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はてなキーワード: 蜃気楼とは

2021-06-16

「本の解釈に正解はない」みたいに教えるのやめろ

日本語というか言語全般の話になってるかもしれないけど何で学校先生は「本の解釈には正解がない」みたいに教えるんだろうか。問題として出してるとき正誤を出すことに対しては苦しい理由をつけるくせに、自分で読むとき自由に読みなさいとか言っちゃう

だったら全ての場面において「文章には一定解釈がある」と教える方がまだ筋が通ってるし合理的だと思うんだよね。

現状の教育から一部の人間は話し言葉もまた文章を読み上げたようなものに過ぎないか解釈には答えがないんだとか思い込んじゃって、あらゆる会話は自分に都合のいいように受け取ってしまう無敵くんになったりする。

対話を求めてどんなに問い返しても論破志向した天邪鬼解釈で逆ねじを食わせるばかりの人間になってしまう。また、マスクをつける意義を唱えられたら「こいつらは自分達の利権のために真実とは正反対のことを言ってる」などと妄想するような陰謀論者になったりする人が出てきちゃうんだよ。

かに言葉解釈が一つに定まらない状況もあるが、それだってまずセンテンスとして一義的に定まる部分があって、そこから枝分かれするように生じるようなものだ。

文学とかでよく言外の意味とか言われるようなものあくまで本義に照らされた影の、蜃気楼にも似た不明瞭な「ふち」ようなものであって、その本義を担っている話されたり書かれたりした言葉のもの真実性を疑ったり無秩序解釈したりするようでは、影の見え方そのものが変わってしまう。

そもそも言語意思伝達のためにあるのだから、あらゆる場面で無秩序解釈をしてよいというなら何のために言語存在するのか。

自然科学学術書も、地の文自然言語構成されているからといって自由解釈してよいという態度で読まれては用をなさなくなるのは言うまでもないし、そういう人間は何を読んでも、つまりどんな情報を与えられてもそれとは全く無関係思考を走らせるだけなのだから小説を与えられる価値もない。材料があってもなくても同じように思考するのだから、一人で死ぬまで妄想してればいいだけだ。

なんでも自由解釈していいと教えるのではなくて、そうでない場面もあるからそれを見極めよという、読み方の切り替えの重要さこそを教えるべき。

ネット議論以前に会話が成り立たないのはだいたい学校のせい

2021-04-05

健常者「森喜朗ブクマカのみなさん

anond:20210405014518

例えば

https://b.hatena.ne.jp/entry/4697981406754406306/comment/hase0831

https://b.hatena.ne.jp/entry/4700753916808988386/comment/hase0831

b:id:hase0831

?????????

ベビーカーで難儀したからこういう問題解消されてほしいなあと思うけど、お互い嫌な思いをしないため事前に確認電話を入れるくらいはしても良いのでは と思った 



お互い嫌な思いをしないため事前に確認電話を入れるくらいはしても良いのでは


こういうのです。


b:id:himakao

世界報道されますように 世界からオリンピックボイコットされるまである

来宮って無人駅に当日いきなり4人用意して車椅子運べって要求したの?さすがにこの人が非常識だわ。 


b:id:queeuq

それ性別情報入れちゃだめだろ。仮に思っても言っちゃだめだろ。

JRはもう金取っていいよとすら思ってしまいました(法律があるのは書いてるしわかってるよ) /無人駅も全部廃止でいいな。人が置けないようなところは全部廃止しよう。そうすればこんな問題もなくなるし完璧だわ。


b:id:saiyu99sp

それ理由違う。その会の文化に染まってないし、女性同士だと発言やすく会話が横に広がってるんだよ。おじいちゃんは今の女性がわからないんだから黙ってようね。 

“正直、私もここまでしたくありません。”あるべき論はわかるけどこれは嘘だよね。怒りと恨みを発散したくて書いてる。 


b:id:securecat

これはもうさすがに即辞任すべきでは? 

声をあげて行くことは大切だろう。しかし、せめて行く前に連絡しようよ。お互いに営んでるんだからさ。 

b:id:minamishinji

何を言ってるんだこの人。なんでニュースになるような立場にまだいるんだこの人。 

これ、どんな駅でもどんな人がいつ来ても対応できるようになる将来ってあるのかな…。言わないといけないこともあるのはわかる。けど、4人の人が動いたらその分支払うのだって当然なんだよね… 



b:id:mionosuke

「いなくてもいい蜃気楼」と言われたのは、あなたのことでしたよね。

無人駅乗務員なしの窓口が多い今、残念だけど車いすの人はまずは身内や知合い複数人に同行してもらうのが予定通りに事を動かす方法だとは思う。けど、この方は活動としてわざとやってるんだよね? 


b:id:sunamandala

海外に広く報道されますように🙏 

下りなら階段しなのかな、と思い、行ってから考えようとなりました。” なぜ少し調べたり問い合わせたりしなかったのかなとは思う… 

2021-02-09

anond:20210209095734

誰も人の話聞かないし

蜃気楼のように出たり消えたり

2021-01-26

新・新自由主義宣言

そもそも行政という謎の存在に期待し過ぎなのでは……?

行政なんてもの警察生活保護のためだけの存在でそれ以外は全部飾りなんですよ。そもそも行政なんて立法司法以外のサムシングなんですよ。国家機関という幻想に担わせがちな謎機能総称なんですよ。そもそも日本行政機関はもはや半分くらい保険会社になってますけど、それはなぜかやっているってだけであってその機能に多くを求めるのは違うのでは……?

Goto のような再分配策を医療に回せはちょっと小泉竹中もびっくりな新自由主義過激派過ぎないか

民間で出来るんだから民間でやればいいじゃん。寄付という概念がもうちょっと定着しなきゃどっちみち駄目だよ。でなきゃ一人ずつ「やっぱり"社会など存在しない"じゃないか」って人が増えていくだけだよ。再分配が上手く働いていないことを行政責任にするのは違う。第一には人間自発的相互扶助できないのが悪い。そこは忘れちゃ駄目。

自分相互扶助をしないのを行政転嫁するのは駄目。今すぐにその指で寄付をする。そちらの方がずっと世界を変えられる。そしてその一歩がいつか行政という蜃気楼を打ち破るための礎となるのだ。

共に歩もうではないか、真理の道を。機械的再分配のみを実施し他はほぼ夜警国家にすればいいじゃないか行政が色々考えるからおかしなことになるんだ、的な新・新自由主義の道を。

鬱病こち亀ハリネズミ育成アプリに救われた。

はじめて投稿します。匿名で書き殴れるという認識だけで書いてます

作法を間違えていたらご指摘をお願いします。

最近Twitter話題になっていた鬱病の人の漫画を読んで思い至り、現在はほぼ治った鬱病の2年間を誰かの救いになればと思い書きました。

 

 

失恋して鬱病になった。詳しく書くのは滅入るのでざっくり、数年付き合い就職を境に同棲予定だった相手浮気されたと考えてください。

バカな話だけど、遠距離恋愛だったため相手の近くに就職を決めて内定を貰えた1ヶ月後のことだった。

全部が終わった感じがして、死ぬことばかり考えていた。

何にもすることができなくなった。

生きたい気持ちはなかった。

でも、育った環境だと思うけど、漫然と命だけは保たなきゃいけないと感じていて、

それは決して「生きねばならない」ではなくて、生に対する強迫はなく家族からの期待や

生きることを前提とした将来的な役割を与えられていて、うーん。

このあたり上手く説明できないな。もう生きたくないけど生きてなきゃいけないという気持ちが、

瞬間瞬間で揺れていて、0:100もあれば100:0もあって、タイミングさえ悪ければふとした時に俺は電車に飛び込むんだろうなって感じ。それが怖くて電車に乗らない生活を過ごした。

