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2021-09-13

着物警察になるつもりはないが…

twitter話題になっている「道端で突然見知らぬ女性トイレに連れ込み説教しながら着物を剝がす」着物警察蛮行を恐ろしく眺めていたのだけど、

関連ツイートで「私も着物警察によく絡まれるけど負けません!」という方がお写真をあげていた。

洋服とお着物を掛け合わせたかわいらしいコーディネートだったのだが、カジュアルフレアスカートに合わせていたのが上半分に切られた黒紋付だったのである

見た瞬間にウッ…と思ってしまった。

「黒紋付」とは最も格式が高い礼服ひとつで、黒無地に前身頃と袖と背の計5つの家紋が入っている。一番目にするのはお葬式ではないかと思う。遺族・親族席でお着物の人がいれば、それは黒紋付である

黒紋付を普段着にするのは、なんというか、洋服でいえば上半身タキシードで下はチノパンみたいなちぐはぐさに思える。いくら着物自由といっても、洋服と同じように格式はあるのでは?あと新品で誂えれば数万~数十万するから、おそらく中古で買ったであろう他家の紋付を切ってしまうのも、なんだか罰当たりなように思えてしまう。リサイクルショップ神棚のおやしろがあっても、それをドールハウスにはせんだろ、的な。他人んちの紋を背負ってそのアレンジする?私が元の持ち主だったら化けてでそう。

別に黒無地のお着物だったらなんとも思わず、黒紋付であるがゆえのことなので、これが着物にまつわる面倒くせえ一面だよなと一人でうなずいたりもする。

さすがに面と向かっていうことはないが、着物警察コワイと思っていた自分にもそのような一面があったことに驚いた一件でした。

2021-09-09

anond:20210909205514

劣った男に人権と専用便器与えるのって、廃棄物人権与えるレベル蛮行だという話では?

anond:20210909205235

から女に人権与えるのって、家畜人権与えるレベル蛮行だという話では?

2021-08-25

アフガンに関わると不幸になる

アフガニスタンに関わった連中は全員不幸になるとしか思えない。これはほとんど歴史上の結論だと思う。以下に報道を眺めていて思った各勢力の現況を並べるが、どの国もポジティブな要素があまりにも少ない。

まずはアメリカ対テロ戦争大義を掲げて侵攻し、現地で蛮行を重ねたのちに軍事スキームの変化とともに撤退した。しかオバマ政権以降の特殊部隊群の偏重による住民感情一方的悪化や、トランプ政権での撤退計画の加速、何より拙速にも9月11日までの撤退を急いだ自己陶酔的なバイデン政権政治判断により、世界的に自国の敗北を印象付ける最悪の形での幕切れを迎えてしまった。

パックス・アメリカーナの落日。いずれアフガンでの戦争行為について国際的非難を浴びせられる日が来るのかもしれない。われわれも一応かつての世界大戦の当事者としてそれに同調する可能性が無きにしもあらずだが、その時の極東情勢がどうなっているのか。もはや考えたくもない。

続いてヨーロッパ各国。まずタリバン復権自体が寝耳に水だったようにしか思えない。進軍が報道されてからの無様なこと。事態の取り返しが付かなくなってからも、米軍による秩序とアフガンの人道の危機を訴え(その両者が相反することをどれだけの人が分かっているだろう)、アメリカに再び軍隊を戻すよう呼び掛けたが、自分たちでは国際秩序を維持する能力意思も無いことを改めて露呈しただけだった。しかヨーロッパの首脳たちはここで退くわけにもいかない。何故なら中東イスラム過激派の主たる標的は、他ならぬ欧州先進諸国なのだから

見過ごされがちなインドアメリカ方針同調してアフガン支援を行ってきたが、その甲斐もあって今や当地で全てを失った。長年イランを経由してアフガニスタンから輸入を行う計画を進めていたが、現在両国貿易は停止している。取引はいずれ再開されるにしても、アメリカと異なる戦略のもとイランに整備したチャーバハール港は、中国支援するパキスタンのグワデル港に対して少なからず優位性を失うことだろう。

パキスタンタリバンの主たる支援国家であり、今回の戦争でも勝者の側として報じられることが多い。

だがパキスタン過激派テロによって二十年間で数万人の自国民の命を失っている。その一部がタリバンの残党を匿ったことでもたらされたのは否定しようがなく、払った血の代償は重い。

また、パキスタンアフガニスタン国境線(デュアランド線)がタリバンを輩出したパシュトゥン人居住区を分断しているのも懸念材料だ。タリバン政権が将来的に安定すれば苛烈国際紛争火種にもなりかねない。パキスタンは一体どこに向かっているのだろう。だがインド憎しで走りはじめた彼らの野望は、最早誰にも止めることはできない。

みんな大好き中国パキスタンと同じくゲームの勝者として報道されている。アフガニスタン国境を接する中国は、同じスンニ派である新疆ウイグルタリバン政権が手を組むことを警戒したため、先んじてタリバンに取り入ることで自国反体制運動に先手を打った。

だがリスクは消え去ったのか? タリバンイスラーム主義交差点であり、ジハードのもの真摯構成員も多い。彼らが国境の先で弾圧に苦しむ同胞存在を知った時、シンパシーを抱く可能性は大いにある。ただでさえムスリムの多くは真面目で敬虔な人々なのに。

また中国タリバンに対する支援はどうだろう。よく言われるのは豊富資源に見据えた資源開発援助や事業投資だが、アフガニスタンの情勢でどれほど成果を挙げられるかは未知数だ。中国アフリカで輝かしい成功を収めてはいるが、歴史的なグレート・ゲーム舞台で長期的に何が起こるのか、慎重に見定める必要がある。

またあまり言われないことだが、米軍南アジアから撤退は、同時に極東への戦力転換が行われる可能性も示唆している。香港が落とされたことで半ば恐慌状態にある東アジア情勢は、今後さらに油断ならない戦場になるかもしれない。

そして忘れられたアフガニスタンの人々。一連の戦争一方的被害者であるアフガニスタン地政学的に重要土地であり、歴史上多くの戦争が起こったが、その多くで彼らのほとんどは戦争主体でも何でもなかった。

アフガニスタンは彼らのものであるしか悲惨な状況が長く続いた一方で、彼らについて考えたり支援する人は少なかったようだし、それを継続するのはもっと難しいのだろう。自分も今回コロナで暇になってニュース見るまであまり興味を持ってこなかったけど、願わくば今後は彼らのために些細な不幸を引き受けられるようにできたらと思う。

2021-08-17

ワクチン副作用による死は反ワクチン派の陰謀

ワクチンの一部を毒性の強い偽ワクチンに入れ替えており

それによって「ワクチンを打つとこうなるんだぞ」と恐怖を煽るためにやっているに違いない

自分たち意見を通すために蛮行に走る者達

もはやテロ、反ワクチン派は有無を言わさず逮捕しろ

2021-08-12

過去の過ちの正当化ロジックって似てるよな

大日本帝国結果的欧米植民地支配から東南アジア解放したんだみたいなことを極右が言ったりしているが、

スペイン極右が、我々は南米文明をもたらしたんだ、みたいなことを言っていて、

どこの極右も似たようなことを言って過去侵略蛮行正当化するんだな、と草生えた。

2021-08-09

anond:20210808174958

欲する情報に満たされたいと渇望する状況というのは それが大きく不足していたり

不足の連続狂気に至るほど長いなどの状況によるものだろう

それが満ち足りていればそうもなるまい

空腹時の買い物やより強烈で凶悪欲望を満たしたいという願望は

それを欲するほどに不足をしている状況なわけで

満足する食事を心ゆくまですると食欲などは湧いてこず 平和が続けばより凄惨事件はおきる

どうしてそこまでして食事がしたかったのかとか 本当に戦乱の中では蛮行でさえそれが普通であることもあるかもしれない

そこまで下ネタを欲するその理性的で秩序だった健全世界

きっと大事にすべきものだろう

2021-08-07

治安の悪さに嫌気が差して鉄オタをやめた話

最近の話ではなく、ちょっと昔の話だが。

自分は小さい頃から乗り物が好きで、高校生の頃までは鉄道研究部に入っていた。18きっぷで全国各地を周る「乗り鉄」だった。

Twitterでも鉄道好きの同年代FFになり、いわゆる鉄道クラスタの一員となっていた。(今はもう言わねえのかな、Twitterでの「クラスタ」って。)

しかしながら、治安の悪さにだんだん嫌気が差してきたのである

クソ撮り鉄を目にする機会が増える

乗り鉄」メインだった界隈に属していたので、撮り鉄蛮行罵声運行妨害、無断侵入による場所取りなど)を非難する側にいた。だが、連中は自分自身が正義だと思っているので注意や非難は聞き入れない。

