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2021-05-05

anond:20210505090303

ネット工作なんて何もしてねぇだろ

する気がねぇからマイクロ共同体志向若者に対してもやウィンという大正解の一手を打てるんだぞ

コロナという追い風もあったが改憲勢力はきっちり拡大しているのが理解できんのか?

2021-04-20

anond:20210420214518

強権も出せないし現状どうしてもかわらんよ

0には出来ないからうまく付き合うしかない

ようやく研究追い風吹き出したのだから将来考えて、研究開発費を大学企業にばらまいていけばいい

2021-04-18

2040年 日本の男たちは三つの勢力に分かれていた

一つは解脱者と呼ばれる連中だ

30年代に登場した副作用の少ない強力な性欲減退剤や精神安定剤を自らの意思によって服用し、甲斐性といった性役割から降りて趣味仕事世界に生きている。

といっても彼らに出世欲は湧かず、生活趣味に最低限必要金銭しか稼ごうとしないものが多い。

自らを、性欲奴隷から解放されて人生謳歌し、真理を探究するものと称しているが、実態は誰からも求められなかった苦しみの末に薬を服用した逃亡者たちがほとんどである

政府事実上一夫多妻制とみなせる独身税設立母子家庭支援強化といった制度制定が追い風となり、

気持ち悪くて弱い男が恋愛市場から退場することを求める女性の主張はもはや隠されず社会にて声高に叫ばれるようになったため、逃げざるを得なくなったとも言える。

彼らは確かに苦しみから解放され穏やかな顔をしているがどこか目に陰りが見えると言われている。

  

二つ目は”妄”目者と呼ばれる連中だ

太古から男たちは妄想にある理想的女性偶像を崇めていたが、ついに現代ではテクノロジーの粋を集めて女性妊娠機能以外のほとんどを代替できるサービス商品が実現されていた。

最も一般的かつ人気のあるサービスは、仮想人格主体として顧客生活シームレスな憩いを与えるものだ。家ではヒューマノイド台所ロボットアームに宿り、直接触れ合いながら充実した性生活を送ったり、”愛妻料理”を楽しむことができる。

外出先や勤務先ではXRグラス上に完璧偶像に宿った仮想人格が現れ、取り留めない会話をしながら日常通勤仕事休憩中に彩を与えてくれるだけでなく、外食旅行さえ一緒に楽しむことができる。

本人たちは幸せのものだが、傍から見ると虚空と話し心を通じあわせている姿は異様である。既に彼らの心は現実世界にはなく、自らを受け入れいなかった社会人間に対して目を閉ざしてしまった。

しかし、見たいものだけを見るには金が要る。最新のソフトウェア及びハードウェア技術を寡占する巨大tech会社たちにサブスクリプション方式で少なくない金額を払い続けられる、盲目で居続けられる者は一部の稼ぎのいい上位職者や技能のある者に限られた。

よって、稼いだ金銭では仮想人格一定期間しか呼び起こせずサブスクリプションが切れた悪夢に耐え切れず解脱者となる者も少なくない。

  

三つ目は上位者である

意味そのままで男性の上位2割がこの上位者に当たるが、明確な認定基準などというものはない。

まれからずっと解脱者や盲目者に逃げるまでもなく自然他人を愛し愛され、幸せ享受できていることで初めて自分上位者だったと知るのである

よって女性たちは上位者あくまでも普通の男の人と認知しているが、解脱者や”妄”目者からは種付け馬揶揄されている。

恋愛婚活市場の男は上位者しかおらず、先ほど述べたように事実上一夫多妻制が実現されていたため、女性たちは本能の赴くまま優秀な遺伝子を手に入れ、解脱者や盲目者も収めた税金不自由なく子供を育てた。

  

今はまだ黎明期である解脱者は負け犬だ”、妄”目者は現実逃避だ、上位者は種付け馬だという対立はまだ目立つ。

しかし皆は薄々気づき始めていた。そこには被害者加害者もおらず、全員が幸せになれる唯一の道であるかもしれないと。

2021-04-06

anond:20210406143224

そうね、でも今日ホッテントリブコメ欄が「弱者男性=あてがえ論者ではない」という明確な証拠として残ったから、これからの流れは変わってくると思う。

ちょうど本日トイアンナ氏の「弱者男性=あてがえ論者」を前提とした弱者男性擁護論が見当違いだと燃えたのも追い風になるでしょう。

あてがえ論者およびあてがえ論をダシにして女叩きがしたいだけの女叩きクソ野郎共と、弱者男性を全員あてがえ論者だと思って藁人形にしたい見境なしのミサンドリスト共以外には歓迎できる流れなんじゃないかな。

2021-03-22

お母さん食堂草津反対運動の巻き返し

実はまだ、ワンチャンあるのでは。

お母さん食堂企画名前を決めた経緯のLINE

関係者ネットワークを掘り下げたら、変な発言の一個や二個くらい見つかるんじゃない。

草津のやつだって市長LINEやらツイートを掘ればこっから巻き返せるチャンスあるよきっと。

リベラルへの追い風連戦連勝の中、ハフポスも支援してくれたにも関わらず、珍しくキャンセルに失敗してしまった二件。

せっかく勝てる戦いなら全部勝っておきたいのがリベラル魂というもの

2021-03-20

anond:20210320174722

そもそもな、黒人歌手の動きをアジア人面白おかしく物まねする芸の差別性が分かるか?

あれは太った渡辺が笑われてるんじゃない。

アジア人黒人歌手を笑い者にしてるんだよ。

文化を盗んだ。

ただ、渡辺佐々木批判するだけでなく、自分自身過去にやってきた差別的な言動についても謝罪し、筋を通した。

ビヨンセの芸も封印した。

二度とやることはないだろう。

正しい風は今、彼女追い風として吹いている。

マーク大統領誕生なるか

バイデン最近口を荒らす場面が多くなり、人権平和外交旗手としては心もとなく白人高齢男性限界と思われる。

人達の尽力により国際的軍縮の流れができていたのだが、イギリスが中露への対抗で核兵器に関する不穏な動きを見せ始めた。

そのような中でバイデンまで中露に対する攻撃的な発言を行ってしまった。

彼は本来イギリスジョンソンに苦言を呈すべき立場だろうに。

メーガン妃、大統領選挙出馬を準備? 民主党議員人脈作り

https://www.ellegirl.jp/celeb/a35845961/c-duchess-meghan-presidential-campaign-21-0316/

バイデン後継者ハリスにも十分な実力があるが、国際的人権平和アピール力を考えるとマークル(メーガン妃)が上回るかもしれない。

マークルにはしばらく政治家としてのキャリアを積む必要があるので、出馬して当選する可能性が10年ほど先に安定してくるとして

バイデン大統領1~2年(任期途中で高齢により後退)⇒ハリス大統領8年⇒マーク大統領8年

現実的ラインか。

理想を言えば、ハリスマークルの順番を逆にしたいところだが。

向こう数年間はBLM運動追い風マークルが上手く利用できるだろうし、イギリスへの重要パイプを持つ彼女なら今進みつつあるジョンソン軍拡計画に対して牽制することもできる。

しかし、バイデン任期途中で引退なら自動で昇格するのはハリスだ。

選挙マークルが立候補するなら、どれだけ急いでも4年は待たなければならないのが厳しいところだな。

国際的人権平和を実現するなら、どの道をたどろうとも中露との協調は避けることができないわけで、4年も待っていられるだろうか。

2021-03-12

あなた達の政治運動には迫力が足りない


https://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=730608&comment_sub_id=0&category_id=256

