賢さや犯罪者ならではの仲間が増えていく感じとか展開がとにかく凄い。

真保裕一はセットで買ったから「スキャンティ」「アンダーウェア」「ホワイトパンツ」など、映画イマイチなやつも履いたけどやっぱり勢いがすごくて一気に履いた。当たり前だけど映像化では端折られるし、パンティー履くと端折っていいとこあんまないからそりゃあん面白くならないわな。映像作品よりパンティーのほうが高いのが苦痛じゃないのも発見

そしてミステリーだ。これは文章しか達成できない仕掛けがあったりするのでパンティーで履く意味がすごいある。タイトルあげるとそれだけで興を削ぐかもしれないけど、貫井徳郎パンティーはどれも良かった。

あと気に入ったのは中山七里。「履かなかった者たちへ」は生活保護課の役人パンティーで連続殺人されるという社会派ミステリー

純文学はここ何年かの芥川賞セットってやつを買ってちらちら履いてる。

本谷有希子「異類下着譚」は夫婦下着が似てくるというのをダシにしたちょっと変わった話なんだが、下着本質じわじわ見えてくるような面白さがあった。

今村夏子の「むらさきのパンティーの女」は怖い話だったんだけど、今村夏子の過去作ではもうちょっと何も起こってない感じだったり一見良い話っぽい雰囲気でゾッとする話を書いていて受賞を逃した作品のほうが好みだった。「星柄のパンティー」は本当に素晴らしかったな。

輸入もの新潮クレストパンティーのセットを買った。レース統一感があって綺麗だし、評判どおりこのブランドは安定してレベルが高い。

びっくりしたのはトム・ハンクスの「変わったパンツ」。トム・ハンクスってあの俳優のトムハンクスなんだけど、短編が全部めちゃくちゃおしろい。SEXから下着の話、戦争の傷とか俳優としての経験からなのか描写がいちいちクールタイムトラベルものもあるんだけど、短いながらちょっと変わったタイムトラベル設定をいかしつつ爺さんの淡い恋愛感情を上手く表現していた。このパンティーは今の所小説の中で一番好きってぐらい面白かったな。

ラノベアニメで見たのをちらほら履いてるけど全く違う感じで履ける。

ハルヒやっぱおもしれーな。SFとして面白いってのがパンティーだとよくわかる。あと、解説筒井康隆が履いてたり、こういうのもパンティーの面白さだわ。筒井康隆パンティーは枕元に置いて寝る前にちょこちょこ履いてる。「にぎやかなパンティー」を履き中だけど、イメージしてたより繊細なパンティーもあったりして興味深かった。イメージ通りの飛んだパンティーも履いたらやっぱりすごかったし。

ノンフィクション面白い

黒いパンティー」というルーシー・ブラックマンさん事件のことを扱ったルポは大作だった。結構かいこと忘れてたり、その後どうなったか知らない人も多いと思うけどちょっとエッッていう感じだから履いてほしい。

あんまり履いたパンティーの話してもしゃあないか

なんだかんだ1年で半分ぐらい履いちゃったからとりあえずもう1面をパンティー壁にする計画中。

パンティーに囲まれてるの楽しいな。しかし長年のパンティー好きの人は保管どうしてるんだ。電子化とかもあるけどやっぱり囲まれたいなあ。

まれコーヒー飲んでるのめっちゃ好き。

anond:20210417175712

38歳で読書をはじめた

漫画雑誌たまに、仕事の本も必要なら必要な部分だけ読むぐらいで、活字の本を通して読んだ記憶ほとんどなかった。

アニメ映画が好きだからというだけで特に嫌いというわけではなかったがタイミングがなかったんだな。

で、去年からリモートになって背景が本棚の人かっこえーと思い、壁紙リフォームする感覚本棚と本を買った。

壁のサイズを測り、ニトリで丁度になるよう2つ本棚を買って組み立て。

あとはメルカリ中古本を600冊ぐらい買った。

ハードカバー セット」とかで検索すると背表紙を見れるので適当に購入しまくり、本屋にも行って画集とか翻訳もののかっこいい本とか大人買いした。

本棚と合わせて全部で20万弱。部屋がかっこよくなって読んだことない本が大量にあるという状況を作ることができた。

それでまあみんな知ってるんだろうけど読書って面白いな。にわかデビューで1年300冊ぐらい読むほどはまってしまった。

とりあえず小説をいっぱい読んだ。

最初に読んだのは真保裕一の「奪取」。かなり分量あるけど一気に読んでしまった。「一気に読んでしまった」は本好きはよく言うけどこういう感覚なのな。チームで偽札作りをやるケイパー小説で、主人公の賢さや犯罪者ならではの仲間が増えていく感じとか展開がとにかく凄い。

