「青春時代」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 青春時代とは

2019-06-13

必死勉強して

公立小学中学と出て周りよりも勉強して

他の人が遊んでいる時にも勉強して。

その結果、得られるのが30代1000万。

こっちは青春時代をそれなりに捨てて勉強してるのに、同じ中学出た人から

文句言われるのは何だかなぁ。

2019-06-07

Skypeもくもく会みたいなのを開きたい

社会人やりながら資格勉強したり個人開発したりってなかなかモチベ続かないからそういう人達で週2,3くらいで決まった時間

集まってスカイプ繋ぎながら特に会話とかもなく黙々と各々の勉強とか作業とかをするようなもくもく会を開きたい。

一定時間ごとに10分くらいの休憩インターバルがあって休憩時間だけは適当雑談したり各々ソシャゲとかやったりとか。

勉強するジャンルとかがかぶってたらわかる人にわからないところを相談するとかもいいかもしれない。

んで決まった時間までやったらその日の分は終わりってことで後は自由にみんなでスマブラやったり昨日見アニメ感想とか言い合ってダラダラした後解散っていう感じ。

ああ、そういえばこういうの思春期にやれてたらめっちゃ最高っぽいな。

ふと自分の暗い青春時代を思い出して悲しくなりました。

2019-06-05

anond:20190605134832

鬱と甘えははたからみたら紙一重なんだよなあ。自分の心の声しか聞かない病気だもん。

お前さんは離れていいぞ、青春時代はまだまだあるぞ。恋とセックスはしておけ。

お母さんを助けてやれ。

親父さんは絶望したといいだすだろうが、そこから這い上がるか、それともゴミダメのように生きるかは親父さん次第だ。愛情もリターンがないと枯渇して憎しみに変わるんだよ。

2019-06-04

anond:20190604080317

侮辱するつもりはなかった、と言うのは簡単だけど

思いやり文化の日本において言った言わないは意味ないよな。

本当は侮辱したんでしょ。

青春時代をバレェで浪費して他に使えるスキルなんも無しかよこの無能が」って言外に含ませたんだろ。

白状しろよ。

2019-06-03

はてなルサンチマン太郎がおおすぎ

小中高と、運動会文化祭も全くいらんと思う。めんどうくさくてつまんないだけだった。あれで達成感だの、いい思い出にとか言ってる人、社畜根性に足突っ込んでますよ。

2019/06/02 リンク Add StarNewa49shiroe5109

俺も完全に陰キャ側として学生時代を送ったけどさすがにこれには同調出来ないわ。


なんか酷いいじめられっこだったとかならそれは同情するけど

そうじゃなければ学校イベント楽しいことが一つもなかったっていうのは

それは自分があまりにもひねくれてたか積極性がなかったかというだけではないのか。

面倒くさいことはたくさんあるけど面白いとか楽しいってこともそれなりにあるだろ。


何よりこいつ(とはてなー)がまずいのは

百歩譲ってお前等にとっては不可避的に「めんどうくさくてつまんないだけ」だったとしても

それで「全くいらんと思う」とか「あれで達成感だの、いい思い出にとか言ってる人、社畜根性に足突っ込んでますよ。 」とかいいだしちゃうこと。

いや明かにあれを青春時代楽しい思い出にしてる人はたくさんいるだろ。


お前等が言っていいのは「自由参加にしてくれ、帰って寝てるから」ぐらいまでだろ。

なんで楽しんでた人達に「社畜根性」とか言わなきゃならないの?

同じ陰キャとしてもお前等みたいにだけはなりとうない。

お前らは陰キャではなく陰キャの腐ったような奴だわ。

2019-05-22

田口淳之介が捕まりました。

私の推し田口淳之介くんが捕まりました。

私は私の青春時代すべて彼を応援してました。

なんですけど、私が彼が大麻キメてること知ってました。嫁がやべー女なのも知ってました。そんでもって彼が、あん王子様みたいな顔して飲む・打つ・買うのろくでなしなのもよーーーーく知っていました。

だけど彼は仕事に対してはとても真面目で、準備もしっかりやって手を抜いたりしないんです。そして、暴力はおろか声を荒げることすらしない平和主義な人でもあります。(でもそういう人のほうが大麻やってそうではありますね)そういう、ろくでなしさと真面目さが両立しない人でした。ええ。両立しないのでした。ろくでなしさと真面目さは常にその美しい肉体の中で殺し合っていました(笑)

それと、いまいち彼は野暮ったいのです。あんなに見た目がいいのに、垢抜けないのです。それは彼のルックスが彼がありのまま振る舞うには美しすぎたんだと思います。そして、ファンもなんだかんだ彼がイメージどおりの彼を演じ続けてくれることを願っていました。だから、こんなことになってしまって、ファンはみんな彼から離れていくんでしょうけど、次に私たちが彼を見る時は、ありのままの彼に近い彼を見れるのかもしれないなと思っています

それは大麻が禁じられている日本の話ではないのかもしれませんけど。

さようなら私の王子様。いや、王子様だと思ったことはありませんでした。なんか無理してるハンサムでした。

…こういうことを、ファンレターにして送りでもしていれば、もう少し彼は頑張れたのかもと思わなくもありませんが、でも今まで彼は王子様のふりを頑張ってくれたのだから、言いっこなしだなと思って増田しました。

