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はてなキーワード: 所詮とは

2020-06-06

anond:20200606064606

ある程度強気に出ないとならない側面があるが、一番大事なのはいま日本で重大な課題は何か?だと思うよ。

経済以外ないんだよ。

経済が良くて法的整合性が悪い政権と、経済が悪くて法的整合性が良い政権では間違いなく前者が選ばれる。

昔のウヨサヨ保守革新というのも1980年代以前はケインズ社会主義(右、保守)とマルクス社会主義(左、革新)が競っていたという考え。だけど、ケインズ社会主義新自由主義に乗っ取られ、マルクス社会主義が無くなった状態では、

ウヨサヨ保守革新経済から遊離している。

所詮右翼左翼単独では強者より、弱者寄りぐらいの意味合いしかない。

けども単純な怒り、あいつらが敵だという罵りは他の課題を覆いつくせる。また新自由主義小さな政府化のために公務員公的セクター破壊するのにも用いられた。

公務員政権トップに従わないとならないから、政権が石を投げるようになれば黙って従う以外ない弱い存在いくら公務員公的セクターに石を投げようが経済バブル崩壊後の企業保守化、高貯蓄・低設備研究投資化による長期低迷を脱することはできない。

なので、共存とか愛が重要なのではない、何が重大なのかを考えることだと思う。いずれにしても、「あいつらが敵だ」系の物は疑ってかかるべきというのは言えるが。

2020-06-05

推し妄想を全世界に発信するファンが嫌で私はファンをやめた

長いタイトルの通りだ。随分時が経って、気持ちの整理がついたのでここに書くだけ。この手の話はここではよく長いと言われるので、最初に言いたいことを言ってしまうと、

実在する人の事実ではない「妄想」はたとえBLなどではなくても、本人の目の届かない場所でしてくれ」

私はとある芸能人が好きだった。どういったジャンルの人なのかはここでは伏せるが、漫画アニメキャラクターではなく、れっきとした芸能事務所所属する現実存在する人で、テレビにも出ている。昨日もテレビに出ているのを見かけた。

私はその人(以降Aとする)が今のように有名になる少し前から好きで、実際に生の姿を見に行くことが多々あった。今思えば図々しいこともしてしまたかもしれないが、お話したことも何度かある。絶対に近い未来、Aは売れると思っていたし、その頃には徐々に軌道には乗り始めていた。

そして、結論から言えばAは売れた。私が想像していた以上に世間から認知されている芸能人になった。それはとても喜ばしいことだ。本音を言えば生で見ることができる機会が格段に減って寂しくは思ったが、決してそれが嫌だとは思っていない。Aの魅力が多くの人に伝わったのであれば嬉しい。

しかし、人気が出始めた頃、あまり詳しく言うとわかってしまう人がいるかもしれないが、「Aの性格エピソードからAの過去などを勝手想像し、それをTwitterに書く人」が現れた。それも1人じゃなく、そこそこな人数がそういった「妄想」を全世界に発信していた。それが私には衝撃であり、恐ろしく嫌悪感を覚えた。あまりに酷い人はブロックしたりもした。

そのツイートたちを私は「妄想」と言っているし、言い方を変えるつもりは一切ないが、彼女たち(アカウントを見る限り皆女性だった)はその「想像しただけの実際にAからそうだとは明言されていないこと」を「考察」と言っていた。言い換えって便利ですね。「考察」って言うと突然高尚な感じに聞こえる。結局は「妄想」と大して変わらないのに。

でも根本的に嫌だったのは「妄想」を「考察」としていることではなく、Aが明言しない限りは事実でないことを誰もが閲覧可能な場で発信しているということだった。

もちろんA本人もTwitterをやっているし、そのツイートを見ることが可能だ。それが嫌で嫌で仕方なかった。実際のところ、Aがそういったツイートを目にしたことがあるかは知らない。私が懸念しているのだって所詮妄想にすぎない。それでも、あくまでも一般的に考えれば、いい気分になるものではないと思う。少なくとも、私は他人自分過去勝手妄想されたくはない。気持ち悪いとすら思う。