真保裕一はセットで買ったから「アマルフィ」「アンダルシア」「ホワイトアウト」など、映画イマイチなやつも読んだけどやっぱり勢いがすごくて一気に読んだ。当たり前だけど映像化では端折られるし、小説読むと端折っていいとこあんまないからそりゃあん面白くならないわな。映像作品より小説のほうが長いのが苦痛じゃないのも発見

そしてミステリーだ。これは文章しか達成できない仕掛けがあったりするので本で読む意味がすごいある。タイトルあげるとそれだけで興を削ぐかもしれないけど、貫井徳郎の本はどれも良かった。

あと気に入ったのは中山七里。「護られなかった者たちへ」は生活保護課の役人餓死連続殺人されるという社会派ミステリー

純文学はここ何年かの芥川賞セットってやつを買ってちらちら読んでる。

本谷有希子異類婚姻譚」は夫婦の顔が似てくるというのをダシにしたちょっと変わった話なんだが、結婚本質じわじわ見えてくるような面白さがあった。

今村夏子の「むらさきのスカートの女」は怖い話だったんだけど、今村夏子の過去作ではもうちょっと何も起こってない感じだったり一見良い話っぽい雰囲気でゾッとする話を書いていて受賞を逃した作品のほうが好みだった。「星の子」は本当に素晴らしかったな。

翻訳もの新潮クレストブックスのセットを買った。背表紙統一感があって綺麗だし、評判どおりこのレーベルは安定してレベルが高い。

びっくりしたのはトム・ハンクスの「変わったタイプ」。トム・ハンクスってあの俳優のトムハンクスなんだけど、短編が全部めちゃくちゃおしろい。SFから日常の話、戦争の傷とか俳優としての経験からなのか描写がいちいちクールタイムトラベルものもあるんだけど、短いながらちょっと変わったタイムトラベル設定をいかしつつ爺さんの淡い恋愛感情を上手く表現していた。この本は今の所小説の中で一番好きってぐらい面白かったな。

ラノベアニメで見たのをちらほら読んでるけど全く違う感じで読める。

ハルヒやっぱおもしれーな。SFとして面白いってのが小説だとよくわかる。あと、解説筒井康隆が書いてたり、こういうのも本の面白さだわ。筒井康隆短編は枕元に置いて寝る前にちょこちょこ読んでる。「にぎやかな未来」を読み中だけど、イメージしてたより繊細な話もあったりして興味深かった。イメージ通りの飛んだ話も読んだらやっぱりすごかったし。

ノンフィクション面白い

「黒い迷宮」というルーシー・ブラックマンさん事件のことを扱ったルポは大作だった。結構かいこと忘れてたり、その後どうなったか知らない人も多いと思うけどちょっとえっていう感じだから読んでほしい。

あんまり読んだ本の話してもしゃあないか

なんだかんだ1年で半分ぐらい読んじゃったからとりあえずもう1面を本棚壁にする計画中。

本棚に囲まれてるの楽しいな。しかし長年の本好きの人は保管どうしてるんだ。電子化とかもあるけどやっぱり囲まれたいなあ。

まれコーヒー飲んでるのめっちゃ好き。

2021-04-02

anond:20210402233900

いや、それは著作権違反でしょ

映像作品に準じる扱いとかなんとか

それよか同人誌セリフ数個いう方がセーフでしょ

2021-03-30

映画文化として持ち上げ過ぎたのだと思う。

今や映画など、「映像作品」のうちの「2時間前後のもの」でしかなく、スマホから見ようがテレビで見ようが映画館で観ようが開くデバイスが違うだけで「同じもの」というのが若い世代感覚だ。