なんなら警察・駅員すらも敵視し、バカにするのが撮り鉄界隈の雰囲気だったと思う。例えば、警察のことを「税金」(給料税金から来ている者という意味)と称してあげつらう文化などがあったようだ。

こういった状況から、撮り以外の分野の鉄オタ(乗り鉄模型鉄など)は、撮り鉄のことをアンタッチャブル存在として扱っていた。例えるなら、同じ地域に住んでいるヤンキー咎めたりせず、関わりを持たないために見て見ぬ振りをするのと同じようなものである

今考えると、こういった見て見ぬ振りが撮り鉄調子に乗らせてたのかもしれないと思うが、かといってどうしたらいいのかは分からない。本当に言葉が通じないようなやつもいたし。

別の趣味転向したら雰囲気が違った

そういった界隈の雰囲気の悪さに絶望し、鉄道列車自体が嫌いになったわけではないが、趣味として鉄道を追いかけるのを自然とやめてしまった。

その後、意図的に別の乗り物を選んだわけではないが、なんやかんやあって航空ファンになった。大学生社会人になってからは(コロナ前までは)飛行機に乗ってあちこちに飛んでいた。そして、旅先の展望デッキ飛行機を撮っている。

航空ファンにも飛行機を撮ることをメインにしている人たちはいるが、治安が全く違って驚いた。

(ちなみに、バスファン・船ファンの友人たち曰く、バス・船趣味治安に関しては航空と似たようなもので良好らしい。)

罵声を上げない

江ノ電の件で分かったと思うが、撮り鉄非オタ乱入されると罵声を上げる。乱入というか普通に通っているだけなのだが、それにキレるのは撮り鉄の悪習の最たる例であろう。

航空ファンでも一般人乱入はよくある話だ。たとえばエアフォースワン来日する際など、展望デッキは人で埋め尽くされるし。

言うなれば邪魔」なはずだが、そういった状況でも罵声を上げる人を見たことがない。非オタが来ることは織り込み済み、その環境でどうやって撮っていくかを考えている傾向にあった。

不法侵入違法場所取りをしない

飛行機撮影では不法場所取りなどを見たことがない。もちろん、空港不法侵入した時点で捕まるというのはあるかもしれないが。

ごく稀に見かけるならず者公道三脚を立てた者)に関しても、SNSで「あそこで撮ってるやつ居たけどダメだろ。そのうち撮影自体禁止になるし、こういう行為は許せない。」と複数名が批判しているのを見た。

これが撮り鉄だと、その不法場所で撮るのが当たり前になっており、それに疑問を抱くようなことをすると逆に叩かれるのである

職員無礼な人が少ない

前述したように、撮り鉄界隈は「撮影第一、それを邪魔する駅員・警備員はクソ野郎だ。」という雰囲気があった。どう考えてもおかしい。

他の趣味ではむしろ趣味のために邪魔しちゃってすみませんね」というスタンスでやっている人が多い。もちろん無礼な人もゼロではないと思うが、圧倒的に少ない。

写真の構図に多様性がある

撮り鉄界隈には「激V」という言葉がある。要は上手い写真が撮れたという意味なのだが、この「上手い写真」の定義が非常に狭い。

列車の編成が順光で全部収まっている、見切れていない、列車に周囲のビルや木などの影が落ちていない、パンタグラフに架線柱が重なっていない(串パン)など、様々な要件が挙げられる。

撮り鉄投稿する写真を見ると分かるが、どの写真も同じような構図(編成写真)ばかりである。要はこの型に収めないと評価してもらえないし、彼らも満足しないのである

もちろん、これを満たすための撮影条件は限られている。だからこそ熾烈な場所取りが行われ、マナー悪化に繋がっているのではないだろうか。

航空ファンの界隈でもある程度上手下手の話はあるが、この構図に収めないといけないという話を聞いたことはない。(展望デッキなどから撮影にはどうしても限度があるため、妥協が生じている結果かもしれないが。)

意味不明な潰し合いをするクソガキがいない

撮り鉄もクソだが、走行中の列車張り紙したり、窓から物を出して撮り鉄妨害する「妨害鉄」という連中もいる。

こいつらは撮り鉄が乗るようなマニアック列車しか出没せず、通りすがり一般人とは異なる。

こういったクソガキの潰し合いのような話は他の趣味では聞いたことがない。

https://stat.ameba.jp/user_images/20210523/09/amooi-310/23/14/j/o0640042414946060881.jpg

https://livedoor.blogimg.jp/menssokuho/imgs/a/4/a45ba397-s.jpg

何が違うんだろう

どうしてここまで治安が違うんだろう。

航空趣味は金が掛かるからバス・船の趣味人口が少ないから?色々と理由はあるかもしれないが、決定的なものがわからない。

少なくとも、撮り鉄界隈はすでにマナーがクソ最悪になっており、新規参入者も「このマナーでいいんだ」とマナー悪化していく負のスパイラルに陥っているように思う。

2021-08-02

これで統合失調症患者犯人候補から外れるね

BLMが盛り上がってた頃に、ホワイトセイヴィア白人救世主)が話題になった。映画においては白人最後救世主役割を果たすことが多い、という話で、派生して黒人の描かれ方も俎上にのぼった。犯人役として蛮行をおこなう黒人像はもちろんのこと、マジカル二グロ(ちょうどいいところで白人アシストをしに来る黒人)なんてのも、もうポリコレ的に描けない状況になった。

藤本タツキの『ルックバック』で統合失調症に誤解をあたえるような表現があったとして変更があったらしい。個人的に、こうした声に創作物が左右されていくのはとくに興味がない。社会がそう変わっていってみんなが幸せになるならそれでいいんじゃね、と思う。

でもさ、もう統合失調症を悪く描けないのだとしたら、それはそれでどうなの?って感じもする。

例えば極端な話、推理もの映画で、犯人候補統合失調症患者ゲイ黒人白人だとしたら、もう犯人白人で決定なんだよ。だってそのほかは「まるで〇〇全員が殺人鬼であるような誤解を与える」って言われたら終わりだから

ルックバックだってそうじゃん。別に統合失調症って単語も、統合失調症主人公が憎んだり悪しざまに罵ったりする描写がなくてもこのザマなんだから

商業的にリスクなく悪役として描けるのが「社会的な強者しか残らない、っていういびつ構造なんだけど、その辺はどう考えているんだろうね。

2021-07-26

anond:20210726071333

作者が実際に蛮行起こしている(と本人が言っている)のぶみも、

少年漫画誌より更に高い倫理性が求められる幼児向け絵本普通に出版出来ていて絶版も回収もされないし

批判はあれど、誰にも作品排除までは求められてないわけだしねえ…

anond:20210726012037

その論法で言うなら推理小説でも作者が「リアリティを上げるためにトリックは人くらいの重量で実際に試しました!」とか言い始めて実用度が上がったらやっぱりアウトになりそうだし

少なくとも私はそこに明確な差はないと思うので、だからどれもアウトというわけではなく「作者が実際に蛮行起こさなければどれもセーフ」だと思いますねぇ

2021-07-23

コロナにかなった感想自粛できるならしたほうがいいよ。

コロナにかかった感想

背景

30代男性独身一人暮らし。既往歴なし。喫煙歴なし。ワクチン接種予定あったが接種日前に発症し、未接種。

仕事

リモート中心。出勤は月に1日程度。出勤してもF2F社員と話すことはほぼない。出勤退勤もラッシュ時間はずらしてた。地下鉄10分も乗らない距離

日常生活

仕事以外の外出はコンビニスーパー定食屋くらい。

時系列であったこ

7/8

熱っぽい症状。体温計の電池がなく、測定できず。

仕事会議以外離脱し、休養。

普段から高熱が出やすい体質なので、まぁいつものことか くらいの気持ち

7/9

熱っぽい症状が続く。咳、鼻水等、その他の症状はなし。食事はUberEatsで対応

7/10,11

完全に高熱。身体が動かない。何もできない。トイレに行くのもやっと。

7/12

咳症状が出始める。

Amazonで注文した体温計がやっと届く。(最近プライム会員でも、届くの遅くなったよね。)38.5度くらいあった。やはりコレはまずい。

身体ダルすぎて何もできない。

オレンジジュースコーヒーの味がなくなる。

7/13

朝一で発熱相談センターに連絡。近くのクリニックを紹介される。 移動方法や陽性だった場合対応について質問しても、「こちらではお答えしかます」の一点張り。とても無愛想な対応現場も忙しいんだろう。

