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はてなキーワード: 醜悪とは

2018-02-18

自転車通勤ときで恩着せがましい…って思ったけど

その自転車通勤ときすら忌避して専用車両を求めた属性もっと醜悪ということになってしまうので思いとどまった

https://anond.hatelabo.jp/20180218000204

しなくないことをせず、したいことだけをするということは時に醜悪な様子を外部に呈すことがある。

けれどそれは外面であって内面は満足を得ている。

なぜ外面をよくしないのか、外面をよくすると内面もよくなるのに、という案をいくら出してもそれに乗ってこない

「外面が醜悪である対象」をあげつらってみても、相手内面に影響を及ぼさないという結果そのもの

転じて、自分内面は外面の評価をとても重要視していてその可能性を信じて、かつ実際にその利益はまだ得ていないので自分より下の者を具体的に指示できる方法を持つことで自身の外面も上がるのではないかという期待を露呈しているという可能性がうかがえる。

実際目の前のかの例がそれであるかどうかは別として、そういう態勢をとってくる人間について方向性の一つとして「外面の良さをもとめている人なんだな」と思ってあげるのがよい場合がある。

そう考えると、外面のひどいおっさんにうらやましいと恨み言をいっているようでかわいそうである

2018-02-16

#魔女集会で会いましょう から見るはてな村周辺の老害

最近Twitter創作界隈で #魔女集会で会いましょう というタグ流行している。やたら流れてくるのでTL上で一度や二度はタグを見たことがある方もいるだろう。

これら#魔女集会で会いましょう タグの付いた作品は、Twitter上で1作品概ね1〜4枚の画像としてアップロードされている。大まかなストーリーは、どの絵師が描いたかに関わらず「魔女人間男の子を拾い、育てる。時は流れ、育った男の子魔女ナイト的な役割を担う」という感じである

もちろん異なる絵師が各々作品を作っているのだから多少の違いはあるが、大体そんなところである

これらの作品に対して、わかり手(@anbakurakoya)氏が非常に痛快な批判をしていたのでまずは紹介したい。毒親に育てられた身としては、「ああ、わかり手さんは毒親母親側)問題について理解があるんだな」ということがよく伝わってくる。しかし、わかり手氏の批判ツイッター界隈の老害化の象徴であるかのようにも見える(これについては後述)

まずはわかり手氏の良さを伝えることからはじめよう

魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望、それリアルでやると毒親まっしぐらコースなんでマジで気をつけてな…。

小学生くらいの幼女レイプしてぇ!というキモオタ欲望と同程度には醜悪欲望である自覚をな、できればな…

自分キモさを認識し、その上で「好き」を貫けや

彼氏みたいな息子が欲しい」という願望を持つ母親毒親一種)が一部にいて、とんでもないことになっているのは経験上よく分かる。また、毒親自分キモさについて自覚的でないというのも共感できる。

さらに、下記のように「リアル創作区別しろ」と仰っているのも非常に納得が行く。

自己擁護の事例としてはこういうのね。いやその関係性が「幸せ」じゃねぇだろ、リアルでやったら毒親まっしぐらだろって話をしてるんだけど、どうも「虚構現実区別」とか言いつつ全く区別がついてないっぽくて怖いんだよね。

リアル創作というのは別のものであり、明確に区別を付けるべきだという意見は全くその通りだと思う。

で、ここで立ち止まって考えてみよう、 #魔女集会で会いましょう タグとはそもそも一体なんなのか??#魔女集会で会いましょう タグを叩いたり援護したりしている人は当然趣旨をある程度は理解していると推測されるが、念の為確認してみよう。

このタグは九頭さん@coneshait という方が最初に始めたタグで、元ツイは以下のようである

https://matome.naver.jp/odai/2151839444121733201

#魔女集会で会いましょう このタグで、『魔女が拾った男の子が成長して、魔女よりでかくなって(ごつくてむさくてがっしりしてて)魔女を全力で愛して守る男になる話』の絵を描きますので、誰か描きたい方いらっしゃればこのタグつけて好き勝手に…

魔女集会検索やすいようにと思って付けてみたやつで、企画とかではないので、みんなも気軽に描いてね~

ただやってはいけないのは誹謗中傷のみ。


ここに絵師が集まって、沢山の作品投稿された模様である。2日後や3日後の「どんな設定盛っても構わん」という追加の発言もあるものの、多くの創作が1レス目のお題に沿った『魔女が拾った男の子が成長して、魔女よりでかくなって(ごつくてむさくてがっしりしてて)魔女を全力で愛して守る男になる話』というリファレンスに沿った内容となっているようである

なぜこういったタグ流行るのかと考えると、絵師が「お題」に餓えているか流行に乗っておいて自分の絵を少しでも見てほしいと思うからなのではないか

絵を描く力と、ストーリー考える力というのは全く別物である。一枚絵の画力はあるがストーリーあんまり思いつかないというような絵師がこういったタグに飛びつくのも合理的だと思う。魔女青年を絵にしたら映えそうだし。

ではここでわかり手氏の発言の話に戻ると、 #魔女集会で会いましょう タグに群がっている人に「毒親願望」があるのだろうか?これはTwitter上の流れを見た私の推測だが、タグに群がる人々の多くは毒親願望を持っておらず、「魔女とかショタかのかっこいい絵を描いたり見たりしたかった」という程度の意思しかなかったのだと思う。

ここでもう一度わかり手(@anbakurakoya)氏のツイート引用する。

魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望、それリアルでやると毒親まっしぐらコースなんでマジで気をつけてな…。


果たして、「魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望」なんてあったんだろうか?お題なんて記号にすぎず、毒親願望なんて多くの人が持ちあわせていなかったところにわかり手氏が「彼氏みたいな息子が欲しい♡という欲望」なるありもしない概念をいきなり持ち込んでしまったのではないかと私は考察する。

同時に、わかり手氏のこのツイートについても的外れであると思う

1人でもいいから、2コマ目で子供を自立させ精神的肉体的に別れる魔女がいて欲しかった。そういう思いがある。


私がこのツイート的外れであると思う理由は「ストーリーを考える手間を極力省き、決まったお題で絵を描く遊び」をしているところに「ストーリー考えろ!」と言うのは、ナンセンスからである

毒親についてであっても、そうでないことであっても、自分意見を貫き通せるのは素晴らしいことである。また、経験則から色々なことを語るのは、後の世代にとって有益となる可能性が大いにある。

だがしかし考えてほしい。刑事モノのドラマを見て雑な気持ちで楽しんでいるときに「本物の刑事はこんなんではなくてだな...これは、現実に全く則していなくて...」とやたら絡んでくるオッサンがいたら「老害キモっ」と思わないだろうか?

わかり手氏はまさにその老害の絡み方をしていないだろうか?

Twitter特性上、TLに流れてくるのは基本的にはフォローしている人達意見であるしかフォローしている人の意見なんて小さな部分集合に過ぎない。フォロー外にはフォロー外の世界があり、当然自分より若い人達だっているし、そこにはそこの掟がある。

Twitterはてな同窓会老人村界隈でゴチャゴチャ言い合ってるのも結構なことだが、所詮老害化しつつある村であることをそろそろみんな自覚してはどうか。

2018-02-15

オタクで、腐女子で、発達障害で、メンヘラの私にはいろいろつらい

文章もなにもかもぐちゃぐちゃです。


「どうして」

燃えている。わかり手(@anbakurakoya)氏のツイートが。

>『魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望、それリアルでやると毒親まっしぐらコースなんでマジで気をつけてな…。』

https://twitter.com/anbakurakoya/status/963574691775447040

>『小学生くらいの幼女レイプしてぇ!というキモオタ欲望と同程度には醜悪欲望である自覚をな、できればな…』

https://twitter.com/anbakurakoya/status/963574949230256128

ああ、『現実に行えば』その通りだ。

その前提条件が読まれる事なく拡散されて反発の声が届くのは、気の毒だと思う。

私が、どうして、と思ったのは、ここじゃない。

その後だ。その後の言葉だ。

>『このツイート無限に怒りのリプライが飛んでくるんだけど、それを鑑みると女オタクと男オタクの違いは自分キモさに自覚的か否かだよな…、なんてことを少し思う。「キモオタ」と名乗るか「貴腐人」と名乗るか、みたいな。』