小森龍邦氏死去、88歳 元衆院議員部落解放同盟広島県顧問

 解放運動の巨星がまたひとつ墜ちた。私もあと十年生きるか怪しい身である自分政治運動に対する考えを少しばかり綴ってみてもいいだろう。

 上のニュースの人は、かつて解放同盟事務方トップだった方だ。昭和7年に広島県東部被差別部落に生まれ中高生の時分から老年に至るまで部落解放運動に携わってこられた。

 私が活動していた地域とは遠く離れているが、それでも半年に一度は彼の実家の傍にある、ちんまりとした選挙事務所へ行き、地元産のワインを飲みながら語り合ったものだ。

 私などが知己と呼ぶのがおこがましいほど尊敬できる人格の持ち主だった。家族地域や仲間のためであれば、危険を顧みずに行動する力を持っている。それでいて、思慮深いうえに頭の回転が速く、無謀な策を講じたりはしない。講じるとしたら、背後に確かな計算を持っている。そういう方だった。

 それが、こんなに早くにお亡くなりになってしまった。悔しい限りだ。

 私の番はいつ来るのだろう。運が良ければ二十年は生きられるかもしれない。運が悪ければ数年後か。その前に、自分の想いを吐き出す機会が欲しい。



 さて、表題意味について。あなた達の政治運動には『迫力』が足りないとは、どういう意味か。

 言葉どおりの意味だ。特に伝統的な分野、例えば労働組合などが挙げられる。昔に比べて弱体化が著しい。

 企業ごとの組織率は低下し、労働者組合加入率も低下し、賃金は下げられ放題、追い出し部屋希望(半強制退職蔓延も放っておかざるを得ない。数十年後には、労働組合というもの事実上消滅していてもおかしくはない。

 また、高校大学など、学校内の自治を求める活動もそうだ。私は元高校教師だが、昔に比べれば、学生たちが自ら声を上げて学校ルールを変革するために動くことは減っている。感覚としてはそうであり、数字においてもそうなっている。悪い意味で、子ども大人のいいなりになっている。

 反対に、成功しつつある政治運動もある。

 近年話題になったものだと、#MeToo運動だ。女性がこれまでに男性から受けた、性を主とする嫌がらせ公共の場告発することをいうようだ。

 日本ではそこまで定着しなかったが、本場のアメリカでは著名な人物の一部が職や名誉を失っている。最悪の場合は、裁判により実刑判決を受けることになる。

 LGBT社会運動も、社会価値観を変革しつつある分野のひとつだ。

 大衆消費社会が訪れてそうまで時間も経たない頃から同性愛者としてのカミングアウト文学活動デモ行進芸能界での活躍自分たちを侮辱する者に対する訴訟提起(府中青年の家裁判)、ゲイであることを周囲に言いふらした者及びその所属校への糾弾一橋大学アウティング事件)など、仲間の権利を守るための諸活動を行ってきた。

 以前は、映像作品において、同性愛者が精神異常者として描かれるのは当たり前のことだった。子ども向けのアニメなどでもそういった描写があったが、昔に比べればなりを潜めているように思える。批判を恐れて、ゲイレズビアン人達を描けなくなっているだけかもしれないが。

 これらの成功している政治社会運動には、共通する点がある。

 相手の痛いところを突いていることだ。

 この方針なくして勝利はない。しかし、近年の伝統的な政治運動の類を見る限り、相手の痛いところを見抜くことができる知性、または攻撃する度胸を欠いているように思う。

 特に組合関係団体がそうである。昔の労働組合は、使用者と刺し違える覚悟があった。

 意図的給与の支払いを遅らされても、当局側が雇った暴力団に夜道で襲われても、工場社員寮ごとロックアウトされても、それでも不屈の覚悟で戦い抜いてきた。

 それが今では、使用者の言いなりとなり、組織から仲間を追い出すための行為に協力している。情けない限りだ。



 話が逸れた。

 相手の痛いところを突くことの具体例として、昭和40年頃の話をする。私の高校時代の級友の話である。K君とする。

 高校二年の時だった。夏の午後の授業中に、ある教師教室の窓の向こうにある山を指さして言った。「お前らみてみい、あの山にはよっつが住んどる」(※手の指が四本であるという意味

 その教師は、部落に住んでいる人間馬鹿にしたのだ。当時はまだ、被差別部落生活する人々と、それ以外との間に貧富の差があった。馬鹿にされやすかった。

 どれだけ悲惨生活だったか、今の生活と対比しながら述べると、家にトイレはなく(集落で共同のトイレだった)、上水道は通っておらず、生活汚水は外に垂れ流しであり、雨樋や排水溝がないので大雨が降ったら屋内は水びたしになっていた。

 家族食卓を囲んだ光景にいい思い出はない。口に出して述べたくないし、思い出したくもない。

 さて、その男言葉に頭にきたK君は、翌日に地域の仲間(私を含む)を連れて職員室に入っていった。K君が連れてきた解放委員会の男が怒鳴ったのを覚えている。「教頭、どういう教育をしとる!」という大声に、周囲に緊張が張り詰めた。校長までやってきた。

 その教師に向けて、「そんなことは言ったらいけんど」と説得しようとしたものの、それ以前の問題だった。その教師は、私達の質疑に対して、最後までしらを切り通したのだ。「そんなことはしていない」と言い張った。

 このままではK君の立場が危ういわけだが、私にはどうすればいいかからない。しかし、協力をしたかった。

また翌日、K君は教室の中で証言者を探すために、級友の前で声を上げた。「このままでは俺は嘘つきになってしまう。証言をしてくれ」と皆に伝えた。が、私ともう一人か二人以外に協力者は出なかった。

 次の日だった。今度は、級友一人一人と話をする作戦に切り替えた。校庭に級友を呼び出し、どうして協力してくれないのか、と訴えたのだ。それでも駄目だった。みな、「それは勘弁してくれ」と言うばかりだったという。

 さらに次の日、K君は50枚ほどのA6程度の大きさの小紙を持ってきた。それを級友の一人一人に渡して、「これに証言を書いてくれ。後で預かる」とお願いして回ったのだ。

 翌週、K君は再び、地域の仲間と、同じ地区解放委員会役員を連れて校長室に入っていった。私は外で待っていたが、勝利確信していた。K君は、20枚以上はあろうかという紙の束を持っていたかである

 その年度の末をもって、その教師は異動になった。県内の一番端にあるエリアに転勤していった。彼はまだ赴任して2年目だったこから、今回の作戦が功を奏したとみていいだろう。

 この、K君の動きを間近で見たことが、私が政治運動を志したきっかけだった。



 今度は、少し規模の大きい話をしよう。

 それから三十年以上が経って、平成の初期だったと記憶している。被差別部落生活文化的環境改善するという一連の政策国会での議決を受けてから、長い時が経っていた。

 K君の事件きっかけにして、私は解放委員会正式に加入し、高校社会科を教えながら政治運動に身を投じていた。40になる頃に教師を辞めて、今度は別の公職に就いた。

 ある年の冬だった。私が活動していた県の幹部職員が、「同和関係補助金はすべて凍結する」と、あろうことか県議会で答弁した。

 寝耳に水だった。まさか、そんなことはあるまいと考えたが、確かな事実だった。議会答弁はテレビ中継もされていた。

 当時、私が所属していた団体幹部が全員呼び出され、偉い方々から対策を指示された。それぞれの支部からも、来年度の予算について雨後の筍のように質問が寄せられていた。

 発砲ふさがりかと思われたが、ふと、K君のことを思い出した。彼はもう立派な社会人であり、解放委員会からも抜けていた。それでも藁にすがる思いで相談に行こうとしたものの、気が乗らない。

 彼に迷惑をかけるのでないかという想いもあったが、何よりも私個人の意地だった。同和教育人権思想を啓もうする活動を担う一員である以上は、自分達の力で解決せねばならないという気概があった。

 とはいえ、K君と話をしたかった。結局、正式相談ではなく、共に食事をしながら今回の件について話し合うという形式を取った。K君は、「ここで折れたら前例になろうが」という話からまり、諸々の助言をいただいた。今でも感謝している。

 後日、県の横暴に対する対抗策がまとまった。開始時期は、一週間後とした。

 数万人規模の組織で、ここまでの速度で動くのは無理がある。組織全体の足並みが揃わなくなる恐れがあったが、予算全凍結は目の前だった。

 まずは、各自治体の教育委員会オルグ実施した。

 あの時のK君のように、各市町の教育委員会庁舎に数人で飛び込んだなら、「どうしてこんな卑劣なことをするのか。子どもらが人権意識もつための活動ができなくなっていいのか」というメッセージを何時間にも渡って、毎日伝え続ける。