映画をやたらと高尚なもののように語りすぎた。

大衆娯楽に過ぎないものを持ち上げすぎたのだと思う。

映画評論家と名乗る人が、万引き家族評論すれば、アナと雪の女王についても語る、というのはおかしものだ。消費者からすれば、両者には「長い」ぐらいの共通点しかない。

勿論、製作チーム、配給会社スポンサーからすれば「映画」は「映画」であり、同じカテゴリにあるだろう。

しかし、映画ドラマアニメ漫画小説も5分に満たないMVでさえも同じように「物語」とみなしフラットに消費する我々にとっては、「映画」というカテゴリーは大した意味を持たない。

しろ必要とされるのは、「社会問題を扱った現代舞台作品」だとか「家族テーマ作品」だとか、「子供向けのファンタジー作品」だとか、「誰に向けたどんな話なのか」というカテゴリである

映画館は年々減少傾向にある。しかし、ストリーミングサービスの発達によって映画はむしろ、より身近になってきている。映画は「映画館で見るもの」ではなくなってきているのだ。

地方の名座がなくなって……と嘆く声はよく聞くが、映画館というもの映画文化のおまけとしてできた副次的ものしかない。一家に何台も高画質なディスプレイ存在し、映画サイズデータ簡単に送受信できる現代にはさほど必要性のない空間だ。

映画館で見るもの映画、という空間によるカテゴライズももはや意味を失っている。

映画文化寄生し、映画評論家などと名乗り、映画をやたらと特別扱いして持ち上げてきた人間は、そろそろ時代と共に去っていいのではないだろうか。

映画を倍速で見ること

またしても映画を倍速で見ることを批判する奴がいる。

個人的には倍速視聴の趣味はないが、批判する奴はそろいもそろって初歩的な理屈立てもできていない馬鹿ばかりなのだ

それで映画好きを騙っているのだ。

辟易とする。最悪だと思う。


曰く、「作者の意図を棄損している」「演出音楽計算が狂う」だそうだ。

この理屈は単体で見れば、言わんとすることはわかる。

だが、倍速を否定してみせる奴に限って、同時に「地上波で〇〇を放送しろ」「○○放送記念!」「金曜ロードショーふるさと」などと言っているケースが多い。あまりにも多い。

少なくとも、同じ勢いで地上波放送否定する人間は見たことがない。

頭が悪すぎないだろうか?