クリニックへ連絡後、4時間後に来るように指示。クリニック外で30分ほど待機。辛かった。

その後、隔離された部屋で1時間ほど待機。

血液検査結果、CRP高値基準値の3倍くらいで、思ったより低い印象)、WBCは若干の低値。

医師は鼻に突っ込む検査のみ対応対応時間30秒くらいか

看護師に翌日、結果が出るから待つように指示される。

7/14

連絡来ず。自宅待機。咳がひどくなる。

常に39度を超える発熱。何もできない。

7/15午前 

クリニックから連絡。陽性とのこと。 

続いてて保健所から連絡。ホテル療養もしくは入院とのこと。電話中咳が止まらずまともに話せない。呼吸困難等になったら遠慮せずすぐに救急車を呼ぶように指示される。とても丁寧な対応

7/15午後 

保健所判断で、入院すべきとのこと。地域の大きな病院全国的にも有名な病院)へ。専用の介護タクシーで移動。

到着後、主治医より説明。高熱と咳であまり覚えていないが、「うちにはECMOとかはないし、治療はできない。重症化しても、救急車では輸送しない。民間タクシーで移動してくださいね。」と言われた事が印象深い。「なんで?」って聞きたかったけど、そんな余裕なく、「はいはい。」と聞くのが精一杯だった。未だに何故なのか疑問。

「SpO2がもっと下がったらレムデシビル使うかも」とのことで、同意書みたいなもの複数書かされる。今思えば、「治療しない」って言ってたことと矛盾してるよね。

入院やらなんやら、ひたすら住所や緊急連絡先を書かされる。どうにか簡略化できないものか…。まともに読んで、書いてられるほど時間はもらえず。ナースコールで急かされてしまった。特にレムデシビル関連の内容は良く理解した上で同意たかった。

その後、血液検査CT撮影CRPは引き続き高値だが基準値の3倍くらいで、思ったより低い。肝臓ラメタは若干高値

CT典型的コロナ肺炎像。メロンの皮様初見素人が見てもすぐ分かる。

7/16-18

ひたすらスマホ睡眠で過ごす。隔離部屋。3食の持ち運びと、朝の清掃のみ看護師と顔を合わせる。その他の看護師とのコミュニケーションは、タブレットを通じて遠隔。素晴らしい。

医師とは毎日30秒程度の遠隔コミュニケーションのみ。どの医師にも同じ質問をされた。カルテかに記録してないのかな?って感じ。

本来の専門科じゃないだろうし、まぁモチベーションないのは理解できる。申し訳ない。

起床時間から消灯時間までWi-Fi繋がるのは助かった。17 Mbps。

7/19

熱も36度台に下がり、咳もなくなる。身体も楽になってくる。味覚障害もなくなる。

トイレシャワー等は息が上がる。

このまま症状が落ち着けば7/22に退院になる旨伝えられる。メンタルもやられてきていたので嬉しかった。

ただ同じ体制スマホをいじってるせいか頭痛眼精疲労が酷い。

退院のcriteriaに引っかからいか心配だったが、頭痛頓服使用なので問題ないとのこと。

普段からロキソニン飲んでいる事を伝えると、「いつでもロキソニン切り替えるので、まずはアセトアミノフェン飲んでみて」とのこと。

7/20

頭痛改善せず。普段からアセトアミノフェンは効かない事を伝えると、「ロキソニン投与で脳炎になる報告がある。あなた責任で飲むなら処方する」とのこと。承知して、飲む。頭痛軽快。

7/21

高熱と咳は完全に改善頭痛が続く。

ロキソニン投与で腎炎になる可能性があるから、処方しない」と言われる。脳炎なのか、腎炎なのかどっちなんじゃい。

「昨日は投与してもらったが?」と伺うと、「じゃー処方します」とのこと。

退院日は7/23か7/24予定と告げられる。「7/22と聞いたが何か変更があったか?」と伺うと、「アセトアミノフェンロキソニンの投与があったから」とのこと。「頭痛での頓服使用は、退院のcriteriaにはまらないと聞いていたが?」と聞くと「7/22でした。サーセン」とのこと。医師によってはやっつけ仕事

7/22

退院へ。血液検査CTPCR検査等はなし。看護師に聞くと「治療しなかった人は退院検査しない」とのこと。

「株はなんだったのか?」と聞いたが、「あなたは、調べていない」とのことだったが、ニュースで伝えられている情報って網羅性低いのかな?全例調べてるのかと思ってた。

7/23

部屋内の移動でも疲れる。コロナ完全前と比較して、完全に心肺機能が落ちている。呼吸が浅い。

食事は全てカップ麺とUberEatsで凌いでる。

平日日中テレビ番組見て過ごしてたけど、酷いね。同じニュースの繰り返しと、胡散臭いテレビショッピングしょうもないコメントしかしないコメンテーター。なんだかメンタルやられる。

4連休帰省する人とか、オリンピック選手移動観てる人とか、インタビューされてる人ってどういう気持ちで答えてるんだろう?

オリンピック実施中の緊急事態宣言ってことで、守ってらんねーよ!って気持ちも分かるけど、インタビューされたから受けよう!って気持ちは分からない。

一連の感想

貴重な医療資源を使ってしまった。申し訳ない。

丁寧に対応してくれた関係者の方々には感謝しきれない。

一方で明らかにやっつけ仕事な方も居たのは事実本来興味ない専門科だと雑にもなるよね。

マジで自粛できるなら自粛したほうがいい。平均的な人より明らかに人との接触は少ないはず。だけど感染した。どこで感染たか本当に検討つかない。

飲み会とか、旅行とか、オリンピックとかしてるけど、暴露する可能性、高いよね。気をつけて下さい。本当に。

39度近い高熱がかなり続いた。インフルエンザピークがずっと続くイメージコロナ、舐めないほうがいい。

退院しても、家の中の移動ですらキツい。

オリンピックとか、何が感動を届けたいだよ!って感じはある。スポーツで感動を届けてほしいなんて頼んだ覚えないし、「これまで練習してきたし、オリンピックでないと飯食えないから、オリンピックやらせてください」って言って欲しい。 特定人達利益のために、税金が使われてるってどういうことなんだろう。その分を医療に回して欲しい。

まぁ金メダルでも取っちゃえば、日本人はすぐに忘れちゃうんだろうけど。情けないね

政府とか組織委員会とかの蛮行を忘れずにいたいと思う。

開会式みてて思った以上に海外から人来てるんだなーとおもってボヤきです。

一番伝えたいこと

個々人は貴重な青春とか日常我慢して過ごしているなか、オリンピックしててるし、ヤケになる気持ちはわかるけど、自粛出来る人はしたほうがいいです。誰のためでもなく、あなたのためです。コロナ、むっちゃきついよ。

小山田圭吾沢田君(仮)の間にあった感情

やはり「友情」が一番近いのではないか

…と、あえて釣り針を垂らすような書き出しで始めてみる。

 

此度の件の火種となった記事掲載されていた時に『クイック・ジャパン』誌の編集者を務めていたという、北尾修一氏のブログ(正確には北尾氏による注釈飛ばして、画像スキャン=当時の記事本文のみ)を読んだ。

http://live.millionyearsbookstore.com/dokoheittemo/ijime/2874/

以下の文を読む人も、まずはこちらで本文を読んでほしい。

 

自分は数年前から存在していた、あの記事を紹介したブログを今回の件以前から読んでいて、しか意見を固めることが(したがって、SNSや公の場で何かしらの主張をすることが)できなかった。

それは小山田氏のファンからとかではなく、知的障害者と呼ばれる人たちに「怖い」「近づきたくない」という意識を持っていた(正直にいえば、今も持っている)からだ。

 

そこに抜粋されている、蛮行と言ってよい行いの数々には、確かにひどいと思ったものの、

自分が「そういうこと」をしないのは、虫を潰したりするのも躊躇われるようなレベルしかなく、

暴力という形であれ、積極的にそうした人たちと関わりを持てるということに、

「この人は、自分には越えられない線を越えている」という意識を持ったのだ。

 

まり知的障害者の人たちを自分とは「違うもの」として意識から遠ざけ、関わりを決して持たないようにしている自分と、

暴力を伴った形であれ、積極的に関わりを持っていた小山田氏、どちらのほうがより「悪」なのか、ということが、わからなくなってしまったのだ。

 

このことはずっと自分の中で引っかかりとなっていたのだが(先述のように、いまだに自分からは「怖い」という感情が抜けない)、今回全文を読むことによって、新たに気づいたことがあった。

 

件の記事での小山田氏の語りには、「イジメていた」対象として複数同級生仮名で登場するが、そのそれぞれを「個人」としてみなしているのだ。

中でも端的にそれが表れているのが、「イジメていた人にもしまた会って対談できるなら?」と持ち掛けられたとき小山田氏が答えた、以下の部分。

 

――もし対談できてたら、何話してますか?(注:話の流れ的に「村田君」という同級生の話として小山田氏は受け取ったようだ)

別に、話す事ないッスけどねえ(笑)。でも分かんないけど、今とか会っても、絶対昔みたいに話しちゃうような気がするなあ。(略)」

――やっぱ、できることなら会わないで済ましたい?