 庁舎の外には最大100人程度を待機させていた。みなそれぞれ、横断幕拡声器を使って、スローガンを堂々たる態度で表し、相手方にこちらが本気であることを知らせた。朝方から始まって、日中は休憩を挟みながら、日が沈む頃まで毎日続けた。

 場所関係なかった。公共機関であれば、どこででも実施した。教育委員会だろうと、市役所入り口だろうと、学校門前だろうと、警察署の前だろうと、県会議員の自宅の玄関だろうと、場所関係なかった。

 かつて、私たち基本的人権の享有を受けられなかった。その歴史を繰り返してはならない。私たちは本気だった。

 議会での答弁から半年後、私達の本気は伝わった。予算の凍結が撤回されたのだ。

 これまでと同じように、これまでと同じだけの金額子ども達への教育活動個別学習会や勉強会に使うことができるようになった。

 私たちは、相手の痛いところを突いた。突き上げを受けた教育委員会は、通常の業務を行うにあたって支障が出る。日中は、私たちが絶えず抗議をするので、それに対応せざるを得ないからだ。

 それが数日であれば持ちこたえるだろうが、何か月にも及ぶとさすがに根を上げる。

 「予算の凍結はやめてくれ。現場がもたない」と各市町とその教育委員会は、県の決定に抗議する流れができる。

 さらに長い期間に渡って続けば、県としても、予算の凍結の続行と、各市町の疲弊とを天秤にかけざるを得なくなる。

 私たち勝負に勝った。

 相手の痛いところを突けばいいというものではない。こちらも痛い目を見る覚悟必要だ。というのも、現実的には、まずはこちらが痛い目を見る可能性が高いからだ。

 上記場合、県による予算凍結の撤回を求めて戦うにあたり、相手方に攻勢をかける必要があったわけだが――初期の段階が一番苦労した。まず、動員をかけても会員は集まりにくかった(当事者意識の欠如)。これがただの動員ではなく、緊急事態を打破するための闘いであることをわかってもらうために熱弁を振るう必要があった。この説得のための活動、すなわち県内支部巡りに最も時間を要した。

 人が集まり相手方に攻勢をかけることができるようになったとして、最大のリスクがある。警察通報されることだ。特に要職にある者が動けなくなるのはまずい。敵にとっての追い風になる。

 今回は、そうした事態が起こることはなかった。絶対暴力行為脅迫行為をしてはならないと、組織内で固く申し合わせをしていたからだ。

 私が若い頃の解放運動だと、警察など介入する余地はなかった。デモ活動オルグ最中通報があって警察官が駆け付けたとしても、我々を見て尻込みをするのは当たり前で、あちらの方が逃げ出すこともあった。

それほどまでに、当時の私たちは気迫に満ちた政治社会運動をしていた。物事に対する「本気」というものが、警察すら怯えさせるほどに昇華されていた。

 時が経ち、平成時代になると、部落に住む人々も豊かになったこともあり、ハングリー精神が見えなくなっていた。集団の気迫はすっかりと消えてしまい、周りから見ると――デモ活動の全てが滑稽なものに映るようになっていた。満たされた人間政治運動はできない。それだけのことだった。

 ところで、予算凍結に対する対抗策の実施にあたり、最大の懸念事項があった。

 県と市町との連携だ。もし、予算凍結の議会答弁を打つよりも前に、県議会が各市町に根回しを行い、さらに我々を抑えるための手を考えていたとしたら、負けていた可能性が高い。

 逆に言えば、同和対策事業に関する予算の凍結という重大事項について、事前に各市町と連絡調整をしないというミスを県が犯したからこそ、我々は勝利することができたと言っていい。



 最後になる。

 相手の痛いところを突くこと、その直近の事例としてミャンマーデモを挙げたい。

 アウンサンスー・チーを頭に据える民主派が勝つにはどうすればいいだろうか?

 武力では国軍に勝てない。ならば、「国軍は間違っている」というメッセージを、自国内と国際社会に訴えかけるしかない。

 経済面ではゼネラル・ストライキを行い、社会面では民主的思想制度について啓もう活動を行い、政治面では大規模デモによって世界に窮状をアピールする。

 アメリカがすでにミャンマーへの経済制裁を行っているし、世界的な空気として、国軍より民主派を推す声が大きいのは間違いない。

 民主派のやり方というのは、それでいい。とことん大きなデモを打って、自分達の正義アピールする。

が、その代償として、民主派は多くの命を失っている。つい先ほど、未成年デモ参加者が銃で撃たれて亡くなったというニュースが飛び込んできた。先日のデモでは50人以上が亡くなったという。

 民主派グループの中でも、指導者に近ければ近い者ほど、身体危険が迫る。国軍にしてみれば、今が正念である世界各国から評価が低下することを気にかけず、民主派指導者層を徹底的に弾圧し、デモ活動を先導する者を少なくし、事態を膠着状態に陥らせ、軍事政権を持続させるとともに――軟禁しているアウンサン自然死を狙うメリットの方が大きい。

 もし日本が、ミャンマーのように危険状態だったとして、あなたが立ち上がって戦わねばならなくなった時、どういう心構えで、どういう行動を取るべきだろうか? 相手の痛いところを突くために、どこまでのリスクを背負えるだろうか?

 その問題に直面していたのが、私が生まれ時代よりもさらに昔、明治以降被差別部落に暮らす人々だった。あまりに苦しい生活環境であるがゆえ、生存権を得るために戦わねばならなかった。しかし、どうやって戦えばいいのか?

 多くの者が基本的人権を得るために戦い、痛い目に遭いながらも戦いを続け、そして今の、(経済的意味に限っては)被差別部落問題解決した現在に至る。

 あなた人生にとって、重大な戦いをせねばならない時がくるはずだ。その時に、どういった行動を取ればいいのか、当日記がその際の助けになれば幸いだ。

 40代以下の若い人に向けて、このトピックを書いたつもりだ。あちらへ、こちらへとぶれた文章になって申し訳ない。読み返してみると、まとまりのなさに驚いている。ご容赦いただきたい。

 あなた幸せのあらんことを。

2021-03-11

黄昏貴公子

追い風参考記録と呼ばれても仕方がないと思っていました」―かつて代理打刻で処分されたことのあるAさんは語る。

公務員不正早退競技で2分の記録を持つ。処分されて以来トレーニングに励んできた。今では職場からバス停まで30秒を切るまでとなった。

彫りの深い顔と相まってついた二つ名が「音速貴公子」。タイムカードはすでに廃止されているが、今も上長の目は光る。17:14:00を40秒ほど過ぎたその時である上長の瞬きを見逃さないAさん、音もなく職場を飛び出しバス停へと走った。バスへ滑り込んだ瞬間にバスは発車した。運転手がいら立つように駆け込み乗車はご遠慮ください、とアナウンスするがAさんは涼しい顔だ。

さらに時は過ぎ、新年度となった。ダイヤ改正により従来より出発は10分遅くなった。それでもAさんは職場からバス停へ猛ダッシュする。記録の追及に果てはない。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20210310/k10012908181000.html

2021-03-09

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||は弱者オタクを救えるのか

ネタバレあり!】


結論としては、少なくとも僕の心は救えなかった。

制作側がこの作品に込めたメッセージを僕は最終的に拒絶した。

僕はまだ現実和解できない。

この映画が示すような大人になれないし、なりたくない。


上映後、一瞬だけ前向きな気持ちに、爽やかな気分になったが、考えれば考えるほどそれが間違いに思えてきた。

だって最初は旧劇の「気持ち悪い」から成長したなと思ったよ。

だけど違うんだ。

この映画を観て前向きに、背中を押された気持ちになれるのは、もともと自分肯定できている人間だけなんじゃないか

そう思わざるを得なくなってきた。


僕にはレイアスカも、ましてやマリさえいない。これまでもいないし、これからもできる見込みはない。

ヒロインがいないだけじゃない、ミサトや加持のようなまともな大人さえいない。

リアル世界では、自己保身ばかり責任逃ればかり板についた大人しかいない。

もちろん、命懸けで何かに取り組む人間なんていやしない。

すぐに自分限界を設けるくせに、そのくせ自分よりできる人を妬む。

「碇君がもうエヴァに乗らなくていいようにする」と言って、初号機のなかに14年もの間、残り続けたレイのように、美しい自己犠牲の精神を持っている人間が令和の時代にどれほどいるのだろうか?

