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2020-07-09

anond:20200709103640

パンがなければお菓子を食べればいいじゃないってたぶんそう言うイメージだよな隠喩としての口減らし王政にある者が言うとだからマリアントワネットだったっけかに激怒した我らが民衆フランス革命を起こしたんだろうな

2020-05-15

anond:20200514190700

自分反日仮定するならば、ここまで日本破壊し尽くしてくれてありがとうといいたい。税金無益利権にばらまきまくるのみで未来への投資を完全にかろうじてきたことが、より混沌した未来へと日本を導いてくれる。日本のミドルレイヤーすら貧困で苦しむことになる、そんな地獄のような未来を全力で作ってくれるサタン安倍ありがとう

王政の国で決められた人間統治する国だってあそこまで無学な人間が国のTOPになることはないのに、民主主義の中で、あそこまで無教養日本語すらろくに話せない知恵遅れを国のTOPにするなんて、バカ希望、知恵遅れの希望ですわ

2020-04-25

anond:20200424084040

あー

体制がひっくり返ったことがない」の定義が、

権力者が引きずり降ろされることがない」ではなくて

王政という構造が変わったことがない」なわけね

でもそれだったら「歴史的体制がひっくり返ったことがないので、反体制を掲げるものは常に敗者だった」って、

ロシアでもフランスでも、革命が起きて成功するまではどこのお国でもそうなわけで(ところが彼らの国では反体制が盛り上がって成功しちゃったわけで)、

日本反体制が弱いのが文化的根付いている理由にはならんでしょ

長い歴史的な経緯より近代社会構造理由を求めるほうが合理的だと思うよ

2020-04-24

日本人=毎回ノーガード戦法で自滅する民族?🤔

コロナ後の世界 - 内田樹研究室 http://blog.tatsuru.com/2020/04/22_1114.html

 

■「独裁か、民主主義か」という歴史的分岐点

コロナ以前」と「コロナ以後」では世界政治体制経済体制は別のものになるでしょう。

 

最も危惧しているのは、新型コロナウイルス民主主義を殺すかもしれない」ということです。

こういう危機に際しては民主国家よりも独裁国家の方が適切に対処できるのではないか・・・と人々が思い始めるリスクがある。

 

今回は中国都市閉鎖や「一夜城」的な病院建設医療資源の集中という、民主国家ではまず実施できない政策を強権的に下して、結果的感染抑制成功しました。

中国他国支援に乗り出した。どの国も喉から手が出るほど欲しがっているもの国内で潤沢に生産できる。このアドバンテージを利用して、習近平医療支援する側に回った。

 

今後、コロナ禍が終息して、危機を総括する段階になったところで、「米中の明暗を分けたのは政治システムの違いではないか」という議論が出て来るはずです。

少なくとも現時点では、アメリカンデモクラシーよりも、中国独裁制の方が成功しているように見える。

欧州日本でも、コロナに懲りて、「民主制制限すべきだ」と言い出す人が必ず出てきます

 

中国はすでに顔認証システムなど網羅的な国民監視システムを開発して、これをアフリカシンガポール中南米独裁国家に輸出しています

そういう抑圧的な統治機構に親近感を感じる人は自民党にもいますから、彼らは遠からず「中国に学べ」と言い始めるでしょう。

 

 

■なぜ安倍政権には危機管理能力がなかったのか

東アジアでは、ほぼ同時に、中国台湾韓国日本の4か国がコロナ問題に取り組みました。

中国はほぼ感染を抑え込みました。

台湾韓国は初動の動きが鮮やかで、すでにピークアウトしました。

その中で、日本けが感染が広まる前の段階で中国韓国ヨーロッパ情報が入っているというアドバンテージがありながら、検査体制治療体制も整備しないで、無為のうちに二カ月を空費した。

準備の時間的余裕がありながら、それをまったく活用しないまま感染拡大を迎えてしまった。

 

―― なぜ日本は失敗したのですか。

 

内田 為政者無能だったということに尽きます

これだけ危機的状況にあるなかで、安倍首相官僚の書いた作文を読み上げることしかできない。

ドイツメルケル首相イギリスボリス・ジョンソン首相ニューヨークアンドリュー・クオモ州知事まこと説得力のあるメッセージを発信しました。

それには比すべくもない。

 