ありがとね。まだまだ人生これからだよ。ヤケになってもっとやべー薬に手を出すなよというファンレターは書きたいと思いますろくでなしなの知ってたぞと。

だってバラすぞって脅されるのかもとか心配する必要はもうないんですからね。気楽なもんですよ。

2019-05-20

anond:20190520011748

忍たまじゃなくなった忍者はやりたいことを青春時代に全部した

から敵に捕縛されるくらいなら自爆するんだろう

黄河忍者の悟って美人くのいち混浴でもあるのかね

2019-05-14

anond:20190514014244

アスペは甘え

青春時代全部消えてたぜ。幸い友人達のお陰でゼロではないがな。

ふざけんな。俺は部活青春時代ゼロだし、顔を思い出したい友人もいないよ

俺を不幸とはカテゴライズ出来ない辛さ

あとがき最初は色々とドラマチックに書こうとしていたが、最終的にただの自分語りになりました。多分タイトルに込めようとした物ほど深い内容は無いです。

まあでも色々とコメント頂けると嬉しいです。もう私の周りに私に背狂してくれる人が居なくなってしまったので。



あとがきあとがき)全部書き終わってみてみたら文章量えげつなくてやばい

誰にも自分の事をちゃんと話したことがないって、悲しいことです。


家もある、定職もある。俺をあやす友人もいる。俺は前よりはずっとまともになったし、人付き合いも随分うまくなった。

これも家族と俺の問題を許してくれた社会の親切な人たちのおかげだ。借金は多分50万くらいあるが、ようやく職にありつけたのでなんとかなるだろう。

商売も学んだ。小銭くらいすぐ稼げるようになった。借金の元はまあ取り返せそうだ。

俺は社会の屑でもド底辺でもない。そうならずに済んだのは全部周りのお陰だ。だから俺はギリギリ畜生になれずにいる。

誇りも倫理も人道も全部捨てた鬼になれずにいる。俺は根っからの善人だと思うが、犯罪者素養はかなりあると思っている。

俺は不幸ではないらしい。俺もそう思う。つらい時期もあったがなんとか脱した。その時につけた知恵は一生モノ

でも幸福とは決して思えない。というか俺の中に幸福基準が一切無いからなんだろうな。こうやって文字にしてみたら尚更不幸だとは思えない。かなり恵まれてる。

今一番の問題は俺が何に対しても幸福感を感じられない感性を持っている事なんだろうか。

自分語りをさせてくれ。Twitterじゃ誰も俺に関心を示さなかった。ここはそういう場所なんだろう?そして出来れば何か一言俺に物申してくれ。

悪口でも何でもいい。学生の頃もっと教師説教をよく聞いておくべきだった。もう俺の年じゃ誰も俺を思って言葉を発さないんだよ。

ちょっとナルシストで無表情で、でも別に特別他者を害したりしないから悪い奴じゃないよねって感じでそっとしておかれるんだよ。

聞いて行ってくれ。頼む。こことTwitterでだけは現実で誰にも見せたことのない俺が出せるんだ。

俺に一言物申してくれ。

遠慮はいらないぞ。多分一瞬ひるんで1日くらい落ち込むだろうが飲み込める。多分。

さて話そう。どこから書こうか。そうだ

俺は典型的アダルトチルドレンで、無関心な父親とやや過保護母親のいる家で育った。

さらアスペバカで、幼少期のころ地主が威張り散らす様な昔ながら土地引っ越してきた。近所にいたのは悪ガキ集団だったが、俺は気が弱い子ちゃんだったので色々あった。

次第に荒れた。すぐキレる。すぐキレる奴で子供はどう遊ぶか?気軽にキレさせて遊ぶ。誰もが何時ものことかと俺を見下した。

しかもすぐキレて暴れる上に好奇心が強くて普段からいたずら好きだったので、あらゆる悪事の容疑は俺にかけられた。ちなみに俺を擁護するやつはいなかった。

俺を憐れんでくれていた同級生ママも、声のでかい性悪親によるつるし上げが怖くて中立未満を決め込む始末。そんな人が居たというだけ気持ちも幾分救われるが。

ちなみに肝心の教師は俺の事を全く信用していなかった。平成といっても初期の初期だからな。SNSも無かったし俺は小さな町でひたすら1つしかないコミュニティ玩具にされていた。

多分いじめられ経験者はそいつらがどんな奴らだったかすぐわかるだろうが、わからない人のために軽く説明すると今で言うとネット暇人どもみたいな奴等だ。

自由に叩いても許される奴を見つけて、居なければ自分たちで罪を被せレッテルを張り、皆で叩いて自分たちの正しさを証明し合うのだ。

今ってネット有名人断罪した気になれるすごい時代からリアルいじめは少なかったりするのかね?どうせなら大物狩ったほうが楽しいよな?

話がそれた。まあそうやってボス猿が獲物を見つけては取り巻きと叩く。猛烈に叩く。ネットリンチはネットから離れれば避けられるが、リアルは違うぞ。しか小学生

不幸中の幸いは俺がバカだったことだな。俺は学校いじめは良くないと聞いたのでみんないじめなんてやらないと思っていた。

なんかよくわからんけど俺だけ怒られるけど、その事に疑問も持たなかった。バカから。当然不登校なんて選択肢にも無い。そんな発想は無かった。

自分他人と違うって悩み始めたのもここ数か月だからな。15年おせーよ。しかし、あの当時何をされてもすぐ忘れる馬鹿さが無ければ今の俺は無かったと思うとアレはアレで幸運だったとは思う。

ちゃんマジでありがとう。1度や2度かあるいはもっと理不尽言葉を投げかけられたが、あの状況で俺を守ってくれてありがとう。これが一番の幸福だった。

父親は何もしなかったからな。若いのにガキ作ってひーこら働く羽目になったってのもあるだろうが。

父親の話もするか。毒親。おわり。

俺と妹が人嫌いになったのはあんたのお陰だよ。もっと言うと祖父あんなんだったかあんたもそうなんだろうがな。多分そのまた親もそうだったんだろう。

だが俺に罪は無い。俺が平均点よりいい点とったんだからせめて貶すな。本人は高学歴で頭がいいつもりかもしれんが子に対する行動言動としては最低だよ。

俺の自己肯定感が皆無なのはこの父親の影響が多分7割くらいあると思う。もっとかな。

まあでも最終的には平和家族になったから良いけどな。これ以上はやめとくか。心配性なのでよくある話にとどめとこう。

次は何を話そうかな。あ、そうだ。部活の話を聞いてくれ。俺は多感な時期にブラック企業みたいな部活に入って心が壊れたんだ。

マインドクラッシュだぜ。心のピースはある程度組み立て終わったが今でも人の心として大事なパーツがいくつか見つからない。

冒頭で言った「比較的まとも」な感性を取り戻したのはつい最近のことだ。気が付いたら青春時代全部消えてたぜ。幸い友人達のお陰でゼロではないがな。

でも俺のあの辛さを共有できる相手は居ない。暗い部屋に毎日押し込めて、朝は早く夕方遅く。自律神経は乱れまくって夜は眠れず次の日の朝は極限状態

それをコーヒーで無理やり動かすのさ。合宿ハードメニューな上に睡眠時間がどう見積もっても5時間未満。眠気覚ましに俺はバカだったので自主ランニングまでやってた。

お陰で若くしてカフェイン中毒さ。あとなんだ?統合失調症的な?数時間だけだが自宅以外のあらゆる場所殺人鬼が潜んでいて俺を殺そうとしていると何故か思い込んでいた時間があった。

幸い次の日が休みだったので朝から夕までたっぷり寝てある程度回復したが。(その晩からはまた不眠ね)

結局その部活は辞めたんだが、後遺症がひどかった。元々多感な時期で、俺はアスペで、最終的に自衛隊に行った上級生が顧問とともに恐怖で支配していた閉鎖空間で。

そりゃあもう俺へのヘイトがやばかった。まただよ。俺はアスペから理解していなかったがな。惜しいことをした。もっと早くこの世の生き方がわかっていれば俺もちょっと楽しい高校生活を送れてたのにな。

まああの経験が無ければ今の俺は無かったわけだが。今では必要経験だったと割り切っている。

で、部活辞めた後の続きね。あ、ちなみにだけどめちゃくちゃ辞める奴が多かったその部活の中で俺はわりとまともな辞め方をしたんだ。

顧問にこの部活あんたらと幹部矛盾だらけって言って、俺はもうあんたらの考えにそぐえないって。全員参加の夏の大会だって価値が見いだせないって。

顧問は俺の事を褒めたよ。男らしいってな。ほかの先生も今どきの生徒にしては自分の考えを持ってるって。

今思えばあの教師たちも昭和犠牲者だった様に思える。その犠牲者の事を思うとできれば死後裁かれてほしいもんだが。生徒を追い詰めてもらった賞と、その時の賞与で買ったロレックスだぞ。

あれも世の中の仕組みに気づくきっかけの一つだったな。

で、そうそう。部活辞めた後。俺は何もしなった。バイトだけ始めた。人手不足の店で優しい社員の元で働いた。彼らもブラック犠牲者しか現在進行形だったので俺の雰囲気から何かを察してくれていたのかもしれない。

ただ客層がクソ過ぎて辞めた。部活の奴らが夏の大会にギスギスしながら取り組む一方で俺は強迫性障害発症した。まだ治ってない。

ちなみに俺が在籍していた2年間で連勝記録が止まったらしいんだが、俺が辞めた年からまた勝ち始めたらしい。なんなんだろうな。同期も結構やめたから俺だけのせいじゃないんだろうが。