https://twitter.com/anbakurakoya/status/964050886040289280

>『自分キモいことくらい受け入れた上でオタクやれやと、キモオタ自分としては思いますね。』

https://twitter.com/anbakurakoya/status/964051192367144961

どうして。

メンヘラ世界

ここも同じか。ここも同じなのか。

メルトダウンを起こしている。オタクの、趣味世界での苦しい記憶フラッシュバックする。

まとめサイト、「腐女子のせいでジャンプがつまらなくなった」「おまえら夢小説ちょっと読んでみろwwwwww」

抱き合うように密着して仲睦まじい女子高生マイクロミニスカートから下着が見えている美少女イラスト男性を向いた表現作品名だけで済むのに。

キャラで同じような露出が、絡みがあれば、「『腐向け』のタグを付けろ、隔離しろ」と言われる投稿サイト

腐向け』『腐女子』は女オタクへのレッテルとして、今も現役だ。

フェミ腐女子の2つがあれば、ネット世界であらゆる女は罵倒できる。

腐った女、と自嘲する名前。それは『キモオタ』と近い。『貴腐人』も、『腐』、から結局は離れていない。

自覚がない、と言うが。

腐女子の『学級会』は、魔女会でも起きていた。あれは、私は好きじゃない。

あの自縄自縛自罰時間を、魔女狩りの様子を知らないのだろうか。

キモい』事に自覚がない、なんて。

外の誰に指さされる前から、内側で互いに『キモさ』を牽制する、あの空気を知らないのか。

見つからないように、作品名ではなくキャラの名でも引っかからないようにカップリング独自言葉で言い換えて。

純粋に』楽しんでいるファン世界に、異物が入らないようにとアカウントに鍵をかけ公式固有名詞を避けている彼女たちは、見えないようにすればするほど「いない事になる」。

そんな事をしても無駄だけれど。

検索RTで見つかった「痛い」奴が一人でもいればいい。

「『女オタク』が『腐女子』が、こんな事をしていた。やっぱりあいつらはろくでもない」

アスペルガー』が『ADHD』が『ボーダー』が、健常者の世界で、異物にならないようにと過ごして、障害が、疾患が、見つからない、いない事になる。

そんな事をしても無駄だ。

職場で、学校で、リアル世界で見つかった、『迷惑』な奴が一人でもいればいい。

「『アスペ』が『ガイジ』が『メンヘラ』が、こんな事をしていた。やはりあいつらはろくでもない」

一般人から切り離された『オタク』が、『男』『女』に分断されていく、そこから『(普通の)女』と『腐』に細分化されていく。

メンヘラ』、分断しますか?男と女に。

男の女の、うつ病双極性機能不全発達障害エトセトラエトセトラ

『腐』ではない女オタクからは、

『女オタク』は『腐女子』とは違う。

そうだね。嗜好は、まったく違う。

うつ病』は『ADHD』は『統合失調症』は『摂食障害』は違うように。

そう。苦しいところは、違う。

わかる。わかるんだよ。

わかる、だけど、どうして。

どうして。違いを語る言葉に、どうして否定が添えられる。

タイピングをする手が震えてくる。今日は眠れそうにない。もうぐちゃぐちゃだ。

オタクで、腐女子で、発達障害で、メンヘラの私には。

メンヘラ世界オタク世界リアル世界も生きづらい。

2018-02-11

女になりたくなかった

幼少期に女嫌いをこじらせすぎた。

原因は母親ヒステリー

毎日夫婦喧嘩は絶えず、家ん中じゃ麦茶が飛んで皿が割れた。

喧嘩の発端は、毎回、母親が突然に不機嫌になる事だ。

母は人付き合いが壊滅的に苦手だったが、父の仕事関係で、妻として表に出る事が多かった。

その中で生まれネガティブ感情が、大体二週間ぐらいかけて『そもそも結婚なんかしなけりゃ』という不満に発酵し、その後は『超不機嫌モード』に移行する。

そんな母の態度に、生来短気な父の堪忍袋の緒が切れると、家の中で怪獣大戦争が勃発するという仕組みだった。



──と気付いたのは大人になってからで、幼い私は兄と抱き合って震えながら、『うちのおかあさんは何故急に怒ったり不機嫌になったりするのだろう』と考えていた。

喧嘩が終わった後、私たちはよくベソをかきながら父に聞いた。『なんで母さん、ああなの』と。『気に入らないことがあるなら、言葉で言えばいいのに』と。すると父はこう返した。

『母さんは女だから。女の人は男の人と違って理論的じゃないから、よくわからないところで感情的になるんだ』と。

私は兄と一緒にふんふんと聞きながら思った。

『そうか、女だからか。女ってクソだな。』

健全な性の道を踏み外し出す、記念すべき第一歩だった。



第二ステージ

母親を疎み、兄や父と主に過ごしてきた私の読書習慣が、歪んだ固定観念をより強固なものとするに至った。

少年マンガの購読である

(先に断っておくが、私は少年マンガ糾弾する気は一切ない。ただ事実ありのままに書き記していくだけである。そして私はありとあらゆるジャンル漫画が大好きだ。)



兄弟と育った私は、コロコロを読み、ジャンプを読んで育った。父のコレクションである少年漫画に手を伸ばし、特にドラゴンボールを好んで読んだ。

しかし私はドラゴンボールブルマちゃんが嫌いだった。天才科学者とかそういう長所は、曇りきった私の目には見えておらず、『何も出来ない癖にすぐ泣いてすぐ叫び、恋や欲求にすぐ目がくらむ、ヒーローの足を引っ張る存在』とそんな風に見えていた。『ああ、父を煩わせる母と同じだ。やはり女というものはこういうものなのだ』と。



同時に、私の性の芽生えの切っ掛けもブルマちゃんであった。

詳しくは割愛するが、あのマンガって結構えっちだよね。

とにかく女体に興味を覚えてしまった私は、こっそり父の読んでいる青年漫画に手を出した。前に一度ちらりと見えた時、なんだか非常にえっちっぽいページが見えたかである

親の目を盗み、どきどきしながらページを開いた。そこには大人世界が広がっていた。

どろどろとした愛憎入り乱れる大人世界だった。女はひどく誇張された化粧と共に描かれ、男相手に股を開いていた。

べっとりとした口紅と真っ黒な性器が、多大なる忌避感を私に与えた。



『おヴぁああああああああああああ』と私は心の中で叫んだ。

ブルマちゃんの可愛らしいお胸とは正反対のものがそこにはあった。

だがリアル調のその漫画の方が真に迫っているような気がした。

なるほどこちらが真実だったのか、と小学三年生の私は納得した。

『女はクソだ、内面だけでなく外面も。』

齢九、私は何処へも辿り着かぬ道へと順調に足を踏み外していった。

ついでに化粧が嫌いになった。



さて私はある時期より、重大な気付きに直面する事になる。

それは『自分も女である』という事実であった。

私は自分母親のようになる事を極端に恐れた。ゆえに『感情的にならない事、理論である事』を信条に掲げて日々を過ごしてきた。

また、既に女という性を軽んじていた私は、『女子なんか』と遊べば『女』になってしまうと思い込んでいた。

ここでの『女』というのは、しばしば侮蔑的な響きを含むあの『女』のニュアンスだ。『まったく女ってのは』というあの感じだ。



女子ままごと菓子を好み、恋の話に興じるもの男子は外で体を動かし、虫やボールを追いかけるもの。前者は幼稚かつ非建設的で、後者建設的なもの──。

私は男子に混じって遊んだ。虫をつつき、ボールを追いかけ、カードゲームに興じては『女子にはわかんねーだろ』と男子と一緒に男ぶった。

てめーも女子だろ。

ともあれ男女問わずパンを履きまくっていた時期にそれを咎められる事は一切なく、私はこのままずっと『男』に混じって生きていくものだと思っていた。



しかし年齢が上がるにつれ状況は変わっていった。



中学時代より、『女子』としての振る舞いをするよう諸所で注意を受けるようになった。

足を開くな、スカートを履け、髪を整えて身綺麗にしろ

私はその度に反発を覚えた。それが身に染み付いた女嫌いゆえであるというのには、未だ気付いていなかった。ただ女らしくしろと言われる度、いいようのない嫌悪が体を駆け巡り、肉体を引き裂きたいような衝動に駆られた。

父や母も男勝りな娘の教育ほとほと手を焼き、私を『反抗期』と称した。私もそうであると思っていた。

──『反抗期』という言葉に、ひどく感情的な、理論の欠如の時期、という印象を見出した私は、すぐに『反抗期』を終え、男らしく振る舞うのをやめた。

女らしく振る舞う事もしなかったが、それで周りは満足したようだった。



さて年月が過ぎ、こうして高校までをしのいで来た私であったが、大学へ出るに当たり、いよいよ『社会』という漠とした強敵対峙する事になる。

家族は言った。『お前もそろそろ化粧を覚えないと』。

Wait, what?