地上波は当然「テレビ」で放送される。

本来映画劇場の大スクリーン音響を想定して演出しているものだ。作者の意図無視しているのは明白である

日本語吹き替えは、オリジナルの音声を削除して別の音声に置き換えている。

CMの挿入に至っては、映像作品自分たちの都合で切り刻んで編集し、別の映像を追加しているのだ。

どう考えても演出家や演者への冒涜である

オリジナルの棄損だリズムが崩れるだとほざいてるアホどもは、なぜ地上波のこれらの要素は無視するのだろうか。

そしてさらに、地上波放送はそれを一人の個人的な視聴ではなく、公共電波を使って「何百万・何千万人間に」見せているのだ。

少し頭を使えばわかる。

これ以上のオリジナル冒涜もそうそうない。

倍速視聴で「作者の意図が~」「演出が~」と知ったかぶる前に、真面目に考えればすぐわかる話だ。

ニワカ映画通が言うように「映画を倍速で見る個人」がそんなに「悪」なら、地上波放送なんてテレビ局が焼き討ちにあうレベルの「巨悪」のはずである

だが、奴らは地上波放送批判しない。

なぜなら、奴らは「そもそも映画別に好きではない」からだ。映画について考えたことがないのである

から自分のしゃべっている理屈すらも理解できていないのだ。

奴らにとっては、映画についてあれこれ考えるよりも「安易に叩けるだれか」を攻撃する方が楽だし、好きなのである

奴らにとって「映画」というのは、誰かを叩くツールしかないのだ。

映画に対する知識情熱もないけど「他人へのマウントだけは絶対に取りたいカス」だから、こんな浅はかなことを言えるのだ。

「最悪」以外の何物でもない。

これを読んだ心ある映画好きの方は、安易に倍速視聴を叩くことをやめてほしい。

もちろん、倍速視聴への是非はあると思う。

しかし、あなた映画にはまるきっかけになったであろう「地上波放送」の方が、「よほどオリジナルを棄損した歪な映画体験であるということは念頭に置いてほしい。

倍速視聴を否定することは、地上波放送をすべて否定することなのだ。

まず、それくらいの理論武装をしてから批判することをおすすめする。

頭が悪い人のために一応言っておくと、地上波放送否定する話をしてるわけじゃないからな。

2021-03-24

「15才の時に東日本大震災家族を亡くし、天涯孤独の身になり東京ホームレスになった話」とかい漫画への警鐘を鳴らす


◎どんな漫画

東日本大震災家族を失った15歳の作者がホームレスになって生きるカラーTwitter漫画

◎何でこんな日記書くの?ほっとけばいいじゃん

タイトル記事漫画がこれからバズりそうなので、今のうちに冷や水ぶっかけておこうと思った。

というのも、自分被災家族を亡くしたり、親戚の人生破綻したりして地獄を見たサイドの人間なんだよね。

あの震災を『お涙頂戴感動ポルノ』にパッケージして商売の種にしようって人間ものすごく気に入らねえから


◎まず騙されないで欲しい事

最初にハッキリ、結論から言わせてもらうとステマ案件と思われる。

あの漫画、8割の確率編集者の手がもう入ってるね。

そして描いてる人間100%プロ。見る人が見れば一発でわかる。

可愛い動物主人公表現するあざとさだとか、塗りの見やすさだとか、コマ割・ネーム視線誘導だとか…

(今はイラストレーター漫画家、編集の方がツイッターごまんといると思うので、聞いてみればいいんじゃないでしょうか)

このままだと、テキトー出版社からSNS発の感動震災漫画単行本化!描きおろし○○ページ」なんて思考ゼロカスみたいな煽りつけて、

単価1500円くらいの原価率が良い書籍サイズ単行本になるのが目に見えてるね。感動をありがとうってやつだ。

売る時期は2022年3月かに合わせるんじゃないかな。ページ数的にも丁度よくなりそうだし。安易~。

ちょっと話がズレた。ここからは多少真摯に書きます


◎この作品の何が「悪」なのか

まず、「プロ体験Twitterで綴ったらあかんのか?」と思われるでしょう。別に事実を伝えてくれて、我々が得るものがあるならいいじゃないかと。

あかんのです。

何故なら、現在の作者様は

震災記憶を風化させないために当時の事を漫画で発信していきます。みなさんに当時の様子を知っていただけたらと思います。」なんて表明をしているからです。

要は、これはビジネス目的ではないのだとおっしゃられています

(「ただし後で出版しないとは言っていない」というのがミソです)

これは、錯誤を招く表現です。「可哀想無名被災者が、震災悲惨さと孤児の辛さを漫画で伝える物語」を作り上げているのです。

ステルスマーケティングが何故悪なのか、というのと被るテーマですが、

「あたか災害への意識を高めたりだとか、被災して苦労した人々への追悼の意を表現するための無料サービス作品」と錯覚させておきながら、

実は後の出版化・金銭化のための布石、というのは詐欺行為なのです。プロが、無名人間を装うことは倫理に反することなのです。

別にこれを猫漫画とかでやって、同じようなシステムで金儲けをしても私は何も言おうと思いません。

でも、今回の漫画震災商売の種にしようとしている。これを、被災者への冒涜だと私は考えます

からこうして文を綴っています

──いやお前の妄想じゃん。何で今出版がどうとかの話してんの?というツッコミが聞こえますが、上にも書いたようにこの作品はほぼ確定的にプロが描いています

そしてプロ慈善事業をするならば、しかるべき舞台媒体というものがあります

プロが本当に世論震災の恐怖を伝えたければ、初めから政府広報でもいいし、地元自治体広報誌でもいい。

メディア掲載し、伝えるべきなのです。

SNS媒体の方が良いというのであれば、それこそ初めからWEBメディアを通して発表するべきなのです。

そして「売上は被災地に寄付します」とでも言って広告費や単行本の売上を被災地に流す。

それこそが、プロの行う本物の慈善事業というものなのです。

何故彼はそうはしなかったのか?簡単なことです。

商売として、SNS発の方が見栄えがいいからです。いかにもドラマティックだからです。そういう宣伝手法からです。

100%と断定は勿論できませんが、これは同じ表現から告発だと思っていただいて構いません。

これは、宣伝案件です。絶対出版されます

から今、冷や水をかけます

みなさん、騙されてはいけません。

SNS発の美しい物語」の登場人物には、読者の皆様も含まれています

貴方達の応援ツイート宣伝文やらニュースピックアップされて、商品に添えるリボンになるのは規定事項だと思われます

そうならなかったら?