また、ゲンドウを追おうとするシンジ危険人物として処分しようとしたサクラミドリから、その身を挺して庇ったミサトのような人間リアル存在するのか?

さらにはシンジ自身も、幼少期に母と死別、父に捨てられ、14歳世界の命運を懸ける戦いに駆り出され、14年間も宇宙空間で眠り続け、その間にトウジやケンスケ、委員長は成長して大人になってましたって、不遇としか言いようがないよね。

現実なら愛着障害PTSDを、何十年も患っていてもおかしくないほどのショックを受けている。

そのシンジ映画クライマックスで、ゲンドウを救って、カヲルを救って、アスカを救って、レイを救うんだぜ。

全くもって、その心境やいかに、としか思えないよ。


唯一、リアリティを感じるのはシンジの父、ゲンドウだ。

劇中でゲンドウはシンジに対して自身が怯えていることを自覚しただけで終始、シンジへの愛情を示すことはなかった。

心理描写さえない。

逆にシンジゲンドウを理解して、ゲンドウがやっとユイを求め続ける呪縛から解放される始末だ。


シンジのように不遇でも最終的に救済されたり、世界を引き受けるほどの度量を身につけるなんて、不自由空虚孤独現実世界を生きる僕には想像できない。

庵野監督が言いたいのは「現実と向き合え、和解しろ大人になれ」ということ。

それは今まで彼の作品応援してきた、非モテコミュ障オタクのこれまでの人生全否定するようなものではないか

アニメ監督として評価され、売れっ子漫画家結婚カラー設立と、どんどん庵監督リアルが充実していくごとに、弱者オタクからどんどん乖離していって、非モテコミュ障心理なんて想像できなくなったのではないか


パートナー子供のいる、かつてオタクだった人達は、この映画から受け取ったメッセージ追い風にして、これから日常を生きていけるのかもしれない。

また、夢や希望燃える少年少女達にエールを送れる映画かもしれない。

でもみんながその段階に至っているわけじゃない。

他者評価依存して挫折して現実逃避している人間の、生きているというよりまだ死んでいないだけの人間の、報われない戦いはまだ続いているんだ。

2021-03-04

日本貧乏になったか

平成28年衆議院での質問がある

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a190039.htm

なぜ日本がここまで貧乏になってしまったのかという疑問に関する質問主意書

 内閣府は昨年十二月二十五日、二〇一四年の国民一人当たりの名目GDPが三万六二〇〇ドルで、これはOECDに加盟する三十四か国のうち上から二十番目で、統計確認される一九七〇年以降、最も低い順位になったと発表した。なんとイスラエルにまで抜かれてしまった。失われた二十年と言われている期間に、日本はここまで貧乏になってしまったのである。この期間において、財政規律を重んじすぎ緊縮財政デフレを続けてしまったのが原因だと考える。円安・株高・原油安という日本経済にとって追い風を受けながら、デフレ脱却さえできていない。二年で二%のインフレ目標も、実質二%、名目三%のGDP成長率の達成にも失敗した。日本経済成長率の低さは現在世界の中で際立っている。一月三日のTBS時事放談にて石破茂地方創生担当大臣は「財政規律が緩んでしまったらハイパーインフレしかないと強く認識している」と発言し、アベノミクス三本の矢のうち第二の矢を否定した。

 これに関連して質問する。

一 内閣府経済社会総合研究所編の「国民経済計算報告-平成二年基準-(昭和三十年~平成十年)」によれば、一九九三年と一九九四年、日本の一人当たりの名目GDP世界であると書いてある。これらのデータは今でも変更はないか

二 一人当たりの名目GDPは、その国の豊かさを表す経済指標である。その意味日本は一九九三年、一九九四年、世界で最も豊かな(あるいはそれに準ずる)国であった。しかし、その後財政規律を重んじすぎて緊縮財政を続けデフレが続くことになり、二十年以上の間、実質賃金が下がり、結果として貧乏な国になってしまったと考える。つまり経済政策の失敗が日本貧乏にしたと考えるが同意するか。

三 もし日本貧乏になってしまったのが、前記の理由ではないと主張するのであれば、何が原因であると主張するのか。また、どのようにしてその流れを止めることができると考えるのか。

四 日本がここまで貧乏になった理由円安では説明することはできない。一九九三年、一九九四年頃、一ドルは一〇〇円~一一〇円程度であった。この頃、一人当たりのGDPを見ると、ルクセンブルグスイスなどは日本と大差なかったが、現在ルクセンブルグ日本の三倍以上、スイス日本の二.四倍になっており、とても円安では説明できないのは明らかではないか

五 増税国民からお金を取り上げ、貧乏になった国民を更に貧乏にする。二〇一七年四月から消費税増税は、国民の実質所得を下げ、国民節約強要し、消費を縮小させるから世界の中で相対的日本国民を更に貧乏にしてしまうと考えるが同意するか。

六 日本貧乏にしてしまったら、国の借金一〇〇〇兆円は返せなくなるし、社会保障も貧弱なものになると考えるが同意するか。

七 財政規律をごく僅かでも緩めると、とたんにハイパーインフレになると考えているのか。財政赤字が何兆円を超えるとハイパーインフレになると考えているのか。

八 例えば財政規律を五兆円だけ緩めるとしよう。平成二十二年八月に内閣府計量分析から発表された乗数によると、五兆円公共投資を増やした場合一年目に実質GDPは一.〇六%増加、名目GDPは一.一五%増加、消費者物価は〇.〇七%上昇ということで、ハイパーインフレにはならず、可処分所得は〇.九四%増加、また公債残高の対GDP比は一.六五%PT減少するとなっており財政健全化するわけで、日本経済にとってよい材料ばかりである。このような経済の好循環を引き起こすのは公共投資だけに限らない。日本が急速に貧乏になっていくのを防ぐためには、緊急に財政支出を拡大すべきだと考えるが同意するか。

九 公共投資の増額を二年後以降も同様に続けた場合を考えると、債務が蓄積されるかのような錯覚を受けるかもしれない。しかし、毎年乗数は変わるのであり、二年後以降はその年に計算された新しい乗数で何が最良な財政政策であるかを検討すべきだと考えるが同意するか。

十 昨年の十二月二十二日に甘利大臣は二〇一七年四月に予定されている消費税一〇%への引き上げ実施は「増税デフレに戻ることがないのが条件」と述べた。もし、大部分のエコノミスト増税デフレに戻ることを予想したら増税は延期されると考えて良いか

 右質問する。

これに対しての回答がこれだが、いつも言われていることを繰り返しているだけで、あまり意味がない。

一について

 お尋ねの日本の一人当たり名目GDPについて、平成六年につき「平成二十六年度国民経済計算確報(フロー編)」(平成二十七年十二月二十五日内閣府公表)等、平成五年につき「支出系列簡易遡及平成十七年基準」(平成二十六年一月二十日内閣府公表)等を用いて計算すれば、米ドル換算で、それぞれ三万八千八百四十四米ドル及び三万五千五百四米ドルとなり、いずれも経済協力開発機構(以下「OECD」という。)加盟国第三位となっている。

から四までについて

 御指摘の「貧乏」の定義が必ずしも明らかではないため、お答えすることは困難であるが、我が国の一人当たり名目GDPOECD加盟国内の順位が低下した要因としては、世界経済が成長する中で、我が国経済デフレ状況にあって、名目GDP成長率が相対的に低かったこと等があると考えている。

