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はてなキーワード: 後天的とは

2017-06-21

センスは磨ける from 「バクマン

センスがないことで諦めるなんてもったいない

大切なのはセンスがない上でどう動くかだと思うよ。

才能は生まれ持ったもので、

センス後天的もの

から子ども遺伝しない。

なので親が優秀に見えて、子どもダメ場合は、

おそらくそ努力方法を伝えることができないのかもしれない。

で、センスがないか努力しろというのも、なんか個人的に違っていて、

自分が大好きで、でも才能がないけど、続けたい場合努力するほかない。

努力してセンスを磨けというのが通じるのはこの場合だけ。

ただ、そこまで好きじゃないならさっさと離れたほうがいい。

間違いなく時間無駄じゃ。

義務教育、必修系で当たった場合は頑張れとしかいう他ない。

学べるものがあっても、そこでは開花できないだろう。

だって、好きでもないし、センス・才能がないんだから

例えば、努力しているけど、一向にセンスが磨かれない料理屋さんに入ろうと思いますか?

努力しているから、入ろうとは思わないでしょ?

だったら、他のことを模索するほうがいいに決まっている。

日本空気がそれをゆるしてくれるかはわからないけど。

からセンスがなくて、努力をしない人間を叱責するより、

さっさと他のことに関心を向けさせてもいいのかもね。

人としては冷たいのかもしれないけれど。

2017-06-16

後天的に知能も身体能力アインシュタインボルトを超えられるようになったら

増田マウンティングリベラル主張してる人たちのエネルギーってどこへ向かうんだろうか

お互い興味なくすのかな 自殺する?

2017-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20170608095346

戦国時代とかも男色普通だったと言うし

性欲の対象後天的というか文化的に変わることもあるのかな

そうなると楽ではある

2017-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20170602214735

全くもってその通りだと思うけど、反発しているのはやはり男が多いんだろうか。

ある種の男の、女を所有していないと気が済まない気質ってのが、本能なのか後天的学習によるものなのか分からないけど

私は全く理解出来ないし、恐らく女の大多数が理解出来ないんじゃないかと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170603144845

歩行者に向かって好きで歩いてんだからぶつかるのはお前らの問題とは言わないだろ?

仮に同性愛者が後天的ものだったり好きでそれを選択してるんだとしても

加害者になる可能性のある側が被害はお前らのせいだというのは行儀が良くないと思うな

http://anond.hatelabo.jp/20170602093839

俺はタバコタバコのニオイも大っ嫌いだが、

初めてセックスした女が喫煙者で、

俺の布団に残った彼女タバコのニオイは、

彼女が帰ったあとでも数え切れないオナニーネタになり、

今でも忘れられないサイコーのニオイの一つである

タバコに限らずニオイなど好き嫌いでどうとでもなる

好きな人タバコのニオイは気にならないし、

何の関係もない赤の他人タバコのニオイなど僅かに臭うだけでも耐え難い殺意を産む

言ってみればタバコのニオイなどというのは媒体にすぎず

好きな人のものであればフェティシズム対象にすらなり、

赤の他人のものであれば「私に気を遣わない意思」として嫌悪や怒りすらの対象にもなる

お前は「自分赤の他人から配慮してもらえていない」という概念を身につけ、

それが増幅した結果タバコに対して嫌悪感を覚えたに過ぎない

お前はタバコに対して後天的嫌悪感を抱いたのではなく、

他人に対して無分別でいる人間存在気づきタバコ媒介にしてその概念意識化したということである

お前がもし童貞なら、喫煙者の女とセックスすることをおすすめする

コペルニクス的転回人生で二度味わうという奇跡的な体験を得られるであろう

2017-06-02

副流煙への嫌悪感後天的学習してるのではないだろうか

人生喫煙者だったことはないが子供の頃から父の副流煙は吸ってた

体に悪い!って母は父に怒って追い払ってたのでそう言われるとそうなのかなと思ったが

煙草の煙の匂い自体には何も感じたことがなかった

高校ぐらいになって友達と附属大学学食へ行く時に

「あそこ行くと煙草匂いがついて臭いんだよなー」と言うはなしを聞いて

世の中にはそんな概念もあるのか!と驚いたほどだ


それで時は流れ更に20年後

今では副流煙歩き煙草も遭遇するとイラッと怒りを覚えるようになった

だが思い返せば、子供の頃には間違いなくなにも感じてなかった

同じものについて昔はなんにも感じてなかったのに、

今遭遇すると何か権利侵害されたような気分になり、相手がすごく甘えた奴のように思えて腹が立つの

なんか煙の匂い臭いと思うようになった


体への害の問題はともかく

この心理的な変化(怒りの発生)は後天的に身に付けてしまったもの

元は怒ってなかったものに怒るようになり、憎まないですんでたものを憎むようになった

生理的な反応まで変化して、堪えられないものが出来た


副流煙が体に悪いなら避けましょう、という理性の判断まではよいはずだが

この嫌悪や拒絶や憎しみは必要のなかったもの

煙草の煙に何も感じない子だった自分大人になる過程で煙への憎しみを身に着けた

これってたとえば、子供人種差別的な認識を注入するのと同じ仮定を経たと思う


世の中にはこうやって

理性によるシンプル回避から逸脱して

嫌悪憎悪刷り込みになっている価値観と言うのがかなりあるような気がする

2017-05-24

弱者強者は分かり合えない気がする

もちろん、潜在的弱者後天的強者という人もいると思うが、

それでも、強者は間違いなく弱者気持ちはわからない気がする。

またここでいう弱者とは社会的弱者という大きな話ではなく、小さなレベル間での話。

仕事ができる人 <> できない人)

サバサバ系 <> オドオド系)