次のバイト普通にクソだった。働く奴の人間性がクソだった。

三が日にシフトに入ってしっかり働いたが、確か5時間以上勤務でお正月ボーナスが出るところを1日4時間半だけ3日間全部働かされてキレた覚えがある。

次に務める飲食店にもクソな奴が一人いたが、他は良かったので結構続いた。ちなみにそこの新人離職率は多分8割超えてた。クッソ忙しい上にクソが居たから。

どっちかに耐えられる奴も両方には耐えられない。俺はまだバカだったのと、田舎に他にまともなバイト先が無いと知っていたのでつづけた。

あとは確か大学2年だったか。そこで派遣アルバイトをして色々知ってついに辞めたんだった。で、ようやく趣味に手が付き始めて、それを商売にしてついに短い間だがノーバイト生活を始めた。

話逸れまくってるな。俺がいかに不幸だったかって話をしないと。

部活辞めた後はの流れはこんな感じだった。

高3...マジでなんもしてない。後からネットで知った情報から察するにほとんど鬱だったと思われる。机の前に座って何時間も何もしなかったり、それを父親にいろいろ言われてまたストレスためたりしてた。

高3男子の部屋いきなり開けてんじゃねぇよ。

大学1年...一応ロケットスタートで仲間は探してボッチ回避。俺は行動力があるんだ。でも特に何もしてない。ここでも最初に入った部活でクソ先輩に当たり部活崩壊したりしたが、もういいや話すのもめんどくさい

2年...俺はこの時何もしてないと思っていたが、よく考えれば大学生ってそんなもんだった。サークルに飽きてひたすらゲーム

3年...俺のビジネス前身を始めた。すこし性格が前向きになるも、コミュ障炸裂。あとゲーム

4年...わりと平穏だった。しかし大きな病気をして価値観がいろいろ変わる。さら就活を通じてまたいろいろと学ぶ。ゲームもやらなくなった

今...楽しくないゲーム楽しいゲームに変わった。ようやく遊び方を思いだしたが時すでに遅し。社会人。ただし今までの経験からブラック回避にだけは成功した。



こんな感じ。いやあ上手く立ち直ったねぇ。もうこの辺に関しては納得しちゃったんで今冒頭にあとがきを書き足しておきました。

じゃあ今から俺が不幸ではないにも関わらず何に嘆いているかを書いてみようと思う。

俺は他人が怖い。それはもう俺がアダルトチルドレンからに違いない。

俺は他者を一切信用できない。幼少期に親どころかあらゆる存在から悪意を受けて育った。悪意の中の悪意だからだ。

そのうえ自己肯定感も低い。時々自信満々になるが実際には何となくそんな気分になってるだけ。部活の奴らはもう底辺ルートに入ったが自分にはまだまだ先があるってね。

でも俺は思うんだ。世の中バカばっかりであいつらはドラマで見た様な恋愛ごっこオナホ探し、財布探しに必死。でも普通はそうなんだよ多分。

世の中大半そんなんばっかで俺は面倒くさいから関わりたくない。サルを除いて残った人類は3割くらいとしてみよう。

やつらはまともだ。親に周囲に愛を受けて育ったから、他者と当たり前に愛の交換ができる。愛とは無償の愛の事ね。セックスもまあ間違いではないが。

だが俺はどうだ。俺は他者に借りを作らない。俺はそいつを信用しないからだ。この時点で愛の交換は成り立たない。

俺は何を交換できるか。利害関係。それだけ。だからビジネス脳はすくすくと育っている。

しかし愛だけはどうしても理解できない。どんな善良な人と会っても信用できないし、俺は自分の事をどちらかといえば闇にいる側の人間から彼らを汚してはならないと思ってしまう。

向こうは気にしないようだが、それならなおさら友達にもならない。今の上っ面な世の中で彼らのような存在は貴重だから、俺のような人間が関わってはならないと。

これが俺の一つ目の悩み。いや根源にして最大の悩みか。

どうしても人が怖い。まして裸で抱き合うなんて不用心な交流なんかできる筈もない。

あ、ちょっと話逸れるけどセックスでイけない女の子もわりとこういう側面あると思うんだけどどうなんですかね。その道のプロの方はいらっしゃいますか?

相手のいるなしはさておいて、俺はセックスも怖い。金を払えばどうにでもなるし、童貞食いが趣味上品な奥様とか多分いるだろ。裏垢界隈で学んだ。

あとこういう哀れな男を落とすのが趣味の人とか、ああそうだ多分今の俺ならおとなしいバカは落とせる。いわゆるだメンズウォーカーとかなんだかって人ね。

最近そういう人に会って何となく察してしまった。おれも多分屑だ。でも俺は変に正義感があるからそういう事はできない。基本的に人よしだからな。

じゃなくて。俺は人が怖いか信頼関係の不可欠なセックスはできない。ましてや恋人も作れない。一度だけガチ恋したことがあるが、多分2度とないような気がしている。

最近ラブコメ漫画が好きなんだけど、俺がどっちの立場でも無理。

相手がどれだけ俺を好きでも答えられないと思う。どんな美女がいつの間にか裸で俺のベッドにもぐりこんでいたとしてもセックスはできない気がしている。

そうだな。愛されたいけど愛し返せる自信がまるでないんだな俺は。彼女ができるとしたら俺の事が純粋に好きすぎるメンヘラ相手責任感感じて一緒にいるくらいが限界じゃないのか。

他のパターンが思いつかない。思ったより俺って誠実だな。このパターンでも俺はすごく悩むと思う、、、いや、こういうメンヘラは大体自分問題直視出来てないだけだから多分俺通報するか誰かに押し付けるわ。

なんだ。うまい例が思いつかないけど平成初期くらいのイメージ主人公だけを無条件に愛してくれる系ヒロイン?がいれば少しづつ変われるかも?なるほどなだから流行ったのか。俺みたいな育ち方をした奴ら向けで。

正直2時間くらいぶっ通しで無修正で書いてるからもう自分が何を書いているのかわからなかったりする。

やっぱ俺ってあんまり頭良くないな。誰が読むんだこんな文章。とは思うがたぶん誰かは読むだろうとか打算している俺もいる。頼む俺にコメントくれ。

しかすると俺は俺をよく知る誰かの言葉が欲しかったのかもしれない。正直無限時間があれば半生全部書いてた気がする。

でも議論するなら愛がどうのこうのの下りに絞るべきだったね。明日時間があれば書き直してみようか。

色々冷めて落ち着いたしもう眠いので寝ます

どなか人を愛せなかった自分が変われたって方、是非色々教えてください。

文句言うな甘えんなだって愛されたいって方もどうぞ。他人を見てきた期間が圧倒的に短いのでそういう生の声も聞きたいのです。

しかし一番聞きたいのは自分の愛し方です。誰に褒められてもどこまでも続く上と比べて自分ゴミだと逆に落ち込むような、そんな人間が何をすべきか。

本当に心の支えがない。

2019-05-13

anond:20190513165947

文章

  面白かったです。読めてよかった。

  漫画を描いてるんですが、こういうリアルタイム情動日記手紙みたいなものを読ませていただくのは創作のカテとして非常にありがたい。

  (あなたのことやあなたの文を何かに使うという意味ではありませんので心配しないでください。)