一つには、東京オリンピックを予定通り開催したいという願望に取り憑かれていたからです。

そのために「日本では感染は広がっていない。防疫体制完璧で、すべてはアンダーコントロールだ」と言い続ける必要があった。

から検査もしなかったし、感染拡大に備えた医療資源の確保も病床の増設もしなかった。

最悪の事態に備えてしまうと最悪の事態を招待するかも知れないから、何もしないことによって最悪の事態の到来を防ごうとしたのです。

これは日本人に固有な民族誌的奇習です。

気持ちはわからないでもありませんが、そういう呪術的な思考をする人間近代国家危機管理に当るべきではない。

 

「準備したが使用しなかった資源」のことを経済学ではスラック(余裕、遊び)」と呼びます

スラックのあるシステム危機耐性が強い。スラックのないシステムは弱い。

 

東京五輪については「予定通りに開催される準備」と「五輪が中止されるほどのパンデミックに備えた防疫対策の準備」の二つを同時並行的に行うというのが常識的リスクヘッジです。

五輪準備と防疫体制のいずれかが「スラック」になる。でも、どちらに転んでも対応できた。

しかし、安倍政権は「五輪開催」の一点張りに賭けた。それを誰も止めなかった。

それは今の日本政治家や官僚の中にリスクヘッジというアイディア理解している人間ほとんどいないということです。

久しく費用対効果だとか「ジャストインタイム」だとか「在庫ゼロ」だとかいうことばかり言ってきたせいで、「危機に備えるためには、スラックが要る」ということの意味がもう理解できなくなった。

感染症の場合、専門的な医療器具や病床は、パンデミックが起きないときにはほとんど使い道がありません。

から、「医療資源効率的活用」とか「病床稼働率の向上」とかいうことを医療の最優先課題だと思っている政治家や役人感染症用の医療準備を無駄だと思って、カットします。

そして、何年かに一度パンデミックが起きて、ばたばた人が死ぬのを見て、「どうして備えがないんだ?」とびっくりする。

 

 

コロナ危機中産階級が没落する

―― 日本が失敗したからこそ、独裁化の流れが生まれてくる。どういうことですか。

 

われわれに出来るのは、これからその失敗をどう総括し、どこを補正するかということです。

本来なら「愚かな為政者を選んだせいで失敗した。これからもっと賢い為政者を選びましょう」という簡単な話です。でも、そうはゆかない。

 

コロナ終息後、自民党は「憲法のせいで必要施策が実行できなかった」と総括すると思います。必ずそうします。

コロナ対応に失敗したのは、国民基本的人権配慮し過ぎたせいだ」と言って、自分たちの失敗の責任憲法瑕疵転嫁しようとする。

右派論壇からは、改憲して非常事態条項を新設せよとか、教育制度を変えて滅私奉公愛国精神を涵養せよとか言い出す連中が湧いて出て来るでしょう。

 

コロナ後には「すべて憲法のせい」「民主制は非効率だ」という言説が必ず湧き出てきます

これとどう立ち向かうか、それがコロナ後の最優先課題だと思います

心あるメディアは今こそ民主主義を守り、言論の自由を守るための論陣を張るべきだと思います

 

―― 安倍政権コロナ対策だけでなく、国民生活を守る経済政策にも失敗しています

 

内田 コロナ禍がもたらした最大の社会的影響中間層の没落」が決定づけられたということでしょう。

民主主義の土台になるのは「分厚い中産階級です。

しかし、新自由主義的な経済政策によって、世界的に階級二極化が進み、中産階級がどんどん痩せ細って、貧困化している。

 

ささやかながら自立した資本家であった市民たちが、労働以外に売るものを持たない無産階級に没落する。

このままゆくと、日本社会は「一握りの富裕層」と「圧倒的多数貧困層」に二極化する。

それは亡国のシナリオです。

 

―― 中産階級が没落して民主主義形骸化してしまったら、日本政治はどういうものになるのですか。

 

内田 階層二極化が進行すれば、さら後進国すると思います

ネポティズム縁故主義がはびこり、わずかな国富を少数の支配階層排他的に独占するという、これまで開発独裁国や、後進国しか見られなかったような政体になるだろうと思います

森友問題加計問題桜を見る会などの露骨ネポティズム事例を見ると、これは安倍政権本質だと思います

独裁者とその一族権力国富を独占し、そのおこぼれに与ろうとする人々がそのまわりに群がる。

そういう近代以前への退行が日本ではすでに始まっている。

 

 

民主主義遂行する「大人」であれ!

―― 今後、日本でも強権的な国家への誘惑が強まるかもしれませんが、それは亡国への道だという事実を肝に銘じなければならない。

 

内田 確かに短期的なスパンで見れば、中国のような独裁国家のほうが効率的運営されているように見えます民主主義合意形成時間がかかるし、作業効率が悪い。

でも、長期的には民主的国家のほうがよいものなんです。

 

それは、民主主義は、市民の相当数が「成熟した市民」、つまり大人」でなければ機能しないシステムからです。

少なくとも市民の7%くらいが「大人」でないと、民主主義システムは回らない。一定数の「大人」がいないと動かないという民主主義脆弱性が裏から見ると民主主義遂行的な強みなんです。

 

民主主義市民たちに成熟を促します。王政貴族政はそうではありません。少数の為政者が賢ければ、残りの国民はどれほど愚鈍でも未熟でも構わない。

国民が全員「子ども」でも、独裁者ひとりが賢者であれば、国は適切に統治できる。むしろ独裁制では集団成員が「子どもである方がうまく機能する。

から独裁制は成員たちの市民成熟求めない。「何も考えないでいい」と甘やかす。

その結果、自分もの考える力のない、使い物にならない国民ばかりになって、国力が衰微、国運が尽きる。

その点、民主主義国民に対して「注文が多い」システムなんです。でも、そのおかげで復元力の強い、創造的な政体ができる。

 

民主主義が生き延びるために、やることは簡単と言えば簡単なんです。システムとしてはもう出来上がっているんですから

後は「大人」の頭数を増やすことだけです。やることはそれだけです。

 

―― カミュは有名な小説ペスト』のなかで、最終的に「ペスト他人に移さな紳士」の存在希望見出しています。ここに、いま私たちが何をなすべきかのヒントがあると思います

 

内田 『ペスト』では、猛威を振るうペストに対して、市民たち有志が保健隊組織します。

これはナチズム抵抗したレジスタンス比喩とされています

いま私たち新型コロナウイルスという「ペスト」に対抗しながら、同時に独裁化という「ペスト」にも対抗しなければならない。

その意味で、『ペスト』は現在日本危機的状況を寓話的に描いたものとして読むこともできます

  

ペスト』の中で最も印象的な登場人物の一人は、下級役人グランです。それがカミュにとっての理想的市民としての「紳士」だったんだろうと思います

紳士」にヒロイズムは要りません。過剰に意気込んだり、使命感に緊張したりすると、気長に戦い続けることができませんから日常生活を穏やかに過ごしながらでなければ、持続した戦いを続けることはできない。

コロナ以後」の日本民主主義を守るためには、私たち一人ひとりが「大人」に、でき得るならば「紳士」にならなけらばならない。私はそう思います

2020-04-12

anond:20200409050143

資本主義の反対」←その発想がおっさんだっつうの

資本主義は現行の社会制度であって、何かと対になってるものじゃない

社会主義王政貴族制封建主義農奴制、そういう過去社会制度と一緒のカテゴリー

いかげん理解しろ加齢臭ジジイ

2020-02-27

anond:20200227085928

結局、日本法治国家ではなく

村社会

あるいは教科書が建前で

東京中心とした偽善本音と建前の

社会

汚い現実処世術の方が大事平成特にね。

から政治家マスゴミ関係

全て何とかと煙りは高い所が好き

になる。テレビは化粧役であって

同類だろう。

政権は、現実剥き出しの処世術の塊みたいな内閣

まりそれが行き過ぎると、国力は下がるだろうな。

発展途上国に戻った自覚を。

王政気取りなんだろ。

きゃつらは。

敗戦で何を学んだんだかな。

2020-02-13

anond:20200213165527

昔はジャーナリズムのためだった。

 

今は惰性。

 

まりだな、王政とき王様政治について判断するからニュース王様に報告すればよかった。

民主主義ってのは、民衆全員が政治について判断するんだから民衆に報告しないといかんだろうが。

ネットテレビラジオもない時代だったら、新聞しかニュースソースが無いわけだけし、新聞民衆号外を出すのは、王様に報告するのと同じぐらい重要社会的使命だった。

 

いまはネットあるから新聞社の報告なんていらないね

ただ、惰性でまだ使命だと思ってる会社がおおいのと、あとは箔つけになる。

あと50年もしなうちに無くなるだろうね。

2019-12-26

anond:20191226151215

いや薄いだろ、なろう世界の王政に、王政である必然性必要性があるか?

騎士とか貴族が沢山出てくると思うけど、騎士貴族という役割が成立した経緯や、騎士貴族という職業特権を持つ理由付、維持されている理由なんかまで設定されてるのか?

2019-12-18

anond:20191218094422

問題がないなんて言ってないでしょ、コミュニティ利己判断しかいから、その判断が正しいことは求められてないって話。

父権制だって王政だって共和制だってコミュニティ判断であってそれが正しいかどうかではなく、それを正しいこととして判断が下される。

欲求犯罪を結びつける話なんてしてないんだけど、どこでそう読み取ったのか教えて?

2019-11-19

anond:20191118123644

まおゆう魔王勇者が3種類出てた。

絵が一番下手で単価やすそう量産効きそうなのだけ18巻まで完走して、絵が一番上手いのは別の原作あり漫画に行ったのか雑誌が終了したのか、ネット掲載が終了したのか、追えなくなった。

編集漫画家も一番書きたかったであろう、メイド姉で後の勇者の「人間宣言」(声優朗読劇まであった)まで描けたから満足して終わったのかもしれない。

2chネットSSで、経済の話だとか通貨の減価や穀物価値の増加、四輪作だの騎士王政が終わるマスケット銃の出現などなど、ログホライゾンじゃなくて、こっちをNHK放送して最後までアニメ化してほしかった。

まれ脱税逮捕されなかったら、良い教材になれたのに。

2019-11-11

お姫様とか王子様を使わず表現したいのだが

自分天皇制王政も反対だからあんまりお姫様みたいな気分になれますよ」とか、「王子様みたいにノーブルでカッコいい雰囲気で」とか言いたくないんだが、これに代わる言葉をなかなか思いつけない。

2019-11-05

もし進撃の巨人ジャンプで連載されていたら

いろんな能力巨人が次々にでてくる能力バトル漫画になってたのかな。

今の連載でも、王政編のときは、巨人と戦わないで人間とばかり戦ってるとか文句言ってる人いたし。

あと連載初期で鎧の巨人と雌型の巨人と超大型はバトルのあとに和解して仲間になるの。

2019-10-24

anond:20191024150559

でもさぁ、世襲君主をいただく殆どの国が安定した民主国家であって繁栄している国なんだよね。

アジアでは日本ヨーロッパでは北西ヨーロッパ先進諸国の多くがそうだ。

スペインは、王政復帰とともに民主政体へ復帰した。

こういう現実を見ると、、、

2019-10-12

アートに関するよくある勘違い

表現不自由騒動きっかけなのか、最近アート」に関する勘違いを頻繁に耳にする。

とりあえずポリティカルなことや特定展覧会人物の動向は抜きに、アートに対して人々が抱いている勘違い淡々と正してみる。

文章が読めない人向けに繰り返すが、別に表現不自由展」など特定展覧会作品の是非について語っているわけではなく、人々が抱く「アート芸術」に対する先入観について語っている。


自費でやれ?

基本的に、人間芸術で食っていけないという前提がある。

前史時代から現代に至るまで、金銭作品発表場所など、なんらかの「補助」なしで歴史に刻まれ芸術作品芸術はいない。

「補助」は大まかに分ければパトロン系、政府系に大別されると思う。

パトロン

バッハミケランジェロボッティチェリレオナルド・ダ・ヴィンチ…今も知られる芸術家のほとんどは貴族王族庇護のもとにあった。特に有名なのはメディチ家。かなりの数の美術作品メディチ家庇護のもと、もしくは依頼で作られている。

モーツァルトのようにフリー音楽家に転身した例もあるにはあるが、彼ですら転身後、晩年は困窮していた。それどころか、主な収入源はやはり貴族などに委嘱されて作った楽曲によるものだそうだ。

現代だと、欧米では自らの作品を売り込んでファンドを得る、ほとんどビジネスマンみたいなアーティストが多い。ビシッとしたスーツに身を包み、自らの作品に新たな価値付けをして売り込む姿は、ベンチャー起業家のそれと変わらない。

政府

こちらは王政封建制より後の政治体制下の芸術に対する補助。大まかに分けると、プロパガンダ芸術と、政治思想のない(あるいは薄い)経済的補助がある。

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政治思想とは一定距離を置いた経済的補助で、一番大規模かつ有名なのはアメリカが1930〜40年代に行った「連邦美術計画」だ。ニューディール政策の一環として、政府が数千人から1万人単位アーティストを雇い、パブリックアート制作などをさせるというぶっ飛んだ規模の政策である

因みに「連邦美術計画」の効果は凄まじいもので、その後巨匠と呼ばれることになるようなアーティストを多数輩出し(ポロックベン・シャーンなど)、抽象表現主義などのアメリカ発の芸術運動バンバン興った。

それまでヨーロッパ中心だったアートシーンは、この時代前後を境にアメリカに移ることになった。さらに因むと、未だにアートシーンの中心はアメリカである。その市場規模は、世界アート市場の5割弱を占め、日本円にするとおよそ3~4兆円。しかも年々拡大し続けている(参考までに、日本美術市場は2,000億円強 / 中国は1.5兆円弱)。

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一方、プロパガンダ芸術で有名なのはソ連ナチスなど。政府意向政治思想に沿った作品を、政府が補助して制作させるというもの。作られた作品政府思想を広める宣伝ツールとして使われることが多い。

上述した政治思想とは一定距離を置いた経済的補助とは違い、題材やテーマなどは厳密に決められており、メディチ家などのパトロンの元での芸術活動に少し近いかもしれない。

ただ、これらの政府体制下で作られたプロパガンダ芸術は、今のところ芸術としてはあまり評価はされていない。

あくま個人的見解だが、プロパガンダ芸術はその性質大衆向けにならざるを得なく、どうしても前時代的なものになってしまうのが要因かと思われる。 ※ グラフィックデザインなど、一部評価されている分野もある。

なお、これらの国では、現代アート前衛芸術は「退廃芸術」として弾圧対象となっていたことも言及しておく。弾圧されたアーティストアメリカ渡り祖国に残ったアーティストを横目に名声を得たという例はかなり多い。


政治色をもつ作品芸術ではない ?

上述のようにプロパガンダ芸術にあまり価値が見出されていない現状を考えると、一見正しい意見に思える。

だが「20世紀代表する作品の一つ」とまで言われる、ピカソの「ゲルニカ」をはじめ、政治的なアティテュードを有する芸術作品は意外と多い。

現代であれば例えばバンクシーは思いっき政治的な作品で知られるが、今やアートシーンにはなくてはならない存在だ。

文学音楽映画だって政治的な意味合いが強い作品はたくさんある。

政治色をもつ作品アートじゃない」という言説は、「ジョン・レノンの"イマジン"は政治的なメッセージがあるから音楽じゃない」と言ってるのに等しいのだ。


大衆に受け入れられないもの芸術ではない?

しろ現在享受されている芸術作品で、大衆向けに作られたものはあまり多くはない。

バッハミケランジェロボッティチェリレオナルド・ダ・ヴィンチなどに代表されるような近代以前の巨匠たちは、先述の通り貴族王族むけに作品を作っていた。そもそも一般大衆向けの芸術ではない。

時代大衆向け芸術だと、例えば音楽では吟遊詩人酒場で歌うリュート曲とかがあるが、現代でも聞かれているかといえばNOである。もちろん、歌舞伎ケルト音楽など、現代まで残っている大衆芸術もあるにはあるが、近代以前の大衆芸術ほとんどは淘汰されている。

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現在大衆に受け入れられるアーティストでいえば、おばちゃんが大好きなモネは発表当時ヘタクソだの何だの批判されまくったし、今や知らない者はいないゴッホはご存知の通り作品が1枚も売れないまま精神を病んで死んだ。ストラヴィンスキージョン・ケージなどは、初演で暴動間際になったこだってある。

これらの例から、むしろ後世に残る作品は、同時代に生きた大衆感覚からはかけ離れていたことが分かる。でも、モネは今や企画展花形だし、ストラヴィンスキーバレエ曲の定番だし、ゴッホの絵を見ては「俺の方がうまい」とか宣うおっさん美術館の風物詩だ。どの分野に関してもそうだが、専門性が高くなればなるほど、大衆感覚はあてにならなくなる。自分感覚と相容れない現代美術作品を「こんなの芸術じゃない」と一蹴することは自由だが、それらの作品は100年後にはもしかしたら現代におけるモネのように広く受け入れられているかもしれないのだ。

かつて相対性理論が発表当時「完全に理解できるのは世界で数人しかいない」と言われていたのに、(専攻科にもよるが)現在では大学で習うのと似ている。これまでの価値観をひっくり返すような価値のあるものは、常人には理解できず、時間をかけて少しずつ受け入れられていくものなのだ

グリーンバーグ論文

この問題については、未だ現代美術に大きな影響を与えているグリーンバーグという美術評論家のおっさんが書いた「アヴァンギャルドキッチュ」っていう論文が分かりやすい。

この論文は、日本語訳もされているし、原文はインターネットでも読めるが、大衆感覚芸術作品価値乖離について論じている。要するに、「大衆迎合し消費される美術」と「前衛的な美術」ならば、後者の方が価値があるっていう内容だ。

80年前の論文なのだが、芸術分野では未だに影響力が大きい教科書の一つ。とても短く、すぐ読み終わるので、興味があればぜひ読んでみてほしい。


不快作品公序良俗に反する作品芸術ではない?

作品の題材として「裸の女性」というのは時代を問わずポピュラーだが、19世紀までは神話聖書出来事以外で裸体を描くことは不道徳とされた。端的にいえば、不快であり、公序良俗に反するとされた。

実際、マネによって描かれた「草上の昼食」や、裸体の売春婦を描いたとされる「オランピア」は発表当時大問題になった。「現実女性の裸を描くなんて、淫猥である不道徳まりない!下品メスゴリラを描きやがって!こんなのはアートではない!」というわけだ。

しかし、どちらの作品も今やマネ代表作。オルセー美術館に収蔵されていて、後の時代芸術からオマージュ対象とされるような絵画として扱われている。

一例を取り上げただけだが、時代を問わず同じような現象枚挙に遑がない。


写真みたいに写実的に描けている作品は素晴らしい?

簡単にいえば、写真実用化された時に「じゃあ写真でいいじゃん」ってなった。「写真絵画は違う」という考えに立脚し、ある時点でそれぞれ全く別の路線を歩むことにしたのだ。

で、モネみたいに空気感を描く作家や、セザンヌピカソみたいに多視点的にものを捉えて一枚の絵に表現する作家が登場した。これらの手法写真では(簡単には)表現できない。要は「写真じゃなくて、絵画からこそできる表現」というものが重視されていくようになった。

そして「じゃあ絵画価値ってどこにあるの?本質って何?」って突き詰めていった結果、「絵の具じゃね?」という話になり登場したのがポロックなどの抽象表現主義。「コンセプトじゃね?」という話になり登場したのがコンセプチュアル・アート特に後者現代美術への影響は色濃い。

もちろん、写真のようにリアル作品価値がないわけじゃなく、スーパーリアリズムのような動きもあった。ただ、20世紀以降のほとんどの芸術家は、「写真みたいにリアルであるかどうかとは別の土俵表現をしていることは知っておいてほしい。アーティストにとって「写真みたいリアルですごい」というのは必ずしも褒め言葉ではないのだ。


終わり

分かりやすさを第一に書いたので、表現が正確ではないところもあるし、時代的に前後したり乖離していたりもするが、だいたいこんな感じ。

文章中でも少し触れたが、アメリカ中国欧州比較すると日本美術市場はかなりちっぽけだ。国内アートがよりよく理解され、シーンが活性化することは、大きなマネーが動く「市場」を生み出すことにも繋がる。先述の「連邦美術計画」などは、政府美術に注ぎ込んだ「補助」に対して、「年間3兆円強のマネーが動く市場」という計り知れないくらい大きい対価をもたらした。アートにはそんな力があるし、前衛を受け入れる懐を自ら作り出したからこそ、現在アメリカ立ち位置がある。兆規模の市場から得られる税収は、控えめに言ってもバカにできないはずだ。

アートの受容と活性化は、普段アートに触れない人にも価値がある。少しでもみんなのアートに対する誤解が解けることを願ってやまない。

2019-10-10

anond:20191010000112

増田さんみたいな普通の人が民主政より封建制を望んだ結果がこれです すぐれた権力者の力で不平が聞こえない社会、即ち王政を望んだ結果がこれです あなたが求めているのは圧政です

2019-08-10

家庭が崩壊した

父が不倫をしていた。家庭は崩壊したが、私はむしろホッとしている。

私の母はそもそもヒステリックで、家事時間配分の下手な人だった。女性らしく着飾るのは好きで、プロポーションは抜群だと娘の私ですら思う。

そこは素晴らしかったものの、とにかく不機嫌になると誰も手がつけられない。予定を詰め込みすぎてはパニックを起こし、気に入らないことがあればヒステリックに怒鳴り散らしたり、泣きわめく。気が収まるまではとにかく周りにあたる。昔は私や兄弟も良く当たり散らされていたが、全員が成人し家を出た今、一心にその苛立ちをぶつけられていたであろう父の気苦労は、正直想像するに耐えない。

更に母の悪いところは子供をすぐ味方につけるところだった。帰省で帰ったり、電話をすると決まっていつも父に対する愚痴が出てくる。平日すぐに部屋に篭って寝てしまう、休日車を使いたかったのに、持っていかれて1日何もできなかったなど。それを子供に聞かせて、まるで父が悪者のようにする。何かあれば私以外の兄弟と揃って数で父をねじ伏せていて、王政のようで気持ち悪いなといつも思っていた。

それにはっきり言って、不満があるにせよ理由を聞けば割と父ははっきりした理由が必ずある人間だ。事実私が確認すれば、体調が本当に悪かったり、車も何日も前に母に伝えたのに、それを気に食わなかっただけだったりする。

そもそも車は父の稼ぎで買ったもので、父が好きに使ったって構わないはずだ。でも母はまるで自分の物のように振舞っていて、いつもそうした一連の流れには違和感しかなかった。むしろ母がお伺いをたてる立場なのでは?と伝えたこともあるが、何を言っているんだと嘲笑されたときの顔は今でも忘れられない。

そんな風に、長年虐げられてきた父だ。私は母から、父が不倫をしていた!と泣きながら電話が来た時、むしろ良かったとさえ思った。

家庭から場所を奪われ、虐げられてきた父。それでも仕事を休むことなく、勤勉に働き続け、家族に貢献してきた父に、少しでも安らぎの場があったのだ。私が救ってあげることは出来なかったけど、救ってくれる誰かが居て、心を癒せる場を持っていたことに安堵してしまった。

母は慰謝料!と毎日泣いて息巻いているが、私は慰謝料は父こそ貰っても良いと思う。専業主婦を長らくさせてあげただけでなく、母の欲しがる物はなるべくあげていた父。海外旅行だって何度も行かせてあげていたし、車もあげていた。最近は知らないものの、幼少期は土日も家族と過ごすことが多く、少なくとも生活に困るようなことは何一つさせていなかった。