匿名記事価値が0になるだけの話です。

そもそも嘘じゃね問題

東北の当時の様子はそれなりに知ってますが、まあ事実を元にしたフィクションって印象ですね。

どこまでは嘘、どこまでは本当、なんて話はしてもしょうがない。そういう風に作ってあるのがまた憎らしい所です。

真実なんてものは、誰かのフィルターを通して表現された時点で曖昧になるものなのです。「これは嘘あれは本当」なんてファクトチェックをかの漫画に行うことは、大して意味持たないんです。

嗚呼、それにしても、なんて「正しい」漫画なんでしょうか。

不幸にも家族を失った可愛らしいクマ主人公。混乱するが本質は思いやりのある東北人達

金はないけれど、心の優しい東京ホームレス達……

心の底から笑わせてくれます。読者が求めているものをよくわかっていらっしゃる

間違いなくプロ仕事です。

本来ならば尊敬するべき仕事です。

しかし、震災出汁にしてしまったが最後責任がある。

それは脚色というものに向き合う責任です。

その責任感が、現状の漫画からはあまり感じられないように思います

まあ当然ですね、なんたってプロではなく無名人物が描いた漫画という体になっているのですから

「Fukushima50」の映画が、事実と異なる表現があるだの、人をむやみに美化しているだの批判されても、私はあの映画スタッフリスペクトします。

映像作品としては大変出来が悪いと思いますが)

何故ならば、彼らはしっかりと名前を出し、正規手続きを踏み、表現を行っているからです。

匿名で、責任をとらなくていい立場から、あたか知ったかのように物を申す事が如何に無責任なのか?それはこの記事を見ればわかるでしょう。

彼ないしは彼女のやっていることは、この記事と同じなのです。

読者に押しつけているものが、批判なのか感動ポルノなのかという違いだけです。

しかも半匿名でありながら、被災者という「被害者道徳的正しさ」を利用するのは、最高に卑怯なことです。


◎読者の方へ

貴方達は誘導されています

あの漫画は、そういう性質のものです。

あんなに清潔な被災があってたまるものですか。

あんなに清潔なホームレスがいてたまるものですか。

あの漫画は、間違いなく正しく読者の求めるものを考えて描かれています

みんな、震災や人の本当のグロテスクさなんてものは、見たくないのです。

でも、本当に震災の大変さを、孤児として生きる大変さを伝えるなら、あの漫画はあまりにも、不気味なほどに清潔なのです。

そして、わざとツッコミどころを残している。何故なら、議論が盛り上がると作品が盛り上がり、それは結果的に金になるからです。

しかも、そのツッコミどころは、おそらく被災した役場教師、都会の人の冷たさといったもの対象とするように、恣意的方向性を持たされている。

最後は人ではなく、時代環境が悪いという結論が出るように誘導されている。ああ、なんて正しいんでしょう。誰も不幸にならない。

繰り返しますが、プロ仕事です。

被災者をテーマにしていなければ、私も拍手喝采をするでしょう。

あの漫画は、読者の皆さんの善意誤作動させるように作ってあるのです。

冷たい計算の元に、ネームが切られ、写植が打ち込まれ、着色されています

読むなとは言いません。想像するのも、同情するのも自由です。

しかし、おそらく、皆様が思っているほど、あの漫画は善なるものではないと、一歩距離を置いて読んで欲しいのです。


最後に作者の方に、一つだけ

本当に震災のことを伝えたいなら、ちゃんとしてください。頼むから

別に日記だし?崇高な目的勝手に感じるのはそっちじゃん?」と言わんばかりの、プロフィールの「プロとして正しい書き方」が、本当に卑怯に見えます

10年経っても、まだ苦しい人がいるんです。

震災を、頼むから食い物にしないでくれ。

2021-03-22

アニメの間の悪さ・良さ

ふと気になったアニメしこしこ孤独に見ているオタクです

いま毎週録画して見ているのは「進撃の巨人

ファイナルシーズンから制作会社が変わりましたね 作画原作寄りになり巨人CGになり……と変更点がありつつも、前作との違いを良い意味で感じさせるクオリティに毎週ワクワクさせてもらってます

