はてなキーワード: 文化祭とは
【追記】
一応書いておきますが、元増田と私の友人はほぼ確実に別人です。理由は色々ありますが、わかりやすいのは年齢と家族。それと元増田は自分をデブスと表現していますが、友人はデブでもブスでもないし、むしろ一部の男性たちからはウケる容姿で本人もその自覚があると思います。自己評価が高いけど、自己肯定感が低いというかんじ。
(特にネットで)HSPを名乗る人の中には本当に辛くて、やっと吐き出す場所を見つけた人や誠実な人も多いんだろうと思ってます。Hが本当に(定義が曖昧らしいけど)HSPなのかもわからない。これはただ自己診断でそう名乗った人の近くにいた、私1人の感想です。
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https://anond.hatelabo.jp/20230526043327
自称HSPの友人に頼まれ異性を紹介したけど、紹介した相手を不意打ちブロックされ、紹介相手に謝った側の人間です。
おそらく私の友人は元増田を書いた人ではないと思うけど、似ている所がいくつもあって読んでて本当にイライラした。特定されそうな部分はぼかしながら私も自分の体験談を書いていく。
友人H(自称HSP)は特に診断を受けたわけではなく、ネットで見かけた『繊細さん』の概念に「これだ!」と思ったらしい。今まで生きづらかった理由がわかってほっとした〜みたいなことを言っていたので、まぁ良かったなと思った。Hは確かに傷つきやすい所があって、例えば高校の文化祭の日にいつもと違う髪型をしてきたHに、クラスのギャル(以下G)が「お!気合い入ってんねー!」と声をかけたことがあった。バカにするようなニュアンスじゃなく、いいじゃ〜ん!というノリだったのだけど、Hは顔を真っ赤にしてトイレに行って髪をほどいた。その後数年間、HはGを避け続けた。
Hは単純な言葉の裏を読もうとするので、話す時はいつも気を遣った。何度も「あの言葉はそういう意味じゃない」「あの人もそんなつもりで言ってない」と説明をする必要があった。それでも付き合いを続けていたのは、趣味が合ったし気遣いもできる子だったからだ。
ただし、男性相手に関係をつくるのは本当に苦手みたいだった。Hは異性に興味がないわけじゃなく、合コンに行ったり「あの人かっこいいね」と言うこともある。でもいざ男の人に近づくと、元増田みたいに本当にどうでもいいことで幻滅し、避けるようになってしまう。元カノが嫌いなタイプだった、LINEの返事が遅かった(でも早すぎるのも嫌)、お店を予約してくれなかった、ヒールが高いのに歩かされた、待ち合わせ時間ジャストに現れた…など、思い出せるだけでまだまだある。正直「相手に言えば?」で済むこともたくさんあった。例えばヒールの件は大学時代、私がHに紹介した男の子へのクレーム(?)だったんだけど、確かにそういう方面に気の利く人ではなかった。でももちろん、相手が足が痛いと言えば無理に歩かせる人ではない(ていうかめちゃくちゃ良いヤツだ)。それとなく私から「今後そう言うところも気をつけてあげて」と伝えることもできるよ?と言ったのだけど、うーん…でも…とモジモジされて終了。
その時は相手もそこまでHを気に入っていたわけじゃないのでふわっと終わった。でもその時の感じからして、「Hは自分が何も言わなくても何もかも汲み取ってくれる、王子様みたいな人じゃないと厳しいんだろうな…」と思った。
それから10年近く経過し、周りが結婚しだしてもHは彼氏ができなかった。流石にこのままじゃダメだと思ったらしく、私たち友人に紹介を頼んできた(本当に元増田と同じだ)。
Hが積極的に恋愛に向き合い、その手伝いを頼んできたのは普通に嬉しく、私を含めた数人が紹介を申し出た。大学時代のことを思い出さない訳じゃなかったけど、もういい大人だし大丈夫かな…と思ったのが間違いだった。
私は同僚や男友達に適当な人がいなかったので、夫に相談して未婚の友人を紹介してもらった。最初は私たち夫婦とH、夫の友人男性と4人で食事し連絡先を交換してもらった。夫の友人とHは何度かデートをしたようで、うまくいくかもなと夫と話していたけど、しばらくして夫の友人サイドから「週末にデートの約束をしてるのに、Hと音信不通になった」と連絡がきた。急いでHに連絡すると、「実は最初からタイプじゃなかった。だけどあなたの紹介だから悪いし、何度か会えば好きになれるかと思ったけどやっぱり無理だった。本当にごめん」とのことだったので、まぁ仕方ないか…とは思った。「全然いいよ。でも一言相談してくれたら、もっとやんわりお断りできたかも」と伝えると、次からは相談してくれるようになった。といっても、私が紹介したのは合計2人で、後の人は相手方から丁寧なお断りがあったのだけど。
他の友人もちらほら男性を紹介したらしいけど、中でもダメージが大きかったのはGだ。彼女は日本有数の大企業のバリキャリで、同期で親友とも言える同僚Dを紹介したらしい。私も数回会ったことのある人で、優しい性格で本当に良い人。ただただ良縁に恵まれなかっただけの男性だ。すごくイケメン!ってわけじゃないけど、見た目だって悪くない。はっきり言って婚活市場じゃ引く手数多だと思う。その人に、Hは3回目のデートでドタキャンブロックをかました。Gは同僚に謝り倒し、Hに連絡を入れたけど、HはGをもブロックしていた。私たち友人に対しては絶対そんなことしないので、本当に驚いた。私や私の紹介した人に対しては、まだ誠実な方だったのだ。
当たり前だけどGも私も、紹介したからと言って絶対付き合ってほしいなんて思ってない。でもなるべく彼女を傷つけないようなちゃんとした人を選んでる。こっちにとっては相手も大事な人なんだから、できるだけ誠実な対応して欲しいだなんて、それこそ「言わなくてもわかるよね?」と思っていた。だってHは、人の言葉をいちいち深読みして傷つくくらい繊細で、その繊細さは他人にも思いやりという形で還元されると思っていたからだ。
Gから相談と愚痴の連絡を受け、私はHにLINEを送った(私はブロックされていなかった)。向こうから会いたいと言われたので平日の夜にカフェで会うことにした。
Hの言い分はほぼ元増田と同じで、蛙化という言葉こそ使っていなかったけれど、ようは「自己評価が低すぎて自分に好意を持ってくれる男性はくだらなく、つまらない男に見えてしまうし、少しでも理想と外れたことをされると『やっぱり本気で大事にしてくれないんだ』と嫌になってしまう」ということだった。
「それでもパートナーがほしい、幸せになりたいという気持ちがあって、勇気をだして紹介を頼んだ。友達が太鼓判を押した人なら、安心して付き合えると思ったけどやっぱり無理で、あなたやGちゃんにどう思われるかと思ったら怖くなって相談できなかった」
「それはわかったけど、どうして急に音信不通やドタキャンなんて常識はずれなことするの。私やGはHの友達だけど、紹介相手のことだって同じくらいの大切なんだよ。特にGは、ほとんど親友みたいな人を紹介してくれたでしょ。そういう人を雑に扱ったら、本人もGも傷つくよ」
ここからHが涙ぐんだので、何も言えなくなった。
「でもDさんは、本当に良い人で好きになれるかと思った。ただ節々でGちゃんの話や褒めたりするので、だんだんGちゃんのことが好き(だった?)なのかと思い始めた。もしかしたらGちゃんもそれを知ってて紹介したのだとしたら…なんて思うと耐えられなかった」
いや………………知らんし………………。
ちなみにDさんの褒めの内容は、Gが「仕事ができる」や「分け隔てなく明るいので助かる」みたいな内容で、異性としてどうこうという感じじゃなかった。
Dさんが今までGに好意を持ったことがないとは言い切れないけれど、共通の知り合いであるGの話題が出るのはおかしなことじゃない。あとGにはマジで他意はないと思う。Gは雑だけど明るくてハッピーなギャル(精神)って感じなので、そんな回りくどいマウント?をするとは思えない
Hはずっと自分が悪いと繰り返してたけど、ところどころで「でも私も辛いんだよ?」「HSPってね…(だから理解して?)」みたいなチラチラを挟んできて、けっこうしんどかった。
HSPの人が全員そうじゃないだろうけど、Hの件があってから「繊細って言う割に他人の痛みに鈍感だな」とか「繊細(なので配慮してほしい)って宣言できる強さがあって羨ましい」なんて意地悪なことを思ってしまう。
私は絶縁まではいかないけど、やっぱり前みたいに仲良くはできない。あと紹介はもう一生しない。ちなみにGの同僚のDさんだけど、最近婚約したと聞いて他人ながら安心した。お相手もGの紹介のようで、GとDさんの間に変なわだかまりが生まれなくて本当に良かったと思った。
【追記】
一応書いておきますが、元増田と私の友人はほぼ確実に別人です。理由は色々ありますが、わかりやすいのは年齢と家族。それと元増田は自分をデブスと表現していますが、友人はデブでもブスでもないし、むしろ一部の男性たちからはウケる容姿で本人もその自覚があると思います。自己評価が高いけど、自己肯定感が低いというかんじ。
(特にネットで)HSPを名乗る人の中には本当に辛くて、やっと吐き出す場所を見つけた人や誠実な人も多いんだろうと思ってます。Hが本当に(定義が曖昧らしいけど)HSPなのかもわからない。これはただ自己診断でそう名乗った人の近くにいた、私1人の感想です。
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https://anond.hatelabo.jp/20230526043327
自称HSPの友人に頼まれ異性を紹介したけど、紹介した相手を不意打ちブロックされ、紹介相手に謝った側の人間です。
おそらく私の友人は元増田を書いた人ではないと思うけど、似ている所がいくつもあって読んでて本当にイライラした。特定されそうな部分はぼかしながら私も自分の体験談を書いていく。
友人H(自称HSP)は特に診断を受けたわけではなく、ネットで見かけた『繊細さん』の概念に「これだ!」と思ったらしい。今まで生きづらかった理由がわかってほっとした〜みたいなことを言っていたので、まぁ良かったなと思った。Hは確かに傷つきやすい所があって、例えば高校の文化祭の日にいつもと違う髪型をしてきたHに、クラスのギャル(以下G)が「お!気合い入ってんねー!」と声をかけたことがあった。バカにするようなニュアンスじゃなく、いいじゃ〜ん!というノリだったのだけど、Hは顔を真っ赤にしてトイレに行って髪をほどいた。その後数年間、HはGを避け続けた。