「僕が? 村田とは別にあんま会いたいとは思わないけど。会ったら会ったでおもしろいかなとは思う。沢田に会いたいな、僕」

(中略)

最後に、小山田さんが対談するなら一番会いたいと言っていた、沢田さんのことを伝えた。沢田さんは、学校当時よりさらに人としゃべらなくなっている。

「重いわ。ショック」

 

詳しくは全文を読んでいただきたいが、小山田氏は一様に悪辣言葉でかつての同級生について語りながらも、「沢田君」については何かしらの魅力を感じ、「ある意味ファンになっていた」という旨のことを語っている。

小学生時代には(当初拡散された記事抜粋されていたように)暴力を加えていたが、学年が上がるとクラス替えなどを契機に自分友達が少なくなっていって、それでもたまたまクラスが同じであり続けた「沢田君」という個人に、興味を持つようになったのだという。

そして、興味を持つようになってからは、イジメ現場を見ても、「ちょっと引くようになっていた」と。

 

ちょっと引くようになっていた」と言っても、本当にそれだけで、止めるどころか笑って見ていたというし、そこに情状酌量余地はない。

しかし……「村田君」と「沢田君」を個人として区別していた、ということが、「知的障害者」という枠に入れて、ひと塊にして遠ざけている自分にとっては衝撃だった。

 

「個」として認識することで、本当に少しだけだが、小山田氏の「沢田君」に対する態度は変わった。

沢田君」も(小山田氏曰く)小山田氏だけには、毎年年賀状を送っていたのだという(小山田氏はそれに対して返信を出すなどはしなかったようだが)。

 

これをもってして「友情」とは言えないだろうが、その萌芽のようなものはあったのではないか

少なくとも、「障害者」とか「外国人」とか「男性女性」とか「金持ち貧乏人」とか、ある人を大きな枠組みで捉えていたら、そこに「友情」は発生することはないということは、一般論として言えるだろう。

 

同じ空間で長い時間を過ごしていれば、そのように「個」として認識することもできるのだろうか。

人を「個」として認識する機会をできるだけ多く作るということが、あらゆる問題解決する上で前提となるべきことな気がする。

 

自分には何ができるだろうか。

2021-07-22

SWCラビが出した声明の、最も重要な箇所

【原文】The Simon Wiesenthal Center condemns past anti-Semitic jokes as well as reported bullying of disabled individuals, made by Japanese comedian Kentaro Kobayashi, who is the show director of the opening ceremony of the Tokyo Olympics.

【訳】サイモン・ウィーゼンタール・センターは、すでに報じられている障害者に対するイジメ(※注:原文が"bullying"と云う単語を用いているため、ここでは「イジメ」と云う訳語を当てたが、増田個人は「虐待」と考えている)に対してと同様に、日本人コメディアン小林賢太郎(東京五輪開会式ディレクター)が過去に行った反ユダヤジョーク発言に対して非難します。

SWC声明に対する反応の一部に「小山田圭吾のしたことと混同している」と云うものがあったが、混同しているのではなく「障害者イジメと同じく、これについても我々は批判する」と言っているのである

これは、後段で

【原文】The Nazi regime also gassed Germans with disabilities.

【訳】ナチス政権は、障害を持つドイツ人もガスによって殺害しました。

と記されていることからも見て取れる。

もう一度言う。SWCは、小山田圭吾小林賢太郎混同しているのではない。小山田圭吾の「障害者イジメ」を批判するのと同じく批判すると言っているのである。つまり小山田圭吾のしたことは、ナチスドイツ蛮行と同じである」と言っているのである

それを理解すれば、小山田圭吾の起用を継続しようとしたJOCが、どれほど国際社会から白眼視されているか理解できるだろう。

2021-07-21

雑誌映画秘宝』の記憶(54)

 この投稿では、町山智浩の言う「90年代当時の社会状況や、悪趣味系・鬼畜カルチャーに携わっていた自分たち(町山智浩根本敬村崎百郎ら)の想いを知らない人間が、悪趣味系・鬼畜系を批判するな!」と云う主張に対する、私の批判を述べます

 おそらく町山智浩は「自分は、小山田圭吾のしたことを擁護するつもりは無い」と言うでしょうし、その点に関しては実際そうなのだと思います

 にも関わらず町山智浩の言うことは、爆笑問題太田とほぼ同じです。要するに「当時のことを知らない人間/外野人間は、口を挟むな!」と云う論法です。

 ならば私は、90年代当時すでに物心ついていた世代年寄りなので、遠慮なく批判できますね。

 まずは再度、町山智浩tweetから引用します。

引用ここから

悪趣味カルチャー80年代のオシャレやモテ電通文化に対する怒り

カーディガン肩にかけ、ポロシャツの襟を立ててテニススキーしてホイチョイの『ヤレる店』読んでナンパして人を『ちゃん付けで呼ぶ』奴らにゲロ死体嫌がらせたかった

・それは電通フジテレビでセゾンでトレンディ一言でいえばSuntoryThinkingAboutTheEarthビール的なオシャレでバブル偽善的で反吐が出るようなクソ文化への反抗だった

根本敬村崎百郎が『日本下品どん底に突き落としてやりたい』と心の底から叫ばねばならないほど1990年頃の日本は抑圧的なオシャレと健全さと明るさと偽善ファシズム支配されていた

引用ここまで=

 では批判を開始します。概ね次の4点について述べます

<1> 町山智浩らが90年代当時に何を考えていようが、被害者被害を与えたことは正当化されない。

<2> 町山智浩らは負担他者押し付けている。

<3> 結局、町山智浩は「時代のせい」を言い訳責任から逃れようとしている。

<4> 小山田圭吾事件と同じく、町山智浩事件も「終わってしまった過去の話」ではなく「継続中の現在の話」である

 町山智浩tweetで言っていることは所詮70年代モンド映画が、残酷事件事故の場面を餌にして下衆な観客たちから小銭をカッ剥ぐ目的で作られたエクスプロイテーション映画であることを誤魔化す為に、何か博士っぽい進行役が出てきて「この映画は、様々な社会問題について考える機会を、観客の皆様に提供し、これらの社会問題を解決する一助となるために制作されました」とか、オープニングやエンディングカメラに向かって語るのと同じです。つまり、単なる正当化ポーズです。

 仮に町山智浩根本敬村崎百郎らが何か高邁な意識を持っていたのが本当だとしても、それは町山らの被害者には全く意味がありません。被害者と云うのは、死体晒し者にされた死者と遺族や、電波系と名付けられて笑い者にされた精神疾患罹患者などです。ホイチョイ電通フジテレビ嫌がらせしたいという町山らの欲望と云うか自己満足のために、なんで彼らが踏み台として利用されなきゃいけないんですか?それを正当化し得る道理なんて、90年代も今も有りませんよ。

 それとも、町山智浩らにコンテンツとして喰い物にされた人たちが「高邁な思想の為だから喜んで晒し者になります」「私たちを利用してくれてありがとう」と言ったとでも?

 ここでは、高橋ヨシキの妻(※当時)の胸を揉んだ話の時と全く同じく「実際の負担押し付けられている人間の本人の意思」が無視され、無かったことにされるという蛮行が行われているのです。

 百万歩譲って、町山智浩らによる悪趣味カルチャーによる電通ホイチョイフジテレビに対する嫌がらせ正当化し得るものだとして、ならば町山智浩らは自分たち身体精神犠牲にすれば済んだ話じゃないですか。死体嫌がらせしたいなら、自分死体になるなり、電波系嫌がらせしたいなら、自分が本物の精神疾患になるなり、自分犠牲にすれば良かったじゃないですか。町山智浩は、コンビニに勤務する低賃金労働者に対して、自己犠牲精神窃盗犯を救済しろと偉そうに説教するくせに、本人が負担を引き受けることを嫌う卑怯者ですね。

 村崎百郎場合は「精神疾患罹患者の苦しみをビジネスとして喰い物にしてきた人間が、その報いを受けて悲惨最期を遂げる」と云う悪趣味エンターテイメントを、自らの命と引き換えに提供したのだから身体を張ったと言えるかもしれませんね。もっとも、村崎百郎精神疾患に関しては、ビジネス上の(もしも本物の精神疾患罹患者や関係者から差別的だと抗議を受けた時に「精神疾患罹患者の当事者が書いているので差別ではない」と言い訳するための)フェイク、ギミックだったのではないかと云う疑惑を抱いています。まあ、死ね官軍なので真相は闇の中ですが。

 さて、町山智浩は一連のtweetの中で盛んに80年代90年代は云々と繰り返しています。ここから窺えるのは、自分(町山智浩)たちが過去に仕出かした乱暴な振る舞いは「時代のせい」「そういう時代だったから仕方が無い」と云う、自分勝手な言い訳姿勢です。この言い訳は、本当に格好悪いですね。町山智浩時代のせいにしていますが、それは「周囲に流されていただけで、自分(町山智浩)には主体性が無かった」と言っているも同然だと思うのですが、仮にも自他共に文化人と認める人間がそれを言って恥ずかしくないのでしょうか?