私は心の中で叫んだ。脳裏に浮かんだのは、幼少期に見た、あのべったりとした口紅と醜い性器映像だ。

あの醜悪気持ちの悪い化学製品を、醜い女の象徴を、私に塗りたくれと言うのか。

女は醜いものだと教え込んだお前達が、今度は私に女になれというのか。そりゃないぜworld。



齢十八。私は化粧から逃げ回った。

言わずもがな、最たる要因は、家庭環境の最悪だったあの時期に読んだ例の青年漫画だ。

あの裸の女が身につけていた口紅だ。自業自得はいえ、最早トラウマだった。

親はありとあらゆる手で私を説得しようとした。

『最低限のマナーから』『そんなんじゃ社会でやっていけない』『化粧は有害じゃない』

『今はただの練習でいいから』『ええい駄々をこねるのをやめろ!』。



さて、呆れた事に私は自分がなぜこんなにも化粧品嫌悪を抱くのかを、未だ理解していなかった。

いくら醜悪描写漫画で見たからといって、なぜそれが全てだと思い込む?テレビを見ろ、タレント達は男女問わず化粧をして美しいじゃないか。──』

その裏に繋がる根深い『”女性性”への嫌悪』に気付けなかったのは、外面的な事に関して言えば、私の嫌悪がごく限定的である為であった。

化粧、ヒール、裸体を連想させるような肌の露出。装いに関して嫌だったのは、この三点に尽きた。

別に女の肉体を持っている事について、不満はない。

男の肉体が欲しいとも思わない。

着物であれば女性のものを好んで着たし、ミニスカートヒールでなければ、多少はフェミニンな装いも吝かでない。

非常にややこしく凝り固まった嗜好がどこから来たのかと、私は大いに悩んだ。

こうして書き出せば理路整然としているが、書いていない様々な事ゆえに気付きは遅く、私は自分が一体何故こうも屈折しているのかと懊悩した。



齢十八と半分。ようやく気付いた切っ掛けは恋だった。

幼馴染に、太陽のような男がいた。

高い背とおおらかな心が皆を惹き付け、彼の周りには男女問わず人が集まった。

私と男は気安い仲だった。ある時、抱えきれなくなった想いを彼に吐露した。

彼は赤面していた。想いが伝わったのだと浮かれ、私は何度も愛を告げた。間違いなく、あれがそれまでの生涯で一番幸せな時だった。

やがて彼は真っ赤な顔をして、はにかみながら、人を惹きつけるあの笑顔でこう言った。



『お前も可愛いよ』



大抵の女性であればここで舞い上がったのだろうか。しかし私は違った。

『おヴぁああああああああああああああ』と心の中で叫んだ。待て、お前、可愛いよってなんだ。可愛いよってなんだ。

かにも、私はその瞬間まで気付いていなかった。男に慕情吐露する事がどういう事なのかを。人として心から愛していたから、それを告げたい。ただそれだけだった。無責任な事だったと今なら思う。

いや、私は付き合いたいとは思っていたのだ。だがそれが必然的に『女扱い』に繋がるという事に気付いていなかった。彼は私に化粧やお洒落を望むだろう。まだ若く健全な男として、『可愛い彼女』を会得する事を望むだろう。

私は絶望した。

私はこの男を愛してはいるが、彼の女にはなれない。自分の中で育ててきた固定観念が、私に盛大に牙を剥いた瞬間だった。

ようやく私は自身に深く根をはる『”女性性”への嫌悪』に気が付いた。



私と幼馴染はどうともならなかった。

幼馴染も馬鹿ではない。彼は『可愛い』という形容詞がおよそ私には合わない事にすぐ気付いた。



暫く友人以上恋人未満のような関係を続けたある日、彼は言った。

『やっぱ俺、お前を女としては見れない。』

私は返した。

『然もありなん。』



さて、ようやく氷山の全容を眺める事が出来るようになった私だったが、ぎちぎちに凝り固まった偏見を見つめ直し、途方に暮れた。どれだけ難儀な奴だと。

いっそ潔く『俺は男だ!』と思えたら楽だった。

いっそ『女は等しくクソだ!』と思えたら楽だったかもしれない。

だが私は男でないし、女はクソではないし、女友達普通にいたし、大好きだった。

『””』を使って『”女性性”への嫌悪』と書いたのは、この『”女性性”』が、『世間一般蔓延してはいるが真ではない、女性に関する漠然として、かつ悪意を孕んだ偏見』に過ぎぬ為だ。

ネット漫画で嫌という程に見る”醜い女像”など、現実人間関係では見た事がない。

強いて言えば母親ヒステリーぐらいだが、それもも母親を一個の人間として見られるようになってからは、『母は女だからそうなのだ』という訳でない事を知った。



全てが根拠なき偏見ゆえと気付けたのなら、何も気にせず、ただ己として人生を歩めるだろうと思っていた。

だが、最早これは理論ではなかった。『女』として社会に出る事を考える度、『女らしい』格好をする度、どこからともなく嫌悪と惨めたらしさが迫り上がった。

『女の格好をすれば、きっと皆私を”女”と見るに違いない。甘ったるい菓子を好み、ぺちゃくちゃと甲高い声で噂をし、感情的に泣き叫ぶ、あの生き物と同類に思うに違いない。──』

『あの生き物ってどの生き物だ。お前の女の友人に、そんな奴が一人でもいるか。あと誰もお前の事は気にしねえよこの自意識過剰野郎。』

絶え間ない反駁でどうにかその考えを埋葬しようとするが、気が緩むと、それは何度でも蘇っては私の前に立ちはだかった。

また、たちが悪いのは、偏見が純然たる嘘でもない事であった。

私が私の中に根付かせた偏見は、何も初めから私が生み出したものではない。

漫画文学ネット、口さがない噂。

母親の姿。

買い物に少々時間をかけて良いかと問いかけ『女の子ってほんと買い物好きだよね』と返された事。

転んで涙を滲ませた私に『女って何ですぐ泣くの?』と問い掛けたクラスメイト──。



世間”が私を『女』と見る。女として生きたくない。いやそれは偏見に過ぎない。お前は女の友人達侮辱するのか。だがこの先、私が囚われてきた偏見と何度直面する事になる?

いっそ男になりたい。いやそれは逃げで甘えだ。男達をも侮辱する考えだ。だが少なくとも、私が嫌悪してきた女性性を押し付けられる事はなくなるだろう?



一つ、確かな事がある。私に恋愛が出来る気はしない。

私は幼馴染を心より愛していたが、『女』として扱われるのは耐え難かった。いっそ最初から男であったなら、私は彼を友人として愛せていただろうか。

近頃、新たに気付いた事がある。寝台で、男に抱かれる女としての自覚を得た途端、私は完全に不能になる。



必ずしも恋愛がしたいわけではない。

ただ目の前の人々を愛し、尊重し、あとは流れるままに生きていければいいと思う。

反面、やはり人と愛し合ってみたいという願いも漠然と持ち続けている。



こうなりたくてなったのではない。だが後ろ向きでもない。

『女はこうだ』『男はこうだ』と括る前に、目の前の人間を、一個の人間として見る事、

己と違う、十余年、数十年の生を歩んできた人間を、ただ一人の、別個の人間として尊重する事を信条に、

取り敢えず前を向いて生きている。

2018-02-07

anond:20180207213948

こちらこそ誤読悪かった。でだ。

「すべての幸福な家庭は互いに似ている。不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である」というトルストイ言葉があるのだけれど、子供を持つ貧困家庭事情も様々だよ。

それを一様に避妊家族計画で避けれると思うのはちょっと頭で考えすぎてる。

それに、運悪く子供がいる貧困家庭になってしまう人は少ないって考えてるっぽいけど、そのくらいの運の悪さって結構ざらにあるよ。むしろ育てられないけど産みたいって人の方が少数派じゃないかな。

で、あなた理想論理解できないわけじゃないけど、あなたが言う通り貧困家庭に生まれしまった子供にはなんの罪もないわけで、そこを支援するのはそんなにおかしなことでもないだろうと思う。

それにも納得できないなら、この家庭は支援すべき事情のある家庭だ、みたいなかわいそうランキングでも作る?って話になってくる。でもそれが醜悪なことくらい、説明しなくてもわかってもらえると思うけど。

はてなーは何でボブスレー開発失敗に狂喜乱舞してんの?

ボブスレーみたいな特殊ニッチものって細かいノウハウの塊だろうし

元々所縁のない日本新規に挑戦したらそりゃ失敗することもあるだろうに

日本技術は終わり!とか大笑いしてるのっていったい何なんだろう。

アメリカ会社日本の伝統工芸に取り組んでうまくいかなかったらアメリカ技術日本よりしょぼい!とか笑うか?

ラトビアなんかに負けてる!とかナチュラルラトビアを下に見てる奴らも大勢いるしあまり醜悪すぎる。

あと普段契約重要性みたいな話大好きでなあなあの商関係を嫌うのに

契約なんて関係ない、日本が全て悪いのだから引っ込むべきみたいなこと言い出してるの?

速いソリで五輪に出たいという言い分はもっともで、ソリを変える決断は十分に理解できるけど

契約で定められてるんならそれに従って違約金を求めるのも当然のことでしょ。

どちらが悪いとかの話じゃないのになんで日本が恥ずかしいみたいなことになるんだ?

2018-02-06

anond:20180206182325

病むだけなら問題ないが病んでる俺カッケーとか病んでるワタシは特別とか言い出すアホがネットに集まるから醜悪ことなるという話

2018-02-02

仮想通貨叩いてる奴って死体蹴り主義者だよなー

前々から批判してたってなら分かるが、

アクシデントが起きてから

胡散臭いにきまってんじゃねーかww」

とか言って仮想通貨買った人たちを思いっきり見下して侮蔑してる人たちって本当に醜悪だなーと思う

2018-02-01

お母さん

母はかなり太っていて、私は痩せている

たまに母に会うと、必ず「いかに私が痩せているか」、「足が細過ぎて気持ち悪い」、「痩せてるからオシャレができて羨ましい」などの体型に関しての言及をされる

私が普通に食べていても太らないことを母は知っているから、ちゃんと食べてないんじゃないか?という親心ではない

そこに脈絡などないし、目的もない(不安から意味のないことを口に出しているだけ)

なんだか疲れる

普段自分から人の体型に言及することなどない私からすれば、母や世の中の少なくない数の人間が太っている/痩せているの話題を好むことが不思議でならない

他人の体についてごちゃごちゃ言う人は精神的に未熟だとすら思う

はてブでもダイエット記事が人気なのかときどきホッテントリ入りしているが、そのブコメ欄で太っていることへのものすごい嫌悪をにじませたコメントを見ることもある

なんだか怖い

健康問題があるほど痩せている/太っている人が健康を大切にしたいと思った時に、自分でどうにかしたいと思うのはわかる

肥満や痩せすぎが寿命を縮める、というのは価値観でなく事実のようだし

健康でいることがその人にとって重要でそのために体型を変える必要があるなら、それは各自頑張ってくれたらいい

でも人の体型なんてどうでもいいではないか

私が痩せていることで何か迷惑か?

母が太っていると何か悪いのか?

そんなことはないだろう

母が過剰に私と母の体型を比較するようになったのは、世間が「細い方がよい、太いのは悪(または許されないほどに醜い)」みたいな考え方を植えつけたからに思える

そんなものを植えつけられてしまう母の愚かさもどうかと思うが、母だけでなく人は世間空気というものに影響されて生きている

(私の体型に言及してくる人は母だけではない)

例えば「肥満は悪で痩せていることは善」の別バージョンとして、「赤毛は醜い・金髪馬鹿」や「筋肉があるほうが偉い」など色々あり、全部同じようにくだらないのだが、それらを自明なことかのように信じている人も少なくない

考えてみるに、世の中には人に劣等感を植えつけるためだけの言説がはびこっている

それらは主にお金を稼ぐために利用されるが、これほど醜いこともないと思う

まず人の劣等感を刺激し、それを解消するためのものを売る

コンプレックス商法というやつだ

醜いもの問題とするのであれば、太っていること、痩せていること、髪が少ないこと、肌が荒れていること、背が小さいこと、背が大きすぎること、などなどを醜いと嫌悪する感情こそが一番醜いのだが、それらはあまり(その醜悪さに見合うほど)非難されない

なぜだろう

ときに、劣等感が強すぎる人と付き合うのは大変である

劣等感が強すぎると判断を誤りやすいし、他害行為に走りやす

劣等感があるから頑張れた」みたいなことも聞くが、適切な自己肯定感はそれよりもはるかによい

から、みなが住みよい社会のためには、人に劣等感を植えつけるための言説は淘汰されるのがよい

自由表現規制しろとは言ってない)

人間社会は今まで一応は順当に進歩してきた

からこれに関しても今後人々の意識が変わり改善されていくだろうと期待している

とりあえず私個人ができることとして、次回母が私の体型に言及してきたときになんて返せば母の体型へのこだわりを薄められるか、考えているところ




勘違いしないでほしいが、例えば「顔に大きな痣がある人」を見たときにウワッと思って一瞬嫌悪する、そのようなことは仕方がないと思っている(「顔の痣」を何に置き換えてもらっても構わない)

人間は違いに敏感な生き物だから

しかし、そうした嫌悪感情をおおっぴらに表に出すことは問題がある

世の中には同じものを見てもなんとも思わない(嫌悪しない)人がいるのに、そうした嫌悪感情の開陳はそういう人間にも嫌悪をうながし、本来嫌悪しなくて済んでいたもの嫌悪させることにつながるから

誰も幸せにしない価値観再生産する必要はない

個人の中で終わらせればいいことだ、といえのが私の考え

2018-01-31

ヴィーガニズムは正しい。正しいがゆえにそれは人類社会の敵である

フェミニスト乳製品を摂ることは矛盾か、という議論が喧しい。

https://togetter.com/li/1194767

http://sutaro.hatenablog.jp/entry/2018/01/29/162209

http://davitrice.hatenadiary.jp/entry/2018/01/30/152800

はじめに言っておくと、わたしヴィーガニズムアニマルライツには明白に反対であるしかし、それらを一部のバカによる寝言だとは思わない。むしろヴィーガニズムは正しいと思っている。いや、より正確に言うならば、ヴィーガニズムは正しすぎるがゆえに問題なのだ

ヴィーガニズムへの反対に理屈をつけようとすると、かなり高い精度でブーメランとなって戻ってくる。人間動物は違う! 白人黒人男と女を代入して同じことが言えるだろうか? 人間は他の動物より賢い! 男が力強いことを男性優越していることにしたい性差別主義者は、古今東西どこにでもいる。人間動物と違うのは社会常識だ! アメリカ南部奴隷主たちも、同じことを思っていただろう。

10年ほど前、はてなで「本当の本当に大切なことには、理由があってはいけない」というフレーズ話題になった。まったくその通りだ。「同じ人間差別してはいけない」にも理由はない。理由はないが、道徳律とはそういうものだ。差別はいけない、なぜならそれは差別からだ、という主張は空虚だが、しかしその正しさを疑う人はいないだろう。差別は正しくない、これは自明です。

ところで、「同じ動物差別してはいけない」という主張は、「同じ人間差別してはいけない」と論理的に同型である空虚である空虚であるが、ではそれゆえに正しくないと主張することは可能だろうか?

人類平等への闘いは、「同じ○○」の範囲を広げてゆくことだった。「同じキリスト教徒差別してはいけない」という議論に対して異教徒が声を上げることは必要だった。「同じ成人男性差別してはいけない」という主張では、無産階級男性のことは救えても婦人参政権は実現できなかった。ようやく今、人種差別性差別が「同じ人間差別してはいけない」として斥けられる時代になったのだ。

しかし牛や豚からすれば、その「人間平等」は、「白人のなかでの平等」や「男性あいだでの平等」と寸毫変わらぬであろう。

それがヴィーガンアニマルライツの訴えの核心である。これを安易に「人間動物は違うんです。以上」で切り捨てることは、安易に「だって男と女は違うじゃん」と切り捨てることと、いったいどこが違うというのだろうか? このふたつの主張をまったく別物だと切り分けること、それ自体が彼らの批判する種差別なのだ

何でフェミニストにばかりそういう要求や追及がなされるのか? と疑問を呈する人もいる。断言するが、それは最悪の戦略である

第一に、ヴィーガン界隈を見ればわかるが、彼らは一般人に対しても肉を食ってさえいれば無差別にマサカリを投げつけている。それが今回たまたま件のフェミニスト氏に向けられただけであり、構図としてはセクシー萌えキャラの出てくるポスターフェミニストから批判されたオタクが「何でオタクばっかり叩くんだ?」と過去女性運動の蓄積も知らずに愚痴っているのと寸分違わない。やめておいたほうがいい。

第二に、差別に反対する運動の中で別の差別が行われていたとき、それを厳しく追及してきたのはフェミニストたちだったではないか人種差別に反対する運動の中で性差別が起きたとき人種差別だけでなく性差別にも反対すべきだ、そうでなければ真の反差別はいえない、という主張はそれなりの説得力をもって受容されてきたように記憶している。であるとすれば、性差別だけではなく種差別にも、という主張が向けられることは自然な話であろう。

まり既存反差別運動の側は、迂闊にヴィーガニズム揶揄しているとブーメランが帰ってくるわけだ。反差別、正確には、反人種差別および反性差別を支持する者として、味方がブーメランに撃ち抜かれて斃れていくのを見るのはやるせない。

ではどうするか? わたしはまず、敵対関係認識すべきだと主張したい。

フェミニスト男性優位社会の敵である奴隷解放論者は南部社会の敵であり公民権運動の闘士は白人中心主義社会の敵である。それと同様に、ヴィーガン人類社会の敵である

このことは、現在ヴィーガニズムの支持者が全員人類であることと何ら矛盾しない.家父長制と闘う人びとの中には男もいた。奴隷を逃がしたり黒人とともに座り込みに参加した白人もいた。そして彼らは、男でありながら男性中心主義の敵であり、白人でありながら白人至上主義の敵だった。ゆえにヴィーガンが、人類でありながら人類社会敵対するのは何ら矛盾ではない。

わたしたちにはふたつの選択肢がある。ひとつめの選択肢は、敵が提示する平等テーゼを受け入れることであり、つまりジャイナ教徒のように虫の一匹も殺さぬようマスクをし箒で道を掃きながら歩く生活を選び取ることだ。もうひとつが、平等敵対することである。種差別何が悪い人間動物とは違うんだ、人間の都合で動物搾取することは当然だ、と傲然と言い放つことである

最悪なのは、この敵対性に対して目を瞑ることだ。敵を「なんか頭のおかしい人たち」として片付けることだ。そうではない。彼らは正しいのだ。彼らは正当な抗議者として、つまりはわれわれの敵として扱われるべきなのだ

この敵対性を隠蔽してしまったら、他の敵対性が隠蔽されることに抗えなくなる。それは平等への闘いの自滅だ。敵対性がそこにあることを明るみに出すことは、常に闘いの出発点なのであるから

なのでわたし宣言する。うめぇこれはヴィーガニズム提示する平等への敵対だ。朕はたらふく食ってるぞ、汝畜生食われてろ。数百年後、あの世代は動物差別動物虐殺を何とも思っていなかった民度の低い連中だ、人類進歩を阻害してきた、と糾弾されるかもしれない。それでもわたしは、種差別を正しいと信じる。人間動物とは違っており、この差別は当然だと主張する。未来の子供は、わたしのこの言明を醜悪なスピーシストの声明として読むかもしれない。ユダヤ人は劣等だと言い放ったちょび髭の指導者や、女は男よりも劣った生き物なのだ公言してきた家父長たちが扱われるように、動物を殺して恥じなかった我々現代人も扱われるかもしれない。ひょっとすると数十年後に革命が起きて、人道に対する罪で訴追されるかもしれない。自己批判強要されるかもしれない。それでもわたしヴィーガニズム敵対する。この差別は正しい差別からだ。

さあ、みんなもそう叫ぼうじゃないか。種差別必要だ! 種差別は正しい! 今ここで種差別を! 明日も種差別を! 永遠に差別を!