 政府としては、長引くデフレからの早期脱却と日本経済再生のため、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資喚起する成長戦略三本の矢からなる経済政策を一体的に推進してきた。今後の経済財政運営に当たっては、アベノミクス第二ステージにおいて、名目GDP六百兆円を平成三十二年頃に達成することを目標とし、これまでの三本の矢を束ねて一層強化した新たな第一の矢である希望を生み出す強経済の推進に取り組むとともに、その果実を第二、第三の矢である夢をつむぐ子育て支援安心につながる社会保障もつなげることで、新・三本の矢が一体となって成長と分配の好循環を強固なものとしていく。

五及び十について

 社会保障制度次世代に引き渡していく責任を果たすとともに、市場国際社会における我が国の信認を確保するため、平成二十九年四月の消費税率の十パーセントへの引上げは、リーマンショックや大震災のような重大な事態が発生しない限り、確実に実施することとしている。その上で、政府としては、経済財政運営に万全を期してまいりたい。

六について

 御指摘の「貧乏」の定義が必ずしも明らかではないため、お答えすることは困難であるが、平成二十九年四月の消費税率の十パーセントへの引上げは、市場国際社会における我が国の信認を確保するとともに、社会保障制度次世代に引き渡していくためのものである。その増収分は全額、社会保障の充実・安定化に充てることとしている。

七について

 ハイパーインフレーションは、戦争等を背景とした極端な物不足や、財政運営及び通貨に対する信認が完全に失われるなど、極めて特殊な状況下において発生するものであり、現在我が国経済財政の状況において発生するとは考えていない。

八及び九について

 我が国財政については、極めて厳しい状況にあり、デフレ脱却・経済再生を図りつつ、その持続可能性を確保することが重要である政府としては、「経済財政運営改革基本方針二〇一五」(平成二十七年六月三十日閣議決定)に盛り込まれた「経済財政再生計画」に基づき、平成三十二年度の財政健全目標の達成に向けて、経済財政双方の再生を目指す経済財政一体改革に取り組むこととしている。

2021-03-03

anond:20210303084523

美大生なら作品で主張して作品を通じて仲間を作って作品自分を癒せ。

コロナ制作モチベーション集中力、体力が落ちることだけを恐れろ。

外に出て多人数で活動することの価値が下がっている今、自宅でひとりで発揮できる才能の価値はこれまでの人類史にないほど追い風が吹いている。

2021-02-23

取り返しのつかない我がエンジニア人生

ここには年に1回くらい殴り書きしてるんだけど、史上最大に気持ち悪いおじさんの自分語りになってしまった。というか長すぎ。誰が読むんだ、これ。

 

自分33歳、妻と未就学児1人の計3人で、人口100万人以上のそこそこの地方都市暮らしている。

会社子会社系のSIer新卒で入った。これがまあ、ネットでよく馬鹿にされるような典型的時代遅れ会社だった。

正直、入社時は「エンジニアとして働く」「会社の安定性」の両方が満たせそう、ぐらいの浅はかな考えだった。で、実際のところ大企業である親会社の盾もありまあ、安定していた。競争原理が働かず仕事は嫌でも降ってくる。給料年功序列で上がっていき、昨年の年収は大体月20時間残業で600万だった。世間的にはそこまで高いとは思わないんだけど、この会社の外での自分市場価値を考えれば高いと思っている。

一方でエンジニアとしてはそりゃもうひどい環境だった。10年前に入った頃から使っている技術会社としてのマインドは何ひとつ変わらず現状維持モットー。口では「子会社としての安全神話は終わった」「DXだ」と言っているが、行動が伴っていない。

 

こんな環境危機感を覚えないわけがなく、数年前に転職活動をしてみた。その頃はこっちに有力な求人は無く、とにかく東京求人に応募していた。その結果、有給ぶっ込んでの日帰りで東京に行く過酷面接に力尽きて断念した。というのは建前で、チャレンジすることにビビってたのかもしれない。本業であまりにも技術的な取り組みがないのでプライベートプログラミングしたりWebサービス作ってみたりしてたけど、それも趣味程度の取り組みで「今からじゃ遅いんじゃない?」と自分ブレーキを踏んでいたんだ。

 

そんなこんなで「まだ今の会社でできることがかあるはずだ!」と自分に言い聞かせて続けてきた。結果、市場価値が上がるような仕事は何もしていない。自分なりに新しい仕組みを取り入れてみたりはしたけど、それだって会社インパクトを与えるもんでもないし、Qiitaのやってみたレベルかつ今ではレガシー技術たちだ。

SIerPMになるしかない」なんてよく言われるが現職のPMは協力会社見積作業ぶん投げて、死ぬ程使いづらい社内ツールに決められた進捗項目を入れていくだけの仕事。あれで「PMできます」なんて言えない。

 

それで昨年立ち上がった超大型プロジェクトが外部NWから遮断されたオンプレサーバーで、自社製フレームワークを使い、IE11"を"ターゲットに開発されることになってふと思ったんだ。

「このままGitHubクラウドDockerBacklogも使わず、(自称エンジニア人生が終わるんだろうな」と。この会社での人生があと30年も続くのかと。

 

個別技術思い入れがあるわけではないんだけど、やっぱり技術課題解決したいと思って入ってきた世界からさ、会社前例ルールじゃなくて、合理的で先のある技術を使いたいんだ。

結局、転職を思い立った数年前から業務外での勉強をやめることはできなかった。でもこれは何のためにやってるんだろうな。本業ではクラウドWebプログラミングも、アジャイル開発手法も求められていないのにね。虚しさが募ってくる。いっそのこと本業が完全に別の業界だったら良かったのに。(実際別業界と言っていいレベルだけど……)

 

じゃあ転職するの?20代で「今さら」と言って止めたのに?それこそ今さらだろう。コロナ流行によって東京本社のフルリモート勤務求人が劇的に増えた。もう少し若ければ追い風だったかもしれないが、社会人10年を超えたおっさんが、新しい会社どころからフルリモートなんて環境で働けるのだろうか。あ、もちろん現職はバリバリ出社。シンテレワーク頼みのVPN環境はあるけど社内ルールかいろいろあって無理なんだって

年代的には技術リーダー経験がそれなりに求められるんだろうけど、これまでの経験ではとても満たせそうにない。本業ではレガシーシステム保守でそのほとんどが業務よりの仕事なんちゃってPMやってただけ。独学の開発経験なんて昨今問題になっているプログラミングスクールと大して変わりないだろう。

転職サイトではベンチャーとかから声かけてもらえるけど、まともなエンジニアと話するのがもう怖い。

 

思考ネガティブな方向にしか向かない。こうなったらいよいよ腹を括って現職にしがみつくしかないんだろうか。しかし、ここまで会社への不満を溜め込んでしまったら、今後若手の取り組みに苦言を呈する老害になる未来が見える。

 

現職を続けてよかったことと言えば今の家族を持てて、(今のところ)無理のないローンで家を買えたこと。子供は一人で確定だし、子供小学校に上がるくらいには妻も時短解除で普通に生活はしていけるだろう。

安定を求めた結果が今なんだけど、仕事への不満抱えながらあと30年耐えること考えるとめまいがしてくる。(あと10年もしたらそんな不満も忘れて老害化してる可能性もあるけど。)一方で無能おじさんがこれから新しい会社活躍する未来は思い描けない。

 

よく歌詞に「思い描いた大人にはなれなかったけど」とかあるじゃん。あれ、子どものころは芸能人とかスポーツ選手とか、そういう人になれないって意味だと思ってたけど、実際は自分仕事に誇りを持てず。ただただ惰性で生きる人のことだったんだね。立派にエンジニアの責務を果たしている人たちが雲の上の存在に感じるよ。

 

今後の人生で一番若いのは今この瞬間で、悩んでる暇なんか無くて行動するしかないんだろう。というか実際のところ現職が自分には合っているんだろうが、理想とのあまりギャップがとてつもなくしんどい。悩むのをやめたい。もう労働を捨てたい。