 更に言うならば、町山智浩が盛んに90年代は云々と繰り返しているのは「自分悪趣味カルチャー的なヤンチャ行為をしていたのは昔のことで、今は違う」と印象付けると云う意図も含むものと推察されますしかし、端的に言えば、それは虚偽です。

 では、町山智浩は何故そのような虚偽を言うのでしょうか?

 学生時代小山田圭吾障害者に対して行った暴力行為を伴う虐待が「終わってしまった過去の話」ではなく「継続している現在の話」として受け止められているのは何故か?それは、小山田圭吾が、大人になってからも悪びれることなく笑いながら面白エピソードや自慢話のようにインタビューで語っていたこと、そして、インタビューが行われた後、ファンから被害者謝罪や償いをした方が良い」と云う批判忠告を受けても無視し続け、長年に渡って被害者に対する謝罪も償いも一切してこなかったからです。

 この点について、町山智浩小山田圭吾と全く同じです。町山智浩も、自分がした悪行について、説明せず、被害者に対する謝罪や償いをせずに逃げ続けています。だから町山智浩は恐れているのです。町山自身がしてきたことも小山田圭吾のように「終わっていない、継続している現在の話」として批判されることを。

 以下、引用します。

引用ここから

町山智浩高橋ヨシキ君の前のカミさんがすごいオッパイ大きかったんだけど、ヨシキ君が「俺、町山さん大好きだから、うちの嫁の乳揉んでいいですから」って揉ましてくれたから、俺、揉んだよ!「キスしていいですから」とか言うからキスもして。

(吉田豪インタビュー人間コク宝」吉田豪x町山智浩、ただし単行本には未収録、雑誌『BREAK Max』に掲載、前編は2011年12 月号、後編は2012年1月号)

引用ここまで=

 悪びれもせずに饒舌に語っています。この件に関しては、町山智浩小山田圭吾と全くの同類です。

 ここで町山智浩質問

 これは西暦何年の出来事か?これも時代社会のせいにするのか?

 町山智浩高橋ヨシキの妻(※当時)にした事は"本物"の悪趣味なのか?電通的・ホイチョイ的な文化に対するアンチテーゼとして、正当化可能ものであるか?

 町山智浩高橋ヨシキの妻(※当時)にしたことは、大手広告代理店宴会芸として新入社員らに対して行われるパワハラセクハラ本質的に何が違うのか?

 町山智浩は、被害者に対して謝罪や償いを行う意思は有るのか?何か具体的な行動をしたのか?

 この投稿は以上です。

2021-07-20

雑誌映画秘宝』の記憶(51)

 最初に、町山智浩Twitterから引用します。

引用ここから

障碍者虐待していた小山田圭吾五輪音楽担当させて、政府がそれを承認し、NHKがそれを放送するわけですから、誰にも迷惑かけてない大麻使用芸能人すべてを復権してくれないとなー。

(投稿年月日:午後10時43分2021年07月18日)

引用ここまで=

 今回は小山田圭吾の件で一丁噛みしている町山智浩ですが、大麻使用芸能人擁護する程度に留まるだなんて、パトリック・マシアスパワハラしていた頃の町山智浩タイム電話で聞かせたら「オメエのtweetは退屈なンだよ! 一般人がオメエに訊きてえことはソコじゃねえだろ!」と怒鳴られるのではないでしょうか?

 では、一般人町山智浩に聞きたいこととは何でしょうか? それは、小山田圭吾イジメ自慢インタビュー擁護する人間たちが口にする「90年代にはワル自慢、悪趣味自慢を許す鬼畜ムーブメントとでも呼ぶべき風潮が存在した」という主旨の主張に関してです。

 この鬼畜ムーブメントの有無については、90年代当時に物心ついていた年齢の人たち同士でも、認識には差と言うかグラデーションがあるようです。ムーブメントのものの有無について、私の個人的見解を述べると「有った」という人の記憶も「無かった」という人の記憶も、半分づつ当たっていると思います。「有った」と記憶している人は、何らかの形でその狂った風潮とその産物に触れた人間で、「無かった」と記憶している人は、そのような狂った風潮に触れなかった人間というだけのことです。

 個人的見解としては、鬼畜ムーブメントは「限られた領域の、少数の人間による、小規模の狂ったムーブメント」と言っても構わないと思います。だからあんムーブメントに触れたからと言って別に偉くも何ともないですし、むしろ「無かった」と記憶している、鬼畜ムーブメントに触れなかった人の方が正常なのですから安心して下さい。

 こういう鬼畜ムーブメントに触れたことによって「自分は他の人間とは違う!」と、己が偉くなったと勘違いした人間が何をするか知っていますか?一例を挙げると、何か「切り株映画はセカイのシンジツを描いている!」とか馬鹿なことを言うわけです。耳(目?)にタコが出来るほど聞いた、この"切り株映画讃歌"の決り文句を此処で持ち出したのは、別に牽強付会ではありません。

 例えば、90年代鬼畜ムーブメント悪趣味アンダーグラウンド文化象徴するような出版物として『危ない1号』という鬼畜ムックがあります(このムックは、90年代の半ばから終わりにかけて発行)。その執筆陣の中には、町山智浩柳下毅一郎名前確認できます

 また別の例を挙げると、一部の精神疾患罹患者が示す"電波"妄想及びそれに翻弄される彼らを、特殊漫画家・根本敬が「電波系」と呼び始め、面白コンテンツとして消費するような悪趣味な風潮を生み出したことは有名ですが、この「電波系」を面白がる風潮に乗っかって雑誌宝島』『宝島30』でも記事掲載したり、別冊宝島を出したりしていました。その頃、彼らの言う「電波系」に該当する人が店主として経営する喫茶店に行って、店主が示す奇妙な言動などを陰で嗤ったり面白おかし記事にしていた人間の一人に、町山智浩がいます宝島における根本敬担当編集者は、町山智浩でした。また、根本敬のツテで「電波鬼畜ライター村崎百郎」という悪趣味ギミックによるデビューを果たした編集者ライター黒田一郎は、ペヨトル工房時代から柳下毅一郎の友人でした。蛇足ですが、根本敬は、嫌韓/嘲韓ムーブメントを生み出した張本人の一人でもあると私は思います

 ここで幾つか例に挙げたのは一部に過ぎませんが、90年代鬼畜系、悪趣味系の系譜を辿れば、その中に旧体制映画秘宝』の源流の一つが有ることは確かです。あるいは、悪趣味系のムーブメントを作り出したのと同じ人間たちが生んだものこそが、旧体制映画秘宝』と言っても過言ではありません。

 さて、今回ようやく小山田圭吾断罪火刑場に引かれていく羽目になった訳ですが、爆笑問題太田をはじめ有象無象のギョウカイジンは、小山田圭吾、Rockin' onQuick Japan擁護する為に「90年代には悪趣味系が流行ってたという、時代空気考慮しないと」などと言っています

 これらの擁護を見た時に私が感じたのは、関東大震災当時の朝鮮人虐殺事件や、戦争当時の性暴力虐殺のことについて「当時の時代空気考慮しないと」と言う人間を見た時に似た気持ちです。

 百歩譲って、90年代当時「一般人」だった人間が言うならば、たとえ許容は出来なくても、まだ理解可能です。90年代後半からインターネットが少しずつ一般人に浸透し始めていたとはいえTwitterのような高い情報拡散性と手軽さを兼ね備えたSNSの普及以前には、まだ名も無き一般人社会的流行や風潮を生み出すレベル情報発信を行うことは、事実上不可能に近かったからです。また、虐殺事件などにおいて、武装した多数の暴徒を目の前にして怖じ気づいた一般人が、独りで立ち向かうことができなかったと告白懺悔するのも、これもまだ理解可能です。

 しかし「90年代鬼畜ムーブメント流行」を根拠にして、小山田圭吾擁護しているギョウカイジンの多くは、既に90年代メディア活動芸能活動をし始めていて「ムーブメントを作り出す、或いは、影響を与えることが可能だった立場人間」ではないですか。「オレたちギョウカイジンは、お前ら一般人と違って、世間を動かせるんだよ!」という考えの持ち主だったはずです。例えば、爆笑問題太田は、当時から過激発言が売りだったのだから、得意の毒舌小山田圭吾を「アイツ、イジメ自慢して格好悪いな!」とか攻撃することも、やろうと思えばやれたはずです。反権力的な言動がウリのミュージシャン文化人も同様です。なのに、それをやらなかったのは、結局は彼ら自身の打算や保身が理由でしょう。ならば彼らは「90年代時代空気や風潮」のせいにするのではなく、せめて己自身問題として「打算や保身、我が身かわいさから自分という個人は、小山田圭吾蛮行批判せずに見過ごした」とハッキリ言うべきなのです。先に虐殺に立ち向かえなかった一般人を例に出しましたが、90年代当時のメディア関係者芸能人が「当時の空気」と言い訳するのは、関東大震災当時に「不逞朝鮮人」などと世間を煽っていた官憲人間が、いざ朝鮮人虐殺が起きたことの批判を受けたら「時代空気が」と言い出すのと同じぐらいには無責任且つ卑劣だと、私は思います

 更に、小山田圭吾擁護する人間たちを卑劣に感じるのは、彼らが小山田圭吾のしていることを勝手に「過去の話」にしようとしているからです。私は「していること」と書きました。そうです。あの暴力事件を犯して以来、そして雑誌インタビューによって一般人に広く認知されて以来、小山田圭吾被害者に対して謝罪も償いもせず、謝罪反省を促す一部のファンから真摯な声さえも無視し、逃亡し続けているのですから、これは「したこと」ではなく「していること」つまり「終わってしまった過去の話」ではなく「継続している現在の話」です。小山田圭吾の盟友である中原昌也も、小山田圭吾のしていることを「あの頃は」と「終わってしまった過去の話」にしようと画策した卑劣人間の一人です。渋谷系って本当にダサいですね。石原慎太郎罵倒することは出来ても、オトモダチのギョウカイジンの悪さは批判出来ない、そんな自称"反権力"作家は、毎朝鏡を見て恥ずかしくなったりしないんでしょうか。

 長くなったので、今回は一旦ここまでにします。

2021-07-12

anond:20210711184538 anond:20210711185558

夢見過ぎ。そもそも貼ったリンク高学歴じゃんっていう見ろや

なお、日本学者医者どもはニュースで取り上げられるレベル論文科学読み物で取り上げられるレベル論文に目を通していない、

海外学会見解/動向/共有を無視どころか、 日本国内学会見解/共有とすらも一致してない発言繰り返してる(anond:20210125115242)のであげきれない

本当、国際学会や著名な学術誌で是非ともそれやってみて欲しいと常々思ってるわ

直球でネトウヨ大学教授もいるし(例: 東大最年少准教授、藝大、音大)

 

ちなみに後世に名を残す偉大なエンジニアだけど、どうしようもない人の例
イアン・マードック(Ian Murdoc)

5:13pm: 俺は今夜自殺する…話すことがたくさんあるんだ、介入はしないでくれ、彼らに一緒に死んで欲しいとは思わないでくれ

5:14pm: 後でブログを見て欲しい http://ianmurdock.com

5:17pm: https://t.co/I1CSCJErWf

5:20pm: 後でブログもっと書く予定だ。でも隣の家をノックしただけで警察に殴られたんだ…彼らは俺を病院送りにした

5:20pm: その後も何回も殴られた

5:21pm: 「警察暴力をふるった」事への保釈金は$25,000だった

5:22pm: 後でもっと詳しく書く。警察はいまだにカメラが無かった。これを止めるために私はちょっとだけ地位を利用するつもりだ。

(※警察が好き勝手に殴るためにカメラを置かないのはよくあるらしい)

5:23pm: 「俺たちは警察だ。俺たちはいつでも勝つんだよ」

5:25pm: 私のキャリアは終わってしまった。もうすぐ逝こうと思う。

5:27pm: 私はある程度成功したビジネスマンでニガーではない、自殺は注目されるかもしれない

5:30pm: 今日はまだ自殺しない。まずはこれをすべて書き上げ、警察蛮行自由の国に知らしめる

5:34pm: 誰かが私のところへ警察に何をされたのか聞きに来てくれたらとても嬉しい

5:35pm: 彼らは私を二回殴ってバッテリー代として$25000を課した

5:36pm: 病院に行かなければいけない

5:36pm: 彼らは家までついてきた

5:36pm: そして彼らは私を家の外に引きずり出して更に殴った

5:37pm: 私は意見を変えなければならなかった

5:37pm: 彼らはそこから家まで追ってきたんだ

5:38pm: 私はカメラは無いのかと訪ねた

5:38pm: 答えはnoだった

5:45pm: 警察抵抗して出来たアザの写真を上げようか?

5:45pm: 小便で床に文字を書く事以外何も教えずに独房に押し込めるのはどこだ?

5:48pm: 私の経験を書き上げることで警察虐待を防ぐことになり再び同じことを聞かなくなるといいのだが

6:00pm: @jacksormwriterは私に死んで欲しがっている

6:06pm: ブログに私のケースを書こう…誰かがhacker newsかに投稿してくれたら感謝する

6:31pm: (1/2) 私の残りの人生警察職権乱用と戦うことに費やす俺は白人で去年は一億四千万稼いだんだ

6:33pm: (2/2) 彼らは無教養で、自分のための力にしか興味が無い。助けになってくれる人は連絡をくれ imurdock@imurdock.com -ian

6:41pm: 警察は無教養邪悪サディスティックだ。奴らを信じるな。

6:42pm: 残りの人生警察と闘う…奴らは友達ではない、決して信じるな。

6:49pm: 友に聞いている、なんだって賢い教育を受けた奴が警察になんかなるんだ

7:03pm: 「俺たちは警察だ, 俺達がやりたいことはなんでも出来る」

7:08pm: これは女性警察官が私のパンツを下ろした後の事だった…もしあなたレイプされた女性でなければこれはレイプとは思われないかもしれないが。

7:12pm: 俺は白人だ。たくさん稼いでたくさん税金を払った。でも彼らの虐待は同じくやってくる。一線を超えるな!!

 

 

警察トラブルになった理由:隣の家にレイプ目的で侵入通報された模様

 

ちなみに騒ぎを起こしたのは三度目で

一度目(2015年1月頃)は酔ってその隣家敷地内に侵入

二度目(2015年8月頃)も同じく酔って、その時は別の家の庭に半裸で侵入し、

その家の奥さんに「俺とfXXXしろ」と迫った模様

その時、裁判所から、年内に転居するよう命令が出ていたらしい

 

三度目で、しか裁判所命令に従ってもいないようだったので、警察マークしていたらしい

またそのフォロワー12月始めに自宅に行った際、弁護士とも口論していた、と

 

 

Debian開発者自殺直前のツイートヤバい話題 

https://fox.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1451721467/

2021-06-07

anond:20210607230624

ステーキいちごジャムを塗るような蛮行も、実験の名のもとに許されるというのか。

2021-05-29

テニスラケット破壊する彼女/彼/彼らを見てvol.3

 疑問に答えろという要望があったので書くことにする。

【Q-01】

 「『彼』や『選手』ではなく『彼女』と書くところに、意図が透けて見える」「他にも同じことをしている競技者はいるのに、なぜ彼女だけを攻撃するのか」「同じことをしている他の競技者をどう思うのか、批判しないのか」etc.

【A-01】

 元の文章を私が書く切っ掛けになったのが「彼女」の映像だったから「彼女」と書いたというだけの話である。私が見た映像が「彼」の映像だったならば、私は「彼」と書いたことだろう。その場合、私は「何故わざわざ『彼』と書くのか?意図が透けて見える」と言われただろうか?もちろん、これは反語である。「意図が透けている」のは一体どちらであろうか?

 「なぜ彼女ばかり攻撃するのか」「わざわざ『彼女』と書くところに意図が透けて見える」という類いのコメントを寄せた人は、極めて愚かである。どれぐらい愚かであるかと言えば、例えるならば、戦前戦時中日本が行った蛮行批判する意見に対して「他の国々も野蛮なことをしているのに、なぜ『日本』ばかりクローズアップして批判するのか?意図が透けて見える」と言う類いの人間と同じくらい愚かである

 ところで「同じことをしている他の競技者をどう思っているのか?」についてだが、もちろん平等に「彼女と同じく卑しい」と思っているので安心してもらいたい。テニス以外の競技についても同様である

 しかし、どうしても「彼女」と書かれることに腹が立つと言うのであれば「彼女/彼/彼ら」と書くことにしよう。彼女/彼/彼らは卑しい、と。ご満足いただけただろうか?

【Q-02】

 たかテニスラケットを壊したぐらいで、目くじらを立てて批判しなくても良いのではないか

【A-02】

 vol.2で書いたことと重複するが、常日頃から人種差別に抗議する声明を出すなど「社会を良くするために積極的に声を上げてコミットする」とアピールしている人間が、公共の場で癇癪を起こして、物に当たり散らして破壊すること、しかも、それに対して少なくない人間が「彼女行為は『正しいアンガーマネジメントである」と見なす意見を発信することは、社会に対して重大かつ誤ったメッセージを与えるものと私は危惧する。どれぐらい誤ったメッセージかと言えば、一時期のお笑い芸人たちが、飲食店コンビニ従業員に対するクレーマー行為を、面白エピソードとしてテレビラジオで盛んに語っていたことと同じぐらいに、誤ったメッセージである

 実際、今の世の中、パワハラ防止云々アンガーマネジメント云々と盛んに言われるようになったにも関わらず、これを書いている人間は、職場で「大声で怒鳴りつけられる、机をバーン!と叩かれる、椅子をガーン!と蹴られる」といった行為を受け続けて精神病み職場から聞き取り調査を受けているところである。そういう立場からすれば、著名人が癇癪を起こして物を破壊する行為が正しい行為として世間認知されるのは、到底容認できるものではない。

 もしもテニスラケットが、祖父なり父母なりが作ったものであったならば、叩きつけて壊したであろうか?勿論これは反語である広告塔としてのアスリートに対しては、メーカーも強い態度に出られないであろうという力関係を見透かした上で、破壊する対象を選んでいるのである。だからこそ、私は「ラケットを作った労働者を『自分と同じ人間』と思っていないのではないか?」と書いたのである

 癇癪を起こして物を破壊する人間は、パワハラDV加害者の予備軍であると私は考えている。シリアルキラーが、最初動物虐待から始めるのと同じように。

 パワハラDVを行う人間は「自分はそれをしても許される『特別人間である」という特権意識の持ち主であり、攻撃破壊対象も「反撃をしなさそうな相手」を選ぶ。物は反撃しないから、彼女/彼/彼らの「最初攻撃対象」となって破壊される。物で満足できなければ、次に彼女/彼/彼らは「反撃をしなさそうな人間」を攻撃対象にするだろう。実際にパワハラDV被害を受けた経験が有る人ならば、私が言うことも分かるはずである彼女/彼/彼らは、攻撃対象に選んだ私たちを「自分と同じ人間」とは思っていない。

 貴方の傍に、もしも「癇癪を起こして物を破壊する人間」がいるならば、できる限り迅速に遠くに離れることを、私は強く推奨する。(続く)

フィリップK.ディック『高い城の男』

 私は、歴史専門家ではない一般人です。まず前提として、戦前戦時中アジア諸国へ与えた被害南京虐殺従軍慰安婦問題米国人をはじめとする敵国捕虜に対する非人道的行為等々について、日本責任が有ると考えている者です。

 フィリップK.ディックというアメリカSF作家小説に『高い城の男』という作品があります貴方は、これを読まれたことはありますか?もし無ければ、今から粗筋を紹介します。もし、既に読まれたことが有るならば、私が以下に書くことは釈迦に説法ですから無視して貰って構いません。

= 粗筋ここから =

 第二次世界大戦は、枢軸国側の勝利に終わった。世界は、ドイツ第三帝国大日本帝国という2つの大国支配され、アメリカ日独による占領分割統治の下に置かれている(西海岸側が日本により占領されている)。

 作中では、大戦終了直前にアメリカが、不利な戦況を覆す為に、非人道的戦術を用いたり、残虐な行為に走ったことなども語られる。しかし、そこまでしても敗戦に終わったこからアメリカ国民の誇りは打ち砕かれている。西海岸日本相手商売をしているアメリカ人は、敗戦国の人間として戦勝国(日本)に対する強い劣等感を抱いている。

 戦勝国となったドイツ日本は、いまだ表面上は友好関係を保ってはいるが、アーリア人至上主義の国と黄色人種の国は呉越同舟であるドイツは密かに日本殲滅計画を目論み、日本もまたドイツに対して不信感を抱くようになりつつある。遠くない未来には、2つの大国は衝突を避けられないだろう。

 このように敗戦国の人間戦勝国人間も等しく、将来に対して不安を抱いて生活しているアメリカでは、奇妙な流行が2つある。

 1つは「当たるも八卦当たらぬも八卦」で有名な、古代中国の書『易経』に基づく占いである物語登場人物たちは、何か不安に駆られる度にコインを用いた占い(※本来筮竹を使うが、陰陽2つの組み合わせで占うので、コインでも代用できる)によって『易経』の宣託に頼ろうとする。

 もう1つの流行は、地下出版により流通する『イナゴ身重く横たわる』と題された1冊の本である占領国の官憲により発禁本指定を受けながらも、アメリカ国民は(そして、取り締まる側のドイツ人や日本人も)厳しい監視の目を逃れて、密かにその本を読み耽る。その本には「本当の歴史」が記されているのだという。「枢軸国側が敗戦国になり、連合国側が戦勝国になった歴史」が。

 この本を執筆した作家暗殺する為に、ドイツ当局の手の者が動き出す。また、この本に書かれたことは「本当の歴史」なのか?だとすれば、如何にして作家はそれを知って執筆したのか?それを確かめる為に、一人のアメリカ女性作家の下へ向かう。

 「高い城」に居ると噂される作家の下へ。

= 粗筋ここまで =

 私が知る限りでは、ディックが本物の日本人と実際に交友関係があったという形跡は有りません。しかディックは、優れた作家が持つイマジネーションの力だけで、敗戦国の日本人の心情を見事に描き出します。「敗戦国の国民となって、戦勝国日本人に対する劣等感を抱いているアメリカ人」の姿というパロディによって。

 『高い城の男』の描く、敗戦国となったアメリカの人々は『イナゴ身重く横たわる』を読みながら夢想します。「非人道的な残虐行為を行わなかったはずの、汚れていないアメリカの姿」や「輝かしい戦勝国となったはずのアメリカ」という「本当の歴史」を。

 これらのモチーフ描写現代の我々が読むと、執筆当時のディックによる意図を超えて、南京虐殺否定論やショア(ホロコースト)否定論に嵌まる人間を傍から見た姿を描く形になっています

 最初に書いたとおり、私は戦前戦時中日本による蛮行については、日本責任が有ると考えていますしかし、日本による南京虐殺等を否定する説や、ドイツによるショア(ホロコースト)等を否定する説を信じる人たちの、それを信じたくなる心情も、『高い城の男』を読んだ私には何となく少しだけ理解できる気もするのです。人間は、弱くて愚かです。ちょうど犯罪加害者家族が「自分家族が、そんな酷いことをするはずがない。何かの間違いだ!デッチ上げだ!冤罪だ!」と言いたくなるのと似たような心理なのではないでしょうか。誰でも大なり小なり「祖国に対する愛着の心」が有り、その祖国過去歴史の中で蛮行を働いたという記憶は、犯罪加害者家族場合と同様「耐え難い現実」であり、可能ならば「違った未来」が実現して欲しかった、「デッチ上げによる冤罪」であって欲しかったという思いを抱かせるのでしょう。

 『高い城の男』の詳細と結末については、実際に読んでもらうしかありませんが、それについて少し書きますネタバレされるのがイヤな場合、以下の記述を読まないで、書店に向かってハヤカワSF文庫の『高い城の男』をお買い求め下さい。

【【【注意!ネタバレ有り!】】】

 実は『イナゴ身重く横たわる』に書かれた「本当の歴史」は「『高い城の男』を読む我々の存在する現実世界歴史」ではありません。連合国側が勝利する歴史ではあっても、現実歴史とは食い違う記述が有ります。つまり、本作の中で『イナゴ身重く横たわる』を読み耽るアメリカ人たちが夢想している「あり得たはずのアメリカ」は「無い」のです。

 SF論としては、作家フィリップK.ディックは「本物と偽物」「現実虚構」というモチーフを書くことに取り憑かれ続けた生涯で云々と話を展開するところでしょうが、ここでは南京虐殺否定論やショア(ホロコースト)の否定論に絡めて『高い城の男』の話を持ち出したので、別のことを書きます

 心情的には、否定論にすがる人たちの気持ちも分かるような気がすると、私は書きました。

 しかし、南京虐殺否定論やショア(ホロコースト)否定論にすがる人たちの「間違いを犯さなかった、こんな歴史であって欲しかった」と夢想する歴史も、結局は『イナゴ身重く横たわる』の記す歴史と同じく「無い」のです。『高い城の男』は第二次世界大戦を下敷きにしていますが、ベトナム戦争アメリカをはじめ、おそらく何処の国であっても大なり小なり「別の歴史があって欲しかった」という事は有ることでしょう。しかし、勿論それも日本ドイツと同様に「無い」のです。