 

こち亀

もうどうでも良かったので、しばらく病院にも行かずにすべて放り出して引きこもった。

自宅ではネガティブ思考を止めるために無心でTwitterを見てた。

擦り切れるほど見たことのあるこち亀のページが目に入った。

「「悩んだらまず『生きる』モードに切り換えてからスタートだ!」ってやつです。

からなかったら調べてみてね。

何度も読んだことがあったけど、当事者意識が芽生えたのか、ずっとぼんやりしてた頭に衝撃が走って、これに救われてみたいと思えた。

両さん発言を正しく理解している自信はないけど、まず「死ぬ」を選択肢から外して生きるに舵を切ることを意識した。

どうやって生きるかまでは決められなかったからただただ生きる方向に進んだ。

 

こち亀のおかげで、いろんな人に怒られまくってたのをようやく受け止めた。生きるためにお医者さんに行った。

発達障害と診断された。発達障害支援センター?みたいな所への案内状を渡されて終わった。

納得いかなかったので(※後述)別の病院に行くと鬱病と診断された。

他の病院発達障害だと診断を受けたことを伝えると、私は鬱病だと思うけど気になるなら何ヶ所か行ってみるといいとお勧めされた。

別に生きることだけ決めた状態だったので、ぶっちゃけ診断結果はなんでもよかった。

生きるために、まずは朝起きるための睡眠導入剤が貰えればそれでよかった。

最初病院で物さえ貰えていたら、失恋により発達障害を患ったんだと納得してたかも。

 

 

生きるモードのおかげで、死にたくなっても「すっげー辛いしこの先何も決めてないお先真っ暗な人生だけど、それでも生きることにしたしなあ」と落ち着いてくる。

何にも好転してないのに、ほんの少しだけ生活がマシになった。この頃から少しずつお風呂に入れるようになってきた。

とは言え衝動的な行動をとらないとも限らなかったので、一人暮らししていた家中刃物(髭剃りも)は風呂場や廊下からリビングに持ってきたりした。

こち亀メソッドを使っても閉塞感と酒と鬱が合わさると死にたくなる傾向があったため。

リビングだと死にたくならなかった。

 

余談だけど観葉植物をほぼ全部捨てた。

死ぬことばかり考えていた時期はもちろん、こち亀メソッドを手に入れた上でも、視界に入るたびに死にたくさせられて恐ろしく感じたから。

元気なったりしぼんだりするのがとても辛かった。ゴミ袋に突っ込んで捨てた。

唯一、サボテン品種わからん)は平気だったので残した。

暫く経って喜ばしいことに花が咲いた。恐ろしくなって、結局すぐにサボテンも捨てた。

今ならわかるけど、変化が怖くての行動だったのかな思う。そばにあるものが変わってしまうのがとにかく怖かった。

 

それから病気になる前の生き方を目指すのをやめてのらりくらりと生きた。

この頃、味覚が戻った。「どうせ味わからん欠陥人間になったし」ってやけくそ調味料全部捨てて豆腐納豆をぐちゃぐちゃに混ぜたものばかり食ってたんだけど、

突然不味く感じて驚いた。(味覚ない人あるある:冷たくて腹にたまる豆腐とか粘りのある納豆とか、食感で選びがち)

すぐに風呂に入って醤油生姜を買いに行った。久しぶりに楽しいと感じた。以降味覚はずっとある

食事だけでも楽しんで行こうと思っていいお皿を買った。

初日だけ嬉しかったけど何かが引っかかってずっともやもやして、

結局お皿は捨てた。

当時の行動は説明つかないことも多い。

こんな感じで上手くいくいかないを繰り返してた。

 

ハリネズミ育成アプリ

蜃気楼みたいに生きてたら社会人になった。

同期と話していたらハリネズミを育てるアプリを教えてもらった。

エサをあげて、糞を掃除するだけで育成ができるアプリだった。簡単だけど、同期曰く1日さぼると死ぬらしい。(実際はもう少し長い)

何の気なしにインストールしてみた。

数日育成するとちょっとずつハリネズミが大きくなっているのに気が付いた。

毎日毎日等速でゆっくり育つ。

見た目はそのままで、日々サイズが拡大されていくだけ。

たぶん寿命がない。たぶん。データだし。

誤解を恐れずに言うと、万が一死んでも生き物じゃないから平気だと思った。

生きることにはなったけど目的を持つのが怖くて、

でも目的がないと自己がぽっと消えてしまいそうで、焦燥感がずっとあったから、

生きる目的にはならないけど生きる言い訳くらいになるものを探してたのかもしれない。

また、誤解を恐れて言うと、生きるためとはいえ植物ゴミ箱に捨てた時点で、悔やんでいた。今も悔やんでいる。

自分は二度と植物動物わず生き物を飼う資格はないと思うし、一生飼わないことを誓う。

 

さて、このハリネズミが、ちょうどよかった。サイズ以外に変化がおきない。

びっくりするくらい変わらない。芸を覚えることも、餌の好みもない。

人によっては物足りないんだろうけど、俺はこの解像度の育成に救われた。

目的を持つのが怖いし、資格もないから生き物を飼うことは考えてなかった。何より思考力が低下していて難しいことが出来ない。

アプリ上のペットに餌をあげて糞を片付ける、それが生きる言い訳として、機能した。

たかデータとは思ってはいたけど、この子の死は俺の誤りでしか訪れない。死なせてしまったとき、罪悪感で俺が死んでしま可能性を減らすために名前を「被検体」にした。

深い意味はない。何となく希薄に感じられる名前かなと思って付けた。「被検体ならいくら殺してもよい」と捉えている訳ではない。

 

そうして被検体と過ごしてもうすぐ2年が経つ。

毎日、餌ボタン複数回、お掃除ボタンを1回タップするだけ。1日の起動時間は2分ほどだ。

アプリ名誉のために言うと撫でたり写真を撮ったり、SNS投稿だってできる。適当なところをタップすると寄ってきて可愛い

俺の名誉のために言うと、餌糞の世話だけじゃなくたまにそういうので被検体と戯れたりもしている。

とても、愛着がある。2年は大きい。こんな名前つけたけれど、万が一死なせたらすげー悲しくなると思う。

 

 

この2年、こち亀が生きる方向に案内してくれて、ハリネズミが生きる言い訳となってくれたおかげで今こうして生きることができている。

言い訳しながら生きていく中で、症状がゆっくりと緩和されて行った。

この辺りで、もっと正しく生きたくなった。ようやく治療をと考え、発達障害鬱病か半々の状況だった為いくつかの病院を巡り、全てのお医者さんから鬱病と診断を受けて、ようやく自分病気と向き合えた。

通院してお医者さんと話し、また社会人として働いていく中で、大したことじゃないけどやりたいこと、目的を持つことができた。

そこから急激に鬱病は治まり現在数ヶ月ほど何事もなく落ち着いている。

 