2018-01-30

anond:20180130095951

それだけ醜悪な事なのにネットではネタマジレス発言したオタク達は無傷で流されたのが本当に気持ち悪かった

2018-01-29

anond:20180128013504

今更そこを気にする?パロディ元ネタになってるゲーム漫画だって、30代40代オタクでないと分からないラインナップのオンパレードでは?そのくらいの年齢でもオタク活動を続けている作者だからこそ原作には最近ネタも混ざっているけども、作品観のベースは一昔前のネット住人的なノリであることを考えると、特に気にするようなシーンではないと思うのだが。むしろ若い子の多くはネタの大半が分からくともフィーリングで楽しんでいるようだし、そのくらいの受容性を見習った方がいいのでは?

 

増田のように、作品中に2ちゃん風やニコ動風の描写が出てくると、決まって「冷めるわー」的な反応をする人が大量にネットに湧くことを我々はもう何度となく見てきた。人はちょっと聞きかじった事があるくらいのネタなら素直に害意なく、なんなら知っている気分にすらなって楽しむことができるのに、「俺はこれをよく知っている」みたいなものに対しては、へんな自意識が働いて、「あーハイハイ陳腐なこった」みたいな思考に陥ってしまう。これははっきり言って下品だし幼稚な思考だが、みんながやっているようにみえるのでなかなか思考を改めようと思う人は少ないようだ。けれど、その「みんな」というのはほとんどが生意気盛りの子どもたちの発言の集合である率が高い、ということを考慮せねばならない。ネットの向こうの顔の見えない人間が、どれだけリアルに幼く、育ちの悪い人なのか、ということに想像力を常に働かせていないと、自分自身精神的に幼くなり、育ちの悪い人間と同様の思考回路が脳に焼き付き、人格的に落ちぶれてしまう。それくらいにネガティブ感性の伝染力は強い。そのことに無自覚で無邪気すぎるネットユーザーがあまりにも多いと私は思う。

 

また、アニメオタクに多いのだが、勝手に高すぎる期待をして、それとは違う表現制作側がすると、クソだクソだと貶す人がネットでは目立つ。もともと他人に対して多くを求めすぎるというのは日本人の悪習だと思っているが、この現象に関しては、「自分の思った通りに作ってくれないと嫌だ嫌だ」と駄々をこねる子どもとなにも変わらない。そこにクリエイティブに対するリスペクトは何もなく、自分作品でもないのに、他人がその人の価値観表現の一端として作っている作品に、自分価値観でもって勝手校正を入れようとする感性は、ただただ醜悪だ。「鑑賞」という行為に対する基本的リテラシーが欠如しているばかりでなく、人間としてあまりにも盲目で、多様な価値観を受け入れられる器を造成するだけの視野想像力が未熟であることを感じさせる。そういう人が客層として少なから存在するアニメ漫画業界において、ポプテピピックが自ら「クソ」を自称していることの意味を、よく考えるべきだと思う。

2018-01-28

anond:20180128124928

ネットの普及していなかった70年代日本は(そして欧米は)海外生産拠点を作り経済的には貧困を輸出していた。誤解を恐れずに言えば海外経済植民地を作り奴隷労働をさせていた。増田の言うところの穢れない増田のお婆ちゃんは、その奴隷労働の上がりの経済的繁栄享受していた。もちろん増田も、俺も、例外なく先進国の全員はそうだ。

70年代そういう情報可視化されていなかったから、一部の大手商社とか、海外進出メーカー上層部が知っていて、国民は知らずに済んだし、たまにそんな報道が出ても「どこか未開に国で起きていること」とスルーすることが出来た。

そういう「高度成長期の罪業」っていうのは罪業じゃないのか? といえば、やはり罪業だろう。増田が言っているのは「昔から凄まじい数の罪業を振りまいてきたけど、最近それが目に入ったので心が痛い」であるようにも聞こえてしまう。

増田の言う「地獄」ってのは極論すると「俺が苦しい」でしかないんじゃなかろうか。

今でも、もちろん、そういう開発途上国経済搾取構造存在する。でもネットの普及とグローバリズムが、彼らにも情報入手の手段を与え、世界全体で見れば飢餓や疫病を減らしつつあるというのも事実としてあるわけだ。日本国内で見ても情報公開が進んだせいで、目の前にあるのに甘受してた悲劇を避けられた人も多いだろう。医療情報や、ブラック会社や、制度的な無知から救われた人は少なくないと思う。

増田個人的視点でその苦しさを正直に吐露しているのはわかるんだけれど、文明発展の功罪を語るのならば、もう少し全体を公平に見てあげないと、「先進国/すでに得ている者の開き直り/過剰要求」っていうやばい醜悪晒しちゃうと思うんだよ。

2018-01-22

右派とか左派とか雑感とか

自分もよくこの面倒臭い輪に混じってしま阿呆から決して他人のことばかり言えたもんじゃないんだけども

右派だの左派だの言い合うのって同時にどこかに冷めた自分を飼ってるんだよね、虚しいなって

なんで虚しいかって、その右派(右翼ネトウヨ)だの左派(左翼パヨクはてサ)だのって文句相手がそう名乗ったわけでもない、相対的に且つカジュアル相手を叩くためだけに貼ったレッテルのようなもので、そんなもの相手に響くわけなくて、要は自慰なんだよ。

殴るために都合の良いサンドバッグ自分でこしらえてただ楽しく殴ってるだけなんだよ。

からなんとなくわかっちゃったんだけど、ああ、この増田達、それぞれ使ってる右派左派って言葉意味とかそれで思い描いてるメンツ違うよねって。

噛み合ってないのに手斧投げてて、影響受けたブコメ評価されちゃって、なんか地獄だなって、そう思っちゃいました。

そろそろちゃんと定義しない?蔑称も含めて。

二番目の増田左派をちゃんと定義してるの好きよ。

左派批判する代表勢力左派なんて言っちゃってるのは三番目と同じく買い被りすぎだろと突っ込みたくなるけどね。

でも三番目のscopedogで返してるのはそれはそれで納得いかないんだ。

俺も奴を安直左派と括りたくないもん。

scopedogを勝手左派とした上で、だから左派はアレの面倒見ろって、それはなんか違くね?と。

scopedogとか、あのレベルに落ちた子って、もう何言っても聞かないじゃん。独善的すぎて。

から叱っても虚しいんだよね。

じゃあ結果どうなるって、離れるしかないじゃん。

から当然叱ってた左派も居たんじゃねって思うし、そもそもscopedogとかって、左派とか右派とか以前にさ、何言われても、自ずからでも自分省みるって言うのを見たことなくて、もう多分反省とか皆無だよね。

彼の反省の見てなさは観測範囲が甘いとか言ってそのシーン晒されたらバク宙三回転焼き土下座するくらい自信あるよ。

弁も『自分は悪くない』が根底にあって突っ込まれたら話変えるか言い訳言い逃ればかりだし、だから非を認めてそこからの成長ってないんだろうなって、要はアレ、右派左派以前に子供でしょ。

そんなのはもはや成熟した一思想である左派安直に入れちゃダメだと思うんだ。右派も然り。

それと今回の日韓合意韓国の態度やscopedogの態度見て、さすがについてけないとなった左派は俺は結構見たよ。

わざわざscopedogの批判まで求めないでもそれで十分だろうと思う。

なので左派を測るのにscopedogを踏み絵にする必要はない。それをしてしまうとそれはまた別の醜悪さを孕んでしまうようにも思いました。

何回scopedogって言ったんだろう。俺はなんだかんだ好きなんだろうなscopedog。

その歪みと折れなさとある意味芯が通ったキャラっぷりはxevraに通じるものがあると思ってる。

ああ、眠くなって来た。おやすみなさい。

anond:20180121092234

2018-01-21

主張が通りそうだったらフェミニズム、劣勢だったらミサンドリースパスパ切断処理するのそろそろやめましょうよ

21世紀アパルトヘイト礼賛する姿に皆ドン引きしてるところにアレはフェミニストじゃないんですフェミニストではないんですー!ってギリ子漫画のNotAllMenなクッソ醜悪で滑稽なオトコの性別入れ替えたまんまやん

bioにも書いてないし自称もしてない?

おめーはてサ認定ネトウヨ認定もそんなに細やかに対応してんの?