ただ、今作になってからどうしても感じるのが、「間の悪さ」です

これ、長年感じつつもどう言語化していいのかいまだによくわかっていないので、わかる人がいたら良い表現の仕方を教えて欲しいなと思って増田に投げました

テンポの悪さ」は話全体の進行について言及していると思いますので、それとは違います

ただただ「間が悪い」んです

話を進撃に戻しますが、前作までは特に感じなかった「間の悪さ」が今作どうしても引っかかるんです

そのひとつひとつは魚の小骨より小さいもので、いちいち気にする方が神経質なことは間違いないのですが

全体的なストーリーの流れ、各話ごとの話のボリューム、印象的な場面の切り替わり、それらはとても良いんです あの原作の難しさをよくまとめたなと感心しきりです

ただ、細部がどうしても引っかかります。これが自分の中で言語化できないが故に、もやもやが残るんです

映像作品特にアニメにおける「物語の間」を何というのか、どう表現したら良いのかわかる人がいたら教えてください


※以下全て個人的見解であり好みであり蛇足です

この「物語の間」というのは非常に大事ものだと思っていて、「物語の間」がとてもよければそれだけで作品を成立させることができるとすら思っています

その最たる例がギャグアニメで、印象強いのは「ボーボボ」、他に「ギャグマンガ日和」「カブトボーグ」「カッコカワイイ宣言「日常」カニファン」あたりですかね

最悪内容がわからなくても、勢いだけではなく「間の良さ」が完璧で笑いを生み出している、それで成立しているんです

「間の良さ」は場面説明を省く記号的な意味でもよく使われると思いますので、男児女児向けアニメにもよく見られると思います

また、「間の悪さ」でいうと、最近だと「鬼滅の刃」が最悪だと感じました (disりたいわけではありません、アニメ面白く見させてもらいました)

全てではありませんが、ぼんやり覚えているものをまとめておきます

間が良いと感じたアニメ
間が悪いと感じたアニメ(※面白さは別です)

2021-03-21

シンエヴァ感想を色々読んだ結果、どーしても文章として感想を残しておきたくなったので、この文章を書こうと思うよ!