Hは単純な言葉の裏を読もうとするので、話す時はいつも気を遣った。何度も「あの言葉はそういう意味じゃない」「あの人もそんなつもりで言ってない」と説明をする必要があった。それでも付き合いを続けていたのは、趣味が合ったし気遣いもできる子だったからだ。
ただし、男性相手に関係をつくるのは本当に苦手みたいだった。Hは異性に興味がないわけじゃなく、合コンに行ったり「あの人かっこいいね」と言うこともある。でもいざ男の人に近づくと、元増田みたいに本当にどうでもいいことで幻滅し、避けるようになってしまう。元カノが嫌いなタイプだった、LINEの返事が遅かった(でも早すぎるのも嫌)、お店を予約してくれなかった、ヒールが高いのに歩かされた、待ち合わせ時間ジャストに現れた…など、思い出せるだけでまだまだある。正直「相手に言えば?」で済むこともたくさんあった。例えばヒールの件は大学時代、私がHに紹介した男の子へのクレーム(?)だったんだけど、確かにそういう方面に気の利く人ではなかった。でももちろん、相手が足が痛いと言えば無理に歩かせる人ではない(ていうかめちゃくちゃ良いヤツだ)。それとなく私から「今後そう言うところも気をつけてあげて」と伝えることもできるよ?と言ったのだけど、うーん…でも…とモジモジされて終了。
その時は相手もそこまでHを気に入っていたわけじゃないのでふわっと終わった。でもその時の感じからして、「Hは自分が何も言わなくても何もかも汲み取ってくれる、王子様みたいな人じゃないと厳しいんだろうな…」と思った。
それから10年近く経過し、周りが結婚しだしてもHは彼氏ができなかった。流石にこのままじゃダメだと思ったらしく、私たち友人に紹介を頼んできた(本当に元増田と同じだ)。
Hが積極的に恋愛に向き合い、その手伝いを頼んできたのは普通に嬉しく、私を含めた数人が紹介を申し出た。大学時代のことを思い出さない訳じゃなかったけど、もういい大人だし大丈夫かな…と思ったのが間違いだった。
私は同僚や男友達に適当な人がいなかったので、夫に相談して未婚の友人を紹介してもらった。最初は私たち夫婦とH、夫の友人男性と4人で食事し連絡先を交換してもらった。夫の友人とHは何度かデートをしたようで、うまくいくかもなと夫と話していたけど、しばらくして夫の友人サイドから「週末にデートの約束をしてるのに、Hと音信不通になった」と連絡がきた。急いでHに連絡すると、「実は最初からタイプじゃなかった。だけどあなたの紹介だから悪いし、何度か会えば好きになれるかと思ったけどやっぱり無理だった。本当にごめん」とのことだったので、まぁ仕方ないか…とは思った。「全然いいよ。でも一言相談してくれたら、もっとやんわりお断りできたかも」と伝えると、次からは相談してくれるようになった。といっても、私が紹介したのは合計2人で、後の人は相手方から丁寧なお断りがあったのだけど。
他の友人もちらほら男性を紹介したらしいけど、中でもダメージが大きかったのはGだ。彼女は日本有数の大企業のバリキャリで、同期で親友とも言える同僚Dを紹介したらしい。私も数回会ったことのある人で、優しい性格で本当に良い人。ただただ良縁に恵まれなかっただけの男性だ。すごくイケメン!ってわけじゃないけど、見た目だって悪くない。はっきり言って婚活市場じゃ引く手数多だと思う。その人に、Hは3回目のデートでドタキャンブロックをかました。Gは同僚に謝り倒し、Hに連絡を入れたけど、HはGをもブロックしていた。私たち友人に対しては絶対そんなことしないので、本当に驚いた。私や私の紹介した人に対しては、まだ誠実な方だったのだ。
当たり前だけどGも私も、紹介したからと言って絶対付き合ってほしいなんて思ってない。でもなるべく彼女を傷つけないようなちゃんとした人を選んでる。こっちにとっては相手も大事な人なんだから、できるだけ誠実な対応して欲しいだなんて、それこそ「言わなくてもわかるよね?」と思っていた。だってHは、人の言葉をいちいち深読みして傷つくくらい繊細で、その繊細さは他人にも思いやりという形で還元されると思っていたからだ。
Gから相談と愚痴の連絡を受け、私はHにLINEを送った(私はブロックされていなかった)。向こうから会いたいと言われたので平日の夜にカフェで会うことにした。
Hの言い分はほぼ元増田と同じで、蛙化という言葉こそ使っていなかったけれど、ようは「自己評価が低すぎて自分に好意を持ってくれる男性はくだらなく、つまらない男に見えてしまうし、少しでも理想と外れたことをされると『やっぱり本気で大事にしてくれないんだ』と嫌になってしまう」ということだった。
「それでもパートナーがほしい、幸せになりたいという気持ちがあって、勇気をだして紹介を頼んだ。友達が太鼓判を押した人なら、安心して付き合えると思ったけどやっぱり無理で、あなたやGちゃんにどう思われるかと思ったら怖くなって相談できなかった」
「それはわかったけど、どうして急に音信不通やドタキャンなんて常識はずれなことするの。私やGはHの友達だけど、紹介相手のことだって同じくらいの大切なんだよ。特にGは、ほとんど親友みたいな人を紹介してくれたでしょ。そういう人を雑に扱ったら、本人もGも傷つくよ」
ここからHが涙ぐんだので、何も言えなくなった。
「でもDさんは、本当に良い人で好きになれるかと思った。ただ節々でGちゃんの話や褒めたりするので、だんだんGちゃんのことが好き(だった?)なのかと思い始めた。もしかしたらGちゃんもそれを知ってて紹介したのだとしたら…なんて思うと耐えられなかった」
いや………………知らんし………………。
ちなみにDさんの褒めの内容は、Gが「仕事ができる」や「分け隔てなく明るいので助かる」みたいな内容で、異性としてどうこうという感じじゃなかった。
Dさんが今までGに好意を持ったことがないとは言い切れないけれど、共通の知り合いであるGの話題が出るのはおかしなことじゃない。あとGにはマジで他意はないと思う。Gは雑だけど明るくてハッピーなギャル(精神)って感じなので、そんな回りくどいマウント?をするとは思えない
Hはずっと自分が悪いと繰り返してたけど、ところどころで「でも私も辛いんだよ?」「HSPってね…(だから理解して?)」みたいなチラチラを挟んできて、けっこうしんどかった。
HSPの人が全員そうじゃないだろうけど、Hの件があってから「繊細って言う割に他人の痛みに鈍感だな」とか「繊細(なので配慮してほしい)って宣言できる強さがあって羨ましい」なんて意地悪なことを思ってしまう。
私は絶縁まではいかないけど、やっぱり前みたいに仲良くはできない。あと紹介はもう一生しない。ちなみにGの同僚のDさんだけど、最近婚約したと聞いて他人ながら安心した。お相手もGの紹介のようで、GとDさんの間に変なわだかまりが生まれなくて本当に良かったと思った。
俺には別に扱うことは無理なんだわ…
スクールアイドルは薄給を賄うために見えないところでAV出演しているようにしか思えなくなったから見なくなった。
アバン先生はフローラ様と婚約してるのに浮気したいから勇者の家庭教師を隠れ蓑に現地妻と浮気しまくってたとしか思えなくなった。
長門有希は文化祭でベースを弾いたことでヴァイオリニストに目をつけられて浮気するようになったというキャラ崩壊を俺の脳内で起こしてしまった。
でも、それなら徹底的に隠してくれよ。
俺の大事な作品やキャラを穢すようなことを可視化しないでくれよ。
やらかしたらお前らが出費して声優取っ替えして収録し直して再放送して負の印象を上書きするくらいの罰を受けてくれよ。
知るか。
二度とこの業界に戻ってきて欲しくなかったよ。
見る専でイベントにも行かずSNSで見ているだけだが、コスプレが好きだ。たまたまTwitterにおすすめされた人が美しすぎてフォローして以降、その人のお友達だったり推しジャンルのコスプレイヤーだったりの写真に「いいね」したり写真集を買わせてもらったりしている。
でも正確に言えば私が好きなのはコスプレそのものではなく美人がするクオリティの高いコスプレで、バズっているコスプレイヤーしかフォローしていない。ぶっちゃけ微妙だな……という写真が流れてきた時はミュート一択だ。
結果、私のタイムラインには美人しか残らず、コスプレとは選ばれし美しい人だけが楽しめる特権だという認識でいた。
持論なので異論は認めるけど、コスプレは顔が9割。他でどれだけ頑張っても顔が微妙な時点でダメ。スタイルも衣装もその他諸々も大事なのは分かるけど、何故か顔が良い人は他も良く、顔が微妙な人は他も微妙。
2.5次元舞台沼にも片足を突っ込み、プロの俳優とスタッフによる素晴らしいコスプレを見せてもらえるものだから(ぶっちゃけ衣装は微妙な時も多いがとにかく顔が良いので)、かわいいは正義だと信じて疑わなかった。
コスプレを扱っている某漫画も好きで毎週欠かさず読み単行本も購入しているが、フィクションの世界においてもブスは美人を引き立てる為のモブでしかなく、残酷なまでに美人にしかスポットライトが当たらない。ブスは仲間に入れてもらえず、何だかんだ理由付けされて排除される。
だから私はコスプレが出来ない。だってブスだから。幼少期からブスだといじめられ、整形をする財力も勇気もなく、大人になってようやく「周りも大人だから余計なことは言わないでくれる」環境に身を置けるようになったから虐げられることはなくなったが、「美人 ブス 格差」で検索したらブスのあるあるとして出てくる事例に全部当てはまるから。SNSで見かけるコスプレイヤーは美人ばかりで、稀にTwitterから勝手におすすめされるブスを見ると申し訳ないけど「うわあ…」と引いてしまうから。羨ましいな、やってみたいなと思うけど、やっぱり整形する財力も勇気もないままだから。メイクも自分なりに色々試してみたけど、「なんか頑張ってメイクしてるけどダメなブス」になっただけだったから。
そんなことを思いながら生きてきて、先日偶然コスプレのイベントに居合わせる機会があった。舞台を見に行った劇場がコスプレ会場の隣だったのだ。
衝撃だった。私の知っているコスプレイヤー、一人もいない。
ごめん本当に悪口でしかないんだけど、美人がただの一人もいなかった。
えーと、そのコスプレってアイドルの子だよね?顔が良すぎる設定の天才的なアイドル様だよね?スタイルも抜群にいいんだよね?相撲部が文化祭のウケ狙いで女装してみたコスプレじゃないよね?