 では、我々は、どうすれば良いのでしょうか?実は、それを示唆する内容が『高い城の男』には書かれています

 『高い城の男』には、占領軍の日本将校相手に「アメリカ骨董品」の贋作を作って売るビジネスに関わるアメリカ人が出てきますしか物語の終盤に至ると、彼は「偽の歴史付与した贋作骨董品」を作って売るのではなく、新たなオリジナル創作物を作って売ることを決意します。

 『高い城の男』は教訓を学ばせる目的で書かれたとは思いませんが、それでも私は、このくだりを読んで思ったのです。「在って欲しかった歴史」「我々の願望を満たしてくれる、都合の良い現実」など有りはしない。どれほど不条理に感じても、動かし難く消し去ることのできない過去を「我々の現実」として引き受けるところから始めるしか他にないのだ、と。

anond:20210527145539

 私は、歴史専門家ではない一般人です。まず前提として、戦前戦時中アジア諸国へ与えた被害南京虐殺従軍慰安婦問題米国人をはじめとする敵国捕虜に対する非人道的行為等々について、日本責任が有ると考えている者です。

 フィリップK.ディックというアメリカSF作家小説に『高い城の男』という作品があります貴方は、これを読まれたことはありますか?もし無ければ、今から粗筋を紹介します。もし、既に読まれたことが有るならば、私が以下に書くことは釈迦に説法ですから無視して貰って構いません。

= 粗筋ここから =

 第二次世界大戦は、枢軸国側の勝利に終わった。世界は、ドイツ第三帝国大日本帝国という2つの大国支配され、アメリカ日独による占領分割統治の下に置かれている(西海岸側が日本により占領されている)。

 作中では、大戦終了直前にアメリカが、不利な戦況を覆す為に、非人道的戦術を用いたり、残虐な行為に走ったことなども語られる。しかし、そこまでしても敗戦に終わったこからアメリカ国民の誇りは打ち砕かれている。西海岸日本相手商売をしているアメリカ人は、敗戦国の人間として戦勝国(日本)に対する強い劣等感を抱いている。

 戦勝国となったドイツ日本は、いまだ表面上は友好関係を保ってはいるが、アーリア人至上主義の国と黄色人種の国は呉越同舟であるドイツは密かに日本殲滅計画を目論み、日本もまたドイツに対して不信感を抱くようになりつつある。遠くない未来には、2つの大国は衝突を避けられないだろう。

 このように敗戦国の人間戦勝国人間も等しく、将来に対して不安を抱いて生活しているアメリカでは、奇妙な流行が2つある。

 1つは「当たるも八卦当たらぬも八卦」で有名な、古代中国の書『易経』に基づく占いである物語登場人物たちは、何か不安に駆られる度にコインを用いた占い(※本来筮竹を使うが、陰陽2つの組み合わせで占うので、コインでも代用できる)によって『易経』の宣託に頼ろうとする。

 もう1つの流行は、地下出版により流通する『イナゴ身重く横たわる』と題された1冊の本である占領国の官憲により発禁本指定を受けながらも、アメリカ国民は(そして、取り締まる側のドイツ人や日本人も)厳しい監視の目を逃れて、密かにその本を読み耽る。その本には「本当の歴史」が記されているのだという。「枢軸国側が敗戦国になり、連合国側が戦勝国になった歴史」が。

 この本を執筆した作家暗殺する為に、ドイツ当局の手の者が動き出す。また、この本に書かれたことは「本当の歴史」なのか?だとすれば、如何にして作家はそれを知って執筆したのか?それを確かめる為に、一人のアメリカ女性作家の下へ向かう。

 「高い城」に居ると噂される作家の下へ。

= 粗筋ここまで =

 私が知る限りでは、ディックが本物の日本人と実際に交友関係があったという形跡は有りません。しかディックは、優れた作家が持つイマジネーションの力だけで、敗戦国の日本人の心情を見事に描き出します。「敗戦国の国民となって、戦勝国日本人に対する劣等感を抱いているアメリカ人」の姿というパロディによって。

 『高い城の男』の描く、敗戦国となったアメリカの人々は『イナゴ身重く横たわる』を読みながら夢想します。「非人道的な残虐行為を行わなかったはずの、汚れていないアメリカの姿」や「輝かしい戦勝国となったはずのアメリカ」という「本当の歴史」を。

 これらのモチーフ描写現代の我々が読むと、執筆当時のディックによる意図を超えて、南京虐殺否定論やショア(ホロコースト)否定論に嵌まる人間を傍から見た姿を描く形になっています

 最初に書いたとおり、私は戦前戦時中日本による蛮行については、日本責任が有ると考えていますしかし、日本による南京虐殺等を否定する説や、ドイツによるショア(ホロコースト)等を否定する説を信じる人たちの、それを信じたくなる心情も、『高い城の男』を読んだ私には何となく少しだけ理解できる気もするのです。人間は、弱くて愚かです。ちょうど犯罪加害者家族が「自分家族が、そんな酷いことをするはずがない。何かの間違いだ!デッチ上げだ!冤罪だ!」と言いたくなるのと似たような心理なのではないでしょうか。誰でも大なり小なり「祖国に対する愛着の心」が有り、その祖国過去歴史の中で蛮行を働いたという記憶は、犯罪加害者家族場合と同様「耐え難い現実」であり、可能ならば「違った未来」が実現して欲しかった、「デッチ上げによる冤罪」であって欲しかったという思いを抱かせるのでしょう。

 『高い城の男』の詳細と結末については、実際に読んでもらうしかありませんが、それについて少し書きますネタバレされるのがイヤな場合、以下の記述を読まないで、書店に向かってハヤカワSF文庫の『高い城の男』をお買い求め下さい。

【【【注意!ネタバレ有り!】】】

 実は『イナゴ身重く横たわる』に書かれた「本当の歴史」は「『高い城の男』を読む我々の存在する現実世界歴史」ではありません。連合国側が勝利する歴史ではあっても、現実歴史とは食い違う記述が有ります。つまり、本作の中で『イナゴ身重く横たわる』を読み耽るアメリカ人たちが夢想している「あり得たはずのアメリカ」は「無い」のです。

 SF論としては、作家フィリップK.ディックは「本物と偽物」「現実虚構」というモチーフを書くことに取り憑かれ続けた生涯で云々と話を展開するところでしょうが、ここでは南京虐殺否定論やショア(ホロコースト)の否定論に絡めて『高い城の男』の話を持ち出したので、別のことを書きます

 心情的には、否定論にすがる人たちの気持ちも分かるような気がすると、私は書きました。

 しかし、南京虐殺否定論やショア(ホロコースト)否定論にすがる人たちの「間違いを犯さなかった、こんな歴史であって欲しかった」と夢想する歴史も、結局は『イナゴ身重く横たわる』の記す歴史と同じく「無い」のです。『高い城の男』は第二次世界大戦を下敷きにしていますが、ベトナム戦争アメリカをはじめ、おそらく何処の国であっても大なり小なり「別の歴史があって欲しかった」という事は有ることでしょう。しかし、勿論それも日本ドイツと同様に「無い」のです。

 では、我々は、どうすれば良いのでしょうか?実は、それを示唆する内容が『高い城の男』には書かれています

 『高い城の男』には、占領軍の日本将校相手に「アメリカ骨董品」の贋作を作って売るビジネスに関わるアメリカ人が出てきますしか物語の終盤に至ると、彼は「偽の歴史付与した贋作骨董品」を作って売るのではなく、新たなオリジナル創作物を作って売ることを決意します。

 『高い城の男』は教訓を学ばせる目的で書かれたとは思いませんが、それでも私は、このくだりを読んで思ったのです。「在って欲しかった歴史」「我々の願望を満たしてくれる、都合の良い現実」など有りはしない。どれほど不条理に感じても、動かし難く消し去ることのできない過去を「我々の現実」として引き受けるところから始めるしか他にないのだ、と。

2021-05-28

anond:20210528073421

海外ドラマに腐敗したヒーロー業界描いたやつあるし、そもそも昔にウォッチメンというアメコミもあった(ここに出てくるヒーローは「正義の為に蛮行を辞さない」「レイプ未遂者」「文字通りの超人だが人の心を失ってる」など何かとアレなのがメイン)

そういうもんだ

ヒーローが実はゲスいとか、実は独善的とか

なんかちょいちょい見る気がする

ヤンジャンの新連載もそうだし、マガジンの五等分の花嫁作者の新作もそうだった

なろうなんかじゃ人格クズ勇者蛮行を行う(※主人公の事ではない、むしろ主人公追い出したりするようなヤツ)のもよくある

なんだろう、逆張りなんだろうか、輝いてる奴に裏を疑ってるんだろうか

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