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はてなキーワード: 公募とは

2018-06-25

美の基準は流動的だよ

anond:20180624101941

ルネサンス時代の裸婦の絵なんてデブばっかだし 平安時代はほっそい目がモテたし 某部族では首が長いほどいい女らしいし 下唇にでかい皿入れる部族まで行くともはや日本人感覚とは全く違うし

そこまでいかなくても尻はでかい方がいいとか小さい方がいいとか タヌキ顔がいいとかネコ顔がいいとか 唇が薄い厚いとか目が寄ってる離れてるとか眉が細いとか太いとか

人の顔ってすげー沢山の要素で成り立ってるけど、最終的にどれを好ましく思うかは、個人の好みなんだよな

から美しさって時代文化で変わる上に好みもバラバラなのにそれに相対的順位つけて一列に並べようってのが 今の多様性とか尊重される中で時代遅れなんじゃないのってこと。

こっから元増田に向けてじゃないけど、

から短距離走の優劣とは明らかに違うんだよ。短距離走タイム多様性とかないし。もしやるとするなら、人種ごとにカテゴリ分けするとかな。やっぱ人種で適正ってあるからね。

俳句とかは微妙ラインだけど、ある程度ルール内でやりたいならルールに従うべきだし嫌なら自由型の詩として発表する手もある。フィギュアも、スピードスケートアイスダンスと色んなチョイスがあるのに比べて、外見への評価というのは1カテゴリしかない。これって変じゃね?

で、キャリア閉ざすとか言ってる人もいたけどたか学祭ミスコンで閉ざされるわけねーじゃん。どんだけ道狭いんだよ。

モデルになりたいなら読モなり事務所なり公募オーディションに応募すればいいじゃん。しかも、学内なんて政治色の強いコミュニティで本当に純粋な美だけで勝負できてると思ってんのか?

あと、藝大の裏ミスコンダメだった所として「女性限定」てのがある。普通に時代的な男女差別だなあって思った。

2018-05-20

内閣府 ヘイト放置

内閣府

ヘイト放置 公募「国政モニター」の意見

毎日新聞2018年5月2日 東京朝刊

 内閣府政府広報室が国民意見を募るために行っていた「国政モニター」のサイトに、ヘイトスピーチや誹謗(ひぼう)中傷のような意見掲載されたままとなっている。政府広報室はモニター募集の際「誹謗中傷差別的な内容、そのほかの不適切である判断される意見は提出されても公表しない」との注意事項を掲げていたが、事実上、野放しになっている。

 昨年には「韓国との国交は無くし、在日帰化人強制退去必要ではないでしょうか」(大分県の50代男性)▽「外国人に対して支給している生活保護はおそらく違法であるから、即時一律に停止すべき」(神奈川県の50代男性)--など、2013年には「(中略)鳩山由紀夫元総理外患誘致罪処刑すべきではないか」(大阪府40代男性)など、人種差別憎悪をあおるような意見掲載されている。

 国政モニターは1962年6月に始まった制度で、公募モニター意見を寄せ、各省庁が政策立案の参考にする目的だった。郵送だったが、12年度以降はネット経由となり、ヘイトスピーチや極端に右派的な意見が見られるようになった。政府の他サイトでも意見募集が行われるようになり、国政モニターサイトは昨年4月に更新を停止したが、意見は今も閲覧できる。

 ジャーナリスト津田大介さんは「内閣府がチェックしていないのならば問題だし、チェックした上で載せたのならば、こうした意見お墨付きを与えたわけで、大問題だ」と指摘する。

 政府広報室の担当者は「当時の担当者意見の内容をチェックしていたとは思うが、モニターが発信した意見尊重したのではないか。状況をまだ把握できていないので事実確認したい」と話した。【大村健一

2018-05-12

anond:20180512171605

役所周りは全部法律に則ってしか動けません。

なので、無駄遣いを正すようなルールにしようと思ったら、それを法律で落とし込まないとならない。

例えば、一定のものは必ず公募にしないとならないとか、一定金額のもの相見積もりにしないとならないとか。

でもできるのはその程度。

2018-05-08

大型の研究プロジェクト公募は、公募前に大体決まっている

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20180508-00391496-fnn-pol

上の件にかかわらず、大型研究プロジェクト政治の道具となり、上のような状況であるのは官僚や大型研究プロジェクトにかかわった人なら良く知っている、今更の話である

AMEDの公募なんかも公募期間がめちゃくちゃ短くて準備が間に合わない上に、事前に有力候補公募情報が洩れていて、実質出来レースだよね。

国の大型の研究プロジェクトは、大型であればあるほど官僚リスクを嫌がり、事前に有力者に声がかかっていて実質の候補者が決まっている。

政治家と官僚の都合で知らないところで立ち上がり終わっていく。

でもって、貴重な研究予算が有力者の間で余って無駄に浪費され、本当に必要活用できる人達には回らない。

有力者は昔はともかく今は研究者としては終わっているひとばかり。

大型研究プロジェクト公募比較的まともなのは科研費の新学術ぐらいか

政府研究テーマを決める能力はないし、研究予算有効活用する能力もない。

そこでも設定できると思って研究テーマを設定して公の大金を投入するのは傲慢である

研究者さえ自分の専門外で研究テーマの良しあしを判断するのは非常に難しい。

から少額をできるだけ多くの場所にばらまき、ボトムアップ提案されたネタが伸びる方が、日本の現状として好ましいだろうと良心的な研究者が言っているのに、何も状況が変わらない。

2018-04-18

anond:20180418103847

アイドルになりたいってんならとりあえず公募オーディション受けさせてあげればいいじゃん

何で全ツッパか全否定の二つしか考えられないのか

2018-04-11

[]壊れたレコードになった総理大臣

 国会ウォッチャーです。

 衆参問わず予算委員会に限らず、集中審議は往復方式ですから、答弁時間時計が進みます

そういう視点安倍さんの答弁とみてください。ひどい時間稼ぎを見た。

VS枝野幸男(好きだから本題以外にも触れてしまう)

 決裁文書読んでないけどハンコ押しました宣言した課長が、ガースーに説明に行ったけど、中身読んでないから、昭恵案件であることは知らなかったということを「まぁそういうこともある」というだけでなく、自分も全部読まないままハンコを押すことがあると述べてしま俺たちの麻生。この人ここまでもうろくしてたかし・・・。お前何言ってんのって思ったよ・・・

 東電が他社の原発投資しようとするのを糾弾する枝野さん、

「他の電力会社原発投資する金があるなら、賠償を払え!廃炉に回せ!料金下げろ!」

愛してるぜ。枝野枝野もっと時間を!