・助言

  別に助言求めてないのはわかってるけど、

  思いがあふれてるのであえて客観的コメントをするけど、あんた惹かれる男がやべーよ。

  相手が利用してきたり手をあげたり暴言吐いたりするような男であるほど、接しててドーパミンが出てドキドキするから寄っていくっていう典型的なやつじゃん。


  思春期の女は(男もだけど)多かれ少なかれアホだし頭おかしものだけど、あんたのタイプって一過性じゃないんだよな。

  知り合いにもあんたと同類と思われる(あんたの文読んでてありありと思い出しちゃったぐらいに似てた)女性がいたけど、

  その人が見せてくれた「高校時代に好きだった人からもらった手紙」っていうのがものすごい暴言だらけのくっそ汚い字の書き殴りでさ。

  その人そん時27歳で、つまり10年経ってるのにその思い出が「バカだった」みたいに再処理されずに当時のままの気持ちしかった。

  なのであんたもそうなるのではないかと思っている。


  正直いろんな意味あんたも相手(2人とも)も俺には理解不能だ。

  人にものすごい暴言を吐いたり利用したりして平気な人間も、そういう人間に執着して好き好きって言いながら付きまとえる人間も。

  理解不能だし、俺の脳みそ想像してもあんたらのような人格関係性って絶対出てこないからな。

  そういう人の精神世界や思い出を見せてもらえて本当に良かった。

  見下してるとかじゃないから誤解しないでほしい。

  あんたの青春時代の思い出やパッションが伝わってきたし、それを見せてもらって感謝している。読めてよかった。

2019-05-11

THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2019 GRATEFUL SPOONFUL 静岡 エコパアリーナ

4/27、28の二日間参加してきた。

自分20年来のイエローモンキーファンで、活動休止解散たころはまだ学生だったので当時のライブとかはDVDで観たのみ。

再結成直後のツアー名古屋で観たのだけど、今回のライブはそれ以上に感動したので熱が覚める前に書き残しておきたい。

特に印象深い二日目を中心に書く。

からエコパアリーナへ向かう途中のカフェオープンテラスでは「I don’t know」が流れていて店の粋な演出テンションあがる。

実は初日は消化不良感が残っていて、MCでも吉井さんが「まだうまくできてないところもあったけど・・・」的なことを言ってたこともあって(ANNIEは「初日完璧!」とは言っていたけど)

これからもどんどん良いアルバムを作るとは言ってたけど今回のツアーの出来に満足できなくて、初期のソロ作のような暗めなアルバムを作るくらいのことはやる。

だいたい再結成直後に「二度と解散しない」的なことを言っていたけどそれを鵜呑みにするほど浅いファンじゃない。

ともあれ、

蓋を開けてみれば大大大大満足。聞けるといいなー程度に期待してた曲がほとんど聴けた。

演奏が始まるたびに「ほわああああ」とか「ふぉぉぉまじか・・・」「まじ、まじか・・・」とか変な声が出ていた。

何に驚いたかって吉井さんの声が完全にイエローモンキー仕様に仕上がっていたことだ。

解散前のように妖艶で熱いヴォーカルになっていた。

なんでそこまで感動したかというと、再結成直後にリリースされたセルフカバーアルバムTHE YELLOW MONKEY IS HERE. NEW BEST』」での歌い方が、個人的には気に食わなくて。

なんか再結成後のリハビリ中の演奏を聴いてる感じだったんだよね。

全然勢いが無かったし、妖艶さや熱さや勢いも全く無かった。完コピに近いアレンジのくせに一部の曲にはホーンやストリングスが入って

台無しになってるし。

からそれ以降、「ALRIGHT」以外のシングル曲はいまいち好きになれないな〜ってのが正直なところだった。

2016年のライブも昔の曲の歌い方が当時と違ってて、なんていうかソロの歌い方でイエローモンキーの曲を歌っているような感じがした。

もう年だし20年前の曲なんだから同じように歌えるわけないよな、とその時は思ったんだけど。

それがですよ。もう完璧に当時の曲だった。

偉そうな言い方をさせてもらうと、吉井さんって歌の上手さで勝負するよりはルックスパフォーマンス歌詞等の総合力で魅せるタイプヴォーカリストだと思っていたんだけど(ある時期まではそれも当てはまってたんだろうけど)今は完全に違う。

こんなに違うんだ、齢なんて全然関係ないじゃん、ロックスターかよって思ってしまった。

あとは曲ごとの感想をつらつら書いていく。

こんなことを考えながら聴いていた。青春時代に聴いてたこともありまぁノスタルジックな思い出に浸っていた。

天道虫』

最初聴いたときは「この曲は好きになれないなー」とか思ったんだけど、”雨上がりの〜”からの展開がかっこよくてもう今は大好きですね。

『ALRIGHT』

復活後の曲は最初んん?ってなるのが多いんだけどこの曲については最初から違和感なかった。

リフとかノリが解散前の曲の雰囲気に近い気がする。(熱帯夜とか

LOVE COMMUNICATUION』

これやるんだー!!

Love Homme』

実は最初まりきじゃなくてほとんど飛ばしてた曲。イエローモンキー流のファンクなんだなって気づいた。

楽園

まじかーーー!

楽園といえば木曜の怪談エンディングテーマ

Love Source』

踊りながらベースを弾くヒーセがカッコイイ。

Stars

9999バージョンだとサビのところでハンドプラップが入るようになった。

パール

高校2年の夏を思い出す。

スカパー音楽チャンネルを録画してこの曲を延々と観ていたのだけど、この曲の前のDrason Ashの「Summer Tribe」だったんだけど、

プールに女のコ侍らせて〜って感じのチャラい映像だったのでそれとは真逆メンバー演奏するだけの硬派なPVが印象に残ってる。

『Changes Far Away

確かこの曲だったかな、スクリーン映像にかかるエフェクトが壊れたアナログテレビっぽくて見づらかった。初日に見たときカメラ故障かと思った。

『SO YOUNG』

高校の頃よく一緒に遊んでいた友人のことを思い出す。

1日目が終わった後にたまたまから連絡が来て、奇妙なめぐり合わせを感じてしまった。

So Young は映画transmission」の映像コラージュされたバージョンPVがあったはずなんだけど、今はどこ探しても観られない。

卒業って感じの曲ですよね。

『Balloon Balloon』

特になし。

追憶マーメイド

イエローモンキーで一番好きな曲なので生で見れて感動もいいとこ。

高校2年の5月に付き合い始めて6月に振られたときにずっとこの曲を聴いていた。

『Titta Titta』

特になし。

LOVE LOVE SHOW』

僕はあまり好んで聴かないんだけど、観客席の一体感がすごい。

『SUCK OF LIFE

二日間ともメンバー紹介なくてびっくり。2日目はロビンエマの絡みあり(ロビンエマの絡みについてはデヴィッド・ボウイ&ミック・ロンソン で調べればいいと思う)