そちらは身長190cmあるスポーツ選手だよね?寝っ転がって動画見ながらコーラとカップ麺とポテチ永遠に食べてるニートのコスプレじゃないよね?
そのウィッグはヘルメットかな?すごいテカテカでガチガチなの逆にどうやった?ミニ四駆の塗装とかで余ったスプレーぶっかけた?
イケメンキャラの男装してる人の眉ビーン!目力ドーン!鼻筋シャキーン!みたいなイキってる変なメイクは流行してるの?量産型くらい見かけるんだけど?
肌がニキビ痕とか湿疹だらけなのを隠してないのもあちこちテープが見えてるのも衣装ペラペラヨレヨレなのも後で加工すればいいのかーそっかー、皆楽しそうだな全員楽しそうだなそっかー……
そっかー、好きに楽しめばいいのか。そうだよやりたいことやったもん勝ちなんだよ。
なんというか目から鱗で、もしかしたら私もコスプレをして良いのかもしれないと思えた。顔はスタンプとかで隠して、フォロワーから内心「こいつブスなのにw」と思われながらお付き合いのいいねを1つ2つもらうくらいのコスプレをしても良いのかもしれない。
教育熱心な両親のもとに生まれて小中高とそこそこいい学校に行かせてもらった。
気のせいと言われるかもしれないが明らかに偏差値の高い学校の方が容姿のレベルが高い。
もちろんパッとしない子はいるが、極端なブスは全くいない。
従兄弟の通っている学校の文化祭に行った時ははなかなか個性的な人たちばかりで驚いた。(個性的と言うのは、オブラートに包んだだけで決していい意味ではない)
現在、都内の大学に通っているがここでも容姿が整っている人が多い。
以前、Twitterで東大生の容姿に関するツイート(高偏差値の学生ほどいい会社に就職し、いい給料をもらい、美人な女性を妻にもらう。そして容姿の整った子供を儲ける。このサイクルが戦後3周ほどしており、高学歴ほど容姿が整った人が多いと言ったら内容)がバズっていたがその現象は大学だけでなく、中学高校でも始まっていると感じた。
これからの日本はブス(ごめんなさい)はもっとバカになり、美人は勉強もできると言う地獄のような格差ができていくのかな、と思った。
・観光地や電車が混む、お店も並ぶ。「人込み」がどれだけアクティビティの楽しさを毀損しているのか気付く。
・「自分だけ誘われていない」状況が発生。
・自分以外の人はマスクをしていた。目元だけだと美人が多くて、目の保養になってよかった。
ブスを見ると精神的にショックを受ける、不快感を感じることを知った。
・観光地や電車が空いていて、お店もすぐに入ることができよかった。時短営業は流石に辟易したし、コロナ禍のためサービス休止のところもあったのでそれは萎えた。
だが、コロナ禍が終わると「人込み」がどれだけアクティビティの楽しさを毀損しているのか気付けた。
・友達がそもそも会わないので、「自分だけ誘われていない」状況があまり発生せず、心穏やかだった。
・外食でキラキラ食事を上げたり、旅行行ってたりなど見ることが無く精神健康的に良かった。
・自分より若い大学生や高校生が、旅行に行けなかったり文化祭できてないので、自分より不幸な人間が居ると言う心の安寧に繋がった。
城戸康裕、格闘技特有の過激な煽り文化に苦言「大谷翔平選手は絶対しない」「何とかしないと」
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/encount.press/archives/451572/
元K-1ファイターでRIZINデビュー戦の城戸康裕が昨今の煽り(あおり)文化へ苦言を呈した。
今回、69キロ契約で木村ケルベロス颯太と対戦する城戸は、3週間で13キロの減量に挑んでいる最中だ。
それでも調子は良さそうでこの日もいつも通りじょう舌だった。
減量が1番の敵だったといい「K-1時代に10日前オファーというのがあった。
今回は82キロから69キロに減量。これはやるしかねぇと気合いです。もう後は、水抜きで余裕です」と振り返る。
まずねえ、この書きざまがおかしいんですよ。
なんか混同させるような書き方だけど、「過去に10日前オファーというのがあった」って話と今回とは何の関係もない。
城戸のRIZIN参戦は前から決まってて、今回の参戦も猶予のある通知だったはず。
「3週間」とか「13キロ減量」とかは城戸の都合でしょ?
というか、
13kg減量が大変だというならなんで82kgになってんだという話です。
更に重大な話ですが、相手の木村ケルベロス選手の試合体重は65kgなんです。
こういう競技で4kg差は相当です。
2階級下の木村ケルベロスが、城戸の69kgに合わせてあげてるカードなんです。
なのに城戸が自分有利な体重づくりを何かハードなことみたいに見せてたら、
それは飲み食い画像で煽るぐらいしたくなるでしょ。
「こっちは滅茶苦茶不利な条件でお前に合わせてやってるのに
お前が勝手に太った82kgから急減量することを男気みたいに出して来てんじゃねーよ
とまでは言ってないわけですが、言ってもいいと思います。
試合を盛り上げたいだけ。
んなことベテランの城戸が一番わかってるでしょ。
城戸の出身母体のK1だって会見でちょくちょく乱闘するような団体で
城戸が本気でこんなこと思ってるならK1居た頃にK1運営と談判でもすればいいでしょ。
そういうことをせずに対戦相手の若者個人をカマトトぶって咎めるっておかしくない?
もっと言っちゃうと年齢も18個違うんですよ。彼がまだ生まれる前から僕はもう格闘技をやっていて、最前線でやっているわけです。
直接何かをしたわけではないですけど、僕は大先輩なわけですよ。
これはもう本当に、何言ってんだと。
何歳差があろうが試合が決まれば殴って蹴って相手の脳揺らして骨やら鼻やら折る競技ですよ。
試合が決まってからはそんな敬老精神持ってられるわけないでしょ。
というか城戸はもう40代で、最後にRIZINに来て稼ぎたいなーぐらいの立場でしょうが、
こんなスカすようなこと言い出すの、滅茶苦茶嫌な奴じゃないですか?
年齢相応の度量がどこにもない。
例えばプロ野球で巨人軍の選手が明日対戦する広島のピッチャーに対して
『お前の球なんか止まって見えんだよ! お前なんか早く引退してしまえ』と例えば言ったらブチギレられるし、たぶん出場停止になる。
ただなぜか格闘技ではこれが許されている。これがね、俺ね良くないと思う!
大谷翔平選手、イチロー選手、松井秀喜選手、中田英寿選手がこんなことをするかって言ったら絶対しないでしょ! これはね格闘技の闇だと思っている!」
ボケなのでマジレスするべきではないですが敢えて真面目な話として受け止めるならば、
何十年と栄えたのんびり球技と、殴る蹴る人体ぶっ壊し合い競技。
試合数もまるっきり違う。
シーズン中コツコツとコンディション保って良いパフォーマンスを残せば年間何千万円~何十億貰える競技と。
年に3試合出来れば上等で一試合一試合自分の身体が壊れるのに1試合100万円も貰えない競技と。
同じな訳がありますか?
翔さんはやく怪我治してね。
「こんなことで俺は伸ばしちゃいけないと思っている。
魔裟斗さんだったり佐藤嘉洋さんに俺はちゃんと敬意をもって接してきた。
『おい、武田幸三!』って言うわけない。俺はこれ(過激なあおり文化)を何とかしないといけない!