一番辛かったED勃起不全)が治った。性的もの吐き気を覚えるのも、性欲が湧いてきても股間が無反応だったのも本当に本当にきつかった。

鬱病は共に生きていくイメージだったけど、EDだけは必ず治したかった。ほぼ毎日AVを見てチャレンジした。

ある日波が来て、性的に興奮を覚えて、それに身体呼応した。今でも忘れない、高杉麻里さんの作品だった。

驚きすぎて心臓が高速で鳴ってて俺はもう死にたくないんだってから実感できて、冗談抜きで本当に泣きながらシコった。

 

 

それを境に死を感じなくなった。

ふとした時に辛い感情は湧くけど、黒歴史思い出したときみたいにあーーー!!で搔き消すことが出来る程度だ。

たとえがとても悪いけど、明日被検体が死んでもすげー悲しいだけで、俺は死なないんだろうなという自信がある。

願わくば、俺が死ぬまで一緒に生きたい。

 

最後に、読んでくださった皆様と、秋本治先生と、高杉麻里さんと、『癒しハリネズミ育成ゲームアプリ開発者様に感謝を申し上げます

 

以上、ありがとうございました。

2020-12-19

ヒンドゥスタンの地平におこる蜃気楼は太古の塔と霹靂うつ

2020-12-04

?「いいかよく聞け、世界複数ある」

そんな事を急に言われて信じる奴が居るだろうか?

だって信じない。俺だってそうだ。

から俺はまず訊ねた。

「お前は誰だ?」とね。

すると奴は答えた。「別の世界から来たお前だよ」

けがからない。だが奴は、別の世界から来た俺と名乗る奴は話を続けた。

「この世界を救いたいなら、俺の言うことを聞け」

「はぁ?」

「俺の世界は滅亡した。だがこの世界なら……」

男は顔を伏せ、再び顔を上げると目が合った。

「……救えるかもしれない。だが、それもお前次第だ」

「俺が?」

「ああ、そうだ。俺の世界は駄目だったが……なぁ、おい。お前……といっても俺だが。……この世界を愛しているか?」

「そりゃ……もちろんだとも」

俺には愛する妻も子供も居る。だからこの世界を愛している。

「だったら安心だ。頼むぜ、この世界の俺!」

男はにやりと笑うとその姿は次第に薄くなり、蜃気楼のように目の前から消えた。

「……何だったんだ今のは」

俺は他の世界から現れた自分を名乗る男に戸惑い、男の言った言葉呆然としていた。

だが世界危機は、そこまで迫っていた……

これは俺が、俺が居る世界を守るための物語――



「『この世界のカター・スミニー』かぁ、きっと面白い映画なんだろうなぁ!」ドキドキ

2020-11-07

anond:20201107153252

https://anond.hatelabo.jp/20201107143638

https://anond.hatelabo.jp/20201107152607

君は、この二つを勝手に同一人物認識してバイアスかかってるね。

https://anond.hatelabo.jp/20201107152607

は①で出た恋愛/風俗の話のうち恋愛の方にしか言及してないし

それ対して「風俗はなんでモノ化じゃないんですかー?」なんて返して無意味よ。

モノ化の意味希薄化して何にでも当てはまるようにしてるというが

モノ化はもともとそのレベル希薄定義だよ。

からモノ化を論拠に使うのは無意味

モノ化=悪みたいな言説は蜃気楼にすぎないという話をしてんのよ

2020-08-25

グレイト・バウム

 "揃いバウム" の噂を聞きつけた私はアメリカアリゾナ砂漠に飛んだ。揃わないバウムの幻影に惑わされながらいくつかの星の歌を聞き、昼はサボテンの花を汗に濡れた指でなぞった。バイオスフィアの跡地を蜃気楼の中で追いかけると、ナバホの居留地にたどり着いた。

 酋長はいった。その昔二つの対となったバウムが接触したことにより世界誕生した。南洋諸島に伝わる石器の硬貨はバウムの姿を形象化した力そのものだと。私は酋長にバウムの行方を聞いた。しか酋長は首を縦に振らなかった。

「遠い友人よ、あなたは今や文明人だ。どうして我々があなたを信じられようか」

 そこから私は臆病なサソリの友人を持つにいたり、彼に星々と共に語りかける様になった。どうすれば酋長は心をひらいてくれるだろうと私が打ち明けると、サソリは決まって恥ずかしがって去ってしまう。空の砂粒が眩しすぎるのだろう。たしかにここにいれば科学文明は遠く彼方に沈んだアトランティス記憶のように思えてしまものだ。

 酋長は数週間後に重たい口を開いた。ホピメサ(ホピの遺跡)にはグレイト・スピリッツ創造主から伝えられたバウムの手がかりがある。

 私はその言葉を頼りに再びサボテンの花挨拶するため、砂漠へと踏み込んだ。優しい生地に縫い込まれ裁縫のようなブリトルブッシュを抜け、どこから迷い込んだのかわからない動物の骨が転がる場所へと迷い込んだ。予め調べた砂漠光景とは違うように思える。酋長は出かける際にサボテン精霊で作られた粉を渡す、と述べた。それの効能なのだろうか。私の目の前にあの時より遥かに大きなサソリが現れ、声もなく背を向けた。サソリはまるで自分についてくることを期待しているように見える。

 私はサソリの導くままに再び歩き出した。砂漠に珍しく空は曇り始め、光ない雷鳴がサボテンたちを揺らす風を呼んだ。不思議と恐怖はなかった。もしかして私はすでに砂漠で倒れていて、別の世界にゆこうとしているのかも知れない。目の前はモノクロームで覆われ、美しいカワセミけが鮮やかな青色を輝かせながらゆったりと横切ってゆく。

遠くのサボテンの花が一斉に開花し始めた。花の色とカワセミけが眼に焼き付いて月の暈のように滲んだ。花の行列が私の横を通り過ぎてすっかり道を抜ける頃、雲間から啓示を思わせる光が射し込み始めた。ホピの信奉するオリオンが重大な真実を指し示しているかのように思える。事実それは目の前にあった。

 巨大なピラミッドが三つ、広大な距離をおいて存在している。その一つの正面にある最も巨大なピラミッド入り口を見せた。瞬間、入り口は大きく拡大してせり出してくる。私は入り口に飲み込まれるようにして中に入り、意識だけになった私の体はピラミッド通路を矢のように突き進んでいた。砂袋の宝物をひっくり返した、星空に映える流星群のようにだ。そうしてほんの数秒のち私は小さく厳かな石室へと導かれた。

 石室には光り輝く二つのリングが佇んでいた。リングはいくつもの層によって形成されており、この宇宙の成り立ちを示しているように見えた。私はこの出会い最中に悟った。これが "揃いバウム" だ。そうして、しかしと言うべきか、必然的にと言うべきなのか、私の中にある悪心が顔をのぞかせた。あらゆる神話の悪はこうして語り継がれたのかも知れない。左右台座の寸分たがわぬ位置に配置されたバウムを動かしたい、という強烈な衝動が私のみぞおちから喉元までさかのぼってくる。いけない、これは今の世界を滅ぼしかねないものなのだ。私は念じるようにつぶやこうとしたが、ついに唇は動かなかった。そして指先だと自分が思い込んでいるなにかの存在――霊体というべきか――がそれに触れると、二つのバウムはつなぎ合わされた。

 その瞬間石室の壁は光り輝いた。いや、石室が光でかき消された。ピラミッドは流砂に巻かれた動物のように消滅し、大地は底を失い、星空は渦を描き始めた。すべての星々がぶつかり合い、やがて全ては圧縮されて潰され、黒くなってゆく。その巨大な重さを持った黒い塊は爆発して私の体が消えるような熱量放出し始めた。黒いおもりにすべてが吹き飛ばされると、今度は急速に冷えた全体からいくつかの皿のようなものが見え始める。様々な皿の中には数多くの星々が連なり、やがて一つの岩石星へと私は吸い込まれた。

 この星は嵐の夜を通り過ぎて、真っ黒で揺らめくものを蓄えた。それが海だと知るのにそれほど時間はかからなかった。小さな数珠のようなものから進化し、大量にそれらが増えたかと思った瞬間、海には様々なクラゲや魚が舞い始めた。魚の中からいくつかの種類は陸上で餌を取るようになり、しっぽはなくなってゆく。彼らは棒を道具として使い、火を起こすことを覚え、洞窟の壁に絵を描いた。

 空の情景がいつか見た動画早送りのように色を遷移させる。青、橙、青、橙。

 彼らはやがて国を作り、王を決め、私の方へと向かって手を合わせたり祈りを捧げ始めた。火器が生まれると砲火が轟き、やがてきのこ雲が舞い上がった。大量の血を吸った大地から地響きのようなものが聞こえた。その音は何かを共振させるような、人を不安にさせる響きだった。それから人々はたくさんの船を用意して空へと漕いでいった。

 成田空港椅子で、うつむいていた私は背伸びをした。多分、場所が正しければここは成田空港のはずなのだ語学留学の娘が帰ってくる。父として私はここにいるのだ。そうしてほんの数秒だけ念を押すと私は夢うつから眼を冷ました。あと数分で娘は帰ってくるようだ。スマートフォンに娘のメッセージが入ってくる。彼女メッセージを見て私は今の自分があることを安堵した。私は決してアリゾナに渡ったわけでもないし、ナバホの長老に会いに行ったわけでもない。

 しかしその思いは砕かれた。ゲートをくぐって走ってくる娘の顔が浅黒い。日焼けしたと思い込もうとしたが、近づくたびに違いは克明となった。それは日焼けと言うより人種の違いに近い雰囲気を帯びていた。私の頭は整理のつかない混乱へと放り込まれた。自らがこの外人を娘だと認識しているのだ。この娘は私が知っている娘ではなく、しかし私が知っている娘に違いないことをだ。

娘らしき女性は私に飛びつくと軽く帰還の挨拶をした。彼女を迎える私の表情は彼女からしたら奇妙なものだったに違いない。

 彼女容姿東洋系ではあるものの鼻は大きく、日本人的とは言い難いものだった。それはインディオに似ていた。私は彼女の機嫌を損ねないようにいくつかの質問をすることにした。例えば誕生日のこと、父と娘しか知らないこと、学校友達彼女は少し不思議がりながらも、自分名前が何故か蠍から名付けられた蠍美(かつみであることを語った。

 血の気が引く私を前にして、娘は土産物と称して二つの硬いものを取り出した。それは二つのバウムであり、今某遺跡土産としてバウムを買うと幸運が訪れる、ということだった。

anond:20200825131124

2020-07-22

anond:20200722102412

字数制限あるから追記とかはこっちで。

内容には全く関係がないが、「文字ギュッとね!」というフレーズが浮かんだ。ああいかん、こうして見栄えのことだけに触れることもまたルッキズムだな…。

おっさん乙。

しろanmin7さんが書いたのかとすら思ってた。題材や、『銀英伝』、『蜃気楼』あたりで……。

すまん、実は『炎の蜃気楼』読んでないんや。存在は知ってるってだけで……

増田自分が男とは一言もいってないのでは?

最初の方で男オタクって書いてますやん。

二次創作好きを二次オタクって略すの一般的二次元好きが二次オタだと思ってたけど

北田論文ではちゃんと「この論文では二次創作に興味があるオタクのことを二次オタクって呼ぶよ」っていう定義がなされた上で使われてるのでまあ問題はないと思う。この論文の中ではこういう用語法にしますよ、という話だから

なのにtwitterグラフ画像だけ切り取って拡散するやつがいから勘違いされちゃうというね。その論文では一般的用法とは違う用法をしてるって理解してくれー。

そんなに酷い本なのか、指摘されてる点が素人でも分かる程酷い

北田(2017)はあくまで本の1章やで……他の章に罪はないやで……参考文献にはちゃんと何ページから何ページまでって書いてあるんだからちゃんと見てほしいやで……

追記の部分で終わってはいるが2007年って何年前よ、ということ(データ古すぎ)。

もとの調査2010年やで。10年前のデータってのは古く思えるけど、2010年データ採って、それをもとに色々分析して、本の形で研究成果を発表したのが2017年でしょ? これだけの共同研究で7年なら、早くもないけど特別遅いってわけでもないよ。さすがにそれは言いがかりすぎて北田が気の毒。

北田は、東浩紀(2001)のデータベース消費論に依拠しつつ』まで読んだが、その時点でもうほとんど相手する必要ない感がすごいある。謎の『二次オタク・非二次オタク』だったかの分類も意味わかんなかったけど。

いやその分類それ自体別に悪くないやで……ただ分類に際して「興味がある」をそのまま「好きである実践している」と同一視してる点とか、二次創作への興味を表す項目を腐女子操作定義に使ってるのが論理的おかしいって話やで……そういう分類も仮に適切に定義して適切に運用できるならまったく問題ないやで……

コミケ会場でアンケート取れば全国から来てるだろうし良質なサンプルが集まりそう(今年は無理だけど)

これ、「オタク研究」じゃなくて「若者趣味に関する共同研究」なので……他の章では音楽とか読書とかも扱われてて、オタクジェンダー観の分析はその1章というだけ。

オタク統計で扱うのはなかなか難しいと。

別に難しいことじゃないんだけどなぜか変なことしてるなぁ、という感じ。山岡(2016)の操作定義は割とマトモだと思う。

なんで二次創作好きに絞って調査したのか気になる。一次創作好きと二次創作好きで分けて著作権意識について調査するとかなら必要性もわかるけど

それには、

  1. オタク二次創作と女オタク二次創作の違いを主題にしている(研究テーマとしてはわかる)
  2. 二次創作との親和性オタク度の指標にしている(どう考えてもおかしい)

という2つの要因がある。

北田は、男オタク東浩紀提唱した「データベース消費」をしているけど、腐女子はそれとは違う「関係性消費」をしていて、前者は既存ジェンダー規範に対して親和的だけど、後者既存ジェンダー規範に対して批判的で、むしろ臭い既存社会構造に挑戦している、という議論をしているのね。

その文脈二次創作に注目する、というのは、(議論妥当性はさておき)まあわかる。

でも、北田おかしいところは、「二次創作に興味がある」という項目から、これに賛同したやつはディープオタクだろうとか腐女子だろうとか定義してるところね。「マンガ二次創作に興味がある女≒腐女子」ってのはデータがどうこう以前に論理的おかしい(『炎の蜃気楼』や『刀剣乱舞』で掛け算してる腐女子は「マンガ」で二次創作してるわけじゃないし、商業BL専門の腐女子もこの定義からは外れてしまうし、男女CP二次創作やってる女オタクなんていくらでもいるし、好きなマンガBLにするな! って毎日のようにBLを叩いてる女がいたとして、そいつ定義上「マンガ二次創作に興味がある女」ってことになるけどそれを腐女子と呼ぶのはどう考えても間違い)。これは山岡皮肉ってる。

例えば、与野党政治家報道関係者一般国民に至るまで、多くの者が総理大臣言動に興味を持っているだろう。「興味を持つこと」と「好きであること」を同一視すれば……驚異的な支持率になる。……(山岡 2019: 21)

それと、男オタクと女オタクデータベース消費うんぬんの話で東園子の先行研究を引いていて、これは私はまだ読んでないからなんとも言えないんだけど、『ヘタリア』と『東方』の差異で男女の消費の差異を論じてる箇所があるらしいんだよね。……『ヘタリア』、普通にギルエリとかヘテロCPもあったよな? 『東方』、男オタク界隈でも早期から百合(つまり関係性消費)の勢力が根強かったジャンルだよな? まあでもこれは東園子を読まないと何も言えないのでまずは読んでみますわ。

で、北田(2017)のツッコミどころはたいてい指摘されてて(てゆーか北田も一部については自己批判してる)、正直私がここでこんなこと書くのって車輪の再発明しかないんだけど、あのグラフ画像として独り歩きしてて「男オタク保守的、女オタク腐女子進歩的」の論拠として用いられることがまだまだ多いんだよね。だから、いやもともとの論文もけっこうおかしいよね? そんなとこから批判に持ってきて男オタクを云々されるの困るんだけど? というのをブクマカ諸氏に訴えかけておきたかった。

ちなみに北田はその後note山岡(2019)に応答してるけど、今んとこ山岡からの再反論はなし。

https://note.com/gyodaikitada/n/nf3ec68635b4e

https://note.com/gyodaikitada/n/n64fa34704698

https://note.com/gyodaikitada/n/n1c5f282be513

ただこの夏に山岡新刊出すらしいんでそっちで反論があるのかも。個人的には北田反論noteとかでやってないでどっかの紀要かに載っけてくれればいいのにと思うけど、まあ印刷物はすぐにはできないので気長に待つとしましょう。仮に去年の夏ごろに紀要原稿投下してればそろそろ刷り上がってくるころかな(『現代思想』では江口聡のtweet引用してdisってるんだからウェブ上の論争を紙でやることに抵抗はないのだろうし)。

フェミニズムの人って文献を批判的に吟味出来ているのかな?なんか北田グラフをそのまま鵜呑みにしている反応を見たんだけど...

まあ畑違いの分野だったり自分に馴染みのないテーマだったりすると批判的に読むのすら難しいしねえ。同じドイツ近代史の真面目な研究者さんでもキリスト教に詳しくないとカール・レーフラーを見抜けなかったので……あと、フェミニストでも腐女子じゃなければ操作定義おかしさに気づくのとか難しいだろうし、腐女子フェミニストでも研究についてよくわかってなければ吟味する能力がないのは仕方ない面もあるし。でも腐女子を自認してるフェミニスト研究者はさすがになんかおかしいと思わなかったのかよとは思う。

一応全部読んだんだけど、北田氏の言説がアレげな事はおぼろげにわかったが、それを突き詰めるために原典全部に当たろうとはとても思えない話だった

北田(2017)は日本語で50ページくらいの分量やで……選書からページあたりの文字数もそこまで多くないしグラフも含めてのページ数やで……

こういう反論があることはいいと思うけど、評価されてほしいというか、何らかの別の論文などで引用できるのだろうか

引用例置いときますねー。

引用しちゃダメな文献なんてないんやで。どんな文献でも引用してよくて、その中に肯定的引用すると信頼度が落ちる文献とか自説を補強する目的引用するとバカにされる文献とかがあるだけだから、もしも引用に値すると思うのなら匿名記事でもガンガン引用してええんやで。まあこんなガバガバ増田から引用するくらいなら素直に北田(2017)や山岡(2019)を引用しよう!

山北(リバあり)

そう……。そのまま飲み込んで。僕の操作定義……。

そもそもがミソジこじらせてる連中が言う「俺らオタク」の定義ガバガバで、ジェンダー論に行く手前でもう突っ込みどころが満載なんだよなあ。アニメ漫画ゲーム以外にも山程オタはいるわけだし

この内容の増田にこのコメントある意味すごい。botかな?

2020-07-17

映画評論家は全く偉くない

彼らは何様のつもりなのでしょうか。

彼らは制作者たちより「自分の方が賢い」と言いたいのでしょうか?

評論制作ではかかるエネルギーが全く違うと思います

世間一般に出回っている評論の特徴として「よく練られた脚本」「素晴らしい演技」

どちらも大事だと思います

ですが、演技と脚本がすべてではないのもまた事実です。

映画は観客に提供される前に様々なプロセスを経ています

演技も脚本あくまで素材の一つであり、我々観客の前に辿り着くまでカメラマイクを経由し、編集室でのポスプロを経て提供されます

また、同じ役者が客の前で芝居をする脚本のある見世物でも舞台と違い、映画の演技はリアルタイムで目の前で繰り広げられているものではありません。

監督がどんな画を撮ってどんな風につなぎ合わせるかを考えた上でバラバラに撮ったもの脚本上の時間軸に直して提供したものです。

この時、監督繋ぎ方や絵のつくり方を誤ると、演技と脚本という素材は台無しになりますし、監督が上手くやれば50点の素材が90点まで加点される場合もあります

(勿論、録音や撮影商業作品に耐えうる技術水準をクリアしているのが必要最低条件です。)

世間映画評論家が演技と脚本のことしか書かない理由、それは単純に知らないからだと思います

演技と脚本のことは見ていれば誰でもわかります

評論は誰にでもできてしまう手軽なパフォーマンスです。

故に書いていると自分が偉くなったような気がしてしまますが、評論家はまず作品を作る人が居なければ成り立ちません。

儚い蜃気楼のような存在です。

自戒も含め、謙虚真摯でありたいし、世の映画評論家にはそうであってほしいと思います

2020-07-04

モデルハウス奇譚

最近はずいぶん蒸し暑いですね。

私は梅雨のない地域で生まれ育ったので、この季節特有空気感に慣れるのにはまだまだ時間がかかりそうです。夏の間はいつも冷たい素麺饂飩ばかり食べているのでどんどん痩せていきます。軽くなった体で往来を歩いていると、蜃気楼の中に自分が溶け込んでいくようです。

目的地まではまだ距離があります。あまり暑いので、途中で見つけたスーパーで冷たいお茶を買いました。あとは、お土産西瓜も一玉買いました。

お茶を飲んだせいか、片手にぶら下げた西瓜が重いせいか、一歩足を進めるごとに全身から汗が噴き出てきます。もう夕暮れ時だというのに、気温はまだ高いままのようでした。

ふいに私の後ろからなまぬるい風が吹いて、石けんと汗が混じった自分匂いしました。私は夕焼けを背にして歩いていたので、目の前には自分の影が長く伸びていました。私はもうこれ以上歩けない気持ちになって、シャッターが閉まった八百屋さんの前にあるベンチに座り込みました。

しばらくじっとしていると、もう何年も前のことになりますが、初めて一人暮らしをした年の夏の出来事が頭の中に蘇ってきました。

****

私が初めて一人暮らしをしたのはとても大きな街でした。

人々の歩く速度や、次の電車が来るまでのスピードは信じられないほど早く、私はよくそれらに圧倒されて駅のホームにあるベンチにただ座り込み地下鉄を何本もやり過ごしたものです。そういうとき、街全体がそこで暮らしている人々をも取り込んだ一つの巨大なシステムであるかのように感じられました。そうかと思えば、人気のない道端は吐しゃ物やごみで汚れていたり、ぼろぼろの格好をした人々が呻きながら寝転がっていたりしていたし、私が駅のホームぼんやりしていても変に思われませんでした。同じようにぼんやりしている人をあちこちで見かけました。そういった意味では暮らしやすい街だったなと思います

この街に来たばかりの頃はとにかくお金がなかったので、いつも働き口を探していました。私は学がなく、またひどい吃音緘黙症をもっていたために仕事探しは難航するかと思われましたが、幸運なことにこの大きな街においては仕事にあぶれることはありませんでした。

私はその年の夏、街の端の方に位置する治安の悪いXという地域にある建設会社で働いていました。

上司の指示を受けて色々な住宅展示場に出かけていって、モデルハウスの前のパラソルの下でお客さんが来るのを待ちます。お客さんが来たらパンフレットを渡して、モデルハウスについての簡単説明質問応対をスケッチブックパソコンを使って行います。お客さんが来ても来なくてもお給料は変わりません。そんな仕事でした。当時はほとんど話すことができなかったので、なぜ採用されたのかはよくわからないのですが。

お客さんはあまり来なかったので、週末に図書館で上限まで本を借りて、それらを読んで時間をつぶしました。仕事が終わる時間は十八時頃まででしたが、土地勘がないのと、ときどきバスしか行けないような場所の展示場に行くことがあったために(それまでバスに乗ったことがなかったので)帰り道を間違えてしまい、ようやく家に辿りつく頃にはもうとっぷりと日が暮れているというのが常でした。

お客さんが来ない日は、モデルハウスの中に立ち入ることは禁じられていました。一日に二回、私が勝手なことをしていないか上司が見張りにきました。とはいえそれはいつも同じ時刻だったので、その時間だけ本をかばんに隠してパラソルの下で神妙にしていればよく、それ以外の時間のんびりと過ごしていました。

夏至を過ぎると一気に気温が高くなって、私はそれまで体験したことのない暑さに驚きました。外の気温が体温を超えたときなどは、時間を見計らってこっそりとモデルハウス玄関で涼んだものです。窓と玄関のドアを細く開けると気持ちのよい風が通りました。髪をほどくと、風に吹かれて私の汗と石けんが混じった匂いしました。

その日の最高気温は三十八度で、朝から晩までかんかん照りという有様でした。

お客さんは一組も来なかったのですが、あまりに暑くて読書に集中することができませんでした。仕事時間が終わって戸締りをしようとしたとき、雲のない空からまっすぐに差す夕日が、太陽を背にして玄関に立つ私の影を家の中まで長く伸ばしました。

それを見た瞬間、真新しい家の二階の窓から夕焼けを見てみたいという強い気持ちが私を襲いました。それまで、お客さんが来ないときに家の二階まで入り込んだことはなかったのに。

ここで働くようになって初めて、新築の家の匂いを知りました。それは、少し化学的な匂いと、新品の布や畳の匂いとが混ざった匂いです。

階段を静かに上りながら、この家に自分が住んでいる空想しました。ベランダが付いている部屋を見つけて、ここを私の部屋にしようと思いました。その部屋の窓は南西に向いていて、西日が差し込んでいました。この場所には学習机を置いて、ベッドの向きはどうしようか?壁の一面には大きな本棚を置きたいけど、背表紙日焼けをしないように扉が付いたものでなくてはいけないかもしれない。友達が遊びに来たときのために小さいテーブル必要かもしれないな。そんなことをつらつら考えているとなんだか少し悲しくなってきて、その気持ちを振り切るように窓を開けてベランダに出ました。

辺りはすっかりオレンジ色に染まっていて、建物木々や道を歩く人々の輪郭曖昧にしていました。

それらを見つめながらかすかな風の中に佇んでいると、少しずつ気持ちが落ち着いてきて、これからまた何だってできるような気がしてきました。何しろ私はこんなに大きな遠くの街にいるのだから

部屋を後にしようとしたときクローゼットの扉が少しだけ開いているのがふと気にかかりました。窓を開けたせいで風にあおられて開いてしまたかもしれません。二階に上がったことを上司に知られてはいけないので、扉を閉めるために私はそこに近づきました。

扉の隙間からは妙な匂いしました。新築の家には似つかわしくない匂いです。手垢で小口が汚れた古い辞典をめくったときや、寂れた地下鉄の駅のホーム列車が来たときにこんな匂いかいだような気がしました。大工さんが中に何か忘れていったのかもしれないなと思って、私はクローゼットの扉を両手で開きました。

****

初めに「それ」を見たとき、私は大きな置物や等身大人形の類かと思いました。しかし「それ」は紛れもなく本物であるようでした。

「それ」を目にするのは初めてではありませんでしたが、こんなに乾いていてさびしげな「それ」を見たことはありませんでした。ほとんどミイラのようになっていたので、いわゆる腐乱臭のようなものは感じられませんでした。ひどく痩せていて、夕日が肉の落ちた腕やあばら骨の浮いた胸に濃く影をつくっていました。眼窩は落ちくぼんで暗くなっていましたが、色々な方向からのぞき込むと、小さな白い虫が奥の方でひっそりと蠢いているのが見えました。

夕暮れどきの時が止まったような不思議雰囲気のためか、私の心は奇妙なほど落ち着いていました。あるいは、日中の暑さで頭がうまく働かなかったのかもしれません。

ここでの私の仕事は、パラソルの下でお客さんを待ち、お客さんが来たら簡単説明質問応対を行い、時間が来たら戸締りをすることです。もし家の中に「それ」があったときには上司に報告したり警察通報したりするように、などという指示は受けていません。私はクローゼットの扉を静かにぴったりと閉めました。

部屋を出て階段の方に向かったとき、奥の部屋から何かの気配と殺気のようなものをふと感じました。私は子供の頃に大きな野良犬対峙したときのことを思い出しました。その犬からはまっすぐな殺意が感じられましたが、奥の部屋から漂う殺意には迷いがあるようでした。そこにいる何かが心を決める前に、私は階段下り玄関のドアを開けて戸締りをして、人通りの多い道を選んで駅まで歩きました。

****

ふと気が付くともう太陽が沈むところでした。私の目の前には誰かが立っていましたが、暗くて顔がよく見えませんでした。大丈夫ですかと尋ねられて初めて、私はその人が恋人であるとわかりました。