『I don’t know』

サビ前の「デン!」でテンション上がる。そうかこの曲はここがカッコいいのか!と気づく。何気なく観てたAVでヌきポイントに気づくような感じ。

『Horizon』

特になし。

バラ色の日々』

歌詞最後に「Are You Believer?」とシャウトするのだけど、今回のライブでも音源同様にシャウトしてたのが良かった。

以前のライブ吉井さんソロとき演奏しているときは「あーゆーびりばぁ〜〜あああ〜〜〜」とシャウトしてないことのほうが多かった。

ロックボーカリストはシャウトしてこそですよね。

『悲しきASIAN BOY』

この曲のときにいつも背後から降りてくる「THE YELLOW MONKEY」の電飾、復活後?からデジタル表示になったっぽい。

普段は、

THE

YELLOW

MOHNKEY

と縦に並んでいるのだけど、初日は横に並んでいた。

『この恋のかけら』

初日は1曲目だったこの曲。今回は最後とは。

あっという間だった。初日と比べると満足感あったけど、JAMとかWelcomeとかで締めてくれたら終わった感あったかもなと思う。

吉井さん、髪が肩までかかってアイシャドウ塗って花柄シャツでPunch Druncardのころを思い出すルックスセクシーすぎる。

メンバー紹介はあっさりしていた。

帰り道にも同じカフェで「追憶マーメイド」が流れていてほんとに気のせいなんだけど、ちょうど「追憶マーメイド」のこと考えていたんだよ。いい余韻に浸れた。

一日明けてあの二日間はとても特別時間だったんだなと終わってから気がつく。

2019-04-20

anond:20190420170051

若いうちにモテモテすぎると暴走族かつイケメンリア充結婚して幸福青春時代だが20半ばで彼は塗装工

すぐに後悔ってパターンだろ

ブスは難しい

中学高校時点で装甲妻狙いではまだ子供の男のポテンシャルを読みづらく将来まともになってるか判断が難しい

かといって大学いったあとでは好条件男はブスなど相手にしないからボッチみたいなのから選択するのでは

博打するか自分努力して育成して逃げられるか

こんな人生でも男の場合と比べればブスの人生マイルドモード

2019-03-21

恋愛相談増田にシュバってきてマウントするブクマカ達って

自分恋愛経験豊富だと思ってるの?

どうせ冴えない青春時代を送って破れ鍋に綴蓋式に適当配偶者見つけただけのが大半でしょ?

2019-02-17

私が勇気を出してヤリチンセックスした話

物心ついた頃から精神疾患名前がつくもののいくつかに乗っ取られ、それを必死でひた隠しにし、自分を騙し、なんとか生き延びてきた。

病気はすべて私の妄想が産んだ被害者意識で、なんらかのメリットがあるから治らないのだと頭で分かっていても、今でも発作的に昔のトラウマが蘇り、みるみるうちに身体支配されてしまう。

自分に嘘がある状態はとても不安定で、

自分理解できていないから、当然まわりのだれにも理解してもらえなかった。

自分を受け入れられないから、

他人に受け入れられるわけがないと思い込んでおり、

傷つくことが怖すぎるから

人との関わりが怖すぎて社会の中で生きられなかった。

誰も信じられないのに、承認欲求が暴れていた。

私は自分が嫌いだった。

そして他人も皆嫌いだった。

きっかけがあり、ヤリチンと知り合った。

またとないチャンスだと思い、勇気を出して自分から抱きついてセックスした。

まれてはじめて自分意思セックスした。

少しだけ、自分が好きになれた。

ヤリチンとは関係が続いた。

セックスだけでなく、長い時間をかけて、たくさんの話をした。

ヤリチンは日の当たる場所にいる人だった。

容姿端麗で、才能も資質も人とは違う、目を惹くものを持っていた。

光に虫が集まるように、彼のまわりにはいつも人が集まっていた。

女に囲まれるのは当たり前で、経験人数なんてとっくに数えることをやめていて、

彼女は5、6人いる状態が通常運転だったと。

しつこく聞いたら、ちゃんと答えてくれた。

ヤリチンは、まさに私が喉から手が出るほど欲しい「承認」を受け続けてきた人だった。

青春時代がすっぽり抜け落ち、恋愛コミュニケーションも失敗し続けた私は、ダイレクトコンプレックスを刺激され、嫉妬心がグラグラ煮えた。

これは彼の女性関係に対してではなく、彼自身に向けられた羨ましさだ。

「みんな君のことが好きだよ」と友達に言われていた、というエピソードを聞いた時、私は、劣等感からくる彼への憎しみで頭がおかしくなりそうになった。

こんな人生があったのか!と。出来れば知りたくなかったと思った。(今でもたまに思う。)

ただ驚いたのは、私たちは似ているところがあったということだ。

ヤリチン孤独そうに見えた。

一際目立ったり好かれたりすることで、

たくさんのひとの、勝手理想や期待を押し付けられてきたんだろうと思う。

それは等身大自分無視されていたということだ。

たくさんの人が彼に恋愛感情を抱いていたとしても、彼自身を守り安心感をくれるものではなかったのではないだろうか。

そして彼も、誰も幸せにしてこなかったのだろうと思った。

ヤリチンは心を閉ざしていた。

自分気持ちは伝わらないし、そんなことはどうでもいいと思って生きてきたようだった。

自分でない自分でいる状態を強いられ、求めるものと求められるものが食い違い続けるの状態は、とても不安定で、心が満たされないことだと思う。

それを不特定多数とのセックスで埋められるなら、私からたらこの上なく羨ましいのだけれど、本当は欲しいものが手に入らない飢餓感が続くだけだし、彼自身女性たちの気持ちを無碍にしたことを悔いており、幸せなことではないのだな、と自分を納得させるように考えた。

彼もまた、自分が嫌いだったのだろう。

私のように、他人を嫌う気持ちがあるのかはわからないけれど、人を信じることに恐怖心があるようには感じた。

真逆人生を歩んできた私たちは、少しお互いのことが理解できたように思えた。

正確には、私は傷つくことを恐れすぎて、時間が経つほどに自分劣等感を通してでしか彼を見られなくなり、彼の意図感情無視した。

彼はそのことを悲しんでいたのだろうけど、それも口に出さず、私に気を遣い、心を閉ざしたままだった。

私が弱さを振りかざしたせいで、自分だってつらい、という気持ち我慢させてしまたことには後悔がある。

ただ、ほんの少しの理解が生まれたことは、

私にとって、たしか自分がいる、という証だった。

すごく感謝したし、大げさに言うと、彼に対しては生まれてきてくれてありがとう、という気持ちが生まれ自然にそれを自分に対しても与えることができた。

損得勘定や条件のない関係性の中で、お互いが強く関心を持ち、認め受け入れられるという安心感は、

私が欲しいものだったし、今まで感じていた寂しさの正体を明確にした。

私は多分、体感として、承認を得た。

一緒にいるときは、お互いに影響を受けまくった。

私のようなタイプは人と自分感覚と同一視しがちで、他人思考侵食されていく自覚はあったが、

意外にも、信念を貫いているように見える彼もまた、受け取りやすい体質だった。

皆、不安で揺らいでいるのだな、と思った。

愛があるとかないとかどうでもいい。

相手ヤリチンなんだから、私なんてただ流れては消えていく、女の一人で構わないと、今では思う。

私には私の人生があり、これは私にとっての大切な出来事だ。

自分存在に気が付かせてくれた。

人として、女として生きていてもいいと、自分を認めることができた。

勇気を出して、自分から抱きついてセックスしたことのご褒美だ。

人生はうまくできていなくて、おもしろい。

物理的に離れることになり、会わなくなってようやく、自分いかセックスに溺れていたかに気づいた。

それが、承認されている感覚助長させ、必要とされている実感を何割増しにもさせていたということも、それにしがみついていたということも。

最近身体の繋がりがなくなったことへの不安感が、ようやく抜けた。

同時に、自分と彼との間に境界線を引くことができるようになり、自分比較せず彼の人生俯瞰的に考えられるようになり、気持ちがとても楽だ。

非モテ自己陶酔してる妄想話と言えばそうかもしんないけどw

実際相手がどう思っていたかなんて図りようがない。

私は私に必要体験をしただけで、

得られたものは私だけのものなのだから、それでいい。

2019-02-11

昭和48年ニュースでは、胸の大きな一般女性を「ボインちゃん」と呼び性的搾取差別していた

東京ドームができる前にはその場所に何が立っていたかを調べる番組で、以前は競輪場があったと紹介された。そこで当時のニュース映像引用された。競輪場プールとして使用している様子を報道するものだった。来ている客の様子を今のニュース番組と同じ様に紹介するのだが、途中で映った胸の大きな女性客を「ボインちゃんも来ております」とかナレーション流れる。異様だった。