ただ、何もそういう妄想をするなとは言わない。非公開アカウントでひっそりと話していればいい。A本人が目にする可能性が限りなく低い場所でやってくれればどうも思わない。

とにかく、Aの目に入るかもしれないのに勝手妄想した話を嬉々としてツイートしている彼女たちが理解できなかった。

ちなみに言うと、Aと同じジャンルに属する別の芸能人たちはそういうツイートをされてるのをあまりたことない。Aだけやたらされている理由は、多分Aの家庭事情性格にあると思うが、これもわかる人が見たらわかりそうなので割愛

想定外事態もやもやしつつも、まだAへの想いは相変わらずだった私がAのファンを続けていたある日、Aが上記のような「Aの過去などについての妄想」よりもさらに本人のところには届いて欲しくなかった「妄想産物」(わかる人は察してください)の存在を耳にしたという衝撃的な事件が起こった。最悪のことが起きてしまったが、この1件により私が嫌悪していた「妄想」たちが誰でも見ることが可能範囲からは消えると思ったし、そう願った。

だが、残念なことに結果はAのことを頭文字絵文字表記して、少しわかりにくくしただけで依然として彼女らはAが見るかもしれないところで同様のツイートをしている。今もです。

その状況を目の当たりにし、私はAのことを追うのはやめた。どんなにAのことが好きでも、Aのファンというくくりでは彼女たちと一緒なのがどうしても耐えられない。

それと同時に私は思った。ナマモノという言葉は主に実在する人物BLなどを指して使われているようだが、彼女たちがしている「妄想」もそうなんじゃないかと。好き勝手妄想していることには変わりはないのに、何故前者は本人には見えない場所でして、後者は見える場所でしているのか。後者も本人が不快な思いをする可能性があるのは同じなはず。

アイドルでも、俳優でも、芸人でも、スポーツ選手でも…実在する人の事実ではない「妄想」はたとえBLなどではなくても、本人の目の届かない場所でして欲しい。

ここに書いたところで、あの時の彼女たちに届くとは思っていませんが、これが私の切なる願いです。

私のようにそういうファンが原因で大好きな人ファンをやめてしまう人がいなくなればいいな。

悲報】周庭、BLMにはダンマリ

民衆が声を上げることが大事だと思うなら連帯を示すべきだよね

香港警察と同じかそれ以上のことを行なっているアメリカ警察が何をやっててもダンマリ私たちを助けて!しか言わないんだな

国際社会連帯を示してくれてたのに他人のためには声をあげないんだ

所詮テロリストってことか

清潔感で言ったら髪長い男も女も全員清潔感なくね?

まあ所詮「感」だから仕方ないか

Vtuber批判ってほぼ全て「ここが悪い」じゃなくて「俺が思てたんと違う」だよな。取り合う必要ない。

所詮Vtuberの「本質」を見抜けなかった負け犬の遠吠えにすぎない。

古いネットスラングいつまでも使う人って

どれ?