それなのにたった一度の過ちで、父や相手女性を責め、悲劇に浸る母はなんだか詐欺師のようにしか私には見えなかった。

勿論不倫はいけないことだし、誰かを傷つけることなんて当たり前だ。叩かれたり、怒られて仕方ないのかもしれない。

それでも私は、父のことを思うと母に原因が一切ないのに父ばかり責めることは出来ないような気がしてならない。

2019-07-23

本日ゼミで、選挙について若い人たち見解を虚心坦懐に聞いた。

で、彼らは「よほど悪い状態にならない限り、みんなが平等に悪くなるならそれでよい」と感じているようだ。

どこまで状況が悪くなると動くかというと「戦場に送られそうになったら」みたいな感じだった。

多分もう手遅れ。

から、税率がバンバンあがって行っても「どうにかなるっしょ」という態度は変わらないようだ。

しろ集団とともにある安心感大事なようで、自分けが突出して動いて損をすることをものすごく恐れている。

たぶんそれまでの学校での突出した人物が受けた制裁の恐怖を見ているからだろう。

民主主義についてもあまり当てにしておらず、王政だろうが貴族政だろうが、

とにかく自分たちの現在の「幸福な」生活が維持されるのであれば、とくに気にならない、というような反応があった。

彼らは自分たちがいま「幸福だ」と思っているようで、それは周りの人と同じであることにかかってるようだ。

家畜のような位置づけでもいいの? とのある意味挑戦的な問いに対しても、とくに響くものはないようで、

「飢えてなければ、ときどき贅沢ができれば、それでよい」という清貧聖者のような達観に至ってる。

https://togetter.com/li/1379621

2019-07-06

anond:20190706225401

えっ物理法則支配するほうが俺ツエーすぎてわけわからんだろ

最近のなろう系転生モノって

1つや2つの疑似産業だけで勝手産業全体を進化させつつ

革命王政ハーレムつくってるのばっかり

現実にくらべて都合よすぎて死ぬほどおかし

2019-06-08

anond:20190608102503

リベラルというのが消極的自由主義商売人を自由にする)=右と、積極的自由主義政府の関与で結果的自由になるようにする)=左というが両方ある。

王政が打倒されて自由にしたらいいという流れがあるが、そこで一度自由主義になった結果大恐慌とその後の不況を作った。

二・二六事件国家を守る兵士姉妹が貧しさ故に売春宿に売られないとならない状況は何たることか!という、自由主義への反動でなされている。

そこで、ケインズが生まれて、累進税や、需要の創出という流れが生まれた。

ケインズ自由主義の枠組みであれば左側になり、右側は消え去ったんだよ。

と同時にマルクス自由主義の枠組みともなり、ここでも右側が消え去った。

相対的に、マルクスケインズで、ケインズが右側だったのが1980年代まで。

ただ、1970年台のオイルショックインフレケインズ対応できなかったことと、マルクス国家崩壊マルクスはだめだということで、かつての自由主義が再び起きた。

ケインズVS新自由主義で、ここではケインズ左側になる。

しかし、自由主義根本的に国は自由にしたらいいというだけで、経済政策は金の量も金の回転も全く見ないから、失われた30年を作った。

オイルショックインフレなんか目でもないぐらいの長期不況

故に、ケインズが右か左かも相対的ものしかないんだよ。

と同時に、右、左は経済以外の多くの観念も巻き込む。

他の観念で、強者を重んじるという右、弱者を重んじるという左、だが、経済政策は両方新自由主義に巻き込まれた。

故に右の小泉自民党でも左の民主党でも経済政策公務員にボロカスに石を投げて、法人富裕層減税と同じことをやってる。

ゆえに、中初等教育大学教育介護児童保護医療みたいな経済原理にそいにくい+公務員が多い産業がみなぼろぼろになってしまった。

anond:20190607115649

別にどの国でも流行ってない。

流行ってた時期に支配層に食い込んだ度合いで力の強弱に違いがあるくらいかな。

 

20世紀リベラリズム、というか人権とか民主主義流行った背景には、やっぱり、それをやったら社会が豊かになるという考えがあった。

まず王政がクソなことが多かったし、憲法を持って民主主義をやっている国がバンバン戦争に勝ちだしていた。実は日本がそのモデル国で、明治維新成功日露戦争勝利は大いに世界に影響を与えた。

第二次大戦後冷戦期も、敗戦国が負けたのはファシストだったからということになったし、ソ連社会主義アメリカ自由民主主義がどっちが開明的で豊かになるかを争っていた。

 

翻って、今よ。

リベラリズムは俺らを別にかにしなかった。リベラルを掲げて政治家になったやつで、国を豊かにしたやつはいない。いや、リベラルが悪いんじゃなかったんだろうが、少なくとも豊かさを増して貧乏を減らす力はリベラリズムにはなかった。

社会福祉は、社会全体の豊かさを増すための理想ではなく、社会の貧しさを押し付けあうための理屈になってしまった。

グローバリズムが人々を豊かにしない、ということが明らかになったあたりがまた決定的だったな。ネット対話が加速すれば炎上ばっかだし、人助けで難民入れた国には社会不安が増えた。

 

何が言いたいかというと、我々はたしかに態度が悪いリベラリズムに背を向けるけど、そもそもリベラリズム流行らなくなってマトモな人間が背を向けたせいで、信者には攻撃的な奴らが多くなっている。

流行らない理由に態度は関係ない。思想に魅力が、というか利点が薄いか流行らない。

2019-05-02

天皇制自然消滅

これ、上皇は狙ってやったんだと思ってる。

だってどう考えても今上立場からしたら自分生前退位したくなるだろうし、後継者ほとんどいない状況だし。

かといって憲法改正ってなるとうまく間に合うか怪しいから、いっそ天皇家以外から天皇を選んでもいいんじゃないかなあ。そういう王政の国なんて歴史的全然珍しくないんだし。

https://news.yahoo.co.jp/byline/mizushimahiroaki/20190501-00124418/

2019-03-05

anond:20190305040331

アステカだかインカだかは、私有財産のない王政ってどっかで読んだな。

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