昭和48年といえば、現在62の親父が昭和30年まれなのでちょうど青春真っ只中の頃だ。そりゃ、中高年世代青春時代をこんなニュース流れるような社会環境で育ったんだからアップデートしない限りセクハラもしてしまうし女性をモノだと思ってしまうわなあと痛感した

2019-01-02

東大までの受験の思い出

私は、中学受験御三家に入り大学受験を経て東大入学した。

中学受験

動機は3つ。小学校で好きだった子や友人と張り合うため。先生に勧められたため。行きたい学校を見つけたため。

小学校東京郊外私立に通った。いわゆる東京私立というイメージとは遠く、付属中学もなく田園の教育という方針実践しているのんびりとした学校だった。学年に男女合わせて30人ちょっとしかおらず、当然クラスひとつしかなかった。

私は四年生の時に親の母校であるその私立へと転校した。学校では何もしなくても成績が良かった。テストはいつも早く終わり、ほぼ満点しか取らなかった。いつもトップを争う子がおり、私はいしかの子好意を寄せるようになった。その子とは度々一緒に学級委員に選出されて囃されたが、実際悪い気はしなかった。

五年生になって周囲が塾という習い事のため足早に帰ることに気づいた私は、特に深く考えもせず受験がしたいと親に申告した。担任先生相談すると、可能性を広げる良いチャンスなので多いに推奨すると言われた。この時の先生一言だけで私は世界が広がった気がした。

学校をいろいろ見学した結果、最後に訪れた御三家一角を目指すことになった。門を叩くまで母は恐れ多いと躊躇していたが、行ってみると風通しが良く自由校風で私は一発で気に入った。ここしかないと強く思った。

好きになった子とは家族ぐるみの付き合いがあり、テーマパークへ行ったり共学を一緒に見学したりした。同じ学校で無敵の青春時代を過ごす妄想が捗ったが、世間的に知名度の高かった共学も思ったほど私には語りかけてこなかった。試験日程も遅かったので、お互いそれぞれの御三家第一志望となった。

塾は近所の個人塾に通った。寺子屋みたいな雰囲気で、先生塾長奥さんの2人、生徒は4人、そして授業中は正座だった。私だけ必要な科目数が多かったので、マンツーマンで教わる時間も多かった。回答を間違えると「バカチン」と先生はよく言った。指導は厳しかったが、頻繁に飴を配ったり可愛がってくれた。

塾は行ったら行ったで面白いし好きではあったのだが、束縛に耐えられなかったのか、私はよく直前にお腹を壊したり、自転車で行くふりをしてバックレたりした。もちろんすぐバレた。何度もやめてもいいよと親に諭されたが、そう言われると余計に引けなかった。何より勉強は楽しかった。自宅で勉強と称して漫画を読むのも楽しかった。

大手の塾には模試と講習だけ行ったが、普段学校や塾とはまるで異質な空気に圧倒された。何点取ったらゲームもらえるとか、模試で何位だったかお小遣い増えたとか、そんな会話が横行しできない奴は容赦なくバカにされた。私は萎縮してしまい、模試や講習では御三家を狙うにはギリギリ偏差値をいつも取っていた。

そんなこんなで中学受験第一志望の受験日は2月1日受験番号は402。母が「フォーチュンだね」と言ったので覚えている。大手塾特進クラスの連中はまるで家にいるみたいに寛いでいた。田んぼ学校に通いちっぽけな寺子屋からひとり送り出された私は、担任塾長言葉を思い出しつつ、昼休みに母の作った弁当を噛みしめた。

手ごたえはあった。得意科目算数だったが、特に国語ができた気がした。第二志望以降も受けたはずだが、第一志望で力を使い果たしておりほとんど記憶がない。2月3日に結果が出るとその後はもう受けなかった。サクラサク

大学受験

東大受験することにした。理由は、別の進路を断念したため、学費が安かったため、そして周囲のほとんどが目指していたため。

はじめは芸大の先端芸術表現科というところに行きたかった。アートを学び実践たかったのだ。しかし、東大からでも道はあるという説得と、受験対策のための出費がかさむという理由で断念した。今思えば金をかけずに挑む方法模索して食い下がればよかったが、当時は思い至らず折れてしまった。

私が中学の頃に父は長年勤めた会社早期退職したが、その後仕事が奮わず家計は火の車となった。学費生活費の捻出に家族があくせくする状況の中、私だけ美大受験意志を押し通すことはどうしてもできなかった。大学受験は塾に通わず授業と自習で挑むことになった。

幸い有数の進学校には通っていたので、目標東大に変えることは自分の置かれた環境を最大限活かすことにもなった。上位25%が東大に進学する学校で私は時折圏内に食い込む程度の成績だったので、そう遠くない目標に思えた。

ところが、目指し始めた頃には届きそうに思えた赤門も、時間が経つにつれ遠のいていった。ハイレベルな塾に通う周りからは目に見えて離され始め、模試の判定も振るわなかった。いくら寝ていても自習をすると眠くなり、分からないところがあっても差を感じると素直に質問できなくなった。焦るほどに時間けが過ぎていった。

願書を出す段になると、父と腰を落ち着けて話した。弱気になった私とは裏腹に、父は自信に満ちていた。「滑り止めに金は出さない。行きたいところだけ受ければいい」と父は言った。それもそうかと妙に納得し、私は東大のみを受験することにした。東大一本なら正直落ちてもカッコつくと思った自分がいたのは事実である

余談だが、父は学生紛争東大受験がなくなった年に受験生だった。成績優秀で東大を目指していた父はその年第一志望に挑戦することすら叶わず第二志望へと進学した。私はその話を本人からではなく母から聞いた。複雑に絡み合った様々な思いを背負って私は試験に臨んだ。

結果はボロボロだった。足切りこそされなかったものの、センター試験合格者平均を大きく下回っていた。二次試験数学に至っては頭も回答用紙も真っ白だった。案の定、私は東大に落ちた。

大学受験2】

浪人した。親の期待と、自分の意地だけだった。

東大に落ちて私は忸怩たる思いでいっぱいだった。自分が周りに一目置かれたいがためにいたずらに東大を目指した気がした。東大しか受けずに落ちたと言うと、周囲はその勇気を讃え不運を嘆いた。だが私が一番良く知っていた。それは勇気ではなくただの処世術で、不運ではなく純然たる力不足だった。

私が卑屈にも自分と比べていた仲間たちは一足先に合格をその手で掴み大学生となってしまった。毎日通っていた高校卒業してしまった。私はからっぽになった。現役受験が終わってから、これは他人との競争などではなく自分との戦いなんだとやっと気付いた。

就職浪人かという選択肢を前に、働くと言いかけた私に親は浪人を勧めた。もったいないから、という言葉に私は到底納得できなかったが、ある種自分を見直す時間だと捉え受け入れた。親に頭を下げ予備校に通った。

浪人の前半期はくすぶっていた。授業は新鮮で楽しめたが、予習復習には身が入らなかった。借りた小説を読み漁り、レンタル映画を見倒した。私は物語の主役であり、困難に立ち向かう若者であり、世界の広さを思い知る冒険者であった。自由を求め無頼を気取っていたが、その実何の変哲もない予備校生だった。