2018-01-19

anond:20180119192527

挙げられた用例と俺が提示した用例との区別もつかない奴が低能呼ばわりしているということが良くわかった。

低みのお前が高みの俺に低能呼ばわり、この無様さを知覚できない醜悪さこそが低能本質であると言えよう。

2018-01-16

新たな文章練習法について

 文章サボり過ぎている。頑張ろう。

 文章トレーニングのための新機軸練習方法を思いついた。まだ思いつきの域を出ていないとは思うが、それはどんなものかと言えば思いついた単語を片っ端から書くというものである。あるいは頭文字共通している単語を書きまくるというものである赤ちゃんあんこアンダンテアスキー、とかみたいにね。つまりそうやって適当単語を書きまくっている内に――つまり無秩序単語を書きまくっている内に――秩序のある文章を書きたいという純粋欲求が生まれてくることを狙った文章練習法なのである。訳分からんことを敢えて書きまくっていると勝手に訳の分かることを人間は書きたくなるのではないかと俺は思っているのである。どこかの作家が言っていたが「誰にでもできることから始めることで、より高度な行為可能になる」ということなのだ。思いついた単語を書き並べることは(殆ど)誰にだってできることである。だから、まずは誰にでもできることを行うのが肝要なのだ。俺はそう思う。


 例えば、今ここまで文章を書いたところで俺のモチベーションは随分と下がってきているのだけど、あんことかアンダンテとか有馬記念とかみたいな単語を並べることは当然できる。だからモチベーションアップを図ることができるのだ。多分。知らんけど。


 ここまで書いたところで更にモチベーションが低下してきた。それでもまだ例の文章練習法に頼る必要は無さそうである。このままとりあえず書き続けてみよう。それで、モチベーションが底をついたところで実際に例の文章練習法を試してみるのが良いかもしれない。とは言え一応文章を書き続けることが(今のところ)できているので、そう、今のところその文章練習法に頼る必要は無い。やったぜ。


 そろそろモチベーションが再び尽きかけてきた。いや、まだだ。まだ何とかなりそうだ。独り言のように何とかなりそう何とかなりそうと呟ける内はまだ何とかなるのだ。しかしそろそろ難しくなって来た感がある。というのもさっきから同じことの繰り返ししか書けていないかである。「そろそろモチベーションが尽きかけてきた」→「何とかなる何とかなる」的な。しかし先程の論法に従って言い換えてみれば次のようになるのかもしれない。「同じことを繰り返し書くことは誰にでもできる。だから、そうやって誰にでもできることをやっている内に、再びモチベーションが生まれてくる」と。そういうことなのかもしれない。書くことに迷ったらあんことかアンダンテとかアルゼンチンとかそういうことを書かずに、今まで書いたことを書写していくのがいいのかもしれない。その方が文章推敲にも役立ちそうな気がする。今にして思えば。


 例えば、今からこの直前の段落を俺は複写しようと思う。「そろそろモチベーションが再び尽きかけてきた。いや、まだだ。まだ何とかなりそうだ。しかしそろそろ難しくなって来た感がある。というのもさっきから同じことの繰り返ししか書けていないかである。」

 やはり同じことの繰り返しとは言え、何かを書いている分には脳の方でも「こいつ何か書いてんな」と反応している感がある。つまり、脳は割と鈍感なのかもしれない。同じことの繰り返しであれ複写であれ何であれ、ともかく何かを書いていれば「こいつ何か書いてんな」と脳は認識し、結果的に「何かを書く練習」になるのかもしれない。つまり文章技術一般を鍛えるための練習になるのかもしれない。人間の脳なんて基本的に騙し騙されなのだ適当文章を何度も何度も複写していれば、まるで新たな文章を五千文字書いているかのように脳は錯覚してくれるのだ。多分。知らんけど。実際知らんけど。そもそも練習になっとるのかどうか知らんけど。結局は脳の判断云々よりも人間が如何に新しいものを書こうとするかに文章価値根本存在しているのだとすれば、今俺が「脳は結構鈍感で勘違いする」とか言ってる傍からオリジナル文章を書きまくっているその意味もはっきりしてくるのかもしれない。しれない。よく分からないけど、多分そうなのかもしれない。

 というか今これだけ色々と文章を書けているのはひょっとしたら昼間に飲んだコーヒーに含まれカフェイン効能なのかもしれない。それだけのことなのかもしれない。しれない。よく分からない。でもそうかもしれない。何か結局同じことを繰り返し繰り返し書いてるだけにはなっていやしませんかね自分

 あいうえおあんこアンダンテ、秋、憧れ、有馬記念阿久津主税八段(将棋棋士)。


 以上の文章文字数は千八百文字程度である。こんなに書いたのに、普段目標としている千文字文章を二つ分弱書き終えた程度の文字数しか稼げていないことに愕然としている。やはり繰り返すしか無いのかもしれない。あるいはあ行の単語やか行の単語を並べていくしかないのかもしれない。


 ところで自分が何故このような文章練習法を思いついたかと言えば、それは安眠法の記事を読んだからなのだ。その安眠法は「連想式安眠法」と言って、先程述べていたような頭文字限定した単語を幾つも幾つも思い浮かぶ限りで頭の中で唱えていくという安眠法なのだが、これが中々人の脳の中にあるざわめきを抑える効果を持っているようで、つまりは実際安眠に役立つのである。で、俺もその安眠法のファンになってしまったのだが、しかし何度も何度も頭文字共通する単語を頭の中で唱え続けていると、今度は秩序だった文章を頭の中で唱えたい欲求が生まれてきたのである。この文章練習法は以上の体験を元に考案されている。どうだろう。結構この文章練習法良くないだろうか。実際相当文字数を稼げていると思うのだけど、でもやっぱりこれも昼間飲んだコーヒー純粋作用しているだけなのかもしれない。だってそんな簡単文章を大量に生産できるわけがないと思うのだ。今まで俺は文章をたくさん生み出すことが中々できないから焦ったり悩んだりしていたわけであって、それがこんな簡単方法によって改善するとしたらおかしいではないか、と心の一方では思っているのである。だから、どちらかと言えば自分自身の考案した練習法が功を奏したのではなく、昼間飲んだカフェイン所為と言ってしまう方が安心するのである。変な話だけど。

 基本的に俺という人間人生において空回りばかりをしており、自分の考案した方法が功を奏したことなど数える程も存在していないのだ。あるいは一つとして存在していないのだ、実数分からんけど俺本人の印象としては一つも存在していないと言いたいくらなのだ。だから、実際物事が功を奏したとはどうしても思いにくい、そう、「自分の手柄とは思いにくい症候群」が現れているのである。難儀なもんですね全く。ところでキーボードを叩き過ぎて段々指先が痛くなってきた。キーボードを叩くという実にヤワ運動が指先の神経を破壊したりするものなのかどうか俺には分からない。もしそんな事実存在するのであれば全国の小説家廃業しなければならなくなってしまう。だって彼らは日常的に三千文字とか四千文字文章を書きまくっているわけだから、つまりもしそんなペンだことかと同じキーボードだこ的な職業病存在するのだとすれば全国の作家及びキーボード日常的に使用する全ての職種の人々は皆等しく指先の神経破損症候群的な持病を抱えることになってしまうのであり、しかし世の中で生きていてもそんな持病の存在について耳にすることは殆ど無いことから、あるいはそんな持病は存在しないんじゃないかと思ったりもする。とは言え、俺のキーボードタイプする力は常人よりもやや強いのかもしれない。若干指先がひりひりし、指の第二関節が少しばかり痛む程度には俺のタイプチカラは強いのかもしれない。そもそも俺は小指を使わずタイピングを行う自己流の要矯正タイピング法に慣れ親しみすぎており、つまり他の人々よりも指の負担がやや多くなっている可能性があるのである。小指が本来受け取るはずであった負担を四本の指に分配してしまっている可能性があるのである。そう考えると俺だけがこの指先神経破損症候群的な症状に罹患してしまうとしても強ち想像力の枠外とは言いにくいのではなかろうか。


 こんなところでようやく文字数が三千文字を超えていった。とは言えまだ三千文字しか書いていないのかという感覚存在している。あるいは俺の考えた文章練習法のお陰ではなくカフェイン所為なのではないかという疑惑も依然として根強く存在し続けている。

 しかし今ふと思ったのだけれど、やはり効果的な練習法の条件の一つには、人間心理的ハードル技術的なハードルを落とすことが含まれるのかもしれない。あるいは技術的なハードル心理的ハードルを下げることを含む必要があるのかもしれない。だって幾ら効果的な練習法が存在したところで、それが技術ハードルおよび心理的ハードルをゴインゴインと引き上げてしまったら元の木阿弥で誰も挑戦しなくなってしまうことになるではないか。俺今正しいことを言ってる感覚がある。そう、「誰にでもできることから始めよう」作戦は実に正しいのである。例えば、カメラに習熟したいならシャッターを押しまくれば良い。シャッターを押すだけなら大概の人間にはできるからだ。バカチョンカメラとも言うではないか。誰でもちょんと押しさえすればカメラは大抵風景を切り取ってくれるものである。多分。もっと専門的でテクニカルな要素を持ったカメラ撮影があるのかもしれないけれど。

 ホラ見ろそんな注釈自分で付け始めることないのに自分からハードル高くしにいってんじゃねーかと思う。「もっと専門的でテクニカルな要素を持ったカメラ撮影があるのかもしれない」とか言い出しちゃうタイプ人間なのだ俺は。つまり自分心理的技術的なハードルをゴインゴインと上げてしまタイプ人間なのだ。俺は。そう考えるとやはり誰にでもできることをやることは、全くもって善なる練習法なのではないだろうか。だって俺がこういう性格しちゃってるもんだから、尚更その「バカチョンカメラ」式練習法が輝かしいものに感じられるのだ。つまり自分が書いた文章最初から書写したりとか、あるいは頭文字が「あ」で始まる単語を書きまくるとか、そういう「誰でもできること」がやっぱり大切なんではなかろうか。そんな気がどんどんとしてきた。ホラ、だって文章が目茶苦茶量産体制に入ってるのは、さっき自分心理的技術ハードルを落としたからではなかろうか? そう考える傍から「いやいやカフェイン所為でしょそれ」的な思念が浮かんできてしまうのだが、これは良くないことなのかもしれない。しれない。分からない。小麦粉か何かだ。古いねこのネタ。正直昔このネタ聞いてもあんまり面白いとは思わなかった。恐らくこのネタ楽しいと思うにはそれまでラーメンズが演じてきた演目に対する知識必要になるのではなかろうか。なかろうか。俺、さっきから「なかろうか」とか「かもしれない」的なことを書きまくってるけど、それは俺の中にある自分が書くものに対する不安の念の現れなのかもしれない。現れなのではなかろうか。しれない。かもしれない。分からない。小麦粉か何かだ。


 ようやく四千五百文字を超えた。というか文章を書き始めてからこの辺りで既に四十分近くの時間が経過している。あっという間だ。今俺はライティングハイ的な状態になっているのだ。それがカフェイン所為なのか、あるいは俺の編み出した練習法により心理的技術的なハードルが下がった所為なのかは分からないが(その真偽は恐らく明日以降カフェイン摂取しない自分が自ずから証明してくれるであろう)、いや分からんね。そもそも自分が何を書こうとしてるのか分からんから必然的に「分からん」とか「知らない」とか「小麦粉か何かだ」的な記述が増えてきてしまうのです。


 ところでアレですよ、最近「なろう小説」というもの流行ってますよね。流行ってるんです。ええ。流行ってますとも。多分。知らんけど。

 この「なろう小説」の特徴としては、大体物語の冒頭で主人公が死んで転生するところから始まる。そして転生後の世界主人公稀有な才能を持った偉人として君臨することになる。そういう筋書きが殆どなのだ。この呼称はどのように生まれたかと言えば(アノニマスダイアリーに生息する御仁達には説明不要かもしれないが)この小説ジャンルは「小説家になろう」という小説系の投稿サイトで幅を利かせたジャンルなので、「なろう系小説」とか「なろう小説」といった呼称をされているのだ。説明すればするほど醜悪まりない作法によって書かれた小説ジャンルだと思うが、中には面白い作品もあって、個人的には「異世界料理道」なるタイトル作品推しておきたい。これはもう既に商業デビューを果たした作品であり、商業デビューするだけのことはあって世界観の組み立てやストーリーテリングが非常に上手い小説なのだ。二百話近くあるエピソードの半分以上を読んでしまったくらいだ。

 で、俺が言いたいのはそういう稀有面白さを持った小説に対する賛辞ではなくて、その「なろう系小説」を書いている人間文章生産能力に対する賛辞なのだ。俺はプロになる為には一日最低三千文字から四千文字文章生産する能力を持たなければならないと思っているが、いわゆる「なろう系」の小説を書く人間の中には一日に一万文字とか二万文字を平気で書き上げる人間ゴロゴロしていると言うのだから驚きである。一日二万文字と言えば、速筆で知られたか西尾維新氏が、それくらいの文章生産能力の持ち主だったかもしれない。しかし俺だってカフェインブースト心理的技術ハードルを下げる効果的な練習法さえあればそれぐらいの量の文章を書くことなんてお茶の子さいさいだぜと言いたくなってくる。実際そろそろ五千文字突破して六千文字に迫るか追い抜くかをしているところだと思うが、あ、そろそろキツくなってきたかもしれない。いやしかし「キツい」キツいと繰り返している内はまだ大丈夫だと先程言ったばかりである。これもまた繰り返している。繰り返し。繰り返し、リピートリピート。繰り返すことが人間心理的ハードル技術的なハードルを下げ、人間効果的な文章トレーニング提供することになるのだ。多分。でも一応今日はこの辺にしておこう。

2018-01-11

anond:20150112172131

女性性の間隙を突いたシンプルで洗練された方法ではあるのだが、外から見れば余りにも醜悪で滑稽。これは彼らの行動動機が、理性の埒外にある男性性欲に基づくものからだろう。

自然による欲求は美しくとも美しくなくともない。単なる自然事実に過ぎない。

美しいか美しくないかは、個人社会がこうした事実をどのように扱うかによって決まる。

2018-01-10

はてサ詭弁を斬る

ここのところの日韓合意ニュースでははてサ立場が無いため姿を現さなかったり二階でブツブツ言ってたりしたのだが

ガス抜きなのか既報のニュースの人の少ないやつに一斉に集まって吠えているようだ。

人の多いところでは通用しないと彼等自身が半ば自覚する程度の酷い言い分ばかりだが

せっかくなので踏み潰しておきたい。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.yomiuri.co.jp/politics/20180110-OYT1T50015.html


レベル一休さんArturo_Ui

Arturo_Ui 「首相手紙合意内容に含まれておらず、1ミリも応じる考えはない」<<それを言うなら、「新たな"慰安婦像"の設置禁止」も合意内容には含まれていない以上、韓国側だってミリも応じる必要がなくなるけどな(笑)冗談

慰安婦像撤去努力することが合意内容に盛り込まれているけれども、「新たに設置することは禁止されてない」と。

早速すごいな。真面目にコメントする価値あるだろうか?w

こういう園児的遠吠えが通用するのははてサ仲間のうちだけで

周りから視線ますますつめたーくなっていくことに気付かないのだろうか。

もう仲間内だけでの精神勝利に逃げ込みたいのかもしれないけど。


密約が悪いんだもん!」一本槍の荒武者Gl17

Gl17 こっち側は像建てるなとか合意入ってない要求ガンガン押し付けてるのにな。結局はあんま無理な密約さえ無ければそのままだったのに、不当内容の自覚があるから、内容に触れず"約束守れ"としか言えない。

Gl17はしばらく頭を捻った末に「密約をした日本が悪い!」一本で行くことに決めたらしい。

複数ブコメで壊れた何かのように同内容を連呼している。

合意条約に非公開部分があるのは珍しくもなんともないことで、日本だけのことでもないし韓国だけのことでもない。

非公開部分を2年でぶちまけるのは相当珍しくてオンリーインコリアだけどな。


Gl17の何がみじめで悪質かといって、

熱心に関連ニュースを追ってるのだから非公開部分があることは珍しくもないし悪いことでもないという解説ぐらいは読んでるはずで、

韓国メディアですらそこに因縁つけるのは無理だと判断してることも知っているだろうに、

それでもわめき続ける為に「密約をした日本が悪い!」を選んでるということ。


また、非公開部分は合意方向性に沿ったものしかないし、

「この合意内容なら当然そうなる」という、法律でいう施行令のようなものに過ぎない。

合意当初から日本では普通にコンセンサスとなっていた部分で、

それに対してはてサの面々が「撤去など合意と違う!」だの「ネトウヨ妄想!」だの吠えていたところだ。

実際にそういう合意があったのが判明したらせめて「ぼくたちがばかでしたごめんなさい」と言って欲しいところだが

「こんな合意があったなんて日本は悪!」とくる。

いい加減愛想が尽きる。誰がこんな人の話をいつまでも真面目に聞くのか。


韓国責任能力否定していくquick_past

quick_past 蒸し返しも糞も、もとから日本だまし討ちのようなもんなんだが。韓国側前大統領が色々忖度しちゃったとも考えられるけど。

両国トップが話し合って合意して両国外相握手して共同で発表した合意が「日本騙し討ち」だというなら、

もはや韓国という国は責任能力のない痴呆老人か幼児のような存在ということか。


そもそも慰安婦の話も含めて日韓基本条約で完全に解決した筈なのに

韓国という国は個人に渡すべき補償分や謝罪を懐に入れて国民条約存在自体を隠して日本に悪役を押し付け挙句

ようやく国民にばらしたと思ったら「あの時は韓国が発展途上の弱い立場だったか無効」だの「朴正煕親日派だったか無効」だのと言いだす動きがある。

まさにだまし討ちされたという論理だ。

quick_pastは韓国的思考情緒を非常によく体得している人物だとは言える。


とぼけて騙すことにトライし続けるuchya_x

uchya_x 首相訪韓して少女像に献花してくるのが一番手っ取り早い解決策なんだけどな。 1

そんなことで解決するわけがない。

もしそれをしたらますます興奮して「土下座をするべきだ」「毎年来るべきだ」「天皇土下座させろ」と意気上がり反日燃え盛るだけ。

彼等の望みは慰安婦救済などではなく、共栄出来る両国関係などでもなく、日本永遠に土下座をさせてその頭を踏むこと。

そういう人達であることが日本でも広く知れ渡ってきた時点で韓国ゲームは終わったのではないか

建前としての「平和を望んでる」とか「人権問題だ」とかが嘘だと気付いてるのははてサidコールで追い詰めるような人達だけではなくて、

積極的に口に出して指摘しない人達ももう気付いてる。

はてサがどう足掻いても騙せる相手はいくらも残ってない。

id:uchya_x が悪質で醜悪なのは

少女像に献花すれば解決する」というのが有り得ないことを当人も知っていること。

それが韓国に付け入らせる足場になるだけなのを完全に理解して言っている。

息を吐くように邪悪な嘘をつくのが生き方になってるのだろうが

疑いの目で見られるようになってる時に続けるのはリスキーすぎる習性だ。

お前らの振る舞い自体が「ああ、こういう奴等なんだな」と理解を深める材料になる。


とぼけトライ2号oka_mailer

oka_mailer 「心から謝罪」が定義できないってコメあるけど普通にどうすれば良いか聞けば済む話では。|不思議なんだけど日常生活でこういう言葉が出てきたときに「定義できない、ヤクザ常套句だ」とかやってんの?