枝野

総理秘書官などは、総理相談も報告もなく、総理意向だとか周りにいうような人たちがいるんですか」

安倍

「あのー私の秘書官がですね、勝手総理意向だと、これは総理意向とは何かということでもあります。いわば私が基本方針として示したものについては、例えば議長として基本方針を示したもの、あるいは様々な会議で私が議長として決定したこと、そうしたことについては、これはいわばまさに、私が議長として決定したこととして、そういう意味においてしっかりと進めていく、(そんなの当たり前だろ)、・・・・すいません今ちょっと説明してるので、質問に対して、誠意を持って・・・・(枝野:早く答弁してください)、今ちょっとずっとヤジが・・・枝野自民党もヤジってますよ、たくさん、そっちに言ってください。)・・・・(枝野自民党もヤジってますよ。自分の時だけヤジを責めるのやめてください)・・・野党理事総理に答弁させてください)(河村:ご静粛に、今答弁してますから・・・枝野さんいいですか、はい。あのお答えをいたしますが、つまり基本的方針総理大臣として決定をするわけでございます。そういった会議で決定をした事項に関してはまさに総理判断として、リーダーシップをとって進めていくのは、政府一丸となって進めていくのは当然のことで、あろうと、思います。私が意図していないこと、あるいは私的なことについて総理意向だと、私の秘書官が振り回すというのはありえないとこのように考えております。」

枝野

「前段の8割の話は当たり前の話で、そんなこと聞いてません。最後のところだけ答えてくれればいいんです。総理意向かどうかわからないことを勝手秘書官がいうということはない。それでは、愛媛県、の文書は、どっかの誰かが嘘をついたということですか。」

安倍

「あの、いわば、愛媛県、の文書についてはですね(答弁書を読み始める)私としては、えー県の文書についてコメントする立場にはないわけで、ございますが、(議場:はぁー?)えー(ここからコピペ。)私は部下を信頼して仕事をやっているわけでありまして、えー総理秘書官在任中もそうでありましたが、柳瀬元秘書官発言は、私は元上司として信頼をしております。その上で、愛媛県作成した文書について国としてコメントする立場にはございません。えー昨年もですね獣医学部の新設をめぐる、これは省庁間、県と国ということではなくて、省庁間に置いて、やり取りが言った言わないと水掛け論に陥り、まぁこれが国民的な、議論を招く、大きな要因となったわけでございまして、そのため本年3月に特区基本方針を変更し、第三者の加わらない、省庁間の調整プロセスについても、当事者合意した議事録、の作成など、運用改善を行ったところであります。えー県の文書管理についてコメントする立場にはございませんが、政府としては今後とも国民疑念を招くことがないよう、正確性を確保するための努力をしてまいりたいと考えております。」

枝野

「ご自身で言っていただきましたから、昨年は、えー文部科学省文書の中に、官邸の最高レベルが言ってること、と今回も登場する内閣府藤原豊氏の発言がありました。官房長官最初怪文書のようなものと言いましたね。怪文書のようなものだったんですか」

「当初、私最初に見たときには手元も何もなかったものですから。そのように私は発言しました」(答えてないねー)

枝野

「だから結論怪文書のようなものだったんですか。文部科学省ちゃんとして文書だったんじゃないですか」

「いや、だって、示されたものについて出所を書いてないんですよ?どこが書いたか、書いてない文書でありましたから、私はそのように申し上げたんです。で、結果として、文科省の中にあったということです。」

枝野

文部省おっさんだね、愛しい)の中に、官邸の最高レベルが言っていること、という発言が記録されていたんですよ。それだけでも、藤原さんが勝手に言ったのか文部科学省勝手に書いたのか。二つに一つなわけです。今回は、愛媛県文書の中に、柳瀬、当時の秘書官が、本件は首相案件と言ったと、する文書がある。内閣府藤原審議官公式ヒアリングを受ける形で進めていただきたい、という記述もある。別の機関文書に、それぞれに、総理、あるいはその周辺がこの期間にコミットしていたことを示す、文書が残っていたんですよ。これ、じゃあ、愛媛県担当者が、聞いてもないこと書いてるんじゃないですか。じゃなければ柳瀬さんが嘘ついてるか。どっちかしかないんですよ、違いますか、総理

安倍

「あのー先ほど申し上げましたようにですね、愛媛県作成した文書について、国としてコメントする立場にないわけでございます。そしてその前に、内閣府文科省についての文書で、言った言わないがあったわけです。そこでですね、かっこづきで発言引用する場合には、本人に確かめてですね、その上で残しておく、これがまさに議事録というもの、でございます。つまり、いわば、当事者合意した議事録作成など、運用改善を行っているところであります。改めて、県の文書管理についてコメントする立場にはございませんが、政府としては今後とも、国民疑念を招くことのないように、文書の正確性を確保するための努力を行っている考えであります。」(国と会議する機会のあるみなさーん、音声データ消したらまずいことになる可能性がありますよー)

枝野

「聞いたことに答えていただいておりません。論理的に、柳瀬さんが嘘をついているか愛媛県担当者が聞いてもいないことを書いたか、二つに一つじゃないですかと聞いてるんです」

安倍

「これは、今お答えをしたようにですね、愛媛県の、えー、が作成した(紙を読む)文書評価について、国としてコメントすることは、(議場騒然、野党理事委員長席へ)できないわけでございまして、他方ですね、(河村枝野さんが、枝野さんが)私は部下を信頼しているわけでございまして、えー総理秘書官在任中もそうでありmしたガー、柳瀬秘書官発言を私は信頼をしているところでございます。昨年もですね獣医学部の新設をめぐる、これは省庁間、県と国ということではなくて、省庁間に置いて、やり取りが言った言わないと水掛け論に陥り、まぁこれが国民的な、議論を招く、大きな要因となったわけでございまして、そのため本年3月に特区基本方針を変更し、第三者の加わらない、省庁間の調整プロセスについても、当事者合意した議事録、の作成など、運用改善を行ったところであります。えー県の文書管理についてコメントする立場にはございませんが、政府としては今後とも国民疑念を招くことがないよう、正確性を確保するための努力をしてまいりたいと考えております。(野党理事が抗議する中、同じ答弁書を読み上げる根性ちょっとすごい)」

野党理事野党激怒速記止まる)

河村

枝野くん、枝野くん、質疑を続けてください。質疑者は質疑を続けてください。総理は質疑をしまたから。噛み合ってないかは外の人がいうことじゃありません、質疑者がやってください(委員長職務放棄

枝野

委員長、あるいは国民のみなさん、(略)官邸で柳瀬秘書官にあったという愛媛県と、あってないという柳瀬さんのどっちかが嘘ついてるに決まってるでしょ。どっちか一つに決まってるでしょ、委員長どう思うんですか。答えてください」

河村

「私が答弁することではありません。安倍(」

安倍

「4月2日の件についてはですね、昨年7月閉会中審査においてすでに、柳瀬秘書官から答弁があった通り、でございます。昨日の報道についても、柳瀬秘書官自身が、そうした発言をすることはありえないとコメントを出している通りでございますそもそもそもそもこれまでもなんども、繰り返し述べてきた通り、国家戦略特区プロセスは、ワーキンググループ特区諮問会議といった(枝野:余計なこと言わない!)、民間有識者特区諮問会議を経て、決定されたもの、であります。えーその上で、今回の改革プロセスを主導した、八田座長含め、民間有識者の方々は、口を揃えて、一点の曇りもないと、繰り返し、述べており、関与はなかったことは、明らか、であります。当時の山本大臣もですね、特区担当自分が、陣頭指揮をとって、全て判断しており、官邸関係ないと答弁をしている通りであります松野文部科学大臣も、官邸に対して、国家戦略特区に関して、なんら指示がなかったと明確に答弁をしているところ、であります(読み上げ終わり)。今までのプロセスとの関係において、申し上げている通り、でありまして、その点から、私は部下である、柳瀬ーえー当時の秘書官について、信頼をしているということで、ございます。」(野党理事はずっと時計を止める要求をしている)

枝野

おかしいでしょ、委員長、今事実上、柳瀬さんは本当のことをいっていると、愛媛県は嘘の文書を作ったと言ってるわけですよ。委員長国民の皆さんも、これほとんどの皆さんが、すでに総理が嘘つきだとわかってらっしゃると思いますが、愛媛県が嘘ついてるのか、柳瀬さんが嘘ついてるのか、柳瀬さんはこれまで参考人ですから証人として、柳瀬さんを証人として呼び、そして愛媛県担当者証人として呼び、二人並べてここで話聞くしかないじゃないですか委員長。」