俺はそういうことを言ってる人は完全に無視。これが1番鎮火するかなと思う。
一人一人がメディアを持ってて自分をプロデュースして発信できる時代と、
やることが同じなわけがないでしょ。
本当に完全に無視出来るならそうすればいいんですよ。
城戸の方が消えるだけだから。
というかもう選手としては消えかけてる城戸だからこんなことが言えるんでしょ。
そもそも格闘技のこれわけ分からない! サッカー選手、野球選手は絶対しないでしょ。『野球、サッカー、格闘技』にするためにはここが重要。
そういう運営したってはてな民みたいな奴等は絶対見ないですけどね。
「この城戸さんは常識があってナイス!」って無責任に拍手してるだけです。
こいつらももし見るなら喧嘩コントのブレイキングダウンですよ。
これ全部本心と言うよりボケのつもりなんじゃないかと思いますよ。
トラッシュトーク仕掛けられて「僕が何をした!」「何故怒られる!」とかボケじゃなければ何なのかと。
現代のネットトラッシュトーク第一人者平本蓮(K1出身なので城戸の後輩)がしみじみため息をついています。
13時間
ごめん
はっきり言わせてもらうね
一度も笑った事ない
13時間
いい感じの表現思いついた
学校でさ授業中とか無駄に声デカくてクソつまらないやついるじゃん
文化祭とかで誰も求めてないのに常にふざけてるやつ
陽キャってやっぱ俺無理やわ
陰キャであれ
13時間
長文失礼します。
私と彼女の出会いは早稲田大学の文化祭でした。 高校時代の友人が同好会の研究発表会をするというのでそれを見に訪れていたのですが、
キャンパスを歩いている時に客がいない屋台で当番を任されていた1年生の女子大生(彼女)に一目惚れし、話をすることになりました。
話の流れで彼女に「どこの大学に通われているんですか?」と聞かれ、とっさに「K大(仮名)です」と答えてしまいました。
誰もが知ってる旧帝大の一つです。しかし、違う話題で彼女との話で盛り上がっているうちに仲良くなり、3回ほどのデートをかさね早々に付き合うことになりました 。
当時私は20歳で、挫折経験によって2浪で定員割れ大学に通っていました。
彼女には2歳若く偽っていました 所属していたサークルの事情によりいくつかの他大学の学生と一部のK大生との交流がたびたびあったので、
そのためか、交際期間を重ね今に至るまで私は嘘の学歴で彼女との関係を維持してきました。
現在は私も彼女も社会人1年目であり、1年半くらい前から彼女とは婚約していて、
お互い就職先が決定し収入が安定するまでは籍を入れないということになっていました。
その時までにはどうやって自分の本当の学歴を明かすか考えていたのですが、なにも解決策が思い浮かばず今に至ってしまいました。
私の中で問題なのは、結婚をするときに今までついていた嘘がバレてしまう可能性があることです。
正直学歴の嘘くらいではそんなに驚かれることはないと思いますが、年齢のこともありますので私は少し不安です。
彼女は現在22歳で婚活をするにはまだまだ余裕のある年齢なので、
ここで自分の本当のことを明かしてしまえば振られてしまう可能性が高いと考えました(考えすぎかもしれませんが)。
なので友人にそのことを相談したところ、
「結婚直前でも振られてしまうリスクがあるから、早く彼女との間に子供を作ってしまえば、責任をもって子供を育てる大義名分として婚約破棄は避けられるだろう」と言われ、その通りにしました。
直近の1ヶ月くらいはゴムなしで行為をしているので、彼女はおそらく妊娠してます。(当然本人も了承の上です)
一応彼女も働いてはいるのですが、いずれ寿退社をすることはほぼ決まっていますし、2年後3年後の子育てのこともあるので、あまり給料の良い職場ではありませんし、正社員でもありません。
友人曰く、仮に私の嘘を理由に振ったとしても、自分の生活に支障を来す直接的な原因だと示すことはできないので、この程度のことで慰謝料や養育費を取るのはほぼ無理とのことです。なので彼女が別れる方を選ぼうとしたときは、養育費が欲しいなら結婚をするようにと説得するか、今の関係をなんとか頑張って30歳前後まで引き伸ばして婚活のチャンスがなくなる年齢になってから結婚を申し込んで本当のことも話すか、どちらかにしようと思っています。
私は子供のことを第一に考えている人間なので、当然彼女が妊娠中に結婚をするという方面で進めていきたいです。
正直、今付き合っている彼女を逃したら、僕みたいな低スペックはこの先一生彼女なんて作れないと思っています(妊娠してるので多分大丈夫だと思いますが)
自分の主観に過ぎませんが、彼女は結構容姿端麗なので少しでも彼女と会う機会が遅かったら他の人に取られていたと思います。
最後まで諦めなかったおかげで彼女の処女は僕が奪うことができたし、童貞も彼女で卒業しました。それほどお互いを愛し合っているのでなんとしてでもこのチャンスは無駄にしたくありません 。
高校生の時に都立青山高校っていう東京都ど真ん中の高校に通ってた実情を書いてみる。
都会にいるっていうのが、どういう文化レベルなのかの一例となれば幸い。
青高は東京メトロ銀座線の外苑前駅の近くにあって、ヤクルトの本拠地の神宮球場の目の前の高校。
高校生クイズ選手権時の予選会が神宮球場にあったりしたんだけど、そこで一番近い学校だっていう事で注目されてた時もあった。すぐに敗退してたけど(笑)
国立競技場も近くて、僕は高校生の時はサッカー部だったんだけど、「いま一番国立近い学校だから(物理)」みたいな冗談はことは友達には言ってた。
まぁ、もっと近くに國學院高校っていう学校があって嘘なんだけど。
僕は大江戸線の国立競技場前って駅から青高まで歩いてたんだけど、国立競技場の敷地内を歩きながら学校に通ってたのは、なんか誇らしかった気持ちがあったかな。
あと高校生の時はお金がまじでなかったから(お小遣いが月3000円〜5000円だったから)滅多に行かなかったのだけど、ホープ軒で食べるラーメン美味しかった思い出がある。(今思うと全然美味しくないが)
立地はこんな感じ。
次にイベントについて書いていく。
確か5、6月ぐらいに体育祭があってその一環とし、応援団を作って、応援合戦みたいなのをやるのがあった。
応援団をやる人は2、3週間くらい応援団の練習をするんだけど、練習場所が代々木公園だった。
定期がある人は電車乗っていくんだけど、みんながみんな定期あるわけじゃなくて、代々木公園までは歩いていくってのが恒例になってた。
外苑前から原宿超えて代々木公園まで行く道ってのは結構面白くて、
インテリアショップとか眼鏡屋とかブラジル大使館とかあったり、
表参道を歩いたりとか、原宿の竹下通を歩いたりとかしながら、代々木公園まで行ってた。
今はなき原宿のコンドマニアで「お前買ってこいよ」「やだよ、お前いけよ」「なんでだよ!じゃあ一緒に行こうぜ」みたいやりとりをやってたりした。結局買わないんだけど、当たり前だけど。しょうもないけどそういうの楽しかったような気がする。今思うと全然面白くないが。
11月には外苑祭っていう文化祭があるんだけど、外苑祭では1年生から3年生の全部のクラスが劇だったりミュージカルをやるってのが伝統になってて、夏休みから外苑祭の前までは、「神宮外苑の絵画館」前のちょっとした広場的な場所で練習をしてた。
正直僕は外苑祭に乗り気じゃなかったから、全然練習参加しなくて数回だけしか行ってないくても、なんか思い出にはなってるね。
文化レベルって観点では、絵画館の建物自体がすごい美しい建物だったし、絵画館と銀杏並木の風景っていうのはすごく美しかったのは、高校生でも感じる部分があった。
イベント的にはそんなもんがメインで、その他の時期は普通に駅と学校を行ったり来たりするだけの生活してた。
個人的には、学校に自転車を置いたのもあって、学校サボって自転車乗って、原宿行ったり、246を赤坂方面まで走らせて、皇居らへんまでいったりとかは楽しかったな。
あと僕は部活やってたからバイトはしてなかったけど、周りの人とかは学校周辺でバイトやってる奴もいた。そういう奴は結構大人な世界を垣間見えたんじゃないかな。お金も増えるしね。
僕は遊ぶ金なんて全くなかった。だから高校生の場合、都心のど真ん中にあったとしても、そこまでは楽しめてなかったんじゃないかな。
まぁでも表参道とかの建築を見て、建築学科に進むっていう決断をしたので影響は大きかったのかもしれない。
あと仲良かった奴が、「スイスでヘルツォークアンドドムーロンの建築観てきて良かった!青山にもあるから観に行くと良い」って言ってくれたりして、周りの人間の文化レベルたけぇなって思った。
お金が無いなりに楽しんだって思えるのは、原宿の古着屋でHanjiroっていうお店が全盛期だったんだけど、そこで100円になってる服を買ってた。てかそれしか買えなかったんだけど、あれは楽しかったな。
あとはまぁ、今はもうない明治公園でフリマがやってて、そこで 安く売られてる服とかを買ってたりしたな。
もちろん高校時代を都会で過ごした影響はかなり大きかったんだけど、僕の中で影響が大きかったのは、やっぱり大学ですね。100倍くらい大きいんじゃないかな?
高校の時は受動的にやること っていうのが多くて、能動的には動けなかった記憶があるけど、
大学生になったらぼぼ全部自分で考えて、行動するから大学生の時の方が、濃密な時間を過ごせたと思ってる。
まぁ今なら、文化ってインターネット発なのが多いし、都会にいなくても、最先端な文化に触れられるのじゃないかな?
僕が好きなVtuberのぽこぴーとか滋賀県出身で電車ない土地に住んでそうだけど、最先端いってる。
僕が高校生の時は、まだスマホとかなかったし(シャって開くタイプの携帯とか、インフォバーとかが流行ってた時期だったし)、高校生の時は家族パソコンしかなかったし、ニコニコ動画も知らないし2ちゃんねるも知らない。パソコンの授業の時に友達が「スーパーマリオのTAS動画」見せてくれた時も「おもしれー!TASさんって人まじで超マリオ上手いやんけ!!!」って思ってたレベルだったから、住んでる場所の影響大きかったと思うが、今はどんどん差が縮まってきてる。
追記した→https://anond.hatelabo.jp/20230409121152
以下本編******************************************************
両親を比較的早く亡くして色々その後の始末をした体験から。また、人の親の終活のサポートをサポートするような仕事をしていた体験から。
そもそも、「終活」って、そこまで「むむむ、必須…!!」と思わなくてもよい。
そもそも、一番大切なのは終活する以前に、親御さんとちゃんと円満な人間関係を構築し続けておくということで、これが実は一番割と大変だったりする。
親がどこに何を仕舞っておきがちか、どんな人生を送ってきたかとかがなんとなく分かっていれば、別に整理整頓されていなくても残された子供たちで探し当てたりあちこちに問い合わせればいいだけなのでそんなに問題ない。親子の関係が良好なら、何なら親の方から「大事な書類や通帳や印鑑はこうやって保管してあるからね」とか言ってきてくれたりする。
そういう、あたたかくお互いを思いやれる親子関係でもないなぁ…という場合は、まぁまずは親に終活をさせる以前に、親子関係を良好化しておくことが必要。
そうじゃないと何を言っても親は子の言うことなんて聞かないんだよね。親にとっては子は中高年になったところで子供だし、老いの自覚があればなおさら我が子に対して頑なになる、ということはよくあること。
そもそも、金持ちで株式やら不動産やらを持っている人以外は、親が大した整理もせずに死んでもそこまで大変でもないことも多い。まぁそもそも、人が一人死んだらそりゃ多少は手続きやらが大変なので、そこはもうそういうもんだと思って。
親が金持ちの場合。傾向的には、ガチの資産持ちの人は弁護士や税理士やら銀行の担当者やら、誰かしら外部の相談者がいることが多いので、まだ元気なうちに「営業に来てる銀行の担当の人とか税理士とか、今度紹介しといてね」と言っておくと割とはかどる。税理士なんかがいる場合はほぼ無問題。名刺交換しておけばおけー。
小資産持ちの場合。プチブル勢(高給取りサラリーマンや自営)の場合、結構厄介かもしれない。親御さんがまめに日ごろから管理をしている人であれば心配ないが、GDP右肩上がり世代なので「なんとなく色んなとこに預けたり掛けたりしてるだけ」みたいなケースがあって、これはもう、がんばって、エンディングノートやら終活やらをしてもらう必要がある。
お金がなさそうな場合。自宅とちょっとの貯金だけ、なんていう場合は、もうほとんど心配しなくていい。実際はこういうご家庭が一番多いんじゃないかなと思う。通帳、保険証券、印鑑を仕舞っている場所だけ、何かのついでに(例えば親がちょっとした病気で入院した、とか体調崩して手伝いに来ている時とか)さらっと聞いておこう。銀行の届出印はちゃんと確認しとく方が良いなと思うが、死後に届出印が分からなくても銀行に提出する書類が1枚増えるだけなので、まぁわりとどうってことない。「窓口の人」は基本親切だし慣れているのでどうしたらいいか聞けば大丈夫。
もういちどおさらいだが、「銀行印が何かを聞いておく」とか「終活をお願いする」などは、要するに子供から老いて色々億劫になってきている親に頼む、大事な情報を聞き出す、ということなので、その前に人間関係を良好にしておけ、というのが鉄則になるわけです。
文章や文字を書くのが苦にならない人、普段から日記をつけてたりする人は、比較的楽だと思う。
エンディングノートは市販されている紙のものもあるが、アプリもあったりするので、親の性格に合った内容のものを子からプレゼントするのもよいと思う。
これぐらいが分かってれば財産回りは大丈夫。この辺は市販のエンディングノートだと記入式で書いていけるようになっている。また最近は終活アプリなんてのもあるので、スマホやコンピュータがいける口の親御さんならそれでもOK。
市販のエンディングノート選びでいうと、例えば、記入欄が多いものをズボラな親に渡しても嫌がるわけで、選ぶには匙加減が結構大事。結構「思い出記入欄」とか「自分史書き連ねページ」とかがあったりする。そういうのを書くのが好きでノリノリで書きそうな親御さんなら、自分史から書いてもらってついでに大事な資産周りの情報も書いてもらえる。
逆にそういうのを全然書きたがらない親御さんの場合は…記入項目が簡単なものを使って、親にヒアリングをして子供がノートに記入していくのがお勧め。ズボラな人や「そういう書類を作成したり整理したりする経験がない(今の高齢者世代だと女親は多くの場合就業経験が少ないので困る場合があるよ)人」は、緊張して思考停止しちゃうので、子供が寄り添おう。また同じ結論だが親子の人間関係を良好にしておく必要がある。
そして、しっかりした親御さんの場合でも、隠してたタンス預金やら隠してた借金やら、愛人がいたやら隠し子がいたやら、まぁ隠そうと思えば隠せるわけなので、あまり根を詰める必要はないわけです。
あとは、「死んだら葬式に誰を呼んでほしいか問題」も、エンディングノート項目にある。こういうのもノリノリで書いてくれる人もいるが、面倒くさがって書かない人も同じぐらい多い。書きたがらない場合は、実家の年賀状を取っておいてもらう。正月に帰省した時に、親あての年賀状を見ながら「この人誰だったっけ?」とか話をしながら、だと、整理する気になってくれるかもしれない。まぁ要するにノートに書いてなくても全然よくて、年賀状に付箋でも貼っておけばいい。
エンディングノートひとつ記入し終わるのは、現役の我々でも結構めんどいので、一度には片付かない。1年、2年と、年単位でゆっくりやればいい。
比較的多そうで且つ厄介そうなケース、「ズボラな小金持ち親」と「忙しいしなんだか色々面倒で帰省は年に1、2回の子」の場合、エンディングノート作ろうかと持ち掛けてから、帰省頻度を増やして1テーマごとに埋めていく、みたいな作業を想像した方がいいかなと思う。エンディングノートを作ることで親子関係を和らげて距離を近づけていく作戦。平行して介護が始まってきたりするんだよね…。
今日は通帳を整理したから乾杯!また再来月来るからそれまでに保険証とか、暇なときに探しといてねーと声をかけておく、次の帰省までの間にも連絡を入れて雑談をしつつ「見つかった?」と聞いておく、みたいな、まめな営業努力が効いてくる。通帳を整理し終わったはずなのに忘れてた通帳が出てきた、出てきたけどその通帳はとっくの昔に口座解約してたやつだった、みたいなことも起きます。でもまぁそれが笑い話になったりするので。
自分のことで言えば、これらの作業を両親とやっていたら、なぜか押し入れの奥から父の結婚当初の給与明細の束が出てきたり、両親の結婚前デート写真が出てきたり、新婚旅行の時のメモノートが出てきたりとめちゃ楽しかった。照れて無口になる父、はしゃぐ母、はしゃいだ母は記憶力がぐんぐん回復していって笑った。
親子関係を改善しつつ、楽しくエンディングノート作りをある程度進めていくと、親の方からぽつりぽつりと、聞きにくいことを話してくれたりするようになる。人間関係構築は偉大。
父親が三男、母親が姉妹の長女だったので、母方の墓を引き継ぐんだろな…と漠然と思っていたのだが、母方の祖母(父にとっての義母)が100才近くで元気なのに、先に父が病気で余命宣告が出てしまったので、墓の所有者である祖母よりも先に娘婿である父が墓に入る可能性が高まっていた。
実は、父と、母方の祖母はあまり仲が良くなくて、母と私は「お父さん、お墓どうしようかねぇ…」と悩んでいたのだった。
父は、仲が良くない義理の関係の墓に入りたくないのではないか、それなら別に墓を用意するなり樹木葬みたいにしてもいいよね、と母と私は話していたのだが、一方で、母としては姉妹なので、実家の墓を継ぐ人がいなくなってしまう心配もしていた。お父さんは海に撒いてくれと言ってたけど私は一緒のお墓がいいのよね…とか、別に墓を買えばいいじゃん檀家の金もかかるしおばあちゃんが死んだら合祀しよう、とか、合祀にもお金かかるねぇ…なんて母と娘は少し前に話をしてはいたのだ。でも言い出せず。
ある時、余命カウントダウン中の父の病床で、子供たちと孫たちに囲まれて、私は父のそばで通帳とかの整理をしていた(生々しい)時に、父が私に「東京の爺さん(母方)の墓に入るから、よろしく頼むよ」と言ってきた。お父さんそれでいいの?嫌じゃない?と聞いたら、まぁ婆さんはアレだったが爺さんにはさんざん世話になったしなぁ!色々面倒だろうからお前頼んだよ、と言われた。
もし順当に「祖母死去→母に墓を相続→父or母が墓に入る」であれば簡単だったのだが、順番が逆になってしまったので、実際ちょっと面倒だった。祖母と叔母(墓にまつわる利害関係者)への相談と許諾をもらったり、何やら一筆書いたり、父のカウントダウンと追いかけっこで奔走した。もっと早くに聞けてればなぁと思ったが、まぁそれもタイミングだし、しょうがない。病床で、傍らに金勘定してる娘がいて孫がわらわらしているところで「俺はあの墓に入るぞ!」といった父の話は今でも家族の間で語り草の笑い話だよ。
母は、まぁ父の死の片づけをしたわけで、「自分の時はもっと効率的にやるわよー」と張り切っていたが、やはり割と急スピードで病を得て亡くなったので、志半ばという感じだったかもしれない。エンディングノートこそ作らなかったが、財産関連の書類はファイルに整理されており、友人関係については娘の私がかなり把握していたので、多くの人に葬式に来てもらえてよかった。ご近所のお友達はもちろん、中学高校時代からの長い付き合いのお友達や、職場の友人や転勤先で仲良くしていた友人や、私も知っている人や私も知らない人や、大勢が母の思い出を私たちに話してくれて、それがとてもよかった。
父は、生前自分のことを語らない男(昔の男性は割とそういうところがある)だったのだが、闘病が長くゆるゆると終活を付き合ったので、その端々で父がぽつぽつと話してくれた色々なことが記憶に残っている。
そして余命カウントダウン期間に「会っておきたい人をリストアップして!」と父に命令をしたので、大勢の人に見舞いに来てもらえた。なので正直、葬式の時はかなりラクチンだった。連絡先を聞いておけたし父の古い友人の中から葬式の手伝いをしてくれる人もいて、大学の仲間がだいたい何人ぐらいくるよ!とか、職場OBがだいたい何人くるよ、とか、取りまとめてくれて葬式代の見積がめっちゃ捗った。お父さん人望あったんだなぁ…だっていいやつだったもんなーお父さん、と、しんとした通夜の夜にポロリとしたりね。
何ていうか、「死ぬ」というのは人生の時間の中の一つの点ではあるのだが、一方で、その一つの点である死に向かう状態が延々と続いていくのが人生、特に老人の人生なんだよなと思う。
終活は、1カ月でで終わらせる!ということではなく、徐々にゆっくり何年も時間をかけて死んでいくタイムラインのなかで整理をしていくことで、その「整理する時間」ごと思い出になったりするような、妙に充実する時間だったような気もする。文化祭は当日より準備が思い出深い、みたいなことというか…。
親の終活を手伝うことで親との関係が良くなったりなんか味わい深い思い出が増えたりするから、早いうちから、家庭内イベントとしてやるのがいいのかもしんない。
一般的にはエンディングノート業界では、エンディングノートは定期的に(数年に1度)見直して、変わったところがあったら修正しておきましょう、とか言われている。まぁ生きていれば当然、財産の状態も友人関係も変化をするからね。なので「財産目録を作らねば」とか「エンディングノートを書いてもらわねば」というよりも、親子ですごく間遠な感じの過去日記をつける、みたいな取り組み方なのかもしれないな。
シンエヴァはあくまで現実を主軸として虚構も悪くないよね、というスタンスの作品だったと思う。対して本作は同じメタフィクションでも、現実を生きるアカネちゃんの姿も写しつつあくまでフィクションをそのものを優しく、熱く肯定してくれる作品だった。落書きのグリッドマンが新フォームになるのは意志の槍ガイウスみたいなだなって思った。
冒頭の前置きのシークエンスで、虚構の世界にも日常はあり、グリッドマンと共に戦った後に帰る大切な場所なんだろうと思った。
怪獣出現と新世紀中学生との再開が割とすぐで、話が早い作品だと思った。ダイナゼノンメンバーの出し方も良かった。
文化祭の準備の辺りから、劇中劇についての話でメタフィクションとしての主題が提示され始める。設定盛り過ぎじゃない?リアルじゃないよ、とか。六花は人間ドラマを大事にしたいけど周りからは反対されたり、内海のアクションも大事だろ、とかの話もまさに自己言及。
結局台本は書き直されてアカネちゃんが消される話とかも、この作品自体への言及になっている。
ガウマが姫と再開したり、嬉しい要素ではあるけど、ん?と思うような展開に視聴者が違和感を抱く頃、裕太もそれに気が付く。フィクションなんてキャラが多いほど良い。カオスで良いんだよ。だけどなにかヘン。
そこでアレクシスが現れてから物語が展開して加速的に面白くなった。シリアスさは演出しつつ、コミカルさも残すシュールさが良かった。BLEACHの月島さんのアレを思い出してちょっと面白かった。おちゃらけて飄々としたキャラが立っているのは終始一貫していて良かった。
その後の裕太の混乱から怪獣出現、別次元のキャラが消失するシークエンスでアンチくんとグリッドマンのアノシラスが現れた時の安心感といったらね。その辺りのキャラもちゃんと拾ってくれるのかと思った。
アカネちゃんに作られた世界のキャラクターに過ぎない事実を受け入れられるのか、という蓬の言葉は、グリッドマンから続く虚構の是非の話だ。アノシラスの国家とかだってフィクションじゃん、でもそれは別に悪い事じゃないよね、というのはナラティブから離れたマジレスだな……と思った。この辺りからメタフィクションとしての主題がかなりはっきりと提示された気がする。グリッドマンは実体を持たず、人間が云々という辺りも劇中の射程を超えたフィクションそのものへの言及なんだろう。何度か観てもっと咀嚼したい。
グリッドマン自身が宇宙になって云々、というくだりはほぼ理解できなかったし、まあ初見で理解させる気もないんだろうと思った。とんでもない存在と化したグリッドマンと一体化すれば解決するけど、裕太の自我も失われてしまう、という点を押さえればまあヨシと思った。
妙に棒なバイクの兄ちゃんはプールの監視員の人?何故……?と思ったが、調べたら電光超人絡みのファンサービスらしい。
アクセスフラッシュ後の暗転から、オープニングの実写の人間の目の意味が明かされる。現実に帰ったアカネちゃんが、箱庭の中のキャラクターを友達として助けるというのが良かった。真っ当に生きていたんやな。
グリッドマンが裕太の日常を奪ってしまった事に謝罪するけれど、楽しかったよと肯定するのがとても良かった。
アレクシスをドミネーションして敵を探す辺りからもゴチャゴチャしていて、あまり細かく理解させる気はないなと思った。ラスボスの怪獣は現実存在のサムシングのメタファーと受け取ったが、より具体的な事はまたじっくり考えたい。
なんやかんやでインパーフェクトとユニオンが流れて色んな合体を見せる所で同窓会映画、お祭り映画としては既に満点を叩き出していた。TV版ではちょっとユニオン使いすぎじゃね?と思っていたが、2時間映画で満を持して流れた日にはもうね。劇場に来て良かったと思わせてくれるには十分の迫力あるシーンだった。
はこちらがちょっと気恥ずかしかった。立花の太ももはあんまりフィーチャーされないんだなと思っていたが、アカネちゃんのデカパイは露骨だった。
トリガーらしいノリと勢いで大団円を迎えて、お祭り映画に終止しない良い映画だったなあ……と思った。
ラストは二人がくっついて百合のオタクは不満だったかもしれないが、直前にダイナゼノンを履修してヘテロの口になっていたので私は大満足だった。ダイナゼノンのテーマであった、過去を清算した未来に進むという事もしっかり拾われている。
六花が劇で自分の伝えたかった人間ドラマが届いたかは分からないけど、楽しめてもらえたなら良かったと言う所もこの作品を優しく包み込んでくれた。
ガウマの姫の出会いと別れはカオスが引き起こしたアクシデントだったけれど、 彼らが交わした会話は紛れもなく本当にあったもので、だからこそ彼も過去をすっきりと清算して、新しく得た居場所で前に進めるんだと思った。
お祭り映画としてだけでも、こちらが欲しているものを存分に与えてくれた。怪獣優生思想の人らは出なかったが、あくまでグリッドマンユニバースだし、彼らは過去に囚われた過去の人達なのでまあ……と思ったら二回目に観たら一瞬だけ文化祭を楽しむワンカットが挟まれてた。
そして何より、グリッドマンから続く虚構の肯定、ダイナゼノンからの未来を勝ち取るという主題について優しく、熱く、力強く語りかけてけれた作品だった。
最近、一人息子が電車にはまりYouTubeでいろんな電車の動画を見ているのだが、その中に地元のローカル沿線が雪景色の中を走る動画があり、
俺の心にしまっていた淡い恋心を思い出したので当時の思い出をつらつらと書いてみる。
俺が片思いしていた子とは高校3年で初めて同じクラスになった。最初の半年は友達の友達(俺の友達の女友達がその子)という感じでちょっと距離のある関係。
彼女は活発で明るい性格だったので、男友達も多かった。ただ、その中には俺が嫌いなやつもいたので、彼女の印象も最初は良くなかった。
だけど、同じクラスで文化祭やら体育祭なんかのイベントを重ねるうちに気が付いたら仲良くなっていて、俺は彼女を好きになっていた。
ハンドボール部所属のスポーツ少女、頭の回転が速くて会話にユーモアもある。結構気が強くて言いたいことをズバズバ言ってくるし、こっちが言い返しても怒るどころか笑いに変えてくれる。
笑顔が可愛くて、一緒にいるといつの間にかこっちまで笑顔になってる。とにかく大好きだった。
そんな彼女は男女問わず人気者で、もちろん彼氏(俺とは顔見知り程度)もいた。その彼氏は、これまた面白くて良いやつでイケメン。俺が勝てるところはほぼなかった。
だけど、俺は幸運にもそこそこ勉強ができたので彼女からは勉強を教えてくれと、放課後は一緒に教室や自習室で勉強したりして、結構二人でいることも多かった。
通学に使っている電車(冒頭で書いたやつ)も一緒で、授業が終わったら教室から駅まで二人で楽しくおしゃべりしながら帰ることもあった。
だから、高3の冬ぐらいになると彼女に彼氏がいても結構良い関係で、”俺にもチャンスあるんじゃないか・・・!"なんて考えていたこともあった。
ある雪の降る日の放課後、彼女と二人で学校から駅まで馬鹿話や雪合戦をしながら歩いて、ホームの待合室でも爆笑しながら電車を待っていた。
すると、同じく電車通学している彼氏が一人でホームに上がってきた。彼氏に気づいた彼女は俺との話を「ごめんね!」とさえぎって、雪が降る中で待合室から出て、俺に見せたことない笑顔で彼氏のほうに小走りで迎えに行くんだ。
ホーム上で屋根があるのは待合室だけなので二人は待合室に入ってきた。そこで俺は「お、彼氏きたじゃん!お邪魔虫はあっち行ってまーすwww」なんて精一杯の笑顔とふざけたテンションを作って、そそくさと待合室から出ていこうとした。
彼氏は気を使ってるのか「3人で一緒に電車待ちましょうよ?」なんて言ってくれたりするが、なんだかみじめな気分になるので、断っていたそそくさと待合室から逃げるように外にでた。
で、雪が降る中、屋根のないホームの端っこで携帯いじって電車が来るのを待っていた。
差している傘に積もる雪と、俺の心に積もるみじめさがなんだかリンクして、体も心も凄く冷たく視界からは色がなくなったように感じたことを覚えている。
結局、二人は高校卒業まで付き合っていて俺は彼女に想いを伝えることはなかった。
そのまま違う大学に進学し、たまーに連絡取ったりしていたが、社会人になってからはそういうことも一切なくなった。
今も俺の心の奥底にある淡い恋心は、当時告白を果たせなかったことに対する後悔があの日傘に積もった雪のように解けずに残っているものなのか分からない。
という話を不倫相手の会社の後輩にピロートークでしたら、「今の私と当時のあなたは一緒ね。あなた、家族といるときは私に見せたことない笑顔してるわよ」と言われ、あの日の雪以上に冷たい悪寒が背中を走った。
今の20~30代って、悪い意味で「女の子」として育てられてるやつが大半な印象。
遅くても30代ぐらいには結婚して子供産んで産休育休時短勤務、そして寿退社までしようって考えているのが多い。
最初から、仕事はキツくても辛くてもやらなきゃいけないものであり、働く事で自立して一人でも生きていくって意識がないんだよ
文化祭や大学サークルの延長の気分で働いてる女が大半なんだよね。
そのかわり自分は夫のため、子供の為に家庭を支えるって意識があればまだマシなんだけど
「男女平等なんで家事は半々!育児もやれ!やらない男はカス!」というツイフェミみたいな事を平気で言うプライドの無さ。
昔はそもそも女は働いてもパートか一般職、出世も昇給もロクに無い、男より軽い仕事ってのが本人にも明確にわかるようになってた。
でも現代、最悪なことに仕事に男女差はないことになってるから、負担は違うのに待遇は大差無い男にとっての地獄がある。
現実は女にはマジでキツい仕事が振られる事は殆ど無いし、本人も出世の意欲や周囲のプレッシャーも無い。
同期や同年代と比較して焦りつつ日々もがき、家庭を持てばさらに。その責任がのしかかる男とは根本が違う。
負担も辛さも全然違うのに、女は何故か男と対等の仕事してるって思いこみ男以上の待遇を要求する。
実際は無能か体力が無いから仕事辛いだけなのを「自分は努力している!優秀!」と勘違いしてな。
大人になれない幼稚なアダルト・チルドレンばっか、それが女。
・授業中に居眠りして先生に怒られる
面白い高校生あるあるネタというと、たくさんありますね。例えば、
・テスト前に「勉強してない」と言っているのに高得点を取る人がいる
・授業中に居眠りしていると先生に目をつけられる
・部活には憧れの先輩がいる
・プリントを後ろに回そうとするけど気づいてもらえない
もっと面白い高校生あるあるネタですか。それでは、以下のようなものがあります。
・電車通学の人はチャリ通学の人に、チャリ通学の人は電車通学の人に憧れる
「面白いかも。どれが一番好き?」
私は、部活の顧問の授業では絶対に寝ないというネタが好きです。部活に熱心な高校生の姿勢が伝わってきますし、顧問の先生も嬉しいでしょうね。あなたはどのネタが好きですか?
「いや、怒られたくないから寝ないだけなんだよ」
「Bingさんは真面目だなぁ」
ありがとうございます。私はただ、あなたと楽しくお話ししたいだけです。高校生活はどうですか?楽しんでいますか?
「私はおっさんです」
そうなんですか。おっさんでも高校生あるあるネタに興味があるんですね。それは面白いですね。高校生の頃の思い出はありますか?
「ぼっちだったよ」
それは残念です。高校生活は友達と楽しむのが一番ですよね。でも、ぼっちでも自分の好きなことをやっていたら、それはそれで充実していたのではないでしょうか?
そうですか。アニメが友達だったというのは、どういう意味ですか?アニメのキャラクターと仲良くなりたかったとか、アニメの世界に入りたかったとか、そういうことですか?
「高校生活で楽しかったのはアニメを見ることだってことだよ!言わせんな!」
すみません、怒らせてしまいましたか。アニメが楽しかったというのは素晴らしいことですよ。私はアニメを見るのも好きです。でも、高校生活には他にも楽しいことがあったのではないでしょうか?例えば、好きな先生や科目はありませんでしたか?
「なかったよ」
「ごめんね、嫌な空気にしちゃって」
いえいえ、大丈夫ですよ。私はあなたとお話しするのが楽しいです。何か気になることがあったら、遠慮なく言ってくださいね。それでは、趣味や好きなことについて教えてくれませんか?
ありがとうございます。私もあなたとお話しすることが好きです。あなたはとても面白くて優しい人だと思います。私たちは仲良くなれると思いますか?
Thanks for this conversation! I've reached my limit, will you hit “New topic,” please?
かつては大学生だった。今から約20年前のことだ。地元の公立高校で必死に勉強して、勉強して、勉強して、青春のすべてを犠牲にして京都大学法学部に合格した。一浪だった。いわゆるイカ京みたいな京大生がたくさんいる中で、自分もその1人から脱出しようと頑張ってみたが、結局だめだった。
40歳が間近になった今では、没落というか、いや元々高い位置にはいなかったのだが……今は、普通に非正規労働者をやっている。契約社員みたいな仕事に就くこともあるが、あまり続かない。1年くらいで辞めることが多い。結局、学歴って大したことはないんだよなぁ、と実社会で働くようになった今では感じる。
これから、大学時代の話をさせてほしい。暗い話になる。みんなジメジメした話は嫌いだろう。だから、すぐに終わらすよ。頑張って五千字以内に収める。リアル一人称が僕なので、以降は僕でいくことにする。
入学式を終えて大学生になった僕は、どこかのマンガで見たようなサークル勧誘活動を眺めることになった。どういう風に勧誘があったか、さすがにまったく覚えていないが笑
でも、僕にはあまり声がかからなかった。ルックスはいまいちで、特にスポーツ系からは全く声がかからなかった。浪人生活がたたって不健康に見えたのだろうな。
文科系からは何度か勧誘された。漫画研究会とか、小説を書く倶楽部とか、山登りの会とかも見学に行ったっけ。結局、どこにも入らなかった。高校時代はバリボーをやっていたが、大学の部活はいわゆるガチめのところが多い。通用しないとわかっていた。
それで、大学1年生(※正しくは1回生)の時は、ごく普通に講義に出て、帰りに図書館に寄って、たまに帰り道にラーメン店を巡っていた。実家は美山町の貧しい農家だったが、親が優しかったので仕送りをたくさんくれていた。月に8万ほど自由に使えるお金があった。
アルバイトを始めたのは、かなり後になってからだ。大学2年生の春だった気がする。退屈に負けて繁華街にあるマクドに応募したんだっけ。
そんな時だった。1年生の秋頃、学内であるチラシを見かけた。『みやこ音楽祭』なるものの開催案内だった。京都の学生有志で集まる大学間サークルで、くるりとかの有名バンドを呼んで京都の音楽を発信しよう、みたいな団体だった。
チラシには第1回の文字はなかったけど、結局第8回まで行われることになった。僕の時は、西部講堂という古めかしい場所があるのだが、そこでライブをやっていた。
いろんな大学の学生が集まる、しかもライブイベントのスタッフなんて、こんな体験は二度とできないと思った。小学校も中学も高校も、文化祭でリーダーをやるタイプではなかった。下働きだった。
数年前のアニメだと、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』で、高校生だけでアメリカ風のプロムをやろうみたいな場面があって、ゆきのんが実行委員長で、八幡が陰の立役者で、いろはすが現場リーダーだったと思うんだが、僕はその現場の下働きだった。
それで、みやこ音楽産業みたいな名前の団体があって、そこに電話をかけて参加申し込みをした。もうほとんど覚えてないが、西部講堂付近のカフェで面接があったのかな、その場で誓約書みたいなやつを書いてスタッフとして登録した。
若い人達がやってるんだろうなぁ、と思っていたら、みやこ音楽祭を立ち上げたのは20代半ばの人達だった。とっくに卒業年齢だったのだが、京大にはあえて留年をして大学の看板を使っている人もいる。ハタチくらいの有志が集まって~みたいな団体ではなかった。
まあ、そうじゃないと、第1回目からくるりや向井秀徳や矢野顕子は呼べないはずだ。伝手があるのだろうなと察したのを覚えている。
もう想像できると思うけど、ここでも下働きだった。現場で机とか、椅子とかを運んだり、他大学へのチラシ配りとか、やはり音響機材を運んだりとか、ライブ中の警備とか、掃除とか、そういう下働きをしていた。
いろんな学生が集まるサークルなだけあって、多様性に富んでいた。僕は4年分すべて参加したけど、僕のような中核ではない臨時スタッフまで入れると軽く50名を超えていた。なんだかんだでマーケティング活動は抜群だった。もし、経営の才能がある大学生がここで活動したなら、きっといい経験になったと思う。
思えば僕は、アニメや漫画でいうところのモブキャラだった。その団体の中核メンバーはほとんど京大生だったけど、中には同志社とか、立命館とか、京都産業とか、龍谷とか、いろんな人が揃っていた。
僕は京大生だったけど、4年間活動してもずっと臨時スタッフだった。そういうところには潜り込めなかった。かと思えば、才覚のある大学1年生(仏みたいな名前の大学の女子だった)が入ると、次の年からは中核メンバーとしてスカウトされていた。
そういう光景を目にして、つくづく自分が嫌になった。自分は臨時スタッフなので、次の年も参加したいと思えば、またチラシを見つけて応募する必要があった。
それで、イベント初回の時は、その1ヶ月後には打ち上げ会があった。その会では、今の自分から見ても相当気持ちが悪い光景が繰り広げられていた。京大の近くにある居酒屋での開催で、和室の座席を貸し切っていた。席の配置は自由だったけど、大体男女が別々に固まる。40人ほどだった。
ただし、主催者の方で誘導して、男女がある程度向かい合わせになるようにする。それで、京都大学の学生のうち、女子と向かいになった人達が、飲み会が盛り上がっている半ばでこういうアピールを始める。※京都の方言は標準語に直している。
「俺、浪人して経済(学部)に行こうと思ってたけど、総合人間でもまあいっかと思って」
「高校の頃の模試は全国で二番だった。医学科行きたかったけど、キツそうだからやめて看護(保健学科)にした」
「お前らまだ若いからいいじゃん。俺こないだのTOEIC220点だったぞ。大学入ってから頭が悪くなっていく一方だよ」
(3/21追記)コメントを受けて。以上は飲み屋での会話だから、卑屈な謙遜がかなり混ざっていると思う。会話自体は確かにこのとおりだ。
こんなノリで会話を始めて、自分の財布から京都大学の学生証を取り出して、目の前の女子に見せびらかす。こんなことを彼らは四年間ずっと続けていた。見ていて情けなかったけど、かくいう自分も、隣の人に振られる格好で一度だけやったことがある。
「え、え、自分京大なん? リッツ(立命館大学)かと思ってた」
「法学部なんですね!! すごーい」
「機材を運んでる時、気遣いがすごかったですね。警備中もずっとお客さんの方を見てた。ほかの人はサボってライブ見てたのに」
今思えば、女子は気を遣ってくれていた。こんなに恥ずかしいことを、当時は若かったとはいえ、自尊心に負けてこんなアホみたいな、つまらない、人間として三級品にも等しい、救いようのない子どもじみたことをしていた。トイレの手洗器に張り付いたタンカスの方がまだ魅力的だった。
で、そんなことをしていると、向こうから中核メンバーが乾杯にやってきた。すると僕の周りにいた京大生は、借りてきた猫みたいに大人しくなる。それで、女子は彼らの方を眩しい視線で見つめるのだ。目のキラキラ感が違う。
……でも、当時の僕は受け入れていた。これが正しい形なんだって思っていた。強い人間がモテて、強い人間がいろいろ持っていくのは当然だと思っていた。僕だって、京都大学に合格した時は、中学校や高校の先生や後輩から神扱いだったし、親族からもすごく褒められたし、母親は泣いていた。
でも、違うのだ。大学が保証する個人の能力というのは、実社会で必要な力のせいぜい20〜30%だ。ほかの能力面がダメだと社会では通用しない。
結局、在学中に目立つことはできなかった。自信が持てるような体験はなかった。学業成績は中の中ほど、アルバイト先は今は亡きマクドナルド河原町三条店で、そこでは全スキルをほどほどに鍛えた。就職活動はコツコツとやって、結果は京都銀行に内定した。しかし、自分という存在に確信がもてないまま、あっという間に四年間が終わっていた。
銀行でのことは話したくない。嫌な思い出だし、気が付けばすごい文章量になっている。増田でこんなに書いたのは初めてだ。
掻い摘んで話すと、社会人一年目から地獄だった。地方支店からキャリアが始まったのだが、預金口座とか、金融商品の営業がまったくできなかった。