後半期になると配属クラスが上がった。自分でも気持ちが乗ってきているのが分かった。模試では結果を出せるようになり、勉強試験のサイクルが単に知識の吸収と確認をする作業なんだと理解できた。高校教科書をはじめから読んだり、資料集を飽きるまで眺めたりした。そこに書かれていたのは試験のために記憶すべき情報ではなく、世界を紐解く手掛かりだった。

この頃から私はセンター試験をひたすらやった。現役受験の際に感じた基本の不足を徹底的に見直そうと思った。周りは東大対策に余念がなかったが、私は自分が一番手応えを感じられる道を進めばいいと思えた。センター試験で満点が取れるようになると、不思議二次試験過去問も解けるようになった。

結果からいうと、私は当時の前期日程試験不合格だったが、後期日程で理科一類合格した。

前期日程で落ちたのは予想外だったが、余計な要素が削ぎ落とされるほどに私はなぜか冷静になれた。後期日程では科目の絞り込みに加え選択もあるため必要試験が少なく、私の場合はほぼ英語数学のみだった。そして私にとってはそれが望ましかった。

試験前日はよく眠れた。朝は自然と目が覚め、焦りや気怠さを感じることなく落ち着いて試験に臨むことができた。数学はあっけなく終わり逆に不安になったが、英語会心の出来だった。やるべきことはやったという清々しい心持ち試験を終えた。

結果発表では安堵と高揚感からか、現実感が薄らいですべてがぼやけた夢のように思えた。勝鬨をあげたり号泣したりする見知らぬ同志たちを横目に、私は特に湧き上がる感情もなく立っていた。アメフト部に合否を聞かれ、小さく頷くと胴上げされた。着地の際に自分体重が戻ってきたのを感じ、それまでの漂うような気持ちは消えた。

こうして私の受験は終わった。

最後に】

小学校で好きだった子は私と同様に第一志望の御三家合格したが、中学進学以来疎遠になった。私は大学を出て10年になる。

受験競争心を煽って奮い立たせる仕掛けが多く、そういう経験を経て比較しか物事を測れなくなる人間もまた多い。実際に私も周囲の人間環境に大きく影響を及ぼされたが、最終的に納得の行く結果は自分選択からしかまれなかった。

正月受験生たちに、あけましておめでとう

2018-12-20

年収2000万38歳独身男なのですがフル家政婦サービス頼んだら結婚願望が消えてしまった

一昨年独立してフリーランスになり、

忙しさも倍になりましたが年収も3倍になりだいたい2000万ぐらいになりました。

ずっと仕事に没頭してたので彼女会社員時代含めて5年いない。

まあでも、この年収独身だとまあまあ好きに高級風俗に行けるんですよ。

そんな風に仕事軌道にのって、あとは嫁さんだけだ!という感じなのですが

とにかく仕事が忙しくて、自由時間はおろか家事すらままならない。

掃除してるヒマやゴミ捨てしてる時間すら危うい。もともと家事が苦手というのも大きいが。

それで、家政婦サービスのフルオプションつけて頼んだんですよ。

そしたら、掃除洗濯完璧食事もつくり置き。

家事から解放されました。



そしたらね、「あれ、これで結婚すると俺の生活ってどうなるんだろうな??」と思ったんですよね。

最初に言っとくと、

自分の嫁さんを「セックスパートナー」とか「自分の世話してもらう人」にするつもりなんて全くないですよ。

でも、自分が性欲とプライベート家事から自由になってしまうと、

妻っていう存在自分生活のどこに入ってくるのかわかんなくなっちゃったんですよね。

もう良い歳だし、青春時代のように熱狂的に後先考えずに人を好きになったりしないと思うんですよ。

ずっと一緒にいて楽しい女性っていうのも長らくいないし、

そもそもあんまりモテるタイプじゃないからそういう予感がある女性もいないしなあ。

「こどもがほしい」っていうのは、けっこう強いんだけど、

女性を「この人、俺と一緒にこどもつくってくれるかな」なんて目線で見ないしなあ。



なんか、まあもしかしてこれはこれで

結婚する、っていう部分では詰んじゃったのかもと最近思ったりしています

2018-12-16

数学IIBで0点とったことある

高校1年の定期テスト数学IIBで0点とったことある物理で15点、化学は30点、英語は35点ぐらいだったか中高一貫落ちこぼれてもう無理だと思って勉強全くしなかった。進級が危うくなり少し勉強して留年を免れてそのままズルズルと学校に通い続けて落ちこぼれのまま卒業した。センター試験日東駒専に受かったので入った。ひたすら劣等感を植え付けられた青春時代だった。だが中学受験経験者にありがちな変なプライドを見直すきっかけにはなったかなとは思った。でも「俺はできる!」って自信満々のまま生られたらどんなに幸せなんだろうかと思ったこともある…。一部の賢い人を除いて打ち砕かれるのが早いかいかの違いでしかないのかな。

2018-12-10

anond:20181210160359

26歳で実名報道され、青春時代すべて奪って

49歳という後先どうしようもできない年齢に釈放させてあげる判決ベストという気もする

(甘すぎるとよく言われる日本にしては厳しすぎんかと思うぐらい)

増田でよく「死にたい」「人生の先がない」とか絶望してる人いるけど、あれの1000倍ぐらい絶望的だろ

2018-11-20

anond:20181120163454

1964年東京オリンピック青春時代経験してノスタルジーに浸る老人どもには東京オリンピックボランティアに参加する若者というだけで評価が高くなる

東京オリンピック激推しする会社や団体の老人役員からの心象が良くなる

老人ばかりで構成されてる政党でも素晴らしい若者だと言われるだろうな

この国で権限や金を持ってるのは老人なんだから東京オリンピックボランティアやるとかして上手く取り入るヤツが生きやすい国だよ

少なくとも保守合同(政治)の流れを組む団体組織から評価点得られるだろうな

2018-11-05

もう繰り返すのは辞めないか

当方現在40代

情報化社会への移行へ機敏に反応し、小学生の頃には既にパソコンを導入している家庭で育った。

青春時代パソコン通信インターネットと共に過ごし、本来意味ホームページ、そして設置される電子掲示板、今からすると低機能チャットでのコミュニケーションアカデミック分野の人間ではない普通義務教育過程学生としては比較的早期に体験していた。

ちなみに通信を介した今で言うオンラインゲームで一番最初体験したのはメールでの将棋である

幸いにも、当時から通信上で懇意にして頂いていた先輩諸兄とは現在でも繋がりがあり、一部の方々は当方結婚式にまで参列して頂けるという、最早通信上の知り合いと言うには些か語弊があるような関係を持たせて頂いている。

当方コミュニティ最近使われているコミュニケーションツールSlackDiscord・Mattermost・Mastodonだ。

チャットツールが3つもあることに疑問を持つかもしれないが、プライベートな基本コミュニケーションの中心はMattermostであり、いわゆる「つぶやき」をするマイクロブログMastodonが用いられている。

Slack業務に使う者もおりプライベートではMattermostのサブ的な使われ方をしており、Discordコミュニティの中で何らかのオンラインゲームをするときボイスチャット環境として用いることが多い。

ここで多くの方々が「LINEFacebookは利用していないのか?」と思うかも知れない。その疑問への答えとしては「アカウントだけは持っている」というものだ。

いや実際、一時期はコミュニケーションの中心にはFacebookがあった。XMPPを解したしチャットツールFacebook Chatを用いていた。

日本Facebookが紹介されるようになりユーザ数が増えると当方コミュニティは居心地の悪さを感じてTwitterへ移行し、日本での第一Mastodonブームの折、完全にMastodonへ移行してしまった。