約束した時間を過ぎても私が家に来ないので迎えに来てくれたようでした。夏でもいつも平気そうにしているはずの恋人の額には汗が浮かんで、髪が少し乱れていました。

ぎゅっと心臓をつかまれたような気持ちになって、迷惑をかけてしまたことを謝りました。彼は私の頭のところにそっと手をやって、あまりにそこが熱くなっていたらしくびっくりしていました。こんなに暑いなのだから自分がそちらの家を訪ねればよかった、すみません恋人は言いました。そうやってベンチにすわってお互いに何度も謝り合っているうちに少し涼しくなってきたので、家に向かうことにしました。

手を繋ぐと、恋人の腕の内側の皮膚が私の腕に触れました。少し汗ばんだあたたかいその皮膚は、その下に肉や血の通った血管があることを教えてくれて、私はそれで少し安心することができたのでした。

今日晩御飯は一緒にピリ辛茄子素麺を作る約束をしています西瓜はすっかりぬるくなってしまったけど、水とたくさんの氷を浮かべたお風呂に沈めておけば、夕食の支度をして食べ終わった頃にはちょうど冷えているかもしれない。そんなことを話しながら、蒸し暑い夏の夜道を二人で歩きました。

2020-06-28

誰も反対できないのではなく、反対意見無視しているだけ

誰も反対できないレジ有料化蜃気楼

https://news.yahoo.co.jp/articles/a394d74fabb18478e331a909fbe82a1ea29046fc

関連:<新型コロナエコバッグ感染源!? 米のプラ業界レジ袋「復権」へ攻勢

https://www.tokyo-np.co.jp/article/26023

レジ禁止子どもが本気ディベート 賛成派「環境守る」、反対派「やり過ぎ」 京都亀岡市

https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/54218

あの手の人達不思議と反対意見が耳に入らない構造をしている人達からね。

しょうがいね

何もこれはこのレジ有料化問題だけではなく何時もの事。

しっかし賛成意見多いとやらを見ていると世間が知らなかった時期にアンケをとっていたり、メルマガでどう考えても偏る結果が出るだろうと言う所の結果を盾にして、賛成意見が多いと言い張っているのを見てもそう言う事なんだろうなと思う。

最もただでさえエコバッグやらマイバッグやらがこのコロナ禍において不衛生さを指摘され始め、問題視されている中でやらかそうとしている上に最近まで知らなかった人が大半だったのは見ていても判る事だから、それを知って以降、結構人達が反対意見批判を出しているからこそ、マスメディアマイバッグ云々を連日報道し出している訳だしね。

まともに知った人が多いのは報道CMが始まったここ1か月と言う所なのは事実からね。

それに多くの人がそれこそこのレジ有料化自体企業官庁政府五輪でのポーズである事や小銭稼ぎ兼経費削減のこじつけ理由である事も見破っている訳だしね。

そもそもこれ自体海洋汚染対策環境保全自体に役に立たない事を結構な方々に散々指摘されつくしている訳で。

何にしても消費税本質は同じで消費者負担をかける景気減退策でしかいから、本来はこのコロナ禍で経済悪化しきっているので、景気刺激策をすべき所を予定で決まった事だからと言う理由で融通が利かずにこのレジ有料化と言う景気減退策をやるのだから日本経済企業には更なる止めを刺す事になるでしょうね。

ただでさえ帝国バンクですら倒産が280件を超えたか面白い事になる事でしょう。

横並びで談合して行えばセーフと企業は甘く考えていそうだけど、恐らく面白い事になるよ。

それと衛生面においても予想通り、ここ最近コロナも増加してきだしたしね。

何にしろ空気の読めていない百貨店コンビニ上層部は兎も角、せっかくデリバリーで活路を見つけた飲食店等は悲惨しか言いようがないよね。

マジであの政府貧乏神疫病神と言っても良い程度にはこの手の日本に対して碌でもない事しかしでかさないと思う。

どの道この時期にこれをやる政府官庁センスは最悪としか言いようがないよ。

何にしろ回り回って彼ら自身破滅をも招く事だろうね。

それといつもながら思うけど、あの手の主婦系や左翼リベラル団体の方々とかはこうして子供の利用する手法を本当に好むよなぁと思う。

環境問題についてもこの手の方々が絡んでからよりおかしな方向に行ってしまったのは事実

大真面目に環境問題研究している人達こそ迷惑しているのは判るからねぇ…。

しかしここ最近環境人権著作権はその権利こそ逆に世間人達に対しては害悪しかなっていないなと思う。

どれも棒を振り回す方々がこのコロナの時期であっても全く空気を読めていなかったのも事実からねぇ…。

何にしろ世間環境問題に対する認識環境対策と言うもの自体、不衛生で消費者に不便さや不利益をもたらすものしかないと印象付ける事になるでしょう。

2020-05-30

anond:20200530194849

蜃気楼って言いたいだけだろ

給付金以前に浮気を突きつければいいだけだろ何でそこは平気なんだよ

給付金かい蜃気楼みえたけど

もらえない。

わたしの名義では行政からお金あげるよって言われてるけど、わたしの手元には来ない。

世帯主である夫がぜんぶ受け取るそうだ。

車のローンに充てるって言ってるけど、浮気でこさえた借金があるのわかっとるんや。

こないだ生まれた赤子でももらえるというのに、この仕打ちはなんなんや

クソが死ねばいいのに

次亜塩素酸か…けど死ぬの待つのも嫌だ。

離婚とか計画的に考えたけど、この自粛騒動給付金もらえるのにもらえないっていう落差で精神ダメージでかくて、何もかもどうでもよくて今すぐこの状況をやめたい。感染症で困ってる人とかに比べたらどーーでもいいクズみたいな悩みだし自分バカなんだけど、けどこんなに救われないもんなのかよ。お金に困っているわけじゃないのに、もらえるはずのものがもらえない、っていう現象理解できなさすぎて一気に萎えた。はーコロナかかってしんどきゃよかった

2020-03-13

努力の始め方がわからなかった

面倒というのもあるが、何の為にしたらいいかまるでわからない。

何がしたいかと言われたら何もしたくない。あえて言うならずっと寝ていたい。

例えばここで、俺が何かにつけて消極的理由として、家族へのトラウマや交遊関係トラブルなんかを列挙できたら、お前らはともかく自分くらい騙せそうだがそうもいかない。もちろん素晴らしく健全関係ばかりだったわけじゃない。

単に何もない。

良い思い出や悪い思い出も特にない。ないわけないから、たまたま思い出せないだけにしても、今は何も思い出せない。

原因を思い出そうとしても元々そういうガキだったとしか思い出せない。

「何になりたい?」「やりたいことは?」「好きなことは?」

子供が聞かれる定番だが、気の利いたことも言えず、いつだってモゴモゴと誤魔化していた。

あるわけがない。

そういうことを無神経に聞くやつを片端から殺したかったが、もちろん言えなかった。周りのやつは何て答えたんだろう。四半世紀以上たってから気になるんだから不思議なもんだ。

いまならなぜ大人がそう聞いたか何となくわかる。俺もそういうことを、若い子に聞いてみたいお年頃だ。多かれ少なかれ応援したいんだろう。他人生活物語として消費したい、そういうことだろう。