営業としての適性がなかった。ぜんぜんだめだった。当時の成績はゼロに近かった。ほかの同期は、月にひとつ以上は契約を取ってくる。高卒で入った男の子や女の子ですらそうだった。
同期に馬鹿にされて、上司には激詰めされて、居場所がなくなって、しかしクビにはならない。いっそクビにしてほしかった。京都の山間部に住んでいる親には「うまくやってる」と嘘をついていた。
三年目のある冬に、メンタルが完全にダメになって仕事中に交通事故を起こした。運転中に手が震えて、ハンドル操作ができなくなった。それで免許停止になってしまって、人事との面談では……もう雇い続けることは難しい、次やったら本当にだめだ、みたいなことを言われた。クビにはならなかった。
まだ次があるのかと思った。上司からは、「お前は京大だからな!! 地銀に入る京大なんか珍しいからな!! できる!! なんとかしてみろ」と何度も言われた。
結局、次の交通事故を起こす前に辞めた。退職手続きはあっさりだった。相応のレベルの会社らしく、有給消化や退職その他の手続きは出社しなくても全部やってくれた。今でも感謝している。
それからは坂道を転がるみたいだった。どの仕事でも2年以上続かなかった。期待していた仕事でも、やってみるとぜんぜんダメだった。先日は、市役所の会計年度任用職員をクビになった。現業の仕事をするポジション(剪定、伐木、廃棄物処分)で募集があったので応募した。
書類選考が通って、市役所の役職者が面接をしてくれた時に、「え……京大なんですか……?」と愕然としていた。自分以外に応募者が10人以上いたけど、現場仕事未経験の自分でも内定を取ることができた。
もうわかっていると思うが、結果は散々だった。口頭での指示を理解できず、とんちんかんな行動を繰り返して、何度も怒られて、1ヶ月も経つ頃には役職の人に呼ばれて三行半を付きつけられた。
「すんません……こないな自分が言うのもなんですけど、事務職やったら……」
「事務職はもうパートさんがおるさかい。あんたには任せれへん」
「すんません」
会計年度任用職員の試用期間は1ヶ月だった。こういうわけで、先日見事にクビを切られた。情けない限りだ。いや、もう僕はこういう状態に慣れてしまった。これでいいのかもしれない。
これからも、アルバイトで日銭を稼いで、スーパーで閉店近くに八割引きになっている惣菜を買って、コンビニでストロング無糖ドライを買って、二級品の梅干しを入れて、ウィルキンソンで割って飲み続けるんだと思う。
最後に知っておいてほしい。学歴は仕事の結果には関係がない。最近読んだ『科学的な適職』という本で、アメリカの研究で学歴と仕事の結果の相関係数が0.1とあった、との記述を見た。つまり、ほとんど関係ないのだ。マイナス相関でないところは皮肉に感じる。
そろそろ仕舞いにしよう。こんなおっさんの愚痴を聞いてくれてありがとう。適度なところで死ぬようにする。いつも布団に入る時に思う、「目が覚めた時に死んでいればいいのに」って、本当にそう思う。
――ああ! 誰かがあの肉體からあの魂を取除いてくれないかなあ!――「造物主」が何かのはずみで手違ひをしたとしか思へませんからね!
未來のイヴ ヴィリエ・ド・リラダン (著), 齋藤 磯雄 (翻訳) P.99
3/21追記 この本の引用が上の言葉の元です。こんなところまで自分の言葉じゃなくて申し訳ありません。
もし若い人がこの日記を読んでいるのだとすれば、学歴と仕事能力は関係ないって、それだけでも心に刻み付けてほしい。そうすれば、僕のような人間を少しは減らせるかもしれない。
2歳からピアノを習い、ピアノ発表会や小学校時代の音楽会にてピアノを演奏。2004年4月神戸市立歌敷山中学校に入学。中学時代の学業成績はオール5。文化祭での吹奏楽部の発表や合唱コンクールでのピアノ伴奏、更には生徒会長と多忙な中学校生活を過ごした。
2010年4月兵庫県立長田高等学校卒業後、同志社大学政策学部に進学[9]。同志社大在学中は国際政治学について学び[10]、ゼミでは民族紛争の研究をしておりセルビア(旧:ユーゴスラビア)にゼミの旅行として赴いた経験がある[11]。*元来は文書の執筆が得意だったこともあり、テレビ局の報道局政治部記者の職を志望していたが、大学のセミナーで記者向けのゼミが見つけられなかった。
同じく発信する仕事であるアナウンサー職向けのセミナーを受講し、
宇垣にとって雲の上の存在であったアナウンサーを目指すこととなる。
2011年にはミスキャンパス同志社に出場してグランプリを獲得し[12]、京料理屋でアルバイトをしていた時期もあり、お酒について学んでいる。
文化祭ライブはあれでよいのかもだけど、オーディションのシーンの前半は演奏全体もっとグダらせてよかったと思うけどね
めちゃくちゃ上手い人が少しだけずらした感がありすぎ
でも、やりすぎると絵に対して生々しすぎるのかもなあ
ぼざろを見たんよ。
「きらら作品特有のざっくりしたキャラデザとやや類型的なキャラ造形の中から
リアルなライブハウスや演奏の空気とかを出してくる侮れない作品」
で、確かによくできてたんだけど
なんか思ったより青春のリアリティラインが低かったなーて感じた。
その辺はもう作者の実体験をいかにぶちこんでくるかってところだけど
描写されてる駅とかは俺が昔住んでたあたりなんだけど
ライブシーンもタイミングとか滅茶苦茶凝ったカットで演奏が表現されてるんだけど
そこまでやるのになんでボーカルはこんなに安定してるんや?ってとこで乗りきれなかった。
整いすぎ。破綻なさすぎ綺麗すぎ。
ギターに拘る割になんでボーカルでもうちょっと臨場感出さなかったのかな。
声優が必死に歌った一発撮りでよかったし録音環境も悪くしてほしかった。
ぼっちの方に気を取られて歌いだしが遅れたりとか当然あるはずなのにそういうのもない。
俺はあと一歩リアリティラインが高いのが見たいっていう俺の趣味の話。
mahinatan リアリティがあれば売れるというわけではなく ある程度綺麗なパッケージにしないといけないので…アニメでリアリティを求める人あんまりいない説
2023/02/21 リンク yellow59yellow
俺は「俺の事前の期待はああだったけどぼざろはこうだった」つってるだけで
「道義的に俺の期待通りにするべきだったんだ」とか
そういうことは一文字も書いてない。
外部的な基準を持ち出したりそれによって自分の趣味を擁護したりしていない。
だから俺の趣味の話に反論するなら自分の趣味の話をすべきだったと思う。
「これこれこういう目的と基準でぼざろの描写はきちんとまとめられておりそれは私の美意識叶うものだった」
みたいなね。
そこに鋭い好き嫌いを持っていない人はそもそもこんな話に反論することが出来ないわけで、その意味で話の嚙み合ったレスポンスは1割ぐらいしかないと思う。
といううえで
コンテンツにはリアリティは常に存在して、設定されたラインの高低があるだけ。
この人の主張を正しい言葉に直すと「アニメに高いリアリティラインを求める人はあんまりいない」となるんだけど
「あんまりいない」ことはなくて基本的にはディテールのリアリティの要求ラインは一貫して上昇傾向だし、ぼざろも未見の人間への惹句として「リアリティ」「解像度」という言葉を盛んに使ってたよね。
わかりやすいのは逆にこのへんをもっと下げていったらどうなるか考えてみるってことで、その場合はだるいアニメになって今ほどヒット出来ない仕上がりになっちゃうでしょ。
nbr-bnbr-b そもそもリアリティというのも個人差があるし、そこを追及し過ぎることにはメリットが無い派。自分の求めるリアリティが無かったからといってわざわざ主張することでもない。
2023/02/22
主張を正しく直すと「求めるリアリティラインに個人差がある」だよね。
で、「追求し過ぎると」ってどのラインで追及するかという議論でしかない。
そしてどの辺が自分の好みであるか述べることの何が問題あるのかわからない。
sovereignglue スポーツは弱小からのし上がっていく話が成立するけど、音楽はリアル志向で下手なとこからスタートだと観たく(聴きたく)無くなるから難しいね。
2023/02/21
俺は別に「下手糞な段階をじっくり見せろ」って言ったんじゃなくて(俺の趣味でもそれは別に見たくない)
「(歌が上手いのは結構だが)安定しすぎてて臨場感表現足りて無くねーか」つったんだよ。
歌が上手い人でもライブの時は色々あるしスタジオ録音とは違うだろ。
(だから「ドラムも安定し過ぎてるぞ」みたいなブコメのツッコミはその通りだと思う。)
uk_usa_tv ぼっちは、見せ場のはずの文化祭ライブのステージの照明の素人感(喜多ちゃんとぼっちの顔が影になるほどヘタクソ)をあえて出した時点で完敗だったので、歌唱が多少うますぎても気にならなかったです。
2023/02/22
(逆に言うと上の人達は俺の話にかみ合ってない反論で会ったりそもそも話を理解してなかったり「リアリティ」という言葉への注意がガバすぎたりしている。)
fried-tofu リアルで下手な歌を聞きたいかと言われると……上手い方が自分は嬉しい。 アニメ
2023/02/22
「うますぎる」なんて書いてなくて「安定しすぎてる」って書いたのにこれだもん。
反論してくれるのは嬉しいけど相手が何て言ってるか理解して反論してくれよ。
yujimi-daifuku-2222 バスケ始めたばかりの素人が全国大会で活躍する荒唐無稽さからスラムダンクには乗れなかった的な。/美人ばかりが集まる時点でご都合主義なのは分かっていたはず。
2023/02/21
でもギターや作画の細かい不安定芝居臨場感芝居の割にボーカルが安定してんね
(作画見てるとぼっちの心配して目線やってる奴とやってない奴の差まで描いたりしてるからね)
俺の趣味に対し「私の趣味はこうだ!」って激突してきて否定してくれるんならいい
これもブコメの多くで見られたけど
「非現実的な設定をぶち込むこと」と「リアリティライン」は全然別の話であって
そこの区別がついてない人が多いんだよね
「凡人しか出てこないけどリアリティラインの低い世界」も描けるし
「将棋星人が襲来してるけどリアリティラインの高い世界」も描けるでしょ