といったレベルでの話。

できる人はできる人なりの努力をしている。それは分かっている。

だが、弱者は同じことをしてもできなかったりする。当然である

それまでが別の育ち方をしており、能力千差万別なのだから

そこを強者理解できない。おそらく、個の能力は別々だと理解しても納得はできないと思っているはず。

その対策として、嫌悪をいだくか、無関心を装おう。そうすることで自分の視界には入らないのでストレスはたまらない。

弱者も同じ理屈で、努力してもなぜかできないと自己嫌悪に陥ったりする。または開き直って努力しない。

そして、強者を見ていると、劣等感で辛いので、視界に入れないようにする。

また、ここの二つに属さない、ハリボ強者というのがいる。

弱者も嫌いで強者も嫌いという、真面目系クズみたいな存在だ。

社会に出ると、要領も中途半端で、仕事もそこそこできるが、すごくはできない。

そういったタイプ会社で扱いづらくというか、会社が成長するためには邪魔存在だったりする。

また、このタイプ弱者強者側の両方から嫌われる傾向があるため気をつけたほうがいい。

これを書いている自分はハリボ強者なので、

どちらの気持ちもわからないし、自分のこの面倒さも分かってもらえないだろうと思っている。

人生詰み始めていると思っている人は自分がどっち側にいるかだけ理解しておいたほうがいいです。

ミアキス進化から考える発達障害問題

http://anond.hatelabo.jp/20170522132625

について

http://q.hatena.ne.jp/1495428314#comment

コメントを書いたので転記+追記

生物学発達障害者擁護こじつけた論にみえます

他論を述べます

今は、発達障害者定義がすごくひろがっており、自閉症スペクトラムの「非常に薄い」部分も治療対象になるのではないか検討にくりいれられています

極言すれば「リア充」すなわち社交性で生き残る性質が100点満点の人でなければ発達障害の要因があるとされます

私にとっては、発達障害とは、新しい形質ではなく、昔からの、座業職人百姓や鉱夫のような、自然から直接資産を汲み出す産業必要だった性質みえるのです。それが今となっては機械職場を追われ、ゲームコンピュータという資産を汲み出すしかなくなっているわけです。

その意味ではミアキスのような「古い」存在だというのは納得いきますが、犬猫すべての可能性を含むとかいうふうにはちょっと納得がいきません。それは遺伝子プールのもの性質であるはずでしょう。

人間適応能力が広いから、育て方によっては発達障害者範疇にも、範囲外にもなり得るし、社会の変化スピードによっても定義がかわるのだというほうがまだ納得がいきます

さらに極論すると、字を早く読ませよう、小学校入学までに50音と足し算くらいは、と早期教育常識になっている(教育憲法に定められた国民義務ですからね)と、子が発達障害になりやすいのかもしれません、というほうが、遺伝子プールを引き合いに出されるよりはずっとわかりやすい。

 

でも元益田がいいたいのは、日本マスコミ美談依存症で「不自然」を悪者にするキメツケがひどい。差別行動などをひき起こしやす局面から、とにかく何を引き合いにだしてもいいから、穏やかに共存の道を探ろうという最後の部分だけだとおもうのですけどね。ミアキスを犬ネコ攻撃たかどうかなんてダレにもわからんわ。

 

=======

リア充が非常にもとめられているのは、福祉国家の最大労働者である介護者に必要資質が「うたれづよいリア充」だから

でも昭和初期の生まれは非常にデリカシーのない言動をする

(口さがないのがあたりまえだった。差別用語日常で平気で口にしていたし今でも口にする)ので、

適応障害」程度なら、介護経験すればだれでもなるといっていいくらいだ。

そのなかで「どうやら生まれつき介護や対人サービス業に向いていない性格」の人は「発達障害の気がある」とされる。

自閉症さえも、遺伝子レベル特定はされてないのに、発達障害=生まれつきと扱うべしというキマリはへんだけど、「疑わしきは生まれつき」とあつかったほうが社会無理解によるいざこざは少なくなるだろうということだね)

(まあ、仮に早期教育はよくなかった、なんて判明したって後天的まれつきだ、直せないからそのまま扱うしかないという結論になるんだし)

  

昭和後期生まれ団体ジュニア)が食い止めている間に早く逃げろといいたいが、

段階ジュニアこそ早期教育がなされた最初期の世代なんだよね。

粉ミルク最先端のはやりの育児だったし、排ガス大気汚染最悪期で育ったから肺は弱いし。

ちびまるこでいうまるお。へたれ

2017-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20170509113056

そういう性的嗜好幼児だけでなく乳幼児妊婦病人、老人、死体ですら)を持った人間一定存在していることは当たり前のことでしょ。

ただ、それが周囲に居るかどうかは分からん。というのも児童に対する欲情性的行為社会世間絶対に許さないので、そういう嗜好を持っている人はそれを隠すし行動にも起こさないから。で、たまーにペドエロ漫画でのオナニーじゃ満足出来なくなった奴が出てきて、犯罪を犯して注目を集めると。

あと男ばっかり注目されるけど女にもいるよね。まあ行動に起こす割合が男よりかは低いんだろうな。

でそういう人間については、それが生まれつきなのか、それとも後天的になったのかは分からんけど俺は可哀想だとすら思うよ。だって自分の性欲を満たすには犯罪に走るしか無いんだから

俺は自分と同年代の異性との、フッツーのセックスが好きなフッツーの性的嗜好/指向を持って生まれることが出来て良かったよ。社会的に許されない性癖持ちは大変だな。いつか全ての性欲が被害者無しに満たされる(仮想現実とか)、もしくは矯正できる世界になるといいね

2017-04-26

スポーツしろ、悪ふざけにしろ、芸にしろ大きな身体動作をしてる様子の映像って音声が無かったら結構キチガイっぽく見えるねんな、お前らww

冷静に考えるとお前らでも脳内実験で分かるやろうけど、さっき実際に目で見たから余計にハッキリと分かったわ、お前らホンマ、そういう風に見えるっちゅうことやから”ツンボ”の奴、いや、むしろ後天的にツンボになった奴はモノの見え方が激変するんやろなぁ~って俺様はお思いになられたわ、お前ら

俺の垢

https://plus.google.com/+%E3%81%8A%E5%89%8D%E3%82%89%E3%81%AF%E3%82%B4%E3%83%9F_%E4%BF%BA%E6%A7%98%E3%82%92%E5%B0%8A%E6%95%AC%E3%81%97%E3%82%8D%E5%B4%87%E6%8B%9D%E3%81%97%E3%82%8D%E5%A5%89%E3%82%8C

2017-04-08

パートナー発達障害を知るることで人生悪化する人とマシになる人がいると思う

パートナー発達障害を知ることで人生悪化する人とマシになる人がいると思う。

ある人は、結婚した相手発達障害だとわかったら、

絶望するとか、認めないと思う。

人生悪化するタイプ

世間体をあまり気にしない人なんかは、

今までの苦労や違和感の原因が、後天的性格努力不足などではなく、

先天的な脳の性質であることを理解することで、苦痛が緩和され人生がマシになるタイプ

っていうふうに元増田を読んでしまった私は、スペクトラムな本人。

http://anond.hatelabo.jp/20170408144506

発達障害自覚することで人生悪化する人とマシになる人がいると思う

発達障害自覚することで人生悪化する人とマシになる人がいると思う。

脳科学医学が発達したおかげか、それとも社会経済的余裕がなく貧しくなったせいか、はたまた排外主義の台頭か、原因は知らないが、発達障害人間はけっこう多いということがわかってきた時代

自分発達障害だと自覚していない、潜在的人間ってたくさん居ることになる。しかも何百年も昔の時代から

事実に基づいて思考できない権威系・体育会系の人は、

発達障害自覚したら絶望するとか、認めないと思う。

プライドが高いので。人生悪化するタイプ

「"うつは甘え論者"がうつになったケース」なんかと同じ。

事実に基づいた思考科学思考ができ、かつ世間体をあまり気にしないか、もしくはある程度は理解してくれる人に恵まれている人なんかは、

今までの苦労や違和感の原因が、後天的性格努力不足などではなく、先天的な脳の性質であることを理解することで、苦痛が緩和され人生がマシになるタイプ

発達障害について学ぶと本人でなくとも第三者でも「あい発達障害じゃね?」と気づくケースもあると思う。そういったときに、本人に対してアウティングというか告知すべきかどうかは、わりとデリケート問題だと思う。

理解者が周囲にいるかどうかで、発達障害者人生って大きく変わる。発達障害者同士にも格差がある。

ありていに言うと、発達障害であっても成功者能力者は無罪、それ以外はただの役立たず。みたいな空気はある。

"貧しい"ってこういうことだと思う。

2017-04-01

http://anond.hatelabo.jp/20170401202348

発達障害だけどそんなことないわw

最近」って言ってんだから後天的な何かじゃねーの?(発達障害先天的な脳の特徴。)

何でもかんでも「発達障害」で片付けるバカ死ぬほど嫌いだわ。

2017-02-21

歌の上手さとは何か

技術的には縦(リズム)と横(音程)がちゃんと合っているとか滑舌かいろいろあると思うんだけど、「聴く人が快いと感じる声質を持っているか否か」が大きいと思う。

これって後天的に変えられないよな。

2017-02-09

けものフレンズ人類は衰退しました

フレンズとは超科学(サンドスター)が作り出した新しい不死生命

サンドスターエネルギーによって死ぬことはなく永遠に生き続けるが、恐らくジャパリまんを補給しないと死ぬと考えられる

通貨にもなっていてフレンズたちにとって食料以上の価値があるもの認識されているジャパリまんは不老長寿を維持するサプリメントである可能性大

通常は死ぬことがないため繁殖必要なく1種族につき1個体問題がない、同様の理由でオスが不要なためメスしかいない

 

フレンズあくまでジャパリパークのマスコットという存在

生命フレンズあくま兵器ではなくテーマパークの死なないマスコットキャラのようなもの

セルリアンを倒すことができるということは想定外のことだったのか、

もしくは後天的セルリアンに対抗する能力を与えられたのかは定かではない

 

人類は既に滅亡している

第4話にてツチノコ発言から既にかばんちゃん以外の人類絶滅、もしくはそれに近い状態であると推察できる

滅亡の原因は詳しくは不明だが唯一の外敵であるセルリアンが原因であると考えるのが自然

人類攻撃対象にし、絶滅に追い込んだ後のセルリアンは次にフレンズを敵として認識しはじめたのかもしれない

 

フレンズ物理的な外傷では死なないが、唯一セルリアンに食べられると死ぬ

バスに引かれた、高所から落下したという物理エネルギーによる損傷があってもおかしくない状態でもサーバルちゃんは無傷

しかしそんな無敵のフレンズセルリアンを脅威として捉えていることからセルリアンから攻撃により最悪死亡すると考えられる

 

・「自分の身は自分で守る」は集落を作らせないためのタブー

集落を作り情報交換をし知能指数が向上してしまうとジャパリパークにて生きるフレンズたちが

真実に気付いてしまうのでそれを防ぐために設置したタブー

集団セルリアンから自衛するよりもフレンズたちの由来を知られることを危険とみていることがわかる

 

かばんちゃんがフレンズ化した理由

今まで人類フレンズ化しなかったのは「人間不老不死にしていいのか」という観点

フレンズたちに楽園真実に気づかせてもいいだろうか」という危惧から実行されなかったのであろう

ところが結局かばんちゃんがやってきたということはそれ以外に人類選択肢が残されていなかったということの証左である

そして第4話にてツチノコが他のフレンズにはラッキーモンスターは反応しないと説明しているのでかばんちゃんは最後の人間ということになる

2017-02-07

アスペっぽくて人の心に寄り添えずに生き辛い

10代前半の頃、うつ病を患い人生で10年ほど頭がクラッシュした状態で過ごしていたが

寛解した後大学を出て働くに至った。診断されたのは20くらいの時で厳しい時代を生き残り

寛解して社会復帰出来たこと自体は良かったのだけど最近、元々発達障害の傾向があったか

もしくは後天的に脳が配線が発達障害のそれに似た物になっているのじゃないか

思うようになった。

うつとは別にから

・人の話をちゃんと聞いてない

・そそっかしくて忘れっぽい

ミスをしやす

・人の意図が読めない

所は私にも家族特に父と弟はその傾向が強い)にもあったのだけど

病気になってから個人に関してはそういう特徴はよりひどくなったと思う

職場で1つ目の部署はあらゆる意味で失敗だったと思う

1回のミスが下手をすると直接的に人の命に関わりかねない業務だったので

全く持って向いていなかった

2つ目の部署業務の内容が私の一番得意なスキルを含んでいたので

数年持ちこたえているが部署間での調整を図るような仕事や事前に決定されたフローにない業務の処理などでミスが多発する。

相手意図した事や、皮肉、表情の情報暗黙の了解がわから

社会人に基礎的ないわゆる報告・連絡・相談を満足に処理できてない

正しい業務の流れの認識特に難しいのは私とそれ以外の部署複数絡んでくるような内容の時だ

逆に得意な分野は暗黙の了解が成立しない場合で私には日本人相手にするより海外の人を相手にした方がコミュニケーションは進みやすい。日本の同僚なみんな私を宇宙人外国人のように感じているのではないだろうか

短期的に業務を回せる場所にいても長い間いて業務が安定してくると

暗黙の了解を前提としていないと話が進まない事が多くなってくる

結局うつ寛解からさらに10年ほど後に私は上司に(直接的には言われなかったけど)病気発達障害?)の可能性を指摘頂いたので病院行ってくることになったのであった

診断はもうすぐ受けることになるのでまだ結果はわかっていないが

仮に発達障害と言われたとしても鬱が出てた頃の地獄に比べれば生命に影響が及ばない状況だと思っているし

先天的障害と言われるこういう症状を持つ人々が長きに渡り自然淘汰を生き延び現代にたくさん生きていること

・変革と革新の激しいIT分野の業種で多いと言われている(私も一応その業種だ)

研究開発分野の集団とか東大生でもこういう傾向はある(と噂されている)

という事を思えば

これは障害というより群れの意向の影響を受けない個体一定割合

存在した事でそのコミュニティの中で前提とされたルールの体系外から

群れの問題解決するのに役立つ集団がいたと考えた方が私としてはしっくりくる

※仮説だけどこれは群れの中にある一定割合で出現するよう調整されているんじゃないか、よく言われている働きアリの法則のように

みんなが平和常識的暮らして満足している場所でははた迷惑しかならんだろうけど

でも上記のような群れが停滞した時に外部から問題解決に役立つよう

調整された集団という仮説が正しければ

社会技術の変革が急激に進む場所でそれとなく人々の役に立てる事はあるだろう、僕のいる分野も(一応)ITだし

たとえ常識範疇迷惑でも評価もされなくても

大型生物に生息地を奪われ海から陸に上がった生命のように

ギャンブラーのような生き方の中から多くは無駄に命を散らそうと大当たりを引き当てる個体は出てくるだろう。そのように自然が作り込んだのだと思う。

そして生命はそのやり方でこれまで上手く進化を回してきたのだろうと思う

はてなを見ると似たような状況でなかなか生きづらそうな人が多いと思う

生きづらい人も生き易い人も皆幸せに生きて欲しいと思う

その人達に話を聞いてもらいたかったり

自分の状況をまとめたかったりではじめて増田投稿してみた

僕の診断結果は近いうちに出るだろう

2017-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20170131234241

それが「当然」かどうかは違うかな

後天的に身に付けられる、かつ、社会人になってからの方が学ぶ事が多いなら、冷静に考えて人事が重視すべきはそこじゃないだろう

姿勢じゃなくポテンシャルだよ

そんなの、人事の基礎だと思うんだがねぇ

2017-01-31

後天的に身に付ける事は可能

クリエイティブであるという姿勢だって後天的に身に付ける事は可能

その通りだと思います

ただ、採用担当の方がどうみるか。

就職活動時点ですでに「クリエイティブ姿勢」を身に付けている人を採用するのは当然だと思うのです。

http://anond.hatelabo.jp/20170131232927

http://anond.hatelabo.jp/20170131232228

それを言ったら今の漫画大国日本は無いよ

最初無能アシスタントだったのが有名漫画家になった例はゴマとある

クリエイティブであるという姿勢だって後天的に身に付ける事は可能、そこを見落としてるから叩かれているんだよコイツ

2017-01-26

基本的に「恋愛」は男限定の娯楽 女の大半は「一番好きな男」とは一

 福士蒼汰フォトショでいじくって、南海キャンディーズ山ちゃんにし、「大好き!」と口にするのが女という生き物である

 分かりにくい例えかもしれないが、要するに女の理想は叶う率が低いから、妥協を繰り返し、少しずつストライクゾーンを広げてゆく作業必須になるということだ。

 言ってしまえば、あらかたの女は自分を騙くらかすことでしか彼氏を獲得出来ないのである

 つまり女の恋愛は、娯楽じゃなく我慢なのだ


女は、本命の男に本気で恋をすると、極めて高い確率でフラれる

 恋心の強度と、フラれる確率は比例関係にある。

 好きになればなるほど難易度が上昇する。

 男は、「がっつく女、余裕のない女、重い女」を忌み嫌う。

 だから女は、恋愛感情故意に薄くして、無味乾燥に近づけ、死んだ魚になるよう努力しなくてはならない。

 愛情の鮮度が高いと、男は女が提供する恋の食卓にはついてくれない。

 恋心を生け贄にして、天から余裕を授かり、さりげなさを全面に出して男に媚びる。

 そうした無感情の狩りこそが、女の恋愛なのである

 好きなあの人への想いが最高潮に達した段階で付き合えたという、美しい運命を辿れた女など、ごくごく少数だ。

 男は選ぶ側のため、「一番好きな女」と付き合える。

 女なんていう生物は、歩く無料お試しキャンペーンみたいなものだ。

 特段のブサイク性格破綻者を除けば、男に求められて喜ばない女はいない。

 男の恋愛は始まるまでに困難がなく、実はドラマチックさの欠片もない。

 だからこそ、「あえて想いを伝えずに、この駆け引きを楽しんでいます」という余裕綽々の態度を取る者がいくらでも現れるのだ。


男という悪徳工場が、不誠実な女を大量生産している

 どれだけ誠実な女であろうと、全身全霊で恋に落ちてしまうと、意中のあの人にどん引きされ、物の見事にフラれてしまものだ。

 男目線だと、「そんなことないよー。純粋気持ちが一番嬉しいよ☆」という真心第一みたいな結論に行き着く場合もある訳だが、これほど無責任綺麗事は他にない。

 どんな女であれ、「あの人を好きな気持ちだけは誰にも負けない。」という純情一本気な思いの丈を、胸に熱く秘めていた時代があるはずだ。

 しかし悲しいかな、純情さだけでは、手応えゼロ全否定されて失恋してしまう。

 どうしてかと言うと、この世を生きる女の大多数は、なんの才能にも美貌にも恵まれない無力な存在であるがゆえに、猫も杓子もが「媚び」という曖昧模糊としたものを唯一の武器にして戦おうとするから供給過剰になってしまっているためだ。

 男は空求人みたいなもので、常に誠実な人を大量募集していると見せ掛けて、「残念ながら、今回はご期待に添えない結果となりました」とお祈りを連発する。

 そうして女は幾度もフラれ、ただ突っ込んでも事態好転しないということを悟り、好きの感情に打算を組み込むようになる。

 自然体で男と接するトレーニングをしたり、好きになり過ぎないようにセーブして、計算高く立ち回ったりし始める。

 その結果、彼氏が出来たとしたら、開口一番こう切り出すだろう。

「なんだ、付き合うってこんなもんか」

 そらそうだ。

 恋心を肥大化させずに、落ち着き払って男を落としたに過ぎないのだから

 釣り堀で、虚しい魚釣りをしていたも同じ。

 一向に心が満たされないから、幸福論でいうところの『幸福を追求する不幸』という状態に陥り、次から次に手頃な男子を求めるようになる。

 これが後天的ヤリマンへ変化するプロセスだ。

女が非モテへと落ちぶれる流れについて

 精神科医ジャック・ラカンが、『欲望他者欲望』という言葉を残しているように、生きている中で誰かを好きになったとしたら、自分以外の人間もその子を好きだと考える方が良い。

 金は金を呼ぶみたいに、愛される人はより愛されるのが、現状の人間界なのだ

 誰もが似たような流れで欲望を浮上させるから自分特定のあの人を好きになった感情フローを、他の多くの人々も体験している可能性が高い。

 ゆえに奪い合いになる。

 しかイケメンは、可愛らしい子達が根こそぎ奪って行くため、反応に困るような人だけが少量、余っているだけになってしまう。

 その中からなんとか好きになれる人を探すわけだが、好きになった頃には、他の女もその男を好きになっていたりするため、また争いが発生する。

 こうやって殴り蹴られの決闘が延々と続くから非モテ挫折したまま、半永久的に再起出来なくなってしまうのだ。

 つまり無気力学習するということであり、こうなってしまえば、「自分最初から男に興味なんてないんで……」とオタク趣味に走ったりする。

 これが非モテへの転落である

女のほうが女としてのアイデンティティについて不安が大きく、自分モテるであることを証明したがる。

 こうした傾向があるからこそ、男よりも女の方が、失恋からの立ち直りが遅い。

 良く男は、「いい男なんて星の数ほどいるんだから、もう忘れなよー」と口から出任せをいう訳だが、これは的外れな助言である

 女が悶え苦しんでいるのは、好きなあの人を喪失した悲しみなんていう小さなものではなく、アイデンティティに深い傷が入ったためだ。

自分の女らしさが通用しないのではないか?」と憂いを抱いているときに、それを否定されるような断られ方をすると、失意のどん底に落ちる。

 そして、「私は終わってる」「私は一生一人だ」と憂鬱感情を強化してしまうため、自発的言葉によって、内部から心が壊れてゆく。

学習性無力感を引き起こす手続きは、うつ状態と同じような状態を作り出すと考えられるようになった。それは、学習性無力感が、うつ病モデルとして妥当性を持つことの証明にもなった。

 残念無念にフラれる連続の中で、「私なんて女としてダメだ……」という落ち込みの反復が起きて、自分の不甲斐なさについて学び続けてしまうと、精神が歪んでゆく。

 それはそれは寂しくて、どこの誰でも良いから、この弱り切った瀕死自分を認めてくれ、と切望するようになる。

 こうなると最悪なことが起きる。

 それは、男が最も嫌悪する、「がっつく女、余裕のない女、重い女」になってしまうということだ。

 気付いたときには既に手遅れ。

 プライドを削って、グレードの低い男に突撃したとしても、厄介なギトギトした女に成り下がっているため、近付いただけで逃げられる。

 勇気を出して振り絞った、最後の女らしさ――アイデンティティの全てを砕かれてしまうということだ。

 暗転。目の前が真っ暗になる。

自分は誰にも必要とされていない」という絶望悲劇、激痛を急速に学習してしまう。

 明言しておくと、女が人生において一番に彼氏が欲しいときは、こういう誰一人に相手されない悲しい時代だ。

 しかしながら、男も一回きりの貴重な人生を歩んでいるため、浮上確立が低いどん底の女を相手にしている暇などない。

 こうして一生浮かばれない、弱者女性が出来上がるのだった――





http://pipipipipi-www.hatenablog.com/entry/2017/01/26/194617

※ただし男版も女版もイケメン美女は除く

2016-12-31

動脈瘤治療をした

私は26歳男性である

1年前,数日間頭痛が続くことがあり,病院に行った.もともと偏頭痛持ちで小学生くらいのころから定期的に頭が痛くなる体質だったが,そうした偏頭痛は大体半日くらいで治るので心配になったのだった.

医者は恐らく緊張型頭痛だと考えられるが,念の為頭部MRを撮るかと言ってその日のうちにMRを取ることになった.MRCTと違い放射線ではなく磁気で人体内部を走査するもので,1回に40分ほど,1万円くらいかかった.

結果が出るのには1週間程度かかると言われ,その日は家に帰った.私は緊張型頭痛だったのかと安心し,それから数日して頭痛が収まったので,MRの結果をうっかり聞くのを忘れたままそれから1年が経った.

ある日,病院から手紙が来た.手紙には頭部MR検査結果でお話したいことがあるという旨が書かれていた.頭痛はすっかり良くなっていたが,私は心配になり,1年ぶりに病院へ足を運んだ.

そこで初めて医者から「未破裂脳動脈瘤」という単語を聞かされることになった.

未破裂動脈瘤という病気がある.未破裂動脈瘤動脈血管の何らかの理由で薄くなった部分が風船の様に膨れる病気で,それが破裂すると大量の出血が起こる.この未破裂動脈瘤が脳の動脈に起こるのが未破裂脳動脈瘤である

逆に,破裂さえしなければ,瘤が相当大きくない限り(そもそも瘤が破裂せずにそこまで大きくなることは稀)何らかの症状が出ることはまったくない.また破裂するタイミング予測ができない.

脳と言っても,瘤が脳を覆っているくも膜の内側にあるか外側にあるかで破裂した場合の結果が変わってくる.

動脈瘤がくも膜の内側で破裂した場合くも膜下出血となり,1/3の患者が死亡,1/3の患者が重篤な障害,1/3の患者特に何もなく日常生活に復帰できるという話だった.外の場合は硬膜外出血という別の病気となる.

私の場合は左目の奥,くも膜の内側にあるためくも膜下出血の恐れがあるということだった.

聞かされたときはなんだか現実感がなかった.「この一年で破裂しなくてよかったですね」「そうですね.ははは」という会話をして再度MRを撮るということになった.

動脈瘤の原因について尋ねたが,未だによく分かっていないらしく,先天的に血管の壁が薄いところがあって,そこが年を経ていって膨らんでいくというふうに考えられているということだった.

タバコアルコール後天的な原因と考えられているらしいが,私はタバコも吸わないし,アルコールも一滴も飲まない.なりやすさは遺伝するらしいが,くも膜下出血で亡くなった近しい親族はいない.男性より女性の方が若干なりやすいということだったが,私は男性である.なぜ動脈瘤が発生したのかはよく分からなかった.

再度撮ったMRの結果としては,瘤の大きさは1年前と変わっていなかった.未破裂動脈瘤は破裂する前に大きくなることが多いため,期せずして1年間観察することになったが,とりあえずは安定しているように見えるということだった.

動脈瘤の手術を受けられる病院への紹介状を書いてもらい,今度からはその別の病院に通うことになった.

新しい病院で脳血管造影を受けた.これは造影剤を流すためのカテーテルを腕から脳まで入れてCTで血管の三次元構造撮影するもので,血管の様子を3Dモデルとして見ることができるという優れものである

造影剤が流された瞬間,血管がカッと熱くなるのが分かり,普段意識することのない自分脳内動脈がどこを走っているのかが体感として分かるという斬新な経験をした.

理由はよく分からないが,CTを撮っている時に,閉じている目の裏に飛蚊症のようなつぶつぶが動くのが見えた.

検査の結果,私の動脈瘤は細長い形をしており,長径が4mm,短径が2mmほど,先端に乳房に対する乳首のようにぽっちりと膨れている部分があることが分かった.

「通常5mm以下で形が均一なものは様子を見るということが多いが,君の場合は5mm以下だが形が不均一で,daughter sac(ぽっち)があり,かつ平均余命から考えて君はまだあと30年は生きてもらう必要がある.手術したほうがいい」医者が言った.「普通,君の年齢でこうした未破裂の脳動脈瘤が見つかることは珍しい.ほとんどが破裂してから病院に運び込まれて緊急手術して死んだり障害が残る」「破裂する前に見つかってよかったね」

破裂する確率はどれくらいか尋ねると,形や大きさにも依るが君の場合はだいたい1年で1%から2%くらいじゃないかなということだった.「君が80歳のお爺さんなら様子見するところなんだが」長く生きるならその間に破裂する確率は累積してやはり高くなる.

「そんなベルヌー試行みたいなことを言われても」と私は思ったが,実際そんなもんなのかもしれなかった.要は不発弾がいつの間にか脳内に埋まっていたということなのだ.

からある偏頭痛はこの動脈瘤と何か関係あるのか問うと,「全く関係ない」ということだった.「偏頭痛は生まれつきのもので,治るということはなく,それぞれの患者さんが偏頭痛の起こるきっかけを把握して予防するしか無い.ちなみに60を過ぎると起こらなくなることが多い.今は良い頓服薬があるから出しておこう」というので偏頭痛用にマクサルトという頓服薬を貰った.「頭痛があったからこそ今回動脈瘤が破裂する前に見つかったわけで,何がどう転ぶか分からんね」

私は病院からの帰り道に死ぬまでに破裂する確率計算してみた.医者が言うように1年で破裂する確率が2%とすると,98%の確率来年も破裂しないまま今と同じように生きているということだ.2年後も破裂しないままでいる確率は0.98*0.98でだいたい96%すなわちこの2年間の内に破裂する確率は100-96で4%ということだ.同様に平均寿命である80歳まで生きるとすると,残りの寿命は54年,0.98^54は0.34.34%の確率で破裂しない.逆に言えば,80歳までに66%の確率で破裂するということだ.

実際のところは破裂しても1/3の患者日常生活に復帰できるので,80までにくも膜下出血死ぬか重篤な障害によって死んだ感じになる確率は0.66*(2/3)で44%ほどと言える.

手術せず破裂しないのを祈るのは分の良い賭けとは言えなかった.

同様に,今から24時間で破裂する確率はどれくらいだろうと考えてみた.1年で破裂する確率を同様に2%とし,1年を365日とする.1日24時間で破裂する確率をxとすると,(1-x)^365=1-0.02であり,これを解くとxはだいたい0.000055となる.

すなわち0.0055%で24時間以内に破裂するということだ.後で調べて分かったが,これはだいたいスマホガチャゲーで一回の試行トップレアを引くのと同じくらいの確率である.私はとりあえず安心した.

同時に,自分って死ぬんだなと思った.幼い頃に死んだ祖父の冷たくなったゴムのような手を思い出し,それから交通事故で亡くなった小学生の時の親友を思い出した.

思い返すと,私は日々を死んだように生きてきたなあと思った.そしてこのまま突然死ぬのは嫌だなあと思った.死んだら何もかもどうでもよくなるので,生き残った場合に備えるべきだと思った.今まで研究にも就活にも後ろ向きな態度だったのを恥じた.

出すつもりのなかった研究予算に無理やり応募し,興味のある企業インターンに応募した.

動脈瘤の手術のやり方は2種類ある.ひとつは頭を割り開き外からクリップで瘤を留める方法,もうひとつカテーテルで血管の内側からプラチナ製のコイルを瘤内に詰める方法である.私の場合は瘤の位置がかなり脳の奥にあり,クリップで留めるのは難しいということだったので,カテーテルコイルを詰めることになった.SFが好きなのでいつか身体機械インプラントしたいと思っていたが,まさか治療のためにこうして脳内物体インプラントすることになるとは.

コイルが詰められた瘤は血が血栓として固まって破裂しなくなり,二週間程度で膜ができて固まった血栓が飛ぶ心配が無くなるということだった.ただし,術後二週間は血栓ができにくくなる薬を飲む必要がある.

治療過程カテーテルの様子をCT観測する必要があり,そのため長時間放射線被爆することになるが,最近機械は少ない放射線でかなり見えるようになっているので,そこまで気にする必要はないらしかった.昔は皮膚が放射線でやけどして赤くなったり,まれ白内障になったりということもあったらしいが,今はそんなことはまったくないとのこと.実際に放射線で皮膚や目に異常が起こることはなかった.

手術の成功率はだいたい97%程度ということだった.単純に考えて2年様子を見るくらいなら手術したほうが良いということだ.私は手術を受けることにした.

結論から言うと手術はうまくいった.関東では全身麻酔でやることが多いらしいが,関西ではカテーテルを入れる入り口であるもも付け根に局所麻酔をするだけが多いらしく,関西病院だったので局所麻酔だけだった.

なので手術中は自分脳内カテーテルが動いているのが分かった.血管自体に痛覚を感じる神経は無いらしく,違和感だけで痛みはなかった.術中はバルーンで血流を一部止めるということだったが,脳というのはよくできていて,一箇所を堰き止めても全体の血流が滞らないように根本の血管が輪になっているので大丈夫だという話だった.後で医者曰く,「いつもは破裂してくも膜下出血を起こして運ばれてきた高齢者動脈硬化した動脈瘤ばっかり手術してるんだけど,未破裂だし動脈硬化も無いし手術はやりやすかったよ.血栓による脳梗塞も見たところ起こってない」とのこと.

結局のところ手術のための入院で最も辛かったのは尿道カテーテルだった.脳に異物を入れるのよりも尿道に管を入れるほうが痛いというのも妙な話だが,入れるのも痛かったし,抜くのも痛かったし,抜いてから排尿するのも勇気を振り絞る必要があった(痛いが思い切って出すのがコツ).抜いた後排尿しようとして時折尿道から空気が出てくるのは奇妙な感覚だった.

手術直後は凄まじい頭痛が起こった.偏頭痛とよく似た慣れた痛みで,今までの偏頭痛では見たことのなかった歯車のようなギザギザしたものが空中に見えた.朦朧とした意識の中でこれが閃輝暗点というやつかと思った.気分も最悪で手術後にコイルの様子を見るためのMRを撮っている途中で我慢しきれず吐いてしまった(大変申し訳なかった).

翌日になるとだいぶ頭痛は収まったが,それでも一ヶ月ほど偏頭痛のような頭痛は続いた.最初の一週間は眠れないくらい痛い時もあった.他の脳動脈瘤治療をした人の話を調べると術後にこうした頭痛を起こしている人はいなかったので個人差があるようだ.

1日経って,シャワーを浴びるために頭に湯をかぶった時に,左目に奇妙な筋が走った.明るいものを見て目が部分的に眩んだような感じだ.初めは何か明るいものを見て焼き付いているのだろうと思ったが,いつまで経っても消えなかった.閃輝暗点一種だろうかと思い,しばらく様子を見ることにしたが,一向に消える気配が無い.翌朝眼科を受けたところ,左目の網膜の一部に浮腫ができているということが検査で分かった.原因は不明で,考えにくいが詰めた動脈瘤から血栓網膜の血管に飛んだ恐れがあるということだった.通常,血管にはそうした血栓を通さないための仕組みがあり,そうした血栓が目に行くことはあまりないことらしい.

私としては熱いシャワーを頭に浴びたのがよくなかったのではないかと思う.それで血管が広がり血栓が通過してしまったのではないか眼科医は「時間がかかるだろうが,浮腫は軽度のもので年齢的に若いから治る可能性が高い」と話した.神経の修復を促進するためのビタミン剤と血行を良くする薬を処方された.もしかしたら左目はずっと一部が見えないままなのかとウンザリしたが,見えていなかった左目の奥の動脈瘤という危険な穴が,命を脅かさない代償として目に見える位置に移動したのだと考えることにした.

退院後は血栓を作りにくくする薬を二週間飲んだ.応募していた企業インターンが受かったため,それから二ヶ月の間インターンに参加して企業結構忙しく働いたが,最初の方は頭痛が残っていた以外に動脈瘤治療が何かの問題になることは無かった(目も実際のところそんなに気にならなかった).痛みや症状がある内は不安で頭が一杯になるかもしれないが,少なくともそうした不安がずっと続くことは決してないということが分かった.人間適応するのだ.

それから数カ月が経ち,今現在は左目の網膜上の浮腫もほぼ無くなった.目が暗順応する過程もやもやとした揺らめきが時折視界の外側に見えることがあるが,ほとんど日常生活する上では気にならなくなっている.

また,あれだけ頻発していた偏頭痛ほとんど起こらなくなり,起こっても以前ほどの痛みを伴わなくなった.思えば偏頭痛で毎回痛かった部分が動脈瘤のある場所だったのでやはり何か関係があったのではないかと思う.

手術前に応募した研究予算はやはり燦々(*1)惨憺たる結果だったが,インターンさせてもらった企業から内定を貰ったので,来年から務める予定である

動脈瘤は年齢に関係なく成人の5%程度が持っていると言われている.ほとんどの人にとって知り合いの内の数人は持っているということだ.ほとんどの脳動脈瘤は小さく,破裂することは稀だが,それでも全ての脳動脈瘤は破裂してくも膜下出血を起こす恐れがある(というかほとんど全てのくも膜下出血発見されていなかった未破裂動脈瘤が破裂することで起こる.逆に未破裂脳動脈瘤が無い人はくも膜下出血を起こすことはほぼ無い).

くも膜下出血を起こしてからでは遅い.MRを撮ったことがない人特に偏頭痛に悩んでいる人(*2)は一度MRを撮ってもらうことをおすすめする.

たとえ,未破裂脳動脈瘤があったとしても,パニックになる必要は無い.5%は引くかもしれないが,スーパーレアを引くのは難しい.

(*1) 20170108修正コメントで多数指摘があった通り「燦々」は誤字.燦々たる結果だったらよかったのだけれど.指摘ありがとうございます

(*2) 20170108修正偏頭痛と脳動脈瘤無関係なのでこういった提案おかしいという指摘があったが,その通りである医者の言によれば,脳動脈瘤を持っている人の中には偏頭痛持ちの人もいればそうでない人も脳動脈瘤が無い場合と同じようにいるということだった.ただ,私の実体験として,脳動脈瘤治療後に偏頭痛の発生する頻度が激減したことと発生しても以前と比べて痛みが軽くなったことから,私の場合は両者には何らかの関係があるのではないかと考えている.しかしながら,これはたかだか個人体験から来た本人の推量であるので,一般的な話と考えるのは無理があった.指摘ありがとうございます