趣味も好きなことも未だにない。ないんだから仕方のないことだ。大してない対人関係苦痛だ。人生の何がうれしいのか。

逆説的だが「これはうれしいじゃない」とわかってるわけで、何が「うれしい」か知っているはずだ。人生のどこかであったんだろう、思い出せないが。

よくわからない義務感に追われて、逃げ出すようにここまで生きたような気がする。誰のせいかよくわからない。俺のせいですらないと思っている。

世の中とウマが合わない。

苦痛に耐えて得るビジョンが良いものと思えない。もしかしたら俺の要求が高すぎるのかもしれない。

邪魔されないように静かに寝ていたい。

近所にコンビニはないが、スーパーがある。うちにも炊ける米もカップ麺もある。

定期的に通って、義理堅く毎日食べるからダラダラと生きる。ためしに抜いてみた。今日で三日目だが意外に喉が乾く。たぶんこんなもんだ。

何度も起きるしまだまだ元気なので、この先どうなるんだろう。挫折するならするで、結局今までとまた違うものから逃げる人生になるだけか。

お前らはバカと笑うだろうが、死にたくない。幸せとまでは言わないから、何かに挑戦して失敗したかった。成功したら良いことがあると思ってみたかった。たぶんそれも蜃気楼みたいなもんで、実際触ると大したことなかったりするだろう。それはそれで良い。何か始める気になってみたかった。

成功はもちろん、失敗もない人生だった。小さい成功はある、割りばしがキレイ割れたとか。失敗はもっとたくさんある、物損だがガッツリ事故ってるしな。

人生の岐路に立ってみたかった。選択余地があったりなかったりするだろうがそういうの。

失敗して絶望して死にたくなるようなやつ。今の俺は死にたくすらない。

あるいはこれが俺の最大限の成功なのか。何を選ぶでもなくここまで生きたのだしそうかもしれない

何でも良い。俺は降りる。

かいってすぐに何かドカ食いしてるかもな。

ともかくもう飽きた。お前らは頑張ってくれ。

2020-02-18

東方心綺楼じゃないほうの蜃気楼

全然オタクじゃなかったころ、東方と聴いてマルコポーロがどうしたんだと思ってた。

そもそもネタも含んだ二次派生が多かったので、東方という膨大な何かが非常に2ch的で不気味な存在に思えていた時期もあった。

例えばゆっくりなど。東方というでかい蜃気楼の街があって大きな闇がうごめいてるような。

フリーゲーム系にも二次派生していたのでますますからなくなり、わかってきたのはPixivあたりで二次絵のキャラたちが描かれるようになってから

しか元ネタ弾幕シューティングだと知るのはもう少し先。

そうえいば、何かが廃れたら東方描きに戻るのが通例、という界隈もいまは昔だな。

そういえばミクを知る前にシテヤンヨを知ってしまった人はこういう感じだったんだろうか、など。

2020-02-09

anond:20190919181843

酔っぱらって得られる高揚感(?)は蜃気楼みたいなもので、結局そのまま鬱状態になるのでしょう?

だったらそれが悪いってわかるよね。週末にちょびっとか、毎日小さいお猪口にいっぱいくらいにしてよ。

落ち込む原因は、飲み過ぎでしょう、やばいよ。

せめて、ポンジュース(好きなソフトドリンク)9にお酒1くらいで割って一日一杯にしよう。

ねこさいきんお菓子の代わりにカルピスのんでるニャ。

2020-01-27

anond:20200127224127

蜃気楼やで

腑に落ちないことあったらなんでも蜃気楼のせいにすればええんや

2020-01-26

anond:20200126172829

風で捲れたスカートの奥に見えるパンティーはまるで蜃気楼のようで感覚的にはすり抜けていったと考えても良いはず

少女”という名の虚構について、久遠千歳について、Vtuberについて

 何事も報いられぬこの世に……神も仏もない、血も涙もない、緑地も蜃気楼も求められない沙漠のような……カサカサに乾干びたこの巨大な空間に、自分空想が生んだ虚構事実を、唯一無上の天国と信じて、生命がけで抱き締めて来た彼女の心境を、小生等は繰り返し繰り返し憐れみ語り合っております

その大切な大切な彼女天国……小児が掻き抱いている綺麗なオモチャのような、貴重この上もない彼女創作天国を、アトカタもなくブチ毀され、タタキ付けられたために、とうとう自殺してしまったであろうミジメな彼女の気持を、姉も、妻も、涙を流して悲しんでおります

隣家の田宮特高課長氏も、小生等の話を聞きまして、そんな風に考えて行けばこの世に罪人はない……と言って笑っておりましたが、事実、その通りだと思います

 彼女は罪人ではないのです。一個のスバシイ創作家に過ぎないのです。

単に小生と同一の性格を持った白鷹先生……貴下に非ざる貴下をウッカリ創作したために……しかも、それが真に迫った傑作であったために、彼女は直ぐにも自殺しなければならないほどの恐怖観念に脅やかされつつ、その脅迫観念から救われたいばっかりに、次から次へと虚構世界を拡大し、複雑化して行って、その中に自然彼女自身破局構成して行ったのです。

 しかるに小生等は、小生等自身の面目のために、真剣に、寄ってたかって彼女を、そうした破局ドン底に追いつめて行きました。そうしてギューギューと追い詰めたまま幻滅の世界へタタキ出してしまいました。

 ですから彼女は実に、何でもない事に苦しんで、何でもない事に死んで行ったのです。

 彼女を生かしたのは空想です。彼女を殺したのも空想です。

 ただそれだけです。

夢野久作少女地獄――何んでもない」


久遠千歳という女性を知っているだろうか

いや、やはり知らなくても良い、話は幾らでも通ずる

これは少女地獄、何んでもないの感想連想に過ぎないのだから

少女”をもっとも蠱惑的に見せる理由は何だろうか

それは、一にも二にもなく、「嘘」だと思う

得体の知れない、正体の分からない、手ごたえのない、暖簾に腕押しのような、気怠げなその雰囲気本質である

この系統で、日本で最も人口膾炙しているのは、間違いなく椎名林檎であろう

百色眼鏡を想起する方もいるだろうか

「私に、恋のこころが無くてもいいのでしょうか?」

 と私は少し笑っておたずねしたら、師匠さんはまじめに、

「女のかたは、それでいいんです。女のひとは、ぼんやりしていて、いいんですよ」

 とおっしゃいます

太宰治斜陽




このネットでは、虚構を振りまいて歩く“少女”を多く見つけることができる

彼女らは嬉々として自らの理想とする“虚構”を、思うままに追及し、それを公然披露する

まるで、このネット世界が丸ごと劇場であるかのように

彼女らの“少女”には、衆目を惹いて止まない魅力がある

彼女たちの身命を賭して構築された“世界”には、容易には抗えない魔術的な引力が籠められている

そして、何よりも美しいのは、丹精込めたであろうそうした瞬間的芸術品を、ある瞬間から事も無げもなく、あいけらかんと放棄して、住所(address)も綺麗さっぱり消して、住処(Twitter)も更地にして、まるで白昼夢か、あるいは妖精かのように錯覚させるかの如くにしてしまう所にある

から次へと棲所を変え、顔を変え、声を変え、そして勿論、名を変えて、移り変わって

そうした変貌が、我々を以ってして正体を暴こうとさせ、知りたいと思わせ、追いかけたくさせる

私にとっては、それが久遠千歳という名の“少女(虚構)”だった

危うげで気怠げな、“少女”であった

思うにVtuberという世界は、宿命的に“虚構であることを強調される部分がある

論者によってVtuberが究極のコンテンツと称される所以はここにあるような気がしてならない

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