・限られた場所しかみてないか死語になってる認識がない

・まだそれがウケるとおもってる

・開き直ってる

ネットスラングなんて所詮流行言葉だしいつまでも使い続ける意味が分からないのだが

2020-06-04

anond:20200604090913

所詮明確な定義もないネットスラングからなあ

中年になっても実家に住んでいる人はそれぞれ色々な事情がある、って事を知らない想像もつかない世間が狭いアホが

子供部屋に住んでいるおじさん=自立出来ないニート

と決めつけて蔑称として言い出しただけだし。

2020-06-03

anond:20200601092419

所詮言葉なんで、覚えるしかないよな。

個人的には、日本にはせっかく「ルビ」という文化があるので、熟語は「ルビ」を振って常用外の漢字を使えるようにして欲しい。

文字コードにも、Interlinear Annotations というルビをつける制御信号があるので、これを使えばいいのに、と思う。

というか、これを使った Twitter クライアントを遊びで作ったが、本家採用してくれんかねぇ。

語い→「かたらい」、辛らつ→「つららつ」?、色々突っ込みたいのは多々あるけど、常用漢字以外は開かなければいけない派は消えてしまえばいいのにとは思う。

anond:20200603114142

所詮、人は死ぬまで自分の殻を破くことはできないのだよ

2020-06-02

コンコルド効果オリンピック開催死守に気持ちが向くのは仕方がないこと

大事なのはサンクコストを抜きにして今後の開催か中止の判断を行うことだけど

所詮無知な我々には無理な話だ

コロナ禍の就活感謝する(21卒)

両親や両親と同じくらいの世代バイト先の人、知り合いに、この時期就活大変じゃない?web面接なんて想像できないと言われた。

しかし、私自web面接は利点が多かったと感じるし、そもそも説明会選考が家で進めることができたので体力面で疲れることがなかったと思う。

この状況で就活経験して、今年の就活生は例年に比べたら絶対楽だった。内定が取れるか取れないかweb面接が得意か得意ではないか個人問題だが、今までは交通費も出ないのに、何回も企業に訪れて内定取るまでに何社か落とされて体力も精神も削られた、ということを想像すると普段通りの対面の面接はしんどかっただろうな、と感じる。

私の志望していた業界では選考が3,4月から開始されるところが多かった。2月から就活を始めたが、説明会ほとんどwebテストweb選考web

説明会は収録済みの動画配信ZOOMなどでの参加。基本的ZOOMでの参加でも、画面収録で録画してしまえばその場で約一時間説明を画面越しに聞く必要もなかったので、エントリーシートを出して、面接に進んだ企業は録画した企業説明会動画を見るし、エントリーシート祈られたら、録画した説明会動画は見ずに消した。

今年はテストセンターも封鎖されてたので、ほとんどの企業webテスト。やはりwebテストは(私がカンニングしたとは言わないが)調べれば答えは簡単に見つかる。

また、OBOG訪問もする気がさらさらなかったが、コロナ禍で就活生がOBOG訪問できない状況で他の就活生と同じ状況で選考参加できたのもよかった。

web面接では画面にポストイット志望動機10年後どうやって働きたいか貼り付けていたので、いちいち企業ごとに志望動機を暗記する必要もなかった。

例年の対面面接だったら、志望動機とどのように働きたいかを覚えて、伝えられるようにする必要があったのかと想像すると骨の折れる作業だと思う。

行く気もないけど保険(滑り止め)のために受けてる企業志望動機を覚えるほど苦痛なことはないと思う。受ける企業を増やすだけのために受けてるのに、もし普段通りの対面面接だったら、私は志望動機を考えて覚えて面接官に伝えなくてはいけない、でも祈られたらその時間努力も水の泡、このしんどい経験をせずに済んだことに感謝している。

また、格好も上半身スーツで下は部屋着だったのでリラックスしながらできたという点で自分の中でベストパフォーマンスができたと思う。

正直に、この就活シーズンというもの存在して、多くの企業が一括採用を行うから通年採用も増えているが)、学生は志望していないところも視野に入れなきゃいけないし、志望度低い人が内定取って、本当に行きたい人が落とされて、この仕組みをなくしてほしい。

また、15社面接が入っていたが、正直対面でやっていたら体力も精神も持たなかった。二月から就活を開始し、現在まで本当に長く感じるが、コロナ禍だけでなく、今後もwebを通しての採用を続けてほしい。最終面接役員社長面接は直接本社で行えばいいと思うし、グループディスカッションもやればいいと思う。でも、1次選考から直接やる必要はないしwebでも一次面接では所詮15分程度で質問されないのに、家から一・二時間かけて企業訪問して面接を行う必要が本当にあるのか、選考が進んで最終前のステップと最終面接だけ直接やればいいのではないだろうか。また、海外のようにインターンシップを通じてその会社の中身や相性を見てから仕事を得られる形に変わってくれれば今後の就活内定をもらえるか不安ストレスを感じることが軽減されてく。