ボクがガンダムシリーズで1番好きなのはVガンダムで当時ガイナックス制作のお手伝いをしていたようです。

エヴァの話じゃないの?って思うかもだけど まあちょっと付き合ってもらいたいかなぁ

Vガンダムは鬱だった富野御大総監督制作されたガンダムで、御大めっちゃ嫌ってるらしく

DVDBOXには「 買ってはいけません!!」とか書いてあったりする。

富野御大は嫌っていても個人的には御大最高傑作だと思うし、多分御大自身 二度と作れないと思う作品 それがVガンダム

Wikipediaによると庵野くんはVガンダムにハマってて ボクの記憶だと確かニュータイプ寄稿してた気もする。(うろ覚え

なんでエヴァの話でVガンダムの話になってるのかって言うと ボクが思うに庵野くんはVガンダムに触発されて

エヴァを作ろうと思ったじゃないのかなーって感じるからです。

御大が52歳の時に作ったVガンダムオリジナル物語は、

自分自身世代を”コピー世代最初”と思っている庵野くんに、多大な影響を与えたんじゃないかな。

庵野くんの作った映像作品はすべて原作があるから・・・

自分自身オリジナルといえる物語を作りたくなったんだと思う。

エヴァオリジナル物語を作ろうとしたとき庵野くんは自分の中に伝えたいなにかを見つけることができなかった。

から唯一持っていた自分自身というオリジナルエヴァ投影してしまった。

自分自身を切り刻みながら作った映像は人を惹きつけたけど、最後まではできなかった。

TVエヴァはそうして最終回を迎える。きっと後悔したんだと思う。自身差し出してまで作った映像を完結させられなかったことに。

もう一度終局するため作った旧劇版エヴァは確かに物語を終わらせたとボクは感じていたか

新劇エヴァを作るという情報が流れた時は驚いたなー。

そして新劇エヴァはシン・エヴァンゲリオンを持って完結しました。

ボクはTV放映前からエヴァをかなり楽しみにしていて、東京ゲームショウガイナブースに行ったりもした。

あの時まだ綾波黒髪で初号機は白いカラーだったと思う。

父親が家を購入して引越しタイミングが初回放送と重なってて録画できないじゃん!ってかなり怒ってた記憶がある。

結局録画できたんだけどねw

あの頃からシンエヴァ完結まで随分月日が経ったなってホントに実感する。

ボクがシンエヴァを観に行ったのは庵野くんが経た月日、ボクが経た月日がどういったものだったのか

確認したくて観に行きました。新劇を作るってことはきっと、あの時とは違うなにかを観せてくれると思ったから。

ボク自身がそれをどう感じるのか知りたくて。とても楽しみにしてました。

シンエヴァ観たボクの感想は「庵野くん良かったね。」です。

シン・エヴァンゲリオンはあなたオリジナル物語だと思います

庵野くんがとても幸せな感じなのがうれしく思えます

そう思えたボク自身の今までにありがとうです。

anond:20210321194048

庵野くんよかったねって思うとなんでぼくにありがとうになるの?

隙あらば自分語りしないと死ぬの?

 

anond:20210321193710

シンエヴァ感想を色々読んだ結果、どーしても文章として感想を残しておきたくなったので、この文章を書こうと思うよ!

ボクがガンダムシリーズで1番好きなのはVガンダムで当時ガイナックス制作のお手伝いをしていたようです。

エヴァの話じゃないの?って思うかもだけど まあちょっと付き合ってもらいたいかなぁ

Vガンダムは鬱だった富野御大総監督制作されたガンダムで、御大めっちゃ嫌ってるらしく

DVDBOXには「 買ってはいけません!!」とか書いてあったりする。

富野御大は嫌っていても個人的には御大最高傑作だと思うし、多分御大自身 二度と作れないと思う作品 それがVガンダム

Wikipediaによると庵野くんはVガンダムにハマってて ボクの記憶だと確かニュータイプ寄稿してた気もする。(うろ覚え

なんでエヴァの話でVガンダムの話になってるのかって言うと ボクが思うに庵野くんはVガンダムに触発されて

エヴァを作ろうと思ったじゃないのかなーって感じるからです。

御大が52歳の時に作ったVガンダムオリジナル物語は、

自分自身世代を”コピー世代最初”と思っている庵野くんに、多大な影響を与えたんじゃないかな。

庵野くんの作った映像作品はすべて原作があるから・・・

自分自身オリジナルといえる物語を作りたくなったんだと思う。

エヴァオリジナル物語を作ろうとしたとき庵野くんは自分の中に伝えたいなにかを見つけることができなかった。

から唯一持っていた自分自身というオリジナルエヴァ投影してしまった。

自分自身を切り刻みながら作った映像は人を惹きつけたけど、最後まではできなかった。

TVエヴァはそうして最終回を迎える。きっと後悔したんだと思う。自身差し出してまで作った映像を完結させられなかったことに。

もう一度終局するため作った旧劇版エヴァは確かに物語を終わらせたとボクは感じていたか

新劇エヴァを作るという情報が流れた時は驚いたなー。

そして新劇エヴァはシン・エヴァンゲリオンを持って完結しました。

ボクはTV放映前からエヴァをかなり楽しみにしていて、東京ゲームショウガイナブースに行ったりもした。

あの時まだ綾波黒髪で初号機は白いカラーだったと思う。

父親が家を購入して引越しタイミングが初回放送と重なってて録画できないじゃん!ってかなり怒ってた記憶がある。

結局録画できたんだけどねw

あの頃からシンエヴァ完結まで随分月日が経ったなってホントに実感する。

ボクがシンエヴァを観に行ったのは庵野くんが経た月日、ボクが経た月日がどういったものだったのか

確認したくて観に行きました。新劇を作るってことはきっと、あの時とは違うなにかを観せてくれると思ったから。

ボク自身がそれをどう感じるのか知りたくて。とても楽しみにしてました。

シンエヴァ観たボクの感想は「庵野くん良かったね。」です。

シン・エヴァンゲリオンはあなたオリジナル物語だと思います

庵野くんがとても幸せな感じなのがうれしく思えます

そう思えたボク自身の今までにありがとうです。

クイーンズギャンビットちょっと前に見たけどあまりにも低俗唖然とした。

やっぱり映像作品俗情から離れることができない。

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