河村

「本件につきましては理事会で協議をさせていただきます

枝野

委員長あなた認識を聞いてるんですよ、委員長あなたどう思うんですか、今の裁きおかしいですよ。聞いてもないことを長々と答えさせて、聞いたこと答えさせないで、時計も止めないで、あなたはどういう認識なんですか」

河村

「私の、私が答弁することじゃありません。理事会で協議します」(職権で開けちゃうし、参考人委員長職権で呼べちゃうって昨年決めちゃいましたからねー。)

VS玉木雄一郎

玉木

安倍総理大臣が、加計学園獣医学部の創設について初めて知ったのは、昨年の1月20日ですか。」

安倍

そもそもですね、繰り返し申し上げておりますが、国家戦略特区プロセスは、ワーキンググループ特区諮問会議といった、民間有識者が主導する特区諮問会議を経て、決定されたもの、であります。えーその上で、今回の改革プロセスを主導した、八田座長含め、民間有識者の方々は、口を揃えて、一点の曇りもないと、繰り返し、述べており、関与はなかったことは、明らか、であります。また当時の山本大臣もですね、特区担当自分が、陣頭指揮をとって、全て判断しており、官邸関係ないと答弁をしている通りでありまして、前川事務次官も含めて、私の指示があったという人は一人もいないわけでございまして、私が関与していないことは明らかでありまして、私がいつ知ったかということは、今までに答弁した通りであります。」

玉木

「いつですか」

安倍

「えーこれはですね、繰り返し、答弁をしてきた通りでありまして、国家戦略特区制度誕生をし、平成27年11月から私が議長を務める国家戦略特区諮問会議において、今治市特区指定に向けた議論が進むなかで、まず私は今治市獣医学部を新設する要望があることをしったわけであります。最終的には昨年1月に公募を行い、事業者から公募があったわけで、その後、分科会でのオープン議論を経て、その後、1月20日に諮問会議が開かれ、その際私は加計学園計画について承認したわけでございます。」

玉木

「答えてない」

安倍

「明確に答弁してますよ。後ろのヤジがうるさいから聞こえなかったんじゃないかと思いますよ。丁寧に(さっきの繰り返し)承認したわけでごじゃます

野党

承認は違うだろ」

安倍

すみません承知をいたしました。」

ごめん、もう疲れたから要約するけど、玉木さんは、構造改革特区の時には知ってたんじゃないかと聞いてるんですよね。計画について知った、と答弁してるんですけど、獣医学部の新設の意思を知ったのはいつかと聞かれて、前はそれも17年1月だと言ってたんだけど、今回は何回聞いても答えないから訝しんでるわけ。

そんで、ゴーストライター佐伯耕三秘書官と思しき人が、「シンプルに言ってんだろ」みたいな感じのヤジを飛ばして、玉木が怒るわけだけど、安倍の「ヤジではない」とかいう時の情けない顔よ。ゴーストライターの書いたコピペ以外はしゃべるなというお達しが出てるんだと思うけどね。ゴーストライター退場させられたら困るよねー。質問とズレてようが、ひたすら5つくらいの答弁書の中から一番マシそうなのを選んで読み上げるだけ。

 本当にペッパーくんでも務まりそうですね。。。。

2018-04-10

[]安倍加計学園獣医学部新設したいというのを知ったのは17年1月」

 国会ウォッチャーです。

 いやー。森さんの言ってたやつ。直球でしたね。

 誰も表題は信じてないと思うけど、みーんなが「どーせ嘘だろ」と思ってるの、すごいことだと思います

2017年6月5日の主張

平山佐知子

「(略)質問だけにお答えいただけると有り難いと思います時間が限られておりますので。今、大親友だというふうにお答えいただきましたけれども、そうすると、大親友である加計さんがずっとこの獣医学部を新設したいという思いであったということは当然ながら御存じでいらっしゃいましたよね。

安倍晋三

「これは、安倍政権になりましてから国家戦略特区に、その申請今治市とともに出された段階で承知をしたわけでございます。それ以前から、それ以前から例えばこれは福田内閣とき申請が出され、これは対応不可とされたわけでございますが、その前年、構造改革戦略特区はあったわけでありますが、その一年前は安倍政権でありますが、そのときには出されていないわけでございます。(略)」

2016年6月4日申請時点のことと思われるけれども、この時はまだ最初申請時に加計学園の名前が入っていてはいけないことを知らない模様。日付も聞いておくべきだったねー平山さん。相手は嘘つきなんだからさ。

2017年6月16日の主張。

福島みずほ

総理加計学園の加計孝太郎さんが今治市獣医学部をつくりたいというのは、いつから知っていましたか。」

安倍

 「これは、安倍政権においてこの申請について受け付けてはおりません、安倍政権においてはですね。安倍政権の後、福田政権において申請を受け付け、しか対応不可となったというふうに承知をしておりますが、安倍政権においては、第一安倍政権においては受付も受けていないわけでございます。そのことは明確にしておきたいと思いますが、その後にこうした形で、当時も自民党政権でおりましたから、この特区については安倍政権としても取り組んでまいりましたので、当時は国家戦略特区ではなくて構造改革特区であったわけでありますが、そこで申請されたということについては私は承知をしていたところでございますが、その後に当然、私は議長を務めておりますから国家戦略特区申請をすれば私の知り得るところになるということでございます。」

2017年7月24日の主張

安倍

「(略)構造改革特区について加計理事長申請をしていたわけでございます安倍政権においても四回申請をされ、民主党政権最後申請され、そしてその判断をしたのは、安倍政権であったものを入れると五回でございますが、五回とも我々は事実上認めていないわけでございます。そこで、この構造改革特区については説明がございますが、いわば事実上、十数通の申請がございますが、認めていないものでございますので、私はそのとき説明は受けていないものでございます

 ですから、この加計学園の申請正式に認められた国家戦略特区諮問会議において、私が知るところに至ったわけでございます。」

大串博志

 「正確にお答えください。いつですか。」

安倍

 「これは、一月二十日に加計学園の申請正式に決定したわけでございます。」

大串

 「もう一度お尋ねします。加計学園が申請しているということを、ことしの一月に、認められたときに初めて知ったということですか。」

安倍

 「先ほども申し上げましたように、私は知り得る立場にはあったわけでございますが、しかし、そのことについての具体的な説明は私にはなかったわけでございまして、知った時期については今申し上げたとおりでございます。」

大串

 「総理、本当に、加計理事長獣医学部新設を申請していたということ自体を知ったのが一月の末だとおっしゃるんですか。私、ちょっとにわかには信じられないんですよ。といいますのは、去年の秋以降、国家戦略特別諮問会議二十三回、二十四回、二十五回、これは総理が出席している会議ですよ。総理が出席している。その間にワーキンググループも開かれて、そこで各関係からヒアリングもしているんですね。その結果も含めて、諮問会議で、総理も出たところで議論をされているんです。にわかに信じがたい。もう一度お答えください。いつ総理は、加計学園の理事長申請しているかということを総理の頭の中で認知されたんですか。

安倍

 「先ほど答弁をさせていただいたところでございますが、いわば今回の申請今治市ということでの議論になって、国家戦略特区はその議論でございまして、そこで、事業者はその段階で決まっていないわけでございます。その観点から、いわば先ほど申し上げましたとおりでございます

2015年4月2日 柳瀬唯夫首相秘書官(当時)

「本件は、首相案件となっており、内閣府藤原次長公式ヒアリングを受けるという形で進めていただきたい。」

国家戦略特区でいくか、構造改革特区でいくかはテクニカル問題であり、要望が実現するのであればどちらでもいいと思う。」

同日 藤原豊内閣府地方創生推進室次長(当時)

要請の内容は総理官邸から聞いている」

「これまでの事務的構造改革特区とは異なり、国家戦略特区手法を使って突破口を開きたい」

ちなみに出席者は、朝日記事で巧妙に隠してある、報告・伺の方に書いてあると思われるけれども、

愛媛県政策課長以下3名、今治市職員の他に、加計学園の事務局長のWさん、学部長予定者だったY教授加計学園相談役Tさんがいるはずなので、残念だけど、加計学園は公募前だから、知らないから、っていうのはさらに厳しくなる書類だと思われますけどねー。

総理が知らないことを首相秘書官勝手暴走して、勝手内閣府段取りつけたけど、当然総理には報告していないですね。安倍総理に報告するなんてとんでもないことですよ。個別案件については関知するわけがないじゃないですか

そもそも出所もわからない紙に政府はいちいちコメントしないし、怪文書のようなものではないでしょうか(棒)

いやー明日予算委員会集中審議ではどんな説明がされるんでしょうか。おらわくわくすっぞ。



そろそろ総理大臣自身証人喚問必要なんじゃないでせうか。

2018-03-26

任期切れた助教はどこにいくの

どこに行くんだろうか。いまこうして自身がその身になってみて、僕自身が一番それを知りたい。


この年度末で任期が切れる。

5年。長いと思っていた。

自分能力の割に良いところに就けた。この次はテニュア職だ。准教授だって狙ってもいいかもしれない。そんなことまで思っていた。

今、思えば滑稽だ。



助教と言ったっていわゆる特任助教だ。ポスドクに毛が生えたようなものなのはわかっていた。更新もない。

そうはいっても身の丈にあまる場所での職位、精一杯背伸びして研究教育にも力を注いだ。

講義だって持ったし学生指導だってやった。

自分で外部資金取ってきて、論文だって毎年筆頭をひとつは出したさ。

同じ部局の同年代と比べて遜色ない程度にはやったんじゃないか

すこしくらい自分を褒めてもバチは当たらないんじゃないかな。

はい任期切れは容赦なくやって来る。

公募もずいぶん出した。北から南、東から西。ときには海の向こう。

渾身の研究計画を書いて、業績欄には年齢を超える数の論文をならべた。

10ひとつ面接に呼ばれた。その都度イチから推敲したプレゼンを準備し、見知らぬ土地で熱く語った。

当て馬っぽいなと感じたものもあったけれど、これはガチだなとすぐにわかものも多かった。

だけども、内定の声はかからなかった。

きっと僕程度の若手なんて腐るほどいる。いや、もっと能力が高い人だって…。

業界にいれば嫌でもわかる。「なんでこの人が」という人が任期付きにあえぎながらゴロゴロしている。

たこの人々と限られた椅子を巡って争わないといけない。考えるだけで陰鬱

自分自分を褒めてもいいんじゃないかな、などと自己満足してる程度の若手なんて、そこまでの人材

あいさつ回りも一通り終えた。エールはたくさんもらった。

多くの先生方に言われたのは「何とかしてやりたい気持ちはあるが…こればかりは」というやつだ。

分かっている。大学はどこだって厳しい。

一回り上の世代テニュアの人々にはアドバイスまで頂戴した。

論文も書かず、外部資金も取らず、不幸なひきこもり学生を生み出しながら、限られた席を埋め続けるあなた方の強靭メンタルを僕もほしい。

いや、そんなメンタルはいいや。そんなものよりテニュアがほしい。

学生は言ってくれたりもする。

先生に見てもらえて良かった」と。それだけで報われる。


なじみの学食、通いなれた家路

時間過ごした実験机、棚に並んだ試薬瓶。

そんな感傷的な記憶も、ピペット実験ノートも段ボール箱に押し込め封をする。

桜ほころぶキャンパス

こうして任期切れ助教大学を去る。

次にどこにいくのかは、僕だって知らない。

2018-03-12

借金というものについて

借金は駄目だ」「借金をすることは良くないことだ」

そんな言葉を何度言われたかからない。母親から教師から、友人からetcetc……。この言葉について思うところがあったので書き込む。

さて、ここ数年、理系学問を修める傍ら経済学についても興味から勉強を進めていた。実地で触れないと身につかないと考えたので、株式も触り始めた。父に相談し、「しっかり勉強しろ」と投資資金を30万円借りた。就職して少ししたら返却する予定で、無利子という破格の条件で借りることができた。父親にとっても子供に対する投資のつもりだったのかもしれないと今は思う。

初めに学んだのは金利債券価格関係、ここ10年か20年程言われている金利と株の相関関係為替と金利の関係など、そうしたところから本を中心に勉強して、証券会社のページで公開されているデータと日々の値動きをもとに感覚を掴んでいった。アベノミクス株価寄与して低迷していた株価は吹き上がり、円高円安へと転じたその少し後から中国やらイギリスやらトランプやら色々とイベントをこなしつつ、巷ではVIXショックなどとも呼ばれているつい先日の株価暴落騒ぎまでを間近で見てきた。

この1年は、株式世界では小銭程度ではあるが、学生一年間のバイト代事実上の上限に相当する程度の金額を毎年株式市場から得た。その金額は、時給制の労働で私が稼いだ金額の倍程度に相当する。

金に色なしと言えど、多少納得がいかない。元手は借金である。あれだけ「悪」とされた借金からこれほどの金が生まれた。もちろん金が生まれる裏にはリスクも孕んでいたわけだが、信用取引に一切を手を出さず、上昇局面では通常の現物買いを行い、下落局面ではインバースETFを買うことで資金を回していた私が抱えていたリスクの最大値は借入金30万円の全損、すなわち30万円までである。「投資からまれ借金」というのは株式信用取引先物取引FXなどのレバレッジをかけられる類の取引から生じるものであり、そうでなければせいぜい資金喪失するまでが限度だ。

借金というのは本当に悪か」と疑問が浮かんだ。そして結論が出た。「人の金を使って返さないことが悪だ」と。

長くデフレが続いたこの国はつまり現金価値相対的に上昇し続ける国だったということだ。すなわち借金相対的に大きくなるわけだから、そういう流れ+日本価値観があって「借金は悪」という言葉が生まれたのだろうと今は思っている。インフレに転じれば話は逆転する。そして今、その萌芽が芽生え始めた。

手近な借金として、奨学金がある。第1種奨学金と第2種奨学金を全力で借りると、月間で20万強の借り入れになる。第1種は無利子、第2種は有利子だが、空前絶後の低金利時代の昨今ではその金利も極めて小さい。変動では0.01%、固定でも0.3%程度だ。例えばこれを年利2%から3%程度の米国債投資すれば、急速な円高による為替リスクオプション等で対処することは必要だろうが、かなり低リスク収益は上がる。

IPOも良いだろう。基本的に値上がるかどうかを事前にある程度の確度で予測できる。当選確率は低いが、1年やって1本あてれば利払い20年分くらいは軽くクリアだ。2本目以降は丸儲けだ。証券会社事実上利益供与の道具であるIPOは、今後も過小評価された価格での公募と初値高等を繰り返すことだろうし、保有期間も短いか比較リスクは小さめだ。

皮算用ではあるが、借り得ではないかという気がする。奨学金を借りる理由のところには「勉学に専念するためにはアルバイトを辞めざるを得ないが、そうすると収入が厳しくなるので奨学金を借りたい」と書いておいて、借りた奨学金収益をあげて生活費やら小遣いやらに当てればなるほど倫理はともかく論理では嘘は言ってない。いけそうだ。

金は動かせることが価値であり、動かせる金がなければ金は生まれない。ここ数年でそれを学んだ。動かせる金であれば借金でも構わない。会社経営というのも多分にその性質を持つらしく、自己資金比率を見ているとそれが分かる。

だが、例えば奨学金投資に回すには生活費が別で確保されていて保証されていなければならない。つまり金が無いといけない。奨学金以外の方法で金を借りるには担保が居る。それは価値を持つものでなければならず、すなわちそれは事実上ある程度金があることと等価だ。私の父もそれなりに金を持っていたから私に金を貸すことができた。私はその環境で金から金を生んだ。

結局、資本主義資本を持つ者が最も得をするようにできている。しか最初から金を持っていたら苦労などしない。「借金は悪」などと言われたが、私のような手元資金に乏しい人間がそれでも資本を得ようとしたら、借金でも何でも金を「動かし続けられる」ようになることこそが重要なのだと学んだ。不動産王としてのトランプ然り、孫正義然り、そして私のような学生然りである。動き続ける金が目詰まりを起こすと損が生まれ、きちんと動き続ける限りは富が生まれる。保険収入支出時間差が生み出すキャッシュ投資利益を上げるバークシャー・ハサウェイなどは動き続ける金が生み出す富の典型であろう。

借金からまれた金を使い、安定収入として簡単輸入業を始めた。法規制に適合させることはなかなか難しかったが、一度仕組み化してしまえばこちらはこちらで安定的利益を生み出してくれる。結局これも元を正せば動き続ける金が生んだ富。

それを意識すると、無根拠忌避していたクレジットカードというものも上手く使えるようになった。クレジットカードを使うと受益と支払いのタイミングにずれが出る。これも小さな借金ではあるが、うまく使えば金回りを格段によくできる。

根拠に「借金は悪」というのは違うということを主張したい。身の丈を超えた金の動かし方をして金の流れを目詰まりさせることが悪なのだ。気付くまでに20年を要したこのことを、将来自分子供ができたら、上手く伝えてあげたいと思っている。

2018-03-08

見知った人が公募に受かってるの見るとわーすごい!おめでとう!って気持ちと同時に

心のどこかがざわつく感じがある

まぁ結局嫉妬してんだろうな

2018-03-07

anond:20180307153818

実際は、一種再開発だったり複数地元有力地権者がいたりで、施設名称愛称公募したり、みんなが薄ら納得できるような名前にしなきゃいけなくなったりで、「ゆるネーム」が出来上がる。

2018-03-03

anond:20180303033951

からあるから、正しいとか止められないとか、そういう考えがある限り、進歩することはない

大企業なら新卒一括採用も仕方ないところもあるだろうが

中小なら、新卒採用なんて、インターン生とその研究室ぐらいのみに案内だして、一般公募はやめたらいんだよ

インターン制度が、まともに機能してないとか問題はあるが、

本当に有能な人がほしいなら、書類面接でわからないことは、元増田もわかってるんだから

一括説明会から面接採用みたいな流れをやめていくべきなわけ

これだけネット進化してんのに、なんで就活斡旋サービスなんてほとんど何もしない中間業者儲けさせる必要があるわけ?

例えば、産学連携普段から心がけて、大学とつながりを作って、ふだんから会社を知ってもらい、また学生個人を知る努力をすればいい

企業学校学生が、ふだんからつながりを持てる機会を作っていけば、新卒入社から、何もできませんみたいな状況も変わっていくだろ

だいたいの学生たちは、目的を求めてて、それを与えてやれるのは、企業だってできる

目的がうまく合うなら、Fランだって目的のためにがんばれる奴だっているだろう

からある、新卒一括採用なんかいらなくなるような学校学生企業のつながりがいるんだよ

2018-02-19

anond:20180219070454

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。

まあ私の文章煽りや売り言葉に買い言葉がないとは言わないのでそこはお互い様ということで。仲良くマサカリ投げあいましょう。

あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。

これ[要出典]ってタグ貼るべきところ? 私は最初増田anond:20180217012945)で(1つだけだけど)実例挙げたし、体験談ベースの話でよければ私の見た限りでは日本外国研究ってけっこうレベル高いと思うんだけど。外国語に訳されても遜色ないモノグラフがたくさん出てる。

理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

そこからか。何のために研究雑誌Book Review欄があると思ってるんだ……(和文だろうが欧文だろうがたいていのメジャー学術雑誌にはBook Review欄はあるし、場合によっては書評査読がつくよ)。ていうか普通、序章とか第1章とかで先行研究の整理をするし(一般向けも混在するレーベルだと編集に嫌がられることもあるらしいけど)、そこで自分オリジナリティについても言及するよな。

あくまで一例だけど、先日出た研究書の目次はこんな感じ→http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0871-6.html適当なUniversity PressのHPを開いて適当新刊をチョイスしただけなので、内容については何も言わないし、言えない。なぜなら私は読んでないからだ。あくまで「ちゃんと章立てに先行研究って入ってるでしょ」というサンプルとして受け取ってほしい。目次で明示されてないだけでちゃんと先行研究の整理をしている本もあるので気をつけて。それはそれとして面白そうな研究だと思うんで余裕があったら読んでみたい)。

駄目な研究は本として出版したってロクに引用されずにアカデミアから消えていくだろうし(もちろんあまりマニアックすぎて引用するひとがいないという悲しい状況も有り得るのだがそういう場合学術雑誌書評でちゃんと良い研究ですよって言われてるからな。おべっか書評がないとは言わないけど、むっちゃ辛辣書評も見かける)、まともな研究書なら議論典拠は明示してあるんだから議論双方向性に問題はないでしょ。

三浦瑠麗の著書、内容(https://www.iwanami.co.jp/book/b261983.html)を見る限りでは研究書ということでいいと思うけど。文系は割と凝ったタイトルつけるひと多いかタイトルだけで研究書じゃないと即断することはできないし(『想像の共同体――ナショナリズム起源流行』も『〈日本人〉の境界――沖縄アイヌ台湾朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』も立派な研究書です)、値段についても、うちの分野の研究書の半額くらいの値段で売れて羨ましい限りと思うけど、それが研究であることを否定する材料にはならない(ていうか一般書だとしたら3000円以上ってクソ高では)。国際政治学一般理論みたいに需要がある分野ならそれなりに廉価でも採算取れるよね。研究書は別に専業研究者けが読むものではないので、政治学者以外の教養人にも売れそうだと判断たらこのお値段になるのは別に不思議じゃない(逆にマイナー分野では……お察し下さい。売れない→高い→売れない→高いの悪循環でございます学術成果刊行助成でなんとか刊行できてる研究がたくさんあるんだよなぁ)。気が向いたら図書館で実物見てみるわ。

何度も言うけど、中身は知らない。ひょっとしたらダメダメな内容かもしれない。でもそれは、査読通ったちゃんとした学術論文でも中身がショボかったりオリジナリティ希薄だったりすることがありうるのと同じで、ダメダメから研究業績にカウントされないということにはならない。たとえそれがサラミ論文であったとしても、英語で書かれた査読つき論文だったらそれは業績としてカウントされるべきだよね。公募採用されたり学術界で優れた研究者として認知されるためには内容が優れてないといけないし、こんなサラミ論文しか書いてないやつがなんで○○大の講師なんだ! という批判はされていいと思うけど、それはあくまで内容を見た上での話であって、形式だけを見て業績じゃないと言うことはできないはず。今回の元増田批判が内容を見た上での話なら『シビリアンの戦争』を未読の私は何も言ってないし言う資格がないけど、理系増田も読んでなくて、ここではあくま形式の話をしてるんだよね。形式の話をするなら彼女学術業績としてカウントされるべき本を書いていますしか言いようがない。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。

「著書はオリジナル研究業績(でありうる)」「研究書は立派なオリジナル研究成果」と私は書いてるよね? それで前段へのアンサーになってると思うし(そのうしろでちゃんと「一般向けの本」と「研究書」を分けて記述してるよな)、そもそも私は最初増田anond:20180217012945)で「新書2冊はおいといて」って書いてるので、“すべての著書”がオリジナル研究業績なんて端から主張してないってことは読めばわかってもらえると思ってたんだけど(オリジナル研究書籍化したものを「研究書」と呼ぶわけだから、“すべての研究書”はもちろんオリジナル研究業績です。一方で著書のすべてが研究書というわけではないので、“すべての著書”が研究業績というわけではありません。こう書けばわかるかな?)。

後段、著書はオリジナル学術業績とはみなされないという理系ローカルルール持ち出して他人を業績が少ないと批判する方が言い過ぎでは。いやもちろん他分野の常識に詳しくあらねばならない必然性はないけど、他人を「業績が少ない」と批判する以上は他分野の「業績」の基準も知っておくべき、って、そんな無茶な主張? 文学でも歴史学でも政治学でも社会学でも教育学でも文化人類学でも哲学でも法学でも、おおよそメジャー文系研究分野ではだいたい研究書はオリジナル研究業績としてカウントされるんだから(これは英語圏でも変わらないと思うよ。少なくとも私の専門分野や隣接分野では英語だろうがフランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが研究書はオリジナル研究業績です)、文系からするとその常識通用しない方が非常識ですよ。理系ローカルルール勝手学術界の一般ルール敷衍するのやめてもらえます

院生だろうが単著論文を発表するのがふつうの分野の人間からすると、理系では指導教授論文の著者に名前を連ねるのか、変わった慣行だなぁ、って思うけど、それは理系慣行なんだなとして受け止めてるし、この研究者自分学生論文名前を連ねて論文数稼ぎしてる! なんて主張しないよ(もちろんギフトオーサーシップ批判されるべきだけど、理系では自分指導してる学生論文の共著者になるのはギフトオーサーシップではないんだよね? このへん詳しくないので間違ってたらごめん)。分野が違うと業績のカウントの仕方も違うんだなぁ、って受け取っておけばいいじゃない。

その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。

将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

これ最初にも書いたけど、主要国のアカデミアでは文系研究の多くの部分を自分の国の言語でやってます。たとえそれが自分たちとは縁遠い地域のことだとしてもね。日本語英語以外の言語で書かれた日本学論文なんて日本人研究者はあまり読まないんじゃないかと思うけど、たとえばポーランド人ポーランド語日本学論文書いてるし(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006355425。ちなみに、このポーランド人みたいに、日本人外国研究者がその国の言葉日本での研究状況を紹介するっていうのは既にあちこちでやられてます)、それは日本アカデミアで読まれていないとしても日本学の発展に寄与ポーランドアカデミアを豊かにしていて、仮にポーランドで極めてオリジナリティが高い研究が出てきたら日本人日本学者も何らかの方法でそれを読まないといけないだろうと思うわけですよ(別に自分で読む必要はない。他人に読んでもらえばいいんだから翻訳ってそういうことだよね)。ポーランドアカデミアは当然ポーランド固有の問題意識を持っているし、その土壌から日本にはない新鮮な日本観が生まれてくるかもしれない、という点で、色々な国のアカデミアがそれなりに独自の発達を遂げていることは重要だと思うけれども。

当たり前だけど西洋古代史の論文日本語で書いてあっても最新の研究動向は反映されているわけ。書いてるひとは西洋諸言語読めるわけだしね。向こうがそれを読めない、または読もうとしないからといって先進性がないわけではない。読まれる/読まれないという尺度研究先進である先進的でないという尺度は別だよね? 混同すべきじゃない。そこにはちゃんと研究蓄積というもの存在しているんだよ。明治期以来、主要文系分野では日本語の分厚い研究蓄積がある。もちろんそこには西洋猿真似だったり「横のものを縦にした」だけの研究もたくさんあるかもしれないけど、それらは日本アカデミアを間違いなく豊かで質の高いものにしてきたと思う。

で、哲学の本場はドイツとかフランスとかイギリスとかだと思うけど(イメージ貧困すぎたらごめん。正直哲学のことはよくわからないんだ……)、日本人哲学者が優れた哲学書を発表すればそれはちゃんと英訳されてオックスフォード大学出版から出版されていたりするのね(https://en.wikipedia.org/wiki/Kojin_Karatani)。これは日本語圏で外国人に読まれない研究を積み上げていても、良いものを書けば「日本研究者面白いことやってんじゃん。翻訳して読んでみようぜ」ってなる実例なんじゃないかと。

根本的な話をするなら、「国際政治学」という分野の標準言語英語である必然性はどこにもないわけだよね。それは英語圏で優れた研究が積み上げられてきた帰結であって、英語圏の人が自分たち言語研究成果を積み上げた結果それが参照されるべき言語になっているだけの話。要するに彼らは先行者利益を得ているわけ。現代思想の分野でフランス語大手を振って歩いているのも、フーコーやその他の人たちがフランス語で優れた成果を書いてきて、それが受け入れられてきたか英語日本語フランス語の文献が訳されまくっているという現状がある。日本語がこの高みを目指してはいけない理由はないよね。

私はここまで書いてきたような理由日本語論文を書くのも重要営為だと思う(加えて、執筆言語自国であることは東アジア欧米の主要国の文系アカデミアとしての標準に則っているので、ことさら日本アカデミアだけが批判される謂れはないよな、とも思う)。ただ理系増田がそれにどうしても同意できないなら、それを説得する言葉を私は持たないなぁ、とも思う。私の論拠はだいたい言い尽くしたので、執筆言語問題についてこれ以上理系増田に答えようとは思わない。なんと言って終わらせればいいかからないけど、とりあえず、お互い研究頑張りましょう。

2018-02-17

特定研究者を叩くのはいいけど他の研究者への流れ弾はやめてほしい

当方文系若手研究者

https://anond.hatelabo.jp/20180215032409

英語論文出してない「国際政治学者」って大丈夫か?

それとも日本で言うところの国際政治学ってやつはあくま国内政治の一研究分野なのか?

国際分野なのに英語論文発表してないことが最大の違和感。必ずしも三浦瑠麗を叩きたいわけじゃなくて、日本国際政治学全体のレベルが低い?あるいは政治学者仕事世界に向けた学術研究発表よりも国内政治ご意見番をすることのほうが重要っていう認識業界一般的になってるならそれも受け入れる。

著書「シビリアンの戦争」は博論出版したものって理解でよいか文系博論は分厚くて書くのが大変とは聞く。でもグローバルな表題なのに世界では通用しない研究(少なくとも英語でないので読んでもらえない)って考えると悲しい。


こういうの勘弁してほしい。三浦瑠麗を叩くならどんどんやればいいと思うしやってほしいけど、叩く対象限定してくれ。

文系では和文でも立派な研究業績になる。最近の若手研究者積極的外国語論文書くようになってるし、私だって欧文論文の1本や2本あるけど、仮に査読論文和文しかなくても質が高いものを書いていて博士号もらってれば立派な西洋史研究者英文学者/アメリカ政治研究者etc.だよ。そういう世界なんだ……。

「ちゃんとした雑誌に載せてる論文が3つしかない」っていうのもどうかと思う。業績リスト見たら、まあ新書2冊はおいといて、それなりに専門的っぽい本を分担執筆してるよね。その本を読んでないから何ともいえないけど、雑誌じゃなくて本(アカデミック論文集)の1章として学術論文を発表することはあるし、それはふつう業績としてカウントするよな。繰り返すけど中身は見てない。中身はメチャクチャレベルが低いのかもしれないし、その場合「この程度の論文しか書いてないじゃないか!」っていう批判は正当だと思う。けど共著を業績にカウントせずに「業績が3本しかない!」っていうのはやめてあげて。

私も、さすがに学振PD持ってて日本Ph.D.獲ってるのにこの業績数はショボいだろ……と思うけど、博士号取得に際して論文数の要件がなければ(少なくとも私の出身大学院では存在しない)、とりあえず雑誌投稿とかしないでひたすら博論執筆するっていう研究スタイルもアリだと思うし、一概にそれが駄目とはいえない(単に茨の道ってだけで、制度不可能ではない)。あと一部の国では「博論に既発表論文を大幅に組み込むのは禁止(=博論は書き下ろせ。既発表論文切り貼りは不可)」っていうルールがあったりするから、そういう国に留学してた人は博士課程のあいだに出した論文数がどうしても少なくなっちゃう。

和文で書いてればレベルが低いっていうのは誤解。そりゃレベル低い和文論文もたくさんあるだろうけど、質の高い研究はたくさんある。もう15年以上前のことだけど、日本西洋史研究者研究対象の国のひとたちと論文集を出した時は、日本参加者レベルの高さが評価されたりしてたし(https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/39022/1/50-013.pdf)、それらは「外国研究者から読んでもらえない」かもしれないけど「レベルが低い」わけじゃない。

何が言いたいかっていうと、三浦瑠麗の言説の酷さは都度指摘すればいいし、彼女研究問題があるなら存分に批判すればいいと思うんだけど、業績リストだけを見て和文しかないとか批判しだすのは他の文系研究者に流れ弾あたってるからやめやがれください。ていうかやめて(自分の業績リストを泣きながら握りしめる)

『シビリアンの戦争』は、彼女博論タイトルそのまんまだから博論書籍化という理解でいいと思う(https://ci.nii.ac.jp/naid/500000550395)。私はどちらも読んでないので違ってたらごめん。博論書いてそれを本として出版するのは、文系研究者としてはよくあること。

せっかく質が高い研究してても読んでもらえないのは悲しいってのはその通りで、日本語文献が読むべき先行研究として通用してる分野は日本東アジアにかかわる研究くらいかアメリカ人でも前近代中国史やってたら日本語読むことを要求されると思う。中東研究する日本人フランス語要求されるみたいな感じで)。これの解決は難しいけど、欧文で和文文献のレビューをするとか、欧文で良い論文書いてその中で和文文献引用しまくるとかして、「日本では面白そうな研究をやってるんだなぁ」と認知してもらうことがまず必要なんじゃないかと思ってるんだけどこれは三浦瑠麗とは関係ないので措いておく。

ていうか、欧米日本学だって英語仏語独語日本についての博論書いてるんだから日本人イギリスフランスドイツに関する研究日本語で発表してもいいよね。日本だけじゃなくて、ある程度歴史と規模のあるアカデミアがある国では、文系博論論文自分らの言葉で書くことは結構あると思うんだ。

あとこれな。

https://twitter.com/chutoislam/status/963834829723729920

https://twitter.com/chutoislam/status/963834833360248832

これも、一般人デイリーメールを端から信用しないのは処世術としてはいいんだろうけど、時にはそういうソース依拠することが必要なこともある研究者もいるんだから、「デイリーメール引用してる」って理由だけで叩くのはやめて、って話だと私は理解した。余計なところに流れ弾を飛ばされると「それは違うでしょ」と三浦瑠麗弁護みたいな立ち位置にならざるを得なくなるというか。私だってこんな記事書いたけど三浦瑠麗学者としての資質は相当疑っている。ただ流れ弾を撒き散らさないでほしいだけなんだ……

追記

vkgofboston 査読の有無は和文英文に関わらず業績として見なす上で肝だと思うが、それに関しての考えを聞きたいね

三浦瑠麗が書いた雑誌のうち、『レヴァイアサン』は知らないけど『年報戦略研究』は査読あるよ→http://jsss.sakura.ne.jp/PDF/jsss-1507-tokokiteiyoko.pdf(当時もあったのかは知らん。『国家学会雑誌』はどうなんだろ。あってもなくても不思議じゃない。でもあそこ連載論文とか載せるからないのかなぁ)。ていうか和文の主要な研究雑誌にもそりゃ査読はあるし、だれも査読重要性は否定してないんですけど……(ただ、査読がなくても良い論文なら業績として扱っていいんじゃない、とは思う。査読つきの良い業績を積み上げてる人が一番評価されるべきなのは当然として、いちおう査読はされてるけどクソつまら研究と、査読されてないけど面白い研究だったら、一概に前者の方が業績として立派とはいえないんじゃない? 当たり前だけど公募では業績を提出させるわけで。まあわたし査読無しの媒体にはあまり書きたくないけどね)。

2018-01-30

anond:20180130030322

展示会に出展する、公募に出す、コンペに出すなど何か目標を決めて描かれてはどうでしょう創作の絵で成功体験があると見方がかわるかもしれませんよ。

絵が下手だった私が結局最後まで残った

絵を描くのを諦めきれずに戻ってきた人の記事をみたけど自分は逆だったなって思ってぼんやりこれを書いてる。

自分物心つく頃から絵を描くのが好きで、コミュニケーションの一部だった。

残念な事に下手な部類に入る画力をしていた。

ただ描くのだけはめちゃくちゃ好きで、暇さえあれば何かしら描いてた。

小学校中学校では私よりも何倍も絵が上手い子がたくさんいて

将来漫画家目指してる子や、同人活動バリバリやってる子や、学校ポスターしおりの表紙常にを描いてる子とかが居た。

周りのオタク友達も皆絵がうまかった。

そんな中私はルーズリーフシャーマンキング稚拙ファンアートV系歌詞を書き綴る日々を送っていた。

同人作家に憧れて、コンビニで身内用にペーパー作ってコピーしたり、サイトキリ番狙ってアイコン描いてもらったり、マウスお絵かきBBSに絵とか描いてたりした

その後私は高校に進んでもルーズリーフに絵を描き続け、ひょんなことから美大受験に挑戦し実力差に揉まれ志望校に引っかから地方芸大へ、そこではじめた同人活動ヘタレなりにコピー本を作ったりして、紆余曲折経て絵を見るのが好きだからソシャゲイラスト下請け会社事務をしている。

数年前に当時の友達に久々にあったら皆もう絵を描いてなかった。

最近当時好きだったサイトを見たけどもうあんまり絵を描いてなかった。

私だけ、ルーズリーフに絵を描くのが大好きな中学生で止まってた。

あの時一番下手だった私が最後まで絵を描いてる。

未だにデッサン狂ってるし、出張編集部もってったら判定ボロクソだったし、超絶画力が溢れる昨今の同人界で全然下手なんだけどさ。

心無い言葉も言われたり残念な扱いうけたり未だにあるし、結構面と向かって下手って言われるけどさ。

本当はうまいけど下手って言われすぎたか自分にかけた呪いなのかもってちょっと思ったりもするけどさ(いやでも下手だな…)

なんか描いてると楽しい

何描いてても楽しい

多分可能な限りずっと描いてる。

上手い絵みると嫉妬するけど私もなんか描きたくなる。

下手な私になんでそんなメンタルつけたんだろ神様

私にはすぎたものじゃありませんか、これ。

下手なりに、自慢なんだけど去年は今まで頑張った成果が形になった一年だったと思う。

フォロワーは1万人を超えた。はじめていいね1万いった。仕事では憧れの作品に関わることが出来た。大型ジャンルコミケ誕席2回目。

昔絵が下手でアンソロハブられたから今度は自分主催した。勿論公募制だ。愛があれば誰でもウェルカム

今年は背景とむきむきの男性キャラもっとましに描けるように頑張りたいな。

もうすぐ30近いしいつかは絵を描かなくなるのかなとか思うけど、当分はまだメンタル中学生のままな気がする。

anond:20180130020136

研究職だが、男とか女とか関係がないと思うが。

入り口の段階で数が違うから女性が少なく見える分野もあるかもしれないが、

しろ女性が多い研究分野もたくさんあるし、そういう分野は当然女性教授も多い。

業績と性別だったら、業績の方が圧倒的に選択において重要では。

それに、現状女性優遇される可能性の方が高い。

女性積極的に取りますと書いてある公募すらある。(逆差別ではとも思うが)

何かを残す、残さないの話はエゴ範囲から見方によって生きているだけで残しているともいえるが、

それと男女の話は別だと思う。

子供うんぬんよりももっと多くの人と関わってもっと広い視野を持つ方がよいと思う。

2018-01-28

anond:20180128213114

東京で勤務していた会社ベトナム駐在員を公募したので手を上げました。

前職の友人がベトナムで勤務しており、生活ぶりをfacebookで見ていて楽しそうだと思ったのがきっかけです。

(いまは来て良かったと思っています

こちらに来てから英語勉強し、いまではベトナム人のほか、ロシアンフレンチの友人もいます

二年の任期満了で帰任命令が出ましたが、その時点で退職し、現地の別の会社に雇ってもらいました。

最初からベトナム就職ありきの場合は、

それを専門にしている転職エージェント会社もあります

海外就職」でぐぐってみてください。

ご参考になれば。

2018-01-26

人を殺してみたい人は結構多いのかも?

人を殺してみたかった」という子がいたね。(名古屋大学女子学生殺人事件

死刑執行人を公募したら、そういう人がたくさん集まるかも?

自分より強い奴には歯向かえないけど、安全場所から殺せるなら平気なんだよね?

 

http://b.hatena.ne.jp/entry/355677104/comment/tokatongtong

死刑装置作動させるボタン拘置所門脇に設けて、執行前日に告知でボタン操作希望者募れば、近隣からその手の連中が絶対わんさか押し寄せてくるから刑務官精神負担軽減のためにもそんなシステムにすればいい

2018-01-16

anond:20180116130219

久しぶりに心から同意できる増田出会った。

コピーライター雇う手間と金無駄なのでキャッチコピーはだいたい社内公募だよ。採用されたら社員モチベも上がって一石二鳥

2018-01-03

元号は我々が決める

皇室費は我々が支払った税金から拠出されており、皇室は我々が支払った税金によって生活しているのに、我々が元号国民自身の手で決められないのはおかしなことである

少なくとも、名前も知らない老人が密室で決めたダサい元号を向後我々が数十年にわたってあらゆるところで使いつづけなくてはならない理由は、考えてみると、一つもない。


そこで、新元号ネット上で公募するプラットフォームを作り、政府案の(どうせダサい)新元号案がまったく色あせて見せるキャンペーンを張るとよいと思う。

たとえば、新元号候補として、


等でもよいはずだ


元号、少ない画数に…1文字15画上限の方針

http://www.yomiuri.co.jp/politics/20180102-OYT1T50071.html

2017-12-09

AI系の大学教員不足とか大嘘

現役大学教員の人が、ツイッターで、AI系は企業大学人材の取り合いになっていい人材不足大学教員なんて誰も目指さないとか言ってるけど、はっきり言ってマウンティングしか思えない。

また私大助教公募に落ちた。自分は、もう30件以上出しているが受からないぞ。旧帝大博士号持ってるし、トップカンファレンスだって複数本通してるし、人工知能トップカンファレンスにも通してるし、ジャーナルもあるし、業績的には問題ないはずなのだ。並の助教より研究的には高度なことやってるし、年齢制限クリアしてる。

まぁ、業績が足りないのかもしれないが、自分が30件以上出して受からないポスト人材不足とか平気でのたまうのやめてほしい。はっきり言って応募する側としてはやる気無くしますよ。雇う側も色々事情があるのかもしれないから、受からないのは仕方ない面もあるかもしれないが、使い捨て任期付き研究員しか募集していないのに「大学教員人材不足〜」とか平気でツイッターに書く人は腹が立つって話。

「お前は低業績だからイラネ。もっと若くて業績いいやつじゃないとねぇ」っていうのをキレイに言い換えただけにしか聞こえないわ。そういう人の所は勝手人材不足で困ればいいとしか思えん…募集する側が、自分で応募者のやる気奪ってるんだから

2017-12-06

anond:20171206092117

から。後、やる前から失敗したときの話ばかりね。

まあ、担当者の首がかかってるから仕方ないのかもしれんけど。

とすると、小さくて、まだまだどうなるかわからないようなものに大量に撒くより、まあ、大こけはしないだろうなというでかいのに一本出したほうが安全パイ

さらに、失敗しないようにと現場に大量の書類押し付けて、「担当者が俺が悪くない」といいうための予防線だけいっぱい張っておく。一番割を食うのは現場でがりがり研究したい研究者

それでもまさに「竹やりでB29を打ち落とせ!!!」的な「イノベーションだ!起業だ!」って話だけ盛り上がらせようとする。

この国のメンタルは本当に第二次世界大戦から変わってないなーと思うね。でも、その二次大戦の話をを美化しようとするがねぇ。

俺(日本人)は悪くないんだ見たいな。ぷーたれた女子高生かよwww

まあ、政府ファンドや小規模資金がこれだけ失敗してるのが多いんですよ!みたいなのが不祥事として記事新聞で展開される。

あいうのはもともと一部大成長したらいいものなんだよ。特に民間VC企業なんてそこまでリスク取れないし。

今でこそ星の人の山中教授だって、一番最初公募助成なんて数百万の数年だろ?担当者もこんなんほんまにうまくいくんか?と思いつつ出してたって話だろ?

イノベーションなんてそんなものなんだよ。

2017-11-26

大学非常勤事務ヤバイらしい。

ごめん、よく知らんけど書いてみる。

大学の正職員事務じゃなくて、教授秘書(今はそんな人はいない?)、講座の事務学科事務という人。科研費とかなんかいろいろな経費で雇われている非常勤事務。だいたい女性

もともと割に合わないらしい。コンピュータ事務が出来て、場合によっては英語もできて、場合によってはTeXも使えて、そして給料はもともと安い。

でも、昔はなんかそういう仕事をしていると、助手とか助教授とかと結婚したりするチャンスがあるということとか、大学に勤めているというステータスとかがあって給料は安いけどやる人がいたらしい。

でも今は助教公募を求めてあちこち異動するからか、あるいは学生のうちから彼女いるからか、他で婚活するからか、それとも結婚する余裕などないからか、事務結婚という話はあまり聞かない。まあ、そういう時代じゃないし。

一方で、雇止め禁止例のアレとかで、逆に連続して雇用されなくなっている。まあ、科研費とかの期間限定資金では正職員に出来るわけもないが。そして、教員事務量が増えているということは、事務員事務量も増えているということで、高いスキルを求められ、給料は安く、仕事は多いし、残業しないと終わらないが、残業できないという状況だという話だ。

そんな時に、人手不足の波が来たら、やり手がいなくなる。そりゃあそうだろう。英語メール対応できるとか無理だから。そして非常勤事務がいなくなれば、研究者事務量は益々増えるという話だ。

 

そんな話をどっかで聞いたような聞かないような。

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