個人的に、就活終わったわーいって感じの人もインスタのフォロワーにいたはずだが、この期間で誰も外で遊ぶストーリーを上げてこなかったこの状況に感謝する。内定もらってない側からみたら、就活終わって外で遊んでるという、うるさい公害しかないストーリーをあげる人がいなかったので、同世代から同調圧力を感じずに済んだ。

anond:20200602181850

正直ポリコレは数世代を超えて残り続けるような価値観ではないと思う。

先進国は実際に大半が人口縮小傾向にあるのにいつまでも影響力を保てるものだろうか。

所詮自分一人の人生を快適に過ごしたい個人主義者のオナニーしかないのでは。

2020-06-01

ゆるふわアングラ世代から、顔の見えないツイッタラー

中学時代パソコンの授業でインターネットを使った時

みんなが自分の好きな漫画野球のページを見てる時に

自分だけこれみよがしに2chにつないでAAとかを周りに見せてたこ

しかも「このページって何?」って聞かれた時に「ヤバイ奴らの集会所みたいなもん」とか答えたこ

さら友達に2chへの行きかたを教えるためにヤフーで2chって検索させて

でてきたリンククリックして2chのトップページが表示された瞬間に

そいつの耳元で「Welcome to Underground」ってささやいたこ

2ちゃんねるの有名なコピペである。このコピペは「俺はアングラ人間なのだ」という中2病あざ笑う内容として読まれてきた。ただ、今となって思うのは、かつての2ちゃんねらー、延いては、ネット民全体にはある種のアンダーグラウンド人間としての自意識が隠れていて、痛いところを突かれたのをごまかすために笑わざるをえなかったんじゃないか、ということ。

かつてのネット民の中には自分たちがアングラ世界の住人だと指摘をされると赤面してしま自意識があった。もっとも、それは、非合法的な取引に使われるダークウェブとは比べようもない、ゆるゆるふわふわなアンダーグラウンドであった。所詮場末スナックで癖の強いママ相手にしながら大人になった自分に酔いしれる程度のごっこ遊びの域であるとはいえネット民の中ではたしかに共有されてるアンダーグラウンド自己像というものがあったように思う。その理念型(似顔絵)をいうなら「Winny余暇を過ごし、スナッフビデオを漁り、誰かを晒しあげ追い詰めることを日課とし、人の不幸で飯が上手いと満面の笑みをたたえて言ってのける人間である。それは負のイメージでありながら、居心地のいい吹き溜まりを作るための「俺たちはろくでもない人間なんだ」という仲間意識を共有するためのイメージであったように思う。

たとえば、当時の2chニュー速板(アフィ騒動を経て嫌儲と分裂し今や見る影もないが)で「人の不幸で飯が上手い」といったコピペが幾度もペーストされ、「お前らほんと最低だなwww」といったお決まりレスポンスが繰り返されていたことも、まさに仲間意識の共有であって、まるで人を殺すことを入団の条件にしているギャングイニシエーションのようでもある。

そして今日ネットでこうした共通意識に基づいたコミュニケーションが目に留まることがあるだろうか。ネットは変わった。とあるプロレスラーの死を発端として「在りし日のネット」を語る言説が飛び交った。たとえば、twitterで、たとえば、ネット生放送世界で(とりわけ、ネット生放送世界はやりたい放題の時代を経ているので隔世の感があるのだろう)、それは語られた。もはや、何でもありのネットは終わったのだ、と。

しかし、結局のところ、ネットの”何”が変わったのだろう。たしかに、ブログメディア確立mixitwitterといったSNSの登場、スマホの普及といった出来事を起点としてライト層が増えたのは事実だろう。もっとも、twitter上の政治クラスタではMMTベーシックインカムといった一般人には簡単には浸透しそうのないアングラ思想信仰されていたり、かつての頃よりはるか過激罵倒が飛び交っているように思う。変わったとすれば、やはり、ネット民全体が共有している自画像の有無なのだ。昔は、「どうしようもない人たち」というネット民としての自己認識があったが、もはや、そういった共通認識崩壊している。今の時代に「ネットはこういうものなんだから合わないならやめたほうがいい」なんて忠告をしたところで「それはおかしい。誹謗中傷はなくすべきだ」という正論が返ってくるのが当然になっている。

いわば、今日ネット民は「顔の見えない人たち」なのだもっといえば、ネット史における一つの世代としてとらえることができない人たちだ。国民中流という言葉と軌を一にして「若者」という言葉が多用されるようになったのと同様に、均一な人たちが想定されなければ世代論は語りようがない。かつてのネットには負のイメージを共有できるような日陰者としての均一さがあり、日陰者としての意識が負のイメージを生み出してもいた。また、それを外側から、「ネットの人たちは」という形で語りえた。

とはいえ、これから、顔の見えないツイッタラーは、誹謗中傷を許さな一般ピープルに置き換わっていくのかもしれない。今はそうした変化の過渡期にあるのだろう。そもそも誹謗中傷はよくないことだという正論のほうが圧倒的に強く、ありえないアングラな負のイメージが共有されていたことの方がおかしかったのだから。ありえない時代を見てきた世代からするとそうした変化が寂しくもあるが。

anond:20200601172247

人気者になりたい承認欲求お化けだと思う

所詮二番煎じ、誰にも見向きもされず拗らせる

ならウイグル人弾圧されたときは立ち上がったのか?ウクライナが攻めらたときは?香港台湾は?isに対して何か言ってみろよ

黒人ガーってワーワー言ってるけど所詮その程度でしょ

2020-05-31

年収マウンティングほど不毛ものはないぞ

サラリーマンなんてどんだけうまくいっても数千万くらいしか一年で稼げないんだからマウンティングしてんの哀れだぞ。お前らなんか所詮資産家の駒なんだから他人のこと気にせずに働いとけよオラ

anond:20200531090209

県境に住んでるけど、徒歩で県超えられるし、スーパーは県超えて買いに行ってる

つーか県ごとに区切るのと、市町村ごとに区切るのも所詮同じ

左巻きの人らはなぜTwitter固執するのか

凍結されるのが嫌ならもっと消されにくいブログか何かに引っ越せばいいし(それこそはてなブログとか)、Twitter批判しながらもTwitterにしがみつこうとする情熱理解しがたい。

差別的暴言をするあの人は凍結されないのに!ってのはまあ確かに分からんでもないけど、Twitter商売なんで有名人アカをそうそう消せるわけないし、所詮私企業の一サービスに求め過ぎなのでは?

2020-05-30

anond:20200530173546

うーん、それはさすがにたか飛行機の編隊飛行ひとつに大げさな意味込めすぎでは

その程度の感覚の違いなんて世の中に日常的にいくらでも転がってると思うんだが

家族や同僚と生活仕事のものの考え方が相いれないほど違うとかならともかく、所詮イベント感想だろ

anond:20200530183131

所詮右か左かというのは強者より、弱者寄りぐらいの意味しかない。

ついでに言うと大昔は自由主義一本だった。だけど自由主義だと世界恐慌の後の長期不況をどうすることもできなかった。

そこでケインズが「きちんと政府が金の流れを調整するべきだ」と訴え、とマルクスが「世界恐慌のようなバブルとその崩壊を防ぐために政府がすべて計画する経済が良い」と訴えた。

そうした世界ケインズ社会主義(右)とマルクス社会主義(左)となっていた。

マルクス社会主義は失敗したがケインズ社会主義オイルショックのような重資源供給不足でケチがついた。

なので、ケインズ社会主義よりもさらに右である自由主義新自由主義として復活した。だがバブル崩壊で再び長期不況に陥った。

新自由主義ケインズ社会主義の残渣が悪いと公的セクターの縮小と、法人税、累進所得税の減税を進めさまざまな構造改革をしていった。

この時点では右は新自由主義に乗っ取られ、左は経済政策の依り代を失ったため何も考えず新自由主義になった。つまり経済政策では両方とも新自由主義になったため経済政策としてみると右左ともかつての基準で見れば極右になってる。

現時点で右派左派無意味になっているということでもある。

最近はてブオープンチャット様相

去年の夏頃に存在が知られたはてブオープンチャットだが、去年増田で周知されてから何も発信されず、オープンチャット内で起きている事についてどころか、その存在すら忘れられていそうなので、ここに現時点の様子を残しておこうと思う。

去年、はてぶオープンチャットについて書かれていた増田こちら→ anond:20190826180719

あれからどうなっているか

上記増田が伸び、ホットエントリーにまで登っていたときには参加者1000人超えの大手であったが、それからは熱が冷めていくように徐々に減っていき、だいたい500人前後に落ち着いた。1000人のときには1日に未読数600件超えになっているほどの盛り上がりであったが、今では100~300件程度。それも常に同じような人が会話しており、会話の参加者だけだと100人居ない気がする。そんな感じである治安はすこぶる良く、まれに「ブクマお願いします」と互助会の使いが来るが即座にキックされている。

主な会話の内容について

これについてはわかりやすく、食事5割、ぼやき3割、はてブ関連2割である。もちろんこれは体感である。それぞれ簡単に書いていく。

まず食事。このオープンチャットはてブの名がついておきながら話されている内容の半分がこの食事である自炊やお店で食べる料理写真が昼から夜にかけて結構な頻度で投下される。とにかく食への関心が強い。都内住みのユーザは共同で美味しい店マップなんてものも作ってたりする。他に特筆すべき点といえばある料理だけ人気が異常であることだが、これについては後述する。とにかく、このオープンチャットのメインは飯であり、ブクマカ飯オープンチャットといっても過言ではない。

次にぼやき。これは単純に「暑い!溶けそう」みたいな鳴き声に近いテキストのこと。誰に向けていってるか謎で、またどこからか返事が帰ってくるのも謎である。朝方やお昼時に多く、未読数をかさ増しする存在でもある。鳴き声という意味では時折書き込まれる「ちくわ大明神」も含まれるかもしれない。特に書くこともないので省略。

一番大事なとこ、はてブ関連。主にホットエントリーの記事についてや面白いブコメ炎上して上がってくるつぶやきについての会話が多い。参加者はてブユーザしかいないので全員が同じ話題を知っているためか結構会話が進む。この空気については後述する。

形成された文化のようなもの

他のオープンチャット所属していないため比較は出来ないが、ここならではの文化のようなものがいくつかあるので紹介したい。

まずはビリヤニについて。このオープンチャットビリヤニは深い関係があるが、その影響か、頻繁にビリヤニについての話題写真が投下される。ここまでビリヤニ好きのコミュニティある?ってレベル認知されており、このチャット空間でだけカレーハンバーグと同列の扱いとなっている。オープンチャット初期に現れたビリヤニ警察はもはや崇拝対象。本当に何者なのか。

次に議論がしやす空気について。何か議題がホットエントリーにあったら、それについての建設的な議論自然と進んでいく環境があり、今日までそれが続いているように思える。お気持ち長文を書き込んでも煙たがられたりはしない。これは良いことだと思う。とはいえチャットなので議論の始まりは突発的だし、勝手に終わる。印象的な議論といえば、宇崎ちゃん献血ポスター問題についてで、この話題についてはチャット管理者もふもふ社長も参加し、長いこと議論していたように思う。彼が当時書いた増田( anond:20191018190306 )もオープンチャットで共有された。議論と称しているが、所詮チャットなので限界があって、議論かと思ったら各自お気持ちを書き続ける学級会だったりする事もある。

あとははてブユーザであるが故なのか、賛同するときに星の絵文字を返信したりする文化がある。これは誰かが呼びかけたりすることな勝手に定着した。でっかい星とか流れ星かいろいろあるけど、使い分けはされていない。

他に、面白かったことといえば、入室時の名前を使った手斧投げがある。手斧手斧!という割にそんなものが飛ばない当オープンチャットであるが、一時期、入室時の名前使用して手斧を投げるユーザが出現し騒然となった。具体的にどんなのかというと、システムメッセージ

「お前らいっつも同じメンバーで話してんな が参加しました」

みたいなのが流れるユーザ名がそれなので、誰のメッセージなのか、同一犯なのか等わからずじまいだった。これは最近は見ていない気がする。

このオープンチャットで起きた最近の変化について書こうと思っていたが、思いの外前置きが長くなってしまったのでそれについてはまた今度。

anond:20200530033130

「こいつは欲しいキャラがいたら多く金を出す」というのがわかってたらいくらまで出しそうか?というのを狙って確率を低くすれば儲かるじゃろ?

そして利用者ガチャ連続して何回引くかもわかってるからそのぎりぎりまで狙いのキャラを出さないようにできるだろ?

そもそもドキュメンタリー番組でもその手口紹介されただろ?

パチンコマージャンは難しいが、ソシャゲ普通にやってるだろ?

確率はまず運営操作されてるのは当然だと思ってたが。ゆえにガチャはやればやるほど渋くなる。自分いくら出せるかのぎりぎりまで望みのキャラが出ないしでないようにすれば運営が儲かるから

一億歩譲って、一回ガチャは何回と決めておいて、それが出なかったら絶対やめる。ほしいキャラは手に入らないことも多いがあきらめる。それぐらい強気にやれば運営はこいつは渋いし辞められても困るからとたまにほしいキャラが手に入る。

真っ当な確率ゲームじゃなくてカイジアカギみたいな心理ゲームだよ。正直ガチャゲー自体やめたほうがいいと思うがな。所詮手に入るのはイラストと、そのゲーム限定での何か武器やらだけだし。

さいころの出目をフルで調整されてて、金ではリターンがないばくちみたいなものだと思ってたが。

2020-05-29

anond:20200529150945

よくわかんない。所詮好景気にささえられた業界でもあるから

山里亮太

数多ある意見の1つに過ぎないかも知れませんが、この度の悲しいお知らせについて、とても重要なお願いがあります。ぜひご一読頂けると助かります

今回のことについて、またそれについても様々なことをSNS上でみな好き放題言っています。我々はこういう風に対面で顔を合わせなくてもコミュニケーションができる時代になって、その最も身近なものであるSNSと、どういう風に付き合っていけばいいのかほとんどの人は困惑しています。顔を合わせなくていいということから、どんなことでも発信でき、また(SNSのない)日常生活では言われないようなことを言われたりするようになってからSNS上で見えている相手バーチャル人間だと考えるようにし、自分(人間)vs相手(機械)のように接していますしか自分普段自分と違う人間のように、普段なら喉まで出かかって止めるような文言さえも、あっさりと指をなぞらせて全世界へと発信するのです。しかしその割に相手(機械)の言うことには感情を揺さぶられ、たびたび日常生活ではあるまじき過度な言葉相手を責め立てることもありますさらに、膨大な情報量。誰しもが発信できることから必然的日常生活ではわざわざ聞くことのない人の意見まで(要か不要かに限らず)目にせざるを得なくなりました。

と、ここまで書きましたが今回のことが、何が一因であったのかということについては、色々な人がこれもまた勝手意見いくらでも言ってくれていますしか自分も正直それを精査していく、という気分にはなれません。一人の尊い命を失った悲しみもさることながら、何よりもうこの情報化社会情報量に疲れてしまっていて、さらにはSNSの使い方についてあれこれ言われてしまうことは、何か自分の一番柔らかい部分に触られているようで気味が悪いような気もするからです。

ですから、この誹謗中傷がどうだとかについてこれ以上触れることはしません。今回自分がわざわざメッセージを送ろうと考えたのは、自分なりの考えを伝えお願いしたいことがあるからです。

人間は、というか自分のような人間は、どこから台本なのか、ということを小さい頃から気にして見てしまますテラスハウスはもちろん、ラジオお笑いや、とかくエンタメ全般的に。大人になればなるほど、その線引きの部分が段々と分かってきました。コンテンツ制作する上では、台本はなくせないということも。そうすることで、面白さが担保できる。その場で生まれるかわからない爆笑を待つよりも、安定的面白い方が大事だというのが根源にある。

テラスハウスもずっと楽しみに見ていました。2020東京から過去作品も遡ってほとんど見ました。このテラスハウスでも同様に、どこまでが台本なのか、と考えましたが、それについてネット上では正確な情報は開示されていませんでした。それでも、まぁいいかと楽しんでいました、所詮エンターテインメントなのだから

しかし、その楽しい時間は実にあっけなく終わってしまいました。

台本があって、それに従って演技をする出演者の方々。すべてはただの操り人形であり、それを見る視聴者たちは騙されてあげて、楽しむ。騙されていながらも没入して、そこで同じように感情を揺さぶられて楽しむ。どんなエンタメもこうして楽しんでいるのに、現実で人が一人死んでしまうということは、そんな平和世界で行われるエンタメの中には決して存在してはいけない概念です。

少し戻って、自分が引っかかるのは、そもそもこれが台本であったのかどうか、ということです。彼女番組の指示通りに、また示唆されて作為的にあの「コスチューム事件」を起こしたのであれば、これが自殺につながったと言っても過言ではないのですからテレビ局殺人とも言えるでしょう。そうでなかったとしても、悪意のある編集があったという新野氏の証言があります。そうした番組を取り巻く諸々が、視聴者には何一つとして知らされていないのです。

これ以上は長くなってしまうので、簡潔にいたします。お願いというのは2つあります。1つは彼女がなぜ自殺しなければいけなかったのか、番組制作という面からそれを解明すること。テレビ局で働いている人々の大半はきっと善良な人達なのだろうけど、舵取りはいつも腐り切っているように感じます。この事件が闇に葬られてしまう前になんとか事実をすべて開示して欲しい。2つ目には、彼女自殺以降おそらくひどく誹謗中傷を受けているであろう出演者の「彼」やその他の人々の精神ケアです。頭の悪い人たちは「彼」があんなことをしなければ彼女自殺することもなかったというでしょう。実際、死んだ人が責められることはほとんどありません。今後苦しい思いをするのはいつも、今、そしてこれから生きていく人たちなのです。

この2つを、出演者でありながら、一個人としては制作には関係のない貴方にお願いしたい。きっとこれを読まれても、お願いするところが間違っているのではないかと思われるかも知れません。しかし僕は、貴方の「一生をかけて考えたい」という言葉を信じたいのです。その覚悟があるならば、すべて自分のうちに閉じこもって考えるのではなくて、少しでも何か行動をして欲しい。山里亮太が、あの番組マスコットのような立ち位置で、あの時間だけは番組傀儡だったかも知れない。しかし世のSNS上の人々のように、貴方の本当のところは人間である、ということをどうか信じさせてください。そうしてこれからも、後ろめたい気持ちなしに、エンタメ傀儡となる貴方を楽しませて欲しいのです。

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