2016-12-14

格差を克服することは難しい

格差には様々なものがある

身体的なもの

身体的な格差には健康面・容姿運動能力・体格などの4種類が考えられる。

経済的もの

経済的格差には先天的もの後天的ものの2種類がある。


しかし、自力によって克服できるものとそうでないものがある

克服できると考えられるもの

運動能力

環境などの要因も考えられるが、努力によってある程度改善することができると考えられる。

練習を全くしなかったスポーツ選手の子供よりは練習をした凡人の方が能力が高くなるだろう。

しかし、同じ時間練習をした場合を考えると、スポーツ選手の子供のほうが環境的にも遺伝的にも有利ではないかと考えられる。

したがって、多少不利ではあるが克服可能場合もある格差である

後天的経済力

経済力はどのような能力をもち、そしてどのような職業に就くかによってのみ決まるものであるので、個人能力努力による部分が多いと考えられる。

しかし、こちらも環境要因(親の経済力など)を考えると、親が裕福であるほうが有利であるのは明白である

自力による克服が困難だと考えられる格差

健康

先天的病気障害などは努力によって克服することは出来ない。

健常者よりも努力をすることによってようやく同じライン、もしくは近くに立つことができる。

容姿

整形という裏技的克服も可能であるが、努力によって克服することは不可能であると考えられる。

体格

筋力という面ではトレーニングによって格差を克服することは可能であるが、身長などは努力によって克服することができるものではない。

※ 手術で身長を無理やり伸ばす手法もあるが

先天的経済力

親の経済力自身努力でどうにかなる問題ではない。

自身努力でどうにかするには親を教育するなどの方法が考えられるが現実的ではない。

自身努力によって克服することが難しい格差が多い

まとめてみると、自身努力によって克服することが難しい格差が多いように思える。

しかし、良く世間的に取り上げられるのは「後天的経済格差」についてではないかと筆者は考える。

もう少し克服が困難な格差についても考えるべきではないかと考えられる。

同じ後天的経済格差でも内容が異なる

後天的経済格差のみの場合

こちらは親に寄生(仕送り実家住まい)しているフリーターニートなどでが該当する。

「彼らが就職できないのは社会が悪い」というような論調で語られる場合が多いがそれは間違いである。

なぜなら、親の経済力子供(成人)を養えるほどにもかかわらず、自身能力を高めなかった、もしくは人生を正しく設計しなかったことによる後天的経済格差であるからだ。

親の経済力が弱かった場合

こちらは後天的経済格差でもあるが、先天的経済格差も抱えている。

こちらは努力をしなかったために後天的経済的格差が生じていると単純に考えることは難しい。

格差を克服するということ

では 親世代から受け継いだ格差を克服するということはどういうことか考えてみる。

健康面・容姿・体格・親の経済力などの先天的もの努力によって克服することが不可能であることは前述した通りである

では自身努力によって克服する可能な「後天的経済力」について考えてみる。

運動能力についてはよくわからないので割愛する

後天的経済格差の克服は努力するほど辛くなる

後天的経済格差の克服は辛い努力によるものである

劣っている環境(道具やサポートなど)において、周りよりも努力をすることで克服することができる場合がある。

しかし、努力すれば努力するほど周りのライバルたちは優秀(勉強ができるという意味で)になる。

優秀な人間の親は裕福である場合のほうが多いのは、経済力学歴関係などからも明らかである

したがって、努力すればするほど周りとの経済格差環境格差は大きくなるのである

これは、単にライバル能力が高くなるだけではなく、その境遇待遇環境の差も大きくなるので、精神的に辛いものがある。

また、努力の結果収入の多い職業に就けたとしても、新人給料は非常に低く設定されている(国内)ため、若いうちは同世代とも大した差は生じない。

若いうちは、努力をしてこなかったが、親の経済力がしっかりしているフリーターニートなどのほうが経済力が上なのである

格差克服を妨害する先天的経済格差

経済力の弱い親は人生の後半で足かせになることが考えられる。

介護や老後の蓄えが無いなどの状況により、親のための出費がかかると考えられるためだ。

したがって、後天的経済格差を克服するためには、努力によって収入の多い職業につき、親の老後のお金もだしたうえで、経済力のある親の子供に勝利しなければならない。

これは非常に難しい。

なぜなら1世代のみの勝負ではなく、少なくとも2世代以上続く経済的勝負であるためだ。

努力によって先天的後天的経済格差を克服するために必要もの


以上が求められている。

努力自分に使える金額は比例しない

後天的経済格差を克服した先にも格差が待ち受けている。

自分のために使われたお金金額と、他人のために使った金額努力の量で考える。

貧乏な親のもとで生まれ努力の結果収入の多い職に就いた人間は、自分のために使われた金額は少なく、他人のために使ったお金努力の量は多いのである

しかし、裕福な親のもとで生まれ努力をせずに収入の低い職に就いた人間は、自分のために使われた金額は多く、他人のために使った金額も少なく、努力の量も少ないのである

したがって、自分のために使える金額というのは努力の量には比例しないのである

しか努力しないわけにはいかない

貧乏な親の元に生まれ場合努力をしないわけにはいかない。

頼れるものが無いので、自分で稼ぐしかいかである

いくら格差があろうと、不公平感があろうと機械のように努力しないければならないのである

努力した結果、周りが裕福な家庭に生まれていようが、環境の差があろうと努力しなければならないのである

努力した結果が普通な生活だとしても努力しなければならないのである

実際は努力するだけではだめだ。

結果を出して経済格差勝利しなければならない。

たとえ勝てる見込みが限りなく0に近くとも努力しなければならないのである

貧乏人には努力しか残されていないのである

努力し、努力することで親の世代努力してこなかった結果の経済格差、罪を償わなければならないのである

1代で償いきれるかはわからないが償わなければならないのである

http://anond.hatelabo.jp/20161213010635

増田がそう思うのは、僕らがこの世界を3次元ユークリッド空間認識しているからだろうね。

実は両目に映っているのは2次元画像なのだけれども、その視差を利用して3次元である認識しているらしい。

僕らの脳はずいぶん高度なことをやっているのだ。

ところで、どうやらこの世界は少なくとも特殊相対論においては 空間次元時間次元 の4次元空間ミンコフスキー空間)だということがわかっている。(量子化された一般相対論によるともっと次元のようだけれどもここでは置いておく)

それなのに僕らはガリレイ変換を自然だと考え、ローレンツ変換不思議に思う。(電車から外を見て、木が動いていると感じる人はいないだろう。一方でローレンツ収縮を僕らは不思議に感じる)

これはどういうことだろうか?

じつはこれらの感覚後天的に会得された物かもしれない。

増田は刈り込みという言葉をご存知だろうか?

まれから爆発的に増えたニューロンはあるときから急激に減りはじめ、5歳くらいで落ち着くそうだ。

脳内の使われなかったネットワーク処分最適化するらしい。

幼児期に聞き分けられた r の音が、日本人はある年齢になると聞き取れなくなることで有名だね。

動物を使った実験で、産まれてすぐの赤ちゃんに目隠しをしていると永遠に視力が失われることが知られている。

人間を使った実験はないが、幼児に眼帯をしているとやはり視力が失われることが知られている(ただし、その後のトレーニング回復可能

実は産まれたばかりの赤ん坊立体視をすることができない。

(3Dテレビは5歳以下の幼児には見せないでというのはこの辺りに起因する)

どうやら視力と同様、脳の訓練で後天的に獲得される物らしい。

しかしたら、僕らがこの世界を4次元ミンコフスキー空間と知覚出来ないのは

日本人が r の発音聞き取りにくいのと似ているのかもしれない。

僕らの移動スピードは遅すぎて ガリレイ変換で十分なのだ

遥か未来宇宙空間に置ける光速移動が可能になった頃。

その頃産まれたこども達はこの世界をどう捉えるだろうか?

しかしたら、かれらはローレンツ収縮を自然に感じるのかもしれない。

2016-12-05

おまえら、ほんとうちの小学2年生と同じだな

うちの下の息子は、条件付きの文章というのが理解できない。たとえば「いい子にしてないと、おやつをあげないよ」というような文章だ。

これを言われると、かれは「おやつをあげないよ」という部分しか理解できなくて泣きわめく。理不尽おやつを取り上げられたと考えて「おやつおやつー」とだだをこねる。肝心の「いい子にしてる」なんてことには全く注意が向かない。

上の兄ちゃんは小さいこから、これを普通におやつがほしければいい子にしないといけない」と解釈できた。なので、この手の論理先天的に身についているものだと思っていたが違うようだ。「A→B」と「¬B→¬A」が同じものだということは人によっては、後天的教育で身につけるものらしいのだ。

いや、そもそも大人になっても身についていない人間が多いらしい。

保育園落ちた日本死ね」なんてのも典型的な「A→B」の一種だ。曰く、「日本死ね」はヘイトだ許されざることだ日本人としてありえない。うん、その通りだよ。それはすなわち「保育園落ちた」がそれと同じぐらい許されざることだ、ということをこの文章は主張しているんだよ。

しかネットには「日本死ね」という表現についての是非の論評だけがはびこっている。「ならば」がないだけでつながりを見抜けない。そしてそれを指摘する文章も驚くほど少ない。

大丈夫おまえら

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