様々なサービス漂流することになってしまったが、当方コミュニティが感じていた居心地の悪さの最大要因は「ITリテラシー格差である

当方コミュニティパソコンを用いた通信の発展を見てきたコミュニティだ。

度々起こるインターネットコミュニティでの諸問題を遠巻きながらも目にし、世代交代のためかそれら諸問題が起きたという事実継承されず、何度も何度も同じような問題を目にしてきて非常に疲れた

例えばTiktok問題視されていることの殆どニコニコ動画経験したことどころか、メル友ベル時代に起きていたことだ。

しろ当方コミュニティメンバーの中には「ペンフレンド時代にも似たようなことが問題視された」と言う者も居り、その時代経験していない当方は詳しくないが、卑猥写真を郵送させるなどの問題があったらしい。ペンフレンド宅へ家出する青少年も居たと聞いた。

「当時とは時代が違う」と言うのは容易い。しか当方コミュニティから見ると「またか・・・」としか言いようがない姿に見えてしまうのだ。

当方コミュニティでは過去草の根BBS2ちゃんねるニコニコ動画オフライン上でも保護者会やPTAなどでもインターネット認識や使い方などを訴える活動はしてきた。

情報化社会の中で子供たちへ「携帯電話を持たせない」「インターネットを使わせない」という成長を生まない極論地味た思考停止手法は推奨せず、子供たちへインターネットメリットデメリットを伝えて将来のために活用していこうということを基本方針として伝えてきたつもりである

しかしそれでもなおインターネットでは諸問題が起き、それへの対策が○○の禁止という当方コミュニティ努力が何も実を結ばないという結果を見ることになった。

当方コミュニティはいつも言う「あなた達の世代インターネットで失敗したはずだ」「あなた達はなぜインターネットで失敗したのか?」「当時の感情を思い出し、あなたの子供たちの感情理解を示すことはできないか?」「理解を示して子供たちと話し合うことはできない?」と。

子供だけではない。

NIFTY-Serveゲリラ的に他者の揚げ足を取ったり、オフラインでは無かったことにされるような失言へ対して人権問題だと騒ぎ立てBBS空気を悪くしたり、特定人物へ異常なまで固執Eメール送信しまくったり、あまつさえ失言録のようなWebページ作成して晒し上げたりなど、今でも通ずるような悪意を当時から振り撒かれていた。

当方コミュニティはそんな悪意をもう見たくはない。そんな無理解を見たくはないのだ。

情報化社会当方コミュニティ過去に夢見た時代へ少しずつでありなからも進んでいる。あらゆるもの通信によって連携し人々の生活を豊かにしている。

しか当方コミュニティが見た夢の中には繰り返される悪意などなかった。問題が起きても人と人が協力しあって解決するだろう。すべての人が通信によって繋がれば大きな集合知によって解決されるだろうという夢であった。

「またか・・・」と感じ、どうにか解決できないか?と動いているコミュニティ当方コミュニティだけでないと信じたい。

そしてどうにか繰り返される悪意を無くす協力をして欲しい。

2018-10-17

(改行)わたしの長年の友人が復讐されている

彼女は、7年くらい前に不倫をし、相手を散々振り回し、家庭を破壊した結局不倫相手自殺してしまった。

奥さん精神を病んで、そこに付け込んだかたちで僅かな慰謝料和解たかたちに持ち込んだ。

その後はいろいろあって、彼女も落ち着きあの頃の自分おかしかった、反省していると言っていた30ちょい前に、

ようやく真面目な男性と恋におち、順調に結婚話が進んだ結婚式まであと2週間ぐらいになった時突然、婚約者の所に封書が届いた。

中身は、過去不倫証拠えげつない写真の数々、彼女の人でなしな暴言の記録。あっという間に破談になった。

その後、彼女転職し、遠方に引っ越した。そこでようやく立ち直って、仕事に打ち込み出したが

今度は職場封書が届いた。中身はやはり、彼女えげつない写真等当然犯人不倫相手奥さんだろう。

彼女警察に行ったが、証拠がないとかで、まともに相手にしてもらえなかったらしい。

弁護士を使って訴えを起こそうとしたがこれもうまくいかず、かえって傷付いてボロボロになっていた。

このままだと一生付きまとわれると精神的に追い詰められた彼女は、再び引っ越し住民票ブロックなどもして名前を変えて働きだした。

新住所は、親とごく親しい人しか知らない。

そこで新しい彼氏ができて今度こそ幸せになれると喜んでいた。

名前の事とか、ストーカーから逃げていることとかタイミングを見て彼氏ちゃんと話すつもり…と言っていた矢先、

その彼氏の元にも例の封書が届いたそうだ。

いったいどうやって彼氏のことを調べたのか興信所を使うにしても、

そこまで調べられるものなのか彼女は茫然としているらしい。彼氏にも捨てられそうだと電話号泣していた。

本当に不思議だよね、どこから彼女の転居先や近況が漏れるんだろうね。

しかしたら、親しい人から情報漏れているのかもしれないね

例えば、長年の親しい友人と思っている人から、深く恨まれたりしてたり、ね。

昔、友人を奴隷扱いしたり、親のことまで馬鹿にしたり、彼氏を寝取ったりしたこと

青春時代楽しい友情物語脳内変換したせいで恨まれてることに気付いてなかったりしてねw 

あ、もしかしたらの話だけど。

anond:20181017153128

私の長年の友人が復讐されている。

彼女は、7年くらい前に不倫をし、相手を散々振り回し、家庭を破壊した結局不倫相手自殺してしまった奥さん精神を病んで、そこに付け込んだかたちで僅かな慰謝料和解たかたちに持ち込んだ。その後はいろいろあって、彼女も落ち着きあの頃の自分おかしかった、反省していると言っていた30ちょい前に、ようやく真面目な男性と恋におち、順調に結婚話が進んだ結婚式まであと2週間ぐらいになった時突然、婚約者の所に封書が届いた。中身は、過去不倫証拠えげつない写真の数々、彼女の人でなしな暴言の記録。あっという間に破談になった。その後、彼女転職し、遠方に引っ越した。そこでようやく立ち直って、仕事に打ち込み出したが今度は職場封書が届いた。中身はやはり、彼女えげつない写真等当然犯人不倫相手奥さんだろう彼女警察に行ったが、証拠がないとかで、まともに相手にしてもらえなかったらしい。弁護士を使って訴えを起こそうとしたがこれもうまくいかず、かえって傷付いてボロボロになっていた。このままだと一生付きまとわれると精神的に追い詰められた彼女は、再び引っ越し住民票ブロックなどもして名前を変えて働きだした。新住所は、親とごく親しい人しか知らない。そこで新しい彼氏ができて今度こそ幸せになれると喜んでいた名前の事とか、ストーカーから逃げていることとかタイミングを見て彼氏ちゃんと話すつもり…と言っていた矢先、その彼氏の元にも例の封書が届いたそうだ。いったいどうやって彼氏のことを調べたのか興信所を使うにしても、そこまで調べられるものなのか彼女は茫然としているらしい。彼氏にも捨てられそうだと電話号泣していた。本当に不思議だよね、どこから彼女の転居先や近況が漏れるんだろうね。もしかしたら、親しい人から情報漏れているのかもしれないね。例えば、長年の親しい友人と思っている人から、深く恨まれたりしてたり、ね。昔、友人を奴隷扱いしたり、親のことまで馬鹿にしたり、彼氏を寝取ったりしたこと青春時代楽しい友情物語脳内変換したせいで恨まれてることに気付いてなかったりしてねw あ、もしかしたらの話だけど。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん