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はてなキーワード: 古代ローマとは

2022-11-30

anond:20221130210649

こんなの古今東西ありふれてる話やろ。連合国兵士として戦ってる間に自分の嫁がイタリア捕虜と仲睦まじくなってるとか、古代ローマローマ市民の嫁が旦那のいない間に長身筋骨隆々ゲルマン人剣闘士を家に呼んでやりまくってるとか

2022-11-25

anond:20221125171211

長期化した政治体制制度の腐敗は古代中国古代ローマより前から存在して一度も解決されてない難問なんだが、100年解かれてない程度の数学と比べるのナンセンスすぎる。

2022-11-23

anond:20221123233740

あん生産性のないスポーツという空虚な娯楽は消えてほしい

糞みたいな遊びでカネを集めるような虚業は消え、見世物なら見世物らしく、古代ローマのように命を懸けて殺しあえばいいと思う

2022-10-30

anond:20221030165732

古代ローマでは愚民にはパンと闘技場(=死など過激暴力などを含めた娯楽)をあたえておけばいいって感じで飼われてる市民が多かったよ

ネロとかカリギュラとか独裁ができたのはそのためだよ

本読めるならいろいろ読んだ方がいいよ

まらないnoteウェブサービス)でさえ課金してるのにその著者が書いた本は図書館いけば無料で読めるんだよ

2022-10-22

anond:20221022024928

金で使役されてる時点で古代ローマ時代なら奴隷なんだよね

やはり人間資本家にならなきゃ

2022-10-07

anond:20221007124740

ググレカス(Guglecus、 生没年未詳)は、1世紀頃の 古代ローマ博物学者・思想家検索システム開祖として知られているだけでなく、「知」を重んじ、それを得るための情報重要性を初めて認識した古代最高の知識人として、近年とみに評価が高い。「知の巨人」と呼ばれる。反面、伝記が正確に伝わらず、特に日本では、インターネット時代に入って情報検索に怠惰な者を罵倒する用語として彼の名前が使われるなど、気の毒な人でもある。

2022-10-06

anond:20221006160445

古代ローマの家父長による婦女子の所有権は、その婦女子を保護するという面が大きいんやぞ。

anond:20221006160125

ちなみに古代ローマでは妻や子も家父長の所有物であり奴隷同様生殺与奪を握られていました

anond:20221006155928

キリスト教由来の一夫一婦制に基づく結婚がなければ、

男は競争しあって2割が生殖に参加することで優秀な遺伝を残す役割本来の姿

生殖に参加できない劣った男は古代ローマ時代のように労働奴隷になるといい

2022-09-03

anond:20220902212518

レモン水を飲むと何故か古代ローマ貴族になったような気分になるのは俺だけか。

チュニックだかトーガだか知らないが布をくるくると巻きつけた緩みきった身体を横たえながら、

ギリシアからやってきた竪琴の名手の演奏をつまんねえなあと聴きながら時折飲むレモン水。

そんな気分になる。

(ちな古代ローマ時代にはヒマラヤ原産レモンはまだ地中海世界には到達していないはず。シチリアレモン生産地になるのは9世紀以降。)

2022-08-25

anond:20220825125241

1ポンド=20シリング=240ペンス

という比率

フランク王国が定めた

1リブラ=20ソリドゥス=240デナリウス

という比率に由来する。

リブラは古代ローマにおける通貨単位であると同時に重量の単位でもあり、

1リブラは「重さ1リブラの銀貨」ということになる。

さらに1リブラの銀から240枚のデナリウス銀貨を作っていたので

1リブラ=240デナリウスとなった。

そして金は銀の12倍の価値を持っていたので

ソリドゥス金貨1枚とデナリウス銀貨12枚が等価であると決められた。

まり240デナリウス=20ソリドゥスである

というわけで1リブラ=20ソリドゥス=240デナリウスという式が完成する。

もちろん1リブからどれだけの銀貨を作るか、金が銀よりどれくらい価値があるかは、時代によって変わるのだが、

基準としては「1リブラ=20ソリドゥス=240デナリウス」がイギリスでは守られていったのである

2022-08-15

共感にあらがえ - 内田樹の研究室を読んで

これは、いろいろと考えさせられるいい文章だと思った。永井陽右という青年を振り回すかのように語る内田樹。こういうマウントは嫌いじゃない。

ただ、内田が、

感情の器」って、あくまでも個人的身体条件のようなものから

というとき、何か逃げた回答のような印象を受けた。

たとえそれが自分の中から湧き出す内発的なものだとしても、大昔にアダム・スミス道徳感情論で追求したように、何かのテコで共鳴し、社会規範構成するに至るメカニズムが何かしらあるんだろうと俺には思えてならない。

そういう感覚を身に着けるのにどうすればいいかと問うた永井氏に、家風だとか、弟子入りだとか、そんな表現内田氏がするのは、けむに巻いているようにしか思えなかった。

家風にしても弟子入りにしても、そのつながり方が、社会規範にむすびつくメカニズムがあるはずだ。

アレックス・カー20年前に書いた本で『犬と鬼』という著作がある。

おりしも建設省代表される特別会計の闇が浮き彫りになった時代

アメリカの7倍のコンクリートを使って日本山河コンクリートで固めようとしていた、公共事業のあり方に疑問を呈した名著。

その『犬と鬼』のなかでカーは、そんな日本に至った問題を解明するヒントは「徳の逆説」にあるという。

「徳の逆説」というのは、国家も人も同様に、自分たちに最も欠けている資質を最も高く評価する傾向があるという、カーが常々思っている真理を彼なりに名付けたものだ。


A・カーは、フェアプレイ精神といいつつ、七つの海を支配した大英帝国の事例、平等を錦の御旗にしていた共産主義者トップ黒海に豪奢な別荘を保有し、人民実質的農奴と変わらない生活だったというソ連の例などを挙げつつ、最後に、和を貴ぶ日本人がなぜ明治開国後、対外侵略に夢中になったかという精神性に触れてゆく。

「徳の逆説」は、身近なところでも当てはまる。口うるさい親や上司説教ブーメランに思えてならない、という経験は誰もがしているはず。そして気が付くと俺も親父と同じことを子供に、という連鎖

最近、想起するのはやはり旧統一教会家族価値を高らかに謳いあげておきながら、その活動が原因で多くの家族崩壊している、といった、「おまゆう問題崩壊させているがゆえにますます高まる家庭の価値、という悪循環。これもA・カーのいう「徳の逆説」が見事に当てはまる。これは人が自分自身を規律しようとするとき動機付けメカニズムなのだ

内田永井議論テーマひとつである人権平等。あたか普遍的原理についても、

それを概念として具体化して社会が取り込んだ過程を決して忘れてはならない。

アメリカ建国者の一人、トーマスジェファーソン人権宣言を起草した当時、200人以上も奴隷を抱えていた。

これは矛盾というよりも、むしろ奴隷制にどっぷりと漬かっていたからこそ人権宣言が生まれたという「徳の逆説」のメカニズムを見るべきだろう。

どんなに薄汚れた社会であっても、一度高らかに掲げた理想は、その社会を真綿で絞めてゆく。欲望大全開の人民を前提にすると、民主政は成り立つのか。多数決をすれば少数者が圧政に苦しむのではないか、これがマディソン含め、建国者懸念だった。しかし、為政者の徳(アリストクラシー)と、欲望とは別に社会で正しいと思うことに投票する、二重人格的な資質人民に備わっていると信じて建国者デモクラシー設計した。裁判を通じ、繰り返し憲法価値観をテストする、という振り返りをビルトインした設計は本当に優れたものだ。結果として、最高裁が突き付けた奴隷制と財産権矛盾が、南北戦争北軍正当性を決定的にする。

内田議論に戻ると、外付けの人権というテーマと同時に、内発的なものとしての感情の器という、とても重要キーワードを出している。それは他方で外付け実装された人権と、どのような整理ができるのだろうか。

自分でうまく整理がつかなかった。内田はいう。

「人としてどうふるまうべきか」を子どもに刷り込むのは「家風」なんですよ。子どもたちは親の背中を見て、人間としての生き方を学ぶ。それは教科書で教えることじゃない。

これは、親子を中心とした自分史と言い換えられるのではないかと思った。さらにいえば、自分史は必ずしも親は関係いかもしれないのではないか。つまりこれまでの人生、来し方がキーなのでは。

内発的なものと外付けのもの、この二つはやはり、きちんと切り分けて、そして二つが、どうつながってゆくのか。以下、自分なりに整理を試みる。

まず外付けの倫理から。どのように受容されてきたか

舶来の概念というのは明治以来、洪水のように入った。民法など契約法の世界は、ほぼほぼ圧倒されたし、戦後憲法のものアメリカ経験に基づいたものだ。

しかし、日本人権教育は、残念なことに、人権普遍性を論証することに熱を上げてしまって、そもそも誰の内発的な経験がもとになっていたかという成り立ちのメカニズムを忘れた議論が多い。公共の福祉論などをいくら学説定義を整理してきれいに論じても、だから何?の議論だった。

戦後人権を外付け実装してきた日本は、そのルール規範の成り立ちといった背景をもう少し知る必要がある。それは教養として。

現在、旧統一教会問題話題の、国家宗教というテーマにしてもそうだ。

政教分離キーワードとなるのは、恐怖から解放だ。宗教に悩まされ、その扱いに苦慮するのは古今東西課題だ。宗教いかに折り合いをつけた制度設計をするか、古代ローマ時代からずっと抱えてきた。宗教的寛容、これが統治のカギだと気が付いたのはカルタゴ勝利した古代ローマ

そのテーマに対して、新天地アメリカに到着したプロテスタントたちの子孫が18世紀になってメイフラワー号の協約を思い出して試みたのは、旧世界では試みたことのない壮大な社会実験だった。百家争鳴な多様性のなかで社会構成するには、誰が正しいことを言っているのかは誰も断定できない、という前提に立つ必要再確認された。それが言論の自由関係では、20世紀初頭にホームズ裁判官らに代表されるように、自由市場比喩が生まれる背景ともなった。

他方、旧世界フランスでは、唯一の正しさを神に代わって宣言するカトリック教会権威苛烈弾圧が恐怖であった。だから公共空間合理化を徹底し、宗教を一掃する制度設計になった。フランス言論の自由は、その意味カトリック否定する権利が原点となる経験なのだ。だからこそ、フランスでは今でも神を冒涜する言論というのが非常に重要意味をもっていて、先日、仏風刺紙シャルリー編集長が英作家ラシュディ氏襲撃を非難したこと歴史的な背景は深い。

このように、人権というものは、何に対して恐怖してきた歴史があり、生まれてきたものなのか、という原点に思いを致すことが大切だし考えるコツだ。利他性じゃなくね。

それは、実は国によって微妙コンテクストが異なるものであり、普遍的価値として昇華できなくもないけれども、むしろ司法を通じて、原点となった恐怖を大切に思い出す機会が重要で、その社会が、その真理を繰り返し確信し、制度を強化し、再生産する重要な仕組みなのだと思う。逆に言うと、普遍的価値なら、なぜ何千年も克服できなかったか意味を問うというか。

しかし、外付けの倫理として受け取ったものを、思い出すかのように歴史を振り返るのは容易ではない。戦後日本裁判所も含めて。

でも、それこそが日本人権教育に欠如したものだということは個人的には強く思うところだ。


その意味では、外付けではない、外国の借り物ではない、内発的なもの感情の器からみえてくる倫理、これは本当に大きな価値がある。

内発的なものを自省するうえで、もっとも大切なのは自分の国や自分家族自分自身の歴史だと俺は思う。

自分自分先祖が痛い目にあってきた経験、あるいは他者を痛めにあわせてきた経験というのは、その人固有のものであって、その自分史や国の歴史を忘れてしまうと、あとは外付けの倫理けが残る。国レベルで言えば、それは端的に明治以降の日本アジア欧米との対外関係であり、開国以降、アメリカに敗北するまでの戦争に明け暮れた体験に他ならないし、国家神道によって死生観まで国に洗脳されかけた手痛い経験だ。

歴史というと大げさだが、要するに「自分たちに最も欠けている資質を最も高く評価する」、おまゆう精神自覚することだ。これは教養として学ぶというよりも、もう少し内省的なものだと思う。

自分理想とするもの現実とのギャップを振り返る作業といってもいい。

自分に欠けている部分、そこにこそ追い求めている何か理想的な姿の反転がある、という振り返り。

ネイションとしていえば、戦争体験の振り返りが重要キーになるし、国家宗教というのは、国家神道と戦争という経験で痛い目をみているのであり、ある意味、輸入された欧米経験教養として追体験するだけではなく、日本人が原体験としてもっていた大切な教訓。愛媛県靖国神社玉串料訴訟(1997年)の最高裁判決行政戦没者の遺族の援護行政のために靖国神社などに対し玉串料支出したこと違憲とした歴史的判決で、戦争経験がしっかり振り返えられた、という点で、司法仕事としてとても大きなものを残したと思う。建国精神を振り返るのが裁判所の仕事の一つだと思う。

しかし、戦後77年。戦争体験が風化するなかで、「あの時代を生き抜いた」という共通体験共通項として持っていたものがどんどん失われているのが今の時代

50年前の高度成長期だったら、戦争で死んだ部下を思い出しながら、仕事にまい進し、酒場で同期の仲間と語り合う、とか、厳粛に生きるための厳粛な死が記憶としてあった。

「あの頃は」という共通過去で人はつながることができた。それが内発的なものとして60年安保闘争を支え、水俣闘争があった。外付けの倫理ではない、思い出としての切実さの空気の共有があった。

まり、舶来の外付けの価値観と内発的な器は、その頃はわりと調和していた、といえるのだ。

それが、失われ、外付けの価値観だけがカラカラと空回りし始めているのが今の時代の特徴で、失われつつある寛容性の正体なのだろう。

永井氏はそんな時代に生まれ育った。彼は対談のなかで、大学時代

「そうかそうか、人権というものがあるのか、みんな賛同してるし普遍性高いじゃん」となりました。

と、外付けの人権から始まったと語っているが、外付けのものにも普遍性のみに着目し、それが生まれてきたプロセスを振り返らない、人権教育の失敗が見て取れる。

また、日本憲法に組み込まれ歴史への反省(前文含め)も記憶の風化とともに、個々人の内省が、時代への共鳴という形で、共感を醸成しなくなってしまっている。

高度成長期に「あの頃」といえば戦争時代だった。

それはかろうじて80年代までは存在していた。「おしん」が異例の1年間の朝ドラで始まってしばらくすると、

視聴者からは、おしん私自身そのものです、という声が橋田壽賀子のもとに多数届いたという。

しかし、時代は変わって、平成から令和になって「あの頃」といえば、昭和の末期なのだ

しかもそれをノスタルジックに思い出す、三丁目の夕日的な振り返りだった。さらには、あさま山荘であり、学歴社会バイクを盗んで走る尾崎豊であり、バブルの思い出なのだ。それは、その遺産に苦しんだ次の世代にとっては共感を呼びにくいものであるし、自分たちの社会の重圧と、戦争記憶との関連が薄まった。当然、日本憲法リアリティが失われ、右派から改憲論議が盛り上がってくるのは必然的なことだった。そんななか、統一教会が国の内部を白アリのように巣くって愕然とした先月から今月にかけての出来事というのは、忘れかけた宗教国家の結びつきの恐ろしさを、突如呼び覚まされるものだったに違いない。

しかし、いずれにしても過去記憶憲法規範が直接に結び付かない、その世代経験、そこに、永井紛争国の辺境の地を自分テーマに選んだヒントがあるように思えてならない。

紛争リアルがそこにある。そこに普遍的価値として大学生ときに知った人権、そして憲法価値を、自分なりの振り返りとして再確認する、動機付けがあったようにも思う。

しかし、たとえ社会の人々と共有されないものであったとしても、ひとは自分史のなかで、どうふるまうべきかを動機付けられる。

永井氏が、内田氏との対話のなかで

私は逆に、子どもの頃はよく母親に殴られたり色々と物を捨てられたりされていて、そのときに「この家では力を持った奴は殴ったり物を捨てたりしていいんだな」と思ってしまったんです。そして中学生になって殴られたときに「よく見たら小さいし別に喧嘩が強いわけでもないな」ということに気が付きまして。それでそこから自分母親のことを殴りまくるようになりました。ひどい時はアザだらけでしたよね。父親単身赴任でしたし。

といったときに、内田はそこにしっかりと気が付くべきだったと思う。

全然人権派じゃないね(笑)。」と返した内田に若干物足りなさを感じたのは、まさにそこだ。

動機付けられるものが、必ずしも、家風であったり、模範的ロールモデルとは限らないのだ。

この体験辺境の地での人権探し、自分探しは、多分無関係ではない。


ともあれアレックス・カー面白い

読んだのは20年前だが、年齢を重ねれば重ねるほど、彼のいう、逆徳精神の考え方が真理に思えてくる。

A clue to the problem may be found in what I call the theory of Opposite Virtues. Nations, like people in this respect, may pride themselves most highly on the quality they most lack. Hence “fair play” is a golden virtue in Great Britain, the country that attacked and subjugated half the globe. “Equality” was the banner of Soviet Russia, where commissars owned lavish dachas on the Black Sea and the proletariat lived no better than serfs. The United States prides itself on its high “moral standard,” while perpetuating racial and moral double standards. And then there is l’amour in France, a nation of cold-blooded rationalists. Or Canadians priding themselves most on being so distinctively “Canadian.” In Japan we must look at the time-honored ideal of Wa, “peace.” Wa means security, stability, everything in its proper place, “knowing what is enough.”Yet a persistent irony of Japanese history since 1868 is that for all the emphasis on peace and harmony, they are exactly the virtues that Japan did not pursue. At the end of the nineteenth century, rather than settling back to enjoy its new prosperity, Japan embarked on a campaign to conquer and colonize its neighbors. By the 1930s, it had already acquired a tremendous empire in East Asia; this inability to stop led to its suicidal attack on the U.S. base at Pearl Harbor, as a result of which it lost everything. Something similar is happening again. Perhaps Japan values Wa so highly for the very reason that it has such a strong tendency toward imbalance and uncontrollable extremes.

Dogs and Demons, 2002, A

2022-07-12

歴史上あれだけ舌も頭も回らない弁舌であれほどの熱狂を駆り立てた指導者って皆無だよな

古代ギリシャソフィストたちや古代ローマの雄弁家たち、現代ファシストたちが磨いてきた努力安倍晋三という稀代の恥知らずの登場によって水泡に帰した。

2022-06-24

二月の日記

二月五日(土) 延期、古代ローマ桃鉄

本格インドカレー屋で父の誕生日祝いをする予定だったのだが、調理師の家でコロナが出たため営業自粛することにしたそうだ。数日前にそんな電話が来た。残念だがしかたない。

ところで、ドタキャンになったお詫びに、営業を再開したら本来予約を受け付けていない昼でも、名前を言えば席を開けておいてくれるとのこと。次の機会を楽しみにしよう。ただ、家族の予定が合うのがいつになるかがわからない。

この日は妹とケーキを作り、NHK古代ローマ特集のんびりと眺め、桃鉄をやった。古代ローマ番組特に面白かったのは、壁の厚さから建築物の高さが推測できるということだ。ところで、桃鉄は負けているゲームいか挽回するかがこのゲームの楽しみの一つである

二月十二日(土) アレクサンドロス大王ペニスインディカ米。

相手の体調が悪くてデートできなかったため、代わりに上野ポンペイ展に行く。ポンペイ展は何年も前にbunkamura森ビルでやっていたときに足を運んだが、今回はモザイク画に焦点が当たっている。ここで著名なアレクサンドロス大王モザイクポンペイのものだと初めて知った。ジョジョ5部で有名な猛犬注意のモザイク喪服性が床に展示されていた。

ここでは大学生くらいの女性二人連れが、柱に顔と陰茎だけをつけた彫刻を見つけて楽しそうにしていた。いわゆるギリシアヘルメス柱像なので、宗教的意味を持つ由緒あるものなのだが、さらし者にしか見えないと笑っていた。女性といえば、当時の女性地位についての説明も十年前と比べて増えてきた。

他にもやたらと痛そうな産婦人科医療器具や瑪瑙の指輪もあったが、当時の加工技術の高さがよくわかる。

うそう、美術館に行く前に、久しぶりにエキナカカレー屋に寄ったのだが、残念ながらこの店はインディカ米でないことを忘れたまま何ではなくライスを頼んでしまったので、ジャポニカ米が出てきたときにはがっかりした。上野ではビリヤニを頼まないとインディカ米にならない。これが品川支店と違うところだ。

二月十七日(木) アナグラム、腸内ガス、タンパク質

ここ数日はWORDLEというゲームをやっている。五文字英単語を当てる遊びで、一致する文字があるか、その位置が合っているかをヒントにして、六回以内に当てる。該当する文字が含まれていれば黄色位置も正しければ緑で表示されるのだが、これが意外と厄介だ。一度など、含まれ文字はわかったのに単語がどうしてもわからないことがあった。CELEUが含まれていることがわかったので、CRUELかと思ったがどうしてもわからず、母音と子音の並びから適当に当てはめて適当に作った単語UCLERが正解だった。あとで調べると「潰瘍」という意味らしい。

この日は便秘薬をもらいに内科に行った。医師に「長々と酸化マグネシウムを処方してもらっているが、悪影響はないか」と尋ねたが「よほど腎臓が悪くなければ大丈夫」と太鼓判を押された。また、「近頃猛烈に臭いおならが止まらないのはタンパク質の取りすぎか」と聞くと、「三食きちんと食べていれば、現代人の食生活タンパク質が不足することはそうそうない」とのことだった。

近頃はタンパク質不足を注意する広告ばかり見るのだが、逆の意見は新鮮だった。

二月十九日(土) 確定申告、湯呑、暗証番号

確定申告を無事に終える。以前と比べてインターフェースが随分と見やすくなった。しかも、マイナンバーカードスマートフォンがあれば税務署パスワードを発行してもらわなくて済むようになっている。大変ありがたかった。

とはいえ、ずっと昔に設定したマイナンバーカードの4桁の暗証番号を思い出すのが大変で、しか最後になって別の英数字パスワード要求されたので、危うく今までの作業すべてが無駄になりかけた。ところで、医療費控除が0円なのに医療費の明細を別便で送れと出てきたのだが、最初医療費控除にチェックをつけたせいだろうか。0円なのだから明細を出す必要はないはずだが、どうなのだろう。

それはさておいて、作業をしているときに手元の湯呑を見るとヒビに沿って茶の跡がついている。おかしいと思って湯呑に触れるとミシミシ音がする。念を押すために水を入れるとヒビから水滴が出てくる。これではもう使えない。なので確定申告が終わったら近所まで湯呑を買いに出た。家族のものと並べて違和感のなさそうな模様と大きさの湯呑を選んで帰宅

二月二十日(日) 天気予報雨雲レーダー雨天決行

この日は朝のうちに雨が止むと聞いていたので、美術館に行こうか休もうかとだらだらしていた。結局電車に乗るのが面倒だったので、夕方になって走ろうと決心したのだが、いざ走ろうとすると天気予報が変わって、ヤフー雨雲レーダーによれば間もなく強い雨が降るという。現に小雨がぱらつきだした。このままでは美術館にも行けずジョギングもできない半端な日曜日になる。それが悔しくて小雨を縫って走った。しかし、雨脚も強くなり始めた中を走るのは寒いので、いつもの三分の二ほど走って引き返した。

二月二十六日(土) 裸の小銭、刑務所石鹸

ジョギングで財布を落としたことがある。それも二回だ。財布と言っても小銭入れで、そのうちの一回は子供のころ使っていたボロボロのやつなのだが、もう一つはそれなりにいいものだった。買ったはいいが使わなかった小銭入れだ。ただ、入っていたのは千円にも満たず、これといった特徴もないし、警察署に行くために休みをつぶすのも気が進まないのでそのままになっている。

とはいえ、裸のまま小銭を入れて走るのも気が進まないので、落ちない財布を探しに出かけた。最初に考えたのは金属チェーンがついている財布だが、ジョギング用のパンツにはチェーンをつける場所はない。続いて探したのは腕につけるタイプのものだがこれはスマートフォンしか入らない。ウエストポーチは腹に違和感を覚えたまま走ることになるので嫌だ。

結局、チェーン付きの財布にキーホルダーをつけて使うことにした。これならさすがに落としたときの音で気が付くだろう。

それとは別に無印良品再生紙の分厚いメモパッドを補充したのだが(筆圧が高くても低くても描けるので愛用している)、帰宅したら親が刑務所で作られたメモパッドを買っていて、それをくれたのでメモパッドが余ってしまった。なぜ刑務所にまで寄ってそこの製品を買ってきたのかといえば、元々妹が布を洗うのに愛用している石鹸刑務所のものだったのだが、自分が間違ってそれを排水掃除に使ってしまったので、補充のために行ったのだ。

ちなみに、無印良品では前よりも食料品が充実しているようになった印象を受けた。ただ、行ったのが久し振りだから記憶がいい加減な気もする。

二月二十七日(日) 還付金、寄付、不足。

ロシアウクライナ侵攻から日経つ。できることはあまりないが、いくら寄付をした。それからウクライナの他にトンガアフガニスタンをはじめとした地域にもお金を出した。確定申告で帰ってくる額はそれなりにあるのだが、それを全部使って足が出るくらいだった。

二月二十八日(月) 洗面所エル・グレコ水晶

月に一度の有給休暇で、メトロポリタン美術館展に行こうとしたのだが、出かける間際になってもタブレットが部屋中を探しても見当たらない。仕方ないのでそれなしで出かけたのだが、後で妹に聞くと洗面所にあったという。理由はよくわからない。

美術展はとてもよかった。巨匠作品が一人ひとつずつ来日しているといった風だ。フェルメールでさえ来ている。上野ももう一作品来ているのに、である作品を順繰りに見ているうちに、自分エル・グレコが好きなのだ再確認できたのはよかった。

ところで、クラーナハパリス審判では若いときに気づかなかった特徴があった。まず、ヘルメスがやたら年を取っていること。それから、持っているのが果実ではなく水晶であることだ。このあたりはヌードにばかり気を取られてしま若いうちにはわからなかったことだ。

ヌードと言えば、クールベ作品セルライトもある現実的な肉体を描くが、ジェロームは理想化されていると解説に書いてあった。たしかジェロームの作品で描かれた肌はつやつやでどこかアニメっぽかった。一方のクールベは、水に足を浸そうとする様子がいかにも冷たそうで、そこがユーモラスに感じられた。

2022-05-30

ウクライナ関連で知った英単語

anond:20220515190816

・被ってても許して

ウクライナ関係ないじゃん!基礎単語じゃん!も許して

inflict 〔相手にとって嫌なこと・苦痛になることを〕与える、負わせる     テロ行為などで使われる

sleuth 捜索する探索する

intrigue 興味を引き付ける 形容詞的に使うときは intrigued      興味を持つinterestがinterstingになるのと似てるけど違う

attrition 〔攻撃による〕消耗、疲弊 人員損耗  死亡などによる人員

thrive がんばって目標を達成する、目標に向かって前進する  

amassment 集結、集積、蓄積

fierce 〔戦いなどが〕猛烈な、激しい

gravely 重症 重篤

go to hell in a handbasket あっという間に破滅・荒廃する

reconnaissance 偵察する

disputed 争点となっている、紛争中の、真贋問題となっている  > フェイnews関連に

yank 引っ張り抜く・引き出す     > 強制徴集関連?

quiescent 静止している、不活発な  

shvantz 

en masse 一挙に大挙して

implode explodeの反対

embargo 禁輸措置、禁輸、輸出入禁止通商禁止 元増田リストにないか確認してしまった

oust  追放する、失脚させる プーチンが〇〇官をoustした

outskirt 郊外 キー郊外など

obnoxious 気に障る

tacit 暗黙の

presser 記者会見  地下鉄の構内で開いてたりしてた

plush toy ぬいぐるみ plush だけでも

curb 歩道の縁石 動詞では有害事象の増大・拡散などに歯止めをかける

need thoughts and prayers ご愁傷さま|転じて 木で鼻を括ったような投げやりなニュアンス

boggle 唖然とする

barrage 集中砲火、一斉射撃、つるべ打ち

deadeye 射撃の名手

astern 〔船・航空機の〕後方へ / 後ろへ進む

purportedly うわさによれば| 真偽不明情報が飛び交ってます

euphemism 婉曲表現   (京都弁

molesting わいせつ行為 

grim ぞっとする

obliterate 跡形もなく全滅させる、完全に撃破する

tarmac (アスファルト舗装された)滑走路

accusation 告訴 ・・・普通単語ですかそうですか

PPL みなさん/peopleの文字数カウント節約

faction 派閥

point-blank range 銃口を真っすぐ向ければ標的に命中する(重力の影響などの補正不要な)距離。転じて非常に近距離  自走砲などは山なり(放物線)で命中させるので、それとの対比

kleptocrat 国の資源・財源を私物化する政治家

auspices 前兆吉兆 / 援護

admonishment 警告

mutiny 上官に対する反乱/上官に対して反抗する

bemoan 嘆く

pontificate 尊大にふるまう

lucrative 儲かる

subjugate 隷属させる 古代ローマ征服した敵に無力であることを知らしめるために、槍門(yoke of spears)をくぐらせたこから

remorseless 無慈悲な、無情な

ruthless 無慈悲

wither 〔植物が〕しおれる、枯れる 〔感情などが〕弱まる、薄れる

ramification of the war 戦争により発生した/もたらされた問題 

ramification 〔事態さらに複雑にする〕予期しない影響

dodge 〔一撃を身をかわして〕素早くよける ドッジボールのドッジ

affluent 潤沢な

wherewithal 〔目的を達成するために〕必要資源(財源・実物)

kin 親族

embolden つけあがらせる

tribunal 裁決機関

abstain 棄権する

faltering ぐらついている(文字通り/比喩的に)

conscript 徴集(された兵)

devote つぎ込む

condolence 哀悼の辞

utterly 非常に悪いことや非常に強い感情などを強調するために用いられる。

denounce 非難する 糾弾する(頻出…)

intimidate 脅しで強要する

disgrace 不名誉

defuse 信管を外す fuseヒューズだね

stipulate 条項として約束する、取り決める (確かに保証する)

tenable 批判に耐えうる  (科学理論で使いそうですね)

detainee detainされた人 抑留

dismantle 取り壊す 解体する

tamp down 鎮圧する

buffoon 蔑称シリーズ

bumpkin いなかっぺ

bonkers 狂気

chutzpah 厚かましさ、ずうずうしさ

dubious 怪しい、怪しげな、不審な、うさんくさい

bunkum ばかげた話、支離滅裂な話、でたらめ

yobbery チンピラっぽい行為 (Zラクガキしたり洗濯機を盗んだりとか…

knave 信用できない悪党

bigot 偏狭な人、頑固者、偏屈者、偏見を持つ人

racketeering ゆすり、たか

rant わめく 大言壮語(する)

2022-05-10

ナーロッパとかコケにするけどじゃあどの時代地域舞台にすればいいんだよ?

やっぱ使いやすいのよ中世ヨーロッパって

から啓蒙主義者やプロテスタントカトリック批判古代ローマ崇拝などの事情があって中世暗黒時代』って大量の偏見なすりつけられていたのよね

その後も指輪物語D&Dなどの名作が弄りまくってくれたおかげで謀らずしも中世は超絶に面白いファンタジーエイジになった

疫病魔女狩り悪魔崇拝科学弾圧騎士道農奴鞭打ち苦行十字軍くちばしマスク

中世ガジェットに溢れている

これより楽しくて使いやす舞台があるか?

2022-05-09

氷河期世代自己責任唱えてた側だったよ

2000年前後空気感の話。

個人記憶思い込みの話だけど、当時の一青年として少なくともそう感じていたってことで聞いてくれ。

育児をしない男は父親じゃないってアレもだけど、有給なんて取る前提はなかったし、

残業転勤当たり前、家庭も家族企業の前では考慮するに値しない奴隷となるのが社会人だと思ってたよ。

転勤拒否したらクビ、これ当たり前。判決すら出てる。

今でこそブラック企業って言葉って言葉あるじゃん

昔はブラックしかないし、ブラックが当然だったから、そんな言葉自体なかったんだよ。

まぁ新卒即戦力を求めて落伍者は切り捨てるのが横行して、氷河期の後に生まれ概念じゃないかな。

古代ローマ奴隷の方が平成新卒より人として尊重されてるとか知らなかったよ。

浮浪者になって死ぬか、一生バイトで惨めに死ぬか、ブラック労働死ぬか、好きなのを選べ。

さもなくば氏ね

10年かけて磨いた学歴の竹槍を持たされて「現代戦場では通用しないけど後はヨロシクー」って学徒動員されるんですわ。

社会保障?いやいや生まれたての「子ども人権」も適用されずに育った世代ですよ?(日本1994年批准

から人権なしで育ってるんですわ。自分にも他人にも、人権なんて認める余裕のあるヤツの娯楽でしょう。

男は生計を立てられないのなら生きる価値もない。生存権は認めても良いが、生きる価値は認めないか氏ね

女は生計を立てられなくても社会的に認められるのに、社会進出で職を取り合ってイヤだなっていうのが正直な感想だった。

すごい世界観だよね。

自己責任で生きていけないなら死ぬしかない、それが氷河期世代

https://anond.hatelabo.jp/20220509175051

2022-04-14

anond:20220414153406

姓に、屋号とかみたいに所属を示す標識としての役割と、識別番号みたいに姓名合わせて個体識別用の標識としての役割の両方があるせいでややこしいんだな。

所属を示す標識としては結婚で変わって当たり前だし、個体識別子としては一生変わらない方が良い。

姓のどちらの役割を重視してるかで考えが変わってくる。屋号個体識別子としての姓を二重に名乗れれば問題ないんだけどな。

なお、余談ながら結婚意味合いが愛し合う男女の結びつきの意味より家同士の交誼の意味が強い文化だと「出身氏族標識」が重要となって逆に男女別姓が多くなったりもする(中韓古代ローマなど)。

2022-03-30

古代ローマ編み物という技術が、日本戦後の時期にに流行

人々は意識材料さえあれば何でも作れるという万能感を持った

やってみたら計画性が鍛えられそうな気はする

2022-03-26

ママチャリ

イギリス人ママチャリって面白い造語だよね〜フフフw

mama-chariotでしょ?ほんと、ママ運転してる古代ローマ戦車ってかんじに見えるw」

なるほどたしか

2022-02-08

今日の学び

バレンタイン起源古代ローマのルペルカリア祭。2月15日頃に男女が乱交し、至る所で青姦をするお祭り大人気であった。若い男がムチで女を叩き、女は叩かれると喜んでいた。あまりにもふしだらなためキリスト教関係者が上書きし現在バレンタインデーとなった。

キリスト教なにしてくれてんのよ!

2022-01-21

anond:20220121011338

そりゃあネットのない時代から煽り合いをしていたのが人類から……古代ローマとか古代ギリシャとか見ればわかるじゃん。

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