「こうすれば解決で二度と蒸し返さない」という約束を何度も何度も踏み倒されてこうなっているので

「どうすればよいか聞けば済む話」なわけがない。

id:uchya_xと同じで、id:oka_mailerは明かにそのようなことは知っていながらとぼけてこれを書いている。

過去には政治的ネタで延々攻撃的なブコメを執念深く書いており、

本人が装うように「事情をよくしらないけど素朴な善意コメントしている人物」等では有り得ない。

何が「不思議なんだけど」だか。

やすっぽい偽装と小細工を恥じない姿勢とそれが上手くいくとほくそ笑む低い知能を心から軽蔑する。


また「日常生活で」もくそも、日本日常生活をしていて韓国のような相手に遭遇することはない。

あん交渉をしてくるのはそれこそヤクザなどの、用心していれば一生関わらない反社会的存在ぐらいだろう。


苦衷のにじむnabeteru1Q78

nabeteru1Q78 「日本政府高官」ではなくて、「安倍政権幹部」だよね。発言者は。

何を揶揄したいのかよくわからない踏み込みの浅いコメントだが

弁護士として実名オープンしながらやっているがゆえに狂いきれないid:nabeteru1Q78の懊悩のようなものは感じられる。

また、この曖昧コメントがuchya_x のおとぼけコメントの次に星を集めているあたり

はてサ勢力も状況の無理さ自体理解する判断力はあって、

すべてわかっててやってるのが改めて確認できる。


はてサ1の苦労人houjiT

houjiT 言葉選びに難ありすぎ。撤回されず、金銭要求もなく、「批判」に引っかからないのに。しかもどんな姿勢でも乗れば、去年末から関われない北朝鮮最前線に無批判で乗り込めるのに。自分から全部捨てちゃった 慰安婦問題 日本 政治 これはひどい 自民党 国際

id:nabeteru1Q78と同じく狂いきれない理性を残してるのがひと目でわかる

逆に言えばid:Gl17id:Arturo_Ui のようになれないなら何故はてササバトに参加するのか謎。

自分クラブに来ておきながらちゃんとノれてない奴みたいな感じが漂う。


はい韓国の言ってることは「合意内容を履行しない」「追加要求を口にする」「日本が出した金にアヤをつける」なので

これで強く抗議しなかったら合意は破棄されたも同然だし日本政府仕事してないも同然。

まあhoujiTはわかってて苦しいなあ苦しいなあって思いながら言ってるんだけど。言葉選びに難(笑)


北朝鮮最前線」って北朝鮮茶坊主に過ぎないことが世界中にばれてるムンジェインのチャンネルのことか?

あれは一方的金正恩から要求命令を伝えられる聞き取り専用線で、こちから何かを言う機能はないと思うぞw

韓国の言うとおりにしないと損するのは日本!」というのははてサが好んで採用する基調だが

いい加減誰がそんなのに騙されると思うのか聞きたい。ギリギリ理性を残してるhoujiTはそのへんどう考えつつやってるのか。


遅れて参戦低学力児童kyo_ju

kyo_ju 内輪で噴き上がって自分の首を絞める日本政府/当該合意安倍首相がお詫びの意思表明をすると書いてあるのにやってない訳で、何が"首相手紙合意内容に含まれておらず、1ミリも応じるつもりはない(外務省幹部)"か。

これはね、他の奴等と違って「わかっててやってる」んじゃないね。素だね。天然。

彼は外相による合意内容の共同記者発表の一文のことを言ってるんだけど、

安倍晋三首相日本国首相として、改めて慰安婦としてあまたの苦痛経験され心身にわたり癒やしがたい傷を負われた全ての方々に心からおわびと反省気持ちを表明する」

これはこの文言自体が「謝罪」の部分なわけだよね。

けどid:kyo_juくんはちょっと国語不自由なので、「今後安倍が何かをする」という約束のように読んじゃってるんだね。


国語力の低さはすぐ直らないにしても、

「もしそんな約束してたら韓国要求もっと直接的で居丈高なはず、僕の読解なんかおかしい…?」

と気付くぐらいの注意深さは欲しかったよね。


まあ頭は悪いんだけど、他の連中と違って「わかっててやってる」厚顔無恥がないか先生これについてはid:kyo_juくんを叱りません。

てか合意内容を実はあやふや把握してるはてサはちょこちょこいるね。

日本語が苦手って部分もあるんだろうけど、イデオロギー的に日本絶対悪韓国絶対善と決まってるので文言なんか精査するまでもない!みたいなのもあるんだろうね。

病気だね。



彼等の正体は

h1roto ここまできて日本批判に明け暮れる人々、外交とか約束概念はどうなってるんだろうか

2018/01/10 リンク Add Star

はっきり言えば韓国側ネトウヨ

韓国に忠誠を捧げる民族主義者・ナショナリスト

日本に対しては憎悪を向けるレイシストでしょう。


彼等が左翼思想家だとかリベラリストだとかいうのも

いい加減信じる人間はてなにすら居ない。

長期にわたって言動を見てるんだからからないわけがない。

しろ不思議なのは、彼等がまだ騙せてるつもりらしき仕草を見せるところだろう。

2018-01-09

インスタ映え」が世界を変えた?

https://note.mu/kobaka7/n/nadee5c892ea3

かい記事があるが、「インスタ」が「インスタ映え」を誘導している以上、世界見方(すなわち人の感性)は決して豊かにはならず、衰えていくだけだろう。「インスタ映え」を通して世界発見する、とか煽っているが、その実「インスタ映えしないこと」を見落とす権利を振りかざし、その上、自らの醜悪さに気づかない特権を得て、みんなで「ミンナトチガウ幻想に浸る世界ができただけに過ぎない。これが楽しいという人の気が知れない。

そして、もう一つ。人間感性は、有史以来さまざまな発明によって大きく変化したはずではあるが、一方で2000年も前の彫刻文章が未だに人の心を打つところを見ると実は大した変わり方はしていないとも言える。たとえば、明日ピラミッド建設中のエジプトに時空転移させられても、作業奴隷たちと肩を組みビール飲んで騒ぐくらいのことはできそうだ。

言語宗教思想科学近代的自我も、これら人類史に残るだろう発明の数々が、私たち感性果たしてどれほど変えたと言えるだろうか。況んやインスタに於いてをや(これが言いたくてー)。

2018-01-02

最近日本の女は超ワガママ

はっきり言って異常だw

あれもできないこれもできない、あれをしろこれをしろ はっきり言って素直に大草原だw

言う事を聞かない男がいるとすぐに性差問題につなげてフェミニスト論法でたたきだす はっきりってキチガイだw

しかも大抵はただのブサイク嫉妬だw 素直に大草原だww

男性結婚したくねぇーっていうのもわかる

日本の女よ もう少し寛容になったらどうですか?自分たちの主張ばかりであらゆる物事を潰しにかかるその醜悪さ はっきり言って不和跫音の原因は君たちだw素直に素直になりたもうれ候w

2017-12-22

anond:20171222130927

maruX 女を見殺しにして良い理由を頑張って考える醜悪さに早く気づいて欲しいし、迷子の子供を見つけたらその場で見守りながら警察通報するなりなんなり出来るのに、雑な二択で弱者脅迫するな

Ayrtonism 自分の目の前で、自分が救えたかもしれない人が死ぬことと比べたら、考えるまでもないと思うが、そう考えない人もいるのか。

元増田へのブコメ

こういう意見を見ても同じことが言えるのでしょうか、と。

2017-12-21

tecepe あとで喜んで貰えると思っていったってことで、はあちゅうに「童貞なんで、ばばあやらせてくれ!」って言っても良さそうなのでどんどん言っていくのが良いかと思いました。

lovevoiceryu 唯一はあちゅうに対しては「君はヤリマンっぽい顔をしているね?」と言っても下ネタ、明るく楽しく笑えるのもと解釈してもらえる。さぁ、諸君はあちゅうに「君はヤリマンっぽい顔をしているね?」と言ってみよう!

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20171220224402

醜悪だな

 

あと普段xevraにニートとか言ってるのも醜悪。「ニート」を侮辱的に使っててxevraにもニートの人たちにも侮辱的。

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