 

追記

便所の落書きのつもりで書いたら自分のTLにまで流れてきてビビった。

共感してくれる人も多くいて、なんだかんだ優しい人が多いよね。

みなさんのコメントはどれも正論だと思って読ませてもらってるけど、思ったことを追記してみる。

 

33歳はまだ若いだろ

今後定年が伸びることとかも踏まえれば、それはそうなんだと思う。というかこの記事で「年齢がネックになっている」を全面に出してしまったのが悪いんだけど、自分自身問題はそこじゃないことには気付いてるんだ。

コメントの中でもいくつか指摘があったけど、要はマインドなんだ。これに尽きる。

やってみる勇気、前向きな思考フットワークの軽さ。このどれもが自分には欠けていている。だから理想(に見える)会社エンジニアが眩しく、現職に不満が募る。

思考アップデートしようと『嫌われる勇気』とか『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職思考法』とか読んだんだよ。内容は理解できるし、そのとおりと思うんだよ。でも動いてないんだ。

この記事含めて動けない(動きたくない)理由を並べて溜飲を下げてるだけなんだ。

から何となく気付いてはいたんだけど、ここまでネガティブ人間だと思わなかったよ。妻にも子供にも申し訳ないよ。

 

・まずは副業とかOSS参加とかしてみたら?

それはそうなんだろう。それをやってないのは実際のところそこまで技術に振り切るほど技術を愛していないし、あと自分能力が無いと卑下しているからなんだろう。

と、またやらない理由を並べて終わりなんだ。

 

・今の仕事が30年続くという見積は危ないぞ

これは理解している。だから得も言われぬ焦燥感に駆られている。

永遠に現職の環境が変わらない、なんてこと無いのはわかってるけど仮に数年後DockerやらGitやらが入ってきたところで、またその時点で世の中から遅れになっていると思う。それが新しいプロダクトなのかアーキテクチャなのか開発手法なのかは分からないけど。

具体的なプロダクト名を挙げたのがまずかったのかもだけど、レガシーから悪いとか、最新の技術を使いたいとかよりも、これまでの10年で見てきた現職は柔軟に新しいものを取り入れられず一方で口だけはご立派、という会社文化のもの問題だと思っていて不安を感じている。競争原理が働く市場にいたら、自然淘汰される存在のはずなんだと。

にも関わらず、そこから動けない自分絶望している。

 

年収について

高いのかな?いや、平均年収とか中央値とか見たことはあるけど実生活上で高い実感はまるでない。

東京基準で考えたらは恵まれているのはなんとなくわかるけど、地方と言ってもそこそこ人口いるので都会の人が思う”地方”ほどの基準ではないと思うよ。

我が家は妻が時短中というのもあるけど、買った家は小さい建売だし子供一人が妥当かなと思う。有名メーカー注文住宅建てたり市街地高層マンション買う人たちはどんな層なのかが気になるよ。

 

とりあえず勢いで書いたけど、また思いついたら書きます。あるいは恥ずかしくなったら消します。

2021-02-06

他人断捨離して鬱から回復した話

院含めた大学生活6年間、3回生後半で鬱になった。

いろいろと思い出すととにかくなにか声を出さないと死にそうになる瞬間というのがあって、今でも時々自室の布団であーとかうーとか叫んだりしている。

ただなんとか立ち直ってちょっとづつ他人交流できるまでメンタル回復して、今年修論を書けた。

今では上記の悪癖も月1程度におさまってくれた。

やったことは簡単で、自分にとって不都合人間関係を全部捨てて逃げた。これだけである

入っていたサークルで後輩と同期のごたごたやそもそもちょっと態度の悪い後輩への応対をなんとかやっていたが、

結局それで得られたものは同期からの「面倒ごとの引き受け役」というレッテルとめちゃくちゃどうでもいい後輩からの「頼れる先輩」が大半だったのだ。ただただそいつらの顔色をうかがう日々だった。

それらへの応対であたふたしているうちに助けられたはずの別の後輩一人がその人間関係に悩んだ末に大学を休学してしまったのだ。具体的な経緯やらは誰も興味がないだろうし本質ではないので割愛する。

要は、自分がおかれた状況がその中で頑張れど頑張れど自分への利益が全くない環境で、気づいたころには自分とその後輩の二人、鬱病患者が出来上がっていた把握していただければいい。

そもそも人間関係利益を考える時点で頭がおかしいのだ。誰しも人のためになんぞ動くものではない。

そもそも自分が率先して動かなければ、なんぞ考えた時点で馬鹿なのだ。誰もあなたことなんぞどうでもいい。

ただ。時々そんな例外が発生することが人生ではある。

それがいわゆる「友達」というもので、自分と退学した後輩の二人は休学してからも時々一緒に遊んだ。一緒にうまいものを食いに行った。

その人のために動きたいから動く、そこには利益計算はないではないだろうが、その人のためにしたいことをしている時点で自分にも一定利益保証されているのだ。

では、このような感情は上述のサークルにいたときはあっただろうか?

当然なかった。だから捨てた。

一年とたたずにどうでもいい輩はこちらに連絡をよこさなかった。やはり「そこになんか適当に都合のいいのがいるから使ってやろう」であって、「この人でないと」ではなかったのだろう。

友達に含めそうなサークル内部の人間以外との連絡方法は今では一つも残っていない。

それからは、気心知れた友達とだけ会い、院ではあまり人に会わない実験系の研究室に入った。なんなら最後の年にコロナ流行って他人と無理に対面しなくなってよくなったのもこちらには追い風だった。

それだけで人間劇的にメンタルはなんとかなるらしかった。

じゃあ最初からそうすりゃいいじゃんという話である。おっしゃる通りで。

ただなかなか内側から自分がアリジゴクの真ん中にいることはなかなか気づきにくいらしかった。

なので、簡易的に自分がいる集団に本当にいたがっているのかをチェックするための基準を考えてみた。

・まず自分がその集団に入れる前に戻れたとして、もう一度この集団に入りたいと思うか

・その集団人間は本当に自分必要としているか(なにも自意識過剰などではなく、例えば上述の自分の例だとトラブル緩衝材はあった方がいいだろうが、それは必ずしも自分でないといけないわけではないはずだ。苦しいが誰かがやらないと、というのであれば「誰か」でいい。自分である必要微塵もないはずだ)

とりあえずぱっと思いつくのはこの2点である。ただそうでなくても正直自分がなにかしらの集団にいることで精神的につらいと感じるならやめちまえと思ってしまう。

でも……とかではない。あなたの心の健康の前に何を優先せよというのか。友達かいうなら優先するに値するかもしれないがそれは本当に友達なのだろうか。

あなたの心より自分を優先せよなんぞ言ってくる人間友達だというのであれば友達定義見直したほうがいい。

あなたと一緒の悩みがある人ならばともすればよっしゃ一緒にやめようとなるかもしれない。

とにかく自分を優先して生きろ。波長の合う人間とうまくやっていけばいい。

あなた人間関係で苦しめる人間がいたとしてそういうやつはたいてい他に友達がいるのだ。そいつから見て都合のいい人間を一人減らしてやれ。

人間関係が減ることなんぞ恐れなくていい。そもそも人間最初は父母以外に誰とも知り合いではないのだから

そもそもそんな最低なやつらと人間関係続けたくないだろ。損切りというやつだ。

案外世の中は広く、自分のことを本当に必要としてくれる集団は存外こちらが礼を払い尊重意志を見せればいくつかいるらしい。少なくとも幸運にも自分は見つけられた。

これが必要としてくれる人に届いたら僥倖である。誰にも届かなくても自分の気は収まる。

人は他人のために自分から苦しむ必要なんてない。自分好きな人間のためだけに……ただし嫌いな人間にも自分からは害を与えずになりふり構わず生きよう。言いたかたことは主にこれだけだ。

どうか人類全員が自分に都合のいい環境で無理なく生きられますように。

2021-01-22

トランプさんついてないよな

コロナがなかったら選挙楽勝だったのに。

まあコロナ対応をバシっと決めて、逆に追い風にするくらいじゃないといけないんだけど。

2021-01-16

ヘイト集めるプログラマー

リモートテクノロジー話題プログラマーが「俺たちの時代が来た」とばかりに勢いづいている。

コロナという追い風有効活用してリモートという新しい生活様式を普及させてしまおうというわけだ。

だが、いささかはしゃぎ過ぎではあるまいか

プログラマー脳内では「リモート大正義から始めさえすればみんな気に入ること間違い無し」とでも思っているのだろう。

俺らのリモートこそ正義であって口答えするやつは命を危険晒す社会悪なのだ

だが、忘れてはならない。

人々はリモートに魅力を感じて、リモートを取り入れているわけではないのだ。

コロナという特別事情があってのことなのだ。

コロナ収束の暁には、この揺り返しがくることは十分予想できる。

それどころか「コロナによって押し付けられた」リモートは、コロナの負の記憶と結ぶつけられて語られるであろう。

人々は「やっぱりリモートでは伝わらないものもあるよね」などといった教訓を得る。

しかも未経験からいい加減なことを言っているのでなく、しっかり経験した上で得た教訓なのだ

本心からリモートを普及させたいと思っているのなら身の振り方を考えるべきだろう。

2020-12-25

フェミのせいで奨励賞女子高生ツイ消しした」という誤解

それがアンチフェミ界隈でまことしやかに広まっている。更には、消されたのは奨励賞ツイートだけでアカウント残ってるのに「垢消し」だと誤解してる奴らもいる。

かに彼女名誉男性だの選考基準おかしいだの周りの大人指導しろ心配だだの言ったフェミはいた。

それに対して彼女は「フェミに晒された!」と喜んだのだ。

ツイッター上での皆から罵倒嘲笑対象であるフェミ」に非難されたことが、逆に名誉となり皆に称えられて嬉しい、という思考は珍しくはない。そんな彼女が、フェミに叩かれただけでツイート消すだろうか?

彼女を襲ったのはフェミだけではない。

フェミ以上に「女子高生エロ絵描いてるの興奮する、抜ける、絵よりも本人がエロい。俺の射精受け止めてくれそう」という声の数々だった。

それがエスカレートし、5chで本人が特定されかけた。「JKがえちえちな絵を描いてしまう」という嫌儲スレ内で顔と学校が晒されていたのだ。「シコココ」だの「ぶっさ」だの様々な言われようだったが、スレ内でも特定を戒めるレスは多かった。

私は5chで彼女特定されかけたことで彼女と直接話した。

いわく、顔を晒され特定されかけたのは彼女ではなく所属する部活部長で、先輩にも部長にも迷惑をかけた、学校とは相談している、ということだった。

そしてfanboxで、「先生から呼び出されて高校卒業するまではこの名義での活動はするなと言われ了承した。両親からも反対された。一年からは別名義にて活動する予定」と彼女は発表した。

自分のみならず学校や先輩にも迷惑かける結果となって申し訳なく思っていた彼女が、ツイートを消すのは残当フェミに叩かれてもオタクセクハラされても笑って流せる性格(だとオタクにもお墨付き)の彼女だったが、これは自分だけの問題ではないのだから

フェミは(やり方や言い方、活動制限させようとする意見が間違っている、という批判はあるだろうが)基本的には彼女心配していた。特定セクハラについて「だからやめたほうが良いと言ったんだ。周りの大人指導すべき」と言った。それが間違っているという意見はアリだしぶっちゃけ失言したフェミもいた。

ただ、「フェミのせいでツイート消した」はデマアカウント消したに至ってはすぐわかるデマ

しかし、フェミ心配やら叩きやら失言やら今までの不満やらが追い風となり「フェミツイート消させて潰したんだ!フェミガー!」とエスカレートしている。

あろうことが、特定までフェミがやったことにされた!!

フェミが5chそれも女叩きの巣窟である嫌儲で「えちえち」などと言いながら女子高生個人情報を足の写真込みで晒すと?本気で思ってるのか?

率先して議員がこのデマを流し、フェミいくら反発しても通じない。聞こうとしない。フェミ特定して女子高生を潰した、誤魔化すな、一人一派だろ責任転嫁するなの一点張りだ。

フェミ含め周りがあまりに煩かったのも一因かもしれないが、表現の自由戦士彼女フェミ叩くための鉄砲玉にした件は悪くないのか?」

あ、あと彼女ストーカーに遭えばいいと言った幾谷正はフェミじゃない。

嘘だと思うなら「@CpYoMXLnSo フェミ」やら「@CpYoMXLnSo 性被害」やら「@CpYoMXLnSo 男 女」やらで検索すればいい。普通アンチフェミミソジニストだとわかるからフェミに叩かれまくったこともあったし。

奴はフェミオタク平等に叩き全方位敵に回してる。

トシンカはそれでも「イクヤはオタク叩いてるからフェミだ!」と雑極まる論理でイクヤをフェミ認定している。

2020-12-05

anond:20201205170125

バカな奴らだよね

若い女の中に静かにしかし確実に萌え絵嫌悪が広まっているというのに

自分らの追い風になると思ってるうちにはしごを外される

2020-11-24

2年後Macは無くなるんだろう

何言ってんだ、さてはアンチだなオメー。

―新しいARM Macは良いものだと思います。おおむねIntelモバイル上位機種の5割強くてRosettaで2~4割オーバーヘッドあってもまだ強いよというところが今回の勝つためのポイントだったのではないでしょうか。あとは低消費電力とAllways OnもあるけどSurface Pro Xでそれはユーザーメーカーに届かなかった結果が出てるので…。

いやいやベンチガンガン攻めてんじゃん?

―気になる点がいくつかあります


せっかくの転換点にM1凄さ以外で息切れしてない?

ネットで新Mac褒めてる人の実際の行動は「やっぱAppleってすげえな」でiPhoneiPadを買う。そう、Mac存在は知ってるけど必要はない。

Apple自身、桁違いのハード売上だけでなくロックインした市場アプリ販売もあるiOSに比べMacうまみがないのをよくわかってる。

なにしろiPhoneのおかげでこの10Macにとって絶好最強の追い風コンディションだったのだけどシェア10%前後という状況は変わらなかった。

今やりたいことはMaciOSへの合流でしょう。

ARMWindowsそもそもMSにやる気がない感じもあるけど、ユーザーにとって「違いを意識せず移行できる」=「特にメリットない」で、メーカーには「安くもならないしユーザーへのアピール少ないしアーキ変更の手間は多い」=「デメリットしかない」から動かなかった。

Appleはその轍を踏まえて移行を決定事項にした上で実際速いM1で一点突破、無関心の壁を越えたいのだ。花嫁ドレス(新デザイン)も着せないまま。

でも超えてどうすんのかな…うまくARMに集約できてマルチスクリーン展開するiOS未来しか見えないよ。

MacAppleにとってアイデンティティなので政治的にもないがしろにはできない…しかしこれだけ騒いで数字が動かなければしようがない、でしょ?

2020-11-14

俳優が困るのって、演劇チケット課金してる層が対人職の女性が多いからっていうのもあるんだろうな

逆にゲームコロナ追い風だけどゲームに消費する層はコロナ不況の影響をそんなに受けない職業男性が中心なんだろう

2020-11-05

anond:20201105201503

どっかで一度調整入ると思うけど、

含み損かかえてたであろう人たちがほぼ一掃され

企業の参入が増えてきた

どっちの大統領量的緩和方針

等々で圧倒的な追い風が吹いてる。

2017年バブルの時の”新技術””貨幣革命”的な用途より”価値の保存”の的な役割で注目が集まってるあたりも興味深い

2020-11-04

鬼滅の売り上げはあまり肯定的に捉えない方がいいと思う

劇場版鬼滅の刃の売り上げで世間が沸き立っているけど、その売り上げはパンデミックと言う歴史的悲劇を逆に最大限に追い風にして巻き起こった正に社会現象化した物だから、その起因を考えるとあまり肯定的に捉えない方がいいと思う。

特にこの映画を持ち出して何かを比較して下に見たりしているのは、数多の横たわった悲劇には目も暮れず、ただ勝ち馬に乗ってはしゃぐ無邪気な子供のようで見ていてとても残念に思う。

盛り上がるなとは言わない。どこまでも売れて良いと思う。

ただこの社会現象は、終末的閉塞感の末、それを打ち破るように開かれた祭りなのだと捉えている。

何かと比較したり、再度起こるような事を願える物ではないと主張したい。

2020-10-23

愛知県岡崎市新市長がやばい

当方東海地方在住の元行政マン。予想外に予想外な展開だったから書く。

岡崎市について

愛知県西三河中核市の片割れ(もう一方はトヨタ自動車豊田市)。人口約38万人。古くは徳川家康の生誕地、今は東海オンエアの活動拠点で知られているか

岡崎市長選について

3選を目指す当時の市長内田氏と今回の新市中根氏の一騎打ちの構図。内田氏には自民公明、立民、国民の国政与野党相乗りしていた。この構造なら昨年の愛知県知事選よろしく結果は推して知るべしと思うだろう。しか現実は違い、結果は中根氏が内田氏に約3万票の差をつけて当選した。

中根氏の勝因

内田氏の市政は駅前再開発に係る歩行者専用橋の新設や建設運営費で80億を要するコンベンション施設建設など、有り体に言えばハコモノが目立った。コロナ禍の中、需要があるかもわからないハコモノ建設には反対意見が集まり、その見直しを掲げる中根氏には追い風があった。しかし、何よりの決め手は、中根氏が市民一人あたり5万円の給付金支給すると打ち出したことである。とりあえず5万円が貰えると思った市民がそれ目当てに投票に行ったことが今回の当選につながった。

中根氏の給付金問題点

選挙活動としては現金給付を掲げるのは広義の買収ではという見方があるが、それは置いてき、実行面の話をする。

序盤に書いたが、岡崎市人口は約38万人であり、それぞれに5万円を給付するには約190億円を要する。ちなみに岡崎市一般会計予算は1300億円程度である。当然財源が問題になる。中根氏はその財源について選挙期間当選からいくつか挙げていたが、そのどれもが現実に即していない。例を挙げる。

80億円のコンベンション施設建設見直し

選挙期間中にもっとも言われていたもの建設を中止して5万円の税金市民にお返しするとのことだ。しかし、公共施設建設費等は単年度に全額払うわけではない。市債の発行などを行い、何年もかけて支払いを行うものである。仮に建設を中止したところですぐに80億円は捻出できない。

基金の切り崩し

約120億円の財政調整基金を始めとした基金が昨年度の末で約270億円あり、それを切り崩すという方法である。この残高はあくまで昨年度末の数字であり、各種報道で知られているように、コロナ対策各自治体は既にその切り崩しをしており、岡崎市例外ではない。コロナ禍は来年度の税収にも響くため、給付金に充てた結果、来年度は減収分に充てる基金が尽きて市政運営に支障をきたす事態も考えられる。また、財政調整基金以外の基金については切り崩しの目的が定められており、転用には当該基金廃止等の手続き必要になる上、学校の改修や駅舎の整備に充てるものを削ればそれらの事業に支障をきたすことになる。

市債の発行

行政財政について多少かじった人なら知っているだろうが、起債には建設事業の財源調達などの要件がある。今回のケースはどの要件も満たさない。

所感

中根氏の5万円給付政策は、その財源面からかなり難しい。というか、はっきり言って無理だ。何かしら配るにしても給付対象を狭めたり給付額を減らすことは避けられない。そもそも中根氏は旧民主党の流れをくみ衆議院議員経験もある。国政に関わった者なら、建設費の支払いや公債の発行要件について考えが行くべきだし、実現可能性もわかるだろう。某社の紙面で「付け焼き刃の公約ではない。市民からの声をそのまま公約にした」旨発言していたが、この政策はまさに実現可能性を度外視した市民の声をそのまま公約とした付け焼き刃であろう。票を投じた有権者にも不誠実だ。

余談

各種報道で財源について中根氏は「僕の知らない調達の仕方があるかもしれない」旨述べている。今回の選挙では立民も国民内田氏を支援したが、旧民主党政権反省である見切り発車精神中根氏に関してはそのまま継承されていたようだ。無理難題に挑まされる特命チーム不憫しょうがない。

2020-10-20

頑張れない

踏ん張りが効かないと言うか…

ガス欠のような感覚がある。

追い風も向い風も吹かない。

太陽も登らない。

そんな気持ちから日々進歩していると言い聞かせる気になれない。

テレビや、ラジオや、Youtubeで意欲的に発信している人の元気が羨ましいと思って、

自分には先に進める力が無いことに落胆している。

例え気持ちが停滞気味で50%程度の出力しか出ない時が続いても、逃げ出さず土日休みなしで働ける根気はあるはずなのに、

自分人生の事となると考えると50%の気力すら出し惜しみしてしまう。

寝ることが出来ても、

毎日飯を食べることが出来ても、

満員電車がなくても、

会社に泊まり込むことがなくても、

ルームの閉鎖された部屋でなくても、

一向にエネルギーの貯蓄が出来ない感覚

どうして、自分人生に対して一番に時間気持ちを裂けないんだろうか…自分は…。

自分自分を嫌いになってしまう。

2020-10-01

低山ダイエット痩せるかもしれん

毎日250mくらいの低山に出来るだけ走って登る。舗装された道ではないし傾斜もかなりあるので、運動強度はそこそこありそう。その山にいくまでの数キロもウォーミングアップ兼ねて走るか歩く。

行く時持ってくのは大粒ラムネ(3日くらいで空にする)と水。

食事制限白飯を少なめに、タンパク質を多めにするくらい。間食や甘い飲み物は一切なし。どうしても腹が減ったらお湯で溶いたとろろ昆布ごまかす。晩飯を18時くらいと早めにすると昼をかなり軽くできる。その場合、夜更かしすると空腹がきついので筋トレして無理やり疲れさせると寝つきやすくなる。

正直コロナで自宅勤務じゃないとこんなんできないね

現状

中年

身長156cm

一週間で 65→61

2kgは水っていうから2kgは誤差かもしれない。

白飯を少なめにする以外の糖質制限はやってないので、糖質はかなりとってるはず。例えばハンバーグとかキャベツでも糖質は含まれてるので。

正直不健康かもしれない勢いで落ちてるのでびびってる。

山登るとき運動不足なのもあって息は絶え絶え毎日足はガクガクだが気合いで登ってる。どうしてもキツければ休んでまた走って、休んで、走って、なんちゃってインターバルトレーニング

低山だからシャリバテとかしようがないし、見えるところにピークあるのにギブアップ馬鹿馬鹿しいし登ったら降りるしかないので何がなんでも頂上行って降りるしかなくなるので根性無しの自分でも出来てる。そして低いとはいえ達成感があるのが良い。

ゲーム感があるというのかな?

同じコースプレイしてるプレイヤーがいるので「こなくそ、負けんわああああくそがああああ!」ってなる。おじいちゃんおばあちゃんがほいほい登ってるの見てギブアップできるわけがない。

低いとはいえ山なので、すれ違う人みな「こんにちは」してくのが自宅勤務で引きこもり気味だった生活にいいスパイスになっているようにも思う。

これが街中ジョギングだと、頂上みたいなものはないし達成感もメリハリもないのできついと「今日はここまでのコースにしよう」なってしまって全く追い込まれなかった。

運動強度があればいいので、階段10階分登り降りなんかでも同じくらい痩せそうだけど、精神が先にやられそう。毎日変わる自然の中を歩いたり走ったりするというのはかなり精神的に追い風になるのがわかった。

ガチの山だと毎日登るのは無理だし普段着はいけないし、シャリバテ防止の為に沢山食べるからダイエットに向かない。登山痩せるのは本当は多分すごく危ないが、低山だとリスクがないので運動強度の強さというメリットだけ享受できるように思う。

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